マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.4139] なんて最悪の発想をするんだ 投稿者:焼き肉   投稿日:2019/11/19(Tue) 00:32:26     24clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    タイトルがもう最悪。こんなことをしたトレーナーはそこら辺の厳選孵化廃人なんかより血も涙もない人間なんでしょうね。他の人間やポケモンたちにとってはたまったもんじゃないんでしょうけど、私としてはひたすらコダックが哀れ。おそらく面白半分にこんなことされてかわいそう。

    ひらがなとカタカナしか使ってないのに読みにくくなくて一気に読んでしまう恐ろしい面白い話でした。


      [No.4138] やさしいせかい 投稿者:焼き肉   投稿日:2019/11/19(Tue) 00:19:04     29clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ハウ主♀】 【ウルトラサン】 【ラッタ(アローラの姿)

     お久しぶりすぎて誰も覚えてらっしゃらないかと思いますが、ソードシールドで盛り上がってる中今更ウルトラサンやってる焼き肉です。ハウとアローララッタがすごくかわいいです。寄り道とレベル上げであんまり進んでないです。



     アローラの独特な響きとあいさつにもだんだん慣れて来た。今では現地人に溶け込めるくらいの手振りと発音が出来るくらいだ。

     出身は違うが、コウミはこの地方が大好きになった。人々は親切で、ポケモンは強くもどこか穏やかで、気温も暖かい。星の輝く夜、見知らぬ人と見たケイコウオの作る白い宝石のような光を、きっとコウミはこの先も忘れないだろう。

    しかしだ。

    (この地方の生物、知らない人に親切過ぎない!?)

     ベンチに座るコウミの横には、あいさつを交わしただけの人にもらったものの山が出来ている。何なら今かじってるたっぷりのサンドイッチも試食品と称してお店の人にもらったものだ。

     生物と称したのは人間に限った話ではないからだ。民家にいたデリバードが持ってる袋から道具を取り出してわけてくれたのはまだしも、実のなる木までボコボコきのみを落としてくれたのには笑ってしまった。ずいぶん乱獲した覚えがあるのだが次の日には復活しているというのだから驚きだ。

    「そりゃあカントーだっておばあちゃんからもらったリンゴ近所にわけるおすそ分け文化くらい会ったけどさあ! ねえネズッタ、私が変なの? そうなの?」

     メンバーのラッタ♀のふくらんだほっぺをウリウリつまんでコウミが訴えたが、なにぶんラッタが一番気持ちいい部分のほっぺの上辺りを触ったものだから、「あ〜ええ感じなんじゃ〜」という顔つきになるばかりだった。

    「いやいやいやコレ絶対ダメ人間になる! ヤバい! マズイ! いやコレは美味い!」

     おいしいサンドイッチを食いながらコウミはブツブツ言っていたが、やがて最近もらったものの食べ過ぎで体重が気になっているのを思い出し、半分はネズッタにあげることにした。大食いのアローララッタは「マジでうめえ〜」って顔をしながらモリモリサンドイッチを片付けていく。人に寄り添うように適応していったポケモン達に人間の食べ物は有効だが、食べ過ぎは良くない。アローララッタは全体的にぷっくりと太っているくらいが健康の証らしいが。

    (アローララッタみたいにコロコロ体型になったらハウくんはどう思うかな……ハウくんだから、嫌われるとかはないかもしれないけど……)

     あっけらかんとした笑顔の彼への淡い恋心をつのらせつつ、コウミはネズッタの食いっぷりをサンドイッチが尽きるまで眺めつづけたのだった。


      [No.4090] 種蒔く者達(ポケモンストーリーコンテストカーニバル A部門未投稿作品並びにポケモン小説wiki仮面小説大会参加作品) 投稿者:クーウィ   投稿日:2018/10/15(Mon) 01:55:36     242clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ポケモン不思議のダンジョン

     薄暗い空が下りて来たように、山道を霧が覆っていた。崖際の小径は果てもなく続き、落ち込んだ霧に埋め立てられた谷底は、レントラーですら見透かせぬほどに険しく深い。
     時折カラカラと足音立てて、石の欠片が駆け下っていく。奈落の底まで大分あるのだろう。ずっと耳を澄ませていても、旅の終わりを察する事は叶わなかった。気流にあおられ濃霧に切れ目が生じた時には、剥き出しの岩肌が連なる先に、ヒトツキのような峰々が透けた。
    「キリタッタ山脈とはよく言ったもんだよね」
     靄の中へと連れ戻され、歩くにも飽いた小柄な影が、無邪気な声で呼び掛ける。黙々と前を行く相棒と違い、好奇心に目隠しされてうずうずしている彼の手には、先程拾った石くれが三つ。己の特性を持て余しつつも、持てる機会はきっちりと生かす。旅慣れた冒険者達にとって、物資不足は最も身近な課題であった。
     一方先に立つポケモンの方は、そんな彼にも殆ど構ってくれはしない。「そうだね」と等閑に応じるだけで、欠片ほども警戒心を手放そうとせぬ親友の様子に、大きな尻尾のパートナーは気を悪くした風もなく言葉を続ける。――彼がそうやって己の姿勢を崩さぬからこそ、後ろの自分は好きなペースで旅を楽しむ余裕があるのだ。
    「もう少し行ったら休憩にしよ。尻尾が濡れて重くなっちゃった」
    「此処はダンジョンだよ」
     にべもない返事に含まれた意に、彼は密かに苦笑いする。コンビを組んで早数年、既に互いの会話に含まれるのは、言葉通りの意味だけではない。休息にかこつけ、道具袋の中身に手を伸ばそうと言う彼の目論見は、ヒト一倍敏いパートナーには御見通しなのだ。じっとり湿った自慢の尻尾を一振りすると、彼は変わらぬ歩調の後ろ姿に追い付くべく、トトトッと四つ足で距離を詰めた。
     そっけない返答とは裏腹に、追い付かれたポケモンはペースを緩め、後ろの相棒が身繕い出来るよう図らってやる。――どうせこの状況では、接敵の機会はそう多くはない。こうしたダンジョンで最も警戒せねばならないのは飛行タイプのポケモン達だが、彼らは視界不良を極端に嫌う。一部の例外はあるにせよ、このダンジョンにその手の種族が棲息するとは限らなかった。
     体長の半分以上を占める巨大な尻尾を背に乗せて、器用に水気を切っていくパートナーに合わせつつ。他方で彼は気を抜く事無く、周囲の状況を探り続ける。持って生まれた種族の強みを生かしつつ、足元の罠にも気を配る用心深さは、そのまま彼自身が辿って来た長い道程を暗示している。無理に意識を集中せずとも、ある程度の索敵範囲はカバー出来る。この濃霧の中ならば、二十歩先が見極められれば十分だった。
     霧の向こうで声がしたのは、それから直ぐの事だった。前を行く側がピタリと止まって身構える一方、後ろに続く彼の方は、ちょろちょろ身軽に前に出て行く。
    「……此処はダンジョンなんだけどね」
     呑気な揶揄も意に介さず。早くも頭の房を揺らめかせ始める青い狗人の傍らで、尻尾を持て余していた彼の方も、二足の姿勢で立ち上がった。電気袋にエネルギーを溜め、拾った道具を反芻しているその耳に、次なる徴(しるし)が飛び込んで来る。
    「誰か……、誰か助けて!」
     耳朶を打った悲痛な叫びに、隣の相棒がサッと駆け出す。躊躇いもなく地を蹴って、霧の奥へと身を躍らせるその姿に頼もしいものを覚えつつ。取り残された彼の方は、はてどうするかと首を傾げる。同じ様に飛び出した所で、足を踏み外し真っ逆様では堪らない。「あ〜れ〜☆」などと呑気な声を張り上げた所で、忙しい友の足手纏いになるだけであった。
     こういう時は動かぬに限る。そう理解している賢明な彼は、じたばたするのをきっぱり諦め、おもむろにトレジャーバッグに手を伸ばした。

     崖際の小道は逃げるに難く、襲撃者には格好の地形であった。霧に覆われ視界は利かず、利用出来る樹木の一本もない。元々森に住む種族である彼女にとり、剥き出しの岸壁が続くだけのこの場所は、余りにも都合が悪過ぎた。
     身軽さを生かせぬ彼女の焦慮とは対照的に、翼は愚か足すら持たぬ対戦相手は、この環境に何の制約も感じてはいない。浮遊するのは種族の特色、弱り始めた生命の灯はこの上もなく魅力的で、霧の奥でも見落としはしない。タイプ相性も一方的で、縮こまっている無力な森トカゲなど、獲物以外の何者でもないのである。
     思わず発した彼女の懇願を吹き散らすように、紫紺の風船が風を生み出す。吹き飛ばすには足りないものの、渦巻く風は体力を削り、既に疲弊していた彼女の身体を、容赦無く地に叩き付ける。特性による第二撃が無力な獲物に襲い掛かり、尖った岩肌に痩せた背中を叩き付けると、最早相手に起き上がるだけの余力はなかった。
     動けぬキモリにゆらりと近付くフワンテは、相手の首に腕を絡めて、そのままじわりと締め付け始める。絞め殺すまでに至らずとも、意識を混濁させれば十分であった。抗う意志さえ消してしまえば、魂魄を抜いて奪い去るのはそう難しい事ではない。
     弱々しく呻く獲物の様子に気を取られていた簒奪者が、打ちのめされたのはその直後だった。突如飛来したゴローンの石が横っ面に炸裂し、紫色の小風船は「ぺゃ!?」と潰れた悲鳴を上げて、地面にべシャリと墜落する。そのまま彼女は浮き上がる暇も与えられずに、強烈な一撃を叩き込まれて沈黙した。衝撃と共に弾けた冷気は周囲の霧を巻き込んで、風船ポケモンの全身を霜と氷柱で覆い尽くす。――再び動けるようになるまでは、相応の時がかかるだろう。
     一方救われたキモリの方は、何が起きたか理解し切れていなかった。不意に呼吸が楽になり、咳き込みながらも視野が広がり始めた矢先、何かがフワンテに飛び掛かって、強い冷気が頬を打った。
     凍り付いた風船の脇に立っていたのは、蒼い毛並みの見慣れぬポケモン。二足の体形は彼女とよく似ていたが、背丈は幾分か勝っており、赤い瞳は余韻を残し鋭い光を湛えている。捕食者のように迷いなく、有無を言わさず敵を仕留めたその様は、無力な彼女を震え上がらせるのに十分だった。
     けれどもその恐怖心も、長続きはしなかった。吐息と共に険を収め、此方に向けられたその表情は、敵愾心とは全く無縁で思いやりに満ちていた。
    「大丈夫?」
    「怪我はない?」と続ける相手に何とか頷いて見せた彼女は、次いで立ち上がろうとした所で、自分の負ったダメージを悟る。眩暈と共にくずおれる彼女をパッと支えたそのポケモンは、見た目に合わぬ腕力で軽々とキモリを抱き上げると、肩に乗せて歩き出した。
    「少し我慢して。仲間と合流してから手当てする」
     少々驚きはしたものの、漸く助かったと言う実感が込み上げて来る中。彼女がふと目にしたものは、命の恩人が駆け付けて来たその先に口を開けている、足場一つない谷底だった。

     谷を迂回し元の位置まで戻って来ると、退屈していたパートナーが明るい笑顔で出迎えた。運ばれて来た客の容体を慮る事もなく、既に委細を読み取っている小柄なサポート担当は、からかい口調で友を突っつく。
    「せめて抱えて運べば良いのに。それじゃレディに失礼だよ」
    「両手を塞ぐのは感心しない」
     つっけんどんに返しながらも、均した地面にそっと怪我人を横たえているリオルに対し。「はいはい、ダンジョンだもんね」と応じた彼は、トレジャーバッグから青い木の実を探して寄越す。火傷に卓効がある事で知られるそれを、波紋ポケモンは静かに掌に包み込み、そのまますっと目を閉じた。
     ややもして淡い光が生まれ、仄かな輝きが徐々に色付き始めた所で、彼はゆっくりと目を見開き、若草色に輝いている自分の利き手を、キモリの身体にそっとあてがう。幾度も目にしたその手順を飽きず見守るパチリスの前で、波紋ポケモンが小さな矢声と共に、練り上げたエネルギーを解放した。

     ダンジョンを無事抜け切った頃には、キモリの体力はほぼ完全に回復していた。背中がまだ若干疼くものの、木の実では到底補い切れぬほどのダメージが綺麗さっぱり消えた事に、彼女はただただ驚かされるばかりであった。
    「生命力を直接送り込んだから。治癒に頼るよりは早いよ」
     治療してくれたリオル――ルイン本人の言葉によると、『自然の恵み』と呼ばれる技を応用したものであるらしい。自然の恵みは木の実に宿る自然エネルギーを借り受けて放つ特殊な技で、木の実の種類によって自在にタイプを変えられる半面、高度な感覚や感受性を必要とし、使い手の向き不向きがはっきり分かれる技でもある。優れた使い手であるルインは、本来ならば攻撃に使うエネルギーを自身の波動と共鳴させ、生命力に置き換えた上ではっけいを通じ、相手に直接打ち込む事が出来るのだと言う。チーゴの実は草タイプのエネルギーを引き出せる為、彼女のような種族にはうってつけであるらしい。
    「ボクは身体が凝って来たらお願いしてるよ! ……滅多にやってくれないけどね」
     そんなリオルのパートナー、パチリスのパッキィが残念そうに告白すると、生真面目な性質の波紋ポケモンは渋面になって首を振る。
    「やらされる方の身にもなって欲しい。そんな用途で使う為に工夫した訳じゃないし」
    「硬い事なんて言わない言わない! それに理由はどうあれ、経験にはなるじゃない。我が身を差し出し友の成長を助けようと言うオヤゴコロだよっ!」
    「君の子供にはなりたくないかな……」 
     屈託のないやり取りに、彼女も覚えず笑みが零れる。まだ自己紹介が終わった程度の間であったが、既に堅苦しさは残っていない。何処か頑なで張り詰めた所のあるルインにとって、一見正反対とも見えるパッキィの明るさは、傍で感じられる以上に大きな存在なのだろう。
     しかしそんな明るい気分も、故郷に通じる最後の分かれ道に差し掛かると、急速に萎んでいった。テンケイ山に続く丘陵地を横切った辺りから、キモリのエレは足取りがどんどん重くなっていくのを感じていた。
    「やっぱり戻りたくない?」
     一転して心配げな表情を浮かべるパチリスに「大丈夫」とは答えたものの、この先待ち受ける厄介事を考えると、気持ちの切り替えは出来そうにない。書き置き一つで飛び出した身が、翌日笑顔で帰るなど土台無理な話であった。
    「どうやら着いたみたいだ」
     更に歩き続けた所で、リオルのルインがポツリと呟く。無論彼女にも分かっていたが、残るパチリスは全く実感が湧かないまま、きょろきょろと周りを見渡して言う。
    「真っ白で何も見えないよ」
    「確かにね」と頷くリオルが首を廻らせ、彼女に向けて質問する。何時もこんな有様なのかと言う問いに、エレはこくりと頷いた後、三年ほど前から霧が立ち込めるようになって、特にここ数ヵ月は殆ど晴れていないのだと説明する。
    「最近は霧が掛かってない方が珍しいの。以前はそうでもなかったんだけど、今じゃ日本晴れでも長続きしないくらい。村のみんなも困ってる」
     驚く両者にことわりを入れ、彼女は先に立って歩き始める。村の住人として、客人を案内するのは礼儀であった。
    「なんでだろう。霧の大陸じゃあるまいし」
    「ボクはやだなぁ……漏電するし。木の実も育たないだろうし、終いには病気になっちゃうよ」
     首を傾げる二匹を伴い、彼女は濃霧の中を迷う様子もなく進んでいく。やがてぽっかりと浮かび上がったのは、固めた土で建てられた素朴な造りの家であった。
     エレは少しの間躊躇したものの、直ぐに意を決して扉を開ける。途端に、中から出て来ようとしていた大柄なポケモンと鉢合わせした。
    「エレ!? 戻って来たのか!」
     安堵の色も束の間、「一体どう言う事だ」と声を荒げるドダイトスに対し、彼女は小声でごめんなさいと謝って、俯き気味に視線を落とす。尚も続けようとする大陸ポケモンだったが、彼女の背後に見慣れぬポケモンが並んでいるのに気が付くと、不審な表情で口籠る。
    「この方達は?」
    「助けて貰ったの……。キリタッタ山脈で」
    「キリタッタ山脈!? 独りであんな所まで行ったのか!? あの辺りは霧が出始める前から危険で、村の者も必ず山越えの際は連れだって行くと知ってる筈だろう。……こっちは何処を探してもいないから、鉱山の連中に攫われたんじゃないかと大騒ぎしてたんだぞ」
     黙ったままのキモリにこれ以上灸を据えても仕方がないと思ったらしく、ドダイトスは客人の方に意識を戻し、努めて平静な声音で礼を言う。
    「エレを助けて頂いて、本当に有難う御座います。山越えでお疲れでしょうし、宜しければ今夜は当家にてお休み下さい。御礼と言っても大した事は出来ませんが、せめてお食事ぐらいは。……御挨拶が遅れましたな。私、この村の纏め役をさせて頂いておりますトルトと申します」
    「いえ……。では、折角ですし御厄介になります。僕はルイン、隣の彼はパッキィで、ふたりで探検隊として活動しています」
     手短に名乗りを済ませ、軽く礼を返すリオルに合わせて、パチリスの方もペコリと頭を下げて挨拶する。続いて幾らも経たぬ内に顔を上げた彼は、遥かに大柄な樹木亀に気圧される様子もなく、何時もと変わらぬ明るい口調で質問した。
    「ところでトルトさん、この村にパブやカフェみたいなのはありますか?」
    「パブ、ですか……」
     唐突な質問に面食らったように、トルトが微かに首を傾げる。どちらかと言うと対象が該当するのかどうかを思案していたらしい彼は、直ぐに頷くと答えを返す。
    「パブと言うほどでもありませんが、それでしたら村の休憩所が東にあります。ヤナップのナト達三匹の兄弟が管理しておりますので、御利用頂けるよう声を掛けておきます」
    「お願いします!」
     笑顔で応えるパチリスに何かあるのか、ルインが一瞬ジト目を向ける。他方のエレは一切口には出せないものの、小言で夜を明かす何時もの展開を免れた事に、そっと安堵の息を吐いたのである。

     翌日の昼下がり。ふら付きながら戻って来たパッキィを、ルインはしでかしたなと言う表情で、一方のエレは心配顔で出迎えた。朝一番で飛び出して、そのまま昼食の席にすら顔を出さなかった親友に対し、堅物の相棒は開口一番小言を垂れる。
    「あのね、招待受けてるんだよ僕らは。なのにそれをほったらかして今頃呆けて戻って来るって、流石にどうかと思うんだけど?」
     眉間に皴を寄せて意見するパートナーに対し、明らかに顔色のすぐれぬ白リスは、それでもウフフと笑って応じる。
    「ちゃんとお構いなくって伝えたでしょ? それにきちんと、誰にも迷惑が掛からないようにやってるし。……昨日も置いてかれた時点でやろうかなと思ったけど、それどころじゃないよねって思い止まった訳だし。石が飛んで来てたでしょ」
    「はいはい、君の道義心に感謝します」
     仏頂面で溜息を吐く波紋ポケモンを横目で見つつ。未だ概要が掴めぬエレは、パチリスに向けて問いかけてみる。
    「大丈夫、パッキィ? 酔い覚ましに何か要る?」
    「いや、平気。寧ろ、これがすごく具合良いんだよ」
     にへらと笑うその様子に、彼女は思わず後ずさる。まだこの手の症状に触れた事の無いエレにとり、パッキィのあやふやな笑みと視線は、かなり不気味なものがあった。トリップ状態のパチリスに代わり、傍らの相棒が説明を添える。
    「彼には変な趣向があってね……。邪悪なタネが好物なんだ。食べると気力が奪われて、身体の負担が大きくなるとても厄介なタネなんだけど、パッキィはどうやらその症状が気に入ったみたいで」
    「嗜好品になっちゃってる」と首を振ったリオルに対し、漸く多幸感も薄れ始めたパチリスが、重い尻尾を持ち上げながら抗弁する。
    「お酒よりは良いでしょ? 酔って暴れる訳でもないし」
    「そうかも知れないけど、時々ダンジョンでも食べてるだろ。その間君を守るのは僕の仕事になるんだけど」
    「何時も援護してあげてるじゃない」と混ぜっ返すパチリスに、結局ルインが先に折れた。諦めの仕草と共に切り上げた彼は、続いて不意に目付きを戻すと、低い声で話題を変える。
    「……で? 向こうはどうだったの。何か成果は?」
     リオルが切り替えた途端に、パチリスの方も気だるげな顔付きを改め、不敵な光を目の奥に宿す。ほんの僅かな間にベテラン探検家としての表情を取り戻した両者の様子に、エレは思わず息を呑んで、彼らのやり取りに耳を傾ける。
    「あったさ。抜かりは無いよ」
     何時もの無邪気な明るさとはやや異なる、自信に満ちた表情で。パッキィは自ら探り知り得たものを、鋭敏なパートナーと共有していく。歩んだ道は違えども、持ち得るものや互いの手管を知り尽くしている両者には、細かい指示や念押しはとうに不要となっている。
    「向こうでも認識はほぼ一緒。炭鉱で働いてるポケモン達が犯人で、自分達を追い出そうとしてるに違いないってさ」
     昨晩夕食の席に連なった時、彼らは村長に当たるトルトから、炭鉱のポケモン達について様々な憶測を聞かされていた。なんでもここ数ヵ月の間、村では事故や嫌がらせ、小規模な襲撃事件が相次いでおり、以前から疎遠だった鉱山開発に来ているポケモン達との関係が、悪化する一方なのだと言う。この村は元々キリタッタ山脈の向こう側からやって来た開拓団によって拓かれた場所で、入植して直ぐ世界的な大災厄が始まったと言うのもあり、ごく最近までは息を潜めるようにして過ごして来たとの事だった。
    「村長の言う通り、霧が出始めたのは三年前。問題が起き始めたのは霧が酷くなって来た時期とほぼ一緒で、それまでは鉱山のグループとは特にいざこざも無かったらしいよ。休憩所にもお客として顔を出すポケモンがいたらしいし、物々交換をする事もあったって話。何時からか誰も顔を見せなくなって、同時に色んな問題が起きるようになったと」
    「襲撃は全部霧の中。目撃者もはっきりしない?」
    「ビンゴ! 言っても他に該当する様なポケモンはいないし、同時に何箇所も襲われたりで疑う相手が他に居ないって感じだね。野生のポケモンなら組織立って動く事は無いし。実際鉱山側のポケモンに文句を言いに行ったら、あからさまに敵意を向けられて冷静に話し合うなんて到底出来たもんじゃなかったってさ」
     二匹の会話を追い掛けつつ、エレは村に戻って来た事を、否応無しに実感する。立ち込める霧と、不気味な夜。果て無く続く疑心暗鬼にも疲れ、勇を奮って飛び出した先に待っていたのは、自力で道を切り開く事も叶わない、自身の無力と浅はかさだけであった。リオルの声音が思案の色を濃くする中、彼女は彼らの抱いたらしい思惑が、何らかの実を結ぶよう願わずにはいられなかった。
    「三年前と言えば、ダークマターとの戦いが終わってまだ間も無い頃だ。……となると、丁度その頃この村も活動を再開した事になる。まさかとは思うけど……」
    「もしそうならボクの手には負えないよ。君は兎も角さ……」
    『ダークマター』と聞き、エレは思わず頭を上げて、彼らの顔を凝視する。縋るようなその目には、紛れも無い恐怖の色が張り付いていた。
     そんなキモリを落ち付かせるべく、ルインが宥めるような口調で続ける。
    「大丈夫。もしダークマターが関わってれば、ちゃんとそれなりの波動を感じる筈だから。この村にはまだそんな禍々しい気配は無いよ」
    「なんでそんな事が分かるの……?」
     震え声で訪ねる彼女に、パッキィが努めて明るく答えを返す。
    「ルインは戦った事があるんだよ。……あんな時でも、逃げずに立ち向かえたくらい強かったって事。だから大丈夫。もし何かあっても、きっと何とかしてくれるから!」
     思わず目を見張ったエレに対し、当事者のリオルは苦笑いしつつ、「誇大広告も考えものだよ」と釘を刺す。――村全体が息を潜めるように縮こまっていた当時の空気を思い返してみても、あんな中で戦っているポケモンがいたとは到底考えられなかった。彼女は勿論力自慢の大人達だって、言い伝えでしか耳した事も無いようなポケモン達がきっと何とかしてくれるだろうと、日々祈る事しか出来なかったのである。確かにルインは強かったが、どう贔屓目に見ても迫力はトルトの方が上であり、歳も彼女と同じぐらいだと言う事で、説得力に欠けるのは否めない。
     そんな彼女の心の動きも、ちゃんと御見通しなのだろう。ルインは虚勢を張る事も無く、小さく一つ頷いて、彼女にただ一つだけ誓いを立てる。
    「何が起きてるかはまだ分からない。……でも、これだけは約束するよ。この件にケリを付けるまでは、僕らは絶対この村を離れない」

     その夜。床に就いた親友が夢路を辿っている最中、ルインは独り家屋の陰に身を置いて、静かに目を閉じていた。
     不寝番では、無い。元より来るか分からぬ犯人を当てに、翌日へ負担を持ち越すと言うのは、余り賢いやり方ではない。かと言って、気持ち良く眠っているパートナーの傍に転がっていても、反応が遅れ捕捉出来ない公算が強い。
     野外で立ったまま眠るのは、そうした様々な懸案に対する、彼なりの回答であった。厳しい修練を積んで来た彼にとって、警戒を解かずに仮眠する事はそこまで難しい芸当ではない。彼はその気になれば――パッキィから言わせれば、まるでワーカーホリックの末期症状であったが――歩きながらでも眠りに就く事が可能であった。
     一寸先も見えない闇に、違和感を覚えたのは何時だったのか。不意に覚醒したルインが、濃霧の奥に感じた揺らぎを捉えようとした刹那、突然深夜の静寂を引き裂いて、激しい破壊音が木霊した。立ち込める霧に呑まれながらもはっきり届いたそれに続き、家主と思しき悲鳴が響き渡って、寝静まってた村の住人を叩き起こす。
     てんでに外に走り出し、状況を確認しようと声を掛け合う村民達の喧騒を余所に、ルインは村の南に広がる池の畔で、黙然と独り佇んでいた。――予期せぬ追跡者に狼狽し、忽然と足取りを消した何者かの痕跡に、射るような視線を注ぎ掛けながら。

     明けて三日目の朝。村外れにある丘の上で、エレはルインを相手取って、戦いの心得を学んでいた。
     何時かは自力で村を出て、広い世界に旅立ちたい。そんな願いを改めて披露した彼女は、その為に必要な知識や技能を教授して貰えるよう、彼ら二匹に頼んだのである。
    「空いた時間があれば」と躊躇いがちに切り出した彼女の依頼に対し、気忙しい夜を過ごした筈のリオルはすぐさま快諾すると同時に、即座にそれを実行に移した。案内されたこの場所で、「先ずは力量を見せて欲しい」と要請した波紋ポケモンは、意を決して掛かっていったキモリを苦も無くあしらった後、動きや技を繰り出す呼吸を、一から丁寧に教え始める。
     踏み出す時の姿勢や力を入れるタイミング一つで、技の威力は大きく変わる。また身軽な動きを褒められた彼女だったが、その敏捷さ故に相手の動きを読み取ろうとする意識や能力に欠けているとも指摘された。ルインの勧めに従い、エレは彼の繰り出して来る様々な技を捌きつつ、反撃する練習を重ねた。常に重心を保ちつつ、どんな時でも身を躱せる自信が持てれば、戦いの場でも驚くほど冷静でいられるものだと彼は言う。
     動きの修練と共に、技の習得も試みる。彼女の身のこなしに着目したルインが、最初に勧めてくれたのがツバメ返し、次いでアクロバットだった。どちらも動きの精度と速さが要求される技であり、身軽な彼女の特質にぴったりの大技だった。
     ある程度型が出来て来ると、次いで彼女は自ら願って、自然の恵みの取得にチャレンジする。
    「この技はポケモンによって相性の良い木の実が違うんだ。繊細で気難しくて、事によっては全く使えない場合も珍しくない」
     ルインが渡してくれる様々な木の実やタネを取り替えつつ。エレは教えられた通り呼吸を整え、物言わぬ果実や種子に語り掛ける。――本来は自らが大を成す為に蓄えているエネルギー、天地の恵みを部分的にとは言え引き出し借り受けるその行為は、予めそう聞かされていたとは言え、想像以上に難しい。呼び掛けに応えてくれる木の実が見つからぬまま、エレはたっぷり一時間、成果の上がらぬ試みを続けた。
    「三つ以上の力を引き出せたら、もう立派な達人だよ。僕も昔は全然駄目だったから」
     ルインの気遣いが幾分の慰めにはなったものの、結局試した木の実は全部駄目であった。落胆するエレにリオルは少し思案した後、自身のトレジャーバッグから小さな袋を取り出した。中から一つタネを選んで、彼女にそっと手渡してくれる。
    「これは幸せのタネ。滅多に手に入らない珍しいものだから、仮に適性があっても使える機会はそう多くないと思うけど、折角だから試してみなよ」
     見るからに色つやがよく、美味しそうにすら思えてくる明るい色のその種子を、彼女は小さく頷き返して掌に包む。そっと目を閉じ静かに呼吸を整える内、ふと温かな波のような感触が、掌の内に漏れ出ているような気がして来た。――まるでずっと昔から知っていたような不思議な戸惑いを覚えつつ、エレは何とかその感覚を、引き寄せようと努力する。
     しかし、やはりそう簡単には行かなかった。集中しようとすればするほど、淡い漣(さざなみ)は意識に紛れ分からなくなる。三度まで見失い、四度目のアプローチを模索している時、不意に様子を見ていたルインの利き手が、苦闘しているキモリの掌に添えられた。
     そっと重ねられたリオルの掌を意識した直後、彼女はまるで何かに導かれるように、捉え損なっていたものを把握していた。意識と同調した温かな波が、彼女の意思に従い力強いうねりとなって溢れ出すのを感じつつ。ゆっくりと目を見開いた彼女は、自分の成した事が信じられぬまま、眩く輝く白い光を見詰めていた。
    「もう良いよ。ゆっくり力を抜いてみて」
     ルインに促され、エレはハッと我に返ると、集中を解いて掌を開く。溢れる光は徐々に弱まり、小さなタネに吸い込まれるように消えていった。
    「ありがとう。……ちょっぴりだけど、コツが掴めた気がする」
     仄かに顔を赤らめ礼を言うキモリに、波紋ポケモンは穏やかに微笑む。
    「僕もこうやって教えて貰ったのさ。君よりまだ不出来な弟子だったから」
    「貴方が?」
     思わず訊き返したエレに、ルインは何処か懐かしげな表情で応じる。初めて見せたその瞳には、彼が本来持っているのであろう、温和で優しげな光が満ちていた。
    「昔、ね。僕と同じリオルの友達が、色々教えてくれたんだ。僕なんかよりよっぽどすごいポケモンで、何時だって僕は引っ張り上げて貰うだけ。自然の恵みも波動を練るやり方も、全部彼女から教わったんだよ」
    「へぇ……。そのひとは今、どうしてるの?」
     純粋に好奇心からの質問だったが、結果として彼女は酷く後悔する事となる。一瞬口を噤んだリオルは、次いで何とも言えぬ寂しそうな笑みを浮かべて、「もういない」とだけ呟いた。

    「ルインの友達は、ダークマターとの戦いに巻き込まれて亡くなったらしいよ。ボクも詳しくは知らないんだけどね……」
     午後の鍛錬を引き受けてくれたパチリスに、エレはリオルの過去について訪ねてみた。「ボクにもこれだけは話してくれないんだよ」とぼやきながらも、パッキィは自分の知っている内容を、彼女に対し教えてくれる。友達を失ったルインは失意のまま旅に出て、そのまま一度も故郷に戻っていないらしい。
    「未だにあの姿なのも、その辺に理由があるんじゃないかと思ってるね、ボクは。彼、経験的にはとっくにルカリオになってる筈だもん。……昔の事を引き摺ってなきゃ、あんな取っ付き難くはならない筈だよ。根っこのところはすごく良いポケモンだし」
    「困ったもんだ」とでも言うような口調だったが、エレにはパチリスがわざと軽い調子で話しているのが分かった。パートナーにすら明かそうとせぬ重い話題に触れた事実に、彼女は強い罪悪感を覚え俯く。
    「どうしよう、悪い事しちゃった……」
    「それぐらいで捩じくれるようなポケモンじゃないし、気にしないで良いよ。……ボクもフルサトなんてクソ喰らえな身の上だし、そう言う意味では似た者同士なのかもね」
     思いも掛けない罵り言葉に目を丸くしたエレに、パチリスは苦笑いしつつ事情を告げる。
    「お里じゃ『タネ播くリス』って呼ばれてたんだ、ボク。ボクらパチリスは木の実が主食で、集めた奴を溜め込む性分なんだけど、ボクは食べるより芽を出すケースが多くてね。……要するに、成果を無為にするボンクラって意味さ」
    「なんて言うか、食べるのが勿体無くてさ」と続けた彼は、木の実やタネが如何に不可思議なものかを語った。ちっぽけなタネが秘めている未来。小さな両手に収まるそれが何時かは見上げるような大木となり、悠久の時を生き続けながら、遥かに大きな恵みを以って支えてくれる――そんな現実に思い当たる度、彼は自らの好物に対し、戸惑いを覚えざるを得ないのだと言う。
    「言い出したらきりが無いのは分かってるけど、やっぱり考えちゃうんだよね。探検家なら持てる物は最大限利用しなくちゃならないし、そんな甘ったるい事言ってる時点で御察しレベルなんだけど」
     鍛錬に使っていた飛び付きの枝を弄びながら、パッキィは独りごちるように呟く。けれども直ぐに表情を戻すと、パッと破顔して締め括った。
    「だからルインに会って、すごく救われたんだ。彼に自然の恵みを教わった時、生まれて初めて自分の気持ちを信じる事が出来たから。……ルインに出会えてなかったら、多分ボク捻くれ果てて、お尋ね者にでもなっちゃってるよ」
    「彼には内緒ね」とウインクすると、小柄な電気リスポケモンは再び陽気な声を張り上げ、道具の講習を再開し始めた。

     再び訪れた闇の中で、パッキィは独り考えていた。昼間のやり取りで話題になった諸々が、今でも彼の頭の中でぐるぐると渦を巻いている。
    (やっぱり友達は、有り難いもんだよね)
     生真面目で優しくて、それでいてとびきり強情なパートナーを思い返し、彼は思わずくすりと笑う。偶々行きあって生まれた友情。同じポケモンを救けに行って、互いの知識や行動力に惹き付けられたその結果、今の関係が成り立っている。当ても無く世を拗ねていた彼にとり、手にしたタネを植える場所を探していると言うリオルのあやふやな目的は、自分を見詰め直すのに最適な生き方のように思えた。
     旅を続けていく内に、彼らは少しずつ変わっていった。――孤独のくびきから逃れたい、ただそれだけの為に歩いて来た両者に取り、自分の持てなかったものを補ってくれるパートナーの存在は、己の人生観を一変させるほどの影響力があったのである。
     そしてそんな過程で芽を出したのが、彼の社交性だった。頑なな雰囲気のある相棒と違い、生来楽天的な所のあったパッキィは、極々自然に友に代わって前に出ていた。買い物の交渉や情報収集など、表立ったやり取りを腰軽く引き受けている内、彼は以前とは見違えるほど前向きで、明るいポケモンになっていた。見知らぬ土地で打ち解けるのも滅法早く、友を作るのも朝飯前。どちらかと言うと黙考するのが得意なルインと異なり、彼は自ら結んだ関係を梃子に攻め込んでいくスタイルだった。
     事実、今もその方式である。現在彼の周りには、この数日で早くも仲良くなっていた、村のポケモン達が展開していた。トルトの一人息子であるプロトーガのオルトと、休憩所の管理を任されているヤナップのナト、ヒヤップのミト、バオップのムトの三兄弟である。オルトとは今までの冒険譚で、ヤナップ達とは余興でやったダーツ投げで意気投合し、共に「兄貴」の称号を勝ち得た仲であった。
     寝静まっていた昨夜とは違い、村の随所には不寝番のポケモン達が立っており、あちこちで動く者の気配がする。昨日の襲撃で村の南にある住居が破壊されており、これまでで最も大きな被害が出たのを重く見たトルトが、自ら自警団を組織して動き出したのだ。
     本来なら最も優秀な張り番であるリオルのルインは、外に出掛けて留守である。代わりに彼は、もし次に何か起こった際、犯人が使うであろう経路を予め伝えてくれていた。――波動の読み取れるパートナーほどは機敏に動けぬ彼であったが、待ち伏せして不意を突くなら十分勝機はある筈である。
     星も見えぬ無明の闇に、徐々に不安が増して来た頃。茂みに伏せていたパッキィは、漸く待ち受けていたものが現れたのを感じ取った。ペタリと地に付くお腹の白い毛皮を通し、微かな足音が伝わって来るのに気付いたのである。そろそろと身を起こし、足音を忍ばせて隠れ場所から出て来た彼は、ゆっくりと尖った鉄のトゲを取り出し、おぼろげな影に狙いを定める。……ところが此処で、思わぬ誤算が生じた。
    「ッ! 誰だ!?」
     突然声を上げたのは、霧の向こうで動くものを見たオルトである。既に緊張感に参り掛けていた不慣れな彼は、それが直ぐ近くに伏していた兄貴分だとは夢想だにしなかったのである。俄かに騒然となった仲間達の様子に、慌てて掛けたパチリスの声も不味かった。
    「ちょ、待っ――」
    「どうしましたっ!?」
    「怪しい奴ですかっ!?」
    「捕まえるのですかっ!?」
     色めき立った小猿達に、オルトが決意も露わに呼び掛ける。
    「兄貴をお助けするんだ!!」
    「「「おーーーっ!!!」」」
     取り静める暇もあらばこそ。一斉に隠れ場所から走り出て飛び掛かって来る友人達に潰されながら、パッキィは近付いて来ていた何者かが、回れ右をして一目散に退散していくのを目撃する。尻尾に噛み付き引っ張ろうとするプロトーガにそれは自分だと叫びつつ、彼は一つだけ自分の認識を改めた。
     友達はとても有り難い。……けれども時々、好意が空回りする事もある。

     一方その翌日。ルインは予定していた聞き込みを終え、見送りに出たリーダー役に別れを告げて、山の炭鉱を後にした。
     既に予想していた通り、実際に会って話してみると、彼ら鉱山グループの主張は、村のポケモン達とほぼ同じだった。打ち続く事故や不祥事に、陰で蠢く確かな悪意。「調査団員」だと名乗った彼に、当初は疑いの色を隠さなかった彼らは愁眉を開き、漸く味方が現れたとでも言うように、口々に憤懣をぶちまけた。
    「俺達は何も迷惑を掛けてないのに、奴らは無理矢理追い出そうとする」
     リーダーのガブリアスが声を荒げて岩を殴ると、周りに居並ぶポケモン達も一斉に怒りの声を上げる。片や聞き手であるルインの方は、ふと浮かんで来たその考えを手繰るべく、アクラと名乗った陸鮫に向け質問した。
    「霧が深くなった途端にと言う事ですが、その頃何か変わった事はありませんでした?」
    「特に何もねぇよ。……いや、待てよ」
     首を捻ったガブリアスが、傍らのドリュウズに確認を入れる。
    「確か試掘に行ったのは、あの辺りの事だったよな?」
    「へい。テンケイ山の試掘っすよな?」
    「そうだ」
     頷きあった両者の内、もぐらポケモンの方が後を引き継ぐ。
    「うちの若いもんが、新しいヤマを探す為に東にあるテンケイ山を探索したんっすよ。開拓村のすぐ北にある山なんすけどね。その時何かしら、不思議な事が起きたって……」
     詰まりながらも記憶を手繰るドリュウズの話を聞き終えた後。ルインは村のポケモン達の様子を伝え、双方共に軽挙は謹んで欲しいと要望したその上で、テンケイ山へと出発する。――全ての根源がそこにある事は、最早疑いようが無かった。

     深い森に覆われた山は、しんと静まり返っていた。登り始めて直ぐ立ち込めた霧は、忽ち周囲をすっぽり包み、進み続ける侵入者から視界を奪う。やがて狭い山道はふっつりと消え、馴染みの深いあの感触が、彼の本能に警戒を促す。――村を見下ろす美しい山は、不思議のダンジョンと化していた。
     ドリュウズの語った内容に、ダンジョンに関する証言は無い。構成されてまだ間もない事は、敵の姿が殆ど見られない所からも窺い知れた。
     疎らな敵影を苦も無くすり抜け、中腹をやや過ぎた頃。ルインは不意に身を翻すと、霧の中で稲妻のように前に出た。動きを止めて半身に構えたその手には、素早く抜き出した銀の針が握られている。鋭い眼差しで周りを窺うリオルだったが、霧に紛れた殺気の主が姿を現す事は無かった。
     やがて構えを解き、再び進み始めた波紋ポケモンは、そこが丁度ダンジョン部分の終着点に当たっていた事に気が付いた。

     昨夜の失態を嘆くオルトを、くよくよするなと慰めながら。エレは村を見下ろす例の丘で、技の練習に励んでいた。
     使っているのは、勿論あの幸せのタネ。相性の良いタネで練習するのが一番だと言うルインが、好意で貸してくれたのである。「必要なら譲ってあげても構わない」とは言われたものの、流石の彼女もそこまでして貰うのは気が引けた。時々やって来る行商人の話からも、珍しいタネがどれだけ高価なものかは弁えている。何より木の実やタネを単なる道具としてではなく、命を宿すものとして大切に扱っている彼らを見ていると、気軽に譲り受けようとは到底思えないのであった。
    「でもすごいよなぁ……エレは」
     唐突に投げ掛けられた言葉に、彼女は思わず手を止めて、義理の弟に視線を移す。両親のいない彼女を拾い、家族の一員として受け入れてくれたトルト同様、このオルトも降って湧いた義姉(あね)を決して色眼鏡で見る事無く、たったひとりの姉弟として慕ってくれた。置手紙だけで旅立とうとした時も、一番気掛かりだったのはこの義弟の存在である。
    「すごいって……?」
    「だってそうだろ? 村の誰にも使えないような技を、もう形に出来てるんだから。そもそも独りで旅に出ようとするなんて、なかなか出来るもんじゃないよ。おいらじゃ絶対に無理だ」
    「……オルトは、黙って出て行った事、どう思ってる?」
     ここ数日、ずっと気になっていた事――抱え込んだまま吐き出せず、裏切りにも似た後ろめたさを感じ続けていたそれを、思わず口にした彼女に対し。プロトーガは「確かにちゃんと相談ぐらいはして欲しかった」と苦笑いする。その上で、おいらは別に気にしてないよと返答した。
    「エレが旅に出たがってたのは知ってたからね、おいら。隠してたつもりなんだろうけど、何年も一緒の部屋で暮らしてれば嫌でも分かるよ」
     ヒレを持ち上げた子亀が、ニヤリと悪戯っぽく笑って見せる。
    「父さんはあんなだけど、おいらはエレがやりたい事をやれば良いと思ってる。……だっておいらは、エレの事が好きだもん」
     若干照れたように口籠った彼は、それでも自らを奮い立たせるように、力強い口調で言い切った。
    「好きな相手には、絶対幸せになって欲しい。おいらにとってエレは、すごく大切なポケモンだから……だから、絶対縛りたくないんだ」
    「エレが幸せなら。それなら、おいらも幸せ」――そう言い残した古代亀ポケモンは、最後は恥ずかしさに耐え切れなくなったように視線を逸らし、先に帰ってると伝え掛けながら、パタパタと精一杯のスピードで這い戻っていく。取り残されたエレは少しの間のぼせたように固まっていたが、やがて大きく息を吐くとくすりと笑い、晴々とした表情で技の練習を再開した。
     その時はまだ、彼女は想像もしなかった。――義弟の背中を追い掛けず、そのまま独りで帰した事が、とんでもない大事に発展する引き金となる事を。

    「これで炭鉱のポケモン達が無関係なのもはっきりしたね」
     無事戻って来たパートナーの報告に、パチリスが小さな腕を組む。深夜の曲者を取り逃がして以来、次なる機会を待ち望んでいる彼は、まだ見ぬ敵の正体に気合い十分で思いを巡らす。一方のルインはと言うと、「まだ断言は出来ないけどね」と頷いた後、次いで更に声を潜め、今回知り得た情報の中で最も重い事実を告げる。
    「そのままテンケイ山に向かったんだけど、案の定ただの山じゃなかった。……何があったと思う?」
    「……君にしちゃ珍しい言い草だね。勿体つけるなんてらしくも無い」
     思わぬ問い掛けに眉を潜めつつ、それでも軽口を忘れぬパッキィに対し、ルインは息を殆ど使わない、独特の発声法で答えを告げる。波動の読める彼としては無用とも言える配慮だったが、態々声を憚った所に、事の重大さが現れていた。
    「封印の泉だ。誰が作ったのかは分からないけど、間違いない」
    「まさか……!?」
     予想もしなかったその答えに、パチリスの声が上ずった。それがどのようなものであるかは、彼も目の前の友人に教えられて理解している。
     封印の泉は、何時か復活するであろうダークマター――世間では既に消滅したとも思われている、この世界最大の脅威――に備うるべく用意された、最後の切り札の一つである。混沌と闇の集合体、負の感情が具現化したものであるとも言われているその力の前には、どれほど強大なポケモンも無策のままでは抗えない。その強力無比な暗黒の力を打ち消し、無力化する効果を持たせたのが、封印の泉に湛えられた光の水である。
     ダークマターはポケモンの生命エネルギーを吸い取って成長する性質を持っており、奪い取られたポケモンは身体は石に、精神は「虚無の世界」と言う辛苦に満ちた世界へと封じられてしまう。ポケモンそのものに憑り付き、自らの力を与えて意のままに操る能力も持っており、その闇の力に晒されていた数年間で、この世界は文字通り滅亡の瀬戸際まで追い詰められていたのである。ミュウと言うポケモンをリーダーに集結したポケモン達が必死の戦いを続けた結果、辛うじてダークマターの侵食は止まり、闇が色褪せていくにつれて石になっていた犠牲者達も元の姿に戻る事が出来た。生命力を司ると言われるゼルネアスが彼らの戦いをバックアップしていたのが、彼らが抗い続けられた大きな要因だったと言う話もある。
     封印の泉には特殊な仕掛けが施してあり、選ばれた者にしかそれを解く事は出来ない。その為外から泉の力を狙う者にはほぼ為す術がない筈なのだが、ルインは光の水そのものが枯渇する危険はあると指摘する。
    「光の水は、ダークマターの力の対極にあるんだ。つまり負の感情が長期間、過剰に与えられ続ければ、泉の水は徐々に力を失って、最悪枯れてしまう事も考えられる」
    「……なら、今回の犯人はそれが目的で?」
    「いや、まだ分からない。ひょっとすると――」
    「大変、大変よ!」
     首を振った波紋ポケモンの見立ては、最後まで続けられなかった。勢い良く駆け込んで来たエレが、彼らに向けて急を告げる。
    「オルトがいないの! 木の実畑も荒らされてて、オルトの足跡がそこからふっつり途切れてて……。みんなこれ以上好きにさせとく訳にはいかないって騒いでるし、自警団のひと達はオルトを探すって炭鉱の方に向かってる! このままじゃ、何が起きるか分からないよ!」
     必死に叫ぶ彼女の言葉が終わらぬ内に、ルインが素早くトレジャーバッグを引っ掴み、颯のように駆け出していく。脇目も振らぬパートナーに追い付く術の無い白リスも、キモリと共に四つの足で地面を蹴って、懸命に後を追い掛け始めた。

     辿り着いた現場では、既に乱闘が始まっていた。逸早く駆け付けたルインが状況を把握するまでも無く、猛り狂った両者の勢いは増すばかりで、即時の対応が求められるのは明らかだった。
     それぞれのグループの者が勝手凌ぎにぶつかり合う中、リーダーである二匹のポケモン達は、一際激しく争っている。他がまだ精々擦り傷掻き傷程度の小競り合いなのに引き比べ、トルトとアクラの戦いは、最早喧嘩の域を越えていた。どちらも酷く傷付いており、相手を叩きのめすに留まらず、命すらも奪いかねない様相である。
    「止めろ! 止めないか!!」
     波紋ポケモンの怒声を受け、先ず距離を置いて戦っていた幾組かが反応する。次いで遅れて駆け付けたパチリスのさわぐに、取っ組みあっていたポケモン達が怒りに満ちた目で此方を見やった。「止めなさーい!!」と言う頭ごなしの叱責に、敵意も隠さず睨み付けて来た彼らだったが、傍らのリオルが鬼気に満ちた目で威圧感を放射すると、一様に怖気を振るって我に返る。……しかしそれでも、荒れ狂う二匹のリーダーだけは全く聞く耳持たなかった。
     ドダイトスのウッドハンマーがガブリアスの顔を打ちのめすと、血唾を散らせた陸鮫ポケモンが爪を振り下ろし逆襲する。ドラゴンクロ―に頬を裂かれ、次いで下顎を蹴り上げられたトルトは、それでもいっかな怯む事無く、相手の足に喰らい付いた。
     苦痛に怒りを倍加させ、げきりんで甲羅を割れんばかりに殴り付けたアクラだったが、続けて痛打を見舞おうとしたその直後、飛び来た針に腕を縫われた。同時にトルトも鉄のトゲで脚を打たれて、かみくだくを中断して蹲る。投擲を仕掛けた二匹のポケモンの内、針を放ったリオルの方が声を張る。
    「もう良い! そこまでだ!!」
     血走った目を向けて来る二匹のポケモン達に対し、彼は全く怯む事無く言い募る。
    「ふたり共、自分が今どんな顔になってるのかよく考えろ! トルト、あんたは孫を背中に乗せるのが夢なんだろう!? そんな血だらけの甲羅で、自分の孫を喜ばせる気か!?」
     トルトがこの地に入植しようと決めた経緯を、彼らは歓迎の席で聞かされていた。新たな家族であるエレを迎え、彼女や将来生まれるであろう自分の孫の未来を慮った彼は、より広く恵まれた場所で大切な家族を育むべく、遥々キリタッタ山脈を越えて来たのである。
     緑に囲まれた静かな土地で、ポケモン本来の生き方を大事にしつつ、綺麗な水や美味しい木の実に親しみながら伸び伸びと育って欲しい。そんな彼の一途な願いがあってこそ、この村は産声を上げたのである。
     言葉を失った大陸ポケモンに続き、ルインは炭鉱側のリーダーにも矛先を向ける。
    「アクラ、あんたも甥っ子達の為に学校を作ってやりたいと言ってた筈だ! 目の前の相手を打ち殺すようなポケモンが、一体どうやって次の世代を育てるのか!? 自分の過去や起こした事を、どう教えるつもりなんだ!」
     アクラのたった独りの家族である甥、フカマルのティルは生まれつき身体が弱かった。炭鉱務めの荒くれ男を束ね、日々仕事に追われる彼には、気の弱い甥の相談相手になってやる事も、友達を見つけてやる事も難しい。また自分達の専門分野以外には一様に暗い彼らにとって、外の世界を知らぬ実状は、何世代にも渡って悩まされて来た翳だった。
     学に乏しく価値観も凝り固まった自分達とは、別の道を歩んで欲しい。威勢の良さや仕事の出来に縛られず、怒鳴り声や慌ただしさに怯えずとも良い生き方をさせたい。そんな彼の強い思いを、ルインは強か酔って潰れかけていた、アクラ自身から打ち明けられていた。
     茫然と立ち尽くし、やがてまじまじと互いを見やる両者に向けて、ルインは重ねて言い添えた。――何も知らず、知ろうともしないその頑なな姿勢こそ、憎悪を生み出し膨れ上がらせる根源であると知っていたから。
    「敵だと決めつける前に、先ずポケモンとして理解しろ」と言うその言葉が、思いもよらなかった互いの望みと重なり合って、彼らの頭の中に響いた。
    「……あんたの息子にゃ何もしちゃいねぇ。誓っても良い」
    「ワシらも、あんたの甥っ子の事は知らん。……探しているなら、ワシらも心に止め置こう。手が広がれば、その分何とかなるやも知れん」
     幾らも経たぬ内に話が纏まり、交わされた情報を元に手分けして探す手筈が整った頃。駆け付けて来た客人達は、とうに次なる当てを目指して、その場から姿を消していた。

     どうしても手伝うと聞かぬキモリに手を焼きつつ。ルインが一行を導いたのは、村の南に広がる池に程近い、古い共同墓地だった。村が出来る前からあったその場所は、遥か昔からこの地に住んでいたポケモン達が利用したらしく、暗く深いその内部は、不思議のダンジョンと化していると言う噂である。
     霧が出始めてからは勿論の事、それ以前から誰も近付かなかったこの場所こそ、彼の索敵能力が及ばない、唯一のブラックボックスだった。
    「村の近くで中の様子が分からないのはここだけだ。ダンジョンの疑いがあるのもここなら、怪しい影や気配を見失うのもこの辺り」
     二匹の顔を見比べたルインは、淡々とした口調で見通しを語る。
    「恐らく敵は複数体。夜霧の中でも自在に動き回れる事や、水面を無視したり屋内に何の痕跡も残さず侵入したりする手口から、ゴーストタイプのポケモンである可能性が高い。これほど濃い霧を生み出して維持する力を持ってる所からも、かなりの高位能力者が関わってるんだと思う。絶対に油断は出来ない」
     真剣な目をしたリオルの言葉に、パッキィがやれやれと言った調子で呟く。「心強い話だね」とぼやく親友を軽く睨むと、彼は改めてエレを見据えて、残って欲しいと言葉を掛ける。
    「誰かが残らないと、何かあった時に取り返しがつかない。伝令役がいないと……」
    「絶対、嫌。オルトを助ける為なら、私は梃子でも動かない」
     独りでも後を追うと言うキモリの言葉に、遂に諦めたリオルが首を捻る中。パッキィが満を持したように不思議玉を取り出して、「ボクの出番が来たようだね」と胸を張る。説明もせずアイテムを起動した彼は、無理矢理呼び付けられて目を白黒させている三匹のポケモン達に、大袈裟な口調で頼み込む。
    「諸君、緊急の任務が出来た!」
    「んぁ、パッキィさんっ……!?」
    「どうしたのですかっ!?」
    「エマージェンシーですかっ!?」
     口々に騒ぐヤナップ達に、パチリスは手短に状況を説明する。……傍から見ているルインとエレには、パッキィが一方的に彼らに用事を押し付けているようにしか見えなかったが、ノリノリで反応しているナト達を見るに、彼らも満更ではないらしい。
    「現在我々は囚われた人質を救う為、拘置場所と思しきダンジョンに、突入作戦を仕掛ける準備をしている! そこで、諸君の力を貸して欲しいんだ!」
    「ちゃーりーあるふぁですかっ!?」
    「ようちあさがけですかっ!?」
    「ばんざいちゃーじですかっ!?」
     何やらよく分からないにしろ、多分にずれた単語が飛び交う中。パチリスは委細構わぬ早口で、残りの要件をまくし立てた。
    「突入チームはボク達三名。開始時刻はぜろだーくさーてぃ。ぜろしっくすまでに連絡が取れなかった場合、速やかにじょーそーぶに報告する事!」
    「了解ですっ!」
    「聞き届けましたですっ!」
    「あ! でも、ぜろしっくすが精確には分からないですっ!」
    「あ、そっか……。じゃ、取りあえず明るくなったらで」
    「「「らじゃーっ!」」」
     若干の紆余曲折はあったにせよ。無事パチリスが今後の手当てを終えた所で、彼らはゆっくりと扉を開け、ダンジョンの奥へと踏み込んでいった。

     進み始めて直ぐ、猛烈な霧に視界を奪われる。波動を頼りにしっかりとした足取りで進むルインを先頭に、枝を握りしめたキモリと、きょろきょろ見回すパチリスが続く。手ぶらのパッキィはこんな中でも目ざとく何か拾い上げては、自分のバッグにぽそりと突っ込む。霧の狭間に浮かぶ光景はただただ不気味で、誰の者とも分からぬ骨が、朽ちた装飾品と共に散らばっていた。
     時折現れる野性の敵ポケモンは、全てルインが独力で押さえた。背後のパチリスが石を投げ付ける必要もなく、先に察知して奇襲をかけるリオルの強さに、エレは改めて舌を巻く。
     やがて更に奥へと進んでいく内。唐突にルインが立ち止まると、パッキィに向け合図を出した。事前の打ち合わせでそれが戦闘用意の徴だと知っているエレは、思わず息を呑むと同時に、手にした縛りの枝をしっかりと構え直す。ややもして、リオルが勢いよく前に踏み出したその直後、背後のパチリスがゴローンの石を投擲して、最初の戦闘が始まった。
     リオルが踏み込んでいったのは、左右に水路が迫って来ている、狭い一本道だった。左脇から何かがせり上がって来た瞬間、ルインは身軽に地面を蹴って、敵の待ち伏せを空振りさせる。足を捕らえ損なった薄桃色の触手が、気味の悪い水音と共に小道を薙ぐその一方、パチリスの投げた石礫が完璧なタイミングで飛来して、付け根に潜む本体を直撃した。
     怒りも露わに浮き上がったのは、大柄な♀のブルンゲル。影の塊を生み出しつつ、空いた触手で不思議玉を起動した彼女は、小道にひらりと降り立ったルインに向けて、シャドーボールを解き放つ。リオルが機敏に身を躱し、抜き出した銀の針を彼女の口元に打ち込むと、痛手を負った水妖は堪らず水中に身を隠した。代わって呼び出されたダストダスが、伸びる片腕で波紋ポケモンを絡め捕ろうと試みるも、ルインは伸び来たその手を脇に外して、逆に狙い澄ませたはっけいで応じる。急所を狙われ麻痺を来したゴミ捨て場ポケモンはバランスを崩し、水路にざぶんと落ち込んで、あっさり戦列から脱落した。
     リオルが小道で孤軍奮闘している間、エレとパッキィは集まれ玉で飛ばされて来た、別のポケモン達と戦っていた。ヤジロンが高速スピンで突っ込んで来ると、身軽なキモリは右に左に身を躱しつつ、機を見て枝で動きを封じる。目の前の敵を片した彼女は、直ぐ傍らで二体の敵を相手にしている、パチリスの援護に駆け付けた。
     パッキィに襲い掛かっていたのは、ニダンギルとランプラー。ノーガードで回避を許さぬ双剣ポケモンに対し、パチリスはアイアンテールで己の尻尾を硬化して、敵の斬撃を跳ね返している。片やランプラーは攻め口を探してはいるものの、炎の苦手な味方が常に相手の傍にいるので、なかなか攻撃に移れていない。やがて彼女と目の合ったランプポケモンは、そのままパチリスを放り出して、此方に向けて殺到して来た。
     相性としては最悪に近い天敵に対し、エレの選択肢は殆どない。手にした枝で制圧するのが一番確実だったが、先手必勝と放つ光弾はあっさり身を翻され、霧の向こうに掻き消える。お返しに放たれたはじける炎が周囲を焦がし、火の粉の余波を被ったエレは、その威力に顔を歪める。一発二発で倒されるものでは無いものの、爆風のダメージは馬鹿にならず、もし直撃ならば当然それで済む訳が無い。此方からはろくに手の無い難敵に、彼女は思わず気圧されるように後退った。
     対するランプラーは、ひたすら攻めの一手である。続けざまにはじける炎で畳み掛けていった彼は、巻き込まれたヤジロンが黒焦げになって気絶したのも意に介さず、部屋の隅に逃げたキモリに止めを刺そうと身構える。
     が、まさに技を撃つその直前。唐突に彼は見えない力に引っ張られ、強引に後ろを向かされて、火炎放射を放たせられる。直撃コースに浮かんでいたのは、相棒であるニダンギル。警告する暇も有らばこそ、まともにその身に炎を喰った二本の剣はぼとりぼとりと地面に落ちて、あっさり戦闘不能に陥った。この指止まれで攻撃を逸らせ、双剣ポケモンを盾に使ったパチリスが「御気の毒様」と呟く中、ランプラー自身も側面から何かに打ち抜かれて、成す術も無く地に落ちる。
     ランプポケモンを貫いたのは、影を纏った白銀の針。投擲物に自然の恵みのエネルギーを乗せ放つのは、多芸なリオルがが最も得意とする戦術だった。練達の仲間達に支えられ、何とか窮地を脱したエレは、次なる気配に身構えるパッキィに合わせ、今度こそ気負い負けせぬよう覚悟を据える。
     一方手を差し伸べたルインの側は、一転して苦境に陥っていた。意識が余所に向かった隙に、水中に身を潜めていたブルンゲルが回復を終え、再度襲撃して来たのである。今度こそ獲物を捕らえた彼女は、リオルの身体に触れるや否やギガドレインで攻撃し、相手の反撃を遅らせながら水中に引き込もうとする。
    「う、く……!」
     生命力を奪い取られ、抗おうにも上手く身体が反応しないルインに対し、浮遊ポケモンは首に触手を巻き付けて、全体重を掛け水の中へと引っ張り込む。振り解こうともがいた所で、相性の差から掴む事すら叶わない。思うがままに締め上げつつ体力を奪う水妖に対し、水面下に沈んだリオルはほぼ全くの無力であった。
     しかしこんな状況でも、彼には打開策が残っていた。呼吸も出来ず追い詰められてはいたものの、辛うじて利き腕が動かせる事に気付いた波紋ポケモンは、波動を首に集中させてどうにか耐え忍びつつ、己の手先に漆黒の影を纏わせる。シャドークローに頬桁を突かれ、堪らず相手を放り出した浮遊ポケモンを尻目に、ルインは急いで水面へと浮上すると、荒い呼吸で激しい動悸を圧し鎮めた。
     続いて今度は自ら水中に舞い戻り、痛手から立ち直ったブルンゲルを待ち受ける。獲物がまだ水の中にいる事に気を逸らせた水妖は、水中戦には全く向かぬ波紋ポケモンを見くびって、真正面から直接触手で捕まえに掛かる。
     ところが今度は、全く勝手が違っていた。伸ばされた触手を見破るで無造作に掴んだルインは、思いがけぬ展開に戸惑う相手にニヤリと笑うと、利き手に忍ばせたまどわしのタネから借りた力を、出し抜けに浮遊ポケモンに叩き込む。はっけいで直接体内に打ち込まれた悪の波動が容赦なく全身を焼き焦がすと、ブルンゲルは一瞬で白目を剥いて気絶して、リオルを乗せたまま水面に向け漂い始めた。
     水面を割って舞い戻ったルインに対し、新たな敵と対峙していたパッキィは、直ちに独りで奥に進むよう促した。
    「ねぇ、このままじゃ埒が明かないよ! 君だけでもさっさと先に行って、オルト達を助けて来てよ!」
     引き受けるとは言わず、敢えてさっさと行けと発破を掛ける友のもの言いに思わず苦笑させられながら、ルインは「了解だよ」と言葉を返して走り出す。後を追おうとする者はおらず、残されたふたりの前には、依然変わらず三匹のポケモン達が立ち塞がっている。
    「さて、どうするかなこれ……」
     対峙している巨大な影にうんざりしながら、パッキィが小さく舌打ちする。彼の目の前に立っているのは、見上げるような体格の土で作られた人形だった。表情の読めぬゴルーグの右隣には、けらけらと笑うヤミラミ。左後方にはフワライドがおり、此方は反対側にいるエレと相対している。
    「まぁ、やるっきゃないよね」
     そう独りごちた彼の言葉に合わせるように、正面に位置する泥の人型が動き出し、三対二の第二ラウンドがスタートした。

     リオルが辿り着いたその場所は、ただ何もない空間だった。ダンジョンの最奥と目されるそこには、水路や障壁は愚か、墓地である事を示すものすらない。
     しかしそれでも、足を踏み入れる価値はあった。彼の視線の先にいたのは、抱き合うように蹲る二匹のポケモン。プロトーガの方が先に此方に気付き、ヒレを差し上げて切羽詰まった様子で叫ぶ。
    「ルインさん、来ちゃ駄目だ! ここには――」
    「分かってる」
     落ち着いた声音で応じた彼は、次いで部屋の真ん中辺りに向けて声を掛ける。
    「まだ人質がいる?」
    「……いや」
     その声は、何もない場所で響いたように思えた。リオルが目を向けるその場所には、湿った土壁が形作った、無明の影があるばかり。――けれどもそこには、紛れもなく強大な何かが鎮座していた。
    「テンケイ山以来かな。……今回もあんな感じで終えるなら、それはそれで構わないけど」
    「そうもいかない。ここまで来られたからにはな」
     不意に地面が盛り上がるように思えたが、よく見てみれば床土は全く乱れていない。影そのものから現れ出でたそのポケモンは、対峙する彼とほぼ同じ大きさだった。
    「初めて見たな。マーシャドー、ホウオウの守護者か」
    「何時見破った(わかった)?」
     冷たい口調を保ったまま、マーシャドーが問い掛けて来る。――影で形作られた子供のようなその姿に、見た目の迫力は殆どない。けれどもルインは既に波動を通じ、相手のその存在が桁違いに巨大なものである事を見抜いていた。
    「テンケイ山だよ。裏で糸を引いてるポケモンがいるのは読めてたけど、あの時点じゃ種族までは分からなかった。……とは言え、これだけの濃霧を操れるのはよほど高位のゴーストポケモンか、ボルケニオン辺りしかいないからね」
    「……」
    「ギラティナの線も疑ってたけど、あそこで全部合点がいったよ。ギラティナなら、態々他人の影に入ろうとはしない。相手の影に入りたがるポケモンと来れば、もう他に選択肢は無い」
     ここでルインは話題を切り替え、人質を解放して欲しいと要望する。影住みポケモンは少し考え込んだ後、まぁ良いだろうと言う風に、背後の二匹に顎をしゃくった。急いで走って来たふたりの内年長のプロトーガに、ルインは穴抜けの玉を手渡してやる。
    「早くここを出て。外にナト達が待ってるから、先ずは彼らの所へ。……ティルを頼む」
     幼いフカマルを抱いて頷くオルトの背中を、優しく押してやった後。彼は改めて向きを変え、影の守護者と対峙する。
    「今更戦う理由は?」
    「お前達が邪魔だ。封印の泉を守るには、村のポケモン達には出て行って貰うしかない。その為には、障害になるだろうお前達を排除する必要がある」
    「何故追い出す必要が?」
     食い下がるリオルに、マーシャドーの表情が険しくなる。黒一色の容姿が一変し、赤い瞳に緑のオーラを纏った影住みポケモンは、それでも即時に襲い掛かって来ようとはせず、険悪な目付きで語り始めた。
     事の起こりは、鉱山のポケモン達の試掘作業だった。何も知らずにテンケイ山に分け入って来た彼らに対し、マーシャドーは泉の秘密を悟られぬよう、上手く姿を隠して立ち回りながら、彼らの行き足を中腹までに留め置いていた。
     霧の動きをコントロールし、何処からともなく聞こえて来る物音や、不思議な気配に気を呑まれた侵入者達を無事下山させる事は出来たものの、その際疑心を生じた一匹が、ある考えを口にしたのである。「村のポケモン達の悪戯ではないか」と言うその意見を、殆どのメンバーは取りあおうともしなかったが、それでも面白くないと感じた者が全くいない訳ではなかった。
     そしてそんなポケモン達の内一匹が、今度は意向返しとばかりに、帰り道にある水路の門を引き抜いて、川辺の茂みに投げ捨ててしまった。折悪しく遠目に引き上げていく彼を目撃した住民がおり、水浸しになった木の実畑でそれを声高に訴えた所で、事態の悪化は決定的なものとなった。不愉快な噂話が広まるに連れ、相手方への不信感はどんどん強く根深いものへと変わっていき、それが更に多くの火種を生んで、不快な事件に結び付いていく。当初は何とか間に入り、誤解を解きたいと願っていた彼であったが、瞬く間に膨れ上がった憎悪と不信を見守る内に、果たしてそれが為すべき事か疑わざるを得なくなった。
     元々両者の間には、相応の懸念や隔たりがあった。村のポケモン達は鉱山開発が水質に影響しないか心配していたし、鉱山側は鉱山側で、物資の過半を村に依存する不安があった。元来横たわっていた互いの溝が今回の事態を引き起こしたのだと気が付いた時、泉の守護者である彼は、遠い未来まで確実に光の水を伝える為には、二つのグループを排除しなければならぬと結論付けたのである。
    「例え僕らが何もしなくても、結局彼らはいがみ合うのを止めないだろう。今の状況を収めた所で、この先何時まで平和が続くかも分からない」
     所詮は気休めにしかならぬと断じたその相手に、ルインは「でも」と言葉を返す。理由を明かしたその上で、協力して貰うべきだと説いた彼だったが、最早目の前のポケモンを押し留める事は叶わなかった。
     冷たい表情でリオルの言葉を遮った後。マーシャドーはただ「問答無用」と吐き捨てて、戦いの幕を切って落とした。

     大きな尻尾を右に左に振り立てつつ。地響き立てて振り下ろされるアームハンマーを掻い潜ったパッキィは、そのままひらりと相手の腕に飛び乗って、土の巨体を駈け登り始めた。行く手に浮かんだ鬼火を飛び越え、蠅を打つように叩き付けられた左の掌をすり抜けながら、彼は大きく肩を踏み切ると、突き出た頭にアイアンテールを叩き込む。頭部を強かに殴り付けられ、ぐらりとよろけるゴルーグの背中を蹴飛ばしたパチリスは、着地するなり横っ跳びに身を躱し、降り注ぐ力の結晶から身を守る。鬼火を飛ばし、今またパワージェムで狙い撃って来たヤミラミは、キッと睨んだ白リスに向け、嫌味な笑みで応じて見せた。
    「お前、あの時逃げてった奴だな!」
     電気袋から放電しつつ、きしきし嗤う暗闇ポケモンに相対しているパッキィ同様、ゴルーグを挟み反対側で戦うエレも、受け持つ相手に見覚えがあった。不気味に浮かぶ気球ポケモンから漂って来る雰囲気は、あの時霧の中で刻み付けられた絶望と、全く同じものだった。
    「あの時の……」
     後の続かぬキモリに対し、無言のフワライドは淡々と攻撃に移った。影を集めて球体にし、続け様に撃ち放って来られるに及び、エレも何とか地面を蹴ると、敵の鋭鋒を躱しながら反撃に出る。シャドーボールに続き、またも連続で繰り出された風起こしを電光石火で振り切りつつ、無事自分の間合いに持ち込む事が出来た彼女は、思い切って技を繰り出す。ツバメ返しに捉えられ、手傷を負ったフワライドが驚いたように身を引く一方、相手の動きに対応出来たエレの方は、今度こそ落ち着いて出方を窺う。――躱せさえすれば何とかなると教えてくれたリオルの言葉が、力強い響きとなって支えてくれるのを感じていた。
     立ち直ったゴルーグがぐるりと向きを変えた時、パッキィは背を向けたキモリの危機を覚って、大声で警告しつつ前に出た。乱れ引っ掻きで足止めを狙うヤミラミを電磁波で牽制し、拳を振り上げたゴルーグに草結びを仕掛けようとした彼だったが、暗闇ポケモンが電撃を跳ね返して来るに及んで、援護射撃を中断せざるを得なかった。マジックコートで電磁波を防ぎ、鋭い爪でパチリスの尻尾を削り取った影人は、自慢のトレードマークを傷付けられて怒り心頭の電気リスに、念を送って呪いを掛ける。怨みに毒され、力を失った電気袋を虚しく震わせた相手に対し、彼は尚もその動きを抑制すべく、不気味な両目を輝かせる。
     しかしヤミラミの思惑は、ここで初めて頓挫させられた。出し抜けに放たれたフラッシュが巨大な両眼を直撃し、暗闇ポケモンは放ちかけていた怪しい光を掻き消された上、視力を失い悲鳴と共に後ずさる。間髪入れず打ち付けられたアイアンテールが側頭部を直撃し、業に長けた影人は為す術も無く薙ぎ倒されて動かなくなった。
     何とか目の前の相手を仕留めたパッキィの許に、エレが飛び込んで来たのはその時だった。安否は如何にと気遣っていた当の相手の機敏な動きに、パチリスは束の間呆気に取られたように固まった後、次いでふふふと小気味良さげな笑みを浮かべる。
    「やるね! 流石ルインが褒めてただけある」
     何処か嬉しげに声を掛けて来た彼は、続いてトレジャーバッグから鉄のトゲを取り出して、歩み寄って来るゴルーグに狙いを定めた。
    「そう言うあなたも、良い教え子だと思うよ」
     此方も負けじと言い返すエレに対し、パッキィはフフンと鼻を鳴らして、「勘違いしてるようだけど」と言葉を続ける。
    「投擲(これ)に関してはあべこべだよ。教えたのはボクの方」
    「えっ」と振り向くキモリの反応を目一杯に楽しみつつ。電気技を封じられたパチリスは、身に付けた業を最大限に活用すべく、立ち塞がった相手に向けて先制攻撃の火蓋を切る。
     パチリスの言葉が決して虚勢でない事は、すぐさま証明された。己が身長には長過ぎるほどの鉄の矢を、彼は機敏に駆け回りつつ、自在に扱い投げ放っていく。巨大なゴルーグには然したる威力も期待出来ないと思われたが、身軽な白リスは手数でそれを補うべく、縦横無尽に攻撃を仕掛ける。相手を捉え切れないまま、見る間に手を負うゴーレムポケモンを援護すべく、フワライドが影を生み出し横槍を入れてみたものの、ただ相手の反撃を呼び込むだけに終わっていた。迫り来るシャドーボールを一投で打ち落とした彼は、尻尾に投げ上げた二本目のトゲを全身をしなわせる事により、手も使わぬまま矢のように放つ。
     身体の中心を貫かれ、痛手を受けた気球ポケモンが堪らず後退する一方、ゴルーグはエレの草結びを受け、地響き立てて粘土の上に引っ繰り返った。既にダメージの嵩んでいたゴーレムポケモンは、これを最後に力尽きて静止する。
     ところが此処に来て、パッキィの手がはたと止まった。トレジャーバッグから次の得物を取り出そうとした彼は、何時の間にか道具が封印されている事に息を呑む。思わず振り向いたその先で、受けたダメージに身体の傾いだヤミラミが、蒼褪めた顔に凄惨な笑みを浮かべていた。
    「しまった! 差し押さえ……!?」
     上ずったパチリスの声音に応えるように、ニタリと嗤った影人が異形の指を打ち鳴らす。直後吹き荒れた闇色の風にあおられて、パッキィは駆け寄ろうとしたエレ共々宙を舞い、ゴルーグの巨体を軽々と飛び越え叩き付けられた。息詰まる衝撃から立ち直る暇も無く、二度目の怪しい風が襲い掛かると、二匹のポケモンを一緒くたに巻き上げて粘土の上に打ち付ける。トレジャーバッグを封じられ、回復手段も失ったパッキィが辛うじて立って身構える中、倒れ込んだエレの方は、焦るばかりで起き上がる事が出来なかった。
    (身体が……重い……)
     嘗て襲われた時の記憶が、燐光と共に頭の中に蘇る。ゾッとして身を堅くする彼女を庇うべく、手負いのパチリスがこの指止まれを使い、敵の注意を引き付けながら走り出した。
    「まだまだ、これぐらい……!」
     威勢良く駆け出したその動きは、それでもまだまだ素早かった。ヤミラミの撃ち出したパワージェムは、小刻みに向き変える彼の機動についていけず、粘土の床を掘り返すのみ。次いで立ち止まったパッキィは、フワライドの怪しい風を凌ぐべく、全力で守りの態勢に入った。
     パチリスが技で身を護る一方、エレは倒れた位置の関係上、風の影響を殆ど受ける事がなかった。ゴルーグの巨体が一種の防護壁となっており、少なくとも今この瞬間は安全であると言って良い。自分の位置を計算に入れ、囮になってくれた彼の好意に報いるべく、エレは必死に頭を働かせ、局面打開の切っ掛けになりそうなものを探し始めた。
     と、その時――不意に彼女は自分の腰の辺りに、微かな温もりを感じ取った。決して不快なものではなく、何処か懐かしい不思議な感触に導かれるように手を伸ばすと、小さな袋が指先に触れる。目を見開き、次いでもどかしげに手中に収めたその中には、あれ以来ずっと借り受けたままの幸せのタネが入れられている。
    (間違いない……。確かに今)
     受け止めたその感触を肯定するかのように、手の内のタネが淡く輝く。ほんの一瞬、毛筋ほどに伝わって来たその僅かな働きかけでも、今の彼女には十分だった。目を閉じて大きく息を吐いたエレは、次いでやにわに口を開け、手にしたタネをサッと投げ込む。素早く噛んで呑み下すと、より広い空間を確保すべく、ゆっくりと身体を起こして立ち上がる。程無くして白い光に包まれた彼女は、徐々に遠ざかる黒い床土から目を逸らし、次に取るべき行動を、しっかりと頭の中で組み立て始めた。
     エレが再度立ち上がった時、パッキィは遂にフワライドに追い付かれて、サイコキネシスで縛り付けられた直後であった。電気を操る事が出来ず、体力的にも限界に近い今の彼を捻り潰すのは、常の数倍にまで能力を高めた気球ポケモンにとって、赤子の手を捩じるようなものである。
     ところがまさに止めを刺そうと言うその段階になって、不意にヤミラミが慌て始めた。無表情で振り返った彼女の視界に入ったのは、光に包まれた獲物の片割。ついこの間自らも経験したその事象を目にした途端、フワライドは躊躇う事無く標的を切り替え、無防備なキモリに狙いを定める。
     しかし結局その一撃も、解き放つには至らなかった。シャドーボールが膨れ上がったその刹那、彼女は無理矢理向きを変えさせられて、背後のパチリスと向かい合う。またしても指を掲げた電気リスポケモンは、続いて凄みのある笑みを刻んで、目の前のシャドーボールにタネ爆弾をぶち当てる。集約していたエネルギーが弾け飛び、二匹のポケモンを情け容赦なく呑み込んだ後、漸く技の効果から解放されたヤミラミが、遅ればせながら森トカゲ目掛け襲い掛かった。
     爪を唸らせ飛び掛かった暗闇ポケモンであったが、既に好機は過ぎていた。一足早く進化を終えていたエレは、微かに身体を沈めた直後、颯のように踏み込みながら、右の利き腕を一閃させる。草の刃(リーフブレード)が影人の胴を深々と薙ぎ、多芸な業師は今度こそ戦う力を失って、叩き付けられた蛙のように泥土に沈んだ。
     漸く次の一体を討ち止めたのも束の間、薄らぎ始めた土埃の合間から、フワライドが顔を覗かせる。相討ちを狙ったパッキィの意図も虚しく、防御力に補正の掛かった気球ポケモンは、未だかなりの体力を残しているようだった。無事進化を終えたエレの様子にも動じる事無く、紫紺の気球は相も変わらぬ無表情で、彼女に対し攻撃態勢に入る。
     無論エレの側も、背を向ける気は毛頭ない。身代わりとなってくれたパチリスの無念を晴らすべく、彼女は真っ直ぐ敵を見据えて、力一杯地面を蹴った。
     電光石火で飛び出したジュプトルに、気球ポケモンは新たな手管で応じた。波紋のように広がった電流の波に対応出来ず、エレはまともに電撃波に巻き込まれ、苦痛の呻きを漏らしながらつんのめる。即座に跳ね起きようとしたものの、既に次の手を重ねて来ていた敵の術中から逃れる事は出来なかった。間髪入れぬサイコキネシスで相手を捕えた気球ポケモンは、そのままジュプトルを宙吊りにして、幾度か地面に叩き付ける。ダメージが重なり、技を練るだけの集中力が尽きて来たのを確認すると、今度は宙吊りにした相手を捩じ上げ、押し潰すべく力を込めた。
    「ぁ、ぐ……」
     凄まじい圧力に視界が霞み、捩じれた間接が不気味な音を立て始める。悲鳴も掠れ、意識が遠のきかけたその時、不意に「ぅンべッ!?」と言う悲鳴と共に、サイコキネシスが解除された。地面にくず折れたエレの隣に降り立つ彼は、技を解除した尻尾の先でそっと彼女の頬に触れる。
    「パッキィ……!」
    「立って、エレ! まだ勝負はついてないよ!」
     パチリスの声に励まされ、歯を食い縛って立ち上がった視線の先で、頭の天辺をアイアンテールでぶん殴られたフワライドが、ふらふらと浮かび上がるのが目に留まる。パッキィが投げ渡すタネを右の利き手に収めつつ、今度こそ相手に先んじたエレは、そのまま一気に撃尺の間合いへと踏み込んだ。
     ギフトパスで道具を渡したパチリスの方は素早くジュプトルの肩に飛び乗ると、彼女の掌で息づいているタネを使って、自然の恵みを発動させる。具現化したのは闇色の光。パチリスの呼び掛けに応じ生まれたその力は、技を繰り出そうとするジュプトルの腕に絡み付き、新緑の特性で切れ味を増した若草の刃に、悪属性のエネルギーを封じ込めた。
    「やぁあああ!!」
    「はぁあああ!!」
     右肩で吼えるパチリスに和し、エレ自身も残る気力を振り絞り、息を合わせて技を繰り出す。ただ一点を見据えたリーフブレードが狙い過たず急所を捉え、最後の相手を空を切るように両断した後。ジュプトルの肩からどさりと落ちたパチリスは、終わった途端に引き攣り始めた手足の痛みをこらえつつ、恨めしそうに虚空(そら)を見上げる。
    「……穴抜けの玉シェアして貰うの忘れてた」
     絶望以外何も無いと言わんばかりの顔色のまま。パッキィはそっとトレジャーバッグに手を伸ばし、勝手知ったる私物入れの端っこから、色褪せた袋を引っ張り出す。そのまま中身を探ろうとした所で、脇からエレが手を伸ばし、タネの詰まった小さな袋を取り上げた。
    「ダンジョンから脱出するまでが救助。……そう言ったのは誰だっけ?」
    「……敵わないなぁ」
     目潰しのタネを戻しつつ、くすりと笑ったジュプトルに対し。起き上がる気力も残っていないパチリスは、ぼやきと共に溜息を吐いた。

     二つの影が交錯する内、広場はどんどん様変わりしていった。双方共に破壊的な技を振り回す訳ではなかったものの、鍛え抜かれた一撃の重さと手数の多さが、否応なしに周りの地形を削り取っていくのである。
     主に攻めるのはマーシャドーの方で、リオルは専ら回避に追われる側だった。身軽な彼が次々足場を変える度、足元の影が槍のように閃いて、壁や床土を鋭く穿つ。乱打される影打ちが波紋ポケモンを追いかける内、不意にその内の一本が、トレジャーバッグを引き裂いた。動きの邪魔にならぬようアレンジされ、タスキ掛けにされた布の袋の裂け目から、幾つかの枝や不思議玉と共に、見慣れぬバッジが粘土の上に零れ落ちる。
    「それは……!」
     思わず手を止めたマーシャドーの視線の先で、くすんだ紀章は鈍い輝きを放っている。驚愕に彩られた影住みポケモンの表情が、次いで再び敵意に染まった。
    「そうか……そう言う事か。お前はミュウの――星の調査団のメンバーだな?」
    「『元』、だけどね」
     ルインが短く訂正すると、マーシャドーが新たな憤懣を爆発させる。
    「なら、どうして僕らの邪魔をする! ダークマターと戦ったなら、あの泉がどんなに大切なものか分かってる筈だろう!」
    「ダークマターを知ってるからこそ、手段を選べと言ってるんだ!」
     荒々しく吠える影の守護者に、彼も強い口調で言い返す。嘗ての記憶と戦いの日々が、波紋ポケモンの痩身に強い覇気と威圧感を蘇らせた。
    「こんなやり方じゃ何も変わらない! 誰もいなければ、邪魔されなければ、そんな考え方で彼らを倒す事は出来ない! 拒絶や憎悪で、ダークマターを滅ぼす事は出来ないんだ!!」
     引く気の無いルインの様子に、影住みポケモンは怒りを交えて叫んだ。
    「僕は虚無の世界を見た!」
     ぎりと歯軋りの音を立て、小柄な影が拳を固める。
    「ゼルネアスに護られてたお前達とは違う! あそこで見たものを、僕は絶対に忘れない。あそこに送られたポケモン達が、どれだけ苦しみ抜いたかも。もう絶対に、あんな目に遭うポケモンが出るのを許す訳にはいかない!!」
     強い光を放つその瞳には、断固たる決意が滲んでいる。守護者としての責務を果たし、主の無事と引き換えに闇に呑まれた彼にとり、次の戦いに備える事は至上命題そのものだった。闇の力から無力な者達を護る為、己が主が心血を注ぎ用意した泉。その泉を守り抜くのは、彼にとって自らの存在価値に等しかった。
     例え僅かでも泉の存続に支障が出るなら、彼は決して捨て置かなかった。全ては虚無に打ち勝つ為――例えその為に幾許かの犠牲が伴おうとも、無視した結果訪れるだろう破局に引き比べてみれば、どれほどの事もない筈である。
    「ホウオウは僕に、封印の泉を託すと言った! 彼の守護者として、僕は何があろうと泉を守る。邪魔する奴は容赦しないし、ホウオウも僕の判断に異議を唱えた事はない!」
    「憎悪にコントロールされる世界の為に、僕らは戦ったんじゃない!」
     言い返すリオルの側にも、決して譲れぬ思いがあった。あの戦いの最中、幾度も擦れ違った真実。――結局気付けぬままに齎された結末が、彼の世界を永遠に変えてしまったのだから。
    「そんな世界、恐怖で押さえ付けられてたあの頃と何も変わらないって何故分からない!? 誰かを犠牲にして成り立たせる――そんなやり方が、ダークマターを生み出したんだ!!」
     マーシャドーの主張に対し、リオルは厳しい口調で切り返す。鋭い目付きで睨め付けて来る相手に向けて、彼は更に意見を述べる。
    「ホウオウにしたって、何も言わないんじゃなくて言えないのでは? 自分を庇って虚無の世界で苦しんだ君に、強く意見するのは難しい。僕はそう思う」
     波紋ポケモンの指摘に、小柄な影が更なる怒りを爆発させた。「つまり、僕の独り善がりだと?」と応じた彼は、最早何も聞く気は無いと言わんばかりに、真っ直ぐリオル目掛けて襲い掛かる。放たれたシャドーボールを真似っこで相殺しつつ、ルインはトレジャーバッグに手を伸ばして、銀の針を掴み出した。
     影を纏わせ投じられた闇色の針を、マーシャドーは固めた拳で払い落とす。続け様に二の矢を放ち、素早く跳び下がる波紋ポケモンを追い詰めるべく、彼は自らの影を操って、連結させたリオルの影を槍の穂先へと変貌させた。足元から伸びる鋭い刺突を避けるべく、背後に向けて跳んだ相手が壁面を蹴って逃れた時、動きを読んでいたマーシャドーは、既に追撃の呼吸を整え終えていた。着地点から岩の刃が突き出た瞬間、彼は己の戦果を確信して、瞳の内に残忍な笑みを覗かせる。――だが次の瞬間、それは驚愕の色に塗り潰された。
     ストーンエッジに貫かれる筈のリオルが再度空中を蹴った時、マーシャドーは波紋ポケモンの足元に、形もあやふやな何かの影を目に止める。主の代わりに技を受け、砕けて消えたその正体を悟る暇も有らばこそ、彼は息もつかさず技を繰り出し、身代わりを足場に飛び掛かって来た波紋ポケモンを迎撃する。炎を纏った蹴りを弾き、打ち消された冷凍パンチをシャドークローに置き換えると、着地したリオルのこめかみ目掛け打ち掛かる。上体を反らし掠らせもしない相手に対し、流れるように回し蹴りを繋いだ彼は、次いでリオルの見切りを打ち破るべく、呼吸をずらしフェイントを掛ける。謀られたと悟った相手が、咄嗟に構えた防御の備えを打ち破るべく、彼は相手の蒼い細腕に向け、折れよとばかりにシャドーパンチを繰り出した。
     けれどもその一撃は、決定打とはなり得なかった。構えた腕に波動を込め、サイドンですら骨折しかねぬその一撃を鉄壁で受け止めたルインは、逆に動きの止まった相手に対し、ドレインパンチで逆襲する。急所を打たれ、呻きと共によろめいた対戦相手を、彼は続いて強烈なブレイズキックで打ちのめす。火炎の尾を引く飛び回し蹴りが小柄な影を直撃し、流石の守護者も堪え切れずに、叩き飛ばされて地に転がった。
     それでもまだまだ、勝負を決めるには程遠い。歯軋りして立ち上がったマーシャドーの表情には、未だ消耗の色は皆無であった。
    「よくもやったな……!」
     殺気立った目で睨み付ける相手に、波紋ポケモンも怯む事無く言い返す。
    「何があろうと止めて見せる。変えられないなら腕ずくででも!」
     水を入れようと追撃を止めたルインの意思も、解されるには程遠く。断固たる物言いに反って戦意を掻き立てられた影住みポケモンは、烈しく気を吐くと瞬時に七体に分身した。自らを押し包むように攻め込んで来る敵影に対し、リオルは素早く道具袋に手を伸ばし、自らも一挙に帰趨を傾けるべく、次なる力に呼び掛ける。
     一気に打ちかかろうと画策していたマーシャドーだったが、その目論見は鋭く利き手で地面を穿つ、リオルの反撃に阻まれる。自らの影に腕を突き込んだルインに合わせ、影住みポケモンの足元から漆黒の闇が突き上げて来て、影の主を直撃した。
    「ぐっ!」
     まともに入った真似っこ(かげうち)に足を止められた相手に対し、ルインは一気に畳み掛けるべく、自然の恵みを発動させつつ前に出る。電光石火で距離を詰め、迎え撃とうとするマーシャドーの備えをフェイントで引き外した彼は、ワープのタネから預かり受けた超属性のエネルギーを、そのまま一挙に相手の鳩尾に叩き込んだ。
     防御手段が一切通じぬ痛撃に、影住みポケモンの表情が歪む。「ぐあ!?」と息を吐き身体を折った相手に向けて、彼は全精力を傾け技を繰り出す。水平切りが一閃し、蒼い軌跡を描いて影住みポケモンを切り裂くと、断たれた影は力を失い地に滲むように消えていく。
     並みのポケモンなら落命しかねぬほどのダメージだったが、波動を通して相手の状態を読み取れるルインには、マーシャドーが未だ十分な余力を残しているのが分かっていた。全く衰えを見せぬその戦意を挫くべく、彼はもう一度狙い澄まして、鋭く踏み込みはっけいを繰り出す。だがその一撃は、全身を地に滑り込ませるように消え失せた、影住みポケモンを捉える事が出来なかった。
     直後、ルインは閃く殺気に追い立てられるように横に跳び、シャドースティールを回避する。もう一度影の中に潜んだ相手に対し、彼は全神経を集中して待ち構えた。
     だが完璧な態勢で待ち受けたにもかかわらず、彼はマーシャドーの攻撃を躱せなかった。見切りや守るを無力化する、ゴーストダイブ――影打ちやシャドースティールとは全く異質の奇襲に対し、ルインは不覚にも対応出来ず、背後から強かに痛打を浴びる。
    「くッ……!」
     手前によろけたたらを踏んだリオルの隙を、影住みポケモンは見逃さなかった。吸い付くように身を寄せた彼は、踏み止まろうとする波紋ポケモンの痩身に、情け容赦ない連続攻撃を叩き付ける。インファイトに乱打され、堪らず地面に叩き付けられたルインは、次いで突き出した影打ちに腹部を突かれ、再び空中に跳ね上げられた。優に四身長分弾き飛ばされたリオルは受け身も取れぬまま墜落し、ゴボリと激しく咳き込んで、地面に赤黒い染みを零しつつも立ち上がる。
    「……こらえるか」
     何とか構え直したリオルの様子に、マーシャドーが冷たい声音で看破する。荒い息を詰まらせながら、タスキ掛けにしたトレジャーバッグから何か取り出す波紋ポケモンを見守りつつ。対戦相手が力尽きるのを待つ彼は、そのまま静止した相手の様子を訝るような表情で探る。
     やがてリオルの利き腕が輝きだし、淡い光が荒れた床土に溢れた時。漸く彼は目の前のポケモンが、まだ諦めていない事に気が付いた。

     錆と黄水の臭いを振り払いつつ。ルインは辛うじて繋いだ戦う力を、既に限界まで高まりつつある、自らの波動で支え止める。追い詰められるほどに勢いを強め、輝きを増す生命の力。種族特有のこの性質が真価を発揮させた今、彼は漸く最後の切り札となるものを、己が利き手に掴み取った。熱いうねりが苦痛を退け、凝り固まった全身を闘争心で満たす中、彼は取り出した黄金のタネに向け、己が波動を注ぎ込んでいく。
     独りならば溢れるばかりの力の波は、呼び掛けられた種子を器に更にその威力を増して、新たな色と属性を得た。蒼い輝きに紺の光が入り混じり、タネに宿った竜の属性が目覚めた所で、ルインはぐっと目を閉じると、全ての意識を技の制御に張り付ける。
     竜属性(ドラゴンタイプ)――そは即ち、「統べる力」。時を司る力も空間を司る力も、タイプとして還元すれば、全てこの属性に辿り着く。数多の属性を横断し、それを凌駕する別格の力。それがこのタイプにおける、一般的な認識であった。
     けれどもそれは、この力の一側面に過ぎなかった。他にも例えばこの属性は、時として「生命力」の象徴としてあらわされる。生きとし生けるもの本来の力を引き出す、妖属性とはまた異なった、生命の根源的な存在。……しかしそれも、この力を正確にあらわしている訳ではない。
     本当の意味での、統べる力。それは異なるもの同士の間に入り込み、より大きな調和を生み出す為の、潤滑油の役目を果たすものなのである。それは決して他を支配する力でも、捩じ伏せ押し潰す破壊の源となるものでもない。異なる相の力同士を結びつけ、多くのものを繋ぎ支える事によって、結果的に自らもその勢力を保ち、万物の一部として存在する余地が生まれる。――それが「統べる」と言うこのタイプに込められた、真の意味であり役割だった。
     握り締めた手の内に感じる、温かな波。力の掛け橋に促され、徐々に広がり始めた光の波紋は、助力を願った一個のタネに留まらず、瞬く間に全ての木の実へと波及する。揺り起こされた無数の果実が同調し、共鳴する種子が巨大な力の渦を呼び起こす中、思いもかけぬ展開に焦りを隠せなくなった対戦相手が、影を伸ばして止めを刺そうと技を繰り出す。
     だが波紋ポケモンを貫く筈の一撃は、相手の全身を覆い尽くすまでに膨れ上がった、自然の恵みにかき消された。あらゆる属性が入り混じっている極彩色の障壁は、続いて放ったシャドーボールも苦も無く呑み込み、思わず立ち竦む影住みポケモンに強烈な余波を吹き付けて来る。一方のルイン自身はそんな動きには一切構わず、自らの波導と自然の恵みを完全に一体化させるべく、集中力を絶やさなかった。
    「ダークマターにならないで」――不意に響いたその言の葉に、彼は奥の歯を食い縛る。決して忘れる事のない、過去の自分が犯した罪。今の自分を見出す代わりに失ったものの大きさを、彼は幾度も虚空に叫び、地に齧り付いて慟哭した。
     最後に顔を上げた時、託された願いに応える為に、歩き出そうと心に決めた。――その代償となった相手の、望みに支えられながら。

    「私は何の為に生まれて来たんだろう……?」
     旅立ちの日、彼女はそう呟いた。強くなり、同じ能力(ちから)を身に付けて、何時かこの地に戻って来る。ただそれだけに望みをかけた彼の背を、村を出られぬ幼馴染は寂しそうに見送った。生まれながらに波動を操り、因習に縛られ「神子」として留め置かれる彼女を自由にする事が、彼が外の世界に駆け出した、たった一つの目的だった。
     そんな旅空の最中、戦いが起こった。乞われるままに闇に抗い、信を置かれた仲間達と持てる力を存分に発揮していた彼の下に届いたのが、故郷の村が襲われたと言う凶報だった。夜に日を継いで駆け付けた彼を迎えたのは、廃墟と化した生まれ故郷に君臨する、彼女の静かな狂気だった。長だったものの破片を砕き、「待てなかった」と微笑む少女に漆黒の憎悪が迸った時。彼は自分の生涯で最も重い決断を、下す以外に無いのを悟った。
     悪夢のような死闘を制した後。漸く心を開いてくれた彼女を通じて、彼はダークマターの本質を知った。――恐怖を力で抑え付け、嫌悪と怒り、敵意を以て応じていた自分達の戦いが、如何に虚しいものだったかも。師であった相手に加減など出来る筈もなく、自ら穿った傷口を必死に押さえる彼に向け、彼女は弱々しく微笑みながら、か細い謝罪と共に願った。『ダークマターにならないで』、と。
     痩せた亡骸を葬った後。長きに渡る戦いを終え、奇しくも同じ結論に至っていたリーダーに、彼は一切の役目を解かれた。パートナーと未来に赴き、今一度全ての決着をつけると決意した新種ポケモンは、自ら率いた仲間の内で彼ひとりだけ、何の役割も与えなかった。仲間達がそれぞれの役目を負って散っていく中、彼は為すべき事を見出せぬまま、再建を急ぐ故郷に背を向け逃げるように旅立った。
     当て所無い漂泊を続ける内、偶々手に入れた一個のタネが、彼に生きる目的を与えた。小さな標(しるべ)は友を呼び、やがてより大きな未来に向けて、孤独な旅人を導いてくれた。――タネに宿るは生命の力。天地を繋ぎ、未来に向けて芽生えようとするその力は、奪い去られた数多の過去から羽ばたこうとする、新たな世代への希望でもあった。
     ――自分達のようなポケモンが、二度と生まれる事の無いように。縛る事や閉ざす事、拒み憎む事によって保たれる世界を穿ち、揺り動かす一助となる為に、彼はこの力を使うと決めたのだ。

     立ち昇った力の渦に気圧されるように、影の守護者が半歩退く。瞬発力を生み出す為に取った動きに、無意識の内にもたげた怯惰が揺らめいたのにも気付かないまま。彼は漆黒の影を全身に纏わせ、持ち得る力全てを投じて、相手を一挙に抹殺すべく身構える。マーシャドーの漆黒が膨れ上がり続ける一方、リオルの光は徐々に一点に収束し、彼の利き手に吸い込まれるように凝縮する。最早どう見ても、防御障壁として機能する事は無いだろう。
     満身創痍の波紋ポケモンが脆弱な本体を曝け出した時、勝機を見出した影使いは、そのまま一気に疾走に移った。力を宿した左腕を避け、無力な胴を直撃すれば、痩せた五体は跡形も無く消え失せるだろう。走りながら相手の影に術を施した影住みポケモンは、動けぬリオルに止めを刺すべく跳躍し、敵に向けて真一文字に襲い掛かった。
     噴き出す影が巨大な尾を引き、闇色の鏃と化したマーシャドーが流星のように迫って来る中、ルインは利き手に集めたエネルギーを、満を持して解放させた。光が弾け、影の干渉を打ち消して影踏み状態を無力化するや、彼は溢れ始めたエネルギーを一瞬たりとも無駄にせぬよう、自らの波導で制御しつつ打って出る。
     融け合った生命の灯がダンジョンの闇を打ち負かし、強大な影を情け容赦なく剥ぎ取っていく中、彼は矢声と共に地を蹴ると、稲妻のような蹴りをすり抜け、突き刺さるようなはっけいを決めた。

     奔騰する光の波が消え去った後。力を全て使い切ったリオルに向けて、彼は小さく問い掛けた。
    「何故……?」
     未だ崩れぬ彼の身には、目に見えるような傷は無い。一瞬で蒸発させられてもおかしくなかった圧倒的な波導の渦は、彼の身体を一切傷付ける事は無く、ただ吹き荒ぶ風のように、澱んだ体内を駆け抜けていった。
    「僕はただ、止めるとしか言って無い」
     突き当てていた利き腕を収め、相手を支えてやっていた右手をそっと離したルインは、次いで傷だらけの痩身に似合わぬ気丈な声で言葉を続ける。
    「それともまだやりたいと?」
    「いや――」
     ゆっくりと下がった小柄な影が、消え入るような声で呟く。目の前のリオルではなく、対峙した全ての相手に向けて――命を分ち、生きる力に祈りを込めて呼び掛けてくれた彼らに向けて、彼は静かに意思を伝えた。
    「僕の、負けだ」


     旅立ちの日は、それから五日後の事だった。造り掛けの学校を傍らに大勢の見送りを受けた三者は、村を離れるその前に、オルトと共に村を見下ろすあの丘へと足を運ぶ。
     既に力を失っている靄の中、ルインは風の道を考慮に入れつつ、水はけの良さそうな場所を選んで土を掘ると、黄金のタネをそっと埋めた。丁寧に土を被せ、たっぷりと水をやって立ち上がると、彼は周りのポケモンに一つ頷き背を向ける。――オルトが見守ってくれる以上、この上細々と世話を焼く必要は無い。
    「約束するよ。ここを、良い村にする」
     別れ際にそう宣言したプロトーガは、自らの道を歩むと決めた姉弟を、激励と共に送り出した。
    「穏やかで、誰もが受け入れられる村に。誰も何にも縛られず、自由に生きようとする意志を、温かく見守っていけるような――そんな村にして見せるから」
     トルトの後を継ぎ、木の実の世話をして暮らすと決めた一人息子は、最後に深々と頭を下げ、自分の居場所へと戻っていった。
     村の外れに至ると、次いでジュプトルが足を止める。彼方に広がるキリタッタ山脈を望みつつ、以前とは比べ物にならぬほど逞しくなった彼女は、「私はここで」と切り出した。海を渡って草の大陸に向かうと告げた彼女に対し、ふたりは手持ちの道具や路銀を割いて、肩から下げた真新しいトレジャーバッグに補充してやる。
    「ふたりとも、本当にありがとう。命を助けて貰って、村を救って貰って……。私からは何も出来ないのが、本当に悔しい」
    「気にしない気にしない! それに本気で御代を請求したら、多分みんな引っ繰り返るよ? なんたって、このパッキィさんが命懸けで解決したんだからねっ!」
    「……こんな時ぐらいもっと格好付く事言ったら?」
     呆れ顔で突っ込んだリオルに対し、「ほぅ? 君が格好を気にするとは」とニヤニヤ笑いを浮かべるパチリス。そんな何時ものやり取りに、今更のように名残惜しさを覚えたエレは、暫しの間口籠り、暑気の薄れた季夏の微風を背中に感じる。
     やがてそれと察した両者がそっと視線を向けた所で、彼女は小さく息を吐き、恥ずかしそうに笑って見せる。
    「ダメだな、こう言うの。……折角言いたい事があるのに、上手く出て来ないんだもの」
    「それが人生ってもんだよ。大切な時に出て来ない。……肝心な時だけあっさり役立たずになって、何時までも後悔させられる。なんであの時、何時もの自分でいられなかったんだろうって」
     何時に無く真面目な表情で応えてくれたパッキィの言葉が身に染みて、彼女は思わず目をしばたかせた。込み上げて来た感情の波がゆっくりと通り過ぎるまで、二匹のポケモン達は優しい眼差しで見守ってくれた。
    「……ゴメンね。なんて言うか、どうして良いか分からなくて。どうなりたいのかは、ちゃんと分かってるつもりなんだけど」
    「泣いても笑っても良いんだよ。ボク達は感情を隠さなきゃならないほど、詰まんない関係じゃないって信じてる」
     パチリスの言葉に、傍らのリオルも「うん」と頷く。そんな彼らの飾らぬ言葉が、今の彼女にはどんな慰めよりも有難かった。
    「ありがとう、パッキィ。……私、あなたと会えて本当に幸せだったと思う。一緒に戦ってくれて、あんなに心強い事は無かったよ」
    「どう致しまして! まぁサポートに関しては、ボクの右に出るポケモンはそうそういないだろうからねっ! 誰かさんの相方が務まるくらいだし」
     当て付けられたパートナーがジト目で睨むのも意に介さず。陽気なパチリスはちょろりと前に進み出ると、屈み込むジュプトルと握手を交わす。頬にそっと口付けを受け、「わぉ……!」と嬉し気に歓声を上げるそんな彼に微笑みかけると、次いで彼女は残るリオルに向き直る。
    「ルイン、あなたも。あなたが来てくれなかったら、私は今ここにはいない。……私だけじゃない。オルトも義父さんも村のみんなも、あなたがいてくれたから救われた。あなたがみんなの、村の運命を変えてくれたの」
    「大袈裟だよ。偶々そうなっただけ」
     苦笑いして「結果論だ」と片付けようとしたリオルに、エレはそうじゃないと首を振り、赤い瞳を真っ直ぐ見据える。上手く言えるか分からなかった言の葉が、今なら言えると何故か思えた。
    「あなたには、変えられる力がある。私やみんな、パッキィがそうだったみたいに。……それは、友達があなた自身を変えてくれたから」
     小さく口を開きかけた彼に対し、エレは更に言葉を続けた。――今伝えられなければ、自分は一生後悔する。そんな思いが、力強く背中を押しやる。
    「技の練習をしてた時にね、オルトが言ってくれたの。好きな相手だからこそ、幸せになって欲しいって。大切な相手だからこそ、縛り付けられて欲しくは無いって……。私はきっと、その子もそう思ってるんじゃないかって思う。今もあなたの中に、自分の面影が残ってるのなら」
    「……」
    「彼女があなたに伝えたものは、今でもあなたの中に生きてる。あなたを変えたその力が、パッキィを変え私を変えて、村のみんなを変えてくれた」
     向かい合うその沈黙に、気圧される事の無いように。彼女は最後の勇気を振り絞って、目の前の恩人に意思を伝える。
    「だから、私は――ルイン、あなたのようなポケモンになりたいの。何かを変えられるようなポケモンに、誰かを変えられるようなポケモンに。あなたやあなたの友達みたいに強くなくても、小さな事しか出来なくても良い。何かを変えられるようなポケモンになって、少しでも誰かの力になりたい。それがあなた達の贈り物に、私が報いるたった一つの方法だと思うから」
    「……何かを背負って欲しくはないけれど、きっと出来るよ。君になら、何でも出来る。僕はそう信じてる」
     漸く応えてくれたルインが、柔らかな笑みを浮かべた時。エレは自分の思いが幾許かは届いた事を、透き通った瞳の奥に感じ取れた気がしていた。

    「さーて! それじゃ、次はどうするの?」
     エレとも別れ、テンケイ山に臨む丘の上までやって来た時。相も変わらぬ呑気な声で、パッキィが伸びをしながら語り掛けて来る。「さあね」と答えた彼の態度に不服らしく、小さくむくれた白リスは、それでも今日は何も言わずに、間近に聳えるテンケイ山を仰ぎ見る。
     雲の影も疎らなそこに、もう守護者はいない。山を護るのは村のポケモン達の役割となり、役目を終えた影住みポケモンは、ホウオウの許へと戻っていった。
    『ダークマター』とは決して、特定の怪物だけを指すものではない。それは誰の心の中にもある、極めて普遍的な感情の延長線上に萌すものだった。知らず知らずの間に理性を歪め、コントロールする心の闇。愛情や誇り・正義が悪意に染められた時、抜き放たれる鋭利な見えざる刃こそが、遥かな先の破滅を約す、魔物の正体に他ならない。自らの内に揺蕩うそれを、二度と表に出さぬと硬く誓って、影の守護者は事後を彼らに託しつつ、感謝の言葉を残して消えた。
     引継ぎや後始末には紆余曲折があったものの、幸い大きなごたごたもなく、新たな友人と掟を加えて、村の暮らしは旧に復した。マーシャドーに協力していたゴースト達も村を去り、住人達は新たな未来を築き上げるべく、力を合わせて再建活動に取り組んでいる。
    「まーだ村は白っぽいままだね」
     そう呟いたパチリスが、身を乗り出したのに合わせるように。不意に一陣の風が地を払い、村を包む霧の幕を取り去った。一足先に空を見上げていたリオルに合わせ、自らも天を仰いだパッキィの目に、虹を背景に飛び去って行く、巨大な鳥の姿が映る。
    「ホウオウだね」
     思わず息を呑むパチリスに対し、リオルが何時もの調子で言葉を添える。それだけでは普段の態を崩さなかった彼だったが、視線を下げた時には珍しく小さな声を上げた。
    「へぇ……」
    「うわぁ……すごい!」
     薄暗く靄に覆われ、今朝方までは縮れた葉が付いていただけの村の果樹が、虹の掛かった蒼空の下で、枝一杯に実を付けている。命を与える能力を持ち、再生を司ると言われるその力を目の当たりにし、大抵の事には動じぬルインも目を見張ったまま立ち尽くす。ふと気が付いたように身体を捻ってみた彼は、おもむろに巻き付けていた包帯を解き、綺麗に畳んでトレジャーバッグに仕舞い込んだ。
    「きっと、彼なりの御礼なんだろうね。……若しくは御詫びか」
    「どっちでも良いよ」
     結局素っ気ない対応に戻ってしまったパートナーに、パッキィは今度こそ大むくれとなる。「そんなだからろくに友達が出来ないんだよ」と毒づく彼に、連れない親友は「それなら君は異端児だな」と混ぜっ返す。更に機嫌を損ねた彼であったが、今日は珍しく相手の側がとりなしを入れた。
    「僕みたいなのの友達でいてくれて、感謝してるよ」
     続いて彼は、思わぬ言葉に勢いを殺がれ、二の矢を継ぎ損ねたパチリスに向け、「それでどうするの?」と質問を返す。
    「黄金のタネも植えちゃって、もう当ても残ってない訳だし。そろそろ故郷に帰ってみるなり、好きにしてくれて構わないんだよ」
    「……ルインはどうするつもりなの?」
     戸惑いつつも投げ掛けた問いに、リオルは肩を竦めて苦笑した。その目の奥に、今までとは違った輝きが生まれつつあるのに気が付いて、パッキィは思わず顔を綻ばせる。
    「何も変わらないよ。タネは他にもあるからね。植え切るまでは、そうそう終わりって訳にもいかない」
    「……そう言う事なら、ボクももう少し友達でいてあげるよ。せめて君がオトナになるまでは、ついてってあげなきゃ不安だし」
     悪戯っぽく笑いつつ、彼は「だからこれからも、もっともっと感謝してくれて良いんだからね!」と陽気な声で締め括る。
    「はいはい」と首を振って進み出す、友の背中を追い掛ける。――そう遠くない未来、友人は再び歩き始めるだろう。他の誰かの為ではなく、今度こそ自分の未来の為に。過去の呪縛を振り解き、種族としての新たな姿を受け入れるまで、共に傍らで歩み続ける。それが同じ苦しみから解放された、彼の唯一の望みだった。
     消えゆく村を振り返ったパチリスは、最後に小さな身体を目一杯に引き延ばし、彼方の丘に現れた一本の木に手を振った。
     遥かに見据えるその先に、霧の残滓に樹皮を濡らし、大きな実をたわわに付けたまだ若々しいオボンの樹が、くっきりと映える大輪の虹を頂きつつ、静かに村を見下ろしていた。



    ・後書き

    はい、例によって間に合いませんでした(爆) めめさんごめんなさい……。そして取りあえずwikiさんに投げるしかねぇかと思って書き続けたのですが、そちらも結局見切り発車に。もうね、何をやっておるのやら……。
    作風は思い切ってライトノベル風に。このところ頭の固い御話ばかり書いていたので、今回は厨二全開で行ったろうと決めてました。これはこれで楽しかったのでまぁ満足です!
    加筆したい条項もまだまだあるのですが(元々連載用のネタだったのが原因)、今回はここで一度置いとこうと。末尾になってしまいましたが、テーマイラストをお書きになられた浮線綾さんに多大な感謝を捧げまして結びとさせて頂きます……。有難うございました!


      [No.4049] This is new world. 投稿者:逆行   投稿日:2017/12/24(Sun) 18:30:26     61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※ちょっと下品な表現があるので体が拒否反応を起こしたら直ちに読書を中断してください。


     彼を乗せたバスは小振動を繰り返し、やたらと厭わしいカーブが多い経路を先へと進んでいた。
     電車と比較して狭い立ち乗り地帯で、彼はひたすら目的地への到着を待ちわびていた。彼はこれから、都会の町の一角にあるコンテスト会場へと向かおうとしていた。ここ豊園地方には『ポケモンコンテスト』という競技が各市で行われている。この彼は本日その競技に出演する予定であった。
     手すりに掴まりながら、彼は自身の体の調子の異変を感じていた。異変、と言っても大袈裟なものではない。ただ、少し腹に違和感があるのみであった。慌てふためくことではないし、大きな病気に繋がるものでもなんでもない筈である。
     だが、彼は胸に抱えた小さな不安が、なんとなく過剰に重力に引っ張られて重みが増している感覚を覚えていた。
     この違和感は、何かを齎す類の違和感だ。
     過去の経験から、そんな予知能力を備えていた。大したことないと甘く見ていた腹の調子の悪さが、後に重大な場面での失態を起こす要因となった過去の思い出を思い返す。
     ガサゴソと鞄の中を確認する。下痢止めの薬はどこにもない。会場前のバス停から降りたら付近の薬局で購入すべきか。下痢止めなら例え小さな薬局でも確実に売っていることだろう。
     しかしあのコンテスト会場の付近には果たして薬局があっただろうか。普段薬局なんて視界に入らないので、分からない。如何せん薬局を探し回るのは面倒である。面倒であると同時に時間を無駄に消費はしたくない。ギリギリまでポケモンとパフォーマンスの確認をやっておきたいのである。事前の確認を怠ると本番でポケモンも自分も間違えたりしないか不安が残る状態となってしまうのだ。
     今まで小振動を繰り返していたバスが、突如として大きく揺れた。彼の腹部に軽めではあるが不意打ちマッハパンチが加わる。彼は思わず服の上から腹をさすった。今の衝撃によって、心なしか腹の調子が僅かに悪化したような気がした。
     これは不安が現実になる可能性も高いかもしれない。前述した通り、これまでに彼は大丈夫だと思って腹痛を放置し、痛い目に遭遇したことが何回かあったのだ。油断は禁物である。やはり薬局を探すべきだ。
     鞄からスマートフォンを取り出し、ネットで薬局の場所を検索してみた。だが世は余りに無情であることを裏付けるかのような事実に彼は愕然とする。どうも会場付近には薬局は存在してない。歩いて二十分程した所にしかないようであった。憎たらしいのは、歩いて二十分の場所には二箇所も薬局が並んでいることである。なんというバランスの悪さ。ポケモンセンターやフレンドリーショップは概ね均一感覚で建っているというのに、人間専用の施設や店の立地はお座成りにされている現状に、彼は激しい憤りを覚えた。歩いて二十分ということは即ち往復四十分。本番を控えた参加者が出向ける距離ではない。これは薬局で下痢止めを買うのは諦めた方が良さそうだ。
     これからコンテントでパフォーマンスを行わなければいけない訳で、本来、腹の調子なんて考えている場合ではない。彼はコンテントには何回か出場しており、一度だけ優勝を成し遂げたこともある。大きい舞台の経験は少ないが、場数自体はそれなりに多い。これから出向く会場ももうこれで行くのは三回目だ。だから今日も、そこまで緊張はしていなかった。腹の調子が悪くて今彼は動揺しているが、これが初回の挑戦であれば、緊張の動揺が伸し掛かり、あまりの辛さに彼は棄権を申し出たかもしれない。
     コンテンスト会場までは、後十分ぐらいで辿り着く。とりあえず自分の出番を終えるまでは、水は含まないことだけは決めておいた。出番前にトイレで用を足すかどうかは、その時の調子によって決めよう。彼はそんな風に本日の予定を立てていた。
     バスが停まるまで、スマホで下痢止めの薬を画像検索していた。薬局でなくてもコンビニで販売していそうな代物はないだろうか。そんなことを思っていたらまたもやバスが大きく揺れた。彼の腹部に今度はローキックが炸裂する。彼は腹をさすった後、スマホを静かにしまった。もう下痢止めの画像を見るのはよそう。余計に悪化しそうである。


     バスが停車する。バスの運賃を払って降りる。運賃を払った結果、財布の中の小銭がピッタリなくなった。
     コンテスト会場へと辿り着き、周囲をキョロキョロしてやはり薬局の看板が見当たらないことを確認すると、会場内へと入り、受付の列が少し混んでいることに溜息をつきながら並んだ。
     その、並んでいる最中のことであった。腹痛がバスに乗っているときとは比較にならぬ程強くなり、思わずダメージを受けたポケモンの如く叫び声を上げそうになった。ここまで一気に襲い掛かってくるのは、想定外のことであった。以前は、もっとジワジワと腹痛が強くなっていった記憶があるが。今回のは特別な下痢なのであろうか。ああ、色違いの下痢か。否、単なる記憶違いで、以前もこんな感じだったのかもしれない。
     これは少々不味くなってきた。この痛みの強さはパフォーマンスに支障が出るレベルである。
     ひとまず受付は済ませてしまおう。受付はそこまで時間のかかるものでもない。とりあえず彼は我慢した。これが終わればトイレに直行する。
     彼は本日割と余裕を持って会場へとやってきていた。スマートフォンのアラームを七つも掛け、絶対に寝坊しない体制を整えていた。だから大丈夫。まだ時間はあるのである。彼はそう自分に言い聞かせた。
     ささっと受付を済ませた。受付で出演順を決めるクジを引くのだが、彼はクジを引いた瞬間愕然とした。今日の出番は、最初から三番目になってしまった。トイレに行く時間が少ない。二つの意味でウンが悪い。一、ニ番手ではないだけマシではあるが。
     彼はトイレに直行する。だがしかし、ここでまたもや予想外の出来事が発生する。どれだけ踏ん張っても全然体内から脱出を試みてくれないのだ。こういうことは昔から本当に良くあった。腹の痛みは確かに存在感を増してきたというのに、踏ん張っても全然出てこない。
     これは一体どういうことか。恐らく、固くてゴロゴロしたものがコルクの役割を果たしていて、水状の物の方が出なくなってしまっているパターンだろう。便秘になっていた場合こういう状況になるときがある。
     この状況では例え裂ける程踏ん張った所で、焼け石に水である。どうあがいても時間が掛かってしまう。一旦彼はトイレから出た。
    そのタイミングで、不意に腹痛がやわらいだ。殆ど最初の状態に戻ったのである。彼は束の間の安堵感を覚えた。ひとまず痛みとサヨナラができたのは幸福なことである。
     まだ痛みは残っているが、この程度ならコンテストのパフォーマンスにも問題なく集中できるであろう。
     このレベルがずっと続けば問題ないのだが、どうも嵐の前の静けさな気がしてならない。だいたい腹痛というものは途中で一度やわらぐものなのである。そしてやわらいだ後にまた一気に痛みが走る。地獄と天国を往復させてくれるのだ。
     彼はトイレから離れ控室へと移動した。控室には他のコーディネーターがいる。彼は「今日は宜しくお願いします」と全員に挨拶する。これから争う人達に対しても真面目に挨拶する彼を見て、うんこを我慢している男だとは誰も思わないであろう。だが実態はそうなのである。
     皆既に衣装に着替えており、準備万端の状態であった。彼も少々急ぎ気味で準備をした。そして今日のパフォーマンスの段取りを確認するべく手帳を開く。しかし今一つ気が進まなかった。ポケモンをボールから出してチェック作業をする気にならない。どうしても下痢のことが気掛かりになってしまっている。もし自分の出番中に腹痛がやってきたらどうしようという不安が、どうしても消滅しなかった。
     もうできないものは仕方がないので、何もすることなく椅子に座って時を待った。腹の調子は先程と対して変わっていない。むしろさっきよりも幾分かやわらいでいる。このまま落ち着いた状態が続いてくれればいいのだが。
     しかし残念ながら物事というものは思惑通りにいくものではなかった。
     彼は渾身のきあいパンチを腹にオミマイされた。許されるなら床に転げ回りたい程の激痛。体を丸め腹を抑えている彼を、横にいたコーディネーターが訝しんでいる目で見つめていた。
     控室に掛けられている時計を見る。一応時間はそこそこ残されてはいる。今から手早く済ませてくれば、たぶんギリギリ間に合うのではなかろうか。出番がトップなら完全にもうアウトであるが、三番手ならなんとか。
     数分後、彼は再びトイレで踏ん張った。だが、やはり例のコルクの存在が大きく、全然発射してくれなかった。ここまで腹が痛くても出ないというのは本当にしんどい。とうとう彼は泣きそうにまでなった。
     実は彼は今日この日まで、五日間も出ていなかった。だから、そろそろ危ないんじゃないかという危惧はしていた。危惧はしていた時点で下痢止めをしっかりと買っておくべきであった。後悔してももう遅い。
     しかしそれでも、何もこのタイミングで襲ってこなくても良かったのに。昨日とか翌日ならどんなに腹が痛かろうがさして問題はなかった。昨日はバイトがあったが、別にバイトなんてどうでも良い。 何故よりにもよって今日この日なのであろうか。
     息を荒げながら再度力を入れたがやはり手応えはない。彼はトイレを出て、一応手を洗った後、自動販売機前に立った。今は十二月なので『あったか〜い』商品がずらりと並んでいる。彼はお茶を購入しようと思った。温かい飲み物を飲むことによって、出しやすくする作戦を取ろうと思った。
     だがしかし、財布の中を確認したとき驚くべき事実が発覚した。なんと彼の財布の中には小銭が全く無かったのだ。そうださっきバスの運賃を払うときに、小銭は全部使い果たしてしまったのだった。小銭がなくても野口英世がいれば問題ないが、あいにく福沢諭吉しか財布の中には潜んでいない。自動販売機というものは殆どが一万円札を使うことができない。理由? そんなものは分からない。
     さてどうする。代わりに水道水を飲むべきか。だが冷水を体内に入れるのはかなりギャンブル性が高い。水を飲めば更に下痢が悪化するであろう。悪化した勢いで全部出てしまえばハッピーエンドなのだが、そうもいかない可能性だってある。悪化したのにも関わらず出なかった場合最悪である。
     外のコンビニに行けば飲み物は手に入る。だが、出演者はこんなギリギリの時間で外には出られないだろう。受付の人に絶対に声を掛けられる。また、コンビニまで行く時間も勿体ない。その分踏ん張った方が良い気もする。


     腹だけは下る下らない葛藤を繰り返している間にも、腹痛はどんどん激しさを増していく。もはやポケモンの技では例えられない程強い痛みが彼を襲っていた。全く出てくる気配がないのに、痛みだけが著しく上昇しているのが一番しんどい。もう痛みがやわらぐターンは来ないのだろう。
     この状況でコンテストに出たとしても、あまり良い結果は望めないだろう。主役はポケモンであるし、トレーナーは裏で命令するだけなのだが、トレーナーの振る舞いも大きく評価に影響してくる。腹痛に耐え、苦笑を浮かべ腹をさすりながらポケモンに指示を出せば、大きく減点されることだろう。腹痛であることが審査員に伝われば多少は甘く見てくれる……なんてこともない。 
     ならば、ここで全力を尽くすべきである。やれることは何でもやるべきだ。
     彼は鞄を開ける。中から取り出したものは二つのモンスターボールだった。
     開放スイッチを押して中からポケモンを出す。一匹がエネコロロで、もう一匹がマッスグマであった。彼はこの二匹に現状を打破すべく協力を煽ろうと思ったのだ。もう自分一人の力では登れない崖であると悟った。
     だが……さて、この状況をどう説明すれば良かろうか。貴様のマスターはうんこに悩まされている、という状況を巧く婉曲に説明する方法はないものか。いくら自分のポケモン相手とはいえ、この状況は余りにも恥ずべきものであり、言いにくいことこの上ない。仮に恥を捨てて言ったとしても、果たしてポケモンにこの苦しみが分かるのであろうか。我慢すればいいだろう、と思われるかもしれない。
     という訳で彼はトレーナーとしてあるまじき発言を、しぶしぶ放つハメになってしまった。
    「二人とも、何も考えずこれから言う指示に黙って従ってほしい」
     普段は絶対にこんなことを言わないから、二匹ともかなり訝しい目で彼を見ていた。頼むからそんな目で見ないで下さいお願い致します、と彼は叫びたかった。この状況ではもう仕方がないのだ。一先ずはこの危ない状況を乗り越える。そして、万全の状態でコンテストに出ないといけないのだ。
     エゲツない程の早口で二匹に今何をして欲しいかの説明をする。エネコロロには部屋Bへと向かうように指示を出した。部屋Bはここから少し遠い。だが、エネコロロを連れて一度行ったことがあるから場所は分かる筈である。部屋Bはポケモンの技が掠ったりして、病院へと運ぶ程ではないが軽く怪我をした人が自由に使える部屋である。医者が常駐している訳ではないので、怪しい行動を取ってもまあ大丈夫だ。 
     一応彼も以前使ってことのある部屋だから、中がどんな感じが知っていた。彼の記憶が正しければ、そこは無駄に多彩な薬が揃っていた。恐らく、全てが市販の薬であろう。可能性はかなり低めな気がするが、下痢止めの薬が置かれているかもしれない。だが、置かれている保証が全く無い以上、自分で部屋に向かってトイレで踏ん張る時間を無駄にする訳にもいかない。という訳で、エネコロロに向かわせることにしたのだ。勿論ポケモンには下痢止めの薬がどれとか判別が難しい。文字が読めない訳だから。だから彼は先程バス内で画像検索して出てきた薬箱の画像を、エネコロロにここで見せたのだ。余りにも滑稽な伏線回収である。
    「これと同じ画像の薬を探してくれ」
     そう言うとエネコロロは束の間呆然としていた。先程の「何も考えず」という言葉を思い出したのかはっとした後すぐに頷いた。首の動きが矢鱈とカクカクしていた。
     さて、お次はマッスグマである。マッスグマには、「控室で待機して欲しい」と指示を出した。そして「一組目のパフォーマンスが始まった時点で、こっちまで戻って来てほしい」と付け加えた。マッスグマは良く分からんという顔を最後までしていたがしぶしぶ頷いていた。
     何故こんなことを依頼したのかと言うと、万が一間に合わなかった場合、とりあえず遅刻で失格にはならないようにしておこうという単純な狙いである。遅刻なんてやらかせば今回のみならず後の評価にも影響が出るだろう。最悪の事態だけは何とか免れたいのである。
     こんな無様な状態ではあるが彼もトレーナーの端くれなので、ポケモンへの指示出しの手際は非常に良い。巧く伝えられており、スムーズに二匹を向かわせることに成功した。ボールから出してから僅か8.5秒しか経過していなかった。
     二匹が走り去った後、彼も同じくトイレへと走っていった。腹痛はもはや限界の域を遥かに越えていた。このまま痛みで死ぬ可能性もあるのでは、と思う程であった。トイレで死体が発見されたら、皆なんて思うのであろうか。  
     そんなことはどうでも良い。とにかくさっさとすっきりしてしまいたい。矢張りコルクの存在があまりにも大きすぎる。どうやらもう少し時間を消耗する必要があるようだ。


    ☆□○△マッスグマ視点△○□☆

     人が死んでいる訳でも無いのに、控室は酷く殺伐としていた。コーディネーター達が火花を散らしている。横にいるポケモン達もお互いに睨み合っており、これからコンテストではなくバトルが始まるのでは、と思う程彼らは怖かった。
    そんな良くも悪くも熱気が溢れているこの場所に、何故僕の主人は今いないのだろう。どうしてマスターは、さっきトイレの目の前にいたんだ。
     僕は言われた通り控室で待っていた。周りの人間たちの目線がさっきから痛々しい。なぜポケモン一匹でここへ? なんて疑問を浮かべているのだろうけれど、僕自身が一番分からない。
    マスターは一組目が始まったら、声をかけてくれと言っていた。そんなギリギリの時間まで、マスターは一体何をやっているのだろう。トイレの前にいたから……もしかして……。
     まあいいや。とにかくマスターが現場にいなくて失格になるような事態を避けられれば良い訳だ自分は。主人は最初の組が始まったらこっちに戻って吠えてくれって言っていた。一応既に着替えてはいたから、それならなんとか間に合うことは間に合うだろう。
     

    ☆□○△エネコロロ視点△○□☆

     マスターから頼み事をされた訳だけれども、一体全体何が起こっているのか私はさっぱり分からなかった。マスターはスマホの画面を見せてきた。写真の薬が欲しいとのことだけれども、正直私はちゃんと正しいものを持ってこれる自信がない。オレンジ色の箱に入った薬であることは覚えているけれど、それ以外の情報の記憶は、私は現在曖昧になってしまっている。
     そもそも保健室の薬って勝手に部屋外に持っていってしまっていいの。ましてやポケモンが持っていっていいの。うーん。まあ大丈夫ってことにしておこう。誰かに見られたか怒られそうだけど。
     とりあえず、私は部屋に辿り着いた。まだコンテストは開始前なので、もちろん部屋には誰もいない。部屋は静寂で包まれている。
     とりあえず私は薬を探した。引き出しを勝手に開けていく。分からない。一層のこと全然分からない場合は、ワザと全く違ったものを持っていってウケを狙おうか。マスターがどんな状況なのか良く分からないけれども、きっとマスターなら笑って許してくれることだろう。
     そんな企みが浮かんできて面白くなってきた所で、運悪くあの薬が見つかってしまった。あったのなら仕方がない。これを持っていこう。オレンジ色の箱だし、恐らく合っていることだろう。


     二匹がそれぞれ奮闘している最中、トレーナーである彼も同じく奮闘を繰り返していた、なんていう冗談も言えないぐらい、彼自身は非常に苦しみ藻掻いていた。ここのトイレは関係者しか使わないから、殆ど誰も入ってこない。非常に静かであり、腕時計の秒針の音だけが鳴り響き、その音は確実に彼の不安を加速させていく。
     先程裂けること覚悟で力を思いっきり入れた結果、ようやく僅かながら少し出た。だが、本当に少しである。コルクの役割を果たしていた固いものが、ひとつ出たのみであった。否、これぐらいでは出た内には入らないのではないだろうか。それでも彼は、ある程度の達成感はあった。
     だが達成感を抱いた所で、腹痛は依然として緩和されることはなく、むしろ攻撃力が増していく一方であった。この状態ではもはや絶対にパフォーマンスを成功させることはできないだろう。そもそも壇上に立てるのだろうかか。せめて次回からのコンテストに変な影響をもたらさないようにマイナスにもプラスにもならないように心掛けて演技を続けていくしかあるまいな、と彼は作戦を一応立てていた。
     一人目のパフォーマンスはまだ始まってはいないのだろうか。もう開演時間は結構過ぎてはいる。
     豊園地方のコンテストでは、前説の人の演技が無駄に長引きときもたまにある。いつもなら前説が長引くなんて迷惑にも程があると思っていたが、今日ばかりはありがたいと彼は思っていた。
    テレビ局のカメラが入っていなかったり、入っていても地方限定放送だった場合は、司会の進行も割合ぐだぐだで進まなかったりするときがある。スケジュールを対して守らない雑な司会も多い。司会の説明が矢鱈長かったり、審査員との軽いトークが展開しすぎる場合がある。
     ここでトイレの外から知っている者の鳴き声が聴こえてきた。声の主は明らかにエネコロロだ。というか、トイレの前で鳴き声を発するポケモンなんて他にはいる筈がない。
     彼はひとまずトイレから出た。(さっき出した一欠片の物体はちゃんと流した)。エネコロロと再会を果たす。エネコロロは彼が欲しいと懇願していた物をしっかりと持っていた。ビニール袋に入れて首にぶら下げて持ってきてくれた。口に咥えて持ってくるという行為を避けたのだろう。なんて有能なポケモンなのであろうか。彼はエネコロロに感謝し、袋に入っている物を受け取った。
     正直彼はまさかこんな上手く行くとは思っていなかった。都合よく下痢止めが部屋に置いてあり、都合よくエネコロロが間違えずに持ってきてくれる可能性は、正直低いと思っていた。僅かな望みでも賭けられるなら賭けるべきだと実感した。
     彼は今一度しっかり確認する。エネコロロが持ってきてくれたものは、オレンジ色の箱であることは確かである。パッケージに描かれている絵も同じものだ。では、中身は本物であろうか。彼は唾を一滴飲んでから確認した。
     それは、確かに下痢止めの薬であった。彼の脳内でゲームクリアの音が鳴った。これは完全にきた。これで良い状態でコンテストに出ることができる。まだマッスグマは来てないから、時間は辛うじて残されている。薬が効いてくるタイミングで丁度、舞台に立つことができることだろう。下痢止めの薬というものは、早期に効かないと意味がない。
     彼はエネコロロに再度丁重に丁重に、とても丁重にお礼を言った後、丁重に丁重に、とても丁重にモンスターボールへと戻した。
    下痢止めの箱を開け、薬を取り出す。と、そのときのことであった。
    嫌な予感がした。
     この錠剤もしや、水無しで飲める類の物ではないのではないだろうか。
     これの何がヤバイかというと、水をここで体内に入れてしまうと、下痢止めの効果よりも、冷たいものが体に入った効力の方が強すぎてしまい、逆効果になってしまう可能性もあるのだ。
     どうする! さあどうする! 飲むか飲まないか。圧倒的二択を迫られている。無理矢理、水なしで飲むか。いややはり少量でもいいから水で飲んだ方がいい。
     彼は覚悟を決めた。洗面台に立ち一錠の下痢止めを口に入れた後、蛇口を捻り水を飲んだ。
    錠剤が確かに喉を通っていく。
     そして、一分程経ったときのことであった。
     彼は、今までで最大の腹痛に襲われた。
     彼はどうやら、賭けに敗れた模様であった。結局、下痢止めの薬は効力を発揮しなかった。


    ☆□○△マッスグマ視点△○□☆
     
     モニターに映る一人の女の子がいた。可愛らしいドレスを着ており、観客に向かって会釈をしていた。一番手の人のパフォーマンスがいよいよ開始されたのだ。控室のトレーナー達は皆モニターに釘付けになっている。マスターは一番手の人が開始した瞬間にこっちへきてくれって言っていた。だから自分はこのタイミングで控室を出た。走り去った控室から「なんだあのポケモン」って言う誰かの呟きが聞こえた。
     

     彼は再びトイレに篭もるハメになってしまった。結局、先程の行為は逆効果。腹痛は激しくなる一方で留まることを知らない。彼はいよいよ神に祈り始めた。これまでの無礼すら祈り始めていた。キリストでも仏でもアルセウスでもなんでもよい。とにかくあらゆる神の内、誰でもいいから自分を助けてくれと願った。あらゆる神に願っている次点で誰からも助けてくれない、ということには気が付かなかった。
     腹痛に反して全然出てこないこの体。人間の体はこうも不都合なまでにできているのだろうか。このままでは時間が足りなくなる可能性も高い。出るのに時間がかかりすぎる上に、この手の下痢は紙で拭くのにも時間がかかる。こびりついたままで舞台に立つ訳にもいかないからちゃんと拭かないといけない。
     しかしとうとう出てきた。今度は小さい物ではなく、理想的な柔らかさのが一本出てきた。さあこの後はどうなる。腹痛は収まらない。恐らくではあるが、この後に本物が出てくる筈であった。もうゴールは近い筈である。
     そして! いよいよ! 一気にドッパーと出てきた。一気に水気を多く含んだものが、一気に。出た瞬間劇的なまでに一気に腹痛が収まった。よしこれでなんとか間に合った。
    だがまだ安心するのは早い。彼は急いで後処理を開始した。トイレットペーパーを取り出す音がトイレ中に響き渡る。そしてそれもなんとか終えた。
     彼はとうとう、全てを終了させたのであった。
     途中苦しい場面も多くあり、何度も方向展開を繰り返したが結果上手くいった。矢張り自分は選ばれしコーディネーターだと彼は悦に浸った。
     彼は意気揚々とズボンを履いた。そして、全てを流すためのレバーを押した。ジャーという音が気持ち良く、彼の心にも響き渡った。 今度こそ本物の達成感に満ち溢れたのである。


    ☆□○△うんこ視点△○□☆

     ぎゃああああああああああああああああああああああ。
     流されるーーーーーーーーーー。死ぬーーーーーーーーーー。
     おいやめろ!やめろ! やめろ! 
     おい、本当に流すのかよ! 
     ダメだ。溶けて消滅してしまう。
     痛い痛い痛い痛い!!! 
     おいまだ死にたくねえよ! 
     くそ! 自分だけ気持ち良くなりやがって!! 
     なんだよもう、せっかく長生きできたと思ったのに! ひどい!! ふざけるなよ!! 
     あ、もう僕だめみたい。お父さん、お母さん、ごめんね。僕、立派になることができなかった。あ、意識が遠くなっていく……。
     あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
    ……………。
    ……………。
    ……………。


     彼はその後、駆けつけてきたマッスグマと合流した。マッスグマに丁重に丁重に、とても丁重にお礼を言った後、丁重に丁重に、とても丁重にモンスターボールへと戻した。そして全速力で走って会場に直行する。なんとか間に合った。現在二番目の人が奮闘している最中であった。
     舞台の袖に立った瞬間に、彼は先程までの自分の愚行を、綺麗さっぱり忘れるように努めた。あんなアホみたいなことは全部無かったことにしよう。会場に来てから数分前までの自分は、この瞬間の自分とはもはや別の存在だ。うんこのことなんてもう知らない。これから自分はポケモンを美しく彩るのだ。うんこをしているような人であると観客に悟られてはいけないのである。
     いよいよ彼の出番が開始された。
     彼は、先程活躍したマッスグマとエネコロロをボールから出す。二匹は、あらゆる華麗な技を畳み掛けるかのように魅せる。観客は彼らの演技に、笑顔で拍手をしたりしている。その笑顔には何の皮肉もない。とても純粋な気持ちで彼らはコンテストを楽しんでいる。
     ついさっきまでうんこと格闘していた者と、その格闘の手伝いをしていたポケモンだとは知らずに。



     
     


      [No.4047] すいりゅうのはなし 投稿者:カシリ   投稿日:2017/11/01(Wed) 13:13:30     49clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    やあ、君も観光で『いかりのみずうみ』を見に来たクチかい?
    ……うん、そうかい。
    とても大きな湖だったろ?
    なんせジョウト中はおろかシンオウやカントーにも、こんな大きな湖はないだろうしね。

    ……赤いギャラドス目当てで来たのに見つからなかった、って?
    あはは、やっぱり例のテレビ番組を観て来たんだね。
    最近来る人はみんなそう言ってるよ。
    有名になったもんだね、あの『龍神』も。
    ……あー、そうか。うん。
    いやいやなんでもない、こっちの話だ。

    そうだ、あのさ。
    ……君は、このチョウジタウンが、
    昔はあの『いかりのみずうみ』の場所にあった、って言ったら信じるかな?
    あー、うん、湖のほとりにあったってわけじゃなくて。そのまんまの意味さ。
    『いかりのみずうみ』にはね……大昔のチョウジタウンの跡が沈んでるんだよ。

    お、やっぱり気になる?
    なんで湖に沈んじゃったか、って。
    うんうん、それでこそ話しがいがあるってもんさ。
    実はそれこそ……
    君が探してる赤いギャラドス……
    『水龍神様』が関わってるのさ。

    昔々、まだこの町が忍者の里、なんて呼ばれる前の頃。
    『いかりのみずうみ』ってのはまだ無くて、池くらいの大きさの水場がある程度だったそうだ。
    でもその池のそばには、小さな社があってね。
    そこでは水神様が祀られてると云われていた。

    ここまで来た君にはわかると思うけど、この土地は山ばかりに囲まれている。
    そして当時は今みたいに遠くから水路を伝って水を運ぶことも難しい時代だ。
    そして農業やらで作物を育てるにも水は必要。
    だから、水へのありがたみってのはそりゃもう大変なものってことはわかるよね。

    で、当時の人々は水、それを雨などによってもたらしてくれる天への感謝を捧げるために、唯一あった小さな池のそばに社を建てたそうだ。

    だけどね……

    時代の流れってのは、いろんな想いも流していくもんでね。
    いつしか、よその土地から流れて来た商人によって、少ない水で育つ作物やらが流通したおかげで、水への信仰ってのがだんだん薄れていった。
    で、しまいには水神様の社は忘れられてしまったんだ。

    まあ、その後も幸か不幸か、
    日照りなども起こらず、
    安定した気候の日々が続いた。
    ……と思った矢先。
    秋の収穫期だったかな。
    村で火事が起こったんだ。

    その火事がなにが原因で起こったのかは分からない。
    ともかく一度着いた火は、収穫後に干していた米やら藁やら、家屋やらにどんどん燃え広がっていった。
    秋晴れの乾燥した空気も災いしたんだろう。
    そしてたちまち、村は火の海になった。

    村人達は困り果てた。
    とにかく炎を消すための水がない。
    どこかに水は無いものか。
    そして、村人は池があることを思い出した。
    そう、あの『水神様』の池だ。

    村人達はみんな総出で池に詰めかけた。
    何やら古びた建物があるけど、
    そんなことより、まずは火事を消すことだ。
    そう考えた村人達は
    池からバケツリレーならぬ桶リレーで水を運び出し始めた。
    だけど、そこは小さな池。
    たちまち水は底をついた。

    村人達もどん底気分だ。
    炎はますます燃え盛るのに、どうしようもできなかった。
    たまらず村人の1人が、その辺の小石を拾って、
    行き場の無い怒りをぶつけるかのように、古びた建物に投げつけたそうだ。
    するとだね……

    ガタガタガタッ!
    っとその古びた建物が内側から揺れに揺れて、バキッと吹き飛んだ!
    村人が驚き戸惑ってると、
    その破裂した社から《何か》が飛び出し、
    干上がった池の底へと飛び込んでいったそうだ。
    そうしたら。
    干上がった筈の池にみるみるうちに水が戻り、どんどん水かさが増していったそうだ。

    村人達は大喜びだ。
    これでまた水を運んで炎を消せる。
    そう躍起になってたのも束の間。
    何やら様子がおかしい。
    というのも、池の水かさはどんどん増え、しまいには溢れ始めたからだ。
    池の水が増えるのは止まらない。
    どんどんどんどん湧き出てくる。
    村人達はたまらずその場から逃げ出した。

    しかしまるで逃げた村人達を追うかのように、水はどんどん湧き出てくる。
    池を中心に湧き出てくる水は、洪水のように押し寄せて来て、池周辺の草木を飲み込み、村人を飲み込み、そして炎に焼かれる村を飲み込んだ。
    空もまた荒れ始めて、雷が轟く大雨になっていった。

    そのあと。
    命からがら逃げ延びた村の若者が、水に沈み、まるで最初から湖であったかのような村の跡を
    高台の上から呆然と見ていると、
    嵐吹き荒れる湖の中心に、
    紅い……龍の姿があった。
    それこそが、今まで忘れられていた水神様の怒り猛る姿だった……。

    とまあ、こんな伝説がある。
    もっとも知ってる人はもう少ないし、あくまで水の大切さを伝えるための作り話って説もある。
    でも。
    その伝説が残ってるこの地で
    あの《紅いギャラドス》が現れたってなると……
    作り話だったとしても、信じてみたくなるし、何かの意味があるって考えたくなるよね?

    っと、僕の話はこれでおしまいだ。
    長々と引き留めてごめんね。
    ……ああ、そうそう。
    もう見たかもしれないけど。
    湖の辺りに、鳥居があっただろ?
    あれが、水龍神様を祀ってた社の名残らしい。
    まだ見てなかったら、見物してみたらどうだい。
    くぐって湖を見たら……

    ……いやいや、なんでもない。
    こっちの話さ。
    まあ鳥居はくぐったらちゃんとくぐり直して帰るようにね。
    僕からはそれだけだ。
    これで話は本当におしまいさ。
    それじゃあ、縁があったらまた何処かで。

    fin


      [No.4046] 手のりサイズのしあわせ 投稿者:αkuro   投稿日:2017/10/21(Sat) 22:41:50     34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:一箱に3×4×3=36

     実家から、この秋最初のふじりんごが届いた。
     
     宅配業者のゴーリキーから受け取った箱をあけると、俺の大好物である赤々と艶めいた丸い果実がところ狭しと並んでいた。
     俺は独り暮らしだというのに毎年毎年、段ボールいっぱいに送ってくるのは何故なのか。豊作すぎるのも困りものだ。そのおかげなのか、俺は秋が一年で一番調子がいい季節だったりする。
     
     とりあえずひとつ。玄関に膝を付き、一番左上のりんごを手に取り、適当に服で拭う。
     
     かしゅり。
     一口かじると、みずみずしい果汁が口内にしみ出る。中々に酸味も効いていて、美味い。
     
     きゅうきゅう。
     二口目をかじろうとすると、俺の膝辺りで鳴き声がした。
     見ると、俺が飼っている球体が物欲しげにりんごを見ていた。つぶらな瞳を潤めかせ、ぽかんと開けた口から牙が見えている。後ろ足はぱたぱたとはためき、美味しそうなものへの興味が見てとれた。
     食うか、と差し出すと球体は嬉しそうに鳴いてかしゅりとかじりついた。
     その甘酸っぱさがお気に召したようで、ふたくち、みくちとかじりついている。
     やはりポケモンは飼い主及びトレーナーに似るというのは事実のようだ。
     
     そういえば一昔前に、手のひらサイズのタマザラシというキャラクターが流行っていたのを思い出す。そいつは自分と同じくらいのサイズのりんごに乗っかろうとして、落っこちたり、上手く乗れると得意げな表情になっていた。
     自分と同じ見た目なのに小さいのが不思議だったのか、球体はそいつのぬいぐるみをまじまじと見ていた。そいつは今でも球体の寝床に転がっている。
     
     きゅーいー。
     いつのまにかりんごを食べ終えた球体が段ボール箱に入り込もうとしていて、俺はそいつを抱き抱えながら、このりんごの消費方法について想いを巡らせるのだった。


      [No.4003] 意見交換会参加希望 投稿者:017   投稿日:2017/05/22(Mon) 22:25:26     82clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    次の日オンリーですが参加希望で。
    日頃の憂さを晴らすぞ!


      [No.4002] 日程確定のお知らせ(6/3(土)) 投稿者:   《URL》   投稿日:2017/05/22(Mon) 20:51:32     59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    皆さんこんばんは。586さんです。

    ありがたいことに皆さん6/3(土)でOKとのことですので、日程については6/3(土)で確定とさせていただきます。
    引き続き募集は続けさせていただきますので、よろしくお願いいたします。


      [No.4001] 日程について 投稿者:逆行   投稿日:2017/05/22(Mon) 20:42:39     47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    日程ですが、自分は6/3日でも大丈夫です。
    早くやりたいから27日って言っただけで、別に予定とかはないです。


      [No.4000] Re: ポケモン小説意見交換会参加者募集のお知らせ 投稿者:久方小風夜   投稿日:2017/05/21(Sun) 00:19:38     99clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    6月3日なら紛れ込めるかもです!
    違う日付になったらエア参加しながらひとり焼肉します!


      [No.3999] Re: ポケモン小説意見交換会参加者募集のお知らせ 投稿者:にっか   投稿日:2017/05/20(Sat) 17:59:46     58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    初めまして?にっかです。
    6/3(土)でしたら参加出来そうです。

    よろしくお願いします


      [No.3998] 参加の希望 投稿者:逆行   《URL》   投稿日:2017/05/18(Thu) 22:10:16     67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    586さん

    こんにちは。逆行です。

    毎度オフの度に幹事をやってくださってありがとうございます。
    ポケモン小説意見交換会ですが、自分も参加したいと思います。

    日程の希望は2017/05/27(土) です。

    よろしくお願いします。


      [No.3997] ポケモン小説意見交換会参加者募集のお知らせ 投稿者:   《URL》   投稿日:2017/05/18(Thu) 04:58:06     99clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    こんにちは。586さんです。

    GWも終わって一段落したところで、ポケモン小説意見交換会と銘打った小規模OFFを開催したいと思っています。
    意見交換会というと何か高貴なイメージが漂いますが(あまり高貴ではない)、実際には何人かで集まって肉を焼いたりお酒とか飲んだりその後お茶したりする感じです。
    開催要項はこんな感じで考えています。

    開催日時:2017/05/27(土) or 2017/06/03(土) 19:00〜
    開催場所:東京・池袋駅近辺
    集合場所:池袋駅東口・いけふくろう前
    人数:4〜5人

    参加を希望される方は、5/27と6/3のうち希望する日付を併せて記載してください。

    〆切は予約を入れる事も踏まえて、短めですが5/24(水)としたいと思います。

    皆様よろしくお願いいたします。


      [No.3996] 平和な島、アローラ 投稿者:逆行   《URL》   投稿日:2017/05/14(Sun) 20:12:19     66clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     注意:やや残酷なシーンがありますので念のため注意。


     ある日の昼下がりのこと。ハノハノリゾートの砂浜の一角に人骨が散らばっているのが発見された。計三人の骨のようだった。
     皆シロデスナにやられたと思われる。シロデスナはハノハノビーチの砂浜に時折出現するポケモンだ。シロデスナは人々の生気を吸い取って殺してしまう。殺された人間は骨しか残らなくなってしまう。
     アローラ地方の砂浜には他にも危険なポケモンが生息している。ナマコブシというポケモンがいる。彼らは非常に小さいが、口から内蔵を飛び立たせて人々に殴りかかることがある。その力は以外にも強く、並の人なら失神してしまう。運が悪ければ死亡することもある。
     アローラには砂浜だけでなく、森の奥地等にも人々に危害を加えるポケモンが数多く生息している。マシェードというキノコに良く似たポケモンがいて、このポケモンは要注意生物に認定されている。マシェードは森に迷い込んだ人間を発見すると、まず怪しい光で混乱させて、逃げられないようにしてしまう。訳も分からずその場で自分を殴っている人間をキノコの胞子で眠らせた後に、生気を吸い取って殺してしまう。
     また一部の森だけではあるが、キテルグマという非常に凶暴なポケモンもいる。キテルグマは人間を見つけると追いかけてくる。彼らは巨体にもかかわらず足が早く、逃げ切るのは容易ではない。キテルグマは人間を捕えると背骨を折ってしまう。この危険生物は力がとても強く、人間の背骨を折ることは容易いのである。
     その他にも、アローラでは数多くの野生のポケモンが人間を襲う事件が勃発している。だが野生のポケモンを無慈悲に殺すことは決して許されない。人間にできることは、危険なポケモンがいる場所には立ち入らないことと、きちんと育てたポケモンを所持しておくことぐらいであった。
     被害に合うのは、特にトレーナーの子供達が多かった。ここ数年で島巡りを行う子供が急増した。子供達は珍しく強いポケモンが欲しいが故に、危険な場所にも平然と立ち入ってしまった。そして遺体となって親の元に帰っていった。
     また、観光客の人々も被害に合うことが多かった。事前に良く調べずにアローラにやってきた人達は、危険なポケモンを警戒することなく刺激した。アローラは観光客も年々増加しており、それに伴って被害件数も増えている。
     勿論一般の人々も被害に合うことが多くあった。ポケモンなんてそこら中にいる訳で、彼らの尻尾を誤って踏んづけてしまって攻撃されるなんてことも良くあった。
     アローラの人々はこの惨状を大いに嘆いていた。どうにかできないものかと懊悩していた。だが警察はこのような惨状に対して、あまり積極的に動くことは無かった。


     ある日のことであった。アローラの歴史に確実に残るであろう大事件が発生した。
     それが、ウルトラビーストの出現だった。
     どこかに馬鹿が一人いた。そいつが、ウルトラビーストの棲む場所、通称ウルトラホールの入り口をこじ開けてしまった。その結果、数匹ではあるがこの世界にウルトラビーストを迷いこませてしまった。
     ウルトラビーストは非常に危険な存在であった。彼らは強大な力を持っていた。そして人々を躊躇なく襲った。通常のポケモンでも人間を襲うことはあるが、ウルトラビーストは更に酷かった。数は少なかったが、その被害は絶大だった。
     ある区域では、ウツロイドというウルトラビーストに一人の男性が寄生された。寄生された人は、途端に包丁を持って暴れ回った。目につく人を片っ端から刺していった。それによって死んだ人は十人以上いた。最終的には、寄生された人を、ポケモンで殺して解決することになってしまった。
     またある島では、デンジュモクが暴れていた。デンジュモクは、強力な電撃を放つウルトラビーストだった。次から次へと人々を黒焦げにしていった。並の電気タイプの十万ボルトとは威力が桁違いだった。デンジュモクは体力がなくなると、近くの発電所を襲撃した。そしてエネルギーとなる電気を吸い取り再び暴れ回った。ある老人は「神よ。どうか怒りを沈めてください」と手を合わせていた。デンジュモクは神ではないので当然その祈りは効かなかった。
     また別の島では、マッシブーンという、ボディービルダーと蚊を足してニで割らずにそのまま出てきたようなポケモンが暴れていた。マッシブーンは町中に繰り出し、人々に筋肉を見せつけていた。筋肉を見せつけられた人びとは、何を考えているのか分からないという不安と、その筋肉を使って今後暴れてきたらどんな惨事になるだろうという恐怖に怯えた。やがてマッシブーンはとある建物の屋上まで上り、そこで人間に向かって自らの筋肉を見せつけた。町からは途端に悲鳴が湧き上がった。
     一番酷いのはアクジキングというウルトラビーストだった。アクジキングは残虐なまでに、人々を片っ端から食べまくっていた。アクジキングは食べても食べても満腹にはならないようで、カビゴンとは比較にならない程の量を食べ尽くしていた。アクジキングは建物ごと口に放り込むので、家にいた人は家ごと喰われていった。避難場所に逃げた人も、その建物ごと喰われた。アクジキングに猛毒を喰わせることも試したが、全然毒は効くことがなかった。
     ウルトラビーストはアローラ地方のそこら中で暴れに暴れた。残虐な彼らの行為は止まることを知らなかった。このままではアローラ地方は滅ぼされる恐れがある。
     政府は強力なポケモンを持つトレーナーを集めた。トレーナー達は協力してウルトラビーストに攻撃を仕掛けた。
     彼らの攻撃はそれなりに効いたが、ウルトラビーストを倒すまではいかなかった。ウルトラビーストはやはりとても強いのだ。レベルの高いポケモンが束になっても敵わなかった。
     ウルトラビーストは特殊なオーラを纏っており、それによって強くなっていることがあるとき判明した。彼らは明らかに、普通のポケモンとは一線をなす存在であると分かった瞬間だった。 
     人々は絶望した。もう駄目だと諦めていった。


     しかし、人々が諦めていった時期のことであった。ある一人の救世主が現われた。
     その人間は、暴れ回る怪物達を次々と倒し、そして捕らえていった。
     その人間は、数多くの強いポケモンを従えていた。そして彼らに対して的確に指示を出した。トレーナーとして殆ど完璧と言わざるを得ない程技の選択が巧かった。
     トレーナーのポケモンはウルトラビーストに致命傷を与えることに成功した。オーラを纏われて強力な力を得ている彼らをも凌ぐ破壊力だった。
     まずトレーナーはウツロイドを捕えることに成功した。それがニュースで伝えられると人々は歓喜した。そして残り全てのウルトラビースト捕獲の成功を祈った。
     ウルトラビーストは例え弱らせることができたとしても、通常のモンスターボールで捕獲することが非常に困難であるらしい。しかしウルトラビースト専用のモンスターボールが最近開発された。そのボールを使ってトレーナーは捕獲していった。
     デンジュモクとマッシブーンの捕獲にも成功した。その他のウルトラビーストも苦戦しつつもなんとか捕まえることができた。
     アクジキングだけはかなり手間取っていた。トレーナーのポケモンが次々と倒されていた。トレーナーはその場から一旦退却した。
     次にアクジキングの前に現われたときには、トレーナーはアローラの四体の守り神を手持ちに加えていた。カプ・コケコ、カプ・テテフ、カプ・ブルル、カプ・レヒレ。トレーナーはこの守り神達に協力してもらうことを考えた。
     カプ・コケコ達はアクジキングに攻撃を開始した。守り神の攻撃は恐ろしく協力である。そして、その守り神を従えてしまうトレーナーの力も、恐るべきものと言うべきであった。
     結果、トレーナーの勝利となった。なんとかウルトラビースト全てを捕獲することに成功した。このトレーナーがアローラを救ってくれた。
     もう人々はウルトラビーストの脅威に晒されることはない。
     ウツロイドに寄生されることもない。
     デンジュモクに黒焦げにされることもない。
     マッシブーンに威嚇されることもない。
     アクジキングに喰われることもない。 


     そして、数ヶ月が経った。
     ウルトラビーストによって襲われた町の修復も、だいぶ進んできた。観光客もぼちぼちまた増え始めていた。ビーチは人で溢れ返るようになっていった。また、島巡りを中断していた子供達も徐々に再開していった。子供達が試練を乗り越えていく姿がまたアローラで見られるようになった。
     ある日の昼下がりのこと。ハノハノリゾートの砂浜の一角に今日もまた人骨が散らばっているのが発見された。シロデスナに生気を吸い取られる者は数知れない。
     テレビを付けると、キテルグマに背骨を折られたトレーナーのニュースがやっていた。そのトレーナーは全力で逃げたが、捕まってしまったとのこと。シルバースプレーを一応持っていたが、効果がいつの間にか切れていることに気が付かなかったらしい。

     海の傍に住む一人の老人がいた。彼はつい最近までウルトラビーストの脅威から逃れるために避難していたが、またこの町に戻ってきていた。家族とも再開を果たし、のんびりと余生を過ごしていた。
     老人はソファーから立ち上がる。キテルグマがトレーナーを襲っているというニュースをやっているテレビを消した。
     実に晴れやかな表情を浮かべていた。
     老人は窓から海を眺めた。気持ち良さそうに大きく伸びをした。そして、このような独り言を言った。
    「アローラも平和になったなあ」
     老人が眺めている海の砂浜では、誰かがナマコブシに殴られていた。


     


      [No.3995] 嫌がるルカリオに無理矢理ry( 投稿者:砂糖水   投稿日:2017/05/11(Thu) 23:40:05     130clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ルカリオ】 【閲覧注意

    ※肉体に痛みはありませんが、ルカリオに対して精神的苦痛を与える話です。
    表現力がないのでぬるめですが閲覧注意。
    R-18ではないけどR-15くらい?R-12?





     いつもいつも、来なければいい、うっかり忘れて、そのままになってしまえばいい、と願っている。
     でも、無情にも時計が午後十一時を告げる。
     柱時計の音を耳にしたご主人は、それまで読んでいた雑誌から顔を上げた。
    「あら、もうそんな時間なのね」
     ご主人は雑誌を閉じると立ち上がり、私の名前を呼ぶ。
    「クオン、おいで?」
     艶やかに笑ってご主人様はそう言った。
     普段なら喜んで駆け寄るのに、今はそうしたくない。ああ、またこの時間がやってきてしまった。
     固まって動かない私を見たご主人が小さくため息をつく。私はその音を聞いてびくりと震えた。
     ご主人をがっかりさせたくない。叱られたくない。
    「悪い子」
     囁くような小さな声だけど、私の耳はその声をしっかりと捉えてしまう。
     悪い子。
     その言葉に体が震える。私は慌てて立ち上がる。
    「ふふ、クオンは、いい子ね」
     ご主人様には褒めてもらいたい、いい子ねっていつだって褒められたい。
     重い足取りで、でも一歩、一歩と微笑むご主人の下へと歩み寄る。
    「いい子、いい子」
     ご主人の手が私の頭を撫でる。私はその感触を目を閉じて味わう。
     ご主人の手が私の頬までおりてくると、反対側の頬に柔らかな感触がした。
     薄く目を開ければご主人の顔がすぐそこにある。軽く口づけしてくれたのだ。
    「いい子にしてたら、もっといいご褒美をあげるから。ね?」
     さあ行きましょうとご主人が私の手を取る。
     連れてこられたのは私が寝転がるための台。台を前にしてなかなか動き出さない私に、ご主人が言う。
    「もう、クオンたらいつまでたっても慣れないのね。大丈夫よ。痛くないって、知ってるでしょう?」
     決してそういう問題ではないのだ。でもご主人様に悪気なんて、悪意なんてないのは知っている、よかれと思ってやっているのも。それは今だって感じ取れる。
    「クオンはいい子だから、わたしの言うこと、聞いてくれるわよね?」
     そう、私はいい子。ご主人の言うことをよく聞くいい子でありたい。だから私は台の上に仰向けに寝転がる。
     私は落ち着こうと深く息を吸っては吐き出す。けれど、どうしたって逃げ出したくってたまらないのだ。それを意志の力で強引にねじ伏せる。呼吸に集中して気を落ち着かせていると、ぱちん、ぱちんと手足を拘束する枷をはめられる。
     ひ、と喉が鳴り、どくどくと心拍数が上がる。大丈夫だ、大丈夫、これはご主人が私のことを思ってしてくれることだ。自分に言い聞かせて、荒れる息を強引に静めようと深呼吸を繰り返す。荒い息をしている口に枷がはめられる。目を閉じて大丈夫だと心の中で呟いていると、ゴリ、と胸元で嫌な感触がした。
     ガツッと手足に衝撃が走る。手足が動かせない! どうして。逃げなければ逃げなければ嫌だ嫌だ嫌だやめて逃げなくちゃやめて嫌だやめてやめてやめ――――
     私が暴れている間にもゴリゴリと嫌な感覚が続く。
    「動いちゃだめじゃない、クオン」
     大好きな、大好きなはずのご主人の声が降ってくる。そうして私は幾分かの正気を取り戻す。
     今、ご主人は私の胸にある突起部分をやすりで削っているのだ。何もしなければ尖っているそれは、日常生活を送る上では危険なものでしかない。大部分は昔、病院で削られたけれど、放置すればまた元に戻ってしまう。だから定期的に削る必要がある。これはそういう、必要な処置だ。
     でも、
     ゴリ、という振動が体に響くたびに体中を不快感が襲う。はめられた口枷のせいでうーうーとしか唸ることしかできず涎がだらだらと口からこぼれて不快だ。首を振り手足を必死に動かし逃げようともがいても、ガチャガチャという音がするばかりでわずかしか動かせない。枷とこすれる部分に痛みが走るけれどそれすら些事に感じられる。気が狂いそうな不快感とゴリゴリという自分の一部が削られていく振動が体中を這いずり回る。
     ああああああ嫌嫌嫌嫌嫌嫌やめてお願いやめてやめてやめてお願いやだやだやだ気持ち悪いあああああああカワイイ嫌嫌嫌嫌嫌嫌やめてスキお願いやめてやめてやめてお願いモットやだやだやだ気持ち悪いキモチイイああああああやめてお願いやめてやめてやめてアイお願い嫌嫌嫌嫌嫌嫌やだやだやだシテル気持ち悪いやめてお願いやめてやめてえええええええええええ――――
     …………………………。
     気がつくとかちゃり、かちゃり、と枷が外されていく。
    「クオン、よく頑張ったわね」
     ご主人が笑っている。上気したように赤らむ頬が艶めかしく、潤んだ瞳は恍惚とした光を宿している。
    「ご褒美に、いいことしましょう?」
     私はばんやりとしたまま頷いた。





    ――
    一年くらい前に、ルカリオのあの金属の突起って危ないよなー、バトルしない子には不要だしそういう場合は削っているのでは?なんてツイッターで呟いたことがきっかけでした。
    削られるのをルカリオ自身が嫌がってるとなおよし、などと呟いたような呟いてないような。
    そういうわけです(

    もっとねっとり書きたかったんですけど、それを成し遂げるには盛大に力不足でした。
    いろいろテキトーに済ませた部分もあります(
    このあとたぶんR-18展開になると思いますが、まあ書かないです。
    ご想像にお任せします。

    解説するのは野暮かとは思いますが、一応書いておきますけど、ルカリオがやだやだ言ってるとこに挟まるあれは、こう、読み取ってしまった波動的なあれが入り交じってですね。
    えーあと、ご主人はこう、ぐしょぐしょですね(察して

    以上です。


      [No.3951] あとがきになるはずだったのに 投稿者:風間深織   投稿日:2016/08/10(Wed) 23:14:10     54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    彼が消えたのは、4年前ーー2012年8月23日のことです。
    って、ネタバレ記事をあとがきとして書こうと思ったら、もう1作書きあがっちゃった風間さんです。
    2012年8月23日、その日は甲子園で大阪桐蔭と光星学院の試合がありました。そう、優勝を争う決勝戦です。大阪と青森の高校球児のくだりをわざわざ入れたのは、タクオが4年前から行方不明というのと、これが現実世界の話だということを明確にしておきたかったからです。
    今までたくさんの話を書いてきた……わけではありませんが、このような怖い話を書いたのは初めてでした。みなさんをぞわぞわさせることができたでしょうか? 今まで書いてきたものとは作風があまりに違うのでドキドキでしたが、なんとかなったのでよかったです。

    主催の586さん(以下ミンチ)は、以前分厚い薄い本の表紙を描いたことで、仲良く……というよりはシュレッダーにかけてギタギタにしておりました。私はどうしてもミンチの頭文字の「5」番目に作品を投稿したくて、少し投稿を急いでしまったかなぁと思います。
    何より、こんな機会を与えてくれたミンチには感謝の思いでいっぱいです。ごはさん、大好きだよ!


      [No.3950] 書けなかったあの日のレポート 投稿者:風間深織   投稿日:2016/08/09(Tue) 16:20:57     76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    彼が消えたのは、4年前ーー2012年8月23日のことです。あの日、私は家で今月提出のレポートを書いていました。オリンピックに夢中になっていたら、書くのをすっかり忘れていたのです。
    「ナオちゃん、タクオそっちに行ってない?」
    幼馴染のタクオのお母さんから電話があったのは、もう日が暮れた20時頃でした。
    「えっ、タクオ、帰ってるんですか?」
    「……そうよね、知らないわよね」
    話によれば、昼前からタクオの姿が見えないとのこと。しかも、外に出た形跡もなく、タクオの靴は玄関に置いたままだというのです。
    「もしタクオから連絡が来たら教えてちょうだい」
    しかし、タクオから連絡がくることは、ありませんでした。そして、その後彼に会うことも、ありませんでした。

    あれからもう4年……オリンピックがなかったから、鮮明に思い出して悲しい気持ちになることはありませんでした。いいえ、本当は、心の奥底に閉じ込めて、忘れようとしていただけなのでしょう。生きているのかもわからない彼を待ち続けるのは、あまりにも苦しいから。
    私はパソコンの電源を入れると、4年前と同じように、レポートを書き始めました。ドキュメントの中には、あの後結局提出できずにそのままのレポートが、ひっそりと残っています。書けなかったのです。私は、そのレポートを、書きあげられなかったのです。
    「何の授業のレポートだったっけ……」
    カーソルを合わせてダブルクリックすると、そのレポートは真っ白でした。あれ、おかしいな……私はあの日、途中までレポートを書いたはずです。真っ白なんてことは……



    真っ白の画面に、突然文字が表示されました。打ち込んだのは私ではありません……パソコンが勝手に表示させたのです。



    ナオ、それは、私の名前。

    オレハ

    次々表示される文字に戸惑いながら、それでも私はその文字をじっと見つめていました。ゆっくり、ゆっくり、文字が打ち込まれます。







    オレハタクオ。俺はタクオ。私は無我夢中でキーボードを叩きました。

    今どこにいるの?
    デンシカイロノナカ
    どうして?
    ワカラナイ
    どうしたらまた会える?
    ワカラナイ

    どうやら彼は、到底信じられないけれど、ゲームの中にポリゴンとして取り込まれたらしいのです。しかも、その後ゲームがリセットされたことでゲームの中から追い出され、その辺の電波に吸収されたというのです。

    わかった、どうやったらそこから出られるか考えてみよう
    ワカッタ

    私は右上にあるバッテンマークをクリックしました。この文書は変更されています、保存しますか……はい。きちんと上書き保存をして……

    自分の体から、血の気が引くのがわかりました。私は、レポートを、上書きしてしまったのです。変更を、保存してしまったのです。













    彼を、心の奥底どころか、この1枚のレポートに、閉じ込めてしまったのです。


      [No.3949] 夏の終わりに 投稿者:太陽の光さんさん   投稿日:2016/08/08(Mon) 12:15:03     73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     8月の終わりに、実家の母から呼び出しをくらった。自分の部屋にクーラーがないので、正直帰るつもりなんてこれっぽっちもなかった。今月提出のレポートも全然書けてないし、遊ぶ予定もバイトもある。でも、母があまりにしつこく電話をかけてくるので、しぶしぶ帰ってきたのだ。一浪して大学に合格し、この春一人暮らしを始めてから、実家に帰ってきたのはこれが初めてだった。
    「タクオ、どうせ暇なんでしょ。部屋、なんとかしなさいよ」
    部屋の中は、3月に荷物をまとめきれずにバタバタと出て行った、そのときのままだった。
    「暇じゃねーし、俺の部屋なんだから別にいいだろ」
    「住んでない人が文句を言わない、さっさと片付けて」
    そんなこんなで俺は今、部屋の片付けをしている。

    「へぇー、これまだ取ってあったんだ」
     勉強机と壁の隙間から、懐かしいものが出てきた。誕生日に買ってもらったゲームボーイカラーと、それに刺さったポケモンのカセット。カセットのシールはほとんど色褪せて白くなってしまったが、ポケットモンスターの文字とフシギバナのイラストはなんとなくわかる。画面を指でこすると、指にかなりの埃がついた。電源を入れてみたが、つかない。そうだ、これは電池式だったっけ……
    「これで、よし。データ残ってんのかな?」
    単三の電池を入れ、電源を入れる。懐かしい音、Aボタンを連打しても飛ばせない最初の数秒。このカセットはゲームボーイ版だから、確かここらで十字ボタンを押すと、色が変わるんだっけ? へへっ、忘れちまったなぁ。
    「おっ、『つづきから』、あんじゃん」
    十数年も放置していたのに、データは奇跡的に残っていた。二頭身で色の少ない主人公。そいつは、ゲームコーナーの景品引換所の前にいた。確か……
    「ポリゴンを引き換えたかったんだっけ」
    手持ちのコインは6800枚。ポリゴンを引き換えるのに必要なのは6500枚。なーんだ、引き換えられるじゃんか。それなら……
    「タクオ! ちゃんと片付けてるの!?」
    「げっ」
    俺は反射的にゲームボーイカラーの電源を切った。
    「うっせーな! 今やってるよ!」
    そう言いながら画面に視線を戻すと、ぽとり、としずくが落ちた。ゲームに集中して気が付かなかったが、体のいたるところが汗でベトベトしている。
    「母さん、なんかジュースない? 今のでめっちゃやる気なくしたわ」
    「なによ、私のせい? 冷蔵庫に炭酸入ってるわよ」
     俺はゲームボーイカラーをベッドの上に放り投げて、リビングに向かった。

    「あんた片付けしてなかったでしょう。自分の部屋だからって、まったくこれだから……」
     母は手際よく桃の皮をむきながら、俺のことをちくちくと刺した。言葉は尖っているけれど、なんだかんだで俺が帰ってくるのが嬉しくてたまらないのだろう。俺がこの家に住んでいたときは「手がかぶれる」と言って缶詰しか買ってくれなかった好物の桃が、冷蔵庫に6つも入っていた。ソファに寝転んでテレビを見ていた父が、昨日鼻歌を歌いながら箱で買ってきたのだと教えてくれた。
    「机の裏からさ、ゲームボーイカラーが出てきたんだよ。ほら、あの、確か誕生日に買ってもらったやつ」
    「それであんた、ゲームやりすぎて夏休みの宿題が全然終わらなかったのよね」
    「ちっ、俺に都合の悪いことだけ覚えてやがる……」
    こんな嫌味の言い合いも、数ヶ月ぶりだとあたたかく感じた。
    「そういえば、誕生日のお祝いしてないわね。1ヶ月遅れだけど、ちょうどいいから今日やっちゃいましょ? お父さん、いいわよね?」
    「わかったわかった。今いいとこなんだよ、少し静かにしてくれ」
     テレビの中では、大阪と青森の高校球児たちが、甲子園の決勝を戦っていた。

    「もう一度……」
     俺はベッドに置いたゲームボーイカラーを拾い上げ、電源を入れた。ポリゴンをゲットしてからじゃないと、掃除をする気になれなかった。もう少し思い出に浸っていたかったのだ。
    『つづきから』、よし。手持ちは5匹だな……それと、コインもちゃんとある。ポリゴン、6500枚、引き換えますか、はい。
     俺は小さく息を吐いた。そろそろ部屋を片付けないと、また母さんにちくちく刺されることになる。おっと、忘れてた。ちゃんとレポートを……あれ、どうした、体が動かない!? 声も出ないぞ……なんだこれ、やばい。かなしばり? なんかよくわかんないけどやばい。 汗をかいて暑いはずなのに、寒い。体は動かないのに、震えが止まらない。そして、画面いっぱいに映っているのは、ポリゴン。ポリ……ゴン?

    ガガガガガ

     ゲームボーイカラーが突然震えだした。画面の中のポリゴンが、無表情のままこちらにたいあたりしている。そうだ、思い出した。俺はポリゴンが引き換えられるのを友達に自慢するために、何度もここでリセットしてたんだっけ……
     たいあたりを繰り返していたポリゴンが、ゆっくりと画面から出てきた。たぷんと画面に波紋が広がる。俺の体はまひしたみたいに動かない。無表情のポリゴンが、ただただ俺を見ている。
     なんだ、怒ってんのか? 手に入れては友達にバレないようにリセットし、「2匹目ゲット」と嘘をついた俺に? 何度もポリゴンを引き換えたように見せてリセットし、結局ポリゴンをゲットしていなかった俺に?

    ピカッ

     ポリゴンが突然光った。あまりに眩しくて、俺は反射的に瞼を閉じる。こんなの、ありえない。ゲーム画面からポケモンが出てくるなんて、ありえない。これは、夢だ。そのうち覚める、大丈夫だ。
     パッと目を開けると、やはりそこは俺の部屋だった。見慣れた天井。ほれみろ、夢……いや、体が動かない。それに、なんだか物が大きく見える。

    「タクオ! 開けるわよ!」
     母の声、部屋のドアが開く音。
    「あら、いないじゃない。一緒にケーキ買いに行こうと思ったのに……」
    いや、いるだろ。俺はここにいるだろ? なんで気付かない? なんで……
     母が近づいてきた。すると、俺の体をひょいっと持ち上げて、俺の顔をじっと見つめた。
    「ゲーム、つけっぱなしじゃない」

    プチッ




















    レポートは、書かれていない。


      [No.3948] 求婚 投稿者:αkuro   投稿日:2016/08/07(Sun) 03:36:22     79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:R-18】 【キュウコン

     彼とは私が卵の頃から一緒で、産まれた時も、キュウコンに進化した時も、彼は綺麗な笑顔で一緒に喜んでくれました。
     親がいない彼は私を唯一の家族として大切にしてくれました。私もひとりきりでしたから、私達は互いを唯一無二の存在として想い合い、いつしか体を重ねる関係になっていました。
     人の寿命は短い。私達キュウコンは1000年生きますが、人はその10分の1も生きられません。彼が亡くなった時、私は自身の運命を呪いました。
     あれから800年と少し。
     私は彼の墓の前で、ずっと眠り続けていました。彼がそばにいないのが寂しくて、悲しくて、辛くて。100年もの間泣き続けて、そのまま。
     彼の墓も私も、生い茂った草花が覆い隠して外からは見えません。私も、外がどうなっているのかは分かりません。
     ああ、今日もまた、彼が私を呼ぶ声が聞こえます。
     
     ぶちぶちと蔓が引きちぎられる音に目を覚ますと、そこには小さな体で傷だらけになりながら私の名を呼ぶ男の子がいました。
     私には、すぐに彼だと分かりました。
    「やっと見つけた……」
     彼は私の名を呼び、私は彼の名を呼び、互いに抱きしめあいます。
     嬉しくて、嬉しくて、9つの尻尾が勝手に動いて彼を組み敷いていました。
    「ひとりにしてごめんな、これからはずっとそばにいるから……」
     彼は私の大きく膨れ上がった愛の象徴を受け入れながら、本当に久しぶりに頭を撫でてくれました。
     懐かしい彼の体を味わいながら、私達はもう一度、愛を誓いました。


      [No.3905] モンスターボールに戻せば問題ないんじゃないの? 投稿者:No.017   投稿日:2016/03/21(Mon) 09:25:18     65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    え、凍ってもモンスターボールに戻せば問題ないんじゃないの?

    あるいは他のポケモンも持ってた事にして、溶かすとか
    (初心者用ポケモン、バシャーモとか)


      [No.3904] Re: 「冬を探して」戦闘シーン改稿案 絶対零度 投稿者:砂糖水   投稿日:2016/03/20(Sun) 22:15:45     61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    博士が容赦なさすぎてワロタwwwワロタ…(´・ω・`)

    どうも、作者のはずの砂糖水です。
    一応わたしの書く話ですもんね、なんか言わねば…ということで。

    こころのめ→ぜったいれいどはロマンと言ってましたが前言撤回します!
    サクラあああああ!!!!
    いやあの、フリーザー様容赦なさすぎワロエナイ…(´・ω・`)
    ロマンよりサクラ生存の方が大事でした…ああ…。

    この辺書くと完全に言い訳と化すのですが、書いておくとおそらく今後スムーズになりそうなので書きます。
    あの話は、(あくまでわたしとしては)必要最低限の要素だけで書いた話なので、いろいろと削った要素があります。
    観光するシーンがあったとか、あとはリョースケの手持ちは六匹いたとか…。
    サクラのみ連れているのは、六匹フルメンバー考えつかなかったのが一番大きいです。
    炎タイプ中心の構成なのかバランスのよい構成なのか…から始まりあと五匹ぶんの種族考えて、とかやってたら間に合いそうになかったんですよね…。
    あとはおそらくほんのちょっとしか出番がないのにわざわざ設定考えて出すのか?なんていうのも理由です。
    漫画とかならワンカットあれば済むシーンでも、文章となると勝手が違うというか、書くのがうまい人ならまだしも、わたしが書くと、冗長になってしまい、わざわざ書いてあるけどそれ必要だった?なんてことになりそうで。
    ストーリー上、絶対必要なのがサクラだけで、他はいなくてもなんとかなるなら書かなくていいよね、という。
    ほんとはテレポート使える子がいると帰り楽だな、とは思ってたのですが、書けそうになかったんです…。
    別にサクラのみじゃなきゃダメ!ってわけではなくたんにわたしが書けそうになかったからサクラだけになったんです…。

    ということで、リョースケに他の手持ちいてもおかしくはないので、サクラを殺さないで…サクラ…サクラ…ううっ。


      [No.3903] Re: 「冬を探して」戦闘シーン改稿案 絶対零度 投稿者:No.017   投稿日:2016/03/20(Sun) 16:36:56     73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:サクラは犠牲になったのだ

    めっちゃ派手にやられたwwwww
    というかイメージ画像wwwwwwwww

    個人的には空気がぴしろと音を立てた時に周りがホワイトアウトして、
    リョースケが、自分が氷づけにされる幻を見る、というのもよいかもしれないと思いました。
    で、あれ、大丈夫だ、と思って前見たらサクラアアアア! みたいな。

    まあそれはおいおい考えておきましょう。


      [No.3857] ポケダンマグナゲート宿場町の今 投稿者:コマ   投稿日:2015/11/19(Thu) 20:28:37     129clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ポケダン】 【マグナゲート】 【ポケモン不思議のダンジョン】 【スワンナ】 【ツタージャ

    これは、ポケモン達だけが住む世界のお話。
    ポケモン不思議のダンジョン マグナゲートと∞迷宮!
    といっても、ダンジョンもマグナゲートも出てこない無いお話。

    私はスワンナ、宿場町のポケモンからはママさんって呼ばれてる、食堂と宿を兼ねたスワンナハウスってところをやっていたポケモンだよ、
    過去形なのはもう廃業しちゃったからなんだけど、ここもちょっと前まではたくさんのポケモンがで賑わっていた場所だったんだ、
    旅の疲れを癒やす者、暇つぶしで愚痴を言い合う者、偉大な冒険者を讃えてどんちゃん騒ぎしたこともあったっけ。
    物が片付けられてガランとした食堂を眺めているだけでもいろんな思い出が浮かんでくるねぇ。

    「ママさん、これが最後の荷物でいいのか?」
    「そうだね、その荷物を運んだら仕事はおしまいだよ」
    「わかりました、それではオレ達このまま失礼します」
    「ドッコラー達も忙しいところ手伝ってもらってありがとね」
    「へへ、これくらい礼には及ばないぜ」

    そう言ってドッコラー達は挨拶もほどほどに荷物を外に運び出していった。
    さてと、片付けも済んだし私もそろそろ出て行く準備をするかね、準備と言っても大して持ち物も無いんだけど。

    「こんにちわ……」
    「あらヒメじゃないかい、いらっしゃい」

    このポケモンはヒメ、ツタージャだけどみんなからはヒメという名前で呼ばれてる。
    かつては世界を救った英雄で今はパラダイスの管理人として忙しくも仲間たちと頑張ってるみたい。

    「すっかり片付いちゃったね……はぁ、寂しくなるよ」
    「フフ、そんな暗い顔はヒメらしくないね」
    「だって、ワタシのせいでこんなことになってしまって」
    「あのねぇ、私が全然気にしてないのにヒメがそんなに気にしてどうするんだい」
    「うぅ、そうだけど……」

    まぁ、ヒメが悩んでいるのも無理は無いんだけどね、ポケモン達が楽しく暮らせる場所を作りたいというヒメの夢であったパラダイスという場所、
    今そこは街と呼べるくらいに発展してたくさんのポケモン達で賑わっているんだけど、その結果、宿場町に足を運ぶポケモンは減っていき
    それにつれてここでお店をやっていたポケモン達も廃業したりパラダイスや他の街へお店を移していった、そして最後に残ったのがこの宿屋、
    他のお店と違って宿屋ってのは簡単に移動もできないからねぇ、かといってここでずっと宿屋を続けても
    お客が来ないんじゃ商売やっていけないから廃業することにしたんだけど、それをヒメは自分のせいだと責任を感じてるみたい。

    「どうしたもんかねぇ、何をそんなに悩んでるのさ、誰もヒメのことを責めたりしてないじゃないかい」
    「……」
    「あ、もしかして、良くも私の商売ダメにしてくれたね、こうなったのは全部ヒメのせいだー!なんて言って欲しかったりする?」
    「そう、かもしれない。今まで宿場町から出て行ったお店のポケモン達もみんな笑顔で気にしてないって言ってくれたんだけど」
    「そりゃそうだ、商売なんてそんなもんだよ」
    「だけど、ワタシの夢で誰かが損するなんて、誰かの生活を奪ってしまうなんて」
    「みんなが楽しく暮らせる場所を作りたくてパラダイスを作ったのに、そのせいで今までいっぱい世話になった宿場町をワタシが壊してしまった」
    「これじゃムンナ達にも顔向けできないよ、みんなゴメンね、ワタシ……うぅ、うわああぁぁぁんっ!!」

    ヒメが宿場町に初めて来た頃は言っていた、いろんな冒険をして仲間を集めて、みんなが力を合わせて楽しく暮らせる、
    みんなで心躍るような生活が出来る、そんな素敵な楽園のような場所を作りたい、と。
    そんなヒメの夢が実現したポケモンパラダイスという場所、それと引き換えに寂れてしまった宿場町という思い出の場所。
    みんなのために頑張ってきたのにそれによって誰かの大切な場所を奪ってしまったと思っていたんだろうね

    「はぁ、やっと本音がでたねぇ、ほんと不器用なんだから」
    「スワンナ、ゴメンなさいぃ」
    「フフ、特上の羽毛だよ、特別にいっぱい抱きしめてあげる」

    そういえばヒメには親や家族がいないんだったね、こうやって甘える相手もいなかったと思うと辛い事も多かっただろうし、
    あの子と出会う前はずっと一匹で生きてきたらしいから、悩みを抱え込んでしまうのは仕方がないか、でも今のヒメには仲間もいるし、

    「それに、ここが消えてなくなるわけじゃないんだからさ、ねぇ、アンタ達もいつまで盗み聞きしてるんだい、そろそろ降りてきてくれないかい」
    「えっ、二階に誰かいるの」
    「別に盗み聞きしてたわけじゃないわよ、ねー、ブラッキー」
    「そう言うエーフィはずっと聞き耳立てて聞いていたじゃないか……その、深刻そうに話してるから入りづらくてな、スマン」

    二階に居候しているダンジョン研究家のエーフィとブラッキ、特殊な移動手段として使われるマグナゲートを呼びこむエンターカードの使い手でもあるんだけど
    その説明は聞いているだけでぐっすり眠れる優れた力があって、そのおかげで寝付きの悪い私もいまでは熟睡出来るようになったほどだよ。
    恐ろしいくらいの鋭い感と周りへの気遣いを欠かさないエーフィ、面倒見も良くて子供たちからも人気のお姉さんみたいな存在、
    そしてロマンチストで信じたことを突き進むブラッキー、ちょっときざっぽいけど根は優しいお兄さんといったところかな、
    全然違う性格なんだけどなんだかんだで仲がいいコンビだねぇ。

    「エーフィ、ブラッキー、全部聞いてたのね……なんなのよ、もう……」
    「ゴメンね、でもそんなに思い悩んでいたならワタシ達にも相談して欲しかったなぁ」
    「ううん、ワタシこそゴメン、毎日忙しくしてるうちに仲間に頼る事も忘れかけてたよ」
    「でもエーフィはヒメが悩んでいる事はずっと前から気づいてたからな、ずっとタイミングを伺ってたんだぞ」
    「ブラッキー!」

    まぁ、なんだかんだでアンタ達の絆は強いから大して心配することは無かったみたいだね、
    最後くらいちょっとお節介してみたくなっただけ、私の気まぐれさ。

    「ところでスワンナ、この宿をオレたちに譲ってくれるって話だが本当に良かったのか」
    「え、そんな話いつの間にしてたの」
    「廃業を決めてすぐだよ、空き家になるくらいならアンタ達に使ってもらったほうがこの宿屋にとっても良いだろうし」
    「ありがと、大切に使わせてもらうわ」
    「これだけ静かなら研究も捗りそうだねぇ」
    「ハハ、頑張るよ」
    「最近ちょっと気になっている事もあって腰を据えて調べてみたいと思っていたところだったの」
    「気になること?」

    エーフィとブラッキーならこの宿屋を大切に使ってくれそうだから譲って良かったと思ってるよ、
    二階は二匹が使っていた期間が長かったし、私が手入れする必要が無いくらい綺麗に使ってくれていたからね。

    「おーい、オメーらいつまで話し込んでんだ」
    「あら、ドテッコツいらっしゃい」
    「いらっしゃいって……とっくにみんな集まってるぞ、今日の主役はママさんなんだから来てくれないと始められないんだぞ」
    「もうそんな時間だったかい、じゃ急いで行かないとね」
    「おいおい、まさか飛んでいくつもりか、そこまで急がなくてもいいんだぜ」
    「パラダイスのガルーラカフェだったね、ヒメ、乗ってくかい」
    「え、良いの!?」
    「もちろんさ、空から見るパラダイスも良いもんだよ」

    宿場町でポケモン達を眺めてるのも楽しかったけど、せっかくの機会だし思い切って世界中を旅して回るのもいいかもね。
    またここに訪れる時、あのパラダイスがどんな景色になっているかも楽しみにしてるから、ヒメ、頑張りなよ。




    超ポケダンの時代ではマグナゲートに登場していた宿場町のお店が軒並み潰れてるみたいだったので
    きっとこんな事があったんだろうなと、ふと思いついて書いてみました。


      [No.3815] 王者の品格 第二話「驚天動地」 投稿者:GPS   投稿日:2015/09/01(Tue) 18:25:19     80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「泰さん、気づきましたか!?」

    なんだ、ここは。
    自分を取り囲む見知らぬ顔達、体育の授業を彷彿させる四方の景色。ガクガクと肩を揺すりながら自分に向けて話しかけてくる者がいるが、その名は他ならぬ父親を指すものであるはずだ。
    それに、瀟洒な照明器具によく似た姿のゴーストポケモン。美しくも不気味な蒼色の炎を宿したそれは、数いるポケモンの中でも最も苦手な部類だった。父の相棒であるからという理由だけで、ポケモンに罪は無いというのは百も承知なところであるのはわかっているが、見たくないものは見たくない。
    しかしどうして、それが至近距離に。理解出来ないことの数々に、リノリウム張りの床に腰を下ろした悠斗は頭が痛くなった。

    「あ、あなたは……」

    ようやく発した声は震えていたが、今の悠斗はそれどころではない。何もかもがわけのわからない状況なのだ。
    だがその中で、唯一見覚えのある面影を見つけた彼の心に、少しばかりの安堵が浮かぶ。

    「ああ、目が覚めましたか、泰さん!」

    声をかけた相手である、先ほどまで自分を揺さぶっていた男はホッとしたような表情になる。そう、彼は今までに何度か見たことがある。悠斗は記憶の糸を手繰り寄せ、確か、確か、と脳の奥から情報を引っ張り出した。この、丸っこい童顔と苦労性っぼさが印象的な人は家にもいらしたことがある、父親のマネージャーとかいう、この世で一番大変そうな仕事に就いている男は確か……。

    「そうだ、確か…………森田さん?」

    「さ、『さん』……!?」

    悠斗の台詞に、男ばかりでなく、周囲で様子を伺っていた他の者達まで驚きを露わにした。人だけではない、困った風に浮遊しているシャンデラでさえ、ギョッとしたように炎を揺らす。

    「ええと、俺は……すみません。あの、ここは……」

    しかしそんな反応も、そして自分の口から出た声が低く濁ったものであることにも意識がいかない悠斗は、痛む頭を押さえながら断続的な言葉を紡いだ。それにまたもや、皆が驚愕の表情を形作る。
    「す、すみません……!?」「あの羽沢さんが……あの羽沢さんが謝った……」「しかも、こんなにスマートに……」ざわめきの内容はよく聞こえなかったが、彼らの不安そうな様子はただでさえ不安な悠斗をさらに不安にさせた。本当に何が起きているのか、と問いかけようとしたが怖くて聞けない。「ねえ、これヤバいんじゃ……やっぱり救急車……」数歩後ずさっていた女性が震える声で言いかける。が、彼女を制して動く影があった。

    「いえ、もう少し具合を見てみます。泰さん、ちょっと休みましょう、いや、今日はもう帰りましょうか」

    「あの……それはありがたいのですが、俺は……」

    「すみません! 羽沢が体調不良のようですので、本日はこれで失礼させていただきます! 所長!」

    口を開いた悠斗にまたしてもどよめきかけた周囲の声を遮るように、森田はシャンデラをボールに戻しながら早口で叫ぶと、「立てますか」と悠斗に手を差し伸べた。「おー、了解」離れたところで別のバトルを見ていた064事務所の所長が呑気に返事をした時にはすでに、悠斗は森田に腕を引かれながら歩かされていた。

    「どうしちゃったんですか、泰さん。さっきから変だし、なんか気持ち悪いこと言い出すし……あ、いえ、別に泰さんがキモいんじゃなくってその、様子のおかしいのがキモいと言いますか……」

    コートを出て、駐車場に向かいながら森田はぶつぶつと文句を言い、そして一人で慌ててごまかした。そんな彼の台詞の半分も頭に入っていない悠斗は「違うんです」と、弱々しい声で言う。

    「俺は、泰さんじゃなくて……いや、何なんですか! 俺はあいつじゃない、俺は羽沢、悠斗だ!」

    「はぁ?」

    くぐもる声を裏返して叫んだ悠斗に、森田は丸い目を細くした。「そっちこそ何なんです、泰さんが冗談なんて、明日はヒトツキでも降るんじゃないですか」呆れたようにしつつも愉快そうに笑い、森田は自分の車の鍵を開けながら悠斗の肩をポン、と叩く。「ま、送っていきますから。今日は帰って、ゆっくり休んでください」
    しかし、そんな森田の労いの言葉など、悠斗の耳には入っていなかった。
    車のガラスに映る、自分の姿。ジグザグマみたいな森田の隣に位置するそれは確かに自分のものであるはずなのに、それでも、悠斗のものではなかった。

    眉間に深く刻まれた皺。鋭く細い瞳。動きやすいよう短く切り揃えられた黒の髪。人当たりが悪すぎる人相。鍛えられてはいるがところどころに青筋の浮かぶ身体。
    下ろしたばかりの灰色のジャケットと、気に入っている細身のパンツは姿形も無く、代わりに纏っているのは運動に適した、半袖のTシャツとジャージである。間違いない、この姿はどうしようもなく、一番嫌いで一番憎くて、自分が何よりも遠くありたかった――

    「あの」

    「はい。どうしました? 泰さん」

    許しがたいその呼び名も、もはや否定することは出来ない。自分が父の身体になって、父がいるべきバトル施設にいるということは、本来の自分の身体は今何をしているのだろうか? 新たに浮かんだ疑問に、悠斗の脳はコンマ数秒で最悪の答えを叩き出す。
    助手席のドアを開けて待っていた森田の丸顔に、悠斗は体温が一気に降下していくのを感じながら叫んだ。

    「携帯! 俺の、早く!」

    「何言ってんですか、もー。家ですよ家、いくら頼んでも『そんなものは必要無い』とか言って泰さんは携帯を携帯してくれないんですから、今日も――」

    「じゃあ! じゃあ森田さん貸して!」

    明らかに狼狽を顔に浮かべた森田だが、あまりの気迫に押されたらしく、笑顔を引きつらせて携帯を悠斗に手渡した。「ありがとうございますッ」その言葉に森田が硬直したのが視界に入ったが構ってなどいられない。
    心拍が跳ね上がり、ガクガクと震える指をどうにか動かして、悠斗は自分の電話番号をタップした。





    「羽沢君!」

    何が起こったんだ。
    チカチカする視界が徐々に晴れていく中、泰生はぼんやりとそんなことを思った。
    頭が痛い。低く響いているような鈍い衝撃が、脳の奥から断続的に与えられている。キーン、と耳鳴りがして、彼は思わず頭部に自分の片手を当てた。

    「よかった、気がついて……羽沢君、少しの間だけど、気失ってたんだよ。やっぱり疲れてるんじゃないかな」

    目の前にいる男がホッとしたように喋っている。眼鏡のレンズの向こうにある穏やかそうな瞳に見覚えは全く無い。そうそう珍しい外見というわけでは無いからその辺ですれ違うくらいはしたかもしれないが、少なくとも、こんな慣れたように話しかけてくる仲ではないはずだった。
    では、こいつは誰なのか。倒れていたらしい自分を支えてくれていた、その見知らぬ人物の腕から立ち上がって泰生は口を開き掛ける。言うべきことは二つ、お前は誰か、と、先ほどまでしていたバトルはどうなったのか、だ。

    「今日はもう帰って休んだ方がいいよ。とりあえず、さっき富山君たちには連絡いれたからさ。ゆっくりして、貧血とかかもしれないし」

    が、泰生が言おうとしたことは声にはならなかった。
    何だ、これは。泰生の目が丸くなる。起こした身体がやけに軽い、いや、軽いを通り越して動かすのに何の力を入れなくても良いくらいだ。また、耳の聞こえも変に良く、一人でぺらぺら話している男の声は至極クリアに聞こえてくる。
    それにここはどこなのか、天井はかなり低く圧迫感があり、四方を囲う壁には無数の穴が開いていた。酷く狭苦しい室内にはあまり物が無く、古臭さを感じる汚れた絨毯は所々がほつれて物悲しい。座り込んだ自分の横で膝をついている男の後ろには、黒々としたピアノが一台。コートにはあるはずもないそれに目を奪われ、泰生は、視界に広がるその風景が不自然なほど鮮明に見えることまで意識がいかなかった。
    視線をさまよわせ、固まっている泰生を不審に思ったのだろう。白いシャツの男が「ねぇ、羽沢君」と軽く肩を叩いてくる。

    「大丈夫? 医務室とか行った方がいい? どこか痛むところとかあるかな、頭は打ってないはずだけど……」

    「いや、俺は――」

    そう言いかけて、泰生はまたもや驚愕に襲われた。口から出た声が、いつも自分が発しているものよりもずっと高く、そしてよく通ったのだ。口を開いたまま硬直してしまった泰生に、男はどうして良いかわからないといった様子で困ったように瞬きを繰り返す。「もう少しで富山君達来るから……」戸惑交じりの声が狭い部屋に反響した。

    「悠斗!!」

    その時ちょうど、簡素な扉が勢いよく開かれた。飛び込んできたのは長い前髪が片目を隠している若い男で、泰生は彼に見覚えがあった。詳しいことも名前もわからないが、家に何度か遊びに来ているのを見たことがある。確か、息子である悠斗の友人だったはずだ。
    よく知っているというわけではなくとも、面識のある者の登場に泰生の心がいくらか落ち着く。彼に続いて扉の向こうから顔を覗かせた他の若者達には残らず憶えがないが、それでも心強さは認めざるを得ない。

    「ああ、富山君! あのね、羽沢君なんだけどちょっと調子やばいっぽくて……」

    「ありがとうございます芦田さん、悠斗、大丈夫か? 悠斗が倒れたって聞いて――」

    「悠斗?」

    白いシャツの男に短く礼を言った若者が自分に向けて手を伸ばしてくる。が、泰生は彼の言葉を遮るようにして問いかけた。「悠斗、って、なんだ」若者始め、自分を見つめる全員がピタリと動きを止めるのを無視して尋ねる。

    「何故、俺を悠斗と呼ぶ? 俺は羽沢だが……悠斗じゃない」

    「え、羽沢君……? ホントどうしちゃったの?」

    「それに、誰だ、お前は?」

    その質問に、今度こそ皆の表情が凍りついた。信じられない、そんな気持ちを如実に表した顔になった白シャツの男が、陸に打ち上げられたトサキントのように口をパクパクさせる。
    そんな中、最初に動いたのは泰生の腕を掴みかけていた若者だった。すっ、と目の色を変えた彼はそのまま泰生を強く引っ張り、無理に立ち上がらせて歩き出した。

    「すみません。こいつ具合悪いっぽいので今日は帰らせます。俺も送っていくので。では、お疲れ様です」

    「え!? 富山、ちょっと……」

    「おい、俺の話を聞――」

    サークル員や泰生の声など全く構わず、一礼した彼は素早い動きで扉を閉めてしまう。バタバタと足音を響かせて部屋から出ていった二人を呆然と見送り、取り残された者達はぽかんと口を開けたまま固まった。「何なんでしょうアレ……樂さん、何があったんです?」「さぁ……」流れについていけなかった軽音楽サークルの面々はしばらくの間、そこに立ち尽くすことしか出来なかった。

    「よくわからないのは富山だけだと思ってたけど、羽沢もなかなかエキセントリックだな」
    「だな。悪いものでも食ったのかな」

    中でも一層呆然状態なのがキドアイラクのベースとドラムである有原と二ノ宮で、彼らは泰生達の走り去った方向をぼんやり見つめて言葉を交わす。

    「極度のポケモン嫌い以外は普通のヤツなんだけど」
    「それな。ま、変なのはお前の髪型の方が上だけどな」
    「うっせー。誰が出来損ないのバッフロンだ」
    「言ってねぇよ」

    「芦田ー、ここ使わないなら俺達借りちゃっていい? 今度の月曜と交換でさー」「え? ああ、いいよー、ごめんね。ありがと!」漂っていた困惑もにわかに霧散し、日常へと戻っていくサークル員たちを背にして、話題を強引に変えたかったらしい有原は二ノ宮の天然パーマを無意味に小突いたのだった。



    「いい加減話を聞け! 質問に答えるんだ、お前は誰なんだ!? ついでにここはどこで、どうなってるのかも!」

    富山という名前らしい、不躾な若者に腕を引かれながら泰生は何度目かになる疑問を叫び声にする。壁には所狭しとビラが貼られ、黒ずんだ床のあちこちにゴミが落ちているこの廊下がどこのものなのか全くわからない。ごちゃごちゃと散らかった印象が、こんがらがりそうな泰生の頭をさらにイライラさせた。
    しかし気が立っているのは富山の方も同じだったらしい。階段を半ば駆け上がるようにして昇りつつ、前方を行く彼は「何言ってんの」と尖り気味の声で言う。

    「そんな冗談、気持ち悪いんだけど。やめろよ悠斗」
    「冗談だと? 真面目に聞け、冗談なんか言ってない! 俺は悠斗じゃない、羽沢泰生だ!」
    「なんでよりによってそのモノマネなんだよ。普段あんななのに、どうして急にお前の父さんが出て来るんだ?」
    「モノマネなんかじゃ――」

    そこで、泰生の声が途切れた。
    もはや富田のことなどどうでもよく、彼は全身の血が一気に冷え切るような心地を覚えて身体を固まらせる。腹に据えかねて叫んだ拍子に揺れた髪が目にかかり、鬱陶しいと苛立ちながら手で退けたのだが、そこで気付いたのだ。
    短髪の自分には、目にかかる髪などあるわけないのだと。
    それだけではない。泰生を待ち構えていたのはさらなる驚愕だった。階段を昇りきったところにあった窓ガラス、暗くなりかけた外と廊下を隔てるそれには富田と、そして恐らく自分と言うべきなのであろう姿がはっきりと映っている。

    「…………な、」

    「『な』?」

    「何だ、これは!!」

    窓ガラスにベッタリと張り付き、泰生はそこに映った自分に向かって叫び声を上げた。廊下を歩いていた学生達がギョッとしたように見てくるが、そんなものに構ってはいられない。鬼気迫る泰生の雰囲気に怯えたらしい、女子学生の連れていたポチエナが、ガルルルル、と唸り声をあげて威嚇した。それにもはや気づいてすらいない、ガラスを割らんばかりに押し付けた泰生の指がワナワナと震える。
    整えられた眉。明るい茶色に染められた頭髪。少年らしい印象を与える二重まぶたの両眼は、自分の妻のそれにそっくりだ。取材の撮影以外では袖を通さないジャケットの間に揺れるのは、泰生は生まれてこの方つけたことなど無いであろう、ペンダントの類である。驚きを通り越してこちらを見ているのは、街頭や雑誌にごまんといそうな、ありふれた若い男だった。
    間違いなかった。そこに映っているのは、すなわち今の自分の姿は、間違い無く自分の息子、悠斗のものだ。ロクに口を聞いてもいない、勘当してやるべきかと真面目に考えるほどの馬鹿息子が、自分の見た目となってそこにいた。足の裏から絶望と、混乱と、そして激しい憤怒が這い上がってくる。その足さえも今は自分のものではない、他ならぬ息子のものなのだ。

    「何が……何が、どうなってるんだ」

    力無い、高めの声が口から漏れる。隣で黙って立っていた富山が、泰生の様子に前髪の奥の目を少しだけ細めた。一瞬の逡巡をその瞳に浮かべた彼は、「とりあえず」と泰生の腕を軽く引く。

    「ここじゃなくて、もっと人の少ないとこに……冗談じゃ無いのはわかったから、まずは」

    「おい、何だこれは! どうなってるんだ、なんで俺がこんなことになった! 俺は、……俺は今、何してるんだ!?」

    「そんなこと、俺に聞かれても困ります。まずはここから離れて、どこかに連絡を……」

    苛立ったように富山が言ったその時、泰生の、正確には悠斗のジャケットのポケットから明るい音楽が鳴り響いた。「電話ですよ」何事かという風な顔をする泰生に富山が伝える。「出た方がいいと思いますが」

    「何だ!」

    あたふたと携帯を操作し、電話に出た泰生は怒りを隠しもせずに通話口へと叫ぶ。傲岸不遜なその声に、富山がチッ、と舌打ちした。

    『おい! 俺だ、俺! 俺だろ!? 俺は今何やってるんだ、俺! どこにいる俺』

    「誰だお前は! 切るぞ!!」

    間髪置かずに電話の向こうから叫び返してきた珍妙極まりないセリフに、泰生も負けじと叫んで通話終了ボタンをタップする。その行動に目を剥いた富山が「かけ直せ!!」と激昂したのに、成り行きを見守っていた学生及びそのポケモン達はビクリ、と各々の身体を震わせたのだった。





    キィィ、と音を立て、森田の運転する車カラオケ店の駐車場に停まる。平日の夜とはいえそこそこ繁盛しているらしく、駐車場は三分の二ほど埋まっていた。隣に停まった車の上で寝ていたらしい、ニャースが軽やかに飛び降りて暗がりへ消える。
    自分の携帯にかけた電話は一度目こそ酷い態度で切られてしまったが、程なくしてかけ直されてきたものとは話がついた。電話口の向こうで話しているのは友人の富田で、落ち着いたその口調に、どうやら自分の身体は無事らしいことが伺えて悠斗はホッとした。が、同時に、「ややこしくなるから僕が話をしましょう」と代わってくれた森田に電話を渡すなり「おい、森田か!? 今どこにいる!」と偉そうな声が響いてきて、最悪の予想は現実となってしまったであろうことに絶望したのもまた事実である。
    とにかく通話の相手と話をつけて、いや、正確に言うと話をつけたのは森田と富田だが、悠斗はタマ大近くのカラオケ店に来ていた。『カラオケ BIG ECOH VOICE』の文字列と、暑苦しい感じのバグオングのイラストが並ぶ看板をくぐって店内に入る。「連れが先に来てるはずでして、はい、富田という名前で入ってると思います」手早く受付を済ませてくれた森田の後について、「じゃあ行きましょうか、泰さ……じゃなかった。悠斗……くん?」未だに混乱したままの彼と共に店の奥へと向かう。

    「なぁ、アレって羽沢泰生だよな!?」
    「やっぱり! だよねー! え、マジびっくりなんだけど!? ツイッターツイッター……」
    「バカ、そういうの多分ダメなやつだろ? プライベートだよ、プライベート」
    「あ、そうか。でも意外ー、あの羽沢もカラオケなんか来るんだねー」

    本人達はないしょばなしのつもりらしい、一応落とされた声が悠斗の背中から聞こえてくる。その会話に、やはりこの姿は自分だけの見間違いなどではないのかと悠斗の気は一段と重くなった。「いやー、なんというか、泰さんと一緒にカラオケとか変な感じだなー。あ、泰さんじゃない、のか……?」沈黙に耐えかねたらしく、一人で喋っている森田も調子が狂っているようだ。

    「あ、ここです。202号室、ソーナンスのドア」

    突き当たりにある部屋の扉を指差して森田が言う。ソーナンスの絵札がかかったそれを目の前にして、悠斗は一瞬だけ躊躇った。開けた先に待っているのは、きっと考え得る限りで一番の絶望だろう。背を向けて引き返したい気持ちがないかと問われれば、それは嘘になる。
    しかしそうしたところで何も解決するわけではなく、悠斗は仕方無しにドアノブへと手を伸ばす。節くれ立った右手に一度深く呼吸をし、ええいままよ、と勢いよくノブを回した。


    「…………俺、だ」

    「……誰だ、……お前は」


    そして足を踏み入れた、狭い個室。そこにいたのは――ある程度予想していたものではあるが、それでも実際目にすると受け入れがたい――そんな光景だった。

    「おい、お前は誰だ!? それは……それは俺の身体だ! 返せ、今すぐにだ!」
    「そっちこそ返せよ! どうせお前なんだろ? 今も、さっきの電話も。あんな偉そうな話し方する奴、お前しかいないからな」
    「お前とは何だ! 偉そうなのはお前の方だ、まずは名を名乗れ! 自己紹介はトレーナーの常識のだろう!?」
    「トレーナーなんかじゃねえよ。……わからないのかよ、本気か? 見りゃわかるだろ、俺とお前がこうなってて、お互いこの状況。考えられるのなんて、」

    その先を悠斗が言うよりも先に、悠斗の見た目をした誰か、と言ってもこんな不遜な態度を取ってくる相手は悠斗が知る限りそう何人もしないが、とにかく悠斗の身体が息を呑んだ。「まさか」ようやく気づいたらしいそいつが唖然とするのを見て、自分は驚く時こんな顔をするのか、と悠斗は場違いな感情を抱く。
    「と、いうことは」悠斗の身体が言った。「じゃあ、俺は…………俺と、お前は」血色を失いかけた唇を震わせて、悠斗の身体が呟く。「悠斗、……お前と俺は、入れ替わったのか?」

    「…………そういうことになるな」
    「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ!」

    フシデでも噛み潰したような顔で答えた悠斗の声を遮って、ぶっ飛んだ会話に取り残されていた森田が慌てて口を開く。互いに叫び合う、中の悪さは先刻承知な親子を不審に思いつつも邪魔しない方が良いだろうと考え、「あ、初めまして、羽沢泰生のマネージャーの森田良介と申します」「どうも。悠斗の親友です、富山瑞樹です」「そうか、悠斗くんの!」などと、先に個室にいた青年と自己紹介などをしていたのだが、いよいよ会話が聞き捨てならなくなってきたのだ。

    「待ってください、『入れ替わった』……!? 何を言ってるんですか、親子揃って。いつからそんなに仲良くなったんです? まあ、それは結構なことですけど……」

    無理に作ったのであろう苦笑を浮かべ、そんなことをのたまう森田に、羽沢父子は揃ってお互いの顔に嫌悪を示した。「こんな馬鹿げたことを俺がすると思うか」「そうですよ、冗談にしてももっとマシな冗談を言います」二人が苦々しげに否定するも、あまりに非現実なその言い分に森田は呆れ混じりに溜息をつくだけである。泰生は勿論、悠斗のことも十年ほども前からの付き合いでよく知っているが、両者ともこんなことをする性格では決してない。「お二人ともなかなか似てるとは思いますが」適当な講評を述べながら、彼が頭を掻いた。「急にボケるのは心臓に悪いんでやめてくださいよ」
    しかし、泰生(もっとも外見は悠斗だが)の横でやり取りを見ていた富田は、森田と違って神妙な顔つきになっていた。「何故こんなことになってるのかはまではわかりませんが」泰生と、悠斗を交互に見比べて富田が静かに言う。

    「悠斗たちが言ってることは、冗談でも嘘でも勘違いでも無いでしょう。2人の言う通り、こっちが悠斗で、こっちが羽沢泰生。お互いに入れ替わってるんですよ」
    「はっ…………え、あ……えええ!?」
    「おい、悠斗。なんでこいつはこんなに飲み込みが早いんだ」
    「富田は霊感というか、そういう類のモノを察する力があるらしいからな。だからわかったんだろ。霊とか呪いとか、前からよくそんな話聞いてるし」
    「いや、今はそんなことはどうでもいいでしょう!!」

    ぴ、ぴ、と羽沢親子を指し示した富田を見遣って話す二人の会話を遮り、森田はバン、とテーブルを叩いた。ビニールがかけられたままのマイクがカタカタと音を立てる。どうでもいい、と言われた富山が前髪の奥の眉をひそめたが、そんなことにまで気を回せ無い森田は丸顔に冷や汗を浮かべて叫ぶ。

    「そんな馬鹿なことが……ねぇ、泰さん。そろそろ悪ふざけはやめてくださいよ、それに、こんなお茶目なことは僕の前だけじゃなくて事務所のみんなにも見せてあげてください。みんな泰さんのこと怖が……」
    「うるさい!! 俺はこっちだと言ってるだろうが!!」

    引きつり笑いで悠斗(見た目は泰生であるが)の肩などを軽く叩いた森田を、泰生が鋭く怒鳴りつけた。その声は悠斗のものであり、高いがとてもよく通る、音圧の高いそれに森田はびくりと震えて動きを止める。泰生の低い声にもなんとも言えない畏怖があるが、日々歌うことに熱を注いでいるだけあって、悠斗の声には恐ろしいまでの迫力があった。
    アーボックに睨まれたニョロモ状態の森田を呆れたように一瞥し、富田が「じゃあ、確かめてみましょうよ」と提案する。「悠斗じゃなければわからないような質問に、こっち……悠斗のお父さんに見えるこっちが答えられて、その逆も出来たら。本当に入れ替わってるってことになるでしょう」

    「あ、なるほど……それは名案ですね」
    「よし、富田、何か質問してみろ。なんだって答えてやる」
    「じゃあ……悠斗の好きなバンド、『UNISON CIRCLE GARDEN』の結成日」
    「2004年7月。ただ、今の名前になったのは9月25日」
    「今年5月にリリースされたシングルはオリコン何位までいった?」
    「週間5位。で、それはCD。ダウンロードは首位記録だ」
    「ドラムの血液型」
    「Aだ!」
    「…………全問正解。覚悟はしてたけど、最悪」
    「すごい……確かに泰さんじゃこんなことわかるはずないですね」

    自信満々に答えきった悠斗に、微妙な表情の富田が溜息をつく。そんな彼らを他所に感心する森田を見て、黙って話を聞くしかなかった泰生が「おい、森田!」と不機嫌な声をあげた。こんなことわかるはずないと言われたのが嫌だったのか、自分の知らないことを自分がぺらぺらと答えているのが気に食わなかったのかはわからないが、彼は怒った表情のままで言う。「俺にも何か聞いてみろ、こいつの知らないようなことを」
    どうせポケモンのことなどわかるまい、そう言い捨てた泰生に、悠斗は明らかにムッとした顔をしたが黙っておくことにする。「わかりましたよ……では、」森田が少し考えてから口を開いた。

    「泰さんの顔が怖いという理由で、獣医の里見が泰さんにつけたあだ名は?」
    「わるいカメックス」
    「泰さんが怒ってる様子がこれに似てると、酔った重井がうっかり口を滑らせたのは何?」
    「……げきりんバンギラス」
    「泰さんを勝手に敵視してる『週間わるだくみ』の先々月号で、泰さんをこき下ろした記事の見出しに書かれてた悪口は?」
    「…………『特性:いかくで相手ポケモンのこうげきをダウン、手持ち以外での戦闘は反則ではないのか!?』」
    「泰さんの……」
    「馬鹿野郎!! なんでそんなくだらんことばかり聞くんだ、もっとあるだろ、バトルの戦法とかトレーニングのコツとかスパトレの問題点とか俺がよくわかること!!」

    耐えきれずに激昂した泰生から耳を塞ぎつつ、「だって泰さんといえばこういう感じですから」などと森田は言葉を濁す。その横で、そんな酷い言われようをされている見た目を今の自分はしているのか、と悠斗が絶望に暮れていたが誰も気づかなかった。

    「………………なるほど。確かに、これは泰さんですね。じゃあ、お二人はお二人の言う通り本当に……」

    森田はそこでようやく、泰生と悠斗の精神がお互いに入れ替わってしまったらしいこと自体には、なんとか納得したらしい。しかし当然それだけで終わるはずもなく、「いや、でもやっぱり待ってくださいよ!?」と何度目かの叫び声をあげる。

    「人の……なんだ、ええと……心? それが入れ替わる? そんな、ドラマや漫画みたいなことが本当に起こるわけ、」
    「起こるんですよ。勿論、真っ当な方法というわけじゃありませんが」

    そもそも、こんなことに真っ当なやり方自体無いんですけどね。泰生と悠斗から森田へと視線をスライドさせ、すっと口を挟んだ富田は続ける。

    「端的に言うならば呪術の類です。誰かが悠斗達のことを呪ったんですよ、二人からそんな気配がかなりしてますから。どういう呪いかは僕じゃわかりませんけど」
    「何だ富田。『そんな気配』って?」
    「呪われてるなー、とか、祟られてるなー、とか。あとは憑いてるなぁ、みたいな気配のこと。でもおかしいな、悠斗は前からずっと、一度もこんな気配しなかったのに」
    「そうなのか?」
    「そうだよ。多分体質というか、生まれ持った何かで、そういうのが通用しないんだ。……だから、全く通じないタイプだと思ってたんだけど。一体どうやって」

    富田の話に必死について行きつつも、森田は「泰さんにも通用しなそうだな」ということをぼんやり考えた。

    「いや、それは今置いておきましょう! 呪われた……って、誰に! 何の目的で! それで……どうやって!!」

    頭を抱えて叫ぶ森田に富田が、結局聞くんじゃないか、と言いたげな目をして口を開く。

    「悠斗の体質をどう破ったのかまではすぐにわかりませんが、呪術自体はそれほど難しい話でもありません。もっとも普通に違法まっしぐらですし、自分も何かしら犠牲にしないといけないから、表立っては言われてませんけど」
    「え、そうなの……?」
    「図鑑に書いてあるでしょう? ゴーストタイプやあくタイプ、エスパータイプは特に多いですけど、本当にこんなことするのかって思うような、恐い能力。ゲンガーとかバケッチャとか……」
    「ああ、あの……命を奪うとかのヤツですか?」
    「はい。実際のところ、アレは『こういうことが出来るのもいる』というだけで、その種族全てのポケモンがああするわけではないですけどね。そうだったら堪ったものじゃない……けど、『それを可能にする』ということは出来るんです。ポケモン自身だけでは引き出せない潜在能力を、外から引っ張りだすようなものでしょうか」

    ポケモンを使った呪術と言えばわかりやすいでしょうかね、という富田の説明に、三人のうち誰かが生唾を飲む音がした。「心を交換するような力を持ったポケモンがいるかどうかは今すぐ思い出せませんから、後ほど専門家にかかりましょう」淡々とした声に一抹の焦りを滲ませて、富田は言う。

    「ポケモンが自分で勝手に力を使うのとは話が違いますから、ある程度その力の矛先を操作することも可能です。どう使うのか、誰に向けるのか……昔から使われてきた術ですね」
    「使われてきた、って……じゃあ、それは誰にでも出来るってことなんですか!? 泰さんのシャンデラも図鑑上ではなかなか怖いポケモンですけど、あのシャンデラの力を操って、誰かを呪い殺すみたいなことも!?」
    「不可能とは言いません。ただ、素質や技量が必要ですから『誰にでも』というわけではありませんよ。サイキッカーやきとうしなどは、ある程度、そういう能力を持った人が就けるトレーナー職です。元の力は弱くても修行でどうにかなる人もいるにはいますが、生まれつきのものもありますから……」

    そこで富田は言葉を切ったが、森田は彼が何を言わんとしたかを大体察する。富田の視線の先にいる泰生や悠斗はわかっていないようだったが、シャンデラのトレーナーである彼、もっと言うなら彼ら親子にそんな力が備わっているようには見えなかった。物理重視のノーマル・かくとう複合タイプのイメージを地でいくような男なのだ、いくら修行しようとしたところで、呪術の『じ』の字も使えないだろう。
    生産性の無い思考は隅に頭の追いやって、森田は「それはわかりましたが」と話題を変える。

    「最悪の奇跡っていうわけじゃなくて、下手人がいるってことは、まあ、理解しました。でも誰が? こんなことをしたのは一体誰なんですか?」

    誰に向けたともつかない森田の問いに、泰生以下三人は黙り込む。各々の脳内で各々の交流する者達の顔が次々に浮かんでは消えたが、人の精神を入れ替える呪術などという芸当が使えそうな存在に心当たりは無かった。

    「直接やったわけじゃなくても、専門家に依頼して呪いをかけさせたという可能性もなくはありません」
    「どうせお前がどっかで恨みでも買ってきたんだろ。バトルもそうやって偉そうな態度でやってんなら、嫌われて当然だぜ」
    「おい、なんだ悠斗その口の利き方は――」
    「泰さん、今は喧嘩してる場合じゃないですよ。それに悠斗くんも。大体、泰さんくらいの活動してたら恨みの一つや二つ、十個や百個、無い方がおかしいですって」
    「それは多すぎでしょう……まあ、確かに。俺だって全く、世界の誰からも恨まれてないかって言われたらそれは違うしな」

    諦めたように頷きながら悠斗は言う。プロを目指して音楽をやっている以上、ライバルの存在は当然のものだ。そのバンド達が、悠斗らを疎んでこんなことを仕掛けてくる可能性もゼロではないだろう。
    「でも、そんなこと言ってたら埒があきませんね」森田が『お手上げ』のポーズを取る。「泰さんや悠斗くんを恨んでそうな人を全員調べていくなんて、ヒウンシティで特定のバチュル探すようなものですよ」

    「それは、後で専門の人に頼みます。知り合いにその筋がいるので、調査は任せた方がいいでしょう。それよりも」

    森田の言葉に割り込むようにして、富田が声を発した。

    「今考えなきゃいけないのは、悠斗と、羽沢さん。元に戻れるまではお互いがお互いのフリをして、お互いの生活をこなさないといけないってことです」

    富田の指摘に、羽沢親子と森田の表情が固まる。あまりの衝撃から意識を向けられないでいたが、確かに一番重要なことだった。しかし泰生と悠斗は、職業トレーナーと学生という肩書きの違いから始まって、何もかもが正反対の日々を送っていたのだ。それを入れ替えて過ごすなど、不可能といっても過言ではない。
    「で、でも」黙りこくってしまった親子の代わりに森田が焦った声で反論する。「こんな一大事なんですから、警察とかに言うとかするべきなんじゃないですか。そんな、隠すようなことしなくても……」彼の言葉に、しかし富田は苦々しく首を横に振った。

    「勿論、そうするのがベストです。でも、信じてもらえるかわかりませんし……それに、タイミングが」
    「タイミング?」
    「今、そんなことが明るみに出たら俺たちの……ライブ出演をかけたオーディションが来月あるんですけど、当然、それは無理になってしまいます。羽沢さんも同じですよ。リーグの申し込みはもう終わってるんでしょう? 出場資格の無い悠斗が中にいるだなんてことになったら、あるいは悠斗の見た目をしていたとしたら、リーグに出られませんよ」

    畜生、と泰生が歯噛みする。自分の外見をしたその様子を見遣り、悠斗は内心で悪態をついた。
    富田の言う通り、きっと自分達にとれる手段はそれしか無いのだろうという、漠然とした、かつ絶望的な確信が悠斗にはあった。きっと、犯人の狙いはそこなのだ。殺してしまったりすると大事になって足がつくだろうから、この、悠斗達自身が隠してしまえば逃げ切れるであろう類の攻撃を仕掛けてきたのだ。それでいて被害はかなり大きく、同時に隠さざるを得ない時期である。非常に狡猾、かつ悪質な罠であった。
    「やるしか無いだろ」低い声で呻いた悠斗に視線が集まる。「俺と、こいつとで。互いの生活ってのを」

    「何も出来なくて共倒れなんて、こんなことしたヤツの思う壺にはなりなくねぇよ。少なくとも、俺達にある大きな予定まではあと一ヶ月弱あるんだ。それまでには戻れるだろうし、もし戻れなかった時に備える意味でも、それぞれにならないといけないだろ」
    「だが、悠斗。お前わかっているのか? 俺はポケモントレーナーだ。ポケモンと力を合わせ、共に進む人間なんだ。ポケモンが嫌いだとか、そんなことを言ってるお前に務まるわけないだろう、甘えたことを抜かすな!」
    「そんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ!!」

    叫んだ悠斗に、泰生は思わず言葉を失った。凄んでみせる顔は自分のものではあったが、言いようのない迫力に満ちており、彼は不本意にも日頃自分に向けられる不名誉なあだ名の数々に同意せざるを得なかった。

    「それは俺だってわかってる。……けど、他にどうしようもないんだから、やるしかないんだ。俺がお前みたいに、ポケモンと協力してバトルをする。お前は俺みたいに、ポケモンと極力関わらない生活をする。そうするしか、ないだろ……」
    「…………お前に、出来るのか。俺の生活が」
    「何度も言わせるな。やるしかないんだよ。お前こそ、俺の顔で、俺の顔に泥塗るようなマネするんじゃねぇぞ」

    どうにか話はまとまったらしいものの、未だ睨み合ったままの親子を眺め、森田は重く嘆息した。この、ザングースとハブネークもかくやというほどの仲の悪さである彼らが久方ぶりに交わしたであろうまともな会話がこんなものになるだなんて、一体誰に予想がついただろうか。
    疲れきった顔の森田の横で、富田が思案するような表情を浮かべる。

    「じゃあ、さしあたって、悠斗には森田さん、羽沢さんには僕がついてサポートするということでいいんじゃないですか? 森田さんは羽沢さんのマネージャーですから一緒にいて不自然ではありませんし、僕も悠斗と授業、サークル同じですから」
    「どうするよ。このこと、二ノ宮とか有原に言った方がいいかな」

    尋ねた悠斗を富田は手で制した。「余計な混乱招くのもよくないし、今のところは黙っておこう」その言葉に森田も頷いた。「ですね。とりあえずは、僕たちだけに留めておきましょうか」

    「問題はポケモン……泰さんのポケモン達にどうわかってもらうか、ですね。他の人達はごまかせても、こっちは……」

    言い淀みながら、森田が悠斗のベルトにセットされたモンスターボールの一つを取ってボタンを押す。中から現れたのは先ほどバトルを中断されたシャンデラで、カラオケボックスなどという、生まれて初めて(ゴーストポケモンである彼に『生まれた』という表現をするのが果たして適切か否かということは今は考えないことにする)訪れる場所を物珍しそうに見回していた彼は、その視線が一点に定まるなり浮遊する身体をびくりと震わせた。

    「なっ……どうしたミタマ! 確かに今はこの見た目だが、俺だ! お前のトレーナーの泰生だぞ!?」

    その視線の先、じっとりとした目を向けられた泰生が物凄く狼狽えた声をあげる。しかしシャンデラからしてみれば今の彼は悠斗――日頃『泰生のポケモン』という理由だけで自分を目の敵にしてくる嫌な奴――なのだ。つつ、と距離を置くような動きで天井に逃げていったシャンデラに、泰さんはこの世の終わりかのような顔をする。
    「ミタマ、あのですね、今の泰さんは悠斗くんで、悠斗くんが泰さんなんですよ」ダメ元で森田が説明してみるが伝わるはずもない。しかしトレーナーである泰生(中身は悠斗だが)が苦い顔をして自分を見てくることなど、なにやら様子がおかしいことは察したらしく、シャンデラは困った風に皆を見下ろして炎を揺らした。

    「なかなか理解はしてもらえないでしょうね……お二人には、大変ですが、ポケモン達の調子を狂わせないように振舞っていただかないと……」

    「失礼しまーす、お飲物お持ちいたしましたぁー」

    と、間延びした声でドアを開け、アルバイトと思しき若い女が個室に入ってきた。慌てて口を噤んだ悠斗達に、「ちょっとお客さんー、当店はポケモンご遠慮いただいてるんでー」と言いつつ、雑な手つきでテーブルに飲み物を並べていく。そそくさとシャンデラをボールに戻す森田の脇を通り、ごゆっくりどうぞー、という言葉を残して彼女は素早く出ていった。
    ガチャ、とドアが閉まる音がするのを確認して、誰からともなく溜息をつく。今から待ち受けているであろう数々の苦難がどっしりと背に重く、四人はそれぞれ受付時に頼んだ飲み物に手を伸ばした。
    日頃好んで飲んでいるブラックコーヒーに口をつけた悠斗は、コップを傾けるなり激しく咳き込む。口内を駆け巡った苦味、いつもならばこれほどまでに強く感じないはずのそれに目を白黒させていると、「ああ、悠斗くん、これをどうぞ」ウーロン茶を飲んでいた森田が鞄から取り出した何かを差し出してきた。どうやら自前で持ち歩いているミルクとスティックシュガーらしいそれを、「泰さんは甘党ですから。ミルクを3つと、砂糖2本。いつもそうです、おくびょ……じゃなかった、ともかく、辛いのも駄目なんで」と言いながら悠斗へと手渡す。
    「身体に染み付いた感覚はそのままなんでしょうね」父とは真逆で、甘いものが苦手な辛党の悠斗の身体でココアを飲み、同じく咳き込んでいる泰生を横目に富田が言った。彼の持ったコップの中で、コーラの炭酸の泡が弾けては消えていく。「好みとは別で」そう呟いた森田の、前髪越しの視線が、テーブルの上のモンスターボールに向けられたことには誰も触れなかった。

    「しかし、エライことになってしまいましたね」

    力の無い、森田の言葉がカラオケボックスへ溶けていく。テレビから流れてくる、場違いに明るいアーティスト映像に掻き消されそうなそれに答える者がいなかったのは、不本意な賛同からくる沈黙であったのは言うまでもない。
    「俺達……どうなっちゃうんだろうな」不安気にそう漏らした悠斗の肩を、富田がグッと掴む。

    「安心しろ。悠斗が困ったら俺がどうにかするし、羽沢さんのことも俺が見てるから。悠斗は心配しなくていい」
    「瑞樹…………」
    「そうです。僕も泰さんのため、精一杯サポートしますから!」

    熱い友情の言葉を交わす二人に便乗し、森田も「ねっ、泰さん」と笑いかけた。が、それは泰生の見た目をした悠斗であったようである。「馬鹿森田。そっちは俺じゃない」悠斗の姿である泰生の冷たい声を横から飛ばされた森田は、「すみませんでした」と小声で言いながら、三者の突き刺さるような視線に身体を縮こまらせたのであった。


      [No.3814] 王者の品格 第一話「青天霹靂」 投稿者:GPS   投稿日:2015/08/27(Thu) 19:57:57     96clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ポケモンリーグ。


    それは、ポケモンバトルの王者を決する聖なる戦いだ。
    王の玉座を手に入れるためには幾つもの勝負を制し、無数の技を掌中にして、ポケモンと心を一つにすることが求められる。
    ポケモンバトルの強き者、それが王たる資格なのだ。


    しかし、真実はどうであろう。

    バトルに強き者だというだけで、果たして王と成り上がることは叶うのだろうか。


    王者に乞われる力とは、もっと別のところにあるのではないか?





    「泰生さん、本日のご予定ですが」
    「ん」
    「十一時からブリーダーの山崎によるメンテナンス。十三時からスタジオ・バリヤードで月刊トレーナーモードの取材及び撮影。内容は先日のタマムシリトルカップと、リーグについてです。連続して毎朝新聞社のスポーツ紙のインタービューも入ってます。それが終わり次第、野島コート、二ヶ月前に根本信明選手との練習試合で使いました、あそこに移動して、事務員内のシングルトレーナーでタッグを組みマルチバトルトレーニングです。それが三時間、その後、そのままコートを取ってあるとのことですから、あとは個人練に回して良いと伺いました。以上です」
    「ん」
    「何かご不明な点はございませんか」
    「む」

    ん、は肯定の合図で、む、は否定の印。寡黙さと冷徹な印象が評判のベテランエリートトレーナー、羽沢泰生は低く唸りながら首を横に振った。
    しかし実際のところ泰生は長々と続くスケジュールなど、本当は大して真面目に聞いていなかった。わかったことは、とりあえずあまり自分の本業たるシングルバトルに費やせる時間が無さそうだということのみである。生まれつきのしかめっ面をますます強張らせる泰生に、彼の専属マネージャーにあたる森田良介は溜息をついた。人の感情や思惑の機微に敏感なこの男は、泰生が話をまともに聞いてくれないことを察するのにも慣れきっていたが、しかしそのたびに肩を竦めずにはいられないくらいには生真面目な男でもあった。

    「まあ、いいですけどね。泰さんの予想通り、今日のシングル出来る時間は最後の自主トレだけです。事務所としてのトレーニングがマルチですから」
    「ふん。なんでシングルトレーナーがマルチをやらなきゃならないんだ」
    「それは、ほら、自分以外のトレーナーと協力することで相手の手を読む力を養うとか」
    「そんな悠長なこと言ってる場合か。リーグはあと一ヶ月も無いんだ」
    「しょうがないでしょう。ウチの方針なんですから、幅広いトレーニングとメンバー同士の密なこ・う・りゅ・う」
    「ふん」

    わざと『交流』の部分を強調した森田に、泰生は不機嫌そうに鼻を鳴らす。腰につけた三つのモンスターボールを半ば無意識に伸びた手で握ると、それに応えるようにしてボールが僅かに動く気配が掌越しに伝わった。こんなにやる気なのに、夕方まではシングルどころかバトルすらまともにさせてやれないのが嘆かわしい、泰生はそんなことを思って眉間に皺を寄せる。

    「それに、それはリーグでも……とにかく、予定は詰まってるんですから文句言わずに行きますよ。まずは山崎のとこに、恐らくもう待ってるでしょうから」

    慣れた口調で森田は泰生を急き立てる。足早に廊下を歩く二人とすれ違った事務員の女性が、桃色の制服の裾をやや翻しながら「おはようございます」とにこやかに声をかける。「あ、谷口さん、おはよう」同じような笑顔で森田が返すが、しかし、泰生はしかめた顔のまま無言で通り過ぎた。女性事務員は、それも日常茶飯事といった感じで向こう側へと歩いていってしまったが、森田は童顔気味の面を渋くする。「泰さん」そして苦言というより、聞き分けの悪い子供に言い聞かせるようにして言う。「いい加減挨拶くらい出来るようになってくださいよ」

    泰生は元来、人付き合いとか人間関係とか、そういった類のものが全く以て苦手かつ大嫌いな男だった。ポケモンバトルの才能は天賦のものであったため、若い頃は実際ほぼほぼ山籠りのような、孤高の野良トレーナーとして人と最低限度の付き合いをしながら生きていたというほどである。泰生にとって、人間は何を考えているのかわからない、口先ばかりの嘘つきな存在なのだ。その点ポケモンは信頼に値する、心と心で通じ合える生き物であり、出来ることならば一生ポケモンとだけ過ごしていたいと考えていた。
    そんな泰生が、何故こうして森田(当然ながら人間である)のサポートの元、がっつり人間社会に縛られているのかというとワケがある。泰生は本職のエリートトレーナー、つまりはトレーナー修行の旅はしていないが、バトルで飯を食べているという職業だ。国の公金から援助が出る旅トレーナーとは違い、定住者としてバトルで生活をしていくには一匹グラエナというわけにはいかず、余程の強さ、それこそ今や行方不明だが噂によるとシロガネ山で仙人になったという、かつてカントーの頂点に立ったマサラ出身の少年くらいでなければ叶わない話である。
    ではどうするのか、というとどこかに所属するしか無いのだ。ジムリーダーとはその代表格で、地方公共団体という存在に属し、バトルを通して市町村の活性化に努める役目を負っている。そして泰生など、いわゆる『エリートトレーナー』は概して、トレーナープロダクションに所属しているトレーナーを指す言葉なのだ。野球選手が球団に入ったり、アイドルが芸能事務所に身を置くのと同じようなものだと考えてくれれば良いだろう。旅をすると道中バトルを仕掛けてくるトレーナーの中に、自分をエリートトレーナーと名乗る奇妙なコスチュームの者がいると思うが、そのコスチュームは彼、彼女の所属しているプロダクションの制服である。特定の制服のエリートトレーナーが色々な場所に点在しているのは、『フィールドでの実践』がその事務所のウリという理由なのだ。
    ともかく、泰生は生活のため『064トレーナー事務所』というプロダクションの一員となっている。野良トレーナーだった頃とは違い、日々ガチガチにスケジュールを縛られるのに加えて人間関係を良好に保つことを強いられる毎日は、もはや二十年以上続けているにも関わらず一向に慣れる気配は無かった。無論、そうして予定を詰められるのは泰生が強く魅力的なトレーナーであることの裏返しなのだが、彼がそれに気づく日が来るかは不明である。

    「ほら、もう少し柔らかい表情しないとまた山崎に笑われますよ。オニゴーリみたいだって、まったく、オニゴーリの方がまだ可愛げがあるってものでしょうに」
    「陰口を叩く奴なんかブリーダー失格だ」
    「まーたそんなこと言って。陰口じゃなくて、面と向かって言われたの忘れたんですか」

    そんな泰生に手を焼いて、森田は丸っこい目を尖らせた。自分のサポートする相手は決して悪人では無いし、むしろ深く付き合えば好感の方がずっと上回る人だとはわかっている。が、周囲がそうは思ってくれないことも森田は知っていた。
    本人がこれ以上損をしないためにもどうにかしてほしいものだと思いつつ、いかんせんこの調子ではとても無理だろう。三十を過ぎてから重くなる一方の身体が殊更に重くなったような感覚に襲われながら、革靴の足音を事務所内に響かせる森田はぐったりと息を吐いた。





    「お疲れ様でーす」
    「おつかれー」
    「遅かったじゃん」
    「三嶋の講義でしょ? あいつすぐ小レポート書かせるから時間通り帰れないんだよな、お疲れ」
    「羽沢今日メシ食いにいかない? 友達がバイト始めた居酒屋あるからさー」

    『第2タマ大軽音楽研究会』と書かれたプレート部室のドアを開けた羽沢悠斗へ、先に中にいた者達が口々に声をかける。ある者は楽器をいじっていた手を止めて、ある者は個々のおしゃべりの延長戦として、またある者は携帯ゲームや漫画に向けていた顔を上げて羽沢を見た。その一つ一つに「お疲れ様ですー」「はいアイツです、ジムリーダーの国家資格化法案について千字書かされました」「本当面倒くさいですよねあの万年風邪っぴき声」返事をした彼は、各々自分の居場所に陣取ったサークル員の間を縫って部屋の奥まで行き、簡易的な机に鞄を置いた。「行く行く、ちょうど夕飯どうしようか考えてたんだよな」
    最後の一人まで返事をし終えた悠斗は言いながら机を離れ、壁に立てかけられているいくつかの楽器のうち、黒い布で出来たギターケースに手を伸ばした。その表面を、とん、と軽く指で突いた彼は何か言いたげな顔をしてサークル員達の方を振り返る。

    「富山ならまだ来てないぞ」

    悠斗が口を開くよりも前に、ギターの弦を張り替えていたサークル員の一人が声をかけた。「そうか」悠斗はへらりと笑う。

    「練習室、五時からですよね。芦田さん?」
    「ん? うん、そうそう。第3練習室ね、まぁ一個前の予約がオケ研だから押すと思うけど」

    悠斗の問いかけに、芦田と呼ばれたサークル員がキーボードに置いた楽譜から視線を上げて返事をする。それにぺこりと頭を下げ、悠斗は「そうなんですよ」と誰に向けてというわけでもない調子で言った。

    「だから、五時までやろうと思ってたんですけど。有原と二ノ宮もいるし、結構、合わせられる時間はなんだかんだいって無いですから」
    「そうだな」
    「ま、そろそろ来るでしょ。事務行ってるだけらしいから」

    会話に出された有原と二ノ宮が、それぞれ反応を返す。「なんだ、そっか」と小さく息を吐いた悠斗にサークル員がニヤリと笑って「いやぁ」と半ばからかうような口調で言った。「流石キドアイラク、期待してるぞ」
    やめてくださいよ、ソツの無い笑顔でその台詞に応えた悠斗は、タマムシ大学法学部の二回生という肩書きを持っているが、それとは別にもう一つ、彼を表す言葉がある。新進気鋭候補のバンド、『キドアイラク』のボーカリスト。それが悠斗に冠する別の名だ。ボーカルの悠斗をリーダーとして、先ほど話題に上っていたギターの富山、そしてベースの有原とドラムの二ノ宮で編成されたこのバンドはサークル活動の枠を超え、今はまだインディーズといえども、数々のメジャーレーベルを手がけている事務所にアーティストとして登録されているという実力を持っている。それはひとえに彼らの作る音楽の魅力あってのものだが、それは勿論として、しかし同時に別の理由もあった。

    古来、壮大な話になるが、それこそ『音楽』という概念が生まれてからずっと、人間にとっての音楽はポケモンと切っても切れない存在であった。ポケモンの鳴き声や技の立てる音を演奏の一部とするのは当然、それ以外にもパフォーマンスの一環としてポケモンのダンスを演奏中に取り入れたり、電気や水の強い力を楽器に利用したりと幅広く、音楽とポケモンとを繋げていたのだ。
    ポケモンと共に作る音楽は当たり前ながら、人間だけでのそれと比べてずっと表現の可能性が広いものとなる。人間ではどう頑張っても出せないサウンド、限界を超えた電圧をかけられたエレキギター、多彩な技で彩られるステージ。そのどれもが、ポケモンの力で出来るようになるのだ。
    そのため、遥か昔から今この瞬間まで、この世にあまねく、いや、神話や小説などの類で語られる『あの世』の音楽ですら、ポケモンとの共同作品が主流も主流、基本中の基本である。ポップスだろうがクラシックだろうがジャズだろうが関係無い。民族音楽も、EDMも、アニソンもヘビメタも電波も環境音楽もみんなそうだ。人間の肉声を使わないことが特徴であるVOCALOID曲ですら、オケのどこかには必ずと言って良いほどポケモンの何かによるサウンドが入っている。世界中、過去も未来も問わないで、音楽にはポケモンがつきものなのだ。

    が、その一方で、ポケモンの力を一切使わないという音楽も確かに存在している。起こせるサウンドは確かにぐっと狭まるが、限られた可能性の中でいかに表現するかを追求するアーティスト、そしてそれによって実現する、ポケモンの要素のあるものとは一味違う音楽を求める聴衆は、いつの時代もいたものだ。くだらない反骨精神だの異端だのと評されることは今も昔も変わらないが、その音を望む人が少なからず存在するのもまた、事実。
    そして悠斗率いる『キドアイラク』もそんな、ポケモンの影を一切省いたバンドなのだ。元々、彼らの所属サークルである第2タマ大軽音楽研究会自体がそういう気風だったのだが、悠斗たちはより一層、人間独自の音楽を追い求めることをモットーとしていた。
    ポップス分野としては珍しいその音楽と、そしてそれを言い訳にしないだけの実力が評価され、彼らは今日もバンド活動に邁進しているというわけである。

    「っていうか二ノ宮、何読んでんの」

    そんな悠斗たちだが、まだ全員揃っていないこともあって、今は部室のくつろいだ雰囲気に溶け込んでいる。円形のドラム椅子に腰掛けて何か雑誌を広げていた二ノ宮に、悠斗は何ともなしに声をかけた。「んー」雑誌から顔は上げないまま、二ノ宮は適当な感じの音を発する。

    「トレーナーダイヤモンド。リーグの下馬評とかさー、もうこんなに出てんだな。ま、一ヶ月切ったし当たり前かぁ」
    「え? もうそんな時期なのか、今回誰が優勝すんのかなー、去年はまたグリーンだったからな」
    「出場復帰してからもう四年連続だっけ。もうちょっとドラマが欲しいね、全くの新星とまではいかなくても逆転劇っていうか」
    「でも五年守り続けるってのはさ、それはそれですごいじゃん?」
    「あー」

    二ノ宮の返事を皮切りにして、口々にリーグの話を始めるサークル員達の姿に、悠斗はふっと息を吐いた。聞いた本人にも関わらず、彼は会話に入らずぼんやりとその様子を眺めていた。
    皆が盛り上がる声に混ざって、扉か壁か、その向こう側から他の学生のポケモンと思しきリザードの声が聞こえてくる。それを振り払うようにして悠斗が頭を振ったのと、「お疲れ様ですー」ドアが開いて、事務で受け取ったらしい何かの書類を手にした富山が顔を覗かせたのは同時だった。





    「では、今リーグもいつものメンバーで挑むということですか」
    「当然だ。俺はあいつらとしか戦わない」
    「流石は首尾一貫の羽沢選手ですね。しかしリーグに限らず、今までバトルを重ねていく中で、今のメンバーだけでは切り抜けるのが難しいことがあったのではないでしょうか? そういった時、他のポケモンを起用しようとか、編成を変えてみようとか、そうお考えになったことはございませんか?」
    「三匹という限られた中で戦わないといけないのだから、困難に直面するのは必然だろう。そこで、現状に不満を抱いて取り替えるのでは本当の解決とは言えん。編成を変えたところでそれは一時凌ぎでしか無い、また違う相手と戦う時に同じ危機に苦しむだろう。取り替えるのではなく、今のままで課題を乗り越えるのだ。それを繰り返していれば、少しずつ困難も減っていく」
    「なるほど! それでこそ羽沢選手ですよ、不動のメンバーに不動の強さ、見出しはこれで決まりですね」

    これが狙ってるんじゃなくて、素でやってるんだから厄介だよなぁ。興奮するレポーターの正面で大真面目に腕組みしている泰生の一歩後ろで、森田は内心そんなことを考えていた。
    タマムシ都内、スタジオ・バリヤード。そこで今、泰生はトレーナー雑誌の取材に応えている。まるで漫画やドラマの渋くダンディな戦士かのような受け答えをする泰生に、インタビューを務める若いレポーターは先ほどからずっと大喜びだ。頑固一徹を具現化したような泰生は、ともすれば周囲全てを敵に回す危険を孕んだ存在ではあるものの、同時にその堅物ぶりは世間から愛される要因でもある。それが決して作り物ではない天然モノであること、本人の真剣ぶりに一種のかわいさが見受けられることがその理由だ。また泰生の根の真面目さが幸いし、いくら嫌とは言えど、受けた仕事はこうしてしっかりこなすというところにも依拠している。
    背筋をぴんと伸ばした泰生が、眉間の皺は緩めないものの順調に取材を受けている様子に、森田は尚も心の中でそっと安堵の溜息をついた。朝はいつものように不機嫌だったが、いざ始まってしまえば大丈夫だ。これなら何の心配もいらないだろう、彼がそう考えたところに、レポーターがさらなる質問をする。

    「ところで、羽沢選手にはお子さんがいらっしゃるとのことでしたが……やはり同じようにバトルを……」
    「………………知らん」
    「えっ」

    途端、森田は一気に顔を引きつらせた。森田だけではない、レポーターも同じである。まだ新人だし初めて対面した相手だから、この類の質問が泰生にとってはタブーであると知らなかったのだろうか。しかし今はそんなことに構ってはいられない、凍りついた空気をかき消すようにして、「いやー、すみませんね!」森田は無理に作った笑顔と明るい声で二人の間に割り込んでいく。

    「そういうのはプライベートですから、ね、申し訳ないんですけど控えていただけると! いや、お答えになる方も沢山いらっしゃるでしょうが、羽沢はその辺厳しいものでして、本当申し訳ございません!」

    早口で謝りながらぺこぺこと頭を下げる森田の様子にレポーターはしばらく呆気にとられていたが、やがて「……あ、ああ!」と合点がいったように頷いた。

    「なるほど、そうでしたか……! いえ、こちらこそ大変失礼いたしました。そうですよね、あまり尋ねるべきではありませんでしたよね、不躾な真似をしてしまい申し訳ございません」
    「いえいえ、本当すみません。ほら、泰さんもそんな怖い顔しないで。別にこんなの大したことじゃないでしょう、ね、まーたオーダイル呼ばわりされますよそんな顔じゃ」
    「…………ふん」

    オーダイルじゃなくてオニゴーリだったか、森田は冷や汗の浮かんだ頭でそんなことを思ったが、この際別にどちらでも良いことだった。とりあえず泰生の機嫌が思ったよりは損なわれていないらしいことを確認し、森田の内心はまたもや大きな息を吐く。まだ引きつったままの頬を押さえ、彼は寿命が三年ほど縮んだ心地に襲われた。
    泰生のマネージャーとなってから十年ほど。少しずつ、本当に少しずつではあるが、泰生も丸くなっていっているのだと要所要所で実感する。しかしこればかりは緩和されるどころか、自分たちが歳を重ねるたびに悪化しているようにしか感じられない。そう、森田は思う。

    「で、ではインタビューに戻らせていただきます……今リーグからルール変更により二次予選が出場者同士が一時味方となるマルチバトルが導入されましたが、その点に関してはどうお考えで?」
    「非常に遺憾だ。シングルプレイヤーはシングルプレイヤー、ダブルプレイヤーはダブルプレイヤーとしての戦いを全うすべきなのに、まったく、リーグ本部は何を考えているのかわかったものではない」

    この頑固者の、親子関係だけは。
    ダグドリオの起こす地響きの如き低い声で運営への不満を語る泰生に、森田は困った視線を向けるのだった。





    「樂先輩、樂先輩」
    「なに?」
    「羽沢のやつ、なんであんなムスッとしてるんですか」
    「あー、それはね、羽沢泰生っているでしょ? 有名なエリトレの、ほら、064事務所のさ。あの人、羽沢君のお父さんなんだよ」
    「え! そうなんですか……でも、それがあのカゲボウズみたいになってる顔と何の関係が」
    「実はさぁ、羽沢君、お父さんとすっごく仲悪いらしいんだよね。だからトレーナーの話、というか羽沢泰生に少しでも関係する話するといつもああなるの。っていうか巡君もなんで知らないの。結構今までも見てたはずだけど」
    「すみません、多分その時はちょっと、僕ゲームに忙しかったんでしょうね。でも、別に雑誌程度で……」
    「まあ、ねぇ……よっぽど何かあるんだろうけど……」

    「聞こえてますよ、芦田さんも、守屋も」

    一応は内緒話っぽく、小声で喋っていたサークル員たちに向かって悠斗が尖った声を出すと、二人はびくりと身体を震わせた。守屋と呼ばれた、悠斗の同級生である男子学生は猫背気味の後姿から振り返り、「ごめんなさい」と肩を竦める。彼はキーボードの担当だったが今は楽器が空いていないらしく、同じくキーボード担当である芦田の隣に陣取って暇を持て余しているらしかった。
    決まり悪そうに、お互いの眼鏡のレンズ越しに視線を交わしているキーボード二人へ、悠斗はそれ以上言及しない。それは悠斗の、のろい型ブラッキーよりも慎重な、事を出来るだけ波立たせたくない主義がそうさせることだったが、彼らの言っていることが間違ってはいなかったからでもある。

    悠斗が父親のことを嫌っているというのは、もはやサークル内では公然の秘密と化している。ただ、守屋のような一部例外を除いての話であるが。
    泰生は悠斗が物心ついた時からすでに、というか彼が生まれるよりもずっと前からバトル一筋だった。それはトレーナーとしては鏡とも言える姿なのかもしれないが、父親という観点から見たらお世辞にも褒められたものではなかったのかもしれない。少なくとも悠斗からすればそれは明白で、悠斗にとっての泰生は、ポケモンのことしか考えられない駄目な人間でしかなかったのだ。
    彼がポケモンの要素を排除した音楽をやっているのもそこに起因するところがある。勿論、悠斗の好きなアーティストがそうだからという理由もあるが、しかしそれ以上に彼を突き動かしているのは父である泰生への、そして彼から嫌でも連想するポケモンへの黒く渦巻いた感情だろう。悠斗はそれを自覚したがらないが、彼の気持ちを知っている者からすればどう考えても明らかなことだった。
    兎にも角にも羽沢親子は仲が悪い。本人たちがハッキリ口に出したわけではないけれど、彼らをある程度知る者達なら誰でもわかっていることである。

    「……おい、なんだよ瑞樹。その目は」
    「別に。それより練習するんだろ、今用意するから」

    そのことは、悠斗とは中学生からの付き合いである富山瑞樹ともなれば尚更の事実であった。それこそ泰生にとっての森田くらい。
    しかし富山は、それを悠斗が指摘されると不快になることもよくわかっている。理解しきったような目をしつつも、何も言わずにギターケースを開けだす富山に、悠斗は憮然とした表情を浮かべていた。が、富山が下を向いたところでそれは若干、それでいて確かに緩まされる。その様子をやはり無言で見ていた有原と、図らずも発端となってしまった二ノ宮は「なあ」「うん」と、各々の楽器を無意味に弄りながら、やや疲れたような顔で頷き合った。





    やはりマルチバトルなど向いていない。
    本日何度目かになる試合の相手とコート越しに一礼を交わし、泰生は心中で辟易していた。現在彼は今日の最後のスケジュール、プロダクション内でのマルチバトルトレーニング中である。貸し切りにしたコートには、064事務所のトレーナー達がペアを組み、あちこちでバトルを繰り広げている真っ最中だ。
    所内のトレーニングに重きを置いている064事務所では前々から取り入れられていた練習だが、今回のリーグから予選がマルチになったこともあり、より一層力を入れている。ただ、シングルに集中したい泰生にとっては厄介なことこの上無い。そもそも彼は元より、自分以外の存在が勝敗を左右するマルチバトルが好きではないのだ。少しでも時間を無駄にしたくないのにそんなことをしたくない、というのが泰生の本音である。

    「ミタマ、ラグラージにエナジーボール」
    「かわせトリトン! 左奥に下がれ!」

    ただ、やる以上は本気で勝ちにいかなくてはいかない。ミタマという名のシャンデラに指示をしながら、泰生はくすぶる気持ちをどうにか飲み込んだ。
    敵陣のラグラージがミタマの放った弾幕を避けていく。長い尻尾の先端を緑色の光が少しばかり掠ったが、ほとんど無いであろうダメージに泰生の目つきが鋭くなった。現在の相手はラグラージとカビゴン、シャンデラを使う泰生としては歓迎出来ない組み合わせである。また、クジで組んだ本日の相棒という立場から見ても。

    「クラリス、ムーンフォースだ、カビゴンに!」

    シャンデラの眼下にいるニンフィアが光を纏い、カビゴンの巨躯へと走っていく。可憐さと頼もしさが同居するそのフェアリーポケモンに声をかけたのは、エリートトレーナーとしては新米である青年、相生だ。甘いマスクと快い戦法が人気で、事務所からも世間からも期待のホープとされているが、今の彼は、よりにもよって事務所一の偏屈と名高い泰生と組んだことからくる緊張に襲われている。
    無口で無表情、何を考えているのかわからない泰生のことを日頃から若干恐れていた相生は、誰がどう見ても表情を引きつらせており、対戦相手達は内心、彼をかわいそうに思っていた。ニンフィアに向ける声も五度に一度は裏返り、整った顔は時間が経つごとに青ざめていく。今のところは勝敗こそどうにかなっているが、もし自分がくだらぬヘマをしてしまったら何を言われるか。そんな不安と恐怖が渦巻いて、相生の心拍は速まる一方だった。

    「なんかすみません……相生くんに余計なプレッシャーかけちゃってるみたいで」
    「いやぁ、いいんだよ。アイツは実力こそ確かなんだけど、まだそういうのに弱いから。今のうちに慣れておかないと」
    「え、あ、じゃあ、泰さんでちょうど良かった、みたいな感じですかね? あはは、なら安心……」
    「ま、ちょっと強すぎる薬だけどな」
    「うっ……そうですね、ハイ…………」

    ポケモンバトル用に作られたこの体育館は広く、いくつものコートで泰生たち以外のチームが各々戦っている。その声や技の音に掻き消されない程度に落とした声量で、森田と、相生のマネージャーはそんな会話を交わしていた。まだ若い相生にはベテランのマネージャーがあてがわれているため、トレーナー同士とは真逆に、森田からすれば相手はかなりの先輩である。「まぁ、それが羽沢さんの良いところなんだがな」「いえホント……後でよく言っておきますので……」泰生からのプレッシャーを感じている相生のように、森田もまた委縮せざるを得ない状況であった。
    誰も得しないペアになっちゃったよなぁ、と考えながら、森田は会話の相手から視線を外してコートを見遣る。シャンデラが素早い動きでラグラージを翻弄する傍らで、「クラリス、いけ、でんこうせっか!」ニンフィアがカビゴンに肉薄していった。瞬間移動かと見紛うその速さに、流石はウチの期待の星だ、と森田は感心した。
    しかしカビゴンのトレーナーである妙齢の女性は少しも動じることなく、むしろ紅い唇に不敵な笑みを浮かべる。「オダンゴ」

    「『あくび』!」
    「っ! そ、そこから離れろ、クラリス!」

    しまった、と泰生は内心で舌打ちしたがもう遅い。慌てて飛ばされた相生の指示は間に合わず、カビゴンの真正面にいたニンフィアは、大きな口から漏れる欠伸をはっきりと見てしまった。
    華奢な脚がもつれるようにして、ニンフィアの身体がふら、とよろめく。リボンの形をした触覚が頼りなく揺れ、丸い瞳はみるみるうちにぼんやりとした色に濁っていった。カビゴンと、そのトレーナーが同じ動きで口許を緩ませる。

    「駄目だ、クラリス! 寝ちゃダメだって!」

    元々、泰生に対する緊張でいっぱいいっぱいだった相生は完全に混乱してしまったようで、ほぼ悲鳴のような声でニンフィアへと叫び声を上げた。ああ、駄目なのは思えだ。泰生は心の中で深い息を吐く。こういう時に最もしてはならないのは焦ることだというのに、どうしてここまで取り乱してしまうのか。
    期待のホープが聞いて呆れる。口にも、元から仏頂面の表情にも出しはしないが、泰生はそんなことを考えた。

    「もう遅い。せめて出来るだけ遠ざけとけ、後は俺がやる」
    「す、すみませ……」

    涙が混ざってきた相生の声を遮るようにして言うと、彼はまさに顔面蒼白といった調子で泰生を見た。その様子を少し離れたところで見ていた相生のマネージャーが、あまりの情け無さにがっくりとうなだれる。
    「本番でアレが出たらと思うとなぁ」「ま、まだこれからですから……それに今のはどちらかというと、泰生さんのせいで」小声で言い合うマネージャー達の会話など勿論聞こえていない泰生は、ぐ、と硬い表情をさらに引き締めた。ニンフィアが間も無くねむり状態になってしまう以上、二匹同時に相手にしなければならないのは明白である。しかしシャンデラとの相性は最悪レベル、切り札のオーバーヒートも使えない。もう一度欠伸をかまされる可能性だって十分あり得るだろう。

    「ミタマ、ラグラージにエナジーボール」
    「なみのりで押し退けてしまえ、トリトン!」

    とりあえずラグラージから何とかしよう、と放った指示は勢いづいた声と水流に呑まれそうになる。「避けろ!」間一髪でそれを上回った泰生の声で天井付近に昇ったシャンデラは、びしゃりと浴びた飛沫に不快そうな動きをした。まともに喰らっていたら危なかった、コートを強か打ちつけた水に、泰生の喉が鳴る。
    しかし技は相殺、腰を落としてシャンデラを睨むラグラージもまた無傷のままだ。ニンフィアのふらつきはほぼ酩酊状態と言えるし、もう出来る限り攻め込むしかあるまい。しかし冷静に、あくまで落ち着いて。そう自らに言い聞かせながら、泰生は次の指示を飛ばすべく息を吸う。

    その、時だった。

    (ピアノ……?)

    今この場所で聞こえるはずの無い音がした気がして、泰生は思わず耳を押さえる。急に黙ってしまった彼を不審に思ったのだろう、隣で真っ青になっていた相生が「……羽沢さん?」と恐る恐る声をかけた。
    ラグラージに指示しようとしていた、またニンフィアへの攻撃をカビゴンに命じようとしていた相手トレーナー達も、異変を察して怪訝そうな顔をする。

    「……ああ、いや。すまない」

    何でも無いんだ。
    何事かと駆け寄ってきた森田を手で制し、そう続けようとしたところで、またピアノの音がした。軽やかに流れていくその旋律はまさかこのコートにかかっている放送というわけでもあるまいし、仮にそうだとしてもはっきり聞こえすぎである。「チャ、チャンスなのか? やってしまえ、トリトン、なみ……」「バカ、やめた方がいいでしょ! オダンゴも止まって、羽沢さん! 大丈夫ですか!?」相手コートからの声よりも、勢い余って技を放ってしまったラグラージが起こした轟音よりも、ピアノの音はよく聞こえた。
    まるですぐ近くで、それだけが鳴り響いているようだ。「羽沢さん!」「どうしたんですか、聞こえてます!?」反対に、自分に投げかけられる声はやけに遠くのものに思える。血の気を無くして近寄ってくる森田に何かを言おうとしたものの声が出ない。不安気に舞い降りるシャンデラの姿が、下手な写真のようにぶれて見えた。

    「しっかりしてください、羽沢さん!」

    「救急車!? 救急車呼ぶべき!?」

    「まだ様子見た方が、羽沢さん! 羽沢さん、答えられますか!?」

    「泰さん、どうしたんですか! 泰生さん!!」


    「羽沢君!!」


    そのブレが不快で、数度瞬きをした後に泰生の目に入ったのは、シャンデラとは全く以て異なる、

    「いきなり黙るからびっくりしたよ……大丈夫?」

    グランドピアノを背にして自分を見ている、心配そうな顔をした、白いシャツの見知らぬ男だった。





    「もうさぁ、巡君のアレは何なんだろう。『先輩がいない間の椅子は僕が安全を守っておきますよ!』って、アレ、絶対俺が帰ってからも守り続けるつもりでしょ……絶対戻ってから使うキーボード無いよ俺……」
    「すごい楽しそうな顔してましたもんね、守屋。イキイキというか、水を得たナントカというか」
    「部屋来るなり俺の隣に座ってたのはアレを狙ってたんだろうなぁ」

    予約を入れた練習室へと向かう廊下。悠斗は練習相手である芦田と、部室を出る際の出来事などについて取り留めの無い会話を交わしていた。
    夕刻に差し掛かった大学構内は騒がしく、行き交う学生の声が途切れることなく聞こえてくる。迷惑にならない程度であればポケモンを出したままにして良いという学則だから、その声には当然ポケモンのそれを混ざっていた。天井の蛍光灯にくっつくようにして飛んでいるガーメイル、テニスラケットを持った学生と並走していくマッスグマ。すれ違った女生徒の、ゆるくパーマをかけた柔らかい髪に包まれるようにして、頭に乗せられたコラッタが眠たげな目をしている。
    空気を切り裂くような、窓の外から聞こえるピジョットの鋭い鳴き声は野生のものか、それとも練習中のバトルサークルによるものだろうか。絶えない音の中で、悠斗が脳裏にそんな考えを浮かべていると「まぁ、巡君のことはいいんだけど」隣を歩く芦田が話題を変えた。

    「羽沢君も忙しいよねぇ。学内ライブって言ってもこうやって練習、結構入るし、あと学祭もあるじゃん? いいんだよ、無理してそんなに詰めなくても……」

    身体壊したら大変だからさ。地下へと繋がる階段を降りながら、そう続けた芦田が何のことを言っているのか、それを悠斗が理解するまでには数秒かかったが、すぐに来月のオーディションのことだと見当がついた。
    はっきりと口に出してはいないが、芦田が話しているのは来月に迫った、悠斗始めキドアイラクが受ける、ライブ出演を賭けた選考のことである。これからの開花が期待される新進アーティストを集めて毎年行われるそのライブからは、実際、それをきっかけにしてブームを巻き起こした者も数多く輩出されている。悠斗達は事務所から声をかけられて、その出演オーディションを受けることにしたのだ。ライブに出れれば、その後の成功こそ約束されてはいないものの、少なくとも今までよりずっと沢山の人に演奏を聴いてもらうことが出来る。
    しかしそのオーディション前後に、悠斗達はサークルの方の予定が詰まっているのも事実だった。芦田が心配しているのはそのことだろうと思われたが、悠斗は「大丈夫ですって」と、いつも通りに明るい笑顔を作って言った。

    「ちょっとぐらい無理しても。楽しいからやってることですし、やった分だけ本番にも慣れますしね」
    「それはそうだけどさ。でもほら、本当やりすぎはダメだよ、なんだっけ……こういうの言うじゃん、『身体が資本』? だっけ、ね」
    「そんな、平気ですよ。それに俺、今度の学内ライブで芦田さんと組めるの楽しみなんですよ? ピアノだけで歌ってのもなかなか無いですし、それも芦田さんの演奏で、なんて」
    「やだなぁ、褒めても何も出ないから……いや、ま、ほどほどにね。あと一ヶ月無いのか、何日だっけ? 確かリーグの……」

    そこで芦田は言葉を切った。それは「着いた着いた」ちょうど練習室に到着したからというのもあるだろうが、悠斗は恐らくあるであろう、もう一つの理由を感じ取っていた。
    悠斗はポケモンを持っていないが、芦田はいつもポワルンを連れている。しかしその姿は今は見えず、代わりに、練習室へと入る芦田の肩にかかった鞄からモンスターボールが覗いているのが見て取れた。バインダーやテキストの間で赤と白の球体が動く。

    「芦田さん」
    「ん?」
    「別に、そんな、気を遣っていただかなくてもいいですから」

    苦笑しつつ、しかし目を伏せて言った悠斗に、芦田は「うんー」と曖昧な声で笑った。「そうでもないよ」にこにこと手を振って見せた芦田に申し訳無さを感じつつも、同時に彼が閉めたドアのおかげでポケモン達の声が聞こえなくなったことに確かな安堵を覚えた自分に、悠斗は内心、自分への嫌悪を抱かずにはいられないのだった。

    「それはそれとしてさ、始めちゃおっか。あと何度も時間とれるわけじゃないし、下手したら今日入れて三回出来るかどうか」
    「はい、そうですね」

    練習室に鎮座するピアノの蓋を開け、何でもない風に芦田が言う。大学の地下に位置するこの部屋は音楽系サークルの練習場所であり、防音になっているため外の音は全くと言ってよいほど聞こえない。室内にあるのは芦田がファイルの中の楽譜を漁る、バサバサという音だけだった。
    二週間ほど後に予定されている学内ライブは、サークル内で組まれているバンドをあえて解体し、別のメンバー同士でチームを作るという試みである。悠斗は芦田と組んでいるため、キドアイラクの方と並行して練習しているというわけだ。

    「じゃあとりあえず一曲目から通して、ってことでいい? 今は俺も楽譜通りやるから気になったことがあったら後で、あ、キーは?」
    「わかりました、二つ上げでよろしくお願いします」
    「了解!」

    言い終えるなり、芦田が鍵盤を叩き出す。悠斗も息を吸い、軽やかな旋律に声を乗せた。悠斗の最大の武器とも言える、キドアイラクの魅力の一つである伸びの良い高音が練習室に響く。
    歌っている間は余計なことを考えなくて済む。悠斗は常日頃からそう思っており、歌う時間だけは何もかもから解放されているように感じていた。所々が汚れた扉を開ければ途端に耳へ飛び込んでくるだろう声達も、今は全く関係無い。自分の喉の奥から溢れる音を掻き消すものの無い感覚は、悠斗にとってかけがえの無いものだった。

    しかし、である。

    『ミタマ、ラグラージにエナジーボール』

    今最も聞きたくない、そして聞こえるはずのない声が鼓膜を震わせた。

    (何だ――?)

    それは父親のものにしか思えなかったが、ここは大学の練習室だ。いるのは自分と、芦田だけである。その声がする可能性はゼロだろう。気のせいだろうか、嫌な気のせいだ、などと考えて悠斗は歌に集中すべく歌詞を追う。きっと空耳だろう、自覚は無くても少し疲れているのかもしれない。芦田の言う通り、無理はせずにちょっと休むべきだろうか。

    『なみのりで押し退けてしまえ、トリトン!』

    が、そんな悠斗の考えを否定するように、またもや声が聞こえた。今度は父親のものではなかったが、含まれた単語から、先程した父親の声と同じような意味合いを持っていることが予想出来た。次いで耳の奥に響いたのは水流が押し寄せる轟音と、何かが地面を弾くような鋭い爆発音。いずれにせよ、この狭い、地下の練習室には起こり得るはずもない音である。
    どうして、なんで、こんな音が。サビの、跳ねるような高音を必死に歌い上げながら悠斗は激しい眩暈を覚えた。悠斗の異変に芦田はまだ気づいていないようだったが、『羽沢さん?』彼の奏でるピアノに混じる声は止む様子が無い。『オダンゴも止まって!』ありえない声達はやたらと近くのものに聞こえ、それと反比例するようにして芦田のピアノの音が遠ざかっていくみたいだった。

    『聞こえてますか!?』

    「羽沢君!?」

    おかしくなった聴覚に、悠斗はとうとう声を出せなくなった。あまりの気持ち悪さで足がよろめき、口を押さえて思わずしゃがみ込む。声が聞こえなくなったため、流石に気がついた芦田は悠斗の姿を見るなり慌ててピアノ椅子から立ち上がった。

    「羽沢君、大丈夫!? どうしたの!?」
    「いや、なんか……」

    どう説明するべきかわからず、そもそも呂律が思うように回らない。自分の身体を支えてくれる、芦田の白いシャツがぼやけて見えた。
    『救急車!?』『羽沢さん、答えられますか!?』聞こえる声のせいか、頭が激痛に襲われたようだった。簡素な天井と壁、芦田の顔が歪みだす。何だこれは、声にならない疑問が息となって口から漏れたその時、悠斗の視界が一層激しく眩んだ。


    「泰さん!!」


    ほんの一瞬の暗転から覚めた視界に映っていた光景は、まるで映画か何かを観ているような感覚を悠斗に引き起こさせた。
    自分を覗き込んでいる知らない顔、若い男もいれば初老の男もいる、長い髪を結った綺麗な女の人も……。彼らの背景となっている天井がやたらと高いことに悠斗の意識が向くよりも先に、その顔達を押し退けるようにして一人の男が目に飛び込む。

    「泰さん、大丈夫ですか!? どこか具合が悪いですか、それとも疲れたとか……いや、泰さんに限ってまさか、ともかく平気ですか!?」

    ああ、この人の顔には見覚えがある。そう思った悠斗の上空から、ふわりふわりという緩慢な、しかし焦った様子も滲ませた動きでシャンデラが一匹、蒼い炎を揺らしながら降りてきたのだった。


      [No.3813] Re: 新人はよく食べる 投稿者:No.017   投稿日:2015/08/24(Mon) 00:50:32     78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ありがとうございます!
    ふてぶてしさが伝わったのならよかったですwwwww
    たぶんアクア団のイズミさんとかにも「化粧が濃いよ。おばさん」とか言ってるんだと思いますw
    カビゴン系女子wwwwwww


      [No.3812] Re: カイリューが釣れました 10 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/23(Sun) 22:31:48     94clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想ありがとうございます。
    自分でも、勢いで書いたのでこれがどんなテーマを持って書いたのか良く分かってないんですよね。
    何かしら、確固たるテーマみたいのはあると思うんですけど、自分自身でも分からない内に完結しました。
    どうしてこんな結末になったのか、どうしてこんな流れで、このキャラクターがこういう配置になったかすらも、僕には余り分かってないです。
    まあ、本当にそんなものでしたが、読んでくださってありがとうございました。



    脳内設定。こんなレベルのカイリューが釣れる訳ないとかそういうのはナシで。
    カイリュー  Lv85 ♂ さみしがり
    はかいこうせん ドラゴンテール しんそく ?
     
    ウインディ Lv47 ♂ のうてんき
    しんそく インファイト ? ?

    ココドラ Lv8 → コドラ Lv28 ♂ ずぶとい 
    がむしゃら ? ? ?   


      [No.3811] Re: 新人はよく食べる 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2015/08/23(Sun) 19:18:21     96clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:カビゴン系女子

    絵からも字からも伝わる、アカリちゃんのふてぶてしさがツボです。
    彼女はトシハルと会う前からこんなだったのかw
    さすがあの絵葉書(元気なスバメが生まれた)を寄越しただけあるなあと思います。


      [No.3768] Re: 逃避行 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2015/06/05(Fri) 23:26:41     86clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    Re: 逃避行 (画像サイズ: 663×623 47kB)

    うっかりツイッターで発言した結果がこれだよ!!!!

    本当にツイッターに投稿した通りでワロタワロタ……。



    これはたかひなさんに見せなければなるまい。
    ちょっとたかひなさん呼んできますね…


      [No.3767] お宅のPCのセキュリティは大丈夫ですか? 投稿者:Ryo   投稿日:2015/06/05(Fri) 23:23:42     68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ところで君、今自宅のパソコン何使ってるんだっけ。え、未だにWindieXP?まさかそれで預かりシステムにアクセスとかしてないよね。あぁ、だめだめ、やめといたほうがいいよ絶対。新しいの買いなよ。え、知らないの?預かりシステムに古いパソコン使い続けてたベテラントレーナーの話。
    じゃあ話しとこうか。あのね、その人、家で使ってるWindieXPのサポートが切れてもずっと使ってたんだって。強いトレーナーだったから賞金には困らなかったみたいなんだけど、全部ポケモンを強くしたり捕まえたりすることに使ってて、パソコンは預かりシステムに繋がればなんでもいいやーって思ってたみたい。
    でもね、それがいけなかったんだ。サポートが切れたパソコンってね、ロトムの格好の住処になるんだ。そういうパソコンって基本一人の人がずっと使ってるからその人の念とか思いが篭りやすいから「憑きやすい」し、いじり放題の色んなプログラムが入ってるからロトムにとってはこれ以上ない遊び場ってわけ。
    そんなパソコンの中で預かりシステムなんか見つけちゃったらさ、ロトムにしてみたら「この中のポケモンで好きなだけ遊んでください」っておもちゃ箱放り投げられたようなもんだよ。
    最初は預かりシステムの壁紙が勝手に変わってた。シンプルな青い背景から、真っ黒な背景に白い羽が舞ってる、一昔前の同人サイトみたいな感じに。でもそのトレーナー、さっきも言ったようにパソコンに関してはどうでもいい感じの人だったから、知らないうちに変なボタン押しちゃったんだろう、って思って放っといたんだって。
    そんでしばらく放っておいて、次に預かりシステムにアクセスした時にはもう悲劇だよ。なんと預けてたポケモン全てにゴーストタイプがついてて、技は全部「のろい」だけになってたんだって。そこでそのトレーナー、慌てて大会用に調整を終えてたポケモンを1匹パソコンから引っ張りだしたんだ。そのポケモン、見た目は普通のカメックスだし、宙に浮いたり体が透けたりするわけでもない。でも手持ちの端末で調べてみると、そこにはしっかり「みず・ゴースト」の表示があったんだって。せっかく苦労して教えた技を何度命令しても、ぽかんと首を傾げるだけ。そのトレーナーさん、もう絶望して膝から崩れ落ちちゃったんだって。目の前が真っ白ってこういうことを言うんだね。
    だから悪いこと言わないから、サポートが切れたパソコンなんて、ずっと使うもんじゃないよ。何が起こるかわかったもんじゃないんだからさ。
    …え?今アクセスしてみたって?預けたポリゴン2が訳の分からない形になってる?…やられたね、こりゃ。


      [No.3766] サンノさんの過去事情 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2015/06/05(Fri) 19:29:08     103clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:サンド】 【サンドパン

    「よしよし」

     根済屋サンノが頭を撫でている。僕やネズミたちにするように、小さなチョロネコを撫でている。ベンチの上、サンノが腰かけている。そのサンノの膝の上で、チョロネコはにゃーんと甘えるように鳴きながら彼女の寵愛を受けている。

    「浮気?」

     膝の上のチョロネコを撫でていた彼女が、目の前に立つ僕を見上げる。チョロネコの高貴な紫に触れる指先は存外細くて白い。

    「あなたに対して? ネズミちゃん達に対して?」
    「今はネズミちゃん達に」
    「……浮気じゃないわ」

     チョロネコの額、背中。ネコポケモンが撫でられて嬉しい場所を熟知している手は、ネコに理解のある手だった。

    「ウチにはネコも犬もいらないんじゃなかった?」
    「ここは公園だもの。ウチじゃないわ」
    「ふうん」
    「ネコだって別に嫌いじゃない、でも……」

     撫でる手を止めて、サンノはただ紫の毛並みのポケモンを見おろしている。チョロネコ越しに見るのは、過去の記憶だった。

    「意地悪なネコは嫌い」



     ちょっと昔のこと。まだ僕のサンドパンが僕だけのサンドで、サンノはネズミというかただの昔からのパートナー、ミネズミが好きなだけのちっちゃな女の子だった時のこと。僕の身長はピカチュウ三匹ぶんがやっとで、サンノのポニーテールも髪が短すぎでカントーの昔の流行・ちょんまげみたいだった頃の話だ。

     同じネズミポケモンを持っていて、家も近かった僕らは、いつも一緒だった。サンドのザラザラした毛並みを撫でては、砂ネズミって感じだねとサンノが笑えば、僕もミネズミのほっぺをぷくぷくいじって、ほっぺにいつも何か詰まってるね、なんて言い合っていたお年頃の話だ。

     プラズマ団という奴らが僕らのちっちゃな世界をおびやかした。その頃の僕らはポケモンが人といて幸せか、なんて難しいことは考えてはいなかった。ただサンノとサンドとミネズミと一緒にいられれば良くて、大人が何かを騒いでるなとしか思わなかったと思う。

     それでもプラズマ団は僕らの世界をおびやかした。ただのポケモン勝負も、ポケモンを無理くり操る悪の組織と、ポケモンと遊ぶのが楽しいだけのオトシゴロだった僕らには災厄みたいなもんだ。

     いきなり襲い掛かってきた災厄は、ちょうど今サンノが抱きあげているチョロネコの形をしていた。主人のサンノを庇うように、敵のネコに踊りかかったネズミのミネズミは勇敢だったけれど、タイプというか種族の相性が悪かったのだろうか、窮鼠(きゅうそ)ネコを噛むとはいかなかった。毎日サンノに分けてもらっていた飲料水の効果はなかったようだ。哀れミルミル。

     サンノの腕でぐったりするミルミルに変わって前線に出たのは僕のサンドだったけれど、サンドの爪はサンドパンよりも丸っこくて、そんな彼女の爪は敵を屠(ほふ)るには頼りなかった。力尽きた僕のサンドのザラザラした皮膚に、天敵のネコの爪のトドメが刺さる。かに思われたその時──。

     黄色いリフレクターがサンドとチョロネコの間に立ちふさがったのだ。リフレクターと言ったのは、物理攻撃を防いだからで、黄色いと冒頭で申し書きをしたのはリフレクターの毛が電気で光っていたからだ。

     僕らの住む場所じゃ珍しいピカチュウが、弱ったサンドの代わりにチョロネコの爪の一撃を受けたのだ。ピッ、と赤い液体が地面に飛ぶ。赤い電気袋にかすったらしい。

     ──オレ様のお仲間に、ずいぶん手荒いおもてなししてくれちゃってんじゃねえか。

     ピカチュウ親分が本当にそんなことを言ったかは知らない。でも通りすがりのくせして、見ず知らずのポケモン達に肩入れしたのはマジだった。電気を溜める電気袋に穴が開いてもなんのその、暴風のような放電が二匹のネズミと一匹のチョロネコと、ついでにプラズマ団とやらまで包んだ。

     ボガアアアアアン! と大きな音がした後にはチョロネコとプラズマ団は黒コゲになっていて、プラズマ団はチョロネコを抱え、半泣きになって逃げていった。ちょっとチビってそうなくらい情けない遁走っぷりだった。電気技を食らっても平気な僕のサンドが、黒い三角の目でピカチュウの頼りがいのある背中とかみなり尻尾を見ていた。



    「今思えば、あの時ピカピカに助けられた時点で、もう僕のサンドパンは僕だけのサンドパンじゃなくなっていたのかもなあ」
    「NTR」
    「うるさいよ」
    「うるさくないわよ」

     しかしチョロネコにはうるさかったらしい。うとうとしていたのが、ぴいんと背中を伸ばし、サンノを見上げてなになにどったの? と首を傾げている。ゴメン、とサンノが謝ると、ううん別に、って感じでまたチョロネコは目を閉じた。

     とりとめのない過去の記憶だ。小さかった僕は、ヒーローみたいにカッコよくサンノの事を助けられなかったし。ネコは意地悪で、サンノを助けようとしたポケモンも、実際に助けてくれたポケモンもネズミだった。ネズミ信仰をこじらせ、根済屋さんちのネズミ子さんが出来たわけである。

     公園の噴水近くで、ネズミ一家が交流している。噴水の中に浮いているハスボーを覗き込もうとして、ちっちゃなサンドが落っこちそうになっている。それを僕のサンドパンが抱きとめて、これっ、危ないでしょ! 私達に水は天敵よ! と叱っている。噴水の縁にどっかりと座ったピカピカが、んな過保護にならんでも死にやしねーよちょっと不快になるくらいで、とピカピカ笑う。

    「僕らもそろそろ、サンドパン達みたいに一歩進んでいいんじゃないかな」
    「そして二歩下がる」
    「後退してる!?」

     サンノは悲しみに暮れる僕を見て表情を緩めている。固結びされたロープが解けたような微笑み。サンノがネズミポケモンで手持ちを固めているのは、何もネズミ信仰のせいだけじゃなくて、そういう事があったからネコのポケモンを上手く愛せないのではないかという不安も関係している。うちにはネコも犬もいらないというのは冗談でもないのだ。

     プラズマ団の行動に影響を受けた人は多いという。ポケモンと別れたり、あえて言うことを聞かないポケモンと一緒に生活したり。サンノもそういう人達と同じ人種に当てはまるといえば当てはまるのだろう。

     公園で、チョロネコを抱えてひなたぼっこが出来るのなら大丈夫だと思うんだけどな。サンノはネズミマニアの変なやつだけど、この世界の人々の大半がそうであるように、ポケモンには優しいんだ。

    「老後はチョロネコを一匹傍らに置いて、二人仲良く過ごしたいね」
    「賢い勇敢なネズミちゃん達くらいカッコよくなってから出直しなさい」

     これは手厳しい。


      [No.3720] (五)蛇桜 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2015/04/15(Wed) 01:48:57     114clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:さくらのはなし】 【ザングース】 【ハブネーク

    ホウエンのある村には「蛇桜」と呼ばれる大変美しい桜の名木がある。
    これには悲しい伝説があるという。

    昔このあたりにもザングースやハブネークが住み着いていて、なわばり争いをしていた。
    そして、ハブネークの群れの中にはひたすら長い身体を持つ雌のハブネークがいた。
    名前をヤマカガシといった。

    きっかけは分からないが、ヤマカガシはあるザングースの雄を好きになってしまったらしい。
    ところがその雄には毛づやのよい番となる雌がすでにあった。
    恋が実らないと知ったヤマカガシは「春の短い間だけはあなたの目を惹くようになりましょう」と言って、細い桜の樹に長い身体をぐるぐると巻きつけた。

    それ以来、細く頼りなかった桜の木はヤマカガシの巻き付いた分だけ立派な太い幹となり、長い枝に大きな花をしだれるように咲かせるようになったという。
    その桜にはハブネークもザングースも争いを忘れて見入ったと伝えられている。



    ------------------------------------------------------------------------
    ハブネーク&サングースでもう一話。
    樹って時々蛇が巻き付いたような幹がありますよね。


      [No.3674] Re: 存在しなかった町 投稿者:久方小風夜   《URL》   投稿日:2015/04/02(Thu) 21:48:12     78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想ありがとうございます!

    > このお話の何がいいかって、いろんな解釈ができることだと思うんですよ。
    >
    > 1:女の子が子供特有のイマジナリーフレンド的なものを見ているだけ
    > 2:女の子は大半の人が見えない、けれど実在する何かを見ることができる
    > 3:実はもっと大がかりな仕掛けがされている
    >
    > パッと思いつくだけでもこれだけ挙げられます。こういう解釈の委ねられているお話は大好きです。
    > 全体としてあたたかな雰囲気なのに、どこかそわそわ/ぞわぞわする余韻の残り方が最高に素敵なのです。
    実は前から書いてみたかった概念みたいなものがありまして、それを今回ちょこっと使ってみた感じです。まあ今回はエッセンス的な感じなので、本当のところは……ふふふ(・ω・)
    概念的なものはまたどっかの機会でちゃんと書ければいいなあと思っております。
    話の雰囲気としてはごはさんの影響を多分に受けていると言わざるを得ない(

    > うちもこのネタを使って何か一つ書いてみたいと思います!(←
    ナイフとフォーク装備して超待ってますね!!!(←←

    タイトル提供と感想、どちらも本当にありがとうございました!!


      [No.3673] Re: 存在しなかった町 投稿者:   《URL》   投稿日:2015/04/02(Thu) 20:10:25     78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    (*'ω'*)<電車の中で一気に読みましたー! すごく面白かったです……!

    このお話の何がいいかって、いろんな解釈ができることだと思うんですよ。

    1:女の子が子供特有のイマジナリーフレンド的なものを見ているだけ
    2:女の子は大半の人が見えない、けれど実在する何かを見ることができる
    3:実はもっと大がかりな仕掛けがされている

    パッと思いつくだけでもこれだけ挙げられます。こういう解釈の委ねられているお話は大好きです。
    全体としてあたたかな雰囲気なのに、どこかそわそわ/ぞわぞわする余韻の残り方が最高に素敵なのです。

    面白いお話を読ませていただいて、ホントにありがとうございました!
    うちもこのネタを使って何か一つ書いてみたいと思います!(←


      [No.3672] Weather Report 投稿者:久方小風夜   《URL》   投稿日:2015/04/02(Thu) 19:08:19     124clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:#タイトルをもらってどんな話にするか考える】 【とける


     今日も1日、じとじととしたお天気でしょう、とアナウンサーが言った。

     ここ数日、ずっと雨が続いている。外に出たくないけれども、あいにく冷蔵庫の中は空だ。そろそろ買い物に行かなければ、天候が回復するより前に僕が干上がってしまう。
     気が向かないけれども、近くのスーパーまで行くこととしよう。
     僕が立ち上がると、出かける気配を察知したのか、ポワルンが寄ってきた。連日雨なので、雫型になっている。
     ビニール傘を手に、僕は外に出た。


     数日部屋に引きこもることを考え、少し多めに食料を買い込んだ。
     半透明のビニール袋を片手に人通りの少ない細い道を歩いていると、ポワルンが何かに気が付き、僕の背後に隠れてしまった。

     どうしたんだろう、と思って前を見てみると、見通しの悪い交差点のカーブミラーの下に、小さな女の子が立っていた。
     青いレインコートを着た、小学生くらいの子だ。その姿に気がついて、僕はあ、と小さく声を上げた。

     僕の声に気がついたのか、女の子がこっちを向いた。

    「ねえ、私のポケモン、知らない?」

     無視無視、関わらない。そう思って通り過ぎようとしたら、女の子は僕の影に隠れていたポワルンを見つけて声を上げた。

    「この子かわいい! 雨みたい!」

     そう言って、女の子はポワルンに抱きつこうとした。ポワルンは怯えて飛びまわっている。
     やれやれしょうがないな、と僕はため息交じりに女の子に話しかけた。

    「あのさ、この子、人見知りなんだ。あんまり構わないでやってもらえるかな」

     女の子ははっとした顔をして、ごめんなさい、と謝ってきた。僕が胸に抱くと、ポワルンはほっとした様子を見せた。
     それじゃあ、とその場を去ろうとすると、お兄ちゃん、と女の子が泣きそうな声で言ってきた。

    「触らないから、また会いにきてくれない?」

     空を見上げた。雨はまだまだ止みそうにない。
     僕はまたため息をついて、いいよ、言った。女の子は嬉しそうに声を上げた。


     女の子の姿が、雨煙に消えた。
     僕は腕の中のポワルンを撫でで、怖い思いさせてごめんね、と言った。

     ちらと姿を見た時から、こちらの世界の子じゃないとわかっていた。
     無視して関わらないのが1番なんだけど、ポワルンが捕まったんじゃあしょうがない。

     さて、と。これからどうするかね。


     インターネットの検索サイトの予報は、今日も雨だった。

    「路地の交差点、ですか? あの狭くて見通し悪いところですよね?」

     次の日、研究室の後輩に、例の子に会った交差点で事故か何かあったことを知らないか聞いてみた。後輩はしばらく考えた後、そういえば、と白いノートパソコンを開いた。

    「結構前に、あの辺で事故があった気がしますねえ。新聞で見たような……えーっと……確か次の日にあのレポートの〆切だったから……あった、これだ」

     後輩はニュースサイトのバックナンバーを開き、目的の記事を表示した。よくまあそんなことで日付を覚えていたてるもんだ。
     雨の日の見通しの悪い交差点で、8歳の女の子がはねられて死亡。女の子は行方がわからなくなっていた自分のポケモンを探していた……そんな内容だ。
     事故現場が大学のすぐ近くだから印象に残ってたんですよねー、と後輩は言った。

    「あ、先輩、何か面白い話のネタですか? 教えてくださいよ」
    「やだよ。面白くもないし」

     雨の日。ポケモン。僕は腰のボールに入れたポワルンを見た。


     携帯ラジオの天気予報は、今日も1日ぐずついたお天気でしょう、だった。
     空模様はぐずついた、どころではなく、正直外に出るのも嫌になるくらいの土砂降りだった。

     例の交差点に行くと、青いレインコートを着た女の子がガードミラーの下に立っていた。
     お兄ちゃん、来てくれたんだ! と嬉しそうにはしゃいでいるその子に、僕はしゃがんで目線を合わせてから尋ねた。

    「君がここにいるのは、雨の日だけかな?」

     女の子は僕の言葉の意味に気がついて、悲しそうな顔になった。そう、雨の日だけ、と小さな声でいい、うつむいた。

    「いなくなっちゃったの、いーちゃん。わたしがちょっと目を離したすきに、いなくなっちゃったの。私ずっと探してて、でも見つからなくって……」

     女の子の声はどんどん涙交じりになっていく。
     ねえ、と女の子は僕の袖をつかむように手を動かして、言った。

    「いーちゃんに会いたい。お願いお兄ちゃん、いーちゃんを探して」

     そう言い残して、女の子はまた消えてしまった。
     何かわかった? とボールの中のポワルンに聞くと、ポワルンは女の子がいた辺りを見てうなずいた。


     ポワルンは雫型を示していた。

     僕は途中にある小さな花屋で切り花を数本買い、例の交差点へ向かった。
     交差点では今日も、女の子が待っていた。ポワルンがさっと、僕の後ろに隠れた。

    「お兄ちゃん! いーちゃん、見つかった?」

     一応ね、と僕は答えた。女の子は飛び上がって喜んだ。
     どこ? どこ? ときょろきょろする女の子にちょっと待って、と声をかけて、僕は後ろに引っ込んだポワルンを呼んだ。ポワルンはまだちょっと怯えた様子で、怖々と前へ出てきた。

    「しずくくん、『にほんばれ』」

     僕がポワルンに命じると、雫型のポワルンの姿が、赤い太陽に変わる。
     ポワルンは自分の周りの雨を止ませ、女の子のすぐ近くの、畳半畳ぶんくらいのスペースだけ雨を止ませ、日差しを強くした。

     雨が止み、水が消えた場所に、水色のポケモンが現れた。
     首周りを覆うひれと、魚のような尻尾。
     1匹のシャワーズが、女の子のすぐ隣に座り込んでいた。

     その首元に色褪せた赤いリボンが巻きついていることに気がついた女の子が、震える声で、いーちゃん? と声をかけた。シャワーズは、きゅう、と弱々しく声を上げた。
     いーちゃん! と叫んで、女の子はシャワーズを抱きしめた。

     元イーブイだったシャワーズは、ずっと女の子のそばにいた。おそらくあの日、事故に会ったその時から、今までずっと。
     でも、見えなかった。雨に溶けてしまったからだ。
     雨の日しかいられない女の子には、どうしても見えなかったんだ。

    「いーちゃん、ごめんね……ずっと、そばにいてくれたのに……気付かなくって、ごめんね……」

     シャワーズはきゅう、きゅうと、弱々しいながらも嬉しそうな声を上げた。
     女の子は僕の方を向いて、お兄ちゃんありがとう、と言うと、とても穏やかな表情で、泡のように消えてしまった。
     もう、ここに現れることはないだろう。僕は局地的な晴天の中にいるシャワーズに声をかけた。

    「君は、どうする? 僕と一緒に来る?」

     僕がそう尋ねると、シャワーズは首を横に振った。
     痩せて弱ったシャワーズは、よろよろと立ち上がると、ポワルンが作り出した晴れから飛び出し、雨の中に消えてしまった。


     僕はカーブミラーの足元に、持ってきた花を置いた。
     しばらく手を合わせてから、イヤホンを耳に入れた。空模様はこれから回復する見込みです、という女性キャスターの声が聞こえた。
     携帯ラジオからはバードランド、だったかな。あまり僕の気分にはそぐわない、軽快なジャズが流れていた。


      [No.3629] 斜め斬りだ――――――――ッ!! 投稿者:水雲(もつく)   《URL》   投稿日:2015/03/15(Sun) 23:56:15     93clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



     なんでいあいぎり覚えられないの?
     これが、主人から、ザングースである『あなた』に向けられた言葉だった。
     あってはならない一言だった。

     詳しく話そうとも、それほど長い事情でもない。
     地方はジョウト。地点はしぜんこうえん。季節は春。気候は晴天。時刻は午前。そこを3時の方角へ抜けた先にある36ばんどうろ。次なる目的地はエンジュシティ。
     その途中、一本の木を斬り倒そうとするも、残念ながら鋭利的な手段を持つのは、あなたしかいなかった。
     立ち往生もままならないため、やむえずしぜんこうえんのゲートへと引き返し、対策を練っていたさなか、そんな不満がふと主人の口からこぼれたのだった。

     ううん、これじゃあ先に進めないよね。
     落胆を思わせる主人のつぶやきが、こころに深く差し込まれる。
     あなたは考える。必死で考える。
     借りもある、恩もある。いくつもの昼と夜をともにし、戦火を交えた。斬撃こそ我が生涯であるはずだった。このまま退場を宣告されるのは、ネコイタチポケモンの名が廃るというもの。
     主人の言葉をそのまま裏返せば、自分にも「斬る」ことへのポテンシャルが秘められているかもしれないと言うことにほかならない。この場において期待を裏切るわけにはいかなかった。

     どうしたの?
     あなたはすっくと立ち上がり、パフォーマンスで主人の気を引いた。独特の呼吸術を開始。特有の套路(とうろ)を踏む。目の前に木があると仮定し、音も無く素振りをしてみせる。
     え、自力で覚える?
     意図をつかんでもらったや否や、あなたは何度もうなずき、細く赤い双眸を凛々とさせ、しぜんこうえんへの扉を爪指す。

     よく分からないけど――まあいっか。せっかくだから、わたしたちはここで休憩するね。その間、納得いくまで特訓してみる?
     最後にもう一度、あなたは力強く。


       ― † ―


    「いあいぎり知ってるかって――まあ、知ってるけど」
     しぜんこうえんへと放たれたあなたは、一時的に野生の血を取り戻す。草むらへともぐり、走り抜け、一匹の野生のストライクを見事ひっかけた。
    「ああ、そういうことね。道中の木が邪魔して、それをぶった斬らないと、あんたとあんたの主人は先に進めない、と」
     さあ教えてくれ今すぐ見せてくれ、とばかりにあなたは研ぎすまされた爪と目を向ける。
    「無理よ」
     にべもねえ。
    「ちょ、あたしに怒っても仕方ないでしょ。何もいあいぎりにこだわる必要はないんじゃないかってこと」
     ちょっと見てなさい、とストライクは両腕の鎌をもたげ、両翼をゆるく展開した。
     ほんのりと、前かがみになる。

     それは、歩法から始まった。
     勁道を大文字に開く。

     ストライクは踊る。上体は酒に酔っているようでもあり、しかし足取りは実に安定している。体内を静かにうごめくものに身を任せているようにも見える。それらがまとまった一連の動作であるのは、ストライクが両翼を薫風(くんぷう)に沿わせているからであり、しかれどもあなたは気づかない。動きの粘りは中々に強く、利き腕ではないらしい左の鎌は特に鈍く間合いを取っている。両の足は数秒と地を噛むことがなく、過去の踊りは二度と再現されることはなく、型にはまった一挙一動はまるでない。
     片足を振りあげての跳躍。目に定まらぬ何かを背負うような反り。重力に逆らい、ストライクの上と下が入れ替わり、戻り、音もなく着
     その時、臨戦心理の錠が外れる音を、あなたは確かに聞いた。
     突如としてストライクが緑の残像となった。

     木のふもとへ疾風のごとく忍び寄ったストライクが、両翼を完全に開放。渦巻く闘気が足から立ちのぼり、腰にためていた右鎌を振り払った。
     木そのものが、切断されたことを自覚していなかったかのように、妙な間があったのは事実だ。やがて木は斜めに二分され、大きな衝撃音と共に崩れ落ちた。

     ふう、気功のために取り込んでいた空気をストライクは吐いた。
    「どう? あたしのとっておきの型。いあいぎりは覚えられないでしょうけど、これでも『斬る』ことに変わりないから。あんたが今まで発揮した勁道がどんなのかは知らないけど、柔よく剛を制すって言うでしょ? 一番やっちゃいけないのは、力任せに引き抜くこと。自慢の爪がぼろぼろになるから。あたしのを完璧に真似しようとするのもバツ。自分の力のバランスポイントを見つけることが大事。分かった?」
     何をやったのかは終始分からずじまいだが、教えたいとする肝はなんとなしに把握した。とにかく、やってみようと思った。


       ― † ―


     見たことを見たままに再構築するのがそもそもどだい不可能な話ではあるが、形から入らぬことには始まらない。

     それは、人間の称する瞑想に近い何かであった。
     四肢を大樹が張る根ととらえ、大地から力を吸い上げるイメージ。
     静かに、勁道を開く。
     目は閉じたまま。

     まぶたの闇。木はまだ視えない。
     己の爪を、腕の延長とする。
     上体をゆっくりと持ち上げ、自分の力が自然と全身に巡るよう、一番無駄のない姿勢をとる。両腕を正眼で構えると、爪の先の集中力が、密度濃いものとなってゆく。
     この瞬間から、両腕から懐までが、あなたの世界の全てとなる。
     この世界の境目は、まさしく生と死を分かつ閃きだ。

     視界の残像が闇に遠のいていき、意識もぼやけてゆく。
     緑の風。
     ゆらり、と上体が右へ傾いた。
     転倒する。
     直前で体がねじれ、左後ろ足が背後へ回った。
     二つの後ろ足で、あなたは、軽く踊ってみせる。
     陽の光を浴びた黒金色の爪は、空を裂いて風に滑る。焼け付くような爪の残滓を曳き、あなたの体は両腕にひっぱられ、独楽のようなたおやかな旋転を得る。円を成すこの世界にて、いよいよ内外の空気の差というものを感じ始める。ここへ踏み込もうとする、生きとし生けるものは全て抜け殻へと還り、二度と生きては帰さない。
     柔らかく地を踏み鳴らし、穏やかに流れるような舞踊。空を制するストライクから学び得た技能による、新たな演舞。風を取り込み、空気と化す。草木とともに風にそよがれ、なおも両腕は円弧の軌跡。

     まぶたの闇。その向こうに、木の気配が視えた。
     開眼。
     液体金属が一滴と遅れることのない滑らかな初動を持って、あなたは猪突。

     豪傑な力などいらなかった。
     流れにあわせて右腕を払っただけだった。
     爪の軌道線を阻むものは何もなく、ただ物体がそこにあるのみ。
     真正面へと接近してきた木の胴体に一振り、登りの斬撃を走り込ませる。

     自重に耐えきれなくなったそれが、斬撃と同じ傾斜角を持って、垂直にずり落ちる。


       ― † ―


     ついにやった。
     やってしまった。
     これをいあいぎりと呼ぶのかはまだ決めかねるが、それ以上の手応えが全身に流れた。主人の行く手を遮る木々どもは今のうちに切り株となる運命を覚悟しておいたほうが後々気楽だ、とすらあなたは思う。
     ストライクはとっくの前に野へ帰ってしまったようだが、これなら及第点くらいはくれるだろうと、自身に信じこませた。

     あ、おっかえりー! なかなか戻ってこないから心配してたんだよ?
     ゲートへ帰還したあなたは主人の足下へとすりより、首尾良く行ったことのサインを送る。

     おお、その感じ、なにか掴んだみたいだね? そうそう、こっちにもいいニュース。新しい仲間が加わったの。
     心臓が石になる呪いをかけられた気がした。
     ものすごく、
     ものすごく、嫌な予感。

    「あら、あんたの主人って、この人だったの?」
     あのストライクだった。

     この子ならね、あの木が斬れるかもしれないと思ってお願いしてみたんだ。だから――どうしたの、顔が怖いよ?
    「へえ、なんていうか、妙な偶然ね。変なところから始まっちゃった縁だけど、これからもよろ――ちょ、何するの危ないじゃないそんなもの振り回してやめなさいこら! 恩を徒で返す気なの!?」

     悲惨極まりないため、ゲートにて起こったその喧噪劇は、一文で記すにとどめておこう。
    「斬」をこころ得た両者による、爪と鎌が交錯しあうその剣戟のありさまは、野次馬目でもそーとーえげつないものであった。

     あなたはもう、訳が分からない。


       ― † ―


     ちなみに、だが。
     当初の目的であったあの木は、なんてこたねえ、ただのウソッキーであり、あなたでもストライクでも役に立たず、これっっっぽっっっちも歯が立たなかった。

     今はただ、あなたと主人とストライクのしあわせを祈るばかりである。


      ――――


     3年くらい前に書いて、そのまま成仏したヤツです。二人称小説にハマっていたころだったかと……。
     サブタイトルは、とある自作への小ネタです。


      [No.3628] 祈りが雑音に変わるとき 投稿者:逆行   投稿日:2015/03/15(Sun) 23:30:00     86clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ――全ての命は別の命と出会い、何かを失う 


    1

     少々の霧に覆い被されつつも、山は幾多の深緑の木々を身に纏って、毅然と広汎にそびえ立っている。
     山の至る所に、ポケモンたちがとても平和に暮らしている。かつては違った。この辺りは、密猟が行われていた。毎日恐ろしくて熟睡さえままならず、仲間が次第に減っていく悲惨な状況に、ポケモン達は心身共に疲れ果てていた。彼らが人間を心底憎んだのは言うまでもない。
     最近密猟の規制が厳重化され、ようやく彼らの元に平穏が訪れた。平和、という状態がどんなものかさえ忘れかけていたポケモン達は、この上ない絶望の反動によってとても幸せだと感じるようになった。最も、人間達への恨みの感情が消え失せたわけではないが。
     種族間で協力して見張り役を割り当てていた経験と、人間に対する共通の思いから、ポケモン達は仲がよく連帯感に優れていた。それぞれの縄張りを荒らすものなどいないし、また、誤って別の縄張りに足を入れてしまった者を、強く責め立てることもなかった。


     そんな森の、おおよそ真ん中に位置する場所。そこは、非常に騒がしい所だった。そこに、ほとんど毎日のように、向かうポケモンがいた。
     彼女の名は、『アラン』という。チルット、という鳥系のポケモンだ。綿雲のようなふわふわの翼が特徴的で、体は空のように素朴な水色一色で塗られている。目はくりんとしており、可愛らしいのでペットとしても人気が高い。
     アランはいつも、ここで歌を歌っていた。歌うときは、がやがやした場所は回避するのが普通だ。アランは違った。むしろ静寂が流れる所では決して、声をメロディに乗せることはしなかった。それは、彼女なりの理由があってのことであった。
     倒れた巨木に、ちょこんと乗る。チルットは綺麗好きな種族だが、野生のポケモンは木に生えた苔は汚いと感じないので、アランは緑のカサカサを避けることはしない。ふわふわの翼を大きく広げ、嘴を開いて息を吸い込む。そして、歌い始めた。
     アランの歌声は、とてもよく響く。しかし森のポケモン達は、ソプラノのその声に特に反応することなく、今までと変わりない振る舞いをする。いつものことであり、気にしていない。それについてアランは特に、何も思っていない。
     自然音と生活音、彼女の歌声。それらの音が、極めて混沌としていた。
     アランは、この混沌が好きだった。自分の歌と森の音が混ざり合う。それが何よりも気持ち良かった。決して、自分が発した以外の音を、うるさくて邪魔なものとは思わなかった。
     アランは歌い終える。拍手などみじんも起こらないが、満足そうな表情で帰っていった。
     このチルットは、誰に聞かせるためでなく、ただ自分の楽しみのために、心の解放を味わうために、歌を歌っている。


    2

     突如、あの子は現れた。
     彼女の名前は、『サラ』と言った。アランと同じ、チルットだった。アランよりも体の色が薄く、嘴は若干丸っこかった。しかし、そんな外見の違いは、アランにとってはどうでもよかった。   
     サラのことを知っている者、知らない者、だいたい半々であった。知っているポケモンは少し心配な表情をしつつ、サラの元まで駆け寄った。サラの笑顔を見て、話を聞いた後、彼らは安心したようだった。
     一通り知り合いと会話し、初対面だが声をかけてくれたヒトとも話した後、サラはその場にいた何匹かのポケモンの前で歌を披露した。
     歌うことが同じく好きであり、なおかつ同じ種族であるので、アランは驚くと共にとても親近感が湧いた。もちろんアランは、サラの歌を近くで聞こうとした。
     ところが。
     歌い始めてすぐに、これはあまり自分の好きなものではないとアランは確信した。どこか彼女の歌には、不純物が混ざっている、そんな気がした。何よりも、彼女自身がのびのびしてないように思えた。
     にも拘らず、切りの良い所で歌を切った後、みんながこぞって拍手をしていたことにアランは驚愕した。もっと聞きたかったなあ、などとみんな口々に喋った。
     サラは一匹一匹に丁寧にお礼をして、その後、もう私はここにはいられないなどと悲しげな表情で言った。不意に強風が吹いて、その風に乗るようにして飛び去っていった。
     半衝動的にアランはサラを急いで追いかけた。なぜあんなにあの子の歌が自分に受け付けなかったのか、それが気になっていた。そもそも彼女が何者なのか、どこからやってきたのか、それすら知らない。彼女のことが少し分かれば、その理由がつかめるかもしれない。ちょっと自分は自己中心的すぎるのではとも思ったが、どうしても知りたかった。
     サラが森を出る寸でのところで、アランは追いつくことができた。サラは、焦った表情で振り返った。自分を食べようと誰かが狙ってきたのではないかと思ったのかもしれない。迫ってきた者の正体が同種族だと分かり、ほっとした表情になった。驚かせてごめんと、即座にサラは謝罪する。
    「初めまして。私はアランって言います。あなたに聞きたいことがあるのだけど、どこからやってきたの? 後、なんでもう帰っちゃうの?」
     聞いても失礼のないことから聞いていく。サラは極めて丁寧な口調で答えた。
    「私は、人間に捕まっているのです。主人がいない間は自由に出入りができます。けれども、そろそろ帰らないと。今日は久し振りに、みんなと話せて楽しかったですよ」
     野生ではないと知って、アランははっとなった。
     人間は、モンスターボールというものを使って、ポケモンを捕まえる。捕まえたポケモンは、戦わせたり、ペットにしたり、仕事を一緒にやらせたりする。一般的にはあまりいい扱いはされないので、野生のポケモンのほとんどは捕まりたくないと考えている。この人間がひどく気に入ったなど言って、自分から捕まりにいく者も中にはいる。野生のポケモン達は、大概その者を行かせまいと食い止めようとするが、大概それでも捕まりに行ってしまう。そして、その後である。野生のポケモン達は、人間の下についた奴の悪口を、口々に言い始めるのだ。例え仲が良かった者でも、手のひらを返すように叩く。あいつはろくでもない奴だと。
     特にこの森のポケモン達は、人間に対する恨みが強いわけだから、その傾向が非常に強く、アランは傍から見て恐ろしいと感じていた。アランはこれといって、人間に自ら捕まるポケモンを、嫌いだとも好きだとも思っていなかった。興味がなかったのだ。
    「では、私もう行きます」
     なんと返していいものか分からず、アランは黙りこんでしまった。気まずい沈黙が流れ、サラは丁寧におじぎをして帰ってしまった
    アランは高度を上げた。付近の町が見渡せる所まで飛んだ。サラの飛薄い水色の体を、じっと見つめていた。


     アランが戻ると、サラの悪口が耳に入った。やっぱりかと空で聞きながらアランはため息を付く。サラと仲良く話していたヒト達は、手のひらを返して彼女を蔑む。決して本人の前で、その本音を漏らすことはしない。陰湿であり、気分が良くないことだが、仕方がないことだとアランは思っていた。
     どころか、サラが悪く言われているのを知って、笑みが溢れるのを必死に堪えていた。アランはひっそりと喜んでいた。サラに申し訳ないと、罪悪感を抱きつつも。

    3 


     翌日のことだった。アランは、サラの家の前まで来ていた。アランは昨日、場所を特定しておいたのだ。
     他人の家を除くという行為は、些か道理に反するかもしれないし、それに、人間の町になんか飛び出しては、捕まる危険もあるけれども、そんなこともお構いなしにできるほど、アランは例の理由に対する関心の気持ちが増幅してしまった。
     サラの家というよりか、サラの主人の家という方が適切だろうか。そんなことを考えつつ、そっと窓から覗いてみる。小刻みに揺れている綿雲をすぐに見つけた。少々見えにくいが、サラは一人の人間と対峙していることが判明した。
     彼女は、その人間に歌を聞かせていた。人間は歌を聞きながらうんうんと頷いていた。
     やはりアランの耳には、その歌は綺麗に届かなかった。そして、なぜ彼女の歌には、不純物が混ざっているように聞こえるのか、その理由は朧気ながら判明してきた感じだった。
     歌い終える。すると、人間があれやこれやとサラに指示を出し始めた。そしてサラはその指示に、時々難しそうな表情を見せつつも頻りに頷き、最後には真面目な表情になった。再び歌い始める。先程言われた箇所を、修正しながら。
     再び歌い終える。サラは不意に、こっちを見てきた。少しだけ驚愕したような顔をした後、主人の方に笑いかけた後、ドアを開けてもらって部屋を出た。
     アランは玄関で待っていた。だがサラは二階の窓から飛んで出てきた。サラは、少しだけ戸惑いを見せるがすぐに、
    「とりあえず、人間に見つかったら面倒なので、森の方へ行きましょう」
     彼女の邪魔をしてしまい、アランは申し訳なく思った。とりあえず彼女の指示に従い、森へ移動することにした。


    「えっと、その、何のようでしょうか」
     森へ移動し、彼女が口を開ける。歌い終えた後で少々声が枯れていた。
    「いや、なんか、その、あなたのことが気になって見に来ちゃって。邪魔してしまってごめん」
    「下手に森から飛び出さない方がいいですよ。どうして私のことなんかが気になっているのですか」
    「なんというか、人間の下で生活するのってどういう感じなのかなって」
     彼女は遠回しに質問した。すると彼女は途端に笑顔になった。やや早口になって、話始めたのだ。
    「とってもいいですよ。人間の下で生活するのは。楽しいです。私が歌を上手く歌い終わると、主人は手を叩いて褒めてくれます。ちゃんと歌っていなかったときは、誠意を込めてしかってくれます。彼と一緒にコンクールで優勝することを目指しているのですよ。優勝すれば、主人はきっと喜んでくれます。だから私はもっと練習しちゃいますよ!」
     話終わって彼女はしまったという顔をして
    「すいません、つい熱くなってしまいました。人間を心底憎んでいるヒトもいるのに、こんなことを嬉々と話すのは不謹慎でした」
    「あ、大丈夫だよ。私は平気だから。それよりも、そうやって人間を喜ばすために歌うのって、楽しいの?」
     気を取り直して私は一番聞きたいことを質問した。すると彼女はさも当然のように、
    「楽しいに決まっているじゃないですか」
     そう言い放った
     人間の下にいること、別にそれはいいと思う。自分の楽しみのために歌を歌わないのはどうかとアランは思った。アランはここで、腑に落ちた表情になった。だから自分は彼女の歌を、あまりよく感じなかったのだと。ぴったりと合点がいった。
    「でも、私は自分の楽しみのために歌った方がいいと思う」
     自分の考え強くぶつけてみた。そしたら、彼女は少し考えて、
    「でも、それって自己満足じゃないですか。せっかくなんですから、誰かを楽しまさせた方がいいと私は思うのです」
     そこで会話が止まってしまった。胸の中に確かに違和感は存在しているのに、なんと言葉にして言い返せばいいのか分からなかった。


     サラと別れ、帰りながらアランは一匹で考える。
     アランは決めた。また明日も、彼女の姿を見に行くことを。やっぱりどうしても、彼女は腑に落ちなかったのだ。


     4

     ここ最近何やら変なチルットに目をつけられていることに、サラは内心うんざりとしていた。正直面倒ではあるけれども、相手を必要以上に刺激させないように、サラはちゃんと敬語で接していた。心の中でどんなに相手に対して苛立っても、常に敬語に接し、反抗の意思を見せないようにするのが、世の中を上手に渡るコツだ、などとサラは考えていた。アランと名乗っていたチルットは、そこまで怒るようなタイプではないと思うけれども念のため。
     アランはいったい、何を考えているのだろう。自分が人間の下にいるのが、よほど癪に障ったのだろうか。でもそれよりも、歌を自分のためではなく、他人のために歌うって話、そっちの方が、真剣な眼差しを向けてきていた。
     野生のポケモンと価値観が違うのは当たり前。だから、そこまで別に気にする必要はないと自分に言い聞かせる。
     今日もサラは歌を歌う。今度のコンクールでは絶対に一位を取るつもりだ。主人を喜ばせるためには一位を取る他はない。
     主人は現在、買い物に行っていて家にいない一匹で練習することになる。少し寂しいけれども、仕方がないとサラは思った。一人で練習するのは今日が初めてではない。けれども、あの子と話してしまってから、主人が隣にいるという状況を改めてありがたいと感じ、意識してしまったから寂しいと感じてしまった。

     
     



     今日中に完成させる予定てしたが、まだ半分もおわってません。嘘かもしれません。
     自分の小説にしては、かなり平和主義な小説です。嘘かもしれません。
     最初一人称で書いてたけど、三人称に変えました。嘘かもしれません。
     たぶん後一週間くらいで書き終わります。嘘かもしれません。
     

     


      [No.3627] ポケモンと人の関係 投稿者:WK   投稿日:2015/03/15(Sun) 22:08:08     116clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※ポケモンと人の恋愛みたいな内容です 苦手な方はバックプリーズ










    人がポケモンを選んで捕獲したり、友達になって側にいて欲しいと願うのと同じように、ポケモンが人を選んで側にいて欲しいと考えることだって絶対あると思うんだ。
    だっていくら捕獲してボールで縛ったって、その気になれば自分から壊して逃げることだって、ポケモンはできるはずだよ。
    何せポケモンは人に出来ないことが、沢山できるんだから。炎を吐いたり、毒を操ったりなんて人はできないでしょ?
    もちろん、時間を操ったり空間を歪ませたり、果てにはこの世の裏側に自由に行けるなんてできない。
    人には過ぎた能力だ。

    ポケモン側が人を選んで、一緒にいたいと思う。でも、もし人がそれを嫌がったら、そのポケモンはどうするんだろう。
    反対のパターンは結構聞くよね。珍しいポケモンが欲しくてずっとアプローチしてるのに、肝心のポケモンに拒絶されて泣いてるトレーナー。
    私の友達に、初心者ポケモンを選ぶ時にヒノアラシを選んだのに、一緒にいたワニノコがすごい懐いちゃって、どうすることもできなくて、特例中の特例で二匹ともパートナーにした子がいるよ。
    ちなみに今、その子はバクフーンとオーダイルをエースにしてる。バクフーンは頼れる相棒なんだけど、オーダイルは大変なんだって。
    もう図体がでかいのに、寝る時にベッドに潜り込んできたりするらしい。おかげで今までベッドを三回買い換えたって。
    うん、そうだね。
    これが前述した『ポケモン側が人を選んで、一緒にいたいと思うパターン』だね。
    まあ、彼女は仕方ないな、って感じで嫌がってるわけじゃない。でも、本当に拒絶するトレーナーもいるかもしれない。
    小さいポケモンならまだしも、かなり図体がでかかったらどうなるか......。
    怖いね。色んな意味で。

    これの延長線の話で、ポケモンと人の恋愛がある。シンオウ神話にもあるけど、昔は割と普通のことだったらしいね。
    でも、私考えるんだ。もしこの恋愛が、一方通行のベクトルだったら、って。
    人がポケモンを一方的に愛し、その反対でポケモンが人を一方的に愛する。
    人同士なら、所謂ストーカーの域に入ることもあるかもしれないね。でも、警察が動けるならまだ良いのかもしれない。
    いや、ストーカーは最低だと思うけど!
    ポケモンが、人を一方的に愛したらどうなるんだろうね。
    人は普通のトレーナー。もしかしたら恋人がいるかもしれない。人間のね。
    人はポケモンはポケモンとしか思ってない。頼れる仲間や友達として見ているかもしれないけど、所詮それまで。
    ポケモンはそれが耐えられない。自分を一人......一体の異性として見て欲しい。
    どんな行動に出るか。
    さっき言ったように、ボールで縛られていても彼らはそれを壊せる。人よりずっと優れた体や能力も持ち合わせている。
    そこから、どんな答えが出るか。
    .
    .....前にね、ある人に出会ったことがあるの。女の人。とっても綺麗で、賢くて、優しかった。
    ひょんなことから出会ったんだけど、友達になってお互いの家を行き来したりしたんだよね。
    でもね、後でお爺ちゃんが教えてくれた。
    その人、たまにその場所に来るんだって。それも二十年や三十年周期で。.
    .....おかしいでしょ? すごい若く見えるんだよ。皺なんて一つもない美女。
    どういうこと、って聞いたら、お爺ちゃんが悲しそうな顔で言った。

    『あの人はなぁ、時の神に愛されてしまったんだ』

    シンオウ神話に登場する時の神、ディアルガ。巷では伝説のポケモンと呼ばれる。
    その人は若い時......もう七十年近く前に、ディアルガに出会った。美しいだけじゃなく、優しくて賢いその人に、彼はすっかり心を奪われてしまった。
    人には寿命がある。自分が瞬きする瞬間しか彼女と一緒にいられないことを嫌がったディアルガは、彼女の時間を停めてしまった。
    彼女の実年齢は、もう九十近いらしい。
    いくら生きても、死ぬことを許されない。たとえ発狂したとしても。
    全ては神様の気持ち次第。

    あり得ない話じゃないんだ。全然例が無いだけで。
    ジョウト地方、タンバシティでは昔、大時化になった海を鎮めてもらうために若い娘を海神の花嫁として捧げた話もある。
    これは生贄に近いかもしれないけど、とにかく人とポケモンの関係っていうのは、ただの友達や仲間だけじゃない、かなり複雑なところまで来てるってこと。
    というか、昔は普通だったんだけどね。いつからタブーみたいに言われるようになったのかは、私にも分からない。


    ーーーーーーーーーーーーーー
    一粒万倍日だということを思い出して一時間くらいで書いた。
    無理矢理感半端ない。


      [No.3626] Re: オブジェクト・コンタクト 投稿者:あいがる   投稿日:2015/03/15(Sun) 16:13:05     50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    面白く、読み応えがありました。
    ノイズだらけであらゆるものが不定形な世界の中で、管理者と預け入れられるモノたちとの間で交わされる意思疎通が、出会いと別れの存在する一期一会の機会として繰り広げられる様が奇妙ながらも人間くさくて面白かったです。
    水雲さんは、もともと計算機工学にお詳しい方なのでしょうか?
    ハード、ソフト問わず専門用語が随所で活かされていて、最後まで世界観が一貫しているなと感じました。
    こんな預け入れシステムがあれば自分もあれこれ預けてみたいですね。
    きっと預ける前より少しブラッシュアップされたモノとして引き出すことができそうです。


      [No.3625] 紫水晶の太陽 投稿者:NOAH   投稿日:2015/03/10(Tue) 08:17:55     163clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:一粒万倍】 【企画】 【ドレディア】 【サザンドラ

    イッシュ地方ヒウンシティ

    まだ街は起きず、朝霧が港を優しく包み込む。
    ポケモンセンターの電子看板以外は全て、物言わぬただの黒壁の板になってるだけ。
    そんな優しい白の世界に、そっと包まれた、2つの影が溶け込んでいた


    「朝の散歩には、まだ少し早かったかな。」


    右手から肩にかけて痣が残るドレディア。名はジャスミン
    紫の影は女性で、ドレディアの主人の『リーリエ』。
    仲間や友人、それから双子の弟からは『リア』の愛称で親しまれている。


    「ねぇ、ジャスミン。少し……遠出しようか。」


    ジャスミンは、車椅子に乗る自分の主の姿を見る。

    ロイヤルパープルのウルフヘアー。
    チェリーピンクのつり気味の猫目。
    左の頬から首、そして肩にかけて残る大きな火傷痕。


    「れでぃ……。」

    「心配しないで。今日は調子がいいんだ。このまま橋を越えてヤグルマの森にでも行くかい⁇それとも4番道路の方にでも行こうか?」


    けど、まだ4番道路の方は冷えるだろうから、森の方かな。のんびりと、そして楽しそうに話す女性の顔を、ただ眺めながら、ドレディアは思案する。
    彼女はなぜ、こんなにも強いのだろうか、と。








    肉と血が焼ける臭い

    大木が燃え、草が燃え、充満する煙と燃え盛る業火が生き物たちを追い詰めていく

    雨が降る気配は無い。
    いっそのこと清々しいほどに晴れ渡る、とてつもなく憎たらしい星月夜だ。


    「っ、……ハイドロポンプは尽きた……水の波動も少ないし、雨乞いをしても、全てを消すほどにはならない………。」


    火の粉の中をくぐり抜けながら走る紫の小さな影。
    その背中には一匹のドレディア。
    右腕には濡れたハンカチが当てられているが、よくみれば赤く爛れているのが布の下から見え隠れしている


    「さて……この子を背負いながら走るのもそろそろ限界か………っ、!」


    目の前に燃え盛る大木が落ちてきて、思わず足を止める。
    散った大きめの火の粉が顔にかかったようだが、ドレディアを背中に抱えた紫の髪の『彼女』はおかまいなく、まだ燃えていない部分に足をかけて飛び越えた。


    「っ、……あとで冷やすか。それよりも森を抜けなきゃね。こうなら最終手段だ。」


    紫の彼女……リーリエはひとまず飛び越えた大木から少し離れて、一度ドレディアを背中から降ろすと、バックルから下げたモンスターボールのうちのひとつを宙に投げた。

    そこから現れた、緑の体の三つ首の巨体のサザンドラが、するりとリーリエの前に降りてきた。


    「私は他に逃げ遅れていないポケモンや人がいないか、探せる範囲で探してくる。レディはこの子を背中に乗せて、近くのポケモンセンターまで運んでやってくれ。……そんな顔をするな、レディ。これが私の仕事なんだから。」


    頼んだよ、と告げてから、レディと呼ばれた色違いのサザンドラの背に、右腕に痛々しく、そして生々しい火傷を負い、気絶した状態のドレディアを乗せた。ドレディアが落ちないように、近くに運良く、燃えることなく残っていた長めの蔦を使って括り付けると、リーリエは送り出す。

    大丈夫、心配しないでと笑いかけた。サザンドラは、主人である彼女のその一言を信じて、背中に乗せたドレディアが落ちぬようにゆっくりと高度をあげて、東に進む。


    その先は、シッポウシティ。ここから1番近い場所はそこだろうと判断したらしいサザンドラを見送って、リーリエは視線を未だ燃え盛るヤグルマの森に移す。



    「………さて。たとえこの命尽き果てようとも、師匠からの教えと、自らの誓いは守らなきゃね。」



    決意に身を固めたその表情(かお)に、いっぺんの曇りも見当たらなかった。









    3月10日(火)
    一粒万倍企画掲載

    砂糖水さんがリラさんのお話しを待ってくださったので
    サプライズですわん

    あと私事ですが誕生日迎えました。
    これからまた1年がんばっていきます。



    NOAH
    .


      [No.3578] 【腐向け】ピカ姫様(完結) 投稿者:焼き肉   投稿日:2015/01/21(Wed) 10:35:56     81clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:サトピカ】 【腐向け

     出来たので出掛け先から投稿させて頂きます。長い&一応腐向けなので注意してください。



     金色の体毛はパチュルとも違った味わいの美しい色をしてあり、雷をあしらったようなしっぽからボルトロスと関係性のある神と呼ばれる。つぶらな黒目は黒真珠のように美しいもので、その目で微笑まれれば誰もが骨抜きにされ大犯罪者さえも精神が浄化されるという。

     かの地イッシュにおいて、ピカチュウという生き物は冒頭で語った通りの伝承が伝えられ、それはそれは大事に崇められていたという。もとより生息地が極端に少ない種族ゆえ大事にされていたものが、より希少価値のあるイッシュでは強い神秘性を持ち、神として崇められていたのだ。

     そのような経緯から、この寝る場所も召使いも食事も広すぎて多すぎる巨大な城の中に、ピカチュウはピカ姫様と(オスなのに)呼ばれ軟禁状態で寵愛されていた。もちろん服装も特注の姫様ドレスである。フリッフリピンクである。

     そんな豪華な城の中でどれくらい寵愛されていたのかというと、かわいい右前足をあげれば芳醇な香りの甘い果物が召使いによって届けられ、左前足をあげればミルタンクの搾りたて新鮮な乳が届けられるといった具合で、くしゃみでもした日には大騒ぎである。たちまち王専属の医者が天変地異でも起きたかのような形相でピカチュウの元へと走り、万が一苦みや渋みなどにピカ姫様がお気を悪くしてはいけないと、あらゆる木の実をすりつぶして調合したものにはミツハニーのあまいみつがくわえられ、ようやくピカ姫様のかわいいお口に入るのである。

     このようにして籠の中の鳥ならぬネズミ(なんだかネズミ取りにつかまったネズミのような響きである)として寵愛されつづけたピカ姫様は、ちょっぴりおデブであった。具体的に言うと赤・緑時代とかアニメ無印時代初期みたいな感じで。いいえこっちの話です。

     ついでに言うと、甘やかされまくっていたものだから性格もちょいいい感じに仕上がっていた。こんなもん食えるかー、とばかりに召使いの持ってきた食べ物を後ろ足でシッシとやって下げさせたり。気に入らないことがあるとすぐに電撃を発したり。まさに手のつけられないワガママ姫状態であった。

     だがあのプリティーなお顔が「チュウ?」と鳴きながら傾げられ、笑顔の形に緩むと、ワガママに手を焼いていた召使いも王様も、誰も彼もが「ハアアアン!!!」と悶絶し、その場にバッタバッタと倒れるのであった。ピカ姫様はそんな愚民どもに見向きもせず、茶色いしましまの背中とかみなりしっぽを向けて(フリフリドレスはうっとおしいから脱いだようだ)、さっさと天蓋つきの、ふかふかプリンセスベッドに入ってしまった。



     ピカ姫様の在住するプリンセスルームにも、もちろん窓はある。窓の外の空は、チルットの体のような青い全身に、ふわふわの羽のような雲もおくっつけていて、空全体が大きなチルットのようだ。おじさんのような神様の下半身が空一面にギッシリ詰まっているような灰色の雲はどこにも見あたらない。絶好のお散歩日和といえる。ピカ姫様はおてんば姫だから、お散歩に行きたくて長いきれいなお耳とピカピカかみなりしっぽがピクピクしていた。だけどピカ姫様はピカ姫様だから、おさんぽになんて行けないのだ。外には危険なものがいっぱいで危ない、外に出てはいけない、とお城の人間はノメルのみでもかじったのかお前らは、って感じに口を酸っぱくして言うのだ。

     もちろんピカ姫様はその過保護にうんざりしている。ピカ姫様とて立派な男の子、外で冒険の九つや八つくらいはしてみたいのだ。フリフリのドレスをうっとおしく思いながら、ピカ姫様は広いお部屋を見回してみた。

     うるさい召使いも今は部屋にいない。部屋のドアを押してそっとのぞいてみれば、見張りの兵士もうららかな昼間の日差しに、廊下に座り込んで大爆睡中である。しめた、と思ったピカ姫様は、どっから出したんでしょうねえ、自分の等身大四十センチぬいぐるみを取り出し、天蓋つきのプリンセスベッドの中に寝かせておきました。

     等身大と言ったって、今時のピカチュウぬいぐるみじゃありませんよ。CMでお姉さんが「ピカチュウ四十センチ! 大きくなったわねえ」とかちょい棒読みで言ってたあの初期ピカチュウぬいぐるみです。なにしろピカ姫様は溺愛されてちょいぽっちゃりしてますからねえ。あの時代のピカチュウぬいぐるみじゃないとバレてしまうのですよ。

     とにかくこれで、パッと見ではピカ姫様が部屋を抜け出したことに誰も気がつかないはず。ピカ姫様、気合いを入れて脱走! おお、まるでゲージから逃げたハムスターのようです。ネズミですしね。チュウチュウ。
    その四つ足で走る動きやでんこうせっか! 今にもボルテッカーを編み出しそうな動きです。

     フリフリのお姫様ドレスを揺らしながら走る動きは優雅の一言! こいつは今年のポケモン映画(2014年現在)の姫様も顔負けです。何しろピカ姫様ですから。語り手が映画館でディアンシーの甘いとろけた声と仕草にメロメロにされまくっていようと、ポケモンとして新人であるメレシー族のお姫様はまだまだ遠く及ばないのです。

     数々の兵士の包囲網(ほとんどが船漕いでる、大丈夫かこの城)をくぐり抜け、ピカ姫様は久しぶりにお城の外に飛び出しました。きれいな青空をピカ姫様が見上げると、大きなチルットのようなお空もこんにちは、ピカ姫様、と微笑んだように見えます。

     ピカ姫様は気分を良くして、四つ足で駆けていきました。ピカ姫様が四つ足で走っていると、動物らしさが強く現れていてかわいらしいですね。かわいいドレスが汚れるのも構わず、ピカ姫様が四つ足で走っていった先には、きれいな草原がありました。おいしそうなラズベリーやいちごやきのこ、かわいいヒマワリやテッポウユリなんかがたくさんあります。ひときわ大きな草は、ナゾノクサでしょうか。

     ラズベリーやいちごも捨てがたいですが、まず最初にピカ姫様はナゾノクサに話しかけました。

    「ピーカー」
    「ナゾ、ナゾナーゾー」

     ピカ姫様のうるわしゅうあいさつに、ナゾノクサは地面からボコッと飛び出して返事をしました。こんにちは、いい天気だね。そんな感じのことを言ってるみたいです。ピカ姫様があいさつをすると、ナゾノクサの体が光って、一回りほど大きくなりました。流石はピカ姫様、あいさつ一つで下々のナゾノクサをせいちょうさせることも可能らしいです。

     気分の良くなったピカ姫様は、さっそく草原にいっぱい生えているラズベリーやいちごをムッシャムッシャと食べ始めました。それにしてもここの草原のイチゴは大きいですね。ピカ姫様のお顔くらいはありそうです。ですがピカ姫様は「ガウウウルルッシャール」とか字にしづらい鳴き声をあげてムッシャムッシャ食べてます。「ピカ〜♪」なんてご満悦な声まであげてやがります。かわいいです! 語り手を64のコントローラー片手に悶絶・EDで号泣させたあのかわいい画面が、今ここに再現されているのです!

     かわいいお姫様ドレスが汚れるのもなんのそのでイチゴとかラズベリーを食べていたピカ様に、忍び寄る不吉な影が三つ。ポケモン一匹に人間二人。ポケモン一匹と人間の片割れは男のようです。

     男二人に女一人のコンビと言えば・・・・・・。ドロ●ジョ様一味ですね!

    「ちがうわよ!」
    「失礼なやつだニャー」
    「まあ元ネタはそうらしいけどな」

     さりげなくフォローを入れてくれる青年は、三人の中でも特に人がよさそうです。こいつら転職すればいいのに。

     語り手の感想はともかく、この三人はロケット団!(アニメの方の)

     狙いは麗しのピカ姫様のようです! なのにピカ姫様ったら、イチゴやラズベリー果汁のついたかわいいおててを舐めてきれいにするのにいそがしい! ああかわいい! すっかりキャラクターとしてカスタマイズされてもまだまだ動物っぽさが伺えますね!

    「なんでこんなとこにいるのかはしんないけれど」
    「イッシュのピカ姫様とくれば」
    「サカキ様も大喜びだニャー」

     この後サカキ様がよろこぶ様子を三人仲良く想像しているようですが以下省略。とにかくうららかな草原のピカ姫様の憩いは、悪者三人の手によって終わりを告げました。延びてきたアーム(古いロボットのおててみたいなやつ)によって体を掴まれ、マメパトが入っていそうな持ち運び式の小さな檻の中に放り込まれてしまいました。

     当然おてんばピカ姫様のこと、電撃で檻をぶち破ろうとしましたが、不思議なことに檻はびくともしません。

    「ニャッハッハッハッハ、この檻の対電気用対策は万全なのニャ」
    「くやしかったらなんとか言ってみろー」
    「んじゃとっととずらかるとするわよ」

     ああピカ姫様絶体絶命! このまま誘拐されて、ここには書けないようなあんなことやこんなこと(どんなことでしょうね、多分なつかしのスーファミでもサカキ様とやらされるのでしょう、)をされてしまうのか!

    「まてー!」

     魔王あるところに勇者あり、悪栄えんとするとこに正義あり。

    「お前ら、そのピカチュウをどうする気だ!」

     黄色いネズミいるところに少年あり。サートシくん(どっかのライバル風)です! ピカ姫様を助けんと、華麗にやって来たのでございます!

     ・・・・・・実際は草原のナゾノクサと遊ぶためにやってきたところを、見たことない変な奴がいたから走ってきたようですが、とにかく我らがサートシくんがやってまいりました!

    「どうするって・・・・・・」
    「サカキ様に献上して幹部昇進支部長就任いい感じー、なのニャ」
    「そのためにもこのピカチュウが必要なのだ」
    「そいつは嫌がってるじゃないか! ・・・・・・みんな、力を貸してくれ!」

     我らがサートシくん、曲がったことは許せない。それはいつどこにいても変わりはしないようでした。草原におおきなカブよろしく埋まっているナゾノクサさん達がボコリと顔を出し、つぶらなおめめを三角にしてロケット団達をにらみつけております。

     サトシと遊ぶのを邪魔されたことも、自分たちの縄張りでいかがわしいことをしているのも許せない・・・・・・そんな空気が漂っております。

    「ナゾー!」
    「ナゾナゾ!」
    「ナーゾー!!!」

     ロケット団の周囲を囲ったナゾノクサたちが、いっせいに体からこなを飛ばしました。それぞれ別の方向から飛んできた粉は全て、しびれ、どく、ねむり、全く違う種類の有毒を含んでおります。これがゲームなら「意味ねーじゃん、二ターン無駄にしてやんのwww」と笑い飛ばされて終了ですが、現実はそうそう甘くはありません。どくを食らっても眠くなるし痺れも来るのです。

    「しびれる〜」
    「毒でやられるニャー」
    「しかも、眠く・・・・・・」

     ふらふら状態になったロケット団が、手に持っていたピカ姫様の檻を手放しました。哀れピカ姫様入りの檻は勢いづいて、坂道を転がっていく五ローンのように、段差の多い草原を転がっていきました。

    「ピイカアアアアッ!!」

     こりゃ大変、たまったものではありません! グルングルンと体と一緒に視界もまわって、ピカ姫様は果てのない奈落へと落ちていきます。絶体絶命かと思いきや、その後を転げるように走ってくる人影がありました。

    「ピカチュウウウウウ!!!」

     サトシです。服が草と土まみれになるのも構わず、時々見事にずっこけるのもかまわず、ぶつけた拍子に鼻血さえ出しながら、少年はピカ姫様の元に走っていきます。だいぶ追いついたところで、彼はまるでギャロップが飛び跳ねるかのように見事に跳躍し、転がり続ける檻に飛びついて、見事ピカ姫様入りの檻の自立走行を止めました。

    「大丈夫だったか、ピカチュウ?」
    「ピカチュ・・・・・・」

     大丈夫? と言いたいのはこっちの方です。髪も服も顔も擦り傷と土でボロボロ。鼻の下は鼻血で酷いことになっています。なのにサトシは、顔も拭わずその辺にあった石を手に持って、檻にピカ姫様を閉じこめている丈夫そうな錠前を殴りつけ始めました。

     最初はすぐ近くで響く大きな音に、ピカ姫様もびっくりしていましたが、錠前を壊そうとするサトシの顔があまりに真剣なので、何かを言うこともできませんでした。

    「まってろよ、ピカチュウ。すぐに出してやるからな・・・・・・」

     ガアン、ガアン。
     石と鉄のぶつかり合う大きな音の合間に、少年の声が聞こえます。
     彼のピカ姫様への呼び方は、ポケモンを大きくカテゴライズするための、ただの種族名です。

     そう、ただの。彼にとっては、ピカ姫様とて一介の、ただのポケモン一匹に過ぎないのです。なのに彼は、必死になってただのポケモン一匹を助けてくれる。その事実が、たった一匹のピカチュウの胸の奥に落ちていって、歓喜の気持ちと驚嘆の気持ちとーー何故か悲嘆の気持ちまで広げていって、複雑な気持ちにさせました。

     一際大きな音がして、錠前が砕け散ります。ピカ姫様はサトシの力強くも優しい手によって、救出されました。その優しい少年の手! ピカ姫様は、王子様というよりは波動の勇者って感じの少年に何もかもをゆだねてしまいたくなりました。

    「・・・・・・ピカッ!」

     ですがそこはピカ姫様、照れちゃったというのもあるのか、すぐにサトシの手から逃れ、飛びずさってしまわれました。サトシ君はサトシ君で、ポリポリN線ほっぺを人差し指で掻きながら、「まあ無事ならいいけどさ」なんて心広すぎだろお前みたいなことを言ってます。

    「ヂュー・・・・・・」

     ピカ姫様唸ります、唸ります。何こいつ冷たくしたのにヘラヘラしちゃってんだてめーバーロー(どっかの名探偵みたいッスね)とか思ってるみたいです。・・・・・・そんでもって、必死で自分を助けようとするところは、ちょっとカッコよかったな、だなんて思ったりなんかしちゃったりして。
    姫様は心の中でも素直じゃないようです。

    「キェー!!! クエー!!!」

     そーんなベタベタラブコメディやらかしてるところに、KYなきとうし的鳴き声を上げながら、何かキレてるオニスズメの群れが突っ込んで来ました。なんでオニスズメがキレてこっち来てるんですかねえ。何せポケモンアニメの記念すべき第一話が放送されたのは十年以上前。語り手当時まだ子ども。麗しき思ひ出記憶の彼方。二人の絆が芽生えた瞬間に涙した記憶はあれど、どうしてオニスズメが怒ったのかなんて細部までは覚えちゃあいません。文句は無印アニメを一向にDVD化する気配のない公式に言ってください。みんながみんなアニ●ックスとか見れるわけじゃないんですよ!!

     とにかくオニスズメです。サトシとピカチュウって来たらタケシとか歴代ヒロインの前にオニスズメなんです。そのオニスズメがピカ姫様とサトシに迫ります。鋭いくちばしをきらめかせ、彼らを傷つけようと襲って来ます。

    「チャー!!!」
    「っ、ピカチュウ! イテ、いててててて!!」

     酷いです、酷いですオニスズメ! ピカ姫様のお姫様ドレスも、ふかふかの黄色い毛並みも、何もかもがその獰猛なくちばしに傷ついて行きます。サトシもこれにはたまったものではありません。

    「お前ら、やめろ! あだ、あだだだだだっ!!」

     サトシくん、何とかその辺にあった棒で応戦しようとしますが、焼けイシツブテにみずでっぽう。コラッタ二〇一五匹にニャース一匹の、多勢に無勢。ならばせめて、と同じようにつつかれてボロボロの、ピカ姫様に覆い被さりました。

    「チュウ!?」
    「大丈夫だ、ピカチュウ。お前だけは、絶対に守ってやる・・・・・・」

     サトシにとって、ピカ姫様がただのピカチュウで、たくさんいるポケモン達のうちの一匹であろうとも、適当に扱っていいという答えには結びつかないのです。たくさんいる友達の中の、かけがえのない、換えのきかない存在。そんな気持ちが、この捨て身の行動に繋がっていました。

    「ピッ・・・・・・」

     どうしてそこまで。そのピカ姫様の問いかけに、答えなんてありません。それはサトシがサトシだから、という他に言いようのないことです。しかし──だからこそ。その行動は、ワガママ姫様の心に届きました。

    「ピカチュウ・・・・・・?」
    「ピー・・・・・・ガアアァ!!!」

     守ってくれていた少年の体の下から抜け出たピカ姫様の体から、閃光のような雷撃が飛び出しました。その勢いで二人をつっついていたオニスズメの何匹かが戦闘不能に陥ります。

     効果は、抜群。

     元々ボロボロだったドレスは、ピカ姫様の発した雷撃によって更にズタボロになりました。もはやボロ布。しかしそんなことはどうだっていいのです。誰かを守りたいと思ったポケモンに、きらびやかなドレスも、かわいいリボンも必要ありません。

     心に闘志があればいい。フリルのついた服よりも、血と泥にまみれた毛皮が似合えばいい。安全な、角の研がれた積み木のオモチャはいらない。相手を傷つける牙と爪があればいい。

     でんこうせっかの黄色い弾丸と化したピカ姫様の体から、ボロ布と化したドレスが消失。一匹の弾丸はやがて怒りの電気玉と変化し、最終兵器ボルテッカーを、親玉らしい偉そうなオニスズメにお見舞いした。

     途端に無力化して慌てふためきだしたオニスズメたちに、片っ端から電撃電撃電撃電撃電撃電撃電撃電撃電撃電撃。ええい、まだるっこしい──!!! 百万ボルト、ほうでん級の十万ボルトが辺りに散らばった。

     黄色い電気に舐められた緑の草原が燃え上がり、赤い炎を誕生させる。この時点で全てのオニスズメは地に伏すか、空に逃げるかのニ択に追いつめられていた。

    「ピ・・・・・・」

     突っ伏して倒れていたサトシの頬を、ピカチュウがいたわるように舐めた。閉じられていた少年の目が開いて、同じくらいボロボロのピカチュウの背中をそっと撫でた。

    「なんだ、お前強いじゃないか。オレが守らなくても大丈夫だったな」
    「ピー・・・・・・」
    「オレの方が助けられちゃったな・・・・・・オレ、サトシ。お前は・・・・・・知ってる。この辺じゃすげー珍しいけど、『ピカチュウ』だよな」

     様も姫もない、ただの種族名。それは不思議な、特別な響きを持っていました。だからピカチュウは、気取った仕草も気高いプライドもなく、

    「ピ・・・・・・」

     ただ、頷いて、

    「ピカ、ピカチュウ!」

     ボク、ピカチュウ──そうサトシの言葉を肯定したのでした。

    「そっか、やっぱりピカチュウで合ってたか。勝手に呼んでたけど、間違ってなくてよかった」

     ポツ、ポツポツ。イッシュの神様が通りかかったのでしょうか。怒れるピカチュウの生み出した炎を宥めるように、晴れ空だったはずの空が曇り始め、雨が降り始めました。だけれども、サトシの笑顔は、まるで雲の後ろに隠れてしまった太陽がピカチュウの前に姿を現したかのようです。

     そのお日様みたいな彼の腕に抱き上げられたい──。そう、ピカチュウが素直に、心から思った時。

    「いたぞ! ピカ姫様だ! 直ちに保護しろ!」
     
     タイムリミットの鐘が鳴り響きました。ぼんくらな名も無き家来達は、当人の気持ちも言葉も聞かず、その小さな体を抱き上げて、あれよあれよという間に馬車に乗せてしまいます。

    「ピカピ!」
    「ピカチュウ!」

     言葉は虚しく、伸ばす手は届かず。

     二人はこうして、互いを抱きしめあうことも叶わないまま──引き裂かれてしまいました。  
     


    「ピー・・・・・・」

     あれからというものの。ピカ姫様は、すっかりわがままを言わなくなり、食欲すらも衰えて、すっかりやせ細ってしまいました。具体的に言うと現行アニメシリーズ(2015年現在・XY編)くらいに。

    「ピカピ・・・・・・」

     クッションに顔を埋めて、考えるのはあの少年のこと。高級素材のクッションは柔らかく気持ちのいいものでしたが、あの時抱きしめられたいと思った少年の腕に勝るものではないのでしょう。だいぶ不機嫌フェイスです。

    「ピー」

     会いたい。会いたい。逢いたい。しかし傷だらけで発見されたあの日から監視が非常に厳しくなってしまい、流石のピカ姫様でも到底抜け出せるような警備態勢ではなくなってしまいました。

     どこかの王女と新聞記者みたいに、短い間の思い出として、悲しくても割り切れればよかったのでしょうが、たった一つだけ残ったワガママ心は、思い出を思い出にしてしまうことを拒んでいました。

     これには家来もてんてこまい。宥めすかして元気を出してもらおうと思っても、なんのワガママも言いやしないので、余計に困ってしまう始末。これなら前のワガママ放題の方がマシだと嘆く者も出る始末。

     どんな薬もお医者さんも、お菓子もオモチャも絵本も劇も、少年に会いたいという気持ち──ある種の病気に、効き目などありませんでした。

     なのでピカ姫様は今日もふて寝。やせ細った体で、ベッドに潜りこんで、誰の声にも長ーいお耳を貸しはしません。

     ユサユサユサ。

     揺すられたってふて寝。

     ユサユサユサユサユサ。

     うーん、うっとおしい。

     ユッサユサユサ。

     しつこい!!

     電撃でもお見舞いしてやろうと布団から顔を出した瞬間──。

     姫様はもう一度布団の中に潜り込む羽目になりました。

    「なんだよ、せっかく会いに来たのにさ・・・・・・具合でも悪いのか? 何か前見たときより小さくなってる気がするし」
    「ピー・・・・・・」

     ずっと会いたい逢いたいと思っていた少年、サトシその人がいたからです。変な話で、いざ本人を目にすると顔が見られないのです。

    「ひょっとして怒ってるのか? ゴメンな、お前ここのお姫様なんだって? だから、なかなかオレみたいな庶民だと会いに来れなくてさ・・・・・・草原にいたナゾノクサ達、覚えてるか? あいつらがオレがピカチュウ助けたんだって、身振り手振りで掛け合ってくれて、それでようやく会いにこれたんだ」
    「ピカチュー・・・・・・」

     事情はよくわかりました。別に怒ってもいません。ただ顔が見られないだけのことなのです。

    「なあ、機嫌直してくれよ」

     なのにこの朴念仁の鈍ちんと来たら、姫様がご機嫌ナナメと勘違い。怒ってなかったのに、だんだんピカ姫様もおかんむりになってきました。ムカムカムカ。

    「ピー・・・・・・ッ! ピカチューッ!!」

     なのででんこうせっかの勢いでもって、サトシの胸にたいあたり。サトシは床にしりもちをつきながらも、あの時ピカ姫様が願った通り、腕の中に、一匹の電気ねずみを受け入れました。

     その腕の、なんと居心地のよいことでしょう! ああ、あの時素直になって、彼の胸に体を預けてさえいれば、こんなにも、こんなにも──切なくて、悲しくて、悲嘆に暮れることもなかったでしょうに。

    「なんだよ、お前結構甘えん坊なんだな」
    「チュー・・・・・・」

     いいのです、いいのです。甘えん坊さんでも何でも。もう一生離れたくはない──ピカ姫様は心底思いました。



     果たして。ピカ姫様の願いは叶いました。この恩人であるらしい少年とピカ姫様を離すと、イッシュの国宝である姫様のご機嫌が悪くなり、体調にも影響するということで、家来の者達がそれゆけやれいけもっといけ、と、婚礼の儀の準備を始めてしまったのです。

     これにはさすがの鈍ちんサトシくんも驚いたものの、「ピカチュウならまあいいか」と納得してしまいました。

     そして今日、民衆の環視の中、二人の結婚式が執り行われます。ピカ姫様はめかしこみ、サトシくんも身の丈にぴったりのタキシードなんか着ちゃってます。

     まだまだ子どものサトシくんの格好は、当人達の結婚式というよりは、結婚式に参加する子どものようでありましたが。身の丈四十センチの一匹のピカチュウにとって、十歳の少年は大きな大きな巨人のよう。

    「ピーッ、カー!!!」

     そんな新郎の肩に乗り、ピカ姫様が吼えました。

     ──ボクは今、幸せです!!



     おしまい



    一応の言い訳↓
    ※ネタにしたキャラその他作品をバカにする意図は一切ありません。本人は真剣に書きましたが、その点で不快になったら本当に申し訳ありません。


      [No.3535] R団員♀ 投稿者:おひのっと(殻)   《URL》   投稿日:2014/12/21(Sun) 03:47:33     102clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    (この小説には残酷な表現が含まれます)

     この国の男子は成人すると帯剣を許された。己の信念のもと力をふるい正義をなしたとか。今は昔のことだ。
     一人の男が公園へやってくる。腰にモンスターカプセルをぶらさげている。なかに一頭の怪獣(モンスター)を飼っていて、これは男によくなついている。男は怪獣バトル――すなわち互いに飼っている怪獣を決闘させる遊び――をするためにこの公園へ足を運んだのである。こうした遊びをする連中というのはたいていいつも決まっているものだったが、このとき男は見慣れない女をみつけた。幼顔のくせに化粧をしてミニスカートなぞはいている。年は小学校を卒業――すなわち成人――したてたくらいか。怪獣バトルにふける男たちをただニコニコとしてながめている。
     ――それにしても頭の足りなさそうなツラだ。うまくすれば食いものにできるかも知れないな、と男が思う。根拠はない。
     そこで、「どうだい」と話しかける、「きみも遊びにきたのだろう。ぼくに勝てたらこづかいをたっぷりやろうぢゃないか」
    「アラ」突然のさそいにもかかわらず女はほほえんで、「それでしたら貴方(あなた)が勝ったら妾(あたし)どうなってしまうのかしら」
    「サアどうしてくれようか」男が仲間をチラとみて、「しかしね、ここの連中は賭けごとなしでやるのが好きだから、ぼくらはあっちの方へ移ることにしよう」
    「よろしくてよ、フフフ」
     といって二人はひと気のない林の中にやってきた。
     男がそれとなく女を木陰に追いつめる。「つかまえたぞ。いいかい、ぼくは怪獣バトルがうんと強いんだ。ナニ、もう逃がしはすまいさ。きみはぼくのものになるほかないのだよ」
    「それなら」女が上目づかいで、「妾(あたし)に負けたらきっとおこづかいをちょうだいあそばせ。ちかごろてんでままならないんですもの。ですからネエ、怪獣バトル、いたしましょう」
     男は調子をくるわされる。「なんだ、いやにその気ぢゃないか。まさかはじめからこうしたかったのではあるまいな」
    「いいぢゃありませんか。妾(あたし)、お兄さんのモンスターをみせていただきたいんですの。勝てたらロハ(ただ)でよろしくてよ。ネエ、いたしましょう」云々といいつつ女の手がうねって男の腰のあたりにすべる。
     それを男がつきとばして、怪獣バトルのはじまりを合図した。が、はたしてよい勝負だったとはいいがたい。女のくりだした怪獣はまるでやる気に欠けていて、男の怪獣が一方的に押し負かした。ところが女はそれを問題にもせず男の怪獣ばかりをほめたたえる、「へえ、お強いんですのね、よく見せてくださいませんこと。ワアなんて力量(レベル)が高いのかしら。個体値(そしつ)も素晴らしいわ……いくらか厳選なさったのでしょう。素敵な怪獣ですのねえ」
     ――いやにほめるな。
     男がいぶかしんだころ、
    「それぢゃこの怪獣、妾(あたし)がいただいていきますわね」と女があっけらかんといいはなつ。「強奪(スナッチ)!」
    「なんだと? ……アッ!」とたん、背後から黒ずくめのなにものか二人組みがあらわれて、男は地面に組み伏せられてしまう。
     この隙に女が男の怪獣に向けてモンスターカプセルを投げつける。カプセルというものはもとから捕獲用具を兼ねるので、怪獣は女の虜となってしまう。うまくいったとみえて、「オホホホホホ」女の高笑い。
    「そんなことをしたって無駄だぞ、ひとの怪獣がそう簡単にいうことをきくものか」
    「マア貴方はモンスターというものが主人(おや)を裏切らないと信じていらっしゃるのね、ホホ。それならひとつためしてみましょうか」と女がカプセルから怪獣を解き放つ。
     男のものであった怪獣はなるほど今にも女に歯向かおうという姿勢だ。
    「ごらんあそばせ」女がふところからなにやら機械をとりだす、「これはなんでしょうネエ」
    「学習装置……」
    「アラ惜しいところでしてよ。博識でいらっしゃいますのね。学習装置とは怪獣の神経に呼びかけて戦闘技量(レベル)を上げるしかけですけれど、その開発過程で生まれた失敗作……これを使いますとネエ、怪獣は主人(おや)のことをすっかり忘れてしまいますの。いわば健忘装置なんですのよ」
     男の顔面は蒼白である。それもそのはず、健忘装置なる機械にかけられた怪獣が痙攣発作をおこしつおぞましい悲鳴をあげているではないか。
    「ビガヂギギィッ! ヒギイィッ! ヂガヂィッ!」
    「オホホホホホホ!」
     なにがおかしいか知れないが、鈴の音のような女の笑い声。
    「ビビビガガッガガアアアアァァ――ッ!!」
     比ゆなしに怪獣の脳天からけむりが上がっている。目玉はとうにひっくり返って、背筋は弓なり。
     やはりおもしろいらしく、「オーッホホホホホ――ッ!」
    「もうやめてくれ!」また男の声だってなかなかに悲痛だ、「どうしてそんなことをする必要があろうか。金ならくれてやる、なんだってする。だからこれ以上ぼくのモンスターをいじめないでやってくれ」
    「フフフ、たかだかおもちゃを一匹とりあげられたくらいでそんな音をあげるなんてかわいらしいんですのネ。……アッもういいみたいだわ」
     健忘装置をはずされた怪獣はまるでぽかんとして視点もさだまらないといった様子だ。
    「アラアラなんてかわいらしいのかしら。ほうら、妾(あたし)があたしいご主人さまでしてよ」
     と女にほっぺたをつねられるのさえよろこばしいのか、怪獣が女のひざにだらしなくすりよってくる。
    「オホホ、みなさんどうかみてくださいまし。これ、このお顔の不細工ったらありませんわ。もっとつねっちゃおうかしら。それともしっぽを持って逆さにつり上げてみようかしら」
     ――馬鹿にしやがって、クソタレめ。
     男が屈辱にふるえ、我をわすれる。「いいかげんにしやがれ、このアマ!」とすごんで、めちゃめちゃに暴れながら、「いまにみていろ、怪獣泥棒はジュンサーにつきだしてやるぞ」ジュンサー――巡査、この時代では公務を女性が担うのが常であるからとどのつまりは婦警の俗称となる。
    「ホホホ、警察にたよろうとおっしゃるのね。それなら妾(あたし)は貴方に冒されたとでももうしあげましょうかしら。そうしたら毎日遊びほうけていらっしゃるような男のもうし開きをジュンサーさんがきちんと聞いてくださいますかしらね」
     去勢不安のために男が息を呑む。それをみて女がにんまりとする。そのどきりとするほどのあでやかさよ。
    「なんなんだ。おまえたちは一体なにものなんだ……怪獣をおもちゃにするのを軽蔑する連中か、それともヒステリックに環境保護をうったえている一味か。ええい、ぼくの怪獣をどうしようっていうんだ」
    「ナンノカノとおっしゃられては答えてさしあげなくてはなりませんわね。妾(あたし)たちは怪獣のためだとか、自然のためだとかそんな甘ったるいうつつを抜かしているんぢゃありませんことよ。この怪獣はこれからその手のマニヤに高く売り飛ばしますの」女が一息ついて、きりとした目でにらみつける。「どうぞお控えあそばせ。ただ悪徳のため、我が世のために悪事をはたらくR団とは妾(あたし)たちのことでしてよ。オーホホホホ……」


    追伸。
    このほどよりハンドルを改めますが、かわらぬご愛顧おねがいもうしあげます。
    しばらくは以前のものと併記します。

    R団員♀ (画像サイズ: 400×500 13kB)

      [No.3534] ポケモン福祉養護施設『葛の葉』の日常 投稿者:NOAH   投稿日:2014/12/18(Thu) 00:00:43     231clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:一粒万倍日】 【長編(書きかけ)】 【オリジナルトレーナー】 【ポケモン福祉】 【ザングース】 【チルット】 【バクオング

    ホウエン地方、シダケタウン。

    ポケモンコンテストはあるが、小さな田舎町である。が、療養地としても有名な場所で、そこへ移住してくる者たちは多い。


    その町に、最近新しくある施設が建てられた。トレーナー側の事情でめんどうが見れなくなったポケモン・怪我や病気、生まれつきなものや事故で体の一部が欠損したポケモン・親を亡くしたポケモンなどを預ける施設である。


    その施設を建てたのは、ジョウトからやってきた2人の姉妹である。姉はポケモンドクターとしてとても有名な人物で、その妹はブリーダーをしている。


    そしてこのお話しは、この2人の姉妹と、彼女たちの支援者である、イッシュ地方ではその名を知らない捕獲屋たちのお話しである。







    <Case File_1 "英雄"ザングースと"居眠り"チルット>


    「さ、診断は終わりよ、新しい包帯持ってくるからここで待ってなさいね、ザングース。」


    顔の左側と右足の付け根辺りが禿げ、そこから覗く皮膚は赤く腫れ上がっている。
    左目は色素が抜けたのだろうか、本来その瞳の色は黒であるはずなのだが、灰色に変色している。
    さらに、爪は左右で長さが違い、こちらにも火傷痕がある他、大小様々な傷痕が痛々しくその両手両腕に残っている。
    しかし当のザングースは特に憶することも気にする様子でもなく、むしろ堂々とした態度を取っており、両腕を組んで治療室の椅子にどかりと座っていた。


    「クルミ姉さん、診察終わった?」

    「あら、お帰りカエデ。あとはあの子に包帯巻けば終わり。」

    「?……あ、ザングース。ここにいたの。」


    クルミと呼ばれた、白衣を来たハニーブラウンの髪の女性の下にやってきたカエデと呼ばれた少女は、その自慢の赤い髪の上で図太くも居眠りを決め込むチルットと共にやってきた。落ちないようにこっそり手で支えているあたり、その行為を許容してるようである。

    が、その居眠りチルットを目にした瞬間、それまで堂々としていた態度のザングースが一変して心配そうな顔付きになる。
    椅子から降りて慌ててカエデに近づき、眠りほうけているチルットの顔をそっと覗き込んできた。


    「はい、あなたに預けに来たの。姉さんのギャロップにうっかり踏まれそうになったのよ。」

    「あら、ヴァニラが?」

    「うん。ていうか、踏まれそうになったのに普通に寝てたよこの子。一度起こしたんだけどね……。」

    「ふらふらとあなたの頭上に移動してまたそのまま寝ちゃったってわけね……ほんと図太いわね……。」






    <Case File_2 "盲聴"バクオング>


    「朝っぱらからうるっさいわね……なんなのよ一体。」


    いつもは静かなシダケタウン。しかしその日の朝は、カナシダトンネル方面から響く爆音によってかき消されていた。
    その爆音に不満をもらしながら、寝癖だらけのハニーブラウンの髪をボサボサとかき乱すクルミに、彼女の妹のカエデが真新しい白衣を渡す。


    「なんか、カナシダトンネルに住み着いたバクオングが暴れまわってるんだって。ジュンサーさんがきて、その対処にリラさんが向かってった。」

    「はぁ?なんで車椅子のリラが……。あぁ、ヴィンデとシュロは昨日から留守にしてたわね……。」

    「そういうこと。もう少ししたら連絡が来るんじゃないかな。」

    「なるほどね、だからリーリエ嬢ご自慢のお紅茶さまが淹れられてないわけだ。
    バクオングか……カナシダトンネルはゴニョニョの一大生息地だからね。その中の一匹が進化したのかしら。」


    まあ今は考えても始まらないか、と考えて、クルミは寝癖だらけの髪を整えようと洗面所へとその足を向けた。そしてそれと入れ違うように電話が鳴り、カエデがその受話器を取った。


    「お電話ありがとうございます。こちら、ポケモン福祉養護施設『葛の葉』の秋風です。」

    『あ、カエデちゃん?我らがミス"破天荒"はお目覚め?』

    「あ、リラさん。うん、姉さんならさっき起きてきて、いま寝癖治してる。」

    『そ。なら早急にカナシダトンネル内に来てって伝えといてくれる? 爆音の元凶さん、ちょーっと様子が変なのよ。』







    人間にも特別養護施設があるんだからポケモンにもあっていいじゃないかと考えて出来た施設が
    「ポケモン福祉養護施設『葛の葉』」


    我が家のオリジナルトレーナーの設定を何人か改変したうえで小出ししてみました。


    ほんとはちゃんとここの長編板に書くつもりだったんですがお仕事が忙しくて進まなかったのでこちらの一粒万倍日の企画の方へと流してみましたん。


    Case File_1 は、体中に重度の火傷痕を負いながらもポケモンのタマゴを助け出したザングースと、大火事の後でそのタマゴから孵ったチルットのお話し。


    Case File_2 は、生まれつき盲聴のドゴームがバクオンに進化して、その突然の事態に混乱してカナシダトンネル内で暴れてしまうのを、クルミさん(オリトレその1・ポケモンドクター)とリラさん(オリトレその2・車いすに乗ったエリートトレーナー)が鎮めるお話しです。

    それぞれザングースとチルットのお話しは前々から書き溜めていたもので、バクオングの話しはツイッターで

    「生まれつき盲聴のバクオングが、どれくらいの声量を出せば人間や周りのポケモンたちに迷惑をかけないか試すために、毎日のように大声を出していたら、とかどうでしょうか。」

    というりぷを頂いたのをきっかけにそれだ!!と思って書いてたものです。
    内容はちょっと違う感じになってしまいましたけどね。

    それぞれきちんと形にするつもりではいたんですけどね。時間が許してくれませんでした。でもまた機会があったら再挑戦するつもりです。




    to 砂糖水さん
    一粒万倍日企画にまた投稿させていただきました。
    前に載せていただいた『義足、ワイン、薔薇の花』だけのつもりだったのですが、結局このお話しも書きかけになってしまったのでリサイクルさせていただきました。


    まだまだお休みが必要でしたら焦らずゆっくり休んでくださいね。砂糖水さんの体調が良くなりますように。


    NOAHより
    .


      [No.3487] Re: Illust. 投稿者:No.017   投稿日:2014/11/03(Mon) 10:05:28     106clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:殻さんのエッチ

    足にふぇてぃしずむを感じました。
    ハイ。


      [No.3440] 旅する人々 投稿者:ピッチ   投稿日:2014/10/08(Wed) 21:22:38     87clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:記事

     ポケモンとともに行う旅はポケモントレーナーにとってとても一般的なスタイルである。ジムバッジを揃えポケモンリーグに出場しチャンピオンとなることを夢見て、住んでいる町のある地方を旅したという経験のある人は多いだろう。しかしそれが代表的なものであるとはいえ、トレーナーの旅とはジムバッジを獲得するためだけのものではない。
     例えば現在タマムシシティに滞在しているカズキさんはジムバッジ取得のための旅を続けるうちに目にした土地ごとの様々な自然の造形に魅せられ、今ではポケモンとともに色々な土地を渡り歩きながら写真を撮影するカメラマンとして活動しているという。
    「カナズミシティの出身でホウエンリーグのバッジを集めていたんですが、その中で目にして印象に残った風景は数え切れないほどでした。フエンから見た山の大きさ、ヒワマキのツリーハウス、ルネのカルデラの中から見上げた丸い空に、ミナモ港から見える水平線……初めて目にするものに、たくさん出会えたんです。
     自分の住んでいる地方の中だけでもこれだけ多様な自然があるんだと、その時改めて感じまして。リーグ本戦出場は果たしたんですが、職業トレーナーはそれきりやめにしました。今はカメラ一本で生活しています」
     それは少しもったいないですね、と口にすると、そうでもないんですよ、という言葉が返ってきた。
    「『そらをとぶ』『なみのり』それに『ダイビング』。これらの技が使えれば、撮れるものの幅がぐっと広がりますから」
     トレーナーとして鳴らした腕は、今でも役に立っているようだ。

     光景ではなく、人との出会いを目的として旅するトレーナーもいる。
     ヒウンシティで大道芸を披露するジャグラーのマイクさんの周りには人だかりができていた。彼はトレーナーとしてではなく芸人としての修行のため各地を回っており、ポケモンはあくまでアシスタント兼ボディガードといった具合なのだそうだ。
    「人の多いところを選んで回っています。交通の弁もいいですし、やっぱり見てくれる人が多
    い方が身が入るんですよ。格好悪いことはできないぞって」
     隣では手持ちのマネネとタマタマがじゃれあっていた。これではボディガードとして少々頼りないのではないかと思っていると、マイクさんは苦笑して
    「ただ、大きい道を通るので野生のポケモンにはあまり遭わないんですがトレーナーの方が多いんです。バトルを挑まれるととても勝てなくって……。とうとう賞金が払えなくなって、芸を見せて代わりにさせてもらったことがあります。あれでよかったのかなあって今でも思いますけど」
     まさに芸は身を助けるというケースだろう。
     そんなマイクさんが最近凝っているのは、珍しいコインの収集だという。
    「以前イッシュ地方を回った時に、おひねりの中にデザインの違う硬貨を見つけたんですよ。よく表記を読んでみたら、イッシュ独立200周年の記念硬貨だったんです。それが珍しいなと思ったのがきっかけで……今でも、稼いだ額を数える時は毎回ほんの少し期待しながらやっています」
     ただやっぱり普通のデザインでもいいので『折れる』お金があるのも嬉しいですね、とおどけてくれた。

     また、トレーナーではなくポケモンが移動生活に向いているため、という例もある。
     実家はシンオウ地方の農場だというシュリさんは、毎年花の咲く時期に合わせて世界を飛び回っているという。そんな彼女の手持ちはといえば、ビークインに五匹のミツハニー。彼女は世界各地の花の蜜を集める養蜂家だ。
    「同業の人たちは春に、ホウエン・ジョウト・カントー・シンオウって順に北上して国内だけで終わらせる人がほとんどなんですよ。私はとにかく稼いでくる必要があったので一年中どこへでも移動して蜜を採っていたんですが、すっかりそれが習慣になってしまって」
     そう話すシュリさんの周りは、いつでも花の蜜の香りで満ちている。言葉の切れたところで、丁度一匹のミツハニーが帰ってきた。
    「咲いている花の種類が違うので、季節や土地ごとに蜜の味が違うんです。同じ場所でも、何かあって前の年にはなかった花が増えると別の味がするんですよ」
     さしずめ、各地で様々な味に出会う旅とでも言えるだろうか。
     そんな彼女に、どこで採った蜂蜜が好きかと聞くと、
    「国内ではあまり知名度がありませんが、カロス地方には多くの花の名所があるんですよ。リビエールラインの花からは特にいい蜜が採れます」
     とのことだった。シュリさん一押しの味を試してみるのもいいかもしれない。

     風景、人、味、そして最後に紹介するのはモノと出会うため各地を旅しているというセンジさんだ。子供の頃からいつも共に過ごしているという相棒のオオタチとともに、人の少なくなってきた村などを回っているという。
    「そうした村には古い財産の残っていることが比較的多いんです。揃ってエンジュの出ですから、掘り出し物の目利きには自信があるんです。私もそうですが、こいつも『おみとおし』なんですよ」
     と自負するセンジさんの職業は古物の買い付け人だ。兄が経営する古物店へ品物を卸しているのだという。
    「兄貴はエンジュから出たがらない、俺は飛び出していって帰ってこない、ならこれでお互い都合がいいじゃないかと」
     元々旅好きな気質にはよく合った仕事で、見つけてくるモノの評判も上々とのことだった。
    「まあ旅をする仕事なんですけど、見つけられる方からすれば旅をさせる仕事ですね。俺が品物と出会うのもあるんですが、品物は元あった場所から店まで旅をして新しい持ち主と出会うわけですから」
     彼の旅は出会うためのものであると同時に、出会わせるためのものでもある。そんな彼に今までで一番の掘り出し物はと聞いてみると、
    「小判を14枚ですかね」
     と話してくれた。
    「もうすぐ潰してしまう倉があるからと言われて、中にあるものを鑑定しに行ったんですよ。そうしたらもう、こいつが一竿の箪笥をじーっと見て動かない。空のはずの箪笥をよくよく調べてみたら、段の一つが二重底になっていてそこに小判が入っていたんです。こいつにはそれが見えていたんでしょうね。まったく様々ですよ」
     とセンジさんは屈んで、足元のオオタチの頭を撫でた。

     旅とポケモンが結びつけられやすいのは、やはりトレーナー修行としての旅が広く認知されている故だろう。しかし旅はもちろん修行のためだけにあるのではない。仕事のために行く旅も、楽しむために行く旅もある。
     昔旅していた人も、今旅している人も、それを忘れてはならないのではないだろうか。

    ――――
    ポケモン世界の仕事の話はもっとあっていいって聞いたけど、多分求められているのはこういうのではあまりないと思う。


      [No.3394] Re: 夢の隣、隣の夢 1 投稿者:GPS   投稿日:2014/09/14(Sun) 23:59:05     65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想だ……!!ありがとうございます!!

    家にWi-Fiが通ってなく、かといって家の外でやる余裕が当時は無かったもので、自分もゆめしまは愚かCギアを碌に使わずサービス終了してしまった身です。まずゆめしまに夢を見てます……w
    ホワイトフォレストが悲惨なことになっていたというのも自分の実体験ですw

    ポケモン世界って、ゲームやアニメを見る限り「ポケモン」という、絶対的なまでにこちら側とは違う存在がいるのに、だけどその割には世界の様子があまり違わないように感じます。
    ポケモンがいるか、いないか。
    そのことを「大きなこと」ととれるのは勿論ですが、反面「それだけ」ともとれるのが、ポケモン世界に憧れてしまう一因なのではないかな、と思います。

    書いていて自分自身も、あの限りなく素敵な「隣」がいてくれる世界に生きる主人公が羨ましくてなりませんでした。
    どうか夢としてだけでもあやかりたいものですw

    それでは、読んでいただき、ありがとうございました!


      [No.3392] Re: 夢の隣、隣の夢 1 投稿者:焼き肉   投稿日:2014/09/14(Sun) 22:33:21     72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     気がついたら読みながら涙が出てました。「向こうの世界」の僕の、リアルタイムで体験したゲームやアニメでの感動のシーンがもう映像として脳裏に現れるようで。


     どっちの世界も本当だと言えるような丁寧な日常描写が素敵ですね。ポケウッドの脱力系ラブロマンスには笑いました。ダンバル可哀想ww

     パチュルが家に忍び込んでたり、マメパトがその辺にいたりするポケモンの世界の描写も素敵ですが、色々妖怪ウ●ッチだの●ree!だの、「向こうの世界」の小ネタも丁寧なのが、この作品が描き出す世界の濃さみたいなのを感じます。

     「僕」が死ぬほどうらやましい。私もポケモンのいる世界へ行きたい。ゆめしまを体験できなかったということにもなんだか感情移入しちゃいました。私がBW始めた頃にはもうその辺りのサービス終わっちゃってたんで……。私のところにもムシャーナさん来ないかしら、煙だけでもいいから。と思いました。


      [No.3391] マサポケボーリング大会のお知らせ 投稿者:きとら   投稿日:2014/09/14(Sun) 21:38:40     90clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:オフ会】 【ボーリング

    夏の日差しも秋に移り、みなさまいかがお過ごしですか?

    さて秋と言えば運動となり、ぴじょんぴょんもといなんばーじゅうななさんの指令で第?回マサポケオフを企画する運びとなりましたことをお知らせし、ボーリング大会にきまりましたことをお知らせします。
    その他レクリエーションは人数によりけり。
    サンシャインシティ周辺での計画になります。

    参加条件は、
    ボーリングを元にしたオリキャラ、既存キャラのネタを予めかいておくこと。当日感想交換します。
    ボーリングなので靴下ハイテキテネ。

    人数が少なければ乙女ロードいくもよし、サンシャイン水族館をまわるもよし。

    本ばかり読んでないで体を動かそう!


    初心者歓迎
    売り込み歓迎
    むしろその時に買うからもってこいと作者にかけあうのも歓迎


    肝心の日時ですが、
    10月の日曜、スパークの日に早めに切り上げてから遊ぶ
    その他の日

    11月3日

    12月、ポケセンが移転してから

    どのあたりがいいでしょうか?参加したい、用事が合うなら参加したい方、どんどん意見ください!
    むしろスパークに出るからついでに、という意見もあるかもしれないです。


    なお、ゴーヤロックは強制参加となります。キテネ


      [No.3347] Re: メタルパウダー逃避行 投稿者:照風めめ   《URL》   投稿日:2014/08/16(Sat) 18:04:46     65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    焼肉さん、感想ありがとうございます!
    ベースは三枚の御札でした。小僧が必死に頑張ってもすぐ追いかけてくる山姥みたいな雰囲気で考えてたんですが、なんだかんだで可愛らしいオチになっちゃいました。
    書いてる過程でほんっとニドキングってワザのバリュエーションが便利だなあとしみじみ。

    まあ小さい子供から見ればでかいし顔もちょっといかついから追いかけて来れば怖いですよね。
    そして当のニドキングはそれに気づかず……。といったすれ違い。


      [No.3345] Re: 英雄の独白 投稿者:焼き肉   投稿日:2014/08/16(Sat) 14:14:29     61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    コトネちゃんの小道具の葉っぱの使い方がかわいいです。紅葉の描写も綺麗です。
    確かに基本楽しく旅をしている感じのHGSSの主人公からしてみれば、ずいぶんデッカイ使命を背負わされたトウヤくんの話は許せないというより不思議なんだろうなあということで、コトネちゃんの反応はなんだか私の中でもしっくりくる反応でした。
    結果的に英雄になったトウヤも他の地方の主人公と同じくらいの少年でしかなくて、強制的に巻き込まれていろんなことを考えさせられることになったトウヤくんは、大きな経験もしたけれど辛かったのかなあと考えさせられるお話でした。


      [No.3343] Re: メタルパウダー逃避行 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2014/08/16(Sat) 14:00:51     76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    なんだこれはかわいい。メタルパウダーの使い方が違うとかそんなことはどうでもいいというくらいかわいい。
    そんな話でした。
    穴に落ちてもロッククライムで復活し、冷凍ビームで橋を作り、何としても仲の良かった友達そっくりな息子に追いつこうと奮闘するニドキングがかわいい。

    息子が「ひー助けてー」みたいな感じで逃げてるのを、ニドキングは「むかしのともだちのにおいがするー♪」みたいなノリで追っかけてたのだと思うと口元がニヤニヤしてきますね。


      [No.3342] メタルパウダー逃避行 投稿者:照風めめ   《URL》   投稿日:2014/08/15(Fri) 22:38:04     112clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     町外れの山の奥、そこには薬屋を営む小さな一軒家がありました。
     家に蓄えていた食べ物が無くなってきたために、近くに買い出しにいかねばなりません。
     しかし、薬屋の主人は薬の調合。そして主人の妻は店の番があり、手が離せません。そこで、まだ幼さが残る一人息子に買い出しに行かせることにしました。
    「いいかい、この紙に書いてあるものを買いに行くんだよ」
    「うん、分かった!」
    「山には凶暴なポケモンもいるが、お前はまだ自分のポケモンを持っていない。だから、これを持っていくと良い」
     主人は息子に小さな巾着袋を渡します。息子が試しに広げてみると、中には紫色の粉末が入っています。
    「これはメタルパウダー。困ったことがあれば、この粉に祈りをささげて辺りへまぶせば、お前の望んだ姿となってきっと助けてくれるよ」
     そう言って、主人は息子を送り出しました。

     買い物も無事に終わり、荷物を抱えて帰り道に着く息子。行き道は何事もなかった山の小道ですが、帰り道は食べ物の匂いがするからかポケモンの匂いが強くなりました。
     しかし徐々に気配は近づいていきます。悪寒を感じた息子が後ろを振り返ると、そこにはニドキングの姿が。しかも一直線にこっちに向かっているではありませんか。
     これに気付いた息子は大慌て。荷物を落とさないように抱え直し、出来る限りの早足で家へと向かいます。
     そんな息子の前に広がったのは大きな川。しかし慌てて来たため橋まではかなり離れた位置に出てしまいました。
     とはいえニドキングが近付いているのは確かです。自分よりも大きな体が迫ってくることにパニック状態に陥った息子は、巾着袋からメタルパウダーをまぶします。
    「この川を渡らせろ!」
     するとメタルパウダーがオーダイルに姿を変え、背に少年を乗せて川をすいすいと渡っていきます。
     これで一安心。と思いきや、ニドキングは波を制して少年の後を追うようについてきます。
     息子がモタモタしている間にニドキングとの距離はより詰まり、ついに足を緩めれば間もなく捕まるような間隔になってしまいました。
    「落とし穴を掘れ!」
     息子はそう叫ぶと、再び巾着袋からメタルパウダーを取り出しては、真後ろにまぶきます。
     するとメタルパウダーはサンドパンに姿を変え、両手を素早く動かして、深い落とし穴を掘っていきました。
     突進していたニドキングは、落とし穴の手前で急停止出来ずに穴に落ちてしまいました。
     ほっとするのもつかの間、ニドキングは落とし穴の中に出来た僅かな凹凸の窪みを利用してロッククライムで地上に瞬く間に出てきてしまいます。
     落とし穴から出てきたニドキングとの追いかけっこが再び始まるやいなや、すぐに谷に出てしまいました。
     さっきの川と同じく行きと異なる道で来たため、たった一つだけ架かった橋は視界の遥か先です。となれば……。
    「空を飛ばせろ!」
     息子は残りのメタルパウダー全てを巾着袋から目の前にまぶきます。
     するとメタルパウダーはエアームドに姿を変え、息子を乗せて崖をひとっ飛び。
     流石にこれにはニドキングも唖然として動きが止まります。が、ニドキングは冷凍ビームを向かいの崖にめがけて放ち、細い氷の道を作って渡ってきました。
     とはいえ、崖から家までは目と鼻の先。エアームドから降りて、息子は薬屋の主人の元へ転がり助けを求めました。
    「お父さん! 助けてください! ニドキングに追いかけられました!」
     薬屋の主人は息子を家に入れると、一人家を飛び出し自らニドキングの元へ近づきました。
     息子は不安そうに見ていましたが、ニドキングは主人を襲うどころかむしろ無邪気に戯れています。
     どうやらニドキングは昔、薬屋の主人と仲が良かった野生ポケモンだったようです。
     ニドキングは食べ物ではなく、薬屋の主人と似た臭いの息子を追いかけていたのでした。


    ───
     お久しぶりです。生きてます。
     一年以上前の作品ですが、何気なく置いておきますね。これ以来もう長い間短編書いてませんわ……。
     メタルパウダーの使い方違うじゃねーか! というツッコミに関しては二次創作なので大目に見てください。大目に見てください!


      [No.3341] Re: 16番道路におけるゾロアの大量発生について 投稿者:GPS   投稿日:2014/08/13(Wed) 22:27:34     53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    うおお!感想ありがとうございます!!

    厳選作業すると、まあ当然、気に入らない個体値のものは逃がすわけですが
    あれはゲームのシステムだから「にがす」だけなのであって
    現実的に考えたら、「にがす」だけじゃ勿体無い、と思うトレーナーがいてもおかしくはないよなあ……と。
    それで、孵化したてのポケモンに廃仕様のポケモンぶつけたらまずいだろうと。

    そんなイメージで書きました。
    知らないとはいえジャッジのお兄ちゃん罪深いですね。

    読んでいただき、ありがとうございました!


      [No.3340] のろわれディスコでおどりましょ 投稿者:GPS   投稿日:2014/08/13(Wed) 20:09:11     94clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     バイト先の先輩の、お兄さんの友達の話なんだけど。
     
     その人の名前、仮にAさんとしとこうか。
     Aさんはその日、森できのみ採りをしていたんだって。
     結構奥まで行ったみたいで、珍しいきのみとかあまり見られないポケモンとかもいて熱中してたら、気がついたらもう真っ暗だった。
     腕時計で確認した時刻はまだ七時前だったけど、森の中っていうのは人里よりも早く暗くなっちゃうんだよね。こりゃまずいなー、迷わないようにしないとなー、って思ってたけれども足下も周りも見えなくて、やっぱり迷った。
     おまけに、うっかりニドキングと鉢合わせしちゃったみたい。向こうも突然現れた人間に驚いたのか、すぐ攻撃されることはなかったけれども慌てて逃げまどったAさんは帰り道を完全に見失ってしまった。
     手持ちにひこうポケモンはいなくって、連れていたのはユンゲラー一匹、テレポートを忘れさせたのをあれほど悔やんだことは無いってさ。
     ガーディとかポチエナとか、ヨーテリーとか。鼻が利くのがいればまた違ったんだろうけどね。

     ともかく、とりあえず歩いてみる他は無く、Aさんは森の中を回っていた。しかし何せ真っ暗だし、ヤミカラスとドンカラスは不気味に鳴いているし、グラエナの遠吠えは聞こえるし。むしポケモンの這うカサカサという音や、どくポケモンか何かが液体を垂らすような水音までして不気味でしょうがない。
     イヤだなあ〜、どうにかならないかな〜、って思いながら震える足で地面を踏んでいた。折しも新月で空からの明かりも無く、暑くも寒くも無い中途半端な曇り空には宵の明星だけが鈍く光ってた。
     と、何やら音がする。ポケモンの鳴き声じゃない。足音でも無い、水音でも無い。勿論風の音でも無い。ヤマブキとかコガネとか、タチワキみたいな繁華街で聞こえる音によく似ていた。大音量でがんがん鳴り響く音楽と、歓声悲鳴、そして怒号。狂ったように騒ぎ立てる、あの感じだ。
     なんだろなー、って思って音の方へとAさんは行ってみることにした。木々の間を縫って音へと近づく。何枚目かの葉っぱをめくると、明かりが見えた。
     ど派手なネオンサインにシャレオツぶった筆記体。ピンク、黄色、スカイブルーと目まぐるしく色を変えて光っている眩しすぎなそれは、人の手がほとんど入っていないような森の奥にあるはずの無いものだった。そんな場違いなネオンを見て、Aさんは呟いたんだってさ。

    「ああ……ディスコ、か」

     ってね。
     
     森の中で夜を越すのは不安だし、ディスコなんて久しぶりだからせっかくだしとAさんは入ってみることにした。ほとんど剥がれたポスターの残骸でべたべたのドアを開けると、そこはなかなか本格的だった。
     結構な人数がダンスに興じていたり、ところどころで乾杯していたり。バーカンも盛り上がってるし、フロアのど真ん中には紫色のハットに、これまた紫のダメージ加工なジャンパーを身に纏ったDJが客たちを煽っていた。
     へ〜いいじゃん、なんて思ってフロアに混ざっていった。途中入場も可能だったらしいね、曲の最中で現れたAさんのことをみんな笑顔で出迎えてくれたんだ。4つ打ちのEDMに合わせて足を動かし、声を上げ、一緒くたになって踊り狂う。ぐるぐると回るミラーボールは、極彩色をフロアに落として冥府の王みたいな存在感を放っていた。

     踊り疲れてきたのでちょっと休憩するか、とバーカンに向かう。みんなまだまだ踊っている、元気だなー、よくあんなに動けるなー、って感心しつつ喧噪から距離をとる。色に満ちたフロアとは違ってこちらは光が少なくて心地よい薄暗さ、蒼の照明がい〜い雰囲気。
     季節も夏だしそういうキャンペーンなのか、白の浴衣を着たかわいい女の子に、生ね、と声をかける。はあい、なんて氷柱をつついたような透き通った声で笑った女の子は、赤い帯を揺らしてビールを手渡してくれた。チャージ料金三百円、プレミアムモルフォン一杯六百円、あたしのスマイル百円になりまあす、だなんてかわいい笑顔で言ってくるもんだからついついお札一枚渡しちゃったんだ。ありがとうございまあす、カウンター越しの彼女がそう言った時に、首のあたりがひんやりしたかもしれない。
     実質千円のビール、まあこういう所では高くても仕方ないからこんなものさ、に口をつける。冷たい。凍るように冷たい。ありえない冷たい。こおりタイプの飲み物かよっていうくらい冷たい。っていうかガチで氷が入っていた。
     ビールに氷だと? いや、それが好きな人もいるらしいし美味いという情報もある。だけど大多数の人はいれないだろうし、欲しかったら自分で言うだろうから普通、最初からは入れないだろう。っていうか薄まるじゃないか。
     怪訝に思って女の子を見る。視線に気がついた女の子は、テキーラを棚から出す手を止めて、あっその氷あたしの特製ですう〜、なんてにこにこしている。悪気は無さそうだからそれ以上何も言えなくて、一気のみ不可能なビールをちびちび舐めながら適当に頷く。
     特製って何のこっちゃ、冷凍庫で水固めただけだろ、てな具合に疑問はまだあるけど、ビールに関してこれ以上言っても仕方なさそうだ。話題を変える。お嬢ちゃん、ここのお客さんたちはすごいんだねえ。さっきからずっと踊ってるのに、ぜんっぜん疲れてなさそうだもん。その声に応えたのは袖を口元によせてきょとんとしてる女の子じゃなくて、いつの間にいたのか、隣でウイスキーの瓶を開けていた男だった。気配も何もなく、すぐ傍で当たり前のような顔をしてグラスを煽るその姿に驚くAさんを意にも介さぬ様子で男はふん、と鼻を鳴らす。
    「兄ちゃんそりゃあ当たり前よ。あいつらのこと、よく見てみい」
     酒臭い息を吐きながら、その男はにやにやと言った。まるでぼろみたいな灰色のコートは所々に穴が開いてる。ベージュの襟巻きは布切れの如くぺらっぺらだが、どうして屋内のしかもディスコで、それを外さずにいるのだろう。同じくらいの色で同じくらいぼろぼろの帽子の鍔は深く、髭面の目を拝むことは出来ない。
     不気味な雰囲気に気圧されつつも、男の言葉にフロアを
    振り向く。何もおかしいところはない。みんな楽しそうに踊っている、ミラーボールの光が彼らを照らして代わる代わるの斑点模様を作り出している。
     光、というのにふと考える。光があれば影が出来る。それは当たり前のこと、ガーディ西向きゃ尾は東、てな感じだ。
     だけど気づいてしまったんだ。ここのディスコにいる人みんな。観客もDJも音響のエンジニアも、みんなみんな。あっちで踊るイカした兄ちゃんも、こっちで笑う派手めの姉ちゃんも、観葉植物に話しかけてる酔っぱらいもみんなみんなみんな。

     みんな、影が無かったんだ。

     そしてもう一つ、あんなに踊り狂っているのに、足音が全く聞こえない。そりゃあそうだ、みんな足が地についていないんだから。例えじゃない、マジな話。
     Aさんの全身の毛という毛がぶわあっ、と逆立つ。あまりの恐怖に、彼、持ってたグラスを落としてしまったんだ。おいおい大丈夫か、と隣の男が苦笑しながらAさんを見た。
     一つだけの、赤い目でね。
     うわあー!! Aさんが叫んだ時、彼は既に人間じゃあ無かった。どっしりとした、しかし触れれば貫通する鼠色の体躯を持った一つ目のゴーストポケモンさ。サマヨール、下手したらあの世に連れていかれちゃうかもしれない、Aさんはまひともうどくとメロメロがいっぺんにきたみたいな状態の足を動かして男から離れようと席を立った。
     お客さあん、どうしたんですかぁ? バーカンの可愛い女の子も既に可愛いとか言っている場合ではなくなっていた。かわいさよりもどちらかと言えばうつくしさコンテスト向きの、こおりゴースト複合ポケモンに変わっちゃってたんだ。嘘みたいに冷たい吐息を悩ましげに吐いた彼女、ユキメノコが首を傾げると、Aさんの落としたグラスからこぼれ出たビールが一瞬にしてこおり状態になってしまった。
     次は我が身、オーロラビームかふぶきか、はたまたぜったいれいどか。別にこおりわざを食らったわけでもないのに、Aさんの体温は一気に急降下した。こうかはばつぐんだ!
     あっすいませぇん、お客さんに当たっちゃいました? ユキメノコが見当違いな心配をしてくれる。寒いですよねぇ、ごめんなさいですぅ、と相変わらず声は可愛らしいけれどもつり上がった目はファイアーのにらみつけるにも匹敵する恐ろしさだった。そんな自覚がまるでないユキメノコは、今すぐあっためてあげますぅ、と手を叩く。ぶわりと冷気及び粉雪が舞い上がり、カウンターの板がスケートリンクに進化した。
     主に寒さでは無い理由で震えていたAさんの前にあった照明の蒼い炎が一気に燃え上がる。簡素な作りのランプだったそれは瞬く間に膨れ上がり、明るいけれども虚ろな目でAさんを見つめた。息を飲んだAさんの眼前で、照明がぐにゃりと大きく曲がる。そのままぐるりと一回転した照明ことランプラーが、自分の存在を誇示するみたいに炎の燃える両腕をAさんへと突き出した。
     ひゃあ、とかひょええ、とか、声にならない声をあげてAさんはカウンターから弾かれるようにして遠ざかった。冷や汗だらけのAさんの背中を男の声が追いかける、「嬢ちゃんダメだよ、この子のおにびじゃあこおり状態には効かないよ」。違う、そうじゃない。けどそんなこと指摘している場合でもない。
     ひいひい言いながらフロアへ戻る。一刻も早く外に出なければ、しかし客で混雑していてなかなか進めない。足をもつれさせるAさんに誰かがぶつかった。おっとすみません、反射で謝る。
    「どうしたのお兄ちゃん、大丈夫?」
     ぶつかったのは小さい男の子だった。悪魔の角つき帽子にオレンジ色の半袖Tシャツ、ちょっとやんちゃが入ったじゅくがえりな風貌の彼にAさんは状況も忘れて、こんなところに子供一人で来ちゃだめだよと提言する。
    「一人じゃないよ。お母さんときたもん」
     お母さん? 尋ねたAさんに男の子は「ほら、あっち」とAさんの後ろを指さした。振り返ったAさんは何か柔らかいものにぶつかった。ぶわりと広がるピンク色の影から黒い球体が現れる。薄暗い照明の中浮かび上がったそれは、超特大サイズのパンプジン!!
    「あら、ごめんなさい。私の息子が」
     どこから出してるのかわからないその口調はおだやかだけど、Aさんよりも大きなこわいかおはおぞましく光り輝いている。おかあさーん、と無邪気に飛びつく男の子の胴体がみるみる内に丸く膨らんでいくのを視界の端から追い出しつつ、Aさんはとんぼがえりで逃げ出した。
     どうなってるんだここは、と泣き叫びたくなるのを必死で抑えつつドアへと向かう。一刻も早く逃げ出さなくてはと息を切らして走るAさんの腕を誰かが掴んだ。呼吸が止まるくらいに冷たい感覚、そしてびちゃりと濡れた感触。
    「ちょっと〜、もう帰っちゃうの〜?」
     自分の腕を掴んでいたのはド派手かつグラマーなレディーだった。真っピンクに染めた長髪と、それと同じ色をした露出が極端に低いワンピース。スリーサイズの全てにおいて個体値高めの彼女はぽってりした紅い唇を尖らせた。
    「こっからが楽しいのよ〜? まだ踊りましょうよ」
     コケティッシュに首を捻る、雰囲気も相まってメロメロ状態になりそうだったけれども、彼女の後ろにいるこれまた恰幅のいいド派手な男が水色の髪を撫でつけながらいかくしてきたために一歩退く。そういえばこの女、妙に手が濡れている。手汗がひどい、うるおいボディな人なのか? そう思っているAさんの頬を女はちょんと軽くつついた。
    「帰っちゃだーめ、ね〜?」
     拗ねたような女が頬をぷくっと膨らませる、しかしその膨らませ方は尋常じゃない。白のふわふわな襟さえもはちきらんばかりに膨れ上がった頬の真ん中、つぶらな瞳の女にAさんは気がついた。違う! ボディはボディでも……のろわれの方だ!!
     まとわりついていた触手を強引に振り払い、びしゃびしゃになった腕を動かして無我夢中で女を突き放す。既にグラマーどころでは無くなっていた女の身体はぐにゅりと弾力たっぷりにAさんをはじき返した。
     ちょっと酷いじゃな〜い、なんて声も鼓膜を素通りしていく。足はまだ動く、ありがとう意外と低い70パーセント。
     とりあえず走る。何が何でも走る。しかし人混みのせいでうまく進めない。フロアの片隅に設置された観葉植物が植木鉢から根を引き抜いて飛び出し、幹をうならせ、枝を揺さぶって邪魔をしてくる。低音を響かせるウーファーが、ワブルベースのサウンドだけでは飽きたらずにケタケタ笑いの毒ガスを吐き出している。壁に沿ったロッカーは片っ端から針金みたいな手を生やし始め、無機質なネズミ色を鮮やかなブルーと黄金色に変化させている。ずらりと並んだロッカー、否、もはや荷物では無くミイラを眠らせる棺桶となったそれらの全てが赤い眼をぎょろぎょろと向けてきて、Aさんをかなしばる。それでもまだ、まなざしが赤で助かった。これがくろだったらにげられない!
     耳が片方取れたミミロルや眼球が行方不明なヒメグマにつぎはぎだらけのニャオニクスと、ひたすら不気味なぬいぐるみを大量に抱えたゴスロリ女がAさんの逃げまどう様子を見て、錆びた金具みたいな口を笑みの形そのままに裂いていく。
     血色の悪い顔に薄い色つき眼鏡をかけ、紫に染めた髪の毛をやたらと逆立てた男がにやにやと笑う。両耳のピアスは合計いくつだろうか、首飾りや腕輪、ダメージ素材の服に腰の上から巻かれたベルト、大量のアクセサリーがリズムに乗って身体を揺らす男の動きに合わせてじゃらじゃらと音を立てる。その全てについた宝石はぎらぎらと悪趣味に光っていて、黒のレンズの向こうにある瞳には白目も黒目も無く、ただただ一際強い輝きを放つだけの石ころだ。
     でっぷりと太った丸顔の男が、慌てふためくAさんに気がついて道を開けようとしてくれた。しかし体積の大きいその身体が移動出来る場所などどこにもない、くりっとした眼を困ったように揺らした巨男は、元々膨らんでいた頬をさらにぷっくりと膨らませ、そしてあろうことか浮き上がりやがった。スーパーなブラザーズの赤い方以上の太りっぷりなのにまさかのふゆう、「これがウワサの風船おじさんか」なんて言ってる場合じゃない。 
     あっちを見てもこっちを見ても、まともな人間なんて一人もいない。こんらんどころの騒ぎでは無い、にたにた笑いを浮かべながら紫電を放ち、ぎゅんぎゅんと猛スピードで回転しているミラーボールの光の粒から逃げるようにして走る。
     ようやっと出口にたどり着く。息切れも構わず重い扉に手をかける。一刻も早くここを出たい、流れるミュージックはタマムシゲームコーナーの如く軽快なものだが、こっちにとっちゃあシオンタウンβ、もりのようかん、それかアルフのいせきで聞くラジオのようなものだ。
     森の闇につながる扉を開きかけて、ふと視線を感じた。思わず振り返る。抜け出るのに苦労したはずの、混みまくっていたはずのフロアの中央だなんて絶対に見えるわけも無いのに、何故か目が合った。フロアを回してオーディエンスを沸かせているDJ、ど真ん中のブースにいた彼女と目が合った。
     長い長い髪を紫ピンクに染め上げて、同じ紫の袖に包まれたほっそい両腕をせわしなく動かしている彼女はAさんをじっと見据えた。赤く光る両目に睨まれて、Aさんは扉を開きかけたまま動けない。
     髪をばさりと揺らして、DJがにいっ、と鮮やかな赤いルージュで飾った唇を歪ませた。薄暗いフロアと断続的な明滅を繰り返す照明による極彩の光、蔓延している汗と酒の匂い、耳にがんがん響くダンスミュージック。その全てを従えた彼女はこのディスコの女王、そんな笑顔に魅せられて、こんな時だというのにAさんは見とれてしまう。動きを止めたAさんに、DJの彼女は、歌うように囁いた。
    「また、いつでもいらっしゃい」
     クラブイベントで、ただの話し声がフロアの中央から出入り口まで届くはずがない。彼女のそれは声じゃなかったんだね。ほろびのうた。それを聞いたきっかり3秒後、Aさんはめのまえがまっくらになった。

     で、結局、気がついた頃には朝になってたらしい。
     寝ころんでいたその場所にはディスコなんて影も形も無くて、木々が無秩序に生えているだけだったんだって。
     でも、ちょっと調べてみたんだけどさ。
     そこ、オカルトマニアの間では、結構なメッカなんだよ。
     ゴーストポケモンのたまり場ってウワサだよ。

     Aさんは言った。
     「ムウマージは、呪文によって相手を苦しめることが出来るんだってな」
     「呪文と言っても、それが鳴き声による言葉だけとは言いきれない。もしかしたら、自由自在に音楽を聞かせることも呪文の一種なのかもしれない」
     「だとしたら、あの夜のDJ、彼女も呪文を使っていたんだろう」
     「だけど、あれは苦しめるための呪文じゃない」
     「ムウマージの呪文には、相手を幸せにする効果もあるそうだ」
     「あれは、そういう類の方だった」

     ってね。
     だから、先輩のお兄さんは聞いてやったんだ。
     幸せになれるなら、また行きたいとは思わない? ってさ。
     そしたらAさん、首をぶんぶん振って、「とんでもない!」だって。
     あんな怖い思いするのは、もう二度とごめんなんだってさ。
     「だけど」Aさん付け加えた。
     付け加えて、最後にこう言った。

     「もし次に行ったら、もうちょっとは楽しめるかな」


      [No.3339] Re: 俺はシビルドンに恋をした 2 投稿者:GPS   投稿日:2014/08/13(Wed) 20:07:09     93clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想ありがとうございました……!

    病んでる……シビルドンは人間が水中じゃ生きていけないって知らないのでその……
    あと、とりあえず喋らせるわけにはいかないので、行動面で直球勝負にしたのが原因ですね……。

    ペラップと、それからツタージャの話は元々それぞれ独立した短編として発表しようと思ったのですが
    あまりにも救いようがなくなってしまったので1エピソードとして使いました。

    読んでいただき、とても嬉しいです!
    ありがとうございました!!


      [No.3338] Re: 星降る夜に待ち合わせ 投稿者:砂糖水   投稿日:2014/08/12(Tue) 23:27:46     61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    焼き肉さんこんばんは。

    そのひとの正体をぼかしすぎて話の内容までぼやけてしまったので、やっちまったな!って感じなんですが、感想いただけて嬉しいです。
    個人的にそこはちょっと気に入っていたので、好きって言っていただけて感無量です!
    逢えたかどうかは…読んだ方の心の中で…。
    感想ありがとうございました!


      [No.3337] ポケモンどこだ 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2014/08/10(Sun) 00:57:12     72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     絵本っぽいものその二。



     ポケモンはね、何も草むらにばっかりいるんじゃないんだよ。
     ぼくがやってるみたいに、耳をすませて、じーっとあたりをよく見てみて。

     ほら、いるでしょ? 景色に隠れたつもりでいる、たくさんのポケモンたちが。
     あそこの花畑の中に紛れた、一際目立つ大きなお花はラフレシア。
     あんなに大きなお花を頭に乗っけておいて、自分はうまく隠れてると思い込んでるみたい。
     小さな花が揺れるのに合わせて、自分の自慢の花も揺らしてる。
     すっごい花粉が辺りに振りまかれてるけど、不思議なことに、周りのお花はくしゃみの一つもしないみたい。
     仲の良いお友達なのかもね。
     綺麗だから、まあいっか。



     こっちのひまわり畑に紛れてるのは、キマワリ。
     こっちは本当にそっくりだから、ラフレシアよりも自信満々みたいだけど、ムダなんだからね。
     そんなふうにニコニコ笑ってるひまわりなんて、キミだけだよ。
     背の高いお花の中で、キミだけ少しちいさいし。
     楽しそうだから、まあいっか。



     こっちのため池のハスの花の中に紛れてるのは、ハスボー。
     そっくりさんだからキマワリよりもっと自信満々に見えるけど、ムダなんだからね。
     そんなふうにポケモンを運んでるハスの葉っぱなんて、キミだけだよ。
     どうもちっちゃなコラッタが向こうに渡るのを手伝ってるみたい。
     まるでバタフリーに蓮の葉っぱを引かれて移動する、おやゆび姫みたいだね。
     陸に上がったコラッタが、しっぽをブンブン振ってる。ありがとう、って言ってるみたい。
     ほのぼのするから、まあいっか。

     

     ふー、ちょっと疲れたなあ。
     あ、あそこに腰かけるのにちょうどいい岩があるぞ。
     よいしょっと……う、うわ、動いた!?
     わー!! 石かと思ったら、道ばたでねてたゴローンだった!!
     ごめんなさーい!!!!



     ふう、ひどい目にあった……。おうちに帰って休もうっと。
     あれ? おうちの入り口にカボチャがゴロゴロ転がってる。
     なんだろう。あ、一こだけ張り紙がしてあるカボチャがある。

     「いっぱい取れたから、いっぱい食べなさい」だって。
     近所に住んでるぼくのおばあちゃんからだ。
     どうせならあがっていけばいいのに。あとでお礼にいかなくちゃ。
     その前にこのカボチャをお母さんのいる台所に運ばないとね……あれ、こっちのカボチャ、割れてる。
     その近くのカボチャは、体があるぞ!?
     わー!! カボチャだと思ったら、フシギダネの背中のタネだった!!
     自慢のカッターでカボチャを割って、中の種とオレンジの部分を食べてたみたい!
     ゆるせなーい!!



     フシギダネはぼくのいかりを感じとって逃げたけど、絶対に逃さないぞ。
     むしとりしょうねんの近所の兄ちゃんもまっさおな、ボクのうでまえを見せてやる!
     そりゃー、のしかかり!! どうだー、カビゴンほどじゃないけど、ぼくもなかなかのもんだろう!
     おどろいたみたいで泣いてる。ふっふっふ、泣いたってもう逃げられないぞ。





     フシギダネはお腹がすいてたみたいだ。
     おかあさんにフシギダネをかかえて見せてきたら、今日のお夕飯は一人分増えるわね、だって。
     おばあちゃんのカボチャは、おかあさんのほうちょうとおナベと調味料で、スープになっちゃった。
     フシギダネにもおすそわけ。
     カボチャが好きなくせに、カボチャがスープになったことはわからないみたい。
     ボクがスプーンですくって飲んでみせたら、フシギダネも顔をお皿に押しつけて飲みだした。
     一心不乱にスープを飲んで、顔をあげるフシギダネ。
     おいしい、ってほっぺに書いてあるよ。
     フシギダネも飲むスープだけど、べつにフシギスープじゃないんだ。
     フシギダネ、じゃなかった不思議だね。




     アニポケのDVDのサイドストーリー3に収録されてる新米トレーナーのお話に出てきた、
     カボチャに紛れてるフシギダネに悶死したので書きました。
     季節感が謎ですが、一応カボチャの収穫時期は夏だそうなので
     ヒマワリと同時期に存在しててもありかなあと。

    ポケモンどこだ (画像サイズ: 600×500 12kB)

      [No.3336] もうひとつのお月さま 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2014/08/10(Sun) 00:53:05     121clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:イーブイ】 【ルナトーン

     絵本っぽいものの二本立てその一。
     即興二次小説のお題で書いたものです。



     ふよふよと月夜に浮かぶもう一つのお月さまに、イーブイは長い耳をピクピクさせます。

    「こんばんは、もう一つのお月さま」
    「こんばんは、かわいらしいウサギさん」

     下方からの声に、呼ばれたお月さまはウサギの元にふよふよと体を下降させました。
     降りてくるお月さまの背後には、もっと大きな、似た形のお月さまがあります。

    「この辺りにはいっぱいルナトーンがいるのに、よくわたくしだとわかりましたね」
    「簡単だよ、だってぼくの知ってるお月さまには、目のすぐ下にまあるい穴があるからね」

     イーブイは胸を張って、見覚えのあるお月さまの真っ赤な目の下にある大きなクレーターを指さしたのでした。

    「わたくしもすぐにウサギさんがわたくしの知るウサギさんだとわかりましたよ。その首から下げているフシギな形の石は、見間違えようがありませんからね」

     ルナトーンはイーブイの首から下がっている、どこかルナトーンに似た形の石を見ていいました。

    「シャワーズ兄ちゃんもブースター兄ちゃんも、サンダース姉ちゃんも、みんな石を使って進化したのに、ぼくはぜんぜん進化する気配すらないんだ。変なの。ずーっとこうやって、月の形をした石を首からさげてるのにさ」
    「うーん、どうしてでしょうねえ」
    「お月さま成分が足りないのかなあ。ねえ、お月さま。今夜はあなたの体の上で眠ってもいい?」
    「かまいませんよ」

     OKの返事が来たので、イーブイはルナトーンの硬くてほのかにあたたかい体の上で眠ることにしました。ルナトーンがイーブイの体を鼻の下に乗せて、すみかに帰る途中だというのに、イーブイの意識はすでに半分ほど夢の中へうずもれかけています。

    「ねえお月さま、ぼくいつ進化できるのかなあ」
    「そうですねえ、わたくしにもまったくわかりませんが、まだウサギさんはお小さいのですから、急ぐ必要はないのではないでしょうか」
    「ぼくはねえ、お月さまにピッタリな、真っ黒な夜の体になりたいんだ。なのにぼくの首の下にある石は、いつまでたってもお願いごとをかなえてくれやしない」
    「あせる必要はありませんよ。あなたのお兄さんお姉さんも、ウサギさんくらい小さかった時は、まだイーブイだったのでしょう?」
    「うん、そうだけど……ぼくは早く進化したいんだ。そうしておとなになりたい。おとなになったら、お月さまのおヨメさんにしてくれる?」
    「そうですね、あなたの騒がしおてんばが直ったら」
    「むー、ひどいや、ぼくは本気なのに」
    「フフフ、直ったら、考えてあげますよ」
    「ほんとうに? うれしいなあ」

     その言葉を最後に、イーブイは完全に夢の中へ意識をうずめてしまいました。


     みなさんもご存知のように、イーブイはつきのいしで進化することはありません。イーブイの望む真っ黒な体になりたいのなら、誰かとの信頼関係が必要なのです。

     誰か。そう、誰か──。

     例えば、イーブイが夢中なお月さまが振り向いてくれたら──。イーブイは念願の、真っ黒な夜色の姿に変化をとげることが出来るかもしれません。



     お題:見憶えのある月

     

     自分の趣味的には最初から相思相愛のが好みなんですがオチにつながらないのでボツになりました。
     なつき度進化なんだからなついてればいけそうな気もしますけどね。

    もうひとつのお月さま (画像サイズ: 400×333 53kB)

      [No.3291] Re: 被ってしまいますが 投稿者:   《URL》   投稿日:2014/06/13(Fri) 03:12:45     67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    えへへ
    笑っていただけたらなによりです。


      [No.3290] シンオウ民話異聞 投稿者:   《URL》   投稿日:2014/06/13(Fri) 02:07:30     125clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    シンオウ民話異聞 (画像サイズ: 885×400 170kB)

    昔むかしのこと。
    そのころ性は三つあった。
    太陽の子は角と口が一つずつ。男といった。
    月の子は角がなくて口二つ。女といった。
    地球の子は口がなくて角二つ。名前は誰もおぼえていない。
    男と女とあと一人。三人で愛しあっていた。
    助けあって村をつくった。力をあわせて畑をつくった。
    三人で愛しあっていた。生まれる子どもは、男と女とあと一人。
    けれど今では性は二つ。男と女。
    あと一人のことは誰もおぼえていない。

    昔むかしのこと。
    そのころ性は三つあった。
    あるとき男が嫉妬した。女を手に入れたくてあと一人を鞭打った。
    あるとき女が嫉妬した。男を独り占めたくてあと一人を縛り上げた。
    男と女、二人だけで愛しあった。生まれる子供は男と女だけになった。
    あと一人は口がないからもの言わず、それでも男と女を愛していた。
    鞭打たれても縛られても、二人をずっと見守っている。
    だから今では性は二つ。男と女。
    あと一人がどこから生まれるか誰も知らない。

    昔むかしのこと。
    そのころ性は三つあった。
    男と女はあと一人を求めていた。それは原初の愛を回復すること。
    ただ三人がもとの三人にもどろうとしているだけのこと。
    男と女はあと一人を恐れていた。いつか仕返しをされると思って。
    けれど罪を背負ったり赦しを乞う必要なんてなかった。
    なのに今では性は二つ。男と女。
    あと一人は二人をずっと見守っている。
    鞭打たれても縛られても、男と女を愛していた。
    いつか三人が抱きしめあって死ねたなら、ようやく原初にもどれるのだろう。
    三人がもう一度愛しあうこと。
    愛の起源。ポケモンの起源。


      [No.3289] Re: ポケッターにおける肖像権 投稿者:WK   投稿日:2014/06/12(Thu) 11:53:59     64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     お久しぶりです。コメントありがとうございます。

     最近小説じゃなくて、時事(でもないけど)とか、新聞のコラムに載ってそうなネタで書くのがブームです。
     お題は新聞を読んでれば無限に湧いてくるので、はっきり言って書きやすいです。
     ただし、きちんと資料や用語を把握していないと、赤っ恥をかくことになりますが。

     ……いや、そこらは小説と同じか?

     楽しいので、また書くかもしれません。
     では。


      [No.3288] ミルホッグににんじんあげた 投稿者:焼き肉   投稿日:2014/06/11(Wed) 20:15:38     86clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ミルホッグ

     俺のプクプクほっぺがかわゆいミネズミがミルホッグに進化した。俺は正直あんまりバトルの上手いトレーナーじゃないから、その日はやっと進化したのがうれしくてケーキを買って二人でお祝いした。

     ポケモンの顔をケーキに描いてくれる特別サービスをしているケーキ屋さんで買った、ミルホッグの顔のケーキだ。ポケモンフードも高いものに好物のモモンの実をブレンドしたスペシャルメニューだ。甘いものが大好きな俺のミネズミ改めミルホッグは、そこだけは進化前とかわらない表情でもひもひとケーキとポケモンフードを喰っていた。ミルホッグが元気だと俺も嬉しい。

     だがミネズミがミルホッグに進化してから数日くらい経った後。俺はなぜか落ち着かない気分になり始めた。進化して容姿が変わったのが嫌なわけじゃない。でなきゃお祝いなんかしない。人によっては姿が変わるのが嫌で進化キャンセルをさせ続けたり、かわらずのいしという特別な道具を持たせて育てたりするそうだけど、俺はそういうタイプのトレーナーじゃない。

     単に見慣れた姿が変わったから、嫌なわけじゃないけど戸惑ってるのかとも思った。確かに朝起きて、ミネズミの倍くらいあるあの姿がオハヨーと(いう意味合いの声で)鳴いているのを見ると未だにちょっとビックリするけど、またそれとも違う感じだ。大体姿が変わっても中身が変わるわけでもないし。相変わらず甘いものが大好きで、いつも陽気で楽しそうだ。

     だけど俺は頭の中の引っかかりを取り払えないでいた。うまそうにモモンの実を食っているミルホッグをじっと観察して、違和感の正体を探ってみる。何かと姿がダブって見える気がした。だが何かはわからない。でも引っかかりの正体の手がかりは掴めた。俺はミルホッグに似た何かを見たことがあるのだ。デジャヴというやつだ。だがそれが何なのかはわからない。

     俺はふと頭に浮かんだメロディーがなんなのか思い出せなくてずっと考え込むような面倒くさいタイプの人間だ。だからミルホッグが何と重なるのか、ずっと考え込んでいた。友達にも心当たりを聞いてみた。知らないと素っ気なく返された。

     俺は悩んだ。このくだらない悩みを聞けば、ピッピだって指を振らずに俺を指さして笑うだろう。だが気になるものは気になるのだ。ちなみにそれはそれとしてミルホッグとの関係は良好だ。朝部屋で俺が目を覚ますと俺の枕元でオハヨーと鳴いて、ポケモンフードに添えられたモモンの実(いそがしい日や疲れている時は混ぜずにそのままフードと一緒にモモンの実を出しているのだ)を喜んで食っている。

     だけど俺は相変わらず悩んでいた。ミルホッグと一緒に飯を食うときもバトルをするときも、一人でトイレできばっているときも、前を歩いているミルホッグの長いしっぽをサワサワしてセクハラしているときも。余談だがミルホッグは♂で俺はそっちの趣味はない。

     そのうち諦めた俺はネットで動画を漁っていた。あは〜んなエッチな動画じゃなくて、音楽やポケモンのかわいい動画目当てだ。ピジョットがケガをして飛べないエモンガを乗せて空の旅をしている心温まる動画を見て一息ついた後、脇にある関連動画が目に入った。こんな動画を見てる人はこういう動画も見ていますよ、というやつである。俺は何も考えずにそのうちの一つをクリックした。

     そして、俺の数十年間(注・体感時間。実際は一週間くらい)の疑問は崩れ落ちた。俺はイスを蹴飛ばし、ミルホッグのいるリビングに向かってドタドタと走った。

     ミルホッグはテレビを見ていた。オーキド博士が川柳を詠んでいるが今はそんなことどうでもいい。俺はテレビを遮るようにミルホッグの前に座って、そのミネズミのころからプクプクしているほっぺをつかみ前後にゆさゆさ揺すって、叫んだ。

    「お前バッグ●バニーじゃん!!! 体型とかほっぺがバック●バニーにそっくりなんじゃん!! どったのせんせーって言って見ろよ、なあ!!」

     もちろんミルホッグが吹き替えのキャラクターのように人間の言葉を話せるわけがない。なんのこっちゃという顔をしているミルホッグの代わりに、つけっぱなしの部屋のパソコンからどったのせんせーという音声が聞こえてきた。テレビでは「ミルホッグ 見る見るホット ドッグ食う」
    とオーキド博士が川柳を詠んでいた。

     ところで友人にこのことを長年の疑問が解決されたさわやかな笑顔で話したら「似てねーし」と一蹴された。いや似てるじゃん! 体型とかほっぺ以外にも雰囲気とか前歯とか!! ミルホッグにはバッグ●バニーそっくり記念に水を入れたコップに入れて冷蔵庫で一晩寝かせたにんじんをあげた。エグみのとれたにんじんを、ミルホッグは何のこっちゃという顔でかじっていた。



     あの世界にバッグ●バニーのアニメとかあるのか知らないけど、初代ポケモンでもポチっとなとか言ってるからいいかなと思って書きました。作中の猫可愛がりは言いがかりをつけたミルホッグへのお詫びのつもりです。

    ミルホッグににんじんあげた (画像サイズ: 300×360 19kB)

      [No.3247] ビッグスタジアムでの観戦日記より抜粋 投稿者:GPS   投稿日:2014/04/13(Sun) 16:41:02     46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    June,6

    「バトルに使うポケモンのタイプ別傾向」などというレポートに使う資料集めのために、ライモンのスポーツ施設に通うようになって早一週間。初めのうちは面倒くさかったものの観てみるとなかなか楽しく、自分も参加したくなってきた。とは言え俺のヨーテリーじゃあすぐに負けてしまうだろうから、もっと鍛えてからだろうけれど。

    June,8

    今日の目玉は、エンペルトとトロピウスの一騎打ち。タイプ相性からトロピウスが勝つだろうと観客のほとんどが予想していたけれど、タスキで持ちこたえたエンペルトが冷凍ビームを放って逆転した。バトルには色々な工夫があるのだなあ。

    June,9

    今日はダストダスを連れたトレーナーが来た。あまりの悪臭に初めは何かと思った。毒ポケモンでもあそこまで強い臭いは今までお目にかかったことが無いかもしれない。見た目や臭いから物凄く強く感じたけど、レアコイルと当たったバトルで後少しのところで敗れてしまった。昨日とは違い、タイプが原因となって負けることも勿論あるのだ。

    June,10

    昨日のダストダスがまた来た。今日の対戦相手は最近カロスで人気に火がついて、ポケモンアイドル界隈で頂点に降臨しているニンフィアだった。フェアリータイプに毒タイプの攻撃は効果抜群、ダストダスの放ったヘドロの塊にピンク色の身体はドロドロにされてしまった。
    ……俺はあまりポケモンを見た目で判断する方では無いけれど、流石に今日のはニンフィアがかわいそうになった。俺以外にも、観客の若い女の子たちが悲鳴をあげていたりした。
    しかし、一撃で倒すなんてあのダストダス、強いんだな。

    June,12

    いつものようにバトル観戦。と、半ズボンを履いた元気そうな少年からバトルを申し込まれた。昨日は一日トレーニングに当てていたこともあり、応じることにした。
    結果は敗北。空を飛べるミツハニーに特訓した穴を掘るは通用しなかったのだ。今日の失敗を糧にして、また頑張ろうと思う。

    June,13

    大学の講義が長引き、急いで観戦へ。スタジアムに飛び込んだら、ちょうど件のダストダスがバトル中だった。ヤルキモノをげっぷで倒した時には会場が何とも言えない空気に包まれた。
    しかし、今日は朝から降っている雨でスタジアムも湿気ていた。おかげでダストダスの臭いが一層気になる。トレーナーの人は大丈夫なのだろうか。というか、あの臭いじゃあ家の中には到底入れられないと思うけれど。

    June,14

    なんと、あのトレーナーと話すことが出来た。勿論「あの」とはダストダスのトレーナーのことだ。
    バトルの空気を掴んでもらうため、俺はヨーテリーをボールから出していたのだけれどもヨーテリーが急に吠え出した。あまりに騒ぐから何かと思ったら、挙句駆け出してしまったので慌てて追いかけると、その先には例のダストダスに威嚇しているヨーテリーがいた。ヨーテリーたちは鼻が利くから、ダストダスの臭いが気になったのだろう。しかしどう見ても失礼な行為だから急いで謝ると、トレーナーは苦笑して許してくれた。
    そこからここに通う者同士話が弾み、俺は昨日気になったことを尋ねてみた。どうやら、やっぱり家には入れられないから夜は家の近くのゴミ捨て場で寝かせているらしい。なるほど。

    June,15

    ダストダスについて少し調べてみた。ゴミを取り込み、自分の身体や毒ガスにしてしまうということがわかった。ゴミなら何でも良いのかな? 流石に、冷蔵庫とかの粗大ゴミじゃ駄目そうだけど。どちらかと言うと生ゴミ系統な気がする。

    June,17
    昨日、一昨日と行けなかった観戦に行った。ダストダスもいたのだが、対戦相手になったグラエナが異様に唸っていたのが印象的だ。ただ臭いから、と言うよりは一種の興奮状態に見えたけれど……俺にはよくわからない。
    それにしてもあのダストダス、見るたびに強くなってないか? 特にダストシュートの破壊力は凄まじく、毒の力だけで無く勢いもすごかった。育て方が良いのか、それとも食べてるものが良いのだろうか? 良質の生ゴミ……なんてな。

    June,18

    ヨーテリーのトレーニングをすべく、早朝ランニングをしてみた。バトルサブウェイの方を走ったのだけど、近くのマンションのゴミステーションでダストダスが寝ているのが見えた。もしかしなくても、きっと例のダストダスだろう。

    June,19
     
    大学前で学生運動が行われていた。急いでいたからあまり内容はわからなかったけれど、ポケモン愛護関連だったと思う。
    最近じゃあ、一部の過激なトレーナーがポケモンを『廃棄』するだなんて話もあるくらいだから、それが嘘か本当かはわからないとは言えああいう活動が出てきてもおかしくない。少し前には、ポケモンリーグの優勝者が孵化したばかりのポケモンのうち、弱いものを袋に詰めて捨てていた、などという報道が写真付きで週刊誌に掲載されたこともあったし。
    アレはすぐに嘘だということがわかり、いわゆるマスゴミの自演として風化したけれども、ポケモンをそういう風に扱う人は絶対にいないと思いたいものだ。
    そう言えば、今日もダストダスが来ていた。相性の悪いゴチルゼルのサイコキネシスにもドわすれで耐え、ギリギリのところで破ってみせた。また強くなっている。

    June,20

    今日はダストダスはいなかったが、俺自身がバトルをした。また負けてしまったが、もう少しのところだったから次はいけるかもしれない。ヨーテリーの気合も上々だ。
    そう言えば、対戦相手になってくれた鳥使いに教えてもらったのだけれど、バトルサブウェイでは人のポケモンを見るのが得意なエリートトレーナーにアドバイスをもらえるらしい。どうやら、何がそのポケモンの良いところか教えてもらえるそうだ。明日行ってみようと思う。

    June,21

    早速行ってみた。俺のヨーテリーは攻撃力が高いらしく、エリートトレーナーは頭を撫でてしきりに褒めてくれた。ヨーテリーもわかっているのかわかっていないのか、嬉しそうにしていた。
    エリートトレーナーによると、俺が来る少し前にポケモンリーグの優勝者が来ていたらしい。メラルバを沢山連れてきたという。後少し早ければ見ることが出来たかもしれないのに、と思うと少し悔しい。

    June,22

    ダストダスの今日の相手はウインディ。またもや異常な吠え方をされていたけれど、ダストダスとトレーナーはもう慣れきっているようだ。
    結果はダストシュートでダストダスの圧勝。本当、見るたびに強くなっていてびっくりしてしまう。特に攻撃力が一段と上がっているような……。今度、強さの秘訣やトレーニングの仕方を聞いてみようと思う。

    そう言えば、今日のダストダスの背中のあたりに赤くて尖ったものが刺さっていたけれど、あれはなんだったんだろう? この前までは無かったように思えるけれど。


      [No.3246] 返してくれない 投稿者:逆行   投稿日:2014/04/10(Thu) 21:31:27     93clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:だいたい実話

     あの頃は、何の意味も無い単純な作業が楽しかった。全クリされたポケモンの赤をまだ遊んでいた。何をしていたかというと、自転車と波乗りと使ってぐるぐるとカントー地方を周っていただけだ。何が楽しかったのか、今考えると全く理解できない。
     小学校一年生の頃なんて、所詮そんなものである。傍から見て訳が分からないし、自分でも訳が分かってないのだ。 
     それから一年くらいして、赤のセーブデーターを消した。元々ポケモンはおじから貰ったもので、データーもおじのものだった。一度消して自分で一からやり直したい。そろそろ自分もそう思いはじめたのである。同じ所をぐるぐる周るのは飽きたのだ。
     しかし、そうしてみたはいいものの、自分はポケモンを育成するなんてしたことがなく、要領をつかめずにいた。最初の三匹から選んだヒトカゲは、レベル8まで育てることができたのだが、掴まえたコラッタが全然育たない。最初だけ戦闘に登場させ、後は強いポケモンに交代して倒すことで、経験値を半分入れて育てていくなんて方法は知る由もないし、思いつくわけがない。ポケモンが育たないことには、バッチを得ることができず、次の町に進めない。結局自分は同じ所をぐるぐるとしていた。
     さて、本筋に入る。m君という子がいた。少し太っていて、けれどもガキ大将とかそういうタイプではなく、まあ少し声の大きい子だった。m君と自分はそれなりに仲が良かった。家が離れていたので、そう何回も遊んだわけではないが、たまに自分の部屋で一緒にゲームをやったりしていた。
     そんな彼は自分の家から帰る間際、こう言ったのである。ポケモンを貸してと。
     代わりに育ててやる、ということらしい。その言葉に自分の心が動いた。とりあえず、野生のポケモンは倒せる位に強くしてくれれば、後は育てるのは難しくない。そう思ったから、つい頷いてしまったのである。彼はそのままカセットを握りしめ、またねと挨拶して帰っていった。
     
     それから三週間が経過した。
     普通ゲームを貸すと言ったら、ニ週間くらいが限度だろう。まだ返ってこないだけでなく、そろそろ返すよ、という話すら無いのは異常である。
     二時間目と三時間目の間の業間休みに、m君に聞いた。もっと早くに聞けばいいのに、今更である。
    「僕が貸したポケモンどうなった?」
     すると彼は、思いっきりわざとらしくぽかんとした顔をした。
    「え、俺借りてないよ」
     白を切られてしまったわけである。僕は追求した。いや、確かに自分は貸したと。三週間前に。それでも彼は絶対に認めなかった。何度言ってもである。
     二十分の業間休みをフルに使って水掛け論をした。彼は己の間違いを最後まで認めなかった。
     そんなにNOと言われると、本当に貸したかなと自らを疑い、部屋を確認してしまう自分は阿呆である。どこを探してもポケモンは見つからない。やっぱり貸したのだ。間違いない。
     いったい彼は何故返さないのか。まだ遊びたいのか。だったら自分で買えばいいのに。

     一ヶ月して、もう一度言った。
     三ヶ月して、もう一度言った。
     一年して、もう一度言った。

     自分はもう諦めていた。いくら返せと繰り返しても、借りてないの一点張り。m君の部屋を確認することを求めても、それは駄目だと厳しく怒る。

     いったい自分が何をしたのか。貸したのが間違いなのか。甘い誘いに乗ったのがいけなかったのか。
     ゲームには育て屋と言って、ポケモンを預けると育ててくれる施設がある。しかし、そこはポケモンの成長に応じて、お金を払わなくてはいけない。ならば僕も対価を払う必要があるのか。
     試しに、千円やるから返してくれと頼んだ。千円なんて持ってない。ただ相手の反応を見てみるだけだ。m君は、そもそも借りてないからお金を出されても困ると言った。やっぱり認めないのか。
     そのうちに、周りは金銀を遊ぶようになった。つられて自分も金を始める。徐々に赤のことなんて忘れていった。もう自分はポケモンの育成方法を分かっていた。自分はそれなりに成長していて、だからちゃんと進められた。しかし、氷の抜け道を通過できず、クリアすると関東地方に行けることを知らないままゲームを終えた。 

     さて、そんなこんなで月日は過ぎる。中学生になった頃、m君は引っ越すことになった。正直クラスも変っていて話してもいなかったし、全然交流がなかったのでふーんで終わった。
     しかし引っ越す三日前くらいに、彼が言ってきた。借りていたポケモンを返したいと言ってきた。
     もう何年前のことであろう。今更何を言っているのだ、と思った。もうポケモンなんてやっていない。
     しかし、自分の手の中にリザードンが描かれたカセットが握られたとき、少しだけ僕の心にノスタルジーに流れ込んだ。
     家に帰って、割とドキドキしていた。さっきまでもういい今更かと思っていたが、考えてみるとこれだけ長い時間借りていたのだ。きっと強いポケモンが育っているに違いない。図鑑も完成しているかもしれない。そういえば、図鑑が完成したときの、オーキドの評価の言葉は何になるんだろう。
     様々な期待があった。ロード中は少々いらいらした。続きから始めるを押すと、冒険がどこまで進んだのか色々記録が出るのだが、aボタンを連打していたから見れなかった。
     そして、ついに主人公が画面に現れた。懐かしい音楽が流れた。しかし、その音楽はトキワの森であった。主人公がいる場所もトキワの森であった。
     嫌な予感がした。
    selectボタンを押し、手持ちのポケモンを確認してみると……

     ヒトカゲ レベル9
     コラッタ レベル3

     ほとんど変っていなかった。
     


      [No.3202] コマタナ印の堅焼き饅頭 投稿者:白色野菜   投稿日:2014/01/04(Sat) 20:51:36     83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:送り狼のポケモンバージョン】 【江戸時代後期ぐらい

    まだ人々とポケモンの距離が大きく開いていたころ。
    夜の闇がまだ色濃かったころのお話。


    その日、少女は隣町に嫁いだ姉の家に遊びに行っていた。

    赤ん坊の可愛さに頬を弛めていると、いつのまにか日が落ち辺りは暗くなっていた。
    慌てて、姉に帰ると伝えると姉は笑ってからかう。
    この辺は治安も良いけれど、やっぱり少女にとって夜の闇は怖いのだ。
    旦那さんは姉をたしなめつつ町まで送ると言う。
    少女は少し迷いながらも丁寧に断ると、せめてと灯りを貸してくれた。

    まあるい、月のような提灯。
    白い和紙越しの火が綺麗でその場でははしゃぎ、お土産を持つと元気一杯に姉の家を飛び出した。

    ところが、今夜は月明かりも乏しい三日月の晩。
    いざ、一人で薄暗い街道を歩いていると、蝋燭の明かりは酷く心もとなかった。

    かといって、あそこまで大見得きって飛び出した手前姉の家に戻るのは出来ない。

    しかたなく、土が踏み固められた道を少女は歩く。
    ざっざっと土と草履が擦れる音が闇夜に響く。
    怯えながらも慎重に歩いていた少女は丁度道中の真ん中で、ふと違和感を感じて歩きながら耳をすます。

    ざっざっ
    これは、少女が歩く音。

    カチッカチッ
    では、微かに後ろから聞こえるこの鍔鳴りのような音は?

    思わず少女は叫び走り出しそうになるものの、そんなことをして転んだら目も当てられない。
    気づいていない振りで歩調を変えないように歩いていく。

    ざっざっ
    カチッカチッ

    二つの音はまるで並んで歩いているように、同時に少女の耳に届く。

    少女が一歩を踏み出せば
    唾鳴りの主もまた、一歩

    ざっざっ
    カチッカチッ

    緊張のまま歩き続けていると、いつの間にか町の灯りが近くなっていた。
    その明かりに安堵のため息をつく。

    後ろの誰かの狙いは分からないけれどここまで近くなれば、襲われることは無いだろう。

    おもえば、その気の緩みが悪かったのかもしれない。
    少女は街道脇の田んぼの水路から黒く細長い影が伸びるのに気が付かなかった。


    最初の一撃を避けられたのは偶然だった。
    唾鳴りの音が彼女の足音よりも遅く、近く聞こえたのだ。
    不審に思った少女が立ち止まるとその一歩先に、ポイズンテールが打ち込まれ道が穿たれる。

    少女が悲鳴をあげるよりも早く動いたのは、少女のすぐ背後まで迫っていた唾鳴りの主だった。

    その手となっている刃に月光にも似た白銀を宿し尻尾を地面に埋め込んだ毒黒蛇に襲いかかったのだ。
    もっとも、毒黒蛇ーーハブネークーーの方も黙ってやられはしない。
    その一撃を頭突きで迎撃し、結果両者は撥ね飛ばされハブネークは少女と距離を取ることとなった。

    唾鳴りの主は、空中で一回転し体制を建て直すと少女とハブネークとの間に着地する。

    少女は灯りの中に浮かび上がったその唾鳴りの主の姿に悲鳴あげかける。
    コマタナ。
    集団で行動する大変危険なポケモン。
    だけれども、彼は一人で。
    なぜか自分を守っている。

    少女の混乱を他所に
    ハブネークとコマタナの無言のにらみ合いが続く。

    諦めたのは、ハブネークだった。
    その姿が提灯の灯りの届かぬ場所へ去っていくとコマタナも少女に目もくれず去ろうとする。

    少女は、慌てて手にしたお土産を紐解く。
    中に入っていたのは柔らかいお饅頭。
    コマタナに差し出すも警戒して受け取らない。
    仕方なく、木の葉に乗せ少し距離をとるとコマタナが恐る恐る近づいた。

    ところが、コマタナの手はよく切れる刃だ。
    柔らかいお饅頭は、突き刺してもすぐに落ちるしその上皮が破れていく。
    コマタナ自身が不器用なのか刃の腹に乗せることも出来ない。

    三分もたたずに、葉っぱの上にはあんこをぶちまけた惨殺死体の様な元お饅頭が残る。

    徐々に涙目になっていく、コマタナをハラハラしながら見守っていた少女が思わず声をかけるとコマタナは泣きながら去っていった。



    「その後、無事に家に帰った少女がコマタナでも食べられるように皮を固く焼いてみたのがこの堅焼き饅頭の原型って言われてるね。」
    「だから、コマタナ印なのか。
    ……で、続きは?」
    「堅焼き饅頭は、無事にコマタナの口に入り少女とコマタナは仲良く暮らしましたとさってね。
    実際、この辺のコマタナ達は夜に一人で歩いてるとよく着いてくるよ。
    転んだり隙を見せると勝負を挑まれるけど、そうじゃなきゃ他の野生のポケモンにガンつけて追い払ってくれる。
    だから、この町の連中はコマタナやキリキザンが大好きなのさ。」
    「名物にするくらい?」
    「それは、ただの町起こしさね。」





    甘いもの好きのコマタナってモモン食べれるのかな………。
    涙目のコマタナが書きたかっただけだったりします。


      [No.3151] 小説30「ホーリー・ランプシェード」と記事116「悪魔の光」 投稿者:ヒトモシ「おまえ も蝋人形にしてやろうか!」   投稿日:2013/12/04(Wed) 05:46:10     91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    皆さんおはようございます。

    プレゼンというわけではありませんが、出来れば、是非ともお願いしたいことがありますので投稿させていただきます。

    この二つはセットになっており、内容がお互いに関連づいています。
    どちらかだけでも支障はありませんし、どちらを先に読んでも問題ございません。
    ですが、読む順番によって捉え方が異なると思います。

    絶望感に浸りたい方は小説30「ホーリー・ランプシェード」を先に、
    救いを求める方は記事116「悪魔の光」を先に読むと
    よりお楽しみいただけると思います。

    取り急ぎ、お伝えさせていただきました。


      [No.3150] 記事128 雷告鳥 投稿者:ここの   投稿日:2013/12/04(Wed) 02:45:09     106clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    128番の作者の、ここのです。
    作品の補足説明として書きこませていただきます。

    文中に登場する、「ホロン」や「δ種」は私の造語ではなく、2005年頃に登場した、公式の単語です。
    まぼろしの森を抜けた先には、ホロンという土地があり、特殊な磁場によってポケモン元来のタイプが変化している、というものです。(http://wiki.livedoor.jp/jester_the_pcg/d/%A6%C4-%A5%C7%A5%EB%A5%BF%BC%EF
    雷属性のピジョットも実在しています。(http://www.google.co.jp/imgres?sa=X&hl=ja&rlz=1T4SNJB_ja_ ..... &ty=98)

    元ネタがかなりマイナーなところだったので、補足させていただきました。
    それでは失礼します。


      [No.3149] クロと二次創作 投稿者:Skar198   投稿日:2013/12/04(Wed) 01:23:02     103clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:鳥居の向こう

    クロの作者のSkar198です。
    膨大なページ数になってしまいましてすみません。
    読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。

    今はわりと落ち着いているのですが一時期、ミクにすごいはまってまして、この記事に飛びつきました。

    元ネタが
    盗まれた才能 http://masapoke.sakura.ne.jp/stocon/kiji13.html
    空中稲荷 http://masapoke.sakura.ne.jp/stocon/kiji44.html
    である事は以前もお話した通りです。

    最初、盗まれた才能中の投稿者名はib197だったのですが、
    小説に合わせてNo.017さんが変更してくださっています。

    実はもう1つリンク、というか仕掛けがありまして
    小説04予言 http://masapoke.sakura.ne.jp/stocon/novel04.html
    の最後にブラッキーが喋るシーンをクロが喋るという事にかけて、予言は予告編だったんだ効果を狙っていたりします。
    (もちろんこのブラッキーとクロは別のブラッキーです)

    クロの第一テーマは「創作」「二次創作」でしょうか。
    ここにいらっしゃる皆さんはポケモンが好き、というのの他に何かしらの素敵な作品に出会って、こんなのが作りたいって始められた方が多いと思うのです。
    大好きな作品があって、それにリアルで培われた価値観が加わって、そこが今の自分の作品に繋がっていて。
    そんな部分が書きたかったところの一つです。

    そして第二のテーマが「報われない想い」です。
    こいうのって、案外一番伝えたい相手には伝わらないよね、みたいな皮肉みたいのを書きたかった。
    報われないながらも、日常が続いていくし、創り続けてもいく。そういう所を表現したかった。
    でもそれが思わぬ誰かを救っていたり、実は100%とはいかなくても、ほんのちょっとは伝わってたり。

    うまくまとまらないけど、
    そういう創る事に対する甘いところ苦いところのような所が伝われば幸いです。
    純粋な読者さんへというよりは創作、二次創作をしている方に向けた作品かも知れません。


      [No.3108] クロ(エピローグ) 投稿者:Skar198   投稿日:2013/11/08(Fri) 12:10:38     104clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:鳥居の向こう

     風が強い。ショップから再び外に出ると風が前髪を巻き上げ、身体を冷やしていく。百貨店の屋上広場、一番安い絵馬を片手に再び俺は小さな社の鳥居を潜る。記帳台でルールどおりに記帳を済ますと、掛け所に絵馬を掛けた。
     DOGO百貨店、以前弟と近くの広場で待ち合わせたが、こんな事をする為に来る事になるとは思わなかった。DOGOのそれ自体には何度か足を運んだが、屋上神社への参拝は初めてだ。つい最近までそのご利益も知らなかったし、こんな事がなければ関心を持つ事もなかっただろう。
     小さな社に五十円玉を入れ、鈴を鳴らす。別に信じてなんていないけれど、しないよりはいい気がした。たぶんこれは自身の気持ちを確かめる為なのだろう。そう思う。忘れていない事、想いが消えていない事を確かめる為の儀式なのだろう。
     あれからもう二年近くが経っている。ミミオリジナル曲「どろぼう月光ポケモン」をきっかけにSkar198の知名度は飛躍的に向上した。P名を持たなかった俺にも月光Pというプロデューサー名がつき、曲は週刊ランキング上位に食い込んだ後に、殿堂入りをする。発表した曲も随分聴いて貰えるようになって、いくつかの曲が十万再生――殿堂入りを達成している。去年の秋にはドゴームPの勧めで同人のアルバムも出した。まさかライコウのあなに自身のCDが並ぶ日が来るとは想像していなかった。即売会とかオフ会とか、いくつかのイベントに出て、ネットに顔が出てしまったせいで弟にボカロPをやっているのがバレてしまい、会う度に言われる。
     鈴から手を離す。二礼して二回手を鳴らす。そして再び礼。今度は一礼だ。付け焼刃の作法だがまあ構わないだろう。再び鳥居を潜る。風はまだ強く、冷たかった。
     クロは戻らなかった。
     それはたぶん俺がタブーに触れたからだろう。
     存在意義。クロはそれをそう表現していた。
     ――俺には役割がある。
     以前クロはそう語った。『交換先の主人の欲望を叶えろ。それが俺にプログラミングされた命令であり、存在意義だ』であると。
     俺はその意義を盗もうとした。だからクロは去ったのだ。
     俺が追い続けたブラッキーの物語。掲示板群の片隅で語られる続けるストーリー。昔一度だけ、その連鎖を断ち切ろうとした書き込みを見た事がある。それは「どろぼう月光ポケモン」とほぼ同じ手法だった。その人物は書いた。物語の中の少女はブラッキーにこう言った。私はあなたに何も望まない。ただ側にいてくれればいい、と。けれど、スレ住人達はそれを許さなかった。物語はスレッドの流れの中で上書きされてしまった。彼女はしばらくブラッキーと共に過ごしたが、やがて欲しいものが出来てしまった。そうして多くの主人達と同じ運命を辿った彼女は、やがてブラッキーを手放してしまったのだ。俺は残念に思うのと同時にほっとした。物語は続く。そしていつか自分のところに来てくれるかもしれないと。そして、それが本当に目の前に現れた時、俺は彼女と同じ事をした。今度は歌を使って、違う場所で、存在意義を盗もうとした。
     俺はどろぼうブラッキーに自分自身を重ねていたのだ。どんなに頑張っても、どんなに主人の望むようにしてもやがて手放される黒い獣、それに省みられなかった自分自身を重ねていたのだ。
     俺はクロを救いたかった。
     繰り返される流転の運命から、宿命からクロを救いたかった。
     そうする事で自分自身を救おうとしていた。
     けれどクロは去った。まるで俺の心を見透かしたみたいに月光ポケモンはいなくなった。憐れみなどいらないと言うように。手元には黒いモンスターボールだけが残された。スレッドでは歌など知らないし聴いていないというように物語が続いていった。
     ――俺の存在を求める奴らがいる。だから俺は交換されてくる。
     ――俺はそういう渇望から生まれて、そういう風に出来ているんだよ。
     俺はいつの間にかスレッドを見なくなっていた。
     部屋は急に物寂しくなった。フードはキッチンの棚の奥に仕舞い込み、ベッドも片付けてしまった。その寂しさを誤魔化すように俺はミミに歌わせ続けた。投稿した動画達は以前と違う伸びを見せる。コメントが絶えず流れ、再生数は必ず五桁以上だ。そして時々疑いを抱いてしまう。もしかしたらこの再生数はクロがこっそり盗んできているのではないか、と。
     空中から街を見下ろす。ここからはカナズミシティがよく見える。この風景のどこかに、ホウエンのどこかにいるだろうか。それとも別の地方だろうか。あるいは新しいボールに入り、再びグローバルリンクを彷徨っているのだろうか。
     スマホにイヤホンを差し、動画を再生する。
     ミミは歌う。今どこにいるの、と。どこかで歌を聴いているの、と。

    〔よー、新曲調子いいじゃん〕
     夜、部屋に戻ってきてネットサーフィンをしていると、ドゴームPが話しかけてきた。
     まあな、と返事をすると〔今回のイラストいいよなぁ〕とコメントしてくる。
    〔そっちか〕
     俺がツッコミを入れると
    〔ああ、お前にゃもったいない〕などと言うので、
    〔いいだろ "月光ポケモン"以来のファンだってさ 貴様にゃやらん〕
     と、やや自慢してやった。
     すると、ドゴームPが妙な事を言い出したのだった。
    〔月光ポケモンて言えばさ お前最近スレ見てる?〕
    〔いいや〕
     俺は答える。
    〔前に曲作る時にお前に見せてもらったじゃん〕
    〔おう〕
    〔その時から少し設定変わってるみたいなんだ〕
    〔え?〕
     急いで151ちゃんねるにアクセスした。双子鳥がマスコットの検索サイトに「151ch どろぼうブラッキー」とキーワードに打ち込みキーを押す。
     【都市伝説】どろぼうブラッキーのあしあと【138】。最新スレッドはすぐに見つかった。リンクをクリックして、その内容を目で追った。
     スレのルール、ガイドラインに使う。出だし最初の文言が始まった。

     彼の種族はブラッキーである。
     得意な技は「どろぼう」。

     いつの頃からかネットで囁かれ始めた都市伝説。
     始まりはそんな口上で語られる。

     彼はただのポケモンではない。その証拠にタマゴからは生まれなかったし、生まれた時からブラッキーだった。
     彼はグローバルリンクを彷徨うポケモンだ。何度も何度も交換されて、持ち主を転々としているという。
     彼は喋るポケモンである。
     それは新しい主人に自らの能力を説明する為に必要だからだ。

     ここまでは同じだ。
     俺が知っているものと同じ文言。
     問題はその先だった。
     その先で見た二文字だった。

     持ち主はブラッキーに様々な名前をつけようとする。
    『勝手にするがいい』
     ブラッキーは言う。
     けれど本当の名があるという。


     彼の種族はブラッキー。
     その名前はクロ。

     名付けられた名は、クロ。




     









                                  〔クロ  了〕


      [No.3067] スズねの小路 投稿者:奏多   投稿日:2013/09/23(Mon) 23:44:45     76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「こら、ナデシコ。待ちなさい」
    私はそう言いながら、エンジュの森を走っていく。
    私の十メートルほど先には、きつねポケモンのロコンの姿が見える。あの子が、私の大事なものをくわえて行ってしまっているのだ。
    「ナデシコ、止まらないと、もうご飯あげないわよ!」
    そう叫びながら走っている私を、近所の人が物珍しそうに見ている。見ているだけじゃなくて、あの子を止めてほしいと思ってしまう。だが、追いかけっこに参加してくれる人は、もちろんいない。
    自分のポケットを探るが、いつも入れているはずのモンスターボールは、入っていなかった。
    そういえば学校から帰ってきたときに、机に置いたことを思い出した。
    「全く、ついてない……」
    思わず舌打ちを漏らし、そう呟いた。

    あの子が持っていったのは、神楽鈴。巫女鈴とも呼ばれるもの。一応、巫女が舞を捧げるときに使う、重要なものだ。
    私個人としては、あの鈴一つなくなっても、神社にはまだあるので問題はない。だが、祖母に怒られる、というオプションが付いてくるのは頂けない。
    私は森の中の細い道を走っている。そんなうちに、木々の間から私の目に、塔が飛び込んできた。いつの間にか、エンジュのスズの塔の近くにまで来ていた。夕暮れの近いこの時間、そして秋の紅葉の時期もあり、オレンジに辺りは照らされていた。
    私は走っていたその足を、ゆっくりと止めた。乱れていた呼吸を、深呼吸をして落ち着かせていく。

    「ナデシコ? いるの?」
    ゆっくりとこの細い道を歩いていると、ふわふわとした尻尾が見えた。
    「ナデシコ」
    私が名前を呼ぶと、ナデシコは振り向く。だが、すぐに前を見て歩き出してしまう。
    私は小走りで、ナデシコの後を追う。
    そして少し歩いた先は、森の終わりだった。
    そこにあったのは、一面紅葉の絨毯と大きな塔。それを見て、私は自分がどこにいるか分かった。
    「スズねの小路……」
    エンジュジムのバッジを持っていないと入ることのできない場所だ。もちろん私はジムバッジを持っていないが。
    ナデシコはご機嫌なようで、私に神楽鈴を返してくれた。
    「もう、ナデシコ……」
    私はナデシコを抱き上げる。
    「私にこれを見せるために、こんなことしたの?」
    ナデシコはそうだというように、鳴き声を上げた。
    「ありがとう。でも、神楽鈴は今度から止めてね。おばあちゃんに怒られたくないの」
    私の言葉にナデシコは、じっと私と目を会わせてくれる。良い子ねと頭を撫でてやる。
    そして私は、こんな素敵な場所に連れてきてくれたナデシコを、ぎゅっと抱き締めた。


    帰り道はどうしよう、とか。お坊さんに見つかったらどうしよう、などと思いながら。






    ――――――――――――――――――――

    初めまして、奏多といいます。
    基本ROM専だったのですが、「鳥居の向こう」に応募してみたので、こちらになんとなく短編を上げてみたり……

    マサポケは3年ほど前から、ずっと覗いていました。
    皆さんの素敵な作品が、大好きです。

    このお話は、もう1作品「鳥居の向こう」に応募したいと考えているものの登場人物のお話です。

    ええっと、私はロコンの尻尾をもふもふするのが夢です。


    【か、描いてくださっていいんですよ】


      [No.3066] Re: 困っています…… 投稿者:逆行   投稿日:2013/09/18(Wed) 09:11:12     108clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    まず部屋の窓と玄関を全て閉めましょう。
    次に部屋の中全てを、水でいっぱいにしましょう。
    こうすることによって、ナマズンが部屋の中で暮らせるようになるのです。
    しかしこれでは、質問者さんが住めませんし、第一に息をすることができません。
    そこで、水槽の中の水を抜きましょう。
    そこに質問者さんが入りましょう。
    水が入ってこないように、水槽のふたをしっかりと閉じましょう。

    こうすることによって、住む場所を入れ替え、お互いに納得して暮らせるようになります。



    【解決になってない】
    【ごめんなさい】


      [No.3065] 旅立ち前夜 投稿者:ラクダ   投稿日:2013/09/17(Tue) 23:33:46     112clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:十歳ってこのぐらい?】 【お前の姉ちゃんサーナイト!】 【なにをしてもいいのよ

     纏わりつく掛け布団を蹴り飛ばし、少女は大きく息を吐く。ああ、暑くて眠れない。もちろん、理由はそれだけじゃないけれど。
     そわそわと体をよじらせ、枕元の置時計に手を伸ばす。薄闇に浮かび上がる蛍光の文字盤と針は、きっかり十一時を指し示していた。んもう、まだ十時間もあるじゃない。不満そうに呟いて、彼女は手にした時計を乱暴に置き直す。
     ごつん、という鈍い音から数分後。さらさらと衣擦れのような音を立てて、何かが彼女の部屋の前にやって来た。はいってもいい? と声無き声がする。
     いいよ、と返せば、音もなく襖が開いて滑り込んでくる人影一つ。それは彼女の側までやって来ると、顔を覗き込んでにっこり笑った。

    (まだ、おきていたのね)
    「だって全然眠くならないんだもん。ねえ、もうこのまま起きててもいい?」
    (だめよ、しっかりねむらなきゃ。あしたはたいせつなひでしょう? ねぶそくでへろへろじゃ、かっこうがつかないわよ)
     くつくつ笑う彼女――姉のようなサーナイトに、少女はぷうと頬を膨らませてみせた。
    「全っ然眠くないんだってば。どうせなら荷物の見直ししたり、サナとお喋りして時間を潰したいよ」
    (だーめ。にもつはなんども、かくにんしたでしょう? これいじょう、なにもしなくていいの。それに、よふかしは、おはだのたいてきだもの。わたしもはやくねたいわ)
    「サナのけちー。あー、もう! 眠れないー!」
    布団の上で『じたばた』を展開する少女に、愛情のこもった苦笑を向けて。しかたがないわね、と呟きつつ、サーナイトは少女の顔の真上に片手を差し出した。

    (さ、このてをよくみててちょうだいね)
    「あ、ちょっと! まさかあれをやるつもり……」
    (はいはい、ごちゃごちゃいわないの)
     ゆっくりゆっくり、手を回す。右にくるくる、左にぐるぐる。緩やかに回る緑の手を目で追っているうちに、少女の瞳はとろんとした光を帯びた。
    「もう、いっつも……このパターン……なん、だから……」
     言い終わらぬうちに、彼女の瞼は完全に閉ざされた。一拍置いて、すうすうと平和な寝息が聞こえてくる。今回もまた、催眠術は完璧だったらしい。
     再びくつくつと笑って、サーナイトは慣れた手つきで布団を整えた。出来栄えを確認し、満足そうに頷くと、熟睡する少女の耳元でそっと囁く。

     『お休みなさい、良い夢を。明日の旅立ちが、実り多きものとなりますように』

     柔らかな微笑を浮かべたまま、優しいサーナイトは静かに部屋を出て行った。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     以前、書いたまま放って置いた小話を発掘。多分黒白発売前、かな?
     子供の頃感じた、遠足前夜のワクワク感を思い出しつつ……しかしそこらの遠足とは桁違いの距離と危険だと思うんだけど、それでもさくっと送り出しちゃうポケモン界ってすげえなぁという気持ちを込めて書きました。あっちの子供達はこっちの世界より大人びてるんでしょうか?
     ともあれ、読了いただきありがとうございました。


      [No.3016] 06お月様のプレゼン 投稿者:とくめいかかり   投稿日:2013/08/05(Mon) 22:13:12     71clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    コンセプト
    狼男の逸話を元に作成。
    しかしもうすでに人に忘れ去られ過ぎていて、むじゃきな子供には何も通じなかったというお話。
    普段人を避けていると思わせる描写があるダイゴを起用。

    という固い側面と

    鳥居という絶対堅苦しいのしか来ないだろうという思いから、草はやしながら読めそうな「どうしてこうなったwwwww」と軽く読めるもの。
    堅苦しい文体の中に軽々しいものが一つ、浮くように作られています。


    まじめに感想書こうとするととても疲れるはずです。まじめに評価してまじめな小説として書かれていないから。
    感想を書くのが難しいという声をよく聞くので、その難易度を下げています。

    最後にハルカ(ヒロイン)が自分も同じだと告白しますが、同じだというフラグは「グラエナと同じ匂いがする」という、嗅ぎ分けをしたところに入れました。
    なお生えているのはキュウコンの耳という設定です。ダイゴの石つながりで、殺生石=キュウコンというところに結びつけていますがそこまでやると、軽く読めるものというコンセプトがひっくり返ってしまうので途中で止めました。作品の中ではどういうことなのかはあえて書いていません。


      [No.3015] 倹約上手 投稿者:フミん   投稿日:2013/08/05(Mon) 22:10:27     116clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:批評してもいいのよ】 【書いてもいいのよ】 【ライチュウ】 【ロトム】 【エレキブル

    「私は節約上手ね」
     
    一人の女が自画自賛した。
    彼女は幼い子供と、複数のポケモン、それに真面目で誠実な夫と暮らしている。それなりの家に住んでいる普通の主婦である。
    女は、日々の生活で節約を心がけていた。食費をなるべく浮かす為に安い食材を購入する。化粧品はなるべく試供品で済ます。必要な雑貨はもちろん安物で、多少使いにくくても壊れるまで使い続ける。風呂場の水で洗濯をするし、どうしても必要で頻繁に買わないといけないもの、例えば子供の洋服のような物は、なるべく知人や親戚から貰うことが多かった。
    とにかく、彼女はお金を使わなかった。特に夫が無駄遣いをしようものなら厳しく叱責した。と言って、女も贅沢をしている訳ではなかったので、夫も女に自分の意見を強く言えずにいた。
     
    将来の為。それが女の言い分だった。夫が定年を迎えた時、ゆっくりと生活をしたい。その為に、今は苦労を惜しまない。自分が歳を取った時、安心して毎日を送れるようにする。彼女は、日々努力を重ねている。



    「さあ、ご飯よ」
     
    ある日の昼時、自分の子供がようやく寝てくれた頃、女は、自分のポケモン達にもご飯を与えていた。
     
    ライチュウ。ロトム。エレキブル。
     
    共通していることは、全てが電気タイプということだった。
    管理された餌できちんと育てられたポケモン達は、割り当てられた昼食をきちんと完食する。
    その後、リビングの隅に置いてある大きな機械へと近づいていく。

    それは、蓄電器だった。大量の電気を貯めておける優れた機械で、蓄えておいた電気を家庭で使う照明や娯楽、空調や電化製品などに利用することができる。
    三匹のポケモン達は、自らの体にケーブルを繋げると、体内で作り出した電気を機械へと送り出していく。沢山食事を喉に通した彼らは、苦しむことなく電気エネルギーを放出し続けた。
    数分経つと、機械の蓄電量は九割を超えた。そこで、女はポケモン達に電気を送ることを止めさせた。汗が滲む家族に、タオルと水分を手渡していく。

    「お疲れ様。今日もありがとうね」
     
    女は、実に満足していた。
    彼らのお陰で毎月の電気代はほぼ0円に近い。つまり、毎月数千円の出費を抑えていることになる。それを積み重ねれば大きな金額になる。機械の値段は少々高かったが、この調子なら直ぐに元が取れるだろう。そう、女は確信していた。

    「今月も、出費を抑えることができたわね」
     
    しかし、先程まで嬉しそうだった女は、細かく手書きで書かれた家計簿を確認してため息をついた。

    「でも食費が増えているのよね…」
     
    そして直ぐに笑顔になる。

    「まあ、仕方ないわね。大切な家族の為ですもの」
     

    独り言を呟く女は、ポケモン達を見つめながら一人頷いた。
    彼女は、満ち足りた生活をしていると疑わなかった。




    ――――――――――

    コミックマーケット84 1日目東“ス”−38bを宜しくお願いします

    フミん


      [No.2969] ■フォルクローレ 一次掲載決定作品 (更新) 投稿者:No.017   投稿日:2013/06/06(Thu) 23:36:44     69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:フォルクローレ

    屏風の大唐犬の希望が被っておりましたが、割り振りが決定いたしました。
    茉莉さんに第二希望の絵を描いていただくことになりましたので、
    一次掲載決定作品 は以下のようになります。

    冬の神 砂糖水(絵:碧)
    探検の舞台は クーウィ(絵:ヤモリ)
    ニドランの結納 No.017(絵:草菜)
    鮫の子孫たち No.017(絵:たわし)
    盗まれた才能 No.017(絵:発条ひず)
    屏風の大唐犬 No.017(絵:のーごく)
    ミルホッグ・デー リング(絵:茉莉)

    以上、7作品となります。
    二次に向けて絵師さんにも更に声掛けして参りますので振るって応募くださいませ!


      [No.2922] 【ゆるぼ】カゲボウズ三巻の誤字脱字を見てくれる方 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2013/04/02(Tue) 21:44:36     142clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:カゲボウズシリーズ】 【ゆるぼ

    No.017です。
    最近カフェラウンジには企画とネタしか投稿していませんが、小説はちゃんと書いています。
    現在、5月のポケモンオンリー、チャレンジャー!2に向けて、
    カゲボウズ3巻「鳥替え神事」を書いてるところです。
    間に合えば5月上旬入稿予定です。

    ご存じの通り(?)
    私は誤字脱字クイーンと言われるくらいミスが多いので、
    毎回有志の方に誤字脱字を見て貰っております。

    お礼はできあがったカゲボウズ三巻になります。
    イベント受け取りか、ご希望のお届け先にお届けいたします。(郵便局留め可)

    興味のある方は、twitterにリプライか、掲示板に返信下さい。
    質問も承っております。

    何卒よろしくお願い致します。


      [No.2880] こうかんノート 投稿者:WK   投稿日:2013/02/14(Thu) 10:57:56     105clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ポケモン】 【今の子もやるのかねこういうの

     『こうかんノート』って、ご存知ですか?仲の良い友達同士で書いて交換しあう、秘密の日記帳のようなものです。
     書く内容は様々。昨日観たテレビの内容、最近あった出来事、遊ぶ約束。決して他の子には見せてはならない、内緒の話。
     今思えば大して秘密にしても意味がない内容ばかりでしたが、当時の私達はその甘美な響きに憧れ、お互いにノートを交換しあったものです。
     そう、決して他人に見せてはいけないような言葉たちも――。


     あれは七年前のことです。当時私は小学六年生。中学受験を控え、人間関係に揉まれ、ストレスフルな日々を送っていました。
     私の通っていた学校はカントーはマサラタウン寄りの場所にあり、全校生徒は約四十名。教職員の方々を入れても五十に満たない、小さな学校でした。
     私の学年は全部で十四名。その中の八名が女子で、私はその一人。
     皆、良い意味でも悪い意味でも子供という言葉をそのまま表したような子でした。特に女子は。

     事の始まりは小学五年の時。私はMちゃんと一緒にこうかんノートをしていました。彼女とは私が引っ越して来てから、ずっと仲良くしてきた友達でした。天然パーマがコンプレックスで、最近ストレートにしたばかりだったと思います。
     彼女とのノートは四年生の時から始まり、六、七冊目くらいにかかっていました。内容は前述した通り。たわいも無い話ばかりです。ですが、時々こんなことを書く時もありました。

    『○○うぜー てんこうしろ』
    『マジ寄らないで欲しいんだけど』

     言わずもがな、他人の悪口です。誰かと秘密を共有し合う、その『秘密』の中に、他人への嫌悪感も混ざっていました。あの子と嫌いな子が一致している。それだけで妙な高揚感に包まれたものです。
     その○○とは、クラスで嫌われていた男子でした。たった十四人の生徒の中にいじめが発生するのか、と疑問に思うかもしれませんが、子供は残酷です。無自覚ゆえ、他人を傷つけても平気でいられるのです。
     もしかしたら、あなたも経験があるかもしれませんが……。

     さて、風が変わったのは六年の後半からです。私と仲良くしていたMちゃんが、急に冷たくなりました。こうかんノートがあまり返って来なかったり、返ってきたと思ったら全然書いていなかったり。
     当時彼女はジャニーズにはまっていました。同じクラスの女子―― ここではYちゃんとしておきましょう―― といることが多くなり、私とはあまり一緒にいてくれなくなりました。
     私はジャニーズより、今流行っているポケモンやトレーナーに夢中でした。なので仕方がないことなのかもしれませんが、私達の間に大きな溝ができていきました。
     私はその二人に相手にしてもらいたくて必死でした。でも二人は私を除け者にしました。寂しくて、泣くことも数多くありました。
     そんな時でした。彼女が私の領域に入ってきたのは。

     彼女はTちゃんといいました。気が強く、ちょっとした言動で相手を傷つけ、泣かしてしまうことがありました。そのためかあまり周りの子とは馴染めず、特にこの時期は一人でいることが多かったように記憶しています。
     彼女は私に『こうかんノートをしよう』と持ちかけてきました。今の私の手にすっぽり収まってしまうような、ミニノートです。表紙は当時流行っていたキャラクターもの。ピンクの熊とも言えないような不思議な生き物が、天使の格好をしているイラストでした。
     私はそれに同意し、彼女とのやり取りが始まりました。Mちゃんに相手にされない悲しみを、ここで晴らせるならそれでもいいと思ったのです。
     イラストや遊ぶ約束など、一ページに沢山詰め込んでは向こうに渡しました。その間にもMちゃんとYちゃんは自分たちの世界で遊んでいました。班で給食を食べていたとき、彼女らは私に見せつけるように、

    『やっぱり○○はいいよねー』
    『ねー』

     今思えば子供ならではの安堵感を求めていたのでしょう。ですが当時の私は不快になるばかりでした。

    『班変えてくれないかな』

     Tちゃんがそっと耳打ちしてきました。それに同意してしまったのも無理はないと思います。まあ、彼女らの前で耳打ちするなんてあまり意味がないと思いますが。
     その時、私はふと彼女らの影に違和感を感じました。蛍光灯に照らされる彼女らの影は、普通は黒色です。
     しかし、気のせいでしょうか。その時見た影の色は、濃い藍色をしていたように思えました。おまけに何かがうぞうぞ蠢いているような……。
     不意に、影の中にある奇妙な色の汚れが目に入りました。少しでもMちゃんに良い印象を与えたかった私は、『ゴミが落ちてるよ』と言いながらそれを拾おうとしました。
     ですが。

    『ギャアッ!』
    『ひっ』

     不意に影が飛び出してきました。私はバランスを崩し、後ろにこけてしまいました。影はそのまま暖房が効いていない廊下の方へ走り去っていきました。
     先生が慌てて教卓から走ってきました。当時Mちゃんとの関係が上手くいっていないことを察していたのでしょう、その目には焦りの色が見てとれました。

    『大丈夫か』
    『は、はい』

     先生に助けてもらって立ち上がった私は、右手に何かぬるりとした物を感じて手を開きました。
     そこには血のような、体液のような液体が付着していたのです。
     私は廊下の方を見つめました。しかしもうそこには、何もありませんでした。


     それから時は過ぎ、三学期になりました。私は受験を終えて、かなり軽い気分を味わっていました。向こうも同じだったのでしょう。Mちゃんも受験組でしたが、見事に合格。ずっと止まっていた私達のこうかんノートも、スムーズとはいかなくても少しずつ回るようになっていました。
     当時『シンオウ地方』という場所がちょっとしたHOTワードになっていました。女性で初めてのチャンピオンが誕生したということで、マスコミでも大騒ぎになりました。私もその様子はテレビで観ましたが、素敵だと思いました。
     このことを誰かと分かち合いたいと思い、まず私はTちゃんとのノートに書きました。しかし彼女はポケモンにあまり興味を示さず、むしろ今度はいつ遊ぼうか、とか、○○ってマジ死ねばいいのに、などと私に同意を求めるような質問ばかりを書いてくるだけでした。
     一方Mちゃんはその時の気分で左右されるものの、その話に乗ってくれました。テレビで紹介されたこの地では見れないポケモンの話もしてくれ、また前と同じようなたわいも無い話ができるまでに関係は修復されていきました。
     受験から開放されたことを知った他の子達とも大分話すようになりました。放課後一緒に帰ったり、同じ受験組の子とはどんな問題が出たかを面白おかしく話しました。
     そんな様子を彼女が面白くないと思ったのは、ある意味当然かもしれません。

     受験が終わって二週間くらい経ったある日、私はTちゃんから久々にこうかんノートを渡されました。そういえば随分久々だな、この前はどんな話を書いてたんだったっけな、と思いながら軽い気持ちで私はページを開きました。そしてすぐ閉じました。
     私は彼女の横顔をそっと眺めました。気のせいか少し虚ろな顔をしています。目の下に隈ができ、髪は少し傷んでいるようでした。
     私は深呼吸してから、もう一度開きました。内容は変わりませんでした。

    『どうしていつもひとりで帰っちゃうの?いっしょに帰ろうって約束したじゃん。この前はRといっしょに帰ってたし。言ったじゃん前に。RはKのことウザいって言ってたんだよ?YもMもKのこといやだって言ってたんだよ?どうして分かってくれないの?
    Kのいちばんの友達は私だって言ってくれたじゃん』

     うろ覚えですが、こんな感じで延々と三ページくらいにわたって綴られていました。以前にもこんなことがありましたが、ここまでではありませんでした。
     最後の言葉は読んだ時に思い出しました。一回目の彼女の追求があまりにも激しくて嫌気が差したので、ご機嫌取りのつもりで書いたのです。
     私はこう書いて、彼女に渡しました。

    『世の中には知らなくていいこともある』

     確かこの前にもう少し書いた記憶もありますが、覚えていません。当たり前ですが彼女がそれで納得するはずもなく、渡してから二分くらいでこんな一文が返ってきました。

    『何?おこんないから、教えて』

     受験が終わったことで多少のトラブルは笑って対処できるだろう、という意味の分からない自信が私の中にありました。
     私はこう書いて、彼女に渡しました。

    『ごきげん取りだよ。Tちゃんがあまりにもしつこかったから』

     その後の彼女の顔を、私は知りません。


     私は五時間目に熱を出し保健室で寝ていたことで、放課後に目が覚めました。先生は職員室に行ってしまったようで、部屋には誰もいませんでした。私は薬臭くなったトレーナーを脱ぐと、一階にある教室へと鞄を取りに行きました。
     夕暮れの光が廊下へ伸びていて、既に四時半くらいであることが分かりました。何だか急に不安な気分になり、早く帰ろうと私は教室に入ろうとしました。
     ビクリとしました。Tちゃんが、私の机の前に立っているのです。何もせず、つっ立っているまま。

    『……Tちゃん?』

     Tちゃんがこちらを向きました。今度こそ、私の全身を悪寒が襲いました。足元からじわじわと這い上がってくるようです。
     彼女の目には光がありませんでした。なのに、なのに、彼女の影の中には――!

    『Tちゃん!』

     私は無我夢中で彼女の肩を揺さぶりました。彼女が糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちました。
     私はふと彼女の右手を見ました。何か黒い物を掴んでいます。そっと指をほぐして取ると、それはあのノートでした。
     表紙を見て―― 私はぞっとしました。あの綺麗な青と可愛いキャラクターで彩られていた表紙は、黒いマーカーか何かで真っ黒に塗りたくられていたのです。

    『くすくす』
    『あはは』

     ハッとして私は後ろへ下がりました。未だに彼女の影の中には彼らがいました。そう、前にMちゃんの影に取り付いていた、彼らが。
     その中から一匹が私の持っていたノートに飛んできました。驚いてノートを取り落としたところへ、彼らは一斉に群がり、そのまま何かを食べるかのように首を動かしはじめました。

    『やめて!』

     彼らは一斉に上へと飛び上がりました。私はノートを持ったまま、閉じられていたカーテンを思い切り引っ張りました。
     夕方の太陽の光が、教室を照らしました。窓を開け、私は叫びました。

    『こんなもの!』

     私の手から放られたノートは、くるりと弧を描き、金網の外へ消えました。


     その後、私の叫ぶ声に驚いた先生達が教室へ来て、私は少しお咎めを受けました。本当のことは話しませんでした。おそらく話してもきっと信じてはもらえなかったでしょうから。
     Tちゃんはあの後、病院で軽い処置を受けた後目を覚ましました。私との一件のことは覚えていても、あの影にいた者たちのことは何一つ知りませんでした。
     それでもいくらかは収まったようで、少し大人しくなりました。

     あれから、七年の時が過ぎました。当時あれほどくっついていたMちゃんとYちゃんは、中学へ行った途端疎遠になり、今では連絡のれの字も取っていないそうです。反対に私とMちゃんは時々ですが連絡を取り合ったり、一緒に遊びに行ったりします。
     当のTちゃんは、高校に行った後に地元のハンバーガーショップでバイトを始めたようですが、今ではどうなっているかは分かりません。
     そして彼らは――

     一度ホウエン地方に遊びに行った時、彼らの正体を知ることができました。
     彼らは、カゲボウズ。人の恨みや妬みを餌とし、時には脅かして遊ぶこともある。
     何故ホウエンのポケモンがカントーにいたのかは、今でも分からないままです。誰かが持っていたのが野生化したのか、それとも勝手に何かに紛れて来てしまったのか。
     Tちゃんの念はどんな味がしたのでしょうか。あんなに群がっていたのだから、きっと彼らにとっては美味しいものだったのかもしれません。
     誰かが胸糞悪くなるような物でも、誰かにとっては素晴らしい物に感じる。彼らはその典型的な物かもしれません。

     そして最後に、あのこうかんノートについて。

     結局Mちゃんとのノートは十冊目に行かずに終わってしまいました。中学へ行っても、もう誰もやる人などいませんでした。
     私が投げ捨てたあのノート、卒業式の日に探してみましたが、不思議と何処にも見当たりませんでした。用務員さんに聞いてみても、あそこは掃除してもポイ捨ての瓶や缶ばかりで、ノートなんて見当たらなかったというのです。
     この前、久々にMちゃんとのこうかんノートを発掘しました。七代目くらいでしょうか。幼い字と絵に、遊ぶ約束。プリクラにシール。

     こんな物を楽しんでいたのかと、今でも私は不思議に思うのです。
     


      [No.2835] Re: 流行のポケモン 投稿者:   《URL》   投稿日:2013/01/09(Wed) 21:53:12     157clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:フォッコかわいいよフォッコ】 【ケツマロもかわいいけどね】 【あれ?ケロマロだっけ】 【ケロマルだった気もする】 【ケロウメみたいな感じだった】 【ケロアメだったっけ】 【ケロキチかもしれない】 【もうぴょ○吉でいいや】 【そして空気と化すハリマロン

     コメントありがとうございます。

     新しい地方のモデルに名前、他の新ポケエトセトラエトセトラ、気になりますね。
    >マサポケではやはりフォッコの小説が増えそうな気がします。狐だし。
     狐好きな土地柄(?)ですものね。もふパラにも三種目のキツネ乱入でしょうし。他の二匹もかわいいんですけどね。

    >犯人はケモナー
     何故バレた。


      [No.2794] さあ、クイズの時間だ 投稿者:シオン   投稿日:2012/12/22(Sat) 13:17:52     78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    キーンコーンカーンコーン。
    大学の個性を表す象徴の一つである、チャイム音。

    そのチャイムが鳴り始めるとともに教室に続々と学生が集まってきた。
    高校生らしさが抜けていない女の子や、スキンヘッドの男性、明らかに中年のおじさんと様々だ。

    チャイムが鳴り終わってから数分後、教授のオクツ先生と彼のパートナーのエーフィが入ってきた。
    白髪の頭に黒縁の四角いフレームのメガネ、しわだらけの顔や手。
    スーツは有名ブランドのしゃれたデザインのものらしいのだが着方が着方だからなのか堅苦しい雰囲気だ。


    「クイズの時間だ」

    は?えっ……えっ?
    何を言ってるんですかオクツさん?


    あ、みんなも同じ反応。

    その僕たちの反応に特に気にする様子もなくオクツは大きい壺を出して教壇においた。
    縦一メートルはゆうに超す、装飾が豪華で高そうだ。授業なんかで使っていいのかな。
    あ、オクツが持ってくるわけではないのね。エーフィのサイコキネシス使うのね。

    オクツはその壺に一つ一つ岩を詰め始めた。穴は大きめに作られているようでいびつな形ばかりの岩がそこに投げ込まれてゆく。
    壺がいっぱいになるまで岩を詰めてオクツは僕たちにこう聞いた。

    「この壺は満杯か?」

    は?
    本日二回目の疑問符。

    誰かが「はい」と答えた。
    「本当に?」そう言いながら先生は教壇の下からバケツいっぱいの砂利を取り出す。
    おいおいまさかまさか……。
    そして砂利を壺の中に流し込み、エーフィの力でツボを振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。そしてもう一度聞いた。

    「この壺は満杯か?」

    学生は答えられない。僕の前に座っている生徒が「多分違うだろう」と答えた。
    オクツは「そうだ」と笑らった。

    今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
    それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。

    「この壺はこれでいっぱいになったか?」

    やっぱりキター!!
    ほらキタよ。やっぱりキタよ。

    学生は声をそろえて、「いや」と答えた。オクツは今度は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いでいく。そして学生に最後の質問を投げかける。

    「僕が何を言いたいか分かるだろうか」

    何を言いたいか言いたいか……。
    前の方に座る一人の学生が手を挙げた。「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、いつでも予定を詰め込むことは可能だということです」

    「それは違う」オクツは言った。

    「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私たちに示してくれる真実は、大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないということなんだ。

    君たちの人生にとって”大きな岩”とはなんだろう。それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、ポケモンであったり家庭であったり、自分の夢であったり……。

    ここでいう“大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。

    それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君たちは永遠に失うことになる。

    もし君たちが小さい砂利や砂や、つまり自分にとって重要度の低いものから自分の壺を満たしていけば、君たちの人生は重要ではない「何か」に満たされたものになるだろう。そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い……

    その結果、それ自体失うだろう。

    さてと。

    君たちが
    これまで大事にしてきたものは何かね?
    これからも大事にしてきたいものは何かね?」

    オクツの目がなんだか悲しそうに見えた。


    ―――――――
    初めまして。シオンと申します。

    【どうにでもなってしまえなのよ】


      [No.2793] ねがいぼし 投稿者:ピッチ   投稿日:2012/12/22(Sat) 00:54:17     85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     「それ」は、ずいぶん久方ぶりに起き出しました。つぶらな瞳をぱっちりと開けると、夕間暮れの紫がかった空が見えました。
     「それ」に、朝や夕方といった、そんな起きる時間帯のことは関係ありませんでした。「それ」は千年の間眠り続け、それが終わった後の七日間だけ目を覚ます、そういう生き物でした。
     だから「それ」は、今の時間のことも考えやしませんでした。「それ」にとっては、朝起きれば七日後の朝に眠るし、今のように夕暮れに起きれば七日後の夕暮れに眠る。それくらいの違いしかないのですから。
     「それ」は黄色い小さな小さな羽を広げると、ばっと一目散に夕闇の中に飛び立ちました。
     ずっとずっと、人々の気配のする方へ。

     「それ」は千年間の眠りと七日間の目覚めを繰り返す生き物であり、同時に人々の願いを叶える不思議な力を持った生き物でもありました。そして、人々の願いを叶えたいと心から思う生き物でもありました。
     それが何故なのかは、「それ」自身にも分かりませんでした。もし理由がつけられるのだとしたら、そういう風にできている生き物だからとしか、言いようがありませんでした。
     けれど、今目覚めた場所には、人間はひとりもいませんでした。ただ、四角く切り出したたくさんの石でできた、大きな大きな建物が残っているだけです。
     「それ」はその建物に見覚えはありましたが、建物はどれもこれも見るも無残に叩き壊されていて、表面を彩っていたたくさんの模様や浮き彫りも、崩れて、あるいは年月に削られて、ほとんど見えなくなってしまっていました。
     「それ」の知る限り、そこにはたくさんの人間たちがいたはずでした。「それ」が以前目覚めたとき、彼らはたいそう驚き、そして「それ」の目覚めを歓迎しました。
     「それ」は大いに歓迎され、そして彼らの願いをたくさんたくさん叶えました。人間たちは「それ」へと感謝を捧げ、そして、「それ」が眠る間この場所をずっと守っていくと、千年の後にまた「それ」を歓迎すると約束してくれたはずでした。
     しかし彼らは、もう影も形もありません。「それ」が分かる限り、そこには人々の気配は何も感じられませんでした。ただ暑く湿った空気だけが、ここが眠りにつく前の場所と同じであることを示していました。
     だから、「それ」は飛びました。自分に願ってくれる人間を探すために。
     どんどん小さくなっていく石の建物たちと一緒に、そこで得た思い出までも失われてしまう気がして、「それ」は少しだけ迷ったけれど。
     一度振り返り、その光景を目に焼き付けるようにしてから、前を向いた「それ」は、ぐうんと速度を上げました。


     千年ぶりに見た人間の街は、「それ」が知るものとはすっかりかけ離れてしまっていました。
     何しろ、街に着く前からそれがどこにあるか分かるほどのけばげばしい明かりが街中をくまなく照らし出しているのです。その中にいれば、星など少しも見えません。
     居並ぶ建物も「それ」の知るものとはまったく違っていて、眠りにつく前に見た石の建物など比べものにならないほど高い、天をつくような細長い建物がずらずらと建ち並び、その壁にはさまざまな色使いの文字や絵が躍っています。
     人々は密で色とりどりの布でできた、見たことのない形の服を着ていて、皆その腰に赤色と白に塗り分けられた玉をつけています。
     獣たちとの関係のあり方も随分変わってしまったようで、町中で堂々と人が獣を使役し、獣同士を戦わせていました。戦わせはせずとも獣を着飾り、およそその本来の動作ができるとは思えないほどにしてしまっている人間もいます。
     「それ」は、とても困惑していました。千年の眠りの間に人間たちの様子が変わってしまっているのはいつものことなのですが、こんなに大きな変化を見たのは今が初めてです。
     「それ」の知る明かりは炎のものでしたし、知る服は草の葉や皮から取った繊維で作ったもので、それも人間だけが着るものでした。獣は大切にされ敬われていて、中には人間に協力し、ともに生きるものもいましたが、それは獣の中ではずいぶんな変わり者でした。
     今までなら、目覚めたときでも昔の面影が少しくらいは残っていたのです。明かりや料理のための火を得る方法が雷から獣による恵みに変わっても、火を使うこと自体には変化がなかったように。
     けれども、今はそれすらも残っていないのです。「それ」の知る頃の面影など、少しもありません。
     「それ」はとても不安になりました。自分は眠り続ける間に、どこかおかしなところに運ばれてしまったんじゃないだろうか。それとも、起きる時を間違えて、一万年ほども眠ってしまったんだろうか。
     「それ」は、帰りたいと強く願いました。自分の知っている頃に、眠りにつく前の、自分の知るものに溢れている頃に戻りたいと、涙を流すほど強く思いました。
     でも、「それ」には他人の願いを叶える力はあっても、「それ」自身の願いを叶える力はないのでした。
     「それ」は涙を拭いて、もはやどこかも分からない街の中を行き交う人々の姿を眺める他ありませんでした。

     けれども、「それ」はやはり、人々の願いを叶えなければと強く思いました。どこかも分からない中でも、やはり「それ」ができるのは、そのことしかありませんでした。
     どんなに様変わりしてしまっていても、人々が願いを持たないはずはありません。そしてどんな願いだって、「それ」は叶えることができるのです。
     とはいえ、こんなに変わってしまった世界で、人々が何を願うのかは「それ」には見当がつきませんでした。
     以前は畑に作物がたくさん実ることなど、食べ物がたくさん取れるようにしてほしいという願いが一番に多かったのですが、この街は行っても行っても一枚の石がずっと敷いてあるような平らな地面ばかりで、畑はどこにもありませんでした。
     それに、人々はもう食べ物になど困っていないように見えました。見る人見る人、「それ」の知るよりもずっと太っていたり、顔色がよかったりするのです。
     道を行く人々は箱から、これまた見たことのない食べ物らしいものを取り出して食べていたり、片手で食べ物を持って建物から出てきています。
     きっとこの人々は食べ物のことなど願わないだろうと、「それ」は考えました。
     ならばと「それ」は記憶を掘り起こします。病気になった家族を抱える人々に、病気を治して欲しいと言われたことも、かつては多かったのでした。
     しかし家々を覗いてみても、病気の人などほとんどいません。少なくとも、「それ」の知るのよりはずっと、伏せっている人は少なかったのです。
     食べ物に困らなくなったから、病気にならなくなったのだろうと「それ」は考えました。
     ずっと晴れているから雨を降らせてほしいとか、ずっと雨だから太陽が見たいとか、昔はそう願われたこともありました。でもこの街は夜でも昼間のように明るいし、雨漏りなど万一にも考えられないような頑丈な屋根がついた建物だらけです。
     それに、天気を操ってほしい一番の理由である畑は、この街にはないようです。だから「それ」は、そんな願いもされることはないだろうと思いました。
     そうしたら、何を叶えればいいのでしょう。
     いよいよ分からなくなった「それ」は、人々の話に耳を傾けてみることにしました。
     人々はお互いに歩きながら話す者もいれば、何やら四角い、手のひらに収まるくらいの大きさのものを耳に当てて、誰もいないところに喋っている者もいました。
     建物の中で次々いろいろなものが映る箱を見ながら何かをぼやいている人も、その箱に似たものに平たい板のようなものを線でつなげ、かたかたとひっきりなしに音を立てている人もいました。
     そうしてこっそりと話を聞いていくうち、「それ」は、人々があることについて、ずっと話していることに気がつきました。

    「……結局世界滅亡しなかったねえ」
    「滅んじゃう、キャーッ! て思ってたのに」
    「世界滅びないじゃねえか! お陰で明日も仕事だよ、こん畜生!」
    「うん、この通り滅びてないし、僕もちゃんと生きてるから。じゃあ、夕飯の準備よろしくね」

     みんなみんな、世界が滅ぶ「はずだった」と、ずっと言っているのです。
     安堵するような口振りで言う人など、ほとんどいません。みんな、悔しがったり、面白がったり、残念がったりしているのです。
     まるで、世界が滅んでほしかったかのように。

     「それ」は、何が起きているのかわかりませんでした。人々がこんなことを願ったことは、これまでは一度たりともありませんでした。
     当然です。だから、今までこうして人々はずっと生活しているのですから。
     でも、今や「それ」には、人々が世界を滅ぼしてほしがっているとしか思えませんでした。それくらい、人々の話題はその一色で染まっているのです。
     それに、それ以外に何を人々が望むのか、「それ」には分かりませんでした。自分の知るものとこんなにも違う世界に生きる人々は、きっと今まで受けてきたどんな願いとも違う願いをするだろうと、「それ」はどこかで思っていました。
     だから、「それ」は、その願いを叶えることにしました。
     「それ」の腹にあるまぶたが、ゆっくりと開いていきました。


     その始まりに見えたのは、きらりと小さく夜空に光る星でした。
     といっても人々は空などてんで気にしていませんでしたから、それに気付いた人など誰もいませんでした。
     人々が騒ぎ出したのは、その星がもっともっと近づき大きくなって、太陽のように辺りを照らし始めた時でした。道端で輝いていた街灯も、空にある大きな光に比べればずっと小さなものでした。
     夜にも関わらず明るくなっていく空を指して、人々は不思議そうに、あるいは呑気に声を交わし合いました。

    「日食みたいに昼間に暗くなるなら分かるけど、こんな夜中に明るくなるってどういうことだ」
    「何、いよいよ世界が滅ぶのか。こんな真夜中まで引っ張って」
    「こういうのって周期が予測できるんじゃなかったっけ?」
    「でも、そんな発表聞いたことないよ。それこそ、世界が滅ぶってのなら今日ずっと言ってるけど」

     珍しがって写真を撮る者も、ビデオカメラを回し始める者もいました。
     けれども少し経てば、たちまちそんなものは忘れ去られ、通りは半狂乱になった人々で溢れかえりました。
     光の中心に、星が見えたからです。
     時間が経てば経つほどに大きくなる、明らかにこちらに近づきつつある星が。


     「それ」はすべての力を、その星を引き寄せることに注ぎ込んでいました。
     「それ」の力は、言ってしまえば超能力です。未来を見てそこに手を加えることもできますし、ものを一瞬で別の場所に動かすこともできます。
     その力自体は、そういう種別の獣ならば持っているものと何ら変わりありません。ただ、その力が途方もなく強いだけなのです。
     それをもってしても、巨大な星は一瞬で動かしてくるには大きすぎました。じりじりと、じりじりと、こちら側に引き寄せることしかできませんでした。
     視線を下に向ければ、街の中を逃げ惑う人々が見えました。火の馬に乗り建物の上を飛び移る者も、鳥の翼を頼って空へと逃れて行く者も見えました。
     しかし、「それ」は知っていました。今自身が引き寄せている星が、どこにも逃げようがないほどの被害を地上にもたらすことを。
     だから、「それ」は泣いていました。
     自分に願ってくれる人々がいなくなることを悲しんで、ぼろぼろと涙をこぼしていました。
     願ってくれる人がいなければ、「それ」は願いを叶えたいという、唯一自分に叶えられる自分の願いを叶えることはできないのです。
     だからこれが、「それ」の叶える最後の願いでした。
     そのために、「それ」はありったけの力を、引き寄せるべき星へと使っていました。

     星が近づくにつれ、「それ」の身体がぐらりと傾きます。もう自分を浮かせるだけの力も、保つことができないのです。
     しかし「それ」は、例え自分が死んでしまったとしても、なんとしてでもこの最後の願いを叶えるつもりでした。
     願う人々がいなくなれば、もう自分は何もすることなどないのです。もう、この力を使う必要もないのです。
     近づく星の放つ熱が、「それ」の身体を焼いていきます。「それ」はあまり、熱に強い身体ではありませんでした。
     やがてふっと、その身体から力が抜けました。
     十分に引き寄せられ、後は引力でぶつかっていくのみとなった星と、地上との衝突点めがけて、「それ」の小さな身体は吸い込まれていきました。


    ――――
    なんだかどうも滅んで欲しそうに見えたので考えてみました。

    大丈夫ですって、マヤ歴時代から眠ってたジラーチがいれば世界滅びますって。

    【好きにして下さい】【お粗末な時事ネタ】


      [No.2792] だーれだ? 投稿者:No.017   投稿日:2012/12/19(Wed) 01:08:02     79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:冬コミ
    だーれだ? (画像サイズ: 400×464 39kB)

    作ったので貼っとく。

    冬コミでこんなポストカードが出ると思います。
    たぶん。間に合えば…


      [No.2748] ムウコンに来そうな小説のネタを予想するスレ【実際に使ってもいいのよ】 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/11/28(Wed) 20:28:15     143clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ムウコン】 【雑談】 【実際に使ってもいいのよ】 【ネタ

    やあ、みんな☆ 管理人の017だよ。

    http://yonakitei.yukishigure.com/stcon2012/index.html
    ポケモンストーリーコンテスト 〜ムウマ編集長のポケバナ大賞〜

    の原稿は順調かな?
    ミオ君が掲示板を使ってくれないので(待)勝手に盛り上げちゃうYO!

    ムウコンのお題は「数」「時」
    ここから、実際に来そうな小説のストーリーを予測しよう!
    ガチでもネタでもなんでもござれ。
    ただし、投稿には【実際に使ってもいいのよ】がついたものと見なすぞ!
    それではレッツゴー!


      [No.2711] 【おまけ】質問回答お助けツール 投稿者:   《URL》   投稿日:2012/11/04(Sun) 20:15:53     85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ツール

    http://masapoke.sakura.ne.jp/toolbox/question.html

    77の質問への回答をちょっとだけ楽にしてくれるツールを作りました。
    テキストボックスに質問の答えを埋めた後、一番下にある「結果を出力」ボタンを押すと、すべての質問と答えが出力された上でテキストが全選択状態になるので、クリップボードにコピーしてください。
    あとはそのまま貼り付けるなり、少し編集するなりして、ご自由にお使いください。


      [No.2656] Grow up! 投稿者:きとら   《URL》   投稿日:2012/10/01(Mon) 23:53:07     117clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「トウコやだ。ベルがいい」
     チェレンの言葉がまっすぐ突き刺さる。トウコが初めて恋を知った相手の言葉はこうだった。
    「トウコ怖いもん。ベルのが優しいから」
     小さい時からずっと三人は一緒だった。優しい女の子のベル、リーダー格のチェレン。トウコがずっと一緒にいるチェレンに惹かれるのは当たり前のことだった。なのにチェレンはそれを何を言ってんだというようにあしらった。理由は、トウコの性格。
    「なんでだよ!ベルも優しいけど私だって優しいじゃん!」
     拒絶され、思わずチェレンを突き飛ばす。尻餅をついたチェレンが、だからだよと小さく言った。


    「あー、ベル?うん……そう……よかったな!」
     何も知らないベルは、トウコによくライブキャスターで連絡してくる。
     ベルはトウコから見ても優しくて気が効く子だ。小さい時からずっと一緒。トウコも女の子というのはこういう子のことを言うと解っている。けれど自分はそんな繊細な性格をしていない。
     少し年上の男の子とも喧嘩して勝ってしまうし、野生のポケモンだって下手したら追い返せる。それなのに、ベルはまわりからかわいがられ、守られて優しく接していた。もちろん、トウコにだって優しい。それゆえトウコの気持ちには気付けない。
     嫉妬まじりの感情を送ってることなんて。
     もし気付いていたなら、連絡して来ない。チェレンと付き合うことにしたとか、チェレンとデートしに行くとか。その話を聞く度にトウコはチェレンに言われた拒絶の言葉が巡った。
    「んじゃ。気をつけろよ。プラズマ団とかもどこにいるかわかんねーし。おう、大丈夫だ、こっちは」
     ライブキャスターを切る。大丈夫なんかじゃない。心が通じなかった相手を、ベルは軽々と触れ合って楽しそうにしている。それを想像しただけでどれだけ平穏な心が保てなくなるか。いつものトウコでいられなくなるか。チェレンもベルも、そんなこと気付かない。むしろトウコなんていなかったかのように二人は振る舞う。
     最悪だ。どうしてこんな嫌われてしまっているのだろう。トウコの心は答えが全く出なかった。



     目の前にいるのはNだ。カノコタウンを出てからというもの、何かと会う。ポケモンにしか興味ないことを言っておきながら、トウコの人間関係をずばり言い当てた。
    「キミとボクは似ている。トモダチはあの子たちではない」
     ポケモンと共に孤高の道を歩むものだと、トウコには聞こえた。Nには絶対に弱いところを見せられないと、威嚇してきたけれど、この時ばかりはNが去ってないというのに泣き崩れてしまった。いきなりの変化にNも驚いてしばらくトウコを見つめていた。
     Nの前で泣いたのは一度だけであるが、いけ好かないという点は全く変わらない。けれど、以前とは違う心がトウコにあった。チェレンに感じた以上の親しみ。チェレンと違ってベルよりもじっと見ている。そして優しくしてくれる。こんなトウコでも受け入れてくれる。
     いつか、Nにこの気持ちを告げなければならない。受け入れられないことがない。Nはきっと、好きでいてくれる。
     ライモンシティで観覧車に誘われ、嬉しい半分、何をしていいか解らない半分。Nと二人きりになった瞬間、トウコはNから視線をそらした。けれどそんなトウコ衝撃を告げて行くのである。Nはまっすぐトウコの目を見て。
    「ボクがプラズマ団の王様だ」
     
     まただ。
     
     なぜ受け入れてもらえない。なぜ人を好きになるという気持ちを一切誰も受け入れてくれない。
     そんなに優しくて守られる女の子がいいと言うのだろうか。ベルのような子になれば、誰からも好かれてこの気持ちも受け入れてくれる人が現れるのだろうか。
     思いきって鏡の前でトウコは話しかけた。鏡の中の自分に、優しくなれ、と。
    「おはようベル。今日もいい天気だね。おはようチェレン。今日もきっと……」
     自分じゃない。鏡の中の自分は偽物だった。人に好かれるために取り繕った中身のない自分。
     今のままでは誰にも好かれなくて、愛されなかったとしても、自分を偽ることの方がよほど辛かった。



     休憩の為に地下鉄の駅のベンチで座っていた。何本かのシングルトレインを見送る。次に乗る列車が指定されているからだ。ミックスオレを飲みながら、ひたすらその電車を待った。
    「シングルトレイン、ご乗車の方は」
     トウコは案内された通りの列車に乗る。
     そこから先はいつもと変わらない光景。ワルビアルがなぎ倒し、残った敵をメブキジカが倒して行く。それでも倒せない時はダイケンキの出番。頼りになる相棒とひたすら前へ前へ進むトウコ。
     ポケモントレーナーなんてみんなこんなもの。ジムリーダーも、四天王も、Nもこんなもの。誰もトウコを止められない。トウコを受け入れない。
    「貴方の実力を讃えて、サブウェイマスターがお待ちです」
     何のことか解らなかった。考え事をしていて、その言葉の意味が解らなかった。どうやら次がシングルトレインの先頭車両のようだ。その先にいるのは、バトルサブウェイを取り仕切るもの。
     けれどそんなのどうせ同じだ。皆変わらない光景しかない。トレーナーなんて皆同じ。ポケモンからの信頼は自信がある。それに勝てる人なんていない。
    「ようこそ、バトルサブウェイへ」
     黒いコートを来た車掌。これが噂のサブウェイマスターなのか。確かにオーラはそこらのトレーナーと違うようではあるが。トウコは何も言わずにモンスターボールを差し出した。
    「つべこべ言わずにやろうぜ。どうせお前もその辺のトレーナーなんだろ?」
    「その辺の、とは随分おおざっぱに分類いたしますね。ではその考えが間違いであることを、証明いたしましょうか。貴方の進路がどちらに進むのか、いざ!」
     ノボリの放ったボールからダストダスが現れる。いつもの調子でワルビアルに地震を命令する。あんなポケモン一発で落ちる。そしたら次は……。
    「ダストダス、ダストシュートです!」
     ダストダスの鎧が砕けた。それからの大量の毒がワルビアルに降り掛かる。相性の問題で、そんなダメージはなかったが、トウコは言葉を失った。ダストダスごときが、ワルビアルの攻撃を耐えられるなど思ってもみなかった。
    「あ、ワ、ル、ビアル、じしん!」
     疲れて動けないダストダスは、あっけなくワルビアルの攻撃で倒れる。次は何が来るのか。トウコは知らず知らずのうちに手を握りしめる。
    「おや、あれだけ挑発しておいて、ようやく実力を理解していただけましたか」
     ノボリは涼しい顔をして次のギギギアルを出して来る。しかも早い。ギギギアルはワルビアルにラスターカノンを、しかも最も柔らかい腹の付近を狙ってやって来た。ぐう、とワルビアルは倒れてしまう。
     強い。ノボリはとても強い。サブウェイマスターと名乗るだけあって強い。このままでは負ける。ポケモンが強いことだけが取り柄なのに、負けたら何も残らなくなってしまう。ただの性格の悪い人間になってしまう。
     負けたくない。まだメブキジカもダイケンキも戦える。元気だ。
    「行けっ、メブキジカ!」
     メブキジカがボールから出るのと同時に、トレイン全体が大きく揺れた。カーブだ。技を命令しなければギギギアルは特殊攻撃でメブキジカを攻撃する。けれどこのカーブで飛び蹴りを命令するのは賭けにも等しい。他に何か手はないか。
     メブキジカが角を振る。春風を受けて桜のいい香りが咲いた角。その匂いがトウコに届く。落ち着け、と言われているようだった。
     トウコは決めた。
    「宿り木のタネ」
     メブキジカの方が速かった。宿り木のタネがギギギアルの歯車の隙間に入り込む。体力を少しずつ奪う。ギギギアル自体は、メブキジカに効果は抜群である技を持っていないはずだ。一撃で倒されることだけは防げる。
     ラスターカノンがメブキジカの胴体を狙う。トウコの命令が一瞬遅く、食らってしまう。勢いに飛ばされ、メブキジカは四本の足で倒れまいと踏ん張った。つるつるのサブウェイの床では止まりにくい。けれどなんとかぶつかる前に止まる。そしてそこから強力な四本の足で跳ねる。
    「飛び蹴り!」
     ギギギアルの接続部を狙う。何度か戦って来た相手だ。メブキジカも要領を心得ている。固い蹄が、ギギギアルを強く蹴り飛ばした。大きな金属が、サブウェイの床にがしゃんと落ちる。ノボリがボールに戻した。
    「急所狙い、ですか。運がよろしいですね」
    「最後の一匹で余裕じゃん?どーすんだよ」
     再びサブウェイ全体が揺れる。カーブに差し掛かっているのだ。それに加え、少し減速している。だとすれば次に来るのは加速。それを計算して命令しないとならない。飛び蹴りは強力だが、外すと自分にダメージが来る。ならばこんな揺れる車内で何度も出すのは危険だ。
    「そうですね、最後でございます。では、行きなさいイワパレス!」
     メブキジカの目の前に現れるイワパレス。助かった。これならメブキジカの方が早く動ける。
    「ウッドホーン!」
    「シザークロスです!」
     桜の香りがする角を振りかざし、メブキジカはイワパレスに一直線。強い角の一撃を、自慢のハサミで受け止めた。そしてそのままノボリの命令通りにメブキジカの角は切り裂かれる。
    「そちらも残りは一匹でございますね」
     この車掌、ただ者ではない。改めてトウコは思った。全てを知り尽くしているような、そんな印象を受ける。もしかしたら手のうちですら知られているのではないだろうか。だとしたら勝てるわけがない。
     けれど解らない。解っていたって、力が強ければ勝てるかもしれない。祈るようにトウコはダイケンキのボールを投げた。
    「ウッドホーンくらって、それなりのダメージは入ってるはずだ。ダイケンキ、確実に仕留めろよ。ハイドロポンプ!」
     トウコは命令してから思い出した。ここは平地ではないこと。急な減速に、ダイケンキはハイドロポンプを打ち損ねる。イワパレスがそこを鋭いハサミで切り裂く。ダイケンキのヒゲが切れそうだった。
    「飛ぶ系の技はやめた方が……でもあの防御からして物理よりも特殊の水が絶対いい。ダイケンキ、ハイドロポンプだ!」
     痛がるダイケンキはもう一度、大量の水流を作り出した。今度こそイワパレスに向けて、イワパレスを撃ち落とせるように。絶対に勝つ為に。大好きなトウコに喜んでもらうために。イワパレスの体が全てダイケンキの水流に飲み込まれる。激しい流れに、ノボリですら近づけない。やっと弱まって来た時、イワパレスはノボリの指示を聞ける状態ではなかった。
    「ブラボー!」
     戦いは終わりを告げた。ノボリがその証にイワパレスをボールに戻していた。
    「見事わたくしに勝利なさいました。これより、あなた様をスーパーシングルトレインに挑戦する権利を差し上げましょう!」
     

     ギアステーションに戻って来た。ノボリから貰ったスーパーシングルトレインへの許可証を見る。なんだか実感が湧かない。あんな強いノボリに勝てたということが。実はこれは幻とかなのでは、と何度もこすったり匂いを嗅いだりしているが、まぎれも無い許可証だ。
    「おや、先ほどの方ですね」
     ノボリに話しかけられる。その声は大人のゆったりとした声で、凄く優しそうだ。
    「いや、その、さっきは悪かった。その辺のトレーナーとかいって」
    「いえ、あなた様ほどの実力者ならばわたくしなどその辺のトレーナーと一緒でしょう。スーパーシングルトレインでもご活躍できるかと思いますよ」
     トウコは不思議だった。負けた相手の実力を素直に認めることが出来るなんて。普通のトレーナーはそんなことせず、負けたら暴言を吐いたり、途中で逃げるようにしてどこかへ行く人をたくさん見て来た。
    「ノボリだっけ。ちょっと聞いていいか?」
    「はい、なんでございましょう」
    「どうしてそんなに強いんだ?」
    「わたくしが、サブウェイマスターであるからですよ。あなた様は十分お強いのに、わたくしを強いと思うのでしょうか?」
    「強いじゃねえか。なんであんなに……」
    「……よければお名前お聞かせ願いますか?」
    「トウコ。カノコタウンから来た」
    「トウコ様、ですね。それでは、スーパーシングルトレインでお待ちしております。わたくしとしては、絶対に来ていただきたいところでございます」
     ノボリは右を差し出して来た。トウコはその手を取る。固くかわされた握手は、ポケモントレーナーとして認めていると言われたようだった。
    「すぐ行ってやるよ!じゃあなノボリ!」
     トウコは走り去る。何を期待していたんだ。チェレンもNも、受け入れなかったじゃないか。なのにまた人を好きになるのか。相手はポケモントレーナーとして受け入れているんだ。そうに違いない。期待なんかするな!


     スーパーシングルトレインに通うため、ギアステーションに来る。前はいなかったものに会う。
     サブウェイマスターノボリだ。トウコが来るのを待っているようで、スーパーシングルトレイン乗り場で待っている。もっと話したいが、目を合わせることも出来ない。
    「お待ちください。顔色が悪く見えますよ」
     ノボリがトウコの手を掴む。その時に目があった。
    「だいじょーぶだよ!それよりそんな敵に探りばかりいれて余裕こいてんと知らねーぞ!」
    「トウコ様の強さは存じております。それより次のトレインをクリアすれば、ですね」
     トウコは無言で乗って行った。これ以上期待させるようなことはして欲しく無かった。受け入れない人間が、優しくするなんて、残酷なことだ。ノボリと交した一言一言が、トウコの心を熱くさせる。
     ノボリが欲しい。背の高い、黒いコートの中に抱かれたい。受け止めて欲しい。今のありのままの自分を。ポケモントレーナーとしての価値しかないなんて言わないで欲しい。女の子として、人間としての価値を認めて欲しい。
     そんなの無理なこと解ってる。そんな魅力がないことなんて解ってる。
     ベルのように優しくもない。大人しくもない。突き進むことでしか生きることが出来なかった。可愛くもない自分をノボリのような大人が受け止めてくれるわけがない。
     ノボリと向かい合えば心が折れてしまいそうになる。急激な変化。止まることを知らない恋心が、トウコを苦しめる。
     ノボリとスーパーシングルトレインの中で会った時、それははっきりと現れた。あの時のように行かない。同じ空間にいるというだけでこんなに苦しいものなのか。
    「トウコ様、この電車を降りたらお話があります」
    「な、なんだよ」
    「まあ、いずれにしてもトウコ様が目的地を決めることでございます」
     もう「トウコ様」と呼んでくれることはないということか。それならば最も強いトレーナーとして記憶させてやる。トウコはポケモンを出した。対するノボリも、モンスターボールを投げた。


     頭の中がスパークしたようだった。ギアステーションのベンチにつくと、倒れ込むようにトウコは座る。
    「勝った。けれど」
     好きな男に勝つなんてどうかしてる。負けず嫌いな性格が、こんなところに災いするなんて。
     勝たなければまた会えたかもしれないのに。何をしているのだろう。ノボリに会えないのは嫌だ。
    「トウコ様、先ほどは素晴らしい戦いでしたね」
     顔をあげた。ノボリが涼しい顔をして立っている。また会えた。思わずトウコの顔が明るくなる。
    「トウコ様、健闘をたたえて、もしこれから予定がなければ付き合っていただきたいところがあるのですが」
    「え、ああ、いいぜ。どこに付き合えばいいんだ?」
    「わたくしが休憩によくいくレストランですよ。安さの割にボリュームがあって、人気の店でございます」
     ノボリについていく。こんなに期待させるなんて酷いやつだ。でも、今はノボリとこうして過ごしていたい。


    「わたくしが出しますので、お好きなものをご注文ください」
     駅員に人気の店だというから、小汚い麺屋を想像していた。けれどここはライモンシティだ。まわりはカップルばかりで、これではデートみたいではないか。ノボリは一体なにを企んでいるのか。こんな魅力のない人間を連れてきて、見せ物にしたいのだろうか。
    「ノボリ」
    「なんでございましょう」
    「何を企んでるんだ。期待させるだけさせといて、何してんだよ」
     トウコはイスから立ち上がる。その音に、まわりの視線が一気に集まった。
    「わたくしは何も企んでおりませんよ。ただトウコ様と」
    「してるだろ!人の心弄んで、さらし者にしてーのかよ!てめえはいいよな、そうやって何人も笑い飛ばしてきたんだろ!?」
    「トウコ様?どうしたのですか?」
    「うるせーよ!男なんてどうせベルみてーなか弱いのがいいんだろ!」
     どうせノボリにも受け入れてもらえない。このままじゃいけないのは解ってるけど、自分を偽って生きるほどトウコは器用ではない。まわりの空気に耐えられず、トウコはノボリに背を向けて出て行った。

    「トウコ様!」
     全力でノボリは追いかける。店から出て数歩のところで、トウコを捕まえることが出来た。
    「何があったのでしょう?あの店の選択がよくなかったのでしょうか?」
    「うるせえんだよ!ノボリなんか、ノボリなんか!」
    「わたくしの何がいけなかったのでしょうか?教えてくださいまし。トウコ様に喜んでもらおうとしているのに、泣かせてはわたくしのプライドに関わります」
     ノボリの胸に抱かれて、トウコは一層声を上げて泣いた。止まらなかった。ノボリがこんなに優しいから。
    「トウコ様、おねがいでございます。わたくしの何が気に入らなかったのでしょう?」
     トウコは答えない。代わりに悲鳴にも聞こえる声で泣き続けるだけだった。


    「チェレンも、Nも、私を受け入れなかったのに、ノボリもそうなんだろ」
     少し落ち着いたところで、トウコは話す。チェレンのこと、Nのこと。夕方のライモンシティは夜へ向けて街灯がちらほらついていた。ゆったりとしたベンチに座って、トウコは絶対にノボリと目を合わせない。
    「それで、トウコ様は受け入れないと思ったのですか?わたくしが?」
    「うるせーよ。どうせ身の程を知れって思ってんだろ。もうギアステーションなんかこねえよ」
     ノボリはトウコの頬に触れた。そして自分の方へと向ける。
    「トウコ様、それは遠回しにわたくしへの告白と受け取っていいのですね」
     顔を背けようとしてもノボリが離さない。だから目をそらして絶対にノボリを見なかった。泣いた後の酷い顔なんて見られたい人間がいるとは思えない。
    「いいのですね。ではわたくしから口説く手間が省けたというものでございます」
    「はぁ!?人の話きいてたのかよ」
    「聞いてましたよ。その人たちがトウコ様に思うのと、わたくしがトウコ様に対する思いは別でございます。一体、その二人がトウコ様を受け入れなかったからなんだというのです?それがわたくしに何の影響があるというのです?わたくしはトウコ様のことを魅力的なトレーナー、そして女性だと思っています。それだけでは、わたくしと付き合っていただけませんか?」
    「バカ、じゃねえの」
     おさまってきた涙が再びあふれる。
    「こんなひでー言葉使いで、守られるほど弱くもねーし、優しくもねーのに、付き合おうとかバカじゃねえの」
    「そうですね。バカかもしれません。恋は盲目と言うでしょう」
    「ノボリは最上級のバカだ。こんな汚いの口説いて、何になるんだよ」
    「今まで耐えて来た思いがあふれてるだけでございましょう。それに今までの男がトウコ様の魅力に気付かなかっただけでしょう。わたくしと付き合っていただけますね」
     トウコの答えを聞くまでもない。トウコの頬を優しくなでて、唇を重ねる。初めてのキスは、涙でよくわからなくて、それでも心はとびきり嬉しくて、夢じゃなかったら何の奇跡が起きたのか。もっと欲しいとねだっても怒られないだろうか。ノボリの袖を強く掴んだ。



    「トウコ様、朝でございます。起きてくださいまし」
     ノボリの家に泊まった朝は、いつもこうだ。夢と現実の境にいたトウコは、ようやく朝の日差しを迎える。
    「んー、ノボリおはよう」
    「おはようございます。もう朝食できていますよ。今日はトーストと目玉焼きでございます」
     シーツに包まりながら、裸のトウコがベッドから起きて来る。
    「トウコ様、あまりに裸でいるともう一回して欲しいと取りますよ」
    「なっ、ノボリの変態!昨日だって2回もしやがって聞いてないぞ!」
    「なぜ事前に何度するかと申告しなければならないのでしょうか。わたくしは、トウコ様を心のままに愛しているだけでございます」
     トウコの額に軽いキスをする。言葉とは裏腹にもっと欲しいと、表情でねだってる。
    「せめて軽いものに着替えてからですよ。シャワー使ってもいいですから」
    「はいはい。じゃあシャワー借りる」
     トウコをバスルームに見送る。
     別人のようだな、とノボリはいつも思う。今みたいに乱暴な言葉で話すくせに、ベッドの中では今までの経験した女性の誰よりも女の子だ。けれどそれがきっとトウコの本当の顔。それを知っているのはノボリだけで、他の誰にも知られたくない。トウコですら気付いていない色気を見せつけられたら、そう思わない男はいない。
    「早く上がってこないと、冷めてしまいますね」
     コーヒーをいれて、テーブルにつく。朝食の前に、もう一度やってしまえばよかったと思うばかりだった。


    ーーーーーーーーーーー
    ノボリ×主人公♀(トウコ)っていうカップリングがあることに私は非常に驚いています。
    共通点ないじゃん
    本編で接点ないじゃん
    それであんなに人気大爆発なのがタブンネには解らないよ。

    書け書けと言われて書いたもの

    人間の魅力は一面から見ただけでは解らないし、素敵だと思う人間は必ずいるんです。
    ちなみにこのトウコのキャラはみーさんの「掴みにいく者」の主人公が公式絵とぴったりだったので  好きにしていいですよっていうから  その、あの、モデルにしました。
    【好きにしていいですよ】


      [No.2655] フィッシング 投稿者:aotoki   投稿日:2012/10/01(Mon) 21:02:20     110clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    なんか凄いらしいつりざおをもらったので、釣りをしてみることにした。
    ルアーとかもついていて、確かに見た目は凄いつりざおだった。あの棒切れにヒモとエサがついただけのつりざおからはえらい進化だ。
    ひょいっと川に投げるとたしかな手応え。
    引き上げるとルアーの先にギャラドスがひっついていた。


    正直言ってアズマオウくらいを想像してたので、ぶったまげた。

    そのギャラドスには、初めて釣り上げたコイキング、が進化したギャラドス(LV62)を見せて丁重にお帰りいただいた。
    逃げたギャラドスが上げた飛沫を浴びながら、たしかにこれは凄いつりざおだと一人感心した。

    ****

    その後もあちこちでつりざおを振ったけれど、どんな場所でも強いポケモンばかりが釣り上がって、とても面白かった。最近はあんまり野生のポケモンと戦ってなかったから、釣り上げたポケモンとのバトルは地上とはまた違った手応えがあって、いいトレーニングになった。

    近くの水場に飽きると、ギャラドスに跨がって海に出た。
    でもギャラドスに乗ると上手くつりざおが振るえないということに気づいて、残念だけどギャラドスは留守番にしてラプラスに乗っていくことにした。
    海のポケモンもたしかに強かったけど、川のポケモンとはまた違った強さで戦いがいがあった。ただ、ドククラゲの多さにだけは辟易したけれど。

    不機嫌そうに上がってきたオクタン。ルアーをぐるぐるまきにして遊ぶメノクラゲ。マンタインには釣り上げた瞬間逃げられて、水面を5mくらい引きずられた。キングラーには糸を切られかけ、何故か40LVのコイキングが引っ掛かったこともあった。
    どうしても釣れないとき、気まぐれに海の底を覗いてみるとたくさんのテッポウオが泳いでいたこともあって、ポケモンが引っかかったのにも気づかず水色と銀の鱗の流れを眺めていた。
    ちなみに、引っかかったのはコイキング(LV40)だった。
    もちろん、ギャラドスを出して丁重にお帰りいただいた。

    ****

    しばらくすると海にも飽きてしまった。
    困ったことに、川と海以外の水場には心当たりがなかった。当たり前だけど。仕方がないのでつりざおを下ろして、また元の地上暮らしに戻った。
    草むらを出たり入ったりのつまらない日々。
    そういえば、洞窟があるって話をどこかで聞いたな。
    ゴローニャと山道を歩いていくと、たしかにあちらこちらに小さな洞窟があった。大抵はイシツブテとか弱いポケモンのねぐらだったけど、たまーにサナギラスとかが飛び出してくることもあって、こちらはこちらでそれなりに楽しかった。

    ある日、たまたま見つけた深めの洞窟を探検していると、微かに水のが聞こえてきた。音の方に歩いていくと、ちょっとした広場くらいの地底湖があった。

    家に帰って、すぐさま夜の山道を戻った。
    背中では赤いルアーが揺れている。


    地底湖で一人、つりざおを振った。ピチョン、ピチョンと水滴が落ちる音に耳を澄ませながら浮きを眺めていると、川や海の時とは違った感情が浮かんできた。
    静かな湖につりざおと水と一人。
    つり上がったアズマオウは小さかったけど、とても綺麗な色をしていた。

    ****

    地底湖という水場を見つけて、またつりざおを持ち歩く日々が始まった。
    洞窟に潜るとなるとラプラス、ギャラドスだけではきつい。かといって手持ちを一杯にすると大変だ。仕方がないので水上での釣りは諦めて、ゴローニャとカポエラーとデンリュウの三匹で、地底湖の岸に腰かけることにした。
    あんなに静かな湖は珍しかったらしく、地底での釣りは想像以上に大変だった。
    上からゴルバット達の襲撃を受けながら釣糸を垂らす。当然逃げられる確率も跳ね上がる。
    けれどそれだけ釣り上げたときの喜びも格別で、いつのまにか戦うことの喜びよりも、釣り上げることへの喜びのほうが勝ってきていた。

    そんなこんなで一ヶ月。
    なんとはなしに、これはまずいと思った。

    修行がてら、久々にりゅうのあなに入ることにした。もちろんフルメンバーで。
    数ヶ月ぶりのりゅうのあなは、前にも増して静けさと荘厳さに磨きがかかったようだった。けど社への道を渡りながら、静けさ以外の何かに興奮しているのに気がついた。

    イブキさんに相手してもらいながらも、何故か妙なところに引っ掛かりを感じていて、そのせいか二匹もやられてしまった。
    たしかに強いけれど、今日は少しぬるかったわね。
    そう言い残して、イブキさんはハクリューに跨がって水面を滑っていってしまった。

    やっぱり腕が鈍ってしまったかなと思ったそのとき、気づいてしまった。



    りゅうのあなも大きな湖だ。



    一回だけと自分に言い聞かせて、鏡のような水面につりざおを振った。ポチャン、という心地いい音が洞穴に響いた。
    鏡の面は揺らぐことなく、ぼくの顔を映しつづける。あまりの釣れなさに、本当はエサがついてないんじゃないかと三回もルアーを確かめた。もちろん、エサはついている。
    ポチャン、ポチャンと水面にルアーを落としつづける。
    見事なまでに、何も引っかからなかった。

    次で最後、そう心に決めてつりざおを振った後、どうしてこんなにも釣りにはまってしまったか。それを考えた。

    初めは、強いポケモンが出てきたからだった。
    その次は、川のポケモンに飽きたからだった。
    じゃあ、その次は?

    どうして地底湖なんて、今までなら通りすぎてしまうような場所にまで、つりざおを振る理由を探したんだろう。
    バトルに飽きたからだろうか。いやそれはない。だってここに来たのは――

    ・・・・来たのは?
    そう思ったとき、浮きがボチャッと沈んだ。


    来た、と急いでリールを回す。だいぶ深くまで糸が垂れたらしく、なかなか上がってこない。その割に手応えは軽く、まるでなにもひっついていないようにリールが回る。でも浮きは沈んだ。
    ならば、


    「えいっ」


    勢いよくつりざおを後ろに振るうと、水色の影が頭上を舞った。

    それは、小さな―小さな小さなミニリュウだった。

    ぺちゃ、と呆気ない音を立ててミニリュウは地面に落っこちた。呆然と眺めていると、ミニリュウは頭をふるふると数回振って起き上がり、きっとぼくを睨んだ。
    図鑑が未発見のポケモンとランプを点滅させる。捕まえないと。捕まえないと。

    「・・・・そうこなくちゃ」

    ぼくはボールを手に取る。ずっと一緒に歩いてきたモンスターボール。モンスターボールを投げると、相棒の一匹、バクフーンが飛び出した。
    「ヴァクゥゥゥウウウ!!!」

    それでもミニリュウは怯まない。

    ぼくはまたボールを手に取る。今まであえて空っぽにしていたボール、ガンテツさんに作ってもらったルアーボール。
    「バクフーン!かえんほうしゃ!」

    バクフーンとミニリュウが上げる飛沫を浴びながら、ぼくは考える。


    そうか、この時のためだけに、つりざおを振っていたんだ。


    そしてこうも考える。

    このつりざおは本当にすごいつりざおだ。



                                "Great fishing" is the end!

    [後書き]

    どうしてBWからつりざおは一発ですごいのがもらえるようになったんでしょうね。
    リュウラセンの塔でカイリューを釣ったとき、りゅうのあなで必死にミニリューを粘ったのを思い出しました。


      [No.2654] 【愛を込めて】Promised morning【花束を】 投稿者:NOAH   《URL》   投稿日:2012/10/01(Mon) 13:48:15     104clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    部屋着のまま、夜中にコンビニに出掛けたり
    初めて行ったデートのイタリアンの店に、もう一度行ってみたり
    話のオチを話す前に、思い出し笑いをすぬ彼女の口に
    キスを落として、そのまま彼女の抗議を無視して腕に抱き留めて眠ってしまったり

    俺のノクタスと彼女のキレイハナと共に、小さなアパートの窓際にある
    白い花を咲かせたばかりのクチナシの花に水をあげたり……。
    日々、何気ない日常を、恋人として暮らすうちに、俺はこう思ったわけだ。

    彼女と、ミサと結婚して、家族を作って、そして彼女や子どもや
    ポケモン達に囲まれて、幸せにこの命を終えたいと。



    まだ少し濡れている髪を纏めたまま、ミサはソファの上で胡坐をかき
    クルミル人形を抱いて、お笑い番組を見て笑っている。
    俺もその横で、サザンドラのシルエットが描かれているクッションを
    彼女と同じ体制で抱いて見ていた。
    そのソファの向かい側では、ノクタスが彼女のキレイハナを
    俺たちと同じ体制で抱いてテレビを見ていた。
    あの2匹も、同じ草タイプだからなのか、中睦まじく過ごしている。

    窓際のクチナシの花を見ていると、何時だか友人が教えてくれた
    この花の花言葉を思い出していて、何だか咄嗟に感じた想いを
    突然、彼女に伝えたくなった。

    「ミサ。」
    「なあに?リョウ君。」
    「こんな時に言うのも何だけどさ。」
    「うん。」
    「……結婚、しようか。」
    「…………。」
    「……ミサ?」

    あれ、固まっちゃった……?
    やっぱり突然過ぎたかな……。

    「ミサ、聞いて?突然過ぎたし、本当に、こんな時に言うのも何だし
    今更過ぎるけどさ……俺と、結婚して下さい。」
    「……私と?」
    「うん。俺はミサとがいい。」
    「……私で良ければ、喜んで。」
    「ありがとう……指輪、買いに行かなきゃね。」
    「えー、まだ買ってないのにプロポーズしちゃったの?」
    「だって、たった今決めたもん。」
    「……なら、仕方ないね。」

    幸せそうに笑う彼女を見て、改めて、明日から
    新しい一日が始まるのだと感じた。ノクタスとキレイハナが
    俺たちの側にきて、2匹もおめでとう、とでも言うように鳴いた。

    「あ、いつみんなに報告しようか?」
    「それも明日でいいと思うよ?」
    「そうだね……ねえ、そろそろ寝ようか。」
    「……そうだね。」

    テレビの電源を落として、部屋の明りを消すと
    俺とミサは、すぐ横の部屋で横になった。
    少しして寝息を立てる彼女をそっと抱いて
    暗闇に慣れた目で時計を見れば、2つの針は
    12の数字と重なっていた。

    「……お休み、ミサ。」

    明日は少し冷えるらしいから、温かいスープを作って
    俺よりちょっとだけ寝起きの悪い君を起こしに行くよ。



    目を覚ませばそこには 君がいると約束された
    そんな 幸せの朝を迎えに行こう


    「クチナシ・アカネ科常緑低木。原産地はジョウト〜ホウエン。
    季節は6〜7月。花の色は白。花言葉は『とても嬉しい』『幸運』『幸せを運ぶ』。」

    *あとがき*
    久しぶりに大好きなポルノグラフィティの曲を聞いたらビビッ!と来ました。
    そしてその曲をイメージソングとして起用して、この曲に合いそうな花言葉を探した結果
    クチナシの花になりました。花束を上げると言うより、幸せを与えるという形になりましたね。
    曲の歌詞から少しずつ、自分なりに解釈してアレンジしています

    プロポーズと言うと、サプライズとか色々考えるだろうけど
    私はこんな風に、飾りっ気もムードも何もない、当たり前の日常で
    言われたいと思ってる人間なので、そのイメージを最大限に膨らませて書かせて頂きました。
    結婚に関する話を書きたかったので、私としては満足の行く作品になりました。

    皆さんも、花言葉から何か書いて見て下さい。
    より、ポケモン愛が深まると思いますよ。

    イメージソング
    ポルノグラフィティ:約束の朝


    【書いてもいいのよ】
    【描いてもいいのよ】
    【批評していいのよ】


      [No.2653] 可愛いミーナ 投稿者:久方小風夜   投稿日:2012/09/29(Sat) 00:14:07     128clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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     煙草が切れた。
     ちゃぶ台の向かい側で、安いだけが売りの水みたいな発泡酒(自称「ビールより美味い」らしいけどただの詐欺広告)を飲んでいる友人のジョーに聞くと、煙管かメンソールしかないけどいいかと答えられた。いいわけあるか。
     引き出しの中に、税金が値上がりする前に買いだめしたストックがまだあったかもしれないと思って立ち上がる。そのタイミングで、携帯のバイブが鳴った。
     送り主とメールの中身を見るだけ見て、携帯を閉じてベッドの上に放り投げる。ジョーが勝手に秘蔵の日本酒の栓を開けて、勝手に人の冷凍庫からロックアイスを出して、勝手に飲みながら言った。

    「また女?」
    「先週海でひっかけた奴。別れようってさ」
    「嘘つけ。どうせまたお前、捨てられてもしょうがないくらい冷たくしてたんだろ」
    「まあな。そろそろ飽きてたし」
    「キョーイチ、お前はまたそうやって女を1人泣かせたわけか。全くひどい奴だな。鬼だわ鬼。外道。鬼畜。最低。男としてというより人として引くわ」

     俺はジョーが水のようにぐいぐいとあおる日本酒のグラスを取り上げた。勝手に飲むな。これは俺の地元の酒蔵の一番いい奴だぞ。もらいもんだけど。
     まぁ人としていい奴だし話してて面白い奴ではあるんだが、こいつがいると酒が当社比13倍速くらいで消費される気がする。
     こいつと出会ったのは去年の春先。仲間内で花見をしていたところに、旅の途中この辺りの町でしばらく居座ろうと考えていたこいつが混ざってきた。
     あれから1年ちょい。大事に隠しておいた特級のウィスキーもウォッカもラムもテキーラもワインもシャンパンも焼酎も泡盛も、全部こいつにやられた。去年の夏、仲間内でバーベキューするために夕方買ったビール瓶3ケースが、日が暮れる前にこいつに1滴残らず消費されていたのは今や伝説となっている。

    「何でそんなにとっかえひっかえするかねぇ。男なら惚れた女一筋で生きていけってもんだろ」
    「酒と手持ちのポケモンが嫁って豪語してたお前に言われても説得力ないわー」
    「うるせぇそれとこれとは話が別だ」
    「何でわざわざひとりに絞って自分から縛られるような真似しなきゃならねぇんだよ、めんどくせぇ」
    「おいお前、キョーイチ、ちょっとそこに直れ」

     ジョーがちゃぶ台をばんばんと叩いた。シカトしようと思ったけどしつこく叩いてくるからしぶしぶ座った。こいつが騒がしくしてアパートの下とか隣の住人ににらまれたら生活しづらい。

    「何だよ」
    「お前だってよ、昔は夢見てたんじゃねーのか? 美人でかわいくて優しくて気立てが良くて料理が美味くて家事が得意で子供とポケモンが好きで嫉妬しなくて懐が広くてでもちょっとだけ頑固で美人でかわいい女(ひと)と幸せな結婚してさぁ、毎日仕事して帰ったら嫁さんがキッスで迎えてくれて、あなた毎日毎日お仕事お疲れ様お風呂にするご飯にする今日はちょっと頑張ってみたのあなたの好きなハンバーグよお風呂入るなら背中も流してあげるわ、とか言ってくれてさぁ、それで時々は些細なことで喧嘩して3日間くらい口もきかないけどまた些細なことで仲直りしてさぁ、でもっていずれリタイアしてからは今度はこっちから、ようやく時間に余裕も出来たし子供もひとり立ちしたしこれからは2人で目いっぱい時間を使えるなとりあえず手始めに海外へ旅行でも行こうかお前前からイッシュに行きたいって言ってたもんなそうだな思い切って船で世界一周にでも行こうか大丈夫だよこれまで一生懸命働いてきたから蓄えはあるし、とか言ってさぁ、それで今際の淵では大泣きする嫁さんに向かって、こらこら泣くんじゃないよお前は笑ってる顔が一番きれいなんだから俺が今までの人生何のために頑張ってきたと思ってるんだただお前の笑顔のためだけだぜ最期くらい最高の笑顔で見送ってくれよそうすれば俺はあの世に行っても最高に幸せだからさ、とか言ってさ、それで2人笑顔で大往生、とか考えてただろ」
    「お前……よくそんな立て板に水を流すようにさらさらとこっぱずかしいセリフが出てくるな」
    「ともかく、お前だってそんなピュアでイノセントな時期があったろ」
    「何10年前の話だよ。ってか、そんなピュアでイノセントとか軽く超越した脳内お花畑な思考、今更小学生でも抱かんわ」
    「そうかなぁ」
    「そうだよ」
    「そうかなぁ……」

     ジョーは空になった発泡酒の缶をちゃぶ台の上で転がしつつ、しつこくぶつぶつと呟いていた。……いい奴なんだが、いやまあいい奴なんだが。ちょっと面倒くさい時はある。いやしょっちゅうある。

    「いいんだよ。俺も相手もどうせ遊びなんだし」

     煙草買ってくるわ、と俺はコンビニへ向かった。四合瓶で8000円の特撰純米大吟醸は奴への生贄に捧げるしかないようだ。



    +++可愛いミーナ+++



     まだ夏も始まったばかりだが、海岸はいつ行っても祭りのような様相を呈している。
     灼けた砂の上をぴょんぴょん飛び跳ねるように走っていく浮き輪の少女。1つの氷イチゴを2人でつつき合うカップル。大きなパラソルの下でポケモンバトルを始める少年たち。海の家に隣接する畳の休憩所で熟睡する父親と、その腕を引っ張る娘。
     俺は海の家で瓶入りのコーラを買い、適当な日陰に入る。じりじりと暑い陽射しに炭酸が滲みる。ビールも悪くないが、昼間っから酒を飲むのは好きじゃない。どこぞのアルコール処理機じゃあるまいし。

     さて、誰かいないものか。俺は浜辺の全体へ目を走らせる。
     この時期海辺に来ている女ってのは、結構な確率で男に拾われに来ている奴だと思って問題ないと俺は思っている。でなけりゃ、誰が好き好んで、日焼け止めを塗りたくった上で海にも入らないのに露出度の高い服を着て、そのお世辞にも豊かとはいえないボディラインをわざわざ男に見せつけるように浜辺に寝そべったりするもんか。
     大体、最近の女は痩せすぎなんだ。どいつもこいつも骨と皮ばっかりの骸骨みたいな身体しやがって。その状態で「やだ―太っちゃったー」とか言われてもこっちとしては「はぁ?」としか言いようがないわ。お前らもっと脂肪つけろ。痛いんだよ抱いたときに。

     ……まあ、俺の好みの話はどうでもいい。とりあえず今は、今日1日だけでも暇をつぶせる相手を探そう。
     明らかに射程圏外なガキやババアはどうでもいい。わざわざ人の彼女に手を出すような面倒な趣味も俺はない。
     上着のポケットから煙草を1本取り出し、火をつける。暇そうな女は……と。

     うぇ、何だこの味気持ち悪ぃ。パッケージを見返すと、ジョーがよく吸ってるウルトラメンソールだった。あんにゃろう、俺がメンソール嫌いなの知っててこっそり仕込みやがったな。今度会ったらぶっ殺す。
     さっさと火を消して、いつもの黒い箱に金色の文字がおどる箱に替える。あんにゃろう格好つけて煙管とか吸ってんだったらもうそっちだけ吸ってろ。くそが。

     ゆっくり煙を吸って、ささくれ立った心を落ち着かせる。落ち着け俺。
     舌の付け根にまだメンソールの味が残っている。気持ち悪い吐きそうだ。
     時代錯誤甚だしく煙管なんぞ吸っている割に、紙巻き煙草だとなぜかメンソールのきっつい奴しか吸わない親友の顔が思い出される。そういやまたあいつに高い酒やられたんだったな。この煙草買いにコンビニに行ってる間に案の定飲みつくしやがって。追加で買ってきたビールも飲みつくしやがって。どこに入っていってるんだその水分とアルコール。
     いやまぁ、うん、いい奴なんだけど、でも何だかなぁ、よくわからん。ロマンチストというか……夢見がち?
     何だっけ、理想の恋人? 馬鹿馬鹿しい。そんな幻想とっくの昔に捨てたわ。

     ちょうど1本目を吸い終わった頃、俺の目に1人の女が映った。
     ボブカットの髪の毛に、ふんわりとしたワンピース。白いサンダル。派手な格好ではないけれど、顔はとてもかわいい。ぱっちりとした黒目がちの目に、すっと伸びた鼻筋。ぷっくりとした唇。ほんのり小麦色の肌。その辺にいる他の病的な細さの女と比べるまでもない肉付き。完全に俺のタイプだ。
     その女は1人で、砂浜をあてどなく歩いていた。海風にスカートがはためく。連れがいる様子もないし、散歩でもしているのか。
     目が合った。こっちをじっと見つめてくる。俺はすたすたと歩み寄った。

    「今、暇?」

     俺が尋ねると、女はこくりとうなずいた。少し話でもしないか、と聞くと、またすぐにうなずいた。何だこいつ。他の女は大抵、断るか無駄に焦らすかしてきたのに。警戒心がないのか。詐欺とかキャッチセールスにすぐ引っかかるんじゃないのか? どうでもいい心配をしてしまう。
     陽射しが強いから、パラソル付きの休憩場所に移動しようか、と提案すると、女はやっぱりあっさりと賛成した。
     日陰で座ってひと息つくと、女は少し恥ずかしそうに笑って言った。

    「実は、初めて見た時からカッコいい人だな、って思ってたんです」

     ……詐欺にあってるのは俺の方なのか?
     わずかばかり警戒心を抱きつつ、何か飲むかと聞いた。女は少し迷って答えた。

    「コーラにしようかな」

     あ、趣味が合った。

     海の家で瓶入りのコーラを買って女に渡した。女は喜んで受け取る。笑顔がかわいい。
     そう言えば、名前。名前聞いてなかった。

    「俺はキョーイチ。君の名前は?」

     俺が尋ねると、女はとてもかわいらしい笑顔を俺に向けて言った。

    「ミーナ。ミーナよ」


     しばらく海岸でミーナと話をした。ミーナはとてもよくしゃべり、よく聞いて、よく笑った。
     好きなもの。嫌いなもの。ミーナとはびっくりするほどよく趣味が合った。


    「ミーナはどうして海に来たんだ?」
    「うーん、退屈だったからかな」
    「退屈?」
    「誰もいなかったから。寂しかったの」

     ミーナはそう言って海を見つめた。
     ふわりと潮風がミーナの髪を揺らす。ほんの少し、ミーナの眉尻が下がった。海を映したようにゆらゆら揺れる瞳の中に、確かな「寂しさ」が見て取れた。

    「じゃあ、俺と付き合わない?」

     俺がそう言うと、ミーナはびっくりしたような顔をして、こっちを見つめた。

    「どうして?」
    「俺も退屈だから」

     何それ、とミーナは呆れたように笑ったが、「いいよ」と答えた。

    「夏の間くらい、一緒にいられる人がいるっていうのも、確かにいいかもしれないわね」

     そう言って、ミーナはまた笑った。


    +++


     次の日も、海岸へ行くとミーナが待っていた。
     どこか行こうか、と言うと、街をぶらぶらしたいな、と返してきた。

     平日の昼間だからか、人通りもまばらな商店街。
     数人の女子集団が、店先に置かれている夏服を手にきゃっきゃと声を上げている。やめとけ、今お前が持ってる蛍光イエローの鞄にショッキングピンクのタンクトップは目が痛いぞ正直。

     ミーナを見ると、どうも落ち着きがない。傍らの店にちらちらと目線を送っている。
     やや小奇麗な山小屋といった外見。どうやら、シルバーアクセサリーをメインに取り扱っている店のようだ。ミーナは初めて会った時からあまり着飾っていなかったが、やはり女の子なのでアクセサリーの類は気になるらしい。
     何だ、見たいんなら遠慮せず言えばいいのに、と俺は言った。ミーナはぽっと頬を染めて、照れたように笑った。

     店に入ると、ミーナは一目散に店の奥の方へ駆けていった。楽しそうにしているので、俺はひとりで店内を物色した。髑髏のついたごつい指輪。天然石のぶら下がったピアス。皮で編まれたブレスレット。男物も女物もごちゃごちゃに置いてある。
     こちらなどお客様にお似合いですよ、と店員がごつい鎖で十字架にハブネークが絡みついたトップの、重そうなペンダントを薦めてきた。細工も細かいしデザインも嫌いじゃないが、値段を見てげんなりした。5桁はないわ。俺はいいんで、と言うと、店員はやや不満そうな顔でレジに戻った。

     ミーナは何を見ているんだろうか、と思ってそばに行くと、ガラスケースの中のピアスとにらめっこしていた。
     そういえば、ミーナはピアス穴開けてたっけ。いつも透明な樹脂のピアス止めをつけてるけど。

    「気にいった奴でもあったのか?」

     俺が尋ねると、ミーナは1700円と書かれた棚の中のひとつを指差した。
     フックの先に燻した銀の薔薇の花が2、3個ぶら下がっている。女がつけるにはちょっとごつい気がするが、男がつけるには少々派手だ。ユニセックスと言うより、中途半端なデザインと言った方がしっくりくる。
     しかしミーナはこれが気にいったようだ。買ってやろうか、というと、ミーナはぱあっと顔を輝かせて俺に抱きついてきた。
     レジの奥に引っ込んでいた店員を呼んだ。店員はガラスケースを開けながら言った。

    「こちらですか? そうですねぇ、こちら、男性でも気軽につけられるデザインですよね」
    「いや、俺のじゃないんだけど」
    「あっ、贈り物でしたか? 彼女さんですか? ラッピング、210円ですがいかがですか?」
    「いいよそのままで。つけて帰るから」

     俺がそういうと、店員は首をひねりながらレジへ向かった。


    「……ど、どうかな?」

     店の外で、ミーナが少しおどおどしながら聞いてきた。
     両耳にはさっき買った薔薇のピアスがさがっている。

    「うん、まあ、思ったよりごつくないな」
    「えへへ、そうかな?」
    「うんうん、似合ってる似合ってる」

     何か適当に答えてない? とミーナは少し頬を膨らませた。
     でも実際、思ったより似合っていた。ミーナの何となくふわふわした印象といぶし銀の薔薇は合わないんじゃないかと思ってたけど、意外とそうでもなかった。むしろ重たさがアクセントになっている。

    「次、どこ行く?」

     俺がそう尋ねると、ミーナはえっと、と言ったきり少し口をつぐんで、俯いて両手をもじもじとさせた。
     長い沈黙に、ポケットの中の煙草を取り出すか否か迷い始めた頃、ミーナが顔を真っ赤にして、小さな声で言った。

    「……キョーイチの家、行きたいな……って」

     俺はちょっと呆気にとられた。
     いや、まあ、別にあれだけど、会ったの昨日の今日だし、見た目どっちかというと清純系だし……。

    「思ったより積極的なんだな」
    「……〜っもー! いいよっ! 忘れてっ!」

     ミーナはそのまま口や耳からかえんほうしゃが出るんじゃないかってくらい顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
     俺はやれやれ、と笑って、ミーナの腕をひいた。

    「いいじゃん。来なよ」
    「…………」
    「来ないのか?」
    「……行く」

     ミーナはそう言うと、顔を隠すように俺の腕にしがみついてきた。二の腕に当たるミーナの頬が熱かった。


    +++


     夜中に目を覚ますと、ベッドの上に1人だった。
     鞄も脱ぎ散らかした服もない。俺が寝てる間に帰ったのか? と、寝ぼけた頭をぼりぼり掻く。

     黒字に金色の文字が書かれた箱から煙草を1本取り出して、火をつける。
     煙を灰に吸いこみながら、働かない頭をぼんやりと動かして、身体の相性よかったなあ、と心の中で呟いた。
     暗い部屋に白い煙が漂う。気だるさに水でも飲むか、とベッドから起き上がろうとした。

     ちくり、と右手の人差指に何かが刺さった。
     いぶし銀の薔薇のピアスのフックだった。じわりと赤い痕が白いシーツに広がる。

     あれ、ミーナの奴、忘れていったのか?
     しょうがないなあ、と言いつつ、俺はピアスをズボンのポケットに入れた。



     次の日海に行くと、ミーナが待っていた。

    「昨日勝手に帰っちゃってごめんね」
    「いや別に。……あ、そうだ」

     ピアスを渡そうとポケットに手を入れた。
     しかし、ポケットの中は空だった。

     どうしたの? とミーナが首をかしげながら聞いてきた。
     その両耳には、いぶし銀の薔薇のピアスがさがっていた。


    +++


     お盆の時期は海岸にメノクラゲとかその辺りが大量発生するから海には行きたくないよな、と俺は言った。
     そうだよね、とミーナは答えた。
     しかし暑い。今年は特に暑い。このままじゃ陸に打ち上げられたコイキングになりそうだな、と俺は言った。
     本当だよね、とミーナは答えた。

     プールでも行くか? と俺は聞いた。
     行く、とミーナはすぐに答えた。


     行ってみたけど、水の中は人でごった返していた。
     あれじゃあ水の中を泳ぐというより、人の間を水が流れていると言った方が近い。
     プールサイドにいくつか刺してあるパラソルの影の下に座って、売店で買ってきたかき氷を2人でつつく。

    「やっぱり人多いねえ」
    「休みだもんな」
    「なあ、そこの兄ちゃん、ポケモン持ってるだろ?」

     2人でのんびりとしていると、海パンをはいた小学生くらいのガキンチョが、いきなり声をかけてきた。

    「ん? ああ、まあな」
    「じゃあ勝負しようぜ! シングルの2対2でどうだ!」
    「……まあ、別にいいけど」

     やれやれ。このくらいの年頃のガキンチョってのは、こっちの都合もろくに聞かず、相手がどんな奴かもあまり考えずにバトルを仕掛けてくる。ポケモンバトルを始めて間もない奴らが多いから、しょうがないか。
     プールサイドに備え付けられているバトル用の広場へ向かう。俺はベルトからボールを2つ選んだ。頑張って、とミーナが笑顔で手を振ってきた。

    「よーし、行くぞっ! マグマッグ!」
    「行ってこい、チャコ」

     俺が最初に選んだのは、頭に大きな葉っぱを生やした小さな怪獣、もといチコリータのチャコ。
     相手は相手は溶岩のなめくじ。よりによって炎天下のプールサイドで。クソ暑い。ふざけんな。

    「マグマッグ、ひのこだ!」
    「チャコ、はっぱカッター」

     小さな炎が、チャコの放った葉っぱに引火して、本体に当たる前に灰になって地面に落ちる。
     はぁ? マジ? とガキンチョが驚愕の声を上げる。うん、相手が悪かったな。

    「坊主、いいこと教えてやるよ。兄ちゃんはこれでも結構強いぜ」
    「う、うるせぇ! おれは負けねぇんだっ! マグマッグ、ふんえん!」

     ぶわっと周囲に炎と熱い煙が散らばる。熱い。熱いというか暑い。めちゃくちゃ暑い。思わず咥えていた煙草のフィルターを噛みつぶした。やべぇマジイライラする。
     チャコの葉っぱに小さな炎がついていた。必死で振り払って消したが、少しやけどしたようだ。
     相手を睨みつけ、鋭い鳴き声を上げる。ああなるほど、チャコも相当イラついてるってわけか。上等上等。

    「チャコ、からげんき」

     その葉っぱのやけどの分も込みだ。遠慮せずやっちまえ。
     チャコは首から伸ばしたつるで思いっきり相手を打ちすえる。あまりの猛攻に、相手は恐れおののいて戦意を喪失したようだ。

    「ううっ……行けっ! クヌギダマ!」
    「戻れチャコ。行ってこい、エリー」

     俺は黄色いふわふわモコモコの体毛を持った羊、メリープを繰り出した。
     相手は硬い殻を纏った木の実みたいな虫。相性はそんなにいいわけでもない、か。

    「エリー、とっしん」
    「クヌギダマ! てっぺき!」

     走って勢いをつけてエリーの頭がクヌギダマの身体にぶつかる。ごつっ、と鈍い音がした。エリーが少し涙目になって数歩下がる。
     なるほど、なかなか防御力はあるみたいだな。よく育ってる。

    「クヌギダマ、こうそくスピン!」
    「エリー、わたほうし」

     クヌギダマが超高速で回転しながらエリーにぶつかってくる。細かい綿くずがバトルフィールド周辺に舞い散る。
     俺は咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けた。

    「エリー、もっとだ」

     エリーの体毛が電気を含んでふわりと膨らむ。クヌギダマがまたぶつかってきて綿くずが散らばる。
     視界が少し白くぼやけてくる程度の綿の量。ふむ、こんなもんか。

    「坊主、お前結構センスあるよ。このままエリーを覆う綿を削って、適当に防御削ったところでだいばくはつ……って流れだろ? いいと思うぜ。でもまだまだ足りねーな」
    「は?」
    「経験だよ経験。大人になって考えつくことってのもあるってこった。ま、今回は学校じゃ教えてくれない課外授業だと思っとけよ」

     学校じゃあ型にはまったバトルしか教えてくれねぇからな。
     だがまあ、世の中そう一筋縄ではいかないんだよな。ゲームか何かじゃあるまいし。

    「ま、たまには、爆発される側ってのも経験しとけってこった」

     えっ、とガキンチョが目を丸くする。

    「ほうでん」

     空気中を漂う無数の繊維。
     放電で発生した火花。

     結果、爆発。


    「……はい、ジュリア。おつかれさん」

     俺は傍らに控えていたキルリアの頭をなでた。ぱちん、と音を立てて、バトルフィールドを覆っていたリフレクターの壁が解除される。
     若干煤で黒くなったフィールドに転がっているのは、これまた若干黒くなって目をまわしているクヌギダマと、少し汚れたクリーム色の綿の塊。
     塊の中からエリーがぴょこんと顔と手足としっぽを出す。

    「に、兄ちゃんむちゃくちゃだよ……」
    「経験だと思っとけ。世の中そうそう良心的なトレーナーばっかじゃねぇぞ。……ま、大人げなかったとは思うからよ。回復が終わったらこれで手持ちの連中にアイスでも買ってやれ」

     俺はポケットから財布を取り出して、金色の硬貨を1枚ガキンチョに渡した。
     おれが負けたのに、とガキンチョは言ってきたが、ガキンチョから金をむしる気はさらさらねーしただの野良バトルに賞金も何もねーよ、と返して追い払った。

     ふう、と息をついてミーナの隣に座り、ポケットから煙草を1本取り出して火をつけた。
     ミーナはお疲れ様、と言ってタオルを渡してきた。

    「バトル強いんだね。ちょっと驚いちゃった。思ってたよりもすごく大胆な攻撃するし」
    「あー、まあ、知り合いにガサツだけど超強い奴がいてな……そいつの影響がな……」

     めちゃくちゃ強いけど、豪快すぎる上に博打うちのどうしようもないあいつ。バトル場でも煙管をふかしながら日本酒の一升瓶を小脇に抱えているあの馬鹿。飲酒バトルの違反で捕まるんじゃないかとずっと思っているけど、今のところ無事なようだ。
     エリーの粉塵爆発も、元はと言えばあいつのエルフーンが使ってた方法だ。散々わたほうしでフィールドに糸屑をばらまいたかと思うと、かえんだまを投げつけてくる。笑顔で。いたずらごころの特性もあるのかもしれないが相当腹黒い。しかもあいつは俺と違ってリフレクターとかその辺の技を使える奴がいないから、トレーナーが危ない。特に室内では。どうも警察の目は節穴のようだ。あらゆる方面で。
     ……まあいろいろ問題はあるけど、何だかんだでバトルは馬鹿みたいに強いから、俺もいろいろ教えてもらったりしたけど。

    「それに、何て言うか……意外と、可愛いポケモン使うんだね」
    「い、いいじゃねーか。趣味だよ。悪いか」
    「ごめんごめん、馬鹿にしたつもりはないの。ちょっと意外だなーって思っただけで。ね、他の子は?」

     そうだな、と言いながら、俺はベルトからボールを外した。

    「キルリアのジュリア。メリープのエリー。ポニータのジョニー。チコリータのチャコ。ヒヤッキーのヒロシ」
    「何かヒヤッキーだけ方向性が違わない?」
    「しょうがねぇだろ勝手につけられたんだよ名前。それから……」
    「ねえねえ、そこのお兄さんっ!」

     突然、妙にハイテンションな甲高い声が突き刺さってきた。
     顔を上げると、水着を着た女の子が3人、俺たちを取り囲んでいた。

    「お兄さん、バトル強いねーっ! ねえ、よかったら私たちと遊ばない?」
    「は?」

     何だこいつら。
     まあ確かに、俺1人だったら遊んでたと思う。でも今はどこからどう見ても明らかに連れがいる状況じゃねぇか。いくら夏のプールで頭のネジが外れてるって言ってもマナー違反だろ。

    「俺、連れいるし」
    「連れぇ〜?」

     俺は隣に座るミーナを指差した。女子どもは俺の指先を目で追いかけて、また俺の方を向いた。

    「……ねえ、私たちと遊んだ方が絶対楽しいよ〜? ねー、ほらぁ……」
    「いい加減にしてっ!!」

     ミーナが突然、立ち上がって大声で怒鳴った。

    「いくら何でもひどいじゃない! そりゃ、私はそんなに魅力もないかもしれないけど、キョーイチは今私と遊んでくれてるの! 今は私のものなの!!」
    「ミーナ、いいから! わかったって!」

     俺は慌ててミーナを止めた。
     女子連中は俺たちに軽蔑するような視線を送り、「何アイツ」「意味わかんない、気持ち悪い」などと口々に言いながら去っていった。

    「ミーナ……」
    「ご……ごめん、キョーイチ。私……」
    「……い、いや、いいんだ。何つーか……すっげー、嬉しいかも」

     いつもにこにこと穏やかなミーナが、感情をむき出しにして怒っている。しかも、俺のために。
     それが妙に恥ずかしくて、こそばゆくて、嬉しかった。

     ミーナが俺の手に手を重ねてきた。
     赤く染まった頬。上目遣いの視線。眉上で切りそろえられた髪の毛を払うと、くすぐったそうに眼を細めた。
     傾きかけた太陽が伸ばした2人の影が、そっと重なった。


    +++


    「アスベスト、なげつける!」
    「わー待てっ!! まだリフレクター貼ってねぇ!! ってかお前も対策なしにその技使うんじゃねぇよ馬鹿!!」

     綿毛を背負った羊が綿の中からかえんだまを取り出そうとするのを慌てて止めた。冗談じゃない。爆発に巻き込まれるのなんてまっぴらごめんだ。
     ジョーはアスベストというどことなく物騒な名前のエルフーンをボールに戻した。粉塵爆発は起こすわ、ぼうふうで柵やら街灯やらをなぎ倒すわ、部屋の中だろうがどこだろうが気がついたら人の背中に勝手に張り付いてるわ、服(特にニット)に絡みついてなかなか取れない繊維を残していくわ、いろいろと前科の多いポケモンだ。何よりそれら全てを笑顔でやってくるのが怖い。行動が大胆というか大雑把なのは飼い主のせいだろうが、こいつ自身の性格も相当悪い。多分。

    「ふー。久々に手合わせしたけど、お前ちょっと腕がなまってんじゃねえか? キョーイチ」
    「あー、夏入ってから、最近プール行った時に絡んできたガキンチョとしかバトルしてねぇからなぁ……」

     公園のベンチに座って、煙草に火をつける。ジョーは今日は煙管のようだ。
     せめてよく着てる作務衣とか着流しとか謎の派手な着物とかならまだ絵になっただろうに。何で今日に限ってお前はあずきジャージなんだ。深夜の公園でだるそうに座って時代錯誤な煙管をふかしている上下あずき色のジャージの男なんて、いろいろちぐはぐ過ぎて人が通りかかったら確実に二度見されると思う。ちなみに俺はもう慣れた。
     煙を吸い込み、大きく息をつく。

    「ジョー、お前さ、普通に強いんだからもうちょっと考えて技出せねぇの?」
    「えー、考えてるだろ。組み合わせとか、作戦とか」
    「そうじゃなくってさ。例えばぼうふうにしてももうちょっと照準を合わせて当てるとか、爆発するならトレーナーその他周囲に被害がないように配慮するとかさ、お前免許取る時に習うとこだろそこは」
    「悪かったなノーコンで」
    「お前マジでいつか捕まるぞ。安全対策不足か器物損壊か飲酒バトルで」

     へいへい、とジョーはやる気のなさそうな返事をした。
     煙管煙草独特のふわりとした芳醇なにおいがする。ジョーはふと俺のベルトにつけているボールに目を落とした。

    「おいキョーイチ、このボール、ヒビ入ってるじゃねーか」
    「え? うわ、マジだ。あれー? いつやっちまったかなぁ? 最近バトルしてねーから思い出せねぇ……」
    「早いとこポケセンかショップ行って直してもらった方がいいぜ。昔、知り合いがひび入ったボールそのままにしてたら、いきなりボールが割れてカビゴンが出てきて、危うく圧死するとこだったって言ってたし」
    「そりゃこえーな。気が向いたら直しとくわ」

     星空に向けて煙を吐き出す。ちかちかとした瞬きが少ない、澄んだ空だ。
     ジョーも空を見上げながら、もう秋の空だなぁ、とつぶやいた。

    「俺、秋になったらまた旅に出ようと思うんだ」

     唐突に、ジョーがそう言った。
     元々こいつは、ポケモンを育てながらあてもない旅をしていたらしい。去年の春この町に来て、1年とちょっと、この町を拠点に周辺をうろうろしていたようだ。町にいる間は、バイトか何かで金を稼いだり、酒を飲んだり、バトルを指導したり、酒を飲んだり、俺や友人と遊んだり、酒を飲んだり、酒を飲んだりしていたようだ。

    「へぇ、今度はどこに行くんだ?」
    「まだ決めてねぇけど、もっと北の方へ行こうかなと思ってる」
    「北ねぇ。これから冬に向かうってのにご苦労なこって」
    「ばーか、冬だから北に行くんだよ。わかってねぇなぁ」

     そう言ってジョーは煙管の上下を返し、ふっと吹いて灰を落とした。
     丸めた煙草葉を雁首に詰め、また一服ふかして、ジョーが言った。

    「そういやキョーイチ、お前、彼女とはどうなんだ?」
    「あれ……お前に話したっけ?」
    「いいや? でも最近飲みにも誘わねーし、彼女いるんじゃねえの?」
    「まあ、いるけど……」

     ミーナと出会って1カ月と少し。お互い遊びと割り切ってはいるはずだが、意外と長く続いているもんだ。
     ジョーはベンチの背もたれに肘をついて、俺の顔をじっと見ていた。

    「……何だよ気色悪いな」
    「いいや、何て言うか……。……いや、やっぱりいいや」
    「何だよ。気になるじゃねぇか」
    「いや。何か、お前幸せそうだなぁと思って」
    「……そうか?」

     幸せ、ねえ。
     まあ確かに、不幸せではないと思うけど。

     しかし何だろう。何かこう、のどの奥の方に何かがつっかえてるような、胸やけを起こしているような、魚の骨が引っ掛かってるような、何とも言えない違和感は。


    +++


    「もうすぐ、夏も終わるね」

     ミーナが窓を開けると、湿った外の空気と、真っ赤な夕日の影が部屋に入ってきた。吹き込んできた外気で、ミーナの短い髪がふわりと揺れる。

    「秋になったら、お月見でもしようか。夏の間はいっぱい海に行ったから、山もいいかもね。イチョウとかカエデとか、綺麗に染まってて……」

     楽しそうに笑いながら、ミーナが俺のそばにぴったりと寄り添う。
     頬と頬が触れる。ミーナの肌は冷たい。
     目をやると、窓から差し込んできた夕日を背負うミーナは、姿も表情も影色に塗りつぶされている。目だけが唯一、煌々と輝いて見えた。

    「ミーナ」
    「ん? どうしたの?」

     ミーナが小首をかしげる。
     俺は口を開いた。言葉が出ない。夕日がすっかり建物の影に隠れてしまうほど、長い沈黙が2人を包んだ。

     何とも表現しがたい不安。違和感。気持ち悪さ。
     不快な感情が胸を満たす。


    「別れよう」


     不意に、そんな言葉が口をついて出た。


     ミーナはぽかんとした顔で俺を見た。

    「……どうして?」

     ミーナは今にも泣きそうな声で、そう聞いてきた。
     俺は口を開いた。胸の中のわだかまりが、自然と言葉を作っていくようだった。

    「飽きた、から」

     再び長い沈黙が、俺とミーナを包んだ。
     押し寄せてきた大きな波が、波打ち際で砕けて消えるように、俺の心の中のありとあらゆる感情が押し流されて消えていく。


    「……そっ、か。わかった」

     沈黙を破ったのは、ミーナの明るい声だった。
     俺はびっくりして顔を上げた。ミーナは笑顔で、でも目元は涙で濡らして、俺を見ていた。

    「うん。そうだね。元々、お互い遊びだったもんね」
    「……」
    「わかった。夏ももう終わりだもん。ひと夏の想い出、充分だよ」
    「ミーナ」
    「でも、いつかキョーイチがまた恋をしたら、世界中の誰より幸せになってくれないと許さないからね」

     ミーナはそっと俺の手を握った。
     耳から下がった薔薇の花がきらりと光っていた。

    「楽しかったよ、キョーイチ。さよなら」



     部屋の中は真っ白だった。
     窓の外はモノクロだった。

     幸せだった。夏の間、俺は幸せだった。
     切なくて、不安で、不気味なくらい、俺は幸せだったんだ。

     そうだ。元から、どうせ遊びの関係だったんだ。
     お互い相手がいなくて、隣が開いているからとりあえずそれを埋めただけ。
     それ以上の関係になりうるわけがない。


     ああ、そういえば。
     自分から別れを告げるのって、これが初めてだ。


     開けっぱなしの窓から、音楽が聴こえてきた。
     初めてミーナとこの部屋で一晩過ごした時、つけていたラジオで流れていた曲。
     古い西部劇の主題歌。静かに響くアコースティックギター。哀愁漂う女性の歌声。

     温かい手のひら。
     花の香りがする髪の毛。
     くるくると表情を変える潤んだ瞳。
     薔薇の花弁のような唇が紡ぐ言葉を、唇で塞いで止めたあの夜。



    「ミーナ」


     ミーナ。
     ミーナ。
     ミーナ。ミーナ。ミーナ。

     ミーナ。ミーナ。ミーナ。ミーナ。ミーナ。
     ミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナミーナ……ミーナ!



    「ミーナ! ミーナ!!」



     錆ついた空。

     枯れて頭を垂れた向日葵。

     頬を濡らすのは雨粒。



    「やっぱりお前のことが好きなんだ!! ミーナ!!!」


     俺は馬鹿だ。
     ほんの一時の気まぐれで、別れよう、だなんて。
     確かに最初は遊びだった。

     でも、いつの間にか、本気で好きになっていた。


     モノクロの街を走る。

     雨が奏でる女性の歌声。

     頭に響く波の音。


     突然体が宙を舞い、俺は真っ黒な地面に叩きつけられた。



    +++



     俺は白い天井を見上げていた。
     柔らかい。これはベッドだ。俺の部屋じゃない。誰かいる。白い服。医者と看護師。

    「目が覚めたか! よかった! ここは病院だ。自分のことはわかるか?」
    「……ミーナは?」

     医者が何か言ってきたが、どうでもいいことだ。
     俺はミーナを探さなきゃならない。

     起き上がろうとすると、医者は慌てて俺を押さえつけた。

    「こ、こら! まだ起きちゃいかん!」
    「放せ! 放せよ! 俺はミーナを探さなきゃならないんだ!」

     腕に刺さっていた点滴の針を引き抜き、俺を押さえつける医者を力ずくで振りほどこうとした。
     押さえつけろ、人を呼べ、鎮静剤を、などと医者と看護師がわめく声が耳から耳に抜ける。

     その時だった。
     ドゴヅッ、という鈍い音とともに、丸くて硬いものが、ものすごい勢いで俺の額に叩きつけられた。
     激痛と混乱。俺は驚いて動きを止めた。

    「落ち着け、馬鹿野郎」

     いきなり頭突きをかましてきたそいつ……ジョーは、そう言ってため息をついた。

    「何があったんだ?」

     ジョーが静かな口調で聞いてくる。
     真っ白だった心が動き出す。体が震える。鼓動が速くなる。

    「……探さないと、間違えたんだ、俺は、ミーナを、ひどいこと」
    「おい、落ち着け」
    「ほんの気まぐれで、俺は、不安になって、だって、ミーナは、好きだったのに」
    「しっかりしろ、キョーイチ!」

     ジョーが俺の両肩をつかんで揺さぶった。


    「いないんだ! お前の言ってる『ミーナ』は! どこにも!!」

    「……え?」

    「夢だったんだ。全部、夢だったんだよ」


     何を言ってるんだ?
     だってミーナは、夏の間ずっと俺のそばで、一緒にいて……。

     とりあえず深呼吸しろ、とジョーが言ってきた。
     大きく息を吸ってゆっくり息を吐くと、モノクロだった世界に、ぼんやりと色がついたように感じた。

     ジョーはため息をついて、諭すような口調で言った。


    「『ミーナ』は……お前のムンナだろ?」


     世界が崩れる。
     目の前が一斉に、鮮やかに色づく。

     俺はおそるおそる、腰に手をやった。
     手に触れたのは、ひびの入ったモンスターボール。
     中に入っているのは、夏の初めに進化した……ムシャーナの、ミーナ。


     医者が静かに言った。


    「キョーイチさん。あなたの症状は……重度の『夢の煙中毒』です」


     『夢を現実にすること』が、そのポケモン、正確にはそのポケモンが出す「夢の煙」の持つ能力。ドリームワールドという施設で使われているように、夢の中の道具やポケモンを実体化することさえ出来ると言われている、摩訶不思議な物体だ。
     しかし、それは「正しく使えば」の話だ。力が強すぎるため、ドリームワールドでも、「夢の煙」の使用は1日につき1時間までと制限がかけられている。

     四六時中、「夢の煙」を浴び続けていたらどうなるか。

     ひと言で言えば、起きたまま夢を見る。
     密かに抱いていた夢。心の奥底の願望。それが幻覚や幻聴となって現れる。
     夢を見ている本人にだけは、リアルな実体を伴って。

     その状態が長く続くと、しだいに夢と現実の区別がつかなくなる。
     本当はないものが見え、あるものが見えなくなる。実際に鳴っている音とは違う音が耳に入り、存在しないものに体を触れられる。
     そして最終的には、精神が堪えきれなくなり、心が壊れてしまう。


    「俺が見つけた時、お前は遮断機を乗り越えて列車の前に飛びだそうとしてた。とっさに『ぼうふう』で吹き飛ばさなかったら死んでたぞ」

     ぼんやりと、この場所にいる前に感じた浮遊感を思い出す。
     でも、実感が伴わない。
     頭の中がぐるぐるして、何が何だかわからない。

     体の中から『夢の煙』の成分がすっかり抜けきって、心が落ち着くまでは入院しましょう、と医者が言ってきた。


    +++


     窓から外を見ると、庭に植えてある木々の葉が、ちらりほらりと赤みを帯びてきていた。
     あれは桜の木か。春になるとさぞやきれいなんだろうな。さすがにそんな頃まで入院するのはごめんだが。


     中庭に出た。入院している身だが、最近は出歩くのも比較的自由になった。時間までに病室に戻りさえすれば。
     灰皿が設置してあるベンチへ行くと、俺の見舞いに来たのであろうジョーが一服していた。

    「秋になったら、旅に出るんじゃなかったのか?」
    「俺の中では、モミジが赤くなるまでは秋じゃねーんだよ」

     何だそりゃ、と笑いながら、俺はジョーの隣に座った。右手に持っている箱から、シガレットを1本抜き取る。ジョーは呆れたように笑った。

    「入院患者が煙草なんか吸うんじゃないよ全く」

     そう言いつつ、ジョーはポケットからジッポライターを取り出す。

    「メンソールだぞ」
    「いいよ」

     煙を吸い込む。すうっとした刺激が呼吸器を抜ける。舌の根が苦くて眉をしかめた。
     ふう、と煙を吐き出し、手すりに肘をついて頭を抱えた。慣れない味の煙草にくらくらする。

     まぶたを閉じると、彼女が俺の前で、笑顔で手を振っているような気がした。
     ゆっくりと目を開ける。俺の目に映るのは、その身の色を変えて秋の到来を告げようとしている、桜の木ばかりだった。


     そっと目を閉じた。

     両目から、ぼろっと涙が零れおちて頬を伝った。


     大丈夫か、とジョーが声をかけてくる。

     煙草の煙が目に染みただけだ、と俺は答えた。


     左手をズボンのポケットに突っ込むと、指先にチクリと何かが刺さった。
     取り出してみると、燻し銀の薔薇のピアスだった。

     夢だった。そう、全部夢だったんだ。
     夏の間に見た、ひと時の夢。
     俺の夢の中の彼女と、夢の中で恋に落ちた。ただ、それだけのことだった。

     だけど、彼女は確かに俺のそばにいた。
     俺は彼女と夏の初めに出会って、夏に恋して、夏の終わりに別れた。
     それは確かなことなんだ。

     俺にとって、初めてのことだった。


     本気の恋だったんだ。



     ああ、駄目だ。やっぱりメンソールは嫌いだ。

     涙がちっとも止まりゃしない。



     時計の針は3時を示していた。
     どこからか、教会の鐘の音が風に乗って聞こえてきた。










    ++++++++++The end

    special thanks/桑田佳祐「可愛いミーナ」


    カラオケで久々に歌ったら降ってきた。
    年齢=恋人いない歴の自分には色々と無茶だった。
    ごめんなさい。

    それにしても、どうやら自分は相当ムンナが好きらしいと最近気付いた。


      [No.2612] 9/17 ポケモンオンリー参加します。 投稿者:No.017   投稿日:2012/09/09(Sun) 23:14:15     110clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    9/17 ポケモンオンリー参加します。 (画像サイズ: 600×858 248kB)

    9/17 浅草で開催されるオンリーイベント「チャレンジャー!」に参加します。
    カゲボウズシリーズ新刊持っていきますのでよろしくお願い致します。

    URL(h抜き)
    tp://challenger.2-d.jp/

    ・サークル名「ピジョンエクスプレス」
    ・スペース O14


    【頒布内容】

    カゲボウズシリーズ
    ●赤い花と黒い影 500円
    ●霊鳥の左目、霊鳥の右目 700円 ←今回の新刊

    その他個人誌
    ●携帯獣九十九草子 700円
    ●クジラ博士のフィールドノート 500円

    アンソロジー
    ●A LOT OF ピジョン 〜ぴじょんがいっぱい〜500円
    ●マサラのポケモン図書館 ポケモンストーリーコンテスト・ベスト 500円

    委託
    ●灰色十物語(風見鶏)300円


    隣のスペースでゴーヤロックこと586さんが、個人初出展となります!
    「プレゼント」「歪んだ世界」の頒布がされると思いますのでこちらもぜひご覧下さい。


    以下レスにて作品の一部紹介させていただきます。


      [No.2611] もふもふは正義! 投稿者:砂糖水   投稿日:2012/09/08(Sat) 23:32:47     61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ブースターたんかわいいよブースターたん。
    初代緑版で迷わずイーブイをブースターたんに進化させたくらい好きだよブースターたん。
    唯一王とか、ブイズ統一パにウインディ入れた方が勝率上がるとか言われても可愛いからいいんだ。
    お口あーんしてるブースターたんとかまじカワユス。
    嫌がって炎吐いて歯ブラシとか溶かしたりしてしまうんだろうか。
    それとも口閉じてしまうから歯ブラシに歯形がつきまくりなのか。
    どっちも可愛いから無問題。
    涼しくなったし、ブースターたんうちにおいで。





    私信
    もーりーすまぬ、すまぬ…。感想遅れて本当にごめんなさい。
    ちょっと修羅場ってた。


      [No.2610] うふふふふ 投稿者:moss   投稿日:2012/09/07(Fri) 21:51:15     58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    > 怖い!怖すぎる!下手なホラーよりずっと怖いぞ!
    > でも多分この怖さが分かるのはポケモン好きだけなんだろうな……

    ありがとうございます。怖いの不気味なの書こうと思ってたんですよw
    ポケモン好きのみわかる恐怖……なんかいい響きですよね

    > そうだよね。よくよく考えたらタウリンとかブロムへキシンとか薬なんだよね。
    > 使いすぎたらヤバイよね。ジャンキーだよね。
    > 当たり前なんだけどゲームの中にサラリと出てくるものだから気付かない。変な盲点。

    さらっと出てくるからこそわからない。ましてやゲームの中ですからね、薬なんて意識ないですもんねw
    みなさんも使いすぎには注意しましょう。


    感想ありがとうございました!

    テンションがすごく上がりました。最近リアルが忙しくてなかなか長時間ネットできる日がないのですが、
    一応小説のところだけは毎日チェックしてるというね。

    本当に読んでくださってありがとうございます。


      [No.2609] うわあああああ 投稿者:神風紀成   投稿日:2012/09/07(Fri) 17:31:05     72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    怖い!怖すぎる!下手なホラーよりずっと怖いぞ!
    でも多分この怖さが分かるのはポケモン好きだけなんだろうな……

    そうだよね。よくよく考えたらタウリンとかブロムへキシンとか薬なんだよね。
    使いすぎたらヤバイよね。ジャンキーだよね。
    当たり前なんだけどゲームの中にサラリと出てくるものだから気付かない。変な盲点。


    >  ごめんね私の手持ち達。お願いだから死なないで。

    しぼうフラグが たった! ▽


      [No.2608] 【ポケライフ】鳴神様へ 投稿者:NOAH   《URL》   投稿日:2012/09/07(Fri) 17:00:00     91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    その昔、おばあちゃんに聞いたことがある。
    木の実や野菜、お米等を収穫している途中で
    遠くで雷が落ちたところを見たあとに、お酒や花と一緒に
    収穫したものを鳴神様にお供えすると
    そのものの願いを叶えてくれるのだと言う。



    「おばあちゃん。」
    「びぃ!」
    「いらっしゃい、チナツ。可愛いあなたもね。」

    大きな昔ながらの家。その裏に、小さなビニールハウスがある
    そのハウスの中から、おばあちゃんは収穫したたくさんの野菜を持って
    私とエレキッドを出迎えてくれた。

    「可愛いでしょ!エレキッドって言うんだ!
    この前お父さんがくれた卵が孵ったの!!」
    「そう、良かったわね。大事に育てなさい。」
    「うん!!」

    おばあちゃんはニコニコ笑いながらエレキッドの頭を撫でた。
    私も!と、おねだりして撫でてもらったとき、遠くで雷が鳴った。

    「……あら?鳴神様かしら?」
    「なるかみさま?」
    「ちょっと呼んでみましょうか。」
    「!あの歌だね!!」
    「びぃ?」
    「エレキッドにも聞かせてあげる!」



    空に黒雲渦巻いて

    雨降り風吹き雷(かんだち) 落ちる

    嵐の過ぎた焼け野原

    鍬立て種撒き命成る

    鳴神様に捧げよう

    黄金に染まった我が宝




    目の前に、小さな祠が現れた。
    そこには、古びた和紙に、『鳴神様ノ祠』と書かれていた
    おばあちゃんの手には、なんだか高そうなお酒が握られている

    「さあ、チナツ。野菜をお供えして上げて?」
    「うん。」

    私は、色とりどりの木の実や夏野菜が入った籠を、小さな祠の前に置いた。
    その横では、おばあちゃんがお酒をお猪口に注いでいるのが見えた
    アルコールの匂いが鼻につくが、神様の前なので我慢した。

    エレキッドは、花瓶に花と水を入れて、そっと野菜達の横にそれを置いた。
    おばあちゃんも、注いだお酒を供えると、蝋燭に火をつけて、手を合わせた。

    「チナツとエレキッドが、何時までも仲良しでいられますように。」
    「……!!」
    「ふふ。チナツとエレキッドも、お願い事をしてみなさいな。」
    「じゃあ……おばあちゃんが元気でいられますように!!」
    「ありがとう、チナツ。さあ、帰ってお昼にしましょうか。」
    「うん!!行こう、エレキッド!!」

    おばあちゃんは蝋燭の火を仰いで消すとお酒を持ち、私の手を取った。
    私もおばあちゃんの手を取ると、反対側の手で、エレキッドの小さな手を握った。
    そのエレキッドの反対側の手には、いつの間にか拾ってきたであろう木の枝が握られていた

    「チナツ。何がいい?おばあちゃん。今日は何でも作るわよ。」
    「カレー!カレーがいい!!」
    「じゃあ、決まりね。」

    家路をのんびり歩きながら、色んな話をした。
    鳴神様が、私達を優しく見守っている気がした。


    *あとがき*
    雷を題材に、ほのぼのしたのを1つ。
    この小説における鳴神様はなんなのか
    皆様のご想像にお任せします。

    【好きにしていいのよ】


      [No.2607] Re: 【ポケライフ】捕獲屋Jack Pot の日常 *夕立* 投稿者:NOAH   《URL》   投稿日:2012/09/07(Fri) 00:23:21     90clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※暴力表現注意。苦手な方は閲覧を控えて下さい

    スリムストリート。
    ヒウンのセントラルエリアへと続く狭く暗い道

    その道の一角に、うずくまるたくさんの人影。
    その中心には、男の胸ぐらを掴んで威圧する紫の少年がいて
    近くに、オレンジの髪に赤渕メガネだった物を持っている青年がいた

    「あーあ、どうしてくれちゃったのよ。……弁償してくれる?ねえ。」
    「あ、あく、ま、が……!」
    「はあ?そっちから喧嘩吹っかけといてそりゃないでしょう……弁償しろよッ!!」
    「ぐっ……ぅ、……。」
    「……ウィル。」
    「チッ……。」

    オレンジの髪の青年は、そのままタバコを取り出した。
    あとは少年に任せるらしい。

    「……おい、てめえがリーダーか?あ゛ぁ?」
    「っ、ちげーよ……俺ァ、あんたを潰せって頼まれただけだ……。」
    「そうかよ……なら、そいつにこう言っとけ。
    『いつかぶった切ってやる』ってよお!!」
    「ぐぅっ!?」

    鳩尾に思いっきり拳を叩き込むと、相手はそのまま気絶した
    それからまるでタイミングを計らったかのように、雨が降り出して来た。

    「……あ、結構ひどくね?そういや、さっき雷が鳴ったような……。」
    「……どうだっていいさ。戻るぞ、ウィル。」
    「はいはい……結局、尻尾は掴めずか……いい加減ムカついてきた……。」
    「それは俺もだが、まあなんとかなる。」
    「そのうち痺れ切らしてヤバイ連中けしかけてきたりして。」

    冗談にしては、かなり怖い事をさらりといいのけたウィルだが
    ヴィンデは寧ろ、笑って賛同していた。

    捕獲屋Jack Pot。たった6人の最強の捕獲屋。
    だからこそ、裏の人間に恐れられると同時に
    今回みたいに因縁吹っかけられて狙われる。

    「夕立。ひどくなったね。」
    「ああ……メガネ。どうすんの。」
    「同じタイプのを買うよ……金掛かるけど。」

    本格的に強くなった雨に打たれ、鳴り響く轟音にぜめぎられながら
    2人は帰るべき自分たちの居場所へと、ゆっくりと戻って行った。

    *あとがき*
    誰も書いてくれないって正直寂しいですね……。

    今回は喧嘩組の話し。案外短く終わった……。
    ヤバいよ。ネタが尽きそう……!!

    【書いてもいいのよ】
    【描いてもいいのよ】
    【批評してもいいのよ】


      [No.2606] ドーピング 投稿者:moss   投稿日:2012/09/06(Thu) 23:27:20     110clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     学校が怖い。最後に彼から連絡があったのは一ヶ月前のことだった。


     彼は頭がよかった。小学校を卒業して私はすぐに旅に出たのだが、彼は中高一貫の名門校へと入学した。なんでもバトルなどの実技、学力がほぼトップクラスでないと入れないところらしい。彼は合格したときすごく喜んでいて、二人で祝ったりもした。
     彼の学校が始まると同時に私は旅に出た。暫くの間は手持ちのポケモン達をゆるゆると育てつつ、時にはトレーナーにバトルを挑まれつつ金欠と戦う日々であった。そんなある日の夜に、珍しく彼からメールが届いた。あの学校は携帯の使用が禁止らしく、特に中等部では入学と一緒に回収されるらしい。これは彼が入学前に言っていたことだがあいつ回収をばっくれたのか。半ば呆れつつ中身を開く。
    【この学校はおかしい。】
     ほんの一行。これだけで鳥肌がたったのは初めてかもしれない。それに頭のいい彼の言うことだ。あの学校は全面的に、そしていろんな意味で閉鎖されている。情報も月に一度あるかないかの行事を知らせるものだけらしい。彼の母親が少し心配そうにそう言っていた気がする。
     でも、と思った。いくら彼の言うことでもすぐには信用できない。あの学校からは色々なジムリーダーなどが出ているのだ。学歴重視のその手の職業は変な学校出身の奴にはやらせてはもらえないだろう。信じるべきか否か。複雑になった頭でとりあえず彼に何を見たのかと返信をする。どうせすぐに返信はこない。くるとしても一週間は後になるだろう。隙を見てメールを打つ彼の姿が想像できなくて笑ってしまう。
     そのまま疲れきった体でベッドに倒れこみ携帯を無造作にバッグの中へ投げ入れる。今朝拾ったタウリンを片手に眺めながら、明日はどこへ行こうかと思考を馳せた。


     またしばらくして私も順調に旅を続け、以前よりも特に金欠に困ることもなく、手持ちも強くなってきた。ジムバッヂも頑張った甲斐ありようやく三つになった。
     あの日から返事はまだこないが、あの学校は相も変わらず外から見る分にはいろんな意味で閉鎖されたまま何も変わりはしなかった。そう、外からは何も。
     一体内側では何が起こっているのか。もしかしたら彼は携帯を所持しているのがバレて取り上げられてしまったかもしれない。まぁそれでも元気にやっていればいいのだが。
     ジムバッヂ八このエリートトレーナーに勝負を挑まれすっかり撃沈していたとき、不意に携帯が振動した。こんなときに、と不満ながらも発信源を見て首を捻る。非通知だ。
    「……どなたですか?」
    『○○か!?』
     懐かしい声で名前を呼ばれ驚いた。裏返って相当パニクっているようだったが紛れもなく彼の声だった。一体どうしたのか?
    「どうしたの?」
    『見ちまったんだ!!』
     間髪入れずにまるで長距離走でもやった後のような荒々しい声色。声自体の音量はさほど大きくないのが逆に緊迫感を煽らせ手が震えた。
    「……何を?」
     恐る恐る尋ねると、彼は一層声を小さくして、幼い頃した内緒話のように
    『今日こっそり学校の、立ち入り禁止になってる地下室に友達と行ったんだそしたらっ』
     彼は長く息を吐いた。
    『ポケモンが……数えきれないほどのポケモンが薬付けにされて檻の中に入ってた』
     ……。
    『目があり得ないほどぎらっぎらしてて、暗くてよくわかんなかったけどらりってたと思う。しきりに檻を壊そうと攻撃してた。その音が上の教室越しに授業の時聞こえてて気になって降りたんだ……』
     ……。
    『もう駄目だっ。ここの奴等のポケモンが馬鹿見てぇに強いのはこういうことだったんだよ! 嫌だ俺はこうはなりたくないこんなことを平気でするような奴にはなりたくない自分のポケモンをあんな風にさせたくないっ』
     電話越しに嗚咽が聞こえた。
    『……でももうオワリだ。おしまいだ。俺も平気でポケモン薬付けにしてひたすらに勝利ばかりもとめる腐った男になっていくしかないんだっ……ないんだよっ』
     泣き叫ぶように訴える彼を数年ぶりに聞いた気がした。
    『……学校が恐い。学校の人間が恐ろしい。あそこにある全てがもう怖くて怖くて仕方がない』
     彼はそれ以上はもう何も言わずにただ小さく泣いていた。私は慰めることもできずに、呆然と電話越しの彼の嗚咽が止むのをただ待った。


     あれ以来彼からの連絡は途絶えてしまった。私は後味の悪さと、どうして何も言ってあげられなかったのかと若干の後悔を噛み締め頭の外へ追い出すようにひたすらポケモンを鍛え、ジムへ行き、バッヂを手にして時には負けて、そしたらもう一度その日のうちにリベンジして……目まぐるしい一日一日を送った。
     私のジムバッヂがとうとう八こになったのは私が旅に出て六周年を迎えたときであった。六年もかけてようやくかと父には笑われ母には調子に乗るなと小突かれた。もっと誉めてくれてもいいんじゃないかと思ったが口には出さなかった。二人ともジムバッヂ八こよりもその先に期待してるのが丸分かりだったからだ。
     両親には全力を尽くせと背中を叩かれ、小学校からの幼馴染みには優勝したら奢れと頭をはたかれ、旅先で知り合った友人トレーナーには先越されたぜ畜生っと背中をどつかれた。何てバイオレンスな優しさをもつ人達だろうと苦笑した。


    「……やあ、奇遇だね」
     私が参加しているポケモンリーグ第二ブロック。ついに三回戦までのぼりつめ、ここで勝てば各ブロックごとの代表者と戦い最後には決勝が待ってる。これまでの対戦は心底ヒヤッとするものもなく、運がよかったのかもしれなかった。
    でもそれもここまでのようだった。
    「……久しぶり。無事に卒業出来たんだね、おめでとう」
     前に見たときより遥かに身長が伸びて体つきも男らしくなって。それでも面影は残っていた。
    「無事?」
     彼は笑う。
    「ははっ。そんなわけないだろ! ここまでくるのに俺がどれだけのものを犠牲にして捨ててきたか知らないだけだろっ」
     その通りだった。私はあの電話以降の彼の状況を全くもって知らない。だから彼の苦労も知らないし、彼の今の状態も知らないのだ。
    「そうだね」
     話さなかった期間が長すぎて、最早他人同然の繋がりにまで成り果てた今、特に彼と話すこともないので私は最初に繰り出す予定のボールを握った。

     勝敗など見えている。それでも彼と戦うことによってあのときから消えない後味の悪さと後悔を消そうとしていると同時に彼のことをもっと知りたいと望んでいる。
    「ここで会えて光栄だよ○○。悪いけど俺にはもうバトルしかないから」
     彼が傷ついたボールを放る。
     スタジアムを震わせる化け物の雄叫びと砂嵐。その中心に威圧するぎらついた目のバンギラスがこちらを睨む。
     彼は口元を歪ませ目線は早くポケモンを出せと訴えていた。
     ごめんね私の手持ち達。お願いだから死なないで。
     私は祈るようにボールを投げた。


      [No.2605] Re: Calvados 投稿者:きとら   投稿日:2012/09/06(Thu) 18:23:41     88clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    > 「男性同士の性行為を暗示する表現があります。
    >  15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください」


    そう言われればそうですね!修正します!
    指摘ありがとうございました


      [No.2604] Re: Calvados 投稿者:イサリ   投稿日:2012/09/06(Thu) 13:06:01     94clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     こんにちは。イサリです。

     冒頭の注意書きが曖昧でわかりにくいです。
     マサポケは中高生も見ているサイトなので、

    「男性同士の性行為を暗示する表現があります。
     15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください」

     くらいは書いた方が良いと思います。恥ずかしいのかもしれませんが。


     BL小説の評価についてはよくわからないため、感想は割愛させていただきます。
     失礼いたしました。


      [No.2603] Re: 【ポケライフ】捕獲屋Jack Pot の日常 *依頼* 投稿者:NOAH   《URL》   投稿日:2012/09/06(Thu) 09:29:20     116clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    まだまだ暑いヒウンシティに、少しずつ秋が近づいてきた
    どこか遠くで雷が鳴る音がするため、そのうち雨が降るかもしれない

    僕の名前は、その雷から名づけられたらしい。
    雷の綱と書いてイズナ。それが僕の名前だ。

    ルルーメイさんが帰ってすぐに、無理を頼んでお願いした
    特訓を終えて、お気に入りのフロストヨーグルトアイスを口に入れた

    ―Pi Pi Pi ♪

    「……はい。お電話ありがとうございます。
    捕獲屋Jack Pot です。……依頼ですか?」

    リラさんが受話器を取った。メモを取りながら、今出れそうな人を
    思案しつつ、相手からの情報を詳しく聞き取って行く

    「……迷子のポケモンの保護ですか……メノクラゲ?
    ……一回り小さく、うち一匹が色違いと……。」

    「……アズキ兄さん、メノクラゲって?」

    「アジア圏のクラゲポケモンだよ。水タイプと毒タイプね。
    この間の、ホウエンを直撃した台風の影響かもしれんな。」

    「荒波で仲間とはぐれたってこと?」

    「正確には、親のドククラゲとだな……色違いか
    早めに行った方がいいな……リラ!今回は俺が行くよ。」

    「……………。
    わかりました。すぐに向かわせます。怪我は
    ジョーイさんの指示に従って手当をして下さい。」

    電話で指示を出す一方で、アズキ兄さんは
    クルマユのぼたんをボールに戻して、ケンホロウ(♀)のひなぎくを出した。
    彼女を窓から外に出すと、応対を終えたリラさんが
    兄さんにメモを渡した。

    「急な仕事だからね。気をつけなよ。」

    「わかってるよ。じゃあ。」

    それだけ言って、兄さんはそのまま、窓から外に出ると
    セイガイハシティへと、ひなぎくと共に向かって行った。

    またどこか遠くで、雷が鳴った。

    *あとがき*
    お仕事受注編です。秋が近づいて来ましたね。
    最近は雷がひどかったり突然強い雨が降って来たりなため
    洗濯物がなかなか乾かないのがイラつきます。

    雷と聞いて、一番最初に思い浮かぶポケモンは
    やっぱりサンダーです。今度サンダーがメインの
    小説でも書こうかな……。

    【書いてもいいのよ】
    【描いてもいいのよ】
    【批評してもいいのよ】


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