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メルボウヤさんこんにちは!
いつも(メールで)感想ありがとうございます!
この間は大変結構なものをいただきまして……
とまあ挨拶はこれくらいにして(笑)。
イースターっていままでありそうでなかった気がします。
ハロウィンはわりとメジャーになってきましたが、実はよく知らない人多いですよね。
おはずかしながらこれを読むまでよくしらなかった人がここに一人……(苦笑
ジグザグマという配役が大変によろしいと思います。
ものひろいは他にも応用が利きそうなおもしろい特性ですよね。
贅沢を言うなら、鳴き声による表現が多かったので、もう少し動作とか表情とかの描写で表現すると「絵」が伝わりやすいかなーと思いました。
初投稿ありがとうございましたー!
第一回・第三回も考えられてるとこいうことで期待しておりますよ フフフッ
では!
日に日に暖かさを増す麗らかな四月の、とある日曜日。
タチバナ家では朝早くから『イースター』のための飾り付けや、ご馳走の準備が着々と進んでいます。
イースターとは、簡単に言えば“春の到来を祝うお祭り”です。
クリスマスやハロウィンに比べると知名度は低く、これをお祝いしている家庭を見たことのあるひとは、そんなにはいないのではないでしょうか。事実、ここカナワタウンでイースターをお祝いしているのは、この家一軒きりでした。
そんなタチバナ家には、ナズナと言う名前の、九歳の女の子が住んでいます。
ポケモンブリーダーのお父さんと、元ポケモントレーナーのお母さん。そして二人の仲間ポケモンたちと一緒に、毎日仲良く暮らしています。
……元気に幸せに、暮らしているはずでした。
「よおし。そんじゃ、そろそろ始めるぞ!」
「ぐぐぅん!」
ナズナのお父さん、コウジが、明るく大きな声を上げました。彼の足下では、イッシュ地方では珍しい豆狸ポケモン、ジグザグマが、ぴょこんぴょこんと跳ねています。
色とりどりのチューリップが咲き誇るタチバナ家のお庭にて、今年も『エッグハント』が開催されようとしています。
エッグハントは、お庭の色々な所に隠されたイースター・エッグ――色付けや飾り付けを施した茹で卵のことで、とても大切な意味を持つイースターのシンボルです――を、子供たちが競って探し出すゲームです。
ご馳走を食べるお昼までの時間にこのゲームをするのが、タチバナ家で祝われるイースターの、毎年の恒例行事なのでした。
「……うん」
コウジとジグザグマ(皆はジグちゃんと呼んでいます。ジグちゃんは幼い女の子です)に遅れて、ナズナも同意します。しかしその声は消え入りそうなほどか細く、元気がありません。
そのことに気づかない振りをして、コウジはふたりの前に小さなバスケットを置きました。ナズナの方はピンク色、ジグちゃんの方は水色で縁取りがされた白地のハンカチが、中に敷かれています。
「制限時間は二十分。より多くの卵を見つけた方が勝利! 豪華賞品をゲット出来るぞ!」
例年と殆ど同じ言い回しですが、これを聞くと、今年も始まるのだなと気が引き締まります。
まだ幼くて知らないこと、解らないことだらけのジグちゃんですが、豪華賞品という言葉が素敵なものを意味することは理解しているのか、箒の先端に似た尻尾を、やる気充分といった風に振り回します。
対するナズナはと言うと、足下のバスケットを持ち上げようともせず、視線を明後日の方向に投げています。
そんな上の空な娘を、コウジはやはり気にかけていない様子。
「よーい、スタートッ!!」
賞品の内容を一頻り述べ終わると高らかに声を上げ、手をパァンと一つ、打ち鳴らしました。
さぁ、卵狩り競争の開幕です!
「ぐぐーーっ!!」
電光石火のごとく飛び出したジグちゃん。そのまま庭を囲む生垣に激突しそうな勢いですが、すぐに直角に左へ折れて、直後、今度は右へと素早く折れ曲がります。
「そら、おまえも行って来い!」
競争相手に抜け駆けされたというのに、ぼんやりと突っ立ったままのナズナに、ようやくコウジが声をかけました。バスケットを両手持ちにさせて、その両肩を掴んで後ろへと、彼女を振り向かせます。
「……うん」
またもや元気のげの字も無い返事でしたが、父親は満足げに笑うだけ。
気が進まないとはいえ、いつまでもここでこうしていても仕方がないので、ナズナもジグちゃんの後を追って春の陽光の下、卵狩りへと出掛けることにします。
「ぐーん♪」
そうしてナズナが玄関を離れるため一歩踏み出した時、ジグちゃんがジグザグと方向転換をしながら戻って来ました。
口には卵が一つ。早速イースター・エッグを探し当てたようでした。
ジグちゃんは、落とさないように大切に卵を咥えて来ると、玄関先に置いてある自分のバスケットに入れました。薄紫色のお花が描かれた卵。ムンナ柄の卵です。
「ジグちゃんもう見つけたのっ」
開始から一分も経たない内に卵を発見する偉業を成し遂げたのは、これまでの、数々のエッグハンターの中でもジグちゃんが初めてです。
「さすがジグザグマ、早いな!」
ジグザグマというポケモンは、独特のジグザグ歩行で、物陰に隠れている宝物を見つけるのが得意なのだと、コウジは説明しました。昨夏に生まれたばかりのジグちゃんでも、それは生まれ以ての能力、ジグザグマの本能です。
ジグちゃんは歴代の競争相手の中で一番幼く、実は一番手強いポケモンなのです。
こうなってくると、本気を絞りに絞らなければ、ナズナが今年の豪華賞品を手にするのは難しそうです。
今年こそは……いえ、今年だけは絶対に勝たなければならないのです。強く望んでいた物が、春一番で手に入る大チャンスなのですから。
そうだ、とナズナは心の中でひっそりと自分を奮い立たせます。
待ち焦がれていた春と、イースター。
こんな無気力な状態では、去年の自分に、何やってるのと怒られてしまうでしょう。
それにきっとあの子だって、ナズナに頑張って欲しいと、思っているはず。
「…………」
ふとそうした考えが浮かんで、折角勇み始めていたナズナの気持ちが悄々と、元に戻ってしまいました。前進していた両足も、ぴたりと止まってしまいました。
彼女はまた、あのことを思い出してしまったのです。
再び心が沈むナズナの傍らを、春風とジグちゃんが通り過ぎます。
「…………」
何気なく玄関を振り返ると、コウジが家の中へ入って行くところでした。他に用事があるのでしょう。彼に何か言いたげな顔をしたナズナでしたが、呼び止めはしません。ガチャンと扉が閉まるのを見届けるだけでした。
ついと視線をずらして、ナズナはベランダから見えるリビングと、その奥にあるキッチンに目を凝らします。そうするとナズナのお母さんと、彼女のお手伝いをしている二匹のポケモンの姿を見ることが出来ました。
お母さんがトレーナー修行の旅をしていた頃からの仲間ポケモン、ハピナスとドーブル。イースター・エッグとして彩色した茹で卵は、二匹が『タマゴうみ』と『スケッチ』で用意してくれたものです。
彼女たちはナズナとジグちゃんが卵狩りをしている間に、お祝いのご馳走を作ってくれています。そう考えればなんとなく、いい香りが漂って来る気がします。皆、にこにこ頬笑んでコンロに向かっていました。
ナズナは続いて玄関近くの水道と、隣にあるベンチを見ます。
お父さんのマラカッチが、ゼニガメじょうろにお水を注いでいました。自らも二つのお花を頭に咲かせている彼は、花壇の世話がお気に入りです。飛沫を立てて水を満たしていくじょうろを手に、頻りに楽しそうに体を揺らしシャカシャカ、シャンシャンと軽やかな音色を奏でています。
水道の隣のベンチにはお母さんのミミロップが座り、優雅に毛繕いをしていました。他の皆と同じく目元と口元を和らげて、優しい風に長い耳をそよがせています。ちなみにこのミミロップは“彼女”ではありません。喧嘩上等な男の子です。
一通り皆の様子を眺めて。
ナズナは密かに溜息を漏らし、呟きました。
「……みんな、楽しそう」
温かな陽射しと、柔らかなそよ風。
咲き誇る花々に、皆の明るい笑顔。
ナズナは歓喜が、色々な場所から溢れ出るような、この華やかな季節が大好きです。
小さな幸せを沢山運んで来てくれる、春。その訪れを祝うイースターも大好きです。
だけど。
「まだ悲しいのは私だけ、かな」
歓喜の溢れる春なのに。
笑顔の満ちる春なのに。
「私、だけ……」
ナズナだけが、深い悲しみの底に沈んでいました。
一人だけ、心から、春の到来を歓べずにいました。
ナズナの父親タチバナコウジは、優れたポケモンブリーダーです。
今も現役ですが、若い頃――ナズナのお母さんと結婚する以前は、様々な地方で幾多の大会に出場しては高得点を叩き出し、上位入賞を逃すことの方が稀だと言われたエリートブリーダーでした。
彼の手にかかればどんなポケモンでも、内面から放たれる生命の輝きで、その身を華々しく煌めかすことが出来ました。
中でも、彼の一番のパートナーだった花飾りポケモン・ドレディアは、かつて、他の追随を許さないとブリーダー界で騒がれたほど、それはそれは美しい花のティアラを挿頭していました。
紅色の花飾りと萌黄色のドレス。御伽話に登場するお姫様のようなドレディアが、その姿に相応しく心優しいドレディアが、ナズナは今よりもっと幼い頃から大好きで、とても慕っていました。
一緒にお母さんのお手伝いをしたり、遠い街までふたりきりでお出かけしたり、言葉が解らないながらも沢山たくさん、楽しくおしゃべりしたり。
ナズナにとってドレディアは、優しい優しいお姉さんでした。
ドレディアもナズナを、可愛い可愛い妹だと想っていました。
ナズナは、今年のエッグハントの賞品には『自分のポケモン』が欲しい、とリクエストしていました。
ドレディアに限らず、他のポケモンたちとも家族同然に打ち解けている彼女ですが、やはり彼らは両親のポケモン。自分と特別仲良くなってくれる自分のポケモンが欲しいと、近頃はそればかり考えていました。
彼女が自分のポケモンを欲しがる理由は、もう一つあります。
少しでも世話を怠れば萎んだり枯れたりと、すぐに傷んでしまう、気難しいドレディアの花飾り。それをいとも容易く常に鮮やかに、瑞々しく保っていた父親の腕前。
ナズナはお父さんと同じポケモンブリーダーになり、ゆくゆくは彼のドレディアに負けないくらい魅力的なポケモンを育てたいと思い、自分のポケモンを欲しているという訳なのです。
ですから、この勝負には負けられません。このチャンスを逃す手なんてないのです。
けれど……けれど。
どうしても今のナズナには、去年のような元気が沸いて来ないのです。
白いお皿の上には緑色のポロックが四つ、黄緑色のポフィンが二つ乗っていました。どちらも苦くて美味しい、ポケモン用のお菓子です。
木製のローテーブルにそれを置いたコウジは次に、お花のお香を焚きました。春の温もりを思わせるふくよかな香りが、ふわりと周囲に広がります。
お皿とお香の他に、薄汚れたモンスターボールと、金色のトロフィーが幾つか並ぶ机上を、陽射しが照らしています。
コウジはそこへ更に一輪挿しを据えました。
煌びやかに輝くトロフィー群より眩く目を引くそれは、見事に花開いた、紅色のチューリップ。
モンスターボールへ、そしてチューリップへ向けて彼が何か言おうと口を開いた途端。
庭から一層賑やかな声が聞こえて来たので、コウジはつられて、窓の外へ視線を移しました。
あれからナズナはお庭をぶらぶらとしながら、ジグちゃんには発見出来なさそうな場所にあった卵を四つ、左腕にかけたバスケットへしまいました。
ペリッパーポストの中から、ハート柄の卵。
自転車の籠の中から、青空を描いた卵。
窓辺のプランターの中から、トゲピー柄の卵。
生垣の間から……何をイメージしたのかよく解らない、芸術的なタッチの卵。
他にはどこにあるだろうかと辺りを見渡したナズナはお庭の隅で、なんだか不思議な動きをしているジグちゃんを見つけて、歩み寄りました。
「ぐぐぅーん!」
ズルッどしゃっ。
「みみ、みみみ」
「ぐぐっ! ぐぐうぅーっ!!」
ズルズルどしゃっ。
ズルズルズルズルどしゃっっ。
「みみみみみっ!!」
「ジグちゃん…それは取るのむずかしいと思うよ?」
ナズナが歩いて行った先には、つやつやした葉っぱをどっさりと茂らせた一本の木がありました。タチバナ家の一階の屋根より、ちょっとだけ背の高い木です。
その根本で蹲るジクちゃん。幹をよじ上ろうと何度かチャレンジしたのですが、途中で勢いが続かなくなってずり落ちてしまい、身体中を満遍なく土で汚していました。
何故そんなことをしているのかと言うと、一番地面に近い枝――とは言っても、ナズナが背伸びして目一杯腕を伸ばしてもぎりぎり届かない距離――の付け根に、ピンク色の卵を見つけたからなのです。ジグちゃんはこれを取るために奮闘しているのでした。
愛らしい見た目に反して好戦的な性格のジグちゃんは、これしきでは諦めません。暫し休んで力を取り戻すと、再び幹を駆け上り……ズルどしゃっと音を立てて、またまた地面にお尻を打ちつけました。
「みみみみみっ!!」
一所懸命頑張っているジグちゃんを、ナズナも心の中で応援します。しかし、その後ろで水を差すかのように笑っているポケモンが一匹。
ナズナはジグちゃんの代わりにそちらへ冷たい眼差しを寄越しましたが、それくらいなんのそので“ジグちゃん頑張れムード”をぶち壊しているポケモン……ミミロップは、笑い声を僅かすらも緩めません。彼がちょっぴり意地悪なのはタチバナ家の誰もが知る事実ですので、ナズナは、あとは呆れたように息を吐くだけでした。
敵とは言えあまりに健気なジグちゃんを前に、ナズナは手を貸そうかと考えつきます。が、彼女が動き出すより早く、その場に新しく現われた者がありました。
「ラッチ!」
「ぐぐ?」
シャカシャンシャンと体を鳴らしながら、マラカッチがジグちゃんの傍にやって来ました。
彼が何やらちょいちょいと腕を振って指示をしますと、ジグちゃんが木から遠ざかって行きます。
「カチッチ!」
幹に対峙したマラカッチの合図で、ジグちゃんがジグザグ走行でそちらへ走り出します。マラカッチの背中から頭を踏み台にして、目的の枝へ一気に駆け上り……そしてついに、ピンク色の卵を口に咥えました。
「みみっ…」
いいのかソレ? とでも言いたげに二匹を見つめるミミロップに、ナズナは「あなたがあんな所にかくすからしょうがないでしょ」と、ジグちゃんのいる枝を指しながら言いました。
そう、あそこに卵を隠したのは他でもないミミロップなのです。
毎年最低でも三個は、ナズナたち子供が見つけられない、取れないような場所に卵を隠してしまうのが彼の癖。結局誰にも取れず後片づけが面倒なので、再三コウジが注意して来たのですが、ちっとも懲りていないのでした。
「ぐぐぐっ!!」
するすると幹を伝って地面に降りたジグちゃんは、すぐさま玄関先のバスケットに新しい卵を置きに行きました。
目つきの悪いピンク色。タマタマの顔を描いた卵です。
無理難題に果敢に挑んだジグちゃんは、しかし休む間も無く、次なる標的を求めて再度お庭へ駆け出します。物を探す競争というのが、彼女には楽しくて堪らないのでしょう。
役目を終えたマラカッチは、ミミロップの耳を棘の手で掴んで家の中へと回収します。二つの意味で痛い痛い、と言う風にミミロップが大声で抗議していましたが、扉が閉まったことで音量は小さくなり、やがて聞こえなくなりました。
タチバナ家のお庭に流れる音は、ジグちゃんの足音と、ゆるやかな春風に揺れる草花の音だけになりました。
「…………」
ナズナは先程のことを思い出します。
一心に卵狩りに精を出すジグちゃん。
彼女の真摯な姿に、ナズナは申し訳が無いような気持ちになりました。
ジグちゃんはあんなに頑張って、自分との競争を純粋に楽しんでいる。それに比べて自分は他の事に気を取られて、真剣に勝負をしようとしていない。
ナズナは自分が、冗談みたいに無気力な自分が、情けなくなって来たのでした。
元気を出さなきゃいけないのは解っています。
いつまでも悲しんでいたって、何も変わらないことだって解っています。
でも、頭で解っていても、心がそれを受け付けないのです。
どうして、あの子はここにいないのでしょう?
「…………えっ」
さわさわと草木を揺らして吹き抜ける風。その中に、自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がして、ナズナはぱっと振り返りました。
一本木とは正反対の場所。生垣の前に赤茶色の煉瓦で、半月を画くように造られた花壇がありました。赤、白、黄色、ピンクに紫と、色とりどりに咲き匂うチューリップで溢れています。
とても綺麗です。
とてもとても綺麗なのです。
それはもう、悲しくなってしまうほどに。
「…………」
この花壇は昨秋、妻から注文を受けてコウジが造りました。
チューリップの球根はナズナとドレディアがふたりきりで、快速列車に乗って三十分ほどの、ホドモエシティのマーケットで買って来ました。
来春、そしてイースターの日曜日に満開になってくれるように願いながら、ふたりで植えたのでした。
そして今日。
チューリップたちは狙い澄ましたかのように一斉に花開き、花壇を輝かせています。
まるで彼女が、ここにいるよと伝えているかのように。
ナズナは吸い寄せられるようにチューリップの方へと足を運びます。
本当は見たくない。思い出してしまうから見たくないけれど、それ以上に美しく可愛らしいので、一度視界に入れてしまうと、見入らずにはいられませんでした。
ゆっくりゆっくり、近づきます。
と、その時。
「わっ」
ナズナは驚いて、思わず足を止めました。花壇の中央、緑色の茎と茎との隙間に――何やら大きくて丸い物が置いてあるのを、見つけたのです。
見間違いかと思い、手の甲で両目を擦ってみましたが、やはりそれは消えたりせず、そこにありました。
おっかなびっくり、歩み寄るのを再開します。
あっと言う間に到着した花壇。果たしてそこにあったのは……赤いリボンでラッピングされた、大きな大きな卵でした。
ナズナは驚愕に目を瞬かせつつ、それに手を伸ばします。恐怖心よりも好奇心が勝りました。
卵はナズナの頭と同じくらいの大きさで、全体的に薄い緑色、下部が僅かに白くなっていました。堅い殻の内側から、じんわりとした温もりと微かな鼓動が伝わって来ます。
初めて見た、初めて触れたけれど、ナズナにはこれが一体なんの卵なのか、瞬時に理解出来たようでした。
そして、これがどうしてここにあるのか、どうすべきかを両親に相談するため、家へ取って返そうと思いました。
が。
「タイムアーーップ!!」
大きな卵を抱えて玄関を振り返ってみれば、いつの間にかコウジが家から出て来ていて、しかも出し抜けに大音声を張り上げたので、ナズナは卵を取り落としそうになりました。
「そこまで!! ふたりとも戻って来ぉい!」
「ぐぐーーっん!」
家の影になっているお庭の隅っこから、ジグちゃんが帰還。ナズナも、とりあえず大きな卵を持ったまま父親の元へ向かいます。
ジグちゃんはぱたぱた尻尾を振ってご満悦です。コウジはジグちゃんを宥めるように背中をわしゃわしゃ撫でながら、双方のバスケットに入っている卵を数えます。
「ナズナは四つ。で、ジグは九つか。ということは……今年のエッグハント、勝者はジグだっ! おめでとう、ジグ!!」
コウジが喜色満面で拍手して、娘もそれに従います。
分かり切っていた結果なので、ナズナは悔しがったりしません。今はそれよりも、この大きな卵が気になって仕方がありませんでした。
「ぐぐぐーっ!」
ジグちゃんは自分が勝ったと理解すると、待ち切れないとばかりに父娘の足下をぐるぐる周ります。
「賞品は家ん中だ!」
玄関の扉が開かれると、ジグちゃんはコウジに足を拭ってもらうことも忘れて、家の中へ飛び込んで行きました。
「お父さん。これ、野生のポケモンが落としたのかな?」
ジグちゃんへの豪華賞品を渡して一息ついた父に、ナズナは大きな卵を差し出しました。コウジは娘のとぼけた台詞に、少し笑ってしまいます。
「落とし物じゃない。それはドレディアから預かった、ドレディアとマラカッチと俺からの、おまえへのプレゼントだ」
「え?」
意味が解らず、頭上に疑問符を幾つも浮かべるナズナ。
しょうがないなと呟き、コウジは娘を、一階の南側の部屋へ招きました。あの日から、ナズナが一度も入りたがらなかった空間です。でも今は父の発言の意味を知りたい気持ちの方が強く、中に入るのに今までのような躊躇いはありませんでした。
お花のお香と陽光が満ちた部屋。
彼女が、最期の時を迎えた場所。
コウジの最初のポケモン、ナズナの掛け替えの無いお姉さんは、今年の始め、タチバナ家から居なくなりました。
寿命だと、町のポケモンドクターは言いました。
怪我や病気が原因なら治療は出来るけれど、寿命ならば、周りに出来るのは「ありがとう」と笑って見送ることだけなんだと、コウジは言いました。
人もポケモンも、いつかは「さよなら」を言わなければならない時が来ることは、ナズナも知っていました。解っていました。
けれどこんなにも早くその時が来るなんて、思っていなかったのです。
部屋の窓際にあるローテーブルの前へ、父と娘は座りました。
「おまえ、自分のポケモンが欲しかったんだろ? 本当はおまえとジグと、どっちかにしか賞品はやれないルールだけどな。今年は特別だ」
「……?」
まだピンと来ていない様子の娘に、父はこう問います。
「ナズナ。イースター・エッグに込められた意味、覚えてるか?」
イースターをお祝いすることに決めた年に、ナズナはコウジにそれを教わりました。
けれども当時のナズナはたったの四歳。聞いたことは薄らと覚えていますが、内容までは覚えていません。
素直にそのことを伝えると、父はもう一度教えてやると言って、ゆっくりと語り始めました。
昔々ある国に、神の御子と崇められていた救世主がいました。
彼は磔にされて亡くなった三日後に、奇跡の復活を果たしました。
彼の信者たちは救世主の復活を祝うため、あるお祭りを始めました。
それがイースター、すなわち『復活祭』なのです。
イースター・エッグは、救世主が死という殻を破って蘇ったこと。そして、冬が終わり草木に再び生命が蘇る春の喜びを表わしているのだと、コウジは言います。
「だけど神の御子と違って、人もポケモンも、一度死んでしまったら絶対に蘇らない」
その言葉にナズナは悲しげな顔を伏せました。
理解していても人から改めて言われると、やはりつらいものなのです。
「でもな。命は蘇らなくても、残された者が生きてる限り、いつだっていくらだって、蘇るものがあるんだ」
続いた台詞に今度は不思議な顔をして、ナズナは父を仰ぎます。
「思い出とか、絆とかな」
娘を安心させるように、コウジはにっと笑顔を作ってみせました。そして、ナズナの腕の中にある卵に視線をやります。
「今度はおまえがそいつの姉ちゃんになってやれ。ドレディアの時と同じ強さで、そいつと仲良くなるんだ」
そうすればドレディアとの絆も繋がり続けるだろうから。
そのようにコウジは続けました。
「…………」
ナズナはドレディアの遺した卵を見つめます。
大きくて温かな卵です。
そこでふと、ナズナは閃きました。
ナズナはここ数日、ずっと憂鬱でした。
それはドレディアを亡くした悲しみから立ち直れずにいたからだけではなく、自分以外の皆がとても楽しそうに笑っていたから。
数日前までは自分と同じように悲しみ、寂しさを露わにしていた皆が、今日はもうすっかり笑顔になっていることが、ナズナの悲哀を助長させていたのです。
ドレディアを悼む心を無くし、彼女の命が失われたことに対する嘆きから解放される代わりに、愛し慕った彼女自身のことすらも忘れてしまうのではないかと……そんな風に考えていたのです。
しかし、きっと、そうではなかった。
皆が嬉しそうなのは悲しみを忘れたからではなく、ナズナが、卵から生まれるポケモンと出会って笑顔になる瞬間を、楽しみにしてくれているからではないかと、ナズナは思い至りました。
「ドレディアを亡くす前にも、俺は何回もポケモンを亡くしてきた。事故、病気、寿命…死因は色々だ。その都度もうポケモンなんて育てない、と思った。別れはつらいもんな」
コウジがしみじみと、部屋中に飾ってあるトロフィーや表彰状を見て言います。
「でもやっぱりまた育てちゃうんだよ。別れのつらさより、一緒に過ごしてる時の楽しさの方が何百倍も強い所為で、さ」
亡くなった者を想う限り、思い出はいつでも蘇る。
亡くなった者と同じ強さで新しく生まれた者を想えば、絆は何度でも蘇る。
コウジはそうして、沢山のポケモンを育て続けました。
その意思を絶やさないためにと、イースターを祝うようになったのでした。
「おまえもそういう風に考えてみろ。そうすりゃきっと、ドレディアも喜ぶぞ」
最後にそう言い残し、コウジは頬笑みを掲げたまま部屋を出て行きました。
一人残されたナズナは、じいっと卵を見つめます。
この中に宿る命が、あの子との絆を蘇らせてくれる。
心の中で唱えてみると、不思議と元気が沸き起こって来るように感じられました。
「今度は私が……」
静かな、決意の声。
――コトッ。
応えるように卵が、微かに揺れました。
「ナズナーそろそろご飯よー」
暫くしてリビングから、お母さんの声が聞こえて来ました。
弾かれたように壁掛け時計を見ると、もうお昼に近い時刻を指しています。
「はあーい」
返事したナズナの表情と声色は、もう悲しみも寂しさも帯びていませんでした。
優しく強く、卵を抱え直して起き上がり、部屋を出ます。
「ぐぐ〜ぅ」
廊下に出るとジグちゃんが、エッグハントの賞品なのでしょう、赤いポロックやポフィンが沢山入った袋を咥えて待っていました。
すっきりとした面持ちのナズナを見て、尻尾をぶんぶん振って喜びます。
「行こう、ジグちゃん!」
豆狸に微笑みかけ歩き始めるナズナ。その隣を、ジグちゃんは弾んだ足取りでついて行きます。
リビングには既に皆が集まっていて、ご馳走を取り囲み、今日一番の満面の笑みでナズナたちを迎えてくれました。
ナズナも負けじと、破顔一笑。
もうすっかり、元気なナズナに復活です。
今日はイースターの日曜日。
そしてカナワタウンに、ポケモンブリーダーの卵が生まれた日です。
春の陽射しが皓々と降り注ぐ、チューリップの花壇で。
私はその日、歓喜に満ち溢れたタチバナ一家の団欒を、いつまでもいつまでも、眺めていました。
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初投稿です。メルボウヤと申します、以後お見知り置きを!
マサポケへは一昨年の夏頃(BW発売前ですね)から度々訪問、閲覧させて頂いておりました。普段は専ら絵を描いているのですが、皆さんのお話を読んで、自分ももう少し文章が上達したらいいなぁと思い、まずはポケストに投稿するべくヤドンの歩みでぽつぽつ書いておりました(^v^)ゞ
今回投下させて頂いた話は、コンテスト第二回のお題【タマゴ】をお借りして書きました。案自体は作品募集時に既に出来ていたにも関わらず、なんやかやで完成はその約一年後という; 今月に入ってもまだ絶賛グダグダ状態だったのですが…今年のイースターである本日(西方教会と東方教会で日にちが違う年もあるようですが)に、なんとか間に合わせることが出来ました。今年を逃したらもう書けない気が致しましたので…!
ポケスコ第二回の締め切り延長前の投票開始予定日(だったかと…うろ覚えです;)が去年のイースターだったというのは、ここだけの秘密です(?
一万字以内に収める予定でしたが微妙にオーバーしました。もう少し削れる所がありそうなものの、私のレベルでは今日中に間に合いそうにないので、とりあえずこのまま投稿させて頂きました。
文字数以前におかしな点も大分あると思いますし、追々修正したいです^^;
文章を書くのって物凄く難しい。でも絵や漫画では表現出来ないこともあって、上手い具合に組み立てられるととても楽しいです*´▽`*
第一回・第三回のお題でも考えた話があるので、そちらもBW2発売前には投稿したいなと思っております。またお会い出来ましたら、その時もどうぞよろしくお願い致します^^
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
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2012.4.8 投稿
4.30 修正
よく考えずに削ったら益々おかしくなっていたので、投下直前に削った部分も元に戻しました。もう文字数なんて気にしない。(どうなの
すいません、肝心の企画ページのURLを入れてませんでした、というわけでいろいろやったんですが直接飛ぶのは難しいみたいなんで
下記の記事にあるURLから飛んでください
http://rutarutamaro.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
お手数をおかけしてすいません
「すみません。バトルタワーにエントリーしたいんですが……」
「ああ、新規の方ですね。本日はまことにご利用いただきありがとうございます。ご不明な点がございましたら、お気軽にお尋ねください」
「はい……実は僕のポケモン、50レベルを過ぎてしまっているんですが……」
どうにも落ち着かないのか、まだ若いトレーナーは腰につけてあるモンスターボールを左手でいじっていた。
「大丈夫ですよ。バトルタワーではポケモンのレベルを調整できるように整備されていますので」
トレーナーの緊張を和らげるためなのか、営業スマイルなのかは分からないが、社員が作る笑顔を見て、彼は安心したように息をついた。
「そうなんですか。レベルを調整できるだなんて、驚きです」
「正確にはレベルを調整するわけではなく、能力値を調整するんですよ」
彼のふとした疑問にも、社員は笑顔を崩すことなく答える。
「それはどのように?」
「例えば、タウリンやインドメタシンなど、ポケモンの能力値を上げる薬品がありますよね? そのベクトルを逆に応用し変化させ、体内のたんぱく質を分解し筋肉量や技のキレ具合を下げるんです」
「それはすごいですね。どうしてそのような薬品が、一般店で販売されていないんでしょう?」
初めから変わらぬ笑顔で、社員はにこやかに答えた。
「ポケモンのホルモンや新陳代謝を乱す有害な薬品が多量に含まれているので、一般販売はされておりません」
トレーナーはバトルタワーを後にした。
こちらこそ初めまして、くろまめです。
ギャグはほとんど勢いで書いてるんですけどね(笑)
案外考えない方が良いアイディアが浮かんだりしますよ。
最近の悩みは、会話文と地の文の比率が悪いことです。
いっそのこと地の文だけにしたいくらいです(笑)
ご感想ありがとうございました。
タイトルのまんまですが、自分主導でコンテストをやることになったのでその宣伝です
とりあえず、このサイトに概要は置いてあるのですが主催者が編集をミスって見れなくなることがよくあるので、ここにも書いておきます
お題「あい」(自由に変換可能)を使って、ポケモン二次創作小説コンテストをやります
締め切りは6月いっぱい 下限文字数は100文字で上限文字数はなし
それでお題として、キャッチコピーも使おうと思います
キャッチコピーというのは本の帯なんかに
「期待の新鋭、現る」とか
「まさか、こんな遅くにやってくるやつがいるとはな」とか
「あの勝負だけが心残りなのよ」
と言ったような中身が気になるような販促用のフレーズです
お題のキャッチコピーが似合うような小説を創作してください
「あい」を主題とするなら、このキャッチコピーは副題といったところでしょうか
それでこのキャッチコピーなんですが、複数あるうちの一つを採用してくださいというべきところなんでしょうが主催者の頭ではかっこいいフレーズが思い浮かばないので、公募しようかと思います
数は七つ前後 二桁はいかないように数の調整をいたします
【分からないことがあったら遠慮せずに聞いてください】
『講評
タカヤ様
技の完成度・ポケモンの手入れは、よくできています。ですが、技のオリジナリティーが欠けているために、今回の予選通過はなりませんでした。
次回からはその点に気をつけてみてください。
ポケモンコンテスト運営委員会トキワ支部部長 ミヤ』
「――だってさ、キレイハナ」
トキワシティコンテスト会場前公園、そのベンチに腰掛けて今回の講評を読み上げてみる。
横では共にステージに上がったキレイハナが、しょんぼり落ち込んでいた。
だいぶ練習し自信をつけて参加したのに、予選すら突破できなかったとなれば当然かもしれない。俺も顔には出してないが内心けっこう凹んでいる。
「ただ、技を磨くだけじゃダメなんだな」
美しく魅せるためには、オリジナリティーが必要だとは考えたことがなかった。確かに言われてみれば、グランドチャンピオンを決める大会に出場するようなポケモンたちは、他のひととは一味違う――それでいて綺麗な技を多く使っていた気がする。
けれど、自分のこととなるといい案が思いつかない。他の人がしないような技、か。
「でもなー、どうすりゃいいんだろ」
ごろん、と寝転がって空を見上げる。キレイハナに当たらないように腕を組んで枕にする。
視界に入るのは、真青な空――と満開の桜の木。花びらが風に煽られてひらひらと空を舞っていた。
「ん……?」
一瞬何かが頭をよぎった。
「花びら……桜……舞う…………。これはいけるか?」
たった今思いついたことを、隣でいまだに落ち込んでいるキレイハナに提案してみる。
「なあ、桜の花びらを使って「はなびらのまい」ってできるか?」
俺の提案にキレイハナはしばらく黙って考え、そして――首をかしげた。
「まあ、やってみなきゃわかんないか。とりあえず、ほら元気出せよ」
キレイハナの背中をぽんと叩いて、ベンチから下りるように促す。
しぶしぶといった感じでキレイハナは地面に下り立ち、「どうすればいいの?」と視線を向けてきた。
「んー……」
そういえばキレイハナの「はなびらのまい」は、自身から出すものと周りにあるものを操って技とする――と聞いたことがある。
ならばとキレイハナを桜の花びらが多く落ちている木の下へ連れて行き、とりあえず試してみる。
「よし、キレイハナ。はなびらのまい!」
俺の指示に応えてキレイハナが踊りだす。
小さい手足を器用に使って舞う。段々と桜の花びらが宙に浮かび始め、キレイハナを中心として回りだす。
「おお……!」
いつもの赤い花びらも悪くはないけれど、これは格別だ。
キレイハナの緑、黄、赤の三色に花の桜色が映え、よりいっそう美しく見える。
先ほどのコンテストで使ったものと同じ技なのに、全く別もののようだ。
「春限定ってのもなかなかいいよな」
桜吹雪の中で舞うキレイハナを見ながらそんなことを思った。
「よくやったぞ。これなら本番でも使えそうだよな」
技が終わると、すぐに駆け寄ってキレイハナを抱きかかえた。
キレイハナもさっきまでとは打って変わって上機嫌だ。
この調子なら次の大会はいいところまで行けるはず!
「さてと、あとは桜をどうやって会場まで持ってくかだな。そのまま持ってくってのも芸がないし」
残るはこの問題だ。俺が桜の花びらを大量に抱えてステージに上がるのは、なんだかつまらない。上手く持ち込む方法はないだろうか。
と考えていると、キレイハナが広場の方を指した。
そこでは母親と姉妹が芝生に座り込んで何かをしていた。
「ねーねー、次は私の!」
「はいはいユキは何を作ってほしいの?」
「ミキと同じ髪飾り!」
「それじゃ、今度自分でも作れるようによく見ててね」
「はーい!」
どうやら、落ちている桜を使ってアクセサリーを色々作っているようだった。
「お前もあれが欲しいのか?」
うーんと少し考えて、キレイハナはあの家族の方を指してから、次に自分の頭を指した。そして、さっき見せた「はなびらのまい」の動きをして見せる。
えっと……要するに、
「花びらを衣装の一部にして、技の時にそれをバラして使う――ってことか?」
当たりというようにキレイハナが一言鳴くと、足元にあった花びらの山から一すくい持ってきた。
「そうと決まったらさっそくろう――って言いたいところだが。髪飾りの作り方、俺わかんないんだよな。向こうで一緒に聞いてこようぜ」
キレイハナを誘って俺は親子の方へ走り出した。
その後、桜のはなびらのまいを使うキレイハナとタカヤは徐々に注目を浴びて行き、何度か優勝することもできた。
ただ、キレイハナが技のたびに分解する髪飾りは、毎回タカヤが直しているとか。
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こちらでは初めて投稿しました、穂風です
ポケモンのお話を書くのはポケコン以来なので――半年ぶりでした
ポケモンだからできるようなほのぼのしたものを、のんびり書いていこうと思います
【描いてもいいのよ】
【好きにしていいのよ】
初めまして、akuroと言う者です。
くろまめさんギャグ上手いですねー! 私もギャグ物を書いてるんですが、到底及ばない……尊敬する域に達してます!
後編も楽しみにしてますね!
この小説は、きとらさんより寄せられた「586さんの描く『ダイゴさん』像を見てみたい」というリクエストを受けての、586なりのレスポンスです。
拙い点ばかりですが、少しでもお気に召していただければ幸いです。
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第一印象は、彼はなぜこんなものを集めているのか、という至極単純な疑問だった。
「これは……石、ですよね?」
「そう。石だよ。どこにでも落ちていそうな、"路傍の石"さ」
ありきたりな石ころですよね、と私が二の句を継ごうとしたところに、先手を打って言われてしまった。過去に何度も同じことをされているとはいえ、この鋭さにはいつもヒヤリとする。
硝子戸を引いて、石を一つ取り出す。ケースから出てみれば印象が変わるかと一瞬期待したが、胸元まで寄せられた石は紛れも無く、これといった特徴の無いただの石だった。
「その、何か変わったところがあるとか……ですか?」
「この石がかい? いや、変わったところなんて一つも無いよ」
「一つも、ですか」
「ああ。硬さも形も色も重さも、どれを取っても特徴の無い、普通の石だね」
本人曰く「特徴の無い、普通の石」を、手袋を嵌めた手でもって繁々と眺め回す。その表情がまた童心に返った子供のように楽しげなものだから、首を傾げる回数ばかりが増えてしまう。私を軽くからかっているのか、と思ったが、彼の面持ちを見る限り、私のことは意識の埒外にあるようだった。
ひとしきり石を眺めて、満足感ある表情のまま一端目を離す。すっ、と流れる水のように、彼の視線が私に向けられた。
「そうだね。君が今何を考えているか、当ててあげようか?」
「……」
「どうして僕がこんな石を持っているんだい、そんなところじゃないかな?」
「……そうですね。概ね、それで合ってます」
こくり、こくり。二度に渡って深く頷く。右手に石を載せたまま、彼は話を続ける。
「僕がこの石を拾った理由、僕がこの石を残した理由、僕がこの石を飾った理由。それは……」
「それは……?」
一歩前に出て、彼の言葉に耳を傾けた。
「この石が、十枚の絵を生み出したからだよ」
十枚の絵を生み出したから、彼はこの石を今も大切に保管している。投げ掛けられた言葉の順序を整理すると、以上のような形になる。確実に言えるのは、何のことだか訳が分からないということだけだ。
私が困惑するのを見事に見透かして、彼はようやく本題に入った。
「いつだったか、少し遠出をしたときに、絵を描いている女の子がいたんだ」
「スケッチブックを抱えて、ですか?」
「うーん、そうとも言えるし、そうとも言い切れないね」
「それって、どういうことなんです?」
「持っていたのが、スケッチブック……が映し出された、タブレットだったんだ」
「ああ、今流行の……」
「そうだね。タブレットにペンをカツカツ走らせて、外で絵を描いてた。あれは、今風でいいと思ったよ」
彼が出会ったのは、スケッチブック・アプリをインストールしたタブレットを持って外で絵を描いていたという少女、だと言う。紙のスケッチブックを持ち歩く時代はもう終わったのかなどと、要らないことに思考を巡らす。
「絵を描いていたのは分かりましたが、どうして石が関係するんです?」
「気になるだろう? 僕も気になったんだ」
「そ、それは、どういう意味で……?」
「タブレットに描かれていたのが、今ここにある石だったからね」
再び、私の前に石が差し出される。彼のエピソードを踏まえて、もう一度石を眺める。何かのきっかけがつかめれば、何か目に留まるものがあれば、そんな期待を込めて送る視線。
そして二十秒ほど石を眼に映し出して、込めた期待は見事に空振りに終わったことを気付かされた。眼前の石はやはり何も変わらない、ただの石でしかなかった。
「この石を、タブレットに描いていたんですか」
「そう。一心不乱にね。すごく楽しそうだったよ」
「楽しそうに、ですか……」
「それはそれは、ね。繰り返しペンを走らせて、タブレットの中のキャンバスを作り変えていったんだ」
彼が遭遇した少女は、この何の変哲も無い石を題材に、楽しそうに絵を描いていたという。俄かには信じられないというか、流れの読めない話だ。一体何が、タブレットの少女をそこまで惹きつけたのか。
「気になったから、僕は思い切って声を掛けてみたんだ。『どうして石を描いているんだい』ってね」
「声を掛けたんですか」
他人にいきなり声を掛けるというのが、いかにも彼らしいと思った。以前にもトレーナーに声を掛けて、その後も何度か合っている内に親しい仲になったとか、そういう話を聞いている。
「そう。一度気になったら、調べずにはいられない性質だしね」
「そのことは、私もよく知ってます」
「ラボを空ける一番の理由は、間違いなくそれだからね」
石ころを掌の上でコロコロと転がしながら、彼は穏やかに答える。少女に声を掛けたときの情景を思い返しながら、その様を適切に形容できる言葉を探している。過去の出来事を話すときの彼の姿勢は、いつも同じだ。
「彼女はあなたに、どう答えたんですか?」
話すべき内容を取りまとめたのか、彼がおもむろに口を開いた。
「『どうしてって、石を描きたいから』」
「それが、答えだったんですか?」
「ああ、はっきり言われたよ。それ以外に理由なんか無い、って顔でね」
石をタブレットに描いていた少女が、何故石を題材に採ったのか。答えは、石を描きたいから。石を描きたいから、タブレットの上で繰り返しスタイラスペンを走らせている。
これ以上無い、最大の理由。描きたいから描くという、もっとも容易く理解できる理由だった。
「楽しそうだったよ。ペンをしきりに走らせて、どんどん石を描いていってさ」
「そんなに熱中していたんですか」
「僕も驚くくらいね。一向に止まらないんだよ。ディスプレイの中に、じわじわ石が浮かび上がっていくようだったね」
彼はそんな少女に興味を持って、もっといろいろな事を知りたくなったんだ、と言った。
最初の疑問である「何故石を描くのか」は分かった。けれどそれだけでは満足せず、「何故石を描きたくなったのか」、それも聞き出したくなったらしい。
「石を描きたい理由、それを知りたくなって、僕は続けて質問したんだ」
「どうして石を描きたくなったのか……そういう質問ですね」
「うん。そうしたら、彼女は詳しいことを教えてくれたんだ」
タブレットを操作する真似をして見せながら、彼は少女が教えてくれたという内容を復唱し始めた。
「彼女はインターネットのイラストコミュニティに、よく絵を投稿しているらしいんだ」
「ああ、あの……」
「たぶん、君の考えているところだろうね。そこは絵を投稿できるだけじゃなくて、絵にコメントを付けたりもできるんだ。すごい時代になったね」
「コミュニケーションの手段として絵がある、ということですね」
「その通り。彼女はそこで、好きなように絵を描いていた……けれど」
ふう、と小さく息を吐いて、彼が声のトーンをわずかばかり落とす。
「世の中には狭量な人がいる。それは、君もよく感じているだろう?」
「……そうですね。残念ですが、頷かざるを得ません」
「ああ。彼女もそこで、面倒な人に絡まれたんだ。コメント欄で、一体何を言われたと思う?」
彼は手にした石を掲げながら、ぽつりと一言呟いた。
「『あなたのような"路傍の石"が、知った風に絵を描かないでください』」
ぽつりと、一言呟いた。
「コメントを寄せたのは、彼女もよく知らない人だった」
「見ず知らずの人、ですか」
「そう。調べてみたら、少し前に同じコンテストに絵を投稿していた人だって分かったらしい」
そのコンテストで、少女は審査員特別賞を貰い、コメントした人は選外に終わったという。その構図が明らかになった時点で、彼女はコメントした人の意図が分かったようだった。
「有り体に言えば、彼女に嫉妬したらしいんだ」
「やはり、そうだったんですね」
「ああ。自分の絵が評価されなくて、彼女の絵が特別な評価をもらったことに、嫉妬したみたいなんだ」
評価されなかったのは、自らの努力不足に尽きる──すぐにそう帰結できる人間は、それほど多くはない。大抵はそれを認められなくて、外的要因を探してしまう。
コメント者にとっての外的要因は、少女だった。つまりは、そういうことだ。
「それで、あんなコメントを寄せた」
「……」
「あれっきり一度も顔を見せないから、邪推や推測が山ほど混じってるけどねって、彼女は付け加えたけどね」
そう話す彼の表情は、なぜかまた、楽しげなものに戻っていた。
「けど、ここからが面白くてね。彼女はそのコメントを見て、ふっとイマジネーションが浮かんだらしいんだ」
「イマジネーション?」
「そう。"路傍の石"という部分に、何か来るものを感じたって言ってたね」
「よりにもよって、その部分に刺激を受けたんですか」
「そうだね。いてもたってもいられなくなって、タブレットを持って外へ出た──そうして、僕に出会った」
掌の石を握り締めて、彼が再び話し始める。
「僕に出会うまでに、彼女は九枚も絵を描き上げたって言うんだ」
「まさか、全部石をモチーフにしてですか?」
「その通り。落ちている石を見つけて、何枚も何枚も、絵を描きつづけたんだって。石にばかり目が行って、"周りが見えなくなる"くらい、熱中してね」
「……」
「僕の前で十枚目を描き終えたあと、彼女は、自分が感じたことを僕に教えてくれたんだ」
「同じ形の石は存在しない」
「同じ色の石は存在しない」
「同じ大きさの石は存在しない」
「同じ重さの石は存在しない」
「すべての石は違っていて、"ありきたり"な石なんて存在しない」
「"路傍の石"は、すべてがあふれる個性の塊だ……ってね」
「絵を描いているうちに、彼女は同じ石が一つとして存在しないことに気づいた」
「同じ石は、存在しない……」
「似ているように見えて、手に取ってみるとまったく違う。それが面白くて、どんどん絵にしていった」
「そうして導き出されたのが、さっきの言葉なんですね」
「ああ。晴れ晴れとした表情だったよ。新しいものを見た、って感じのね」
口元に笑みを浮かべて、彼が私に目を向ける。
「そういえば」
「どうしました?」
「君は、僕が石を集める理由を知ってたっけ?」
不意に話を振られて、思わず答えに窮する。石を集めているということは知っていても、「なぜ」石を集めているのかということは、どうも聞いた記憶が無い。
詰まったまま時間が流れるに任せていると、割と早々に彼が助け船を出した。
「僕が石を集める理由は、石が好きだから。けれど、それだけじゃない」
「それだけではない、と……」
「そう。もう一つ、理由があるんだ」
一呼吸置いて、彼が私に"理由"を教えてくれた。
「石に関わる人、それが好きだからさ」
「人との関係、ですか」
「そう。石があって、人がいて、石を軸にして人が関わりあう。それが好きなんだ」
石を掲げて、彼が言う。
「人と石は、よく似ている」
「まったく同じ石が存在しないように、まったく同じ人も存在しない」
「在る場所で、丸くもなるし鋭利にもなる」
「他者とのぶつかり合いで、いかようにも形を変えていく」
「本当に、よく似ていると思うんだ」
人と石の類似性。生まれ持った個性、環境に左右される姿、他者との接触で変貌していく形。なるほど、言われてみれば似ている気がしてきた。
彼が何を言いたいのか。その輪郭が、朧げではあるが見えてくる。
「僕は、珍しい石も好きだ。すごく好きだよ」
「珍しい石"も"?」
「そう。珍しい石"も"だよ。だから──」
「珍しくない石も、また?」
「その通り。外を歩けば道端に転がっているような"路傍の石"、それも大好きなんだ」
さっきも言ったけれど、と前置きした上で。
「この石は、道端に落ちていた石だ」
「タブレットの少女が絵のモチーフに採った、ですよね?」
「その通り。彼女が絵に描いた、"路傍の石"だ」
掌に載せられた小さな石。
「道端に落ちていたところで、誰も気づくことのないような、ありふれた石」
「けれどその石は、一人の女の子に、人としての生き方にさえつながるような、大きな示唆を与えた」
何度見たところで、石がただの石であることに変わりはない。何の変哲もない、ただの路傍の石。
石がただの石に過ぎなかったからこそ、大きな影響をもたらすことができたのかも知れない。
「人は皆、路傍の石だ」
「気付かれなければ意識されることもなく、そして誰かに影響をもたらすこともない」
「僕も君も、あの少女も同じ。すべては、路傍の石に過ぎない」
すべての人は、道端に転がる石に過ぎない。
「それは、実に素晴らしいことだと思うんだ」
「二つと無い存在が邂逅して、融和して、衝突し合う。そうして、また新しい存在になる」
「石も人も、ぶつかりあって変わっていく。それが、すごく面白いんだ」
気にも留めなかったはずの存在が、進む道を変えるほどの存在になり得る。彼は、そこに面白さを見出していた。
「この石を手元に置いておこうと思ったのは、それを思い返すためさ」
「人は皆路傍の石、そして、路傍の石は代わりのいない存在。この石は、それを思い出させてくれる」
「ありふれたものほど、かけがえの無い存在だということをね」
ようやく、彼が何を言いたいのかがはっきりした。そして、あの石ころを手元に置いていた理由も。
「その石には、思い出というか、印象的な光景が詰まっているんですね」
「ああ。あの少女が見出した新しい世界、それがここに詰まっているんだ」
「分かりました。単なる路傍の石に過ぎないそれを、あなたが大切に持っている理由を」
タブレットの少女と彼は、ありふれた路傍の石から、実に多くのものを感じ取ったようだった。
ひとしきり話して満足したのか、彼は石を戸棚に片付けると、椅子からすっと立ち上がった。
「さて、僕はちょっと出かけてくるよ。明日までには帰るつもりだからね」
「明日まで出掛けるつもりですか?」
「何、いつものことじゃないか。面白い石を見つけたら、また土産話を聞かせてあげるよ」
そう言い残して、彼は颯爽と部屋から立ち去って行った。
彼はいつもそうだ。石が好きだというのに、去るときは風のように去って行ってしまう。
「やれやれ……」
ため息混じりに、時間を確認しようとポケナビに目を向ける。
すると……
「……すれ違い?」
ポケナビの機能の一つである「すれちがい通信」。ポケモンのキャラクター商品に関わるすべての権利を持つ大手ゲーム会社が発売した携帯ゲーム機に搭載され、その後後を追うようにポケナビにも実装された。所有者同士ですれ違うだけで、簡単な自己紹介を送り合うことができる通信機能だ。
通信に成功すると、右上部に取り付けられた小さなランプが緑色に光る。この部屋に来るまでは消灯していたから、新しいメッセージが届いたようだ。
「これは……」
して、そのメッセージの送り主と内容は──
「けっきょく ぼくが いちばん つよくて すごいんだよね」
送り主の名前は……今更、言うまでもない。
すべては路傍の石。悟ったように口にしながらも、心の奥底では、燃え上がる炎のような闘志を滾らせている。
「星の数ほどある石の中でも、一番でなきゃ気が済まない、か」
石集めに熱中する子供のようで、その実石から人世訓を見出す大人で、しかし底の底は無垢で幼い子供。
それがたぶん、"ツワブキダイゴ"という人物の姿なのだろう。
「……本当に、風変わりな人だ」
苦笑いとともに、そんな言葉が思わず漏れた。
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※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
Thanks for reading.
Written by 586
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