マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.2516] コイループ【ポケライフ】 投稿者:   投稿日:2012/07/17(Tue) 21:31:13     57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     コイループ。それは商売繁盛祈願の一つである。
     発端は、ポケモンでない方のコイルが針金などひも状のものを、螺旋状や渦巻状に巻いたもののことを指すことから、『お客様が来る』→『お客様を満足させる』→『お客様がまた来たいと思う』→『お客様が来る』というスパイラルと見做したことによる。
     店舗とお客で、お客とお客で、商店街の入り口でレンタルできる数匹のコイルを交換し合い、お客様と交流を図るこの運動は、『(客よ)来いループ』として始められ、最近で言えばジョウトはコガネの地下商店街を見事発展させたという逸話が残っている。その際は、アサギシティより鋼タイプのジムリーダーのミカンを呼び込んで、大々的に交換イベントが開かれたそうだ。
     指紋のようにコイルによって一匹一匹違う磁紋を認証し、十匹以上のコイルを交換できたものは景品がもらえる。ありふれたイベントかもしれないし、それ以降にも頻繁に行われた各種イベントが功を奏したおかげの発展で、コイループは関係がないかも知れない。
     しかし、ゲン担ぎというのは何事においても肝心な物というのは変わりなく、最近ライモンシティの南端に出来たジョインアベニューでも、コイループによる興行の準備は着々と進んでいる。

     ライモンジムの一室にて。
    「ねぇ、ホミカちゃん」
     そのコイループに広告塔となるのは、ライモンにジムを構える、トップモデル兼電気タイプのジムリーダーカミツレと、タチワキシティにジムを構える毒タイプのジムリーダーホミカだ。
    「ん、なんだよ?」
    「えっとね、貴方の作詞作曲してくれた子の曲なんだけれどね……」
     バンドを兼業しているホミカは、今回ジョインアベニューの公式応援ソングの歌手として、カミツレとのコラボを依頼されており、現在は曲や歌詞の調整の真っ最中だ。
    「とってもノリのいい曲で好きなんだけれど、この歌詞……」

    『Join us! Let'hava ball! How wonderful pay follow!
    なんて、素敵な 想いの連鎖!
    コイルを抱いて、交換のループで
    伝わる気持ち

    想いを胸に抱いたら
    浮足立つ心を押さえて、電磁浮遊は使用禁止さ きちんと受け止めて
    自信があるなら、型を破って当たって砕けろ 頑丈も無視して!
    真実の想いを伝えて、心をクロスフレイムだ!
    C! O! I! L! 恋ループ!! HEY!!』
    「って……これじゃコイルを本気で殺しにかかっているじゃない! 電磁浮遊禁止とか型破り地震とか!」
     歌詞カードを指差しつつ、カミツレは悲痛な訴えをする。
    「え、なんか浮き足立っちゃダメかなと思って……電磁浮遊とかそんな感じのイメージがあるからさー」
    「型破りで自信とか、地震と掛けちゃだめよ……オノノクスにやられたら死にかねないもの……クロスフレイムも、レシラムの特性がターボブレイズだから死んじゃうわよ……流石にここまでの虐待ソングは……」
    「まぁまぁまぁ、いいじゃないか。ここではコイルをハートに例えているんだ。自信をもって告白すれば、相手の心もキュンと来るってなぁ。今の時代、商売繁盛祈願ももちろん大事だけれど、現代の奥手な紳士淑女には恋愛も大事だろ? 当たって砕けろって気持ちを電磁浮遊なんかに頼らない心意気で表すのさ」
    「うーん……なるほど。私としてはコイルが苛められるところ見たくないんだけれどなぁ……ホミカちゃんはなんかコイルに恨みでもあったりしてね」
     冗談めかして、カミツレは微笑み、再び歌詞をじっくりと読もうと思ったが。
    「ギクッ」
     ホミカがわざわざ声に出して動揺した。
    「いや、ホミカちゃん。声に出す必要はないのよ」
    「いやまぁ、あるんだよ。毒タイプ対策には鋼タイプというのが定石だけれどさタチワキから旅立ったり、ヒオウギとかからの相手は大概コイルを連れてきやがるし……そのせいで、こっち為すすべなくやられたりさー。初心者相手に地震を使うわけにもいかないし……悩みの種なんだよ。
     全力でやって負けるならともかく、本気出せずに負けるのはな……」
    「あー……なるほど。私も初心者相手に目覚めるパワーとか、カットロトムとかを使うわけにはいかないから、そこらへん悩みの種よねー。なるほど、そんな風にコイルに恨みがあったのね」
    「まぁ、な。個人的な恨みを歌に込めるのもどうかとは思うけれど、スッキリまとまったからいいかなって、思ったんだ」
    「じゃ、そういうことにしましょうかね。くれぐれもリアルでコイルを苛めちゃだめよ」
    「わーってるつうの。ホミカもそこまで子供じゃねーし」
     こんな様子で、ちょっとした作詞に関する意見を取り入れ、調整しながら二人は歌を完成させてゆく。ジョインアベニューのお披露目の日には、その新曲が披露されることで湧き上がる熱気は、アベニューに人が入りきらないほどの大盛況。アベニューには入場制限をかけた上での開通式となった。
     そして、公式応援ソングが流れるアベニューの中で行われたコイルの交換会も大成功。客同士だったり、お店とお客で交換し合ったり。そうすることでそれらの間に交流が生まれ、談笑する機会やナンパする機会が出来る。
     ノルマをクリアすれば、恋愛成就のハートの鱗が貰えるので、片思い中の女性や恋に恋する乙女の間でもジョインアベニューは大人気、ホミカのもくろみ通りの『恋ループ』という言葉に、新たな可能性が生まれたようだ。


     ジョインアベニューが十分に発展した今でも、観光客でにぎわうバカンスの時期にはコイループによる粗品贈呈が行われている。時折やってくるカミツレやサブウェイマスターを始めとした有名人ともコイループが出来る事があり、それもまた一つの魅力となっている。
     そういうタイミングに居合わせることを祈って、貴方もコイループをしにジョインアベニューを訪ねてみては如何であろうか?


      [No.2515] 【ポケライフ】少女イクノと観察日記 投稿者:夏夜   投稿日:2012/07/13(Fri) 00:01:57     68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     ※ この作品には【何してもいいのよ】というタグが付きます。




       1 オープニング

    「火は草に強いです。水は火に強いです。草は水に強いです……」

     ホウエン地方、カイナシティ。
     サイクリングロード近くの道路とも、水道とも繋がった、大きな港町。屋外での商業も盛んなこの街は、晴天という天候の為か今日も忙しない。
     灰色の石で舗装された広い町の道を、木の実の入った大きな籠を抱えた商人や、買い物かごを小脇に抱えた主婦、虫取り網を持って、虫かごの中にケムッソやカラサリスを入れた少年たちが忙しなく移動している。上空には、ホウエンの港町特有の水鳥ポケモン、キャモメやペリッパーなどの群れが海の方へ飛び立ったり、旗の上で羽を休めていたりする。
     そんな喧騒の中で、小さな声で、ポケモンのタイプ相性について書かれた本の冒頭文を小さな声で反復しながら1人の少女が歩いていた。
     齢は10歳前後であろうか。小柄な体は、健康的に日に焼けて、鼻の上に散らばったそばかすが可愛らしい。黒いキャミソールの上から丈の短い薄手でノースリーブの水色のワンピースを着ている。桃色の小さな爪がついた足は、向日葵の花がついたビーチサンダルを履いていた。
     手に提げた鞄にはノートや筆記用具などの勉強道具一式が入っており、両手で分厚い本を開き、歩きながら小さな声で音読していた。
     呪文のように唱えながら、自宅のある住宅街の方へ帰っていく。
     カイナの住宅街は、港町だからか、緑が少し少ない。灰色の石で塗装された道と、薄い色が基調のレンガできた家々が続いている。
     しかし、まったくないとも言えない。
     住宅街の中でも、陸地に近いほう、ちょっとした林にも繋がる、そこには子供たちやトレーナー、ポケモン達に向けて作られた、大きな公園がある。
     少女は家には帰らずに、その公園へ入った。

    「あっ、イクノ」
     公園にいた少年が少女の姿を見て声をあげた。
     短パンを穿いて、ポチエナを連れたイクノと同い年くらいの少年だ。
    「トシヤ」
     イクノは下がってきた眼鏡を片手で上げながら、少年の名前を呼ぶ。
    「もう塾は終わったのか?」
    「うん」
     トシヤの言葉にイクノは頷く。
     イクノは毎日、昼から夕方にかけて、塾に通う。そこでトレーナーとはなんたるか、ポケモンとはどういう存在なのかを、机の上で学び、授業が終わると、この公園へやってきて、『学びの木』と呼ばれている木の下で、公園の広場でバトルに勤しむトシヤ達、近所の子供たちを眺めるのが、日課だった。
    「今日は誰と誰がバトルをするの?」
    「いや、今日はな……」
     トシヤは言葉を濁らせた。
    「どうしたの?」
     イクノが訊くと、トシヤは『学びの木』の方を見やって、
    「変な奴がいるんだ」
     そう言って、「皆はもう帰っちまった」と面白くなさそうに口を尖らせる。
    「変な人? 不審者?」
    「いや、そういうんじゃなくてさ」
    「?」
    「見たことのないポケモンつれた、変な格好の男だよ」
    「……ふーん」
     イクノはしどろもどろに答える、トシヤを眺めながら、「皆人見知りして帰っちゃったのか」とつぶやくように言う。
    「俺は違うからな!! 断じて人見知りなんかしてないからな!! な? ポチエナ」
     トシヤは顔を赤くしてそう言い、傍らにいるポチエナに同意を求めるが、ポチエナは主人の言葉に困ったような、微妙な表情をした。
    「ポッチーが困ってるじゃないの」
    「困ってねえよ! ……って誰がポッチーだ!! 人のポケモンに勝手にあだ名つけんな!!」
    「……まあいいや」
     イクノは持っていた本を鞄にしまうと、トシヤの脇をすり抜けて、『学びの木』に向かってゆく。
    「イクノ!」
    「僕は人見知りじゃないし、見たことのないポケモンなら是非見てみたいね」
     「じゃあね、ポッチー」とイクノが手を振ると、ポチエナが答えるように小さく吠えた。
     早足で『学びの木』へ向かう。トシヤが何かを叫んでいるが、イクノはいつものように無視をした。
     聞いた事のない鳴き声がした。
    「!?」
     そこにいる誰かの存在を認知するとともに、イクノはその誰かがだらりと伸ばしていた足につまづいて盛大に転んだ。
    「きゃあ!」
     柄にもなく、可愛らしい悲鳴を上げてしまい、頬に血が集まっていくのを感じつつ、自分がスカートを穿いている事を思い出して、慌てて体を起こす。
     不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、誰かが座っているはずのところへ、振り返った。
     ふわり、とキンモクセイの花の匂いがする。
     そこにいたのは、1人の男と、大勢のポケモン達だった。
     白いシャツの上から袴と羽織を着るという、社会の教科書なんかによく載っている、文明開化後の学生が着ているような服を着た、若い男だ。
     茶色い髪の毛を、襟足のみ長く伸ばしたその男は、八重歯の特徴的な口をポカンとまぬけにもあけて、よだれをたらして眠っていた。
     そのまわりに控えているのが、大勢のポケモン達。
     ホウエンにも生息している、キャモメや、ジグザグマ、それからユレイドル。キャモメは男の肩にとまって羽を休め、ジグザクマは驚いたような顔で、こちらを見つめ、ユレイドルは学びの木の横に生えて、男の顔に日差しが当たらないように、日陰を作っていた。他にも、後ろでは3匹のゴニョニョがなにやらこそこそと話しをしているし、男の懐にはロゼリアがいた。
     それから、両脇に控える、この地方にはいないはずの、見たことのないポケモン。
     白い顔と赤い目の、緑の服を着たような赤い髪飾りをつけた、優雅なポケモンと、褐色の肌に赤い目の、もこもこしたメリープのような毛を持つポケモン。
     イクノは『イッシュ地方のポケモン』という本を読んだことがあって、この2匹のポケモンが、ドレディアとエルフーンだという事を知っていた。無論、見るのは初めてだったが。
    「あの……」
    「んー?」
     イクノが話しかけると、男は眠たそうに目をこすった。
     薄く目を見開いて、イクノの姿を見やる。
    「だれ?」
    「貴方こそ誰?」
    「ぼく? ぼくはツバキ、ツバキ ユエ。好きによんでよ」
     ユエは大きく欠伸を漏らした。
    「そこ、私の席なの」
    「ここ?」
     ユエは自分の座っているところを指さし、イクノは頷いた。
     ユエは寝ぼけているのか、口元のよだれを拭くのさえ忘れて、「えへへ〜、でも今はぼくの席だから〜」と、(おそらく)自分の齢の半分にも満たない少女に、あまりにも子供っぽい事をいう。
    「いきなり、現れて……。貴方のせいで僕の予定が狂っちゃったじゃない」
    「そんな事いわれてもなあ」
     ユエは困ったように首をかしげ、それから何かを思いついたように「そうだ」と言い、イクノに手招きした。
    「暇なら君もここで一緒にお昼寝をすればいいんじゃないかな?」
    「え?」
    「……」
    「………」
    「………ぐう」
    「寝てる……」
     話の途中で寝てしまった男を見て、イクノは蹴り飛ばしてやろうかとも思ったが、ドレディアが口元(?)に手を添えて、「しーっ」と言うかのようにイクノを諭す。
     見れば、またポケモンが増えており、灰色の毛並のふさふさの尻尾を持つポケモン(本ではチラーミイと書かれていた)が、その綺麗な尻尾で、ユエの口から垂れるよだれを拭いてやっていた。ドレディアが近くにあるオレンの木から、白い花をとってきて、ユエのこめかみに花飾りのようにそっとつける。
     オレンの花からは、甘い、いいにおいがした。
     鼻腔を麻痺させるような匂いに、頭がぼうっとしてくると、エルフーンが、イクノの服をひっぱった。
     イクノはエルフーンに促されるまま、ユエの隣にすわって、『学びの木』を見上げた。
     タネボーが枝にぶらさがって楽しそうに揺れている。
     コノハナが枝に挟まってしまったハネッコをどうにかはずしてやろうと、頭を悩ませている。1番太い枝の上には、ダーテングが腰を落ち着かせ、風に白いたてがみを揺らしながら、ふっと目を閉じている。
    (そういえば、この木の下で、上を見ることなんてなかったなあ)
     目の前で繰り広げられるバトルや、本に書かれている事は、それはそれは魅力的だったけれども。
     イクノは今更ながらに、自分が目の前のものにか目を向けていなかったことを思った。
     ロゼリアがくさぶえを吹いている。
     ドレディアがおどる。あまいかおりをする。
     ユレイドルがゆれている。夕暮れ時の赤い木漏れ日がキラキラする。
     エルフーンが膝に乗ってきた。あったかい。
     イクノは自分の周りをとりまく環境が、あまりに心地よくて、目を瞑った。
     すとん、と意識が暗闇に落ちていった。




     ふ、と目を覚ますと、そこは見覚えのある、自室の天井だった。
     身をよじればそこは自分のベッドの上で、白いシーツの上にお気に入りのルリリドールが置いてある。どこをどう見ても『学びの木』の下などではない。枕元に置いた、ピカチュウのイラストがプリントされた、赤い目覚まし時計は朝の7時をさしている。
    「……ゆめ」
     少しがっかりしたように、イクノは体を起こした。
     服を着替えて、朝ごはんを食べるために1階へ降りる。
    「あら、イクノ」
    「おはよう、おかあさん」
    「はい、おはよう」
     白いエプロンを付けた母親が、ちょうど出来たらしい朝食をテーブルに並べていた。足元ではマッスグマが朝ごはんをおねだりしている。
     テーブルではいつも以上に仏頂面な父が、新聞を読みながら、毎朝ペリッパー便ジョウトより届く、モーモーミルクを飲んでおり、昨日も母に衣類と間違えられて洗濯されてしまったのか、洗濯ばさみを3つほどつけたカゲボウズが、父の頭上をふゆうしていた。
     テーブルの上には、目玉焼きと、モモンの実のジャムクリームが挟まれたサンドウィッチが4食分、並んでいる。
    「……4食?」
     イクノは首を捻る。
    「さあ早く。外にいる方を呼んできてくださいな」
    「え?」
    「……」
     母は顔をほころばせながら言い、父は母の言葉に眉間の皺を深くした。
     イクノは怪訝そうな顔をしながら、外に出る。
     ふわり、と嗅いだ事のあるキンモクセイの香りがした。

       2 観察対象

    「なにしてるの?」
     朝早くから人の家の庭に寝転がった、ほとんど初対面の男に、イクノはそう投げかけた。
     男、ツバキ ユエは、「んー?」と庭の芝生に寝転びながら、眠たそうな声を出す。格好は昨日と同じ、ドレディアも傍らに控えてはいるが、昨日はそばにいたほかのポケモン達はそばにはいなかった。
     ユエは懐から細長いキセルを取り出してくわえる。
     すると家の影からバシャーモが音もなく現れ、ユエのキセルに火をつけるだけをして、またどこかへ去っていった。
     ぷかりぷかりと白い煙が輪になって浮かぶ。
     甘い煙の匂いに、イクノが顔をしかめるのをみて、ユエはいたずらっこのように微笑んだ。片手で煙をあげるキセルを持ち、反対の手で頬杖をついて、イクノの顔を見上げる。
    「あの後君が眠っておきないからさ、町の人とかに聞いて、ここまで運んできたんだよ?」
    「……」
     イクノはユエの言葉に顔をより険しくする。
     町の人間にきいたという事は、昨日自分がこの見知らぬ男と一緒にいたという事を知られてしまったということで、何かあらぬ誤解を招くかもしれないし、外で居眠りをしてしまう人間だと思われたかもしれない。
    「最初、誘拐犯に間違えられて、大変だったよ」
    「そう、それは残念だ」
    「う〜ん……それはどっちの意味なのかな?」
     笑顔のままそう言うユエを一瞥して、イクノは自宅のドアを指差し、「お母さんが呼んで来いって」と小さな声で言う。
    「わかったー」
     子供のような雰囲気でそう言って、立ち上がると、ドレディアにキセルを預けて、ポンポンと服に付いた芝生の草を払う。その後ろでドレディアがキセルの灰を片付けた。そしてドレディアにキセルを預けたまま、家の中へと入ってしまう。
    「ちょ、ちょっと! あの子はいいの?」
    「んー?」
     ドアを開けながら、ユエはゆっくり振り返る。
    「そのこはぼくのポケモンじゃあないからね。人の家にお邪魔するときは外に待っててもらってるんだ」
    「え?」
     イクノは振り返ってドレディアを見る。
     ドレディアは気分を害したような様子も泣く、甘い香りを漂わせながら、かわらずに左右に揺れていた。
    「さっきのバシャーモも?」
    「うん」
     ユエの言葉は率直でためらいがない。
    「リリーラもエルフーンもロゼリアも?」
    「うん」
     ユエの返事は変わらない。
    (どういうことだろうか)
     イクノは首を捻る。ポケモンとかかわる人間はすべて、ブリーダーであれ、研究者であれ、医者であれ、コーディネーターであれ、皆、トレーナーから始まり、そのトレーナーはモンスターボールでポケモンをつかまれるところからはじまる。
     この男は、イクノが今まで見た、どんなトレーナー、どんな大人よりも、たくさんのポケモンと一緒にいる。その関係はきわめて良好で、ポケモン達の様子はとても彼の事を信頼しているようだった。
     しかし、それらは皆、彼のポケモンではないのだという。
     それは、どういうことなんだろうか。
     モンスターボールなどなくとも人とポケモンはつながれるという事を体現した、トレーナーの上を行く存在なのか。
     イクノはユエを訝しげに見る。
    「どーかした?」
    (……とてもそうは思えない)
     イクノはふにゃりと笑うユエに首を振って見せた。

    「ユエさんは職業、何なされているんですか?」
    「自由な職業ですよー。各地を渡り歩いてるんですー」
    「あらー、素敵ですねー」
    (ニートだろ)
     いつもならこれほどまでに騒がしくない食卓。
     今日は母に合わせて突如現れた客人もしゃべるから、1人分音が多い。
     父とイクノはいつもどおり、寡黙にも黙り込んで食をすすめ、イクノは呑気にゆったりゆったりと食事をしながら会話を弾ませている自分の母とユエの話を訊きながら、口の中でつぶやいた。
    「ユエって昨日、ウチにとまったの?」
    「んーん」
     イクノが訊けば、ユエはゆるゆると首を振る。
    「ぼくはね、あんまり天井と壁のあるところ好きじゃないのよ」
    「そうなの?」
    「好きじゃないというか、落ち着かない」
    「ふーん、どうして?」
    「ん? えらく食い下がるね? まあ、いいけど。……う〜ん、いままでも、いまもなんだけど、あの子達と一緒にいるからね、野宿になれちゃったというか……だから昨日も外で寝たよ。ウィンディとバシャーモとヒノアラシとドレディアと一緒に、庭先をお借りしました」
    「ふうん」
     イクノは頷く。
    「ああ、そういえば」
     母がいきなり話題を変えた。
    「塾の宿題、たしか自由研究があったわね。もうやったの?」
    「……まだ」
     答えながら、イクノはうんざりする。
     母は話好きでマイペースだからか、話の内容のシフトチェンジが早い。しかも、唐突にはじまる。こんな話、客人の前でする話でもないだろうに。
    「……じゆーけんきゅー?」
     きょとんとした顔で訊いてくる。
    (やっぱり、気にするほどの人物でもない気がする)
    「……塾の宿題。1週間使って、ポケモンやトレーナーに関する好きな議題について観察したり、調べたりするの」
    「イクノはまだ議題が決まってないのか」
     今まで黙っていた父が口を開いた。
     厳格な父の視線がイクノを突き刺すように見る。
    「……」
     イクノは、この父の目があまり好きではない。
     昔はイッシュやジョウトなどで活躍した、科学者だか技術者だった父は、自身の功績故か、ひどく厳格だ。
     バトルやコンテストよりも、研究に執心で、子供であるイクノにもそうであってほしいと思っている節がある。そこまでポケモンの研究が好きだというのに、そう年老いているわけでもないこの男が現役を退いた事に、違和感を感じると言えば、感じるが、本人に尋ねるわけにはいけない上に、母に尋ねれば、「家族一緒で嬉しいじゃない」とあまり参考にはならない返答が返ってくる。
     かといって、家族と過ごしていても楽しそうではない、仕事もせずに、家のカゲボウズを頭上で揺らしながら46時中本を読んでばかりいる父を尊敬する気にはなれない。
    「ううん」
     イクノは父の言葉に首を振った。
    「観察対象、今決めた」
     まっすぐ、目の前に座った、1人の男を見据えてそういった。
    「ええ?」
     んぐっとユエがサンドウィッチを飲み込む。
     甘いクリームと、香ばしい小麦のパンが混ざり合って胃の中に吸い込まれていく。それをミルタンクのモーモーミルクで流してから言った。
    「ぼくを観察してどうするの?」
    「僕が観察したいから観察する、それだけさ」
     ユエの困惑したような言葉に、イクノはしれっとした様子で答える。
     その様子と、再び黙り込んだ彼女の父、「あらあら仲良しさんね」と朗らかに笑う彼女の母を見て、諦めたようにため息をついた。
    「トレーナーであるどころか、ポケモンを1匹捕まえた事のないぼくを観察したって、なんの勉強にもならないと思うけど……まあ、いいよ。うん、それで? ぼくは何か君に教えた方がいいのかな? 生年月日とか、出身地とか」
    「いや」
     イクノは首を振る。
    「そんなうわべの情報には興味ないよ」
     言ってからイクノは「君は普通にしてくれればいい」と続けて、くすりと笑った。

       3 観察日記

     ○月×日晴れ。
     今日からツバキ ユエという男を観察する。
     別に、父の言葉に頷くのが嫌で、その場しのぎに彼の名前を出したわけではない。むしろ、トレーナーでもない、研究者でもない、1匹もポケモンを捕まえた事のない男が、あれだけのポケモンを従えているという事に興味を持つなという方が無理な話だ。
     今日も彼は朝から快調だ。
     僕の観察対象として、カイナシティでの滞在時間を少し延ばしてくれたり、なかなか話のわかる男だけれど、どうにも、この男に常識は通用しない。
     まず、基本的にこの男は動かない。
     いつも通りに過ごしてくれと言えば、いつもそんなに動いていないから、と外へ出て人の家の芝生の上にうつ伏せで横たわる。
     あとは動かない。
     じっと、じぃっと。
     光合成をしているラフレシアのように、キノウエのナマケモノのように、「ねをはる」を使ったユレイドルのように、太陽光の下で微動だにしない。
     2時間に1回、キセルを吸うのだが、そのキセルを吸う時でさえも、まずドレディアが彼の口元にキセルを持っていって咥えさせ、どこからともなくバシャーモが現れて指先で火をつけて去っていく。
     本当に、この男と彼はどういう関係なのだろうか。
    「そのキセルって、何すってるの?」
    「んー、体に悪いものよん」
     妙な口調でそう言って、ユエはぷかりぷかりと口から白い煙を吐く。
    「体に悪いものをなんでわざわざ吸うの?」
    「そりゃあ、体に悪いからよ」
     やはり、この男はよくわからない。

     ○月△日晴れ。
     今日は近所の公園にバトルを見に行った。
     ユエにバトルをしたことはあるかと聞けば、「うわべの情報には興味ないんでしょ?」と返され何もいえなくなってしまった。
     怒っている風でもなかったから、単に答えたくなかっただけだとは思うが、正直ぎくりとしてしまった。見かけどおり、この男は性格が悪い。
     しかし、そんな事も知らない、公園の無邪気な子供たちは、めずらしいポケモン、というか、めずらしくもたくさんのポケモンを引き連れたこの男が、僕と一緒に現れた事ですっかり警戒を解き、数分のうちに、ユエは子供達に囲まれてしまった。
     トシヤだけは何故だか微妙な表情をしており、ポッチーはその足元で困ったような顔をしていたのだが。
     少しユエの連れてきたポケモン達、もとい、ユエについてきたポケモン達と遊んだ後、いつも通りに、彼らはポケモンバトルを始めた。
     今回のバトルは、トシヤのポッチー(ポチエナ)対ユウトのジグザクマ。
     先攻はユウトで始まった。
     しかし、ユエは興味を示さない。
     僕とであったあの木陰で、くうくうと静かな寝息を立てている。その傍ではピジョットが羽を休めて丸くなっているし、膝の上にはロズレイドとキルリアが、ドレディアは彼の近くの花畑で、なにかを作っているようであった。
     トシヤとユウトのバトルがトシヤの勝利で終わる頃、ドレディアはそれを完成させ、そっとユエの髪の毛につける。
     それは、ユエの頭の半分ほどの大きさのあるブーケで、決して頭につけるような大きさじゃあなかったが、色とりどりの花が均整の取れた形にまとめられたそれを見て、ドレディアはとても満足そうだった。
     このドレディアは、本当にユエの事が好きらしい。
     僕がユエの方ばかり見ていると、何故だかトシヤは不機嫌そうな顔をして、ポッチーは困ったようにうろうろした。

     ○月☆日天気晴れ。
     今日もユエと愉快(?)な仲間達は、1日をごろごろして過ごした。
     朝芝生で見かけたユエとユレイドルが、夕方塾から帰ってきた私が見た時、まったく位置が変わっていなかったのだが、あれは、1日中そこで光合成していたと捕らえるべきなのだろうか。

     今日は、夜、彼らがどうやって過ごしているのかを知るために、一緒に寝ようと思う。
     両親の反対もあったが、自宅の庭での夜営ということで、ユエが妥協案をだすと、2人共納得した。
     まず、普通は凍えないように火を起こすらしいのだが、街中でやると、火消しの方々にとても怒られるらしいので、今回は火をつけないとの事。
     それでは大丈夫なのか。
     私が訪ねれば、「夏だし、今日はあったかいから問題ないよー」とゆるい返事がして、やはり家の影や木の上や、道の端の方から、ポケモン達が出てくる。
     今日はバシャーモと、ウィンディとヒノアラシ、そしてドレディア。
     ……冬だろうと火なんていらないんじゃないだろうか。
     ユエがたくさんポケモンをつれているといっても、やはり限りはあるようで、また、すごくなついていて、ほとんどずっと一緒にいる子と、逆に気が向いたら遊びにくるような子と、2つに別れていた。
     だからか、見知った顔の子と、そうでない子と、2極に別れる。
     ドレディアやバシャーモは、いつもユエのそばにいて、何かとユエの世話を焼くが、逆にヒノアラシやウィンディは話には聞いていたけれど、初めて見る顔だ。
     ユエはウィンディの毛皮に埋もれるようにして背中を預け、僕も同じように彼(彼女?)の毛皮を借りた。僕の隣にバシャーモが、ユエの隣にドレディアが来て、ヒノアラシはユエの膝の上に乗った。
     ぽかぽか、ぬくぬく。
     炎タイプが火を体に蓄えているために、他のポケモンよりも体温が高いのは知っているが、これは、すごい。
     あたたかさに瞼が落ちそうになる。
    「イクノ、星が綺麗よ」
     呑気な声でユエが言う。
     頭上には星空、視力が悪いのに、寝る前だからと眼鏡を外してきた僕が、裸眼で空を見上げたからと言って、ユエに見えている通りの星空が見えるわけもないのだが、ユエの声につられて、僕は上を見る。
     うん、やはり、空はとおいな。光があるのも分からないくらいにぼやけている。
    「あれは何ていう星かな。ぼくは勉強もできないからわからないや」
     眠い、すぐにでも意識を手放してしまいそうだ。
    「イクノちゃんはわかる?」
     そうだ、1つユエに訊いておかなければならない事がある。
     何故僕がこんな事を気にするのか、そんな事を説明する気にはなれないが、気になってしまったものを、訊かずにいられるほど、僕はつつましくはない。
    「イクノちゃん?」
     「ねむい?」と首を傾げてくるユエに、「また、ユエは『うわべの情報には興味ないんじゃないの? 』って言うかもしれないけど……」とゆっくり告げる。
    「どうしたの?」
     半分寝ぼけたような僕の声に、星座談義を諦めたユエが訊きかえす。
    「あのね、ユエは昔は何をしてた?」
    「……?」
    「子供のころは、何をしてた?」
    「子供……」
     ユエの目から笑みが消える。
     怒っている風ではなく、ただ、虚を突かれたように目を見開いて、それから少し泣きそうな顔で「子供の頃か」と、考え込んだ。
     ユエの奥で、ドレディアが少しおろおろと体をゆらしている。
    「ユエ?」
    「んん?」
    「大丈夫?」
    「んー」
     寝ぼけた僕の言葉に、ユエはいつも通りの腑抜けた顔に戻る。
    「子供の頃かあ、あんまり覚えてないけど、1日中お日様の下にいたよ。ドレディアもバシャーモもその頃からずっと傍にいてくれてねえ。キセルをふかして、木陰で寝て、他人の家でご飯食べて……」
    「今と変わらないじゃない」
    「そうだねえ」
     ユエはケタケタと笑う。
    「今も昔も、僕はポケモンがすきだったよ」
     そう言ってユエは「人はそう簡単には変われないものなんだよう」と、口を尖らせていい、それから優雅に微笑んで見せた。
     キンモクセイの香りがふわんと浮かぶ。
     僕は更にウィンディのおなかに沈み、「ユエはそれでもいいと思うよ」と小さくつぶやけば、ユエはその表情をまた少し寂しそうなものにゆがめる。
    「じゃあ、ぼくはまた流れるだけだね」
     そう言って、ドレディアを抱きよせて、眠り始めるユエに、ぼくは何も言い返すことは出来なかった。
     瞼の重くなっていくまま、静かに眠りに落ちた。

     ○月□日曇り。
    「そういえば、ユエって僕に会うまでは何処にいたの?」
    「んー?」
     僕の家の庭の芝生。いつもどおりユエはキセルを咥えて寝転んでいる。
     最近ではもはや名物にもなりつつある、この一風変わった男の存在は、子供達の間では大人気だ。いや、正確にはユエが人気なのではなく、ユエに着いてくるポケモンが人気なのだが。
    「初めて会った公園があるでしょ? あそこの奥にある林の中にテントを張ってたのよ」
    「それ、大丈夫なの?」
     『うわべの情報には興味ないんじゃなかったの?』とは言わなかったユエの、(おそらく)張りっぱなしになっているであろうテントと、(おそらく)そのままになっているであろう彼の荷物の行方を案じて言えば、
    「あの子達がいてくれるから大丈夫よーう」
     と笑いながら言う。
     なるほど、この場にいないポケモンの大半はそちらで荷物番をしているわけか。
     そちらも少し、気になるが、僕が聞きたかったのはそういうことじゃない。
    「この町に来る前は?」
    「色々」
    「いろいろ?」
    「そう、色々」
     またしても『うわべの情報には興味ないんじゃなかったの?』とは言わなかった。しかし、答えた内容は、ひどく抽象的で、具体性がない。
    「色々なのよ」
     もう1度ユエは言ってキセルを咥えた。
     すかさずバシャーモが火をつける。
     ぷかりと、いつもどおり白い輪が空に浮かんだ。

     ○月※日晴れ。
     今日はユエと買い物に出かける。
     どうして僕が、塾のない貴重な休日に、ユエと買い物に行くのか、どうして1日中光合成(?)をしているような男が、最近知り合った少女と買い物へ出かけるのか、それにはシロガネ山よりも高く、海底トンネルよりも深い理由があるのだが、ここでは語らない事とする。
     断じてユエとドレディアとバシャーモとバレーボールをして遊んでいたら、大人気なく本気になった2匹が本気でバトルをはじめたために、母の大切にしていた花瓶を割ってしまったからというわけでは、決してない。
     今現在、僕とユエはカイナシティの浜辺付近で行われるフリーマーケットに向かっているわけだけれども、断じて、そういうわけではない。

     カイナの浜辺は、人で賑わっていた。
     大道芸人、商人から、他の町のトレーナーまで多くの人が、行き交い、物の売り買いをしている。
    「ふぇりーまーけっと……はじめてみた」
    「フリーマーケットね。フェリー専門って、参加人種特殊すぎるよ」
     僕とユエの後ろからは、ドレディアがひょこひょことつま先でステップを踏むようにして歩いて付いてくる。
     行く人来る人、ホウエンにはいない彼女の容貌と、ユエの特徴的な外見に、振り向かないものはいない。それだけではなく、(子供達の間では)すっかり有名人のユエは、子供と遭遇するたびに、飛びつかれたり、肩車を要求されたり、他のポケモンの行方を聞かれたりしている。
     足を止められるので、僕としてはあまり面白くない。
     右の通路では鉢に植えられた花が売られており、その横に陶器を並べている店があった。花屋にはキレイハナがいて、(オスなのか)ドレディアを見てもじもじしていた。ドレディアは花屋の店頭に並べられた、多種多様の花々に夢中で、ユエはドレディアに「ほしいのー?」と訊ねている。
     僕はというと、ベレー帽を被ったおじいさんと、2匹のドーブルが店番をしている、陶器の並べられたブースの前で、母に頼まれた花瓶の形状と近しいものを探していた。
     よく見ると、この陶器の模様はドーブル達が描いたものらしく、ブースの奥には、まだ模様の描かれていない白い陶器がいくつも置かれていた。
    「好きな柄、かいてあげるよ」
     ベレー帽を被ったおじいさんがゆったりとした口調で言う。
    「じゃあ、赤い花の描かれた大きめの花瓶……」
     家にあった花瓶を思い出しながら、僕は老人に注文し、母から預かったお金で足りるかどうか確認した後、各陶器の値段と、自分のおこづかいの残金を確かめてから、続けて言う。
    「ドレディアと……」
    「どれでぃあ?」
     老人が復唱した。
    「ああ、ええと、隣の男の近くにいる、あの、そう、そのポケモンです」
     ドレディアはユエに白い花のブーケを買ってもらっていた。これも、前彼女が作っていたのと同じような、ユエの顔の半分を覆ってしまうほどの、大きなブーケ。
     買ってもらったばかりのブーケをユエの襟足に結ばれた髪の毛の上につけようとしている。彼女は好きなものを好きな人につけていてほしいのかもしれない。
    「それから、白い花の、ブーケ」
     ポツリと言ってから、ハッとなる。
    「い、今のはなし! 赤い花の大きな花瓶と、適当に2つ、小さい花瓶をお願いします」
    「あいよ」
     老人と、ドーブルが手をあげて答える。
     僕は隣でその辺のおばちゃんやおじちゃんがにこやかに見守る中、ドレディアときゃっきゃうふふしているユエを引っぱって、海岸に出る。
     海岸にはトシヤとポチエナがいた。
    「あ」
    「おや、ポッチー」
    「……」
    「こんにちはー」
     トシヤは僕らをみつけると、声を上げたが、僕がポチエナの名前しか呼ばないと、少し不機嫌そうに口を尖らせる。しかし、ユエはそんな事には気がつかずに朗らかな挨拶をするし、ドレディアもそれにあわせてお辞儀をする。
     浜に近い場所で、ホエルオーが潮を吹いた。
    「おっ」
     ユエはものめずらしいのか、それとも知っているポケモンなのか、そのホエルオーへと近づいていく。
    「お前、あの人とどういう関係なの?」
    「む?」
    「親戚?」
    「いや」
     僕は首を振る。
    「観察者と観察対象」
    「どんな関係だよ!?」
    「……だった」
    「だった?」
     トシヤが首をかしげた。
    「今は……少し違う気がする」
    「……ふうん」
     海風がするりと足元を抜けていった。

     ×月○日曇り。
     別れは唐突に来るものだと思う。
     この観察日誌は、まだ6日目なのだが、この観察日誌は完成の日の目をみることはないかもしれない。
     ユエがいなくなった。
     ユエどころか、彼がこの町にいる間は、町に溢れるようにしていたポケモン達もいない。
     ポケモン密度の減少した町は、いつもどおりながら、すこし物足りなくて寂しい。
     僕は庭先から、屋根の上、公園、『学びの木』、その奥にある林、彼の行きそうなところのすべてを探し回った。
     どこにもいない。
     彼がいなくなったからといって、具体的に何が変わるというわけでもなかった。研究日誌だって、提出までにはだいぶ日がある。また別の議題をみつけて、書き直せばいい。
     けれど、僕はそれがいやだった。
     ユエじゃなきゃいやだった。
     いや、少し違うような気がする。課題とか、研究日誌とかじゃあなくて、ユエがこの町からいなくなるのが嫌だった。彼のつれているポケモン達が、ユエと一緒にこの町から消えてしまう事を寂しいと思った。
    「イクノ」
    「トシヤ」
     久方ぶりに、幼なじみの名前を呼ぶ。
    「どうした?」
    「ユエを、しらない?」
    「……しってる」
     少し迷ってからトシヤは答えた。
    「どこ?」
    「埠頭、灯台の前にいたけど」
    「わかった」
     僕はお礼を言うのも忘れて、埠頭へといそいだ。
     無我夢中で走ると、結構あっという間の距離で、すぐに、あの男の姿を確認することが出来た。
     文明開化後の学生のような格好。襟足だけを伸ばして縛った、変わった髪形に、昨日買った大きなブーケをつけて、薄く微笑んだ口に咥えた細いキセル。隣には優雅なドレディア、反対隣に1人の男、後ろに大群を為すかのような、ポケモン達を従えて、その男は立っていた。
     手に持ったのはモンスターボール、ドレディア以外のポケモン達を、海に浮かぶホエルオーを残してすべてボールにしまい、傍らの、7:3分けの男にそれらを渡す。
    「ユエ!」
     びくり、と、ユエの肩が上下する。
    「イクノちゃん」
    「うそつき」
     僕は叫んだ。
    「トレーナーじゃないって言った」
    「うん」
    「『僕のポケモンじゃない』って言った」
    「…うん」
    「1週間、一緒にいるって言ったっ」
    「……うん」
     僕は泣きながら叫んだ。
     傍らにいた男と、ドレディアが困ったようにこちらを見ているが、知った事か。
     連れて行くな、連れて行くな。
     心の中で復唱する。
     ユエも
     ドレディアも
     バシャーモも
     みんなみんな
     連れて行くな、連れて行くな。
     どこにも行くな、どこにも行くな。
     ふわり、とキンモクセイの香りがした。
    「ごめんよう」
     ユエが言う。
    「向こうで話をつけたら、絶対に戻ってくるよ。なあに、大丈夫。寄り道なんてしないから」
     ふにゃりとユエは笑う。
    「ぼく、あそこ以外にいれるところ、此処しかないんだあ」
     そう言って、ユエは先にホエルオーに乗った男に促されて、ホエルオーの背中に乗り込んだ。
     ドレディアがユエの頭についていたブーケを半分にわけて、僕の頭につけた。
    「花瓶、ありがとう」
    「……うん」
    「……さよなら、ぼくの友達」
     ユエの笑みが、少し悲しそうなものになる。
     僕は埠頭の先まで走っていって、叫んだ。
    「またねぇっ」



     後で訊いた話だが、ユエはイッシュ地方では有名な俳優らしい。それも、2歳の頃から多種多様な役を務める、超技量派俳優。どうやら、俳優のやめるやめないで、もめて、ろくな書置きも連絡もせずに、故郷イッシュを飛び出してきてしまったらしい。今思えば、あの妙な格好は舞台衣装か何かで、ドレディア達は、舞台で共演していたポケモン達だったのかもしれない。だとしたら、あの男は、ユエを迎えに来たマネージャーか何かだろう。
     机の上には、あの日買った花瓶が置いてある。
     いけるのは、もらった白いブーケ。
     そこに描かれている、2つの見知った影に、僕はきっと、毎日なつかしさと寂しさの入り混じった複雑な思いをはせる。
     それは少しつらいことかもしれないけれど、僕はかまわずにその小さな表面に描かれた絵をみつめる。
     生き物を写しと多様に描かれたようなそれからは、なつかしいあの香りがただよってくるような気がするのだ。



       4 エンディング

     『学びの木』の下。
     1組の男女が、その幹の元に腰掛けていた。
     少女の方は、黒いキャミソールの上から、丈の長い水色のワンピースを着て、肩にはアゲハントが止まっていた。肩のあたりまで髪を伸ばし、こめかみのあたりに白い花のコサージュをつけている。歳は14歳ほど。
     男のほうは、文明開化後の学生のような、時代にそぐわない上に、季節にもそぐわない格好をして、片手には細長いキセルを持ち、襟足だけ伸ばした髪の毛を結ぶ髪留めには、白いオレンの花が刺さっており、傍らではドレディアがせっせと花冠をつくっていた。
     少女の手には「観察日記」と題にふられた、古びた1冊の大学ノート。
     少女は黒いペンを持ち、最後のページに書き込んだ。






     ○月×日本日快晴。







     -END-


      [No.2514] ぷおおおおおおおおおお! 投稿者:小春   投稿日:2012/07/12(Thu) 06:00:59     51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ぷおおおおおおおおおお!

    とりあえず少年、そこ変わってもらおうか…ッ!フワンテで空飛びたい! なんてスバラシイ肝試しなんだ、ソノオに行きたい、そうだソノオ行こう。

    始終少年そこ変われと念じつつ(違った、ほほえましいとニヤニヤしつつ、拝読させていただきました。
    なんと可愛らしい肝試しなんでしょうか。フワンテ、フワライドのかわいさに何度悶えたか……

    しかし、デートにフワライドで颯爽と登場が軽く挑戦なことがわかりました、たしかに彼?は風に流されますよね。

    あんな妄想質問から発展していただき、ありがとうございました!


      [No.2513] ありがとうございます 投稿者:aotoki   投稿日:2012/07/10(Tue) 20:38:27     45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ご批評ありがとうございます。まさか渡邉さんにコメントをいただけるとは・・・・

    文体やテンポのお話、非常に参考になりました。後半は書いていて自分でもまずいなと思っていたのですが、やはり言われてしまったと赤面しております。
    普段はケータイのメール機能でメモしたものをPCに落として修正してたのですが、これだけはケータイでの確認で終ってしまったので・・・・とこう言い訳するのが一番いけないのですよね。

    重い口調は自分の悪い癖だなと思っていたので、しっかり治していきたいと思います。


    > 面白い話だったから、ねちねちと文章にケチつけてみました。
    > ホントね、小さいころのフライトの話、これいいと思ったんだけどね。

    この二行に完璧なお褒めの言葉を頂けるよう、書き直してみたいと思います。

    本当にありがとうございました。


      [No.2512] Re: バルーンフライト 投稿者:渡邉健太   投稿日:2012/07/09(Mon) 23:43:11     56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    前半、文章のテンポがよかったから、後半のもったりした感じが残念だね。
    経緯やらなんやらを語り口調でやられると、説明臭い上に台詞とのメリハリがなくなる。
    そういう描写をさらっと書いて、小さいころのパートと文体で差別化できたら格好いい文章になる。
    (まあ、十二年経っても精神年齢の低そうな主人公だから、これでいいのかもしれないけど。)

    さておき、小さなころのエピソードの最後の一文。

    > あの後僕はもう一度一人で発電所に行ったけど、フワンテはいなかった。

    これは話を終わらせるためのテキストだよね。
    伏線にもなってなくて、たいへんよろしくない。

    面白い話だったから、ねちねちと文章にケチつけてみました。
    ホントね、小さいころのフライトの話、これいいと思ったんだけどね。


      [No.2511] Re: 【便乗】 [快晴の七夕] 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2012/07/08(Sun) 19:25:23     97clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    あのネタ話からこのような真面目な話ができるとは。思わず唸りました。ありがとうございます。

    私もキュウコンと色々やってみたいです。


      [No.2510] きつねびさらさら 投稿者:巳佑   投稿日:2012/07/08(Sun) 05:55:23     91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     そこはとある稲荷神社。
     周りには一人もいない静かな境内、まるでそこだけ別世界のような不思議な静寂が漂う中、一匹の獣がそこにただずんでいました。
     神社の外側はぐるっと木々で覆いつくされており、内側に招き入れたかのように差し込む月光がその狐を照らしています。
     白銀に身を包んだ滑らかな肢体。
     ふんわりと揺れている九つの尻尾。
     そして、その尻尾にはたくさんの短冊が貼られていました。
     
     くわぁああん。
     くわぁあああん。

     凛と天に向かって鳴く獣の声はまるで鈴の音のように。
     そして、笛の音を奏でるように獣の口元から青白い焔が伸びていきます。
     
     くわぁあああん。
     くわぁああああああん。

     何度も月に木霊していく自分の歌に合わせて、獣は踊り始めます。
     青白い焔がその踊りに導かれるように、宵の宙を舞い、いくつかの輪を作っていきます。
     月光に照らされた青白い焔はらんらんと妖しく、まるでおいでおいでと誰かを招くかのように揺れています。

     くわぁあああん。
     くわぁああああああん。

     やがて、獣の吐いた青白い焔は尻尾の方にゆらりと向かい、そしてそこに張られている紙に取りつきます。
     すると、青白い焔に抱かれた紙は燃えていき、やがて、真白な灰となって、高く高く宵の空に昇っては消えていきます。
     また一枚。
     もう一枚。
     青白い焔で灰となって、宵の空に飛んでいっていきます。

    『もっとポケモンバトルが強くなりますように』
    『タマムシ大学に受かりますように』
    『タマゴから元気なポケモンが生まれますように』
     
     様々な願いが星へと届いていきます。
     
     くわぁあああん。
     くわぁああああああん。

     短冊に込められた願いを感じながら獣は踊り続けます。
     星に人やポケモンの願いを聞かせるように青白い歌を紡ぎながら。

     くわぁあああん。
     
     くわぁああああああん。
     
     
     くわぁあああん。
     
     
     
     くわぁああああああああああん。


      [No.2509] おほしさまぎらぎら 投稿者:巳佑   投稿日:2012/07/08(Sun) 05:53:34     72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     
     夜空にきらきらと流れるは天の川。
     そこに一匹の黒い翼を持っており、金色の飾りを携えたポケモンが泳いでいました。
     ゆっくりゆっくりと泳いでいる、そのポケモンの上には一匹のポケモンと一人の人間が隣同士で座っています。
     一匹は白い二本の角の生やし、悪魔のような尻尾を生やしたポケモン――ヘルガーで、その隣にいる人間は白い髪を肩まで垂らした少女でした。
     少女は眼前に広がる星々を指で示しながらきゃっきゃっと楽しそうに笑い、ヘルガーはその姿に微笑みながら頷きます。
    「ねぇねぇ、ヘルガーいっぱいお星さまがあってきれいだよね! なんか海みたいだなぁ、泳げないのかなぁ」
     そんなことを言いながら飛び込もうとする少女の脚に、ヘルガーが前足を置いて一つ鳴きました。その顔は悲しそうなもので、天の川を泳ぐポケモンも少女の方へと顔を向け、その目つきを鋭く当てていました。少女は残念そうに肩を落とし、再びヘルガーの横に座ると、そのまましばらく無言が一人と一匹の間に流れます。先ほどの楽しげな雰囲気はどこへやらで、水を打ったかのように沈黙の時間は流れていきます。
     その時間がいくぶん流れた後、少女が口を開きました。
    「ねぇ、ヘルガー。わたしね、おねがいしたんだ。ヘルガーとずっといっしょにいられるようにって。もっといっしょにあそべるようにって。ねぇ、ヘルガー。わたしたちずっといっしょなんだよね? そうなんだよね? ねぇ、ねぇってば!!」
     気がつけば、少女の喉からはおえつが漏れ出ており、やがて我慢が切れた少女はヘルガーを抱きしめ、わんわんと泣き始めます。少女のほっぺたにつたう感情がヘルガーの首元へと溶けていき、ヘルガーはただ、目をつぶることしかできませんでした。少女の気持ちが痛いほど、ヘルガーの心の中に入り込んできて、その痛みでまぶたが重くなって――。

     ぱぁんぱぁん。

     何かが弾ける音がしました。
     その音に目を覚まされたかのようにヘルガーの瞳がぱっと開きます。続けて、同様にその音に呼ばれたかのように少女もなんだろうと、音がした方に泣きじゃくりながらも向きます。

     ぱぁんぱぁん。

     天の川を泳ぐポケモンの下で、広がっては消える赤い花、青い花の光、黄色い花。
     少女とヘルガーの瞳の中に何度も咲いては散ってを繰り返していきます。
    「わぁ……! あれって花火かなっ!?」
     そうだと言わんばかりにヘルガーがばうと鳴きます。少女の瞳からはもう涙は止まっており、ヘルガーも楽しそうに尻尾を揺らしており、そのまま、少女とヘルガーはしばらく花火を眺め続けていました。
     
     耳の中を揺らす花が咲く音。
     瞳の中に飛び込む花が咲く姿。

     少女がゆっくりと口を開きました。
    「もう、わたし、ヘルガーとバイバイ、しなきゃ、いけないのかな」
     少女の問いかけにヘルガーが静かにうなずきました。   
     その応えに少女はまた泣きそうにながらも、ヘルガーをぎゅっと抱きしめ、また口を開きます。
    「もっと、もっと、いたかったよぉ、もっと、もっと、あそびたかったよぉ」
     我慢し切れなかった涙の粒がぽろぽろと少女の瞳からこぼれ落ちていきます。

     昼間が暑いから、夜に散歩した夏の日々。
     川辺で蛍火を追いかけ回った日々。
     その追いかけっこの中で見つけた夜空に咲く綺麗な花。
     また一緒に見ようねとあの夏に植えた約束の種。
     秋風の中を一緒に通り過ぎ、冬の雪をくぐって、それから春の桜をかぶって――。
      
     やがて、ヘルガーが少女から離れると、天の川を泳ぎ続けるポケモンの背中の端まで歩み寄り、少女の方に向きます。
     
     ばう、と涙をこぼしながらも微笑みながら鳴いて、天の川の中に落ちました。
      
     星の川に落としたその体はやがて光の粒になって消えていってしまいました。

    「バイバイ……ヘルガー」
     天の川を泳ぐポケモンの背中に涙をこぼしながら、少女はヘルガーが消えていってしまった方をずっと見続けますと、やがて、少女は自分がいつのまにか一個の黒いタマゴらしいものを抱いているのに気がつきました。
     もしかしてヘルガーがくれたのかなと思ったのと同時に、急に眠くなってきた少女はやがてばたりと倒れ、そのまま重くなったまぶたを閉じました。


    ―――――――――――――――――――――――――――

    「白穂(しらほ)、白穂」
    「……うーん、お、おかあさん?」
    「おはよう、どう? 今日は学校に行けそう? まだ無理だったら休んでもいいのよ?」
    「あ、う、うん。ちょっとまって……あれ?」
    「あら、そのタマゴどうしたの?」
    「…………」
    「白穂?」
    「……ううん、なんでもない、ねぇ、おかあさん。このタマゴ育ててもいい?」
    「ちゃんと、育てるならいいけど……大丈夫なの?」
    「うん、大丈夫!」

     その少女――白穂はまんべんな笑みを見せて答えました。

    「だって、このタマゴにはヘルガーとの思い出がいっぱいつまってるんだもん!」


      [No.2508] 【便乗】 [快晴の七夕] 投稿者:MAX   投稿日:2012/07/08(Sun) 05:53:12     112clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     七夕の夜のこと。
     都会を遠く離れた田舎にひとつの神社がある。そこは小高い丘の上にあり、鳥居に続く石段からは町並みを見下ろすことができた。
     街灯が点々と夜道を照らす中、しかしその神社では軒下の電灯がひとつ、境内で虫を集めるのみ。管理が行き届いてないのか、主立った明かりは幽霊か狐の作る鬼火だった。
     まさに肝試しの場にしかならないような場所だが、そこに人影がふたつ。石段に腰掛けて夜景を眺める男女の姿があった。

    「やってるなぁ」
    「まぁ、よう燃えとろうなぁ」

     毎年の行事を男は微笑ましく思いながら、方や女は片膝に頬杖をついて眠そうに、目を細める。
     両名の視線の先には、町の一角を橙に照らす大きな明かりがあった。もうもうと煙を立てるそれは七夕の笹を燃やす火だ。町中の短冊と笹を集め、まとめて火にくべられていた。
     短冊にこめられた願い事は煙となって空の神様のもとに届けられ、やがて叶えられるだろう。そんな人々の神頼みを、あざ笑うように女が言う。

    「ああも大量に送られては、お空の神様とやらも手一杯であろうに」

     煙の中にどれだけの願いが詰まっているのか。無邪気な風習だと呆れつつ、男から手土産にともらったいなり寿司を頬張った。
     そうぼやく女に、男が串団子片手に言い返す。

    「確かに多いが、急ぎのお願いなんてのは短冊には書かないだろ。神様には、少しずつゆっくり叶えてもらえばいいんだよ」
    「あの量を少しずつか。は、ずいぶんと気の長い」
    「そういうもんさ。いつか自分の番が来る。そう信じるんだよ、人は。良い話じゃないか、夢があってさ」
    「夢のぉ。そんな程度……」

     偏見混じりの男の言葉に女は思う。その程度の願いなら、叶う頃には願ったことさえ忘れているんじゃないか。神に頼るほどのこともないのではないか、と。

    「ん?」
    「いや、そんな程度なら、神様に頼らんでもそのうち叶えられるのではないか、とな」
    「あー、その時はその時だろ。神様が、自分で願いを叶えられるように導いてくれた、ってな」

     なんとも前向きな思考だ。いよいよ女も呆れ果て、鼻で笑った。

    「盲信ここに極まれり、じゃの」
    「そう言うなよ。どうせ、将来の目標みたいな感じで短冊に書くんだからさ」
    「将来の目標、のぅ」

     我が事のように言う男に、女の興味が向いた。男の顔をのぞき込みながら、口の端は上がり、目がいっそう細くなる。

    「かく言うお主は、なんと書いたのかや?」
    「黙秘します」

     いたって自然に断られた。しかしそれではおもしろくないと女は口を尖らせる。

    「かーっ、なんじゃい、生意気な口をききおって。
     目標と言うからわしが生き証人となってお主の行く末を見届けてやろうとちょいと世話を焼いてみれば、これか。
     そんな人に言えんような目標なぞ墓まで持ってくが良い。どうせ達成できたところで自己満足にしかならんからな。
     わしは知らんぞ。目標達成の暁には労いの言葉のひとつぐらいくれてやろうかと思うたが、もう知らん。勝手に一喜一憂するが良いわ」
    「拗ねるなよ、面倒くせぇな。おまえ、こういう願掛けの類は他人に言ったら効果がなくなるって、よくいうだろう?」
    「そんな迷信、気休めにもならんわ。だったら何ゆえ人目に付くような笹の枝に短冊を吊す」
    「個人を特定されなきゃ大丈夫だろ」
    「大雑把にもほどがあるのぉ〜……」

     細かいのかいい加減なのか。苦々しく顔を歪ませる女に、男はため息をついた。

    「そうは言うがな。忘れた頃に叶ってラッキー、そんな程度なんだ。ことさら、達成を労ってもらうようなもんじゃない。それに……なぁ」
    「それに?」
    「失敗したら、おまえ、笑うだろ?」
    「…………」

     女は目をそらした。

    「……そんなわけだ」
    「あ……いや、返事に窮したのは、笑うからではないぞ? 目標の種類によると思って、どう返そうか迷っただけじゃ」
    「いーんだよ。どうせもう俺の短冊は煙になってる頃だ。神様、織姫様、彦星様、何卒よろしくお願いします、ってな」

     言って、男は団子をかじった。
     幸いにして今夜は晴天。明かりの少ない土地柄、見上げれば天の川がはっきりと見えた。しかし風に乗って夜の闇に消えていく願い事たちが、はたして空まで届いてくれるのやら。
     だが男の投げやりな態度に、女は納得しない。

    「これ、弁明も聞かずに不貞腐れるな。わしばっかり悪いようにされて納得できるか」
    「あぁ、そりゃこっちも悪かった。いいからこれでも食って少し黙ってな」
    「な……んむ」

     女の前に串団子が一本、突き出された。それに女はかじりつき、男の手からもぎ取る。
     食わせれば黙るという算段か。少々癪に障ったが、団子一本に免じて女は黙ることにした。

    「…………」

     その団子がなくなるまでの少しの間、男は夜の音に耳を澄ませる。
     ひと気のない神社で聞こえるのは、虫の声と幽霊のすすり泣きくらいだ。泣き声は不気味と思うが、その正体が知れていれば怖くもない。複数のムウマによるすすり泣きの練習風景を見てしまって以来、むしろ微笑ましかった。
     そんな折に、男の耳に遠くから拍子木の音が届いた。「火の用心」と声が聞こえ、もうそんな時間かと腕時計を眺める。

    「……里の夜景は楽しいか?」
    「いや、あんまり」

     団子を食い終わったか、女が話しかけてきた。しかしその内容には、いささか同意しかねる。
     田舎の夜は控えめに言っても退屈だ。黙って見ていると眠くなってくるし、眠れば幽霊からのいたずらが待っているのだから。

    「その割には、向こうの明かりをじっと見ておったがなぁ」
    「……そうだったか?」

     言われて自覚がないことに気づいた。そろそろ眠気がひどいようだ。調子が悪いか、そろそろ帰って寝るか。思いながらまぶたを揉む。

    「眠いか」
    「それも、ある。ただ向こうの焚き火、雨降らなくて良かったな、って」

     言って、男はふと思い出した。

    「……そういや、天気予報じゃ雨じゃなかったか? 今日って」
    「予報なぞ知らんな。しかし、昼ぐらいまでは確かに曇り空じゃったのう」

     両名が見上げる空は、満天の星空。雲はひとつとして見当たらない。

    「はてさて、どこぞのキュウコンあたりが“ひでり”で雲を消し飛ばしたのやもな」
    「キュウコンなぁ…………おまえ……」
    「さーて、わしには心当たりなんぞありゃせんなー」

     白々しいというか胡散臭いというか。なんとも人を馬鹿にしたような女の態度だが、しかし女は続ける。

    「言っておくが、わしはむしろ七夕は曇り空であるべきと思うとるからの」
    「そりゃまた、ずいぶんひねくれたことで」
    「ふん。七夕とは、愛し合いながらも離ればなれの男女が、一年の中で唯一会うことが許される日という」
    「今更なことを言うなぁ」
    「その今更じゃがな? 考えてもみよ。一年もご無沙汰の男女が再会したならば、ナニをするか……」
    「……ぁ゛あ゛?」

     何かを企むようにニヤニヤと語る女に、なんとなく理解した男は何を言い出すこの女、と信じられないモノを見る目を向けた。

    「快晴にして見通しも良く、衆人環視の真っ直中で……というのは恥ずかしかろーなぁー」
    「おまえ、それって……ぁあ、下品なっ!!」
    「か、か、か! 下品で結構。そういう見方もあって、わしに“ひでり”の心当たりは無い。それさえわかってもらえれば充分じゃ」

     それだけ言って、女は満足げに鼻で笑った。そう堂々とされては男は黙るしかない。これ以上口出ししても、自分ばかりが騒いでいるようで馬鹿馬鹿しいではないか、と。

    「ったく……」
    「何にせよ、今夜は快晴じゃ。こうして天の川を見れた。短冊を燃やすのもできた。それを幸いと思うが良い」

     まったくもってそのとおりだが、男はうつむいて唸るばかり。騒ぎの原因にそう言われて素直に従うのは、ただただ癪だった。
     しかしそうやって下を向いていたから近づく影が見えず、女に背を叩かれることとなった。

    「……んむ、少々声が大きかったか。ほれ、お迎えじゃ」

     拍子木の音と「火の用心」という声。顔を上げれば、石段の下で錫杖を持った男性と拍子木を手にしたヨマワルが鬼火に照らされていた。
     男性とヨマワルの目がこちらを見上げて、

    「ひのよぉーじん」

     ヨマワルが拍子木をちょんちょん、と鳴らす。もうそろそろ夜も遅いぞ、と。そういう意味である。

    「あー……じゃぁ、今日はこれまでだな。もう帰る、おやすみ!」
    「おぉ、気をつけて帰るんじゃな」
    「あぁ、またな」

     団子の串などのゴミを抱えて男は石段を下りていく。やがて夜回りの男性達と共に夜の町に姿を消した。
     そして夜の神社に女だけが残る。

    「……どれ、わしもひとつやってみるかの」

     つぶやき、女が取り出したのは町で配られていた短冊の一枚。本来ならば町の笹と一緒に燃やすものであったが、女はそれを今の今まで持ち続けていた。
     願いを書かずに持っていたのだが、そうこうしているうちに焚き火は終わってしまった。だが女は構わない。
     白紙の短冊を左手に持つと、右手の親指に歯で傷をつけ、出た血を人差し指につけて文字を書いてゆく。そうして願い事を書き込み、掲げる。

    「この場に笹は無いが、ま、燃えれば同じであろう」

     そして「いざ」と息を吹きかければ、短冊はたちまち火に包まれ、細い煙を残して灰となって消えた。

    「さて、期待せずに待つとするかの」

     その言葉を残して女は夜に溶けるように消え去り、後には、

    ――――コォーーーーン…………。

     狐のような声だけが夜の境内に響きわたった。






     * * * * *



     まず、あつあつおでん様、ネタ拝借と言う形になりましたが、樹液に集まる虫のようにありがたく思いながら使わせていただきました。。

     お付き合いいただきありがとうございました。MAXです。
     あつあつおでん様のネタから「夜のひでり状態」を見て、「雲が晴れるだけなんじゃないか」と考えた7日の朝。
     キュウコンとおしゃべりをするなら古びた神社でこんな具合でしょう、と地元を想起しながら作り上げたこれ。
     ジジイ口調の女性と言うステレオタイプなキャラができましたけども……。
     書いてて思いました。久方様のある作品と舞台が似てる、と。
     だ、大丈夫でしょうか! ちとツイッタで聞いた限りでは概ね寛容でございましたが、自分の説明を誤解されてしまっていたやも……。
     不安の残したまま動いたことを謝ります。難があれば即時退去いたします。と、これ以上はネガティブなんで、以上MAXでした。

    【批評していいのよ】【書いてもいいのよ】【描いてもいいのよ】【申し訳ないのよ】


      [No.2507] 【短編2つ】七夕過ぎし暁に照らして 投稿者:巳佑   投稿日:2012/07/08(Sun) 05:50:35     65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     
     夜が明けるまでは七夕だぜ! 
     そう言い聞かせながら、短いながらも仕上げてみた二つの作品を上げておきます。

     ……やっぱり、日付的にはアウトな気がしますが、よろしくお願いします。(苦笑)


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