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0.
ずるずると、青色の竜を引き摺って、前へ進む。夜、僅かな明かりの中、流れ出る血が軌跡を作っている。
時間は無い。それが一番手っ取り早い方法だった。
青色の竜の死体。地中を泳ぎ、仲間を何体も引きずり込んで殺した青色の竜。今は動かない。皆で炎を浴びせ、首を抉り、腕を蹴り折り、足に爪を突き刺し、口の中に炎を流し込み、腹を抉った。
その死体を引き摺って、強い電気の流れる柵に押し当てた。体に電気は全く走らなかった。
そして、俺ともう数体の仲間が押し当てている間に、他の仲間達がその死体を蹴りつける。
がしゃん、がしゃん、と死体越しに柵が強い音を立てる。その内、べり、べり、ばりばり、と破れる音が聞こえてくる。この先は、ただの草原だった。自由になれる。この柵さえ破れば。
希望が湧いて来る。
でも、時間は無い。俺達が逃げようとしている事なんて、ニンゲン達にはもうとっくに知れ渡ってるはずだ。
監視役の、水に溶けて自在に動き回れる四つ足の奴を、その水ごと焼き殺してから。
**********
監視役を焼き殺したのが、全ての始まりだった。命を賭けた、失敗したらそれで終わりの脱走。
最初の柵を、鍵の部分を何度も蹴って壊した。
異変に気付いた、もう一体の四つ足を皆で蹴り殺して。それでも反撃されて、仲間の数体が怪我を負い。
でも怪我をしたとしても、その先は無かった。動けなくなったら、致命的な怪我を負ってしまったら、もうそこでお終いだった。治せる仲間も、道具も何も無い。道具があったとしても、使い方を知らない。
明かりのついた部屋の中へ踊り込む。焦る声で誰かに連絡を取っていたニンゲンと、護衛の敵が二体。見慣れた二体。いつも、俺達を死へと誘った二体。岩の巨体と、青い竜。
岩の巨体の両手から唐突に岩石が飛んで来て、当たった仲間の体はいつの間にか弾けていた。弾けた血肉が体にびしゃりと跳ね掛かった。とても強い青色の竜が、地中へ潜り、泳いで、その中から唐突に仲間を引きずり込んだ。食い千切る音。疳高い悲鳴。泣き叫び、唐突に尽きる命。
それでも、止まる事はもう、許されなかった。
数は、力だった。岩の巨体に皆で飛び掛かった。皆で何度も何度も蹴った。とても硬い肉体も、蹴り続ければぼろぼろと崩れていく。暴れられて、壁に仲間が叩きつけられようとも。岩石で仲間がぐちゃぐちゃになろうとも。仲間が踏み潰されようとも。その血が、俺達に降りかかろうとも。
地面に仲間が引きずり込まれる、その瞬間に炎を浴びせた。穴の中に、炎を流し込んだ。熱さに耐えかねて青い竜が飛び出してくる。その瞬間に回りに群がった。もう何もさせないように。その鋭い爪の生えた腕をべきべきにへし折った。腹に噛みついて食い千切った。脚に、俺達の爪を何度も突き刺した。倒れたその口を踏みつけ、鋭い歯をへし折った。そして炎を流し込んだ。首に爪を突き刺した。
数は、力だった。でも、その強敵の二体を倒した時、怯えるニンゲンを皆で焼き殺した時、数は少なくなっていた。
数は、力だった。
この、俺達を育てて食べる為だけ場所から逃げ出す為に、皆でこっそりと、必死に、体を鍛えた。
夜、見回りが居ない時間に、蹴りを必死に鍛えた。より熱い炎を出す為に、自らの体をも焦がした。爪を鋭くする為に、何度も研いだ。
鍛えている最中にも、仲間は容赦なく連れて行かれ、殺されていった。
青色の竜に無理矢理連れて行かれて。水を操る敵に弱らされて。岩の巨体に締め上げられて。
それでも、必死に俺達は耐えた。自由になる為に、ここから脱出する為に、殺されていく仲間は皆、残った皆の為に、黙って死んで行った。
そして、進化したばかりの何も知らない若鶏が新しく入っても来る。
この先にあるのは死であるという事実を知らないまま、新しく入って来てしまう。
丁寧に進化するまで育てられたのは、殺される為。食べられる為。
青い竜が、岩の巨体が、褒美として貰う仲間だった肉体の欠片を貰う時に、それは分かる。目の前で美味しく食べている時にそれは分かる。
絶望し、そして、俺は決意した。皆も、俺に続いた。
ここから、逃げると。
必死に体を鍛えた。ばれないように。逃げる為に。
その仲間達はもう、少なくなっていた。共に我慢し、体を鍛えた仲間達。闇夜の中で、共に必死に鍛えた仲間達。
鍵を壊して、濃い血の臭い、仲間達が連れて行かれて殺された場所を通り抜けた。暗闇だったのが幸いだった。踏んでいるものが何なのか分からないのが幸いだった。吐いた仲間を必死に立ち上がらせて。怪我をした仲間の肩を担いで。
最後の柵は、とても強い電流が流れていた。炎を浴びせても全く破れる気配が無かった。
考えている時間は無かった。でも、このままじゃこの柵を壊せなかった。最後の柵を。
皆は、必死に考えた。敵が来る前に。誰かが提案した。死体を使おうと。
他に考えている時間は無かった。
もう一度、その濃い血の臭い、仲間達の臭いがする場所を通り抜ける。
岩の巨体の死体が一番電気を通し辛そうだったけれど、一番重かった。青色の竜の死体なら、引き摺ってなら持っていけそうだった。
また、その場所を通り抜ける。
気持ち悪い。
**********
俺と仲間数体が青色の竜の死体を抑えながら、それを仲間達が交互に蹴る。がしゃんがしゃんと音を立てて、暫くするとみしみしという音がする。
更に暫くすると、べり、べりと破れる音が聞こえて来た。
体が熱い。それは、とうとう外へ出られるという希望からか。それとも疲れた体が悲鳴を訴えているのか。急がなければという焦りからか。
それは分からなかった。どれでもあるような気がした。今まで感じた事があるような、無いような、そんな経験の記憶が微妙にあるような感覚だった。
抑えている間、青色の竜から飛び出した臓腑が俺の顔を叩いていた。
千切れた臓腑からは、どろどろに溶けたものが出て来ていた。それには仲間の血肉も混じっている。
吐き気がする。体が熱い。
そして、唐突に体が前に倒れた。柵がより一層強い音を立てて、千切れた。
「やった!」
「自由だ!」
「生きられる!」
「逃げられる!」
皆が歓声を上げた。空を自由を飛ぶ鳥のように。俺達に翼が無くとも、ただの羽毛しかなくとも、俺達は、自由になれた。
でもうかうかしてられない。追手が来ているかもしれない。
皆が外へ飛び出していく。俺も仲間に引っ張られて起き上がり、前を向いた。
仲間の一体が、宙に浮いていた。
「えっ、なにっ、だれか、たすけっ、ぶぇ」
ぼき、と、首が折れる音。宙で、だらりと力を失った、その姿。一瞬遅れて、地面に落ちた。
もう、びくとも動かなかった。
黄色い、首の長い敵が強烈な明かりを放った。一瞬にして闇夜の中の俺達の姿が露わになる。人間が、敵が、出て来た。
黄色い、大きな髭を持った、手に金属の何かを持った、頭のでかい、敵。
手を動かしただけで、もう一体の仲間が、宙に浮いた。
「やだやだやだやだ助けてええええええあああああああああああああああびゅっ」
折られて、死んだ。また、死んだ。
皆、一気に散り散りになった。
それを皮切りに、暗闇から明かりの下へと、敵がぞろぞろと出て来た。
背中に頑強な防御を持ち、型から筒を生やした青色の巨体。
その筒から飛び出した強烈な水に仲間が撃ち抜かれて、そのまま遠くの木にまで叩きつけられた。血を吐いて、咳き込んで、血を吐いて、倒れた。
空から唐突に巨大な鳥が舞い降りて来て、一体を空へ連れ去った。
「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
空へ遠ざかる悲鳴。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっ」
近付いて来る悲鳴。
どちゃっ。
地面に叩きつけられて、びく、びく、としか動かなくなった。
紫色の、とげとげしい、大きな耳と大きな尻尾を持った怪獣が、体を回転させた。その尻尾に叩きつけられて、仲間が宙を舞った。落ちて、動かなくなった。
逃げようとした、俺達を、屠って行く。
水の勢いで、不思議な力で、筋力で、電撃で、空から落として。容赦なく、一方的に。赤い血が撒き散らされる。
体が、熱い。助けて。
「やだやだやだやだ」
「どうしてどうしてどうして」
「僕達が何かしたって言うの」
「ああああああああああああああああああ」
死にたくない。体がどくどくと胸打つ。
助けて、助けて!
「助けて、誰か、いやだいやだ」
「やめて殺さないで、何でもするから殺さばっ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
どくどく、どくどくと、段々早くなっていく。仲間が目の前に落ちて来た。
「ひゅっーひゅっー」
絶望に染まった顔が、空虚な顔が、俺の目の前に投げ出された。
どこへ逃げようとも、皆殺されていく。
ただ、安全な場所は、一つだけあった。それは、元居た場所だった。そこへと追い詰められていた。そして、敵は容赦なかった。俺達同様に。逃げる事を完全に諦めない限り、容赦なく殺して来た。圧倒的な力で。俺達の努力を、犠牲を、踏みにじって。ぐりぐりと、踏みにじって。
でも、それでも、柵の中へは、死んでも帰りたくなかった。
体がとても熱かった。立ち上がる事さえ辛くなり始めた。
どくどくと、体がみしみしと音を立て始めた。体を動かす事すらも辛くなっていた。でも、柵の中へは、後ろへは、戻りたくなかった。
そして、同時に思い出した。
……これは、これは、進化だ。
その瞬間、俺の体がふっと宙に浮いた。鳥に、強く掴まれた。痛い。でも、とても痛くはなかった。思わず声を出してしまう程ではなかった。
体が胸打つ。みしみしと音を立てる。時間が緩やかになる感覚がした。
俺を掴んで宙へ連れ去る鳥からひらひらと羽が散る。それが、くっきりと見えた。羽の、小さな毛の一本一本が。風に揺れる、その全てが。
風が俺の体を撫でた。俺の体が、急激に大きく、より強くなっていた。
鳥から、恐れを感じた。俺は、それを、無感情に受け止めた。太く、長く、強くなりつつある腕を伸ばすと、掴まれていた肩を、逆に掴めた。
自然と腕から迸った強烈な炎が、鳥の全身を一瞬にして消し炭にした。悲鳴すら上げさせない、一瞬にして。それは、進化前とは比べものにならない火力だった。
同時に体が一気に落ちていく。風を感じる。地面が急激に近付いて来る。
けれど、それは恐怖ではなかった。新しい力が、今、俺には備わっていた。
ぐちゃり、と仲間が墜落した、その光景。地面にはその、動かなくなった死体がただ、あった。
その隣に俺は、その強靭な脚で、完全に衝撃を受け止めた。
一瞬の静寂が訪れた。
どさり、と黒焦げになった鳥が落ちて来た。灰を撒き散らして、そしてぼろぼろに崩れた。
俺は、唐突に地面を蹴った。力だけではなく、気も満ち溢れていた。殺意はない。ただ、それは殺したくないとかそういうものではなかった。何でも出来そうな感覚、それが俺を満ち溢れさせていた。
まず、青色の巨体に、一歩、二歩で瞬時に迫る。遥か高くから着地出来る脚力、それは景色が置いて行かれるほどの速さを誇る脚力。肩の筒が俺に向けられた。強烈な水を、屈んで避けた。
下へ潜り込んで、腹を蹴り上げた。硬い。重い。でも、構わない。その程度だ。あの岩の巨体よりは、遥かに柔らかい。そして、軽い。げぶぅと涎が飛んできた。足を大地にめり込ませ、爪を食いこませた。
腕にぐ、と力を込めて炎を噴き出させ、腹を殴り上げる。そして、蹴り上げる。更に蹴り上げて、殴り上げた。更に、更に、六、七八九十、そして、足に炎を、腕に炎を、噴き出しさせた勢いも加えて、膝を突きあげた。
巨体が浮き上がる。血を吐いていた。閉じていた拳を開く。鋭い爪が、そこにはあった。強靭な指がそこにはあった。そして、何度も叩かれ、脆くなった腹。ぐ、と今度は指に力を入れた。鋭く尖った爪を上に向け。落ちて来るその腹に、両手の爪を突き刺した。ぎゅ、と握り締め、炎を臓腑へ流し込んだ。
「ガァァァァァッ」
強烈な悲鳴の後に、巨体は膨らみ、そして爆発した。びちゃびちゃと、肉片が、血が、体に降りかかった。
振り返ると、紫色の尾が迫っていた。血肉を握りしめたまま肘打ちで迎え撃ち、怯んだところを顔面を掴む。にちゃりとした、血肉を擦り付けた。
紫色の怪獣はいつの間にか、俺より小さくなっていた。
振り解かれようとする前に手を離し、両手でそのでかい耳を掴んで顎を蹴り上げると、耳は引き千切れた。悲鳴、怒声、痛みをこらえて強い殺意で向き直ったその脳天に踵を落とす。脳天が地面に沈む。首に足の爪を食いこませて、捻じ折った。
次の敵へ向きなおろうとした時、唐突に体が動かなくなった。黄色の髭が、俺に何かをしていた。
体が浮き上がって行く。必死で抵抗するその間に、首長の敵が電気を溜めていた。腕から炎を迸らせる。
ぐ、ぐ、と体を、何かの力に抗わせる。動けないほどじゃない。足を、腕に、体に力を込める。
……間に、合わない。
どうする、どうしようもない!
「うおおおおおお!」
電撃を覚悟しようとしたその瞬間、仲間達がその首長に攻撃を仕掛けていた。放たれた電撃は、俺ではなく、仲間達に向けられた。閃光の後、数体が一気に倒れた。少しの間、びぐびぐと体が不自然に動いて、そして止まった。
くそ、くそ! 俺を縛っていた何かの力は、その数瞬、緩んでいた。黄色の髭は、首長と仲間達の方に意識を割かれていた。
俺はその隙に縛りを振り解いた。
万能感で失せていた殺意が、一気に込み上げた。黄色の髭の、慌てた顔。距離は、遠くない。
一足、二足で一気に迫った。距離を取ろうとした黄色の髭も速く、浮いて後ろへ逃げた。ただ、木にぶつかって頭をぶつけ、その顔面に蹴りを叩きこんだ。足の爪で切り裂きながら、突き刺しながら。一度、二度、三度で後ろの木が折れた。髭の大きな頭が、ぽろりと落ちた。
残りは、首長だけだ。
けれど、振り返ると、既に首長も倒れていた。仲間も、沢山。
生き残ったのは、俺と、たった三体だけだった。
「ひ……」
ニンゲンが、残っていた。
その数人のニンゲンも追いかけて、全員殺した。
そして、終わった。
脱出は、成功したと言えるのか。
皆、黙っていた。何も口に出せなかった。沢山、死んでしまった。
ぐちゃぐちゃになって、へし折られて、落とされて、噛み砕かれて。
とてつもなく、辛い気持ちだった。必死に頑張って来たのに。皆、生きようとしてきたのに。
もうこれ以上沈む事が出来ない程に沈んだ気持ちで、でも、俺は前を向いた。俺と、もう三体は、前を向いた。
生きなくてはいけない。
僅かでも、自分達は、生き残れたのだ。
だから。皆の思いを無駄にしない為にも、俺達は、生きなくてはいけない。そうしなくては、皆の犠牲は、何にもならなくなってしまう。
自由を手に入れたのだ。
だから。
俺達は。
……俺達は。
…………何をする?
1.
空が明るい。雲がゆらゆらと浮かんでいる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ? ミツバ」
ミツバと、コテツと、ツメトギ。皆、自分自身で、名前を付けた。俺は、タイヨウ。そして、何故か俺は、その仲間達からお兄ちゃんと呼ばれるようになっていた。
やめろよって何度か言ったけれど、やめる事も無さそうで結局諦めた。
だって、お兄ちゃんが居なければ、私達死んでいたもの、とミツバは言っていた。
「私達、いつになったら進化出来るかなあ。お兄ちゃんみたいに早くなりたいよ」
「うーん……分からないなあ。毎日、ちゃんと鍛えてるか?」
「うん。昨日はコテツとあのハゲ山まで登ってきたよ」
そう言って、雲が掛かっている高さの、近くの山を指さした。
「そうか……。今度は俺も、誘えよな」
お前達だけじゃちょっと心配だ、という言葉を飲み込んで、俺はそう言った。
結局、俺はお兄ちゃんになっている。
「分かった!」
そう言って、ミツバはツメトギと手合わせを始めた。
足と手を巧みに使って、互いに傷が増えていく。けれど、そこに必死さは無かった。
……俺は、あの状況だからこそ進化出来たんだろうと思う。けれど、何故、俺だけが進化出来たのか。それは分からない。
誰よりも努力していたとか、そんな自覚も無い。あの状況じゃ、手合わせとか派手な事は殆ど出来なかったから、誰が一番強かったか、という事も分からなかった。
ツメトギが、ミツバを転ばせて爪を突きつけた所で、手合わせは一回終わった。そして、一回休憩を挟んでから、また手合わせが始まる。
暫くしてから、俺は聞いた。
「コテツはどうしてるんだ?」
「今日もハゲ山に登って来るってー」
コテツだけだともっと不安だ。
「ちょっと様子見て来る」
そう言って、俺は走った。
崖の僅かな足場に爪を引っ掛けて高く跳ぶ。ひょい、ひょい、と鳥が高さを稼ぐよりもより速く。
こつこつと斜面を登るのに、まだ進化前の皆はとても時間を掛けるのだろう。俺は、そんな時間を掛けずに一瞬で崖を跳んで行く。
でも、この脚も、そしてこの腕も、まだ足りない。
人や、その味方の敵全てと戦うには。俺だけじゃ、あの五体全てを倒せなかった。
仲間達の犠牲が無ければ、俺も皆も、死んでいた。
力が、欲しい。とても強い、力が。
頂上まで、すぐに着いた。手頃な岩があった。
蹴りを叩きこむ。一瞬、五連で皹が入り、それから強い一撃を入れて一気に破壊した。
片足で、六発。一瞬の連撃と、溜めのある蹴り。
これじゃ、駄目だ。もっと、短い時間で……そうだな、相手が死んだと自覚する事もなく、殺せなければ。
俺がこれから何をするべきか。自由を手に入れてから長い時間を掛けて、自由の身で、考えた。
そして出た結論は、俺がするべき事は、ニンゲンを殺す事だった。
生きるだけの生活は、他の、森や様々な場所でただ幸せに生を謳歌するだけの生活は、俺にはもう、耐えられなかった。寝る度に、時々あの時の光景が夢に出て来る。
俺だけではなく、皆も。ぐちゃぐちゃになった犠牲が。引きずり込まれた犠牲が。食べられた犠牲が。死んで行く沢山の、犠牲が。
その度に、何度も目が覚める。やるせなさが、申し訳なさが、恐怖が、体に刻まれる。
深呼吸を何度もして、水を飲んで、体を動かして。刻まれる度に、それを受け止めようとする。
これは、ずっと続くのだろう。そんな中で、幸せな生を謳歌するなんて、そもそも出来ない。
俺は、逃げただけだ。俺達を育てて食べる奴等全てを、殺せてはいない。きっと今もどこかで、俺達を育てて食べる奴等はどこかに居る。
全てを、殺したい。
それが、俺の贖罪であり、生きる理由だ。
その為にも。
「力が、欲しい」
ただ、どうしたら良いのだろう。
悩みながらコテツを探しに行こうとすると、丁度目の先から黄色とオレンジの姿、コテツが見えて来た。
「あ、兄ちゃん、どうしてここに居るの?」
「ああ、コテツか」
ふぅ、ふぅ、と息を上がらせて、俺の前まで走って来た。
「お前だけで山登りしたって聞いて、ちょっと心配になったんだよ」
「大丈夫だよ。ここ辺りには、……あんな奴等、いないし…………」
「まあ、な……」
途端に顔が暗くなる。
「でもね、兄ちゃんが守ってくれるよね」
ああ、お前はもう、戦いたくないんだな、とその一言で俺は察した。
察しながら、俺は言う。
「ああ。守ってやるよ」
コテツは、進化出来ないだろう。
本気で、強くなろうという意志は無い。
俺には、あるだろうか?
この平和な状況で、本気で、今も強くなろうとしているだろうか?
していない。俺の中の生きる理由は、贖罪だけじゃない。
皆と生きていく。その、緩やかな理由も混じっている。
それは、大切な事だ。とても。
でも、俺は、それだけじゃ生きていけない。それも事実だ。
俺は、どうしたら良い?
でも、取り敢えず、前を向こう。やれる事を、やろう。
とにかく、前を。
夕方まで、そのハゲ山の頂上でコテツと鍛錬に勤しんだ。素早いキックとパンチの練習。それから口や手から炎を出して、体のエネルギーを使い果たさせる。毎日毎日そうしていれば、体も鍛えられるし、より長く、より強く動けるようになる。それは、あの場所に居た時から何となく分かっていた事だった。
余り動けなくても、足や腕に負担を掛ける姿勢をずっと続けて、そうして鍛えて来た。
疲れ果てた所で、持っていた木の実を食べて、軽く走りながら山を下る。
ひぃ、ひぃ、ふぅ、ふぅ、と息を上げながらも、コテツは俺の後ろを必死について来る。
俺は、そこらにあった木の実を跳んで複数捥いだ。
「食うか?」
「いや、帰ってからで、いい」
「分かった」
暫くして、コテツが話し掛けて来る。
「お兄ちゃんは、疲れて、ないの?」
「疲れてるさ。でも、俺までそんなに疲れたら、お前達を守れないだろ?」
「あ、ありがとう」
俺は、お兄ちゃんになった。それは、俺が守りたいからというより、ミツバ、コテツ、ツメトギが、俺にそういう役割を求めていたから、という方が強かった。
麓まで降りて来て、あともうちょっとだけ走る。ミツバとツメトギが、もう木の実とかを集めて夜飯の支度をしていた。
ぜい、ぜい、はぁ、はぁ、と息を切らしながらコテツが地面に転がった。
「お帰り!」
「ただいまー」
「ただ、いま……」
呼吸を整えてから、座った。
ふと、妙な気配を感じて後ろを振り返ると、コテツが転がっていて、その先には白い爪を生やした黒い獣が居た。片耳が長く、赤い。
俺が気付いた事に気付くと、すぐに逃げていった。
「コテツ、危なかったぞ」
「えっ、なにっ?」
全く気付いていない、か。
俺は、顔には出さずに落胆していた。
ここでも命のやり取りはある。様々な命のやり取りを見て来たし、俺自身も偶に殺してそれを食べて来た。
でもそれは、あの場所であったような、一方的な命のやり取りじゃない。
正しい、と言ったらそれは違うとも思うけれど、少なくともあの場所よりは正しい命のやり取りだ。
俺は、そう思う。
ただ、まだその命のやり取りは、あそこを出てから俺以外、誰もしていない。
何か、危ない気がするのは気のせいだろうか?
「ごはん、ごはん」
そう言って、コテツが起き上がって俺の隣に座った。目の前には色とりどりの木の実。
一個、手に取って口に入れた。
瑞々しくて、ちょっと酸っぱい、美味しい木の実。
焼いた方が美味い木の実と、そうじゃない木の実がある。俺の口に合わない木の実でも、他の誰かに合う木の実がある。
そんな事も、あの場所では知れない事だった。あの場所で知っていた事なんて、数える程しかない。
何もしなかったら死ぬ。飯は大体日が出て来た時間と、日が沈む前に二度、出て来る。
不審な動きをしたら、強制的に黙らされる。
その位の事だった。
知れる事は、今は沢山ある。とても、沢山、あの時よりとは比べものにならない。多分、知っても知っても、も知れる事は増えていく。際限なく。
強くなる、って事は知る事だとも思うというのは、多分合っている。
俺の贖罪を、殺しをしていくには、もっと様々な敵と立ち向かわなければいけないのだから。無知のまま、万能感に酔いしれても勝てはしない事はもう、とっくに分かっている。
先は、遠い。もっと強くならなければいけない。もっと知らなければいけない。もっと、もっと。
俺は、そうしなければいけない。
夜。
皆が眠る前に、また走りに行く。今日は、月明かりが良く出ていた。コテツを狙っていた奴の痕跡も何とか目で追えた。
とん、とん、と軽く、強く地面を踏みしめて森の中を走る。
一足一足の足跡は深く付くが、音は余り出ない。
余り時間を掛けない内に、その獣特有の習性の、岩に刻まれたサインが見つかった。削った痕はまだ真新しい。触れてみれば、ざらついた粉が少し指に付いた。
そして、足跡も見つかった。
息を整えて、足跡の続く方を見た。
……。
強くなろうとしたら、木の実だけを食べているより、やっぱり肉を食わなくてはいけない事も段々と分かってきている。木の実よりも、肉の方が自分の力になり易い。
そして、やはり肉は美味い。
分かりたくなかった事さえも、分かって来る。色んな肉を、俺は食った。不味いものから、美味いものまで、腹を壊すものから、眠れなくなる程力が漲るようなものまで。
……多分、俺達の種族の肉は、他の様々な獣達と比べても美味しいんだろう。力も付くのだろう。だから、あんな事までして、俺達を作っていた。食べる為に。
気持ち悪い。
けれど、この気持ちとはもうずっと、多分俺が死ぬまで、付き合っていかなければいけないものなのだろうとも分かりつつあった。
そして、付き合う為にはやはり、俺は、強くならなければいけない。肉を食わなければいけない。
弱者を殺して、食らうのだ。俺達がそうされて来たように。
まあ、死にたくなかったら足掻いて見せろ。そういう事だ。
俺は、足掻けた。
歩いて行くと、火が見えて来た。
……確か、あの獣は熱いのが苦手だったような。
そう思いながら近付いて行くと、そこには人間が居た。
人間。その姿を見るだけで、憎悪がふつふつと湧き上がって来た。俺達を食う為にただただあんな場所を作り上げた奴等。
手に力が籠る。俺の中の炎が抑えられなくなっていく。
そしてまた、ぞくぞくとしたものも込み上がって来た。
人間を、殺せる。
まだ、大勢を相手にして戦えるような力量は、俺は持っていない。あの青い竜とかでも、数体までなら同時に相手取れるだろう。でも、人間が沢山住んでいるような場所で暴れ回れる程、俺は強くない。
それに、ミツバ、コテツ、ツメトギを置いて遠くにも行けない。
だから、こんな近くでぽつんと居る人間を見つけて、嬉しくなってきてもいた。
そう、嬉しい。
まだそれ程強くなくても、俺は、この俺という命に染みついた怨嗟を人間に向ってぶちまけられる。
ざむ、と枯葉を踏みしめながら、歩いて行く。
ぞくぞくとした気持ちが、身体を支配していく。程なくして先に気付いた、その黒い獣が俺を見止めた。その瞬間に、その黒い獣は、後退った。
いいよ、お前は。もう、別に。
人間も俺に気付いて、ボールから獣をボンボンと出してくる。どれもこれも、そう大して強くはなかった。平凡に生きて来た、平凡な獣達だった。
歩いて行く。人間が獣達に何か指示をしているようだったが、どれも動かなかった。
度の獣も足ががくがくと震えていた。目は泳ぎ、俺が近付いて行くに連れて、後退って行く。
人間が叫んだ。黒い獣が意を決して跳び掛かって来た。
首を掴んで、そのまま腕の炎で焼き殺す。黒ずみになって、ぽろぽろと手から落ちていった。
人間が崩れ落ちた。黒ずみになったその塊を虚ろな目で眺めていた。そして、うわ言のように何かをしきりに呟いていた。
獣達がその主人である人間を捨てて逃げて行った。
人間の言葉は理解出来ない。他の獣達の言葉も。
でも、その姿は見ていて心地良かった。
お前も俺達を食って来たんだろう?
そうして、俺達を作って、殺したものを食べて、のうのうと生きて来たんだろう?
人間の顔を足の爪で抑えて、踏みつけた。
ぐりぐりと地面に押し付けると、人間は我を思い出したかのように必死に逃げようともがき出した。
その願いを、俺達の願いを、お前等は踏みにじって来ただろう?
じたばた、じたばたとするその体は見ていて心地良かった。そしてまた、こんな弱い人間にあんな目に遭わされていた事にとても腹が立って来た。
足を上げると、怯え切ったその顔が目に入る。そして、踏み潰した。
ぐちゃり、と中身が飛び散る。
腹が立っていたのが一気にすっとしたようで、とても心地が良かった。
ただ、足にこびりついたそれらは、どうも汚らしく思えて、また食う気にもなれなかった。
足を自ら燃やして血やら肉やらを焼き流してから、帰る事にした。
ああ、でも、ちょっと腹が減って来たな……。
でもな。
振り返って頭の潰れた人間を見る。
何故か人間を食う気にはなれなかった。
何故だろうか?
高揚から冷め始めた頭で考えれば、意外とすぐに分かった。
俺達を食ったその体を食いたくない。
それは、当たり前だ。
唾を吐き捨てて、帰る事にした。
腹は多少空いているが、悪い気分じゃない。今日は、よく眠れそうだ。
**********
兄ちゃんは、とても強い。
夜、洞穴の中で僕達はそんな事を偶に話す。
兄ちゃんが居ない時に限ってだけ。
兄ちゃんは、とても強い。いや、とんでもなく強い。
腕から噴き出る炎も、口から吐き出す炎も、両方とも僕達が出すような赤い炎じゃない。青い炎が出る。
それは、僕達でもきっと全く耐えられないような、熱いとか感じる間もなく死んでしまうような炎。お兄ちゃんが全力を出した炎は、大木をもぼろぼろの燃えカスにしてしまった。そして、その炎を纏ったパンチは、一振りで何でも壊すような威力があった。
脚も、とんでもなく強い。
岩なんかも簡単に砕いてしまうし、しかもその脚捌きは全く見えない。音が、ボボボボッて聞こえて、気付いたら岩が弾けている。その脚で、崖なんかも簡単に登ってしまうし、全力で走ったら僕達が幾ら追いつこうとしても絶対に追いつけない。
でも、どうしてお兄ちゃんがそんなに強いのか僕達は全く分からなかった。
僕達が進化しても、あんな風にはなれない気がする。いや、なれないとしか思えない。
どうして、お兄ちゃんはあの時、あそこまで戦えたんだろう。どうしてお兄ちゃんは、沢山の敵を皆殺しに出来たんだろう。
あの時のお兄ちゃんは、とても、とても格好良かった。もう駄目だと思っていた僕達が、もう死ぬしか無かった僕達が、生きていられるのは、間違いなくお兄ちゃんのおかげだ。
でも、……でも、ちょっと怖いのもあった。
正直、得体が知れないような怖さも感じる。
自然にお兄ちゃんと呼ぶようになった。それは、お兄ちゃんが頼りになるからだけじゃない。その怖さもあった。
がさがさ、と草むらを掻き分ける音が強く聞こえてきた。
わざと強く掻き分けているその音は、お兄ちゃんが帰って来た音だった。
「ただいま」
「おかえりー」
でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。
怖さがあっても、お兄ちゃんが居なきゃ僕達は死んでいた。それは事実だし、やっぱり格好良いのも事実だった。
お兄ちゃんみたいにはなれないけれど、お兄ちゃんの事は、好きだ。
崖の下、お兄ちゃんが蹴り砕いたり、岩をも無理矢理焼き壊したりして作った広い洞穴の中。
お兄ちゃんは何度か背伸びをして体をぽきぽきと言わせてから、草を集めて作った柔らかい地面の上に座った。
ミツバがその様子を見て、何とはなしに聞いた。
「お兄ちゃん、何か良い事あったの?」
「あ、そんな体に出てたか?」
「うん、ちょっと違った」
お兄ちゃんは片脚を眺めて、ちょっと間を置いてから言った。
「人間をな、見つけたんだ」
ちょっと躊躇うような言葉遣いだった。
「踏みつけて、殺した。それがな、嬉しかったんだ」
洞穴の中、ちょっとした炎の明かりの中で照らされるお兄ちゃんの顔。
兄ちゃんの目は、口は、笑いを抑えきれないような顔だった。
ちょっと時間が空く。
その間、僕達は何も言えなかった。何も言えないのをお兄ちゃんは分かっていて、続けた。
「最初は、コテツ、お前を狙ってた黒い獣を追っていたんだ。そうしたら、その獣は人間と共に居た奴だったんだ」
堰を切るように、お兄ちゃんの口調は段々と速くなっていった。
「人間を見つけた瞬間、俺の中で何かが湧き上がって来たんだ」
「それはな、嬉しさだったんだ。嬉しくて堪らなかった。こんな場所で殺せる事が嬉しくて堪らなかった」
「俺は歩いて行った。先にその黒い獣が気付いた。そしてまた気付いた人間は、一瞬で恐怖して手持ちの獣を全て出して来た」
聞いている、僕達も怖くなってくる。けれども、お兄ちゃんから目を離せなかった。
耳は勝手にお兄ちゃんの言葉を拾っていた。
「けれどどれも役に立たない。出た瞬間から皆、俺に怯えていたよ。足をがくがくと震わせて。そこに、俺はゆっくりと歩いて行った」
「それで、人間が獣達に命令するんだ。でも、全く動けない。段々人間の命令が荒くなっていく。それでも動けない」
「とうとう人間が叫んで、意を決したように黒い獣が跳び掛かって来た。でも俺はそれを掴んで、焼き殺した。ぼろぼろと崩れる程に、強く、一瞬でな。すると、もう他の獣達は逃げてしまう。主人を放ってな」
「で、その主人も膝から崩れ落ちて、もう、まるで悪夢を見ているようにな、その黒焦げの方をただ虚ろな目で見てぶつぶつ何か呟き続けていてな。その顔面を踏みつけると、我を思い出したかのようにじたばたじたばたと暴れはじめるんだ」
「滑稽で、溜まらなくて」
「うん、そうだな、今思い出しても良い気持ちだった。久々にあんな良い気持ちになった。いや、今まで生きて来て一番良い気持ちだったかもしれない。でもな、やっぱりこんな弱っちい奴等に囚えられていたかと思うとちょっとムカムカもしてきてな」
「まあ、最後に足を持ち上げてその滑稽な顔を見てから、踏み潰してきたんだ」
淡々と、嬉しそうに。
僕達の事を見透かしながら。僕達は、お兄ちゃんみたいになれないという事を、お兄ちゃん自身も理解しながら。
……お兄ちゃん。お兄ちゃんは、これから何をしたいの?
……そしてお兄ちゃんは、僕達にどうなって欲しいの?
お兄ちゃんは、一息吐くと、僕達の目をじっと見て来た。見定めるように。
お兄ちゃんは、僕達を守っているのと同時に、何かをして欲しい。その何かはきっと、いや絶対、とても暴力的で、とても危険な事だ。
でも僕達はお兄ちゃんのようには、なれない。それは、断言出来る。
進化出来ても、お兄ちゃんのような強さが手に入るなんて、逆立ちしても思えない。
じゃあ、どうしたら良いの? 僕達は、お兄ちゃんは、これからどうしたらいいの?
「お兄ちゃん……」
ミツバが半ば、恐る恐るというようにお兄ちゃんに聞いた。
「何だ?」
「私は……いや、私達は……お兄ちゃんのようには、なれないと思うの」
「そうだろうな」
あっさりと、お兄ちゃんも認めた。
「お兄ちゃんは、どうしたいの?」
お兄ちゃんは、僕達の顔をまた見回してから言った。
「……先にそっちから聞こうか。ミツバ、ツメトギ、コテツ。お前達は、これからどうしたい? どうやって、生きていきたい? どうやって、忘れられないあの場所と、あの過去と付き合っていくんだ?」
僕達は、顔を合わせてそして、何も言わずに頷いた。
僕は、言った。それは、もう、この平穏を手に入れてからずっと、悪夢に苛まれようとも、ふとした時に思い出してしまおうとも、忘れられないとしても、決まっていた事だった。
「忘れられなくとも、僕は、僕達は、忘れて生きていきたい。失くせなくても、あの記憶を無かったものとして、生きていきたい。ただただ、平穏に、何事もなく、ゆっくりと、ニンゲンの居ない場所で楽しく生きていきたい」
お兄ちゃんの顔つきは、それを聞いても全く変わらなかった。
僕達のこの向き合い方を、逃げると、忘れるという事を選ぶのを分かっていたんだろう。
でも、ここまではっきりさせるのは、今日が最初で、そして最後なんだと思う。
そして、お兄ちゃんは僕達と目を合わせ続けながら、口を開いた。
「俺は、忘れられないのならば、ずっと向き合って生きていく。この手足で、爪と炎で、ニンゲンどもを残らず焼き尽くしたい。俺達をこんな目に遭わせた奴等のその肉体の全てを、魂までをこの世から葬り去りたい。そして、きっと他の場所でも似たような目に遭っている俺達と同じ獣達を、助けたい」
お兄ちゃんのその言葉は、本気だった。どこからどこまでも、本気だった。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだけで、ニンゲンという種族に立ち向かおうとしている。
その為には、お兄ちゃんにとって僕達はもう、枷でしかないのかもしれなかった。
「俺はその道を行くと、決めた。お前達も、決めたんだろう? お前達は、お前達でその道を行くと」
答えるのに少しだけ躊躇した。
その間に、お兄ちゃんは続けた。
「……俺と、お前達はいつか別れる。でも、それは今日じゃない。まだ、もうちょっと先だ。
お前達が、お前達だけでも、平穏になら生きていけるようになるまでは、一緒に居るよ」
それは、お兄ちゃんの最大限の譲歩だった。
僕達は、それに対して「……うん」と頷くしか、出来なかった。
「じゃあ、今日はもう遅い。
もう、寝よう」
そう言って、お兄ちゃんは洞穴を明るくしていた炎を、手でもみ消した。
「…………うん」
僕達は、間もない間に横になる。
僕達は洞穴の奥の方で。お兄ちゃんは洞窟の入り口の方で、座って壁に凭れ掛かっている。腕を組んで何が起きてもすぐ対応出来るような恰好だった。いつも、そうだった。
……お兄ちゃん。
僕は、お兄ちゃんの事が怖いよ。
でも、やっぱりそれでも、お兄ちゃんの事はそれ以上に好きだよ。
居なくならないでって、言いたいよ。
でも、お兄ちゃん。
お兄ちゃん。
……お兄ちゃん。
僕達は、お兄ちゃんみたいにはなれない。
お兄ちゃんは、僕達みたいにはなれない。
僕達は、お兄ちゃんみたいになろうと思わない。
お兄ちゃんは、僕達みたいになろうと思わない。
互いに、互いに。
そして、そのまま、きっといつか別れが来る。
分かり合えない部分があっても、一緒に居たいと思うけど。でも、それは、出来ない。
お兄ちゃんは、逃げないで、立ち向かうんだ。
僕達は、お兄ちゃんに助けられたけど、そのまま逃げるんだ。立ち向かえない。
…………ごめん、お兄ちゃん。
3.
ぐっ、と足に力を込める。そして腕から炎を噴き出し、その反動も生かして蹴りを岩に叩きこんだ。
連撃じゃない、一発だけを。自分の目でももう全く追えない蹴り。
ガァン、と岩は弾けた。
「……砕けた」
いつもは止まる脚が、伸びきった。
ぱらぱらと落ちて来る岩の破片を受け止めながら、俺は自分の腕と脚を眺めた。
俺は確実に、強くなれている。
あの岩の巨体だろうが、今は一撃で破壊出来るんじゃないか。
腕の炎を噴き出しながら、横薙ぎを、蹴り上げ、踵落としを振るう。見えない蹴りが、横に、縦に空気が置いて行かれるような風切り音を持って振り抜かれる。
自分の目でも追えない、ただ、自分の感覚だけでしか追えなくなった蹴りだ。
でも、まだ、だろうか?
ニンゲンの事はまだ、俺は多く知らない。獣達の事もだ。
俺がニンゲン全てを敵に回すとして、まだ力が足りないのか、それとも足りているのか、それが分からない。
……。
がさり、と近くの草むらで音が鳴った。
振り向いても、誰も居ない。
風、か?
見に行っても、何かが居た痕跡が僅かに残っているだけだった。
……何だ?
コテツ、ツメトギ、ミツバ。時間が経つに連れて少しずつ、実力差が付き始めていた。コテツ、ツメトギ、ミツバの順にその差が目に見えるほどに。ただ、どれも強くなっているとは言え、まだ、俺が離れるには多少心配が残る。
それに、誰もまだ俺のように進化はしていない。
俺から離れたくない為にわざと強くならないでいるとか、そんな感じには見えないんだが、強くなるのがどうも遅いように見えた。
それとも、俺が速いのか?
……多分、そうなんだろうとも思う。
あの場所から脱走した時、どうして俺は、進化したてであの屈強な獣達を倒せたのか、俺自身分かっていない。
それなのにコテツ達にそれを強いるのも結局無理な事だったのだろうと今は思う。
手合わせを何度かしてから、また今日も適当に木の実を取って来て、飯にする。
その最中に俺は聞いた。
「なあ、今日、何か変な事あったか?」
「なんかあった?」
「いや」
「お兄ちゃん、何かあったの?」
「いや、何も」
見られていたかもしれない、程度の事だ。別にその程度の事、話す必要も余り無い。
食べ終えてから、特に何事も無く、今日も夜を迎えた。
夜、ふと、目が覚めた。
体の感覚がどうも、ざわついているというか、そんな感覚が体をなぞっていた。
何かの悪い兆候を、俺の体が捉えていた。
目がすぐに覚める。コテツ達を起こすかどうか数瞬の間、迷う。体はその違和を感じ取っていても、それがどのようなものなのか、どの位の強さの何かを感じ取っているのか、それまでは全く分からなかった。
「……」
起こしておくに、越した事は無い、か。
コテツ達の体を揺する。
「……なに? お兄ちゃん」
「喋るな、じっとしてろ。何か、妙なんだ」
そう言うと、すぐに黙った。
それから外に出ようとすると、小さな声で「……お兄ちゃん」と呼びかけられた。
「……大丈夫だ」
体は何かを感じ取っている。でも、それは、大した事じゃない可能性だって大いにあり得る。
というより、まあ、そうだろう。
洞穴から外に出る。月は細い。明かりは少なく、僅かに何者かの気配を感じる。けれど、この暗さでは辺りを見回しても、何も分からない。
ただの獣の感覚じゃない。それだったら、俺は起きてないだろう。
腕から炎を出して、周りを明るくして、もう一度辺りを見回す。
その時、風を感じた。
上から、巨体が降って来ていた。
横に躱すと、巨大な尾が地面に叩きつけられた。
そして、着地したそいつは、歯をむき出しにして、恨みの籠った顔で俺を見て来た。
「……」
姿形が何となく、俺があの場所から脱走した時に殺した一体と似ていた。
耳の大きい、尾の太い、紫色の怪獣だ。あの紫色の怪獣は見るからに雄っぽく、そしてこの青色の似た姿形の怪獣は、観る殻に雌っぽかった。
……なるほど。俺を恨んでいる訳だ。
どうして見つかったのか、そこは正直分からない。あの場所からはここはかなり遠くだろうと思うのに。
そんな事を思っていると、その太い腕で殴り掛かって来た。
受け止めて、蹴り飛ばした。
全力で蹴ってないのにも関わらず、ぼき、ぼき、と相手の骨が折れる感覚が伝わって来る。
明らかに格下なのは間違いない。それを、相手も分かった筈だ。
けれど、その雌の怪獣は血を吐きながらも、立ち上がって来た。強く地面に手を叩きつけ、膝から立ち上がり。
「……」
恨みを受け止める筋合いは無い。また攻撃を加えてこようとしたら、俺はこいつを殺す。
気持ちの良いものじゃない。
ただ、俺がこれから進もうとする道は、こういう道ではある。
まあ、俺は受け止める側にはならないが。
殺して、殺して、殺しまくる方だ。気持ちの良い方だ。俺は、お前みたいに弱くない。強くなれた。そう出来る力を持っている。
そのそいつは、俺がそんな事を思っている長い時間を掛けて立ち上がった。そして、歯を食いしばって、半ば投げやりに、半ば叫ぶように吼えながら、また殴り掛かって来た。俺はそれを避けて、脚で首を一思いに飛ばした。
もう面倒臭いというのもあった。
ぶしゅぶしゅと血が沢山出て、倒れる。
びく、びく、と体が僅かに動いていた。
……美味いかな、こいつ。
そんな事を思いながら、倒れた死体をしゃがんで眺めると、視界の隅で何かが動いた気がした。
……?
いや、今、確かに動いたよ、な?
何かが動いたように見えた、血がどくどくと首から流れ出ている方を見ても、何も居ない。何も見えない。
「…………」
こいつだけ、じゃないのか? いや、だとしたら。他に仲間が居たとしても、どうしてこいつを見殺しにしたんだ?
疑問が尽きない。
その時、いきなり目の前に、何かが現れた。そして、弾けるような強い音が鳴った。
「!!??」
何だ、こい、つ。緑色の、獣。いきなり、血だまりから、現れた。
一瞬目を閉じてしまった。一瞬、驚いて、身体が固まった。
怯んでしまってもそれは一瞬だ。すかさず反撃しようと思ったその時、目の前には黄色い獣が、俺の目の前で輪っかをぶらぶらとさせていた。
輪っかが、ゆらゆらと、ゆれている。
なんだ……? うん……?
なん、だろ、う……それだけなのに、きもちいい。
なんでだろ…………ああ、なんだろう……。
ああ、きもちいい。
……スリーパーさま……スリーパー? スリーパーって……ああ、目の前にいる……。
もっと、きもちよく……なりたい……。
スリーパーさま…………もっと、もっと……。
「お兄ちゃん!」
お兄ちゃん? あ、俺、何を。
動かそうとした腕が、緑色の獣の長い舌で、いつの間にか締め付けられていた。
「お兄ちゃん!」
振り解かないと……あ……スリーパーさま……。ごめんなさい…………。
ずん、と音が聞こえた。金属の体を纏った、巨体。
「ひ……」
後退る、皆。
「にげろ……」
あれ、何で、俺、こんな事言ってるんだっけ……。
スリーパーさま、教えてください……。
スリーパーさま……。
逃げていくのが見える……どうして俺は、ほっとしているんだろう。スリーパーさま。
追い掛けろ……流石にスリーパーさま、それは嫌です……。
どうして? それは、スリーパーさまと同じ位あいつらの事が好きだから……。
流石にスリーパーさまの命令でも、それは……。
それは、駄目です。
え、なんですかそのスリーパーさま……いや、俺、どうして……いや、記憶を分け与えてやるって何ですか……。
じゅわじゅわとした、お肉……。皮はパリっと、中はジューシーに焼き上がったお肉。
一口頬張って噛み千切ると、その皮と肉の食感が口の中で合わさって、熱々の適度な塩気の肉汁が口の中で広がって。ああ、美味しい、美味しい!
だめ、で、
油で衣をつけて揚げられたお肉。カリカリとした衣。酸っぱい木の実の汁を掛けても良し、甘酢とタルタルソースを掛けて食べても良し。美味しい。
いや、
ぷりぷりにゆで上げられたお肉。ゴマのソースで冷たく頂く。美味しい。辛めのソースで温かく頂く。美味しい。
ああ、
櫛に刺してタレを付けて炭火で焼いて。
美味しい。
そのまま焼いて、タレに付けて。
美味しい!
縛り上げてタレにつけ込みながら焼き上げて。
美味しい!!
ミンチにして、出汁とか野菜とかと混ぜて、茹で上げて汁と共に。
モーモーミルクと野菜と煮込んで。
食べたい!
「そうか。なら、捕まえてくれるね?」
「喜んで、スリーパー様!」
**********
いいか、殺す時は、一瞬で殺すんだ。首を切り裂いてな。暴れる程肉はまずくなる。
そしてまた、殺した後の事も重要だ。
血を出来るだけ早く抜くんだ。血が残ってるとそれもまた、不味くなってしまう原因だからね。
そして、殺した後は出来るだけ早く、私達の主人の元に持ってきてくれると嬉しい。そうすれば、主人が美味しく調理してくれるから。
「分かりました、スリーパー様!」
「あ、お兄ちゃん、無事だっ」
ざくっ。
「お兄ちゃん? どうし」
ざくっ。
「お兄ちゃん、どうして? どうしてなの? ねえ、お兄ちゃん! お兄ちゃん! だれか、だれか、助けて! だれかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ざくっ。
「おいしいおにくっ」
「良し、良くやったバシャーモ。おお、血抜きもしっかり出来てるじゃないか」
「スリーパー、カクレオン、ボスゴドラも良くやった。おかげでこんな強い奴を殺さずに味方に引き入れられた。何人も殺されたとは言え、この強さは勿体ないからな、いやあ、良かったよ。まあ、ニドクインの事は残念だったが、もう止めても聞かなかったしな……しょうがないよな」
「じゃあ、帰るか、弔い飯として。哀れなこいつの最後の洗脳のシメとして」
**********
「スリーパーさま、あとどの位待つんですか?」
スリーパーさまは、苦笑いしながら言った。
「何度聞くんだお前は。あの時計の長い針がもう一回転するまでだ」
「長いなあ。俺……ぼく、待ち切れないよ……」
スリーパーさまが俺の方を向いて来た。……俺? あれ? ぼく? 俺?
「……ちょっと、もう一度これを見てみな」
「分かりました」
ゆら、ゆら、と動く輪っか。
ああ、ああ。
ぼくは、スリーパーさまのしもべ。ぼくは、スリーパーさまのしもべ。ぼくは、ずっと、スリーパーさまのしもべ。
ぼく、ぼく。
ぼくは、スリーパーさまの、しもべ。
みんなの、しもべ。
ジュワジュワ、パチパチという音と共に、とても美味しそうな匂いが流れて来る。
あれ、僕、はじめてだっけ。この匂い、なんか嗅いだことがあるような。
「どうしたんだ?」
「スリーパーさま。なんか、この匂い嗅いだことがあるような気がする」
「ああ、そりゃそうだろ。俺の記憶を渡したんだからな」
「あ、そっかあ」
「まあ、もう少しだ。我慢しな」
「はい」
美味しいお肉。とても美味しいお肉。
でも、なんか、引っ掛かるんだよなあ。
どうしてか分からないけど。
そして、とうとうご主人がお肉を持ってやってきた。
とても良い匂いがする。涎が口の中で、たっぷりと出てきている。こんなの初めて。確か、初めて。
ボスゴドラが専用の椅子に座って、鉄板に置かれたチキンステーキを豪快に鉄板ごと食べている。
「うめーなー、やっぱり」
がりゅ、がりゅ、ごりゅ、ごりゅ、ごっくん、と飲み込んで。
カクレオンが蒸し鶏を長い舌を延ばして巻き付けて、そして一気にごっくんと飲み込む。
「やっぱり美味いよな、ワカシャモって。美味いのに飽きないし」
スリーパーが、焼き鳥を串から丁寧に外して、箸を使って食べている。
「やっぱりこの針から食べたくはないな……」
「それごと食っちまえよ」
「お前みたいな器ごと食う脳筋とは違うんですよ」
「軟弱め」
そうして軽く笑っている。
僕の前にも、チキンステーキが出て来た。
赤くて辛いソースが掛かった、アジア風のチキンステーキ。
……やっぱり、僕、この匂い嗅いだ事があるような気がするんだ。
でも、そんな事今はいっか。
とても美味しそうだし。
手で掴んで、がぶり、と食い千切る。
ああ、こんな味初めて! スリーパー様の記憶で味わったけど、本当に食べると全く違う! 美味しい! 辛いのに、でも、とても美味しい!
むちむちのお肉! パリパリな皮! とても、とーっても美味しい!
ああ、病みつきになっちゃう!
「沢山あるから、もっと食っていいぞ!」
「ありがとうございます!」
焼き鳥、クリームシチュー、鶏チャーシュー、チキンステーキ、チキンカツ、レバニラ、つみれ汁、ああ、どれもとても美味しい! どれもこれも味わうの、ぜーんぶ初めて!
手に付いた汁も舐めとって、指とかべたべただけど、とにかく何でも食べたい! 全部、ぜーんぶ美味しい!
美味しい! とってもおいしい!
……でも、やっぱり、チキンステーキだけだけど、なんか匂いが気になるっていうか。
まあいっか。美味しいんだから!
一番好きなのもチキンステーキ!
がぶり、と噛みつくと、汁が鼻の近くに付いた。
あ、思い出した。あの檻の中だ。
そうかあ、あの檻の中で、青い竜が人間に焼いて食べて貰ってたんだった。
……あれ?
俺、今、何食べてる?
…………。
……………………。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
4.
「俺は、俺は、俺は、俺は! 俺は、だめだ、ああ、いや、うう、くそ、だめだ、なんてことを、おれは、ああ、ああ、なんで、どうして、いやだ、ああ、ああっ!」
「俺は、何てことを! 俺は、どうして、どうして! 俺は食べてしまった! 俺は! ミツバを! コテツを! ツメトギを! 食べた! 俺は! 俺は! ああああああああああああああっ、いやだどうしてなんでああああ」
地面を殴りつけた。何度も、何度も。
主人を原型が無くなるまで奴等の前で殴りつけた蹴りつけた。スリーパーは消し炭にした。カクレオンは舌を引き千切って首をへし折った。ボスゴドラはその装甲をどろどろにしてそして動けなく固めてやった上で叩き壊した。
この町の人間は皆殺しにした。人間のポケモンも全員ぶち殺した。逃げようとする奴等も全員全員どうせ俺達を食っていたんだろう! バラバラバラバラと空からヘリコプターがやってきていた。あの忌まわしいスリーパーのせいで知識がついてしまった。
「ごめんごめんごめんごめんごめんいやだごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいああ、ああ、ああ、ああ、ごめんなさいごめんなさい」
全部名前が分かる。全部分かる。俺が食べたのがワカシャモというポケモン。俺はバシャーモ。ワカシャモを美味しく食べたバシャーモ!
「俺は、俺は、穢れてしまった。俺は俺は! 俺は!」
死にたいでも死にたくない死にたいでもああああ。
「俺はどうしたら! どうしたらいいんだ! おれは! おれは!」
ババババとヘリコプターが近付いて来る。うるさいうるさいうるさいうるさい!
跳んで、腕から炎を噴き出した。全部、燃えた、全部溶けた、落ちていく。悲鳴が聞こえた。一番今までで強い炎だった。力がみなぎっていた。それはそれは!
もう、何も聞きたくないもう何も見たくない。もうもうもうもうああああああああああああああああ。
「俺は俺はどうしたらいいんだおれはおれはごめんなさいごめんごめんごめんごめん」
おれはおれはおれはおれはああああああ。
そうだそうだ死ぬしかないよなそれしかないよなでも死にたくないでも死ぬしかないよな食べたのだもの俺は食べてしまったのだから俺は俺は俺は俺は。
俺は駄目だ俺は俺は駄目だ食ってしまった殺してしまった俺は、大切だった皆を、この手で、切り裂いて、殺して、食べた。
食べてしまった。
俺は俺は。
「死ぬしかない……」
ここまで来る途中に、池があったのを思い出す。
……そこで、死のう。
俺はもう、生きてなんかいられない。
俺は、俺は、駄目なんだから。俺は、俺は。
立ち上がる。もう、俺は、何もしたくないなにも何も。
歩きたくもない。走りたくもない考えたくもない俺は俺は。
「ごめん……ごめん……お兄ちゃん、お兄ちゃんは……」
ふらふら、と森の中まで戻って来た。忌々しい洗脳された自分の記憶が蘇る。忌々しい自分が忌々しい。さっさと死にたいもう何もしたくない。
ぼちゃん、と水の中に入る。
暗い、暗い、水の中。冷たくて、苦しくて、息が、詰まって行く。
ああ、ああ、俺は、俺は、なんでこんな事になったんだ。
なんでなんで。
どうして。
どうしてこんなことに。
くるしい。
なんでおれはどうしておれはこうなってしまったんだどうしてだ。なんでだ。
ごぽごぽと息が漏れていく。
くるしくなってくる。
俺は、どうして。なんで。何か間違ったんだろうか何かいけない事でもしたんだろうか。
俺は、俺は。
ああ、ああ。
どうして、やりなおしたい。
やりなおしたい。ごめん、ごめん、コテツ、ミツバ、ツメトギ。ごめんごめんごめんごめん。俺は俺は兄ちゃんなのに。
俺は。俺は。
くるしい、くるしい。
ああ、俺は、こんなことになるなら、あそこで死んでたほうが良かったのか俺は。
俺はどうして俺は俺はああああああああ。
くるしい、ああ、いやだ、やっぱり、死にたくない。俺は俺は俺は俺は。
ああ駄目だ死にたくない。もがきたいでもでもでもでも、ああでも、動きたくない俺は死にたくない。
俺は……。
「げほっ、ああっ、げほっげほっ、いやだっ、おれは、しにたくないしにたいしにたくないしにたいしにたくないしにたいおれはどうしたらいいんだおれはおれは」
死ねない。こんな方法じゃ死ねない。死にたくない。でも嫌だ。死にたくない死にたくない。でもでもでもでも。ああああああ。
「ああああ……」
腹が鳴った。暴れ回って、死にかけて、それでも腹は減った。
そして俺は、あの味を思い出してしまった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
どうして、どうして食べたいと思ってしまったんだ! どうして、どうして!
「どうしてどうしておれはこんな事になったどうしてだよどうして俺はどうしてなんでいやだよやめてやめてああああ」
もう何で。
もう。
もう。
嫌だよ。
がさり、がさり。
…………誰か、いる。
「……だれ」
そいつは、俺に臆する事なく近付いて来た。
「タブンネ……」
そいつは、虚ろな目をしていた。
無言で、池から這い出て来た俺の前で膝を付き、癒しの波導を流して来た。
「何を……」
タブンネは、聞いて来た。
「……やり残した事は、無いのですか?」
「やり残した事…………」
…………。
「そうだ。俺は。俺がやり残した事は、恨みだ。
俺達をこんな目に遭わせた奴等を。俺達を食っている奴等を! 皆殺しにしたい!
人間も! ポケモンも! 俺達を一度でも口にした奴等を! 俺達を閉じ込めて食うために育てている奴等を! それを見殺しにしている奴等を! 全員、全員、ぶち殺したい! 焼き殺したい! 首を潰して、人間の何もかもをぶち壊して、絶滅させて、全てをとにかく、壊したい!」
……。
「でも、俺には、まだ、力が、足りないんだ。俺には、俺には、どんな事があろうともそれをやれるような、力が、足りないんだ。ふと、ねこだましを食らっただけで、俺は、仲間を、食べたんだ」
「……。
提案があります」
「提案?」
「……私を、殺して、食べてください」
……は?
「…………言っている意味が分からない」
「……私達は所謂ポケモントレーナーという人間達に良く虐げられる種族でした。
そして、私はそれが嫌で強くなろうと思いました。
でも、私の体は、鍛えても戦えるような体ではなかったのです。私は、戦う種族ではなかったのです。幾ら強くなろうとも、素早いポケモンや、頑強なポケモンには、全く敵わないのです」
「……それで、どうして俺に食べろ、なんていうんだ。
丁度、弟同然の同族を食った、俺に」
「ポケモンは、鍛えた相手を倒す程、そして、殺して、食べるほど、その鍛えた量に比例して、力が付くのです。
強いか、弱いかより、鍛えたか、に影響されるのです。
私は、無駄に鍛えました。鍛えても、弱いままだったのに。
そして私達タブンネは、元々何故か、倒されると相手の力が付きやすい種族なのです。
力が付きやすいタブンネという種族、そして、鍛えた私……。それを食べていただければ、とても強くなれると思うのです」
「…………お前に、やり残した事はないのか」
「無いです」
即答だった。虚ろな目のまま。
「仲間が沢山殺されました。でも、私達は、幾ら強くなっても虐げられる側から逃れる事は出来なかったのです。しかし、貴方には、力がある。
私は、それに、賭けたいのです」
「………………」
俺は、どうしたい。
…………当然だ。人間を全て、殺すまで、俺は、死にたくない。死んでやるものか。
そうだ。俺は。
「出来るだけ、苦しまないように、殺させてもらう……」
タブンネは立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
その顔は、ずっと虚ろだった。
**********
肉を食う音。
血を飲む音。
暗闇の中、一匹のポケモンが、びしょ濡れのポケモンが、一心不乱に顔をその腹の中に顔を突っ込み、その肉体を我が物にしていた。
腹が膨れ、苦しくなろうとも、食べる毎にトラウマを思い出そうとも、出来るだけ、無駄にしまいと食べ続けた。
そして、その音が鳴りやみ、暫くして、そのポケモンは立ち上がった。
腕から出た青い炎が、次第に体を包み込んで行く。ゆっくり、ゆっくりと。
パンチや キックの かくとうわざを みにつける。すうねんごとに ふるくなった はねが もえて あたらしく しなやかな はねに はえかわるのだ。
急激に強くなり続けた体は、一年も経たない内に、より燃えにくい羽を必要としていた。
青い炎でも、全く燃えない程の羽を。
耐え切れなくなった、古い羽がほろほろと崩れていく。草木に燃え移り、姿形が次第にはっきりとしていく。
そのバシャーモの腕は、脚は、肉体は、何故か他のバシャーモより一回り大きかった。筋肉はとても密に詰まっており、そして、そこから繰り出される格闘技は、何者をも一撃で破壊してしまう程だった。
そしてその顔には、とても深い、確固たる殺意があった。それは、自分へも向いている程の殺意だった。
バシャーモは、今さっき殺したタブンネの体から、血を掬い取った。
それを顔に塗りたくり、そして、前を向いた。
拳を強く握り締め、一歩一歩、殺意を踏みしめながら、歩いて行った。
肥えたポカブを連れていく。
何も知らない、愛嬌のある顔で俺に付いて来る。紐を付けずとも、俺を信頼している。
こいつはまだ、何も知らない。そして力もそう強くない。
知恵も無い。そして、美味い。
ひく、ひくと鼻を動かして回りの臭いを嗅ぎ始めた。
それと同時にそのポカブの足取りが重くなる。
「どうした?」
俺は振り返って聞いた。
ポカブは俺を初めて、疑うような目で見て来た。
しかし、後ろから、エレザードが近付いているのに気が付かない。
その体に溜められた電気がバチッと音を立ててポカブに当たり、痺れて倒れる。
「よし、もう良いぞ」
陰に隠れていたダイケンキがゆっくりと体を現す。老い、衰え、痩せたその体からするりと刃を抜いて、息を吐く。その一連の動作は、間違い無く、老い、衰え、どちらも感じられる。ゆっくりとした動作だ。
けれども不思議と、速くもある。ゆっくりしていても、無駄が全く無い。
後ろ脚で立ち、脚刀を前脚でしっかりと掴み、振りかざす。そして、ポカブが痺れに意識を囚われている間に、息を短く吐き、体重を乗せて、静かに振り下ろす。
鋭い切り先は、いつものようにポカブの首をすっぱりと切り落とし、地面にさっくりと裂け目を入れた。
ごろごろと頭が転がって行く。
そして血がどばどばと出て来て、俺はその後ろ足を紐で縛り、近くの滑車で釣り下げた。
血をバケツで受け止めていると、近くに住むヤミカラス達がやってきた。
慣れたのは意外と早かった。心が痛まなくなるのはそれから数年が経った後にふと振り返ったらそうなっていた。
家業だから、という問題ではない。
俺の父親は、長男ではなかった。三男だった。長男と次男は、こんな血生臭い仕事とは全く無関係の仕事に就いている。
進化すれば普通に、いや、優秀なパートナーともなれるこの獣を、美味いからという理由で殺すこの仕事は、誰にでも出来るものじゃない。
割り切れる、いや、割り切れてしまう、持って良いのか悪いのかそれすらも分からないある一種の才能が必要だった。
俺も、俺のパートナーであるエレザードも、そして俺の父親のパートナーである老いたダイケンキも、その才能を持っていた。
俺は、次男だった。そして、友達は居ない。居なくなった。
俺達のその才能は、疎まれて当然のものだった。
そして、その代わりにやや高めの金を貰って、俺達は家族で緩やかに生きている。
血が粗方抜き終わった所で場所を移し、そこで解体に移る。肥えたポカブの肉は、身体の小ささからすると以外な程多い。
それらを部位毎に切り分け、塩漬けにしたり、挽肉にしたり、そのまま売りに出したりする。
残りのくず肉を血と多めの香辛料、それから繋ぎとなる乾燥させてすり潰した木の実やらと混ぜ、腸に詰める。そして、腸が千切れないように優しく低温で茹でる。
……都に近い方では、もっと効率化が試みられているらしい。
そのせいか、都の方に遊びに行った人達は、皆口を揃えて肉が安いと言う。ただ、そこには後ろめいた感情が隠せない。
効率が良い。安い。そこから導き出される答は、ここよりももっと、このポカブ達をパートナーともなる獣と認めないという事だ。
感情を廃し、ただ、美味さの為だけに、ただ、安さの為だけに、冷酷になっていく。
俺達がそれを否定する権利はもう無いが、それでもそこまでは行きたくないと思う。
この片田舎に住む皆も、それを思っている。
けれども、それはその内終わるのだろうとも、俺は予感している。
人は、効率を追い求める生物だ。
楽に生きたいし、楽しく生きたい。ストレスなく生きたいし、嫌な事なんて無い方が良い。それはどこにでも波及していくだろう。
片田舎のここにまでそれが来たとき、俺達の仕事は終わりを迎える。
強い予感だ。
今日作った血のソーセージが今日の夜飯になった。
母がそれを小さく切り分けて、ダイケンキの前に置く。ダイケンキの歯はもう、大半が抜け落ちていた。脚刀も自身で研いで、そして未だに首を落とす役割を買って出ているが、いつ死んでもおかしくは無いように思えた。
野菜と共に浸されたスープを、ゆっくり飲んで行く。その体は、もう無駄なものが無かった。寒さを凌げるような脂肪もほぼなく、剥き出しの筋肉が辛うじて肉体を守っている。
そしてそれは祖父も同じだった。
父は、パートナーであるそのダイケンキと、祖父をほぼ同時に亡くすであろう事に対して、ゆっくりと飲み込んでいた。ツヤも無く、垂れさがった髭を撫でて、残り僅かな時間を大切に過ごしている。
そんな静かな夜、口数は少ないながらも家族での会話が途切れずぽつぽつと続く中、シャンデラが今日は良く光っている。その度に、時々思い出す事がある。
子供の頃の記憶。
「ねえ、ポカブの魂ばっかり食べてて、飽きないの?」
シャンデラは揺れるだけだった。それが何を意味したのか、俺は今でもはっきりとは分かっていない。
四代前がこの仕事を始めて安定し始めた頃に勝手にこの家に住み着いたヒトモシは、時間を掛けてゆっくりと成長して、俺が生まれた頃にとうとうシャンデラになったらしい。
ただただ、何も知らずに幸せに生き、そして察した所で首を落とされるポカブの魂だけを食べて、生きている。
魂の味を、俺達は知らない。
けれども、何となく想像はつく。
都会の近くで屠殺されるポカブよりも、ここで屠殺されるポカブの方が、少なくとも好みなのだ。
魂をより多く求めたかったら都会の方に行けば、いつでもどこでも何かしらは死んでいるだろう。
けれども、中々恐ろしい言い伝えも持つこの霊獣が、都会に比べれば格段に死が少ないこの片田舎にふらっとやって来て静かに暮らし続けているのだから、その位は合っていると思う。
飯も食い終える頃、台所からカチャカチャと音が聞こえる中、父が聞いて来た。
「どうだった? こいつの今日の仕事は」
意識を痺れに囚われている内に、首を一振りで断つ。それだけの仕事だ。けれども、それが肉の良し悪しも決める。
恐怖に囚われてしまった肉の質は、落ちる。
幸せなまま、来る不幸を頭から追いやっていられるその僅かな時間に、そのポカブ自身も気付かないままに殺す。
肉の質を最も左右するのは、このダイケンキなのだ。
「相変わらず、見事だよ」
それを聞いて、ダイケンキは特に何も反応しない。それが当然だというように、耳を軽く立てたまま眠りに就こうとしていた。
「そうか」
「ソーセージの味はどうだった?」
「悪くない」
「悪くなかった」
「そうだ」
中々良い評価、悪くない評価だった。
エレザードの顎を撫でながら、聞いてみた。
「お前はどうだった?」
舌で口の周りを舐めた。
「美味かったか」
……さて、今日も寝るか、と思ったところで、ふと、外に目が行った。
牧場の遠くの方に炎が見えた。
ゆらゆらと、僅かに揺れるその炎は、ポカブの炎では無い。そもそもポカブ達は夜、頑丈な小屋に入れている。
その炎は、別の何かの炎だった。
「……ちょっと、出て来る」
何も言わずともエレザードも付いて来る。
「俺も行くか?」
父が聞いて来た。
俺は、ちょっと悩んでから答えた。
「大丈夫だと思う」
僅かに揺れるその炎からは、明確な敵意を俺は、感じなかった。
けれどもそれは自衛しないという事でも無い。その直感を信じ切る訳でもない。
俺は手に馴染んだ短槍と、シャンデラの青い炎で火を付けた、そのまま青く光る松明を持って外に出た。
外は、暗闇に満ちている。
炎に向って、俺とエレザードは慎重に歩き始めた。
あるところに、恐怖を知らない馬鹿が居た。
そいつは、毎日毎日、ただ自分の欲望のままに生きていた。腹が減ったら獣を狩って肉を食み血を飲んだ。眠くなれば適当な場所で鼾を垂らしながら寝て、起きたらまた気ままに獣を狩り。
自堕落に、何も恐れずに生きられるその力を垂れ流しながら生きていた。まあ、それだけならちょいちょい居る、ただの迷惑な奴って位だった。
ただ、な、そいつはとにかく自堕落で、そしてタチの悪い事に力を持っていた。並の奴じゃ全く太刀打ち出来ない、強大な力だ。そいつの狩りは、力任せに全てをなぎ倒しながら何かが巻き添えになるのを待つという、とにかく乱暴なものだった。狩りとも言えない。
そんなだから、そいつの過ぎ去った痕は、木々がへし折れ、地面は抉れ、沢山の獣が傷を負った。鳥の育てていた卵は全てぐちゃぐちゃになり、守ろうと立ち向かった獣達は全て返り討ちにされた。そいつにとって、自分が好き勝手に生きる為に邪魔になるものは全て、敵だった。ストレスになるものは、存在してはならなかった。
自堕落で、欲望のままに、力のままにそいつは生きていた。
腹が減れば好きなように暴れて獣を必要以上に殺し、草木をぼろぼろにした。
雌を見つければ子が出来ようが出来なかろうが、自分のソレが入ろうが入らまいが、満足するまで抱き続けた。子が出来ようが知ったこっちゃなく、またどこかへ去って行く。
寝ていようがそいつを殺せる奴は居なかった。力があり、殺気とか、そういう嫌な気配にも敏感だった。
そいつはある時、草原に出た。そこには豚が沢山居た。小さな柵があったが、そいつにとっては全く意味が無い。
豚達は良く肥えていた。その肉は脂が乗ってさぞ美味いだろうとそいつは思った。
すぐに一匹が犠牲になって、体中を食い千切られて、死んだ。満腹になれば、そいつはそこで眠った。
そして、起きてまた一匹が犠牲になり、眠り、起きて。
それを数回繰り返して、また横になって暫く。そいつは嫌な気配を感じて起き上がった。
そして、そいつの体に岩が食い込んだ。
人間達が一斉に合図をした。
そいつはおぞましい咆哮を上げて、黒い六つの翼を広げて空へと飛んだ。
そこに切れ味の鋭い草が沢山飛んで来る。それら全てを両腕の口から吐き出される炎で燃やしながら、力を溜めていった。
四方八方から飛んで来る葉の刃を防ぎきれずに少し喰らったが気にせず、そしてまたそいつは天を仰いで咆哮を上げた。
すると、空から光が降って来た。
光は、隕石となり、辺り一帯へと降り注いだ。
確かな重さとそして、見てから避けられようの無い速度で、無数の隕石が落ちて来た。
悲鳴が上がる。そいつは、その竜は、それを見てまだ足りない、と思った。が、そいつの命運は、そこで尽きていた。
体に痺れを、悪寒を、眠気を感じた。思考が纏まらなくなっていた。
その大技を繰り出した反動もあったが、それ以上に翼は思うように動かなかった。
何も考えずに力のままに自堕落に生きて来たそいつには、何故そうなっているのか分からなかった。そいつが寝ている間に、その人間と共生しているその草の獣達が丹念に準備したその草の刃には、ありとあらゆる体に悪い作用を起こす粉を塗りつけられていたのに気付かなかった。
隕石が降り注ごうが、まだ残っている殺気を感じながら、それでもふらふらと落ちていくしか出来なかった。
まだ動ける人間と獣達が、その落ちていく場所に集まって行く。技を辛うじて出すが、もうそれに力は無かった。
そして、蔦で首を絞められ、地面に落とされた。
命乞いをするように、そいつは泣いた。けれど、人間は、獣達は容赦なかった。腕でもある口が抑えられ、暴れる翼と尾も、小さな足もしっかりと抑えられて、目の前では水の獣が前脚からするりと自らの身体から作られた刃を抜いた。
そいつは、力の限りに叫んだ。
訳が分からないというように。ずっと、ずっと、自分の為だけに生きて来たそいつには、何故自分が殺されなければいけないのかすらも分からなかった。
叫び、叫び、しかし、何事も起こらないまま、水の獣はその首を断ち切った。
首を離されたその体は、暫くびくびくと動き、そして動かなくなった。
それが、俺の……。
〜目と目を合わせて〜
湖畔に佇んで居たら、目が合うはずのない奴と、目が合ってしまった。
「そこのキミたち! バトルしようよ!」
その胴長のポケモン、オオタチを連れた同年代のトレーナーはオレと相棒に向けて、声をかけてくる。
一瞬戸惑い、周りを見渡すとオオタチ使いに呆れられた。それから彼は、オレの相棒の種族名を言い、こちらを指差す。
「キミたちに言っているんだよ? ゾロアーク使いさん?」
「お前……よくオレたちに気が付いたな。幻影で隠れていたはずだが」
「へへっ、僕のオオタチはそういうの見破るの得意なんだ! にしてもゾロアークの幻影の力で隠れているなんて、トレーナーを避けているのかい?」
かぎわけるとか、みやぶるの類で見つけられたのだろうか……と思考を巡らしていたら、からかい交じりの質問をされた。事実その通りだったので、首肯する。あっさりとした返答に彼は得意げになるわけでもなく、驚くこともせず受け流す。それから笑みを湛え、トレーナーの決まり文句を言った。
「でも目と目が合ったからには?」
「ポケモンバトル、だな。受けてたとう。ルールは?」
「シングルバトルの一対一で!」
「いいだろう。っと、名乗るのを忘れていたな……オレはコタロウ。こっちは相棒のゾロアークだ」
「僕はレット、こっちはパートナーのオオタチだよ! よろしく!」
*************************
湖の傍でオレとレットは向かいあい、お互いバトルさせるポケモンを選ぶ。
「任せたよ、オオタチ!」
レットは連れ歩いていたオオタチをそのまま出してきた。すると、オレの相棒が服の裾をつまむ。『ここは自分に行かせてほしい』というサインだった。
ゾロアークが素の状態で先陣を行くことに不思議そうにするレット。おそらく、ゾロアークの持つ手持ちのポケモンに化ける幻影の能力、イリュージョンを使わないことに疑問を持ったのだろう。そんなレットにオレはゾロアークの代弁をしてやった。
「多分、ゾロアークはオオタチに対抗心を抱いているのだろう。本来の役割とは違うが、こいつがオオタチに挑みたいって気持ちを今回は優先させていただこうと思う」
「なるほどなるほど、オオタチもどんと来いってさ!」
「では、レットにオオタチ、バトルよろしくお願いします」
「コタロウにゾロアーク、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
互いに礼をし、バトルの火ぶたは切って落とされる。
「いくよオオタチ、こうそくいどうで翻弄させるんだ!」
レットの指示を受けたオオタチはその場でバック転をし、着地と同時にするりと滑らかな動きで駆け出す。短い手足にも関わらずどんどん加速してゾロアークを惑わしていくオオタチ。だが惑わすことにかけてはゾロアークの方が上手だ。それをこの技で見せてやる。
「翻弄とはこういうものだ! ゾロアーク、だましうち!」
ゆらり、とゾロアークの身体が揺れる。すると、ゾロアークの幻影による分身がオオタチの四方に出現した。包囲され、立ち止まってしまうオオタチにレットは取り乱すことなく指示を出す。
「辺りを確認して、キミなら見破れる!」
その言葉を受け、オオタチはすかさず頭を回して四体のゾロアークすべてを目視する。
全ての分身を見終えたオオタチは――――その場で首を横に振った。
「OK! 上から来るよ! 防いでオオタチ!」
だましうちが必中技ということも含めてのレットの防御指示に、オオタチは見事に応えてみせた。オオタチに攻撃をジャストガードされ、ゾロアークは焦燥感を覚える。
「ゾロアーク、落ち着いていくぞ……初見でこの技を対処するとは、やるな」
「へへっ、ギリギリだけどね! それじゃあ次はこっちの番! オオタチ、連続できりさく!」
「かわせゾロアーク!」
砂利を蹴り、小刻みに跳ねながら踊るように、じゃれつくようにその小さな爪でゾロアークに切りかかるオオタチ。紙一重のところでかわし続けるゾロアークだが、たぶん長くは持たない。
どうも、オオタチのペースに引きずり込まれている。なんとかして持ち直せないだろうか?
余裕のなくなり、斬撃を受け始めたゾロアークに、一旦オオタチの間合いから離れせるためだましうちを指示する。
「だましうちで距離を取れ!」
後転をし、再び幻影の分身を展開させるゾロアーク。オオタチは分身体を一つ一つ見て、ゾロアークの本体を見つけてくる。ゾロアークの突き出した爪をオオタチも両手の爪で受け止め、鍔迫り合いになった。
「今度は分身に紛れて来たね! でもオオタチに幻影は通じにくいって言っているよ!」
「通じにくいだけ、だろう?」
彼は、レットはオオタチがゾロアークの幻影を「絶対」見破れるとは一言も言っていない。恐らく、100%確実に見抜けるわけではないのだ。それでもここまでゾロアークの本体を見つけてくるのは、オオタチの熟練した経験による賜物なのだろう。
そのオオタチがゾロアークの幻影と本体を見分ける手段とは、それは恐らく――――観察眼。
「視界を制せ! ゾロアーク、ナイトバースト……!」
ゾロアークの影が広がっていく、それは地面だけにとどまらず辺り一帯を、空をも侵食していき、まるで夜の帳に包まれたかのように湖畔のフィールドを暗くした。
もちろんこの景色を映し出すのもゾロアークの幻影の力のなせる業である。
「凄い、本物の夜みたい」
「朝と昼に活動することが多いオオタチには、慣れないだろう?」
「決して夜が苦手なわけではないけれどね。オオタチ、こうそくいどうで走って!」
「逃がすものか、行くぞゾロアーク!」
二回目のこうそくいどうで素早さをさらに上げ、走って回避を試みるオオタチ。
ゾロアークを中心に、暗夜の力を纏った衝撃波が地を這うように飛んで行き、オオタチを襲う。吹き飛ばされ、砂利の上に落ちたオオタチの目もとに暗闇の霞がまとわりついた。ナイトバーストの追加効果の命中率ダウンの効果だ。
「オオタチ! くっ、命中率が下がっちゃっ――――」
「――――ては、いないはずだよな」
「……バレてるか」
レットの動揺したフリを、オレは指摘し暴く。レットは苦笑いしながらフェイントだったことを認める。
霞の奥でオオタチは……黒々とした小さな目を鋭くし、爛々と輝かせていた。
「オオタチの特性はするどいめ、だろ? 今までの幻影への対処はそのオオタチの目による観察のなせる業、なんだろう?」
「そうだよ。僕のオオタチは目が良くてね、オオタチは景色の揺らぎからキミのゾロアークを見つけていた……こうも背景ごと変えられちゃうと、ちいとばかしキツイけどね」
キツイ、と言う割にはまだ余裕の残る笑みを見せるレットとオオタチ。実際、ゾロアークがオオタチに繰り出した攻撃で、まともに通ったのはさっきのナイトバーストのみ。そのナイトバーストもいつ対策を練られてもおかしくはない。まだ奥の手を隠しているとはいえ、素早さの上がったオオタチにどこまで攻撃を当てられるのか……なかなか厳しいバトルである。
「ゾロアーク、ここはナイトバーストで畳みかけるぞ!」
「今だオオタチ! さきどり!」
「何っ?!」
オオタチが身構え、エネルギーを溜め始める。それは紛れもなくゾロアークの持ち技のナイトバーストの構えだった。
さきどりとは、相手より素早さが高い時に発動できる技。相手の出そうとした攻撃技を1.5倍にして、相手より早く叩きこむ技。こうそくいどうはかく乱ではなく、さきどりに繋げるための布石だったのかっ。
薄闇の中で互いのナイトバーストの衝撃波が炸裂する。ゾロアークの方が威力負けしており、押し切られてしまう。
「ゾロアーク!!」
今のダメージで暗闇の幻が少し剥がれかけた、なんとか幻影を留めるゾロアーク。次、ナイトバーストを放ったら、しばらく幻影を使いながらの戦いは出来ないかもしれない。
「まだナイトバーストで仕掛けてくるのなら、もう一度オオタチがさきどりしちゃうよ!」
分かっている。だからこそ、次のナイトバーストは絶対に当ててやる……!
「ゾロアークっ――」
「オオタチもう一回さきどり!」
「――いちゃもんで連続攻撃を封じろ!」
「え、攻撃技じゃないの!?」
ゾロアークが悪態を吠え、オオタチの動きが止まる。
さきどりは相手の攻撃技を奪い取る技。ゾロアークが攻撃技ではなく変化技を使ったことにより、オオタチのさきどりが不発に終わる。そして、いちゃもんをつけられたことによって、オオタチは連続して同じ技を出すことができなくなった。
つまり、先程のさきどりによるナイトバースト封じを破ったということである。
「さきどり封じたり! チャンスだゾロアーク、ナイトバースト!!」
ゾロアークのナイトバーストがオオタチに食い込み、突き飛ばす。波間に飛沫を上げて落下するオオタチ。それを見たレットはオオタチへ叫ぶ。
「オオタチ!!」
「やり過ぎたか、ゾロアー……なんだあれ!?」
湖の流れが、変わる。
ゾロアークにオオタチの救出指示を出そうとしたオレは驚愕する。ゾロアークもその光景に呆気にとられていた。
何故ならオオタチの落水した場所に渦が巻き起こり、黒い水流の中心点に何かが居たからだ。
幻影のタイムリミットを超え、太陽が姿を現す。光に照らされ、真っ青になった水の壁の真ん中。回転している水流にオオタチは――――乗っていた。
「がんばれオオタチ、なみのりだ!!」
「! こらえろ、ゾロアーク!」
波と呼ぶには激しい、輝く激流に乗って、オオタチはゾロアークに突っ込んだ。
水に揉まれ、ゾロアークは近場の岩に叩きつけられる。
波が引き、辺りの砂利石を濡らす。さんさんと輝く太陽に石粒の面が反射して輝いた。その濡れた砂利の上でオオタチはぶるぶると体を震わせ、湿った身体を乾かしていた。
「ゾロアーク……」
小さい声で呼びかける。そのオレの言葉にゾロアークは、弱弱しくも気合の入った鳴き声で応えてくれる。
岩を背に、ゾロアークはなんとか立ち上がってくれる。
ゾロアークはまだ、諦めちゃいない。
「そうだなゾロアーク、まだ終わっちゃいないよな」
「そうだよコタロウ、まだ終わっちゃないさ」
レットもオオタチも、まだ終わりを望んでいない。二人ともまだまだ戦いたいと、笑っていた。
けれど、決着の時は刻々と近づいているのは、オレもゾロアーク、そしてレットもオオタチも感じていた。
だからこそ、オレは宣言する。
勝利をつかみ取るための、宣言を。
「次で終わらせてやる!」
「それはこっちの台詞だよ!」
「いくぞレット! 解き放て、ゾロアーク!! ――――うおおおおおお!!!」
「させないよ! さきどりで決めるんだオオタチ!!」
オオタチが駆け出す。ゾロアークが構える。
技を出すスピードは、オオタチの方が上だった。
だが、技の威力は――――ゾロアークが勝っていた。
オレの咆哮と共に、ゾロアークはオオタチにクロスカウンターを叩きこむ。
「おしおき!!!」
決着は一瞬だった。
激しくぶつかり合う衝撃音の余波が止んだ頃、オオタチは砂利の上を転がり、そして目を回していた。
オレとゾロアークの、勝利だった。
相手のステータスのランク変化に応じて威力の上がる技、おしおき。オオタチはこの戦いでこうそくいどうを二回行っていた。つまりは素早さが4ランク上がっていたことになる。その素早さ分の威力がゾロアークのおしおきに加わっていたのだ。
オオタチが1.5倍の威力でおしおきを放ったとしても、それよりゾロアークのおしおきの威力が勝っていた。それだけの話である。
それに、同じ技のぶつかり合いで威力が高い方が勝つ可能性が高いのは、オオタチがさきどりのナイトバーストで証明していたことだった。
オオタチのもとに歩み寄り、抱きかかえてげんきのかけらを与えるレット。それから彼は悔しそうしながら、それでも笑っていた。
「やられたよ。ゾロアークが最後のひとつ、なにか技を隠し持っていそうだなとは思っていたけど、おしおきとはね……」
「なんとかさきどりを誘導できたからこそ、勝てた……こうそくいどうを使われていない場合や、なみのりとかを選ばれていたら押し流されていた……ギリギリの戦いだった」
「お見事。それにしても、あんな大声も出せるんだね、コタロウって。もっとクールな人かと思ってたよ」
そのレットの言葉に対して、オレは思わず笑ってしまった。
不思議がるレットとオオタチに対し、オレはゾロアークの肩に手を乗せ、言ってやった。
「バトルになったら、誰でも熱くなるものだろ?」
そう言ったら、何故かレットは爆笑した。オオタチも転げまわりながら笑いをこらえている。ゾロアークは動揺していた。オレも困惑していた。というかなんだか恥ずかしくなってきたぞおい。
「そこまで笑うことはないだろうふたりとも!!」
「くく、ごめん、そういうことさらっというタイプに見えなくて……」
「他人を見た目で判断するな」
「ごめんて、にしてもやっと目を合わせてくれたね」
「目? バトルする際合わせたじゃないか」
「違うよ。どうにも人の目を避けていたじゃん。でも今はこうして見てくれている。それがー、そのなんか、ちょっと嬉しいっていうか」
言われてみて、確かにレットたちの目を見ながら話せていることに気づいた。
彼に差し伸べられた手を取る。その行為にもなんの抵抗もない。
自分の中で、何かが変わっている、そんな気がした。
それもこれも、ポケモンバトルってやつのせいなのかもしれない。そう今は思うことにした。
* あとがき及び感想
私のスタイルはアニポケよりなのでたまに自分ルールを入れてしまうのを何とかしたいなと思いました。
とにかく技が豊富でどれを選んだらいいか迷いました。でもなみのりだけは入れたかったのでそこからフィールドを湖畔にしようと思いました。
あと書いてて思ったのはこのオオタチ全然可愛くないぞ……!
とにかく新鮮な対戦カードで戦えて楽しかったです。拙いながらもありがとうございました。
* 技構成
オオタチ 特性するどいめ
技 なみのり こうそくいどう さきどり きりさく
ゾロアーク 特性イリュージョン
技 ナイトバースト いちゃもん おしおき だましうち
「対戦よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします」
対戦前に、お互いに挨拶を交わして相手と向き合う。
トレーナーのセントがボールから繰り出したポケモンは、オオタチ。
対して、相手のポケモンは―― ドーブルだった。
(ドーブルかぁ……)
何をやってくるか分からないポケモンの筆頭である、絵描きポケモンのドーブル。
ポケモンのワザならばなんでも『スケッチ』でコピーできるため、全てのワザを使えるとされるが、攻撃力が皆無なので主に補助技を駆使して戦うことが多い。
だが、稀にアタッカーとして戦ってくることもあり、昔セントが戦ったトレーナーのドーブルは『シードフレア』『裁きの礫』『断崖の劔(つるぎ)』『破滅の願い』『Vジェネレート』などの見たことのないワザを使ってきた。
相手トレーナー曰く「見たことのない物を描くのが絵描きというもの」であるらしく、伝承や文献を調べあげて伝説ポケモンの使う伝説のワザというものを想像で再現していたそうだ。実際に見たわけではない想像で作った劣化コピーの上に使用者がドーブルということもあり威力は全く無かったが、見た目のワザエフェクトだけはひたすら派手で完成度が高く(本物を知らないので比べようが無いが)、ワザを次々と繰り出すごとにこの世の終わりとも思える景色が広がり、ワケが分からないままに負けてしまった。
さすがに今回はそんなことは無いだろうとセントは思っていたが、相手の交代が無いルールである以上、サポート要員ではなく何らかの攻撃ワザを使って、戦闘不能にする手段があるに違いない。
何をやってくるか分からない。
だが、問題はなかった。
幸いなことにこのオオタチに持たせている道具は《こだわりスカーフ》。これをワザのトリックを使い相手に押し付ける。
どんなワザをどれだけ持っていようと、一つのワザしか使えなくなってしまえば。ワザの種類が命であるドーブルにとって致命的な痛手となる。
「ト……」
「ちょうはつ」
相手トレーナーの指示が先に入り。
ドーブルの口からとてもノーマルタイプとは思えない、悪どく下種びた罵声が発せされ、[ちょうはつ]を受けたオオタチは逆上し「キシャアアアア」と反射的に威嚇を返した。
「しまった」
と後悔しても、もう遅い。スカーフの効果で先手は取れそうだったにも関わらず、現れたドーブルを目にしてつまらない考え事をしてしまった結果、まんまと先手を奪われて絶好のチャンスを棒に振った上に、一気にピンチに追い詰められた。
オオタチの基本戦術は多彩な補助技を起点として自身の火力の無さを補って攻撃をしていくものだが、まずは持たせた《こだわりスカーフ》を外さないと動くことはできない。
どんなワザをどれだけ持っていようと、一つのワザしか使えなくなってしまえば。ワザの種類が命であるオオタチにとって致命的な痛手となる。
幸いなことに、道具の効果でワザは縛られておらず、《ちょうはつ状態》でトリックが使えなくなっても攻撃ワザの投げつけるがある。あとは《ちょうはつ状態》が解けるまで時間稼ぎをすればいい。
だから、次に出すワザは投げつける一択。
いや、しかし……
「まふまふ、すまない。今は避け続けろ」
それが正解なのか? とセントは迷っていた。
ここからの選択が勝敗のすべてを握っている、その決断こそが司令官たるトレーナーの辛いところだ。
「チェ……」
オオタチのまふまふには、自分の背中越しに主人が迷っていることが分かっていた。
ドーブルが放った[悪の波動]を、オオタチはワザを使わずに避ける。《こだわりスカーフ》の効果で平常時の素早さが上がっているため、比較的に楽に避けることができた。
(まふまふの基本戦術は、電光石火や不意打ちを使って相手の出鼻をくじいてワザを妨害させながら隙を作り、とぐろを巻くを何度も使って攻撃力を上げて、最後はとっておきで一気に押し通す。
もしくは高速移動で素早さをあげた上で、距離を取りながらシャドーボールや10万ボルトなどの特殊ワザちょっとずつ削り、痺れを切らした相手のワザを先取りで盗みとって使っていく。
ノーマルタイプの持ち味である柔軟な対応が強み。相手はドーブル、どう動いてくるのか分からない。だが素直に殴ってくるのではなく、多彩なワザであらゆる妨害をしてくると考えるべき。挑発にフェイント、デリケートなワザの積み上げはリスキー、ならば……)
オオタチがその場を凌ぐ中、セントは頭をフル回転して考えをまとめ上げ。
「決めた」
顔を上げて、叫ぶ。
「プランDだっ! まふまふ!」
「タチェ!!」
その指示が入った時、相手のドーブルはブツブツと謎の単語を詠唱して悪巧みをしている最中だったが。
ワザの妨害には間に合わず、相手の[わるだくみ]が完了したところに、オオタチの[でんこうせっか]が命中した。
攻撃がヒットした直後に、ドーブルの姿が一瞬ゆがみ、大きくブレだした。
「?! ゾロアーク、だったのか」
特性の《イリュージョン》が解除されて、赤と黒の鬣が特徴的な大型の黒キツネポケモンが姿を現す。だが、ドーブルではなくゾロアークだろうとしても、セント達がやることは変わらない。
あらゆる妨害をして、こちらのやりたいことを潰して来るならば、逆をすればいい。
無理にたくさんのワザを使って戦うことはない、ワザなんてたった一つだけ使えればいい。
こだわりスカーフの効果は、ワザを一つしか使えなくなる代わりに素早さが一段底上げされる。デメリットの多い効果だが、ワザ以外の通常攻撃はいくらでも使えるのでそれを活用したり、汎用性の高いワザを使えばそのデメリットは気にならなくなる。
暗闇色の波紋が地面を通して放射線状に広がり、[ナイトバースト]は襲い掛かる。オオタチはその場で跳躍して地面から離れる。飛び上がり自由が利かない相手を狙って、ゾロアークは[悪の波動]を放ち、撃ち落とそうとする。
オオタチはそこの空中を強く踏み切って、[空中ジャンプの電光石火]で二段跳躍をして回避をした。
「接近して攻撃! 特殊ワザを使う隙を与えるな」
「迎え討て!」
着地をして、オオタチはゾロアークに向かって突っ込んでいく。
あちらから来るならば望むところとゾロアークは何らかの物理ワザで迎え討とうと構えたが、オオタチは相手に辿り着く2m程手前で[遠当ての電光石火]を叩き込み、反撃を受けないようにすぐに引き下がった。
使用者が多く研究が進んだ基本ワザの『でんこうせっか』には多数の亜種派生が確認されており、それらは同じワザとして使うことができる。うまく使い分けることができればワザの制限のデメリットもさほど気にならない。
戦局は拮抗していた。ゾロアークの攻撃に対してオオタチは電光石火で躱しながら牽制を加えていく、お互いに出方を伺いながらの攻防を繰り返していた。
ゾロアークのトレーナーは、迷うことなく攻撃ワザの指示を送っていく。
ドーブルに化けていたのは『対面した時相手が一番悩むであろう姿』である以上に意味は無く、いつバレても構わないし、はなからアテにしてなかった。とは言え、イリュージョン中はバレないように多少行動を控えなければならなかった。だが、イリュージョンが解けた今は遠慮はせずに、どんどん攻撃していける。
ゾロアークのトレーナーはオオタチが首に巻いている水色のスカーフは、ただのオシャレなファッションではなく《こだわりスカーフ》であることは、察しがついていた。だが、叩き落すなどで没収するよりは、今後の相手の行動が読みやすい今の状態の方が、こちらとして都合が良い。
オオタチの特殊耐久力を考えれば、悪巧みで特攻がぐーんと上がった今のゾロアークの特殊ワザが一発でも入れば勝てる状態だった。単純に持久戦になった時に体重差でスタミナがあるゾロアークの方が圧倒的に有利。このまま押して行けば勝てる流れだ。
「騙し、からの、ロー!」
ゾロアークのトレーナーが合図をすると。
不意に、ゾロアークの姿が視覚で捕捉することが出来なくなり、目の前から消えた。
その刹那、必中技である[騙し討ち]が命中し、オオタチの真横に現われる。
そこから連結させて、[ローキック]を繰り出すのだが、オオタチは間一髪回避して、ローキックは大きく空振った。
仮に勝敗の分岐点を挙げるなら、ここでゾロアークが攻め急いだのが悪かったのだろう。オオタチに疲れが出て回避できなくなるタイミングまでもう少し待つべきだった。
ここに隙が生まれた。
「今だ、コイルドライバーっ!」
セントの合図に応えて、オオタチはゾロアークの足元に滑り込む。
そこから尻尾で相手の足を掬い上げて体勢を崩し、相手の重心を自分の体の上に乗せる。
そして、全身を大きく捻じりながら撥ね上げて、ゾロアークの身体を真上に向けて大きく蹴り上げた!
直後に、自分自身も真上に跳躍して追いかける。双方が上下逆になるように空中で相手の身体を捕らえると、すぐに長い体で巻き付いて締め上げ、相手の自由を奪い取ると、ゾロアークの頭が下になるように地面に向かって落下する。
「くっ 火炎放射っ!」
顔が真下に向いているならば、下向きに炎を吐いて落下の威力を弱められるだろうと考えたのだろう。相手トレーナーの指示が飛ぶが、それは叶わない。
尻尾でゾロアークの首筋が締め上げられており、呼吸すらままならず、何かを口から出すことはできなかった。
ドシュ
ゾロアークは顔面から地に叩き付けられた。オオタチとゾロアーク、合計120kg以上の負荷が、ゾロアークの首にダイレクトで衝撃が入る。
「――――!!」
トレーナーのゾロアークを心配する声が聞こえる。
「まだだ。地面をしっかりと踏んで、捉えろ」
成功して一瞬ふにゃぁと満面の笑顔に成りかけたオオタチの顔が、その言葉で再びキリッとした顔に戻る。
そう、高威力のワザを使っていたわけではなく、こんな程度の攻撃では、ゾロアークのHPを削りきるには足りず、まだ倒れるには至らない。
ゾロアークが意識を朦朧としながらもよろよろと立ち上がろうとした。その瞬間を狙う。
最後のワザも、もちろん――。
「でんこうせっか!」
本来加速の為に使われる強い踏み切りを、加速ではなくすべて攻撃力に変換して叩き込む。地面を捉えて静止し、走らない電光石火――。
[ゼロ距離でんこうせっか]
を受けて、今度こそゾロアークは沈黙したのだった。
**************
あとがき
Q.ゾロアークはなぜ[いちゃもん]を使わないの?
A.使っても[でんこうせっか]→[わるあがき](空振り)→[でんこうせっか]の順にオオタチはワザを使えるので、戦闘のテンポは遅くなりますが、戦局を大きく変えるほどでない、とはいえ選択肢の一つとしてはアリでした。
・頭脳戦が好きなのですが、毎回力任せにぶん殴る脳筋バトルになってしまう。
・オオタチもゾロアークも戦法が幅広いのでどういう戦いにするべきか悩みましたがが、初手スカーフトリックにすることでだいぶ絞れました。
・当初は[とっておき]ルートで考えてましたが、挑発などの妨害を躱す手が浮かばなかったのでボツにしました。
・勝負らしいものが始まるまで半分くらいの文字数を取ってますね。
・作中の情報量を削るためにゾロアークのトレーナー名とゾロアークのニックネームは削りました。コタロウ君ごめんね。
・戦闘中にトレーナーは「そこ!」とか「下がれ!」とか「後ろ危ない」など、掛け声をしていることになってますが、テンポの都合で省略してます。
・電光石火の派生形は、空中ジャンプはスマブラ、遠当てはポケダンで見られます。ゼロ距離はオリジナルです。アニポケの電光石火は反復横跳びでしたね。
・最後のコイルドライバーはワザ扱いなのか通常攻撃扱いなのか決めてませんが、めちゃくちゃ痛いです。人間にやると死にます。
・まふまふは♂です。
↓ ボツ展開
「それはどうかな?」
「何っ」
「名前の異なるワザを3つ以上使うことで、このワザの発動条件は満たす。さらにとぐろ2回で威力は倍」
「ま、まさか……」
「いくぞ、まふまふ!」
「タチェ!」
「 [とっておき] だ!」
オオタチは[でんこうせっか]を使い、一瞬で距離を詰めて相手の懐に潜り込む、そこから次なるワザを連結させて発動させる。
オオタチは全身に黄金の輝きを身に纏い、相手の頭上に向けてキラキラと光る尻尾を振り下ろす。
間に合わないと判断し、ゾロアークは速やかに[まもる]を展開して、その攻撃を迎え受ける。
ゴシュッ
ファンシーなワザエフェクトからは想像ができない、鈍い音がする。この状態でのとっておきの威力は420、そこからワザの連結の減衰によって威力が下がっているので、今回はまもるでギリギリ防ぎきれたが、素の威力ならばまもるすら貫通できるだろう。
だが、そこで終わりではない。
まもるを使ったことで、生まれたその隙。
そこをオオタチは逃しはしないっ!
空中でくるっと一回転をして、煌びやかな金色の輝きをそのままに、二発目の[とっておき]をゾロアークの鳩尾(みぞおち)を目掛けて、まっすぐ叩き込んだ!
「お前は辻斬り小太郎の噂を知っているか?」
とある小さな町のポケモンセンターにやってきたトレーナーに、白衣を着た男が声をかける。この町に入り、パートナーのオオタチを回復させるために預けたトレーナーの少年セントはつまらなさそうに返事をした。
「何それ、そいつを振ん縛って捕まえてくれば謝礼でもくれるの?」
「……人の質問に質問で返すなと学校で教わらなかったみたいだな」
「俺トレーナーだから学校とか行ったことないしー」
イライラしたような白衣の男の声にセントはあっけらかんと答える。舌打ち一つした後、男は続けた。
「捕まえて警察に持っていけば金にはなる。だが俺が言いたいのはそいつはトレーナーを斬る奴だから気を付けろってことだ」
「へえ、見ず知らずで教養のない俺のこと心配してくれるんだ?」
「そんなわけねえだろ。ここ二ヶ月で旅の途中でこの町に訪れたトレーナーが五人死んでる。あまり流れ者に死なれるとこの町自体に変な噂が流れるし遺体を片づけるのも面倒だ」
「ふーん。まあ普通の人にとっては怖いよね」
「ああ、今もこの町にトレーナーを殺した奴がいるかもしれないと怯える奴らも多い」
「うわーいかにもホラーとかでありがちー」
セントはへらへらとパートナーの回復を待ちながら答える。旅のトレーナーが何らかの理由で死んでしまっても自己責任だしそれを利用して襲うやつもいる。だからトレーナーにとっては珍しくもない。
「でもさ、辻斬りナントカってことは全員刀とかで切られてたの?」
「いや、刀じゃねえ。死んだ奴らの体には鋭く一閃、獣の爪による切り傷があった。それなのにポケモンの毛みたいな痕跡がねえ」
「おっさんやけに詳しいね?」
セントはそう呟いた。白衣の男はまたため息を吐く。
「……俺はこの町唯一の医者なんだ。死体を運んで埋葬するなら男手もいるし、ずっと駆り出されてる。うんざりだ」
「へー、ご苦労さま」
「だからお前が犠牲者にならんようこうしてわざわざ声をかけてやってるんだ。感謝の一つくらいしたらどうだ」
「はいはい、ここで俺がお墓作ってもらうことになったら感謝しまーす」
「ちっ……縁起でもねえこと言いやがる」
ポケモンセンターのジョーイさんに番号を呼ばれて回復したオオタチの入ったボールを受け取る。セントは話をした医者に何の興味もなさそうに立ち去ろうとした。その背中に、男が声をかける。
「いいか、辻斬りはポケモンを操る奴の仕業だ。そういうポケモンを持ってるやつに会ったら十分注意しろよ」
「おーしダチ。すっかり元気になったなー」
「聞いてねえ……」
ため息を吐く医者に一応セントは振り返ることなく右手をひらひらと振り、ダチとニックネームをつけたオオタチを連れてポケモンセンターを出る。ただ旅の途中で寄っただけの町だったし、こういう話を聞いて長居するつもりもなかった。適当に昼食を取ってしばらく足を休めた後、次の街へ行くために草むらへと入る。
「おーい!そこの少年、バトルしようぜ!」
「!」
あまり人通りのない道だったため周りに注意しつつも気軽に歩いていたのだが向こうから歩いてきた男に勝負を仕掛けられる。トレーナーとトレーナーが目を合わせたらそれはバトルの合図。断ることは許されない。
「……ああいいよ。ちゃちゃっと俺が勝つけどね! 行くよダチ!」
「オオンッ!」
「余裕だな、楽しませてもらおうか、出てこいランクルス!!」
オオタチが長い体をぐるりと丸めた隙のない体勢を取り、ランクルスがすとんっと軽い音と立てて着地する。プルプルとした液体の中に入った胎児のようなポケモン、ランクルスは念力や拳を操り戦うなかなか強力なポケモンだ。でも相手を切り裂くような技は覚えない。
「オオタチか……割とよく見かけるポケモンだな。いかにも少年らしい」
「馬鹿にしないでほしいな。俺のダチはそんじょそこらのオオタチとは違うからね!」
オオタチはどの地方にもいるノーマルタイプの進化系の一匹でありその中でも能力は低いと言われている。セントはそれを知ったうえでただ一匹の相棒として連れ歩いているのだ。そこには、彼なりの揺るがない自信がある。
「それじゃあ見せてもらおうか、行けランクルス、『ピヨピヨパンチ』!」
「ダチ、『突進』!」
「オオッ!」
相手のポケモンが特殊な液体でつくられた腕を振り上げて向かってくるのをオオタチは突進で迎え撃つ。ランクルスはスピードが遅いポケモン。腕を振り下ろす前にオオタチが本体へと一撃を入れる方が本来早いはずだ、しかし。
「躱せランクルス!」
「!!」
「そのままやれ、『サイコキネシス』!!」
ランクルスの体がオオタチをすり抜けるように突進を交わしてさらに前に出る。そのまま肉食獣のような速さでオオタチから距離を取り、セントの目の前へ向かう。そして振り返りオオタチの方を向き直して攻撃を仕掛けようとするのを。セントは不敵に嗤って言った。
「やらせねえよ、辻斬り野郎」
まっすぐ突っ込んだはずのオオタチが、細長い体でとぐろを巻きながらセントの盾になった。ランクルスは指示に反して念力など使っていない。使われたのは鋭い爪で相手を切り裂く――『辻斬り』だ。防御姿勢を取った細長い体が浅く切り裂かれたものの大したダメージにはなっていない。相手の男とポケモンが驚く。その隙を見逃さず、セントは指示を出す。
「ダチ、『捨て身タックル』!」
「オオンッ!!」
「ゾアァ!?」
丸めた体を伸ばしながらの強烈な一撃に獣の様なうめき声をあげ相手のポケモンは大きく吹き飛ばされる。それはもうランクルスではなかった。ダメージを受けると同時に緑色の液体に包まれた体が真っ黒な獣へと変化し、化け狐ポケモンであるゾロアークになる。
「失敗したなおっさん。ゾロアークの特性『イリュージョン』で姿は相手を切り裂く攻撃とは無縁のランクルスにして警戒を解いたつもりだろうが、いくら姿をそっくりに変えても地面に降りた時の音は消せねえ。そしてランクルスは宙に浮いたポケモンだ。最初っからあんたのポケモンがゾロアークってばればれなんだよ。まあ、他にもわかった理由なんていくらでもあるけど」
だからセントは最初の攻撃で『突進』を命じた。そもそもオオタチは技としての『突進』を覚えない。セントが『突進』を命じたらそれは『影分身』で偽物を作ってそれで突っ込ませろという合図だとセントとダチは決めている。そうすることで迂闊にポケモンとの距離を離したと見せかけ、相手の化けの皮が剥がれるのを待ったのだ。
「ちっ……小賢しいガキが……」
「はいはい小悪党のテンプレ台詞お疲れ様。それで? 俺に直接辻斬りしようとしてくれたのはどう落とし前つけてくれんの?」
セントは自分に向けて明確な殺意を向けた辻斬り男ににやにやして言った。ポケモントレーナーの旅には危険がつきもの。これくらいの事でビビっていてはやってられないとセントは思っている。相手は顔を青ざめさせながらも殺意を緩めず激昂する。
「黙れ……てめえはここで死ななきゃいけねえんだよ! ゾロアーク、あのガキを殺せ!」
「全く、そんな風に殺気を見せるからばれるんだよ……ダチ、いくよ」
ゾロアークが本来のしなやかな動き、鋭い爪を槍のように構えながらセントに迫る。今度は真正面から切り裂くつもりかとオオタチは慌てず再び『とぐろを巻く』姿勢を作って相手の攻撃に備えた。体を丸め防御、伸ばす勢いをくわえることで攻撃時に素早さを上げることが出来る万能の体勢。しかしゾロアークはセントとオオタチから直接体の届かない距離で急停止し、口に力を蓄える。セントがはっとしたが、既にゾロアークの口にはその種特有の一撃が蓄えられている。
「『ナイトバースト』!」
「ちっ……! ダチ、奥の手を使え!」
オオタチが一瞬のうちに動いた後、ゾロアークの口から暗黒の衝撃波が放たれる。オオタチとセントにダメージを与えつつも両者の視界を月も出ない闇夜のような黒に変えて視界を奪う。セントもオオタチの瞳は焦点が合わず、ゾロアークを捕らえられていないと辻斬り男は判断し、ゾロアークに止めを刺させようとする。
「これは俺の復讐だ……止めだゾロアーク、『辻斬り』でこいつを殺せ!」
「ゾアアア!!」
ゾロアークの鋭い爪がセントの喉を切り裂こうとする。しかしその腕が降りぬかれることはなかった。体に触れるほんの手前で、腕が止まり動けない。辻斬り男がゾロアークにもう一度命じる。
「ビビるんじゃねえゾロアーク! これは俺達の復讐なんだ。こいつを殺さなきゃだめなんだ! お前だってわかってるはずだろ!」
「ゾアアア……!」
「ゾロアーク!!」
辻斬り男の必死の訴えにもかかわらず、ゾロアークは動けない。人間の体などどこであろうと易々と切り裂ける鋭さを持った爪は、セントの体に食い込むことはなかった。目の焦点は合わぬまま、次のセントが放ったのは命乞いではなくやはり嘲笑だった。
「そんなに吼えるなよおっさん。こいつは動かないんじゃねえ。動けねえんだよ」
「……!! 急げゾロアーク、間に合わなくなる!」
「もう遅え! ダチ、『捨て身タックル』だ!」
視界が効かなくとも、すぐそばにいる獣の気配を感じ取れないオオタチではない。とぐろを巻いた姿勢から二度目の『捨て身タックル』でゾロアークを吹き飛ばす。動けない体勢から腹に痛烈な一撃を食らい、ゾロアークは仰向けになって倒れた。
「あ……あ……何故、だ……」
この世の終わりのような顔で絶望する辻斬り男に、セントはようやく回復し始めた視界で無様な相手を見る。そして肩を竦めて説明した。
「こいつは単純な『トリック』だよ? 俺のダチには最初から『後攻のしっぽ』を持たせてた。こいつを持ったポケモンは絶対に後攻めしか出来なくなる。こっちが攻撃してないのに自分から攻撃することができない。あんたのゾロアークは『気合のハチマキ』を持ってたよね。『ナイトバースト』を使われる直前に入れ替えてそっちから攻撃できなくしたってこと、わかったぁ?」
オオタチの特性は相手の道具がわかる『お見通し』を持つものもいる。セントのダチがまさにそうで事前に相手が道具を持っているのもわかっていた。また耐久力の高いランクルスに『気合のハチマキ』を持たせることにも違和感があったのも『イリュージョン』を見抜いた要因の一つである。だが男はそんなセントの説明を聞いていない。ゾロアークをボールに戻すことすら忘れて腰を抜かし、それでも後ずさってセントから逃げようとしている。
「まあそれを気取られないように『とぐろを巻く』のポーズを取らせて相手の出方を伺ったりそもそも先手で攻めることの出来ない道具を持たせて戦う俺とダチが凄いってことで……って、おっさん聞いてるー?」
「み、見逃してくれ……」
セントが震えあがった男にやれやれとため息をつく。辻斬り男は必死に逃げようとするが、腰を抜かしていてまともに動けていない。少しずつ距離を離そうとする男に構わず、セントは生意気な笑顔を浮かべて言う。
「ダチは肉食だけどあんたみたいなおっさんを取って食ったりしないって。これくらい慣れてるし見逃してあげるよ」
「ほ、本当か……」
「うん本当本当! 俺って優しいなあ。なあダチー」
「オオッ!」
屈託のない笑みでオオタチを抱きしめるセント。命は助かったと思いようやく少しは安心したのか辻斬り男は立ち上がりセントから背を向けて逃げ出した。二人の距離が離れ、そして。
「……って。正体知ってて突っかかってきたくせにんなわけねーだろバーカ」
無防備に向けられた背中を、まっすぐに伸びた真っ黒い爪が切り裂く。それはゾロアークのものでは勿論ない。セントのオオタチが『シャドークロー』で伸ばした影の爪だった。背中に一直線、刀で切られたような大傷を受けて男は倒れる。もぞもぞと動いて何かを訴えるが、既に致命傷だ。セントもそれがわかっているから、助けることもせず何かそれ以上声をかけることもない。
「それにしても笑っちゃうよなーダチ。なんだよ辻斬り小太郎って。小太郎どっから来たんだよ。俺そんなだっせえ名前じゃないのに」
「オオッ?」
オオタチはセントがポケモンセンターでした会話を知らないので首を傾げる。それが可愛くてセントは頭を撫でてやった。己のポケモンに人を斬らせて、そのことに何の感慨もなく。
「そんな噂が立ってるなら、この町に寄るのは最後にした方がいいかなあ。そろそろ別の地方に行ってみるのもありかな? さて、お前も飯食ってこい。ロコンならともかくゾロアークなんてなかなか食えないからね」
「オオン!」
辻斬り男が完全に事切れたのを確認して、セントは男に近寄り金目のものを奪う。しかし大したものは持っていなかった。財布のお札だけ抜いて自分の懐にしまう。オオタチの見た目は愛らしいが生態としては完全に肉食だ。意識を失い倒れたゾロアークを、臓腑の詰まった腹から食べていく。パートナーの食事の間、セントは切られて死んだ辻斬り男の顔を見て呟く。
「復讐って事は、俺がこの前殺した奴の家族か何かかな? まあ、どうでもいいけどさー」
言葉に明るさと生意気さを併せ持つ少年、セントこそがここ二ヶ月でトレーナーを切り殺した張本人だった。男の顔を見て今まで殺した奴と似てるやつがいないかなと考えてみたのだが、そもそも今まで殺した相手の顔を覚えていないことに気付きやめる。
「あのお医者さんもまた苦労することになるねー。今まで片付けありがと。そしてさよならっ!」
セントはにこりと笑って、さっき出た町の親切な医者に向かってするつもりで敬礼した。まさか彼も警告した相手が辻斬り小太郎張本人だとは夢にも思わないだろう。食事を終え、血まみれの身体で帰ってきたダチを用意したタオルでくるんで血を拭いてやりつつセントは旅を続ける。パートナーのオオタチ一匹と、あてどなく誰かを殺める日々を。
「たまには返り討ちも悪くないけど、やっぱり自分から行く方が性に合ってるなあ……次の街ではどんなトレーナーを狙おうかな?」
Twitterで突発的に行った【バトル描写書き合い会】の作品投下スレッドです。
指定されたポケモン同士のバトルを1週間で書き、同じ対戦カードで作者ごとにどれだけの違いが出るのかを楽しむ企画です。
ルール
・オオタチVSゾロアーク の勝負を書く
・シングル1VS1のトレーナー戦で書く
・自分らしさが出ていればどう書こうが自由
任意事項
・オオタチのトレーナー名はレットもしくはセント
・ゾロアークのトレーナー名はコタロウ
・ゾロアークが何に化けているかは自由
――この町には、ゾロアとゾロアークのみが所属する劇団があるらしい。
まるで人と見分けがつかない外見と演技。イリュージョンで彩られる演出の数々。
劇場を訪れた観客は、夢幻のようなひと時を過ごすであろう。
「そこのチケットを貰った」
と上司が言った。
「貰えるものなんですか、それ」
とキランは一度は驚いてみたものの、目の前の上司はゾロア使いと呼ばれる人である。チケットを貰っても不思議ではない。
「そこのゾロアは私が育てたから」
そんなところだろうと思った。
「二枚、もらった。この後空いてたらいっしょに行こう」
「いいですよ」
キランが安請け合いした後で。
「もしも、チケットを貰ったのに行かなかったら、大変なことになるからな」
そう言って、上司はすっと目を細めた。
「大変なことって」
キランが唾をのむ。
「具体的に、何が起こるんです?」
「劇団のゾロアとゾロアークたちが、一斉に」
「一斉に?」
「スネる」
◇
演じるは幻影劇団、演目はかの有名な『ロミオとジュリエット』。
愛し合う二人は家のために結ばれない。バルコニーから愛を叫ぶジュリエットの姿は幻影と溶け、ロミオは心によぎるジュリエットの姿を振り切ってその場を去る。
特性“イリュージョン”を最大限利用した演劇鑑賞は、3D映画を生で見ているよう。
ジュリエットが仮死毒の小瓶を呷る。手から滑り落ちた小瓶が砕け散り、キランの耳元でガシャリと小瓶の割れる音がする。
青白いジュリエットの体を抱いて、ロミオは慟哭する。冷たい夜の墓場は土の匂いでむせ返る。
後を追おうとロミオが短剣を自らに突き立てようとしたその時、両家の大人たちが止めに入る。若き二人の悲恋を知った両家は仲直りし、ジュリエットも仮死から起き上がって大団円。
「こんな話でしたっけ」
「まあ、いいんじゃないか」
あの子たちはハッピーエンドが好きだから、と上司は満足そうに笑っていた。
本文終わった所でイラスト入れたかったので返信する形であとがきとか。まずはハワイティ杯お疲れ様でした! ハワイティ杯の参加作を少し改稿したものです。具体的には改行増やしたのと最後の方を少し変えたり。タイトルも変えました。改行する位置これでいいか不安たっぷり。
あと挿絵的なイラスト描いてみました。改稿したきっかけがその方がイラスト映えしそうだと思ったからなんですけどもね、描いてみたら吹雪かせたせいであまり目立たないという。吹雪の中の光の描写とか私の画力じゃ難し過ぎましてね。まぁ私なりに満足はしてます。キュウコンもイーブイもかわいい!
ハワイティ杯終了後色々語ってた方々に便乗してチャットで一人自作語りしてましたのでその時のログを以下に貼っておきます。語った事をまとめるのが面倒なもんでログをそのまま。何か質問とかありましたらお気軽にどうぞです〜。
お知らせ:門森 ぬる(Win/Edge)さんが入室しました。(20:13)
門森 ぬる:さてハワイティ杯も終わりましたし自作品について適当に語ってみようかと(20:14)
門森 ぬる:何から語るかなー(20:15)
門森 ぬる:まぁ自作の感想欄にも書きましたが、浮かんだかっこいいシーン+夏の終わりにの没案+ブイズリョナ案=今作品 的な感じです(20:17)
門森 ぬる:夏の終わりにの没案は特性がひでりのポケモンが居座るようになったので何とかしましょう的な(20:18)
門森 ぬる:夏を終わりにする的な解釈をしてみようかなーと(20:19)
門森 ぬる:まぁそうすると「夏の終わりに」じゃなく「夏を終わりに」になっちゃうという(20:20)
門森 ぬる:タイトルを「夏の終わりに」にするには夏の終わるタイミングでイベントを起こさなきゃならないなーと(20:20)
門森 ぬる:それで没(20:21)
門森 ぬる:で、今回レギュレーションでアローラのポケモン出す必要がありまして(20:22)
門森 ぬる:アローラキュウコンがゆきふらし持ってるらしいと(20:22)
門森 ぬる:使い回せるのではないかと(20:22)
門森 ぬる:で、使い回しましたと。原案の時辻褄合わないなーと考えていた部分もいくつかはこっちなら解決しましたし(20:24)
門森 ぬる:ブイズリョナ案はキュウコンの尻尾の数とブイズの現時点の数が一緒という事は、つまり尻尾で全ブイズを同時に拘束できるじゃないかと(20:26)
門森 ぬる:で、キュウコン対ブイズという構図がありまして(20:27)
門森 ぬる:https://twitter.com/cadomori/status/794768568969629696 モーメント見返しててこのツイートみてそんな案があったの思い出しまして(20:28)
門森 ぬる:で、夏の終わりにと組み合わせてブイズが村の近くに住み着いたキュウコンを追い払う話になりまして(20:30)
門森 ぬる:あ、タイトルもブイズリョナ案からそのまま持ってきたんですよね(20:31)
門森 ぬる:確か 死んだポケモンが進化の石になる話を読む→ゲーム内じゃひらがなだし進化の石を進化の遺志として解釈できるのではないか→ブイズ石進化だし組み合わせてみよう(20:34)
門森 ぬる:そんな感じで https://twitter.com/cadomori/status/740417216517115905 を経て(20:36)
門森 ぬる:https://twitter.com/cadomori/status/740417216517115905 まで発展しまして(20:36)
門森 ぬる:URL間違えた(20:36)
門森 ぬる:https://twitter.com/cadomori/status/814679349999718400(20:36)
門森 ぬる:後者はこっちやね(20:37)
門森 ぬる:そんな訳でイーブイが殺された8匹の力を継いでキュウコンに立ち向かうというのもリョナ案から引っ張ってきまして(20:40)
門森 ぬる:で、進化後の8匹の力をイーブイにって部分がナインエボルブーストと一緒じゃないかと(20:42)
門森 ぬる:ハワイティ杯だしナインエボルブーストって事にしてしまえと(20:43)
門森 ぬる:https://twitter.com/cadomori/status/814057352898834432(20:43)
門森 ぬる:こんな事も考えてましたし(20:43)
門森 ぬる:まぁ大筋は大体こんな感じか(20:45)
門森 ぬる:細かい所は考えてたり考えてなかったり(20:45)
門森 ぬる:まず改行少ないのはスピード感や疾走感を出す為とかじゃないです。それを意識できる程文章力ありませぬ(20:46)
門森 ぬる:単に場面として連続的だからってだけです。言い換えるとどこで改行すれば良いのか分からないって事ですね(20:48)
門森 ぬる:教えて!(20:48)
門森 ぬる:キュウコンがでかい理由はですね(20:49)
門森 ぬる:ブイズばりむしゃあさせたかったからでかくしただけです。性癖!(20:49)
門森 ぬる:>喰われた者 ほぼこの一文を入れる為だけです(20:50)
門森 ぬる:後はまぁ、辺りを冬にするっていう部分が異常なら大きさも異常にしてみようとかそんな考えもありましたけど(20:51)
門森 ぬる:ブイズを食わせたかったから大きくしたってのが一番の理由です((20:52)
門森 ぬる:メタ的理由じゃなく作品内での大きくなった理由としては(20:52)
門森 ぬる:まぁそんな異常な個体がいてもいいじゃないか位の考え(20:53)
門森 ぬる:アニポケでもシロデスナ巨大化とかやってましたしそんな感じのノリ(20:54)
門森 ぬる:食糧もね、あのキュウコンは多分雪食べてれば生きていけるとかそんな感じ(20:55)
門森 ぬる:ブイズ食う必要も特にないんです。食べる必要ないのに食べちゃうってのもそそりますよね((20:56)
門森 ぬる:キュウコンが村の側に居ついた理由は一匹じゃ寂しいとかそんな感じ(20:57)
門森 ぬる:今までも他の村とかで同じ様な事起きたりしてます(20:58)
門森 ぬる:村と対立してその内村民達が村捨てて逃げてって事が何度も(20:59)
門森 ぬる:それでまぁ一匹じゃ暇だし他の村へって繰り返して(21:00)
門森 ぬる:だから交渉とかもキュウコンは楽しんでましたね。むしろ交渉してもらうために居座ってるというか(21:02)
門森 ぬる:交渉成立したらもう交渉できないじゃないですか。だからどんな条件でもキュウコンは受け入れず決裂してるんですね(21:03)
門森 ぬる:で、まぁ村民に襲われる訳なんですけどこれもまた楽しんでますね(21:04)
門森 ぬる:殺しちゃったらその仔はもう来なくなりますし、今回もキュウコンは最初は殺す気なかったんですけどね。力加減ミスってシャワーズ死んじゃいましたと。戦うのは久々だしキュウコンも必死だったし仕方ないね(21:07)
門森 ぬる:で、一匹なら残りの仔が復讐しにまた来てくれるかもなーと一旦停戦提案するんですけど、ブイズ側がこれを拒否(21:09)
門森 ぬる:退く気なさそうだしこれなら一匹も何匹も同じかーとキュウコンも生き残る為に加減はやめて迎え撃つ事に(21:13)
門森 ぬる:で、1対1になって一匹なら考えも変わるかもしれないし、話す余裕もできたのでもう一度問いかけましたと(21:15)
門森 ぬる:キュウコン側の背景はそんな感じ(21:15)
門森 ぬる:あ、そうそう、入れたかったけど断念した要素に断尾がありまして(21:17)
門森 ぬる:最初はブイズが1匹やられる毎にキュウコンの尻尾も1本ずつ減らしていこうかと思ってたんですよ。相討ち的な感じで(21:18)
門森 ぬる:キュウコンの尻尾の数とブイズの数が同じって所からキュウコン対ブイズの構図にした訳ですし(21:19)
門森 ぬる:9匹がかりだったのにイーブイ1匹で立ち向かうならこれまでの戦いでキュウコンも弱体化してないとなーって。で、尻尾の数が減ってるのは弱体化として分かりやすいですし(21:24)
門森 ぬる:ただまぁ、ブイズがキュウコンの尻尾切るイメージが浮かびませんで。もっと致命傷狙うだろうなーと(21:24)
門森 ぬる:故に断念。無念(21:25)
門森 ぬる:イーブイがイーブイZを身に着けていた理由は(21:26)
門森 ぬる:まず仲間がどっかでそれを見つけた訳ですよ。そして使い道が分からない。ただの飾りだろう。まぁ綺麗だし持っておこう、と。(21:28)
門森 ぬる:そしてある日、飾りじゃなく何か使い道があるのかもしれないと気紛れに思ったエーフィが念の為それについて未来予知しまして、イーブイの胸元で輝きを放っているのが見えまして(21:32)
門森 ぬる:じゃあとりあえずイーブイにお守りとして持っててもらおう、と。いつどこでどんな効果があるのかは分からないけど(21:33)
門森 ぬる:それでイーブイは首飾りを付ける様になりました、と。Zリングはないです。人間がいない世界観ですし(21:35)
門森 ぬる:あ、そうだ、提出後に思いついて改稿で変えようと思ってるのがナインエボルブーストの描写(21:37)
門森 ぬる:それぞれの輝きが進化形の尻尾の形を成して九尾のイーブイみたいな感じになると映えるなぁと(21:39)
門森 ぬる:ナインテイルブーストに改題も視野(21:39)
門森 ぬる:そうした時問題はサンダースよね。あの仔尻尾あるのかしら(21:40)
門森 ぬる:どっからどこまでが尻尾なのやら(21:41)
門森 ぬる:まぁもうナインエボルブーストの解釈を変えちゃってるしもう少し変えても大丈夫やろと(21:43)
門森 ぬる:最初はキュウコンの大きさや現れた時期を十数倍だとか数か月前だとかでぼかして書こうと思ってたんですけどね、書いてる時にせっかくだから9に揃えてみようって感じでそうしたので(21:46)
門森 ぬる:タイトルに八って入ってるのが何かもやもやしてましてねー(21:47)
門森 ぬる:あ、そうそう、死ぬ順番は シャワーズ→エーフィ→ニンフィア→リーフィア→ブースター→ブラッキー→サンダース→グレイシア の順です。(21:50)
門森 ぬる:自分で考えるのも面倒なんでナインエボルブースト使用時の登場順かその逆順にしてみようと(21:52)
門森 ぬる:それで登場順調べまして、シャワーズとグレイシアどちらの場面がイメージしやすいかなーと考えてグレイシアの方だと(21:53)
門森 ぬる:それで登場順の逆に決定しました。(21:54)
門森 ぬる:あとは作品の後の場面についてかなー(21:55)
門森 ぬる:どちらが勝つのかは決めてないです(21:56)
門森 ぬる:まぁイーブイ君が勝つ流れですけども、それでも敵わない絶望感とかもそそるじゃないですか?(21:58)
門森 ぬる:まぁイーブイ君が勝ってもバッドエンドな訳ですけども(21:59)
門森 ぬる:http://ouroporos.tumblr.com/post/76724671528/numas-smell-everywhere(22:00)
門森 ぬる:こんな感じでね? みんな死んでしまったってのを噛み締めて泣き崩れて欲しいなって(22:01)
門森 ぬる:勝って一匹で村に戻って村民に迎えられる訳ですけど(22:03)
門森 ぬる:村の仔の「よかった」って言葉につい「よくない!」って声を荒げたりして欲しい(22:04)
門森 ぬる:まぁ勝つにせよ負けるにせよその心境とかを描写できる力はないのであの部分で終わったのは最適解だとは思ってます(22:06)
門森 ぬる:書けるなら書きたいけど書けないもんはしょうがない(22:07)
門森 ぬる:これでも私が書いた割に大分長くなったんですからー。語った事とかを作品に入れる力が足りないもんでしてね。(22:10)
門森 ぬる:妄想は捗るんですけどね、アウトプットが無理よね(22:11)
門森 ぬる:あ、あと書く上で悩んだのがイーブイ君が1匹になっても立ち向かう理由(22:12)
門森 ぬる:逃げ腰でナインエボルブースト発動させる訳にもいきませんし(22:13)
門森 ぬる:フェアリーロックで逃げられない様にしようかなーとも考えたんですけど、そうするとキュウコンがフェアリーロックを使う理由が必要になって(22:14)
門森 ぬる:キュウコンのスタンスはさっき語った感じなもんで矛盾しちゃうなーと(22:14)
門森 ぬる:そうやって色々考えてた時に http://tear.bokunenjin.com/side-p/comic/log19/p-c185.html これ読み返しましてね(22:16)
門森 ぬる:もう引き返せない、後戻りできない。これだ、と(22:17)
門森 ぬる:この心境そそりますよね((22:18)
門森 ぬる:後は何だろうな、あれか、浮線綾さんの質問(22:49)
門森 ぬる:1.執筆期間(22:50)
門森 ぬる:実際に手を付け始めたのは確か2/11だったはず(22:51)
門森 ぬる:そして投稿は遅刻というあれ(22:52)
門森 ぬる:2.ネタをどうやって集めたか(22:53)
門森 ぬる:自分のツイートでいつか使えるかもなーってのをモーメントに纏めてまして、それを見返した位ですかねー https://twitter.com/i/moments/782204472017563649(22:54)
門森 ぬる:3.実際に執筆した過程(22:55)
門森 ぬる:んーこれは何を答えればいいんだろう……頭から順に書いていきましたけどそういう事で合ってるのかな……?(22:57)
門森 ぬる:後はそうだなー、イーブイ達も防寒対策は何かしらしてます。キュウコンの所が吹雪いてるってのは分かってますし。具体的にどんな事をしたかまでは考えてませんが(23:01)
門森 ぬる:防寒というかまぁ霰も含めてね(23:02)
門森 ぬる:イーブイ達やキュウコンの技構成とかは全部決めてる訳ではないかなー(23:04)
門森 ぬる:そもそも技4つまでってのを適用するかも決めてなかったり(23:05)
門森 ぬる:んーこの位かなー。あと何か語る事あったかなー(23:07)
門森 ぬる:何か質問とかありましたら是非是非(23:07)
門森 ぬる:とりあえずなさそうですかな。ではひとまず自作語り終了ですかなー。この後も質問とかあれば受け付けますけどもね(23:20)
門森 ぬる:では見て下さった方々、ありがとうございました!(23:21)
twitterで18分。
プテラが主役。
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気付いたら、生きていた。
目の前は、透明な壁みたいなもので遮られていて、周りを見れば、それで自分の体は覆われていた。
ヴン、ヴン、と響く変な音。見た事の無い、歪で変な物。
そして目の前には、どうやら喜んでいる、自分達とは何か違う生物が数匹居た。
この壁の中で翼さえも広げられない事に窮屈さを覚えたが、それ以上に疑問が浮かんでいた。
何があったんだ? でも、何も思い出せなかった。
この目の前の光景、生物に途轍もなく違和を感じているのは確かだった。けれど、それが何故なのか、全く分からなかった。
今より前の事が、全く思い出せない、全く分からない。考えるのは無駄だと決めると、この目の前の壁が邪魔になってきた。
けれど、蹴ってみれば想像以上に硬く、皹すらも入らない。頭突きでもしてみようかと思う。
そうしようとした所、ウィィン、と音を立ててその壁が上へせりあがって行き、壁が取り払われた。
全く、訳の分からない事だらけだった。
その目の前の生物達は、小さな球体を取り出して、そこから自分達と同種らしき、獣を発現させた。
なんじゃそりゃ。本当に、何から何まで訳が分からない。想像もつかない。
出て来た獣は、ひょろりとした姿形の、額と尻尾の先に宝石のようなものを付けた奴だ。
「やあ」
そいつが言った。
「……やあ」
一応返すと、そいつは続けて勝手にぺらぺらと喋り始める。
「どうなってるか分からない顔だね。まあ、そうだろうね。
何せ、君は一億年以上前のポケモンなんだから」
ポケモン? 多分俺達を指す言葉だろう。
いや、それよりもだ。今、何て言った? 一億?
数、だよな。一億ってどの位だ?
嫌な予感がした。
聞き出すか迷っていると、そいつは頼みもしないのに喋り続ける。
「君は、死んで骨だけになって、長い、長い、本当に永い年月の間、岩の塊の中に居たんだ。でも、死んだ時の状態が良かったから、こうして現代の、僕のご主人とか、ニンゲンって言う人達によって生き返る事が出来た」
ああ、俺は、死んでいた、のか。
その事には大して驚きは無かった。生きている事さえ、不思議だったと最初に思っていた。
「なるほ」
「で、まあ、そんなきっと何も分からない君を落ち着かせる為に僕がこうして出て喋ってる訳だけど」
俺にも喋らせろよ。
「どうする? 僕と戦ってみる?」
突然の提案。命懸けの食うか食われるかの戦いじゃなく、単なるケンカみたいなモンだろう。でも俺は「いいや」と言った。
「ええ。何でよ」
露骨にがっかりしたような顔で、そいつは聞いて来た。
「体が動くかどうかも分からねぇ状態で戦いたくはねぇよ。それに、何となく思うけどさ、お前、俺に有利な属性じゃねぇの?」
本当に何となくだが。
「あ、ばれた?」
まじかよ。
「じゃあ、何かしたい事ある?」
そう言われるとなぁ。と思ったが、すぐに答が出た。
「何でもいいから食いてぇ。肉じゃなくとも構わん」
「ああ、そう。分かった」
そう言うと、そいつはニンゲンとやらに向って身振りで俺が飯を食いたいだろうことを伝え始めた。
何だ、こいつらとは意志疎通出来ないのか。
生き返らせる何て事までしたのに。凄いのか凄くないのか、良く分からんな。
----------
……続く?
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オタコン没ネタ。(http://rutamaro.web.fc2.com/)
※登場人物の言葉遣いが汚かったり乱暴な行動をする場面があります。ご注意ください。
「退屈を打ち壊しに来た」
チャーレムに部屋のドアを破壊させた幼馴染は開口一番こう言った。
お前が壊したのは退屈じゃねえ、部屋のドアと俺の平穏だよバカヤロー!
ハア? ふざけんなよタカ、たしかに俺は退屈が嫌いだけど今日日インターネットに繋がった箱一つあれば退屈知らずなんだよ、だから俺は退屈なんかしてない、するはずがない。
と、マシンガンの如くまくし立てられたらよかったのに、あろうことか俺の声帯はストライキを始めていたらしく、掠れた吐息しか出なかった。
仕方なしに音速を誇るタイピングで意見を伝えようとパソコンに向かうも、ずかずかと無遠慮に侵入してきた幼馴染直々にぶっ飛ばされたため、敢え無くその試みは失敗した。くそったれが!
チャーレムに殴り飛ばされなかっただけましかもしれない。だが、痛いことに変わりはない。
無様に、いや華麗に椅子から床へダイビングした俺。畜生、鼻打った!
「なにパソコンに逃げようとしてんだよユーマ? ああん?」
こえーよ。そんなんじゃ女の子寄ってこないぞ。などと思うが黙っておく。そもそも声が出ないし、出たとしても言った瞬間ぶん殴られるのがオチだ。
実に二年ぶりに会った幼馴染は、いつの間にか俺の記憶にあるよりもバカでかくなっていやがった。最後に会った時は俺より少し背が高いだけだったのに、今や頭ひとつ分はでかいんじゃないか。肩幅もあるしお前はどこのスポーツ選手だ。散々俺のことをチビとからかってきたこいつを、いつか追い抜いてやると思ってたのに突き放されたとかそりゃないぜ。
対する俺の身長は伸び悩んでいるし、さらには引きこもりらしいもやしなわけで。
そんな体格差がありすぎる状態だから、反抗するにも命がけだ。無理に反抗するのはやめておく。
つーかちげーし。声が出ないからパソコン使って意思疎通を試みただけだし。と、痛む鼻を押さえながら心の中で言い訳する。
「さっきから口をパクパクパクパクしやがって。お前はコイキングか! 言いたいことがあるならはっきり言え!」
いやだから……。あーもういい。なんかねーかな。
おっ、あそこに昔懐かし鉛筆さんが転がっているじゃあ、あーりませんか。紙は……まあ適当でいいや。
『ちょいまち』
へろへろもいいとこの字だがこの際四の五の言ってる場合じゃない。意味さえ伝わればいいんだ。
我が親愛なる幼馴染殿は怪訝な顔をしつつもとりあえずは攻撃を中止してくれた。ったく、人の話はちゃんと聞きましょうって言われなかったのかよ。くそったれが。いや待て、俺はそもそも話をする段階にすら立っていないじゃないか。これじゃあ人の話を聞くもクソもねーや。
『こえでない ぱそこんつかっていいか?』
句読点? 漢字? カタカナ? 何それうまいの?
いやあれだ。一応俺なりに考えた結果なんだぜ? 句読点なんかなくても意味は通じるし、漢字じゃないのは時間の節約だし、カタカナでパソコンなんて書いたところで今の状態じゃパソコソ(ぱそこそ)に見えるかもしれなくて、そしたらなんだこりゃってなるだろ? 俺だってちゃんと考えてんだよ。
俺の渾身のメッセージを見たタカから、ちっと舌打ちが聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしてパソコンに向かった。素早くテキストエディタを立ち上げ、キーボードで文字を入力する。
『何しに来た』
コンマ数秒の早業! 俺ってすげえ!
「お前を引きこもりから卒業させに来たんだよ」
『余計なお節介はやめてくれ』
まじで余計。俺は別にネトゲとかにはまって課金しまくったりとか、通販でフィギュアやら円盤やらのグッズの類も買ったりしていないし、怪しげなFXだの株取引もしてない。ただひたすら某巨大掲示板と某動画サイトに張り付いてパソコンの画面と向き合い続けてるだけだっつーの。たいして金銭的に迷惑はかけてないはずだ。風呂には毎日こっそり入っているが、食事も一日一回だけだしその量だってたかがしれてるだろ。なんなんだよ、邪魔しないでくれよ。
といったことを神業のタイピングで伝える。
『わかったら帰ってくれ』
「ハア? ふざけてんのか? 引きこもってるだけで十分迷惑だろうが」
タカは青筋を立ててマジ切れしている。怖くない怖くない怖……いわぼけ!
だがしかし負けるな俺。ここで引き下がったらどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。大丈夫だ冷静に、しかし強く押し切れ。きっといける。
『そっちこそふざけてんのかよ。さっさと帰れって言ってんのがわからねーのかよ』
ここで巨大掲示板に鍛えられた罵倒語の数々を書いてやってもいいんだが、それをやるとまじでぶん殴られるから控えめに、しかし自分の意思は明確に記す。このまま押し切れるか……?
「こっちはテメーの親から直々に頼まれて来たんだ。そう簡単に、はいそうですかそれじゃあ、なんていかねーんだよ」
そこで一旦言葉を切ったタカは、ていうか、と続けた。
「いつまで引きずってるんだ。いい加減にしろよ、この負け犬が」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが爆発した。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! お前に、お前に俺の何がわかるっていうんだよ!
「……け」
「は?」
「でて、いけ……!」
いつ以来か覚えていないくらい久しぶりに声を出した。久しぶりすぎて掠れてるわ、そもそも舌やら喉の筋肉が満足に動かなくてきちんと言葉になっているか怪しいわで酷い有様。だけど、いい。どうでもいい。早く出て行ってくれよ! 頼むから早く!
頭を抱え込むように机に突っ伏す。何も聞きたくない何も見たくない何も知りたくない何もやりたくない。
が、我が親愛なる幼馴染殿はどうしたってほっといてはくれないようで。早い話が蹴っ飛ばされた。しかも無防備な脇腹を。
椅子から崩れ落ちた俺は声にならない声をあげ悶絶する。何しやがるコノヤロー! と思ったところで脂汗が滲むだけで声に出すどころかちょっとの動きで激痛が走る。くそったれが!
「甘ったれてんじゃねーよ!」
タカの説教が開始されるようだ。いやその前に助けろよ。こちとら呼吸もままならないんだが。
「いつまでも引きこもって親に迷惑かけてんじゃねーよ! この馬鹿! ウスラトンカチ! オタンコナス! クソチビ!」
うるせー! と言ってやりたいがまだ痛みがひかないから無理無理無理。つか罵倒語が小学生並みかよ。あとチビって言うな! 俺がチビなんじゃねー! お前が勝手にでかくなっただけだ! ○ね、氏ねじゃなくて○ね! そして縮め!
「黙ってないでなんか言えよ」
うるせえ、睨んだって無駄だ。お前の蹴りで喋れないんだよバカヤロー。
呻き声から俺の状態を察してくれたのか、いやたんに無視しただけだな。長い付き合いだからわかる。思い切り舌打ちをしてくださりやがった親愛なる幼馴染殿は、俺を無視して何やらがさごそと部屋を漁っているようだ。何してんだコンチキショー。
「きったねー部屋だな。お前な、掃除くらいしろよ」
と心底呆れたように図体のでかい幼馴染が言ってくるが、俺以外の人間は誰も部屋に入らないし俺が生活するのに支障はないんだから問題ない。つーかそもそも何してんだよ。勝手に人の部屋のものをいじるなっての。
しかしながら、相変わらず俺の口から洩れるのはいいとこ呻き声で意思疎通は不可能である。くそが。
しばらくして俺がなんとか動けるようになってきた時、部屋漁りに満足したらしいタカが、どこから取り出したのか見覚えのない服を差し出し、着替えろと命令してきた。着替えるということはつまり外に出るということであろう。それくらいは容易に想像できる。
やっと痛みから立ち直った俺としては、正直外になんぞ出たくはない。が、目の前の幼馴染がそう簡単に許してくれるはずもなく、しぶしぶ差し出された服を受け取った。
ていうかこれ俺の服じゃないぞ。もしかして持ってきたやつなのか? じゃあ部屋を漁る必要なくね? てっきり服を探してるのかと思ったのに、そうじゃないならなんのために漁ったんだよ。
などと内心ぶつぶつ文句を言いながら服を着替える。するとやつはやれ左右のバランスが悪いちゃんと着ろだの、やれ顔を洗えだの、散々駄目出しをした挙句、やはりと言うべきか「よし、行くぞ」と声をかけてきた。
いやどこにだよ。だが大方の予想通り俺の意思など関係ないとばかりに、俺を引きずるようにして外へ向かう。近くでずっと待機していたチャーレムが、逃がさないとばかりに俺の後ろにぴったりと張り付いてきた。くそったれ、逃げ場がない。
「どうせ引きこもってるんだから退屈してるだろ? いいところに連れて行ってやるよ。遠慮なんかしなくていいぞ」
だーかーら、退屈なんてしてねーよ。という言葉が口から出ることはついぞなかった。喉はまだ本調子じゃないし、言っても無駄だとわかりきっていたから。
冷や汗が止まらない。体が震える。息を吸っているのか吐いているのかもわからない。気がつくと浅い呼吸を繰り返していた。なんで、なんでこんなところに。
タカに無理矢理連れて来られたのは、ポケモンバトルの大会が行われるらしい会場。どこを見ても、人、人、人。そしてポケモン。壁には大会を告知するポスターらしきものが何枚も貼られている。これだけ人がいるんだから、ざわざわと騒がしいのだろうが、全く耳に入らない。
「なん、だよ、ここ……!」
叫ぶように大声で問いただしたいのに、未だに舌も喉もうまく動かない。なんでこんなところに連れて来た、と聞きたいだけなのに。
「ここか? 大会の会場」
タカはしれっと答えるが、んなこたあわかってるんだよ!
「なんで、ここに」
「大会に参加するために決まってるだろ」
ここに連れて来た元凶は、何言ってんだこいつ、という目で俺を見る。いやいやいやお前こそ何言ってんだよ!
あっいや待て何も俺が出場する訳じゃないそうだよ当たり前だつーことはきっと俺は観戦だなまずは人混みに慣れるところから始めるんだろそーだろそーだろ大丈夫だ試合が終わるまで耐えればいいんだたいしたことない大会が終われば晴れて自由の身だ俺よ頑張れ何たいしたことないただ見ているだけ――――
「お前も参加するんだからな」
ハアアアアアアアア? 何言ってくれちゃってんのお前!? 正気かよ!?
「おま……なに、言って」
俺の顔を見てやつは腹を抱えて笑い始めた。おい、失礼だぞお前。そんなに面白い顔してんのか俺。いやいやいや百歩譲ってそうだとしても本人の前で笑うとかないだろ。いや待てもしかしたらさっきのはただの冗談で、それを信じ込んだ俺を嘲笑っているだけかもしれない。いいやそうに違いない。
「冗談、だろ? な?」
しかしやつはこう宣告する。
「は? ほんとだし」
ハアアアアアアアア? だからお前何言ってんの?
「心配すんなって。この大会、タッグバトルだから」
つまりなんだ、この親愛なるくそったれな幼馴染殿と一緒ってことか? そうなのか? ていうか無駄にでかいんだからおまえ一人で十分だろうが。
「オレがいるんだ、安心しろ」
そう言ってやつは俺の肩をぽんと叩き、受付に行くと言い残していなくなる。無駄にでかい存在が去り、一人取り残される俺。ちょっ、おいまじかよ。
途端に全身から血の気が引く気配がした。まじかよまじかよ無理無理無理無理無理無理無理。体に力が入らず、その場に座り込んでしまう。浅い呼吸を繰り返す。
あの時も、音なんか聞こえなかった。周りが何か叫んでいたはずなのに、俺は目の前で起きたことが信じられなくて、信じたくなくて。フィールドの向こうにいる人影が、観客達が俺を嘲笑っているんだと、そう思った。
傷つき倒れ伏すジュカイン。それを呆然と眺める俺。こちらに見向きもしない対戦相手の小さな背中。
オマエナンカガカテルトオモッタノカ。
「……ま、ユーマ!」
気がつくと俺の名を呼ぶタカに肩を揺さぶられていた。
「大丈夫か」
「……大丈夫なわけ、ないだろ」
どうしてだなんて言わせない。理由なんかわかりきっているくせに。この場にいる誰よりも、大丈夫じゃない理由を知っているくせに。
タカの胸倉を掴む。
「なんで連れて来た……!」
わかってるだろ、知っているだろ! 俺が、一番来たくない場所だって。なあ、なあ……。
胸倉を掴んだ手からはすぐに力が抜け、ずるずると座り込む。なんでだよ、なんで……と力無く呟くことしかできない。
「お前は今日、一人じゃない。あの日とは違う。だから、」
「ざけんな……、ふざけんな……!」
一人じゃない? だからどうしたんだよ! そういう問題じゃないだろ! なあ、そうだろ?
「とにかく、オレとお前で組んで出場する。心配するな。誰も何もしやしない」
嘘だ。さっきから周りがひそひそと囁いている。あれは誰だ、なんであんなやつと、もしかしてあいつ……? そんな声ばっかりだ! もう、やめてくれよ……。お前みたいなちゃんとしたトレーナーなんかと一緒にいるだけで俺は晒し者になるんだよ。
「行こう、オレとお前なら大丈夫だ」
なんの根拠があるんだよ、タカ。だが、やつは答えてはくれないし、相変わらず引きずるように俺を連れていく。
ロビーの隅に辿り着くと、タカは俺から手を離し、でかい鞄からいくつものボールを取り出した。そして何も言わず、躊躇うこともせず、ボールからポケモンを解き放つ。
「あ……」
ボールから飛び出してきたのは、見覚えのある、それどころかよくよく知っているポケモン達。
そうして俺は何の覚悟もないままに、あの日以来放り出したままだったポケモン達と再会した。
二年もほったらかしにして、すっかり忘れ去られていてもおかしくない。それなのに、久々に再会した彼らは最初こそ少々戸惑いを見せたものの、以前と変わらずに俺を慕う仕草を見せた。
お前らをずっと放ったまま、人に預けっぱなしだった俺を許してくれるのか……?
けれど、一匹だけ近寄ってくることもなく、離れたところから俺を睨み付けるジュカインがいた。一瞬目が合ったものの、耐え切れずにすぐ目を逸らした。
苦い思いがこみ上げてくる。ああ、そうだな。お前だけはきっと許してくれないとわかっていた気がする。
それでも俺がボールの中に入ってくれと仕草で示せば、抗うことなく従ってくれた。一応はまだ、俺の言うことを聞いてくれるらしい。いつまでそうしてくれるか、わからないけど。
そんな俺達を見て、こうでなくちゃ、と満足そうな笑みを浮かべた親愛なる幼馴染殿は「よし、行くか」と俺の首根っこを掴んで歩き出す。相変わらず俺の意向は無視される運命にあるようだ。
ガキじゃねーんだから一人で歩けるっつの。とは思うものの、恐らく掴まれていなかったら一目散に逃げ出すだろうから、この判断は間違いではないのだろう。くそう、行動が読まれてやがる。コンチキショー、覚えてやがれ。
あばばばばばばばばばばくぁwせdrftgyふじこlpいやいやいやいや無理無理無理無理無理無理。いきなり試合開始かよ! 無理だろ常識的に考えて! ポケモンバトルから逃げ出した人間がどうして今更立ち向かえるっていうんだ!
といった言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。立つこともできず座り込んで冷や汗掻いてがたがた震える情けない姿を衆目に晒すのは、恥ずかしいといった言葉を通り越してもはや死にたいとしか言いようがない。逃げ出そうにも足には力が入らないし、というかもう死にたい、消え去りたい。
なんでだ! なんでこんな場所に連れてきたんだよ! 俺はもう戦えないんだよ……。
傍らのタカは役立たずの俺を尻目に、冷静かつ的確に俺の分までポケモン達に指示を飛ばしている。俺いらなくね? なんのために俺はここにいるんだ。
対戦相手が何か言っている。多分俺のことだ。脳が理解を拒否しているから何を言っているかはわからない。だけどどうせ、俺を、そしてこんな俺と組んでいるタカを馬鹿にするようなことだろう。
俺が馬鹿にされるのは仕方ない。死にたくなるけど、仕方ないってわかってる。だからこそ人前になんぞ出たくはなかったのに。
だけど、タカは違う。俺なんかとは違って、ずっと努力し続けてきたし、実力もあってそれなりに名前を知られてきているような、ちゃんとしたポケモントレーナーなんだ。俺が引きこもっている間に新しいバッジも手に入れて、着々と実績を積んできたのに。俺なんかに関わって評判を落とすようなこと、する必要なんてないのに。
なんでこのくそったれなお人好しはこんなことをしているんだ。何がしたいんだ。俺なんか助けたっていいこと一つもないだろ。
なあ。頼むから、もう見捨ててくれよ。
だけどそうしてはくれないんだよなあ。どうしてなんだ。
タカが何か言い返しているのが聞こえる。やめてくれよ。そうやって俺を庇ったところで俺が駄目人間であることには変わりないんだから。俺が惨めな気持ちになるのは変わらないんだから。
一回戦、二回戦とひたすら俺はでかい幼馴染の陰に隠れるように縮こまって、バトルが終わるのを待っていた。情けない? そんなの、とっくに知ってる。
タカは怒らない。それどころか、試合後に俺を気づかって人気のないところを探して連れてきてくれるし、青い顔してうずくまる俺に冷たい飲み物を買ってきてくれさえする。なんで、責めないんだ。なんで、怒らないんだ。
そう思ってもただ黙って、次の試合を待っていた。俺とは違って、ちゃんとしたポケモントレーナーであるタカのおかげで、順調に勝利を重ねていた。
負けてしまえば、とっとと帰れる。だけど、もしそうなったらそうなったで、きっと俺のせいだと罪悪感で眠れなくなるに違いない。
どっちでもいいから早く終われ。早く、早く……。
そんな情けないことを信じてもいない神様に祈る。
重い足を引きずって臨んだ三回戦。相変わらず何もできないままただ見ているだけ、のはずだった。
タッグバトルは、二人一組のトレーナーがそれぞれ一体ずつポケモンを出して行う試合形式だ。似たものとしては、一人で二体のポケモンを出して戦うダブルバトルがある。
一人で全ての指示を出すダブルバトルと他人と組むタッグバトルはかなり勝手が違う。組んだ相手との意志疎通が大事だ。お互いが勝手な指示を出していたら、とてもじゃないが勝てない。呼吸の合わない相手と組むよりは、一人で全部やった方がずっといい。そう、タカがやっているように。
だが、二人で息を合わせることで、時に一人ではなしえないことも可能になる。自分にないものを補ったり、戦略だって一人で練るのとは幅が違うだろう。例えば攻撃役とサポート役に分かれるとか、交互に攻撃を繰り出して隙をなくすとか。まあ、俺はもっぱらシングルバトルばかりやってたから詳しくは知らないが。
少なくとも、一人の人間がその脳みそで処理できる情報量と、二人で処理できる情報量が違うなんて俺にもわかる当たり前すぎる話だ。全てに気を配るよりも、役割を分担しておいた方がそれぞれ最高のパフォーマンスを発揮できるだろう。もし、片方が何か見落としをしても、もう一人いればカバーができる。
まあこんな長々と何が言いたいかというと、親愛なる幼馴染殿が気づいてないことに、俺が気づいたということだ。
相手の出してきたポケモンはライボルトとアリアドスだった。
開幕早々、ライボルトには「こうそくいどう」、アリアドスには「ミサイルばり」で牽制しろという、そんな指示が聞こえた。
こちらも負けじとタカは対抗すべく声を張り上げて指示を出していた。俺? 立つこともできずにうずくまってるだけだけど。
あちらのコンビネーションはなかなかのもので、タカは後手後手に回るしかなかった。
なんせただでさえ素早いライボルトは「こうそくいどう」のせいで手が付けられないほどの早さでフィールド内を走り回り、時折「スパーク」を当ててはすぐに下がるヒットアウェイの作戦。ライボルトが下がったと思うと、今度はアリアドスの攻撃がとんでくる。誠に嫌らしいことに、「ミサイルばり」のような普通の攻撃もあれば、「いとをはく」で足止めをしてくることもある。通常であれば、「いとをはく」なんてさほど脅威にはならないが、素早いライボルトも相手にしないといけないのだ。ほんのわずかに動きが鈍った隙を突いてはライボルトがやってくる。
ライボルトは素早すぎて攻撃が当てられないし、かといってアリアドスをどうにかしようとアリアドスに意識を向けると、またライボルトが突撃してくる。タカはなんとか致命傷は避けながら、少しずつ攻撃の指示を出しているものの、防戦一方だ。突破口はないか、とタカは必死に考えていたに違いない。
そんな時だ。
多分、その時タカも観客もライボルトに大半の注意が行っていたんじゃないだろうか。
ライボルトが「あまごい」をした。これはもうどう考えても「かみなり」をぶっ放すつもりだよなあ、と観客席の人間にもわかったに違いない。よほどのことがない限りは、雨天下で「かみなり」は命中する。多少なりともポケモンバトルをかじってるやつならみんな知っていることだ。
雨雲が広がり、辺りが暗くなると雨がぽつぽつと降り始めた。そして予想に違わず、ライボルトが派手に電気を溜め始めた、みたいだ。みたいだなんて曖昧なことを言うのは、その時俺の視線は上にはなく、うつむいて地面ばかり見ていたからだ。
そしてふと、違和感を覚えた。暗くてわかりづらいが、不自然にアリアドスの影が伸びているような気がした。それがなんなのか理解した瞬間、叫ぶ。
「タカ! 『かげうち』がくる!」
「かげうち」は影を伸ばして相手の背後から攻撃するゴーストタイプの技だ。ゴーストタイプの技ではあるが、目の前にいるアリアドスを含め、異なるタイプのポケモンにも使い手がいる。
通常、「かげうち」は事前に気づかれることがない上、使用するポケモンの素早さに左右されずに攻撃できる。威力は低いものの、相手に隙を作れるため、意外と使える技だ。しかしながら、幸か不幸か俺はその攻撃に気づいてしまった。
俺の言葉に、機会を伺っていたであろう相手はさぞ嫌な顔をしたに違いない。ある程度相手の体力を削った後、ライボルトに注目を集めさせ、その隙を突いて「かげうち」で相手を一気に崩すという作戦だったんだろう。それがばれたと見るや、途端に影が正体を現して飛びかかってきた。タカは俺の言葉にはっとして横への回避を指示する。それで完全に避け切れたわけではないが、直撃するよりはましだ。
こちらのペースを乱すつもりで、むしろペースを崩されたのはあっちの方だったのかもしれない。
焦ったのか、「かみなり」がでたらめなタイミングで落ちてきた。当然外れる。こんなことってあるんだな。
攻撃のリズムを崩したのか、それまでこちらを翻弄し続けた攻撃の手に綻びが見えた。息が合っておらず、どこかちぐはぐだ。
タカは相手に動揺から立ち直る暇を与えまいと矢継ぎ早に指示を出し、ここぞとばかりに攻め立てた。元々ライボルトは防御力に不安のあるポケモンだ。こちらの攻撃が当たり始めるとあっという間だった。そうして形勢は逆転した。
さすが俺の幼馴染。
ほんの少し、ポケモンバトル特有の高揚感を思い出したけれど、慌てて打ち消した。戻れやしないのだから。
「助かった。ありがとう、ユーマ」
試合終了後、またもや人気のない廊下の隅っこに辿り着くとタカはそう言った。
「たいしたことはしてない。基本的にはタカのおかげだろ」
「それでも、あの時叫んでくれなかったら危なかった。ありがとな」
ああ、そんな風に笑われたら。何も言えないだろう?
「それに……ちゃんと戦えたじゃないか。もうユーマは戦えるんだ」
馬鹿言え、そんな簡単なことじゃないんだ。
「あれは必死だったから。もう無理だ」
首を横に振る。あんなの、もうできやしない。心なんてとっくの昔に折れたんだから。
「違うだろ。一回できたんだ。またできる。お前は戦える」
「なんの根拠があって……!」
「ポケモントレーナーとしての勘」
あっさり言い切るその言葉を聞いた瞬間、カッと全身が熱を持つ。
「……んな、ふざけんな! そんなふざけた理由で決めつけるなよ……!」
タカに掴み掛かる。とはいえ引きこもっている間にひょろひょろのもやしになった俺と違い、毎日外を駆けずり回っているタカとじゃあ、あまりに体格差がある。これじゃあ掴み掛かるというよりしがみついているみたいだ。試合前に同じことをした時には体格差なんて頭から抜けていたが。
「じゃあなんでお前は喋れるようになった。なんでお前はあの時声が出た」
激高した俺とは反対に、俺の幼馴染は冷静だ。むかつくくらいに。
「だからあん時は必死で……」
「一度できたなら、またできるはずだろ。お前はただ怖がってるだけだ。逃げるな」
「やめろ!」
叫ぶ。聞きたくなんかない。俺は、俺には、そんな資格なんてないんだ。
俺なんか耳を塞いで目を閉ざして縮こまって隅っこでガタガタ震えているのがお似合いなんだ。だから、だからだからだからだからだから。
「もう俺をあそこへ連れて行かないでくれ……」
そうしてずるずると崩れ落ちて床に座り込んでしまう。力が入らずただ床を見つめる。あれほどの熱が嘘みたいに、血の気が引いてむしろ寒気がした。
「臆病者」
そう吐き捨てながら、タカは俺の胸倉を掴んで顔を上げさせる。記憶より成長した幼馴染の顔がすぐ近くにあった。
「あいつらの、あいつの気持ちはどうなるんだ。ずっと、お前のことを待ち続けていたんだぞ……!」
俺が何もかも投げ出して引きこもった後、俺の手持ち達の世話を引き受けてくれたのはタカだった。でも、そうしてくれって俺は頼んでない。
俺が家どころか部屋から出ることも拒否したため、ポケモンセンターの預かりボックスに預けることもできず、父さん母さんはかなり困っていた。そんな時にタカがポケモン達を預かると自ら申し出てくれたらしい。いつだったかドア越しにそれを知らされた。
「あいつはいつもお前ん家の方を見ていた。お前には時間が必要だろうからって、じっと待ってたんだ」
その後どうなったのか尋ねることもしなかったが、どうやらタカの家できちんと世話をしてくれていたみたいで、それには感謝している。自分のことだけでも十分大変だろうに、よくもまあ自分から申し出てくれたものだ。
今まで、どんな気持ちでいたんだろうか。タカも、あいつらも。いや、そんなの俺の知ったことじゃない。知る資格が、ない。
「向き合ってやれよ、なあ。あんまりじゃないか」
反応を返さない俺に嫌気が差したのか、タカは思い切り舌打ちをする。
「ふざけるなはこっちの台詞だ……!」
そうしてタカは俺を床に放り出して歩き去る。俺はそれを呆然と見送った。
見放されただろうか。いや、それすらもはやどうだっていい。俺が臆病者なのは事実だし、バトルの場で一歩も動けない現実がそれを裏付けている。あいつらが俺を待っていた? だけど、俺はこんな有様なんだ。もう、どうだっていい。何も見たくない、何もしたくない。
俺はうずくまって目を閉じた。
それからしばらくして、腰につけていたモンスターボールからぽん、とポケモンが出てくる音がした。なんだろうと顔を上げると、そこにはひどく見慣れた緑色の生き物がいた。
呆然としたまま、その名前を呟く。
「カズハ……」
睨み付けるようにまっすぐ俺を見ていたのは一匹のジュカインだった。
カズハ。俺の、一番の相棒。だったポケモン。
さっきも少し顔を合わせたものの、こうしてきちんと見るのは二年ぶりだ。
「――――」
何をしているんだ、と言われた気がした。お前は何をしているんだこの腑抜け、と。
俺はただの人間だから、カズハが何を言っているのか全くわからない。だけど、カズハが怒っているのだけはわかった。不甲斐ない、情けない俺に心底怒っている。
こいつはいつもそうだった。俺がうじうじ悩んでいたりすると叱り付けるように威嚇してきて、ビビッている様子を見せればそれを吹き飛ばすように叫ぶ。行け、自分達を信じろ。そう言われているような気がして、いつもいつも背中を押されていた。どうしたらいいかわからなくなった時も、カズハの目を見れば何とかなるって思えた。
そう、そうだった。家を出てからずっと支えられてきた。だけど、あの時からカズハの目を見るのが怖くなった。俺を見る目に失望が混じってるんじゃないかと怖かった。そうなって、当然だけど。カズハの目に浮かぶ失望感を見てしまったらもう立ち直れないと思ったから、だから逃げた。
思わずごめんと謝ろうとして、そんなことを言ってもカズハに怒られるだけだと気づく。だから何を言ったらいいかわからなくて、開きかけた口を閉じた。
「――――!」
カズハが声を荒げる。
幼馴染のもとで、何を思って過ごしていたんだろう。俺を待っていたとタカは言ったけど、本当だろうか。こんな俺に愛想を尽かしたに決まっている。
不意に、カズハの様子があの頃の様子と重なって、荒々しくドアを叩く音が耳の奥で蘇った。
「――――!? ――――!」
カズハの声が聞こえると、俺はそれにひたすら耳を塞いでいた。あの声は部屋に閉じこもっている俺を叱っていたのだろう。いやそれとも責めていたのか。
初めは毎日、やがて一日おき二日おきと間隔が長くなっていって、タカに預けられてからはぴたりと止んだ。カズハはもう来ないのだと気づいた瞬間、奈落の底へ落ちていくような錯覚を覚えた。ああ、自業自得だって知っているさ。
見限られたんだと、そう思った。いつまでも出てこない俺なんかに嫌気がさして当然だ。そもそも絶望感を抱くなんて烏滸がましいにもほどがある。
そんなカズハが俺を待っていた? なんの冗談だ。そんなことあるわけない。あるはずがない。
でも、
「――――! ――――!」
本当にそうだろうか。愛想を尽かしたなら、見放したなら、カズハはこんなに必死にならないんじゃないだろうか。
だけど。
「……れは、俺は、もう」
戦えないと言おうとして、なぜだか言葉にできなかった。その代わりにこう告げる。
「お前なら、俺なんかよりもっと優秀な人間のところにいってもうまくやれるはずだ。だから」
「――――――!」
それ以上続けようとする前に、カズハがそれ以上馬鹿なことを言うなと言わんばかりの剣幕で、ひときわ大きな声を上げた。
俺はお前の言ってることがわからないのに、お前は俺の言ってることがわかるのか。
それなら、なあ。
「覚えてるだろ、あの、負けた時のこと」
わかるだろう、覚えてるだろう、あの惨めさを。
なあ。
そう言えば、カズハは押し黙りじっと俺の目を見つめてきた。視線を受け止めたそこに、恐れていた失望の色は見つけられなかった。
あの頃は、世界が輝いて見えていた。何もかもがうまくいくと信じきっていたし、まるで世界が自分を中心に回っているような、観客達の上げる歓声が全て自分に向けられているような、そんな錯覚を抱いていた。
自分がこれから歩む道を信じて疑わなかった。この試合に勝って、大会で優勝する、そんな輝かしい未来を。
それはただの思い上がりに過ぎなかったけど。
対戦相手は年下のトレーナーだった。
前評判は聞いていた。最年少記録を次々に塗り替える化け物じみた強さの持ち主、と。だけど、それでも勝てると思い込んでいた。調子に乗っていたんだ。
そいつはきっと、俺が数年かけてたどり着いた場所にあっという間に到達して、そうして何の感慨もなく通り過ぎる、そんな人間だったのだろう。
意気込みとは反対に、始まってすぐに全てが崩れた。呆ける暇などないのに、あまりの衝撃で思考が白く染まった。
相手が出してきたのはマリルリだった。長い耳の可愛らしい見た目とは反対に、「ちからもち」という凶悪な特性を持ったやっかいな相手だ。「ちからもち」は物理攻撃の威力が上がるという特性だ。もちろん、「あついしぼう」――氷タイプの技や炎タイプの技のダメージを減らす特性――の可能性もあるが、「ちからもち」の方がバトルには向いている。これは気をつけないとまずいな、と思った途端。
「『アクアジェット』」
たった一言だった。こちらが仕掛ける前に、水を纏ったマリルリが突進してきた。
あ、と思った時はもろに食らっていて、俺の出したポケモンは倒れて戦闘不能になっていた。
信じられない気持ちで倒れたポケモンを見ていた。審判にポケモンを交代させるように促されて、我に返った。
攻撃を当てるチャンスすらないこちらに対し、あちらはただ一度「アクアジェット」を当てるだけ。その一撃が強力すぎた。
あれよあれよという間に、苦楽を共にしたポケモン達が一匹、また一匹とフィールドに沈んでいった。
「頼む! カズハ!」
縋るような思いでカズハをバトルフィールドに出したのを覚えている。勝てないことなんてもはやわかりきっていたけど、せめてタイプ相性で有利なマリルリだけでも倒せたなら。そう思ったんだ。
「『アクアジェット』が来るぞ! 耐えるんだ!」
いきなりの指示にも関わらず、カズハは戸惑うこともせずすぐに防御の構えをした。俺の言葉を聞いて別の技でも出してくるかと一瞬思ったけど、そんなことはなかった。
威力が半減しようとも「アクアジェット」だけで十分、と思われていたんだろう。悔しいけどその通りだった。
予想通り、水を纏ったマリルリがこちらに突っ込んできてカズハとぶつかる。カズハはどうにか倒れずに済んだものの、大きく体勢を崩してしまった。それでも、
「そこから『リーフブレード』だ!」
カズハは俺の声に必死に答えようとしてくれた。バランスを崩しながらもその腕に力を込めて、マリルリに斬りかかる。
だが、やはり無理な体勢から放った技だからだろう。あるいはレベルの差だったのか。マリルリは多少痛そうな顔をしたものの、もう一度水を纏ってカズハに突進してきた。
「カズハ!?」
さすがに二度も耐えることはできなかった。カズハの体が宙を舞い、べしゃりとフィールドの上に落ちたのを覚えている。落ちた後、カズハは身じろぎすらしなかった。俺はそれをただ呆然として見ていた。
そうして俺達は、相手のポケモンを一匹たりとも倒すことなく敗退した。
何よりも耐えがたかったのは、自分よりも年下の相手に歯牙にもかけられなかったこと。あっちからしたら、俺なんかその辺に転がっている石ころ同然だったこと。
試合終了後に何か言ってくるでもなく、興味もなさそうにさっさと控え室に引っ込んで行ったのだ。俺のことなんか、見てやいなかった。無論、何を言われても傷口に塩を塗られるようなもので、結局ショックを受けていただろうけど、それでも。全く興味を示されない現実は受け入れがたかった。
遥か高みを目指して歩いている相手にとって、俺なんかは障害物ですらなかったことを思い知らされた。
「俺、あの時思ったんだ。到底、手が届かないって。お前だって、わかるだろう?」
気づかないうちにぼたぼたと涙を流していた。悔しいのか、悲しいのか、それとも全然違う理由なのかもわからない。
「どうしたって、駄目なんだ。無理なんだ。俺はあそこにはたどり着けない。夢は所詮夢なんだ」
馬鹿なことを言うなとカズハは思うだろうか。だけど、はっきりと現実を突きつけられたんだ。
「俺は……」
言うかどうか迷って、それでも口にした。
「俺には、無理なんだ」
突きつけられた現実に向き合うことが怖くて、俺は逃げた。自分の殻に閉じこもって、目を閉じて耳を塞いで。そうして俺は前に進むのをやめた。
泣きながらそんなことを言う俺に、カズハは何も言わなかった。まあ、言われたところで俺には理解できないんだけど。
「ごめん、カズハ。ごめんな……」
そう謝ることしかできなかった。
ひとしきり泣いた後。
「ユーマ、行くぞ」
上から降ってきた声にのろのろと顔を上げる。いつの間にか時間になっていたらしい。カズハはどこだろう。視線をさまよわせれば、少し離れたところにカズハはいた。何を考えているんだろうか。まあどうせ、俺にはわからないけど。
「ひでえ顔。あ、もとからか」
その言葉で視線をタカに戻す。自覚のある下手くそな笑顔を浮かべて返事をする。
「言ってろ」
思い切り泣いたせいか、気持ちが少し楽になった。これなら試合中も普通に立っていられるだろう。バトルに参加する気はさらさらないが、みっともない姿を晒すことだけはなさそうだ。
近くのトイレに入り冷水で顔を洗う。鏡を見れば青白い顔をした不健康そうな人間が見えた。確かにこれは酷いと苦笑する。
廊下へ戻ると、タカがカズハに大丈夫かと声を掛けているのが聞こえた。その様子を見て、俺なんかよりタカのような優秀なトレーナーのところへ行った方がカズハは幸せなんだろうなあ、という考えが頭をよぎる。
戻ってきた俺に気づいたタカが、カズハをモンスターボールに戻すよう言ってきたので従った。
会場へ向かいながらふと、ずっと疑問に思っていたことが口をついて出る。
「なあ、タカ。なんでタカは俺を助けてくれるんだ」
俺の言葉を受けると、タカは頭をがしがしと掻いて言い淀む。言いたくないというわけではなく、なんと言ったらいいか迷っている感じだった。
「……お前が引きこもって最初はちょっと嬉しかった。ライバルが減ったってな。ユーマはオレを軽蔑するか?」
するわけないだろう。そんな感情を抱くのはおかしなことじゃない。だから思ったことをそのまま口に出した。
「はあ? 知るかよそんなの。ライバルなんて蹴落としてなんぼだろ。意味わかんねー。つか、お前そんなつまんないこと気にしてたのかよ。ばっかじゃねーの」
俺が吐き捨てるように言うと、タカは虚を突かれたように目を見開く。考えが追いつかないのか、何度も何度もまばたきしたタカは、やがて顔を歪めて苦しげに絞り出すように呟いた。
「オレは、ずっとユーマが羨ましかった」
どこがだ? どこにそんな要素あった。俺の方こそ、タカのその身長が羨ましくて妬ましくて仕方ないんだが。
ほらあのテストではとか、あの時とか、とタカはいろいろ並べ立てるが、俺としては馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。
「ハアアアアアアアア? お前何言ってんの? それ言ったらタカは運動する時はいつも俺よりすごかっただろ。マラソンも鉄棒も跳び箱も。それにテストだって、タカに負けたことなんて何回もあるぞ。そもそも身長で勝ったことねーし!」
信じられない、という顔をしたタカに俺は続ける。
「まあ、俺もタカに勝ったことなんて全然覚えてねーし、そう考えると、負けたことばっか覚えてるもんなんだな、人間って」
だから俺はタカの方がすごいとずっと思ってた、と言って俺が笑うと、タカは小さな子どものように泣きそうな顔をした。お前、その図体のくせになんて顔してんだ。
そう思っていると、もごもごと何か口の中で呟いていたタカがぼそりと告げる。
「……ほんとにユーマはチビだな」
ハアアアアアアアア? この流れでそれ言うか!? つか、人がせっかく励ましてやってるのに!
○ね、氏ねじゃなくて○ね! そして縮め!
そうしてこれまでの流れを無視するように、笑顔を作った親愛なる幼馴染殿は爆弾発言をしてくる。
「よし、最後の試合だ。気合い入れていこうぜ」
……最後?
思わず足を止めた俺があまりにもぽかんとしたからだろうか。タカもぽかんとする。
「ん? いまから決勝戦だぞ? ねぼけてんのか?」
「いや聞いてねーよ!」
と突っ込むものの、タカは何言ってんだこいつという顔をする。
「ぐだぐだ言ってないで、早く行くぞ」
え、いや、心の準備ってものが……ともごもご言おうものなら首根っこ掴まれて連行された。ひでえ。
歓声が聞こえる。さほど大きな大会ではないだろうに、意外に観客の数が多いようだった。今まで周りなんて見えていなかったから気づかなかった。
『キンセツシティ出身、兄弟ならではの抜群のコンビネーションで――』
アナウンスが流れる。そりゃ兄弟なら息もぴったりだろう。今までの試合結果が簡単に紹介されるのを聞き流す。まともに聞いてたら心が折れる。
『対するは――』
次に流れたのは俺達のこと。俺達というか、最近注目のトレーナーであるタカのことしか言ってない。俺のことにはあえて触れない優しさを感じた。が、観客からはヤジが飛ぶ。うん、そらそうだろうな。俺いなくてもいいし。タッグバトルの意味ないもんな。
なんてしみじみと思っていると、やけに神妙な調子のタカが呟いた。
「……晒し者にするつもりはなかった」
は、今更何を言っているのだろう、この幼馴染は。晒し者になるに決まっているじゃないか。どうしてそれがわからなかったんだ。
「お前があんな風になるほどだなんて思ってもなかった。バトルの場に出してしまえば、大丈夫だと思ってた」
そうだよな、普通あんな情けない姿を衆目に晒すなんて思わないよな。俺は最初から無理だとわかっていたけど。まあでも、
「逃げてばっかの俺が悪いから、さ」
やっぱり俺が悪いってことくらいは、わかってる。ちゃんと向き合おうとしなかった報いだ。
「ま、せめて最後くらいはちゃんと立ってるよ」
立ってるだけかよ、とタカは苦笑して、けれどそれを責めることはなかった。
そうやって言葉を交わしていると、審判に位置につくよう促された。
「なあユーマ」
位置につこうとする俺を引き留めるように、タカが言う。
「これが終わったらどうする?」
「そうだなあ、せめて引きこもりは卒業したいな」
「その後は?」
多分聞きたいのは、カズハを始めとしたあいつらのことだろう。
「あいつらは誰か引き取りたいって人に引き渡す。逃げるのはやめて、ちゃんと終わらせる」
そうか、とだけ呟いてタカは決められた位置についた。
始まった。とはいえ、俺がやることはしっかりと目を開いて見守ることくらいだが。
俺のポケモンとしてタカが選んだのはカズハだった。最後の最後に、か。俺に選ぶ権利なんてないから、いいけどな。
ああ、カズハはタカに引き取ってもらうのがいいのかもしれない。きっと、俺が引きこもっている間に、タカがどれだけ素晴らしいトレーナーか知ったに違いない。それに俺も、預ける相手が幼馴染であれば安心だ。タカの指示で活躍するカズハを想像すると、心が躍る。いいな、うん。ああでも、タカはもうある程度メンバーを決めているだろうから、そこに割って入るのは難しいだろうか。十分活躍できると思うんだけどな。ま、カズハならきっとどこへ行っても大丈夫だろうけど。
「カズハ!」
と、いけない。完全に試合から意識が離れていた。幼馴染の妙に焦った声ではっと我に返り、フィールドに視線を移す。
こちら側には、タカのチャーレムとジュカインであるカズハ。
対する向こう側にはマリルリと、チルタリスがいた。マリルリの姿に胸がざわつく。
どうしたんだと思えば、カズハは最初の位置から少しも動いていなかった。タカが指示を出しているのに、動こうとしない。何をやってるんだ。
よく見れば、カズハの体は濡れていて、紫色の液体を被ったような形跡があった。
……「どくどく」のような気がする。「どくどく」はただの毒ではなく、時間が経過すればするほど体力を奪っていく猛毒だ。長期戦はまずい。そう思うものの、相手のマリルリは水のリングを作りだし、自身の周囲に浮かべる。よりによって「アクアリング」かよ。こっちの体力を削りつつ、自分はじわじわ回復しようってことか。完全にカズハをなぶり殺しにする気満々じゃねーか。
そうして準備は整ったとばかりに、マリルリは水を纏った尻尾で何度も何度もカズハを打つ。
カズハはというと、その場から動かず避けようとしない代わりに、腕にエネルギーを集め、リーフブレードに近い状態を保って攻撃を受け流している。受けているのはダメージが半減する技だし、致命傷も避けているが、小さなダメージが積み重なっていくのは避けられない。そもそも毒を受けているから、時間が経てば経つほど不利になることくらい、カズハだってわかっているだろうに。
さらによく見れば、カズハの腕の葉が萎れているような。そう思った瞬間、はっとする。
……まさか、「そうしょく」?
ポケモンには通常の特性とは異なる、いわゆる隠れ特性というものがある。隠れ特性持ちは個体数が少なく、比較的最近になって発見されたらしい。
マリルリの隠れ特性は「そうしょく」。草タイプの技のエネルギーを吸収し、自分の攻撃力を上げる。つまり水タイプ持ちのマリルリには効果抜群のはずの技が効かない上に、相手を強化することになる。今の様子を見るに、マリルリがカズハに触れるだけでいくらかのエネルギーが吸い取られているようだ。
「反則だろ……」
すうっと血の気が引いていくのがわかる。相手がなぜ、ジュカインであるカズハにマリルリを当ててきたのかがわかると同時に、どうやったって勝てるわけないという絶望感が襲ってくる。無理だ。こんなの、無理だ。
チャーレムに視線をやる。チルタリス相手に善戦してはいるが、飛行タイプの技に警戒する必要があり、カズハを援護する余裕などない。タカは必死に巻き返しの糸口を探っているようだが、望みが薄いことは誰の目にも明らかだ。
なあ、カズハ。タカの指示に従ってくれよ。せめて避けてくれよ。頼むから、なあ。
そんな俺の願いとは裏腹に、攻撃が止むことはないし、カズハが避ける気配もない。まさか水色の悪魔であるマリルリを見て足が竦んでいる? そんな馬鹿な。カズハに限ってそれはない。じゃあ、なんで。
「何やってるんだよ、カズハ!」
たまらず俺が叫ぶと、カズハは声を張り上げる。
「――――――!」
カズハの叫びが胸を貫いた。
「な、にを……」
呻くような声しか出ない。
「――――! ――――!」
俺は、俺は……。
『ずっと、お前のことを待ち続けていたんだぞ……!』
不意にタカの言葉が蘇る。
そうして、出会った頃から変わらない、こちらを射ぬくようなあの目を、思い出す。
初めてのポケモンをもらいに行った、まだ幼かったあの時。たくさんいるポケモン達の中で、一匹だけ異彩を放っていた緑色のポケモン、キモリ。それがカズハだった。
他のポケモン達が人間に対して興味津々であったり、あるいは怖がっているのに対し、カズハだけはこっちを試すように睨んでいた。カズハの周りには人間はおろか同じキモリですらいなくて、そこだけぽっかりと空間ができていたのをよく覚えている。
一緒に来てた連中は、カズハのことを避けるようにして他のポケモンから選ぼうと見て回っていた。俺も目が合った時、その鋭い眼光に思わず固まってしまったし、そもそもこんな気の強そうなやつを選ぶつもりなんてなかった。だけど、どうしてだか目が離せなくて。他にいくらでも人懐こいやつや、大人しいやつだっていたはずなのに、もうそのキモリ以外は目に入らなかった。どうしてだろう。こいつだ、と感じたんだ。
「俺と一緒に、来てくれるか?」
歩み寄って恐る恐る聞いたら、どうにもお気に召さなかったようで、ぷいと横を向かれた。どうしてもこいつじゃなきゃいけない、と感じていた俺は困ってしまって、「なあ頼むよ」と声を掛けた。場合によってはエサで釣れと言われていたのを思い出し、ごそごそとポケモンフーズを取り出したものの、でも一向にこっちを向いてくれなくて、半ばやけくそになって叫んだ。
「俺と一緒に来い!」
突然大声を出した俺に周囲からの注目が集まって、しまったと思った瞬間。
「――――!」
威勢のいい返事が聞こえて、あの目が真っ直ぐに俺を見ていた。
あの時の安堵感と喜びを、俺はつい忘れてしまっていた。
そうか。そうだった。カズハは俺を選んでくれたんだ。そして、待っていてくれたんだ。俺なんかのことを。
本当に? いや、この光景を見ても疑うのか。
だけど、なあ。本当に俺でいいのか。俺じゃたどり着けないかもしれないのにいいのか。
いつだって悩む。いつだって迷う。
だけど、それでも。待っていてくれるか。叱り飛ばしてくれるか。俺についてきてくれるか。
なんて、愚問か。カズハ、お前とならきっとどこまでだって行けるって信じてる。
だったら、
「カズハ!」
そのために戦わなくちゃな。
俺は次の言葉のために大きく息を吸った――――
「ごめん……、俺のせいだ」
試合終了後、会場を出たところで俺は謝った。
あの後カズハが奮起してくれたものの、動き出すのが遅すぎた。毒のせいでカズハが先に倒れ、チャーレムだけではどうしようもなかった。一矢報いるくらいはできたかもしれないが、それだけだ。
俺がもっと早い段階でカズハに指示を出していれば。またしても俺達は水色の悪魔に負けた。
「あのな、この大会に出た目的は優勝だと思うか? 違うだろ、お前を更生させるためだ。だから、お前がまたバトルする気になったのが何よりの収穫なんだ。気に病む必要なんてない」
タカはそう言って慰めてくれるが、俺の気持ちは収まらない。
「いや、でも」
「いやもくそもねーよ」
だって、と俺は思いを吐き出す。
「負けるのは、やっぱり悔しいんだ」
その言葉にタカは、はっとしたような顔をして、それからにやりと笑った。
「負けるのが悔しくないやつなんか、強くなれない。何度も負けて悔し泣きしてどうしたら勝てるか考えて、地べた這いつくばってでも勝とうとするのがトレーナーだろ? へらへらして負けを認められないやつや、負けたことから逃げ出すようなやつはいつまでたっても弱いままだ」
最後の言葉が心にぐさりと刺さる。そうだ、俺は逃げ出した弱い人間だ。
そんな俺を尻目に、幼馴染は続けた。
「だから悔しいって思えるなら、まだ戦えるってことだ」
いや、そんな、と俺が戸惑っていると、突然タカがまくし立てる。
「そういえばお前さー、知ってるか。お前を負かしたあのトレーナー、今絶不調なんだってよ。あんだけ天才天才と持ち上げられても、所詮は同じ人間。悩みもすれば躓きもする。世の中何が起きるかわからない、先のことなんて誰も知らない。だから、ユーマはそれでもいいんだ。それで、いいんだ」
そうしてタカは、ようやく戻ってきたな、おかえり、と告げる。
負けるのは、怖い。だけど、いつまでも逃げてなんかいられないから。
カズハの入っているボールをぎゅっと握ると、それだけで勇気が湧いてくる。
また、カズハと一緒に戦いたい。この気持ちに偽りはない。だから。
「ああ、ただいま」
退屈な時間はもう終わりにしよう。
これから先、負けることは何度だってあるだろう。頂点に立つなんて夢物語かもしれない。でも、タカだって逃げずにいるから。それにカズハがいるから。行けるところまで行こう。きっと、大丈夫。
それにまだ駄目って決まったわけじゃない。一回大負けしただけじゃないか。
「また、頑張ってみる」
「おう、その意気だ」
そう言うなり、ほれ、と幼馴染が何かを放り投げてきた。反射的に受け取ってから気づく。
「おい、これ……」
それは俺がトレーナーだった当時に使っていたバッジホルダーとそれに納められたいくつかのジムバッジ。
「懐かしいだろ、お前の部屋から発掘した。どうせ仕舞い込んでるだろうと思って探したんだ」
俺の部屋漁ってたのはこのためか。
「これ見せたらお前もやる気出すんじゃないかと思ったんだが……渡しそびれてた、わりい」
大敗した後、視界に入るのすら嫌で奥へ奥へと押し込んでいた。捨ててしまおうかとも思ったけど、どうしてもそれはできなかった。隠すように仕舞い込んでそのまま忘れていた。
経過した年月のせいか、昔は輝いていたバッジはくすんでいたけど、それでも手にすればあの頃の気持ちが蘇ってくる。一つ一つ、思い出が詰まっているバッジ。きっと、立ち直る前なら蘇る記憶や気持ちに怯えて拒絶してしまっていただろう。このタイミングで渡された方がずっといい。今渡されてよかった。だから素直に感謝を口にした。
「……ありがとう」
「ま、オレの方が多いけどな」
そんな殊勝なことをした俺に、タカは憎まれ口を叩く。
なんだよ、元々ぼんぐりの背比べみたいでほとんど差なんてなかっただろ! ちょっと休んでただけだし!
「すぐに追いついてやるから、覚悟しとけよ、タカ」
そうだ、タカぐらいすぐに追いついて、いや追い越してやる。目標は高く、夢はチャンピオン。なんてな。
そんな俺をよそに、タカはイラっとするような仕草で肩を竦める。
「どうかな。まあ精々足掻けばいい」
な、人がせっかく再スタートしようとしているのに、それを挫く気か! もっと優しく接しろよ!
俺がイラッとしたのを見たタカはにやりと一言。
「チビのくせに」
その言葉への苛立ちが先ほどまでの感謝の気持ちを完全に吹き飛ばす。
くっそむかつく! だからチビって言うな! そっちもすぐに追いついてやる!
○ね、氏ねじゃなくて○ね! そして縮め!
この恩は熨斗つけて返してやるから首洗って待ってろコノヤロー!
――――――――
オタコン没ネタ(http://rutamaro.web.fc2.com/)
お題:「あい」
使用副題:退屈を打ち壊しに来た
Q.没ネタと言いつつ応募作より長くて気合い入ってるってどういうこと?
A.期間内に書き上がる気がしなかったからだよ。あとお題のあいが行方不明だったからだよ。書き上げたけど今も行方不明だよ。相棒…?
オタコンは2012年の6月…。なんということでしょう。
完成してよかった。
この副題考えたのはどなたかわかりませんが、素敵なフレーズありがとうございました。
あれを見た瞬間、ドアをぶっ壊して誰かが入ってくるシーンしか思いつかなかったです(ドアはそんな簡単に壊れないとか言わないお約束
タイトルは久方さんの幼馴染シリーズに触発されました。でも内容が掠ってすらない不思議(
自分としては異様なくらいまっとうな話でどうしてこうなった。
ただまあ、全文に渡り、はいはい説明文説明文。描写?なにそれおいしいの?(
最後蛇足っぽいけど、幼馴染にむかついて終わりにしたかったのでこうなりました。
戦闘シーン書きたくなさ過ぎて困った思い出。ていうかそのせいで三年以上もかかった気がする!
ポケモンの組み合わせに、ねーよ!って言われそうですが、お話の都合ですという言い訳を書いて終わりにします(
相談に乗ってくれたもーりーありがとう。チルタリスかわいいよねもふもふ。
特性「そうしょく」の解釈はあきはばら博士のアイディアを丸パク…もとい参考にしました!
ありがとう博士ありがとう!
お粗末様でした。
Pokezine 20XX年9月13日 19時45分32秒
おとなしく可愛らしいイメージの電気ポケモン、プラスルがマイナンと協力して群れを作り、ペリッパーを捕食するシーンが撮影され、日本ポケモン学会に衝撃が走っています。
プラスルは最大体長0.4メートルの小型草食ポケモンで、数匹で群れを作り、木の実や草を食べて生活するおとなしく平和的な性格のポケモンです。近似種のマイナンも交えた群れを作ることもありますが、お互い喧嘩をすることもなく、家族のように一緒に仲良く暮らすほどです。今回撮影された写真では、そのプラスルとマイナンがポチエナの群れのように協力して大型ポケモンの「狩り」を行っており、本来の生態からも大きく逸脱した行動にポケモン生物学者達は動揺を見せています。
写真を撮影したのはカイナシティに住むポケモン写真家のカミヤ・コウイチロウ氏。「101番道路でロゼリアの写真を撮っていたら、近くの草むらで騒がしい鳴き声と火花の弾けるような音がしたので近づいてみたら、プラスルとマイナンがペリッパーを襲っていたんです。本当に驚きました」とのこと。彼が撮影した写真には、数匹のマイナンが電気の網を張ってペリッパーを道路の隅に追い込み、体に電気を纏ったプラスルがペリッパーの頭部にたいあたりを食らわせる、非常に息の合った狩りの様子がありありと写しだされています。
プラスルやマイナンは小型の虫ポケモンやタマゴなどから動物性タンパク質を摂取することもありますが、積極的に狩りをし、肉食を行うことはこれまで報告されていませんでした。写真を見たポケモン生物学者のハコベ・ケンゾウ氏は「写真を見る限り、プラスルとマイナンの肉食行動は非常に新しい習性のように見えます。例えばルクシオのように普段から肉食を行うポケモンであれば、獲物を追い詰めた際にはまずとどめを刺すために喉元に食らいつきます。それから腹などの柔らかい部位から食べ始めるわけです。ところが写真を見る限りプラスル達は、電気で痺れさせた獲物がまだ飛び立とうとするうちから捕食行動に入っていますし、自分たちが飛びついた部位から闇雲に食べ始めています。狩りのルールが確立されていないのです」と話しています。
穏やかなはずの彼らを狩りに駆り立てたトリガーは何だったのか。今後地元のポケモン生物学者によって詳しい調査が行われる予定です。
お騒がせトリオとの共同生活、三日目。
ふと目覚まし時計を見ると、設定時刻を一時間も過ぎていた。うっひゃあ寝坊だーーっ!
慌てて飛び起きたら布団の上に乗っかっていたらしい小猿たちが「ぷきゃ!」と悲鳴を上げて床へ転がった。我に返る。
「ああ…お店行かなくていいんだった…」
私に振り落とされてぷりぷり、もとい、おぷおぷ怒っているバオップ。しくしく、もとい、やぷやぷ泣いているヒヤップ。それから一匹転落を免れたらしいヤナップを順繰りに見渡して、息を吐く。
目覚まし時計にもお騒がせ三重奏にも気がつかないほど熟睡していたらしい。昨日なかなか寝付けなかった所為かな。なんとなく頭がぼーっとする。
三匹(正しくはバオップとヒヤップ)を宥めすかしながらリビングへ向かう。ちょうど両親が出勤の支度をしている所だった。キッチンテーブルに私の分の朝食が用意されており、お昼ご飯は冷蔵庫にあるから、と母が言った。
「行ってらっしゃーい」
二人が仲良く家を出るのを見送る。それから朝食を済ませ服を着替え、私たちも我が家を後にした。
アパートの階段を下りて北へ、通い慣れた道筋を辿る足。交差点の横断歩道を渡れば、三日前まで毎朝通っていた三ツ星は目と鼻の先だ。
あそこへ行かなくなってからたったの三日。なのに、もう何週間も行っていないような感覚だ。ずうっと続いていた習慣を突然断絶すると、こんなにも心がそわそわして落ち着かなくなるのね。
渡ろうとしていた横断歩道の信号が赤に変わったので、立ち止まる。待つ間、ぼんやりと慣れ親しんだお店を眺めた。
窓にはカーテンが引かれ、中の様子は判然としない。開店まではまだ時間があるし、スタッフも集まり切っていないんだろう。正面玄関も堅く閉ざされている。
「……行こうかな」
三ツ星に。
「追い出されることはまず無いだろうし」
アパートを出るやいなや無意識にあそこを目指していた体に対して、そんな風に言い聞かせる。気になるなら行っちゃいなよ私。うん。
「みんな、お店では静かにしててね!」
そう言って振り返れば、そこには「分かった!」とでも言うように私を見上げて来る三匹の小猿が……
「いなーーい!!」
いなかった。
「アレッ、どこ行ったの? ヤナップ? バオップ? ヒヤップーー?」
朝っぱらから大通りで大音声を張り上げる私に通行人が驚愕の表情を向けてきたが、構っていられない。
一気に冴えた頭をぶんぶん振り振り辺りを見回す。西へ続く別の横断歩道の向こう側に、緑赤青のカラフルな影が走って行くのを発見した。待ってェーーー!
「やぷっ!」
「おぷー!」
「なぷぅ!」
加速するお騒がせトリオ、追跡する私。必然的に三ツ星からはどんどんどんどん遠ざかる……。
行き先を鑑みて、公園でまた遊びたいのかと思いきや、どうも違うようで。三匹は公園内の通路を次は北へと突っ切る。木香薔薇が絡まった木製のアーチをくぐると、隣町シッポウシティへと繋がる三番道路に出た。
丘に建つ幼稚園と育て屋の前を通り過ぎ、前方と左方とに分かれた道をかくんと左折。木立を抜けるとやがて池が見えて来た。向こう岸との間に架けられた小さな橋に差し掛かった所で、三匹の暴走はようやく終止符を打つ。
「やっ、やっと、止まった…!」
ぜーぜーと肩で息をする私の真ん前で平然と、どころかすごく嬉しそうに跳ねているヤナップバオップヒヤップ。もう怒る気力が湧かないわ……。
ひとまず切れ切れになった息を整えようと、深呼吸していると。
「我々への挨拶も無しに旅に出るつもりですか? メイ」
聞き慣れた涼しい声が背中に投げかけられ、私は勢いづいて振り向いた。
「コーンさん! 違いますよ…旅になんか出ません。この子たちを追いかけて来ただけです」
背後には予測通りコーンさんの姿。腰掛けた自転車を左足で支え、立っていた。少々困り顔で。
「一緒に行こうと、あなたを誘っているのでしょう」
「そんな。私にはお店のお手伝いがあるし……」
そのように返しつつ三匹の様子を窺うと、期待に満ちたキラッキラの眼差しに迎えられた。……そんな顔されましてもねえ。
「コーンさんはどうしてここに?」
訊けばシッポウシティに用事がある、とのこと。
それとこれとは関係無いけど、自転車での外出だと言うのにコーンさんも前日の二人と同様のウエーター姿だ。むしろこれが彼らの普段着と言っても差し支えない着用率。まぁ、私もいつもならエプロンと三角布を着けたままその辺を歩き回るから、人のことを言えない(今は休みだから私服だ)。
「はあ。店の手伝い、ね…」
先の私の返答に首を傾げたコーンさんは、自転車を降りて傍らに停めると、私の目を真っ直ぐに見、口を開く。
「それは本当に、メイが心から追い求めた願望なんですか?」
「え…」
「彼らを見ている内に気づいたんじゃありませんか? あなたの願いや望みが、あの場所には無いことに」
不意の問い掛けでとっさに返す言葉を見つけられず、私は茫然としてしまう。
あの場所って三ツ星のこと…よね。
「まだ余裕があります。一つ、為になる話をして差し上げましょうか」
左の袖口を捲り腕時計を確認したコーンさんは、私のぼんやりした態度に構わず話を進める。
「メイ。あなたはコーンたち三人が、この先もずっと共に、あの場所にいるものだと思っていますか?」
またしても唐突な質問。とりあえず頷いてみると、コーンさんは少しだけ悲しそうに頭を振り、足下の小猿たちへと目線を落とす。
「我々は決して運命共同体ではありません。デントはイッシュ各地の色、味、香りを追究し味わうため、自由気ままな一人旅がしたいと願っていますし、ポッドは一般トレーナーと同じようにジムバッジを集め、いつかはイッシュリーグへ挑戦することを望んでいるんですよ」
コーンさんは三匹の前に膝をつき、彼らの頭を撫でながら、続ける。
「このコーンも、いずれは修行の旅に出向こうと考えています。もちろん一人でね。ポケモンもそうですが、コーン自身のレベルも上げることが出来るでしょう。それが、コーンの夢なんです」
「…………」
「デントもポッドもコーンも目指す夢は違い、向かう道は異なります。三つ子だからと言って、いつまでも三人、一つ所には留まっていませんよ」
お騒がせトリオが私たちの周りを跳ね回っている。とても楽しそうなその姿に、コーンさんはふっと口角を上げた。
「夢……」
アイドル。美容師。教師。イラストレーター。パティシエール。
友達はみんな確かな未来像を持っている。将来はどうしたいと問われれば、彼女たちは迷わず即答するだろう。それは、彼女たちが自分にとって最も素晴らしいと考える毎日を形作る、土台となるものだから。
私の両親も子供の頃に料理人になりたいと願い、望み――今は、ずっと夢見ていた毎日を送っている。
そしてコーンさんたちも。今は一緒に仕事をしているけれど、いつかはそれぞれに思い描く素敵な日々を送るために、三ツ星から…サンヨウから、旅立つんだ。
コーンさんはそこですっくと立ち上がり、私を見た。
「あなたのご両親もコーンらも。あなたの才能がより強く美しく開花し、それを存分に奮うことの叶う未来を求めるならば、それがどんな旅になるとしても、全力であなたを応援する心積もりですよ」
「……でも」
戸惑い。躊躇い。迷い。恐れ。心の中に入り乱れ、靄のように蟠るそれらの感情に抗えず、目を伏せる。
ひゅうと吹いた強い風が、私とコーンさんの髪や服を揺らし、木々の葉をざわめかせ、水面を波立たせる。けれど私の胸にかかった靄までは、払い除けてくれそうもない。
「ポッドがあなたを夢の跡地へ行かせる、と言い出した時には驚きましたが……しかしメイならもしかしたらと、このコーンも思ったんです。そしてあなたは我々の期待を裏切らず、見事チョロネコと打ち解けてみせた」
コーンさんは再度足下にいる小猿たちに視線を転じ、左手全体で三匹を指し示す。
「彼らが何故あなたの採取した果物を盗ったのか、解りますよね? 林の奥にはそれこそ、至る所に果物が生っているにも関わらず。何故、あなたの持っている物を奪ったのか」
それは、チョロネコたちが自分では果物を採らず、私が譲る物を手にするのと同じ。あの子たちは私が選んだ果物が必ず美味しいことを、知っていた。この子たちにもそれが判ったんだ。
「生まれ持った才能を、成り行き任せに組み立てられた退屈な暮らしの中に埋没させるなんて、勿体ない。さして好ましくもない行為に、限りある体力を心血を、未来を費やすなんて、これほど味気ないことは無いとは思いませんか?」
ポッドさんに、私は言った。
私はトレーナーに興味が無い。そう好きでもないことをやるなんて、おかしくはないか、と。
「退屈だなんて私…」
三ツ星での仕事が好きじゃない、合っていない、とは感じない。探してみても一つも不満は無い。
だけど……ただ一つ、あの場所に何か足りない物があるとしたら、それはたぶん、
充実感。
「…………」
私は前から漠然とそれを感じていた。明確な言葉にする機会が無かっただけで。真っ向から自分の気持ちを見つめようとしなかっただけで。
だって、“平凡だけれど安定した生活”から脱するには、新しい一歩を踏み出すには、勇気が要る。覚悟を強いられるから……。
「惰性であの場所に居続けるのは、コーンはあまりお勧めしませんね」
デントさんは、私に言った。
自分のことは自分が一番よく解っていると、殆どの人間は考えているけど、周りの人間の方がその人を理解している時もある、と。
みんな、そう思うんだ。
私は外へ出た方がいいんだ、って。
「ま。周りがどうこう言っても結論はメイ、あなたが出すんです。あなたがこの先どういう日々を送りたいのか、それはあなたにしか解らないし、あなたにしか決められないことなんですよ」
直立不動で黙りこくる私を、小猿たちが静かに静かに見つめていた。
「いけない。そろそろ行かなければ」
私が発言するのを待っていたんだろうか。
声も無くそっぽを向いていたコーンさんが、ふと時計に目をやるや呟いた。スタンドを蹴って解除しサドルに腰を降ろすと、視線を私へ移す。
「それではまた。はしゃいで池に落ちないよう、気をつけて帰るんですよ」
この辺りには凶暴なバスラオが沢山棲息していますからね。
そう言い残し、一路シッポウシティへ向けて、コーンさんは自転車を走らせて行った。
「………………。」
いくらはしゃいだって、十五にもなって池ポチャする訳が無いのに…あの青鬼…子供扱いして…!
しかし、可能性が全く無いとも言い切れない(私はともかくお騒がせトリオは何を為出来すか判らない)。余計なことを始められる前に、ここから離れなきゃ。
*
「なぷぷぷっ!」
バニラビーンズを煮出し終え、色とりどりの果物をカットする作業に移る。
「おぷおぷー!」
片手鍋に注いだ水が沸騰したら、そこへミントを入れて。
「やっぷぅ〜!」
隣で火にかけられている大きめの鍋では、ミネストローネがふつふつと煮立ち始めた。
「ぁいたっ。向こうで遊んでよ、もう」
キッチンテーブルの周りを追いかけっこしている三匹に、時折ぶつかられ小言を溢しながら、私は調理を続ける。
今日は両親が早く帰って来る日なので、私が夕食を用意することになっていた。メインはたっぷりの野菜とハーブを効かせた特製ミネストローネ。煮込み終わるまでの間、小猿たちの食後のおやつとしてフルーツゼリーを作ることにした。
バニラとミントで香り付けしたお湯に、グラニュー糖とゼラチンを加え泡立て器で撹拌。火を止めたらオレンジリキュールを少々。粗熱を取ったら平らなカップに流し入れて、とろみがついたら細かく切っておいた果物を沈める。あとはラップをかけて冷蔵庫に入れ、固まるのを待つだけ、っと。
「ハイハイ、もう少しあっちで遊んでてね」
作業が一段落したのを感知し、まとわりついて来る三匹をリビングへ追い払う。
次はサラダを作ろう。
胡瓜とプチトマト、サニーレタスを洗って水を切る。プチトマトはへたを取って、胡瓜は薄く斜め切り。レタスは手で一口サイズに千切っていく。
「…………」
そんな単純作業の傍ら。
私はコーンさんの言葉を思い出していた。
才能を存分に奮うことが出来る未来を求めるなら、それがどんな旅になるとしても――。
「旅…か…」
仮に私が旅に出るとして。
私は旅から何を得ようとする?
何を得るために、私は旅に出ればいい?
キッチンの椅子に座り、リビングに敷かれたラグの上でポケモンフーズを食べるヤナップたちを眺める。その間にも思考は巡っていた。
あの子たちはサンヨウへ来るまでの間、色々な人やポケモンを見て来ただろう。
その人たち、ポケモンたちは、みんな生まれた場所も育った環境も違っていて、そして物の考え方や味の好みも違うんだろう。
私はイッシュ生まれのイッシュ育ち。
だけど私が知っている範囲は、イッシュのほんの一部分に過ぎない。
サンヨウの外には、一体どんな人やポケモンが住んでいるんだろう。
そこに住む人たちは、ポケモンたちは、どんな料理が好きなんだろう?
そこまで考えた所で、はたと気づく。
私はそれを知りたい。
見てみたい。探してみたいのだと。
「………………そっか。」
答えは思いの外呆気なく導き出され、私の胸にすとんと落ちた。
洗い物をしていると、冷蔵庫に付属したタイマーが鳴った。と、小猿たちが食後とは思えない素早さを以て駆け寄って来る。
「そこどいてー!」
占拠される足下に用心しつつ冷蔵庫からカップを取り出し、ラップを外す。それぞれの小皿にひっくり返し、ローテーブルに置く。
「はい、どうぞ!」
瞬間、待ってましたとばかりにゼリーに食らいつく三匹。
「…………。」
うーん…もうちょっと落ち着いて食べられないものか。メンタルハーブでも盛りつければ良かったかな。
しかし、つくづくこの子たちは凄い。
ああいや、食べっぷりのことじゃなくて。
その幼さで、ここまで三匹きりで旅をしてきたという、事実が。
「勇気あるよね。あなたたち」
感嘆の声に反応し、三匹が皿から顔を上げる。直向きで無邪気な三対の瞳が、私の姿を捕らえる。
「私も、覚悟を決めなきゃいけないけど……」
ここから旅立とうとしているのは私だけじゃない。デントさんたちも同じ。それには確かに勇気づけられる。
でも。
「やっぱり不安になる。ちゃんとやっていけるかって考えると……どうしても、怯んじゃうわ」
三匹はゼリーの残りを平らげると、こちらへ歩み寄って来た。そして私をじい、と見つめると。
「なぷぷっ!」
「おぷおぷ!」
「やぷぷぅ!」
そう言って、ニコッと笑った。
「……………………」
勇気は、ほんのちょっとでいいんだ。
覚悟は、何度だって決められるんだ。
要はやるか、やらないか、なんだよ。
彼らの目はまるで、そう言っているようだった。
「……………………うん。」
少しの沈黙の後、一つ頷いて。
つられて、私もにっこり頬笑んだ。
「そうね…………ありがと!」
背中を押してくれて。
ガチャ、と扉が開く音がして、ただいま、と二人分の声が聞こえた。
私は勢いに身を任せ、玄関へと直走る。そしておかえりを言う代わりに、力強い宣言で二人を出迎えた。
「お父さん、お母さん! 私、決めた。旅に出るっ!!」
突然過ぎる宣誓に二人はしばらくぽかんとしていたけれど――やがて揃って破顔し、大きく頷いた。
次の日の昼下がり。
三人に会いにお店へ顔を出すと、私が声をかけるよりも先にカラフルヘアートリオがやって来た。大体予想はしてたけど、両親は出勤早々、いの一番に彼らに報告したらしい。そんなに嬉しかったんですかお父様お母様……。
私は三人(と言うかポッドさんとコーンさん)にせびられ、事の顛末を簡潔に伝えた。ヤナップたちのお陰で決心がついた、と。
「彼らがメイちゃんに、将来について考えるきっかけと勇気をくれたんだね」
デントさんの台詞に頷きながらも、私は心の中でううん、と頭を振る。
この子たちだけじゃない。デントさんとポッドさんとコーンさんが、平凡な場所に逃げ込もうとした私を引き留めてくれたんです。
……なあんて、照れ臭くて本人たち(と言うかデントさん以外)には言えないけどね。
その後、私たちは夢の跡地へと向かった。
この子たちに、ある話をするために。
*
夕暮れ時、鮮やかな橙色に全身を包まれてアパートへ戻ると、我が家の扉の前に人影が佇んでいた。
燃え盛る炎のような形状の髪型。間違えようも無い。赤鬼だ。
「ポッドさん?」
呼びかけると少しの間、そして怒声が返って来た。
「おまえおっせーぞ! 何分待たせんだよッ」
「は、はい?」
聞くところによると、三十分ほど前から私たちが帰って来るのをずうーっとここで待っていたんだとか。ポッドさんの割には気の長いことで。
「用件はなんですか?」
事務的に問うと、あーだのうーだのと言いながら視線を彷徨わせ始めた。
挙動不審だ。怪訝に凝視する私とお騒がせトリオ。
一分くらいそんなことを続け、ポッドさんは苦々しい顔つきでようやく開口する。
「チョロネコの件……わ、悪かったな」
刹那、数日前この人が見せた腹立たしい言動の数々がフラッシュバックした。
「ほんとですよっ!!」
勢いで憤慨してみせたら予想外に大声が出た。柄にもなくビクッと肩を震わせたポッドさんがちょっぴり可哀想になり(ついでにヤナップたちも驚いて飛び跳ねた)、「でも良い経験になったので今は感謝してます」と続けると、怖じ気づいたまま「お、おう…」と返事をした。
「あと、コレ」
小脇に抱えていたクラフト紙の封書から何やら取り出し、こちらに差し出す。どうやら本のようだ。薄い…………本?
ピュアでイノセントな心の空が脳裏をよぎった。
「なっ、なんでそんな本を私に寄越すんですかっ!!」
「はー!? おまえが旅に出るって言うからわざわざ持って来てやったんだろ! ポケモン取扱免許持たずに旅するつもりかよッ!?」
「え。ポケモン取扱免許?」
ポッドさんの台詞に違和感を覚え、よくよく本を見てみれば。
あれよりも大分小さくて、表紙に『ポケモン取扱免許取得の手引き』と書かれていた。
「な、なぁ〜んだ……すみません。電波な例のあの本かと思って。ありがとうございます」
非礼を詫び、お礼を言って本を受け取る。
「ああ、アレ…。アレはデントの私物に昇格したから安心しろ」
果たしてそれは安心していいものなのやら。
ポッドさんの声を聞きながら、早速頁を捲る。
「特別勝負がしたくなくっても、旅するってんならポケモンと一緒の方が断然ラクだし、楽しいかんな。前にも言ったけど、おまえかなり素質あると思う。いっそトレーナーとして旅に出ちゃえよ」
手引き書を一通り流し読みすると、サンヨウシティに在住している人の場合、トレーナーズスクールに申し込めば、いつでも希望者の好きな時に講習を受けられることが解った。
「こいつら、おまえと旅したがってんだろ? こいつらのことだったら、オレらが色々教えてやれっしさ」
「あ…えっと、ポッドさん」
三匹の前にしゃがみこんで、両手使いで彼らの頭をわしわし撫でまくっているポッドさん。上機嫌な様子で、私は少し申し訳なく思いながら話しかける。
「そのこと、なんですけど。実は、私……」
遠慮がちに切り出す私に、ポッドさんは案の定、訝しむように眉根を寄せた。
――昨日、三ツ星へ顔を出した後のこと。
夢の跡地をのんびり歩きながら、私は三匹に、自分の心からの願望を話して聞かせた。
「旅をするには、トレーナーになるのが一番いいみたい。無料でポケモンセンターに宿泊出来たり、色々と特典があるらしくて」
香草園へ続く轍の道に差し掛かってすぐ、木陰からチョロネコやムンナが現われて、私を取り巻いた。会わない日が続いていたから気にしてくれていたのかもしれない。
「でも私、勝負には疎いから、ポケモンのことを一からしっかり勉強したいの。勉強不足でポケモンを傷つけることにならないように、ね」
チョロネコたちにちょっかいを出したり出されたりしつつも、三匹はしっかり私の声に耳を傾けてくれている。
草むらに点々と姿を見せ始めるハーブ。その香りを楽しみながら進んで行くと、頭上からマメパトの鳴き声が降って来て、目の前を数匹のミネズミが横切った。
「その間、あなたたちを待たせたくない。あなたたちと行けたら最高なんだけどね、早く旅を再開したいでしょ? だから、私が責任を持って、あなたたちと色々な場所へ行ってくれる人を探すわ」
香草園の入口に辿り着いて私は、後ろを歩いていた三匹に振り返った。
「私の目利きよ? 素敵なトレーナーを見つけるから、期待して!」
私の言葉が、意図した通りに彼らに伝わったかは、判らない。
「…なぷっ」
「おぷー!」
「やぷぅ〜」
でも、三匹がこくんと頷いて、にこにこと笑ったから。
「良かった。解ってくれて。」
ありがとう、と言って、笑顔で飛びついてきた三匹を力いっぱい抱きしめた。
*
三匹とのお別れ。そして彼らの、新たな旅立ちの日。
朝の陽射しを受けるサンヨウの街並み。その間を歩いて行く私の後ろには、小猿は一匹だけ。他の二匹は、さっき出会った二人のポケモントレーナーの元へ、送り出して来たところだ。
最初に見つけたのは、眼鏡をかけた、真面目そうな黒髪の男の子。ミジュマルを連れていたから、そのミジュマルが苦手な草タイプに対抗出来る、バオップを託した。彼なら、怒りっぽいバオップ相手でも冷静に対応出来るだろう。
次に見つけたのは、ツタージャと追いかけっこをしていた、緑の帽子の、眼差しが優しい女の子。草タイプのツタージャの弱点、炎タイプに有利なヒヤップを託した。彼女なら、ヒヤップの一挙一動に、一喜一憂してくれるだろう。
三匹離れ離れになるのは嫌がるかなと思っていたけど、そんなことは全く無かった。むしろ、誰が一番楽しい旅が出来るか勝負、という感じのノリで、別れ際、バチバチ火花を散らしていたように私には見えた。
「おぷおぷー!」
「やっぷぷぅ!」
バオップもヒヤップも、私が見込んだトレーナーを気に入ったみたいで、とっても嬉しそうな顔で歩いて行って。
残るヤナップは心なしか、だんだんとそわそわし始めた。
「大丈夫。あなたにも、きっといいトレーナーを見つけてみせるから!」
「なぷー」
そんな会話をしながら、私とヤナップは再び夢の跡地を訪れた。ここならトレーナーが修行に来ることも多いから、ヤナップを託すのに見合うトレーナーとも出会える気がして。
そうしたら、やっぱり居た。ヤナップと同じように、好奇心に満ちた面差しをした女の子が。それも狙ったかのように、炎タイプのポケモンと一緒だ。
この子だ。この子しかいない。
運命のようにも感じる出会いに胸を高鳴らせつつ、女の子に声をかけた。
「ねえねえ、あなた。このヤナップが欲しい?」
私の台詞に、えっ、と言って振り返ったその子。服装もそうだけど、目ぱっちり歯真っ白で、とても健康的だ。何故かきょっとーんとした顔してるけども。
……あ、私の所為か。
「ごめん、唐突過ぎたよね」
仕切り直し。女の子に謝り、順を追って説明する。
「あなたポケモントレーナーでしょ? 私はサンヨウのカフェレストで働いているんだけど……このヤナップをね、あなたの旅に連れて行ってもらえないかな、と思って声をかけたの」
「なぷー!」
後ろに控えていたヤナップが、待ち切れないとばかりに女の子の前に進み出る。すると女の子よりも先に、彼女の足下にいたポカブがぱっとヤナップに近づいて来て、挨拶するみたいに一声鳴いた。
「私は事情があってポケモンを持てないの。あなたが良ければ、このヤナップを仲間にしてあげてほしいんだけど……どうかしら?」
いいんですか、と女の子が驚き半分喜び半分といった体で私に訊ねる。
「うん! この子、あなたを気に入ったみたいよ。それにポカブも、かな?」
私の発言にふと視線を落とし、ポカブとヤナップがすっかり打ち解けてじゃれ合っているのを見た女の子は、ははは、と男の子みたいに白い歯を覗かせて笑った。私もつられてくすくす笑う。
「この子は草タイプだから、あなたのポカブが苦手な水タイプに相性がいいわよ」
エプロンのポケットに一つ残った紅白色の球体、モンスターボールを、「はい、どうぞ!」と差し出す。私の意図を汲み取り、女の子は私の手からボールを取ると、よろしくね、と言って、ヤナップの頭上にそれをかざした。
「なぷ!!」
光に包まれた緑色の小猿は、彼女が持つボールの中に瞬く間に吸い込まれる。
これで、ヤナップの親トレーナーの登録は完了だ。
直後、女の子はボールからヤナップを解放したかと思うと、うーんと頭を垂れて考え込んで……しばらくして、ぱぁっと表情を明るくさせた。どうやら、彼に付ける名前を閃いたらしい。
満開の笑顔でヤナップを抱き上げ、彼女は思いついたばかりの真新しいニックネームで、何度も彼を呼んでいた。
「…あっ! 大切なこと忘れてたわ!」
私に礼をして背を向けた女の子に、一番重要なことを話し忘れていたのを思い出して、慌てて呼び止める。
女の子は私のその言葉に神妙な表情で振り返り――そして。
「あのね、その子ものすっごく食いしん坊だから、ご飯の時は他の子の分を取らないように、しっかり見張ってね!!」
大口を開け、笑った。
焦茶色のポニータテールを楽しげに振って、女の子が去って行く。彼女の足下をポカブ、そしてヤナップが歩いて行く。
意気揚々と歩き出したヤナップに、彼と同じように旅立ったバオップとヒヤップの面影を重ね、その前途が希望に満ちたものであるように願う。
空っぽな日々を送っていた私に、歩みたい道を見出すきっかけを贈ってくれた、あなたたちへ。
今度は私が、あなたたちに最高の旅をプレゼントしてくれるトレーナーたちとの出会いを、贈る。
次に会う時には、あなたたちが心から願い、望んだ日々を送ることが出来ていますように。
「私も、そんな日々の中にいますように。」
私はまだ『やりたいこと』を見つけただけで、目標と言えるほど明確な形をした物は手に入れていないけれど。
旅をしていく内に、この漠然とした願望の中から「これが私の夢だ」と即答出来る物を、必ず見つけられると、そのことだけは確信していた。
「いつかどこかで、また会おうね」
あの、小さくも勇ましい三匹の小猿の背中を、私は祈りを込めて、見送った。
――それから、数日後。
カフェレスト『三ツ星』兼『サンヨウシティポケモンジム』にて、新人トレーナートリオ&お騒がせトリオに早々に再会することになるのは……
また別の、おはなし!
――――――――――――――――――――――
二度目の投稿がまさかの三年後…だと…?
……気を取り直してもう一度。
初めまして! メルボウヤと申します。
冒頭にある通り、超個人的な理由でBW2はまだプレイしていません。と言うかBW以降、ポケモン関連に全く手を出していません(サイトは畳み、アニメもBW2からは見なくなり…あまり関わるとゲームをやりたくなってしまうので´`)。
今後何本かBWの話を投稿するのが当面の目標です。求ム…プレッシャー…!
この話は13年3月21日に、(三)の小猿トリオが旅に出た理由を話すシーン(〜〜勿論三匹は、同時にコクン! と頷いた。)までを故サイトに載せていました。切りが悪過ぎる。
実はポケスコ第三回のお題が発表された直後に書き始めた代物だったりします(始めから応募しない方向で。何故って絶対一万字内に収まり切らないんですTT)。完成するのが遅過ぎる。
絵もこれまた年代物ですが(11年10月30日作)折角なので一緒に。ええいもう、チミは何もかもが遅過ぎるんじゃっ(一人芝居)。
とにもかくにも…ここまで読んで下さり、ありがとうございました!*´∀`*
おまけ
・メイの名前は三つ子に倣い、イギリス英語でトウモロコシの『メイズ』から。私は三つ子ではコーンが一番好きです(何
・三猿がギフトパスを覚えられないなんて口惜しや…
・チェレンとベルが連れているお猿はヒウンジム突破後に初登場することから、それぞれ野生をヤグルマの森で捕まえた設定なのでしょうが、私の中ではあの通りです。これくらいの俺設定ですとまだまだ序の口レベルです←
・それよりデントがプラーズマーされてることに対する謝罪は無いのか(無いです)。
追記
この記事を間違えて(三)に返信してしまいました…以後気をつけます…!
ガタゴト揺れるトラックの荷台。その片隅で眠る、眼鏡を掛けたひとりの少女。
「……トウマ、君……」
頭をかくんと揺らして、かすれた声でぽつりと呟く。その声を聞くものはおらず、その声が誰かに届くことはなく。言葉を発した少女の耳にさえ入ることなく、瞬く間に形を失って消えてゆく。
ゆらり揺られて数時間。いつまでも走りつづけるとさえ思われていたトラックが徐々にスピードを落とし、やがて完全に停止した。ガチャリ、とドアを開ける音が聞こえ、運転席から誰かが下りてくる。
そして車から下りてきた「誰か」が、荷台の扉を開く……!
「おーい! 着いたぞ夏実(なつみ)! ホウエンのミシロタウンだ!」
「……はっ!」
少女の名は夏実。夏の果実と書いて「なつみ」と読む。
「お父さん……もう着いたの?」
「ああ、思っていたより道が空いていたからね。さあ、ずっとそんなところにいて疲れたろう? 外へ出てゆっくり休むといい」
父に促された夏実は、すぐ側に置いていた小ぶりなボストンバッグを手にすると、すっくと力強く立ち上がって見せた。夏実が外へ出ようとしているのを見た父親は踵を返して、自分の荷物を取りにいくべく運転席へ戻る。
コツコツと足音を立てながら歩き、夏実はトラックの荷台から降りて――大地に一歩を踏み出す。
「ここが……ホウエン地方・ミシロタウン!」
「前に、どこかで聞いたことがあるわ……ミシロタウンのテーマカラーは、一点の曇りもない<白>だと!」
「人はその白を『何者にも染まらない』白だと言う……だけど、わたしの考え方は違う!」
「白! それはまるでからっぽのキャンバス! すべての始まりの色、すべての下地になる色!」
「そして……キャンバスには必ず絵が描かれるように、その<白>はずっとずっと続くものじゃないっ!」
「ただ<未だ白い>だけ! いつか何かが描かれ形をなす! だから<ミシロ/未白>なんだって!」
「……これよ、これ! 新しい……まったく新しい自分に生まれ変わるための一番初めの場所には、これ以上ない場所よ!」
ボストンバッグを地面へぼすっと落とすと、両腕を目いっぱい広げて、夏実が上を、空を、天を仰ぎ見る!
「さよなら昨日までの自分! こんにちは今日からの自分!」
「今までとは違う新しい毎日が! このミシロタウンからスタートするのよ! ここはわたしが<リスタート>する町!」
「ド派手に描いて見せるわ! この未だ白いキャンバスに! パーフェクトな<理想の自分>をっ!」
引越し作業をお手伝いする働き者のゴーリキーさんたち数名が、空に向かって最高にハイなテンションで絶叫する夏実を軽ぅーくざわつきながらチラ見していたのは、これまた別のお話。
*
「お母さん! 来たよ!」
「いらっしゃい、長旅お疲れさま。なっちゃんの部屋は二階よ。軽く片付けもしておいたから、なっちゃんの好きなように使ってちょうだい」
先に新居に入っていた母親と軽く言葉を交わしあってから、夏実は自室のある二階へ向かっていく。
夏実は今年十二になる少女であり、家族としては父親と母親がいる。以前はいささか歳の離れた兄も一つ屋根の下で暮らしていたが、もう五年ほど前に旅立ったきりまともに姿を見ていない。最後に顔を合わせたのはいつだろう、夏実の記憶は覚束ない。こんな時、自分の記憶を掘り起こせたら、あるいは過去の出来事をリプレイできたら便利だろうに――と、無駄話はこれくらいにしておこう。彼女はそのような家庭環境で育ち、そして今日! 父親の仕事の都合でここミシロタウンへ引っ越してきたのだ。
だが、彼女は父親の転勤に巻き込まれて、言われるまま着いてきたというわけではなかった。
「――なんでも、ホウエン地方で最近、新しいエネルギー資源になりそうな鉱石が発掘されたらしい」
「父さんは直接石を掘りにいく訳じゃあないが、エンジニアとしていろいろお手伝いをしなきゃいけなくなった。拠点はミシロタウンという小さな町の近辺にあるそうだ」
父は最初、ミシロタウンへは単身赴任で来るつもりでいた。元々住んでいたカントーのクチバシティからはあまりにも、あまりにも遠すぎるし、なんといってもミシロタウンは「℃」いや「ド」の付く超田舎! そんなところに多感な時期の娘を連れて行こうとするほど父親は無粋では無かったし、無茶をする人間でもなかった。割と気の利くお父さんだったのだ。
「というわけで、父さんはしばらく家を空け……」
「お父さん! わたしもミシロタウンへ行きたいっ! みんなで引っ越そうよ!」
「……えぇえぇええぇぇ〜っ!?」
そんなお父さんの配慮を一撃でブッ飛ばしたのは、他ならぬ夏実自身だった。単身赴任でしばらく家を空ける、夏実、それに母さん。しばらく寂しくなるが、必ず帰ってくるからな。その間家を頼む――とカッコよく言い終える前に、夏実が「ミシロタウンへ行きたい」と身を乗り出してアピールしてきたのだ。
「そうね! やっぱり家族みんな、ひとつにまとまってた方がいいわ!」
「か、母さんも!?」
家族はいつも一緒にいた方がいい、母親もそう言ってきたことで、ミシロタウンへは単身赴任ではなく家族総出で引っ越して向かう方向へ一気にシフトした。まったく予想外の展開に、お父さんはすっかりタジタジだ。
「いや、母さんはもしかしたら着いてくるんじゃないかと思ってたから、正直なところそれほど驚いたわけじゃないが、まさか夏実が付いてくると言うとは……」
「そのミシロタウンって、自然がいっぱいのキレイな場所なんでしょ? わたしそういう場所好きだから!」
「ねえお父さん、みんなで引っ越しましょうよ。会社も補助を出してくれるんでしょう?」
「ああ。単身赴任じゃなくて家族みんなで引っ越す方が会社としては負担が少ないし、父さんもそうできるならそれに越したことはないと思っていたが……夏実、本当に一緒に行くのか?」
「もちろん! それに――ちょうど心機一転、新しい場所で新しいことを始めてみたいって思ってたの!」
とまあこんなやり取りの末、夏実は一家揃ってミシロタウンまで引っ越してくるという流れに相成ったわけだ。
さてさて、その夏実が今何をしているかというと――。
「あったあった。お母さん、ちゃんと鏡をここにセットしてくれたんだ」
二階の部屋へ上がって真っ先に向かったのは、部屋の隅に設置された立て鏡だ。普段から自分の容姿をチェックするために使っている何の変哲もない鏡――別に鏡の向こうに別の世界があったりするわけでもない、受けた光を機械的に跳ね返すだけのただの鏡だったが……。
「いよいよ……いよいよ! この時がやってきたのね!」
それを見つめる夏実の瞳は、真夏の炎天下を齎す太陽のように燦々と輝いていた。「キラキラ」などという可愛げのある形容ではまるでなまぬるい、「ギラギラ」した強烈な眼光をほとばしらせながら、鏡の向こうにいる自分――眼鏡を掛けて、少し野暮ったいワンピースを身に着けた<自分>に語りかける。
「さあ夏実、目に焼き付けておくのよ」
「――これが<わたし>よ。さよならを言う<わたし>……!」
「ここでお別れをして……もう二度と! 戻ってこない!」
言い終えるや否や――夏実は手に提げていたボストンバッグのジッパーを、バァァァッ! と勢いよくオープン!
「男は度胸、女は愛嬌って言うけど、女の子にだって度胸が必要な時があるわ!」
「そう! 今この瞬間こそ! わたしには<度胸>が必要なのよ!」
バッグの中から取り出した真っ赤な布を掲げて、夏実は大きく目を見開いた……!
*
夏実が部屋にこもってから……きっかり一時間が経った。
「……OK、OK」
「バッグに入れてあったものは全部使った、何も余ってない、足りないものもない」
「チェックリストには全部○が付いた、空白も×もひとつもない、ただ○があるだけ」
「おかしな感じがするところはどこにもない、このまま走り出すことだってできるわ」
パタパタと体を払い、腕をぐるりと回し、ついでに首もぐりぐりやっておく。どこをとっても異常は無い、まさしく最高のコンディションだ。
夏実にとって、この一時間は人生で二番目か三番目かに長い一時間だった。蛹が羽化し蝶となるには相応に長い時間を必要とするが、彼女の変身にもまた、これくらいの時間が必要だった。
そう――彼女は<変身>したのだ!
「どジャアア〜〜ン!」
なんだかイマイチよく分からないがとりあえず見てくれのインパクトだけはある両手を広げたポーズをキメて(少なくとも夏実の認識ではキマっているのだ)、夏実が今一度鏡を見やる。
「で……できた……ついにできたわ……! イメチェン第一歩・大成功よ!」
「これが新しいわたしっ! 言わばニュー夏実っ!」
そこに映し出されていたのは! 先程までとは似ても似つかない、別人としか思えない少女の姿だった! テンションの上がった夏実が、ひとつひとつ丁寧に自分の容姿について説明していく!
「坂道だって山道だってずかずか歩けるスパッツ! アンド・スニーカーっ! でもってグローブも装着!」
「腕も脚もこーやって肌を見せて、健康的に! それでもってテーマカラーは派手に燃え上がる赤!」
「地味っ娘の象徴・『眼鏡』も今日でおさらばよ! コンタクトに変えただけで……ホラっ! お目々ぱっちり!」
「髪だってばっさり切ったわ! それだけじゃないっ! 見てこの左右オンリーのオリジナリティあふれる髪型! アクティブ感六割増し!」
「そしてそして……これよこれ! モンスターボールのシルエットの入った……真っ赤なバンダナ!」
夏実が自信を持って語るだけあって、その容姿の変貌ぶりは間違いなくホンモノだった! イメチェンという言葉がここまでストレートに伝わる変化も珍しいだろう。彼女の思い描く「新しい自分」への変身は、確かに成功していた!
「どうよこれ! どこからどう見たって『外でアクティブに動いてそうな活発な女の子』そのものよ!」
「『窓際で頬杖を付いているか図書室で借りた本を読んでそうな女の子』……そんなのとは無縁のアグレッシブさ!」
窓際で云々というのは、彼女が昔クラスメートから言われた言葉を丸々引用したものだ。見てくれを変える前の夏実は、その文句がぴったり当てはまる、超の付く「地味っ娘」だった。いつもどこかおどおどしていて自分に自信が持てない、穏やかな性格という言葉は臆病な気質と紙一重。
そんな自分にサヨナラバイバイすべく、夏実は今こうして革命的なイメチェンを図ったのだ!
「か……完璧、だわ……! まるでわたしじゃないみたい……!」
「はっ……! そうよ、<わたし>じゃない! <わたし>じゃないんだわ!」
「これからは<あたし>! もっと強気でアグレッシブでイケイケ感たっぷりの<あたし>にする!」
「<あたし>は地味っ娘をやめるわ! 夏実ぃーっ!!」
文字通り言葉通りのドヤ顔を決めて絶叫し、最後に夏実は満足げにニヤリと笑った。
さて、ひとしきり満足したところで、夏実は次なる一歩を踏み出す。
「さあ! この<あたし>の見事な変身っぷりを見せつける最初の相手には、やっぱりお母さんが相応しいわね! だって今までの<わたし>の姿を一番見慣れてるわけだし!」
ノリノリで階段を降りる夏実。心なしか、いやどう見ても確実に足取りも軽い。生まれ変わった自分を見て、母はどんな顔をするだろうか、どんな声を上げるだろうか、どんな反応をするだろうか。想像するだけでワクワクしてくる。こんなに清々しい気持ちになったのは久しぶりのことだ。夏実は鼻歌を歌いながら、階段の最後の一段を降りた。
と、ちょうどそこに母親が立っていたではないか。そしてそのまま、階段を降りてきた夏実とハタと目が合う。
「あら――」
驚きの表情を見せる母。そう、これが見たかったのだ、夏実が不敵に微笑む。
そして、母親が口にした言葉は――。
「――もう遊びにきてくれたなんて、うれしいわ。ごめんなさいね、家の中、まだ片付いてなくって」
「……はい?」
「夏実は二階にいるわ。おとなしくてちょっとのんびり屋さんだけど、仲良くしてあげてちょうだいね」
明らかに反応がおかしい。というかどういう反応だ、これは。
(ははあん。お母さんったら、あたしのことをミシロタウンに元から住んでた別の子だって勘違いしてるのね。直感で分かったわ)
「ちょっとちょっとお母さぁん、何を言ってらっしゃるの? あたし夏実よ、二木夏実。押しも押されもせぬ、あなたの実の娘でございますよ?」
「……えっ? なっちゃん? あなた、なっちゃんなの……?」
「もちろん。ちょーっと見てくれは変わっちゃいましたけどネ! ついでに一人称もチェンジチェンジ!」
左右にぴょこんと伸びた髪をファサアッとやりつつ、夏実が本日二度目のドヤ顔を決める。お母さんはぽかんとアホの子のように口を開けて、完全に別人と化した娘を見つめるばかりだ。お母さんの驚きっぷりに、夏実も満足している様子。
「さ、ちょっと出かけてくるわ! なんか今すごくいい気分なの! 新しい自分に生まれ変わったって感じでね! なんかこう首から下が別人になったみたいだわ!」
「あっ、ちょっと、なっちゃん……!」
「行ってきまぁ〜す!」
母親の声をよそに、夏実は玄関のドアをバァン! と開けて颯爽と外へ歩き出す!
「新しい町、新しい風景、そして新しい自分! 何もかもが新しいっ! とっても気分がいいわ!」
「ついでに家も新しく……あらぁん?」
夏実はてっきり、今日ここミシロタウンに越してくるような人は、自分たち一家くらいのものだろうと思っていた。
だが――夏実は目にする。お隣もピッカピカの新品であること、そしてまだ配送業者のトラックが止まっていることを!
「へぇ〜、お隣さんも引っ越してきたんだぁ!」
そう! 新居は「二軒」あった!
「新しいのはお隣さんもってことね。ここはひとつ! 挨拶回りといきまっしょい! やるっきゃないのよ!」
得意気にふんと鼻を鳴らして、夏実がずかずか歩いていく。夏実は外見の変身に成功したのをきっかけに、自分の内面にも容赦なくメスを入れていこうと意気込んでいた。引っ込み思案で臆病なかつての自分を捨て去るべく、今までではまずやらなかったようなことにも大胆かつ果敢にチャレンジしていこうというのだ。
して、お隣さん家の扉の前までやってきた夏実。すぅーっと一度深呼吸をして、準備はすっかり整った。お隣さんがどんな人でも、元気いっぱい挨拶して見せよう。これは新しい自分に完全に生まれ変わるために必要な試練なのだっ。夏実は固い固ーい意志を持って、扉をコンコンとノックした。
「ノックしてもしもぉーし?」
今行きまぁーす、という元気な声が聞こえてくる。ふーむ、この声色は女の子かしら、それもあたしと同い年くらいの。一体どんな子かしら、けどどんな子でも仲良くなって新しい人間関係を――。
などと結構のんきしていた夏実の目に飛び込んできたもの、それは!
「はぁーい! こんにちは!」
「こんにち……はぁぁぁああ!?」
夏実が目にしたものを彼女の口から説明することは期待できなさそうなので、私の口から説明しよう。
現れた少女の風貌は――夏実とほぼ同じ背丈の、夏実とほぼ同じ体型だった。ここまでは何も珍しいことではない。その少女は赤・白・黒でカラーリングされたスポーティな服を身に着けていた、夏実とまったく同じだ。アンダーは黒いスパッツ、夏実とまったく同じだ。手にはグローブ、足にはスニーカー、夏実とまったく同じだ。左右にぴょこんと伸びた独特のヘアースタイル、夏実とまったく同じだ。そして頭には白いモンスターボールの柄が入った赤いバンダナ。
夏実とまったく同じだ。
(ど、どどっ、どういうことぉ!?)
(あああ……あたしが! あたしが目の前に<いる>っ!?)
目の前の少女は――夏実とまったく<同じ>だったのだ!
「ま……まさか――D4Cっ!? D4Cの攻撃が始まってるって……!」
夏実は恐怖した。こんな何の取り柄もないただの女子小学生を、大統領が直接攻撃してくるとは! もしかして自分は合衆国にあだなす存在だと思われたのだろうか。これといって何か敵対的な行動を起こした記憶はないし、大体合衆国には行ったこともない。人違いか何かとしか思えない! 夏実の頭はグルグルするばかりだ!
とまあ、混乱の極みに陥ってひたすらグルグルしている夏実を見た相手の少女。しばらくきょとんと首を傾げていたものの、やがてポンと手を打って。
「<引越し>……あっ! もしかしてあなた、隣に引っ越してきたっていう『ナツミ』ちゃん?」
あまりの活舌の悪さに「D4C」を「引越し」と聞き違えられてしまうほどだったが、それは偶然にも会話の扉を開くキーワードになった。
「は? え? あ、はい……確かに今日、お隣に引っ越してきたばっかりですけども……」
「やっぱり! さっきあなたのお母さんがうちに挨拶しに来てくれたのよ。その時に『ナツミという娘がいますので、よかったら仲良くしてあげてください』って言ってたわ」
母の言っていた不可解な言葉の意味を、ナツミはここに来て正確に理解した。母は先にここへ挨拶に出向いていて、その時にこの少女――イメチェン後の自分に徹頭徹尾クリソツなこの少女と既に出会っていたのだ!
「見ての通り、私も今日引っ越してきたばっかりなの。ほら、あそこに止まってるトラック。そこの荷台に乗ってきたのよ!」
「えぇえーっ!? そ、そちらさんもたった今日来たばっかり!? それもトラックの荷台に乗ってぇーっ!?」
ナツミはもう驚きっぱなしだ。何から何まで自分にそっくりな女の子が、手を伸ばせばハイタッチできそうなくらいの近くにいるのだから!
(『イメチェンしたらお隣さんと双子みたいになっちゃった』……これはピッピも月までブッ飛ぶ衝撃……!)
(か、変えてみる……? 細かいところをちょこちょこと……い、いや! そんなわけには行かないわ! だってこのスタイルにたどり着くまで一ヶ月と二十日かかったのよ! 今更ちょこまかいじるなんてできっこない! やりたくない!)
(それに――これは<あたし>が作ったイメージ! このお隣さんに目玉が飛び出るくらいソックリなのは絶対的な事実だけど、それとこれとは話は別っ! あたしはあたしで、他の何者でもないんだから!)
一人で葛藤しつつ、チラチラとチラーミィよろしくお相手の容姿を窺う。
(で、でもほら、細かいところを見ていけば結構違いが……)
(……ああぁあ〜っ! 違いが見つかるどころか細部まで余すところ無く徹底的に似ていることを今一度再認識せざるを得ない〜っ!)
見れば見るほど完璧に一緒で、ナツミはその度に衝撃を受けまくるのだった。もういろいろとボロボロだ。
「ええっと、大丈夫?」
「だ、だいじょぶです……すいません、めっちゃくちゃ取り乱しちゃって……」
「ううん。仕方ないよ。だって扉を開けたら、自分にすごくそっくりな人がいたんだもの。私だってすごくビックリしたわ。でも、なんだかすてき! めったにできない経験だもの!」
ビックリした、そう言いながら朗らかに溌剌とした笑みを見せる少女の姿を、ナツミは食い入るように見つめる。明るく、アクティブで、元気な女の子。自分はこんな女の子になりたくてイメチェンをしたのだ。彼女の様子を見るに――イメチェンの方向性そのものは、決して間違っていなかったのだと自覚する。
「そっか……そうですよね! こんなこと、ちょっとやそっとじゃ起きないですし!」
「うん! 私とナツミちゃんだから起きたことだよ。これって、なんだか運命を感じちゃうね!」
はきはきと明るく話す少女に、ナツミはとても強い好感を抱いた。こんな人のそっくりさんなら、あたしだって大歓迎だ。暖かな気持ちが満ちていくのを感じる。
「改めて――初めまして、ナツミちゃん。私、<ハルカ>っていうの。よろしくね!」
「はい! ハルカさん、よろしくお願いします!」
「あははっ、そんなにかしこまらなくていいよ。もっと気軽に呼んでほしいな」
「気軽に……じゃあ、ハルカちゃん! よろしくね!」
「うん! その方がいいよ! ナツミちゃん!」
ナツミとハルカ、ハルカとナツミ。まるで鏡写しのような二人が、互いに手を取り合って笑う。
「あっ……そうだ。ひとつだけ聞かせて」
「えっ? ハルカちゃん、どしたの?」
「私のこと――どこかで見た記憶って、無いかな?」
「ハルカちゃんを……見た記憶……?」
今までとは少し違う神妙な面持ちで、ハルカがナツミに訊ねた。自分をどこかで見た記憶は無いか。突然の質問に、ナツミは大いに困惑した。
(ど、どうしよう……)
何故か、というと。
(全っ然そんな記憶無い……! もしかして超昔にハルカちゃんとどこかで会ったり遊んだりしたのかもしれないけど、さっぱり思い出せない……!)
これっぽっちも記憶に無かったからである。ハルカも「初めまして」と言っていたし、多分これが初対面のはず。けれどあの訊ね方は「昔どこかで会っていて親しくしていた友達」に訊ねるような言い方だ。あるいはどこかで面識があったのかも知れない、だが悲しいかな、ナツミはちっとも思い出せなかった。
追い詰められたナツミは、最後の手段を取ることにした。
「ご、ごめんなさいっ! まったく無い、です……昔どこかで会ってたら、本当にごめんなさいとしか言えないよ……」
最後の手段というか、普通に謝罪した。忘れたことを怒られようとも、やっぱり人間正直なのが一番なのだ。
「ホントに? ホントだよね?」
「うん……はあ……あたしってこう、人の顔覚えられなくって……」
「私たちは完全に初対面で、ナツミちゃんは私のこと全然知らなかった、顔も見たこと無かった、そうだよね?」
「そう、その通り……あっ、でもでもっ、今のでハルカちゃんの顔は覚えたよ! 覚えたっていうか憶えた! うん、今ので憶えたっ!」
これが完全な初対面だ、ナツミがそう言いきったのを見たハルカは。
「――よかったぁ! やっぱり運命だったんだね! すっごく嬉しい!」
「へ? ハルカちゃん、あたしには何がなんだかさっぱり……」
「ふふふっ、何でもないよ。ただ、ナツミちゃんに会えてよかったってだけ!」
ナツミの立てていた予想に反して、大いに喜んでいた。いまいち理由が飲み込めなかったものの、ナツミにとってよい流れになっているのは間違いなかった。
「ごめんね、ヘンなこと聞いちゃって」
「ハルカちゃん……」
「でもね、聞いときたかったんだ、どうしても。もしかしたら、って思っちゃって」
「……分かる、分かるわその気持ち! だって<納得>はすべてに優先するもの! あたしだってそう思う!」
「分かってくれてありがとう、ナツミちゃん。さ、この話はもう終わりにして……」
うちへ上がってお茶でも飲みましょ――ハルカがそう言いかけた、刹那のことだった。
「うわああぁあ! たっ、助けてくれえっ!」
二人の耳に飛び込んできたのだ! 助けを求める誰かの悲鳴がッ!
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本当は12/4まで待つべきところですが、今日の朝から書き始めたらほぼノンストップでここまで来た(来てしまった)ので投稿しました。いいや! 限界だッ! (投稿ボタンを)押すねッ!
キリのいいところというか、本来この先まで書いて初めて第一話だろ! と言われそうなところでぶち切れてますが、
来年の頭くらいから本文を書き始めて、年末くらいにどーんとまとめて公開できればいいな、と思ってます。
うちにしては珍しく(自覚有)、全編通して明るくド根性なノリで攻めていきたいです。
がんばれナツミちゃん! 泥まみれになっても血まみれになってもイメチェンを果たすべくがんばるのだ!
それにしてもセリフにも地の文にも後書きにもつくづく「!」が多いお話だと思います。
(以下余談)
先日遅ればせながらアルファサファイアを始めまして、せっかくなので女の子主人公を選んだのですが、
うちの悪い癖で小説と絡めたくなり、さりとてルビサファ♀主人公モデルのキャラクターなんで誰も居ないぞ……
と諦めかけていた時、「かごの外へ」に「ホウエンに従姉妹がいるモブ(※大介君)」がいたことを思い出し、
じゃあそのキャラクターになりきろう、せっかくだからここで名前も付けちゃおう! ということで爆誕したのが
このナツミちゃんです。
外見は本文中でもしつこく触れていますが、ルビサファ♀主人公そのものです。が、本人が知恵を絞って
イメチェンした結果偶然似てしまったというあまり類を見ない(考えついてもやらない系のアレ)設定の持ち主であり、主人公本人ではありません。
そんなある意味「コスプレしただけのただの一般人」とも「ハルカとユウキに続く第三の主人公」とも言える何とも言えない立ち位置のナツミちゃんを主人公に、
うちがプレイ中に起きた出来事や思いついたネタを混ぜた半プレイレポ的な凸凹珍道中を描けたらいいな! なんて思っています。期待せずにお待ちください。
(さらに余談)
投稿ボタンを押す直前に、なんとなくスレ全体を読み返しました。
するとなんということでしょう! ナツミちゃんが既に登場していて目を疑いました。
これこそD4Cの攻撃と違うん? と思いました。
(´・ω・`)<鳩さん……名前が衝突したのも運命なんや……堪忍な……
(エクストリーム余談)
「鳩さんの新作と586の新作でキャラクターの名前が衝突する」事件は、実は去年も「シズちゃん」で起きていました。
(´・ω・`)<あのね、「ツクシ」のお母さんやから「スギナ」にしてん……原作に無い名前やったしこれしかない感あったから即決やってん……
完。
カタカタと揺れるゆりかご。
自転車のカゴの上に乗って揺れるゆりかご。
パリンと割れて生まれ出でた時、青年はため息と共にゆりかごを投げ捨てた。
「あぁ、またダメだ」
カタカタと揺れるゆりかご。
暖かい腕の中で揺れるゆりかご。
パリンと割れて生まれ出でた時、少年は大輪の笑みを見せて笑いかける。
「初めまして、今日からよろしくね」
殻さま
こんにちは、art_mrと申します。
もったいないお言葉、ありがとうございます。本当に嬉しいです。
小学生の頃は現実とゲームと両方の世界で生きていた気がしていたので、
両方盛り込めたら……と思って書きました。
> ゲームソフトをきっかけにドラマが展開するのがいいですね。
> こういう等身大の少年少女の話って好きです。
あてんしょん!
※オメガルビー、アルファサファイアの終盤、殿堂入り後エピソードのネタバレ含みます。
※ダイハルです 多分
※苦手な方はバックプリーズ
彼女に出会った時から、強い光を放つあの目が印象に残っていた。色合いは深く、月の石が放つあの鈍い灰色によく似ている。初めて会った薄暗い洞窟の中でさえ、輝きを失うことのない光。
その後も度々各地で会い、その度に少しずつ色を変えていく。宝石に例えるならオパールだろうか。光の性質毎に色を変えるアレキサンドライトでもいい。旅をして経験値が貯まるごとに、彼女の目の光も少しずつ変わっていく。
あの異常気象の一件では、とんでもない物を背負わせてしまった。彼女は言っていた。大人はずるいと。自分達が引き起こしたのに、自分達ではどうすることもできない。じゃあ、私が行くしかないじゃないと。
あの目ではっきり見つめられ、それを言われると後ろめたさもあってその場にいた大人達は全員黙り込んでしまった。僕もその一人だった。
なんて、と彼女は笑って言った。
「別に責めるつもりはないんだよ」
その声が若干震えていることに気付いたのは、どれくらいいただろうか。瞳にぼんやりした光の溜まりは見受けられない。こんな状況でも、気丈に笑って軽口を叩いて見せる。
十代前半の子供ができる表情ではなかった。パン! と頬を叩いて祠の入り口を見据える。
「私がやらなきゃ、誰がやるの。こんな所で愚痴ってる暇なんてないんだよ」
祠の扉が閉じてから、僕達はルネシティの人達の避難に当たっていた。人々を安全に導きながらも、視線は自然と祠の方へと行ってしまう。
ふと見ると、彼女のお隣兼ライバルの少年も焦り顔で向こうを見つめていた。それをしながらも避難経路への言葉と手の動き、そしてポケモン達への指示は抜かりない。器用なことだ。
最近の子供は、皆器用なのだろうか。
雨風が酷い。彼女はもう、カイオーガと共にあの場所へ向かっただろうか。アクア団が開発したスーツを着用したとはいえ、彼女の体力と精神力が耐えられるだろうか。
嫌な考えばかりが頭に浮かび、僕は頭を振った。言ったじゃないか。僕達は僕達にできることをする。そして彼女を信じると。
君の言う通りだ、と僕は心中で呟いた。大人はずるい。そして勝手だ。君達子供を導かなくてはいけない立場なのに、逆にとてつもなく重い荷物を背負わせてしまう。それはホウエンの――いや、世界中の人々とポケモン達の祈りと願い。どうか世界を救ってくれ、この異常気象を止めてくれ。
その中で君の存在を知り、君の無事を願っている人間はどれくらいいるだろうか。君のご両親は何処まで知っているだろう。
「―――」
僕が呟いた名前は、雷の音に掻き消された。
一緒にいたメタグロスが、不意に空を見上げた。どうした、と言う前に人々の間から声が上がる。
祠より少し離れた――海上の方角から天に向かって上って行く一つの巨大な光の柱。そして何事も無かったかのように晴れ渡る空。
さっきまで暴風雨の中心だったのが嘘のようだ。しかし僕を含全ての人間の服は水で重たくなっている。髪から雫がしたたり落ちて、地面に落ちた。
秋特有の静かで優しい太陽が、ルネシティに降り注いでいる。雲一つない、穏やかな天気だ。
助かった、と人々の中から声がした。俺達は助かったんだ、あの子のおかげだ、と。
そこでハッとした。体は水と冷えでひどくぎこちなかったが、それでも必死に走って祠へ向かう。
こんな状況でも祠はヒビ一つ入らず、ただそこに鎮座している。超古代ポケモンを世に出さないために造られたようだ、と誰かが言っていたことを思い出した。
彼女が入ってから、既に一時間以上が経過していた。
あの子は――。
ギギ、という音がした。祠の入り口が少しずつ開かれる。
待ちきれなくなって外から開けると、鈍い赤が視界に入った。一瞬血かと思って青ざめたが、違った。
ぐっしょり濡れた、彼女のバンダナだった。
バンダナだけじゃない。靴、上着、髪。そしてパンツとレギンスからはとめどなく雫がしたたり落ちている。腕に抱えているのは持って行ったアクア団のスーツ。左手には、中身が入ったハイパーボール。
「ハルカ!」
少年が戸を開いた。途端にふらふらと外へ出て来る彼女。ボールが手から離れて、コロコロ転がった。それを拾い上げたマグマ団のボスの顔に、驚愕の色が浮かぶ。
「カイオーガを……」
「死ぬかと思った」
外見とは裏腹に、その声はいつもの調子だった。さっき聞いた震えはない。
「すごいね。伝説のポケモンって。うちのラグラージが一発でやられるんだもん、流石にびびったよ」
それでも、その”伝説のポケモン”はこうしてボール内に大人しく収まっている。
「人が制御できる物なんかじゃないんだ。どうしてそれを、最初に気付かなかったんだろうね」
「……」
「ま、どうにか世界滅亡までは行かなかったみたいだし、よかっ――」
彼女の体が倒れこんだ。まるで、マリオネットの糸が切れたかのように。
抱き留めた彼女の体は、とても冷え切っていた。当然だ。これだけ濡れているんだから。
それでも安心できたのは、心臓の鼓動がきちんと伝わって来たからだ。
「……どうして、私なんだろう」
もはやこうして会って会話するのは、日常茶飯事となってしまったようだ。
巨大隕石の一件から一週間後、彼女から会って話がしたいと言われた。一目があると落ち着いて話せないと言われた僕は、デボンの一室に彼女を連れて来た。
お茶請けのコーヒーとクッキー片手に、彼女が切り出したのはそんな言葉だった。
「カイオーガをゲットしたまでは良かった。普通、伝説のポケモンの背中に乗ることも、ゲンシカイキと呼ばれてる姿を間近で目撃することも、
……ましてや、捕獲するなんて多分普通はありえないことだから」
「いい経験になった……そう考えたのかな」
「まあ。色々あったけど、一生に一度くらいはこういう目に遭ってもいいかなって、考えられるようになったの」
強い子だ。元からそうなのか、それとも僕達大人がそうさせてしまったのか。
「でもさ、流石に二回目となると……」
空の柱から戻った後、彼女は僕に話してくれた。ヒガナのこと、流星の民に纏わる昔話、自分が持っていた隕石の欠片がレックウザに力を与え、最終的に隕石を破壊する手助けになったこと。
「あの隕石は、もうずっと前から私が持ってた。故意に手に入れたわけじゃない。偶然手に入れたの。
それがまさか、あんなことになるなんて……」
「……ハルカちゃんは、それをどう思うのかな」
「偶然も度を超すと、必然になると思う。私の場合、それなのかもしれない」
コーヒーの表面に、雫が落ちた。ハルカちゃん、と呟いた。
――彼女は、泣いていた。
「怖かった」
「……」
「カイオーガの背中に乗った時も、レックウザの背中に乗った時も――。手持ちで深海へ潜ったり、空を飛ぶのとは全く訳が違う。同じポケモンなのに、場合が違い過ぎる。
ゲンシカイキに世界滅亡、宇宙に隕石の破壊」
どうして、と彼女が呟いた。
「どうして私なの!? 強いトレーナーなら、他の地方にだって沢山いる! それが、何でその場にいたとか、それを持ってるだけで勝手に選ばれて……。
私、普通にトレーナーやってたかった! 普通に旅をして、人と出会って、ジム戦して……。
普通に、生きていたかったよ……」
僕は彼女の隣に座った。少し躊躇ったが、そっと彼女の手を握った。
彼女はその手を振り払うこともせず、ただ静かに泣き続けていた。
この世界に、神様と呼べるべき人――いや、ポケモンかもしれないが――。
そんな奴がいたら、一つだけ聞いてみたい。
世界に危機が迫った時、貴方は何を持ってして救世主を選ぶのか。
ポケモンを愛する心の持ち主か。強い精神力を備えた者か。大きな夢を持つ人間か。
あるいは、それを全て兼ね備えた者か。
だが、選ばれた人間がどんな気持ちで救世主となるのか……。
貴方は、考えたことがあるのだろうか。
―――――――――――――――――
一昨日のオフ会で書くと宣言したから書いてみた。
初心に戻って書いてみた結果がこれだよ!
書き終えたのは昨日だったのにネットの調子が悪くて今日アップになりました。すみません。
実を言うと初めてポケモンではまったCPはダイハルだったりします。もう八年近く前のことです。
ノマカプ読んでたのはごくわずかな期間でしたが……。
ゲームソフトをきっかけにドラマが展開するのがいいですね。
こういう等身大の少年少女の話って好きです。
人参のグラッセと茹でたじゃがいも、ハンバーグが並んだ皿に、上からソースをかけた。美味しそうな香りとともに夕食が始まる。
「美味しいね」
味もそうだが、恋人と二人で作ったのだ。楽しいし美味しくないわけがない。調理の肯定全てが共同作業で、たくさん話したのにまだ話し足りない。会っていない期間のことはたくさん話したい。
この家の主、ダイゴがチャンピオンをやめてから今まで、順調とは無縁だった。けれどいつもダイゴの味方でいてくれたハルカと恋人として付き合うようになるのはそう遅くはなかった。
今もダイゴが何処か泊りがけで行く時もついて行く時もあればとどまる時もある。そしてさみしいと一日一回以上は必ず連絡する。
この話だけでも外から見たら愛しあってる恋人にしか見えない。けれど二人をつなぐのはそんな表面的なことだけでない。
ダイゴの最大の味方で、ハルカの憧れで敬意に溢れる先輩。何より信頼している人だ。地道に小さな信頼を重ねてきた。お互いに離す理由がない。
ちょっと人参が硬めだったね、こっちはちょうどいいね、ムラがあるのはなんでだろう。そんなたわいもない会話でも二人はとても幸せそうにしていた。
夕食が終われば食器を洗って、テーブルを片付けて。ふかふかのベッドに座ってテレビを見ながら交代で風呂へ。湯上りのダイゴの髪はストレートでその時はすごく綺麗だなと思っていた。でも少し目を離すとすぐにいつも見てる髪型になる理由は長く一緒にいても分からない。
夜も更け、ベッドライトの明かりを頼りに布団に入る。ダイゴの匂いがするとハルカはいつも嬉しそうだ。
「あ、そういえばハルカちゃん」
「なんですか?」
「あのね、来週にデボンの調査でシンオウの洞窟に行くんだ」
「気をつけていってきてくださいね」
「うん。何でも地質が特殊で鍾乳洞があるかもしれないって。地底湖の調査もあってね」
「私はダイゴさんが無事に帰ってくればそれでいいですよ」
ベッドライトを消した。真っ暗な部屋で、波の音だけが聞こえる。静かな空間に、もう少しだけ近づきたくて、存在を確かめたくて抱きしめた。
「離れないでね。ハルカちゃん」
手を握る。ハルカはダイゴの大きな手を握り返した。
ダイゴがいない間、家が荒れても困ると、ハルカは掃除に来る。とはいっても荷物なんてほとんどなく、すぐに終わる。
掃除を終えて玄関に鍵をかけた。今頃、家主は山のどのあたりまでいけたのだろうか。下山すると言われてる日までが待ち遠しい。洞窟になれば通信も出来ない。遠く、ダイゴがいるであろう土地の天気を眺めて、いい陽気であることに何と無く安心する。この晴天が続いてるんだと。
電話が鳴る。珍しく、現チャンピオンのミクリからだ。用事があるときはいつもダイゴから経由するので、久しく話していない。電波が通じなくてかけてきたのだろう。ハルカは電話に出た。
「ハルカちゃん? 久しぶり」
「お久しぶりです」
「落ち着いてきいてほしい。ダイゴが山で事故にあって地元の病院に搬送された。意識がなくて、できる限りの知り合いに連絡してるんだ」
そこまでしか聞こえなかった。ハルカはすでにボールを投げていた。ボーマンダが呼んだか?という感じで出てきた。何も言わずハルカはシンオウの方へ向けた。
長い距離を飛んで、ボーマンダはバテバテだ。言われたところに向かう。けが人はたくさんいるらしく、廊下は混んでいた。ダイゴの居場所を聞いて、エレベーターに乗った。
何もないように。何もありませんように。いつものようにまた……
「しばらくは無茶できないな。これを期に休養したらどう?」
「あぁ、ミクリの言うとおり……うん……ちょっと無理かな……身体中が痛いよ。」
救助された時は全く意識がなかった。病院で治療を受け、しばらくした後にダイゴは全身の痛みで気づいた。そこで入ってきたのは心配そうに覗く親友の顔。
今では少しくらいなら笑えるが、ミクリに日時や名前を尋ねられた時はなんでそんなことをと思った。それほどひどかったのだと、ミクリから聞かせられる。
「僕が一番ひどいけがってのは……ある意味心配ないね」
「まずは自分の心配をするべきだ。ダイゴのお父さんには連絡したからそのうち来ると思う」
「なんでオヤジよりミクリの方に先に連絡いくんだろう」
「持ち物の緊急連絡先にわたしの名前と番号がかいてあったそうだ」
「そういえば、ミクリの番号かいてた気がする」
「わたしはダイゴの保護者ではないはずだが……」
入り口の方に気配がした。小さな声で失礼しますとハルカが入ってきた。
「やぁ、ハルカちゃん」
「ミクリさ……ダイゴさん!!」
ダイゴをみて不安が吹き飛んだようだった。ところどころ怪我をしていて痛々しい様子だが、意識がないと聞かされていたから、安心に変わった。
「ミクリ……」
「ダイゴさん心配したんですよぉ! 生きててよかった……」
泣きそうなハルカをダイゴはじっと見ていた。ミクリは席を外すかと腰を浮かした。
「ミクリ……この子、誰?」
空気が固まる。ミクリもハルカも言葉が出てこない。
「ダイゴ、ふざけるのも大概にしてくれ。不謹慎だ」
「なんで怒ってるの?」
ダイゴは不思議そうにミクリを見た。
「……本当にわからないのか? ダイゴの恋人のハルカちゃん」
「恋人……? 僕に恋人なんていないよ?」
日付も分かる。フルネームも言える。住所だって電話番号だって年齢だって言える。野菜の名前は10個以上言える。引き算だって速い。
「なにいってるのさ。僕はわかるよ」
ベッドに臥せったままダイゴはミクリに抗議した。その目は完全にミクリしか認識していない。ミクリの後ろにいるハルカを全くの他人のように扱っていた。
ミクリはそのまま次の質問に入る。行きつけの飲み屋、ダイゴの仕事、ミクリの仕事のこと。ダイゴはこたえた。
「僕は今、デボンの研究室で地質調査の仕事していて、ミクリはチャンピオンやってるよね?」
「そうか、そこまで覚えてるならもうわかるな? ダイゴ、おまえはどうやってチャンピオンやめた?」
「えっ、誰かに負けて、それから色々知らないことたくさんあるって……」
「その誰かがハルカちゃん。おまえとハルカちゃんはポケモンリーグで戦ったよ」
驚いた顔をしてハルカをみた。戦ったことは覚えてるのに、そういえばその相手の名前も顔も思い出せない。
「……では、ダイゴのポケモンの名前は?」
ポケモンのことはさらさらと言えた。今回の事故でポケモンたちがいなければもっと惨事になったことや、ポケモンたちも無事に回復してボールに戻っていること。
「家にアーケオスをおいてきたけど、無事なのかなぁ」
「そのアーケオスの世話もハルカちゃんがやってくれてたんだ」
ダイゴの話はハルカのことだけ、全く存在してなかったかのようにいなかった。
「ハルカちゃん……だっけ? ごめん君のことは何も分からない。アーケオスの世話をありがとう……それと君はいつか……」
いたたまれなくてハルカは部屋を出た。そこにいるのは紛れもなくダイゴなのに、可愛がってくれたダイゴではなかった。
それにハルカを見て怯えたような目をしていた。後でミクリからあの子の目が怖い、あの子に負ける気がすると言ったと聞かされた。
「ダイゴさんが私に負けたのはもうずっと前のことじゃないですか」
自動販売機でサイコソーダのボタンを押した。コロコロと出てきたサイコソーダは、初めて二人でデートという名目で出かけた時に、ミナモのベンチで座りながら飲んだ。
栓を開けたら、機械の中で揺られたのか炭酸が溢れ出てきた。ハルカの手を濡らし、床にぼたぼたと炭酸まじりのソーダが落ちた。あの時も、ハルカのだけサイコソーダが溢れてて、それを笑いながらダイゴがハンカチを渡してくれた。
掃除の人が大丈夫かと声をかけてくれた。すみません、とハルカはその場から離れ、ベンチに座った。
そんなこともダイゴは覚えていてくれない。ハルカの存在も、思い出も全て消してしまった。認めたくなかったけれど、これが現実だった。認めることなんてできない。涙も声も止めることなく、サイコソーダを口に入れた。
ハルカが出ていってから、ミクリも少しして職員から追い出されてしまった。どこに行ったかわからないし、この崩落事故でマスコミが病院に押しかけてないとは限らない。
ダイゴと一緒だった人たちは軽傷だった。あの規模の崩落でよくも生きていたものだ。初めてのところではなかったのと、通報が速かったのが原因だろうか。
ロビーのテレビで事故のニュースをやっている。いまはどこもこのニュースばかりだろう。ダイゴの親とすれ違いにならないように、帰るのはもう少し後にしようとミクリは雑誌を手に取った。シンオウの旅行雑誌に今回の山と地底湖があるということも写真に載っていた。なるほどこれだけの美しい水を湛えた地底湖は観光も人気がありそうだ。奥まで見れないが、手前だけでも見る価値はある。
「ミクリ君」
声をかけられてミクリは雑誌を置いた。ダイゴの父親だ。ダイゴ自身は無事だと伝えると、ほっとしたような顔になった。
「ただ……本人は元気ですけど……」
「というと?」
「いえ、ダイゴの病室はこちらです」
これは二人の問題だ。ミクリは口を閉じた。処置が終わっていたらしく、病室にはダイゴしかいなかった。そして父親を見るなり、ダイゴの顔つきが変わる。
「オヤジ!?」
「元気そうじゃないか」
「僕は元気だよ。それよりみんなの保証とか」
「それは手配する」
こんな時でも自分の心配より一緒にいた人の心配をしていた。今度のことはデボン社指導だったこともあり、見舞金は出すことを聞かされてダイゴは安心したようだった。
家族も来たことだ、もう居座る必要はないだろう。ミクリは席を立つ。父親に礼を言われ、また後日に礼をするとダイゴも床から声をかける。
「ところで、いつもならすぐ飛んできそうな彼女はどうした」
ミクリが出て行くと同時に話しかけられ、ダイゴは咄嗟に反応できなかった。
「えっ」
「散々ごねたあの彼女だよ。どうした。心配かけたくなくて連絡してないのか」
「ミクリと同じことを言ってる……」
恋人がいる。けれどそれが誰だか分からない。名前も顔も、どんな人だったさえ思い出せない。なのにまわりの人は皆知っている。その感覚が気持ち悪い。
シンオウからホウエンへ戻ったのはあれから少し経った後だった。まだ軽く痛みがあるが、事故当日よりはマシだ。
「あの子が……そうなのか……?」
自分のポケナビの記録を見て、確かにハルカと待ち合わせたり、遊んだりしているような連絡をとっている。これは恋人と言った関係でもおかしくない。なのにその始まりはいつだったか、誰に聞いても思い当たる節はない。
しばらく静養する。ダイゴはトクサネの自宅に戻った。見慣れないものが置いてある。これがもしかして彼女のもので、遊びにくるからとっておいたのかもしれない。
それぞれをじっと見るが、なにも浮かぶことはない。他にも探してみようと部屋を探ると、自分だったら来客が来て困らないようにとっておくだろうなという品があちこちにある。
「僕に、本当に恋人がいたのか……」
現実に証拠を突きつけられて、納得するしかなかった。記憶は全くないのに。
ハルカから遊びに行きたいと連絡があったのは数日も空かなかった。用事もないし、ダイゴは迎えることにした。
扉を開けてハルカを迎えた時、その幼さに驚いた。もしこの子が恋人だとして、こんな年下の子が?と自分が信じられない。
「……ハルカちゃんは……何才なのかな?」
「17ですけど……本当に、わかりませんか?」
同じダイゴのはずなのに、全く知らない人に話しかけてる気分だ。ダイゴはハルカから目をそらしてごめんね、と言うだけだった。
「ミクリもオヤジも同じことを言ってた。すると僕が君を忘れてしまったことになるね」
「……あの、これ少し前のメールとかです」
二人でやりとりしていたものを見せる。ダイゴはハルカから端末を受け取ると、不思議そうに見ていた。自分のポケナビと文面が同じだったからだ。
「そう、なんだ……」
「ダイゴさんは……あさりの味噌汁好きでしたよね……」
「あっ、うん……そうだよ」
沈黙が通り過ぎた。好きなものも変わらないのに。
物を投げつけてなぜ覚えていないんだと叫びたかった。でもダイゴがハルカを見る目がいつも悲しそうで、ダイゴも辛いのだとわかった。頭でわかってても感情はついてこない。裏切られたようだった。
「ダイゴさん、今度遊びに行きたいです」
「いいよ。どこに行きたいの?」
「一番最初に行った遊園地」
「ごめん。そこはどこ?いつ頃行ったのかな?」
なにも自分が一番傷つく方法を取ることはないのに。過去のことは覚えてないのだから。それを確かめなくたって、事実なのに。
少しでも思い出してくれないかなと期待したのはハルカの勝手だ。その話をしたらそれをきっかけに話せると思ったのもハルカの勝手だ。
ダイゴだって困っている。苦しんでいる。でも苦しくて困っているのはハルカも同じだ。
「……ダイゴさん、お化け屋敷はなにも怖くないって言って何も動じませんでしたよね。それなのにジェットコースターですごい震えてましたよね。ポップコーンだって野生のキャモメに取られたし、ボールホルダーが切れちゃって代わりの買ってくれたじゃないですか!」
最後は言葉にならず、涙と絶叫でほとんど聞き取れなかった。ハルカの背中を優しくさすり、ダイゴはごめんね言った。
「ダイゴさんのバカ!」
ダイゴの手を振り払った。過ごした日のことは、ダイゴの中にない。いっそ全て忘れていたならまだよかったのに。どうして自分だけがこんな目に合うのか。いままでこんなことをされる仕打ちをした覚えはない。
ダイゴは困っていた。もし逆の立場であったら絶望しかしない。けれどハルカのことは、本当に何も覚えていない。遊園地に遊びに行ったことなんてないはずだし、こんな年下の子と遊びにいくことが信じられなかった。
大丈夫かい?
そんなメッセージがハルカに届いた。ミクリからだった。ダイゴと会ってから元気でなくて食事もあまり進まなかった。それをセンリから聞いたようだった。返信するのも億劫だったが、一言大丈夫ですと返した。するとすぐにルネに来ないかという誘いが来た。ルネシティでの祭りがあるのだそうだ。人のいるところは気が進まない。どうしようか考えていると、ダイゴは来ないよとメッセージが入った。
気を使われている。ミクリは昔から気を使ってくれた。ダイゴと付き合うことを言った時、本当に親しい人にしか言わなかったのに皆嫌そうな顔をした。何を考えているんだとか、財産狙いとか、心ない言葉もたくさん言われた。でもミクリはダイゴに一番近かったのに、よかったじゃないかと言っただけだった。そしてダイゴが人に興味持つのはすごく珍しいからね、大切にしてもらいなよと。今ならその意味も分かる。それとどれだけミクリに心配されていたのか。
行きますと打って、ハルカは体を起こした。ルネシティに行こう。ルネシティにいるミクリに会いに。
今日はチャンピオンは休業、とばかりに帰ってきたミクリはすでに人に囲まれていた。老若男女問わずモテる。ダイゴとはまた違うモテ方ではあるけど、ミクリの恋人は大変そうだ。
ハルカを親友の恋人なんだとみんなに紹介し、ルネの美味しいもの食べさせてあげてと人の輪の中に入れてくれた。ルネの人たちは本物だとか本当に付き合ってるんだとか、テレビの向こうの人と話すように接してきた。おかげでルネの美味しい魚や貝をたくさん食べることができた。
ダイゴにルネでお祭りがあるよと誘われ、ミクリにも挨拶程度に遊びまわったことがあった。その時と同じ味がした。
少しだけ元気になれたが、ダイゴに会う勇気はなかった。ダイゴは今、何をしているのかさっぱりわからない。ハルカがいなくても成り立つ生活なのだから。
ポケナビが鳴る。ダイゴからだった。着信が続く。とっていいものかと震える手で通話を押した。
「ハルカちゃん?」
「えと、はい」
「あー、よかった! 今度の休みでミナモデパートに買い物行くんだけど、ハルカちゃん一緒に来てくれないかな?」
いきなりどうしたのだろう。ハルカはしばらく考えて行くと答えた。
当日になって約束のところに行くと、ダイゴはすでに待っていた。待ちきれないといった様子で、ハルカをみて大きく手を振った。
「じゃあ行こう」
ダイゴはそっとハルカの手を握った。それはとてもぎこちなく、ダイゴなりに申し訳ないと思っているみたいだった。でもそんな無理をしてほしいわけではない。
「ダイゴさん、無理しなくていいんですよ」
ダイゴにはいろんなものを見せた。もらったもの、あげたもの。どれもハルカに結びつくことはない。その努力は実らぬまま、時間だけが過ぎた。
もう無理なのかもしれない。ダイゴは変わらないけれど、ダイゴではないのだから。その笑顔も、いままでのダイゴと同じではないのだ。
事故のことは関わった人以外、ほとんど忘れ去られていた。
「何か知らないか?」
ミクリは唐突にダイゴから聞かれた。話があると呼び出され、着席した瞬間に。
「あの子の何か、僕にとってハルカちゃんは本当に恋人だったのか。他の人はみんな知ってるのに、僕だけがわからない、気持ち悪い」
ダイゴは焦っているようだった。視線が落ち着かず、ミクリに助けを求めていた。そこまでずっと一緒にいたわけじゃないから、ミクリも返答に困る。
「早くしないと、ハルカちゃんに見放される。怖い。ハルカちゃんが僕を見放す時が怖いんだ」
「……ダイゴ、自分で相談に答えているぞ。結局、ハルカちゃんのこと全て忘れてしまったとしても、お前はハルカちゃんのことが好きなのは変わりないじゃないか」
ダイゴは意外そうな顔をした。こんな焦りが答えだと言うのか。
どうして焦っているのか、その答えを知りたかった。全く記憶にない相手に見捨てられる不安はどこから来るのかわからない。なぜ来るのか。記憶がないなら、存在しないと同じなのに。存在しない相手に見捨てられても気にならないはずだ。
必死でポケナビの記録を見て、アルバムを見て、通信記録を眺めて。分かったことを書き留めて、事実をながめては記憶と一致しないことにため息ついて。なぜ彼女のためにそこまで焦っているのか。
この記憶が戻らないのならば、彼女を自分に縛り付けておく方が不幸になるだけなのではないのか。
その二つが矛盾している。どうしたいのだ。でも誰も答えてくれない。それもそのはず、ダイゴは自分で方向を決めていた。
付き合い始めは反対された。年齢が理由だったり、立場が理由だったり、それぞれの思いだったり。元チャンピオンの二人は目立ちすぎた。いつの間にか世間に知られ、二人の悪評はさらに加速した。
それでもダイゴはハルカを選んだ。ハルカはダイゴの味方で有り続けた。付き合い始めに恋愛感情があったかどうか分からない。でも関係を続けてきて、大切な人になったのだ。その人が突然、忘れてしまうなど受け入れられることではない。
ダイゴが思い出せなくても、ダイゴは生きていける。これ以上、一緒にいて傷つく必要はない。ダイゴとの思い出は思い出なのだ。
ミナモシティに誘われた。その連絡が来た時、ハルカはダイゴに言うことを決めていた。
遅く待ち合わせして、ダイゴはデパートへ行こうと言った。そこからミナモシティの夜景が綺麗に見える。ダイゴは覚えてないかもしれないが、初めて2人で来た時にハルカがその夜景に感動してはしゃいでいた。ここが終わりの場所になる。
歩いてる間、ダイゴは黙っていた。その沈黙を埋めようともせず、ハルカも黙っていた。
夜景の見えるレストランの席につき、簡単に注文する。いざダイゴに切り出そうにも言いづらい。
「ハルカちゃん、すごく聞いてほしい」
先に言われてしまった。ハルカは言葉を飲み込み、ダイゴを見た。
「この半年、僕なりに努力してきたけれど、やはり君のことはわからない。どこで出会ったのかも、どうやって過ごしてきたのか思い出せない。だから以前のようには付き合えないけど、ハルカちゃんは怪我した僕を支えてくれた人で……これは僕のわがままだ。僕の恋人になってほしい」
「ダイゴさん……本当、何一つ変わってないんですね。覚えてないって本当なんですか? 以前、付き合い始めた時と同じこと言ってますよ」
言いたかったことは全て吹き飛んでしまった。同じ人から同じ言葉で口説かれ、それが今のダイゴが切り出す確率から考えて嬉しくないわけがない。
「あの時だって、ダイゴさんは……」
僕たち、恋人にならない?
なんでって、その方が楽しいし、それにハルカちゃんを他の人に取られたくないなぁって。
もちろん、ハルカちゃんがよければだけど。
ハルカちゃんと一緒にいて、とても心強い味方だって感じたんだよ。
うん、そう。ハルカちゃんがいてくれたら僕が嬉しい。友達より、恋人でいてほしいんだ。
「そうか。僕はその時もハルカちゃんを泣かしてたのかな。進歩がないね」
「ダイゴさんが、そんなこと言ってくれると思ってなくて、もうだめかもって、もう別れようって思ってて……」
え?なんで?
ダイゴさんってそんな態度一ミリもしなかったのに。
でも突然どうしたんですか?
私もダイゴさんが一緒にいてくれると心強いです。でもなんていうか、私でいいんですか?
「以前のように付き合えないと思う。僕が知ってるハルカちゃんは怪我で動けなくて、僕が覚えてなくても一生懸命ささえてくれたハルカちゃんしかいない。このまま一生思い出さないかもしれない。それでも僕はハルカちゃんといるとすごく心強いんだ」
好き、かなぁ?
恋人になってって言っといて失礼だけと好きとは違うな。
頑張ってるハルカちゃんと一緒にいれたらなぁって。
あっ、これが好きっていうのかな?
ごめんね、よくわからないや
「私もダイゴさんと離れたくないです。何でもできて優しくて、前に恋人にってって言われて嬉しくないなんて思えない。昔のことなんて覚えてなくてもいい!私と一緒にいてください!私の恋人でいてください!」
私はダイゴさんのこと好きです。でもダイゴさんは好きじゃないんですか?
でもそれが好きってことじゃないんですか?そうじゃなかったら、私はダイゴさんのことなんて思えばいいんでしょう?
尊敬、ですかね?
「うん。もう一回、付き合ってください。僕はハルカちゃんが大切です」
記憶に拘っていたのはどちらもそうだった。過去が作り上げた関係を忘れてしまったことで、そうさせてしまった。
泣きながらもう一度ダイゴの告白を受けてから半年。あの事故から一年経つ。
それでもダイゴはハルカと初めて会ったのは病室であるし、チャンピオンルームで戦ったことを思い出せない。2人の記憶は食い違っているけれど、半年に築いた関係の方が大切だ。
今も夕食を一緒に作って一緒のテーブルについて一緒に片付ける。全く何も変わらない。ハルカが可愛らしく甘えてきて、ダイゴが頭を撫でて。気が済むまでダイゴに抱きつき、彼の持つ匂いを感じた。
そのままでもよかったが、ニュースの時間だ。ダイゴはテレビをつけた。音声に反応してハルカもそっちを見た。
「あっ、ここ……」
事故があってから一年。テレビでも特集を組んでいた。映像は事故当時のものもあったが、今の映像は元通りだった。地底湖の形が変わってしまったことくらいで、今でも透き通った水が深い湖底まで見せていた。
「この地底湖には、神様が住んでいて、炭鉱が主流だったシンオウの人たちが崩落事故に会わないようにって願ってたんだって」
「そんなところで崩落事故ってのも皮肉ですね」
「まぁ、山だからね。どこも絶対安全なんかじゃない。でも人の入れない奥にはまだ鍾乳洞とかまだ知らないことばかりで本当に神様がいてもおかしくないよ」
こういうときのダイゴは生き生きとしている。本当に変わらない。何も変わらないんだとハルカはダイゴの目を見た。
ーーーー
フォロワーさんから、記憶喪失ダイゴさん(カプは自由)いいよねって話から生まれました。
ハルカちゃんなら、ダイゴさんが覚えてなくても、ダイゴさんを振り向かせた努力する子だから頑張れると思います。
なんだこれはかわいい。メタルパウダーの使い方が違うとかそんなことはどうでもいいというくらいかわいい。
そんな話でした。
穴に落ちてもロッククライムで復活し、冷凍ビームで橋を作り、何としても仲の良かった友達そっくりな息子に追いつこうと奮闘するニドキングがかわいい。
息子が「ひー助けてー」みたいな感じで逃げてるのを、ニドキングは「むかしのともだちのにおいがするー♪」みたいなノリで追っかけてたのだと思うと口元がニヤニヤしてきますね。
町外れの山の奥、そこには薬屋を営む小さな一軒家がありました。
家に蓄えていた食べ物が無くなってきたために、近くに買い出しにいかねばなりません。
しかし、薬屋の主人は薬の調合。そして主人の妻は店の番があり、手が離せません。そこで、まだ幼さが残る一人息子に買い出しに行かせることにしました。
「いいかい、この紙に書いてあるものを買いに行くんだよ」
「うん、分かった!」
「山には凶暴なポケモンもいるが、お前はまだ自分のポケモンを持っていない。だから、これを持っていくと良い」
主人は息子に小さな巾着袋を渡します。息子が試しに広げてみると、中には紫色の粉末が入っています。
「これはメタルパウダー。困ったことがあれば、この粉に祈りをささげて辺りへまぶせば、お前の望んだ姿となってきっと助けてくれるよ」
そう言って、主人は息子を送り出しました。
買い物も無事に終わり、荷物を抱えて帰り道に着く息子。行き道は何事もなかった山の小道ですが、帰り道は食べ物の匂いがするからかポケモンの匂いが強くなりました。
しかし徐々に気配は近づいていきます。悪寒を感じた息子が後ろを振り返ると、そこにはニドキングの姿が。しかも一直線にこっちに向かっているではありませんか。
これに気付いた息子は大慌て。荷物を落とさないように抱え直し、出来る限りの早足で家へと向かいます。
そんな息子の前に広がったのは大きな川。しかし慌てて来たため橋まではかなり離れた位置に出てしまいました。
とはいえニドキングが近付いているのは確かです。自分よりも大きな体が迫ってくることにパニック状態に陥った息子は、巾着袋からメタルパウダーをまぶします。
「この川を渡らせろ!」
するとメタルパウダーがオーダイルに姿を変え、背に少年を乗せて川をすいすいと渡っていきます。
これで一安心。と思いきや、ニドキングは波を制して少年の後を追うようについてきます。
息子がモタモタしている間にニドキングとの距離はより詰まり、ついに足を緩めれば間もなく捕まるような間隔になってしまいました。
「落とし穴を掘れ!」
息子はそう叫ぶと、再び巾着袋からメタルパウダーを取り出しては、真後ろにまぶきます。
するとメタルパウダーはサンドパンに姿を変え、両手を素早く動かして、深い落とし穴を掘っていきました。
突進していたニドキングは、落とし穴の手前で急停止出来ずに穴に落ちてしまいました。
ほっとするのもつかの間、ニドキングは落とし穴の中に出来た僅かな凹凸の窪みを利用してロッククライムで地上に瞬く間に出てきてしまいます。
落とし穴から出てきたニドキングとの追いかけっこが再び始まるやいなや、すぐに谷に出てしまいました。
さっきの川と同じく行きと異なる道で来たため、たった一つだけ架かった橋は視界の遥か先です。となれば……。
「空を飛ばせろ!」
息子は残りのメタルパウダー全てを巾着袋から目の前にまぶきます。
するとメタルパウダーはエアームドに姿を変え、息子を乗せて崖をひとっ飛び。
流石にこれにはニドキングも唖然として動きが止まります。が、ニドキングは冷凍ビームを向かいの崖にめがけて放ち、細い氷の道を作って渡ってきました。
とはいえ、崖から家までは目と鼻の先。エアームドから降りて、息子は薬屋の主人の元へ転がり助けを求めました。
「お父さん! 助けてください! ニドキングに追いかけられました!」
薬屋の主人は息子を家に入れると、一人家を飛び出し自らニドキングの元へ近づきました。
息子は不安そうに見ていましたが、ニドキングは主人を襲うどころかむしろ無邪気に戯れています。
どうやらニドキングは昔、薬屋の主人と仲が良かった野生ポケモンだったようです。
ニドキングは食べ物ではなく、薬屋の主人と似た臭いの息子を追いかけていたのでした。
───
お久しぶりです。生きてます。
一年以上前の作品ですが、何気なく置いておきますね。これ以来もう長い間短編書いてませんわ……。
メタルパウダーの使い方違うじゃねーか! というツッコミに関しては二次創作なので大目に見てください。大目に見てください!
うおお!感想ありがとうございます!!
厳選作業すると、まあ当然、気に入らない個体値のものは逃がすわけですが
あれはゲームのシステムだから「にがす」だけなのであって
現実的に考えたら、「にがす」だけじゃ勿体無い、と思うトレーナーがいてもおかしくはないよなあ……と。
それで、孵化したてのポケモンに廃仕様のポケモンぶつけたらまずいだろうと。
そんなイメージで書きました。
知らないとはいえジャッジのお兄ちゃん罪深いですね。
読んでいただき、ありがとうございました!
バイト先の先輩の、お兄さんの友達の話なんだけど。
その人の名前、仮にAさんとしとこうか。
Aさんはその日、森できのみ採りをしていたんだって。
結構奥まで行ったみたいで、珍しいきのみとかあまり見られないポケモンとかもいて熱中してたら、気がついたらもう真っ暗だった。
腕時計で確認した時刻はまだ七時前だったけど、森の中っていうのは人里よりも早く暗くなっちゃうんだよね。こりゃまずいなー、迷わないようにしないとなー、って思ってたけれども足下も周りも見えなくて、やっぱり迷った。
おまけに、うっかりニドキングと鉢合わせしちゃったみたい。向こうも突然現れた人間に驚いたのか、すぐ攻撃されることはなかったけれども慌てて逃げまどったAさんは帰り道を完全に見失ってしまった。
手持ちにひこうポケモンはいなくって、連れていたのはユンゲラー一匹、テレポートを忘れさせたのをあれほど悔やんだことは無いってさ。
ガーディとかポチエナとか、ヨーテリーとか。鼻が利くのがいればまた違ったんだろうけどね。
ともかく、とりあえず歩いてみる他は無く、Aさんは森の中を回っていた。しかし何せ真っ暗だし、ヤミカラスとドンカラスは不気味に鳴いているし、グラエナの遠吠えは聞こえるし。むしポケモンの這うカサカサという音や、どくポケモンか何かが液体を垂らすような水音までして不気味でしょうがない。
イヤだなあ〜、どうにかならないかな〜、って思いながら震える足で地面を踏んでいた。折しも新月で空からの明かりも無く、暑くも寒くも無い中途半端な曇り空には宵の明星だけが鈍く光ってた。
と、何やら音がする。ポケモンの鳴き声じゃない。足音でも無い、水音でも無い。勿論風の音でも無い。ヤマブキとかコガネとか、タチワキみたいな繁華街で聞こえる音によく似ていた。大音量でがんがん鳴り響く音楽と、歓声悲鳴、そして怒号。狂ったように騒ぎ立てる、あの感じだ。
なんだろなー、って思って音の方へとAさんは行ってみることにした。木々の間を縫って音へと近づく。何枚目かの葉っぱをめくると、明かりが見えた。
ど派手なネオンサインにシャレオツぶった筆記体。ピンク、黄色、スカイブルーと目まぐるしく色を変えて光っている眩しすぎなそれは、人の手がほとんど入っていないような森の奥にあるはずの無いものだった。そんな場違いなネオンを見て、Aさんは呟いたんだってさ。
「ああ……ディスコ、か」
ってね。
森の中で夜を越すのは不安だし、ディスコなんて久しぶりだからせっかくだしとAさんは入ってみることにした。ほとんど剥がれたポスターの残骸でべたべたのドアを開けると、そこはなかなか本格的だった。
結構な人数がダンスに興じていたり、ところどころで乾杯していたり。バーカンも盛り上がってるし、フロアのど真ん中には紫色のハットに、これまた紫のダメージ加工なジャンパーを身に纏ったDJが客たちを煽っていた。
へ〜いいじゃん、なんて思ってフロアに混ざっていった。途中入場も可能だったらしいね、曲の最中で現れたAさんのことをみんな笑顔で出迎えてくれたんだ。4つ打ちのEDMに合わせて足を動かし、声を上げ、一緒くたになって踊り狂う。ぐるぐると回るミラーボールは、極彩色をフロアに落として冥府の王みたいな存在感を放っていた。
踊り疲れてきたのでちょっと休憩するか、とバーカンに向かう。みんなまだまだ踊っている、元気だなー、よくあんなに動けるなー、って感心しつつ喧噪から距離をとる。色に満ちたフロアとは違ってこちらは光が少なくて心地よい薄暗さ、蒼の照明がい〜い雰囲気。
季節も夏だしそういうキャンペーンなのか、白の浴衣を着たかわいい女の子に、生ね、と声をかける。はあい、なんて氷柱をつついたような透き通った声で笑った女の子は、赤い帯を揺らしてビールを手渡してくれた。チャージ料金三百円、プレミアムモルフォン一杯六百円、あたしのスマイル百円になりまあす、だなんてかわいい笑顔で言ってくるもんだからついついお札一枚渡しちゃったんだ。ありがとうございまあす、カウンター越しの彼女がそう言った時に、首のあたりがひんやりしたかもしれない。
実質千円のビール、まあこういう所では高くても仕方ないからこんなものさ、に口をつける。冷たい。凍るように冷たい。ありえない冷たい。こおりタイプの飲み物かよっていうくらい冷たい。っていうかガチで氷が入っていた。
ビールに氷だと? いや、それが好きな人もいるらしいし美味いという情報もある。だけど大多数の人はいれないだろうし、欲しかったら自分で言うだろうから普通、最初からは入れないだろう。っていうか薄まるじゃないか。
怪訝に思って女の子を見る。視線に気がついた女の子は、テキーラを棚から出す手を止めて、あっその氷あたしの特製ですう〜、なんてにこにこしている。悪気は無さそうだからそれ以上何も言えなくて、一気のみ不可能なビールをちびちび舐めながら適当に頷く。
特製って何のこっちゃ、冷凍庫で水固めただけだろ、てな具合に疑問はまだあるけど、ビールに関してこれ以上言っても仕方なさそうだ。話題を変える。お嬢ちゃん、ここのお客さんたちはすごいんだねえ。さっきからずっと踊ってるのに、ぜんっぜん疲れてなさそうだもん。その声に応えたのは袖を口元によせてきょとんとしてる女の子じゃなくて、いつの間にいたのか、隣でウイスキーの瓶を開けていた男だった。気配も何もなく、すぐ傍で当たり前のような顔をしてグラスを煽るその姿に驚くAさんを意にも介さぬ様子で男はふん、と鼻を鳴らす。
「兄ちゃんそりゃあ当たり前よ。あいつらのこと、よく見てみい」
酒臭い息を吐きながら、その男はにやにやと言った。まるでぼろみたいな灰色のコートは所々に穴が開いてる。ベージュの襟巻きは布切れの如くぺらっぺらだが、どうして屋内のしかもディスコで、それを外さずにいるのだろう。同じくらいの色で同じくらいぼろぼろの帽子の鍔は深く、髭面の目を拝むことは出来ない。
不気味な雰囲気に気圧されつつも、男の言葉にフロアを
振り向く。何もおかしいところはない。みんな楽しそうに踊っている、ミラーボールの光が彼らを照らして代わる代わるの斑点模様を作り出している。
光、というのにふと考える。光があれば影が出来る。それは当たり前のこと、ガーディ西向きゃ尾は東、てな感じだ。
だけど気づいてしまったんだ。ここのディスコにいる人みんな。観客もDJも音響のエンジニアも、みんなみんな。あっちで踊るイカした兄ちゃんも、こっちで笑う派手めの姉ちゃんも、観葉植物に話しかけてる酔っぱらいもみんなみんなみんな。
みんな、影が無かったんだ。
そしてもう一つ、あんなに踊り狂っているのに、足音が全く聞こえない。そりゃあそうだ、みんな足が地についていないんだから。例えじゃない、マジな話。
Aさんの全身の毛という毛がぶわあっ、と逆立つ。あまりの恐怖に、彼、持ってたグラスを落としてしまったんだ。おいおい大丈夫か、と隣の男が苦笑しながらAさんを見た。
一つだけの、赤い目でね。
うわあー!! Aさんが叫んだ時、彼は既に人間じゃあ無かった。どっしりとした、しかし触れれば貫通する鼠色の体躯を持った一つ目のゴーストポケモンさ。サマヨール、下手したらあの世に連れていかれちゃうかもしれない、Aさんはまひともうどくとメロメロがいっぺんにきたみたいな状態の足を動かして男から離れようと席を立った。
お客さあん、どうしたんですかぁ? バーカンの可愛い女の子も既に可愛いとか言っている場合ではなくなっていた。かわいさよりもどちらかと言えばうつくしさコンテスト向きの、こおりゴースト複合ポケモンに変わっちゃってたんだ。嘘みたいに冷たい吐息を悩ましげに吐いた彼女、ユキメノコが首を傾げると、Aさんの落としたグラスからこぼれ出たビールが一瞬にしてこおり状態になってしまった。
次は我が身、オーロラビームかふぶきか、はたまたぜったいれいどか。別にこおりわざを食らったわけでもないのに、Aさんの体温は一気に急降下した。こうかはばつぐんだ!
あっすいませぇん、お客さんに当たっちゃいました? ユキメノコが見当違いな心配をしてくれる。寒いですよねぇ、ごめんなさいですぅ、と相変わらず声は可愛らしいけれどもつり上がった目はファイアーのにらみつけるにも匹敵する恐ろしさだった。そんな自覚がまるでないユキメノコは、今すぐあっためてあげますぅ、と手を叩く。ぶわりと冷気及び粉雪が舞い上がり、カウンターの板がスケートリンクに進化した。
主に寒さでは無い理由で震えていたAさんの前にあった照明の蒼い炎が一気に燃え上がる。簡素な作りのランプだったそれは瞬く間に膨れ上がり、明るいけれども虚ろな目でAさんを見つめた。息を飲んだAさんの眼前で、照明がぐにゃりと大きく曲がる。そのままぐるりと一回転した照明ことランプラーが、自分の存在を誇示するみたいに炎の燃える両腕をAさんへと突き出した。
ひゃあ、とかひょええ、とか、声にならない声をあげてAさんはカウンターから弾かれるようにして遠ざかった。冷や汗だらけのAさんの背中を男の声が追いかける、「嬢ちゃんダメだよ、この子のおにびじゃあこおり状態には効かないよ」。違う、そうじゃない。けどそんなこと指摘している場合でもない。
ひいひい言いながらフロアへ戻る。一刻も早く外に出なければ、しかし客で混雑していてなかなか進めない。足をもつれさせるAさんに誰かがぶつかった。おっとすみません、反射で謝る。
「どうしたのお兄ちゃん、大丈夫?」
ぶつかったのは小さい男の子だった。悪魔の角つき帽子にオレンジ色の半袖Tシャツ、ちょっとやんちゃが入ったじゅくがえりな風貌の彼にAさんは状況も忘れて、こんなところに子供一人で来ちゃだめだよと提言する。
「一人じゃないよ。お母さんときたもん」
お母さん? 尋ねたAさんに男の子は「ほら、あっち」とAさんの後ろを指さした。振り返ったAさんは何か柔らかいものにぶつかった。ぶわりと広がるピンク色の影から黒い球体が現れる。薄暗い照明の中浮かび上がったそれは、超特大サイズのパンプジン!!
「あら、ごめんなさい。私の息子が」
どこから出してるのかわからないその口調はおだやかだけど、Aさんよりも大きなこわいかおはおぞましく光り輝いている。おかあさーん、と無邪気に飛びつく男の子の胴体がみるみる内に丸く膨らんでいくのを視界の端から追い出しつつ、Aさんはとんぼがえりで逃げ出した。
どうなってるんだここは、と泣き叫びたくなるのを必死で抑えつつドアへと向かう。一刻も早く逃げ出さなくてはと息を切らして走るAさんの腕を誰かが掴んだ。呼吸が止まるくらいに冷たい感覚、そしてびちゃりと濡れた感触。
「ちょっと〜、もう帰っちゃうの〜?」
自分の腕を掴んでいたのはド派手かつグラマーなレディーだった。真っピンクに染めた長髪と、それと同じ色をした露出が極端に低いワンピース。スリーサイズの全てにおいて個体値高めの彼女はぽってりした紅い唇を尖らせた。
「こっからが楽しいのよ〜? まだ踊りましょうよ」
コケティッシュに首を捻る、雰囲気も相まってメロメロ状態になりそうだったけれども、彼女の後ろにいるこれまた恰幅のいいド派手な男が水色の髪を撫でつけながらいかくしてきたために一歩退く。そういえばこの女、妙に手が濡れている。手汗がひどい、うるおいボディな人なのか? そう思っているAさんの頬を女はちょんと軽くつついた。
「帰っちゃだーめ、ね〜?」
拗ねたような女が頬をぷくっと膨らませる、しかしその膨らませ方は尋常じゃない。白のふわふわな襟さえもはちきらんばかりに膨れ上がった頬の真ん中、つぶらな瞳の女にAさんは気がついた。違う! ボディはボディでも……のろわれの方だ!!
まとわりついていた触手を強引に振り払い、びしゃびしゃになった腕を動かして無我夢中で女を突き放す。既にグラマーどころでは無くなっていた女の身体はぐにゅりと弾力たっぷりにAさんをはじき返した。
ちょっと酷いじゃな〜い、なんて声も鼓膜を素通りしていく。足はまだ動く、ありがとう意外と低い70パーセント。
とりあえず走る。何が何でも走る。しかし人混みのせいでうまく進めない。フロアの片隅に設置された観葉植物が植木鉢から根を引き抜いて飛び出し、幹をうならせ、枝を揺さぶって邪魔をしてくる。低音を響かせるウーファーが、ワブルベースのサウンドだけでは飽きたらずにケタケタ笑いの毒ガスを吐き出している。壁に沿ったロッカーは片っ端から針金みたいな手を生やし始め、無機質なネズミ色を鮮やかなブルーと黄金色に変化させている。ずらりと並んだロッカー、否、もはや荷物では無くミイラを眠らせる棺桶となったそれらの全てが赤い眼をぎょろぎょろと向けてきて、Aさんをかなしばる。それでもまだ、まなざしが赤で助かった。これがくろだったらにげられない!
耳が片方取れたミミロルや眼球が行方不明なヒメグマにつぎはぎだらけのニャオニクスと、ひたすら不気味なぬいぐるみを大量に抱えたゴスロリ女がAさんの逃げまどう様子を見て、錆びた金具みたいな口を笑みの形そのままに裂いていく。
血色の悪い顔に薄い色つき眼鏡をかけ、紫に染めた髪の毛をやたらと逆立てた男がにやにやと笑う。両耳のピアスは合計いくつだろうか、首飾りや腕輪、ダメージ素材の服に腰の上から巻かれたベルト、大量のアクセサリーがリズムに乗って身体を揺らす男の動きに合わせてじゃらじゃらと音を立てる。その全てについた宝石はぎらぎらと悪趣味に光っていて、黒のレンズの向こうにある瞳には白目も黒目も無く、ただただ一際強い輝きを放つだけの石ころだ。
でっぷりと太った丸顔の男が、慌てふためくAさんに気がついて道を開けようとしてくれた。しかし体積の大きいその身体が移動出来る場所などどこにもない、くりっとした眼を困ったように揺らした巨男は、元々膨らんでいた頬をさらにぷっくりと膨らませ、そしてあろうことか浮き上がりやがった。スーパーなブラザーズの赤い方以上の太りっぷりなのにまさかのふゆう、「これがウワサの風船おじさんか」なんて言ってる場合じゃない。
あっちを見てもこっちを見ても、まともな人間なんて一人もいない。こんらんどころの騒ぎでは無い、にたにた笑いを浮かべながら紫電を放ち、ぎゅんぎゅんと猛スピードで回転しているミラーボールの光の粒から逃げるようにして走る。
ようやっと出口にたどり着く。息切れも構わず重い扉に手をかける。一刻も早くここを出たい、流れるミュージックはタマムシゲームコーナーの如く軽快なものだが、こっちにとっちゃあシオンタウンβ、もりのようかん、それかアルフのいせきで聞くラジオのようなものだ。
森の闇につながる扉を開きかけて、ふと視線を感じた。思わず振り返る。抜け出るのに苦労したはずの、混みまくっていたはずのフロアの中央だなんて絶対に見えるわけも無いのに、何故か目が合った。フロアを回してオーディエンスを沸かせているDJ、ど真ん中のブースにいた彼女と目が合った。
長い長い髪を紫ピンクに染め上げて、同じ紫の袖に包まれたほっそい両腕をせわしなく動かしている彼女はAさんをじっと見据えた。赤く光る両目に睨まれて、Aさんは扉を開きかけたまま動けない。
髪をばさりと揺らして、DJがにいっ、と鮮やかな赤いルージュで飾った唇を歪ませた。薄暗いフロアと断続的な明滅を繰り返す照明による極彩の光、蔓延している汗と酒の匂い、耳にがんがん響くダンスミュージック。その全てを従えた彼女はこのディスコの女王、そんな笑顔に魅せられて、こんな時だというのにAさんは見とれてしまう。動きを止めたAさんに、DJの彼女は、歌うように囁いた。
「また、いつでもいらっしゃい」
クラブイベントで、ただの話し声がフロアの中央から出入り口まで届くはずがない。彼女のそれは声じゃなかったんだね。ほろびのうた。それを聞いたきっかり3秒後、Aさんはめのまえがまっくらになった。
で、結局、気がついた頃には朝になってたらしい。
寝ころんでいたその場所にはディスコなんて影も形も無くて、木々が無秩序に生えているだけだったんだって。
でも、ちょっと調べてみたんだけどさ。
そこ、オカルトマニアの間では、結構なメッカなんだよ。
ゴーストポケモンのたまり場ってウワサだよ。
Aさんは言った。
「ムウマージは、呪文によって相手を苦しめることが出来るんだってな」
「呪文と言っても、それが鳴き声による言葉だけとは言いきれない。もしかしたら、自由自在に音楽を聞かせることも呪文の一種なのかもしれない」
「だとしたら、あの夜のDJ、彼女も呪文を使っていたんだろう」
「だけど、あれは苦しめるための呪文じゃない」
「ムウマージの呪文には、相手を幸せにする効果もあるそうだ」
「あれは、そういう類の方だった」
ってね。
だから、先輩のお兄さんは聞いてやったんだ。
幸せになれるなら、また行きたいとは思わない? ってさ。
そしたらAさん、首をぶんぶん振って、「とんでもない!」だって。
あんな怖い思いするのは、もう二度とごめんなんだってさ。
「だけど」Aさん付け加えた。
付け加えて、最後にこう言った。
「もし次に行ったら、もうちょっとは楽しめるかな」
感想ありがとうございました……!
病んでる……シビルドンは人間が水中じゃ生きていけないって知らないのでその……
あと、とりあえず喋らせるわけにはいかないので、行動面で直球勝負にしたのが原因ですね……。
ペラップと、それからツタージャの話は元々それぞれ独立した短編として発表しようと思ったのですが
あまりにも救いようがなくなってしまったので1エピソードとして使いました。
読んでいただき、とても嬉しいです!
ありがとうございました!!
焼き肉さんこんばんは。
そのひとの正体をぼかしすぎて話の内容までぼやけてしまったので、やっちまったな!って感じなんですが、感想いただけて嬉しいです。
個人的にそこはちょっと気に入っていたので、好きって言っていただけて感無量です!
逢えたかどうかは…読んだ方の心の中で…。
感想ありがとうございました!
18時開始希望します
早く終わると寝れる!
ツイッターで開始時間を早めにして欲しいとの要望をいただいたのでアンケートをとります。
以下、三択から選んで下さい。
1.18:00〜
2.19:00〜
3.20:00〜
回答期限:今週木曜日いっぱいまで
ボツネタの宝庫だよ!
・竜を呼んだ師匠
旅芸人の師匠と付き人の話。
明治より昔らへんを意識
現在のフスベシティらへんを通った時、興味持った新しい領主にやれと言われて、削ったばかりの横笛で師匠が演じる
が、弟子はその笛はやたら高く、竜の声(雲を呼ぶ風の音)に似ていてあまり好きではなかった
フスベシティでは笛を吹いてはならぬと言われていたが、新しい領主はそんなの迷信とばかり。
しかし師匠が奏で始めるとだんだと雲行きが怪しくなり、大量の雨が振り、雷が鳴る
師匠の身の回りの世話と、台無しになってしまった笛のために、フスベの山へいい木を探しにいく弟子。
猟犬(デルビル、ヘルガー)を連れた地元住民に、ここは昔、シロガネ山に住む竜(カイリュー)が仲間を失って探しに来たはいいが、結局みつからずに終わってしまったこと、それ以降、笛の音を聞くと仲間だと思って大雨を連れてやってくることを聞く
元々表を歩けない身、黙々と笛を作り、二人は旅立つ。
・主任の炭坑
シンオウは石炭や金銀などが取れるため、たくさんの炭坑があった。
ポケモンを使い、どんどん掘り進めシンオウ地方から取れる資源は人々の生活を豊かにした。
炭坑で働くものは取れれば取れるほど自分にまわってくる利潤が多くなるため、どんどん掘り進んだ。
事故も多かった。しかし会社は遺族にたくさんの金をおけるほどだった。
そんな時、作業員が何人か戻らないことがあった。確かに一緒に作業し、直前まで話していたはずなのに
探したが崩落などはなく、また明日探そうと解散。
次の日も探すが永遠に戻ることはなかった。
そのかわり、炭坑でイワークの変種が見つかる。金属の体にシャベルのような顎を持っていた。
作業員が見てるまえで壁を堀り、金属を見つけるような動作をした。そいつは作業員を見つけると勢いよくやってきた。驚いた作業員は逃走するが、途中で何人かいなくなる。
そして作業員が何人かいなくなった。ついに主任者が現場に入るが戻ってこなかった。それに比例してイワークの変種の目撃談が多くなる。
噂では山に取り憑かれた炭坑夫の成れの果てだとされ、炭坑は閉じられた。
今では調査のため、開かれているが、決してハガネールだけには攻撃していけないと言われている。
それがもしかしたらあの時の作業員かもしれないのだから
(モンハン、ウラガンキンネタより)
・妖狐はいかにしてシンオウから姿を消したのか
今ではシンオウでロコンは見られない。
元はたくさんいたのだが、人に退治された。
シンオウの開拓や炭坑で働く人はケガも多く、この男も全身に火傷を負って看護されていた。
だいぶ治ってきたころ、家に人が来た。妻が対応すると会社のものだという。しかし男も女も子供まで混じっていた。
おかしいなと思いつつも、仕事のことを相談したいから少し部屋を閉じてくれと頼まれてその通りにした。
何時間たっても出て来ないので様子を伺うと、男は既に息絶えていて、そのまわりをキュウコンとロコンが争うように男の肉片を食べていた。
火傷の治りかけの皮膚はロコンキュウコンのたぐいの好物である。炎でやいた相手を生きたまま放置し、治ってきたころに食べることもする。
妻が叫ぶと、一目散に逃げていった。
同じようなことが相次ぎ、狐をこの世から抹殺すべきだと残された開拓民は炎に強い猟犬ヘルガーと共に山に入り、一匹残らず仕留めた。
最後のキュウコンが絶滅したのはその事件から7年後だったとされている
今でもシンオウでロコンは見かけない。むしろ見ない方がいいのかもしれない
(北海道の炭坑記録から)
どれも、文章にするとだるくなっていく
道祖神の詩(うた)です。
道祖神とはミクリの言う通りに正しい道に導いてくれる神様と言われていますが、旅の神様でもあるんですね。
また、境界線を示す神様でもあり、神様の住む世界と人間の住む世界をわけていると言います。鳥居と性質は似ています。
大人のトレーナーにしか思えないこと、それが本当に今の人生でよかったのか、今までの事はよかったのか、今は正しいのかという反省です。
彼らにも突っ走ってポケモンに夢中だった時があったはず。でもその結果は本当によかったのか。正しかったのか。
本当に正しいならなぜ今の位置にしたのか。
ポケモンで最も神秘的な街だと思ってるルネシティ。音楽もホウエン地方の他の街と比べてジャズワルツになっています。グラードンカイオーガが目覚める祠もありますし、ルネの住民が全ての生命はおくりび山で終わり、目覚めの祠から出て行くというセリフ、そして飛ぶか潜るかしないと行けない地形などから、ルネシティは独自の自然信仰がありそうだなと思い、このような形にしました
そしてなぜミクダイなのか。
手にしたミクダイにとても感動し、こういう形で彼らが生活している基盤をかけないかとかきだしていたら自然とまとまりました。
最後に。
詳しい方はすぐ解ると思いますが、道祖神は男女の性交も司ってるんですよね。だけどダイゴはそうじゃない。だからどうしてこの道(ミクリが好きだという現状)に行かせたのかと恨みを抱き、どうにもならない心を必死で隠そうとします。
(ミクリの対戦相手がカチヌキ一家の長男。彼もまたここまで後悔も振り返りもせず突っ走って来たんだろうなあ)
イッシュ・ヒウンシティ在住の公務員です。
俺のエルフーンとワルビアルについての悩みです。
俺とエルフーンは甘いものが好きで、ヒウンアイスを良く買って食べるのですが
エルフーンはいつもワルビアルの頭の上で食べるんです。
しかもスプーンをうまく使いきれないのか
溶けたアイスがワルビアルの頭にいつも零れてしまうんです。
そのたびにアイスを拭き取ってやるんですが
最近ワルビアルの頭からアイスのチョコレートの匂いがががが
そのせいでエルフーンが余計に頭から離れてくれないし
ワルビアルの頭を洗ってやろうと思ってもじめんタイプだからみずは苦手だから洗えないし―――……。
アイスを食べないって選択肢はできません。
厳しい公務の合間の数少ない至福の時間だし
俺もエルフーンも、相当な甘党なので(笑)
皆さんの知恵、お待ちしてます。
【参加してみたのよ】
ねえ聞いてよ、ウチの[プレアデス]……前見せた色違いのミルホッグ君ね。
どういうわけかマッサージをし始めてさぁ。
ほら、私の仕事ってさ、ホドモエのホテルで出た洗い物を請け負ってる工場じゃない?
そんなトコだがら必然的に重いものとか持っちゃうわけでさぁ、最近左肩がやけに痛いのよ。
でね?どうしたら肩こりほぐれるかなーって思いながら揉んでたのよ、肩を。
そしたらプレアデスがね、きゅうーって鳴きながら、私の左肩をマッサージし始めてくれたのよ!!
どこで覚えたのさ?ってくらいこれがまた上手だし気持ちよくてねぇ、今はだいぶ和らいできたんだけどさ、心配してくれてるのか
最近は毎日、私が寝る10分くらい前になってマッサージしてくれるわけよぉ。
もう我が家の専属マッサージ師として活躍してくれちゃってるわけ♪
……え?なに、あなたも肩こりひどいの?
なら、ウチくる?プレアデスに頼んでマッサージしてもらいましょ!!
大丈夫!効果は抜群よ!私が補償するからさ。
ほら、おいで!!
*NOAHから*
ブラックで偶然出会ったミルホッグ♂の色違いを見てたら
ふと思い浮かんだネタ。
可愛いよね、ミルホッグ。
マッサージされたい。
溢れる豊かさが、人とポケモンとを結ぶ南の地・ホウエン地方。
その地に、死者の魂を送る、霧に覆われた聖なる霊山・おくりび山がそびえ立つ。
しかし、彼女がいる場所は、どんな大雨であろうとたちどころに晴れ渡り、見事にきれいな景色を一望できる程、澄んだ青空に恵まれるのだ。
「おや、これは珍しい。人なんて何時振りに見たか……その容姿では、まだ子どものようだが……何をしに来たんだい?」
現れた一匹のキュウコンは、何故だか言葉を介しており、見事なまでのその黄金色の九つの尾を優雅に揺らす。少しして、私がなぜここにいるかピンときたのか、くつくつと喉の奥で嗤う。こばかにされているはずなのに、なぜだか憎めなかった。
「なるほど、親と逸れたか。ふふ……迷い子、会ったのが私で良かったな。出会った獣によっては、その命、とうに失われておったぞ。まあ、あの濃霧では仕方あるまい……そうだな、久しぶりに人の子にあったのだ。私もある人の子の話をしよう。なに、退屈はさせぬ。私の旅話しだ。」
人の了承を得ず、勝手に話を始めたキュウコンは、どこか遠くを見つめながら、昔話を語り始めた。
「これは今から、五百年程前の話―…。」
×*×*×*×*×*×*×*×*×*
カントーより北にある、花冷える寒冷地。雪深いシンオウに引けを取らない程寒く、厳しい冬が襲う地。
時刻は恐らく、お昼頃。初夏の日差しが注ぐ、深緑の森を歩く、一匹のキュウコンがいた。そのキュウコンは、ただただ、宛てもなく、いたずらに右往左往と森の中を行き来してしていた。しかし、そのキュウコンは何かを捉えたのか、頻りに耳を動かすと、何かに近づいて行った。
そこにいたのは、一人の子どもだった。大きな木の根に腰掛けて、ひっきりなしに泣いている。着ている物は、土でところどころ汚れていたが、中々に上質な袴を身につけ、右眼に眼帯をしている、十才くらいの少年だった。何かを感じ取ったのか、キュウコンは顔を顰めた。
「……人の子よ、ここで何をしている。」
「!!」
「私の質問に答えろ……何をしている。なぜ泣いている。」
キュウコンが感じ取ったもの。それは血の臭い。この頃は戦が絶えず、刹那の瞬間にも、様々な命が刈り取られている時代であった。しかし、この少年は、まだ戦場にでる年頃では無い。なのになぜ、この少年から血の臭いがするのか。キュウコンはそれが何故なのかわからなかった。
「……眼、を。」
「うん?」
「右眼を、患った。……それから、母上が、まるで化け物を見るような目で、私を見始めた。」
「…………。」
「この眼を取ったら、優しかった頃の母上に戻ってくれると思った。だから、従者に頼んで、そして……。」
「抉り取ったのか、右眼を。」
少年は無言で肯定すると、膝に顔を埋めた。そのままの格好で、さらに話を続ける。
「……でも、母上は元の優しい母上には戻らなかった。私をさらに化け物扱いし、罵り、ついには
、私を、殺そうと……ッ!」
「……皆まで言うな……辛かったであろう、泣きなさい。思う存分。」
「ふっ……うわあああん!!」
キュウコンは優しく子をあやすと同時に、その母親に、ひどく怒りを覚えていた。
母親は、生まれ落ちた我が子を、何があっても常に愛し、時に諭し、そして何より、子の憧れでなければならないのだとキュウコンは思っている。しかし、泣きじゃくるこの少年の母親は、子が病で、その眼を失ったその日のうちに、汚れた者でも見るかのように辛くあたり、何よりも、殺そうとしている。しばらくして少年が落ち着いた頃、キュウコンはその口を開いた。
「……何とも愚かな母親か、どれ、人の子。いっそ私が、お主の母を喰らってやろうか。」
「それは……それはだめだ。」
「何故?命を狙われているのだろう?」
「確かに、哀しみの元凶は、母上だ…………でも、お腹を痛めて産んだのも、母上だ。母上がいなければ、私は……私は、今こうやって、哀しみを共有してくれた、貴女と出会っていない……私は……私は母上が大好きだ!たとえ蔑まれても、命を狙われても、それは、その気持ちは変わらない。」
「…………人の子よ。」
「…………?」
「名を……お主の名を聞いても良いか?」
「…………梵天丸。」
「梵天丸……良い名だ。人の上に立つに相応しい名だ。お前には、数多の人や獣を導き、そして操り、慕われる才があると見た。気が変わった。私はお前の母親を喰らうのは止めよう。その変わり、お前が死すその日まで、私はお主の勇姿を見届けたい。」
その言葉に、梵天丸は小さな左眼を丸々と見開いた。彼女の言葉に驚いたのか、口を僅かに開けて、呆けた表情をしていた。
「……獣の貴女が、私の母になると?」
「うむ、それも良いな。……梵天丸よ、お主は母が愛しいと言った。しかし、件の母はお前を殺そうと憚っている。……だが、1つだけ良い方法がある。荒治療になるが、構わんか?」
「……母がまた、私を愛してくれるなら。」
その答えに満足感を得たキュウコンは、にっこりと笑って、梵天丸の頬を舐めた。梵天丸は、くすぐったそうに、目を細めて笑う。
「そうだな、お主が二十になったとき。まだ母を愛していたら、そして、母がまだお主を嫌っていたら。またここに来なさい……その時に教えよう。」
「……わかりました。十年程、待てばよろしいのですね。」
「うむ。……必ず、お主の力になろう、梵天丸……さあ、もう行きなさい。」
梵天丸はキュウコンに促され、しかしまだ名残惜しそうに一度振り返った。キュウコンは穏やかに笑い、その炎で優しく彼を愛でると、森の奥へと引き返して行った。梵天丸は尚もそちらを見るが、自分を呼ぶ声を耳にすると、そちらの方へと走って行った。
×*×*×*×*×*×*×*×*
10年後。キュウコンは再び、花冷える寒冷地に訪れていた。今度は、自らの影に、たくさんのカゲボウズ達を忍ばせて。
約束の場所には、見事な鳶色の髪を持つ、思わず見惚れてしまう程の青年がいた。しかし、キュウコンはその青年こそが、10年前の小さな子だと気付いた。
「見違えたな、梵天丸。」
「!……お久しぶりでございます、゛母上゛。貴女にとっては僅かな歳月でも、私にとっては長い十年でした。」
「そうであろう……私の種族は千を生きる獣。私はまだ五百といっていないが、十年は確かに短い……血の臭いが濃くなったな。戦に出始めたのか?」
「ええ、二年程前から……名も新たに貰いましたが、貴女にはまだ、梵天丸と呼んでもらいたい……。」
「構わん。……それでどうだ?この十年。お主も、お主の母も相変わらず変わっておらんな?」
「はい。変わっておりませぬ……それで母上、如何なされるおつもりですか?荒治療と申しておりましたが……。」
そこでキュウコンは、自らの影に潜ませ連れて来た、たくさんのカゲボウズ達を呼び出した。彼は初めて見るポケモンだったのだろう。彼らは何者かと問うてきた。彼女は丁寧に、彼らカゲボウズ達の特徴やら何やらを教えると、改めて、梵天丸を見やった。
「……大きくなったな、我が子よ。」
「ええ、色々ありましたが、無事、ここまでこれました。これも偏に、母上のおかげです。」
「私は何もしていない。お主の頑張りに、想いに応えただけだ……良い結果を待っているぞ、梵天丸。」
「はい。……母上。何時かまた、貴女を母上と呼ばせてください。」
「……うむ。」
キュウコンは、どこか侘しい気持ちを抱えながら、梵天丸と、その影に移ったカゲボウズ達を見送った。それから、彼とキュウコンは、一度も会う事は無かった。カゲボウズ達が戻って来た頃、キュウコンは彼らに話を聞くと、どうやら思い通りに事が進んだらしい。それからの梵天丸の活躍は目覚ましく、キュウコンが見込んだ通り、彼は一国の主にまで上り詰めたという。
それから、およそ六十年後。梵天丸は、床に伏していた。
「……死に水を取に来たぞ、梵天丸。」
「母上……お久しぶりにございます。」
「やはり、お主と私では寿命が違うな……我が子の最期を見届けるのは、心が痛む。」
「こればかりは、いたし方ありますまい……私は最期に貴女にあえて、幸せです……母上、この先の五百年、どうか、私の変わりに……。」
「うむ、見届け、伝えよう……お主の事。そして五百の時を経て、再び、黄泉の地にて会おう、梵天丸……その時ゆっくりと話そう。私が歩んだ千年の人生、その全てを。」
「その時は、この梵天丸が、いち早くお迎えに上がります。」
「……待っているぞ、我が子よ……黄泉への道中、気を付けてな。」
「母上も……今より、五百年……どうか……お気を付けて……。」
その言葉を最期に、彼は静かに息を引き取った。その日は奇しくも、梵天丸とキュウコンが初めて出会った日だった。世が平和を迎えて少し経った、柔らかな初夏の光が差し込む、とある城の一室での出来事であった。
彼の激動の人生の背後には、度々、一匹のキュウコンの姿が噂されていたという。
×*×*×*×*×*×*×*×*
「……すっかり長引いてしまったな。もう夕暮れ時だ。そろそろ帰りなさい。ああそうだ、またここにきたいのなら、ヨマワルかカゲボウズにこう言いなさい。『語り部九尾に会いに来た』と。……梵天丸の名か?ふふ……゛独眼竜゛と言えば、伝わるであろうな。」
―
【書いてもいいのよ】
【批評してもいいのよ】
.
千 の 時 を 過ごした 一匹 の キュウコン が いた。
彼女 は 獣 の 身 で ありながら 各地 を 旅してきた と いう
今 は 亡き その キュウコン が 私 に 話して くれた
幾つもの 旅 の 記憶 を 私は ここ に 記そう。
○日本史×ポケットモンスター・語り部九尾○
もしもポケモンが、日本史に出てくる人物にあったり、戦等に参加していたら―…?
旅好きで人好きだけど、どこか憎めない、生意気で好奇心旺盛な、変わり者キュウコンのお話し。
【書いてもいいのよ】
【批評してもいいのよ】
すみません!!こんな『んー、ヒマだしなんか投稿してみっかなー』程度の気分で考えた駄作に感想を下さったとゆーのに……!
返信遅れてホンッットにすみませんでした!
小生ものすごく反省しております……
これからはこのような事の無いようにしますのでどうかお許しを。
そして、自分の作品を気に入って頂いて光栄です。
もし、次のアイデアが浮かんだら(たとえ授業中であろうとも)ケータイでポチポチ投稿しようと思っております。
最後に、感想ありがとうございました!
【誠に申し訳ございませんでしたなのよ】
【カゲボウズかわいいよカゲボウズ】
【メタモンもかわいいと思うのよ】
> グラエナ多頭飼い、極貧生活、なんとも言えないこの生活感。素敵です。
> この生活ならしてみたい…黒いもふもふに囲まれたいです。
以前黒い犬を飼ってたんですがあんなのが一杯いたら幸せです。もふもふです。犬の毛皮はごわごわしているといいますがそれでももふもふです。
極貧でもグラエナに囲まれて幸せなのです!
>
> なるほどこれがボスとの出会いですか…!!
> マグマ団好きが再熱しそうです。素敵なお話ありがとうございます!!
ぜひマグマ団好きを復活させましょう!グラードン万歳!
コメントありがとうございました!
嵐のような人だった。
出会ったのは数か月前。きっかけは些細なことだった。
何もかもをかき消してしまうような雨の日。急いで家に帰ってきたら、あの人がそこにいた。勝手に人の家の軒下を使っていたのだ。
家の前に知らない人がいる。その状況がなんとなくうっとおしかったから、雨が小降りになった時にビニール傘を渡した。
そしたら次の日、律義に返しに来た。
その律義さに昨日邪険に扱ってしまった自分が何となく恥ずかしくなって、気がついたら、お茶でも飲んでいきませんか?と声をかけていた。
それから、あの人は時々家に来るようになった。
まるで昔からそうだったかのように、彼は私の生活の一部となった。
気がついたら、いつも彼のことが気になるようになってしまった。会えない日はどうしようもなく寂しかった。
最近疲れてるけどどうしたの?って訊かれたから。
眠れないのって答えた。
あなたのせいです。あなたのこと思い出して眠れなくなるんです。そんなことは言えなかったけど。
そしたらあの人、数日後にモンスターボールを渡してきた。
プリンの歌はよく効くから、これで眠るといいよって。
何一つわかってないなぁと思いながら、でもその優しさが嬉しかった。
一人になったその夜、プリンは歌ってくれた。
あの人のことを想いながら、私はぐっすり眠りにおちた。
とりあえず不眠は解消された。根本的な原因は何も解決しなかったのに。
そしてある日。旅に出ると一言だけ言って、彼は去ってしまった。
私の生活は元に戻った。まるで初めからあの人なんていなかったかのように。
でも、相変わらず自力じゃ眠れない。それは元には戻らない。
そしてニックネームをつけることのできないプリン。それだけが唯一の彼がいた証だ。
あなたのことを思い出して、今日も私はプリンに歌ってもらう。
あなたのせいで眠れないのに、今日も私はぐっすりと眠りにおちていく。
--
ポケライフタグ期間終わってるのは百も承知ですが。
タイトルはモチーフとした楽曲からそのまま頂きました。内容はだいぶ変化させてしまいましたが。
【どうしてもいいのよ】
グラエナ多頭飼い、極貧生活、なんとも言えないこの生活感。素敵です。
この生活ならしてみたい…黒いもふもふに囲まれたいです。
なるほどこれがボスとの出会いですか…!!
マグマ団好きが再熱しそうです。素敵なお話ありがとうございます!!
No.017です。
ご報告に間が空いてしまいましてすみません。
昨日ビッグサイトにて開催された COMIC CITY SPARK7 にて、
「マサラのポケモン図書館 ストーリーコンテスト・ベスト」完売致しました。
ここにお礼とご報告を申し上げます。
執筆陣の皆様、イラスト担当の皆様、イベントを手伝ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
【流通数】
印刷数は初版120部、再版100部(+予備)で
配布約20部、頒布200部程度となっております。
【流通】
HARU COMIC CITY17
ふぁーすと3
サンシャインクリエイション55
コミックマーケット82
チャレンジャー!
本の杜2
ふぁーすと4
COMIC CITY SPARK7
通販
【いただいた感想など】
(ツイッターで見つけた限り、聞いて覚えてる限り)
・『マサラのポケモン図書館』っていう小説を同人で見つけて。
500円というお手頃価格で買ったら、内容が深くてアマチュアの作品とは思えないほどの良品だった。
・最近『ポケモンストーリーコンテストベスト』を読んでる。
積まずにもっと早くに読んどけば良かった。ピカチュウの話とミニリュウの話が好き。
・マサポケのストコンベストを読了。テッカニンとレックウザとバチュルとザングースあたりが好き。ご馳走様でした。「やさしいピジョンの育て方」の発刊はいつですか!
・プロトーガとミニリュウのやつがよかった
・ケンタさんの名前を見つけて懐かしく思った
・(ベストを)あっと言う間に読んでしまったので、残りを買いに来ました!
(その後、No.017の小説文庫全種を絨毯爆撃)
・半生が最強
・ポケスコベスト読了。どれもグッとくる話だった。
ポケモンが大好きな人にはもちろんだけれど、むしろポケモン好きだったけど今はそんなに、
ってひとに薦めたい。なぜって実際私がポケモンやりたくてたまらなくなったからですよ。
他の人もこの感覚を味わうべき。
読後感はどの話も、はぁー面白かった!で終わる。
どれも爽快な話。思い出して気づいたが、586さんのblindnessも爽快な終わりだ。なんてこった。今すごく衝撃を受けている。
頭かち割られたり思想を揺るがされたりはしませんでしたが、読んでいて心を持って行かれなかった作品はなかったと言っていい。
ポケモンの二次創作作品としてすごく引き込まれた。具体的には自分が遊んだゲーム画面を幻視する程度に。
あの頃の記憶がフラッシュバックする程度に。
まぁ本読む度に人生観覆されても困るのでそれはそれとして、
しかし仮にこのレベルの一般文芸があっても私はまず買わないだろうななどと思うので
結局私が引き込まれたのってポケモンの描き方なんだろうな。
・本の杜2飲み会にて、ポケモンの観覧車の話になり、様々なアレなネタについて話題になり、
アンソロにきんのたまが載ってるよ!と話し、盛り上がる。で、見せる事に
→ 普通に書けてた!買います!
・最後の話に全部持っていかれた
【売り手雑感】
まず春コミでものすごく出ました。思わぬ売れ行きでした。
コンテストシステムの概要や選考方法、それと各回の大賞作品を説明したイメージボードを作っておいたのですが、読んでくださる方が多かったです。
島角で2スペースとっていたので、面陳列展開できたのも大きかったように思います。
次のふぁーすと3では午前中に完売。ここで初版分が無くなり、再版が決定します。
その後のイベントでも、コンスタントに数が出ていきました。
「ピジョンエクスプレス」サークルでは常に4種類以上の文庫が並んでいましたが、
「どれから始めたらいいんだろう?」という方にまずお勧めしたのがベストです。
やはり短編集・1冊で楽しめるというのは大きい。
黙っていても(とりたててプッシュしなくても)売れました。
上の感想にも挙げましたが、ベスト読んだ方が他も読んでみようとなっており、
「ポケモン小説の入り口」と機能していたように思います。
以上をもちまして、ストーリーコンテスト・ベストに関する活動は、ひとまず終了いたします。
今までありがとうございました!
2012年10月8日 No.017
チャット会にご参加のみなさま、そしてご観覧くださったみなさま、大変ありがとうございました。
みなさまのお陰さまでチャット会はほぼ滞りなく進行いたしました。あとは私にもっと司会スキルが必要だと痛感いたしました……結果発表チャットこそは上手くやれるように訓練しておきます。
●概要
(1) コンテストのお題
→ 「数/時」(同数1位:7票)
(選択制、最低でもどちらかひとつを織り込んでください。両方も可です)
(2) 開催期間
→ 提案から変更なし
2012年10月15日〜12月23日(募集:10月15日〜12月1日、投票:12月3日〜12月22日)
(3) 文字数と応募可能作品数
→ 文字数:100〜20000文字、応募可能作品数:ひとり1作品
(4) 募集対象を小説に限定するかどうか
→ 変更あり。小説のほか論文風・ニュース風の作品も募集対象とさせていただきます。
ただし詩については募集対象から除外させていただきます。
(5) コンテストのタイトル
→ 「ポケモンストーリーコンテスト 〜ムウマ編集長のポケバナ大賞」
メインタイトルはマサポケから継承させていただくことに決定いたしました。
サブタイトルは巳佑さんのご考案です。ありがとうございました!
●詳細
(1) お題には次のものが出されました。ひとり5つのお題への投票を行い、合計13人分の65票の有効票がありました。
色 数 光 白 闇 お別れ 空 魂 きかい バチュル おはなし
希望 こころ 過去 未来 はつ(発/初) 時 流れ 化石
このうち、「数/時」が最多得票の7票で、次点は「色/空」の6票でした。決選投票は実施しませんでした。
(2) 文字数カウンタについて
文字数カウンタによって返される文字数が変わることがあります。
ですので、この点に関しては運営側が利用を推奨する文字数カウンタを決めておこうと思っております。
(3) いわゆる「エロ・グロ作品」について
これまで概要ページに掲載していた通り、主催者判断で掲載をお断りすることがあります。
寛容でありますが、評価が割れる可能性があることはあらかじめご承知ください。
(4) 恋愛小説および同性愛を扱ったについて
恋愛小説については全面的にこれを認めます。同性愛を扱った作品についても、これを禁止しません。
ただし上記の「エロ・グロ作品」同様、評価が割れる可能性がありますのでご承知ください。
(5) 作品への批評について
コンテストのコンセプトとして「はじめて小説を書かれる方」も想定をしておりますので、批評はお手柔らかにお願いいたします。
また、批評が中傷になることがないようお願いいたします。
◇
チャットログは後日掲載させていただきますのでもう少々お待ちください。
今回のチャット会をもちまして、ストーリーコンテストを本格的に運営する準備が整いました。
あくまでスタートラインに立てただけのことですので、ここからみなさまにお楽しみいただけるコンテストとすることができますよう、運営として邁進してまいります。引き続きよろしくお願いいたしますm(_ _)m
10月7日 小樽ミオ
イッシュ地方。この地に来るのは何年ぶりになるだろう。男は飛行艇の窓から、久しぶりの光景を見渡した。ヒウンシティは多くの人で相変わらずの賑わいだ。
やがて飛行艇が港に着陸すると、男は船を降りた。すると背後から彼の後を追ってくる足音。男はいい加減うんざりしていた。
「誰も付いてくる必要はないと言っただろう」振り向きざまに、思い切り顔をしかめて言った。
「しかし……この頃のイッシュ地方はプラズマ団とかいう危険な輩が横行しているとの話もありますし、大切な御身に大事があっては……」この真夏でもピッチリとした黒のスーツに身を包み、まるで定規を当てたかのようなみごとな七三ヘアーのこの男は、彼のボディガードをしている。
――何がボディガードだ。
男は彼が、父親の差し金により、自分の見張り役として寄越されていることを知っている。
父上の会社から離れてホウエン地方のチャンピオンリーグマスターになると決めた日、確かにきっぱりと会社を継ぐ意思はないと話したはずだが、未だに僕を放っておいてはくれない。そのせいで、どこへ行くにも、この僕を追いかけて離さないようにプログラムされた“人間ロボット”が付いて回る。
「君は僕を誰だと思っているんだい? 僕は先のホウエン地方チャンピオンリーグマスター、ダイゴだよ。はっきり言って君がいるとむしろ邪魔だ。君を庇ってチンピラ相手に勝負なんて面倒、僕は御免だからね」
男――ダイゴはそう言うと、ボディガードの言葉を待たずにヒウンの雑踏へ駈け出して行った。
彼はすぐに父上から激しい叱責をくらうだろう。もしかしたらこの件が原因でツワブキコーポレーションをクビになるかもしれない。
しかし、ダイゴにとってそんなこと頭の片隅にも残らないほど、どうでもいいことであった。
やっとボディガードを撒いてくると、ダイゴはポケモンセンターに向かうことにした。……が、目の前まで歩いてきてやはりやめた。もし、さっきの男が私を探したら真っ先にやってくるのはこの町のポケモンセンターだと思ったからだ。
仕方なくそこからさらに少し歩くと徐々に人通りは減っていった。ダイゴは「この先モードストリート」と書かれた看板の前でいったん立ち止まると、タウンマップを開いた。
――えーっと……。
目的の施設はすぐに見つかった。ホドモエシティのすぐ南、周りを大きく海に囲まれた半島の中に新しくできた施設PWT(正式名称をポケモンワールドトーナメントという)が、今回僕がこのイッシュ地方に呼ばれた理由だ。
このPWTは全国各地から強力なポケモントレーナーを集めて競い合う、ついこの間までは夢のような、まさしくドリームマッチが繰り広げられる施設だ。
今回このPWTのゲストトレーナーとして今のホウエン地方チャンピオンのミクリと並んで、すでに引退した僕にまで声がかかるのは、少し照れくさいような、よけい期待が大きいような気がして緊張するような、妙な気分だ。
PWTの開催は明後日だ。二日前に来たのは手持ちのポケモンたちをイッシュの空気に慣れさせるため……でもあるが、一番の理由はイッシュ一の鉱山でPWT主催者ヤーコンさんの所有する、ネジ山を見せてもらうためだ。実をいうと、ダイゴにとってネジ山の見学をすることは、密かにPWTに参加することよりも大切な目的であった。
イッシュだけに生息するポケモン、ホウエン地方にもいるポケモンも生息していると聞いている。一ポケモントレーナーとして、ポケモンの生態はとても興味深い。だが、なにより楽しみなのが、ネジ山の鉱物だ。石だ。
ダイゴはまだ見ぬネジ山に眠る石たちを思い浮かべて笑みを浮かべた(はたから見たら、何もないところでニヤついている変な人だ)
この石好きのせいで、ダイゴは一部の人間から変人呼ばわりまでされている。凄腕のトレーナーでありながら、石が好きで年がら年中各地を渡り歩き、彼がホウエン地方のチャンピオンであった時ですらその石さがしの旅は変わらなかった。
ダイゴは目的地を確認すると、タウンマップをバックにしまった。本当はこのヒウンシティから迎えの車に乗ってホドモエシティのホテルまで行くはずだったが、抜け出してきたので、タクシーでも探さないといけないが、その前にこの町をぶらぶら歩いてみることにした。時間はまだまだある。
とりあえず、目の前のモードストリートに入ってみた。さすがはイッシュ一の大都会。大勢の人たちがまるで拳銃の乱れ撃ちのように、行き来している。
「おっと、すみません」
のんびりした町の多いホウエンでは滅多に見られない光景に圧倒されてぼーっとしてたら、サラリーマン風の男にぶつかってしまった。しかし、男はダイゴの謝罪を聞くでもなし、振り向いた時にはすでに雑踏の中へ消えかけていた。
――なんだよ、アレ。
少しばかりむっとして、先へ進むと今度は長い行列ができているのが見えた。アイス屋さんらしい。行列の中にちらりと見覚えのあるブロンドのロングヘアーを見た。
アイスなんて全く欲しくない。行列まであるとなればなおさらだ。それにあの女……。
構わず先へ進もうとすると、
「あら! ダイゴ?」
足早に、逃げるように行列の横を通り過ぎようとしたが見つかってしまった。
ダイゴは気づかないふりをして先へ進もうとしたが、あの女にがっちり腕を掴まれてしまった。
「無視することないじゃない? ちょっと待ちなさいよ」
目一杯腕を伸ばし、行列から半身を乗り出しながらも女は片足だけで器用に順番を保っていた。通行人は道を塞がれてあからさまに嫌な顔をしているし、その不格好な体勢を笑う声も聞こえる。テレビや雑誌で最強の美女と謳われた、シンオウチャンピオンリーグマスターとしての風格は、ここでは微塵も感じられない。
「シロナ、君はもうちょっと周りの目を気にしたらどうだ?」
ダイゴが呆れて言う。
「あら……みなさーん! お気になさらずにー」
気にするも何も通行の邪魔なのは事実だ。ダイゴは一度はぁとため息をつき、シロナの元へ寄って行った。
モードストリートを進んだ先にセントラルエリアと呼ばれる公園がある。噴水の先にあるベンチに二人はやや距離を空けて……、というかダイゴがシロナを避けて座った。
「あなたがここにいるってことは、あなたもPWTに招待されたのね」
そういってアイスを一口、シロナ。
結局ダイゴはアイスを買い終えるまでシロナの元を離してはもらえず、約30分ほど買う気のないアイスの為に待たされた。
「まったく、ミクリだけで十分だろうに……」
そういってアイスを一口、ダイゴ。……待たされたのだからついでだ。ついで!
「ふふふ……美味しいでしょ? ヒウンアイス。この町の名物ですって」
アイスを舐めるダイゴにシロナがにやにや。
「ま、まぁ……」
まるで子供扱いされているような気分で恥ずかしい。……うまい。
「って、今そんな話じゃなかっただろ!」
「あら、ごめんなさい」
悪びれるでもなくシロナは言う。
「私は、あなたも招待されて当然だと思っていたわ。ミクリだけじゃ不十分ってわけじゃないけど、あなたもホウエンを代表する素晴らしいトレーナーだから」
さらりと言って、またアイスを一口。
「あ、ありがとう」
ダイゴもまた一口アイスを舐めて、顔をあげられずにさらにもう一口舐めた。
「ふふふ、ホントあなたって素直じゃないわねぇ……」
「うるさい!」
ダイゴは残りのアイスを一気に食べて、コーンの部分までばりばりたいらげると、席を立ち逃げるように去って行った。
「あなたとの勝負楽しみしてるわよー!」
後ろの方から大きな声がした。
その後は街の北の通りでタクシーを捕まえてまっすぐホドモエシティに向かった。PWTがゲストトレーナーのために用意しているという宿泊施設に泊まる予定だったが、そっちまで行けば確実にあの人間ロボットに見つかるだろうし、あそこにはシロナも泊まるはずだ。シロナと同じ場所で一泊だなんて、例え一日でも嫌だった。そこで、適当な安ホテルに泊まっておこうと思ったのだが……。
――何だ、これ!?
ホドモエシティについたダイゴは、一瞬行き先を言い間違えたのかと思った。それほどまでにホドモエシティの様子は変わっていた。
ダイゴの記憶にあるホドモエシティは地元民とホドモエのマーケットにやってくるまばらな客しかいないものという、イメージがあった。
それが今やあちこちにホテルが立ち並び、人の数もずっと増えて、あのヒウンにも負けない活気のある都市になっている。
安ホテルは無かった。しかもどのホテルも満杯で、ダイゴは唯一空いていたホドモエでも最高級ホテルのスイートを一人で借りることにした。ちょっと痛い出費ではあるが、それでもあいつらに見つかるよりよっぽどましだ。
「よぉ、お前がダイゴか?」
今、目の前で立っている、カウボーイハットを被った一見強面な中年男性がこの街をこれだけ大きくした立役者で、今回このPWTを開催した主催者でもある。
「ヤーコンさんですね。初めまして」
ダイゴが挨拶する。
「あぁ」
ダイゴはホテルにチェックインするとすぐにこの町のポケモンジムにやってきた。もちろん挑戦に来たわけではない。ヤーコンはこの町のジムリーダでもあるのだ。
ダイゴは初対面のこの男にあまりいい印象を持たなかった。町の名士で会社の社長もしているという男だからてっきり、父上のような上品さの漂う紳士かと思いきや、無愛想なうえ妙に土臭いオッサンじゃないか。
「お前なぁ、ウチの宿泊施設に泊まらないなら、先に連絡入れてくれねぇと困るんだよ」
ヤーコンがやれやれという風に言う。
「はい?」
ダイゴはいきなりの苦言と、なぜ自分がPWTの宿泊施設に泊まる気がないことがこの男に知れているのかという疑問で混乱していた。
「ツワブキ家の坊ちゃまには、ウチの宿なんかとても泊まれるもんじゃなかったのかもしれねぇけどよ、他あたる気なら先に連絡入れておいてくれねぇと、向こうのスタッフたちが動けなるだろ」
「は、はぁ……すみません」何か腑に落ちずあいまいな謝罪をしてしまった。
「まったく、金持ちのボンボンはこれだから……人の迷惑ってのをちぃとでも考えたことあんのかねぇ」そういって、これでもかとばかりにため息を吐く。仮にもゲストとして招かれたはずの相手への態度とはとても思えないほどだ。
あんまりの態度にダイゴもむっとした。
「僕はここまでPWTのゲストトレーナーとして着ました。僕の家のことはここでは関係ないでしょう。それに僕がまだ会場に挨拶へ言ってないなんてどうして言えるんです? イライラするのは結構ですけど、憶測でそこまでよくも言えるもんですね。……田舎モンが小金稼いだくらいでエラそうしてんじゃねぇよ」
この世界規模の大会を開いたヤーコンが稼いだ金は決して「小金」程度ではないだろうがもう口が止まらなかった。
――沈黙。
ヤーコンは先ほどまでと打って変わって黙っている。表情からも何も読み取れない。ダイゴは少し後悔していた。本当はこっちが悪いのについついキレてしまった。気まずい。
「ちょっとついてきな」
沈黙を破りヤーコンが言った。表情は相変わらず読めない。
「……はい」
そう言うほかなかった。
ヤーコンに従ってついて行った先は洞窟だった。
「ここは俺の会社が作ったトンネルでネジ山まで続いている。お前の探し物は、ネジ山でもこのトンネルの中でもそこいらじゅうに転がってるだろう。さっきも言った通り、このトンネルもあとネジ山も俺の会社のもんだ。気に入ったのがあったら好きなだけもってけ。遠慮はいらん」
ヤーコンはそれだけ言うと踵を返し、ダイゴを置いて出ていこうとした。
「ま、待ってくださいヤーコンさん! どうして急に……?」
ダイゴにはヤーコンがどういうつもりでいるのか全く分からなかった。彼のスタッフには迷惑をかけ、彼に向かって暴言まで吐いてしまって、それがなぜこんな親切になって返ってくるんだ?
「嫌なら構わん。さっさとホテルにでも帰りな」
嫌なわけがない。願ったり叶ったりだ。
「いえ……決してそういう訳ではないのです。僕は生来の石好きで――」
「知ってる」とヤーコン。
「えっ?」
「お前なんか勘違いしてるんじゃないのか。えっ? ダイゴさんよ。お前は俺にとってもお客様だ。お前を含め、ゲストトレーナーを歓迎するためずっと俺もスタッフも準備してきた。何を用意すれば喜ばれるか下調べもしてる。だから、お前にはこのもてなしが最適だと思って案内した。さっきはつまらねぇこと言ってすまんかった。だがな、俺はダイゴ、お前を歓迎してるんだよ。さっきのは……まぁあれだ、俺はポケモンと自分に正直をモットーにしててな、イライラしてたのをついついクセで言い過ぎちまった。すまんかった」
ずっと無表情だったヤーコンがぎこちない笑みを浮かべていた。照れくささと、慣れなさの混じった、初めて見るオッサンの笑顔だった。
ダイゴは困惑していた。ころころと変わる状況とヤーコンの態度にどう対応したらいいのか分からなかった。
「あ……ありがとうございます」とりあえず感謝を伝えた。それ以外なんと言うべきか思い浮かばなかった。この男は不器用なだけだっただけということなのか。
「ま、楽しんでってくれや」最後にそういうと再びヤーコンはダイゴを置いて出ていこうとした。
「あっそうそう」本日二度目、出ていかないパターン。
「はい?」
「お前さっき、なんで俺が、お前がうちの施設に泊まってないってこと分かったか気になってたろ?」
「えぇ……」気になってはいた。今となってはどうでもいいことだが。
「あれはな、お前の様子をみて分かったんだ。もともとゲストトレーナーが来たら施設からすぐに連絡がくるように指示してあったんだがな、ダイゴがきたという連絡はなかった。なのにお前は手ぶらで荷物を持ってる風ではない。表に車が停まってるのも見えねぇし、それで分かったわけよ。あぁ、こいつはどっか別のホテルに荷物おいてきて、そっから歩いてきたんだなってな。どうだ? 俺の推理? なかなかなもんだろ?」ヤーコンは満面のしたり顔で言った。
言われてみれば当然の流れだ。一つ一つの状況を追って考えてみればすぐにたどり着く結論だ。だが――
「さすがです……」ぼそり言った。我ながらそっけない相槌だった。
だが、この当然の流れを当然にこなせる人間は少ない。人間はそもそも何でもない時に周りの状況にいちいち頓着しない。何でもない時、それら状況は馬耳東風といった具合に頭の中を素通りしていく。
ダイゴはなんだか打ちのめされたような気分だった。ヤーコンは企業の社長でジムリーダもしている男だ。それくらいの観察眼、状況判断能力があるのも不思議なことではない。
――じゃあ、俺は?
俺だって元チャンピオンだ。刻一刻と戦況の変化するポケモンバトルを、ギリギリの試合を何度も勝ち抜いてきた。ヤーコンにも負けない……いやそれ以上の「眼」を、俺は持っているはずだ。
――あなたもホウエンを代表する素晴らしいトレーナーだから。
あの女――シロナならヤーコンのように察することができたろうか? 俺の立場だったら彼の本当の感情や意図に気付くことができただろうか。
――あなたとの勝負楽しみしてるわよ。
「くそっ」
ヤーコンは明日ゲストトレーナー同士の顔合わせをするから朝のうちに会場まで来るように言いこのトンネルから出て行った。ホテルに泊まることは何も問題ではないらしい。
石探しにはピッケルだとかブーツだとかいろいろ準備が必要になる。だからこのトンネルを探索する前にホテルに戻らないといけない。
しかしダイゴは戻らずトンネルの奥へと進んでいった。進んでいくと野生のポケモン(後で調べたらガントルというらしい)が出てきたのでこちらはメタグロスを出して倒した。さらに進んでいくとノズパスやコドラといった別のポケモンも出てきたがすべて倒して進んだ。トンネルの中にはトレーナーもいた。そのトレーナーたちも見かけ次第全員に勝負を挑み倒した。だんだんメタグロスを戻すのがめんどくさくなって、ボールに戻すのをやめた。何匹何人倒してもこちらは無傷だった。もっと進んでいったらトンネルを抜け出た。野生のポケモンもトレーナーも見当たらない。それでもダイゴはまだまだ勝負したりなかった。
これほど悔しい思いをしたのは久しぶりだ。ホウエンリーグであの子供に負けた時以来の悔しさだ。
でも何がそんなに悔しいのかよく分からない。ただ、負けた気がする。誰に? ヤーコン? シロナ? いや、両方かもしれない。ただ、俺は負けた。そんな気がしてものすっごく悔しい。
――ゴツンッ!
「痛っ!!」突然背中のあたりをハンマーのようなもので殴られてふっとんで地面に倒れた。あまりの痛さにうずくまったまま一瞬動けなくなった。
「お前! 急に何すんだよ!」
やっとこその場に座ると、目の前のメタグロスに言った。コイツの思念の頭突きは身構えてても危険な代物というのに、不意打ちでくらって無傷だったのは奇跡だった。
「いてて……」
立ち上がるとさらに腰のあたりに痛みが走った。メタグロスは俺を吹っ飛ばした位置から動かずこっちをじっと見ている。じゃれてたのかどうか知らないが、反省している風では無い。
――コイツ!
一瞬痛みも忘れて俺は怒りのままメタグロスに近寄った。アイツは動かない。俺は頭に血が上って、メタグロスをまっすぐ見据えそのままの勢いで右足を大きく後ろに引き――。
やめた。
「帰ろっか」ポケットからボールを取り出し、メタグロスを戻した。
コイツとの付き合いはもう何年になるだろう。コイツはいつだって俺の最高のパートナーで、そばにいてくれた。だからコイツの考えてることは目を見ればなんとなくわかる。こっちの思い込みかもしれないが、でも、分かるんだ。
「悪かったな、メタグロス」右手のボールにつぶやいた。
別に俺がコイツに何をしたわけでもないが、俺は謝らずにいられなかった。
すーっと深呼吸してみた。イッシュは今秋も終わりかけの季節。山の空気はとても冷たく澄んでいる。ダイゴは頭の中が冷やされていくのを感じていた。
深呼吸を終えると今度は服についた土を払った。さっき地面に転がった分もあるのだが、改めて自分の姿を見てみると酷い有様だった。がむしゃらにトンネルを抜けているあいだに靴は泥だらけズボンや上着にも土が付き転んで擦れた部分は布地が痛んで毛羽立ってしまっている。これじゃあモードストリートで俺を捕まえていたシロナをとてもどうこう言えない。強者の威厳がかけらもない。
ホテルに戻ろう。帰ったらすぐに服を脱いでシャワーを浴びたら、着替えてメタグロスや他のポケモン達とご飯を食べよう。それから……。
ダイゴは右手のボールをポケットに大切にしまった。
――コイツにはあとでまたちゃんと謝っておかないとな。
あんな、悲しい目をさせてしまった、その謝罪をしておかないとな。
怒りのままメタグロスに詰め寄った時、あいつの悲しい目に気付いた。どうしてそんな目をしているのかも、すぐにわかった。
『プライドを忘れるな、自信を取り戻せ。かつての敗北に飲まれるな、次の勝利を目指していけ。王者のプライドを思い出せ!』
メタグロスが思い出させてくれた。王者のプライド。
――俺は強い!
「うわぁ……」
ゲートを抜けた先でダイゴは思わず声が漏れた。話には聞いていたがPWTの会場はそうとうな規模だった。半島が丸ごと施設になっている。
翌日の朝、ダイゴは初めて会場に来ていた。ヤーコンの言っていたゲストトレーナー同士の顔合わせの為だ。
半島の中央に巨大でな建造物がPWTの本会場になる。この建造物は巨大なだけでなく、デザインも凝っていて正面入り口の真上にあるでっかい電光掲示板や左右に設置されたライトがチカチカと光って目が痛いほどだ。
中に入ると、そこもまた巨大な空間だった。二つの大きなモニュメントや観葉植物、ただよう空気まで、何もかもが新品という感じがする。天井まで4,5mはあるだろう。しかし開催前の施設の中には、当たり前だが中にはほとんど人がおらずぽっかり空いた洞穴を思わせた。
「ダイゴ! こっちだこっち!」
左の方から声がした。そっちを向くとヤーコンが手を振って呼んでいた。
ヤーコンの前には六つほど椅子が並び、そこには見知った顔が並んでいた。ダイゴはそれらの左からゆっくり向かていった。
ダイゴから見て一番手前の右の椅子には、ドラゴン使いのカントーチャンピンとして名高いワタルが座っている。真っ黒なマントに身を包み、何か思案にふけっているかのように目をつむっている。いや、眠たいだけだなアレ。
ワタルの正面にはダイゴとも交流の深いホウエンチャンピオンが座っていた。ミクリは横を通るとこっちに向かって軽く笑みを浮かべ、とまたすぐに正面に顔を戻した。
ワタルの右にはあの女が座っていた。シロナは長いブロンドを床ぎりぎりまで垂らし、いつものロングコートに身を包んでいた。歩いていくダイゴをじっと見つめる姿からは嫌でも強者の余裕を感じさせる。
シロナの向かいにはぼさぼさの真っ赤な髪をしてポンチョを着た壮年男性が座っていた。アデクと直接の対面をするのはこれで初めてになる。だがここイッシュにおける彼の強さは他地方まで噂が広まっている。
シロナの右隣りには最年少と思しき少年が座っていた。アデクと同じくグリーンもここで初対面になる。今でこそカントーのジムリーダをしていると聞くが、かつては史上最年初のチャンピオンでもあった天才だ。
「ダイゴ、お前はそこに座りな」グリーンの前の空いた席を指さしヤーコンが言った。
そこに座るとヤーコンが挨拶を始めた。
「あー……その、ここに集まってもらった方々には改めて、はるばる来ていただいて感謝する。こっちでのもてなしもあるから存分に楽しんで行ってもらいたい。それから、これが今日の本題になるが、皆さんの中でも今日これが初対面という人がいることだろう。そりゃ、どの方も有名なトレーナーばかりだから名前くらいは聞いていると思うが、ここは一つこれから先のライバル同士として挨拶していってもらいたい」ヤーコンはそれだけ言うと後ろに控えていたスタッフとともに去って行った。
ヤーコンが去って行って、ダイゴは他の人たちの動きを見ていた。ワタルはさっきから目をつむったまま微動だにしない。……絶対寝てるだろアレ。その前のミクリはどうしたものかと困った様子でもじもじしている。対してシロナはさっそく向かいのアデクと話し始めているし、ダイゴも何か話さないといけない気がして目の前のグリーンに声をかけた。
「君がグリーン君だね。君の話はホウエンでもいろいろ聞いているよ。僕の名前は――」
「ダイゴだろ。知ってるぜ」言い切らないうちにグリーンが答えた。
「ほぉ、それは嬉しいな」
「石好きの変人だろ?」
「……」
初対面の相手に変人呼ばわりされたショックで言葉に詰まってしまった。
「ははっ! 冗談だって、冗談。鋼のチャンピオンダイゴの実力はカントーでも有名だぜ。あんた、相当腕が立つらしいな。ま、お手柔らかに頼むぜ」
このグリーンの態度を幼さと決めつけるのは危険だと、ダイゴは感じた。飄々としてみせてはいるが、この男の実力は間違いない。今、これだけの大物に囲まれても一切物怖じしない態度は、その実力を裏づける証拠と捉えるべきだろう。
「こちらこそ、天才グリーンの胸を借りるつもりでお相手願うよ」
そういうとグリーンは何も言わずにんまりと笑った。
こちらも軽く笑みで返した。しかしその手には汗。
互いに余裕を見せていても、平気なふりをしているだけって分かっている。それでも決して弱みは見せない。これは実力の拮抗した、強者たちの戦いなのだから。
面識のなかった者たちとの挨拶は一通り終わった。といっても、グリーンを除けばアデクだけなのだが。アデクは終始おおらかといか、がさつな男だった。細かいことは気にしない、言い換えればちょっとやそっとのことでは動じない男のように思われた。
一時間ほどして再びヤーコンが戻ってきた。今日はもうこれで解散らしい。ヤーコンに言わせてみれば、「小学生じゃないんですから、あーだこーだ引っ張られるの退屈でしょう?」ということらしい。間違いない。
顔合わせが終わり、宿泊施設へと戻る者、どこか出かけていく者と別れていく中で、ダイゴは座ったままでいた。
彼らは皆強い。ポケモントレーナーとして最高の人たちだ。
だから俺はここで勝たなければならない。誰にも負けない。最強は、俺だ。
「シロナ!」
部屋に戻る途中のシロナがさっとこちらを振り向いた。
ダイゴは足を組んで、両手は肘掛に乗せて深く椅子に座っていた。さながら王様のようだ。虚勢と思われても構わない、虚勢ではないのだから。
「けっきょく僕が一番強くてすごいってこと、君に教えてあげるよ!」
王者の中の王者を決める戦いが始まる。
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ひっさしぶりの投稿。
いつも見ているアニメ番組にちらっと過去キャラが出た時のような、そんなアレが書きたかった。
出来てないかもしれないけど
(
〈書いてもいいのよ〉 〈描いてもいいのよ〉 〈批評してもいいのよ〉 〈ダイゴさんかっこよく書きたかった……〉
イサリさん
感想ありがとうございます。
ポケスト板で感想貰ったの初めてなんですごいドキドキしています。嬉しいですありがとうございます。
誰でも「これだけは許せない」っていうものがあると思うんですよね。
ただこのドーブルの場合、主人が死んだということで、その感情は極端なものになってしまったという。←作中で書けなかったことを、ここで書いて誤魔化そうとしている人
改めて感想ありがとうございました。
では、拙文失礼しました。
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