マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.4182] 合戦の裏で〜落ち葉とお嬢と悪の組織ボス風グリレ味〜 投稿者:焼き肉   投稿日:2021/11/27(Sat) 10:51:10     7clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:グリレ】 【バトル(書くの頑張った)】 【きん(の)たま】 【臨時タッグ】 【名もなきしたっぱ達の叫び

     pkマスの悪の組織編と第一部最終章やべーぞ!!って興奮した腐が怪文書一万字引っ提げて空気読まずに投稿します。みんなpkマスやろうぜ! 今はシステム改修入ったから、スタミナ消費もデイリーも一瞬で終わって快適だし……(なお容量食いっぷり)運営と性癖が合えば楽しいと思う。私は楽しい。とこれまた空気読まずにわめきたかっただけとも言う。

     ※グリレがデキててサカキがレを狙う変態なギャグラブバトルです。




     なんやかやでクソデカきん(の)たま取り合う秋の運動会的な、ポケモン合戦の両方の陣営に入れてもらえなかったグリレは、両陣営引っ掻き回し役として帆走し、祭りの盛り上がりに一役買っていた。以上、あらすじ!

     そういうアレなので、二人は救護班なんかもやっていた。先ほどもレッドがミニきずぐすりを疲れ果てたバディーズに分けてあげて、グリーンが告白寸前の男にスペシャルアップを上げて告白特攻を上げてあげたばかりである。ちなみに見事成功していた。

    「すみません、手間をかけさせてしまって……」
    「あー、気にすんな気にすんな、足見せてみ」

     ベンチに腰掛けて、右足の草履と足袋を脱いだエリカの足をグリーンはちょっと失敬。応急処置に手早く包帯を巻いてやって、元通りに草履を履かせてやる。そのくらいはエリカ一人でも大丈夫とは思うのだが、あまり動かさないほうがいいだろうし。自然と尽してしまいたくなるオーラもあった。お嬢様ってそういうもんなのだろうか?

    「これでよしっと。とはいえしばらくはじっとしてた方がいいな。オレらで送ってくよ」
    「ありがとうございます。合戦相手のバディの攻撃がこっちにまで飛んできたので、避けようとしたら転んで、足を捻ってしまって……」
    「……」

     エリカの袴の端に付いた砂埃を、レッドもそっと払ってやった。

    「誰だそんなノーコンやらかしたやつは」
    「そうですわね、職業柄、初心者トレーナーの方をジムで預かる事も多いのですけど。そこまでノーコンな方は珍しいですわね」
    「……」

     レッドはノーコメント。

    「誰がノーコメントきめるしかないノーコン野郎だって?」

     エリートトレーナーの男と女がつかつかと歩み寄り、会話の横やりを入れる。

    「あ、あの方達ですわ! エリートトレーナーとは思えないほどのノーコン」
    「やべえな。エリートの恥じゃん」
    「……」

     ドン引きのグリーンとエリカ。無言で「最低」と視線で責めるレッド。

    「違うわい!」
    「失礼な事言わないでよ!」

     男女は一斉に服を脱ぎ捨てた。現れるのは、黒づくめの装束二人。ロケット団員のしたっぱだ。

    「わざとトレーナーの方を狙ってやったのさ! 全ては我らサカキ様の為、大きなきんのたまの為に!」
    「……?」
    「えっなに。こいつらホントキンタマ好きだなって? 前も強制的に五人も抜かされた後、キンタマ見せつけられて無理矢理入れるとか言い出したって? 改めて聞くとやべーな、通報案件だろ」
    「まあ! 犯罪集団なだけならまだしも、はしたなく見境までなかったのですね!」

     悪意ある無言を悪意ある超訳が言葉にし、お嬢様を憤らせる。

    「お前ら変態もほどほどにしとけよ。常軌を脱してる時点でもう変態なのに、下品路線でも変態とかどうしようもねえだろ。お嬢様の前だぞ」
    「濡れ衣だ! その情報にはそもそも悪意があるぞ!」
    「なんだ。バレてるってよ、レッド」
    「……!」

     ニヤニヤ笑いのグリーンに、揃えて小憎たらしい、口の端だけを上げる笑いのレッド。レア笑顔。レアリティで言うと星5くらいレア。

    「畜生ニヤニヤ笑いしやがって! こちとらわけのわからない帽子のガキのせいで、再結成して即組織は半壊状態! だからこうして活動資金を稼ぐため、せっせと大きなキンタマを女子供から盗み出そうと苦心しているというのに……!」
    「外道ですわね」
    「クズじゃん。あと、それ多分コイツの事な」

     肩をなれなれしく引き寄せ、レッドを指さす。ついでにほっぺをプニ。ポッと親友の触れた指先から、秋風の冷たさに対抗するようにレッドの頬が熱くなる。仲良し同士の微笑ましい関係だが。したっぱ女は「なんかムカつく!」と怒り。したっぱ男はいとけない帽子の少年の顔をまじまじと見るなり、震えあがった。

    「や、やめてくれぇ! もうキョダイマックスカビゴンでせっかく作ったアジトを叩き潰すのは! 仲間と俺を潰すのは! もうアジトを! 建物を! 仲間をオレを! ハムみたいに潰されるのは嫌だ! いやだあああああ!!!!」
    「ちょっと! どうしたの!」
    「殺られる前に殺れ! 行けっ、ゴローン!」

     したっぱ男が投げたボールから出て来たのは、ボールと同じく丸いポケモン。

    「死なば諸共!じばく!」
    「ゲッ!」
    「……!」

     レッドの腰のボールが自動的に転がり出て、中からカビゴンの巨体が飛び出し、ゴローンに突貫をかます。グリーンとレッドは、反射的に座ったままだったエリカの前に出た。

     爆風。
     
    「ペッ、うへえ、砂埃が口に入りやがった!」
    「……」

     レッドも同じように顔をしかめ、顔についた砂やら木くずやらを振り払った。

    「帽子に木の枝乗っかってんぞ」
    「……!」
    「へいへいどういたしまして」

     レッドの帽子を払い、焦げて気絶しているゴローンを見おろして。グリーンは吐き捨てた。

    「バトルでもねえ不意打ちで自爆させてよお、おめえら本当クズだな」
    「うるせえ! コロされる前に殺ってやる! もうキョダイマックスは! ペラペラハムになった仲間とオレのガレキ和えは! ゴメンだ!」
    「お前何したんだよ、いや予想はつくけどよ」
    「……」

     レッドは笑顔で誤魔化したが、そんなもので誤魔化されるのはグリーンだけである。

    「みんな出てこい!この赤い帽子の悪魔を全員でぶっ飛ばすぞ!」

     恐慌したっぱの遠吠えで、ぞろぞろとそっくりな黒ずくめ集団が現れ、ポケモンを繰り出す。それらの一部を、毛皮を焦がしたまま険しい顔になったカビゴンが、のしかかって一瞬で潰し倒す。

    「ひいー!!! ハムが、ハムの再来だああ!!! みんな死んじまう! うわあああああ!!!」
    「ちょっと、しっかりしなさい! 別に誰も死んでなかったでしょう!」

     したっぱの一人はトラウマを呼び起こされ、完全に戦意を喪失していたが。ロケット団はゾロゾロとやって来る。

    「ちょっと面倒な事になって来たな……おいレッド、お前エリカ連れて避難しろ」
    「……!」
    「大丈夫だっての。オレさまを誰だと思ってんだ? 今のエリカだとバトルの参加は厳しいし、安全なとこ連れてったら戻って来て手伝ってくれよ……ま、それまでには一掃してると思うけどな?」

     グリーンの放ったボールからプテラが飛び出し、既にボールの中で装填準備がなされていたらしいはかいこうせんがロケット団の一角へ解き放った。今にもやな感じぃ〜とでも言いそうに、彼方へと吹き飛ばす。

    「今日は引っ掻き回し役だから、リザードンも連れて来てるだろ。乗せてもらえ」
    「……!」

     一つ頷き。カビゴンに時間稼ぎをしてもらいながら、リザードンを出す。

    「リザードンのが二人以上運ぶには向いてるからな……わーってるって! お前もリザードンに負けねえバディだっつーの」

     対抗意識で鼻息荒く抗議するプテラを撫でるグリーンに、レッドはそっと音もなく近寄って。

     優しそうな横顔に、キスを贈った。

     グリーン、硬直。その間にレッドはリザードンに乗って、あらあら……と目をまん丸くして一部始終を見ていたエリカの手を取り、後ろに乗せてやる。カビゴンも回収する。

     グリーンは固まったまま、視界の端に帽子の影を見るだけで、

    「……頑張って」

     と口の動きだけで言うのを感じた。赤い竜が飛んで行くのを見送って、

    「うおおお!! やるぞプテラ! 絶対レッド戻ってくるまでにコイツらぶっ飛ばすぞ! もちろん見返すため! 見返すためな!」

     乗っかったバディを、プテラは鼻息一つで迎える。どう見ても大半は嬉しいから張り切ってるだけだろう。と呆れるように。そんな相棒の気持ちは伝わっているのか、グリーンは一つ苦笑して。

    「いいか、プテラ。お前の武器はリザードンよりも大きくて、そこに在るだけで威圧を与える獰猛さだ。存分に暴れようぜ!」

     岩色の背中に乗って、グリーンは敵陣に突っ込む。元より人と生きる時間の違ったポケモンは、乗り方もあまり先人の指南がなく、ピジョットよりも力強く、癖のある飛行だ。だが、今の自分の実力ならやれる。行ける。

     危なげなく古代ポケモンの背中に乗りながら、グリーンはウジャウジャロケット団の集団ど真ん中頭上、はかいこうせんの指示を出した。

     〇

     黄色に赤に染まる木々の間を駆けるその飛行は、まるで大きな赤い落ち葉が、自分の意志で飛ぶかのよう。その上に黄葉色の着物の少女と、紅葉色の服の少年が乗っている。少年の方は熟練のパートナー相手ゆえか、風を切って進むリザードンに身を任せて危なげなく乗っているが、エリカの方はそうもいかない。飛行持ちの草ポケはエリカには馴染みが薄く、ポケモンに乗って飛翔する体験はあまりない。だからグリーンには少し悪いと思いつつも、遠慮がちにレッドへ掴まっていたのだが。

    「……もっとしっかり掴まって!」

     注意されてしまった。無口なレッドが声に出すほどだ、ここは大人しくしたがってしがみつく、と。

    「キャッ!」

     後ろからロケット団の追っ手の攻撃が来るのを、リザードンがアクロバティック飛行で避けた。上下が一瞬、逆さまになる。オニドリルのドリルくちばしが木々に突き刺さって遠ざかるのがチラリと見えた。コレをやるから掴まっていろと言ったのだろう。後方でグリーンが足止めしてくれているから、追っ手の数は少ないが、この無茶な避けゲーをもっと大きな数でやられていたらと思うとたまらない。

     ──無茶を致しますわね!

     エリカは思う。ロケット団相手に誰にも、親密な親友にも連絡を取らなかった少年だ。今回も自分を無事に送り届けるだけじゃ済まない、無茶をやらかすような気がする。思った矢先で今度はいきなり急降下! ひらひらの袴やらなんやらが上に引っぱられる。傍から見れば令嬢と翼竜操る少年、まるで逃避行のようにすら見えたろう。いや全く、エリカ当人はそれどころではないし、レッドも自分を無事に助ける以上の事は頭にないであろう。だからこそグリーンも心配したのだと、エリカは思う。自分よりも強いからこそ、無茶が効いてしまう。

     さらにガクン、と高度が下がった。今度は意図的でない。墜落する飛行機のような、流れに抵抗してしきれないような。予測の出来ない事故じみた操縦不能の理不尽な動き。放り出されそうになったのをレッドに引き寄せられたところで結局、リザードンから転がり落ちる。

     ○

     背中から落ちてエリカのクッションになったレッドは、その感触を味わうことなくエリカを起き上がらせ、自身も立ち上がった。あちこちついてしまった秋色落ち葉達を払い、落っこちた帽子を拾う。

    「まるでお嬢様を守る騎士のようだな? レッド」

     深く被った帽子の先、見えたのは憎き宿敵。土を食ってしまったのを出すついで、唾を吐く。

    「サカキ……!」

     穏やかな顔を険しくゆがめて睨むエリカを、レッドは手で制して背中に庇った。お嬢に呼び捨てられた男は、背後にミュウツーを従えている。リザードンが墜落したのは、コイツの念力のせいだろう。

    「それでこそ我が部下……いや、後妻に相応しい!」

     レッドは粗大ゴミでも見るような冷たい目になった。サカキは気にした様子もない。

    「アジトを何個も何個も破壊され、部下と共に何度もカビゴンのキョダイマックスで潰されペラペラの紙と化しながら目覚めたのだ、お前をものにすれば我が野望叶う日も近いだろうと」

     レッドは遠い目をした。グリーンは大丈夫かな。グリーンなら平気とは思うけど。

    「断るという目だな。予想はしていた」

     パチン。サカキが器用に指を鳴らすと、そりゃあもうウジャウジャ、ウジャウジャとロケット団の追加おかわりが来る。食べたくないなあ、こんな奴らとのバトルは。グリーンとバトルがしたいな。起き上がったリザードンが、エリカをかばうレッドを庇うように前に立つ。グリーンのどこまでも喰らいついてくる、好戦的で真っ直ぐな目を正面から睨み返しながらバトルがしたいな。ボールからカビゴンを出しながら、レッドは思う。バディストーンと相棒との波長を合わせる兼ね合いで、リザードンとカビゴンしか連れていなかったのは痛手だったかもしれない。

    「レッドさん、わたくしも戦いますわ。この数では、いくらあなたでも……」

     未だ足をかばうお嬢様に、レッドはためらいがちに頷いた。

     〇

     一人厄介な役目を引き受けて残ったグリーンは、むしろ絶好調であった。メガシンカしたプテラのはかいこうせんは現実の秋の森の中、悪夢のようにロケット団の下っぱ共をぶっ飛ばしていたし。ショルダーバッグの中のポリゴンフォンにはめたバディストーンは、キラキラ絆に輝いていた。

    「ふ、フフフ……」

     倒れ伏したロケット団の一人が笑う。

    「な〜にがおかしいってんだ? ああん? ライバルの祝福のキスをウケたオレさまは今や世界最強だぜ!」

     まーた調子こいて……メガプテラは呆れながらも、毒ガスを吐いてきたドガースをげんしのちからでぶっ飛ばす。ピジョットがやつあたりみたいに敵をエアスラッシュでぶっ飛ばし、カメックスが生温甘ったるいのを流すようにドロポンを背中のキャノンから吐いた。

    「そのライバルも、今やサカキさまの手に堕ちている事だろう」
    「はあ? レッドがあんなのに負けるわけがあるか。この前のはお前らの親分がトレーナーとして負けたようなもんだろうが。親分持ち上げんのはいいがテキトーな事言うなテキトーな事」
    「フッ……確かにオレ達はお前のライバルとやらより弱いかもしれん。レッドとかいう、限定衣装着たイケメン元王様来るまで多分炎最強アタッカーだった奴に比べればレベル1のコイキング、いやはねる事すら知らんコイキングレベルだろう……だがしかし!」

     ドロポンの流れ弾でビッショビショになりながら、ロケット団下っぱがカッ! と目を見開く。

    「リザードンの速攻でも、カビゴンの耐久でも倒しきれない、この前よりもウジャウジャ寄ってたかっての総力戦ならどうかな?」
    「なっ……」

     メッチャクチャ調子来いてたグリーンもコレにはようやく青ざめた。コイツらが束になっても敵わないレッドが、この前組織半壊に留まり壊滅まで至らなかったのは、戦うカビゴンと指示するレッドの気力体力がジリ貧で尽きたせいである。だからこそ頭数を減らしてエリカを逃がすため[[rb:殿 > しんがり]]を引き受けたのに、まだいるだと! 好きな奴にカッコいいとこ見せたかったもあるが、そういう複雑なライバル心はさておき。ハッキリ言って、ここに関してはグリーンも(果てはレッドやエリカさえも)サカキの悪のカリスマ性をまだまだ見くびっていたと認める他はない。しかしグリーンも成長したとはいえまだまだ少年である。自分の見通しが甘かった事、親友と旧知の知り合いのジムリーダー女子を危機に陥れてしまった事の憤りは、どこかで吐き出さなくてはやっていけない。

    「そっ、」

     グリーンを乗せたメガプテラは、そっ、だけで主人が何をやって欲しいかわかった。バディとこんなに心が通じるのは、メガプテラとしても喜びであり。その辺飛んで回りたいくらいだ──。もう皆で暴れまわって、ロケット団のほとんどがひんしだが。

    「それを、」

     いけ好かねえ赤いトカゲのトレーナーの事でキレてるのがよく解るというのは、メガプテラも面白くないところではある。

    「早く言え────────ッッ!!!!」

     通じた喜びと、どうだ赤トカゲ。おれさまだって相棒の気持ちくらい、言葉交わさなくてもわかるんだぞという誇りを優先し。メガプテラは、長舌なロケット団のしたっぱを、はかいこうせんで真っ黒焦げにした。

     〇

     頑強な防御と体力で前線に立って攻撃を一身に受けつつ敵を薙ぎ払うのを忘れなかったカビゴンも、とうとう何もかもを忘却したように、クロスに組んだ腕を解いて膝をついた。まだまだ気力は負けていないというように一人立っているサカキとミュウツーを睨みつけていたが。通じているレッド相手に、HPがゼロであるのを隠せるわけもなく。ボールに戻された。

    「ラフレシア、ありがとう。ゆっくり休んで」

     したっぱの残りをしびれさせ再起不能にしたところで声をかけられ、ラフレシアも大きな花についた汚れを振り払いもせずにすわりこんだ。ボールに戻したバディを気遣うエリカだが、座り込んでしまいたいのは彼女のほうだろう。集団相手の戦闘では、自分の方も走り回らなくてならず、負傷していた足への負担も大きい。無論レッドとて彼女を放っておいたわけもない。しかしカバーするにも限界はある。それはカビゴンの代わりにレッドの前に立つリザードンとて、同じだ。

     防御の脆いリザードンが、カビゴンが倒れてなお立っていられるのは、先に倒れたカビゴンが自身の耐久全部を使っての防衛に徹したからである。そこからなんとかレッドとの旧知の絆と気力をつなぎ合わせ、首の皮一枚で立っているだけだ。

     レッドはリザードンの傷だらけの背中に向けて視線と想いを向けた。ブルル、とリザードンがいななく。そんな事出来るか!

     ──お願い。いや、やれ!

    普段のレッドのそれは、あくまでもポケモンに対するお願いであり。彼らが最適な動きでもって、最善のバトルをするための指示である。あえてそれをレッドは冷たく、命令の視線でリザードンを後ろから睨み、想いを込めた。悲しいかな、リザードンはレッドが冷たい目線で述べる理由が理解出来てしまった。リザードンと手負いのトレーナーを気づかっての事なのだと。

    「キャッ!」

     リザードンがエリカを抱え上げ、強引に背中に乗せて飛びあがる。あの足では、リザードンに飛ばれたら飛び降りての抵抗も出来まい。

    「レッドさん!」

     エリカは袖を振り乱し、レッドに向かって片腕を伸ばす。当然届くはずもなく。彼の相棒とお嬢様は少年一人を残し、飛び去った。サカキの狙いはレッドである。エリカ達だけ逃がせば、深追いされることもなく安全だろう。

    「ククク……自ら二人きりになりたがるとは……抵抗していた割に、我が配下兼妻になる事に、本当は乗り気なんじゃないのか?」

     異様にポジティブな発言に、レッドはゾオーッと背筋を震わせた。今は亡きポケモンタワーなんかよりよっぽどホラーだった。思わず後ずさる。倒れ伏していたロケット団員たちが踏まれ、「ふぎゅう」と鳴く。同じようにロケット団員たちを踏んで「うべっ」とか鳴かせながら、サカキも同じ歩数だけにじり寄る。

    「こちらの世界にもいる私の息子にも紹介しないとな。兄弟のような義理の母親を」

     息子いるのかよ。それもぼくと兄弟くらいになる年齢の。ドン引きだよ。そんなような事、ロケット団のしたっぱから昔聞いた気もするけど。後ずさり、滲み寄り。嫌な共同作業で、死屍累々ロケット団員達を踏み。「あべっ」「ぐえっ」「ぐはっ」「ああ〜ん♡♡もっと踏んで♡」「おごっ!そこはシャレにならない!」不気味なドレミファソラシドを奏でた後。痺れを切らしたサカキがミュウツーに手振りだけで指示をした。

    「……!」

     念力で身体を拘束され、レッドは動けない! 汚い、流石悪の組織汚い!

    「こうなってしまえば、カントー最強トレーナーもただの子どもだな。今までてこずらせてくれたぶん、存分に可愛がってやるとするか……フフフフ、はーっはっはハハハ!!!!」

     最高潮の寒気に鳥肌さえ立てながら、レッドがなおもサカキを睨みつけると──。

    「モンジャラー!!!!」

     ロケット団員たちの陰になって、見えないところに転がっていたボールからモンジャラが飛び出し、どくどくの奇襲をかけた! 予想外の不意打ちにミュウツーは毒状態になり、ゲホゴホと咳をしながら、レッドの拘束を強制解除させられる。それを見逃さないレッドではない。身軽な跳躍で、己を助けたモンジャラの背後にまわる。

    「ほお……? さっきのジムリーダーのポケモンか? 用意周到だな」

     サカキの推測通りである。先日のロケット団の事件を鑑みるに、今回もレッドは誰かを助けるためなら、また一人無茶をするのではないか。と勘ぐっていたエリカは、一日がかりの競技の交代要員に連れて来ていたモンジャラを敢えて隠して温存していた。先ほど手を伸ばした時に、こっそり袖からボールを落として去ったのである。一瞬の事であり、その時既に山盛り倒れていたロケット団員達の群れに紛れ、息をひそめていたため誰も見咎める事はなかったが。

    「……まとわりつく!」

     レッドの指示でモンジャラの体を覆う蔦が伸び、ミュウツーの身体を縛り上げる! ミュウツーも当然、即座に念力で引きちぎるが、何にでも寄生する蔦の性質を持つ植物ポケモンが操る、虫タイプの合わせ技である。そう簡単には引きちぎれない。

    「流石はジムリーダーのポケモン。どくどく、まとわりつくでジワジワ相手を嬲り、戦闘不能に持っていく型か。だがしかし、私とミュウツーの絆と速攻性に、即席バディーズが勝てると思うのか?」
    「……ッ! すいとる!」

     まとわりつくが解ける前に追い打ちをかけるため、モンジャラに追加の指示を出しながらレッドは臍を噛む。レッドがなんの言葉も発さず、バトル中ポケモンに指示が出せる理由。それはポケモンとレッドが無条件に揃えば出来る、練習のいらない簡単手品ではない。長く共にいる手持ちポケモンだから、それだけ通じているというだけなのだ。先ほどからレッドがモンジャラに対して、普通に指示を出しているのがその証左。手品には修練が要る。即席バディーズとてジムリーダーのポケモンと伝説のトレーナー。並の相手なら十分太刀打ち可能だが、相手はサカキだ。
     
     ねんりきの重ねがけでまとわりつくを解いたミュウツーが、蔦の残骸をバラバラと落としながら、両腕を振りかぶる形でエネルギーを溜め始める。影の球体──シャドーボールが飛んでくるのを、レッドはどくどく指示で相殺! 爆ぜる。周囲にどくどくとシャドーボールの飛沫が飛び、倒れたロケット団の何人かに流れ弾。「アオッ!」「げっ!」「ひでブゥ!」南無三。(ネット用語ニュアンス)

     
    「抵抗はやめろ。多大な犠牲を払ったが、我がロケット団の反映の為には仕方のない犠牲だ。お前さえ手に入れれば、我が部下たちも草場の影で祝賀パーティだ」

     周囲のロケット団したっぱ達が喚き出す。「死んでないですよ!」「ヤダよ変態上司の変態結婚に、あの世でもパーティ開いて歓迎とか」「そこまでの敬意払えねえよ」しかしこの場の二人と二匹、誰も聞いていない。効果は無いようだ……。

     ミュウツーのサイコキネシスが、モンジャラにサイコパワーでダメージを与えながら、本人の意思を無視して身体を持ち上げ、大地に叩きつけた。その攻撃を機に、サカキの胸ポケットのバディストーンと共鳴したミュウツーが光に包まれ、より小回りの効く戦闘特化体型に変身した。長い尾っぽは頭部に吸収。まるで戦のため髪を纏めた戦士のよう。

     ツタの鎧で武装したモンジャラも負けていなかった。自主的に周囲の草からエネルギーを吸い取り、伸ばしたツタを杖に立ち上がる。かつてタマムシで熱い死闘を繰り広げたポケモンの主人のため、何よりも本来の主人のエリカのため!

    「……まとわりつく!」

     レッドの指示に従い、モンジャラが切れても拘束し続けるツタを再びミュウツーに巻きつける。なかなか彼もわかっているじゃないか。そうさあたしはテクニシャン。まとわりついて、毒食わせて、吸えるだけ吸い尽くしてやるさ!

    「……すいとる!」
    「サイコブレイク」

     言葉少なな彼の言葉に「全身全力の」を勝手につけて。モンジャラは念動力のダメージを受けつつ持ち上げられながらミュウツーのエネルギーを吸い取った。メガミュウツーYの赤く目つきの悪い顔がうっとおしげに歪む。通常進化もせずメガシンカもない、優秀とはいえ本来の相棒トレーナーでもないモンジャラが、一匹でこんな化け物に太刀打ちは不可能だ。それは当然、モンジャラ本人が一番良く理解していた。だからこそ。少しでも不快に顔歪め、体力削り落とされろと呪いを込めて。寄生植物の性質持つポケモンは、吸ったのだ。

     少し受けるだけで気が遠くなる破壊の波動を受け、モンジャラは今度こそ倒れた。レッドが走り寄って大きな球体状の身体を抱き起こすが、ツタ一本動かす気力も残っていないのは、誰の目にも明らかだ。

    「頼みの草の騎士もわたしとミュウツーにかかれば、斬られる定めの城のイバラ。自らが騎士のような勇猛なきみも、今度こそ万策尽きたな」

     しかしレッドの目は曇っていない。まだ、まだだと言わずも語る。

     ──ねえグリーン。

     奮闘してくれたモンジャラを抱きしめながら。レッドはこの場にいない、流石に察しの良い親友でも伝わらないであろう想いを心に綴る。

     ──どうもぼくって人に頼るのが苦手みたい。ロケット団調査はまだしもさ。この前女の子達にカビゴンのご飯探すの手伝ってもらう時すら、カビゴン大食いで大変だから悪いな。ってありがたいより先に考えちゃってさ。わかってるんだ、本当は。ぼくがなんの他意もなく旅の中で人を助けた時みたいに。手を差し出してくれる人達だって、こんなのどうとも思ってない、頼っていいって。

     ──それでも頼るのが苦手で、誰かと遠慮なく張り合ってる方が気楽なのってきっと変なんだよね。だからさ、そんなぼくが一人で本当に本当にどうしようもなくなった時──。

    「勝ち筋見えてる時でも、悪事の時は周囲に気を配ったほうがいいぜぇ? サカキよう?」
    「何!?」

     ──来てくれるのって君だと思うんだよね、グリーン。

     プテラのはかいこうせんがメガミュウツーをサカキごと横からぶっ飛ばし、空いたレッドの前方に相棒を降ろした。

    「うげ、まじでロケット団の死体だらけじゃん。大人げねえなあ。レッドもここまで人数いたら一人じゃ無理だよなあ。だから言ったろ? オレに言えってさ」

     優雅に岩の恐竜から降り立った親友は、世界で一番強くてすごく見えた。「死んでねえ」「だーかーらー!俺らを勝手に殺すな!」外野のロケット団の声も、二人見つめ合う少年達には聞こえない。

    「さーてと。パシオじゃあ反則だが……正式試合でもねえし相手は悪党。遠慮はいらねえよなあ?」

     グリーンはボールからピジョットとカメックスを出し、三体全員に指示を出す。はかいこうせんにハイドロカノン、メガシンカしてのぼうふう。

     プテラのメガシンカはとっくに解除していたが、立て続けはポケモンと心を繋げるグリーンもちと疲れる。先程の殿戦闘の疲れも相まって、一瞬頭がクラリとした。が、レッドもこの場にいないエリカも、エリカのモンジャラも限界まで頑張ったらしいのに、ここで自分だけ挫けるわけにもいくまい。来る途中エリカから連絡を貰っていたので、大体の事情は理解している。全くコイツは無茶ばかりして。

    「仲間と親友いたぶってくれた礼はたっぷり返すぜ?」
    「フッ……こっちは一匹といえど、この前貴様らが束になっても勝てなかったのを忘れたか?」

     メガミュウツーがシャドーボールのエネルギーを溜めようとする──が、空中で体制を崩した! グリーンはニヤリと笑う。

    「ありゃまあ……そこの勇敢な草ポケモンのバインドは、流石のメガミュウツーY様も痛えみたいだなあ?」

     サイコブレイクの波動で解除されたはずのまとわりつくのツタの一部は、執念のようにミュウツーの脚にくっついていた。忌々しげにミュウツーが引きちぎろうとするが、拍子にゲホゲホッ、と咳き込む。

    「毒も食らってるみてぇだなあ?さすがエリカのモンジャラとレッド。即席コンビでも食いついていくぜ、おーこわ」

     レッドとモンジャラの方を見ると、してやったりな四つの目と目が合う。などとやっているうち、三匹全員が最大出力の大技装填が完了する。水とひこうと、岩に染まった破壊エネルギー。動けば動くだけダメージを受ける、毒とバインドに絡まれながら。なおもサイコパワーをためて攻撃に移ろうとするミュウツーに、グリーンは切なそうに目を細めた。

    「ポケモンに罪はない……けど、バディーズは一蓮托生だ。悪いな、ミュウツー」

     三タイプのポケモンの攻撃が放たれ、サカキ達は数十人くらいの部下を巻き込んで、パシオの島の端っこまでぶっ飛ばされた。

     〇

     かぽーん。ししおどしの鳴き声。ここはパシオのエリカの和風豪邸。お嬢様は、宿泊施設も規模がでかい。グリーンとレッドは事の次第を報告すべく、巻き込まれる形になってしまったエリカのところにやって来ていた。

    「この子も大活躍だったみたいで……誇らしいですわ」

     傍らのモンジャラの頭を撫でてやりながら、エリカは微笑む。ツル状ポケモンも、先日組んだ臨時の相棒のレッドに向かって微笑む。レッドも「また組んでみたいね」と言う風に笑って、エリカの点ててくれた抹茶を飲み──「にがー!」という顔になった。エリカは笑って、甘いまんじゅうの皿をレッド達に差し出す。今日は友人達しかいないので、本格作法はお休みだ。

    「てかサカキレッドの事狙ってたの?ドン引きなんだけど。コイツがそんな簡単に誰かのもんになるかよ」

     面白くなさそうにまんじゅうを持ったグリーンの手から、横に座ったレッドがガブッとかっさらう。カビゴンじゃねえんだぞ! と怒られ。モゴモゴしている両側の頬を押されているレッドの口の中は、さぞかし甘いのだろう。

    「大丈夫ですよ、レッドさん、それはもう嫌そうでしたから」
    「マジかよ?」
    「ええ、ええ。グリーンさんじゃなくても全部わかるくらいに」
    「ふ、ふーん……そっか。そうかあ」

     ニコニコしながら抱きつかれ刑を受けるレッドをニマニマ抱きしめるグリーンは、はたと思いついて笑うのを止める。

    「いやあんな規模で狙われまくったら、いくらレッドでも危ねえだろ。コイツは最強でも無敵じゃねえし」

     こないだのように心配が杞憂で、隠れられる余裕がいつでもあれば、こっちは胃に穴くらいはいくらでも開けてやるが。勝つ前に死なない程度に。

    「そうですわねえ、まあ、そこは──」

     ちゅどーん! かぽーん、かぽーんと一定のリズムを奏でていたししおどしが吹き飛んだ。美しい庭園にクレーターを作って現れたのは──サカキとミュウツー。

    「フハハハハ! 見つけたぞ、レッド! 今度こそ貴様を我が物にしてやる!」

     レッドがやな顔する前に、グリーンが嫌悪の顔になった。遅れて抱っこされたレッドもしかめっ面。

    「ゲエ! その声はオレのライバル狙ってるド変態少年趣味の、息子にボロカス愚痴愚痴言われてるサカキ!」
    「待て、後者は聞き捨てならんぞ」
    「この前特訓に付き合った時にシルバーが言ってたぞー。『別の世界でもクソ親父』『身内の恥』『別世界くらいもう少しまともでいろ』まだ聞くか?」
    「ゴフッ!」

     サカキは血反吐を吐いた。その隙にグリーンがレッドを抱きかかえ、放り投げたボールから飛び出たピジョットに飛び乗る。

    「バーカバーカ、ポケモンに血も涙もねえ人でなしダメ親父〜! お前なんかに親友渡してたまるか、バーカアーホドジマヌケ〜! お前自身がデベソー!」

     このごろ大人びて来たグリーンにしては、ものすごく幼稚で大人気がない。自分で点てた抹茶を飲みながら、エリカは思う。これはミュウツーの扱いに怒っているのと、もう一つの理由は──言うだけ野暮か。

    「……今度こそは一緒だからな」
    「……!」

     グリーンの決意表明に応えるように、レッドは彼の背中に掴まる。一足早い初雪のようにふわりと羽根を散らしつつ、二人はピジョットに乗って飛び去っていった。サカキもミュウツーのサイコパワーで空を飛んで、後を追う。

     エリカも加勢に追いかけようか迷ってから、まだ足が痛むのを思い出して止めた。それに──。

    「グリーンさんもいるし大丈夫でしょう」

     さっき言いそびれた言葉を、自分とモンジャラしかいない部屋で、エリカは言いきった。

    「今度はお邪魔虫もいないから、離れる心配もないでしょうし」

     二人が食べそびれた甘いまんじゅうの残りを、モンジャラがツタを伸ばしてパクリと食べた。


      [No.4181] ほんのりと切ない誰かの歴史 投稿者:焼き肉   投稿日:2021/11/27(Sat) 09:54:04     1clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    シンボラーいいですよねえ。ミステリアスというかBWの歴史?思い出?そういう積み重ねを感じるような舞台設定というか世界観にピッタリだなと思います。惹かれる感じの造形のポケモンっていうか。

    丁寧な調査描写と共にシンボラーの謎にこの作品なりに迫ったようなお話で、続きが気になりながら最後まで読み終えました。主人公の僕とモグリューが見つけたものって、深く考えれば残酷なものとも取れるんですが……。ポケモン個人の歴史にカケラ越しに触れたような。壮大で小さい、ほどよい寂しさが残る温かみのある切なさでした。


      [No.4180] Re: あなたを迎えに 投稿者:syunn   投稿日:2021/11/08(Mon) 21:27:56     2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想ありがとうございます。
    マサラのポケモン図書館を使わせていただいたのは、この作品が初めてでバトル描写大回も確か初めてだったのを覚えています。去年の感想への返信になってしまうのですが、とても嬉しかったので改めてありがとうございます!ふだんは、春という名前でポケモン小説スクエアさんで書かせていただいています。
    ポケモンと人間の絆を書くのがとても好きで、そればっかり書いてます。なのでそこを褒めていただいて本当に嬉しかったです!バトルも実は苦手意識があって、克服も兼ねて参加させていただいた作品です。ひょっこり覗いたら感想がついていて、本当に驚きました。そのバトルも熱いと言っていただいて嬉しいです!
    ありがとうございました!


      [No.4179]  遺跡の守護者と割れた硝子灯 投稿者:音色   投稿日:2021/10/26(Tue) 18:51:56     19clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     リゾートデザートという砂漠の奥には古代文明の跡地がある。リゾートという名前こそついているが、観光にくるのはもっぱら歴史研究者や遺跡マニアばかりで、普通のポケモントレーナーは修行にこそ来てもくつろぎに来る事はない。
     厳しい砂漠の環境で生きていけるポケモン以外では、夜になると遺跡周辺でゴーストタイプも徘徊しだすけれど。
     そこにだけ生息している、少しだけ変わったポケモンもいるのだ。

     シンボラーというポケモンは砂嵐の中で見れば鳥のようにも見えたりするのに、けれどその実物を見るとなんとも奇妙な姿をしている。大きな翼に対して首はなく、胴体にあたる部分が顔になっている。足というには飾りの様なものが下がっていて、手にあたる部分は真黒で爪のようにも見える。
     そんな不気味とも、ミステリアスともいえるポケモンは、この砂漠の地で一定のルートを常に徘徊している。決まった個所を一日、あるいは数日周期でぐるぐる回っている様子は、縄張りを守るために見回りをしているという動物的な説と、古代文明の記録に従って今も都市を守るために同じ行動をとり続けているとも言われている。
     そのため、研究者の間ではシンボラーの徘徊ルートの記録を取ることで古代遺跡の規模や土地の在り方なんかを割り出そうとする方法だってあるくらいなのだ。

     だから、僕は今日そのために砂漠に来ている。要はアルバイトだ。日雇いというよりかは、二週間砂漠に張り込んで野生のシンボラーの行動を観察してレポートにするという観察業務に近い。
     その間野生のポケモンに襲われたりするだろうし、砂漠での過ごし方の知識がない素人には任せづらい。フィールドワークが得意でない学者先生は、お金を出してトレーナーを雇うことがあるわけだ。見本で見せてもらったのは別の地方の砂漠で確かみょうちきりんなノクタスの観察レポートを出していた奴がいたけど、アイツもこんな感じだったんだろうか。
     幸いなことに、僕は砂漠に強い鋼タイプや岩タイプのポケモンを持っていたし、その子の特性でバトルの時に砂嵐が巻き起こるからそういう環境にも慣れっこだったから、これ幸いと小遣い稼ぎに手を出したのだ。

     指示されていたポイントに到着して、砂嵐が弱いタイミングでハガネールに出てきてもらってテントを張る。安全地帯がない時は、そんな場所を作ってくれるポケモンがいればとても楽なのだ。雨が降る場所では難しいけれど、砂漠のような乾いた場所ならこの大きなポケモンがぐるりととぐろを巻いてくれるだけで風はだいぶ当たらなくなる。
     この近辺を徘徊しているはずのシンボラーが見つかったら、その後をひたすら追って行って地図にマークをつけていくのが今回の仕事だ。追った先でまたテントをたてて、また次の日追いかけて……をできうる限り繰り返す。
     ぐるりと一周できるだけの情報が集まればとても良いらしいのだけど、あのポケモンは意外と広範囲を巡回したりするらしいので、その一部が判明するだけでも良しとしてくれるのはありがたい。
     まずはお目当てのポケモンが出てくるまで待機だな、と構ってほしそうに足元をうろうろするヨーギラスに木の実をあげて、僕はエアームドの足にカメラを取り付けてから空からの見張りを頼んだのだった。

     そんなに待つことなく、空から高い鳴き声がしてテントを出る。砂嵐で見えづらい空をくるくると銀の光が反射しているのが見えるから、お出ましになったらしい。
     砂嵐を防ぐゴーグルをつけて繰り出せば、確かに浮遊する影が滑るように砂漠の地を飛んでいた。記録用の写真を一枚とってからムービーに切り替えて、刺激さえしなければ攻撃されることがないはずだと距離を取って見守る。
     決まり切った作法の様にすぅっと姿を現したシンボラーは、砂漠で見慣れないだろう僕らへちらりとも頭の視線をやることもなく。目の前を横切ると、数メートル先でぴたりととまって、直角にくるりと方向を変えた。
     そのまままっすぐ進みだすので、エアームドがそれを追い出す。走らなければならないほどのスピードではないものの、ひとまずしばらくは僕も追うことにした。
     砂嵐の中でシンボラーは迷うことなく進んでいく。右も左も分からなくなりそうな不毛な世界で、何一つそんなそぶりを見せないとりもどきポケモンの後姿は、ある意味では酷く安心できるものなのかもしれない。少なくとも、その後を追う限りは、古代の時代では迷うことがなかったからだろう。
     けれど、突然ぴたりとそいつは止まった。方向転換の為だろうか、と思ったのだが、向きは変えたものの其処で動かない。妙だな、と思いながらカメラを回す。
     頭上でエアームドも手持無沙汰の様に旋回している。こんな動きもするんだな、とひとまず腰を下ろしてみてもやっぱり動く気配がない。これも古代の記録に基づいたものなんだろうか。
     びしびしと砂粒がシンボラーの羽にあたっている。戦闘中に天候変化でダメージを受けるのは、その場にとどまり続けている間に霰や砂をひっかぶって体力を徐々に消耗するからだ、と聞いたことがある。このままここにい続けてしまえば、いつか倒れてしまうんじゃないのだろうか。
     そんな杞憂は、時期に諦めたようにくるりと再び向きを観察対象が変えてしまったことで解決した。時間にして、三十分もたっていないだろう。けれども随分長く、何かを待っているように見えたのだ。
     再び追いかけっこが始まって、日が暮れて夜になる間際にはぐるりと一周してしまったのか、テントの見えるところまで出てきてしまったため、今日はそれでおしまいにすることにした。

     一日で周回するコースのシンボラーにあたったのは素直にラッキーだ、と思いながら、次の日からは日程をつぶす要領で細かに記録を取ることにする。レポートを書き終わってから、一日空を飛んでくれたエアームドの翼の手入れや、柔らかい砂が珍しくてはしゃいだ結果自分の体重で半分ほど埋まってしまったヨーギラスを掘り起こすなどをして。
     再開した観察記録でも、やっぱりあのシンボラーは特定の個所でしばらく止まる動きを見せるのだった。他の場所ではそういうそぶりを見せないのに、初日のポイントでのみ、何かを待つように必ず止まるのだ。
     ここまで来るとその理由は何か知りたくなるのが人情なので。その日はシンボラーを見送ってしまってから、そいつが止まっていた箇所を少し調べてみることにしたのだ。

     遺跡の痕跡が見つかったりするのかな、とただの砂の土地をかき分けてみる。この地方で捕まえたモグリューにお願いすれば、得意分野だと言わんばかりにもそもそとしばらく掘り返して。
     不思議そうな顔をしながら何かの残骸を掘り出した。これも記録写真になるかな、とぱしゃりと撮ってからしげしげと眺めてみる。
     割れてしまっている硝子の何かで、黒い弦のような部品もある。すっかり朽ちてしまっているわけだが、砂の中にずっと埋もれていたのか欠片は随分と大きかった。
     なんだろうか、と首をかしげても全く見当がつかない。昔の人が使っていた道具だろうか。とりあえず元に戻してしまおうとモグリューにお願いしようとしたら、びっくりした表情で僕の後ろを見上げているから。
     おかしいな、と思って振り返れば、そこには見送ったはずのシンボラーがじぃっとこちらを見ていたのだ。

     うわ、と声を上げるよりも、大きな影を作っている遺跡の見張り役は僕やモグリューの存在を気にしているようではなかった。ただ、掘り出された残骸を見つめているようで。
     どうしたらいいのかわからないまま、僕はその欠片をかき集めてみて、どうぞ、と目の前のポケモンに差し出してみれば。
     ちかり、とシンボラーの眼が光った。それは頭の上の眼の方だったのか、顔の方の眼の方だったのかは、よくわからなかった。

     ……気が付けば、砂嵐がやんでいた。綺麗になった視界にゴーグルを外す。世界がとても明るくて柔らかいのだけれど、不思議と何もかもがセピア色をしていた。エスパータイプのポケモンは催眠術が使えるというけれど、もしかして夢でも見ているんだろうか。
     ちょいちょい、と足元を引っ張られるから視線を落とせばモグリューもいたので、一緒の夢を見ているのかもしれない。不安そうな顔をするから抱き上げれば、ちゃんとそこにいるようだった。
     ぼんやりとした輪郭の世界は、もしかしたらずっとシンボラーが見守っていた都市の光景かもしれなかった。人影がすぎたりしても、薄っぺらい影の色しかなくて、はっきりと何もわからない世界で。
     もしもし、という小さな声があった。
     振り返れば、ヒトモシが一匹そこにいた。もしもし、としきりに誰かに話しかけているようだったけれど、足元の小さなろうそくを気に留める人はいないようだった。
     けれどその声に応えるのが一匹だけ現われた。あのシンボラーだ。周回していたそいつは僕たちの横をすり抜けて、お決まりの様にそのヒトモシの前で立ち止まった。嬉しそうにヒトモシはいっぱい話しかけているようだったけど、シンボラーは別に何も答えることはない様だった。
     しばらくしてから、シンボラーはやっぱり見張りの続きに戻るように去っていった。ヒトモシは満足したのか、小さな足取りでどこかに消えていった。
     ごぅ、と風が吹いた。砂は来ていないのに、景色は一気に流れていく。何度も、何度も、小さなヒトモシはシンボラーと話していた。そのうちに、その子はランプラーになっていた。これはきっと膨大な記録なんだ。長い年月のうちに、シンボラーが見てきた記録のうちの一つ。
     砂漠の土地のヒトモシは、砂の気候にどれだけ耐えられるんだろう。大きなシャンデラになってもやっぱりそいつはシンボラーを待っていた。
     ……待っていたんだ。ひどい、ひどい、砂嵐の夜でさえも。
     
     削れに、削れて、残骸になっても、シャンデラはそこにいたはずだった。
     砂が全てを覆い隠してしまっても、律義にシンボラーはそこに来ていたようだった。

     ぱち、と頬にあたる砂粒で我に返った。手の中の硝子の欠片は、さらさらと時間を早回しにしたように崩れていってしまっていた。
     目の前のシンボラーは、一度だけ、目を閉じて。
     また、動き出した。振り返ることすらなかった。これまでと同じように、ただ進んでいってしまっていた。

     残りの観察日程で、シンボラーが止まることは二度となかった。
     テントを片づけて、カメラを回収し、ポケモンたちをボールにしまって、砂嵐を振り返れば、やはり滑るような影が見えた。
     ポケモンには、ポケモンの思い出があるのだと思うけれど。シンボラーにとってそれは、思い出なのだろうか。それとも、従うべき記録なんだろうか。
     どちらにせよ、この砂漠からあのシンボラーを連れ出すという発想はとうとう僕には思いつかなかったのだ。

     今日もリゾートデザートには砂嵐が吹き荒れている。
     そこを徘徊しているシンボラー達が、かつて何を見て、今は何を守っているのかは、誰も分かることはないのだろう。
     そんな思いを抱えながら、僕はアルバイトを終わらせて帰路につくのだった。



    ――――――――――――――――――――――――――
    余談  自分が初めて出した同人誌
    うちの怪獣事情 ポケモン二次創作短編集  https://mokehara.booth.pm/items/1946443
    をありがたくも手にとってくださった方におまけとしてお渡ししていた掌編。
    添削に付き合ってくれた有難い友人に「なんかリクエストある」「推しのポケモンのシンボラー様とシャンデラでなんか書いて」にお答えしたもの。

    読み返してみるとかなり悪くないのでおいておきます


      [No.4177] 炎の中の暗夜行路 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/07/16(Fri) 01:19:21     14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



     故郷に帰る途中に訪れたカロスの地にて、伝説のポケモンであるファイヤーが目撃された。
     その知らせを聞いたボクは、迷わずスケジュールを変更することを決める。
     動機は単純にファイヤーをゲットしたい……ではなく。
     ボクはただ手合わせしたかったんだ。
     あるいはファイヤーと戦うことで、過去の因縁を振り切りたかったのかもしれない。

     ボクは昔、カントー地方でとある陰謀に巻き込まれ、色々と苦い思いをした。
     その思い出話は割愛するけど、その中心にはファイヤーがいたことだけは添えておく。

     カントーの騒動から月日はだいぶ経っていた。
     心の中にあった爪痕は、「こんなこともあったよね」で済ませることもできた。
     でもこの湧き上がるような衝動には、逆らいたくなかった。
     逆らうべきじゃないと思った。

     事前に作戦を練り、カロスの地でファイヤーを追いかける日々。
     そして、ついにたどり着く……。

    「やあ。久しぶり……であっているかな」

     深い夜。岩山地帯にファイヤーは居た。休息をとっていたのだろうか。羽を休め、その炎の翼で岩場を明るく照らしていた。
     ボクの存在に気づき、視線を向けるファイヤー。細い嘴を閉じたまま、じっと見つめてくる。それから目を閉じ、ボクを脅威と認めず無視して休み続けようとする。
     だがボクは、ファイヤーにそれをさせない。

    「カントーでは世話になったね」

     その一言で、ファイヤーの様子が変わった。
     睨みつけてくるファイヤー。その素振りで分かった。ボクが過去に出逢った同一個体だと。
     キミはボクのことなど覚えていないのかもしれない。
     だけど、ボクはキミのことをまだ忘れられない。

    「手合わせ、願えるかな」

     燃え上がる翼を広げ、夜空を赤く染め上げるファイヤー。その『プレッシャー』に飲まれかけるも、ボクはモンスターボールからポケモンを出した。
     光と共に現れたのは深緑のフードを被り、薄茶色の翼をもつポケモン、ジュナイパー。

     炎・飛行タイプのファイヤーに対し草・ゴーストタイプのジュナイパー。
     相性は圧倒的に不利。炎も飛行も弱点だし、ジュナイパーの得意な草技がファイヤーにほとんど通じないと言ってもいい。
     
     一発でもまともにくらえば致命傷になる。だからこそ、攻撃をどうくらわないかが肝心だった。

     ジュナイパーの名を呼ぶ。『プレッシャー』に押しつぶされまいと声を上げるジュナイパー。
     ファイヤーがボクらを戦闘相手だと認め、戦いが始まった。


    ◆ ◇ ◆


    「まずは『かげぬい』っ!」

     ジュナイパーが素早く構える。
     熟練した動作で翼にフードのツルをかけ弓にし、羽の矢を放った。
     その矢先は揺らめくファイヤーの影を射抜く。
     影を縫われたファイヤーは、もう逃げることはかなわない。

     ファイヤーが苛立たしそうに両翼を一薙ぎ、『ほのおのうず』でジュナイパーを閉じ込める。

    「勢いに飲まれるな! キミなら脱出できる!」

     多少かすりこそすれ、渦巻く火炎の牢獄の中からジュナイパーは転がり抜け出す。
     この脱出はジュナイパーがゴーストタイプを持っていたからできた芸当だった。

    「そのまま『ゴーストダイブ』……!」

     地面の影にダイブし、火の粉から身を守りつつ攻撃のチャンスを伺うジュナイパー。
     しかしその一撃は当たらなかった……なぜなら忍び寄る一撃をファイヤーが『そらをとぶ』で回避し、天高く舞い上がっていたからだ。

     影を縫われて逃げることは出来ずにいるとはいえ、空中に退避すれば一方的にファイヤーのアドバンテージは高い。
     けれど、すでにそのパターン想定されていた。

     対策は打っていた。
     この瞬間こそを、ボクたちは狙っていた。

    「――――『うちおとす』」

     ジュナイパーが矢の先に隠し持っていた小石を付けた。
     それから両足で踏ん張りをきかせ、空飛ぶファイヤーを狙撃。撃ち落す。
     この技は岩タイプの技。炎にも、飛行にも効果は絶大だ。対ファイヤー対策の打てる最大の手といってもいい。
     あえて攻撃のタイミングまで猶予ある『ゴーストダイブ』は『そらをとぶ』を誘発させるための、選択だった。

     撃ち落されたファイヤーが羽ばたくことをせず真っ逆さまに地面に落下していく。
     しかし緊張は解けない。
     あまりにも素直過ぎる落下。
     その行動に、違和感を覚える。

    「違う、これは……!」

     結論から言うと、『うちおとす』は決定打にならなかった。
     ファイヤーは『うちおとす』直前から、羽ばたきを止めていた。
     空飛ぶことを中断し、自らの羽を休めながら落下していた。

     『はねやすめ』をしながら、ファイヤーは攻撃をしのいでいた。

     ……この『はねやすめ』と言う技には、おおきく二つの特徴がある。
     体力を回復する効果と、自身の“飛行タイプを消す”ことのできる効果だ。
     ファイヤーは自らの弱点の一つを消し、こちらの狙っていた『うちおとす』を耐えきっていた……。

     落下直前でひと羽ばたきし、着地するファイヤー。
     ファイヤーの狙いすました『はねやすめ』により、こちらの『うちおとす』で大ダメージを狙う作戦は通用しなくなった。
     その上『プレッシャー』の特性をもつファイヤーに長期戦は圧倒的不利。
     ジュナイパーも困惑し始め、熱気で呼吸が乱れていく。
     その燃え上がる重圧は悪夢のような過去を彷彿させる。

     あの時はいろんな意味で負けていった。
     また敵わない、まだ届かないのかもしれない。
     けど、
     ボクは、
     ボクらは!
     断ち切るために、吹っ切れるためにここに来た!

     だからその炎、克服してやる!!
     
    「このまま燃やさせてたまるか――――『とぎすます』!」

     息を吐き出し、精神を研ぎ澄まさせる。相手の急所に、狙いをつける。
     ジュナイパーの視線に気づいたファイヤーが、両脚で大地を掴み、構える。

    (こいっ)

     ファイヤーは空に逃げることをせずにボクたちに狙いを定め、『もえつきる』勢いで自身のまとった炎を全て集約しぶつけてきた!

    「行くよ」

     ジュナイパーとボクは腕を正面で交差させ、指揮者のように両手を挙げた。
     飛び立つジュナイパーの背後に分身した影矢が現れる。
     影の矢の雨と共にファイヤーに突っ込むジュナイパーに、ボクは全力をもって、技名を叫んだ。


    「『シャドーアローズストライク』!!!!」


     影の閃光たちと紅蓮の炎がぶつかり合う。
     黒と紅のエネルギーが、混ざり合い、弾けた。


     ジュナイパーの影の矢は、ファイヤーの急所を……射抜く直前に燃え尽きていた。
     最後に堂々と立っていたのは、ファイヤーだった。
     『かげぬい』の効果が切れ、飛び去って行くファイヤーと、倒れたジュナイパー。
     その両方にボクはお礼を言った。

    「……ありがとう」

     まだまだ、ファイヤーにも過去にも打ち勝つことは出来なかった。
     でも、何かしら変化の予兆はつかめるような気がしていた。
     去っていく熱気、思い出したように吹く夜風の中。
     ボクたちは進んでいく。
     過去を引きずりながら、暗夜行路を進んでいく。





    ***************************


     ポケモンバトル書きあい大会、カントーのファイヤー対ジュナイパーで参加させていただきました!
     普段あまり伝説のポケモン扱わないので楽しかったです。
     ボクっ娘こと彼女たちの苦難は続く。

     技構成
     ジュナイパー 特性:しんりょく 持ち物ジュナイパーZ
     かげぬい(シャドーアローズストライク)、ゴーストダイブ、うちおとす、とぎすます

     ファイヤー 特性:プレッシャー 持ち物なし。
     ほのおのうず、そらをとぶ、はねやすめ、もえつきる

     読んでくださり、主催してくださりありがとうございました!


      [No.4175] もう一つの神去来 投稿者:砂糖水   投稿日:2021/04/03(Sat) 22:56:04     14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     神去来という言葉をご存知だろうか。
     神去来とは農耕信仰の伝承である。地域によって差はあるものの、概ね以下のようなものになる。
     春になると山の神が降りてきて田の神となり、豊作をもたらす。そして秋になると田の神は山へと帰り山の神へと戻る。地域によっては田の神・山の神はオドシシやリングマ、キュウコンといったポケモンの姿を借りるとも言われ、その場合実際のポケモンや、あるいはそれらを模した衣装を着た人間を神に見立てて行事や儀式を行うこともある。また、必ずしも田の神・山の神と呼ばれるわけではないものの、同様の話は各地に散見される。
     そしてこれらに似た伝承がシンオウ地方は北、キッサキシティにもある。ただし、様々な意味で逆なのであるが。
     読者もご存知の通り、かの地は年中雪に覆われ、農耕はほぼ不可能だ。ではキッサキシティにやってくるのは何の神か?
     それは冬の神だ。
     突然冬の神、といっても大半の人が知らないだろう。冬の神とは名前からイメージするとおり冬を司る神であり、ようは冬をもたらす神だ。氷の羽を持つ鳥と伝えられ、おそらくフリーザーを見たキッサキの人々が冬と結びつけたと思われる。
     さてキッサキシティに伝わる神去来とはどんな話なのか。本稿のタイトルでもあるもう一つの神去来とはすなわち、冬の神の行き来である。
     キッサキシティの神去来の始まりは秋だ。夏の間ゆっくりと体を休ませた冬の神は冬が近づくと目覚め、山を降りる。麓では大雪になり、これを機に冬が始まる。キッサキを飛び立った冬の神は各地を巡り冬をもたらす。そして長い長い冬が過ぎ、幾分か雪が少なくなった頃、また大雪になる。冬の神の帰還だ。こののち、雪はさらにぐっと減り、春となる。夏の間、冬の神は深く眠り、けれどその眠りが浅くなったときには雪がちらつくのだという。そうして力を蓄えた冬の神は冬が近づくと目覚め、大雪と共に冬の始まりを告げる。これがキッサキの一年だ。
     通常の神去来とは行き来する季節が逆であり、そして人々に恵みをもたらすようには見えないという点においても逆と言える。
     一般に冬といえばネガティブなイメージが強い。寒さというのはそれだけで生存のコストを上げるし、日照時間が少なくなれば気が滅入る。キッサキシティ周辺は年中雪に覆われていてほとんど植物も育たない土地だ。しかしほとんど植物は育たないと書いたが、実際には気候に適応した種はいくつか存在し、それらは人間の食用には向かないもののポケモンが植物を食べ、そのポケモンを人間が狩ってそれを食べた。また、雪に閉ざされていることで外から敵が入ってくることもない。一見わかりにくいものの、キッサキの人々は冬に守られてきたのだといえる。
     そうして長い間人々は雪の増減と共に暮らしていた。
     しかしかの地にも容赦なく近代化の波が押し寄せた。シンオウ地方のどこよりもそれは遅かったものの。長い時を経て、冬の神に関する伝承はほとんど廃れかかっていた。わずかな老人達がかろうじて語り継いでいた状態であり、消えるのも時間の問題だった。
     そんな中、冬の神の伝承をはじめとする様々な話を記録しようとしているのがキッサキシティ在住のKさん(2X歳女性)だ。彼女は幼い頃、今は亡き祖父に冬の神のことを聞かせられたのだという。自身が慣れ親しんだ話が消えてしまうのは惜しいと、現在彼女は祖父の知り合いなどからも話を聞き、それらをまとめる作業をしているのだそうだ。今回の取材に対しても、一人でも多くの人に知ってもらえるなら、と快諾してもらった。昔に比べて今は便利になったけれど、それと同時に失われていくものも多い、だから少しでも古いものを残していきたいと彼女は語った。
     寒さもゆるみ、多くの土地では春本番だ。各地では山の神が降りてきて田の神となり、そしてキッサキシティでは北の果てにたどり着いた冬の神が山の奥で眠りにつくのだろう。

     余談だが、彼女が見せてくれた祖父との写真に、おそらくガラスでできているのであろう美しい羽が写っていた。それはまるで冬の神がもつ氷の羽のようだった。


    ――――――――
    あっと思う人はあっと思っていてください(
    最後の方、やや雑ですが許してください、完成するまでに二年以上かかってるので…(嘘やろ
    最後にファイルいじったの一年近く前なんです、つらい。
    ずっといじってたら冬がゲシュタルト崩壊した。


      [No.4173] 明け色のチェイサー外伝 雨の日とエネココア 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/02/14(Sun) 22:28:47     9clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




     雨の日になると、温かいエネココアが飲みたくなる。


     お客さんの少ない時間帯、カフェのカウンターテーブルを拭きながらそんなことを思う。
     正確には、思い返す、なんだけどね。
     あたしの仕事の相棒でパートナーのミミッキュも、同じことを思い返していたようで、じっとエネココアのパウダーの入った容器を眺めている。

     「掃除、一区切りしたらいただこうね、エネココア」
     
     あたしの提案を聞き、張り切ってちり取りを再開するミミッキュを横目に見つつ、自分も拭き掃除に戻る。けれどガラスに映る自分の姿を見て、ミミッキュには悪いけどまた思い出に浸ってしまっていた。

     それはあたしがまだ彼と、トウと今の関係になるだいぶ前の思い出。
     その日も、こんな風に冷たい雨が降っていた。


     ● ■ ● ■ ●


     当時のあたしは、ピカチュウの化けの皮を被ったミミッキュと、ウェイトレスの恰好をした自分が似ているなと思ってしまっていた。ウェイトレスのかわいい制服から着替えた、素の自分に自信がない……臆病なところも含めて似た者同士だなと勝手に思っていた。

    「そんなことない、ココチヨさんかわいいって。そこまで言うならヘアアレンジ挑戦してみない? あとせっかくだし、うちの下の階の仕立屋で仕立ててもらったらどう?」

     月に一度の散髪中、ユーリィさん(私より年下なのに、美容師として店を切り盛りする凄くておしゃれな女の子)はそう言ってくれる。

    「いや、遠慮しておくね、あたしにウェイトレス服以外に可愛いのとか、似合わないし……」

     逃げようとするあたしに、目つきを鋭くするユーリィさん。ユーリィさん普段はかわいいんだけど、睨んだ顔怖いって! ミミッキュに助けを求めようとするも、ミミッキュも背筋が凍り付いたようにピンとしている……!
     あたしたちがビビっているのを見たユーリィさんはハッとして、眉間のしわを緩める。
     彼女の手持ちのニンフィア(超かわいい子)も申し訳なさそうにリボン状の触手で頭を撫でてくれる。片手で頭を抱えたユーリィさんは、手の影からこちらを申し訳なさそうに覗きつつも……引き下がらない。

    「……そう言わずに挑戦、してみない?」

     ニンフィアが「めっ」という軽く責めるような表情を彼女に見せる。流石にニンフィアにも言われると、渋々、本当に渋々と引き下がろうとした。顔に見せないようにしても隠し切れずにしょんぼりしているユーリィさんを見て、私は捻くれつつもため息を吐く。

    「……一回だけならいいけど」

     その小さいつぶやきに、彼女とニンフィアは優しい表情を浮かべた。

    「……その勇気ある一歩は、大きい一歩だよ。おいで」
    「え、ま、ちょっ!」

     ニンフィアのリボンがあたしとミミッキュの手を引っ張る。そのまま一階の仕立屋さんへと降りていくこととなった。


     ● ■ ● ■ ●


     いつも通り過ぎるだけの一階の仕立屋のチギヨさん(ユーリィさんの幼馴染の男の子。仕立屋で男の子ってのも珍しい気もする)にユーリィさんは臆せず声をかける。

    「チギヨ、お客さんよ。可愛くしてあげなさい」
    「おう、任せとけ! どちらさんを……って、ああ。ようやく来てくれたんだな。お姉さん!」
    「ど、どうもー」

     シッポのような後ろで結んだ髪を揺らしながら笑顔で話しかけてくるチギヨさんに緊張していると、彼の手持ちだと思うクルマユ(めちゃめちゃかわいい)と目が合った。
     ユーリィさんがチギヨさんにざっくりと経緯を伝える。
     それからチギヨさんは、あたしに質問をした。

    「お姉さん……ココチヨさんは、可愛く見られたい。だから可愛い服が着たい。それでいいんだな?」
    「……ちょっと、違うかもしれないわ。例えばピカチュウみたいに可愛い服を着たって、あたしには似合わない……と思う。でも、私服で可愛く見てもらいたい、けど可愛い服を着こなす自信がないの」
    「可愛い服を着こなす自信がない、ねえ……ココチヨさんはミミッキュ、可愛いと思うか? 外側から見て、で」
    「可愛いわよ」
    「似合っているとは?」
    「個人的には、似合っていると思う」
    「……そうかい。でもそのミミッキュの布って、ピカチュウの擬態だよな。別に、ほかの選択肢もあったはずだ。ぶっちゃけ一般的に可愛いと言われやすいピカチュウじゃなくてもいいよな。でもミミッキュはピカチュウを選んでいる。それって可愛く見られたくて可愛い服着るのと、その上自分に合うように着こなしているのと何が違うんだい?」

     ミミッキュと目が合う。ミミッキュはじっとあたしを見上げていた。
     今のあたしには、チギヨさんの問いかけを否定できなかった。正直、恥ずかしい。そしてミミッキュに申し訳なく思ってもいた。

    (自信がなくて挑戦すらしていないあたしより、ミミッキュの方が、頑張っているじゃない……)

     チギヨさんは、さらにあたしにはっぱをかける。

    「ココチヨさんには、可愛いって言わせたい相手はいるかい?」
    「……いるわ。でも、いままで背伸びしても、言ってもらえなかった相手がいるわ」
    「なら、そいつの目が節穴か、そいつの口がとても口下手なだけだ。手段は選ばなくていい」
    「チギヨ、さん……」
    「着飾って可愛くなることが悪いことだったら、俺は悲しいからな」

     ユーリィさんとチギヨさんが横目を合わせて、うなずく。

    「俺とユーリィに任せろ。ココチヨさんらしく、可愛くしてやる」
    「ココチヨさんの勇気に、必ず応えて見せるから」

     ニンフィアとクルマユ、そしてミミッキュもあたしを応援してくれていた。
     初めは一歩のつもりだった気持ちが、もうちょっと走ってみようという思いにかわっていた。
     まるで、魔法のようだなと思った。


     ● ■ ● ■ ●


     チギヨさんもココチヨさんも、いろいろオススメしてくれたけど、最後は全部あたしに決めさせてくれた。あたしの好きなものを、うまく組み合わせて似合うようにしてくれた。
     正直、みんなに言ってもらえたけど、自分でも似合うと思える仕上がりだった。
     あたしは勇気を出して、その節穴で口下手な幼馴染にその姿を見せに行った。

     波導使いの修行中の幼馴染、トウ。彼は修業を始めてから普段は目隠しをしている。
     波導の気、とかが目隠ししてても見える、らしく目で見てなくても誰が近づいたとか分かるみたいだ。
     今までも目隠しを取った状態で何回か見てもらったことはあった。彼のポケモンのルカリオは尻尾を振って笑顔を見せてくれるものの、トウ本人はいつも「よくわからないが、似合っているんじゃないか?」で済まされてきた。思えばあたしが自信を失ったのはトウのせいなんじゃとも思いかけたけど、今はぐっとこらえる。

    「トウ!」
    「……ココ、か。どうした?」
    「目隠し取って、あたしを見てほしいの!」

     すでにあたしを目視しているルカリオはめっちゃ目を輝かせてくれている。これは、行けるか?
     心臓の音が高鳴る。彼が目隠しをしてあたしを見る。目を細めて、まじまじと見られる。顔のほてりが自覚できるほど、緊張する。

     そして、トウは言った。
    「俺にはファッションはよくわからないが、似合っていると思う」と。

    「……それだけええ?」

     かけすぎた期待の反動でぼろ、ぼろ、と熱くてしょっぱいものがあふれ出てくる。ミミッキュが怒ってトウにとびかかった。

    「ばか!! もう知らない!!! くたばれ!!!」

     だいぶオブラートに包んだ理不尽な罵倒を浴びせ、あたしはたまらずその場から駆け出して逃げた。


     ● ■ ● ■ ●


     走って、走って、走って。空から冷たい雨が降り出した。街の外れの方まできたうっそうとした緑の中。なんとか雨よけになるような場所を見つけ出してそこで雨宿りした。
     体育座りをして冷たい雨をただひたすら眺め続ける。しばらく頭と心と顔を冷やしていたあと、それでもやっぱり悔しさがこみあげてつぶやく。

    「トウのばか」
    「ばかですまない……ココ」
    「?!」

     返事が返ってきたことに驚いていると、「波導を追ってきたからすぐ見つけられた」と傘をさして、もう一本の傘を持って頭にミミッキュを乗せたトウが隣に座った。ルカリオはボールの中。目隠しはしていない。「目隠しはミミッキュに没収された」と本人は言っていた。
     仏頂面で黙り込むあたしに、トウは保温のできる水筒に温かい飲み物を注いで差し出した。匂いですぐエネココアだとわかった。
     そのエネココアはとても甘くてえおいしかった。でもなんかちょっとだけしょっぱくも感じた。

    「しかし、せっかくの……その、可愛い顔がぐしゃぐしゃだな」
    「誰のせいで……って、今。なんて、なんで?」
    「俺は……波導が見えすぎるんだ。だから、目隠しを外すと波導の流れと現実の姿が重なって見えてはっきりとよく見えないんだ……」
    「え……そう、だったんだ……それじゃ顔も、格好もわからないんじゃないの……?」
    「気合いを入れてよく見ればわかる。いつもと見違えるくらい、頑張っておしゃれしているぐらいは、わかる」

     まったく見てくれていなかったわけじゃなかった。そのことが分かっただけで、報われた気がした。
     熱い顔を曲げた膝の上に乗せながら、尋ねる。
     今日はとっくに壊れているアクセルをもうちょっとだけ、踏み込んでもう一歩、踏み出す。

    「今日のあたし、可愛かった?」
    「いつもだが。いつもより可愛かった」
    「そう……ありがと」

     その直後……トウの頭上のミミッキュがバシバシと彼の頭を叩いていたのを見て、私は思わず笑ってしまった。


     〇 □ 〇 □ 〇


     カフェの掃除が終わってミミッキュとエネココアを飲んでいると、トウとルカリオがやってきた。傘を傘立てに入れてカウンター席に座る彼らは注文をする。

    「のどが渇いた……飲み物をくれココ」

    「またお冷で済ますつもり?」と半分茶化すと、意外な返答があった。

    「いや、今日はエネココアをいただこう」
    「…………」
    「こう冷える日にはエネココアに限る」
    「あはは、そうね」

     あたしにつられてみんな笑う。そんな晴れやかな雨の日だった。

     あたしはトウとルカリオに出すエネココアの隣に、そっとチョコレートを乗せたミニバスケットを置いた。
     それを彼は、目隠しを外してまじまじと眺めていた。



    あとがき

    カフェ【エナジー】のウェイトレス、ココチヨさんの外伝でした。


      [No.4172] (Chunk)以心不通の兄弟 投稿者:水上雄一   投稿日:2021/01/11(Mon) 04:31:57     23clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     その日の昼、《マルノームズ》は満席に近かった。“お残し禁止”とメニューの表紙にわざわざ書くほどの気合が入ったバイキング・ハウスにおいて陶器の皿は――別段、この店に限らずだが――何通りかの使い方がある楽器だった。スプーンとフォークとナイフを扱える手があれば、かちゃかちゃ、かりかり、きりきり、と音痴に鳴き続ける一本調子の弦楽器だった。手がなければ、舌とテーブルを使ってギロの音が出せた。舌遣いが強いほど、木目が荒いほど、皿が軽いほど、客は腕の良い奏者になれた。ただ、リズム感を除いては。それでも、リズム感のある音痴と、リズム感だけが足りない奏者が手を組めば、それなりに音楽というのは出来上がる。ただし、それは頭から尻まで聞くに堪えない背景楽曲としてである。だから奏者としても誰として黙ることはない。自分の下手さ加減を誤魔化すために口をトークボックスに変える。問題なのは、そのトークボックスの多くが壊れているということだ。ルカリオ・リンの向かいに座っていたチャオブー・ラーネスという若者の口もその例に漏れなかった。
    「やっぱり、ここのボロネーゼはマズいんだよな。というか、全部マズい」
     表情という表情もなく、料理でも冷ますような目でそう言った。その言葉はルカリオが食べていたミートドリアまで冷ましてしまいそうだった。染み一つない、まっさらなクロスを敷いた丸テーブルに二匹は座っていた。ルカリオはドリアを喉に押し込むと、しかめた顔を右にずらした。一枚張りのガラス窓から、ひっきりなしに往来するトルネード通りが見えた。向こう側の二車線から、ハガネールが馬車に混じってこちらに向かってきていた。全長十メートルもあるその鉄蛇は鎌首を出来る限り高く持ち上げて、なるべく道幅を取り過ぎないように、あるいは虫やねずみといった小さき者をうっかり潰さないようにと必死の形相だった。首からは申し訳程度の赤いネクタイをぶら下げ、鼻先には小さな茶色いビジネスバッグを乗せ、それを落とすまいと強い寄り目になっていた。あと一週間だ。一週間でトリスタンに帰れる。ネクタイなんてしなくていいし、夜の冷たい土にも悩まされなくていい。あと少しだぞ、ステイル!頑張れ、ステイル!愚痴が垂れそうな時は思い出せ。私には家族がいる――ルカリオはその声が全て聞こえていた。彼以外には聞こえない声だった。同情するよ、とルカリオは言って、間をおいてからドリアを口にした。チャオブーは何のことだか分からないという顔をした。当然のことだが。

     その頃、《マルノームズ》に一匹のカビゴンが入ってきた。あまりに大きく作り過ぎた人形の容姿をしたその種族は、一見したところでは性別も年齢も分からない。糸のように閉じられた目と口は感情も読み取れない。分かるのは、それがただならぬ大飯喰らいで、運動が大嫌いで、昼寝が食事と同じくらい大好きで、そのせいで腹がどこまでも出っ張って、ルカリオと同様、この店の常連だということだけだった。カビゴンは迷うことなく、二匹の隣にある特大のテーブルにのしのしと歩いてきた。その一歩ずつが床をぴりぴりと揺らし、ルカリオの足裏をくすぐっていた。やあ、とカビゴンは右手を挙げてルカリオに挨拶した。ルカリオも全く同じように挨拶を返した。
    「珍しいね。新しいお友達?」とカビゴンはとぼけたように言った。
    「友達じゃないが、新しい知り合いだ。知り合って間もないよ」
     ふうん、と何の気もない返事だった。顔はルカリオの手元でまずそうにかき混ぜられたドリアに向かっていた。金刺繍が縁に施された蒼いチェックのネクタイを右手でいじりつつ、表情は微動だにしなかった。どこからともなく、小ざっぱりした顔立ちのキルリアが恭しそうにテーブルにやってきて、いつもの、とだけカビゴンに一言聞かされると、最初から答えが分かっていたように伝票を渡して去っていった。 「それじゃ、ボクはこれで」
     そう言って彼はバイキングの列に向かった。立ち上がった時にはテーブルが腹に押され、二十センチほど前にずれて耳障りな音を立てた。ラーネスは目を笑わせず、口が耳まで裂けた冷たい笑みを彼の背中に向けた。
    「カビゴンね。この店にぴったりじゃないか。あいつら、カビが生えようが、腐ってようが、何でも食っちまうんだぜ。寝ぼけてなんかいたら、自分の手とかベッドのシーツすら食うだろうよ」
    「今のは聞かなかったことにしよう」とルカリオは冷めたドリアに匙を置きながら言った。  「ああ見えて優れた一族だ。地頭も良いし、哲学にかけては、カビゴン哲学なんて分野を学科に広めるくらいだ。その気になれば凄まじい腕力も出せる。お前の一族よりもな。行動が極端に遅くて、気まぐれという以外は欠点がない。お前が馬鹿にしていい相手じゃない」
    「馬鹿になんてしてない。事実を述べているだけだ。たとえ馬鹿にしていても、あんたの当て擦りよりはずっと暖かみを持たせられる自信がある」
    「暖かみ以前に、お前は事実の一つを述べてもいない。それでよく文学部に行こうと思ったな」
    「人間考古学部だ」と噛みつくようにラーネスは言った。 「今時文学部なんて流行らない。これからはますます流行らなくなる。古臭い紙の束に囲まれるなんてこっちから願い下げだ」
    「その割には、時空と闇の探求なんか読んでるじゃないか」とルカリオは含み笑いを浮かべつつコーヒーカップを持った。 「しかも、自作の詩まで付け加えて。“友よ、愛しき友よ。あの尖塔から帰る時、君が私から去った時――”」
    「やめろ!」。テーブルを両手で叩き、朗読をかき消すように叫んだ。ほとんど悲鳴に近かった。恥じらいと怒りで目は燃えるように血走っていた。 「正気かよ、お前!」
    「お前じゃない」とルカリオは微笑みを少しも崩さず、唸るように言った。 「口の利き方に気を付けろよ、小僧。お前がクライドの弟じゃなかったら、喉にお前の両足を突っ込んで奥歯で噛ませていたところだ。血が繋がらなかったら、お前の親父さんや兄貴だってそうするだろう。もっとも、今はそれさえしてもらえなくなっただろうがな。その内お前が風呂に入らなくなって、饐えた生ごみの臭いがしても何も言わなくなる。そうなったら俺も口を利いてやらん。恐らく誰も相手をすまい。それともカビゴンなら相手してくれるかもな。腐った肉でも食うんだろう?お前に言わせれば、だが」
     ラーネスの顔は暖炉よりも熱を帯びていた。扁平な豚鼻からは黒い煙が噴き出していた。実際に火の粉でも噴いていたのかもしれない。
    「どうだ、暖かみを感じる――事実だろう」
     そんな風に、生意気な男が小生意気な子供に真の生意気さが何たるかの手本を見せていると、カビゴンが銅鑼ほどの大皿に山のような料理を載せて帰ってきた。店のありとあらゆる料理が無造作に載せられていた。だがドリアだけは載っていなかった。総重量は二十キロほどだが、それでも彼にとってはお通しとさえ呼べる量ではない。
    「その子、クライド君に似てるね」、カビゴンは皿をテーブルに置いて、回り込んで壁際の石の椅子に座った。 「兄弟だったりして」
     他意もない口振りだったが、ラーネスのねじくれた怒りを買うにはお釣りがつく一言だった。この大きな子供がテーブルを立ち上がって、自分の友達の額で皿を叩き割るか、そうでなければ、身の程知らずな口を利く前に、ルカリオは予防のための仕事をしなければならなくなった。
    「そう見えることだろうが、実は違うんだ」とルカリオはカップを片手に立ち上がった。テーブルを左から回り込み、カビゴンの前の席についた。 「依頼者なんだよ、俺の」
    「納得だね」。カビゴンは爪だけが外に出た、つるつるした白い手袋を両手にはめていた。 「教育係といったところかな。しかも、ただ働きさせられているらしい」。彼はサラダを両手でつかみ、顔の半分を占める口に放り込んでばりばりと咀嚼した。一見して下品に見える食べ方だが、野菜の一欠けらも胸に落とすことなく、ドレッシングの液だれ一滴もテーブルに落ちなかった。
    「分かったよ、デビッド。俺の負けだ」。ルカリオは諦めたような微笑みを、デビッドと呼ばれたカビゴンに向けた。そして、その微笑みをそのままそっくりチャオブーにも向けた。ただし声色は一オクターブだけ低くして。 「お前は帰れ。寄り道するなよ」
     やっとその言葉が聞けたと言わんばかりに、チャオブーはすぐに席を立った。大人達に冷たい目を向けると、まるで逃げるように店を後にした。だが、窓からは彼の帰る姿が見えることはなかった。
    「一筋縄ではいかないね」とカビゴン・デビッドは言った。 「でも、あれならまだ立て直せると思うよ。ぎりぎりのところだけど」
    「ぎりぎりもいいところだ」。ルカリオはコーヒーを飲み下した。 「何から手を付けて良いか分からない」
    「心は読んだのかい?」
    「読んだが、こっちまで負け犬になりそうだった。あるいは負け豚というべきか。ああいう弱い手合いの面倒を見たことは一度もないんだよ。こう見えて俺は褒めて伸ばす主義なんだが、褒めるところが何一つないからお手上げだ。何かにつけても、兄貴はこうだったから、とか、兄貴ならこうしただろうが、とか、日がな一日そればかり考えている。その癖、それを指摘されると――」。ルカリオは残りの言葉を宙に浮かせた。 「コーヒーを取りに行っても?」
    「もちろん。ああ、ボクのも頼むよ。砂糖とホイップクリームをたっぷりと入れた、ラヴィアーナ風で」

     ルカリオがコーヒーを二杯作って戻ってきた時、カビゴンの皿は綺麗に片付いていた。液面がホイップで覆われた方をカビゴンの前に置いて、何も入っていない方を啜りながら席に着いた。
    「さっきの続きだけどね」と出し抜けにカビゴンが言った。 「ところで、君には兄弟が?」
    「たくさんいたよ。俺は八男四女の末っ子だったらしい」
     カビゴンはルカリオの言い方に訳を知り、少しの間深く考えた後、 「次男のことは覚えてる?」と聞いた。
    「どうだかな」とルカリオはなみなみと注がれたコーヒーを左手に持ち、液面を見つめながら言った。 「あくの強い家庭で育ってね。俺達は、両親を両親とも、兄弟を兄弟とも思っていなかった。いつもお互いを出し抜こうとして、いつも最後にはしくじっていた。だが強いて言うなら、うちの次男は善悪の分別がつかない男だったよ。強さと美しさを感じられるなら、何にでもそそられた。その気になれば宝石にだって欲情した。言いたいことは分かるよ、デビッド。次男というのは大概、自由奔放な長男が親に怒られる姿を見ながら育ち、良くも悪くも周りの目を気にしがちになる、とな。その点であの坊やは過剰なくらいだ。あまりにも兄貴の背中を意識し過ぎている。殺したいくらい憎んでいるのに、頬にキスしたいくらい崇拝してもいる。俺はそういうひねくれた感情は分からないし、処方なんてしてやれない」
     それを聞いて、カビゴンは二十秒ほど黙っていた。
    「気の毒に」とカビゴンはようやく口にした。 「何かにつけて自分を表現する機会がなかったんだろうね、彼は」
     ルカリオは首を小さく振ってコーヒーを一口啜った。
    「強い光ほど濃い影を落とすものだよ、リン。クライド君は優秀だ。僕から見ても、世間から見ても、彼の家庭から見てもね。重要なのは、影は周囲の目から見えないということだ。見ないようにしていると言い替えてもいい。影の中の当事者でさえ目を背けるくらいだ。その方が生きていく上でずっと楽だからね。彼は今、お兄さんが敷いた金のレールから外れようと必死なんだよ」
    「純金のレールってわけでもないだろう」とルカリオは言った。 「もしそうなら、あいつは本部長候補の一匹になれたし、築五十五年の事務所で寝泊まりしてもいなかった。誰にでも雌伏の時期はある」
    「それが彼にとっても辛いのさ」とカビゴンは視線を下に傾けた。俯くとまではいかない。 「君の言う通り、崇拝の念があるとしたらね」
     カビゴン・デビッドはいつだって穏和な口振りだった。だが今は、滅多に見開かない右目から鋭い光が差していた。
    「もしそうなら、あいつはどこまでも卑屈な奴だ」と言って、ルカリオは立ち上がった。 「見下げ果てるほどにな。まあ、勉強にはなったよ。励まされもした。何かにつけて兄貴を言い訳に使う理由も分かった。コーヒー代くらいは奢らせてくれよ。授業料だと思って」
    「ありがたいが、気持ちだけにしておくよ」とカビゴンは言った。目の光はもう消えていた。 「君にもいい機会じゃないか。君は冷徹で、潔癖で、時々感傷的に過ぎる。強くもなく、美しくもない物を愛する気持ちは、欠片ほどでも持っておいて損はない。世の中の九割九分九厘は、そういう石ころのような物で出来ているからね」
    「きっと無理だろうが、やるだけやってみよう」とルカリオは去り際に言った。皮肉っぽい笑みが口元にふわりと浮かんでいた。 「俺は次男と同じ名前だった。俺達だけは間違いなく兄弟だったよ」


      [No.4171] また君と燃える火 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/01/10(Sun) 23:30:01     23clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



    僕には名前はなかった。

    でも僕には、呼ばれていた名前があった。

    『イグサ』

    それが、前の僕の名前。
    今の僕は、その名前を借りている。


    呼ばれていたのは、僕なのには変わりないのだけど、前の僕は今の僕と違う姿をしていた。

    今の僕は、子供だった。
    前の僕は、マグマラシだった。

    僕には、前世の僕という珍しい記憶があった。


    ■ □ ■


    人の子として生を受けた僕は、物心つくころから前世の記憶とやらに気づいていた。
    ただ、その記憶の僕と現実の僕の姿が違うことに、当時はとても戸惑っていた。
    前世のマグマラシのイグサは炎とともにあり、炎を操っていた。
    人間の僕が何度も何度も口や背中から炎を出そうと這いつくばって試すも、出ない。
    今となっては当たり前の事実も、その当時の僕は受け入れられないでいた。

    馬鹿だなあ、ニンゲンが炎をあやつれる訳ないだろ。と、青い炎を操るランプラー、ローレンスは呆れた。
    ローレンスの言っていることはなんとなくわかった。これも、前世がポケモンだった影響だろうか?

    僕の育ての親であり、ローレンスのパートナーの女性ミラベルは、僕の話を聞いてはいつも困った笑顔でこういった。

    「本来、記憶は引き継がれないものなのだけどね、君は、前のイグサの記憶が魂に強く刻まれて、焼き付きすぎてしまっていたのかもね」

    ……刻まれ、焼き付いた記憶。その言葉に僕は、親しみを覚えていた。
    火を噴く練習は、頻度こそ減ったけど、その当時の僕はなんだかとても――

    ――とても燃え上がりたい気分になっていた。

    僕の心はぼうぼうと燃え上がる炎を共にあった。


    ■ □ ■


    ミラベルとローレンスは、亡くなった人やポケモンの魂を送る仕事をしていた。
    皆は、真っ黒な装いの彼らを「死神」と呼んだ。僕も将来、そう呼ばれるのだろうかと思ったら、何だか少しだけ不思議な気持ちになった。
    僕はミラベルに養ってもらう代わりに彼女らの仕事の手伝いをしていた。

    何人も何体も見送った。
    魂をあちら側に連れていくときにローレンスが発する青い炎を、僕はよくまじまじと見ていた。
    それは、少なからず命と魂を燃やした火だったからだ。

    いや、命とか魂とかだけではくくれない、その燃える何かが僕は好きだった。

    僕はいつも寝る前にイグサの記憶を辿っていた。
    イグサはいつも燃やしていた。自分が生きるために燃やしていた。
    食べるために、逃げるために、戦うために、生きるために。ありとあらゆるものを燃やしていた。
    その中には当然、生き物も含まれていた。
    イグサは、生きるためなら命を奪えるやつだった。
    そして、そのことに罪の意識とか覚えるわけでもなかった。
    それがイグサにとっては普通のことであったからだ。

    イグサには、一日一日を生き延びるために、今の僕のように考えている余裕がなかった。
    ミラベルとローレンスに守られた僕と比べて、イグサはたったひとりで生きていかなきゃいけなかった。だから、良いも悪いも、考える前に次の食べ物を探す方が大事だった。

    でも、必死に生きていたイグサにも、イグサなりの考え方があった。

    生きるために、不必要なものや無抵抗のものまでは燃やそうとはしていなかった。
    それから、本当の意味で生きる。ということに憧れを抱いていた。
    つまり、イグサは自分を燃え上がらせたかったみたいだった。

    ――――だけどそれらが今の僕には、ひどく他人事のように見えていた……。


    ■ □ ■


    すべての前世のイグサの記憶を思い出した僕は、ミラベルとローレンスを呼んだ。

    「ミラベル」
    「なあに、イグサ」

    ずっと、考え続けていることをミラベルに打ち明ける。

    「僕は、誰なのだろう」
    「……前世のあなたのことで悩んでいるの?」
    「そうだ。僕は、今の僕は果たしてこの記憶の持ち主のイグサでいいのだろうか」
    「君はどう思うの」
    「僕は」

    しどろもどろに言葉を紡ぐ優しく見守ってくれるミラベル。だいぶとりとめのない言葉が散らばっていく。でも、その中から導き出される今の僕の答えは、こうだった。

    「前世の、過去の僕が他人に見えるんだ。本当にこれは僕だったのかって、疑問を覚えるんだ。でも、胸のずっと奥に感じていたこの何かは、ぼうぼうと熱い何かは今の僕にも感じられるものなんだ。でも僕は……昔の僕にはなれない。そう思うんだ」
    「そうだね。私も昔の私になれって言われても難しいかな。少なくとも、見え方や考え方まで、そのまま戻れるわけじゃないしね」
    「でも、今の僕は昔のイグサを見捨てる気にもなれない」
    「そんな気はしていた」

    見透かされていたか。
    彼女はいつもの困った笑みを見せる。僕に対して聞きあぐねているようでもあった。
    聞いてもいいよと促すと、彼女は真剣な眼差しで僕に聞いた。

    「君はずいぶんと前世のイグサにご執心のようだね。でも今のイグサと前世の彼との関係は薄いと思うよ。ないと言ってもいいかもしれない。キミにはイグサを見捨てるという選択肢もあったはずだよ。それでもキミには譲れない何かがあるようだね。それは……何?」

    本当に、お見通しだね。気持ちいいくらいの指摘に、失礼だけど思わず微笑んでしまう。
    わずかにむくれるミラベルに、僕は白状した。

    「シトリー、だ」
    「……その子は、誰?」
    「前世の、マグマラシの僕が最後に出逢った、そして残してきた大事な相手」

    今の僕にもあいつの笑った顔が今でも脳裏に焼き付いていた。
    不思議なことだけれども、過去のイグサは他人のように見えていても、シトリーだけは他人とは思えなかった。
    それから僕が今までミラベルに語っていなかったイグサの思い出を語り始めた。

    「シトリーとは、地獄の中で出会ったんだ」


    ■ □ ■


    辿っていった記憶の最後の方で、イグサは地獄に落ちていた。
    正確には、地獄のような場所に連れてこられていた。
    人の都合でポケモン同士を殺し合わせ戦い合わせるためだけの場所。
    実験場と言われていたそこで、イグサは生き残れずに力尽きた。

    その力尽きる直前のわずかなひと時。地獄の中でイグサと、僕と一緒に居てくれた相手がいた。
    そいつの名前は『シトリー』。なんか“シトりん”と呼んでくれと言われていたが、僕は一言もその愛称で呼ぶことはなかった。

    シトリーはメタモンだった。メタモンの中でも人によって変身能力のとても高いように改造されたポケモンだった。シトリーに性別らしきものはない。シトリーは両方の性別を持っている。シトリーのことを彼とも彼女とも呼ばないのは、呼べないのはそこからきている。

    初対面の頃のシトリーとは戦う相手だった。けど少し技を交えるとシトリーは僕と戦うことをやめ、僕と一緒に居ると面白そうだと付きまとってきた。
    その時僕に話を合わせただけかもしれないけど、シトリーも燃え上がりたいという欲求を持っていた。あと、つまらない死に方は、一人ぼっちは嫌だとも言っていたっけ。
    僕はそんなシトリーに、僕の燃え上がる様を見ていてくれと頼んでいた。
    今にして思えば、ひどいお願いだったとは思う。

    実はマグマラシの頃の僕の両親。その母親も、メタモンだった。でも親同士寄り添いあうだけで僕を無視したトラウマもあり、その時のイグサはメタモンが大嫌いだった。
    それでもシトリーのことは、嫌いじゃなかった。
    話していくうちに惹かれていって。
    どちらかと言えば、最後は好きだった。
    もっと一緒に生きたかった。
    でも現実はそれを許してはくれなくて。
    僕は先に燃え尽きてしまった。

    「シトリーは僕の願いを聞き届けてくれた。でも僕はシトリーの願いを叶えられなかった。そのうえ一方的に願いを重ねた」
    「“ボクはまだキミと生きていたかった”ってシトリーは願ってくれた。でも僕は、イグサは、一方的に……」
    「……シトリーに生きてくれと願ってしまった」
    「もし今もシトリーが生きているのだとしたら。僕は。イグサは」
    「迎えに行って責任を取らなければいけない」
    「そんな気がするんだ。だからミラベル、ローレンス……」

    ぼうぼうと、燃えていたものが、イグサの気持ちが僕と重なる。
    僕はマグマラシではない。前世の僕にはなれない。
    僕とイグサはどこまでも他人かもしれない。仮にシトリーが生きていたとしても、前世の記憶があるって伝えてもろくなことにならないかもしれない。

    でも、だけど、
    目蓋を閉じれば蘇るその姿を、様々な思いを込めて、思い起こして。
    僕は、イグサになることを決めた。

    何かが、燃え上がる。

    その体温はいつまでも脳裏に焼き付いて。
    (シトリー。僕はまだ燃え尽きてなんかいない。たとえマグマラシじゃなくっても、僕の心にはずっと僕と君が生きている)
    その言葉はいつまでも脳裏に焼き付いて。
    (シトリー。君と一緒に居たのはほんのわずかだったかもしれない。でも君は僕と一緒に居てくれた。僕の心を燃え上がらせてくれた)
    その笑顔はいつまでも脳裏に焼き付いて。
    (シトリー。僕はイグサとして、君を見つけるよ。僕が僕として生きることで、僕と君はまた一緒に在れる。僕の魂を、君のそばに)
    その願いはいつまでも脳裏に焼き付いて。
    (シトリー。今度は僕の番だ。僕が君の願いを叶える番だ。イグサとして、僕は――――君と伴にありたい)

    いつまでも。
    だから、お願いだ。

    「一度死んでいる身が使うのは卑怯な、一生に一度のお願いだ」

    そういうと、ミラベルとローレンスは、とても困った笑みを浮かべた。

    「シトリーを迎えに行かせてくれ」

    幼い僕でもわかっていた……本来は、タブーなのだろう、と。
    でも彼女たちは、ダメとは言わないでくれた。

    「迷子の魂を送り届けるのは、私たちのお仕事だから。ね、ローレンス?」

    しらを切るミラベルにローレンスは「仕方がないな、仕事だからな」と青い炎をぼうぼうと燃やしながら笑った。


    ■ □ ■


    それから数週間後。ミラベルとローレンスに案内された先で僕は予想外の再会をした。
    ミラベルは黙って、ローレンスもじっと、僕らを見ていた。

    「…………」

    開いた口が塞がらない。
    僕の目の前には、マグマラシとメタモンのふたりがいた。

    マグマラシが僕からメタモンを庇うように立ちふさがる。背中の炎をごう、と燃やし威嚇をしてくる。
    マグマラシをたしなめるメタモン。メタモンに気を遣うマグマラシ。
    まるで前世の僕らそっくりだった。
    僕は、歩み寄る。
    僕は、名乗る。

    「僕はイグサ。君みたいなタイプは、嫌いじゃないさ」

    そして僕はメタモンに自己紹介をして……火傷を恐れずマグマラシを抱きしめた。
    炎こそ熱かったけどマグマラシの体はどこかひんやりとしていた。

    「おいおい、新しい連れと仲良くやっているなんて僕がつまらないよ。どうせそのメタモンの名前、シトリーなんだろ、“シトりん”?」

    マグマラシが目を見開く。それからマグマラシは、“シトりん”らしく泣き笑いをした。
    それから、驚きながら僕の名前を呼んだ気がした。

    「人間に生まれ変わってしまったんだ。君たちポケモンの言葉を理解できるように頑張るよ」

    シトりんは首を横に振る。それから。懐かしい声色で。
    喋った。

    「それ、は、ボク、が、がんばる。このくらい、できる、さ」
    「凄いな。シトりん」
    「いぐさ、ほど、じゃない」

    そういうとシトりんはメタモンの姿に戻り、泣きじゃくった。
    もう片方のメタモンのシトリーも、僕は抱きかかえた。

    「寂しかったよ。これからはみんなで一緒に、面白く生きよう」

    温かく燃え上がる何かは、ひんやりとした体温に溶けていく。
    そして僕らは、再び生を共に歩んだ。

    僕の命は、まだ燃え続けている。
    君と一緒に、燃え続けている。




    あとがき

    昔リレー小説で絡んでいただいたシトりんとそのキャラ主のぺーくるさんに捧ぐ、蛇足です。スネイクテイル。お貸しいただきありがとうございました。
    イグサくんとシトりんをまた描きたいと思ったとき、こういった形でないと、ふたりが、みんながともに歩むことは難しいだろうなというギリギリのコーナーを曲がるがごとくの所業をさせていただきました。

    とりあえず、これからよろしく。シトリー。これからもよろしく。シトりん、イグサ君。


      [No.4170] ジラーチアンドピッグ 03錆びた家族 投稿者:水上雄一   投稿日:2021/01/10(Sun) 17:21:21     23clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     その日の朝、ヴェスパオールには雪が降った。十二月十三日。実に十五年ぶりの雪だった。
     エレザード・フィリパ・マルクスは赤いカウチの背もたれに両手をついて、窓越しに空を見上げた。灰色の空からは冬の羽が降りていた。 「お母さん、雪だよ!僕、初めて見たよ!」
     ふいに声がして横を見た。誰もいなかった。それは頭の中の声だった。ビリーはもういない。もういないと思うと、泣き叫びたくてたまらなくなった。前に声が聞こえたときは目に付く物全てに当たり散らした。
     ビリーのことは好きだった。今でも好きだ。だが、ビリーは大人になってから変わってしまった。口もろくに利かず、事あるごとに軽蔑の目で見てきた。
     大嫌いだ、と言われた日のことはよく覚えていない。気が付けば、床に仰向けになって、フライパンの縁をかじりながら、横倒しになったテーブルの下敷きになっていた。その日から、ビリーは二度と帰ってこなかった。
     フィリパは近所からの評判が良くなかった。兄弟姉妹とは疎遠だったし、友達と呼べる友達もいなかった。何よりも夫との仲がすこぶる悪かった。フィリパにとって、ビリーは自分の全てだった。取るに足らない生涯の最高傑作だったのだ。
     いつものように、寝たきりの夫のところへ朝食を運んだとき、最初は寝ているものとばかり思っていた。夫は全身の鱗が白く凍って死んでいた。悲しさは欠片ほども湧いて来なかった。救急隊も呼ばなかった。フィリパの頭の中には、いつでもビリーしかなかった。母を愛してくれる息子しか。

     * * *

     雪は四日に渡って降りしきった。積雪量は六十七ミリを突破し、実に百二十八年ぶりの記録更新となった。
     その日、エンブオーは三十歳を迎えた。祝ってくれる者は誰としていなかった。だがそれをさして気にしてもいなかった。彼自身、今日が誕生日だったことをすっかり忘れてしまっていた。十年前までは毎年のように食べたヒメリとカイスのフルーツケーキもどこへやら、何の実入りのない記念日と化していた。
     シリアル・ブロウ以来、ルカリオは一度も事務所に顔を出さなかった。裁判所とモーテルを行き来するだけで三週間なんてあっという間だった、と彼は後になって話した。その間も事務所は静寂の内に眠り続け、預金残高にも寒さが立ち込めるようになっていた。
     エンブオーはブランデーを垂らしたコーヒーを片手に、デスクでオーベムの手紙を見返していた。事件が終わってすぐ、オーベム・レンフリーは請求書入りの封筒と手紙を寄こしてきた。内容は次の通りだ。



       請求書の額に目を見開いたお前の顔がありありと浮かぶ。文句の一つを言い始める前に、どうか俺の話を聞いて欲しい。ブラッキー・ベイル・アストリーの問題は俺が片付けておいた。あいつはなかなかの曲者だ。煙のないところに煙をたたせ、煙から火をおこして大火事にするタイプだ。本格的な訴訟沙汰になれば、この額の二十倍は掛かっただろう。もっと掛かったかもしれない。裁判の準備にも追われて、お前の首が回らなくなることは目に見えていた。ルカリオ・リンの面倒を最後まで見ることも忘れていない。この件について、恩着せがましくするつもりもない。お前はいい奴だ。出来ることなら、ただでも手を貸してやりたかったのが本音のところだ。
       だが、俺も俺とて慈善事業で弁護士をやっているわけじゃない。お前にもプロになって欲しいんだ。説教に聞こえたら我慢して聞いてもらいたい。事実、これは説教だからだ。
       第一に、裁判が終わったら、リンのような札付きのくずとは手を切れ。元はといえば、奴が今回の騒動を引き起こしたんだ。そうだろう?ヴィツィオに喧嘩を吹っ掛けるような奴は、この先も同じような面倒事を起こすことになる。お前に面倒をかけ続け、悪びれもせず、なけなしの月給をお前の預金からふんだくっていく。そんな真似を許すためにレックスフォードを卒業したわけじゃないだろう?お前の才能はもっと社会に還元させるべきだし、正当に評価されるべきだ。
       第二に、夢よりも金を優先することだ。今のお前は依頼を選り好みしている場合じゃない。そういう贅沢は十分に稼いでからやることだ。事実、お前は何でも屋だ。もしくは、それに極めて近い業態にある。一口に夢といっても、生き別れた親に会わせて欲しいと泣き縋るチルットから、夫を奪ったブリムオンに復讐したがる大富豪のアマージョまで、いろいろな夢がお前の胸を借りようとするのだろう。これが極端な例だとしても、今のお前はチルットを取って、アマージョを蹴るはずだ。だが、夢を叶えた先で何が起きるか分からないのが世の常というものだ。チルットがチルタリスと無事会えたところで、また離れ離れになるかもしれない。復讐を果たしたアマージョの心に磨きが掛かり、もっといい男と結ばれるかもしれない。そうは言っても、とお前は否定するだろうがね。下手に肩入れしないで、もっと気楽にやってもいいんじゃないか?それがプロというものだ。
       少し長く書きすぎた。今回はこの辺にしておくよ。また二匹で一緒に飲みに行こう。



     エンブオーは手紙を封筒に仕舞って、一番上の引き出しに入れた。全く考えがまとまらず、二週間前の朝刊に目を通した。
     “シリアル・ブロウ 被疑者死亡――正体はヴィツィオ・ユニオンの末端構成員”
     記事にジャラランガのことは一切書かれていなかった。最初に逮捕されたルカリオの名前さえ出ていなかった。マニューラ・ジュン・ライは、ツンベアー製氷の倉庫に隠れていたところを警察隊に襲撃され、激しい抵抗の末に頭部を強く打ち付けて死亡した。倉庫内には犠牲者から剥ぎ取られた遺体の一部が発見され、彼の犯行を裏付ける決定的な証拠となった――何もかもが戯言だったが、世間はこの戯言を信じきっていた。彼らにとってヴィツィオ・ユニオンは、モノーマにおけるアウレリウス剣王なのだ。凶悪な殺しも、株価の急落も、ウイルス性の風邪の流行も、ヴィツィオの仕業だと彼らは言う。何なら雪が降り積もったのもヴィツィオのせいにする。いつの時代も、民衆は仕事帰りに糞を投げつけるための絵を常に必要としている。
     ふいに誰かが階段を登って来る気配があった。大家のはずはなかった。四日前に夫が亡くなって、彼女はその後始末に追われている。葬式に参列してもいいと言ったが、きっぱりと断られた。その足音は二足歩行で、細い脚をしていた。
     玄関が上品にノックされた。エンブオーは新聞をデスクに置いて、扉の方に向かった。
     扉を開けると、竜革の黒い長靴を履いて、クリーム色のマフラーを整然と首に巻いた女が立っていた。ミミロップ・アイリーンだった。
    「お邪魔してもよろしかったかしら、刑事さん」
     ミミロップの右手には、立方二十センチの白い紙箱がぶら下がっていた。そこからホイップクリームの甘い匂いが漂っていた。
     エンブオーは何も言わずに彼女を中に入れた。彼女は長靴を玄関で脱ぐと、しゃがみ込んで、軒先で靴を振るって雪を払い落とした。
    「ここに来ない方が良かったのでは?あなたの父上は、私を恨んでいたと記憶していますが」
    「とんでもない」と彼女は言った。 「感謝していましたよ。私が本当に無傷だったと知って」
     その頃、エンブオーは移動式の薪ストーブにあと三本だけ焚き木を放っていた。入れた瞬間から橙色の炎は盛りを増して、ばちばちと小気味いい音を立てた。煉瓦造りの部屋は決して寒くなかった。これが藁や小枝の部屋なら話は変わっていた。青い二足歩行の狼がやって来ても、何の心配もなく出迎えられる。
     ミミロップを来客用のソファに座らせると、エンブオーはその向かいに座った。ミミロップは畳んだマフラーを脇に置いて、白い箱をテーブルに置いて差し出した。
    「今日が誕生日だと聞いたもので」とミミロップは言った。
    「誰にです?」
    「父にですよ」と彼女は微笑んだ。 「あなたは潜入捜査官だったと」
    エンブオーは両手をテーブルの上で組むと、視線を床の寄木張りに落とした。 「昔の話です」
    「当時、私達には接点がありませんでした。ですが曲がりなりにも、あなたもファミリーの一員だったことに変わりはありません。ああ、悪く取らないで下さいね。ご存知の通り、私達の世界は狭く限定されています。狭い世界では、仲間同士の絆を確かめ合わずには生きていけないのです」
    「まるで田舎のようにね」。エンブオーはうらぶれた微笑みを返した。
     ミミロップはくすっと鼻を鳴らして言った。 「そんな意地悪にならないで下さい。もう昔の話は持ち出しませんから」
     彼女は箱を開けるように言った。エンブオーが開けると、太い蝋燭が上面に三本刺さったショートケーキが出てきた。上面の外周にはイチゴとブルーベリーが散りばめられ、中の層にはカットされたモモンとマゴが敷き詰められていた。匂いだけでもくらくらしそうなケーキだった。その後、男女は静かに誕生日を祝った。蝋燭の灯をつけて、すぐに消した。上物のブランデーを一本開け、それでエッグノッグも作り、二匹で黙々とケーキを平らげた。三十歳の誕生日会はこうしてひっそりと、なおかつ優しく過ぎていった。
     その後、エレザード・フィリパが事務所を訪ねてきたのは、ミミロップが帰ってから二時間後、午後五時半のことだった。

    「お願いします。息子のビリーを探して欲しいのです」
     そのエレザードの老婆は黒いサテンのぴたっとした手袋をはめて、尻尾の先には蝶柄の入った黒いリボンを巻いていた。彼女は赤無地の大きな紙袋をソファの下に置いていたが、中身は予想もつかなかった。普段の居丈高な雰囲気は微塵にも感じなかった。声には張りと潤いがあったし、目の奥には光があった。だが、その光の色は病的な何かを感じさせ、エンブオーにただならぬ警戒心を抱かせた。
    「話が見えないのですが、大家さん」。脇から淹れたてた紅茶を差し出しながら、エンブオーは言った。 「何もこの時節でなくても良いでしょう。エレデノさんの葬儀を済ませてからお考えになられては?」
    「それだと遅いの」とエレザードはか細く鳴くように言った。 「あたしももう長くないから」
     エンブオーはますます困惑した。元々引き受ける気もなかったので、こう切り出した。 「だいたい、その類の仕事は引き受けられないんですよ。よく似たようなことを頼まれているので、あなたにも全く同じことを言います。いいですか。行方不明者の捜索は、警察と探偵の領分です。私は警官でもないし、探偵でもない」
    「警官だったこともあるのでしょう?」
    「話をそらさないで下さい。私は引き受けたくないのではなくて、引き受けられないのです。本当に今どうしてもというなら、知り合いの探偵事務所に話を回せますが」
    「あなたでなくてはいけないのよ」とエレザードは辛抱強く言った。辛抱強くなるだけ、礼儀正しさのメッキは剥がれていった。 「その警察や探偵に、あたしが相談しなかったとでも思う?しましたよ。でも、全然役に立たなかったの。彼ら、口を揃えてこう言ったわ。『探しましたが、お気の毒様です』。何がお気の毒様よ。自分の無能さを棚に上げて、金まで取っていくなんて」。エレザードは話をそこで止めて、エンブオーを睨んだ。 「葉巻は今必要なの?」
    「申し訳ありません、そろそろ必要に感じたもので」。そう言って、エンブオーは葉巻をケースに仕舞った。 「私もその程度の無能ですよ。この通りね」
     そこでエレザードは突然微笑んだ。 「あなたは違う。本物のエリートだものね」
     エンブオーには単純なお世辞に聞こえなかった。これまでの彼女の言葉が全て彼女自身の内奥にも向けられているように、エリートという言葉を自分に言い聞かせているように聞こえた。
    「それに、こういう言い換えをしたらどうなるかしら」。目の光を強めて彼女は言った。 「ビリーはあたしの夢なの。夢という言葉で収まらないくらい、あの子は私に意味を与えてくれるの。あなたは夢を叶えるんでしょう?断る理由はないはずよ」
     そう言って、彼女は紙袋をテーブルの上に置いた。置いたときに、袋の中で紙束が擦れる音がした。想像する暇もなく、彼女は袋を引っ張り倒して、ペラップ・マルコランの顔をテーブルにぶちまけた。
    「五百万よ」と彼女は言った。 「ビリーを連れ帰ってくれたらね」
     そのときにようやく、エンブオーはエレザード・フィリパの目の輝きの正体を知った。ビリーが逃げ出したのもうなずける。彼女は劣等感の塊だった。ついでにビリーがどのように育てられたのかも想像がついた。自由などは尻の毛一本ほどにもなく、着せ替え人形のようにして育てられたのだろう。決して珍しい親子関係ではないが、最も不幸な親子関係の一つだ。甘い毒の親なのだ。仮に息子を首尾よく見つけたとしても、彼はこの母親の元には断固として戻るつもりがないだろう。そのことを彼女に伝えても理解出来るとは思えない。後に続くのは泥沼の争いだけだ。離婚紛争と本質を同じにする、一番関わってはいけない依頼だった。
    「貴意には添いかねますが」。エンブオーがそう言い始めたとき、エンブオーの襟巻がばちばちと音を立てて開くのが見えた。そして 彼女はそれ以上先を言わせなかった。
    「受けなければ、ここを引き払ってもらうから」と彼女は言った。いつもの居丈高な老女に戻っていた。 「このビルを売るわ」。喧嘩を売ったも同然の一言だったが、彼女はそれに気付いていないようだった。
    「脅迫しているつもりなら、この話は終わりです。あなたの夫や息子さんはそれで言うことを聞いたのでしょうがね。なめないでいただきたい」
     エンブオーは自分でもそう言ったと思った。しかし、その時の意識の半分はオーベムの手紙の一節に向けられていたし、実際に口は動いていなかった。声色も全く違っていた。玄関からは冷気が漂っていた。ルカリオが立っていた。黒いレインコートを着て、片開きの扉にもたれ掛かり、左手が上に来るように腕を組み、くの字に曲げた左足の裏を扉に付けていた。
    「あんたは!」とエレザードが叫んだ。発狂したと表現しても良かったかもしれない。 「こっちに来ないで!この悪魔!ルカリオのクズ!」
    「もっと練れた表現に直していただけますか?考える時間を一分だけ差し上げますので」
    「出て行ってよ!」
    「どうやら五分は必要らしい」。ルカリオは左足を床につけた。それと同時にエレザードの襟巻から白い電撃が延びて、レインコートの胸から下をずたずたに切り裂いた。そこからダークブルーのベストが現れた。クレッシェンド14の新モデルだった。
    「ダンスホールでローキックとカクテルといきましょうか?」。まんじりともせず、老婆を射竦めて言った。その穏やかで低い声の響きに、老婆の襟巻はたちまち萎んだ。
     エンブオーは立ち上がると、ルカリオの方に歩いて言った。 「なあ、一旦出直してきてくれないか。ヒルトップのソルナズで何か食ってろ。別に食わなくてもいい。後で迎えに行く」
    「ここでも俺は嫌われ者か?」
    「ふてくされるなよ」とエンブオーは言った。しゃがみ込んで、レインコートの破片を拾いながら続けた。 「来るタイミングを間違えただけだ」
     ルカリオはエレザードの顔を見た。拒絶するあまり、心が地球の裏側まで逃げた顔をしていた。別に殴ったりしたわけではないが、きつく言い過ぎた日もあったかもしれない。もちろん、きつく言ったのもわざとだが、それなりの理由があってのことだった。
    「ビリーは戻ってきませんよ、マダム。もっと自分のために生きた方がいい。それならクライドも喜んで手を貸すでしょう」
     黙れ、という簡潔で表現豊かな答えが返ってきた。ルカリオは破れたレインコートをエンブオーに脱いで渡すと、雪の降る海岸に戻っていった。積雪量は現在も更新中だった。

     * * *

     《ソルロックズ&ルナトーンズ》は午後六時にしては珍しく盛況で、空席はカウンターに一つしかなかった。どよどよした喧騒が低い天井に反射して、ルカリオもその勢いに乗せられて、バナナスプリットとソーセージプレートを平らげると、今はブレンドコーヒーで落ち着いたところだった。
     ルカリオはダイナーの奥まったテーブル席に座っていた。カーテンのない大きな窓からは無数の黒い足跡で覆われたアーケード通りが見えたが、ほとんど誰も歩いていなかった。食事のついでに見たものといえば、溶岩ハンバーグの屋台を引くバクーダとか、ハーモニカなしで吹き語りするペラップとか、その程度のものだ。むしろ、もっと早くから中の様子に注目すべきだった。
     ルカリオはダイナーの入り口から見て、右奥のテーブル席のうち、二番目に奥のテーブルに一匹で座っていた。玄関が見える、奥に近い方のソファに座っていた。
    一番奥のテーブルはマフォクシーの親子連れがいた。ルカリオと背中合わせに座っていた父親は、赤いチェックのハンチング帽を耳の間に申し訳程度に置いて、下に置けばいいものを、わざわざ念動力で固定していた。父親は口達者だったが、舌と心がしょっちゅう一致しなかった。料理が遅い、このうすのろ野郎と苛立ちながら、いざプレートが運ばれてくる度に、わざわざお礼をウェイターに言っていた。父親のはす向かいには母親がいた。小ぶりで綺麗な目をした奥さんだった。彼女は夫とほぼ正反対の性質だった。つまり、無口で、口下手で、仏頂面だったのだが、家族のことを裏も表もなく愛していた。二匹の子供達は姿が見えなかったが、姉のテールナーと、弟のフォッコだった。今日は姉の誕生日だったらしく、親からのプレゼントをしこたま貰う姿が弟の不興を買ったようだった。彼らがここに来たのはそれが理由で、ステーキが食べたいという弟の提案があったかららしい。テールナーが父に話す声に、ルカリオは包装した絵本をミミロップに渡さなければならないことを思い出した。
     ルカリオから見て奥のテーブルでは、サンドパンとガメノデスがロイヤリティの割り振りとかで長いこと話し合っていたが、今では大した興味も引かない愚痴を漏らしていた。サンドパンは雑誌編集者で、原稿が遅れている小説家のマネージャーに対して小言を漏らす度に、尖ったトサカの先端がルカリオの頭の左上でふらふらと揺れていた。
    「でも、先生は書けないものは書けないって言うんです。締め切りに急かされて出来たものなんて、世間様に見せられるようなクオリティではないって。どうにも出来かねますよ」
    「だからってね、こっちもキャップに我慢の限界だって言われてるんだ。次の締め切りに間に合わなかったら、社長が直々に現場に出て来るんだぞ。そうなったら、締め切りどころの騒ぎじゃ済まないよ」
    「先輩、ねえ、今日は研ぎましょう。雪と同じでね、どうにもならないんですよ、もう」
    「まったくその通り」
     二匹はさっさと勘定を済ませて、ダイナーとは筋向かいの 《ペルシアンズ・サロン》 に入っていった。エンブオーが短くなった葉巻を咥えてやってきたのは、その二匹が店に入った直後のことだった。眉間には深い皺が寄っていた。控えめに言っても、ご機嫌には見えなかった。
    「断ったのか?」。エンブオーが向かいの席に着くなり、ルカリオは前置きもなく始めた。
    「保留にした。何とかな」
    エンブオーは蝶ネクタイを締めたユンゲラーに簡単な手の動きで合図を送った。右の爪を折り曲げ、次に左を折った。それを見たユンゲラーはさっさと厨房に戻っていった。
    「意外だな」とルカリオは茶革のつるつるした背もたれに倒れ込んだ。 「あのババアがどんな教育を息子にしたか知っているか?」
    「知らないが予想はつく。愛想を尽かされて当然だ」
    「それなら、これは合理的な判断じゃないな。お前の性格的、経験的な意味での合理性という意味だが」
    「いいや、合理的だよ。経済的という意味でな」。エンブオーは目を細め、棘のある声で言った。
     ルカリオはやる気もなく回るシーリングファンを見上げた。 「今頃気付いたのか?もっと仕事を手広くやるべきだったと」
    「同じことを言われたよ。俺達の弁護士先生にもな」。エンブオーは葉巻をアルミの灰皿に押し付けた。
    「何をかりかりしてる?」。青い男はファンをぼうっと見上げたままで言った。 「お前の周りには問題児ばかりしかいなくて、いよいよ付き合い切れなくなったとか」
    「ああ、その問題児は仕事が荒っぽいことで有名でね」とエンブオーは両手をテーブルに伏せて、その筋張った微笑みをルカリオにぐいと近づけた。 「四方八方の恨みを買いながら、心当たりがありすぎるとタフぶってみせる問題児だ。一個中隊の戦力に匹敵する、第一級種族の手練れを真正面から一撃で倒す問題児だ。そいつは誰彼構わず泣かせ、怒らせ、こき下ろし、挙句には三日月の欠け方一つとっても化け猫の微笑みとあざけってみせるんだよ。自分のことを世界一強くて、賢くて、それをもったいぶってから見せることで最も恰好がつくと信じて止まず、普段は斜に構えたコメントを一つや二つ社会のポートレートに添えていれば、誰もそいつに文句を言わない。それが奴の持つ唯一の伝達手段であり、愛情表現であり、文化的遺伝子なんだ。貢献もなく、感銘もなく、宙に浮いて見下した冷笑。これが奴の全てだ。それはもう刺激的で、非常識で、退屈しない仲間だよ。いっそのこと伝記でも書くべきじゃないかね。それかエッセイでもいい。『寂しがる仮面』ってタイトルでな」
     エンブオーの語勢が強まるにつれて、ルカリオのくすくす笑いにも色がついて大きくなった。
    「怒った方が愉快じゃないか、クライド。週に一度は怒るべきだ」。ルカリオは本当に笑っていた。両目を細め、口元に義手を添え、身体を上下に揺らして喜んでいた。こんなに笑った姿はエンブオーも初めて見た。恐らくはミミロップも見たことがないに違いない。
    「もう笑うな!」
    「なあ、怒って面白くなるなんて才能だぞ。俺が怒るところを見たいか?百匹中百匹がしん、となる」
    「こんなことで笑うのはお前だけだよ」
     ユンゲラーがサラダボウルと直径十五センチのモッツァレラピザを宙に浮かせて持ってきた。念動力で浮遊した料理を受け取ると、エンブオーはフォークを右手にサラダをちびちびと食い始めた。
    「正当防衛は認められなかった」とルカリオは姿勢を正して言った。 「その気になれば、ごろつきの囲いから逃げ出すことも出来たと連中は言った。拳を下げて話し合うことも出来ただろう、とな。実際にそんな余地はなかった。だからそれなりに手加減して、誰も死なないようにしたんだ。そんなことは碩学たる法律家の面々にはどうでもいいらしい。ディニアは弱者に優しい国だ。だが、金を持っていない弱者にはつらく当たる。つまり金持ちの弱者には天国みたいなところさ。その反面、俺達のような金のない、腕っ節と脳みそばかりある奴にはこれっぽっちも報いてくれないのさ」
    「金のない奴がクレッシェンド14の袖なしを着るわけだ」。エンブオーはまずそうなサラダを噛んだ声で言った。
    「貰ったんだ、アイリーンに」
    「じゃあ、黒檀一式の家具も買ってもらったんだな。あの偉そうなオフィスチェアも」
    「そっちは自分で買ったよ」
    「クラブ帰りの金持ち弱者を揺さぶってか?」
     ルカリオはふんと鼻を鳴らした。 「オーケー、クライド。何か言いたいことがあるなら、ここで白黒はっきりさせてもらおう。遠回しな比喩もなしでな」。そう言って腕を組み、茶革のシートにふんぞり返った。
     エンブオーはフォークをボウルの縁に立てかけた。窓際に置いたマトマ・ホットスペシャルの隣にあるティッシュ箱から三枚取ると、それで口を拭った。 「お前は本当にでたらめな奴だ」。下あごの太い牙も拭きながらこう続けた。 「俺の稼ぎがそんなに良くないということは、お前の稼ぎはもっと悪い。そうだろう?副業でもしてないとあんな高級品には手が届かない。それか金持ち女のヒモでもないとな」
    「羨ましいのか、クライド?」。ルカリオは茶化すように口を挟んだ。
     エンブオーは牙を拭く手を止めて上目遣いで睨んだ。 「いいや、ちっとも」。新しいティッシュを取り、それで使用済みを丸め込んで灰皿に置いた。 「芝居はよせよ、ヒース・ハード。心を読むことに掛けては、俺はお前にも負けない自信がある。嘘をつかれた時は特にな。その気になれば、俺はいつでも意地の悪い警官に戻れるんだ」
    「その気になれば」。ルカリオはおうむ返しの言葉をのろのろしたシーリングファンに巻き込ませていた。
    「いいだろう」。エンブオーは料理をやや乱暴に左脇に退けた。 「昔話をしよう。三週間前のことだ」
    「そんな昔のことを?」とルカリオは笑った。
     エンブオーは背筋を伸ばし、店の中と窓の外を見渡すと、またぞろ座って小声で話し始めた。
    「ジャラランガは奇妙な遺言を残した。“違う。セヴは呼ばれた”。“雨に出会い、連れて来られた”。一体、彼は誰に呼ばれて――連れて来られたんだ?彼がここに来たのは偶然じゃなかったし、俺も予想はしていた。お前に濡れ衣を着せるのがジャラランガでなければならない理由があったはずだ」
    「推理なら自分を相手にやってくれないか、探偵さん。眠くなってきたよ。推理物は昔から好きになれない」
     あるいは、とエンブオーは茶々をかき消すように言った。 「狙われた奴らに他の理由があったとかな。お前を含め、腕利きの戦士だったことを除いて」。そう聞いたルカリオの目に、鈍い光が浮かんだのをエンブオーは見逃さなかった。 「あの哀れな戦士は往生するはずだった。望み通り、お前の手に掛かり、心置きなくな。だが、彼は自責の中で死んでいった。俺にはそう見えた。誰の目にも明らかだった。お前は彼に何と言った?“お前は知っていて、あいつらを――”」
    「要はこう言いたいのか?俺がエンペルトやガブリアスとかと知り合いだったと」。ルカリオの目は相変わらず薄ら笑みを湛えていた。 「全ては仮説でしかない。今となっては」
    「否定しないんだな」
    「否定したところで答えは同じになる。貧弱な仮説だからだ、クライド。哀れなほどに貧弱だ」
     ルカリオは視線を窓の外にやると、ひどく長い溜息をついた。その後で冷めて固くなったピザを手繰り寄せた。 「警官はみな同じだ」。ナイフで小麦色の円盤を切り分けながら言った。 「連中の言葉は言いがかりに始まり、言いがかりに終わるんだ。そこにはある種の哀愁も漂っている。あの時こうすればああすれば、そんなことばかり考えて、ちっとも行動しない。正義感があろうがなかろうが、結局は義務でしか動けないんだ。もっと自分の言葉で話せよ。さっきの問題児の演説のようにな。そうすれば無駄な議論をせずに済む。そういう言葉遊びは生煮えのシチューのように不完全で、愚かしく、素材と技術の浪費でしかない」
     ルカリオはマトマ・ホットスペシャルの瓶を取ると、四分の一に切り分けたピザに十滴以上は振り掛けていた。なおも振り続けながら、こう言った。
    「カメックス・アデロは本部の風紀課に昇進だそうだ。かねてからの希望だったらしい。あいつは嫌な奴だし、大して頭脳明晰でもないが、自分の言葉で話す警官だ。結局、そういう奴が社会でのし上がっていくのさ。あいつは大成するだろう。警部補から警部になり、部長から署長になり、署長から本部長になるだろう。そうして政財界に入って、きな臭いコネを背後にドリュウズみたいなゼネコン大手とシンクタンクを牛耳り、黒いカーテンの裏からディニアの大統領を選ぶようになるんだ。国民の血税で贖ったロマネ・アマージョを片手に、エース札と2の札しかないナインゲームでもしつつ、いとも簡単にな」
    「掛け過ぎだ」。エンブオーが指摘したときには、モッツァレラチーズが燃えるような赤に染まっていた。
    「これくらいしないと食った気がしなくてね」。ルカリオの大口はたやすくクォーター・ピザを丸呑みしてしまった。 「そっちの気は済んだか?」
    「まあな」。エンブオーもピザを口に取った。先端三センチを前歯でかじり、残りを新しい陶器の白い小皿に置いた。
    「それで、受けることにしたのか?」
    エンブオーは窓に映る自分の顔を見て言った。 「いいや」
    「それなら引っ越しの準備を始めないとな」。ルカリオは席を立った。 「お前もモーテルに来るか?」
    「やめておく。あそこの布団に潜ると喘息になりそうだ」
    「少しくらい汚い方が身体も丈夫になるがね。だいたい、葉巻を吸っているような奴は喘息なんかにならない」
    「豚は綺麗好きなんだ。知らなかっただろうがな」
    「もちろんそうだ」
     その後、ルカリオは五千リラ紙幣をユンゲラーに渡すと、釣りを受け取らずに店を出て行った。出る前に彼はこう言った。 「ハッピーバースデイ、エンブオー・クライド・フレアジス」

     店を出たその足で、ルカリオはセントラルグレイブのコールセンターに向かった。もう雪は止んでいた。突き刺すような空気に乗って、ホイッスルの高音がアーケードの南口から飛んできた。ルカリオはそちらへ向かった。
     突然の大雪に、ヴェスパオールの街は一日目に大いにはしゃぎ、四日目にしてうんざりしていた。昼間こそ、気象監視庁のポワルン達が“にほんばれ”で降雪を食い止めていたようだが、夜にもなればどうしようもなかった。しかも零下二度ともなれば、空道もがらがらに空いていた。有翼者達は熱々並々に張ったバスタブから出たくないのだ。地面に縛り付けられた者達だって同じことだ。
    アーケードを出てすぐのアグノム・ブルバールも例によって混沌としていた。二車線の道路。背高いシーヤの街路樹。ランタン型の橙色街灯。由緒ある白煉瓦のタウンハウス。タウンハウス一階の酒場のネオンサイン。それらをまとめて三十センチの雪が覆うと、元から混沌とした大通りが今では抽象絵画の様相を呈していた。
     ルカリオは通りを右折して三ブロック直進した。足元で踏み散らされた新雪は黒褐色のコンクリートをモザイク模様に変えていた。雪には色とりどりの毛や、得体の知れないごみくずも散っていたので、どちらかと言えばスクラップ芸術と言い表すべきだったかもしれない。住民のほとんどは裸足で、それでいて南国生まれの種族ばかりであり、翼がない者はみな店の軒下を潜るように移動していた。ルカリオもその一匹だった。ただし、彼の場合は足に見知らぬ誰かの毛がひっつくのを嫌ってのことだった。歩道と二車線の車道の間には“融雪注意”と手書きされたカードがコーンバーにぶら下がり、一対のパイロンに支えられていた。その注意書きは反対側にも置かれ、それらは道路の続く限りに延びて際限が見えなかった。
    「融雪隊、通ります!通りますから道を開けて下さい!」
     疲れと苛立ちを隠そうともしない声で、ブースター達が車道の中央で四方八方に炎を吐いていた。先頭の制帽つきがホイッスルを弾くように吹いては、十メートルもの熱線で道を切り拓いていた。結構な熱量だったので、ルカリオは融雪隊の足並みに揃えて暖を取った。だが十秒もすると、あまりの遅さに痺れを切らしてさっさと先に行ってしまった。

     年中無休のカフェにはいつでも誰かがいるものだ。二十五度の室温とコーヒーの需要が減ることは決してない。空の調子が多少狂っていたとしても。セントラルグレイブにあるコールセンターは、この 《パッチールズ》という全国チェーンのカフェの奥に併設されていた。カフェは一階にあり、テラス席はなく、二階と三階はこじんまりとしたアパートになっていた。壁が漆喰で覆われたアパートだ。入り口の前には赤杉の短い階段があり、手すりに観葉植物の鉢が下がっていたはずだが、今では姿を消していた。足跡だらけの階段を見れば、繁閑のほどは店に入るまでもなく判別した。ルカリオは左側の手すりにつかまると、そろそろとした足取りで一段ずつ昇っていった。
     赤杉の両開きを開けると、文字通り鼻の前で高級豆の香りが炸裂した。店内は申し分なく暖かく、至って静かだった。レコードからは、リトルバード・コメットの“清き雪”が客の会話を邪魔しない程度に流れていた。客もまた清く正しかった。馬鹿笑いもなく、食器を必要以上に鳴らす音もない。耳をすませば、豆を手で挽く音がカウンターの奥から聞こえるほどだった。あとは立ち読み出来る本棚があれば申し分ない。だが、いまだにその手の工夫を凝らしたカフェはヴェスパオールにもない。
     店内の左手奥、水洗トイレがある廊下の突き当たりにコールセンターはあった。コイルが一匹だけ狭い個室にいて、彼(あるいは彼女かもしれない)に通信先と連絡方法、おおよその通話時間を伝えてようやく電話が使える。普段は電話を使うために列が出来るのだが、ルカリオが来たときは誰もいなかった。
    「ラーファン州、ラルドシェードに伝言を残したい。十五秒くらいでいい」
    「五十リラニナリマス。少々オ待チクダサイ」
     コイルの声は高かった。よく分からないが、女かもしれないと思った。彼女は磁石のような腕をぐるぐると回転させて、机に置いた電話機に何かの信号音を送らせていた。その電話機には外線がなかった。
     待つ間、ルカリオは部屋を見回した。冗談抜きに狭い部屋だった。オフィス机と椅子一個ずつ置けるスペースしかなく、尻尾の付け根が扉に着きそうだった。こげ茶色の机の右奥に置いたソクノの鉢しか光源がなかった。壁も床も無垢杉の定尺張りで、天井は暗すぎてよく見えない。壁には小さなメモがセロテープで所狭しと貼られ、そこに連絡先と電話番号がこれまた小さく書かれていた。これでは虫眼鏡でも持って来ないと読めない。
    「オ待タセシマシタ」とコイルは言った。 「受話器ヲオ取リクダサイ」
     その電話機は机の中心にでんとして置いてあった。ラジオトロンのようにキーは一つもなく、送話器と受話器がそれぞれ分離している。使用者はコード付きの受話器を手に取り、ラッパのような見た目の送話器に向かって話すのである。
     ルカリオは受話器を取った。取った時にベルの音が静かに鳴った。 「ビリー、リンだ。親父さんが亡くなった。近いうちに電話で話したい。これを聞いたら、なるべく早く折り返してくれ。それじゃ」


      [No.4169] 未収載記録「母のオムライス」 投稿者:   《URL》   投稿日:2021/01/09(Sat) 19:52:45     63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:案件レポート】 【未収載記録

    田舎の冬はつくづく寒いと思っていたけれど、都会のそれは輪を掛けて体を冷やしていく。思わずコートに首をすぼめて、手を行儀悪くポケットへ突っ込むほどに。吹きすさぶビル風に体を震わせながら、心にも隙間風が吹いているのを感じていた。

    知っての通り、ポケモンセンターは日々大勢の人が利用する。それ自体はセンターが何処にあろうと変わらないけれど、首都のそれは他所に輪を掛けて利用者が多い。使う人が増えれば増えるほどシステムへの負荷も合わせて高まっていって、必然的にシステム障害の件数も増える。システム障害! 見るのも聞くのもうんざりする言葉だ、これが好きだって人やポケモンは絶対にいない、僕はそう断言していいとさえ思っている。今日もまた南東のセンターでディスク障害が起きて、後輩と一緒に協力会社のアイダさん――ベテランのエルフーンだ。この道二十年だとか聞いた。アイダさんと現場に駆け付ける羽目になった。片付いたのはつい一時間ほど前、当然ながら時間外勤務。残業時間がかさんで、身も心もクタクタだ。

    アイダさんがシステムの中に入って細かく見てくれてる間、僕と後輩は外から原因究明とフォローをしなきゃいけないわけで、当然食事になんて行けない。夕飯を完全に食べ損なって、すきっ腹を抱えたままトボトボ道を歩いている。どこかで簡単に済ませてもいいんじゃないか、頭でそう考えてても、チェーン店にはどうにも足が向かない。決まりきった味の物をずっと食べてると、なんだか自分の心まで何か決まったカタチに固定されそうな気がして。じゃあ家に帰って何か作るかっていうと、気力が底を突いててやる気になれない。何でもいいから食べたいのに、アレはダメだ、コレは良くない、そういう気持ちに流されながら、家の最寄り駅をうろついている。

    ポケットに突っ込んでいたスマホが揺れる。取り出して充電が残り24%になってるのを見ながら操作してみると、いつもの広告メールが来ていた。読まずに捨てる。その後下からせり上がってきたのが、二日前に母から来たメールで。

    「『今年は帰れそう?』……かぁ」

    気持ちは山々だ、年末年始くらい僕も地元へ帰りたい。けれど、今年も多分リリースの立ち合いがある。初回稼働も見届けなきゃいけない。この有様じゃ、逆さにしたって帰省するのは無理そうだ。首を力なく横に振る。「今年もダメそうだ」って返事を書かなきゃいけないって気持ちはあるけれど、残念がる母の様子を思うとなかなか言い出せない。遅くなればなるほど答え辛くなるというのに、一歩前に踏み出す勇気が持てない。

    またため息が出る。今の暮らしが辛いわけじゃないけれど、うまく行かないと思うことは数知れない。仕事にしても、私事にしても。ともかく今は夕飯が食べたい、どこか場所を探すことにしよう。明日もまた仕事で気は乗らないけれど、食べないことには何も始まらない。

    重い体を引きずりながら、僕は寒風吹きすさぶ駅前を歩いた。

     

    表通りを少しばかり歩いて路地裏を覗き込んでみると、煌々と明かりを灯す軒が見えた。はて、この筋に何か店はあったかな、不思議に思いながら入ってみる。すると、ずいぶん年季の入った食堂を見つけた。ショーウインドーのサンプルは少しばかり煤けていて、扉の向こうは擦りガラスでよく見えない。視線を上げてみると、古めかしい字体で

    「卵料理」

    と、白抜きで書かれた暖簾が見えた。

    卵料理を出す鄙びた食堂、僕はこの辺りを休みになるとよく散歩しているけれど、こんな店があったのは見たことがない。今僕のいる筋へ入った記憶もないけれど、食べ物屋はそれなりに調べて概ね一度は顔を出した自信がある。こんな食堂を目にしたなら、必ず冷やかしがてら食べに行くはずだ。ただ、ずいぶん昔からありそうな店だという雰囲気は間違いなくある。今まで見つけられなかったのがどうにも不思議でならない。

    なぜだろう、という気持ちはありつつも、暖簾の「卵料理」という言葉には強く惹かれた。お疲れ気味の胃に卵はもってこいだし、古くからあるお店なら味にも相応に期待が持てる。気取った風でもないから、立地はともかく親しみやすそうな感じがした。決めた、今日の夕飯はここで食べよう。僕は意を決して扉の取っ手を掴むと、おもむろに右へと引いた。

    ガタピシと少し立てつけの悪い扉を開けて入ってみると、そこには。

    「あらぁ、いらっしゃいませぇ」
    「どうも――おや?」

    中にいたのはハピナスが一人、それもかなりお歳を召した方のよう。戸を開けた僕に、少しばかり間延びした、けれど明瞭に聞き取れる声でもって挨拶をしてくれた。炊事場に立ってテキパキと皿洗いをしているのが見える。他の店員の姿は見当たらない、あのハピナスさん一人で切り盛りしているお店のようだ。店内は思った以上に年月を経ている様子が伺える、やっぱり随分昔からあったお店のようだ。少なくとも、僕が越してくる前からあったとしか思えない。

    ポケモンが経営しているお店というのは、特にここトウキョシティのような都会ではごく普通にあるものだ。最初は物珍しいと思っていたものでも、幾度も見かけていればそれが日常になる。そういうものだ、僕は軽くそう考えて、一番奥のカウンター席へ腰を下ろした。すぐに水とおしぼりを出してくれる。寒風にかじかんだ手を熱いおしぼりで暖めると、それだけでひと心地ついた気分になった。

    改めて中を見回してみる。僕以外のお客の姿は見当たらない、書き入れ時はとっくに過ぎているから当たり前か。年季が入っていて古びてはいるけれど清潔で、卓上調味料も丁寧に置かれている。壁には色褪せた旅行写真や、見事な水墨画の入った絵葉書、記念に残して行ったのだろう名刺やサインがいっぱいに飾られていた。見知った名前が無いか軽く眺めてみたものの、生憎それらしいものは見当たらない。

    さて、何を食べようか。折れ目が残ってよれよれになったお品書きを手に取って広げてみる。

    「卵焼き、出汁巻き卵、茹で卵サラダ、トマトの卵炒め、ほうれん草入りオムレツ、かに玉、卵と大根の醤油煮、卵どんぶりに卵チャーハン……」

    一目して分かる通り、どの料理にも必ず卵が入っている。卵料理、と書かれた暖簾は伊達じゃないってことみたいだ。どれも字面を見ているだけでおいしそうだ、きっと何を頼んでも満足できる気がしてくる。となると、却って何を頼もうか迷う。小鉢をいくつかというのもアリだし、主菜とご飯というのもありだ(ご飯とかき玉汁を合わせて五十円で付けられるらしい!)、なんならどんぶりでもいいな。お品書きの中であれこれ目移りしていると、ひとつ強く僕の目を惹く献立を見つけた。

    「オムライスのデミグラスソースがけ、かぁ」

    メニューに写真は付いていないにも関わらず、どんな料理なのかがぱっとすぐイメージできた。鮮やかなケチャップライスにとろとろの卵が被せられて、その上からじっくり煮詰めたデミグラスソースが掛けられる。他でもない僕の大好物だ、何度食べても飽きることのない、僕の中でいつまでも「ごちそう」の王様として燦然と輝く存在。

    他のメニューも気になるけど、今はこれが一番食べたい。決めよう、僕はお品書きを畳んで、カウンターの向こうでニコニコしながら立っているハピナスさんに声を掛けた。

    「すみません。このオムライスのデミグラスソースがけください」
    「はいはい、ありがとうございます。ちょいと待っててくださいねぇ」

    ハピナスさんが準備を始めた。出てくるまで時間がかかるだろうから、ちょっと一服することにした。

    思い浮かんだのはまず仕事のことだった。仕事そのものは僕に向いていると思うし、大した失敗もせずにここまでやって来れている。ただ、少しばかり仕事量が多くて、おちおち休みも取れないことは率直に言って辛い。辞めたいとまで思うわけではないにしろ、ゆっくり休みたいと思うことはしょっちゅうある。今日もこうして遅くまで仕事に追われていたわけで、疲弊している部分があるのは否定できない。

    次に浮かんできたのは――母親の顔だった。一昨年に父を亡くして、今は独りで暮らしている。不定期に電話を掛けて無事を確かめてはいるものの、やっぱり顔を合わせて様子を見たいという気持ちは強い。機械には疎くて僕のしている仕事がどのようなものかはあまり分かっていないようだけれど、身を案じてくれているのは確かだ。年明けをともに迎えたい、その気持ちは確かにある。だけど仕事は抜けられそうにない、ジレンマは募るばかりだ。

    母親のメールにどう返したものだろう、物思いに耽っていると、カウンターの前にどんと大きなお皿が置かれた。ふっと顔を上げてみると、調理を終えたばかりのハピナスさんが福々しい顔をして僕を見ていた。

    「はぁい。オムライスのデミグラスソースがけ、おまちどおさま」

    置かれた皿を見て――思わず僕は目をまん丸くした。

    半熟のとろりとした卵、隙間から覗く橙色のケチャップライス、濃厚な色合いのデミグラスソース。何から何まで、一から十まで、母が作っていたものと瓜二つだ。そっくりそのままと言っても構わない、記憶の中にある料理そのものだった。何度も目を擦って確かめてみても、眼前にあるオムライスの様子は微塵も変わらない。僕はずいぶん久方ぶりに、自分の目を疑うということをせざるを得なかった。

    誰が作っても同じような見てくれになるんじゃないか、一瞬そう考えかけて、この間入った洋食屋で頼んだ同じ品はまるっきり印象の違うものだったことを思い出す。味は悪くなかったけれど少し格式ばった味のするオムライスで、母親の作る賑やかな味付けのそれとは異なるものだった。今僕の、卵料理を出すという食堂の席に着いている僕の目の前にあるオムライスは、何度見直しても母が作ったものと同じにしか見えなかった。

    スプーンを持つ手が少し震えた。中身はどうなっているだろうか、味まで同じものだろうか。大ぶりにすくって、ほんの少し躊躇う気持ちを抑え込んで、口へスプーンを滑り込ませた。

    (同じだ。まったく同じ味がする)

    見た目だけでは済まなかった。ケチャップライスに少し強めに効いた胡椒、ほんのり塩の味のする卵、玉葱を大きく切ってハヤシライス風にしたソース。かつて食べたオムライスのデミグラスソース掛けと少しも違わない味がして、僕は驚くやら旨いやらで、言葉がひとつも出てこなかった。

    母がよく作ってくれたものと同じ味がする、これはそうそうあることじゃない。同じレシピや材料で料理を作っても、出来上がりは人によって大きく異なるのが当たり前だからだ。ましてや僕の母親とこのハピナスさんは、住んでいるところも違えば種族だって違う。こうも同じになるものなのか、僕は首をかしげながらも、口にしている料理は紛れもなく母の味で、夢中になって食べ進めた。

    半分ほど食べたところで再び顔を上げてみると、ハピナスさんが相変わらず丸い顔で笑っていた。見ているとこっちも心が落ち着いてくる顔つきだ。誰かに見られていると食事に集中できない性質だけど、このハピナスさんからはそうしたものを感じない。ちらりと周りを見ると、やはり僕以外に来ている客はいない、誰かが来そうな気配も感じられない。軽く話すくらいなら迷惑にならないだろう、僕はまだほんのり温かいおしぼりで軽く口元を拭って、ハピナスさんに声を掛けた。

    「おかみさん。この食堂、いつ頃からやってるんです」
    「そうですねぇ、もう六十年は下らないかしらねぇ。昔は別の場所でもやっていたんですよ」
    「六十年、ですか。それはまたずいぶんと長い間」
    「えぇ、えぇ。おかげさまで、何とかやらせていただいております」

    ハピナスさんはニコニコしながら、「これ、いかがです」とゆで卵の入ったサラダを出してくれた。「こちらのお代は要りませんから」そう言って薦めてくれるので、僕はお言葉に甘えてそれもいただくことにした。トマト、きゅうり、レタス、それからゆで卵が丸々ひとつ入ったサラダは、できたてのオムライスで熱くなった口の中をほどよく冷ましてくれて、これまたずいぶん旨いものだった。

    どうしてサービスしてくれたんです、僕はハピナスさんにそう訊ねた。

    「昔っからの性分で、来てくださった方にはみんなお腹いっぱいになってもらいたくって」
    「はい」
    「えぇ。私が店を始めた頃は皆さん食べる物に困って、いつもお腹を空かせてらしたものだから、不憫で不憫で」
    「そうだったんですか」
    「家で同じものを食べたいという人には、こしらえ方を教えたりもしていまして」

    僕が生まれるよりも前、母が子供だった時分には、食うに困った人が多く出たと聞いたことがある。ハピナスさんがこの卵料理専門の食堂を始めたのは、まさにそんな時代の中だったんだな、僕は思いを馳せる。卵は栄養豊富で、手を加えればさまざまな料理になる。貧しかった頃にはご馳走だったに違いない。ハピナスさんはそんな卵をふんだんに使って、こうして食堂を営んでいるということみたいだ。

    注文したオムライスも、サービスでもらったサラダも、空腹と寒さと疲れで弱り切っていた身体には甘露のように沁みた。どちらも綺麗に平らげて、僕は心身ともに充実したのを実感する。これで明日も働けそうだ、また面倒な障害報告や事後調査があると頭では分かっているのに大したこととは感じられず、なんだか面白いくらいにやる気が満ちてくる思いだった。ハピナスの卵は食べると幸せになれると言うけれど、どうも本当にそういう効力があるらしい。

    「ごちそうさまでした」
    「はぁい。ありがとうございました」

    空にした食器とコップをカウンターへ上げて、代金を支払う準備をする。ハピナスさんは「四百八十円です」と教えてくれた。僕が満足できるくらいたっぷり分量があって、味もあの通り抜群なのだから、破格と言っていい値段だった。これでサラダまでおまけしてもらったわけで、僕は却って恐縮したくらいだ。それでもハピナスさんは僕の渡した千円札にきっちり五百二十円のお釣りを返して、額面通りのお金以外は決して受け取ろうとしなかった。

    すっかり満足したところで店から出ようと、木造りの椅子をギイと引いて立ち上がった時のことだった。

    「あのう、お若い人」
    「ハピナスさん」

    両手を合わせたハピナスさんが、僕に声を掛けてきて。

    「私は長くこの食堂をやって来ましたけれども、寄る年波には敵いませんで」
    「そうすると、ここを畳む日のことをぽつりぽつりと考えるようになりまして」
    「今日ここにあると思ったものが、明日もそこに変わらずあるとは限らんのです」
    「どうか、心残りが無いよう、毎日を幸せに生きてくださいねぇ」

    そう言って、深々と一礼したのだった。

     

    ハピナスさんに見送られながら店を出る。外は相変わらず冷たい風が吹き荒れていたけれど、懐かしい味のする温かいオムライスを食べたおかげだろうか、体の芯はポカポカしているように思われてならなかった。

    十歩ほど歩いて表通りに出たところで、もう一度食堂の軒を見ておこうと考えた僕は、何の気なしに振り返った。

    「あれ」

    そこには「テナント募集」の札が貼られた空き家があるばかりで、食堂は影も形も見当たらない。踵を返して仔細を確かめてみる。中に入っていた店が撤退してからかなり時間が経っているようで、風雨に晒されて薄汚れたシャッターが固く下ろされている。辺りには打ち捨てられた空き缶や紙くずが散らかり、長い間手が入っていないことが簡単に見て取れた。

    もちろん、あのハピナスさんの姿も見当たらなかった。

    常識ではあり得ないことが目の前で起きたというのに、僕の心は不思議なくらい落ち着いていた。理由は分からないけれど、あのハピナスさんの食堂がこうして僕の目の前から消えてしまうことが、自然の理のように感じられてならなかった。僕があの店へ入って、オムライスを注文して、ハピナスさんと話をする。そこまですべて、俗に言う神様のような大きな存在に導かれて、僕に何かを伝えようとしたのだろう、そう僕には思えた。

    (心残りが無いように、毎日を幸せに生きてほしい、か)

    ハピナスさんの言葉が胸に沁みる。脳裏に浮かんだのは、地元で独り暮らす母の顔だった。今は元気でも、ちょっとしたことで倒れてもおかしくない歳だ。明日も健康でピンピンしているとは限らない、元気なうちに顔を見せておきたい。奥底で燻っていた気持ちが、はっきりと大きな火になるのを感じ取る。

    母の作ってくれたオムライスの味を思い出す。きっと母もあのオムライスを食べて、おいしさに惚れ込んで作り方を聞いたのだろう。それを今も憶えていて、子供の僕にも振る舞ってくれた、そう思えてならなかった。あるいはハピナスさんも、もしかすると母の顔を憶えていて、顔立ちの似ていた僕を見て何か思う処があったのかも知れない。あの口ぶりは何か知っている風にも見えた。そうだとしたら、僕はハピナスさんに感謝しなきゃならない。忘れかけていたことを思いださせてくれたわけだから。

    遠く離れた故郷に思いを馳せる。自分の帰りを独り待っている母の顔がしきりに浮かんで、懐かしさで胸がいっぱいになった。年越しは無理でも、年が明ければ少し時間ができるはず。そう伝えれば、母も喜んでくれるはずだ。もう何度会えるかも分からない、元気なうちに顔を合わせて、できる限りの親孝行をしたい。帰郷への渇望が、胸に満ちてくるのを感じるばかりだ。

    「よし、帰ろう」

    明日早速、会社に連続休暇の申請を出そう。僕はそう心に決めて、家路を急いだ。

     

    今はもうここにいないハピナスさんに、迷っていた背中を押してもらった――そんな気持ちだった。


      [No.4168] (再)#111854 タマゴ料理専門店 投稿者:   《URL》   投稿日:2021/01/09(Sat) 19:51:21     23clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #111854

    Subject Name:
    タマゴ料理専門店

    Registration Date:
    2005-06-12 12:40:00

    Precaution Level:
    Level 2


    Handling Instructions:
    店舗#111854に関する情報、特に出現した地点に関する情報を収集してください。これまでに観測された出現地点は、地図-111854-1に記録されています。情報収集に際しては、特に電子掲示板の書き込みや飲食店のレビューサイトにおける評価コメントなどを積極的に記録してください。店舗#111854が供するサービスについては、これまでのところ観測された事例について強い一貫性が見られます。

    店舗#111854を運営しているスタッフと思われる、参考人#111854へのヒアリングを試みてください。現時点では局員によるヒアリングは一度しか実施できておらず、参考人#111854に関する情報が不足している状態です。店舗#111854に進入することができた局員は参考人#111854へのヒアリングを実施し、店舗#111854並びに参考人#111854に関する正確な情報を収集するよう務めてください。

    店舗#111854で提供される食品に関しては、現時点では顕著な異常性が見られないため、本案件の取扱対象外となっています。何らかの特異性が確認された場合、この手順については変更される可能性があります。


    Subject Details:
    案件#111854は、不定期かつ位置を変えて出現する料理店(店舗#111854)及びそのスタッフ(参考人#111854)、及びそれらに係る一連の案件です。

    店舗#111854の存在を当局が確認したもっとも古い時期は、1996年7月21日になります。当時ホウエン地方ヒワマキシティ第四支局に勤務していた局員が、「廃屋に前兆なしに料理店が出現した」という事案について日報に記載していました。日報に記載された料理店は翌日には消失したため、本件は単発の事案として管理対象外となっていました。その後も、カントー地方ニビシティ、シンオウ地方フタバタウン、ジョウト地方ヒワダタウンでほぼ同一の事象が発生しましたが、発生地点と時期の開きのため、これらが相互に関連付けられることはありませんでした。2005年4月までに行われた未解決事案の一斉監査に伴い、「突如出現しその後消滅する料理店」という事案が各地で発生していることが発覚、案件立ち上げが決定されました。

    店舗#111854は、主に放棄された建築物を乗っ取る形で出現する未知の料理店です。乗っ取られる建築物は、かつて何らかの店舗であったものが多く観測されていますが、家主が不在となった一軒家や、中断された工事現場に放置されたプレハブ小屋が対象となったケースも複数存在しています。稀な事例として、集合住宅に存在し長らく使用されていなかった集会所が乗っ取られたケースが確認されています。店舗#111854が乗っ取ることが可能な建築物の範囲は不明ですが、現時点では集合住宅の一室やオフィスビルのテナントが対象となった事例は確認されていません。また、廃校となった学校等の規模の大きな建築物が対象となった事例も未確認です。

    店舗#111854の内部構造は元の建築物の形状を保っていますが、内装は常に一定の様式に作り替えられます。一般に「古びた大衆食堂」と形容されるもので、異なる所在の店舗#111854に複数回訪れたという市民からのヒアリングでも、出現地点に依らず内装のイメージは常に一貫しているとの証言が得られました。店舗#111854の内装は出現と同時に再構成されるようで、出現直後に入店した市民は店舗内部で内装工事などは行われていなかったと証言しています。

    店舗#111854は一般的な大衆食堂をモチーフとしていますが、サービスとして供される料理が卵料理、または卵を使用した料理で一貫している点に特徴があります。これまでの調査で確認されたメニューの抜粋を以下に示します:

    ・だし巻き玉子
    ・温泉卵
    ・卵どんぶり
    ・ゆで卵のサラダ
    ・あんかけ卵チャーハン
    ・卵かけご飯セット
    ・ほうれん草入りオムレツ
    ・オムライスのデミグラスソースかけ
    ・卵ともやしの炒め物
    ・卵かけご飯カレー

    卵が含まれないメニューはこれまでに確認されておらず、すべての料理には明確に卵が使用されています。

    店舗#111854にはスタッフが一人おり、スタッフ#111854に分類されています。スタッフ#111854は携帯獣の「ハピナス」と一致する外見をしており、少なくとも日本語を話すことが可能です。スタッフ#111854の発話は非常に流暢であり、一般的な高齢女性と遜色ない会話ができることが分かっています。店舗#111854にはスタッフ#111854以外の人員は存在せず、スタッフ#111854が店舗#111854におけるすべての業務を担当しているようです。

    以下は、2003年10月下旬、休暇中の局員が偶然店舗#111854へ入店した際の会話を、局員の証言から再構成したものです。局員は店舗#111854について知識を持たず、単にハピナスが経営している風変わりな食堂としてしか認識していなかった点に留意してください:

    ---------

    局員A:
    卵ともやしの炒め物をセットで。

    スタッフ#111854:
    はーい。ご飯は大盛りにします?

    局員A:
    並でお願いします。

    スタッフ#111854:
    はい、どうもね。ちょっと待ってくださいね。

    局員A:
    ハピナスのおばちゃん。このお店、一人でやってるんですか?

    スタッフ#111854:
    そうなんですよねぇ。昔は旦那がいたんだけど、先立たれちゃって。

    局員A:
    ああ、そういうことなんですか。

    スタッフ#111854:
    いいタマゴを産んでくれてたんだけど、歳には勝てないもんですねぇ。

    局員A:
    卵料理を出してるのは、そういう理由があって。

    スタッフ#111854:
    ええ、ええ。タマゴは栄養があっておいしい、皆さんにそう言ってもらえて、私も大分長くやらせてもらってます。

    局員A:
    食堂を開いて、もうずいぶん長くになるんです?

    スタッフ#111854:
    はい。おかげさまで。食べる物の少ない頃、もう五十年か、六十年くらい前になりますかねえ。その頃は、もっとあっちこっちでお店を開いて、たくさんお客さんに来てもらってました。

    局員A:
    そんな昔からやってるんですね。他の場所でも食堂を?

    スタッフ#111854:
    はい、どこでもね、こんな風にタマゴの料理を出してました。

    局員A:
    食べるものに困る人のために、食堂を開かれてたんですね。

    スタッフ#111854:
    ええ。やっぱりねえ、お腹を空かせた人を見てると、放っておけなくって。けども、最近は食べる物がないってこともなくなって、私がいなくても、みんなお腹いっぱい食べられるようになりました。

    局員A:
    確かに――。

    スタッフ#111854:
    ほんのちょっとだけね、寂しいと思うこともあるんですけども、けれどもね、私みたいなのが暇になるって、いいことなんですよ。

    スタッフ#111854:
    ああ、お客さん。きくらげともやし、多めに入れます? サービスできますよ。

    -----------

    店舗#111854が出現する条件、及び次の場所へ転移する条件は分かっていません。スタッフ#111854が何らかの異常能力を持っている可能性が示唆されていますが、立証されたものではありません。

    店舗#111854で提供される食品については、材料として必ずラッキーまたはハピナスの食用卵が一つ以上使用されている点を除いて特異な点は見られません。ラッキーまたはハピナスの食用卵は一般的な食材として使用されていることを鑑みて、本案件の管理対象外とされました。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.4167] 未収載記録「65回目のセッション」 投稿者:   《URL》   投稿日:2021/01/03(Sun) 19:31:09     48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:案件レポート】 【未収載記録

    「……はっ」

    ふと目が覚める。あれ、ここどこだっけ? てか私何してたっけ? 寝ぼけてるせいでちっとも回らない頭をのっそり起こして、ぼやける視界で辺りを見る。寝起きだからってこんなにぼやーっとしてたっけ、そう思って右を見ると鏡があって、鏡の中の私はおでこに眼鏡を乗っけてて。って、ぼやけてるのこのせいじゃん! すごいマヌケな顔してるし! 慌てて元の位置へ戻した。とほほ、思わず声が出ちゃう。情けない声。

    長い夢を見てたような気がする。どんな夢だったっけ、すぐに思い出せない。思い出そうとするとぽろぽろ崩れてく、風雨と日光に晒され続けた石像みたいに。あまりいい夢じゃなかったかも。辛い夢? たぶんそう。思い出せないのはいいことかもって思うくらいには。もっとキラキラしたいい夢見たいなあ、キラキラ。

    近くに置いてたスマホを手に取る。何か通知入ってるかな、そう思って見てみたら、やっぱりLINQにメッセージ。発信者を見てみたら、やっぱりマロンだった。ま、LINQでやり取りしてるのなんて一人しかいないし、確かめるまでもないんだけど。

    マロン、中一の時くらいからかなあ、ずっとつるんでる。もう十三年くらい? 知り合ったのチャットだったっけ、LINQも気の長いチャットみたいなものだからちっとも変わってない。こんなに長続きしてるカンケイって珍しいよね、他に誰もいないし。私と趣味がよく似てて、ざっくり言うとヲタ仲間。しょっちゅう揃ってイベントに顔出して、たまにサークル側で本売ったりして。どんな本? それは訊かないお約束。

    メッセージ見てみる。さっさと原稿上げたい、とかしょうもないやつだ。しょうもないピクチャでお返し。こういうゆるいやり取りっていいよね、肩の力抜いてさ。お互いチャットに入り浸ってた時はもうちょっとだけ堅苦しかったけど、今はこれくらいの調子がちょうどいい。

    年季の入ったマグカップの取っ手を掴む。夕方に淹れたコーヒーはとっくに冷め切ってたけど、構わず全部飲みほした。後で洗っとかなきゃ、そう思いながらテーブルの上へ戻す。ちょっと腰痛いな、ぐーっと伸びをした。窓の外を見てみると、ぽつぽつとしたビルの明かりの向こうに鬱蒼とした森が見える。今度散歩でも行こうかなぁ、フィールドワークだけじゃちょっと運動足りないだろうし。

    「仕事してたんだった」

    何言ってんだろ、って自分で思っちゃいそうな独り言が出た。そう、仕事中だったんだよ私。ワードで資料作りながら裏でエクセルの進捗管理表更新、みたいにして。残業して眠くなってちょっと目を閉じたらコレだもん。やっちゃったなあ、どうせなら家帰ってから寝た方がずっといいのに。

    仕事中ってことでパソコンは点けっぱなし、フロアにいるのはもちろん自分だけ。寝ちゃう前にはもう最後の人出てっちゃってたし、当たり前か。最近忙しくて帰るのが遅くなる日が増えちゃったんだよね。うちで相方が待ってるから早く出たいって気持ちはあるんだけど。あ、相方っていうのはニャスパーのリィズのことね、彼氏とか彼女じゃないよ。一応言っとくよ、一応。

    壁掛け時計を見ると、もうあと一時間ほどで日を跨ぎそうな時刻だ。明日休みだからって油断してたなあ、休みだからこそ早く帰った方がいいのについ居残っちゃう。仕事が好きとかそういうのじゃないんだけど、なんとなくアレもコレもってやっちゃう、みたいな。今やってる仕事、別に急ぎでも何でもないし、今日は今日のうちにサッサと帰っちゃおう。

    なんて、頭の中では考えてるのに、なんとなくスマホに手が伸びちゃう。んー、完全に癖になっちゃってる。ヒマさえあれば見てる気がするし。LINQから画面を切り替えてニュースアプリを立ち上げる。夕方からずっと見てなかったから全部新着だ、それでもって一番上に来てた記事は、というと。

    「……『カントー地方ハナダシティ近隣でバスの衝突事故、けが人多数』」

    セキチクで起きたバス事故を伝えていた。修学旅行中のバスだったみたいだ。

    意識しないうちにスマホを持つ手に少し力がこもる、背中をひやりと冷たいものが滑り降りていく。嫌な感触だ、とても嫌な感触。調査報告会で矛盾とか調査漏れを指摘されたときの感じに似てる。気が付くと親指がテキパキ動いてて、別のカテゴリへ移動してた。移動した先はネコポケモン特集の記事、ああ、これなら大丈夫、ほっと息をつく。やっぱりネコポケモンはいいよね、可愛い。ま、一番はうちのリィズだけど。

    右手の指先でネコポケモン特集の記事をページ送りしつつ、パソコンで勤怠管理システムを立ち上げる。帰る前にコレだけはちゃんと入れとかなきゃ。最近キビしくなってきたしね、労務管理ってやつ。居眠りしてた分は休憩時間にしてヘンに残業付かないようにしとかなきゃ。月末報告会でまた遅くなりそうだし、あとあと面倒くさいもん。

    ポータルから勤怠管理システムを立ち上げると同時に、新着メールの通知も上がってるのが見えた。新着って言っても長いことチェックしてないから、多分だいぶ前に届いてるはず。ちょっと考えてから通知のリンクをクリックした。ほら、未読のメールがあるって分かってる週末ってなんとなく嫌だし。中身の確認だけして、中身をちゃんと読むのは来週にしよう。大事なメールならフラグ立てときゃいいし。

    メールが新しいウィンドウで開いて、中身がばばばっと目に飛び込んでくる。差出人は統括部からで、送信時刻は一時間ちょっと前。こんな時間までお疲れさま。統括からの宛先指定メールって時点で、なんとなくどんな中身かは予想がついてて。

    「ふぇー、また新しいお仕事かぁ」

    思わず変なため息が出た。今でも十分忙しいのにまた追加とか、ため息しか出ないっしょ。まあしょうがない、かぁ。こういうとことだって分かってたし、センパイからも聞かされてたし。

    「しょうがないよね。案件管理局だし」

     



     

    眠い目をこすりながらコーヒー飲んでパソコンに向かう。昨日遅くまでマロンとわちゃわちゃ喋ってたのがいけないんだ、一緒に同じ映画観たりするとすーぐこうなるもんなぁ、面白いもの見たらいろいろ語りたくなっちゃうのはしょうがない。だからって夜ごはん食べてからもLINQで続きやって次の日までぶち抜いちゃう、ってのはやり過ぎだけど。午後からフィールドワークあるし、午前中に眠気覚まししとかなきゃ。

    田中来実。「くるみ」ってひらがなで書くとイメージがだいぶ変わるって言われる。それとよく「来見」とか「来海」と間違えられる。子供の頃はそーいうの嫌だし気にしてたけど、最近はそんなでもないかな、ちゃんと覚えてほしいけど。

    元々はカントーのニビシティに住んでて、三年前にここジョウト地方のコガネシティへ転勤になった。ニビは人の往来も多くない片田舎って感じの街で、周りを高い山に囲まれてたから、最初はコガネの都会っぷりにクラクラしちゃったっけ。けど、イベントに出やすくなったのはかなり嬉しい、コガネでしかやらないの多かったし。何より、マロンがここに住んでるってのが大きい。対面で話せるのはやっぱりいいよ、ホントそう思う。

    で、就職したのはここ案件管理局。元々フィールドワーカーとして採用されて、今は内勤と外勤が半々くらい。散歩好きで外歩きが得意です、って面接で言ったのが効いたって今でも思ってる。お月見山までちょっと散歩、みたいなノリでよく行ってたし、間違いじゃない。今は警戒レベル低めの案件を複数掛け持ちで担当してて、中には無力化を確認してクローズしたのもいくつかある。給料は悪くない方、少なくともお金に困ったことはないけど、「公務員を減らせ」って言う世間の声がちょっと痛い。胸がチクチクする。勘弁してほしい。

    大学の卒論でテーマに「時空間」を選んだからかな、その手の案件が回ってくることが結構ある。専門チームがシンオウの拠点にいて、その人たちとTV会議をする機会も少なくない。ただ、シンオウのチームはホンモノ、ガチの専門家の人たちが固まってて、どういう原理で動いてるのか分かんない発明品とか作ったりしてる。私でも分かるようなものだと、時間異常を起こしてる空間を正常化する「錨」とか。なんで錨なんですか? って聞いたら、「海に浮かぶ船を安定させるものだから」って返された。うーん、分かったような、分からないような。

    案件管理局で働こう、って決めてたのは結構前、高校入ったすぐぐらいには考えてたっけ。世界の謎について知りたい、みたいな気持ちがあって、その時ほどじゃないけど今もその思いは消えてない。実際、得体の知れない現象やオブジェクトはいくつも見られた。信じられないようなコトやモノ、それが自分の住んでる世界に存在してるってことに気付かされたのは一回や二回じゃ済まない。

    (まあそれ以上に、異常でもなんでもない平凡なお仕事の方が、ずーっと多いんだけど)

    決まりきった様式に過去分からコピペして「異常認められず」の報告書――市民の皆様から寄せられる通報ひとつひとつについて調べて、なんでもなかったらこういう報告書を残してるんだ、律儀なことに――を作る。こーいう山も谷もない仕事の方がよっぽど多い。ちっとも面白くないけど、そもそも面白い仕事なんてものの方がきっと少ないんだ、世の中っていうのは。

    むろん、ちゃんとした……物理法則なんかに反しまくってるって意味ではちゃんとしてないけど、明確に異常だって言える案件もある。私が担当してきたのはこんな感じ。

    案件番号#126973「超強力なんでもなおし!®」。警戒レベルは3。驚異製薬と名乗る要注意団体が全国の薬局・薬店にばら撒いた、液状の医薬品風オブジェクトだ。医薬品や食料品は普段担当しないんだけど、この案件は少し時間の要素が絡んでたこともあって、第四課の主担当をアシストする副担当として参加した。

    このオブジェクトの性質を端的に言うと、「あらゆる欠損を修復する」「断片から本体を生成する」というもの。尻尾の切れたヤドンに垂らせばヤドンの尻尾が再生するし、ヤドンの切れた尻尾に垂らすと「ヤドンそのもの」が再生する。一般的な「本体」が残ってる前者はともかくとして(十分異常だよ、念のため)、本体から分離した「切れ端」から本体が再生するというのは特に異常だ。

    私が関わったのは、このオブジェクトが対象に干渉するとき「時間を巻き戻している」のではないか、という仮説を立てたから。局内では担当外の案件についても、公開情報を元に仮説を立てることが推奨されている。たまたま目に留まって思い付いたってレベルだけど、実際それに近い仕組みだったみたいで、調査が大きく進展したから儲けものってやつ。収容プロトコルも制定して、今は見つかったら即回収して破棄、って手順も確立されてる。

    案件番号#124329「フクマルデパートの複製」。警戒レベルはこれも3。コガネシティに来てから担当した案件で、なかなか大変なやつだったっけ。ここコガネシティには「コガネデパート」っていうそのまんまな名前の大きなデパートがあるんだけど、それの前身になったのが「フクマルデパート」っていうところだったりする。運営母体が変わってコガネデパートに建て直されたわけだけど、そのフクマルデパートがどういうわけかコガネシティ郊外のマンション建設予定地に出現したからさあ大変。

    当然最初は取り壊しに掛かるわけだけど、壊しても次の日になると元通り、頑張って更地にしても結果は同じ……っていうこの手の案件にありがちな状態に陥って、土地ごと局が管理する羽目に。で、私が担当者にってわけ。土地所有の手続き面倒くさかったなあ、これがあるから建造物系の案件はヤなんだ。ひとまず性質を掴むために、探索チームを派遣して内部を調査したんだよね、確か。外から指示出すのは今でも緊張するけど、あの時は初めてだったからガッチガチだったよ。

    実地調査で分かったのは、中が常に「四十年前」の状態に保たれてるってこと。置かれてる商品や貼付されてるポスターからの判断だ。これで私がアサインされた理由がピンと来た。フクマルデパートが改装されたのは今から四十三年前、それからちょうど四十年経って再出現した。今の時間軸から見て四十年遅れて時間が流れてるってこと。仮説として、単に四十年待てば消えるのでは、って仮説を提示した。これが採用されて、今は人目に付かないようにして時間が経つのを待ってる状態。ただ、警備員から時々「何かの放送が聞こえる、迷子を呼んでいるように聞こえる」といった報告が上がってて、上司からは調査計画を立てるように言われてる。なんとかしなきゃなぁ、とほほ。

    案件番号#131390「『センセイ』が必要な部屋」。警戒レベルは1。言っちゃ悪いけど大したことない、ほとんど害のない案件。ただ、これも時間が深く関わってるのは確か。害はないんだけど、概要を説明しようとすると結構骨が折れる。時間に関する案件は全般的にそうなんだけど、他人に説明するのが難しいものが少なくない。さっきの二つはまだ分かりやすい方だったけど、これは少し説明が長くなる。

    なるべく簡潔に言うと、ポケモンが使う技のひとつ「トリックルーム」と似た現象が起きてしまうアパートの一室、って言えばいいかな。この部屋では、「複数の者が関わる事象で常に物事の前後関係が逆転する」奇妙な現象が発生する。例えば「一切れしかないケーキを先に食べようとすると、どれだけ早く行動に移しても相手の方がより早くケーキを取ってしまう」といった具合だ。事前説明一切なしに職務に忠実なお互い面識のない職員同士の実験でも同じ結果が出た。証明するの、ホント大変だったなあ。

    部屋自体は封じ込めて利用できなくする、でいいとして、同じ事象が別の場所で起きた時円滑に収容が行えるように「任意の順番」で物事を進める方法について検討する必要があった。これはたまたまだったんだけど、部屋の中で「自分が先にケーキを食べます」と「宣誓」してみると、本当に「先制」してケーキを食べられた。分かってしまえば単純で、何か優先度が生じる物事をする時は「自分が先にします」と「自分が後にします」と「宣誓」するとその通りになるというわけ。事前に口に出して言うだけだからプロトコルの制定もすぐで、事実上の無力化に成功したってわけ。

    こんな感じで、時間に関する案件がしばしば回ってくる。休み前に統括からメールで回ってきたのもきっとそういうのだろうなぁ、頭シャキッとさせなきゃ。淹れたてのコーヒーで満たしたマグカップを持って席へ戻る。ひとまず事前調査、概要を掴むところから入らなきゃ。

    案件番号は#118174、もともと6桁の数字なんて覚えられないから記憶はアテにならないとはいえ、ピンと来る数字じゃなかった。案件データベースに問い合わせよう、もう担当者としてのセキュリティクリアランスは付与されてるはず。メールに記載された案件番号をコピーして貼り付け、検索検索、っと。

    「なになに、タグは『時間異常』『時空異常』『クロガネ第六支局連携』『ジョウト地方』『ヒワダタウン』『ネットワーク』……やっぱこういうのかぁ」

    うはー、案の定だわ、案の定。時間異常タグや時空異常タグもそうだけど、やっぱ「クロガネ第六支局」ってのがビンゴすぎて。ここはさっき言ったシンオウの時間異常関連案件チームが属してる。案件自体は私のいるコガネ第二支局持ちでクロガネ第六支局が直接管轄してるわけじゃないけど、そこに協力を仰がないといけないくらいややこしい案件って意味。「ネットワーク」っていうのだけピンと来ないけど、これは中身見れば分かるはず。

    案件登録は2007年、私が就職する一年前か。珍しいわけじゃないけど長期未解決案件にピックアップされた形跡があって、更新履歴を見ると棚卸時に監査部門から指摘が入ったのがしっかり残ってる。どうなってるんだって言われてもなあ、どうにもならない案件も多いよ、とほほ。

    よし、中身を見よう、「詳細」のリンクをクリックする、権限チェックが走った。おっ、フルアクセス承認。もう権限付与は完了してるみたい。ディレクトリにアクセス、途端に鏡に映る自分の顔がちょっと渋くなる、六年も前からやってるから資料がうんざりするくらい詰め込まれてた。ホント信じられないくらい資料が多い。何かのログとかも見えるけど、こういうのから見ると泥沼に嵌るからまず経緯書と初期調査報告書から。どこにあるだろ? こっち? それともこっち?

    「骨が折れそうだなぁ」

    まだ湯気の立ってるマグカップを掴んで、ミルクをたっぷり入れたコーヒーを一口すする。担当してる案件でも番号だけだと覚えらんないから、案件名も押さえておこう。さて、こいつの名前は――。

    「――『ウバメの森のジャンクション』、か」

     



     

    異常物品の実験記録を取ったり、無力化した案件をクロージングしたり。やることがいっぱいで手が回らない、と言いつつも、割り当てられた案件だから気にはなっていて。「ウバメの森のジャンクション」、なんとなく引っかかる名前だ。ウバメの森ってところが特に。少し時間ができたし、ちゃんと見ておこう。

    ウバメの森はコガネシティとヒワダタウンを隔てる森林地帯で、地理的にはヒワダに属している。一応人や車が通るための道は整備されてるけど、ほとんどが自然のままで手が入っていない。人が立ち入らない場所だっていうこともあるのかな、ちょっと気になる民間伝承を耳にする機会があった。

    なんでもウバメの森には「トキワタリ様」と呼ばれる不思議な存在がいて、名前通り時を渡って森の中で生き続けているらしい。ただ長命なだけじゃなく、気まぐれで時空を捻じ曲げたりする、とも。案件管理局の局員なら、こういう話は聞き流さずむしろ注意して聞かなきゃいけない。そういう伝承の由来になるような超常現象が過去に起こった、或いは今も起きていることのサインに成り得るから。昔話を信じる・信じないじゃなくて、そうしたエピソードがある、ということ自体が重要な情報になる。

    民間で伝わる信仰や伝承の類には、過去に起きた超常現象を「その時の知識と常識」で説明しようとした結果作られたものが少なくない。異常な事象が繰り返し起きると、地元の人たちが言うところの「トキワタリ様」のような神様が立てられて、そこに起源があるってことにされるパターンが多い。今回もそれだと思う。「トキワタリ様」の実在はあまり関係なくて、「トキワタリ様」というシンボルが立つくらい時間に纏わる現象が起きてるってことだ。

    「さてさて、何が起きてるんですか、っと」

    何は無くとも概要の把握から。六年もあったんだから、ある程度は分かってるはず。

    かいつまんで説明すると――ウバメの森の奥地に出所不明のアクセスポイントが発見されて、そこからインターネットへ接続できるって通報があったのが切っ掛けらしい。それだけならまだしも、接続先が普通のネットじゃないことも分かった。

    「2001年4月15日、か」

    ネットはネットでも、過去のネットに繋がるアクセスポイント、ということらしい。接続した時点から五年前の相対的な過去ではなくて、絶対時間で見た過去へ繋がっているそうだ。この手の時間異常は珍しくない。前に上げたフクマルデパートは「今から四十年前」の相対時間を参照していて、超強力なんでもなおしは「その物体が破損していなかった時点」の絶対時間へ巻き戻す作用を持っている。ウバメの森のジャンクションは「2001年4月15日」の絶対時間に結び付いている、そういうこと。

    資料を見ている今は2013年5月、今から12年以上前の時代で固定されてるってことになる。ごく限られたサイトにしか接続できず、ちょっとしたことですぐに接続が途切れてしまうから調査にも手間がかかって、最初の方はアクセスできるポイントを探すだけで苦労してるのが伝わってくる。今はどういう状態だろ? いったん途中のは飛ばして最新のを見てみよう。

    「あれ? これ……無力化済み?」

    鏡に映る自分の目がまん丸くなるのが見えた。最新の報告書を見ると「異常性は喪失した模様」と書かれていて、その検証をする段階で担当者が離れたみたいだ。統括からこれ以上の収容と保全は不要だって提案が出ていて、あとはその裏取りと案件完了報告書の作成だけってステータスになってる。

    ラッキー! ……なんて口に出して言ったら上司に怒られそうだけど、実際ありがたいのは間違いない。こういう後始末だけの案件はちょくちょく回ってきてて、やることは大体決まってる。無力化されたことの実験と実証、それが終わったら様式に沿って報告書を出すだけ。腕利きの局員には日々湧いてくる新しい案件に向かってもらって、私みたいに比較的手の空いてる局員が事務手続きめいたクロージングをする、案件管理局ではよくあることだ。

    「んー? 収容違反……?」

    ただ、ひとつだけ厄介な点もあって。どうやらこれは過去に収容違反が起きた案件らしい。らしい、って言うのは、こういう情報は極力他の局員に回ってこないようになってるから。局内で情報連携がされた形跡もないし、私も今まで知らなかった。収容違反を起こしたのは前任者、正確にはその人のサポートで入った別の局員がやらかして、その監督不行届きで……ということみたい。

    経緯書を見てみる。作戦行動中に計画外のアクションを起こして、結果的に因果律が乱れるレベルの事案が起きた、過去に訴求して歴史が変わった可能性あり……なんてさらりと書いてある。おっそろしい、さらっと書くような事じゃない。時間系の案件をたくさん見てるからそのヤバさは骨身に染みて理解できる。これは確実に懲戒免職モノだ、そう思いながら読んでたら、案の定セキュリティクリアランス全剥奪になったらしい。当たり前っていうか、当然っていうか。

    実験中には何が起こるか分からないとは言え、独断で計画から外れたことをしでかすってのはかなりタチが悪い。もちろん超常現象が相手だから、事前に想定したのとは違う予期せぬ事態が起きて、咄嗟の判断で計画外の行動を起こすってのはあり得るし、そういうのはさすがに考慮される。だけど、これは何度も実験が行われていてある程度性質が分かってる案件だから、やっぱり始末に負えない。言い訳のしようがない。

    「けどなんで別の担当者入れたのかな、今まで一人でやってたみたいなのに」

    気掛かりなのはそこだった。立ち上げから五年くらいずっと単独案件だったみたいなのに、収容違反が起こる直前でサポートの局員を入れてる。こういうのはあまり見たことがない。何年も一人で持ってきた案件は大抵その人が片付けるし、複数人が関わるようなものは初期から体制を作って取り組む。ちょっと歪な印象を受けるな、これは。

    ま、いっか。ひとまずこの案件でやることは見えたし、思ったよりも早く片付きそうだ。そろそろミーティング始まっちゃうし、会議室に移動しよう。終わったら後藤さんの実験サポートもあるし、続きはちょっと出来そうにない。今日はいったんここまでにしとこう、システムからしっかりログアウト。

    「定例会、予定通り終わったらいいなぁ」

    終わらないかなぁ、やっぱり。掘り下げ始めちゃうんだろうなぁ、佐伯課長が。とほほ。

     

    はぁー、でっかいため息が出ちゃう。三日前にフクマルデパートの複製で過去に記録のない事象が起きて、現地調査と収容手順の見直し、それから統括への報告で、連日連夜の残業アンド早朝出勤。この様子だと、四十年間ほっとくっていう今のプロトコルは不十分・不適切かも知れない。内部に未知の存在がいる可能性が示唆されてるし、内部調査を再計画した方が良さそうだ。ひとまず目の前のタスクは全部片づけたけど、先が思いやられるよ。

    フクマルデパートの件がひと段落したから、やっとまとまった時間が取れた。「ウバメの森のジャンクション」だ。優先度低めでやってたけど、実質文書作るだけだし今月中にケリを付けちゃおう。文章書くのは苦手じゃないし、やる気出せばパパッと片づけられるはず。根性だ根性、手持ちのタスクは減らすに限る。

    無力化確認の計画書と案件完了報告書、作るのはこの二つだけ。前のは過去の実験から引用すればすぐ作れるし、後のはカッチリした書式がある。どっちも中身のアテはあるから、何を書けばいいのか分かんないってことにはならない。何回か書いたことあるしね、こういうの。

    「実験のケースは……新しい資料から引用した方がいいかな」

    ディレクトリを軽く漁ってみる、一番最後の実験記録が入ってるのはこれかな、20130508。あったあった、実験計画書だ。収容違反が起きた後、統括の方で臨時担当者を派遣して実験したっぽい、これをコピーして新規に作ればいいかな。それで行こう。

    資料を作り始める、割と順調に進んでる。大筋はこのままでいいと思うけど、過去の記録とかも見てケースが足りてるかチェックしておいた方がいいかな。ひとつ前の計画で作られたディレクトリへアクセスする。さっそく資料を探そうとして、ふと変わった名前のファイルを見つけた。

    「なんだろ、これ。『chat.marimo.com.7z』……?」

    他のディレクトリにはないファイルだ。拡張子.7zは局内で標準的に使われてる7-zip形式のアーカイブに付くものだけど、ファイル名が何だか変わってる。ドメイン名だよね、これ。ファイルを開いてみようとダブルクリックしてみるけど、ダイアログが表示されてパスワードを要求された。ダイアログに出てる情報によると、このアーカイブには何かのログファイルが格納されてるみたいだ。どっちにしろ、パスワードが分からないと開けないんだけど。

    この案件内で使われてたパスワードなんて引き継いでないし、ぱっと思い当たるパスワードも無い……無いんだけど、名前になってる「chat.marimo.com」って文字列には見覚えがあった。「マリモチャット」っていうレンタルチャットサービスで、中学くらいの時にこの中の部屋によく出入りしてたっけ。ゲームの攻略と創作がごっちゃになってる、昔よくあったタイプのサイトに設置されてたやつ。

    私が通ってたサイトだと二種類のチャットがあって、一つは誰でも入れるフリースペース、もう一つは常連さん専用で決まった人しか入れない。管理人と仲良くなるとパスワードを教えてもらえる仕組みだったはず。パスワードって言っても全員共通の「合言葉」みたいなものだ。あそこに通ってたの、もう何年前になるのかなぁ。十一……十二年かぁ。すっかり時間が経っちゃったなぁ、十二年前って。

    意識しないうちにパスワードを入れていた。「anuzikonirom」、確かこれだ。こういうことだけちゃんと憶えてるんだよね。って、このパスワードでアーカイブが開くわけないんだけど――。

    「……えっ、展開された?」

    目を疑った。案件管理局で仕事をしていて自分の目を疑うことはしょっちゅうあるけど、この瞬間起きたことは今までのそれとちょっと毛色が違う。どうして? なんでこのパスワードで開くの? ぞわぞわが止まらない。局内でこんなパスワードを使うルールなんてないはずだし、思い付きで設定するにはちょっと長すぎる。じゃあなんであのパスワードで開いたの? いったい誰がこれを? 疑問がどんどん湧いてくる、見てはいけないものを見ているような感覚が収まらない。

    ファイル自体はそんなに大きくなかったみたいで、展開作業はすぐに終わった。出て来たのはログファイル、それもHTMLファイルを直接保存したもの。念のためウイルスチェックに掛けてみる、結果はグリーン。アーカイブから展開する時に引っかからなかったから当然と言えば当然だけど、でもやっぱり気になるし。ファイルの安全性は分かった、じゃあ次は……これを開いて、何が書かれてるのか確かめなきゃ。

    眼鏡を直す。たぶん、これはセッションを記録したログのはず。過去の実験記録に「チャット参加者とのセッション」という項目があったのを思い出す。サイトからサイトへ移動した先でひとつだけ稼働してるチャットがあって、そこで時間になると必ず入室してくる人がいるとか。ちゃんと読んどけばよかったな、誰が入って来るのかとか。このファイルはきっとその時のやり取りをそのまま保存したもののはず。

    一呼吸置いて資料を読み直す。過去には64回のセッションが行われて、その都度記録が取られていた。収容違反が起きたのは最後、つまり64回目のセッションの最中だったらしい。これはセッションのログ、それも現存する中で一番最後のもの。ということは……これがインシデントが起きたときの記録に他ならない。

    見覚えのあるドメイン名、記憶にあるパスワード、それに……私はチャット自体に縁がある。ここに何が書かれてるんだろう、誰が参加したんだろう。収まらない胸騒ぎを抱いたまま、意を決してファイルをダブルクリックして開く。

    「これ……これ……っ!」

    暗い菫色の背景、デフォルトスタイルのhrタグ罫線、カラフルなフォントカラー、三コマのアニメGIFアイコン。記憶の中にあったチャットと完全に一致するデザインの画面が、ウェブブラウザの画面に再現されてる。大きい割に解像度の低いCRTディスプレイで見ていた画面が、案件管理局標準の高解像度液晶ディスプレイに広がってる。懐かしさと場違いさを同時に覚える光景、ほとんど全部が自分の憶えてるのと一致してて、違うのは画面の解像度だけ。

    見覚えのある配色、見覚えのあるレイアウト、それから……見覚えのある名前。

    「空色フォントの……『クリス』、って」

    クリス。常連向けの第二チャットでよく目にしてた、よく話してた人の名前。発言するときのカラーはいつも空色だった。名前も色も一致する、菫色背景のマリモチャットにいる、空色フォントのクリス。偶然の一致? あり得ないわけじゃない、でも……ここまで一致する確率が現実的にあり得るかって問われたら、自信をもって首を縦には触れない。

    ログは下の方に伸びていってる、過去ログページに記録されるときの動きだ。普段は上に上にメッセージが積み重なっていくわけだけど、過去ログモードで見ると逆に下へ下へ伸びていくカタチになる。クリスが入室してからしばらくの間、チャットのシステムメッセージだけが並んでる。人が少ないと賑やかしのために創作のキャラがランダムでメッセージを出す機能があったのを思い出す、これも一緒だ、見覚えがある。

    やっぱりここは……私が通ってた、あのチャットとしか思えない、あの場所に間違いない。

    確か20時くらいだとか書いてたっけ、このチャットに案件管理局とは関係ない、2001年当時の誰かが入ってくるのは。過去のセッションではこの人とコンタクトを取ろうとしていたという記述があった。クリスが入室したのは20:09、もうすぐ他の利用者が入ってくるはず。マウスのホイールを回して、ある一定の時刻になると入ってくるという誰かを探す。

    誰かって……誰? 真っ白になりそうな頭の中で、ひとつの記憶だけが鮮やかな色を帯びて蘇ってくる。何の気なしにチャットへ入ったあと、思いもよらぬメッセージを見て困惑したことが、まるで昨日のことのように思い出せる。あれは夢だと思いこもうとして、いつの間にかすっかり忘れていた、あの日の出来事が。

    「――そんな」

    その誰か――「綺羅々★」が入室するログが見えた。入室したばかりの「綺羅々★」がクリスに挨拶をする、けれどクリスは「綺羅々★」へ返事もせずに、一方的に、何かに急き立てられるように、こんなメッセージをチャットへ送り込んでいて。

     

    「5/19のホウエンへの修学旅行には行かないで」
    「その日バス事故が起きてきららは死ぬ」
    「これは未来から書きこんでる」
    「絶対に行っちゃダメだ」
    「いかないでくれ」

     

    クリス。インシデントを発生させた局員が名乗っていたハンドルネーム。綺羅々、クリスがインシデントを起こしてまでもメッセージを送った相手。メッセージの内容は、綺羅々から見て未来に起きる出来事を伝えるもので。それは、本来その時の事故で死ぬはずだった綺羅々の運命を変えるためのもので。

    傍らに置いていたスマホが揺れる、LINQの新着通知。震える手を伸ばしてメッセージを開く。差出人はマロン、十年来のチャット仲間。

    「きらら氏〜 今度のライブのチケット取れた〜」

    そう。

    あの「綺羅々★」は――私、だった。

     



     

    「そういうこと、だったんだ」

    両手を見つめる。手のひらをじっと見つめる。自分は確かにここにいて、間違いなく生きている。自分は死んでない、2013年の今を生きてるんだ。自分がここにいるのは、あの時クリスがチャットで警告してくれたから、すべてを教えてくれたから。

    (クリス……)

    一ヶ月も先の修学旅行の話をいきなりされてすごく戸惑ったのを覚えてる。けれど行先がホウエンだということ、日付もピッタリ一致してたから、口から出まかせや悪戯だとも思えなくて。それからもう一度クリスと話をしたかったけど、チャットに個人情報みたいなことを書いたって理由で管理人にアク禁されて、結局二度と話せなかったっけ。クリスの連絡先も分からなかったから、あのメッセージが事実なのか確かめる方法はなかった。

    (そこまで楽しみにしてたわけでもないし、行けなかったら行けなかったで別にいいかな、何も起きなかったらそれでおしまいだし)

    そう思って、当日に仮病を使って行かないことにした。元から病気がちでよく学校休んでたから、お母さんにも疑われたりせずにすんなり通ったっけ。熱もないのにベッドで横になりながら、クリスから言われたことを何度も思い返してたのを覚えてる。本当に事故なんて起こるのかな、でたらめじゃないのかな。そう考えてみても、まさか、という疑念を完全に振り払うことはできなくて。

    だから――テレビで事故のニュースを見た時は、目の前が真っ暗になった。十一人も同級生が亡くなって、中には同じクラスの子もいて……本当にショックだったっけ、その夜は一睡もできなかった記憶がある。目を瞑っても事故の悲惨な光景が目に浮かんできて、耳を塞いでも犠牲になった子の声が聞こえてくるみたいで。振り返る度に胸がぎゅうぎゅうと締め付けられる感触を覚えるのが辛くて、あえて思い出さないようにしていた。

    何より、あのクリスからのメッセージが全部紛れもない事実だったことが、普通じゃ説明できない超常的な何かを感じて、私の胸をひどくかき乱して。私が案件管理局で働こうって考え始めたきっかけ、それは他でもない、修学旅行でのバス事故とクリスからのメッセージだった。

    「……そういうこと、だったんだ」

    担当者に協力したって局員が64回目のセッションでどうして収容違反を起こしたのか、事前の計画になかったテキストを送信したのはなぜなのか、その局員がチャットに入室する「綺羅々」のことを知っていた理由は何なのか、直前のレポートで「自分なら『綺羅々』と話ができる」と証言したのはなぜか。

    あの時のクリスはどうしてあんなことを言ったのか、ネットの知り合いには誰にも言っていなかったはずの修学旅行話をされたのはなぜなのか、シンオウに住んでいると言っていたクリスが行先がホウエンだと知っていた理由は何なのか、クリスが「綺羅々」にそのことを伝えたのはなぜか。

    「私……今も生きてるよ、クリス」

    全部、あの局員が――クリスが、綺羅々を――自分を、助けるため、だったんだ。

    未来から教えてくれたんだ、修学旅行のバス事故で自分が死んじゃうってことを。この案件のことをどこかで知って、そこで死んでしまった私にメッセージを送れるって知った未来のクリスが、何も知らずにバス事故で死ぬはずだった過去の綺羅々へ。そのクリスが他でもない収容違反を起こしたあの局員、その人で。

    地位も権限も何もかも投げ捨てて、ただ……私のために。

    「あなたのおかげで、今も、私……っ」

    今はここにいないクリスを思う、深く想う。私の運命が変わって生き延びたことを、クリスは知ってるだろうか。自分を犠牲にしてまで助けたいと思った人が、確かに助かっていたことを知るすべはあったんだろうか。結果を知ることができないまま、ただ多くのものを失っただけだとしたら、それはあまりにも辛すぎるんじゃないか。

    せめてお礼を言いたい。案件管理局の局員としてじゃなくて、一人の人間として。

    (……そうだ)

    私がこれから何をすべきかがパッと浮かんできて、体がすぐそれに応じて動いてくれて。

    「あっ、お疲れ様です、第二課の田中です。すみません、今人事部の福山さんは――」

     



     

    退職することになった局員は、通常だと必要な記憶処理を受けたうえで雇用関係が解消されることになっている。けれど、中には例外も存在する。重大なインシデントを起こして、事後対応が必要になるようなケースだ。重大なインシデントを起こしたからには局員として雇用を継続することはできない、かといって記憶処理もできないし、重ねて何かしでかさないか監視が必要、という状態になる。

    こういう面倒なパターンになった時は、大抵局が管理する別の団体――いわゆるフロント組織で再雇用されることになる。セキュリティクリアランスは当然全剥奪で、待遇だってよろしくない。局による調査が済むまでそこで監視されながら働いて、用が済んだら退職するか続けるかを選ぶ。もちろん、どちらにしろ記憶処理は避けられないけど。

    「案件担当者が私で、好都合って言ったらアレだけど……好都合だよね」

    主担当者として、クロージングのために元局員にヒアリングを申し込みたい、人事部に相談したらあっさりすべての情報を教えてくれた。元局員は局が管理してるポケモンセンターで警備員として再雇用されているらしい。私にしてみれば、物事を自分の思うように進められて都合がいいのは間違いない。相手のことを思えば、素直には喜べないって言うのが本音ではあるけれど。

    ポケモンセンターの待合室で人を待つ。辺りは人でごった返していて、あちこちから賑やかな声が聞こえてくる。ここはごく普通のポケモンセンターとしての機能を提供しつつ、異常なポケモンの一次収容先としての機能を持っている。案件管理局の管理下にあることは一般に知らされていない。案件管理局は縁の下の力持ちとして、光の当たる場所で暮らす人々を脅かす闇を監視する役目を担う存在だからだ。

    案件管理局で働くことの意義とか意味なんて、今まであまり考えたことなかったっけ。超常現象に立ち向かって市井の人々やポケモンたちの平穏を守る、そんな仕事なんだって漠然とは思っていたけれど。今、こうして自分が生きているのはなぜか。案件管理局に籍を置いているのはどうしてか。すべては運命の巡り会わせ、この道を歩んでほしいと誰かが願った結果で。

    私は今、その誰かに会おうとしていて。

    「来た」

    警備員の制服を着た人のシルエットが見えた。人を避けながらこちらに向かってゆっくり歩いてくる。小さく息をついて、それから敢えて目を合わせないようにする。スマホを取り出して視線の逃げ場所にした。俯いたまま少し震える手つきでSMSアプリを立ち上げて、人事部からもらった電話番号を打ち込む。電話番号の変更も禁止されてるから、これで間違いなく届くはず。

    顔を合わせたら、何を伝えようか。後任としてヒアリングに来ました、それは後。どうして助けてくれたの? 月並みかな。こんな顔でちょっとがっかり? 言ってて自分で凹んじゃう。久しぶりだね、いきなり言われてもきっと分かんないな。伝えたいことはたくさんある、両手で抱えきれないくらい、いっぱいに。

    今までの人生で間違いなく一番長い一秒をいくつもいくつも積み重ねた末に、私は最初のメッセージを打ち込んだ。文面を確かめる、これでいい、これで行こう。覚悟を決めて送信ボタンをタッチする。スッとスマホを下ろして、グッと顔を上げた。

    不意に警備員が立ち止まって、ズボンのポケットからスマホを取り出す。その途端――目の色が、顔つきが、はっきりと変わるのが見えて。様子が変わるのを私もまじまじと見ていたから、自然とお互いの視線が交錯して。

    ディスプレイが点きっぱなしになってる私のスマホには、相手に送ったメッセージが吹き出しへ入って映し出されていて。

     

    「クリスへ、会いに来ました。綺羅々★より」


      [No.4166] (再)#118174 ウバメの森のジャンクション 投稿者:   《URL》   投稿日:2021/01/03(Sun) 18:57:32     29clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #118174

    Subject Name:
    ウバメの森のジャンクション

    Registration Date:
    2007-06-14

    Precaution Level:
    Level 3(2013-05-20以前)→Level 0(2013-05-20以降)


    Handling Instructions:
    ジョウト地方南西部の「ウバメの森」に繋がる2箇所のゲート(コガネシティ側・ヒワダタウン側双方)で、無線通信が可能な電子機器の電源を切るよう通行者に伝えてください。必要に応じて、ウバメの森では電波に悪影響を受ける希少なポケモンが保護されているというカバーストーリーが利用できます。無線通信が行わなければ本案件は露見し得ないため、それ以上の対策は必要ありません。

    本案件による異常現象が確認された初期に一部の匿名掲示板やblogへ投稿された内容は、秘匿する必要がある情報を含んでいます。事象の確認後に「噂を再検証した」という名目で虚構記事の作成や掲示板への投稿を繰り返し行ったことで、ほぼすべての情報が確度の低いゴシップに過ぎないと見なされています。現在も新たな情報が投稿されないか監視を続けていますが、既に数年に渡って本案件への言及は無く、噂は沈静化したものと推測されます。

    複数回の実験から得られた結果から、ウバメの森内部からアクセスできるサイトは実際に当時のサイトへ接続されているものとほぼ断定されています。過度の介入は予期せぬ結果をもたらす可能性がありますので、実験を行う場合は少なくとも3名以上の高レベル責任者から承認を得る必要があります。その際、様式F-118174に沿った完全な実験計画を提出しなければなりません。

    [2013-05-20 Update]
    上記の取扱方は廃止されました。現在は過去に制定された手順を適切に実行しても、異常なサイト群へアクセスすることはもはやできなくなっています。案件#118174は既に無力化されており、これ以上の保全は必要ありません。


    Subject Details:
    案件#118174は、ウバメの森の内部で所定の手順を踏むことにより接続することができる、異常な性質を持つインターネットサイト群です。それらは合計で7件のサイトと252のページで構成され、1の動的なコンテンツを含みます。

    以下に示す手順を実行することにより、案件#118174を構成する特異なサイト群、及び本案件の中で特に注目すべきサイトである「特異点#118174」にアクセスすることができます:


    手順01:ネットワーク接続の確立
    ウバメの森の内部で、端末の無線通信を有効にします。この時、端末にはIEEE 802.11bまたは11gのいずれかの方式に対応した無線LANモジュールが組み込まれていなければなりません。手順が成功すると、名称が識別できない不明なアクセスポイントに接続されます。

    手順02:ポータルサイトへのアクセス
    Microsoft社のWebブラウザ「Internet Explorer」を使用し、ポータルサイト「goo」(www.goo.ne.jp)にアクセスしてください。WebブラウザとしてInternet Explorer以外(Mozilla Firefox等)を使用した場合、この後の手順で継続が不可能になるポイントがあります。また、「goo」以外のサイトにアクセスを試みた場合、瞬時にネットワーク接続が切断されます。この場合、手順01から改めて再実行する必要があります。

    手順03:キーワードの入力と中継サイト1への接続
    ポータルサイト「goo」が完全に読み込まれたのを確認してから、中央にある検索ボックスに「masatoのポケモン道場」と入力し、検索を実行してください。成功すると、キーワードと同名のサイトが検索結果のトップに表示されますので、通常通りアクセスしてください。この時、先述した以外のキーワードで検索を試みた場合、手順02の失敗時と同様に接続が終了します。手順01からやり直さなければならないのも同様です。

    手順04:中継サイト2から中継サイト6への接続
    手順03により「masatoのポケモン道場」への接続に成功した場合は、当該サイトのリンク集(「リンク集」と書かれたバナー画像が目印になります)へアクセスし、上から数えて14番目に存在するサイト「ゲームっ子の広場」にアクセスしてください。

    以下同様の手順で、次のようにサイトへのアクセスを繰り返してください:
    「ゲームっ子の広場」
    →「キツネスペース」(前ページのテキストアンカー「Link」から移動できるページにある上から数えて8番目のサイト)
    →「ダークエージェント」(前ページの画像アンカー「同盟サイト」から移動できるページにある上から数えて15番目のサイト)
    →「星屑の砂漠」(前ページの画像アンカー「Perfect Links」から移動できるページにある上から数えて2番目のサイト)
    →「スマブラ大辞典」(前ページのテキストアンカー「リンク集」から移動できるページにある上から数えて6番目のサイト)。

    手順05:特異点#118174への接続
    手順04で「スマブラ大辞典」まで到達した後、同ページ内の中段にあるテキストアンカー「チャット2(雑談・交流)」を選択してチャットページへ移動することで、特異点#118174への移動は完了します。この時WebブラウザとしてInternet Explorerを使用していない場合、「サポート外のブラウザです」というエラーページに遷移し、特異点#118174へは移動できません。


    手順02以降に接続可能なポータルサイト及び中継サイト1〜6から得られた情報から、これらのサイトはすべて「2001-04-15」時点のサイトに忠実であることが分かりました。ブラウザ上で実行できるスクリプトレットから取得された情報は、これらのサイトがオリジナルサイトの2001-04-15時点におけるデジタルコピーではなく、「実際の2001-04-15時点でのサイト」であることを裏付けるものでした。

    接続可能なサイトは極端に限られており、ポータルサイトはトップページ及び所定のキーワードによる検索結果以外の全ページが接続不能です。中継サイト1〜6は同一ディレクトリ内のページであれば完全な形で閲覧が可能ですが、中継サイト以外の外部サイトへのアクセスは例外なく失敗します。どちらのケースでもその時点でアクセスポイントとの通信が途絶し、手順を初めからやり直さなければなりません。

    最初に接続することになるポータルサイトに設置されたJavaScriptによるリアルタイム時計は、常に19:57:02からカウントが開始されます。これはいかなる時刻に実験を行っても常に一貫しています。

    以上から、何らかの特異な事象により、所定の手続きを経ることで2001-04-15 19:57:02におけるそれらのサイトを部分的に閲覧できているというのが、本案件に対する管理局の見解です。


    特異点#118174:
    特異点#118174は、特異なサイト群を調査する過程で唯一接続に成功した動的コンテンツであるオンラインチャットです。特異点#118174以外の動的なコンテンツ――電子掲示板・オンラインチャット・その他サーバサイドのプログラムで動作するすべての動的コンテンツ――へのアクセスは、あらゆるケースで即時の接続終了を招きます。例外的に特異点#118174のみが、オンラインチャットとしてのすべての機能が利用できます。

    接続先時間で20:32:17を迎えると、特異点#118174に「綺羅々★」というハンドルネームの利用者が入室してきます。こちらから一切アクションを起こさなかった場合、利用者「綺羅々★」は21:17:39までチャットに残り、その後「母親に呼ばれた」旨のメッセージを残して退出します。20:32:17から21:17:39までの間、「綺羅々★」以外の利用者は入室してきません。これは接続を試みたすべてのサイクルで一貫して繰り返されます。

    本案件において特異点#118174のみが例外的に接続可能な理由は判明していません。特異点#118174自体には何の異常性も無く、通常想定されるオンラインチャット以上の機能や性質は一切持ちません。


    [2007-08-12 Update]
    局員による特異点#118174における利用者「綺羅々★」へのコミュニケーション実験が提案されました。局員からコンタクトを取ることで、本案件に対する新たな情報を得ることを目的としています。実験の開始が承認されました。


    [2008-04-27 Update]
    これまでに利用者「綺羅々★」へのコミュニケーション実験が計63回行われましたが、成果ははかばかしくありません。利用者「綺羅々★」は局員を不審な人物、当該コミュニティの言葉で表現するならば「荒らし」と認識しており、適切なコミュニケーションが取れない状況が続いています。実験の一時中断が提案され、案件は現状保全フェーズへ移行させることが決定されました。


    [2012-11-04 Update]
    局員の一人(以下局員Aと表記)が本資料を閲覧し、利用者「綺羅々★」へのコミュニケーション実験を再開したいと申し出てきました。申し出によれば、局員Aはかつてこのサイトで「綺羅々★」と交流していたという背景があり、「綺羅々★」とのコミュニケーションを円滑に行える自信があるとのことです。本案件の性質をより正確に理解するための情報を得ることが期待できるため、実験の再開が承認されました。


    [2012-12-15 Update]
    局員Aによる実験計画が提出されました。実験計画は承認されました。実験は2012-12-20に実施される予定です。


    [2012-12-22 Update]
    2010-12-20に特異点#118174で行われた第64回目の実験セッションにて、局員Aによって事前の計画を大幅に逸脱した会話が行われました(事案118174-1)。事案118174-1によって生じた現在の時間軸に至るまでの最終的な影響の度合いは未だ明確になっていません。事案118174-1を受け、管理局では特異点#118174を含む案件#118174に関するあらゆる実験を無期限に禁止することを決定しました。局員Aは直ちに権限を剥奪され、懲戒解雇処分を受けました。


    [2013-04-13 Update]
    別案件に関する資料を整理していた局員が、2001-05-19に発生したバスの転落事故を報じた新聞記事について、2012-10-02時点に許可を得て取得した記事のコピーと記述が相違していることを報告しました(事案136577-1)。当該事故は修学旅行中の中学生を乗せたバスが崖から転落したというもので、当時多くのマスメディアで取り上げられています。

    局員が取得したコピーでは12名の死者が出ていると報じられていましたが、元の新聞記事は11名の死者が出たことを伝えています。死者はいずれもすべて修学旅行中の生徒です。


    [2013-04-25 Update]
    事案136577-1における死者数の相違について、事案118174-1との関連性が提起されました。調査のための準備が進められています。


    [2013-05-08 Update]
    事案136577-1に関する調査の過程で特異点#118174への特例アクセスが試みられましたが、手順01における不明なアクセスポイントへの接続が確立できず、アクセスは失敗に終わりました。その後数十回に渡って接続の確立が試みられましたが、すべての試行で失敗に終わっています。

    調査委員会は、2012-12-21から2013-05-08の間のいずれかのタイミングで案件#117184がその性質を変化させ、結果として事実上無力化されたという仮説を提起しました。関係する局員は、大半がこの仮説を支持しています。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.4165] Re: NEAR◆◇MISS×明け色のチェイサー コラボ短編 『負けられない戦い方』 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/12/20(Sun) 09:17:06     22clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    おつあり&感想ありがとうございます!!!

    私も感謝の気持ちをどう伝えていいのかわからず、とりあえず拍手しておりました。
    実は最初はミナトさんお借りするのもありとは思っていたのですが、レスカさんは漫画の方のが活躍も印象深くて、フットワークもあり、今回お借りさせていただこうと思いました……! その後「ニアミスのメインキャラ二人がヒンメルにいらっしゃってくださった、だと……!」とはっとなりこれはすごいことだなと思いました。

    以前のアプリコットを描いてくださったとき、出番がメイン程多くないこの子を一人称とか二人称まで完璧な動かし方をされていて、それこそ作者の手を離れてそこにいたので私もと意気込んでいました……!
    レスカさんは漫画のご活躍もあったので、まだ動かせました(ラストさんが振り回していただけともいう。
    監修もありがとうございました!! とても助かりました!!!

    そうなんですよ、レスカさんとハークさんに、あとソテツとフシギバナにスポーツのバトルをさせたかったんですよ……! 本編だと7話ぐらいの時間軸想定(変動あり)なのですが、ソテツさんあんまりスポーツのバトルはできていなかったのでさせてあげたかったんです。レスカさんとハークさん、お付き合いいただきありがとうございました……!
    バンギラスの技バリエーションには驚きました……! 主人公サイドにバンギラスってチョイスも好きですね。
    ほのおのパンチ通ってたらやばかったので、こう、ぎりぎりまでソテツさんとフシギバナにとってレスカさんとハークさんは気を抜けない相手だったと思います!
    一方的に優勢なりがちだったのは、もう少し改善の余地があるなと思いました。
    私もソテツたち気に入っているのですが本編でバトルと強さを描けてない部分が多かったので、この機会に少しでもかけて助かりました……!

    レスカさんがバトルを楽しめたのなら、こちらも嬉しい限りです。“一般人”としてわずかでも楽しいひと時を過ごしてくださったのなら、よかったです……! 案外ラストさんにもそういう意図があったのかもしれませんし、なかったのかもしれません。真相は闇の中……。
    ダッチェスは書いててかわいいかわいいと思いながら書かせていただきました!

    チェイサーはいろんな人の視点が入り乱れがちなお話ですが、ラストさん、実はサブキャラより出番少ないポジションで、今回彼女に深入りしたのは結構初の試みでした。
    暗躍というか、陰ながら捜査を進めていく立ち位置で、アサヒさんたちとはまた別のルートで事件に迫っていく、というポジションなのですよね。でも動かしていてとても茶目っ気のある魅力的な方だなと思いました。私も安心しました。
    ラストさんの出番をもうちょい視野に入れつつ、また再登場させられたらなと思います!

    ココチヨさんやガーベラさんもちょいちょい出せて良かったです!
    ソテツは実はすごいポジションですよね。たまに忘れてしまいますが……。
    バトルは試合形式とはいえ、ジムバトルを意識しました。ソテツたちのちゃんとしたバトルを描きたかったので、真剣に向き合いました。
    ジムとかのフィールドって、まっさらなことが多いのでフィールドを変質させていくの、好きですね。
    今回はソテツが勝てただけで、レスカさんが勝つことも普通にあると私は思っています。勝負に絶対はないので。
    苦い心情の一つが、レスカさんにも突き刺さる内容だったのはこう、道連れにしてしまった感あります……。
    この先のソテツの活躍も楽しみにしつつ、本編がんばります!
    アプリコットも出番増やしていきたいです。とにかくいろんなキャラいろいろと描いていきたいスタンスなので、本編頑張ります!

    現在も読み込んでくださり、ありがとうございます励みになります!!!
    こちらこそコラボさせていただき、ありがとうございました!!!!


      [No.4164] Re: NEAR◆◇MISS×明け色のチェイサー コラボ短編 『負けられない戦い方』 投稿者:レイコ   投稿日:2020/12/20(Sun) 00:31:06     18clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    投稿お疲れ様です!

    わ〜〜〜〜!! わ〜〜〜〜〜〜〜!!!!
    レスカ!!レスカがいる!長髪のレスカ!!ダッチェスも!!!ハークも!!
    絵文字が打てたら(一応打てる種類もありますが、文字化けしないと限らないので)ハートやらキラキラやら、今頃意味不明なくらい大量に連発してるところでしたよ!
    すごい…すごい…! この感激をもっとうまく表現できたらいいのに! 伝えられたらいいのに! 
    歓喜なのか照れくさいのか驚嘆なのか号泣なのか、どれも甲乙つけられないくらい大渋滞です!!
    自分の文章以外で自キャラを拝む機会なんてめったにないので、ヒンメル地方にお邪魔したらこんな感じなんだね!と、
    レスカたちが作者フィルターを通さずに動きまわっているという新鮮な感覚がわくわくしてたまらないです…!
    絵文字は連発できずとも「!」を打つ手が止まりません。なんという面白い体験でしょう〜〜! 
    執筆の楽しさとも感想を賜る狂喜ともイラスト関連の乱舞ともまた異なる、コラボならではの楽園がここに…!


    レスカたちの出演チョイスは、なるほどなあと。移動手段さえ整えばフットワーク軽そうですよね…
    拙作NEAR◆◇MISS完結後の時間軸をイメージされたとのことで、あの不親切なくらい少ない情報量からレスカ達のキャラクター像をくみ取るのはきっと厄介な作業だったでしょうに、そんな苦労もはねのけて見せる空色代吉さんの熱意と努力に頭が下がります……なんたる偉業……!!!

    バンギラスのハークが犯人制圧のバトルではなくスポーツのほうのバトルしてるー!!
    かっこいいーーー!! 悪の波動!ストーンエッジ!バンギラスはワザの豊富さも魅力の一つなんですよね。
    ゲームのほうで型違いを何体か育成しましたし、対人戦で敵として現れるたびにテンション上がりました。
    アニメ等では大暴れや悪役の印象もありますが、主人公サイドにバンギラスいたら心強いと思うのですよ。
    龍舞からのほのパン!くうううっ、戦略的かつ映像的にもコンボとしてもべらぼうに熱い!!!
    タイプ相性が不利のフシギバナwithソテツさん相手に、大健闘してくれたのではないでしょうか……!?
    私個人はハークを気に入ってるのですけど自作ではいまいち活躍の機会がなかったので、嬉しいですー!

    現職の国際警察官を前に、たじたじで立場の弱そうなレスカがいかにも“一般人”…w
    小説で見せ場に恵まれなかった男がソテツさんとバトルさせてもらえるなんて!破格の待遇!
    感想戦も盛り上がっていたようですし、たとえ裏の意図があったとしてもバトルを楽しめたみたいですね。
    よかったね、レスカ…! 小説ニアミスだと、楽しい思いをする余裕がほとんどなかったもんね…!
    そしてダッチェスが可愛い! 生意気で人見知りなのに憎めない! いいなあソテツさん、懐かれて。
    こんなもふもふのちっこいのを肩に乗せていられるレスカが、羨ましくなってきました……くっ…


    なんといっても今回、ラストさん視点の短編というのがびっくりしましたよー! 
    ビドーくんでもアサヒさんでもない、レアな一人称を拙作とのコラボに使ってもらって大丈夫なの!?
    と、恐れ多さでいっぱいでした……すごいことです……!
    チェイサー本編では敵か味方かどちらとも取れる、ミステリアスな雰囲気をまとっておられたラストさん。
    思いのほか内面の声は表情豊かで、こちらとしては少し驚いたような安心したような気持ちです。
    でも笑顔は苦手で目は笑ってないのですね…そして怒った顔と怒ってない顔の区別がつきづらいのですね……レスカめ、失礼な間違いを……
    生意気なダッチェスの態度に困惑したり、お菓子でまんまと懐かせたり、実は可愛い系のポケモンがお好きだったりするのでは…?と想像が膨らんでしまいました。
    そんな可愛らしい(?)一面がある一方で、レスカの扱い方がお上手ですね。
    これはレスカは当分ラストさんに頭が上がらなそうですね…にしてもミケさんはじめ脅……なあたり、ひょっとしてプロ意識以外にラストさんSっ気がおありだったりして……いやまさかそんな……ね!
    ラストさんは国際警察官なので、一人称といえど読者に対して手の内のすべてを明かしているわけではなさそうなので、今後のチェイサー本編での再登場と活躍がやはり気になるところです。

    ココチヨさん(のはず)やガーベラさんたちも登場してくださって嬉しかったです。
    エレメンツの実力者にしてアサヒさんの師匠のソテツさん、考えれば考えるほどビッグネーム…!
    こんなお人と拙作のレスカが手合わせしてもらえただなんて、いまだに衝撃的です。さすがは著者・空色さん、バトルシーンがめちゃめちゃかっこいいーー!! フシギバナのスピード感や躍動感、フィールドを巧みに利用した戦略ややどりぎ等の搦め手! 
    圧倒的な強者がチャレンジャーを追い詰めていく緊迫感! 一矢報いようとするレスカ達を完封する抜かりなさ!
    痺れました! ジムバトルやエキシビションマッチ級の興奮がありました! 最後までテクニカルでソテツさんたちの形勢有利が崩れませんでしたね。レスカ達は逆立ちしてもこの先ずっと勝てないだろうなと思わせられました。すごいなあソテツさん……この先チェイサー本編で、レスカ達よりもっと強敵を相手に白熱したバトルを繰り広げる展開が待っているのかと想像すると、いつかそのおはなしを見られる日が待ちきれなくなります。
    でも熱いバトルだけでなく、ほろりと苦い心情が吐露されて……Oh…ソテツさん……

    以前お見せしたコラボ作品は執筆してみて楽しかったですし、課題もみえたりと勉強になりました。
    今考えるとアプリコットさんへの認識の詰めが甘いので、もっと彼女の活躍の幅を広げたかったですね…
    今後とも明け色のチェイサーを読み込んで、ストーリーや各キャラの理解を深めていきたいと思いました。
    今回読ませていただいたコラボ作品、最高でした。本当にありがとうございました!!!


      [No.4163] NEAR◆◇MISS×明け色のチェイサー コラボ短編 『負けられない戦い方』 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/12/15(Tue) 01:35:42     38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    NEAR◆◇MISS×明け色のチェイサー コラボ短編

    『負けられない戦い方』







    <国際警察>……簡単に言うと世界をまたにかけ、難事件を調査し、犯人を追い、捕まえる特定国家に属さない組織。
     その組織の一員である私ことラストは、ヒンメル地方、王都ソウキュウにあるとあるレンタル会議室に向かう最中でした。
     今日はそこで待ち合わせている……のではなく、同伴者を案内中です。

    「なんで俺が貴方についていかなあかんのですか……」

     そう同伴者である、肩に白い毛並みの小さいイーブイを乗せた金色の長髪が特徴的な青年、レスカさんはぼやきます。
     まあ、当然の反応ですね。私がいろいろな事情を抱えている“一般人”の彼を無理言って見知らぬ土地にいきなり連れてきたわけですから。
     ぼやいてくださるだけレスカさんはまだ私に気を許してくださるようで、イーブイのダッチェスは人見知りなのか、周囲を警戒しています。私は特に警戒対象のようで、地味にショックを受けていることは彼らには秘密です。
     愛想笑いを浮かべ、私は話をそらしました。

    「レスカさん、姿をくらましたがってはありませんか。都合がいいでしょう、高跳びです高跳び」
    「とかいってこきつかう気まんまんって感じしますが」

     大正解。その通りです。

    「そりゃあ、ええ。それともここからお一人で帰られます?」と脅しをかけると「う……今はまだ付き合います……」と苦笑しながらレスカさんはうなだれました。

     次見た時には、レスカさんとダッチェスは私をじっと少し睨んでいました。

    「何か?」
    「……すんませんラストさん。目が笑ってないとよく言われませんか」
    「はい。お恥ずかしながら笑うのが苦手なんです」

     そう口元で笑みを作りつつ。目でも笑おうとしてみる。
     ぎょっとしたレスカさんとダッチェスが「怒っています?」とハラハラした顔で様子をうかがうので、冗談でこう返しました。

    「いいえ今怒りました」

     こう、少し間隔が開いた気がしました。


    ***************************


     会議室到着して、先にソファに座り資料を机に広げまくっているミケさんに一礼しレスカさんを紹介したあと……急に思い出したことがあったので私はレスカさんに伝えました。

    「そういえば、キンジョウ・ミナトさん。出没していましたよこの地方に」
    「はあっ?! なんでアイツがこんなとこに?!」

     お、思ったより反応が大きいですね。ナンパしていたのを見かけたと言ったらどんな反応するのでしょうか。
     ……いや、野暮ですね。でも、一応確認は取らせていただきますよ。

    「捜されます?」
    「いや……ええ。ラストさんもヒマやないですやろ」
    「そうですね」
    「で、今回の要件は、俺のお仕事はなんです?」

     本題も言い忘れるとことでした。
     私がわざわざレスカさんをこちらにお呼びした理由。
     それは。

    「事情聴取のお手伝いです」


    ***************************


    「……またそないなお仕事に俺なんかが同伴してええんですか?」

     俺なんか、だなんていわないでくださいよ。
     自分を卑下するレスカさんにフォローを入れたのは、ミケさんでした。

    「大丈夫だと思いますよ。私もこき使われていますし」
    「ミケさん……貴方、何者なんでしょうか?」
    「今は探偵やっていますけどね。昔はそう、やんちゃしていたんですよ」

     ミケさん、そのやんちゃしていたことで私に脅されている身ですのに。フォロー、ありがとうございます。
     そう念じましたら、ミケさんは素敵な笑顔で「決して貴女のためではないですよラストさん」と考えを推理されました。
     私はぞんざいに扱ったあと、ミケさんは笑顔を消し、レスカさんに頼み込んでいました。

    「今回の件は私の大事な知人が巻き込まれているので、ご助力願えると助かります、レスカさん」
    「あーもう、わかった。わかったから手伝いますって!」

     レスカさん人がいいですね。とほほ笑んでいたらダッチェスにものすごい剣幕で警戒されていました。
     こ、これは何か対策を打たねば。


    ***************************


     その事情聴取相手とは、【ソウキュウシティ】にある【カフェエナジー】にて待ち合わせをしていました。

    「いらっしゃいませ! ご予約の方ですね、待ち合わせの方はもういらしてますよ! どうぞ二階へ!」

     女性の私でも笑顔が可愛いと思うウェイトレスさんに二階の個室に案内されます。
     カウンターのところにあるお持ち帰り用のお菓子を横目に見つつ、私とレスカさんは階段を上ります。ダッチェスはいったんボールに戻っていました。

     ウェイトレスさんの手によって開かれた扉の向こうには、小柄な緑のヘアバンドを付けた彼がいました。
     立ち上がる彼はやはり背が低い。ですがその物腰は堂々としていました。
     流石は、現在のヒンメル地方を守っている一人、というところでしょうか。

    「どうも初めまして、オイラは自警団<エレメンツ>のソテツだ」
    「<国際警察>のラストと申します、こちらは付き添いのレスカさん。本日は来てくださりありがとうございましたソテツさん」

     軽く会釈をしたのちに、要件を催促されます。

    「聞きたいことがあるって伺ったけど、端的に言ってなんだい?」
    「まあ、“ヨアケ・アサヒ”さん、のことですね」
    「やっぱりアサヒちゃんのことか」

     へらへら、とまではいかなくても苦笑を浮かべるソテツさん。
     彼も、ヨアケさんのことを聞かれると想定していたのでしょう。

    「ええ。今指名手配中の“ヤミナベ・ユウヅキ”と共に現場にいたというヨアケさんのことについて情報が欲しいのです」
    「……ちなみにそっちはどこまで情報を掴んでいる? 探偵に探らせていたみたいだけど」

    (ミケさん存在バレてますやん)とレスカさんがぼやいた気がしました。私にテレパシー能力はないので気のせいかもですが。

    「ヨアケさんが八年前の“闇隠し事件”の時ヤミナベと【オウマガ】にいらしたこと、その後<エレメンツ>に長い間居たこと。それと推測ですが、彼女は事件前後の記憶がヤミナベに奪われている可能性が高いこと、ですね」
    「……なるほどね。だいたい知っている感じじゃないか。改めて聞くことあるのかなこれ」

     肩をすくめたソテツさんに、私は「いやいやありますよ」と話を終わらせないようにします。

    「それは?」

     ソテツさんは、あくまでボロを出さないようにこちらの言うことを待つ姿勢を見せました。
     この目は、守るべきもののある人の目だ。そう感じました。 
     そんな彼に敬意を表しつつ、切り込んでいきます。

    「ヨアケさんが八年間、どこでどう過ごしていたか、です」

     今回の私の引き出したい情報は、ヨアケさんが<エレメンツ>にどういう扱いをされていたか。最初からそれ一本でした。

    「八年間ほど一緒に居た貴方たち<エレメンツ>なら、知っているんじゃありませんか?」
    「まあ、知っているさ」
    「詳しく、お聞きしてもよろしいですか?」
    「……………………悪いが、オイラの一存ではできない」

     自白に近い認め方ですが、かわされましたか。
    では、ここでこのカードを切らせていただきましょうか。

    「そうですか。じゃあ、こうしましょう。レスカさん」
    「はい」
    「ソテツさんとポケモンバトルをしてください」

     二人が、目を丸くしました。
     それからレスカさんは、苦笑い。ソテツさんも口元を歪ませます。

    「ええと何で、ですか?」
    「ソテツさんは<エレメンツ>中でもトップクラスにバトルが強い方……“一般人”のレスカさんと一戦交えて、親睦を深めるかもしれません」
    「あー、確かに熱いバトルをできる相手は単純に好きだね。そんな相手にポロっと内輪のこと喋るのはあるかも」

     ソテツさんは意図に気づいて乗ってきてくれました。
     レスカさんは小声で私に確認を取ります。

    (現役の国際警察には直に言いにくいことでも俺なら、か……そういうことですかラストさん……)
    (私はあくまでバトルを勧めているだけです)

     しらばっくれる私がソテツさんには面白く見えたのか、彼はしばらく笑っていました。上手な笑い方ですね。

    「手合わせ、していただいてもいいですかソテツさん?」
    「いいよレスカ君、バトルしようじゃないか。あとオイラに敬語はいらないよ」
    「そうですか。ほな、よろしくお願いしますわ」
    「うむ、よろしく」

     握手をする二人。二人とも穏やかな笑みを浮かべ……。

    「レスカ君がどのくらいやれるのか楽しみだよ」
    「お手柔らかに頼みますわ」

     ほほえましい光景でした。


    ***************************


     【ソウキュウシティ】にあるバトルルームを借りて、レスカさんとソテツさんは1対1のシングルバトルをされることになりました。
     私はダッチェスと観客席と見学です。審判? 私はやりませんよ。
     代わりに審判をしてくださるのは、ソテツさんのお弟子さんのガーベラさんという女性でした。

    「わざわざ来てもらって悪いね、ガーちゃん」
    「ガーちゃんじゃありません、ガーベラです。以後お見知りおきを」
    「ラストです。よろしくお願いいたします」
    「レスカです。頼みます。審判」

    「はい、頼まれました」とガーベラさんがバトルコートの中央端に立ち、両サイドに立った対戦者のお二人にモンスターボールからポケモンを出すよう促します。

    「頼んだ、ハーク!」
    「任せたよ、フシギバナ」

     レスカさんがハークというニックネームの硬い皮膚のよろいポケモンバンギラスを、ソテツさんは大きな花を背負ったフシギバナをボールから出しました。

    「それでは、ソテツさん、レスカさん。準備はいいでしょうか」
    「いつでもいいよ」
    「俺も、大丈夫や」

     彼女は一息大きく吸い、右手を天に掲げ……下ろします。

    「では――――始め!」

     先に動いたのはソテツさんとフシギバナ。

    「『グラスフィールド』」

     その掛け声とともに、フシギバナを中心にあたり一帯、草が生い茂りました。
     確か、そのフィールドの恩恵は、地面に接している者の体力を徐々に回復し、草タイプの技の威力を上げるもの。
     ハークも回復の恩恵を受ける代わりに、自分たちの攻撃力を上げてきましたか。
     フィールドを展開中のフシギバナに、レスカさんはハークに的確な指示を出します。

    「『あくのはどう』!」

     フィールド生成は終わってしまいましたが、黒く鋭い波導光線が、フシギバナにヒット。ひるませます。

    「『りゅうのまい』!」

     ひるませてから、余裕を持って『りゅうのまい』を舞うハーク。攻撃力と素早さをぐん、と上げ、体勢を整えました。

    「フシギバナばら撒け!」

     フシギバナの背中の花から、何か粒のようなものが一斉に周囲にばら撒かれました。その何かは『グラスフィールド』の中に落ちていき、所在を目視で判断するのは難しそうです。

    「そんなら! 『ストーンエッジ』で……「させるなフシギバナ!」」

     遠距離の物理技をさせようとしたレスカさんに、
     その指示をいち早く聞いた、フシギバナより素早いはずのハークに――

     ――ソテツさんとフシギバナは割り込みました。

     フシギバナの巨体が、『ストーンエッジ』の発生するポイントを高速で通過します。
     フシギバナは、草の上を滑っていました。

    「『グラススライダー』!!」

    『グラススライダー』。
     その技は、グラスフィールドがある場所で真価を発揮し、相手より早さを得る技でした。
     フシギバナの高速タックルがハークを突き飛ばします。

    「天井に掴まれフシギバナ!」
    「く、『あくのはどう』っ!」

     反動で宙に浮かんだフシギバナは器用に『つるのムチ』で天井に掴まって、勢いを活かして『あくのはどう』をかわしハークの背後を取ります。

    「もう一度『グラススライダー』!」

     回り込まれたハークは、今度はもっと遠くに突き飛ばされます。
     その落下点は、先ほどばら撒かれた何かの上。

    「今だ」
    「しまっ――!」

     起き上がろうとするハークの体を、草の陣地から生えた“宿り木”がからめとります。

    「ハーク!」

     なんとか立ち上がり振りほどくも、残った『やどりぎのタネ』がハークの体力を蝕んでいきます。それは『グラスフィールド』の回復を上回るスピードでした。

    『やどりぎのタネ』で奪い、『グラスフィールド』の恩恵を受けているフシギバナはぴんぴんしています。レスカさんとバンギラスは、ジリ貧でした。
     そこで彼は、この技を選択します。

    「もういっぺん『りゅうのまい』!」
    「一撃に賭ける気だね……フシギバナ、待ちの構え」

     生い茂る草のフィールドの中、舞うハークと待ち構えるフシギバナ。ハークの攻撃力がさらに上がり、うまく 技が決まれば回復量を突破して削り切れます。

     次のやり取りで、決着がつく。そんな予感がしました。

     舞を終え呼吸を整えたハークを見届けたソテツさんが、手招きします。

    「来いよ」
    「いくで――――」

    「『グラススライダー』!」

     真正面から滑って突っ込もうとしたフシギバナに、レスカさんは――――特殊技を指示。

    「『あくのはどう』!!」

     射線、ドンピシャで『あくのはどう』を叩き込みます。いくら相手より早く技を発動できるからと言って、怯むような威力の光線を真正面から受ければ、その動きは止まります。

    「今や! 接近戦に持ち込めハーク『ほのおのパンチ』!!!」

     ハークは拳に業火を纏わせ、すさまじいスピードでフシギバナに接近します。
     そしてフシギバナに攻撃が――――届きませんでした。

     激しく地面に叩きつけられる音がしました。
     一瞬の出来事でした。
     超速で突っ込んだハークは、前に転んでいました。

     ハークの足元にあるのは、草むらに隠れつつも成長したほかの宿り木に引っ掛けられピンと張られた『つるのムチ』。

     その持ち主は、言わずもがな。

    「『グラススライダー』」

     仕込みのうまさが際立った、決着の一撃でした。


    「バンギラス戦闘不能! よって勝者ソテツさん!」

    ***************************


    「すまんな、お疲れハーク」
    「フシギバナ、ありがとう」

     互いにポケモンにねぎらいの言葉をかけつつ。二人は感想戦に入りました。

    「いやあ、終始『グラスフィールド』に苦い思いをさせられましたわ……」
    「ははは、どうも。レスカ君は『あくのはどう』で相手の動きを封じ、『りゅうのまい』でアドバンテージを徹底的に上げる戦い方をしていたね。こういうのは自分のペースを作ったら強いと思ったよ」
    「そのペースがかき乱されまくっていましたけどね。『やどりぎのタネ』、憎い」
    「まあ『やどりぎのタネ』はプレッシャーを与える技でもあるからね」
    「フィールドと言えば、バトルフィールドをうまく作ってましたなソテツさん。天井ぶら下がりとか、宿り木に引っ掛けたロープとか。あかんやっぱ『やどりぎのタネ』憎いわ」
    「さんざん『りゅうのまい』を積んだあの局面でそれをブラフにして『あくのはどう』をぶつけてきたレスカ君も肝が据わっているよ。ロープ仕込んでなければ痛い一撃もらっていただろうね」
    「ロープって、保険だったんです?」
    「いや狙っていたよ?」
    「でしょうね。“来いよ”って思い切り言っていましたし」

     感想戦が一区切りつく頃、私は先ほどのカフェで買っておいたお菓子で買収したダッチェスの頭を撫でつつ、笑い合う二人の様子を見ていました。でも、ソテツさんは何か考えているようでした。

    「レスカ君とハークの戦い方は、なんていうか……生き残るための戦い方だね」
    「どうして、そう思いはるんです?」
    「無茶をあまりしないからだよ。いや、無茶をする戦い方に慣れていないというか。悪い意味じゃないよ?」
    「あー、そう、だったんですかね……確かに思い切りはなかったかもしれません」
    「オイラもそういう傾向があるけど、負けられない人の戦い方だなと思ったよ。でも……」
    「でも?」

     ソテツさんはヘアバンドを下げつつも。
     レスカさんの瞳をじっと見て、こう伝えました。

    「負けない戦い方だけじゃ、守れないものもあるんだよね」

     自身の経験なのか、誰かからの教えなのかはわからないですが。
     その言葉は、私も含め、全員に刺さる言葉でした。

     ダッチェスがするりと私の腕から抜け出します。
     レスカさんに近寄ったかかと思いきや、ソテツさんの足元にすり寄りました。
     戸惑うソテツさんにレスカさんはさらに彼を困惑させる言葉を一つ、言いました。

    「ダッチェスはええ人には懐くんです」
    「……ええ人なもんか。八年間みんなで軟禁し続けて、その上オイラは私利私欲であの子を苦しめ続けているんだから」

     ソテツさんは、そう一言呟いたあと、多くは語りませんでした。
     でもダッチェスはソテツさんとの別れを惜しむくらい、彼に懐いていました。






    あとがき


     ビターな感じになってしまいましたが、POKENOVELのレイコさん作「NEAR◆◇MISS」よりレスカさんと、自作「明け色のチェイサー」よりソテツさんとのコラボポケモンバトルでした!
     レスカさん、なんていうか古傷えぐってごめん。でもバトル描写楽しかったです……!

     以前お花見の企画が上がったときにミナトさんとアプリコットちゃんの短編を書いて頂いたころから何かしらお返し短編が描きたかったので、この機会に書けてよかったです。
     改めて、レイコさん、レスカさんをお貸しくださりありがとうございました!


      [No.4162] Re: ハロウィンとてをつなぐ 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/11/06(Fri) 23:26:18     20clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    おつありです……!!
    イラストは容量の問題ですね……!
    ユウヅキ君視点のエピソードは実はマサポケでは初なので、超レアですね。
    本編との落差はありますが、このエピソード単体でも楽しめるようになっているといいな……。
    (本編読んでる方は、切なく思ってくださるといいなと思っていたのでやりました、すみませんありがとうございます。)
    そんも手を離さざるを得なかったユウヅキ君の心情は、と想像したらしんどくなりますね。本編頑張ります。
    また番外編も本編も頑張りますお楽しみに!
    感想&読んでくださりありがとうございました!


      [No.4161] Re: かわいい!!! 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/11/06(Fri) 23:19:20     24clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    だいぶ遅くなってすみません!!! 読んでくださり感想までくださりありがとうございました!!
    最初は可愛いハネッコがジャンプにい挑む話の想定だったのですが、見た目のわりに泥臭いハネッコがジャンプに挑むという形になっていました。一人称マジック?
    ハネッコジャンプというタイトル自体はポケモンチャンネルというゲームの中にあったゲームから持ってきています。モチーフですね作品の。
    進化の余地があるチョイスにはあえてしてあります。各々個々で生き残るにはまだ実力を伴っていない、だからこそ知略を巡らせるという感じにしたかったので……!
    最後の展開胸熱といっていただき嬉しいです……!
    熱血展開好きなんです……!

    改めて、ありがとうございました!!!!


      [No.4160] Re: ハロウィンとてをつなぐ 投稿者:レイコ   投稿日:2020/11/05(Thu) 20:23:42     19clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    投稿お疲れ様です。

    なんということ…!
    こちらにはイラスト掲載されていないのですか…某所に投稿されていたハロウィンイラストが素敵だったので意外です。マサポケ限定の読者さんは、子ユウヅキさんたちの仮装姿を頑張って想像してくださいね…(涙)

    子ユウヅキさん視点によるアサヒさんとの過去、チェイサー本編はアサヒさんビドーさん視点が多いことを踏まえると、レアな部類のエピソードですよね。
    ハロウィン仮装、詳細に描写されていてとっても可愛いです! 成長後のお二人も仮装をさらっと着こなしそうですね。スタイルいいし私服もおしゃれですものね!
    子アサヒさんと一緒にクッキーを焼いたり、連れて行かれると身を案じる子ユウヅキさんの一人称は微笑ましくも切ない……
    アサヒさんと離れ離れになっている本編との落差が……二人はこんなにお互いを思いやっているのに……お互いを必要としているのに、本編は何故……ドウシテ……

    未来を知る読者としては、その手を離さないで!離しちゃダメー!と届かない叫び声をあげることしかでき…ない…!
    アサユウの魅力たっぷりなハロウィン作品をありがとうございました。次なる番外編もチェイサー更新も楽しみにお待ちしております。


      [No.4159] ハロウィンとてをつなぐ 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/10/29(Thu) 00:00:01     52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



    旅の途中で泊まっていたポケモンセンターの個室の扉が勢いよく開けられる。
    そしてポケモンたちとなだれ込みながら開口一番彼女は言った。

    「ユウヅキ、トリックオアトリート!」

    テブリムという髪の毛の多くて大きな帽子を被ったようなポケモンの仮装をした短い金髪の少女、アサヒは仮装させた手持ちのドーブルのドル、パラセクトのセツ、デリバードのリバ、ラプラスのララ、ギャラドスのドッスー、グレイシアのレイと一緒に俺にお菓子を要求した。フルメンバーだな。
    というかちょっと待て。狭い。全員は入らない。テブリムの仮装のせいか、いつもよりごり押し気味だ、アサヒ。
    流石に入りきらないことに気づいたアサヒはしぶしぶドル以外のポケモンをボールにしまった。
    そんなテンション下がり気味な彼女にさらに申し訳ないが、俺は謝った。

    「悪いアサヒ、今日だと忘れていた……何も用意していないのだが」
    「じゃあイタズラするよ!」
    「何をされるんだ……」
    「ハロウィンを忘れていたユウヅキに私が仮装をさせるよ」

    意気揚々、というよりは若干真顔に近いアサヒ。
    「……なるべく、お手柔らかにお願いします」と小声で言ったのち、着せ替え人形にされた。


    △▼△▼△


    結局グラエナをイメージした仮装をさせられた。黒い自分の髪にふさふさの耳とかシッポを付けるなんて初めてしたな。このまま歩き回るのは結構度胸と勇気が要りそうだ。
    アサヒに仮装された俺の手持ちのサーナイトとゲンガーとオーベムとヨノワールが俺の恰好をほほえましそうに笑いながら見ていた。また狭くなった。メタモンに至っては、俺に変身をしようとしてさらにいっそう周りの笑いを呼んでいた。アサヒのドルは笑いをこらえていた。お前らな……。

    俺は苦笑いも混じっていたが、アサヒが楽しそうだったので、まあいいかとなっていた。

    ひとしきり笑った後、彼女は次の提案をした。

    「じゃ、一緒にお菓子でも作ろうか!」
    「作るのか」
    「まあね。いつでも誰からでもトリックオアトリートって言われても良いようにね」

    確かにアサヒ以外にイタズラをされるという場面はあまり想像したくなかった。
    調理室のスペースを借りて、ポケモンたちにも手伝ってもらいながらクッキーを一緒に作った。大所帯だ。
    その結果、調子に乗って作りすぎた。

    「あー分量間違えた……みんなにも食べてもらったけど、余っちゃったね」
    「いざ要求されても渡せるには渡せるが、多いな」

    なんとなく俺は、この次アサヒが言い出すことは想像ついていた。

    「うん、お菓子もあるし街のお祭り行こうか」
    「行くのか」
    「行くよ、一緒に」
    「この格好のまま?」
    「うん」

    ポケモンセンターの職員さんに「あら似合っていますね、行ってらっしゃい」と笑顔で送り出された。


    △▼△▼△


    日が傾きかけたころの街並みを、二人で歩く。手持ちの皆にはいったんボールに戻ってもらっていた。
    オレンジや紫の飾り、カボチャやゴーストポケモンをもじった仮装をしている人やポケモンが騒がしくしていた。俺の手持ちにもゲンガーやヨノワールがいるせいか、心なしかゴーストタイプのポケモンがいつもより多い気がした。
    夕時になり、人込みやポケモンたちが増えてくる。
    俺が混雑に酔い疲れているのをアサヒに見抜かれ、人の少ない場所へ移動することに。
    せっかく作ったクッキーは、まだ誰にも渡せていなかった。

    アサヒが、テブリムの帽子を外した。そのまま帽子を抱きながら、うなだれていた。
    彼女も疲れたのだろうかと心配になると、アサヒはさっきまでのパワフルさとは打って変わってしんみりしていた。

    「ごめんユウヅキ。あんまり人込み得意じゃないのに連れまわしちゃって」

    俺に謝るアサヒ。

    「お菓子作りにも付き合わせちゃって、慣れない恰好させちゃって、無理させてごめん」
    「謝る必要なんてない。それよりアサヒは、楽しめたのか?」
    「ちょっとは。ユウヅキは?」
    「俺も、ちょっとは楽しかった。慣れないことばかりで困惑したのはまああるが、謝ることなんて、何もない」

    アサヒが少しだけはにかむ。その顔が見れただけでも、今日一日付き合ってよかったと思った。
    ……口にはなかなか出せないが。

    「わっ」

    彼女の驚いた声につられ、視線をそちらに向ける。
    草の茂みの中から、カボチャが……いや、カボチャに似たポケモン、大きいバケッチャが転がり出てきた。
    バケッチャの後には小さな角のメェークル、オレンジの電気ネズミ、デデンネが次いで飛び出してくる。

    バケッチャが、メェークルとデデンネにまじないをかけていた。
    すると、メェークルとデデンネの姿がわずかに透けて、二体はバケッチャとともに宙を飛び始めた。

    「あれ、バケッチャの『ハロウィン』だ……!」
    初めて見た、とアサヒは感激していた。
    バケッチャの種族が使えるという『ハロウィン』の技は、相手にゴーストのタイプを与える技だ。相手を一時的に幽霊にする技、でもある。

    こちらに気づいたバケッチャ。
    アサヒの周りをくるくると回り、笑うバケッチャ。

    「え、私にもかけてくれるの?」

    その時、ふと俺は思った。
    『ハロウィン』の技を人間に使うと、どうなってしまうのか、と。

    気づいたら。俺は、

    「――クッキー、あげるからイタズラは勘弁してくれないか?」

    アサヒの手を引っ張りそばに寄せ、クッキーをバケッチャたちに差し出していた。
    バケッチャたちは喜んでクッキーをほおばり始める。
    そして食べ終えると満足していったように去っていった。

    その姿を見届けた後、握りしめたいた手が急に震え始めた。
    彼女が心配して「どうしたの、大丈夫?」と声をかけてくれる。
    その瞳をじっと見ながら、素直に思っていたことを白状した。

    「アサヒがバケッチャに連れていかれてしまうと思って怖くなった」

    一瞬怪訝そうな顔をしてから、それから照れ始めるアサヒ。

    「そっか。そっかー……私が幽霊になっちゃうんじゃないかって心配してくれたんだね。守ってくれたんだね。ありがとう」
    「クッキーがあってよかった……」

    怖がる俺の手を、アサヒはつなぎなおす。
    その温かさに、ほっとする。
    しばらくの間、この手は離さないようにしたいと思った。


    夜のとばりが落ち、月が照らす帰り道。
    アサヒは月を見上げながら、俺に一つのお願いをした。

    「もし、私がまたユウヅキを置いていきそうになったら、また連れ戻してね」
    「ああ、必ず」

    俺はその願いを聞き入れると、そう彼女に小さな約束をした。

    つないだ手は、まだ離す気にはなれなかった。










    あとがき

    ポケ二次ハロウィン企画で思いついた短編でした。企画がなければ思いつかなかったので、企画主様に感謝です。
    今回は、カフェラウンジ2Fで連載中の自創作、「明け色のチェイサー」の本編時間軸よりだいぶ昔のアサヒちゃんとユウヅキ君のエピソードをかかせていただきました。
    あと、バケッチャの技名、「ハロウィン」の別名の一つが「トリックオアトリート」と知ってこの話にしようと思いつきました。
    ポケ二次ハロウィン企画が盛り上がりますようにと楽しみにしつつ。
    読んでくださり、ありがとうございました!


      [No.4158] Re: 久々の投稿ありがとうございます。 投稿者:あゆみ   投稿日:2020/06/21(Sun) 13:46:09     22clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    お返事ありがとうございます。
    と言うより返事に気づくのが遅くなってしまい逆に申し訳ありません。

    > さゆみさん、久々の投稿ありがとうございます。
    名前がw

    > 十年以上前になりますがダイパの連鎖で色違いをいっぱい捕獲していた人がいたのを思い出しました。
    > なんか高個体値やら、色違いに乱数調整なるものがあるのは知っていたんですが
    > 恥ずかしながら、これ読むまでメロボ乱数を知りませんでした…
    ポケトレを使った連鎖であれば私も当時から努力値がてらゲットしたことがあるので分かります。
    また当時から色違いのポケモンを乱数を駆使して集める、あるいは高個体値の色違いのポケモンをゲットして大会に出す、と言う話は聞いていましたので知っていました。が、当時の私はそう言う環境になかったのでなかなか検証できなかったと言うのもあります。
    多分メロボ乱数もその延長線上に出てきていたとは思いますが、当時は色違いでなくても個体値の高いポケモンを乱数で出す方が主流だったようで、メロボ乱数と言うものがある程度知られ始めたのはXYであかいいとを用いたやり方が広まって以降だったのではと思います。
    もっとも作中でもしれっと「自分で検証した」と書きましたが、そう言う環境が整ったのはここ2、3年のことだったと言うことを付け加えておきます。

    拙文・乱文で大変失礼いたしました。それでは。


      [No.4157] イガグリの精(グリレ?) 投稿者:焼き肉   投稿日:2020/06/15(Mon) 19:17:13     21clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ポケマスのグリレ……になるはずだった女子三人+ほぼグリーン+レッドな日常ssです。具体的な描写はないですが苦手な人は気になるかもしれないです。




     こうかばつぐんを取ろうというミッションに駆り出されたのは、タイプの違う花のような女子三人であった。カントー古来の和の花のようなエリカ、春先の草花のようなコトネ、女優に贈られる花束のようなメイ。三者三様、三つ揃いのエナジーボールはサクサクポンポン規定の回数を稼いで行った。トドメの一撃で繰り出されたエリカのはなびらのまいに、パチパチと贈られる拍手。

    「レッドさん!」

     女子らがきゃらきゃら、レッドの方へ寄っていく。

    「……」
     
     スッとレッドが差し入れのクッキーと飲み物のボトルを差し出す。

    「あっこの包み!ユイさんからですか?」

     ピカチュウが風船で空を飛んでいる絵が描いてあるラッピングを見て察するメイに、レッドがコックリうなずく。

    「もしかしてわたくし達のバトルを、先程から見守ってくださっていたのですか?」
    「…………」
    「あら、声をかけてくださったら良かったのに」

     気を使うエリカに、レッドは後ろの相棒を見た。いつもと変わらない、威圧感さえあるリザードン。でも今日はちょっとだけ、バディのレッドとも他のバディーズとも距離を取っている。

    「うーん……もしかしてリザードンが気にして距離を取ろうとしてたのを宥めていたんですか?」

     メイの顎に手を当てて言う考察に、レッドはうん……と肯定。なるほど、メイ達の草タイプポケモンに炎タイプは天敵だ。

    「『リザードンはとても強いポケモンだけれど、同時にとても優しいポケモンでもあるんだよ』ってウツギ博士が言ってました」

     その炎を自分より弱いポケモンに向けることはない。コトネが博士の研究の手伝いをしていた時、ホウエン地方の図鑑説明を見て印象に残った一文だ。戦いでもあるまいに、自分が草ポケモンとそのトレーナー達が群れているところへ、わざわざ割って入って雰囲気を乱すこともあるまい。離れて鎮座する赤い竜はそう言っているように見えた。誰も気にしないよ。って伝えたんだけどなあ。困った顔のレッドはリザードンよりはわかりやすく表情で語っている。

    「撫でてもいいかな?」

     リザードンの存外柔らかい視線と目を合わせてコトネが訊くと、リザードンは低く吠えて頭を下げた。

    「わー、温かい! あたしのチコリータと触り心地やっぱりちがうね!」
    「ムム……ジャローダとは少し似ているかもしれませんね」
    「どっしりとしたただずまいが樹木花のようですわ」

     和やか休憩ムードになって、リザードンはチコリータとコトネを乗せ、辺りをブンブン飛び回り、きゃいきゃい乗客達をはしゃがせていた。気を使って距離を離していたリザードンよりずっといい。リザードンが褒められてぼくも嬉しい。リビングレジェンドとかぼく自身が言われるより嬉しい。レッドはクッキーとか分けてもらいながらニッコニコだった。

     ふと、視界の隅の茂みに見覚えのあるものが顔を出していた。美しい色合いの、長い葉っぱのようなもの。多分ピジョットだ。そちらに寄って見ると、もう少し控えめな明るい茶色い頭髪も、近くの茂みからニョッキリ、不自然に生えていた。

    「……グリーン?」
    「何のことだ?オレ様は遠いアカネのもりという場所からやって来た、イガグリの精だ」

     イガグリもオレ様とか言うのか。レッドが知っている範囲で、オレ様とか言う奴は一人しかいない。あっ木の上にモモンのみが実ってる!  

    「空を越え海を越え時空を越え、ここにピジョットとやって来たんだ」

     背が低い木だからいけるな。ブチブチ難なく三つ取って「美味そうなきのみの匂いがする!」って感じで茂みから飛び出して来た、とさかの下のくちばしにモモンのみを放り込み、力説に夢中になったせいで茂みから生えてきた、イガグリの精の握った拳を歌のごとくほどいてモモンを持たせる。

    「モゴモゴ……このモモンのみでけえな……」

     ホントだデカイ。食うのに難儀しているピジョットのくちばしのモモンを裂いてちょっとずつあげる事にした。おいしいおいしいとピジョットは鳴いた。

    「イガグリの精だって言ってんだろ!! 木の実同士で共食いさせんな!!」

     あっグリーンが生えてきた。正確に言うと立って正体をあらわした。シルフスコープいらずだ。

    「レッドさん、そんなすみっこで何やってるんですか?」

     コトネ達がわいわいやって来る。ポケモンも含めた、複数の視線がグリーンに集中する。

    「いやあの、コレはだなあ、覗き見とかじゃなくてめっちゃナチュラルに女子に混じってるレッドとリザードン達の中にちょーっと割って入りにくかったというかなあ…………」

     ピジョットはまだデカイモモンのみの何分の一かをンまーい! と食べている。

    「ややや、やーい! そんなかわい子ちゃん侍らせてニヤニヤしてるようじゃ、オレのライバルとしてまだまだだなあ!」

    「かわい子ちゃんって言い方、ずいぶん久しぶりに聞きましたわ」
    「古い言い伝えが多いジョウトの方でも幻のポケモン級ですね、ヒビキくんと見たセレビィ級かも」
    「かわい子ちゃんってなんですか?」

     悪意のない女子達のコメントにグリーンの恥ずかしいボルテージが上がっていく。何をそんな恥ずかしがっているのやら。引っ込みがつかなくなってて更に自爆しそうだったので、レッドは手を握ってグリーンを茂みから引っ張り出す。

    「……今グリーンはイガグリの精だから大丈夫、向こうで一緒にクッキーを食べよう」
    「お、おおう! イガグリの精のオレ様は、クッキー大好物だぜ!」

     解散ムードになるまで、グリーンはイガグリの精と言う事になった。


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