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タンバシティのとある海辺で、セツカは空を仰いでいた。傍らには一匹のアブソル。
「この天気なら、無事うずまき島に行けそうだね〜」
「まさか晴れるとは……やっぱり、やめといた方がいいんじゃないか?」
「何言ってんの。ご飯は熱いうちに頂かないと!」
「命がけの旅が、お前にとっては飯と同じなのか?」
「まさに、朝飯前ってことだね」
一人はしゃぐ主人を尻目に、シルクは項垂れた。確かにこの天気ならば、うずまき島を取り巻く渦も小さくなっているだろう。絶好の機会と言えなくもない。一年のほとんどが曇天に見舞われるうずまき島の周りには、その名の通り、タンバの漁船をも飲み込んでしまう大きく激しい渦が点々と混在し、うまい具合に島の入り口を閉じてしまっているのだ。
本来ならば島に入ることすら出来ないはずだったのだが、運が良いのか悪いのか、その一行を晴天が向かえていた。暖かな光を止めどなく届ける太陽が、シルクには冷ややかに映る。シルクの三日月を描く漆黒の鎌が、黒く光っている。
──今回の目的はうずまき島に行き、海の神にあることを伝えることだった。
不満をおしみなく口にするシルクと地図を広げるセツカを乗せて、一匹のラプラスが海を泳いでいた。
「へぇ。ポジティブって泳げたんだな」
まるで初めて知ったかのように、わざとらしく感心した様子を見せるシルク。
「泳ぐため以外に、このヒレを何に使うんだい?」
「フカヒレとか?」
「それはサメだろ」
「馬鹿か。フカマルだろ」
「そうだった」
「メタ発言はほどほどにな」
「その発言がメタなんだよ」
「てか、ポジティブって名前、由来は何なんだよ?」
不意にセツカに問いかけたシルク。うん? と、地図から顔をあげてセツカは聞き直す。
「だから、ポジティブの名前の由来だって」
「え〜分かんないの? 少しは自分で考えないと、脳細胞増えないよ?」
「やる気の起きない理由だな」
「ふふふ。降参かね? それでは正解はっぴょー」
仰々しく両手を広げたかと思うと、強くパァンと合掌するように打ちならした。
「まず、ラプラスをラとプラスの二つに分解します」
「ふむ?」
「ここで着目するべきは『プラス』です。お二人方もお気づきになりましたか? そう! なんと私はこの『プラス』をプラス思考というキーワードへと発展させ、なおかつ! それを応用し、ポジティブへと変換させたのです! イッツミラクル!」
あきれ果てて首を振る気も起きず、シルクもポジティブも、ため息をついた。
「下らねえ……。『ラ』も仲間に入れてやれよ」
ん〜、と頭を傾げるセツカ。
「ポジティ・ラブ?」
「なんでポジティが好きってことを主張すんだよ。意味分かんねえよ」
「名前は五文字までだったっけ」
「そんなことは言ってない」
「空が青い!」
「論点をずらすな」
突っ込むのにも疲れたと、ポジティブの甲羅の棘のようなものにシルクは寄りかかる。あたしの頭はボケてないと、セツカ。
「そういえば」
「なんだ? また下らない話か?」
「上がる話だよ。空の話」
「へえ。そういえばセツカは風景を見るのが好きなんだっけ?」
「うん。どこで知ったかは忘れたけどね。こういう空の色のことを、天藍っていうんだって」
青く透き通った、けれどどこか黒ずんだ色もしているような空を、シルクとポジティブが見上げる。
「確かに、それっぽい感じはするな」
「漢字的にもね」
「それは誤字なのか!? どうなんだ!?」
シルクの声が、海に響きわたった。
題名に騙された。題名詐欺とでも名付けようか。
シリアスな感じかと思ってたらこれだよ!
そうかーイケメンにしか興味ないのかー 中身もきちんと見た方がいいぞー
イケメンで性格いいなんて男はリアルにはそうそういないからな!多分!
レックウザさんいいよね 私も欲しい ミミズくらいの大きさでいいから欲しい
「おはようこざいます! サクラさんですね? お届け物が届いております! こちらをどうぞ!」
朝早く、ライモンシティのポケモンセンターにやってきた私を出迎えたのは、1人の配達員だった。 配達員は私に1つのボールを手渡すと、どこかへ行ってしまった。
「なにかしら、これ……」
ボールの中を見ると、ただならぬ雰囲気を放つ黒い竜がいた。 図鑑で見てみると、「レックウザ」というポケモンらしい。
「なにはともあれ、図鑑が埋まったからいいけど……こんな珍しいポケモン、いったい誰が……」
私は全国図鑑を完成させるという、大きな目標を持っている。 今日もポケモンを登録しようと、人が多いライモンシティへ来たのだ。
私はレックウザの親を知ろうと、図鑑を操作してポケモン情報のページを開いた。
と、その時ポケモンセンターのドアが開いたかと思うと、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「サクラ! 聞いて聞いて聞いて聞いてー!」
「モモカ!?」
飛び込んで来たのは私の双子の妹、モモカ。 双子なのに似てないってよく言われる。
「さっきそこで、超絶スーパースペシャルテライケメンに道を聞かれちゃったー!」
……こんなミーハーな妹に似たくないんだけどなあ……
私はモモカを無視して、ポケモン情報のページに目を通した。 その間もモモカはべらべら喋っている。
「マジでイケメンだったなあ……青い長髪を黒いゴムでまとめてて、超イケメンボイスで「素敵なお嬢さん、迷いの森への道を教えてください」なんて! 別れ際に手の甲にキスまで……キャーキャーキャーキャー!!」
暴走しまくってるな……フレンドリィショップのお兄さんやジョーイさんが睨んでるよ……気付かないのがモモカなんだけどさ。
「モモカ……少ないとはいえ人いるんだから、もうちょっと落ち着いてよ」
「これが落ち着いていられますかお姉さま!」
「誰がお姉さまよ……ところでモモカ、「ノブナガ」って人、知ってる?」
私はレックウザの情報が記してあるページをモモカに見せた。
「ノブナガ!? ランセ地方の!?」
「ランセ地方?」
「こことは文化が違うくらい遠い地方で、イケメンがいっぱいいるんだって!」
「モモカ……モモカの頭にはイケメンのことしか無いの?」
「無い!!」
……断言されても、困るんだけど。
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オチなし。 新キャラが暴走しまくった。
[好きにしていいのよ]
電波はけっして妙なものではなく、妙な受信の仕方をしてしまったのです。
> 想像以上の奇人変人っぷりでした(注意;褒め言葉です)。
変人奇人は褒め言葉(キリッ
マントのひととか、石のひととか、考古学のひととか以下略
タテカン立てたのは出奔に困ったリーグ関係者、「この顔にピンと来たらリーグへご連絡ください」みたいな文言が添えられているに違いありません。リーグ挑戦者ならつかまえてくれるだろうと(笑
お読みいただき、ありがとうございました。
※ポケモンを食べる描写みたいなのがあります
GEK1994のカウンター席で、ミドリは雑誌を読んでいた。いつもなら文庫本片手にゼクロムを飲んでいる姿が目立つのだが、今日は違った。派手ではないが、文庫本とは違う表紙とサイズが目立つ。
「ミドリちゃん、それは?」
気になったユエが聞いてみた。バクフーンが足元でのっそりと起き上がったが、睡魔に耐え切れず再び床に体を預けて眠ってしまった。鼾の音がする。
「昨日発売されたグルメ雑誌です。全ての地方の有名レストランのおススメメニューを取材してるんです。写真もありますよ」
そう言ってミドリが見せてくれた一面は、今月のトップを飾る店が載っていた。ホウエン地方、ミナモシティにあるレストラン。新鮮な海鮮を使ったソテーやグリルが有名だという。
中でも一際目を引いたのが、店の場所だった。その店はミナモでも、その近くの浅瀬にある巨大な岩の中に造られているのだという。行く際には長靴が必要らしく移動は多少不便だが、そのマイナス面が気にならなくなるくらい、そこの食事は美味しいのだという。
「へー。なかなか素敵ね」
「お値段もリーズナブルですし」
「ディナーで十万ちょっと…… まあ、ね」
流石に庶民のユエには頭を捻る値段だったが、ミドリは楽しそうにメニューの写真を見ていた。そこでふと思いついたように呟く。
「伝説のポケモンって、食べられるんでしょうか」
一瞬の沈黙の後、ユエが『んー……』と考える。
「そうね。伝説の鳥ポケモン、ファイアーやホウオウの生き血を飲むと不老不死になるっていう話なら各地方に伝わってるけど、流石に肉はねえ」
「チュリネの頭の葉は薬向きですね。苦すぎてサラダには使えませんよ」
「グルメ向きかしら」
「カントーでは、カメックスは固すぎてよく煮込まないと食べられないそうですよ。ゼニガメなら柔らかくてそのまま食い千切っていけるそうですが。あと、カメールの尻尾は大きいほどコラーゲンが詰まってるそうです」
足元のバクフーンがいつの間にか起きていた。ガタガタと震えている。大丈夫よ、とユエは頭を撫でた。
「戦争中はアーボとか毒抜きして食べたそうです。アーボックになると毒が強すぎて、抜く前に飢え死にするからアーボじゃないといけなかったそうで」
「ドンファンも一応食べられるんだって。足とかゴムみたいな食感らしいけど」
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オチなし。この前夕食の時に弟と話したことがそのままネタになってる。
ポカブとかまんま焼き豚だよね。
「あかね、かえんほうしゃ!」
オレの横を、あかねが放った真っ赤な炎が通り過ぎて行く。 その炎はバトルをしていた野生のオニドリルに見事にヒットし、焼き鳥が出来上がった。 ……って、オイ。
「あかね、もうちょい手加減できねーのか?」
オレは一仕事終えたあかねに問いかけた。
「バトルに手を抜くなんて、有り得ない」
……同情するぜ、焼き鳥、もといオニドリル。
「そうだよらいち! バトルはいつでも真剣にやらなくちゃ!」
あかねの後ろにいたモモコがうんうんと頷きながら言った。 まあ、その気持ちは分かるが……。
オレたちは今、まだまだ弱いワタッコのあおばにバトルを見せて、経験値を稼がせている所だ。 当のあおばは空中に浮かび、炎が当たらないギリギリの所でバトルを見物している。 ……器用だな、アイツ。
そんなことをしていると、焼き鳥の匂いにつられたのか、草むらからゴマゾウが出てきた。 ああ、ご愁傷様です……。
「あ、ゴマゾウ発見! あかね!」
「了解」
モモコがあかねに指示を出し、あかねは炎を吐き出す為に息を吸い込んだ。
ゴマゾウは臨戦体制をとっていたが、怖いのかその瞳は潤んでいる。
「……」
「モモコ? 準備オッケーなんだけど」
あかねのそんな声が聞こえてモモコの方を見ると……固まってんのか? あれ。
「……」
「オーイ、モモコー? どうしたんだー?」
「……か、」
「か?」
「か、可愛いいいーー!!」
いきなり叫んだかと思ったら、モモコはゴマゾウに飛びついてぎゅうーっと抱きしめた。 その速さといったら、カイリューもびっくりだ。
「……モモコ? どうしたのよ」
「可愛すぎるー! この子とは戦えないー!」
「……」
……オイモモコ、お前さっき「バトルは真剣に」とか言ってなかったか?
「あ、あそこにヤドン発見! あかね、最大パワーのかえんほうしゃー!」
「了解」
……ヤドンはいいのかよ!
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ほぼ実話。 ゴマゾウ可愛いよね
[なにしてもいいのよ]
みんな、ホントに大変そうねえ。でもあたしだってかなり苦労したのよ、あの“ボス”には。
史上最年少チャンピオンだか何だか知らないけど、あたしからすればただの小生意気なガキんちょだったわ。やたらデカい態度とか、年上にも敬語を使わないとことか、勝手気ままに振る舞うとことか。あたし相手ならまだしも、誰に対してもそんな調子。注意したって聞きやしない、こっちも敬語使ってやるのなんて三日で終了よ。
どんなに実力があっても、有名なポケモン博士の孫だって言っても、これは無いんじゃないのって思ったわ。……まあ、後で人から聞いた話じゃ、本人もその事でいろいろ葛藤があったみたいだけどね。悩んだ挙句にあんな態度取ってたんなら……ホント、まだ子供よね。
まあとにかく、あたし達は相当やりあったわ。口喧嘩なんて日常茶飯事、一度なんて殴り合い寸前までいった事もあったし。それに関してはあたしもガキっぽかったって事は認める。年上として手を上げちゃいけないわよね、流石に。あたしのポケモンが止めてくれなかったら、今頃ここで悠長に話してられなかったでしょうね。
え? ううん、それが原因で担当辞めたんじゃないの。相手の都合でね。
ライバルの男の子に負けちゃったのよ。かつてないくらいの本気で挑んで、その結果の負け。あの時は流石に落ち込んでたわ、いつもの減らず口も叩けないくらい。ちょっとだけ、ちょっぴりだけ心配したわ。
でもまあ、結局立ち直って今じゃトキワでジムリーダーやってるんだけどね。噂じゃ、しょっちゅうジムを抜け出して色んなところをほっつき歩いてるんだって。カントーで一番捕まりにくいリーダーとして有名らしいわ。全く、どこぞの伝説ポケモンじゃあるまいし何やってんだか。
この間たまたまジム戦の中継見たんだけど、相変わらずの生意気っぷりだった。ま、あの頃よりはちょっと大人になってるみたいだけど。なんにせよ、元気でやってるみたいでほっとしたわ……ちょっぴりだけね!
そうそう「リーグ付近に変質者が出没します、ご注意ください」って看板立ってるの、知らなかったわ。あたしが担当退いてからできたんじゃない?
みなさん、苦労されてるんですね……。僕はまだまだ、修業が足りないな。
いえ、うちのボスに関しては、実はそれほど語る事は無いんです。誤解しないでくださいね、どうでもいいんじゃなくて愚痴る内容が無いって意味ですからね!
情が厚くて朗らかで、豪快な方らしいんですよ、うちのボス。この間協会がトレーナーさん相手にアンケート取ったら、バトルの強さと人柄の良さでは部門ぶっちぎり優勝。老若男女関係なくですからね、本当にイッシュ中で支持されてる方なんだなあって、感心しちゃいました。
噂では結構なお年らしいんですが、年齢を感じさせないくらい若々しいんだとか。この間お会いしたトレーナーさんが、『かなりの高所から飛び降りるのを見たけど、その後も全然普通に会話を続けてたんだ。きっと足腰の強い人なんだね』って言ってましたから。ちなみにその方、プラズマ団相手にボスと共闘なさってるんです。羨ましいなあ。
……どうして「らしい」とか「噂では」なんて言い方をするのかって? 実はですね……。
お会いしたことないんです、ボスに。
えっ、そんなに驚かなくても。だってあの方、随分昔にリーグ協会から出て行ったきり、未だに戻らず放浪なさってるんですから。待ちきれなくなった前任者も、とうとう会わずに辞めてしまいましたしね。たまーに協会に連絡があるから、お元気らしいことは分かるんですけど……挑戦者の為にもそろそろ戻ってきていただきたいですねえ。といってもこればっかりは……。お弟子さんや四天王の皆さんも、あの方だから仕方ないって苦笑いしてました。何か理由があるらしいんですが、僕は聞かされていませんので。
まあ、いつか戻っていらっしゃると信じて待つのみです。付くべき人のいない付き人というのも肩身が狭いですが、これも精神修行だと思って頑張ります!
恐ろしく前向きだ、って? はあ、そうでしょうか。
そうそう「リーグ付近でこの人を捜しています、ご連絡ください」って看板が立っているの、知ってましたか? その顔にピンときたなら、ぜひ協会まで電話してくださいね!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
> ☆★☆★☆★
> 他力本願スレから受信した電波が妙な電波だったらしいです。
他力本願スレから怪電波を飛ばした張本人です。書いてくださってありがとうございます!
もう、読んでてにやにやが止まりませんでした。想像以上の奇人変人っぷりでした(注意;褒め言葉です)。これは付き人のみなさん大変だわww
ただ、ぶつくさ言ってる割に誰も辞めたいとは言ってないのが、自分のボスへの愛着(愛情?)なんだろうなあと思うとほっこりしました。みなさん実にいい人。
「リーグ付近に変質者が出没します、ご注意ください」の看板を立てたのがリーグ側なら、物凄くシュールな話ですね。全員身内の仕業(?)じゃないか、と思わず突っ込んでしまいましたw
奇行と愛情に魅せられて、つい調子に乗って前カントーチャンピオンとイッシュチャンピオンを捏造してしまいました。最初期の赤版、一周しかやっていない白版からのうろ覚えにつき、妙なところがあったらごめんなさい。
改めまして、書いてくださり誠にありがとうございました!
【書いてみたに書いてみたのよ】
【何をしてもいいのよ】
> ああ! そのネタ使いたかったのにwww
> 先超されたかwwww
まさかのネタ被りwww ごめんなさい、でも似たようなこと考える方がいてちょっと嬉しいですwww
先越し云々はお気になさらず、ぜひとも書いてください。お願いいたします orz(土下座)
> やっぱこの一節は魅力ありますよねー。
ありますねー。むしろこのインパクトが強すぎて、桜と聞けばこれしか思い浮かびませんでした。
正当な美も妖艶な美も兼ね備える桜、好きです。
読了いただき、ありがとうございました!
※マサポケは良い子も楽しめる小説サイトです。これはそれを壊す可能性があります。
苦手な方はバックプリーズ
「マダム!」
黄昏時の静けさをぶち壊すような音が響いた。バン、とドアを勢いよく開けて一人の女が入ってくる。白い仮面に、長く美しい髪。神が特別に造ったような美形。
巷を騒がせている、怪人ファントム……レディ。彼女の後ろからカゲボウズが五匹続く。いつもより引き連れている数も種類も少ない。デスカーン達は外で待たせている。
黄昏堂の中は入り口から向かって両サイドに商品のサンプルが並べられている。表に出してはならないもの、愚か者が使うと命に関わる物、使い方を誤れば死ぬよりひどい目に遭う物、様々だ。下手に手を出せば、サンプルに化けてズラリと並んだゾロア達のエサとなるだろう。
天井からはどこぞの映画に出てきそうな豪華なシャンデリアがぶら下がり、その下には小さな大理石のテーブル。その後ろに美しく彩色、細工を施されたビロウドのソファがある。黄昏堂の女主人――通称マダム・トワイライトはここでお客を出迎えるのだが……。
「……いないな」
マダムはいなかった。主を失った椅子が寂しい雰囲気を植えつける。レディは肩をすくめると、店内を見渡した。右の方でカゲボウズ達がゾロアと化かし合いをしている。
舌を出すカゲボウズと、彼らの進化系であるジュペッタに化けるゾロア。外野から見れば写真を一枚撮りたくなる光景だが、生憎今はそんな気分にはなれなかった。
・マダム不在の黄昏堂
・執事(兼雑用係)であるゾロアークも不在
この二つを頭の中に入れ、どういう状況なのかを腕を組んで部屋を歩き回りながら考える。推理小説やドラマでよく見る探偵の推理シーンだ。分かっていることを一つ一つ並べていく。
『黄昏堂がきちんと表に出る条件が揃っていること』一般人は巨大な悩みを抱えていない限り見つけることはできないが、常連客は鍵を持たされており、それを持っていれば何処にいても店を見つけることができるのだ。ただし季節によって開いている時間は異なる。冬は早い時間帯に開き、早く閉まってしまう。反対に夏は遅い時間帯に開き、しばらく閉まることはない。
「ゾロア、お前達の横暴極まりないご主人様とその尻に敷かれている執事は何処にいるんだ?マダムが黄昏堂の外に出ていれば、私は店に入るどころか見つけることすらできない。この中にはいるんだろ」
そこでふと、レディは今までのことを思い出した。ここにある商品は全てゾロアが化けたサンプル。本物は盗まれない……素人が扱うことのないように奥の部屋に厳重に保管されているという。彼女が出すパズルを解き、彼女のお眼鏡に適った者に対してだけ、本物を自らの手で持って来る。
(……奥の部屋)
何度も彼女に会っているレディでさえ、奥の部屋への入り口は知らない。いつも黄昏堂に入れば、その椅子で煙管をふかしている彼女が出迎えるからだ。そもそも自ら何かを欲したこともない。いつも欲求してくるのは向こうからだ。それを持って来て見合った商品と交換する――それがレディとマダムの黄昏堂での取引の仕組みだった。
まあそのもらった(押し付けられた)商品で幾度か危機を回避しているのも事実であり。
レディは椅子の後ろの壁の前に立った。何かあるとしたらここだと考えたのだ。右手でノックしようとして――
ふわふわした物体が足に擦り寄ってきたのを感じた。ゾロアだ。何、と聞く前に彼がボムッという音と共に何かに化けた。鏡だ。何の装飾もない、この店に合わない鏡。
「何で鏡に……」
言いかけた彼女の目が、中心に注がれた。金色の文字が浮かび上がっている。
『セント・アイヴスに向かう途中、家族に出会った
一人の旦那の後ろに 妻が五人 その妻一人ひとりの後ろに 子供が十人
子供達の持つ紐に 犬が三匹 犬達の背中に 蚤五匹
さてさて、セント・アイヴスに行くのは何人?』
読み終えた途端、再びボムッという音と共に鏡がゾロアに戻った。呆気に取られるレディを見てケケケケと笑う。馬鹿にされているような気がしたが、もう何も突っ込まない。疲れるからだ。
「この壁に答えを書けばいいのか」
目の前にそびえ立つ、巨大な壁。どれだけの厚みがあるのか。この先に何があるのか。
――そんなことはどうでも良かった。
「さて」
レディが腰に差していた業物・火影を手に取った。鞘から刀を取り出し、壁に向ける。
「刃こぼれしないかね」
一呼吸置いて――
数秒後、壁には縦に一本の裂け目がつけられていた。刀を戻し、呟く。
「遊びにもならない。引っ掛け問題程度のレベルだよ。答えは一人。だって行く途中に会ったんだから。
……次はもっとレベルの高いのを用意しておいてよ、マダム」
壁が消えた。幻術だったらしい。
「さっきゾロアが私を止めなかったら、私はどうなっていたんだろうね」
カゲボウズ達が集まってきた。術が解けた壁に現れたのは、小さなドア。飴色の、木で造られたアンティークを思わせる物だ。
「この先にマダムがいるの?」
ゾロアは何も言わない。黙って器用に首を足で掻いている。まるでチョロネコのようだ、とレディは思わず頬が緩むのを感じた。
「仕方無い。わざわざ呼びつけておいて客を待たせている店主を呼びに行くか」
カゲボウズがケタケタと笑った。
ドアの先は、暗い道が続いていた。何処が道で、何処が壁なのか。その境目すら分からない。だが出口と思われる光が、遥か先に小さくあった。
得体の知れない闇が、髪に身体に纏わり付くあのおしゃべりなカゲボウズ達が何も言わずに後ろにくっついている。
(マダムはこんな場所を通って商品を持って来てるのか……)
今更だが、レディはマダムのことを詳しく知っているわけではない。しばらく前にモルテに紹介されたのだ。彼自身死神とあって、時々危険な目に遭うらしい。それを回避するためにマダムの作る薬が必要不可欠なんだそうだ。
モルテがレディの話をした時、マダムはパズル合戦ができる相手を探していたらしい。それくらいなら、とレディはモルテに連れられて黄昏堂に来ることになった。
そして分かったことは、彼女がズル賢く、マダムという人間の長所と短所を全て持っているということ、そして悪趣味だということだ。
光が大きくなってきた。あと十メートル。九、八、七、六、五、四、三、二、一……
柔らかい感触が足から伝わった。光が頬を照らす。店に入った時と同じ、黄昏時の光だった。手を伸ばし、壁に触れる。
「ここは……」
薄いベージュをメインカラーにした壁だった。一定の間隔で小花模様が刺繍されている。左壁には窓があった。光はそこから入ってきているらしい。本で見たような、中世ヨーロッパの貴族の館のようだった。
あそこのドアがこんな場所に繋がっているのも驚いたが、マダムのこんな場所を造ることが出来る力にも驚く。だが力と言っても様々だ。金か、それとも……
「カゲボウズ?」
五匹のうちの一匹が、とろりと甘い表情になった。そのままフラフラと廊下を移動していく。続いてレディも気付いた。何か甘ったるい匂いがする。遠い昔嗅いだことのある香のような……
吐き気を覚え、口を押える。それぞれ五味を好むカゲボウズの中で反応したのはその一匹だけだった。甘味を好む者。以前虫歯になったことがある。
何かに導かれているような彼を追い、一人と四匹は走り出した。途中で角を何度も曲がる。長い廊下と数え切れないほどの部屋のドアが続く。『PLANET』『STREET』『DANCEHALL』『FOREST』などの名前が、金のプレートに黒の文字でプリントされてそれぞれのドアに張り付いていた。気になったが、開けて調べている暇はなかった。カゲボウズが速いのと、思った以上に構造が複雑で一度見失えば二度とカゲボウズを見つけることも、この空間を出ることも適わない気がした。
不意に、カゲボウズが止まった。慌てて足を止める。残りの四匹が背中にぶつかった。
そこは今まで見てきた部屋のドアとは違うようだった。薄いサーモンピンクに、バラやユリの絵が彫られている。プレートにプリントされた名前は、『DOLL HOUSE』
カゲボウズが涎を垂らさんばかりにドアを見つめている。少々奇妙な感じを覚えながらもレディはドアノブに手をかけようとした。
だが。
バチンッ!
後ろへ下がった。右手がズキズキと痛む。見ればドアに焦げ跡がついている。文字だ。どうやらマダム以外が触れると自動的に仕掛けが出るようになっていたらしい。
「またパズルの類か」
文字は文章になっていた。『入りたかったら、次の問に答えること』と少々馬鹿にしたような言葉で始まっていた。
『子供の前に男が一人、女の後ろに男が二人、男の後ろに男が一人と女が一人、子供の後ろに女が一人。
さて、ここには最低何人の人がいることになるだろう』
なるほど、とレディは痛む手を押さえ、ドアを見つめた。いつだったかこういう問題をパズルの本でやったことがある。少々頭を使う必要がある問題だ。何せ『最小』で答えなくてはならないからだ。頭を整理し、何度か問題文を読んで考える。こういうのは図にすればいくらか分かりやすいだろう。
「子供の前に男が一人。子供の後ろに女が一人。子供の性別も考えれば、すぐに解ける」
わずか五分でレディは答えを出していた。つまり、男二人は同じ方向を向いているが、そのうちの一人は子供。そして子供と背中合わせで女が立っている。そうすれば、『子供』の前に男、女の後ろに『男』と『子供』の『男』、男の後ろに『子供』の『男』、そして子供の後ろに『女』がいることになる。つまり、答えは三人。
また火影を使ってドアに彫ってやろうかと思ったが、さっきと同じ電流が刃に流れたら今度こそ質が悪くなるのではないかと思い、ドアの前で答えを言った。
少しして、カチッという音がした。そっとドアノブに手をかける。もう電流が来ることはなかった。少し開けて、その空気に思わず顔をしかめる。鼻が曲がりそうなくらい、甘い。どうやらこの部屋全体に撒かれているらしい。
「窓が無い」
入って第一声がそれだった。広い部屋だ。壁紙は薄いピンク、床は大理石。ミスマッチな気がしたがマダムの趣味なら世間一般の感性とは違うのかもしれない。個人的には絨毯の方が合う気がしたが……それは置いておこう。
「甘い匂いの正体はこれか」
部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上に、紫色の香水瓶が置いてあった。飲もうとするカゲボウズを止め、部屋を見渡す。ソファ、今いる白いテーブルは白木で造られているようだった。香水瓶の他にチョコレートの箱。個別包装と箱の美しさから高級品だということが分かる。
レディは左を見た。天蓋付きのベッド。幼い頃テレビや絵本で見たことがあったが、実物を目の当たりにしたのは初めてだった。白いシーツが皺になっている。
ドアのパズルの元になっていた男女は、壁の絵になっていた。油彩がどっしりとした重みを感じさせる。
カゲボウズのギャッという声で、レディは振り向いた。五匹が何か騒いでいる。天蓋ベッドの上。
「どうした。何かいるの」
彼らは主人であるレディの言葉も聞こえないくらい、パニック状態になっていた。バトルでいえば『こんらん』か。
何を見つけたのか気になって、ベッドに近づいてみる。そして思わず目を丸くした。シーツの影になっていたのと、まさかという思いが二重になっていて見逃していた。
子供だ。何も着ていない少年が、シーツにくるまって眠っている。
「……」
言葉が出てこない。自分がどんな表情をしているのかすら分からない。そこで気付いた。気付きたくなかったことを気付いてしまった。この部屋に付けられた名前。『DOLL HOUSE』……
中世ヨーロッパの貴族の間で流行していたという話を聞いたことがある。今でも法律の影でそういうことが行われていることがあるのも知っている。だが娼婦よりよほどタチが悪い。
「マダム」
その三文字にどんな思いが込められていたのか。言った本人も分からない。とにかくその時一番に考えていたことは、知ってしまった以上、無かったことには出来ないという諦めに近い思いだった。
ベシッ
カゲボウズの後頭部が顔に当たった。地味に痛い。鼻を押えて彼らを見ると、一つに纏まってこちらを見ていた。いつもは何かを嘲るような、一物ありそうな目の色をしているのにその時は違った,驚きと怯えの色が見て取れる。
理由はすぐに分かった。柔らかい何かが背中に当たったからだ。振り向いて、濁ったような茶色と目が合った。
座高……というか視線の高さはこちらの方が上。女かと思うくらいの美形だった。肌は白く、一度も太陽の下へ出たことがないのではないかと思うくらい。髪の毛はこげ茶で、主人の趣味なのか長くされていた。生まれつきの質なのか、柔らかい雰囲気がある。
何とも言えない、微妙な空気になりレディは必死で脳みそを回転させた。とにかく間違って入ってしまったこと、そういう趣味ではないことをどうやって騒ぎを起こさずに相手に分かってもらえるかを考えていた。
とりあえず顔を逸らそうとした彼女の頬を、柔らかい何かが包んだ。甘い香り……この部屋に充満している香水じゃない。自然に近い匂い。だが人間の匂いではなかった。時々泊まるホテルのバスルームにある、石鹸に近い。
顔をこちらに向かされ、再び目が合う。茶色のビー玉がこちらを見る。力が抜けて何も出来ない。相手が子供だからなのと、もっと別の何か……催眠術にでもかかってしまったかのように、身体が脳の命令を聞かなくなっていた。
まさかこんな場所に来てまで、こんな状況に遭遇するとは考えてもいなかった。そのまま首に両腕を回された。それだけ。それ以上、何もしてこない。
五分の二を占める♀のカゲボウズがボーーッとこちらを見ているので思わず額にデコピンをした。
耳に規則正しい感覚で寝息の音が聞こえてくる。起こすわけにもいかず、引き剥がすわけにもいかず、この全体重をかけられた身体をどうすればいいのかを考えて気分が重くなった。
「随分とお楽しみだったようだな」
探し人が見つかった……というか、見つけられたのは三十分後だった。いつものようにフードを被り、長針を黒いドレスに包んでいる。フードからはレディの髪と同じ色の髪が零れている。
「全部見てたのかい」
「よくここまで迷わずに来れたものだ…… そのカゲボウズのおかげか」
マダムがドレスの裾からカラフルな棒付きキャンディーを出した。大きな口を開けてかぶりつくカゲボウズ。
「いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「その前に、彼を返してくれ」
「返すもなにも、こいつがひっついて来ただけだ」
何も着ていない体に触れるのは抵抗があったが、カゲボウズに頼むわけにもいかない。腕を外し、ベッドに寝かせてシーツをかけてやる。よく見れば彼のくび元には黒い痣があった。
「引き剥がさなかったあたり、お前もそこまで冷たい性格ではないようだな」
「黙れ。質問に答えて。まず、ここは何処?」
マダムがため息をついた。煙草の苦い匂いが、部屋の甘い香りを消していく。
「おそらくお前は黄昏堂の壁から入ったのだろう。入り口は様々だが、この部屋に一番近いのはそこだ。鍵となるパズルは入ろうとする度に変わる。この部屋の鍵も、だ。
そしてここは黄昏の館。私の家のような物だ」
常に黄昏時を保っているらしい。時間間隔が狂いそうだ。
「もう一つ。彼のことだろう?彼は裏の人身売買オークションで目玉商品になっていたところを、私が買い取った。幼い頃に親に売られたせいか、年上に甘えたがる傾向がある」
「だから初対面の私にあんなことを……」
「いや。ここに来た頃は全く心を開かなかった。来てもう半年以上になるが、話が出来るようになったのは一ヶ月ほど前だ。ゾロア達には懐いているんだが……」
マダムが苦笑した。寒気が背中を走る。
「私に懐かないで、お前に懐くとは。妬けるな」
「ふざけんな。――アンタがズル賢くてでもそれを表に出さなくて悪趣味なのはしばらく前から知ってて、客の立場である以上きちんと把握しているつもりだったんだけどね……まさかここまでとは」
「もっぺん言ってみろこの小娘」
黄昏堂へ戻る際、廊下の窓の景色を見た。川縁に家や施設が並んでいる。水上都市だろうか。
それを見つめるマダムの目が不思議な光を湛えていることに、レディは気付かなかった。
図書館は取り返しました!
けど看板が上書きされちゃったのでこれからちょっと直してきます!!!!
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