マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.4159] ハロウィンとてをつなぐ 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/10/29(Thu) 00:00:01     52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



    旅の途中で泊まっていたポケモンセンターの個室の扉が勢いよく開けられる。
    そしてポケモンたちとなだれ込みながら開口一番彼女は言った。

    「ユウヅキ、トリックオアトリート!」

    テブリムという髪の毛の多くて大きな帽子を被ったようなポケモンの仮装をした短い金髪の少女、アサヒは仮装させた手持ちのドーブルのドル、パラセクトのセツ、デリバードのリバ、ラプラスのララ、ギャラドスのドッスー、グレイシアのレイと一緒に俺にお菓子を要求した。フルメンバーだな。
    というかちょっと待て。狭い。全員は入らない。テブリムの仮装のせいか、いつもよりごり押し気味だ、アサヒ。
    流石に入りきらないことに気づいたアサヒはしぶしぶドル以外のポケモンをボールにしまった。
    そんなテンション下がり気味な彼女にさらに申し訳ないが、俺は謝った。

    「悪いアサヒ、今日だと忘れていた……何も用意していないのだが」
    「じゃあイタズラするよ!」
    「何をされるんだ……」
    「ハロウィンを忘れていたユウヅキに私が仮装をさせるよ」

    意気揚々、というよりは若干真顔に近いアサヒ。
    「……なるべく、お手柔らかにお願いします」と小声で言ったのち、着せ替え人形にされた。


    △▼△▼△


    結局グラエナをイメージした仮装をさせられた。黒い自分の髪にふさふさの耳とかシッポを付けるなんて初めてしたな。このまま歩き回るのは結構度胸と勇気が要りそうだ。
    アサヒに仮装された俺の手持ちのサーナイトとゲンガーとオーベムとヨノワールが俺の恰好をほほえましそうに笑いながら見ていた。また狭くなった。メタモンに至っては、俺に変身をしようとしてさらにいっそう周りの笑いを呼んでいた。アサヒのドルは笑いをこらえていた。お前らな……。

    俺は苦笑いも混じっていたが、アサヒが楽しそうだったので、まあいいかとなっていた。

    ひとしきり笑った後、彼女は次の提案をした。

    「じゃ、一緒にお菓子でも作ろうか!」
    「作るのか」
    「まあね。いつでも誰からでもトリックオアトリートって言われても良いようにね」

    確かにアサヒ以外にイタズラをされるという場面はあまり想像したくなかった。
    調理室のスペースを借りて、ポケモンたちにも手伝ってもらいながらクッキーを一緒に作った。大所帯だ。
    その結果、調子に乗って作りすぎた。

    「あー分量間違えた……みんなにも食べてもらったけど、余っちゃったね」
    「いざ要求されても渡せるには渡せるが、多いな」

    なんとなく俺は、この次アサヒが言い出すことは想像ついていた。

    「うん、お菓子もあるし街のお祭り行こうか」
    「行くのか」
    「行くよ、一緒に」
    「この格好のまま?」
    「うん」

    ポケモンセンターの職員さんに「あら似合っていますね、行ってらっしゃい」と笑顔で送り出された。


    △▼△▼△


    日が傾きかけたころの街並みを、二人で歩く。手持ちの皆にはいったんボールに戻ってもらっていた。
    オレンジや紫の飾り、カボチャやゴーストポケモンをもじった仮装をしている人やポケモンが騒がしくしていた。俺の手持ちにもゲンガーやヨノワールがいるせいか、心なしかゴーストタイプのポケモンがいつもより多い気がした。
    夕時になり、人込みやポケモンたちが増えてくる。
    俺が混雑に酔い疲れているのをアサヒに見抜かれ、人の少ない場所へ移動することに。
    せっかく作ったクッキーは、まだ誰にも渡せていなかった。

    アサヒが、テブリムの帽子を外した。そのまま帽子を抱きながら、うなだれていた。
    彼女も疲れたのだろうかと心配になると、アサヒはさっきまでのパワフルさとは打って変わってしんみりしていた。

    「ごめんユウヅキ。あんまり人込み得意じゃないのに連れまわしちゃって」

    俺に謝るアサヒ。

    「お菓子作りにも付き合わせちゃって、慣れない恰好させちゃって、無理させてごめん」
    「謝る必要なんてない。それよりアサヒは、楽しめたのか?」
    「ちょっとは。ユウヅキは?」
    「俺も、ちょっとは楽しかった。慣れないことばかりで困惑したのはまああるが、謝ることなんて、何もない」

    アサヒが少しだけはにかむ。その顔が見れただけでも、今日一日付き合ってよかったと思った。
    ……口にはなかなか出せないが。

    「わっ」

    彼女の驚いた声につられ、視線をそちらに向ける。
    草の茂みの中から、カボチャが……いや、カボチャに似たポケモン、大きいバケッチャが転がり出てきた。
    バケッチャの後には小さな角のメェークル、オレンジの電気ネズミ、デデンネが次いで飛び出してくる。

    バケッチャが、メェークルとデデンネにまじないをかけていた。
    すると、メェークルとデデンネの姿がわずかに透けて、二体はバケッチャとともに宙を飛び始めた。

    「あれ、バケッチャの『ハロウィン』だ……!」
    初めて見た、とアサヒは感激していた。
    バケッチャの種族が使えるという『ハロウィン』の技は、相手にゴーストのタイプを与える技だ。相手を一時的に幽霊にする技、でもある。

    こちらに気づいたバケッチャ。
    アサヒの周りをくるくると回り、笑うバケッチャ。

    「え、私にもかけてくれるの?」

    その時、ふと俺は思った。
    『ハロウィン』の技を人間に使うと、どうなってしまうのか、と。

    気づいたら。俺は、

    「――クッキー、あげるからイタズラは勘弁してくれないか?」

    アサヒの手を引っ張りそばに寄せ、クッキーをバケッチャたちに差し出していた。
    バケッチャたちは喜んでクッキーをほおばり始める。
    そして食べ終えると満足していったように去っていった。

    その姿を見届けた後、握りしめたいた手が急に震え始めた。
    彼女が心配して「どうしたの、大丈夫?」と声をかけてくれる。
    その瞳をじっと見ながら、素直に思っていたことを白状した。

    「アサヒがバケッチャに連れていかれてしまうと思って怖くなった」

    一瞬怪訝そうな顔をしてから、それから照れ始めるアサヒ。

    「そっか。そっかー……私が幽霊になっちゃうんじゃないかって心配してくれたんだね。守ってくれたんだね。ありがとう」
    「クッキーがあってよかった……」

    怖がる俺の手を、アサヒはつなぎなおす。
    その温かさに、ほっとする。
    しばらくの間、この手は離さないようにしたいと思った。


    夜のとばりが落ち、月が照らす帰り道。
    アサヒは月を見上げながら、俺に一つのお願いをした。

    「もし、私がまたユウヅキを置いていきそうになったら、また連れ戻してね」
    「ああ、必ず」

    俺はその願いを聞き入れると、そう彼女に小さな約束をした。

    つないだ手は、まだ離す気にはなれなかった。










    あとがき

    ポケ二次ハロウィン企画で思いついた短編でした。企画がなければ思いつかなかったので、企画主様に感謝です。
    今回は、カフェラウンジ2Fで連載中の自創作、「明け色のチェイサー」の本編時間軸よりだいぶ昔のアサヒちゃんとユウヅキ君のエピソードをかかせていただきました。
    あと、バケッチャの技名、「ハロウィン」の別名の一つが「トリックオアトリート」と知ってこの話にしようと思いつきました。
    ポケ二次ハロウィン企画が盛り上がりますようにと楽しみにしつつ。
    読んでくださり、ありがとうございました!


      [No.4158] Re: 久々の投稿ありがとうございます。 投稿者:あゆみ   投稿日:2020/06/21(Sun) 13:46:09     22clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    お返事ありがとうございます。
    と言うより返事に気づくのが遅くなってしまい逆に申し訳ありません。

    > さゆみさん、久々の投稿ありがとうございます。
    名前がw

    > 十年以上前になりますがダイパの連鎖で色違いをいっぱい捕獲していた人がいたのを思い出しました。
    > なんか高個体値やら、色違いに乱数調整なるものがあるのは知っていたんですが
    > 恥ずかしながら、これ読むまでメロボ乱数を知りませんでした…
    ポケトレを使った連鎖であれば私も当時から努力値がてらゲットしたことがあるので分かります。
    また当時から色違いのポケモンを乱数を駆使して集める、あるいは高個体値の色違いのポケモンをゲットして大会に出す、と言う話は聞いていましたので知っていました。が、当時の私はそう言う環境になかったのでなかなか検証できなかったと言うのもあります。
    多分メロボ乱数もその延長線上に出てきていたとは思いますが、当時は色違いでなくても個体値の高いポケモンを乱数で出す方が主流だったようで、メロボ乱数と言うものがある程度知られ始めたのはXYであかいいとを用いたやり方が広まって以降だったのではと思います。
    もっとも作中でもしれっと「自分で検証した」と書きましたが、そう言う環境が整ったのはここ2、3年のことだったと言うことを付け加えておきます。

    拙文・乱文で大変失礼いたしました。それでは。


      [No.4157] イガグリの精(グリレ?) 投稿者:焼き肉   投稿日:2020/06/15(Mon) 19:17:13     22clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ポケマスのグリレ……になるはずだった女子三人+ほぼグリーン+レッドな日常ssです。具体的な描写はないですが苦手な人は気になるかもしれないです。




     こうかばつぐんを取ろうというミッションに駆り出されたのは、タイプの違う花のような女子三人であった。カントー古来の和の花のようなエリカ、春先の草花のようなコトネ、女優に贈られる花束のようなメイ。三者三様、三つ揃いのエナジーボールはサクサクポンポン規定の回数を稼いで行った。トドメの一撃で繰り出されたエリカのはなびらのまいに、パチパチと贈られる拍手。

    「レッドさん!」

     女子らがきゃらきゃら、レッドの方へ寄っていく。

    「……」
     
     スッとレッドが差し入れのクッキーと飲み物のボトルを差し出す。

    「あっこの包み!ユイさんからですか?」

     ピカチュウが風船で空を飛んでいる絵が描いてあるラッピングを見て察するメイに、レッドがコックリうなずく。

    「もしかしてわたくし達のバトルを、先程から見守ってくださっていたのですか?」
    「…………」
    「あら、声をかけてくださったら良かったのに」

     気を使うエリカに、レッドは後ろの相棒を見た。いつもと変わらない、威圧感さえあるリザードン。でも今日はちょっとだけ、バディのレッドとも他のバディーズとも距離を取っている。

    「うーん……もしかしてリザードンが気にして距離を取ろうとしてたのを宥めていたんですか?」

     メイの顎に手を当てて言う考察に、レッドはうん……と肯定。なるほど、メイ達の草タイプポケモンに炎タイプは天敵だ。

    「『リザードンはとても強いポケモンだけれど、同時にとても優しいポケモンでもあるんだよ』ってウツギ博士が言ってました」

     その炎を自分より弱いポケモンに向けることはない。コトネが博士の研究の手伝いをしていた時、ホウエン地方の図鑑説明を見て印象に残った一文だ。戦いでもあるまいに、自分が草ポケモンとそのトレーナー達が群れているところへ、わざわざ割って入って雰囲気を乱すこともあるまい。離れて鎮座する赤い竜はそう言っているように見えた。誰も気にしないよ。って伝えたんだけどなあ。困った顔のレッドはリザードンよりはわかりやすく表情で語っている。

    「撫でてもいいかな?」

     リザードンの存外柔らかい視線と目を合わせてコトネが訊くと、リザードンは低く吠えて頭を下げた。

    「わー、温かい! あたしのチコリータと触り心地やっぱりちがうね!」
    「ムム……ジャローダとは少し似ているかもしれませんね」
    「どっしりとしたただずまいが樹木花のようですわ」

     和やか休憩ムードになって、リザードンはチコリータとコトネを乗せ、辺りをブンブン飛び回り、きゃいきゃい乗客達をはしゃがせていた。気を使って距離を離していたリザードンよりずっといい。リザードンが褒められてぼくも嬉しい。リビングレジェンドとかぼく自身が言われるより嬉しい。レッドはクッキーとか分けてもらいながらニッコニコだった。

     ふと、視界の隅の茂みに見覚えのあるものが顔を出していた。美しい色合いの、長い葉っぱのようなもの。多分ピジョットだ。そちらに寄って見ると、もう少し控えめな明るい茶色い頭髪も、近くの茂みからニョッキリ、不自然に生えていた。

    「……グリーン?」
    「何のことだ?オレ様は遠いアカネのもりという場所からやって来た、イガグリの精だ」

     イガグリもオレ様とか言うのか。レッドが知っている範囲で、オレ様とか言う奴は一人しかいない。あっ木の上にモモンのみが実ってる!  

    「空を越え海を越え時空を越え、ここにピジョットとやって来たんだ」

     背が低い木だからいけるな。ブチブチ難なく三つ取って「美味そうなきのみの匂いがする!」って感じで茂みから飛び出して来た、とさかの下のくちばしにモモンのみを放り込み、力説に夢中になったせいで茂みから生えてきた、イガグリの精の握った拳を歌のごとくほどいてモモンを持たせる。

    「モゴモゴ……このモモンのみでけえな……」

     ホントだデカイ。食うのに難儀しているピジョットのくちばしのモモンを裂いてちょっとずつあげる事にした。おいしいおいしいとピジョットは鳴いた。

    「イガグリの精だって言ってんだろ!! 木の実同士で共食いさせんな!!」

     あっグリーンが生えてきた。正確に言うと立って正体をあらわした。シルフスコープいらずだ。

    「レッドさん、そんなすみっこで何やってるんですか?」

     コトネ達がわいわいやって来る。ポケモンも含めた、複数の視線がグリーンに集中する。

    「いやあの、コレはだなあ、覗き見とかじゃなくてめっちゃナチュラルに女子に混じってるレッドとリザードン達の中にちょーっと割って入りにくかったというかなあ…………」

     ピジョットはまだデカイモモンのみの何分の一かをンまーい! と食べている。

    「ややや、やーい! そんなかわい子ちゃん侍らせてニヤニヤしてるようじゃ、オレのライバルとしてまだまだだなあ!」

    「かわい子ちゃんって言い方、ずいぶん久しぶりに聞きましたわ」
    「古い言い伝えが多いジョウトの方でも幻のポケモン級ですね、ヒビキくんと見たセレビィ級かも」
    「かわい子ちゃんってなんですか?」

     悪意のない女子達のコメントにグリーンの恥ずかしいボルテージが上がっていく。何をそんな恥ずかしがっているのやら。引っ込みがつかなくなってて更に自爆しそうだったので、レッドは手を握ってグリーンを茂みから引っ張り出す。

    「……今グリーンはイガグリの精だから大丈夫、向こうで一緒にクッキーを食べよう」
    「お、おおう! イガグリの精のオレ様は、クッキー大好物だぜ!」

     解散ムードになるまで、グリーンはイガグリの精と言う事になった。


      [No.4156] Re: あなたを迎えに 投稿者:焼き肉   投稿日:2020/06/14(Sun) 23:24:11     16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    いきなりトレーナーの遺体の頭部が見つからないというショッキングな出だしから始まり、奥さんもそれで精神が不安定になっているという描写で落ち込みましたが、熱さも切なさもある話でした。

    絆の証の鈴付きのバンダナが、死してもなおエネの事を守ったのが泣かせてくるなあ……。ゲンガーの外道っぷりがゴーストタイプとかゲンガーとかの種族は関係ねえ、生まれついての悪って感じですげえムカムカ来ました。ゲンガーVSエネコロロの心理戦も熱い。

    重いですが、トレーナーとポケモンの絆から始まり絆で終わる(締めの一文的にも)、ポケらしい作品だなと思います。


      [No.4155] 私信 投稿者:No.017   投稿日:2020/06/14(Sun) 13:41:28     13clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    よかった…生きていた。
    そして生存報告がここにあった…
    ツイッターが消えていたのでまさか自殺してしまったのか!?
    とか変な心配をですね…

    よかった。よかった。

    感想じゃなくて私信で申し訳ないですが、返信しました。


      [No.4154] Re: いいなあ……。 投稿者:No.017   投稿日:2020/06/14(Sun) 13:36:32     29clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想ありがとうございます。
    海岸を歩く、に関しては筆者の江ノ島の体験をもとにしています。
    夜の海って暗くて、黒くて、不可視領域で、得体の知れない者が潜んでいる気がしてわくわくするんですね。
    ミミッキュですが海岸散歩していて出会った、みたいのを想像しています。


      [No.4153] 久々の投稿ありがとうございます。 投稿者:No.017   投稿日:2020/06/14(Sun) 13:32:01     24clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    さゆみさん、久々の投稿ありがとうございます。
    十年以上前になりますがダイパの連鎖で色違いをいっぱい捕獲していた人がいたのを思い出しました。
    なんか高個体値やら、色違いに乱数調整なるものがあるのは知っていたんですが
    恥ずかしながら、これ読むまでメロボ乱数を知りませんでした…


      [No.4152] SPSP -Shiny Pokemon sensitive person- 投稿者:あゆみ   投稿日:2020/04/15(Wed) 20:49:37     29clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    お久しぶりです。そして初めての方は初めまして。(と言うより初めましての方が大多数だとは思いますが…)
    だいぶご無沙汰しておりましたが、久々に1本書いてみました。
    なお、本文中に登場する人物名はすべてフィクションであり、実在する人物名や団体名などとは全くの無関係であることをあらかじめお断りしておきます。


    「SPSP -Shiny Pokemon sensitive person-」

     この星の不思議な生き物・ポケモン。900種類に迫る数のポケモンが発見されており、今この瞬間も新しいポケモンが発見されている。
     その中でも、普段のポケモンと身体の色が違うポケモンは「色違い」と呼ばれ、その稀少性から珍重されている。しかし、そもそも色違いのポケモンに遭遇する確率は4,000から8,000分の1と言われており、生半可なことでは見つけることはできない。
     しかし、中には、そうした色違いのポケモンに、他の人とは比べ物にならないほどの高い確率で遭遇するトレーナーがいる。そうしたトレーナーを呼ぶ名称として、近年、「SPSP(色違いセンシティブパーソン)」と言う名称が提唱されている。

    <きっかけはミミロップ>

     シンオウ地方・コトブキシティに住む笹島晴日(ささしま・はるひ)さん(34)。彼女は10歳のときにポケモントレーナーとしての旅に出て以来、20年以上に渡って各地方を回って旅を続けてきた。
     笹島さんが不思議な体験をしたのは、10年ほど前、ホウエン地方からシンオウ地方に戻ってきて間もなく、ホウエン地方でゲットしたミミロルが、ハクタイの森でミミロップに進化してからだった。
     「ミミロップを連れていたら、野生で出てきたムウマやヤミカラスが、なぜか色違いのポケモンだったんです」
     笹島さんがそのときゲットしたムウマ、ヤミカラスは、今ではそれぞれムウマージ、ドンカラスに進化しているが、色違いだったのはそのムウマやヤミカラスだけで、ミミロップは進化前のミミロルから一貫して本来の体色を持っていたのだ。
     「それだけではないんです。ミミロップを連れているときに出会ったポケモンは、その多くが色違いだったんです」
     テンガン山の麓でゲットしたポニータ。ノモセシティの大湿原でゲットしたグレッグル。笹島さんが利用しているポケモンホームには、他にも多くの色違いのポケモンが預けられている。しかし、中でも目を引くのは、ハードマウンテンに行ったときにゲットしたと言う色違いのヒードランだ。
     「私も最初見たとき、まさかとは思いました。ヒードラン自体があまり見かけないポケモンでしたし、思わず目を疑ってしまいました」

    <イーブイがニンフィアに進化したら…>

     笹島さんと同じような人は、シンオウ地方だけでなくジョウト地方にもいる。
     ジョウト地方・ヨシノシティに住む畑中安奈(はたなか・あんな)さん(29)。畑中さんの不思議な体験は、カントー地方でゲットしたイーブイがニンフィアに進化してから始まった。
     「ニンフィアに進化したのが嬉しくって、他のトレーナーともバトルしてもっと強くしようって思って、ニンフィアを連れて歩いていたときだったんです」
     フスベシティから29番道路に抜けるマウンテンロード・45番道路。そこで畑中さんが見かけたのが、色違いのエアームドだった。
     「最初見たときは『色違いのポケモンだ!』と思って、びっくりして慌ててモンスターボールを投げたんです。幸いすぐにゲットできたんですけど…」
     畑中さんの体験はそれからも続く。
     「29番道路に着くまでの間に見かけたポケモン、今でも覚えてるんですけど、10匹以上は色違いだったんです」
     そのときにゲットしたのは、エアームドのほか、ゴマゾウやイシツブテと言った45・46番道路で多く見かけるポケモン、エイパムやヘラクロスと言った、木の上や森の中でよく見かけるポケモンだった。
     その後も、ニンフィアを連れているときによく色違いのポケモンを見かけたと言う畑中さん。だが、畑中さんの体験はそれだけではない。
     「カントーに行く用事があって、ヤマブキシティまでリニアで行って、そこからハナダシティに行く途中だったんです」
     ヤマブキシティからハナダシティに向かう途中に通るカントー5番道路。このときも畑中さんはニンフィアを連れていたのだ。
     「森の中からミツハニーが飛び出してきたんですけど、そのミツハニー、色違いの♀だったんです」
     ミツハニーは、♀がビークインに進化する一方、今に至るまで♂の進化系は発見されていない。その一方で、♂と♀の割合は、♂が圧倒的に多く、一説には7:1と言われている。
     「今ではビークインに進化してるんですけど、初めて見たときはとても驚きました。まさか、♀のミツハニーの色違いをこの目で見るなんて思ってなかったんです」

    <鍵を握るのは『メロメロボディ』と『性別』?>

     2名の女性の体験談。笹島さんはミミロップ、畑中さんはニンフィアを連れているときに色違いのポケモンをよく見かけると言う。連れているポケモンが違うとは言え、これはSPSPの特徴に他ならない。
     カントー地方・ハナダシティでポケモンの研究に携わる関根えみり(せきね・えみり)博士(31)。自身もSPSPだと言う関根博士はこう語る。
     「SPSPの鍵を握っているのは、連れているポケモンが持つ特性と、そのポケモンの性別だと言われています」
     関根博士が着目したのは、笹島さんと畑中さんが色違いのポケモンを見かけたときに連れていたポケモン。笹島さんはミミロップ、畑中さんはニンフィアだったが、2匹が共通して持っている特性に注目した。
     「メロメロボディですね」
     ポケモンは、1つから3つの特性を持つ。中には珍しい特性を持つポケモンもいるが、ミミロップはメロメロボディ、ぶきよう、じゅうなんの3つ、ニンフィアはメロメロボディとフェアリースキンの2つの特性を持つ。2匹のポケモンが共通して持っている特性こそがメロメロボディなのだ。
     「メロメロボディの特性を持つポケモンを連れて歩いていると、そのポケモンと違う性別のポケモンに出会いやすくなるんです」
     メロメロボディの特性は、ポケモンバトルでは直接攻撃してきたポケモンをたまにメロメロ状態にすると言う効果があるが、バトル以外でメロメロボディの特性を持ったポケモンを連れていると、そのポケモンと違う性別のポケモンと出会いやすくなると言われている。
     「そのとき、その違う性別のポケモン――出会いやすくなる性別のポケモンが、色違いになりやすいと言われているんです」
     笹島さんはこう語る。
     「私のミミロップは♀です」
     一方の畑中さんはこう話す。
     「私のニンフィアは♂です」
     では、笹島さんがゲットした色違いのヒードランはどう説明がつくのだろうか。関根博士はこう話す。
     「いわゆる伝説や幻のポケモンとされるポケモン、あるいはそれに近いとされるポケモンは、その多くが性別不明とされていますが、ヒードランだけは例外で、♂♀の両方が確認されています。恐らく、このケースですと♀のミミロップを連れていたと言うことでしたので、色違いとして出てきたのは♂のヒードランだったのではないでしょうか」

    <メロメロボディの特性を持ったポケモンの性別もまた重要?>

     また、関根博士によると、メロメロボディの特性を持ったポケモンの性別もまたSPSPの鍵を握っていると言う。
     「メロメロボディを持ったポケモンだからと言って、そのポケモンの性別が♂♀どちらでもいいと言うわけでもないんです」
     関根博士自身が、メロメロボディの特性を持つポケモンを連れてフィールドワークしたところによると、メロメロボディの特性を持った♂のポケモンを連れていたときは色違いのポケモンをよく見かけたのに対して、♀のポケモンを連れていたときは、全く見かけなかったのだと言う。
     「色違いのポケモンと出会いやすくなるにしても、メロメロボディの特性を持ったポケモンがどの性別かを調べてみることも大切だと思います」
     また、関根博士はこう語っている。
     「SPSPは、色違いのポケモンを見かけやすくなる、いわゆる人間の生まれ持った『特徴』、『気質』なのです。間違っても病気ではありません。言い替えれば、人間の『特性』かもしれませんね」

     関根博士によると、SPSPのポケモントレーナーの割合は、自身が気付いていないだけで、1パーセントから多くて5パーセントはいるのではないかとしている。
     人間とポケモンは、遥かな昔から共存して生きてきたが、ポケモンに様々な特性があるように、SPSPは人間の持つ「特性」なのかもしれない。



    <あとがき>

     このお話の題材としたのは、現在に至るまで賛否両論が繰り広げられている乱数調整、それも第4世代(ダイヤモンド・パール・プラチナ・ハートゴールド・ソウルシルバー)で登場した、ID調整をすることでメロメロボディの特性を持つポケモンを先頭にすると色違いのポケモンと出会いやすくなると言う、いわゆる「メロボ乱数」と呼ばれているものです。
     普通にゲームを進めていれば滅多なことではお目にかかれない色違いのポケモン。それをIDを調整、さらにメロメロボディを持ったポケモンを連れて旅をすることで格段に出会いやすくなる、と言うものは、ともすれば本格的に色違いのポケモンを粘っている方とは対極的な位置にあるものだと思います。ですが、もしゲームやアニメの登場人物がそう言う体質のもとに生まれてきたとしたらどう言った感じになるのか、というのもイメージして書いてみました。
     本作のタイトルである「SPSP(Shiny Pokemon sensitive person、作中では『色違いセンシティブパーソン』)」と言うのは、少々難しい分野ではありますが、心理学用語の「HSP(Highly sensitive person)」から拝借しています。和訳すると「人一倍敏感な人」「人一倍感受性の強い人」と言うニュアンスですが、色違いのポケモンと人一倍出会いやすい気質の持ち主と言うことから拝借させていただきました。
     また、作中の登場人物の「はるひ」「あんな」「えみり」については、本当に色違いと出会いやすくなるのか、自分で検証した第4世代のソフトでつけた主人公の名前から拝借いたしました(もっとも大昔本棚で連載していた拙作を他のサイトにて展開している続きに同名の人物を出しており、そこから主人公の名前にしたと言うのもありますが)。名前を拝借するに当たり、「はるひ」は晴れた日と言うニュアンスから、「あんな」は40年以上前のクリスマスソングのタイトルから漢字を当てましたが、「えみり」は字が思い付かなかったためひらがなにしました。

     なにぶん久々に書いてみましたので、拙い文章になってしまっていましたらすみません。以上です。


      [No.4151] 蒼桜の彼方 投稿者:雪椿   投稿日:2020/04/15(Wed) 10:14:29     29clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※本編にはブルーな場面、残酷な場面があります。苦手な方は注意して下さい。


     桜舞う季節。満月の日、夜桜公園に植えられている「願いの桜」の花びらを持って寝ると、夢の中蒼い桜が舞い散る場所で蒼いミュウと出会える――。

     講義室でそんな噂を聞いた私は、すぐに行動することにした。すぐにと言っても今は講義室の中。実際に行動するのはしばらく後になるだろう。逆にこれだけのために早退できる気がしない。罪悪感と相応の代償に押しつぶされてから、窓から吹く風に乗って飛ばされてしまう。
     行動しようとは思ったものの、こういう噂は大抵面白おかしさ優先で考えられた根拠もないものが多いことはわかっている。本当のこともあるかもしれないが、それはそれだ。仮に実行したとしても別の夢を見るか、仮に見ても噂の影響が出ただけだろう。……あ、後者だとある意味では噂通りになった、と考えるべきだろうか。まあ、それはどうでもいい。
     とりあえず、噂なんてそんなものだ。だというのに、その噂を信じて行動してみようと思うのには理由がある。別に私は伝説や幻のポケモンに会ってどうこうしたい訳じゃない。ただ、蒼い桜と蒼いミュウという単語で思うところがあった。それだけだ。
     幸いにも今日がその満月の日。夜桜公園は学校の帰り道で十分寄れるから、わざわざ遠回りする必要もない。さすがに花びらをそのまま持って寝るのはアレだから、押し花にして栞でも作ろう。読書をするのは好きだから、栞はいくらあっても困らない。むしろ最近の電子書籍ブームは少しどうかと思う。時代の流れもあるから別にそれを否定するわけじゃないが、紙だからこその良さというものもあるんじゃないかと思う。
     ついでだから、花びらを持ち帰る前にコンビニで新しい小説でも買って来るとしよう。そう決めると、私はこれでもかというくらい眠気を誘う講義と戦うことにした。ちなみにこの段階で起きているのはもう私だけだった。……確かに実は教師がポケモンで、催眠術でも使っているのかと思うくらいには眠い。それを入れたとしても、私以外寝ているというのはそれはそれでどうなのだろう。皆余裕がある、ということだろうか。

    *****

     最後の講義が終わってからさっさとコンビニに寄ったものの、私の興味を引くような小説はなかった。というよりも、買ったことのあるタイトルばかりだった。本好きのあまり新しいのが出る度に買いあさっていたことが、こんなところで裏目に出るとは……。いや、だからといって害はないのだが。
     そうだとしても、新たな本を買えなかったことはショックだった。その影響でやや肩を落としながら歩いていると、すれ違った子どもが空を見て「スターミーだ!」と叫んだ。空にスターミーはいない。確かに宇宙からやってきたとの説はあるが、こんなまだ夕方にもなっていない空にいるはずがない。そもそも飛べるのだろうか。
     疑いと期待を胸に空を見上げてみると、そこにはスターミーに見えなくもない雲が浮かんでいた。なるほど、さっきの子どもはこれを見て叫んでいたのか。私が見てもただ変わった形をしているな、としか考えられなかっただろう。子どもの想像力、恐るべし。
     こんなことを考え、ふと私は私がとっくに子どもの思考ではなくなっていることに気が付く。大人の階段を登って来たと思えば嬉しいものの、子どもらしい柔軟な発想を忘れてきた証拠と思うと寂しい部分もある。もう少ししたら完全に大人の思考になってしまい、岩タイプのような固い考えしかできなくなるのだろうか……。
     考えを巡らせれば巡らせるほど何だか悲しくなってくるが、今は感傷に浸っている場合じゃない。噂にある蒼いミュウと出会うためにも、夜桜公園に行かなくては。

     時間を無駄にするものかと早足で向かったせいか、少しばかり荒い息で目的地へと辿り着いた。公園にある桜は多いが、噂にあった「願いの桜」は一本しかない。他の桜は満開だというのに一本だけ咲いていない。だから、どれが目的のものかはすぐにわかる。咲いていない理由は単純に品種が違うから、らしい。
     ちなみにどうしてその桜が「願いの桜」と呼ばれているかというと、他の桜は一重咲きで淡いピンクなのにその桜だけ八重咲で薄黄色だからだ。その珍しさからいつからか月の明るい夜に行くと願いが叶うという噂が生まれ、「願いの桜」と言われるようになったらしい。
     と、ここで私はある重大な事実に気が付いた。「願いの桜」はまだ咲いていない。だというのに、その花びらが必要な噂が流れているのだ。これは明らかに矛盾している。矛盾に気が付くと、すぐに行動した私が馬鹿らしく思えてくる。やはり噂は噂だった、ということだろう。きっと蒼い桜と蒼いミュウも作り話で、作り主は矛盾を無視して流したに違いない。
     そう自分を納得させて帰ろうとした時、ふとどうして蒼い桜と蒼いミュウなのだろうと思った。桜は今の季節にぴったりなものの、わざわざミュウと結びつける必要はない。それを、蒼で固定する必要もだ。春らしい噂を流したかったのなら、普通の桜とミュウで十分だったはず。噂のきっかけを作った本人は一体どういう思いで流したのだろう。
     気にはなるものの、こういう噂は出処を探したところで見つかるとは思えない。さっさと帰って読み返したい小説を読もう。さっと頭を切り替えて足を踏み出すと、小さくカサリという音が聞こえた。茂みにコラッタでもいるのだろうか。もし襲い掛かってきたら大変だ。校内にポケモンを連れて来てはいけない、という謎の決まりから相棒のチェリムは家でニンフィアと一緒にお留守番状態だ。これではチェリム自慢の日本晴れソーラービームをお見舞いできない。
     こういう時に限ってスプレーやピッピ人形は持っていない。というより普段から持ち歩いていない。最悪自分の力でどうにかするしか……いや、相棒を出さずに野生のポケモンに勝利するってどんなトレーナーだ。もう相棒いらないだろう、それ。非公式でジム巡りできるぞ。
     脳内でそんなセルフツッコミをしている間にも時は過ぎているが、コラッタと予想した音の原因はいつまで経っても出てくる気配がない。おかしいな、と首を傾げつつ音が聞こえた方に目を向けてみると、そこには小さく平ぺったい何かが落ちていた。なるほど、これが落ちた音だったのか。ちょうど風が吹いているから、それに乗って飛んできたのだろう。
     何だろうと持ち上げてみると、それはちょうど「願いの桜」の花びらを押し花にしたと思われるラミネートの栞だった。
    「……?」
     気のせいでなければ、私はこれは見た覚えがある。というより使った覚えがある。私が数年前に「彼」から貰い、そのまま愛用していたものだ。どうしてこれがここに。悪戯好きなポケモンが入り込んで盗んできたのだろうか。仮にそうだとしても、ここで落とすなんてタイミングが良すぎる気もするが。空を見てもそれらしき影は見えない。
     ポケモンの正体は気になるが、この栞があるのなら新たな花びらを持ってくる必要はなかったということになる。もしかすると、目覚めるまで矛盾に気が付かずにいられたかもしれない。そう思うと自分の記憶力を恨めしく思うが、既に起こったことを恨んでも仕方がない。
     溜息を吐きつつジーンズのポケットに突っ込むと、私は今度こそ家に帰ることにした。

    *****

     そこは蒼い桜が咲く湖の畔だった。桜と湖、私の立つ地面の場所はまるで切り取られたような漆黒が広がり、先に何があるか予想することができない。風が吹くでもなくひらりはらりと蒼が舞い、水面に落ちては静かにいくつもの波紋を広げていく。私は桜のすぐ傍に立ち、ただそれを見ていた。
    「……」
     音もなく繰り広げられるそれはまるで意図されたショーのようで、私は思わず息を飲む。最近やっと手に入れたスマホ(残念ながらロトムは入っていない)があれば写真を撮ったというのに、今の私は何も持っていなかった。一体どこに置いてきたのだろう、と首を傾げたところで、気が付いた。

     私は、こんなところに来ていない。

     そもそも、私は家に帰ってから一度も外に出ていなかった。記憶の一番新しいところで覚えているのは、何もしないでテレビを見ていたら夜になったのでベッドで寝たことだけ。窓はしっかりと閉めたし、もし何かが侵入したら番ポケと化したチェリムとニンフィアが黙っていない。いつもと変わったことをした覚えは……、あった。
     寝る前、スタンドの横にあの栞を置いていたのだ。噂を確かめる必要は皆無に近いほどなくなっていたものの、まだ噂が完全に嘘ではないかもしれない、と思う自分がいてやってしまった。まさか、本当に見られるとは。噂を広げた人も私と同じように花びらを押し花か栞にでもしていたのだろうか。
     私は今まで明晰夢というものを見たことがなかったが、こういうのが明晰夢というのか。確かに夢だと言われれば納得するくらい、幻想的な風景だ。本当に写真が撮れないのが残念でならない。最も、写真を撮れたとしても現実に持ち帰ることは不可能に近いとは思うが。
     ……さて、噂の蒼い桜を見られたのはいい。だが、噂のもう一つの主役、蒼いミュウがどこにもいない。これでは本当の意味で噂通りになったとは言えない。仮にこれが私の未練が生み出した夢であるのなら、ここには間違いなくミュウがいるだろう。いないとなると偶然と産物となるが、タイミングの良さとクオリティを考えるとそうとも考えにくい。
     と、頭の中で色々と考えをこねくり回していてもミュウが現れるわけじゃない。夢ならそう思えば現れる気もするが、そうしたら何かに負けたという考えが頭をよぎるのでできない。こうなったら夢から醒めてもう一度寝るべきか。ちゃんと同じ夢を見られるかどうかは別としても、噂の二つが揃わない場所でずっと花見をしているよりはマシだ。……花見をするのは嫌いじゃない。一人で見るのが寂しいだけだ。
     一度起きるにしても、普通の夢ではないから少しやり方がわからない。起き方にやり方も何もない、と言われればそれまでだが、自然に起きるのを待っていてはそれこそずっと一人でお花見状態だろう。
    「……頬でもつねってみるか?」
     いや待て、それは夢かどうかを確かめる方法だ。既に夢だと知っている状態でやっても意味がないだろう。そもそも痛覚が機能していないであろう点で既にダメだ。やってもただの愉快な人になってしまう。他の方法を考えないといけない。
    「う〜む……」
    「何を悩んでいるの?」
    「いや、どうやって目覚めようかと考えていてな。それにしても、君の声は随分と私の知り合いに――って、うわぁ!?」
     物凄く自然に話しかけられたからそのまま答えてしまったが、首を動かした結果視界に入ってきたものを見て私は驚きから思わず尻餅をついてしまった。なぜなら、そこにはあれほどいないいないと思っていた蒼いミュウがいたからだ。ミュウは私の驚きようを見ておかしそうにクスクス笑っている。
     ……人だと思い込んで動いた結果、視界にミュウのどアップが映り込んだら誰でも驚くだろう、普通。口許でぶつぶつと言いながら立ち上がると、ミュウはその長い尻尾をゆらりと揺らす。
    「あ、ごめんごめん。大げさなリアクションをするミコトを見るのが久しぶりで、つい」
     口ではごめんと言いながらもクスクス笑うのを止められないミュウを見て、私は笑われたことで生まれた感情よりも先に驚きを覚えた。会ったのがたった今なのだから、ミュウが私の名前を知っているはずがない。この空間で一人自己紹介という寂しい芸を披露した覚えがないことを踏まえると、これはおかしい。いくら私の夢だとしても、想定外すぎる。
     それに今の声。私の知っている限り、あの声で私のことを名前、しかも呼び捨てにするのは彼しかいない。そんな、まさかと信じられない気持ちを抱えながらも、思わず彼の名前を口にしていた。

    「君は……カナタ、なのか?」

     私の問いに、ミュウは嬉しそうにコクリと頷く。その反応はまさにあのカナタを思わせるもので、ふと懐かしさがよぎった。しかしそれと同時に現実も脳裏をよぎり、懐かしさが一気に悲しみへと塗り替えられる。気が付くと、私は先ほど全く同じ気持ちを抱えた状態で言葉を吐き出していた。

    「いや、それでも信じられない。君は、カナタは――」

     数年前の今頃、死んだはずなんだ。

    *****

     カナタはいわゆるお隣さんで幼馴染、というありふれた関係だった。少し経ってからは唯一無二の親友とも言える大切な存在になっていた。私も彼もポケモンバトルは好まなかった、というよりも上手くなかったため、相棒ができても一緒に散歩をしたり遊んだりしてばかりだった。
     ちなみに私の相棒は当時はまだチェリンボだったチェリム。カナタの相棒はイーブイだった。私は苗字の影響か桜が好きだったから選んだ。カナタも苗字の影響か青が好きだったから、てっきりシャワーズにでも進化させるのかと思っていた。しかし、予想は外れてニンフィアだった。イーブイが色違いなら疑問にもならなかったが、通常色だったからかなり驚いたものだ。理由は秘密としか言ってくれなかったので、今も理由は知らない。
     それから私達は偶然にも同じところを進み、共通の友達こそ作らなかったものの十分青い春を満喫していた。だが、ある時からカナタの生活に歪みが生じ始める。あれは確か、イーブイがニンフィアに進化してからだった。
     始まりは机の落書きだった。それから机に花を置かれる、何かのイベントで仲間はずれにされる、陰口を囁かれる、モンスターボールを隠される、ネットへ事実とは反する大量の書き込みをされる……。それ以外にも、カナタは口に出すのも吐き気がするようないじめを受けていた。
     幼稚なものが多かったのは事実だが、いくらか年齢を重ねている分、質が悪い。きっかけは、カナタの相棒がニンフィアになったから、というつまらない理由だった。ニンフィアは女性が相棒にするポケモンだろう、などという馬鹿げた意見が通るのだったら、私はどうなるというんだ。私の相棒も女性に合いそうなチェリムで名前も入れると格好の的だぞ、おい。
     ……いや、あいつらにとってきっかけなどどうでもいいのだ。クラスの中で一番いじめやすそうなのがカナタだった。それだけの理由だ。私はもちろんカナタを庇った。すぐに仕返しとして、チェリムの日本晴れソーラービームコンボを首謀者達へと喰らわせた。過激かもしれなかったが、カナタが負った傷を思えば妥当と言える仕返しだと思う。
     そうしたら案の定というか何というか、先生達は私を徹底的に悪者扱いし、こちらが親と共に謝りに行く事態になった。その時に出た金額も金額だったことから親にもこっぴどく叱られ、怒鳴られ、チェリムを野生に返される可能性まで出たくらいだ。確か、それからこの地域では校内でのポケモン携帯を禁止する条例ができた気がする。
     問題児のレッテルを貼られた私がいくらカナタのいじめを訴えても、先生達はクラスの表面的な意見を見るだけに留めた。仮に勇気を出してアンケートに書かれた真実があったとしても、ことごとく無視されただろう。カナタが泣きながら言っていたのだから間違いない。学校での味方は私だけと考えても過言ではない状況だった。
     レッテルのお陰もあってか私が見ている時は何もないようだったから、私達はなるべく一緒にいるようにした。だが、その頃すっかり私の行動を信じられなくなっていた両親が、反省も含めて登校するのをしばらく控えるよう言ってきたのだ。もちろん何を言われたところで行くつもりだったのだが、父の相棒だったスリーパーの催眠術を使って物理的に止めてきた。あれは一種の軟禁だった。
     そうして親が私を軟禁している間、カナタは遺書を残してアパートの屋上から飛び降りた。高さも高さだったことと、頭の打ちどころが悪かったことからほとんど即死だったらしい。私は軟禁が終わってからこの事実を聞かされ、酷く憤慨した。親友を亡くした悲しみに襲われ、ただ涙を流していた。
     カナタが死んでも学校はいじめの事実を認めず、カナタの両親の行動もあって今年やっと事実を認めた。色々と見直すと言っているが、本当にそうなるかはわからない。いじめの首謀者達についても言われていたが、ちゃんと相応の罰が与えられたかどうか怪しいところだった。
     私はそれからすぐに独り暮らしを始めた。とはいっても本格的に独り暮らしを始めたのはここ最近で、それまでは学校とポケモンセンターを往復していた。ずっと宿としてだけ使うのも申し訳ないので、長期の休みに入ったら形だけのジム巡りをしたりポケモンバトルをしたりしていた。
     家を出た理由は両親にある。カナタのいじめに関する事実を知っても尚、私にも原因があったのではと言ってくる二人とこれ以上一緒に暮らせる気がしなかったのだ。代わりに共に暮らすことにしたのは相棒のチェリムと、カナタの相棒だったニンフィア。葬儀の後、感情の整理がつかずこのまま世話を続けられる気がしない、というカナタの両親に預けられたのだ。
     ニンフィアは最初カナタがいないことを悲しみ、いつかの思い出に浸っていたのか、なかなかボールから出ようとしなかった。イーブイだった頃から知っていたので、いきなり主となった私を怖がらなかっただけマシだったのかもしれない。知らない間に用意していたフードが減っていたのもありがたかった。これで後を追われたりしたら、私はもうどうしていいかわからなかったかもしれない。
     しばらくしたらボールから出るようになったものの、その目には常に悲しみが満ちていた。今はチェリムと共に不法侵入者を追い払い、エリートトレーナーを倒せるほど逞しくなった。私は鍛えた覚えがないので、チェリム達独自の方法で実力をつけたのだろう。バトルを好まない、上手くないこちらとしては助かるが、負けた相手からどうやって鍛えたのか聞かれた時がやや困る。
     ニンフィアはあの頃よりもずっと強くなった。だが、目に満ちる悲しみは何も変わっていない。きっとその悲しみは、私とチェリムがいくら努力しても消えることはないのだろう。消えるとすれば、ニンフィアを大切な相棒として可愛がっていた彼と再会した時に違いない。
     あれから何度か季節が廻り、また桜の花が舞う季節、カナタの命日が近づいてきていた。チェリム達にも、もう少ししたら墓参りしに行こう、と言っていたのだ。だから、だから――。

    「この場に君がいるなんて、あり得ない!」

     仮に今いるのが夢だからと考えても、おかしい。私が無意識にカナタとの再会を望んでいたのなら、噂に沿ってミュウという形ではなく人のまま出てくるはずだ。誓ってもカナタをミュウだと思ったことはないし、これからも思わないだろう。ここは私が見ている夢のはずなのに、私からすると考えられない出来事が多発しすぎている。もしや、ここは現実でもあるのか? いや、それだと尚更この場所とカナタの説明がつかない――。
     考えすぎで技を発動しているコダックの表情をしていると思われる私に、ミュウことカナタはふわりと体を近づける。
    「いや、十分あり得るよ。ここは蒼の夢。僕とミコトの意識、魂が繋がった特別な空間。僕の願いが反映された場所なんだから」
    「蒼の夢?」
    「うん。ちゃんとした名前は知らないから、僕が勝手にそう呼んでいるだけなんだけどね。心残りが原因でこの世に留まり続けていた僕に、神様が用意してくれた特別な空間なんだ。だから半分夢で、半分現実と思ってくれればわかりやすいと思う」
     カナタの言葉になるほど、といくつかの疑問が氷解した。そのようなファンタジーな空間が実在するかどうか、通常であれば疑うがこの状況を見れば疑いようがない。彼の言葉は事実なのだろう。半分現実であれば、噂の片方がいなかったり私の予想を裏切る展開になってりしてもおかしくない。
    「ここが不思議な空間であることは君の言葉で大体わかった。だが、そのお陰で新たに浮上した疑問もある。君の心残りとは何だ? 神様とは誰のことだ?」
     最期が最期だ。考えれば考えるほどカナタの心残りとなるようなことは思い当たるが、神が誰かわからない。カナタの状態を考えると、伝説か幻のポケモンなのだろうか? そうだとしても、どうしてカナタをミュウにする必要があったのだろう。それこそカナタの願いが反映されている、と考えるべきか? カナタは蒼いミュウになりたかったのか?
    「僕の心残りは、ミコトと一緒に蒼い桜を見ることだよ。大切な約束、だったから。神様は……、ごめん。声しか聞こえなかったから僕もわからない」
     驚くことに、カナタの心残りは私と眼前に咲く蒼の桜を見ることだった。神の正体がわからないのは残念だが、神と名乗るのだからそうそう簡単に正体を明かしてはくれないのだろう。存在だけ知っているのもモヤモヤするから、目覚めたら図書館などで調べてみるのもいいかもしれない。きっと、いい勉強になる。
     ……ちょっと待て。今私は勝手に目の前の問題が全て終わったかのように考えていたが、まだ消化できていないものがあるじゃないか。約束。現実にはあると思えない、蒼い桜を見るという約束。それが果たせなかったことが心残りで、カナタはこの世に留まり続けていた。
     思い当たるものは、一つしかない。そもそも、私が噂を確かめてみよう、と思ってみた原因がこれを思い出したからだ。私はかつて、カナタとそのような約束をした。とはいっても、まだ互いの相棒とも出会っていないような幼い頃だ。あの頃から私は本を読むことが好きで、本に書いてあったことをそのまま信じるような純粋な子どもだった。
     カナタとの約束もその延長線にあるもので、題名は忘れたが蒼い桜と蒼いミュウが出てくるものだった。その挿絵がとても綺麗で幻想的で、いつか行きたいと思うようになっていた。
     そして、その光景が本当にあると信じてしまっていた私は、カナタと約束したのだ。「いつかこの二つを一緒に見よう」と。蒼い桜はどこで咲いているのだろうと考える私に向かって、カナタは真剣な顔で「ミュウなんてめったにみられないから、ぼくがそのミュウになるよ!」と言った。ああ、そうか。だから今彼はミュウとなっているのか。
     ……あんな約束、絶対に叶うはずないじゃないか。そのせいでカナタが留まり続けたのだと思うと、胸が苦しくなってくる。あの約束をすっかり頭の端に追いやっていた自分が腹立たしくなってくる。……親友だったのにカナタを助けられなかったことが、悔しくて悲しくて堪らなくなっている。
    「……すまなかった」
     顔は自然と地面を向き、蒼は隠れてしまった。これではカナタの心残りが果たせない。いや、逆に果たさない方がいいのかもしれない。ずっとカナタと会っていたいから、とかではない。心残りをあえて果たさなければカナタは私を恨むだろう。恨んでくれれば、私は償い続けることができる。過ちを時間と共に忘れずに済む。
    「ミコト」
     カナタの声が落ちると共に、さらさらしたものが頬に触れた。ミュウ特有の長い尻尾だ。顔を上げると、そこにはミュウのどアップが。さすがに二度目なので尻餅をつくことはなかったが、驚いて二、三歩後ずさりをしてしまった。カナタは目に悲しみを湛えながら言葉を紡ぐ。
    「ミコト。自分を責めないで。ミコトは悪くない。悪いのは僕だったんだ。ずっと頼りっぱなしで、少しの間ミコトがいなくなったら絶望して勝手に死んじゃった僕の弱さが悪いんだ。約束も半分は僕の勝手のようなものだから、気にしなくていいんだよ」
    「違う! 私はカナタを助けたいと思ったのに、結局悪い方向にしかいけなかった。私が感情に任せて行動していなければ、君を絶望させないで済んだ。約束も虚実を現実と受け取っていた私に責任がある。悪いのはカナタではなく、この私なんだ……」
     どちらも自分が悪いと主張し、相手は悪くないと叫ぶ。私達は何回も同じ主張と謝罪を繰り返した後、「あれはもう過去の出来事で、どちらにもどうにもできなかった」という結果に落ち着いた。セレビィが目の前にいるのならどうにかできるかもしれないが、変えてしまったら今の私達はいない。それに、変えられても必ずいい結果に終わるとは限らないだろう。

    *****

     桜の蒼は光が当たっているわけでもないのにうっすらと輝きながら宙を舞い、ゆらりはらりと踊っては水面に浮かんでいく。波紋は静かに広がり、完全に消える前にまた別の波紋が広がっていく。これだけ浮かんでいるというのに、一向に花いかだが見られないのは水の流れがないからか。これでは花絨毯だな。
     しかし、水の流れがないのに水面が完全に花で埋もれないというのは不思議だ。散る花の量を考えれば、見える範囲のほとんどが花まみれになっていても変ではないというのに。これも空間が影響しているのだろうか。

    『…………』

     あの時から抱えてきた暗い思いをすっかり吐き出してしまった私とカナタは、何を語るでもなくしばらくぼうっと桜を見ていた。ふと、一度は浮かんだものの完全に忘れかけていた疑問が頭をよぎる。
    「そういえば、噂はどうやって流したんだ? 私が偶然栞を拾わなかったら、君は一生夢に出てこられなかった気がするんだが」
    「ああ、言っていなかったね。僕はこの空間がある時限定で、現実にも干渉することができたんだ。つまり、この姿でだけど外に出られたというわけ。でもこの姿は目立ちすぎるから、少し工夫したけどね」
    「工夫?」
    「ミュウが『変身』を使えるのは知っているよね? それを利用したんだ。ミコトがどこに通っていたかは魂だった時に知ったから、あとは学生に変身してこんな噂を聞いたって言えばいいだけ。その時だけの相手の顔なんて覚えていないだろうから、怪しまれることはなかったよ」
     ……少し気になるワードが飛び出したが、心残りを思えば様子を見ていても変ではないだろう。それについては追及することなく、違う疑問をぶつける。
    「なぜわざわざ噂という形にした? しかも、キーアイテムが必要な形にして。そんなことをしなくても、直接私に言えばそれで済むじゃないか。あと、伝える段階で必要な花びらの矛盾には気が付かなかったのか?」
    「神様は舞台は用意してくれたけど、鍵もかけていてね。あの公園の花びらを近く置いた状態で寝ないと、この夢を見られないようにされていたんだよ。……それに、直接事実を言ってもミコト、信じてくれないでしょ?」
    「……う」
     確かに、突然知らない人に言われても信じていなかっただろう。噂という形で耳にしたからこそ、確かめてみようという気持ちになった部分はある。
    「それに、僕が伝えた噂は普通の桜の花びらを持って寝るとそういう夢を見る、というものだよ。いつの間にか内容が少し変わっちゃたみたいだね。ミコトは真面目だから矛盾に気が付いたら諦めると思って、姿を消した状態で慌てて部屋から栞を持ってきたのはいい思い出だよ」
     ……明らかに犯罪の匂いがする文が出たが、彼は故人で今はポケモンと同じ存在だった。気にしたら負けだ。カナタがアポを取らずにあがることなどよくあったじゃないか。あれと同じと考えればそれほど気にはならない。今はいちいち気にしていてはダメだ。
     そう自分に言い聞かせると、本当に気にならないようになってきた。暗示はこういう状況でも効くものなんだな、と感動に近いものを覚える。これからは脳内で処理しきれないと思ったら、こういう暗示に頼るのもいいかもしれない。キャパシティーオーバーで耳から白煙が出るかもしれない、と思う状態になるよりはずっといい。
     再び無言で桜を眺める。相変わらず枝は風もないのに揺れ、蒼を舞わせる役を買って出ている。風もないのに揺れる木など普通に考えればホラーかオーロットかと思うが、場所の影響もあってかホラーな印象は受けない。どちらかというと、どこか儚げで悲しみを帯びているような印象を受ける。
    「――あ」
     突然、カナタが何かを思い出したように声をあげた。忘れていただけで、実はまだ心残りがあったのか――? 構える私をよそに、カナタが続きを紡ぐ。
    「ねえ、ミコトは桜の花――この場合は普通のやつ、がどうしてあの色をしているのか知っている?」
    「詳しくは知らないから、今度調べてみよう。……いや、違うな。君が言いたいのは、もしかしてあの話か? 言葉を聞くと何やら物騒な、あの」
    「そう。それ。僕はこの桜にも当てはまるんじゃないかと思っているんだ。最も、この場合は僕の魂だろうけど」
    「……魂?」
     死体よりはマシかもしれないが、それはそれで物騒だなと思う。もしそれが当てはまるのなら、今もカナタは文字通り魂を削ってこの場にいる、ということになってしまうじゃないか。砂時計の砂が目の前で減っているのを見て楽しめるほどの覚悟は、私にはない。目を逸らし、ないものとしてしまうだろう。
     カナタはどうなのだろうか。ミュウになっているからか明らかな表情の変化はわからないが、楽しんでいる、笑っているのは雰囲気や動きからわかる。既に故人だから、どうってことないのだろうか。……いや、違うな。魂を削る。それはつまり「消滅」を意味するのだろう。意識が、存在が完全に消えるのをそんな簡単に受け流せるとは思えない。
     もしや、とカナタを見ると、タイミングを計ったかのように声が聞こえてきた。
    「ミコト。神様のお陰もあったとはいえ、どうして僕が今になって突然こんなことをしようとしたのか、わかる? 未練を持った魂はずっとこの世にいてはいけないんだ。だから、いつまではいてもいいと期限が設けられる。僕の場合はそれが今年、この季節が終わる頃だったんだ」
    「……期限を過ぎると、どうなるんだ?」
    「神様から聞いた話によると、そのまま消滅するか悪霊となるか、ゴーストタイプに変化することが多いみたい。僕は神様にこんな場所まで用意して貰ったから、期限関係なしに事が終わったら消えちゃうかもしれないけど」
     あはは、とカナタは笑う。……やめてくれ。消えてしまうだなんてそんな悲しいこと、笑いながら言わないでくれ。もしこの場所がカナタの消滅を近づけるのなら、もう見なくていい。夢から醒めていい。既に心残りは果たしたのだから、穏やかな気持ちで旅立って欲しい。……頼むから、消えないでくれ。
     言葉は次々と込み上げてくるのに、喉に詰まったように口から出てこない。ただカナタと桜を交互に見つめ、時間を費やすことしかできない。そんな私に向かって、カナタが長い尻尾をゆらりと揺らすのが見えた。

    「ミコト。僕は笑って言ったけど、恐らくミコトが思うよりもずっと悲しいし、悔しい気持ちを抱いている。もっとやりたいことも叶えたい夢もあった。それでも、もう過去のことなんだ。死者が生者を引き留め続けてはいけないんだ。もしミコトが消滅を望まないのなら、僕は逆に消滅を望む。消えるのは怖いけど、僕がミコトを過去に縛り続けるのならそれも仕方がないと思う」

     何で。続かない言葉が零れ落ちる。カナタは私の中から自分が消えてもいいというのか。二度目の死を迎えたいというのか。違う。カナタは忘れて欲しいとは言っていない。縛られて欲しくないと言っているんだ。だが、ニンフィアのこともあるのにどうやって前に進めばいい? 答えを探す視線の先で、蒼が舞い踊る。気のせいか、先ほどよりも舞う量が多い。
    「ああ、少し贅沢をしすぎたみたいだね。ミコトとの時間も終わりが近いみたいだ」
    「……待って、くれ。私はどうやって前に進めばいい。今までは進めていると思っていた。だが、こうして再びカナタと会って、それが揺らいできたんだ。ニンフィアも前に進めていない。私はどうすればいいんだ」
     少しでも終わりの伸ばそうとして、掠れた声で質問をぶつける。事実、私は進んでいるようで進めていなかった。新しい本を買っても読めずに積んでおくだけ。将来を考えているようで、ただ無駄に時間を費やしている。ニンフィアとの仲も、預かるまでに築いたものをそのまま引き継いでいるだけだ。
     どうすれば、いいんだ。そう尋ねるように見つめると、カナタは軽く首を二、三回横に振ってから目を細める。その反応は、拒絶。答える気がないということだ。私はただ、透明な雫を落とす。

    「――さようなら、ミコト」

     その直後、宙を舞う蒼がまるで吹雪のように視界を覆い始め――、



    「カナタ!」
     見えなくなった親友に向かって手を伸ばすと、そこは天井になっていた。カーテンから差し込む朝日が眩しい。どうやら、夢から醒めたようだ。大声を聞いて心配したらしいチェリムとニンフィアがベッドに上がり、視界に入ってくる。……心配してくれるのは嬉しいが、二匹分ともなるとなかなか重い。正直どいて欲しい。
    「……答えは私が知っている、か。ああ、そうだよ。私はとっくに知っていたんだ」
     チェリムとニンフィアを撫でながら言葉を落とす。二匹が不思議そうな顔をしてこちらを見ているが、状況を考えれば当たり前だろう。これは、別れ際カナタに言われたことに対する呟きなのだから。あんなこと、カナタに聞くまでもない。本当はもうとっくに知っていた、頭の中ではわかっていたのに、現実を認めたくなくて聞いてしまったんだ。
     今になって思うと、あの場所でのカナタの発言は私の考えを読んだかのようなものが多かった。もう確かめようがないが、それも場所の影響だったのだろうか。または、エスパータイプになっていたからこその業、なのかもしれない。
    「もっと話したいことがあったのだがな」
     未練がましく呟いてみるが、これでは過去に縛られないどころか縛っているも同然だ。……彼はあれほどの舞台を用意して貰ったからどのみち消滅すると言っていたが、私は無事向こうに行けたと思いたい。そうしないと、私もそちらに行った時に思い出を語り合えないだろう?
    「……痛い」
     考えている間もずっと撫でていたからか、しつこいとニンフィアに噛まれてしまった。幸いにも本気は出していないようだったが、痛いものは痛い。すまないと謝ると、ニンフィアは一鳴きしてからチェリムと一緒に降りた。その顔は「わかればよろしい」と言っているように思える。
     このまま寝ているとまた登られそうなので、よっと体を起こす。カーテンの隙間から覗く景色が目に入った時、私もきちんと縛りから解放されなければという思いが浮き上がる。
    「チェリム、ニンフィア。これから花見にでも行かないか?」
     ちょうどいいことに、今日は休みだ。二匹は再び不思議そうな顔をしたものの、揃って嬉しそうに声をあげた。

    *****

     どこからか柔らかな風が吹く。その風に吹かれて枝が小さく揺れ、桜の花が控えめに踊る。私達がいるのは桜がよく見える場所。カナタの墓の前だった。私はカナタが好きだった青い蔓日々草を花立に入れる。手を合わせ、静かに目を閉じる。チェリム達も同じことをしているのか、聞こえるのは風の音だけだ。
     数秒間目を閉じた後、そっと開く。そこにはミュウのどアップがあるわけもなく、閉じる前と同じ光景が広がっているだけだ。桜の花びらが舞い踊り、墓の上に降りていく。軽くそれらを払うと、チェリム達に声をかけた。チェリムではなくニンフィアが「もういいの?」と言うように私の顔を見る。
    「ああ、いいんだ」
     そう短く返すと、ニンフィアは少しの間私の顔と後ろを交互に見る。そして何かがわかったかのように小さく鳴いた。それが不思議でじっと見ていると、ニンフィアの目がもう悲しみに満ちていないことに気が付いた。もしやと試しに振り返ったが、何もいない。……それはそうか。恐らく、ニンフィアは状況を見て理解したのだろう。
     振り返ったついでに再び墓と向き合う。いや、ついでではないな。これが私にとって、一番の目的なのだから。私はこれから自分を過去の縛りから解放する言葉を、前に進むための言葉を呟く。……何だかんだで一度も口にしていなかったからな。このタイミングがちょうどいいのだろう。

    「――さようなら、カナタ」

     それに答えるかのように、桜の花が一段を高く舞い上がった。その花弁が一瞬蒼に見え瞬きした後、気のせいかと背中を向ける。大丈夫、別れは過去へのものだ。永遠の別れを告げるものじゃない。その気になれば、いつでもここに来ることができる。無言で顔を見つめる二匹に向かって、私はなるべく明るい声を出す。
    「しんみりとした花見はこれでお終いだ。夜桜公園で賑やかな花見をしようか」
     待ってましたとばかりに、チェリムとニンフィアが元気な声を出した。



    *おまけの人物紹介*


    桜野(おうの)ミコト

    黒髪。サラサラ。黒縁スクエア眼鏡。
    名前は漢字だと「命」または「尊」を考えていたものの、一般の名前ではない気がしたので「美琴」になる。両親が片方のパターンしか想定していなかったことが原因と思われる。
    ド近眼が影響してか昔から目つきが悪く、カナタ以外友達ができなかった。本人は目つきが悪いという自覚がないので、原因がわかっていない。唯一の友達を大切にしすぎて依存するタイプ。
    仕返しをした時を除けば問題視されるようなことはしていないが、目つきから親からはいじめっ子と見られていた。両親は仕事の関係でほとんど家にいることがなかったことから日常会話も少なく、家を出るまで本当はどういう性格か知ろうともしなかった。カナタの両親は見た目だけで判断せず会話も重ねていたため、ニンフィアを預けることにした。
    自分の名前は女のようである時まではあまり気に入らなかったが、カナタが「神様みたいでいい名前だね」と言ったことでそれほどでもなくなる。一人称と話し方は長年本を読んでいる影響が出たらしい。コンタクトは入れるのが怖い為眼鏡を愛用している。
    最後に別れを告げていたが、その前から年に一度は墓参りをしたり、何度か掃除のために訪れたりしている。ただそれは必要だからとやっていただけで、現実を受け入れているわけではなかった。



    チェリム

    チェリンボだった頃にミコトと出会い、相棒となった。
    最初はミコトの目つきからあまり接しようとしなかったが、性格がわかってからは普通に接するようになった。ニンフィアとは姉弟のような関係を築いている。
    トレーナーに近い性格をしており、仕返しの日本晴れソーラービームがかなりんかなりの威力になったのは彼女の感情(主に怒り)にも原因がある。それで自分がミコトと一緒に行けないことを知り、反省。感情に任せて技を撃たない練習をしているが、なかなか上手くいっていないらしい。



    蒼野(あおの)カナタ

    茶髪。天然パーマ。本編では蒼いミュウ。
    苗字の読みは最初「そうの」を当てていたものの、「おうの」と「そうの」だと音が紛らわしいと思い変更した。ミコトと苗字の最初を繋げるとタイトルの「蒼桜」となる。名前の漢字はあえて読者の想像に任せることにしたので、タイトルと同じ「彼方」かもしれないし「奏多」かもしれないし、違う漢字かもしれない。
    背が低く、童顔なのでそれらしい恰好をすれば女の子にしか見えない。友達は作ろうと思えば作れたが、ミコトがいないのだからと作ろうとしなかった。大勢よりも個人を大切にするタイプ。大切にしすぎてやや依存ぎみ。
    イーブイをニンフィアに進化させたのは、ミコトが桜を好いているので桜の色に近いニンフィアに進化させればもっと仲良くなれると思ったから。根拠はない。最初ミコトの苗字を「さくらの」だと思っていたため、神様のようだと発言した。これがミコトにとっていい影響を与えたことを彼は知らない。
    あの夢の後どうなったかは今のところ誰も知らない。自身が言っていたように消滅したかもしれないし、向こうに行ったかもしれないが事実は神だけが知る。



    ニンフィア

    イーブイだった頃にカナタと出会い、相棒となった。
    ニンフィアへの進化に異論はなく、カナタがいいと思えばそれでよかった。唯一困っているのは初対面のトレーナーにメスだと勘違いされるところ。カナタと親友だったミコトに預けられ、安心して第二の生活を満喫している。
    ちなみにカナタのことは確かに悲しんだが、ニンフィアとしては既に吹っ切れている。進んでいるようで実は過去に縛られているミコトを見て心配していた。それをミコトが悲しんでいると勘違いしたらしい。チェリムからは日々敵が来た場合の対処法を話し合うなど良好な関係を築いている。
    話の最後に何か見ていたが、それはミコトが思ったように状況を見ていたのかもしれないし、実は消滅していなかったカナタの姿を見たのかもしれない。しかし、それは全て推測でしかなく事実は彼だけが知っている。





    名前だけが登場した存在。
    種族は不明で、力を持った人間なのかポケモンなのかもわからない。今のところ神というのは自称でしかないので、カナタが言っていた期限や末路も本当かどうか怪しい。
    しかしあの空間を用意したのは事実なので、そういう力はあるようだ。


      [No.4150] ピジョンエクスプレス(3) 投稿者:No.017   投稿日:2020/02/19(Wed) 22:22:27     51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ポケモン民俗学】 【ピジョンエクスプレス】 【ポッポ】 【擬人化

      3. 拝啓 アマノカケル様

     数ヶ月ぶりの息子の帰宅を母親は喜んで出迎えた。カケルが促されるままに入ってみると食べきれないほどのごちそうが並べられ、彼は手持ちの鳥ポケモン達を総動員して平らげた。そうしてお腹いっぱいになると、彼は母親に土産話をせがまれたのだった。
     そんな時間が過ぎて、カケルはソファにゆったりと腰を下ろし、ぼーっとテレビを眺めていた。ポケモン達も画面を見つめる。四角い画面の中でコガネ弁の人々がおもしろおかしくやりとりをしているのが見えた。そういえば最近テレビなんか見ていなかったなぁ。自分の膝の上で羽毛を膨らませるアルノーを撫で回しながら、カケルはなんとも言えない安らぎを覚えた。なんだかんだで我が家とはいいものだ。
    「そうそう、あなた宛にいろいろ届いているわよ」
     カケルとアルノーが目を細めてウトウトしはじめ、ドードリオの三つの首とオニドリルが長い嘴でリモコンの主導権を争い始めた頃、母親が封筒の山を抱えて入ってきた。
     目の前のテーブルに母親はバサリと封筒の山を置くと「もう寝るから、あなたも鳥さん達も早く寝なさいね」と言って、あくびをしながら去っていった。
     まさかこの封筒の山、旅立った当時から貯めてるんじゃないだろうな……。カケルは眠い目を擦りながら封筒の封を破り、中身を見始めた。
    “トレーナーズスクール開校のお知らせ ”
    “旅するトレーナーのカレー講座、ポケモンセンター食堂にて ”
    “モンスターボール大セール、ガンテツ師匠によるきのみボール実演販売 ”
    “フードに混ぜて肥満防止! ダイエットポロック ”
     ほとんどのダイレクトメールは興味のないものか、あっても期限切れだった。カケルは内容を確認してはクシャッと丸くしてゴミ箱へと投げた。差出人を見ればだいたい見当はつくのだが、ついつい確認してしまうのは貧乏性だからかもしれない。
     丸めた紙は、たまに明後日の夜空を見つめているネイティオに当たってしまったが、当のポケモンは気にしていない様子だった。見るとネイティオの横で、ヨルノズクがどこからか引っ張り出してきた雑誌のページを器用に足と嘴でめくって、中を覗いては首を傾げている。思えばホーホーの頃から本や地図、パソコン画面を覗いてくることがあった。意味がわかっているのかは不明である。カケルは作業を続行した。
     そうしてダイレクトメールの山は次第に低くなり、丘になり平地になった。最後に残ったのは茶色い封筒一つだった。
     それはダイレクトメール、というよりはごく親しい友人に宛てた手紙のような封筒であった。が、宛先は書いてあるのに差出人名がない。
     一体誰からだろう? カケルは封を破いて中に入っていた明るいクリーム色の紙を開いた。少し古めかしい感じのする印字が並んだ紙にはこう書かれていた。

    “拝啓
     アマノカケル様
     この度は当社の東城リニア新幹線試乗および開通記念式典にご応募くださいまして、誠にありがとうございました。 ”

     カケルはぼりぼりと頭をかいた。
     ああ、そういえばイベントに応募していたんだっけ。しまった、僕としたことがすっかり忘れていた、と思った。たしか開通記念限定デリカをプレゼント、リニアに乗ってヤマブキシティへ、開通記念式典に参加して、またコガネシティに戻る、というイベントだったはずだ。乗り鉄のはしくれならばこれに応募しない理由はないだろう。
     ん? ちょっと待て。ということは当たったのか? と、カケルはにわかに興奮した。

    “しかし、大変にご好評いただきまして多数のご応募をいただきました結果、カケル様のお席をご用意することが叶いませんでした。 ”

     なんだ、ハズレか。カケルはがっかりした。
     だが、手紙はその後にこう綴っていた。

    “そこで当社では抽選に漏れた方の中から更に厳正なる抽選を行い、カケル様を特別イベントにご招待することと致しました。同封の切符をご持参の上、下記の日時に西黄金駅へおいでください。 ”

     同封の切符? カケルは切符を確認しようと手紙を持つ手を下ろした。
     いつのまにか封筒を落としていたらしく、落ちた封筒にアルノーが頭を突っ込んでゴソゴソと中を漁っていた。やがて、アルノーは封筒の中から濃いピンク色の切符を取り出した。
    「クルックー」
     アルノーはカケルの膝にピョンと飛び乗ると切符を渡してくれた。

    “5月16日(雨天決行) 出発駅 西黄金(にしこがね)駅より
     午前5時入場開始 5時25分入場締切 5時30分1番ホームより発車 ”
    “イベントの特性上、お手持ちのポケモンの同伴およびポケモンの入ったモンスターボールの持込みを禁止とさせていただいております。ご了承とご協力をお願い致します。 ”
    “それでは、カケル様にお会いできるのを楽しみにしております。 ”



    --------------------
    ここまでお読みいただきましてありがとうございます!
    以降は単行本をお楽しみ下さい!

    https://pijyon.booth.pm/items/1836623

    ピジョンエクスプレス

      1. カケルの悩み

      2. 列車で帰宅

      3. 拝啓 アマノカケル様

      4. 三つ子と三つの分かれ道

      5. 改札鋏と蒸気機関車

      6. 車掌

      7. 乗り鉄のすすめ

      8. 食事のメニュー

      9. 切符を拝見

      10. 二つのヨウリョク

      11. 雲をつきぬけて

      12. 車内販売

      13. 空に浮かぶホーム

      14. 風の吹く場所

      15. 遠くの駅で

      16. レポートと招待状

      17. ピジョンエクスプレス


      [No.4128] アブリーの恩返し 投稿者:砂糖水   投稿日:2019/06/21(Fri) 20:46:49     168clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:アブリー】 【マッシブーン
    アブリーの恩返し (画像サイズ: 557×629 121kB)

     昔々あるところに気のいい青年が一人で暮らしていました。
     ある日青年が外を歩いていると、アブリーが罠にかかってもがいているのが目に入りました。
     アブリーを哀れんだ青年は罠から解き放ってやると、いいことをしたといい気分で家路につきました。
     さて次の日のことです。青年が家でのんびりしていると、コンコンと戸を叩く音が聞こえました。人が訪ねてくるなんて珍しいことがあったものだと、青年が戸を開けますと、そこにはなんと!
     筋肉! 赤光りする筋肉! マッスル! が見えました。
    「先日助けていただいたアブリーです☆」
     青年は無言で戸を閉じようとしましたが、アブリー(?)に戸を押さえられてしまいそれは叶いませんでした。
     青年は思い切り舌打ちをして言いました。
    「マッシブーンじゃねーか!」
    「アブリー(マッスルフォーム)です☆」
     きゅるん☆ムキッ!
     アブリー(?)がきゅるん☆ポーズを取っている隙に、青年は再度戸を閉めようとしたのですが、マッシブーン……いえアブリー(マッスルフォーム)が四本ある内の一本の足で戸を押さえていたためにやはりそれはできませんでした。
    「帰って、どうぞ」
    「もう、旦那様のい・け・ず☆」
     くねくねとしながらマッシブーン……いえアブリー(マッスルフォーム)は言いました。
    「お前の旦那じゃねーし! 帰れ!」
    「炊事洗濯お掃除なんでもござれ。もちろん夜のお相手も……きゃー! 恥ずかしい!」
     途中まではふんふんと聞いていた青年ですが、後半の言葉にうへえという顔をします。すかさず青年は全身全霊で戸を閉めようとしましたが、残念ながらびくともしません。
    「間に合ってます……! だから帰れ!」
    「もう、照れ屋さんなんだから」
    「違う」
    「これからよろしくお願いしますね、だ・ん・な・さ・ま☆」
    「お願いだから帰ってえええええええええええええ」
     青年の声がむなしく響き渡りました。

     それからなんだかんだ、ふたりは仲睦まじく?暮らしたそうです。
     めでたしめでたし。ムキッ!


    ------------------
    ということでマッシブーン昔話です。
    浮線綾さんがマッシブーンbotにヘッダーの画像とアイコンを描いてくだって、うれしかったので下書きのまま放置してたのを清書しました。
    https://twitter.com/fusenryo/status/1139737376610144257?s=21
    https://twitter.com/fusenryo/status/1141293555245187072?s=21
    本当は恩返しパート(?)も書きたかったのですが、思いつかなかったので諦めて短くまとめました。


      [No.4104] Re: 【100字】150% 投稿者:ion   投稿日:2018/12/22(Sat) 23:14:46     51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    発想があたたかいですね。


      [No.4102] 風在りて幸福 投稿者:ion   投稿日:2018/12/22(Sat) 21:24:01     56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    下記と同じく、今年のポケモンストーリーカーニバルに掲載した作品です 説明不足注意

    「ミクの木の葉が全部落ちたら、わしもレヒレのところへ行くよ。」
     あなたが確信をもって言うなら、きっとそうなのでしょう。ついに口に出したそれに、ワタシは思っていたよりずっと驚きはしなかった。
    分け入っても分け入っても白い雪。“あろーら”とやらは南国の地と聞いていたのに、この建物の中は床まで壁まで真っ白い。
    だからきっと、住む人々の心の冷たさがここを凍えさせているのだ。
    愛おしむように触れる手のぬくもりが、この甲羅の大きさを確かめた。
    ミク。ミライ、未だ来ない時間。
    海の向こうから来てくれたあなたが、何も知らなかったワタシを初めて呼んだ名前。
    意味もよくわからないけれど、こちらから聞くこともできないけれど、それは”おや”と呼ぶにふさわしい響きを持ってまだナエトルだった自分を包んでいたことだろう。もう覚えていないけれど、きっと輝かしい瞬間だったに違いない。そう思って目を閉じた。



    「なんでアイツが来ないんだよっ!」
    わがままだと頭で分かっていても、ヤツの死を見守っていた人達に裏切られた気持ちを整理することはできない。
    「さっき説明しただろう、いい加減にしろ?グランパの死を悲しむ気持ちは、みんないっしょだ。」
    「嘘だね!」
    だっておじさんは、住んでいるカントーとやらからじいちゃんが神経衰弱になってアローラに身体が移されてから、この方一度も見舞いに来なかったじゃないか。
    じいちゃんが死んだのは勘違いのせいだっていう。エーテル財団が保有するホスピス紛いの真っ白な内装を僕のおじいちゃんのドダイトスの身体が勘違いして、
    野生にいる時のように冬籠りの準備を始めた。それで木の葉を落とし始めたその背中の樹を見て、死期を悟ったような言葉をこぼしたという。
     当のドダイトスは不思議なほど落ち着いていて、最近はボールから出るのもおっくうがっていたに留まらず、じいちゃんが死んでからは暴れ出すのを抑える身体的拘束にも全く抵抗しないようになった。
    「けどさ、僕知ってるんだよ。本当にじいちゃんを殺したのはミクじゃない。それだけは知ってる。」
    「…まだそんなこと言ってるのか?」
    少しでもミクを安心させようと思って言ったセリフだったけど、後ろで僕を呼びに来たおじさんにとっては責めているように聞こえたようで、その末に僕もわがままとかんしゃくを爆発させてしまった。
    遠い地に旅立って、時間と空間と心の旅をする。言葉にすれば美しいけど、じいちゃんが独り善がりな夢を歩んで家族に残したものは、人並みの遺産と、それを奪い合う愛人の娘だ。
    アローラで生まれたじいちゃんはカプの因習に馴染めず、蒸発するようにキュワワーとシンオウに旅立って、いくばくかの地方を巡りバッジを集めてのち家庭を作った。
    問題は、カロスに骨を埋めたとばかり思っていた彼は、その旅のはじまりの土地でも人並みに恋をしていたことだ。
    それと、ドダイトスというポケモンになると人間の想像を絶するほどの年月を生きると、当時伝わっていなかったこともいちおう付け加えるべきなのかもしれない。
    母はひるがえってアローラの地縁を大事にし、エーテルに就職したーーと、ここまでの説明を貰ったことはあるけれど。
    僕だって知っている。マスクをつけたようなアバンギャルドな姿の別の地方のポケモン、シュシュプを看護の仕事の相棒にさえ選んだ母も、このアローラの、その質を選べないままに濃く続く人間関係と大自然に馴染んでいるとはとうてい思えなかった。だからなのか、いちおうの多くの看取り方の知識がある母が、その父さんであるじいちゃんと過ごした地に縁のゆかりもないアローラ風の葬儀を選んだのは、愛人へのあてつけなのだろう、というウワサは、その子供に隠しているつもりでも聞こえてきた。
    アローラに多くの死との向き合い方があるのは、その土地を塗りつぶして息づいてきた、たくさんの文化の反映だ。
    じいちゃんの墓は残らない。向こうの水際に立っているじいちゃんの家族は、みんなシンオウでそうであるようには真っ黒な服で悲しみを表したりはしない。
    普通のアローラシャツやスーツとスラックスで談笑している。
    キュワワーが遺灰を載せる草で作った舟を持って海に撒きに行くのを見送った後は、Zダンスを踊ったり歌って、賑やかに彼が辿った旅路を祝福するのみだ。
    だから、きっと血なのだろうと思う。いつかは僕も、この場所から離れる時が来るのかもしれない。とっても自分勝手に。
    ふと、後ろから、僕が思っていたよりずっと優しい顔をして、僕の名前を呼んだ。
    「先に行ってるわね。」
    母と香水ポケモンと毒ガスポケモンはふと足を止めて、言葉をつけくわえた。その言い方は、ここに来てくれなかった人達に似ているなと思った。
    おじさんは、葬儀の喪主に急かされて、
    「必ず来いよ。」
    と言葉尻を緩めて、足早に走って行った。
    僕の嫌いなそれらが織りなす華やかな香りが、アローラ一面に漂っているように思えて、でもそれを今は自分の一部として認めようと思うのだった。
    「医者というのは、少しでも多くの命をこちらに留めておく罰当たりな仕事だから。じいさん個人に対して好きとか嫌いとか言ってられないんだ。ごめんな。」
    というあの人からの今朝の電話で、整理をつけた、そのはずだった。
    「今は自分の世界に閉じこもっているかもしれないけど、いつかミクにも新たな道に旅立つ日が来るわ。きっと来るの。だから、
    あなたがその側にいたって、何の問題はないと思うの。」
    母が昨日言った、託された言葉を思い出した。
    だから、笑うことも出来ない自分は、きっと悪い子なんだ。
    「だから、行って来いよミク。」
    そう言いながら、僕は巻きついた足枷を外して、彼女を家族の元へ送り出す。
    巨樹のポケモンはすぐには歩き出さなかった。軽くなった錘をすこし億劫そうに持ち上げて、それが肉体のひとつ(あし)に変わる。地を蹴る推進力(ちから)に変える。
    おとな達は陽気に歌っていた。彼女は最後にもう一度振り向いて、
    『じゃまもの』の意識はもうこの宇宙のどこにも残っていないから、世界は喜んでいるんだ。
    だから空は吸い込まれそうな海のように青いし、こんなに綺麗な虹が出ているのだ。
    とでも言っているように僕は感じた。
    「ちがうよ。」知らず言葉が漏れる。
    後ろに、どこから聞きつけたのか、シンオウのじいちゃんの愛人が立っていた。
    「もう、どこにもいないんだよ。」
    たましいを運ぶ船はいまさっきまで近くにいたのに、あっという間にほぐれていく。
    「なんで泣いてるのよ、人の気も知らないで、ずっとあの人と一緒にいたくせに!」
    波音が響いていた。シンオウとアローラと、同じ背中合わせの大陸を前にしても、心がずっと遠くに離れていく。
    初めから、こんなのは儀式だって割り切れるはずだった。魂なんて信じていないなんて、真っ赤な嘘だったのだ。
    「あの人に追いつくためにわたしは、わたしはーー!」
    「僕だって、僕だっていつか島巡りを完遂して、立派な大人になります。だって、ぼく、もう11になるんです。それでーー」
    泣きじゃくって、後半は言葉にすらならなかった。
    キュワワーが、何も知らないような顔で戻って来た。
    宴会が始まった。


      [No.4101] 私の、行動に対しての反省文のようなものを書いて、言い訳になったもの 投稿者:ion   投稿日:2018/12/22(Sat) 21:21:34     58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    お久し振りですの方はお久し振りです。
    今作は、2016年(君の名は。やシン・ゴジラ的になんと豊作で素晴らしい響き!)に586様が開催なされたコンテストにionの名で投稿した作品となります。
    原文そのままです。 自分で言うのもなんだけど、作中で何が起きているのかわかりにくい作品。
    そんな、正気の僕が絶対に他人に勧めないようなものを、どうしてここに投稿させて頂くのかと言うと。
    あれから成長していない自分が、散々界隈に居座った事実に関しての自分なりのけじめ(自己満足)です。それに足らないとは思います。

    何に対するけじめかと言えば、twitter等での言動に対してのけじめです。作品を書くことに対して、人に誇っていいような豊かな意欲を持っていないにも関わらず、知ったような口を利き続けていたことに対してです。それを通して、他人の創作意欲etc、削いだ可能性があること等に対して。
    もうひとつ、別のコンテストに今夏出した作品と、さいきん書きかけた作品2作を置いて、足りないことは承知で、証明にするつもりです。

    ひとつ言い訳をするなら、何かを返せるとしたら批評だけだと自己陶酔していました。
    楽な方へ流れたこと、(すなわち、作品を書かずに交流を続けたこと。その内訳については、わたしを見続けた人間が知っていると思います。)
    その結果、空気をある方向に向かわせていったこと、それがひとりひとりの誰かにとって、どういった意味を持っていたかについて。
    今夏のコンテスト。
    Bテーマで、自分が読みたいものとは何かについて感想を書く時に、それを読む方に配慮しなかったことです。
    Aテーマについて、一部の作品にのみ感想を書いて、それで結局全部に書くつもりだと、
    その外にも口で大きいことを言ったような気がしますが、まだ書けておりません

    Bテーマでしたことについて、後から悔い、それでも本当に、完全には間違っている行動だと思いきれず。
    つまり、それを公にしたことを悔いていますが、自分の価値観それ自体について、どの方向からも完全に間違っているとは思えません。
    つまり、または、ですが、わたしの悪いところは他にも2つありました。
    1つは、そういう価値観が、他の価値観の自由を侵していること、より具体的には、私の言動が界隈の邪魔となっていること
    1つは、楽な方へ流れたこと、すなわち、作品を書かずに交流を続けたこと。
    以上を、私が客観視して、気持ち悪いものと自覚せずに、私は何も実際にはしないで大きいことを言い続けたことです。
    これからも、何かをするつもりにはならないと思います。
    ですが、twitterはとても心地よく、自分の、何かをしないで大きいことを言い続けるというズルさを自覚しないでここまで来てしまいました。
    私がしたいようにした結果が現状なのなら、
    選択肢は、せめて価値観を大きく変えずに実績をつくるか。
    けれど、それを口で言うだけで、私は実行しませんでした。継続的にそれをすることも、今の自分には考えにくいことです。
    だから、一番いいのは、界隈から去ることだというのはわかっています。
    投稿作業を終えた上で、去ることを期待している方は、期待しないでください。

    今もなお、本当にわたし自身が裸の王様だと、その気持ち悪さを自覚していると、思っている、思えているわけではございません。
    結局、何も解決していませんが、とにかく、これまで私に被害を被った方、謝っても時間は戻って来ませんが、ごめんなさい。
    本当に申し訳ございませんでした

    本掲示板、及びサイトの管理人さんへ
    お目汚し申し訳ございませんでした ここに書くのが、ブログなどを使用するより、privetter等すぐに消えるようなところで書くより、
    謝罪をはじめ意図した文を掲載するのに性が合っていると判断した結果ですが、それでも、やはりという場合、仰ってください。削除し、ブログに移させていただきます 


      [No.4099] 夏の終わりに 投稿者:ion   投稿日:2018/12/22(Sat) 18:31:01     62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    全ては平等に尊い。食べるということ、それはあらゆる命を頂くこと。
    全ての命は他の命と出会い何かを生み出す。
    悲しむな、????が来るぞ。怒るな、????が近づいてくるぞ。
    喜ぶこと、楽しむこと、あたりまえの生活、それが幸せ。
    仲間たち我ら見上げ、祝福する。
    ーシンオウ神話が伝わる文化圏の様々な碑文

     どうしてわたしはこんなにしあわせでどうしようもなくせつないのだろう。
    わかっているくせに。あらゆる声から耳を塞ごうと思う。
    「お父さん、お母さんの話を聞かせて欲しいんです。」
    そういった少年の口を塞ぎ、いっしんに抱き止めた。
    少し抵抗するような素振りを見せ、しかし彼はされるがままになった。
    死んだように冷たいぬらりとした彼の感触が、真っ青な日射しの中にひかっている。私は聞いた。
    「さみしかったね。ずっとひとりで旅してきたの?」
    時は止まった。針は落ちた。
    私の腕は、おずおずとした、でもはっきりとした膂力で離された。
    そういえばこの子も人間で言えば10歳になるんだ。世間的には大人として認められる年頃、
    人間ひとりでポケモンたちの命を背負って旅をする頃になる。
    「…いえ、僕にはともだちがいるし、それに。」
    連れたポケモンを抱き上げた彼はそのか細い指で、その首に掛けられた水球のような宝石を撫でた。
    「これがある限り、ボクらは繋がっています。」
    一方で二十歳も半ばを過ぎようとする私はどうだろう?こんな子供ひとりに会うために遠い地方まで切符を買って、
    そのくせ?具体的なプランは何も立てていなかったんだ。
    「チドリさん、いや、チドリお姉ちゃん。パパとママが本当にお世話になりました。
    ーだから、あなたの話を聞きたくて僕はここにきたんですよ。」
    彼らは冷酷だ。そう思いながら私は頷くと息を吸い、精一杯の声をあげた。
    「ある夏のことです。ラグーナという南アメリカの村に、男の子と女の子がいましたー

     森はひどい夏の嵐で、木の枝が悲鳴をあげていた。10歳が迫った夜のことだ。
    そのまま全部どっか行っちゃえばいいんだ。唇を噛み締めながら思う。
    ここで悲しんだりしたら、風の魚に気にいられてさらわれてしまう。
    怖さを紛らわすために読みかけの本のことを考えたけど、ビリビリに破かれたことを
    思い出してやめた。やっぱり、食べ物がなくなって村中みんな困ればいい。
    今年なったぼんぐりみんな川の中に吹き飛ばされてーーそうだ、どうして気づけなかったんだろう。
    このままどっかに行っちゃえばいい。わたしをいじめる奴らからも、助けてくれない学校からも逃げ出して。
    さあ、来るなら来い。こんな場所に、こんな世界に未練はないーー未練?
    心配そうなパパとママの顔をわたしは頭から追いやる。全部忘れてしまえ、わたしには新しい世界が待っている。
    「ねえ、そこにいるの?」
    お腹をいっぱいにふくらませ、せいいっぱいの声をあげた。
    それでも風の音はすさまじく、じぶんがいかにちっぽけなのか実感させられる。
    「いるのだったら姿を見せてよ、何かを言ってよ。」
    ー君はどうして、そんなに悲しいの?
    ー君が悲しいと、僕たちも悲しいよ。
    そう、夢は実在した。いったいいつの頃からこの世界を見守ってきたのだろう。

    「・・ゆめ。」
    夢は終わり、朝日が昇る。
    枕元、その側に立って鼻を鳴らすのはブーバーンのたらこ。旅をやめたパパの一番のパートナーだった。
    水の音がきこえる。鏡の前で支度をしてると、少し季節ハズレのチェリムがうとうとしてて木の枝から落っこちたので笑った。
    「さなー。」
    「オカッパおはよう。」
    じぶんの女子にしては低い声が嫌いだった。台所でサーナイトが鳴き、隣でママが無言で微笑んだ。
    視線を少しそらして食卓につくと、にがいきのみが並んでいたので口に運ぶ。
    『やりたいことが見つからないと、教育機関に復帰しない児童が社会問題となっておりー』
    私はテレビのリモコンに手を伸ばすと、モーモーミルクを最後の一口まで呑み込んでチャンネルを換えた。
    「あのねパパ、わたしがんばるからね。二人の分まで幸せになってみせるから。いってきます。」
    それだけ言うとパパの顔が見えないように立ち上がり、強くなりつつある日差しに駆けていった。
     両親と、パパの手持ちだったポケモンと三人、5匹で暮らしている。
    そしてそこからアリゲイツ便で30分河を渡ると緑のトンネルを通り抜け、繁華街のはずれに
    今春入った高校がある。昔流行った子役の話題で今日は持ちきりになっていた。
    「タンポポさん、ラグーナの森で目撃したんだって!」
    何となく見学に行った部活のおかげで、情報通のアサガオのグループに紛れ込めたのは幸運だった。
    「・・ロケか何かかな?」
    「いや、プロと親が悶着起こして芸能界追放されちゃった、とか。」
    なにそれこわいー。人の不幸を楽しそうに語るこの人たちに、心から調子を合わせられればどんなに良かったろうに。私はわらった。
    「大ニュース大ニュース!」
    駆け寄ってきたのはパックくん。オレンジ色の髪、大きめな赤眼に小柄な体型の青ジャージ、旅に出る前からの腐れ縁だ。
    「転校生がこの高校に二人もーー」
    ドアが開く。ぽかん、と私の口が開く。いつもあんた間が悪いな、と思う間もない。
    この時期の転校生自体は、ポケモンブームの洗礼を受けた時代そう珍しい事ではない。
    旅人に夏休みなどなくリタイアのタイミングは純粋に個人の意思に任されているからこんな事態が発生する。
    いつか私を置いていった少年は数年ぶりに私の名の形に口を動かした。
    『ーーチドリ?』
    黒板には神経質そうな字で、彼の名カキノキが書かれていた。

     転校生を紹介します。そう言われてラグーナジュニアスクールの教壇に立った、あの日だけはちゃんと覚えてる。
    「カケハシチドリです。」
    チャイムが鳴った瞬間『みんな』が机に駆け寄ってくる光景、もう慣れっこ。
    繰り返し繰り返し転校して、何もわからなくなってしまった。
    大人になるって、たぶん慣れることだ。
    そりゃ、わたしはまだ9歳で、それがどんな感じか、どんなに辛いのかもわかるわけないけど。
    いやなことも繰り返せば楽になるのは実感できる。
    「チドリちゃんってさ、初代『忘れえぬ記憶』のヒロインに似てない?ほら、」
    「確か芸名はチタン・・?」
    「ばか!ターニアだよ!」
    「そんなことより、さ!もう森に行った?」
    「風の魚猟を見た?」
    「何、それ。」
    口を揃えて仮のクラスメイトたちはこう言った。
    「見れば、いや感じればわかるよ。」
    ふと、そんな騒ぎから距離を置き、頬杖ついて難しそうな本を読んでいる子と目が合う。
    こういう子を見るのもまた、慣れっこ。クラスに二人か三人、いつもそんな子がいる。
    自分だけは特別で、人と違うものが見えているとでも思ってるみたいな。
    そんなわけないよね。どうせわたしたちは狭い世界で生きているこどもで、毎日を遊んで、勉強して、
    ほんとのところおとなたちに何もしてあげられないまま過ごしているんだ。
    「どうしたの、チドリちゃん。」
    「・・え?」
    「怖い顔してたからさ。カキノキのこと?」
    「なんか嫌な感じだよね、」
    適当に調子を合わせる。
    トントン拍子で見学ツアーへの参加が決まり、何もわからないままで放課後に森に集まることが決まった。

    退屈だ。それが私の偽りのない心境であり、同時に何年言い続けたかもしんない口癖だった。
    そんな自分こそいっとう退屈な人間だなんてわかってた。
    ジム巡りも3つほどで早々に切り上げた。巡業してきたコンテストでも予選敗退した。
    つまんないことを笑えることが若さならそんなものいらなかった。
    それにしても、誰も座っていない幾十のパイプ椅子をせっせと整えるあの先輩はなんて滑稽なんだろう。なんてことを思いながら、私はその日もアイスの実をつまんでいた、のだが。
    「あー、つまんね!」
    どやどやと部室に入ってきた3人組を見て呼吸を止めた。焦って咳き込む。彼は合った目を逸らし、
    私は自分の意識をそらすためにアイスを口に運ぶ。アサガオが呆れる。
    「本当にカゴが好きなんだね。」
    知ったこっちゃない。私の意識はその時入室してきた男子の固まりに向けられていた。
    正確には、その中のただ一人に対して向けられていた。どうして、あんたが。
    「おいおい、まじかよ。人こんだけ?」
    わたしを含め、数名のきもちを代弁したセリフが飛んだ。
    端っこでとらえた目は緑色を複雑そうに歪めていた。
    カキノキのオレンジ色のごわごわの毛は一応このあたりで珍しい部類に入り、あの頃から変わらずに周囲の注目を集めていた。
    肩を叩かれる。惜しみない陽に金髪を照らし、タンポポ部長は私の肩ほどの背をすらりと伸ばした。
    「また来てくれたんだ。」
    彼女のポケモンが擦り寄って来たので首を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らし腹を見せる。
    「なんていうポケモンなんですか?」
    「キング。カエンジシのキング。」
    「・・心配になるくらい無抵抗なのですが。」
    「辛辣だなあチドリちゃんは。素直に受け取っときゃいいのに。」
    副部長は転校生二人に喜び勇んで駆けていく。
    「つまり出自からしてポケモンの踊りたい、表現したいという自然な感情の発露から生まれた・・」
    カキノキが面倒くさいやつに話し手をリストアップしたような笑みを浮かべた。
    その横でお前に任せたと言わんばかりに背中で手を組み明後日の方向を向く昏い目をした転校生の一人の顔立ちに見覚えがあった。
    「気のせいかなぁ。」
    「ハーミアも思うの?」
    「え、チドリちゃんとハーミアって知り合いだったの?」
    「ヘレナ、チドリはあたしの次に森の奥に来た子よ。」
    部長は答えた。カキノキはどうしてこんなところにきたんだろう。
    「無理に指導するのではなく楽しそうに演技する仲間を見せ、上手くなりたいという感情の芽生えを待ってやることこそ重要なのであります。」
    副部長が高説を切るのを見計らい、部長は活動の始めの手を叩いた。この瞬間は好きだった。
    ひとりのセリフが空間を覆い尽くし皆がひとつになって聞く感覚は演劇の挨拶がはじまるようだ。
    「まずは前に出て自己アピールをしてもらいます。どんな形でも自由です。まずは例を見せますが・・」
    だけど何も得られないまま旅をやめた私に語るべきことなどあるわけがなかった。
    「ーリーグの援助は年齢的にもう受けられないけど、旅も演劇も好きだから。
    いつも現地の子の輪に入って笑いあえる、そういう劇団を作って世界中を回りたい。
    そのために、今年こそ夏の終わりの大会で認められることが今の目標です。みんな、一緒に頑張ろうよ!」
    焦っていた。カキノキは今度こそ入れ替わり立ちかわる先輩たちの言葉に彼らしい儚さで微笑んでいたが、私の頭にはまるで入ってきてなかった。
    「わたくしはポケモンが本来持つ美しさを希求しー」
    無言に徹していたターニアが1年の一番槍となるまでは。
    「・・この地の伝承に残る風の魚に敬意を表し、遠き地の森のひと夜の妖精伽を朗読します。」
    瞬間彼女の纏うものが変わり立つ場所は舞台になった。滑稽な月に女部族の女王、七色の声。
    「恋する阿呆は死ぬほどバカをするもんだー」
    思い出した、彼女は舞台から追われたくだんの子役だ。パックの名前の由来となった妖精が残酷に私たちを笑う。
    「馬鹿げた喜劇を見物しましょうか?ご主人様、人間ってなんて愚かなんでしょう!」
    届かない。ありえなかった。自分探しなどと馬鹿げた夢に私が酔っている間に、いや、生まれてすぐから。
    彼女は母の夢に応え、たゆまぬ練習を重ねていた。
    誰かが言った。自分が変われば世界が変わると。私は自分を変えたかった。ただ、それだけのことだったのだ。

     物語だけは味方だった。チャンピオンにトップコーディネーターに。
    トレーナーたちの伝記は努力なしに大きな夢を分け与えてくれた。
    でも本当は違う。その側で人間を思いやるポケモンにこそわたしは救われていたんだと思う。
    あくまで、後から思いかえせば。認めたくないけど、わたしはひとりぼっちだ。
    家にランドセルを置きにいくと、引っ越しの片づけをしていたパパに呼び止められた。
    「学校、どうやった?」
    「ふつうだよ。ちゃんとやっていけそう。」
    「面白そうな先生はいたかいな?」
    べんきょうは嫌いだ。国語の教科書を読むのは嫌いじゃなかったけど、それは別枠だろう。
    「部活とかどうすんや。」
    住み始めたばっかりの家はピッカピカに磨かれていて、段ボールが積まれたままになっている。
    この箱がすべて整理されて少し経って、食器や本の並びが乱雑になってくるころに大体引っ越すことになる。
    ママは几帳面で、だからその戦犯は大体目の前のヒゲもじゃメガネだ。それでも、好きなパパだ。
    ぐちゃぐちゃになっている洋服の束を整えてやると申し訳なさそうな顔をされた。
    「ねえ、風の魚、って聞いた?」
    気になって聞いてみると、ママがアイロンを動かす手を止めた。
    《風の魚は魚にあらず、ただ風の前のちりに同じ。》
    さらさらと手元のノートに書き込み見せてきた。
    《悲しむな、風の魚が来るぞ。怒るな、風の魚が近づいてくるぞ。よろこぶこと、楽しむこと、あたりまえの生活、それが幸せ。
    そうすればれてぃおさまのしゅくふくがあるーというのが、口ぐせだ。》
    「何の話?」

    「何の話なんだろうね?」
    「おとぎ話。正義を規定し悪を断じ、夢を正しい方へ導くもの。人はそれを文化とか、信仰と呼んだ。」
    私がここまで話し問いかけると、少年はすらすらと答えた。
    「ーまあこれも受け売りなんですけど。」
    そうやってワシャワシャ頭をかく仕草など本当にそっくりだ。青い毛を巣にしている手持ちがチチ、と小さく非難する。
    「人間って、哀しい生き物ですよね。」
    そうは思わない。

    「何の話?」
    「このあたりに伝わるおとぎ話やろ。教会で聞いた。」
    《意味はわからないけど、なんか怖いよね。》
    「でも、いいこと言っとるやん?俺、強くなりたいってがむしゃらに思ってたけど、
    幸せって案外小さなところにあったんだって、思った。」
    「パパはママと逃げ続けて幸せ?」
    そう問うと困ったような顔をされた。
    「こうやって夢をごまかして幸せ?」
    「いきなりどうしたんや。」
    「わたしが質問してるの。いつまでこんなこと繰り返すの。」
    「これで終わりにするんだよ。終わりに。今回はもっとうまくやるから。」
    またこの顔だ。ママはわたしをじっと見つめながら、こうノートに書き込んだ。
    《雲に架橋霞に千鳥》
    「昔ぼんぐりボールができる前、ジョウトの貴族は空を飛べなかった。
    雲に橋をかけることも、春の霞の中に冬の鳥ポケモンを放つことも。」
    「ー何が言いたいの。」
    「雲に架橋、霞に千鳥。全部『及ばぬ』のまくらことばなんや。いや、詳しいわけやないんやがな。
    お前を生むって決めた時から、俺の苗字にちなんでこのどれかを名前につけるって決めてたんや。」
    ノックの音。もう、行かなきゃ。

    「食べようとしてたアイスクリーム、ベタベタに溶けていたんだ。」
    「見ればわかる。何それベトベター?」
    「ユキカブリに実るキャンデー風キャンデーブルーベリー味、春季限定。」
    「色合いって!普通は食感とか味とかでしょ?いや、いらねぇって!」
    「それ、好きなんだ?」
    「こうなっちゃったら美味しくもなんともないからね。好きではないよ。」
    嘘だ。初めから『ルート216のみのりブルーベリー味』なんて買いたくない。
    舌で転がす216円はちっとも甘くなくて、出会ったばかりの十数人は古い友達みたいに私を部の見学に誘い、私はついていった。
    「ほんとチドリって、」
    くだらないことを喋って、食べて、笑って、10歳の夏休みについて誰も触れることはない。
    「面白いよね。」
    ほやほやのポケモントレーナーがアーケード街を通り過ぎ、青い屋根目がけてBダッシュしている。
    そう。本気で夢を追っかける人間はアイスなんて買わないんだ。
    ヒウンアイスを転売して儲けている奴もいる?知らん。あれは副業だろ。
    「キャ、」
    「チドリちゃんだいじょうぶ?」
    「もったいなーい、」
    アサガオが取り落としたシャーベット、べちゃりと出来立てのアスファルトに落ちた。
    すかさず舐めとったのは、白地に赤い柄の流線型につんと尖った鼻先、胸ビレに大きな翼。見慣れたポケモンだった。
    「あの、行儀悪いよ?」
    金色の瞳を閃かせ悪戯っぽく笑った。
    脊髄反射のようにみんなボールを投げ、誰からともなく苦笑した。
    「早いもの勝ちだから!」
    バトル相手とシェイクハンズ。捕獲争いもフェアプレー。
    半ば不文律としてわたしたちの中に沁み渡っている。
    誰が言い出しっぺか知らないが、因果なことだ。少し胸がうずく。
    パパのことを思い出す。…みんな、案外衰えていないんだ。
    しかし当たってもボールは無為に転がるに過ぎなかった。
    「あの、その子私のなんですが。」
    おはよー、こんなとこで会うなんてねー。戸惑いながら声をかけるみんな。
    「それよりさ、あんたの?」
    その声の響きにようやく彼女たちにとっての事態の重大さに思い至る。
    「すごいじゃない!どこで捕まえたの?」
    長い沈黙の後、アサガオが述べたのはそんなセリフだった。
    「風の魚ってラティアスのことだったの?…ううん、これはこの子が勝手にしたことで…」
    一緒だったんだ。彼女もまたひとりぼっちから救ってもらったんだ。
    もはや思いこんでいたわたしは、このあたりでわずかに違和感を覚えた、遅いな。
    ーそしてさっきのボールから再度飛び出したのは黒い影。白い帽子と赤い襟巻き。
    「なんだあれ…」
    「いい加減にしなよファントム?」
    彼女の言葉には感情の影が感じられなかった。
    影はいしし、と笑うとでんぐり返る。さっきとよく似たカラーリングだがずっとちんまりとっつきやすい。
    やっと納得し、見抜く才能がないことも自覚してしまう。
    「ゾロアって言って、人に幻影を見せられるの。
    それだけならいいんだけどずいぶんいたずら好きで、しょっちゅう変身して外を出歩くのね。
    最近は空前の伝説ブームらしくて…」
    「ずいぶんはためいわくなブームだね。」
    言ってみるが、彼女は小さく視線をこちらによこすだけでボソボソとした早口を閉じた。
    「撫でてもいい?」
    「どうぞ。」
    たちまち女の子たちにもみくちゃにされて、どうやら悪い気はしていないらしい。
    嬉しそうなファントムくんをよそに、ベンチの端っこに呼び出してターニアさんは私に問うてきた。
    「ミュージカル部入るの?」
    「…入るよ。私は入る。」
    「ふーん、」
    「ターニアさんも入るんだよね、あんなに演技うまくて先輩たちもみんな期待してるよ?…私、変なこと言っちゃった?」
    真っ黒い目で見つめてきた。少し怖い。
    「私は、」
    夏が始まったばかりと思い込んでいたのは私だけなのかもしれない。ロゼリアの薄膜が花壇で強い日光を透かして翠に輝いていた。
    そんなことが、探るような視線から逃れるように頭によぎる。
    「チドリー、ターニアさーん、」
    ナイスタイミング、そう思った私を見通すみたいに彼女が手をやる。
    「なに?」
    「行きなよ。ともだちなんでしょ?」
    リタイア組とつるむターニアなんて、それこそ永遠に溶けないアイスだろうと思えた。
    わたしが立ち上がると、今年はじめのテッカニンの歌が聞こえた。
    なんてよく出来た風景だろう、まるでおとぎ話の書き出しみたいだ。
    こころの芯の冷えたところに蓋をするように走り出したわたしを彼女は冷たく見つめているのだろう。

     森の向こうに行きたいなんて、考えちゃいけないよ。おじいさんおばあさんはみなそう言っているよ。
    わたしたち家族自身がその向こうから来たのだが、そんなこと気にしちゃいないのだ。
    「草むらからポケモンが飛び出すからでしょ?」
    ごうごうと滝の音が響いてくる中アリゲイツにまたがって問うた。
    「いや、今じゃ誰も信じてない話だが、そういう悪い子は別の世界にさらわれていくんだって・・」
    ラグーナの森が見えてきた。向こうにたくさんのルンパッパに乗った、日焼けしたおじさんたちがパパを囲っている。
    「これがほんとのルンパッパパパってやつですわ。ははは・・」
    おっさんやめろ。
    「でもさ、森の奥に向かうの、なんだかんだ言ってやっぱり怖いよね。」
    「パパ!」
    「おー、ぎょーさん友達連れて。お前も風の魚見学か?」
    「うん。っていうかはずかしいよ・・ルンパッパパパって何。」
    「お前もコガネ生まれの女ならうまいツッコミの一つぐらい覚えとき。」
    華麗なルンパッパ捌きで隣にきたパパは、冗談めかしてわたしにデコピンすると謎のカゴを背負い直し、謎のダンスを踊りだした。波長が合うのだろう。
    「それはカントー名物ドジョッチすくい!生きているうちに拝めるとは思わなかった!」
    「ちょっと待て何ありがたがってんだよ母さん!?」
    もう名前も覚えていないような子の叫び。
    ♪お風呂の温度は39度・・
    村人による大合唱が始まった。
    ふと、その向こうにママがいるのに気づいた。手を振ると露骨に目をそらされた。
    《ラグーナの森まで》
    障害者手帳を見せた。ママは口がきけないからリーグ公営の波乗りポケモンが無料で利用できる。
    どうしても外に出なきゃいけない時は筆談でコミュニケーションを取っている。
    どうして外で彼女と距離を取らなきゃいけないのかわからなかったし、わたしは昔見た彼女のあの怒り顔に未だに夢でうなされていた。
    さらさら、風が吹き始める。
    目を凝らすとうっそうとした枝や木の葉の揺れ方が決まった形を取っていることがわかる。流線型に胸ビレ、つんと尖った鼻先。
    「風の魚は気に入った人間の前にしか姿を見せない。」

     火の中水の中に棲む彼らを理由に、町の外に勝手に出てはいけないと言われたことがきっとあなたにもあるはずだ。
    ここじゃ少し話が違うんだよ、とアサガオはターニアに笑いかけて見せた。
    カキノキは来ていないんだろうか。見回していると、パックがヒョイ、と危険なぐらいすぐ後ろに現れる。
    「もう。子供じゃないんだから。レディには気つかいなよ。あんたは今高校生男子で、」
    ひそひそと話す私たちを知らず、パパはママと一緒にカゴを慣れた手つきで構えた。
    「そんな風に逃げるための嘘をつき続けるのが大人かい?」
    陸に上がりラグーナの森に立つ。とても暑い。陽が中天を少し過ぎても暑い。
    猟師たちとそれを手伝う私たち、合わせて20数人から長い陰が伸びる。
    その彼方下でパラスが恋を鳴き交わし、隠れん坊しそこねた赤の筋からアブリーが逃げていく。慣れたが暑い。
    ♪みっつ数えりゃミズゴロウ笑う 水も滴る いいポケモン・・
    「・・ずっと子供のパックにはわかんないよ。人間の事情に口を出さないで。」
    人びとの歌が空間を覆い尽くすのが合図だ。風が枝をさらさらと揺らしはじめた。原色から薄まり水いろした空は美しかった。
    ぽとん。

    ここには、同じようなみんながいるよ。
    風の魚は森の奥で言った。
    メェークルと、毛が茶色と緑のまだらの知らないポケモン。二匹が目の前に飛び出してきた。
    カキノキが後ろの方で拗ねていた。
    それと、
    「ータンポポさんじゃないですか。」
    「自己紹介しようか、」
    風の魚たちは名乗った。
    「わたしはハーミア。」
    「その弟のパック!」
    「・・あの本に出てくるのと同じ名前。」
    「タンポポにそう呼ばれている。人間の言うところのニックネームさ。」

    ぽとん。
    高い高い枝に眠っていたチェリンボが飛ばされてカゴの中に落ちた。
    風の魚が飛び始める。サイコキネシスの波長が小型ポケモンを人間の方に誘導していく。
    彼ら彼女たちが大木を叩きタイミングを知らすと、猟師たちは文字どおり一つの網を放って打尽にする。
    私たちを掻き分けてそこから逃れようと手間取る子たちは咥えられて風の魚に食べられた。

    「風の魚たちはわたしたちに化けて暮らしながら、ラグーナの人を見守ってきた。
    そして時には小型ポケモンを追い立て、人に恵みを与える。」
    「違うよ。それはお腹が空いた時の話。人間がいっぱい集まると追いかけやすいんだもん。」
    「なんでもいいよ。」
    「さらっていくっていうのはー?」
    「ここにいるのはみんな、ここじゃないどこかに行きたい、と思っている子たちよ。」

    「心なんて死ねば消えてしまう儚いもので、」
    カキノキはひとりごちた。

    「じぶんでもいくらだって誤魔化しが効くような曖昧なものだ。」
    ターニアは呟いた。

    「そんな世界で夢を叶えて何になるっていうの?」
    わたしは言った。

    ゴーゴートとメブキジカが角を寄せ合いその営みを遠く見つめていた。
    私たちはこの里でポケモンと暮らし、助け合い、そして生きてきた。

    「ねぇ。」
    帰ろうとする私に『ラティオスの』パックが追いすがってきた。
    「これだけは言わせてよ。あと20年もすれば僕だって子供が産める体になる。ずっと子供なわけじゃない。」
    やっぱり、子供だ。
    「歩こうか、少し。」
    私はパックと別れ、ミュージカル部のメンバーと連れ立って歩いていた。
    プライドの高いキングはあまり人に近づこうとしなくてアサガオは残念そうにしていた。
    帰ってきた街に『故郷』という感慨がないわけではない。
    私はたぶんここで生きてく。そりゃ物理的には別のところで暮らすかもしれないけど。
    たとえばあの育て屋のおじいさんがおじさんだった頃を私は知っている。
    その周りに先輩たちがたむろして、自転車を乗り回しているのも昔から変わらない光景だ。
    「チドリちゃん、やっぱりあれはしなきゃ勝てないものなの?」
    「・・?ターニアちゃん、なんで私に聞くの?」
    暴走族のような彼らは、正直怖かった。ハーミアはそんな私を柔らかく見つめた。
    暗い目でターニアは言った。
    「調べたよ。チドリさんのパパ、カケハシさんはジョウトリーグベスト16で、ちっちゃい頃のワタルさんに一度勝ってる。」
    「だからどうしたの。昔の話だよ。」
    自分の声に苛立ちがこもるのを私は他人事みたいに観測していた。
    「そういうの詳しいよね。」
    「その頃は厳選なんてなかった。パパは正々堂々自分たちの力で戦って勝ったんだよ。」
    タラコは私より静かにターニアを見つめていた。
    「今だって正々堂々と戦ってるよ。厳選はズルじゃない。」
    「ズルよ。ーなんでそんなこと言うの。」
    「ポケモンバトルしようよ。チドリちゃんと私、どっちが正しいか決めるんだ。」
    「やめなよ。」
    何かに憑かれたように彼女は繰り返した。ゴミ捨て場に乱雑に捨てられた卵。
    リーグは公式には認めていないけど、ある程度の年齢になるとみんな当たり前のように始める。
    もらったばかりなんだろう、図鑑を見るポケモンみんなにかざす男の子がいた。
    「ーそうだね。確かめるまでもない。今の上位入賞者はみんなやってる・・って、みんな言ってる。」
    私は狡猾にも留保を忘れなかった。
    「あたりまえだよ。才能のない奴の居場所なんて、この世界のどこにもない。」
    その男の子が育て屋に一匹のアチャモを連れて行く。大事に大事に抱きしめながら。
    「ごめんね坊ちゃん。育て屋はこのお兄ちゃんたちで満杯なんだ。」
    リストバンドに器用に絡みつくメタモンたちが這ってたくさん足に寄ってくる。気に入られてしまったらしい、迷ったけど笑いかけた。
    「なんでこんなにメタモンばっかり預けるんですか?」
    子供が聞いた。
    「それはねお兄ちゃん。」
    ふざけた声色で絡みつく声。
    「おいやめとけよ。」
    そう言いながら誰も止めない。私も止めない。
    昔からどこに行っても変わりがない真理で。弱いものが夕暮れ、さらに弱いものを叩くのは。
    「お前ら!」
    ガタン、テーブルを叩くやつがいた。
    オレンジ色の髪が夕陽に照らされて、緑色の眼が男たちを睨みつけていた。
    「恥ずかしくないのかよ。」
    自分の価値観で理解できないものに出会うと、人は二通りに分かれる。
    つまりは、笑うか口を開けて止まるか。今がそういう状況だった。
    「おたく誰?」
    「誰だっていいだろ。チドリ、タラコを貸せ。」
    「・・どうして。」
    帰ってきてから初めて交わした会話。
    「俺が、いやタラコとミドリ二匹がお前ら全員とバトルする。
    こいつらが勝ったら、お前らはこの子に謝れ。それと、一人ぐらい我慢してアチャモを預けさせてやれ。」
    「なんのために。何を?」
    「・・・俺が気に食わない。」
    「じゃあお前が負けたらどうするんだ。」
    「バネブーの真似な!一万回飛び跳ねてぶーって言え!」
    いっとう頭の弱そうな奴が叫んで、ぞろぞろと見学者が集まってくる。大体の男が頭を抱えていた。
    「馬鹿!」
    「売られた喧嘩は買うのがルールっすよ!」
    「待って、勝手に話を進めないで!大体何よカキノキ、会って最初の台詞がそれ!?」
    「お前は黙って見てられるのかよ?」
    タラコはカキノキを見て頷いた。彼女に近寄って、無数の卵を乗せメタモンはつぶらな瞳を私に向けた。
    「かかってこいやー!」
    何かを諦めたように私は手を離した。でも、にっこりと微笑みかけることは忘れなかった。
    塾帰りのカキノキはネイティオとブーバーンを繰り出した。
    白い羽が開かれ、あたりの老人たちが釘付けになる。粛清の声が鳴り響いた。
    ガブリアス、ケンタロスリザードン。そりゃ、そいつらにも絆があった。
    でも、『未来予知』によって不規則に飛ぶ衝撃波をかいくぐった空におそらく十数年前の夏のような勢いで
    『手助け』を受けた炎柱が噴き上がり、タラコの持つ圧倒的なレベル差でポケモンたちは皆倒れた。
    「・・・・」
    「あったかいね。なんていうポケモン?」
    空気を読まずに男の子は聞いた。
    「ブーバーンのタラコだよ。」
    「タラコ、カッコよかったよ!でもお兄ちゃん、どうしてそんな怖い顔してるの?」
    一番背の高いリザードン使いの男が私を見た。
    「そんな強いポケモンを持ってて、どうしてリーグを目指さない?」
    私は答えられなかった。タラコはさっき本当に輝いていた。
    でも、パパのいう彼女の役目は私を守ることなんだ。いや、大層なものではなく。早く私は自立して、それから。
    育て屋だって、タマゴが発見されてからというもの主な収入は皆厳選目当てのトレーナーからのものになってしまった。
    ギャラリーとともにターニアは雰囲気を察していなくなった。なんのために?
    私のほうは彼女とも話したいことがたくさんあったのに。
    「お前がラグーナにいるとは思わなかったよ。」
    そう口を開いたけど、私は黙っていた。
    「チドリ。俺、ジョウトに行ったよ。こっちで神様って崇められてるネイティオ様は、アルフの遺跡ってとこにいくらでも現れる
    ネイティってポケモンの進化系だった。」
    「ーしってる。」
    静かさが苦痛だった。そのくせすごく懐かしかった。
    「見たいって言ってたもんね、未来。」

    「未来を見るために本を読んでる。」
    それが、森の奥で会ったカキノキとまともに話した最初だった。
    「大人は、ううん人間は嘘つき。全ての命が平等といいながら、平気でフレンドリィショップでバスラオの刺身を買う。
    厳選だってするし、だから僕は、そう。ずるくなりたくないんだ。どうにかその方法がないかって、探してる。」

    「夏季休暇が始まります。皆さん、盛り上がる気持ちは分かりますが軽率な行動を慎みましょうー
    皆さんの元気な姿を夏の終わりに見ることを楽しみにしています。」
    それを信じていた。アサガオに真剣な顔をされるまでは。
    「ラティオスかラティアスみたいな影が卵を抱いてるのを見た?だって、」
    「あるんだからあるんでしょ?私は知らない。で、ここからが大事なの。そこにいたのが人間の影だったっていうのよ。」
    動揺を悟られないように努めた。
    「どういうこと?」
    「私に聞かないでよ。どこかの頭のおかしなやつでしょ。あんた鈍いじゃん?下手に疑われるような真似しないようにね。」
    『そういう』ことをしたんだと誰もが興味本位で噂した。

    森のヨウカンをよう噛んで洋館で食べる。
    わたしには似合わない。それにそんな場合ではなかった。美味しいなんて思わなかった。だけど止まらないのだ。

    「・・ねえ、カキノキ。その隠しているものは何?」
    彼がカバンに詰めていたのはポケモンのタマゴだった。

    あなたは、私の話を見てどう思う?
    「私、ポケモンバトルできないんだ。二年の時から、ポケモンを攻撃させようとすると体が固まるの。」
    カキノキはとっくに知っていたけど、子供のラティアスの方には言わないといけない。
    それを自分で告げることにもう迷いはなかった。はっきりと言い切った。
    「それはわたし自身が、メタモンと人間の子供だから。」

    きっかけは、とてもとてもささいなこと。
    二年の時隣の家の男の子と取っ組み合いの大喧嘩になって目の前が真っ暗になった。
    存外とすぐ目は覚めて、夢と現の間を漂うように点滴の音と誰かの話し声をどこか遠くに聞いた。
    「そうです、瀕死状態で発見されたんですが、不思議なことにモンスターボールぐらいの大きさに縮んでいたんです。」
    「それってー」
    ジョーイさんの視線に気がついたのは、その時だ。
    「まるでポケモンみたいじゃない。」
    つまり後でわかったことだけど、ずっと人間に化けて暮らしていたメタモンのママに。
    確かその頃にはもう意識ははっきりしていて、ひんやりぶよぶよした肌色に掴まって家に帰りたいとせがんだ。
    「あの、失礼ですがこの子は・・・」
    《わたしたちの子供です》
    ママは無言でその紙を示したらしいのだけど、ひそひそ話が止むことはなかった。
    身の危険を感じると本能的に小さくなって、ポケットにも入れてしまえるモンスター略してポケモン。
    ぼんやりとした記憶の中、これだけははっきり覚えている。
    彼女たちをにらみつけるママの顔が子供心にすごく。
    こわかったのだ。
     そのうちパパがトレーナーズスクールをクビになった。化物の夫をおいておくなんて風紀が乱れると。
    「君もヨメさんも、悪い人でないのは知っているよ。でも世間はそう思ってないんだ。
    もう私の教え子たちも噂を始めた・・この街を出ることを勧めるよ。」
    まったく、まるで気がしれない。最近の子供は後先のことを考えない。
    《あたし、できるだけ外に出ない方がいいよね。》
    「なんでブドウががまんすることがあるんや。悪いんはあいつらやろう!」
    ママか私かの正体がバレるたびに逃げる生活を始めた。生まれてきたいなんて誰にも頼んだ覚えはない。
    自分のことはいくらでも我慢できる。でもわたしのせいでみんなの夢が壊れていく。幸せそうな振りをしているのは演技だ。
    そのうち人間の子供がどう生まれてくるのか知ると、本当に、本当に身勝手に。
    わたしはママを嫌うようになった。そういう本でも育て屋でもメタモンはいつも重要な役をやっているというではないか、
    パパをたぶらかして閉じ込めたに違いない。この狭い狭い家という世界に。

    「雲に架け橋霞に千鳥。」
    私はそう言った。
    「いつか言ったよね。あり得ないことだからこそ、大事にされた。だから、」
    お腹をいっぱいにふくらませ精一杯の声をあげた。

    「生まれてくるんじゃなかった。死ぬ勇気もないし。」
    わたしはカキノキにいった。
    「誰かに言われたの?」
    「言われないから辛いんだよ!」
    風はただ吹き抜けていった。
    「あのね、ボクのパパとママはしょっちゅう口喧嘩してて、それを見てると僕もそう思うんだ。」
    「ここじゃないどこかに本当の世界があって、そこではみんな笑ってるの。
    パパはママと最高のパートナーで、夢を諦める必要なんてなくて。」
    「チドリが死んだら、みんな悲しむよ。」
    「そうだよね。あの育て屋のタマゴみたいに、孵らないまま放っとかればよかったんだよ。」
    カキノキは突然わたしの手を握った。
    「君が死んだらぼくは人間の友達がいなくなるから、だから死なないで。」

    私は夢について考えていた。

    タンポポさんは言った。
    「ーそう。スカウトが来たの。来年の初めには高校を辞めて劇団に入る。」
    どこかの町のジムリーダーが言っていたように。冬が終われば春が来る。
    夢が世界中の片隅に根を下ろしていくような旅は、それはとても素敵なことに思えた。
    「・・それじゃ、来年はいないんですか。」
    「ええ。もう戻って来るつもりもないわ。」
    タンポポはあくまで明るくターニアに笑いかけた。
    「ー行かないでください。わたしをひとりぼっちにしないでください。」

    南アメリカの一地方を一回りしてわかったのは同じ国の中でそうそう変化があるわけないってことだ。
    「おかえり、チドリ。」
    ポケモンコンテストを諦めた時、ここに来ると決めた。
    ここが特別な場所だった。夢を見させてくれた森があって、カキノキが生まれ育った場所。
    それだけで頑張れる気がした。学校のドアが開く音。
    「はじめまして、カケハシチドリです。短いですが夏の終わりまで、ここで皆さんと一緒に勉強させてもらいます。
    旅の前もここに通っていたので、わかる子もいるかもね。本を読むのが好きです。どうかよろしくお願いいたしますー」

    ーあるポケモンが姿を消した森の奥に残された卵は、未来から持ってきたものだと言われている。


      [No.4098] 美味しい友情 投稿者:雪椿   投稿日:2018/12/22(Sat) 11:41:09     84clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:グラエナ】 【バルジーナ

     バサリ、と何かが羽ばたく音が聞こえ、俺は耳をピクリと動かす。目を閉じているから、音源となる者がどこにいるかはわからない。音は遠くから聞こえてくる。この近くを通り過ぎるだけかと思いきや、音は段々とこちらに近づいてきた。
     羽ばたきのリズムが鮮明に聞こえる頃には、俺の毛並みを乱す風のおまけまで付いてきてしまった。いい迷惑だ。
    「……何の用だ」
     重たいまぶたを持ち上げ、音と風の原因であるそいつ……バルジーナへと視線をやる。ファサリと地面に着地をした彼女は、意地悪そうな目を更に意地悪そうに吊り上げてケラケラと笑い声をあげる。
    「何の用だって、アンタと『遊ぶ』ために来たに決まっているじゃないかい! さあ、今日はどの子と遊ぶ? 先月『遊んだ』子の友達とか、どうだい?」
     愉快そうに笑い続けるあいつにフンと鼻息を鳴らすと、俺は再びまぶたを下げて心地よい暗闇の世界に浸る。暗闇の中であいつが何か喚いているが、眠たい俺にとってそれは単なる子守歌程度にしか聞こえない。
    「ちょっと、グラエナ!? 聞いているのかい!?」
     怒りが混ざった声で俺の名前を呼び続けるあいつに心の中で小さく謝ると、俺は現実と眠りの世界の狭間へと旅立っていった。


     俺があいつと出会ったのは、俺がまだポチエナであいつがバルチャイだった頃だ。俺のご主人様が異国の地を旅している時に、あいつは無謀にもご主人様の前に飛び出した。そして当時四匹いた仲間の中では実力ナンバーワンだったご主人様の「相棒」にこてんぱんにやられ、捕まった。
     捕まった当初、あいつは必死に逃げ出そうとして、よくコテンと転んでは泣いていた気がする。さすがに何度も逃げる度に泣く回数は減っていたが、そうまでしてなぜ逃げたいのだろうと俺は不思議で堪らなかった。
     何十回もの挑戦の末、あいつはやっと逃げるのを諦めてご主人様と一緒に旅をした。そして立派なバルジーナとなったあいつは、空を飛べると知ったや否やモンスターボールを持って飛び出していった。その際なぜか俺が入っていたボールも掴んでいたため、俺も強制的にご主人様と別れることになってしまった。
     ボールから解放された直後、俺は粉々になったボールを背景にあいつに散々詰め寄ったものだ。当時の俺は真剣そのものだったが、ポチエナのままだった俺がバルジーナであるあいつに詰め寄る姿は傍から見たら笑える光景だっただろう。
     人間と一緒にいるより、こうして自由に生きている方がいい。あいつの主張を受け入れるのにはそれなりに時間が必要だったが、受け入れてからはとても気が楽だった。あの変な石を捨ててから、すぐにグラエナになれたしな。
     そして数多の困難に二匹で打ち勝っていくにつれて、俺とあいつの間には強い絆が生まれていった。生活の違いで途中から離れて暮らしているが、こうして時々あいつから遊びに来ては『遊んで』いる。
     あいつは今日も『遊ぶ』予定を立てていたようだが、俺は残念ながらとても眠かったので予定はお流れになりそうだ。それに、『遊ぶ』にしても今日の俺はいつもの虫を狩るような気分じゃない。
    例えるなら、そう――、

    「いつまで待たせる気だい!!」

     眠りの狭間でそのようなことを考えていた時、脳天に強い衝撃が走った。ピンポイントの部分がズキズキすることから、どうやら鋭い嘴で突かれたと考えていいようだ。
     はあ、今の一撃ですっかり目が覚めてしまった。頑張って三度寝しようにも、すぐに嘴攻撃が飛んできてしまうだろう。俺は脳が覚醒しても岩のように重たいままのまぶたを渋々と持ち上げ、のろのろと立ち上がった。
    「はあ、やっと起きたね。それで、どの子と『遊ぶ』? 私はさっき言った通り、あの子の友達がいいと思うんだけどね?」
     俺が起きたことで、こいつは一緒に『遊ぶ』つもりになったと思ったらしい。目をギラギラと輝かせながら、先月『遊んだ』ポケモンの友達と『遊ぼう』と言っている。この反応を見る限り、どうやらとてもあの種族が気に入ったらしいな。
     だが、俺が今『遊び』たいのはそいつじゃない。俺が今最も『遊び』たいのは――、

    「悪いが、バルジーナ。俺が『遊ぶ』相手は既に決めているんだ」

     この返事に驚いたのか、意地悪そうな目をまん丸く開き、ポカンと嘴まで開けるバルジーナ。こいつが驚くのも無理はない。いつも『遊ぶ』相手は相談があるにせよ結局こいつが決めていて、俺が自分から決めたことは一度もなかったのだから。
    「アンタが自分から決めるなんて、珍しいこともあるものだねぇ。で、誰なんだい? そのアンタが『遊び』たい相手っていうのは?」
     驚きから一転、再び目をギラギラさせてこちらの発言を伺ってくるバルジーナ。俺は片前足を使って首をこちらにもっと近づけるようにと言うと、こいつは素直にもグイと頭を近づけてきた。
    「俺が『遊びたい』相手。それはな――」
     わざと聞き取りにくいよう声を小さくしながら、牙に電気を溜め始める。まだだ。威力が足りない。あともう少し。もうすぐ溜まるか?
     ――――今だ!

    「お前だよ!!」

     そう叫ぶと共に、あいつの無防備な首元に雷の牙を力強く突き立てる。牙から流れる電気があいつの全身に流れ、悲鳴をあげることなく息の根が止まった。電気が流れたからか、辺りに少し香ばしい匂いが漂う。
     このままいただいてもよさそうだが、あの頃ご主人様と一緒に食べたステーキのように少し加工したい。だが、自慢の爪を使っても力加減がわからなければ、これを引き裂くだけで終わってしまうだけだろう。
     だったら、せめて焼こうか。炎ポケモンが使うような派手な炎技は使えないが、俺にはこの技がある。牙に宿った炎をそれに移し、鼻がちょうどいいと判断する匂いになるまで放置をする。問題はどうやって火を消すかだが……。砂をかければ何とかなるだろう。口に砂が入るだろうが、それはそれで醍醐味がありそうだ。

     辺りに腹の虫を呼び寄せそうな匂いが漂う頃、俺は軽く砂をかけて火を消した。無事に消えるかどうか冷や冷やしたが、かける時の勢いがよかったからか、それとも元々消えかけていたのかすぐに消えた。
     前足でかかった砂を取り払い、完成したご馳走とご対面をする。腹の虫はもう大合唱をしており、口を開けばすぐにヨダレが出てきそうだ。
     もし今までの経緯を見ていたやつがいたら「友達なのに、なぜこんなことを」なんて言いそうだが、元より俺とあいつには一方的な友情しかなかった。あいつの主張を受け入れたのは、あいつのためじゃない。俺自身のためだ。あいつも単に一緒に『遊ぶ』相手が欲しかっただけだろう。
     こんなことを考えているうちに他のやつに気づかれたら、十中八九このご馳走を盗られてしまう。もし盗られなかったとしても、いただく分はかなり減ってしまうだろう。ここはすぐに行動を実行すべきだ。

    「いただきます!」

     俺は大きく口を開けると、美味しそうに焼かれた肉へとかぶりついた。


    「美味しい友情」 終わり


      [No.4076] Re: 感想と称したくだらない独白 投稿者:円山翔   投稿日:2018/02/25(Sun) 07:27:51     46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    自分も、その場所に立ちたいと志したことがありました。しかし私はあまりに愚鈍で怠惰で、この小説の主人公のようには机に向かえなかった。だからこそ今いる場所に留まっているとも言えますし、それでも嫌々ながらやってきたことは無駄ではなかったんだと思いたい面もあって。入った後でついていけるかどうか、今思えば不安で仕方がありません。今ですら、私はいつ置いて行かれるやら、振り落とされるやら戦々恐々としつつ、心のどこかではきっとどうにかなるだろうとのんびり構えている甘々な奴です故……
    これを読んだ方にもそうでない方にも、「こういうことがやりたい」と思ったら、できる限り努力をしてみて欲しいなぁと思う今日この頃です。それがどこの大学に行きたいということであれ、どんな研究をしたい、どんな勉強をしたい、将来どんな仕事に就きたいということであれ。せめて、今の私のようにはならないように。
    同時に、私もこうだったら、という後悔もあり。こうだったら、今頃は全く別の人生を歩んでいたかもしれないと思うと、羨ましくもあり、恐ろしくもあり。何だかんだ順応して楽しくやっている今が、全く別のものだったとしたら、私はどうなっているんだろうなぁと考えさせられました。
    ちょうど本日が大学の二次試験当日。受験生の皆々様に、幸あれ――


      [No.4075] 高速度バトル 投稿者:やふ   投稿日:2018/02/17(Sat) 22:10:53     88clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     投下時間から二日遅れの執筆であったにも拘らず、掲載を許可して下さったあきはばら博士さん、本当にありがとうございます。大遅刻ではありますが投下失礼いたします。
     一週間で書き合うという趣旨から逸れてしまって大変申し訳ないのですが、せめてオリジナリティは出そうと他作品様は全く読まず執筆させて頂きました。何卒宜しくお願い致します。



    ----------

     シンオウ地方ノモセシティのバトル施設、あるスタジアム。ポケモン選出を終え、二人のトレーナーがバトル場のトレーナースペースに立つ。観客はいない。あくまで練習試合の光景だ。

    「お手合わせの許可を下さり、ありがとうございます。アローラの戦い方、楽しみです」

     僕は逆サイドに対峙する外国人の女性に一言感謝を表す。

    「いいえ、こちらこそ。私もシンオウのトレーナーと戦えるのは嬉しいものです。アローラでの土産話が一つ増えますからね」

     彼女は流暢なシンオウ語でそう答えた。本当にお上手だ。ふと呟くと女性はまだまだです、と謙遜して見せた。

    「まあアローラの戦略と言っても、最近は他地方の戦略も入ってきてですね…… 私なんかは専らそれに影響受けていますから、違うところがあるとすればこのZリングくらいですよ」

    「そういうものですか。でも、Zワザを生で見れる機会なんて今のシンオウでは希少ですし、アローラの特徴は少ないにせよ僕の知らない戦法が見れるわけですからね。どの道、楽しみですよ」

     二人の会話が過ぎたところで審判がそろそろ準備はよろしいですか、と二人に尋ねる。二人はそれぞれ肯定の返事を返した。

    「ではルールを説明します。それぞれ選出した一体を使ったシングルバトルです。ポケモンに持たせたもの以外の道具は使用不可。選出したポケモン以外を繰り出したりトレーナーが所持する道具を使ったりすると失格になります。このルールでよろしいですか?」

     審判のルール説明に対し、僕は答える。

    「はい。大丈夫です」

    「分かりました。それではお互い同時にポケモンを繰り出してください」





    「いけっ! ロズ!」

    「お願い! ヴィオーレ!」

     双方が繰り出すポケモンは僕はロズレイド、女性はジャラランガであった。

    「よろしくね。ヴィオーレ」

     女性はジャラランガに向けて声をかける。ジャラランガは何度も力強く頷くと小さく吠えながら構えを取った

     一方ロズレイドの方は隙を見せない凛とした立ち方でジャラランガを鋭く視界に捉えている。

     男トレーナーは思う。

     さすがアローラの人だ。僕たちに比べてポケモンとの距離が一段と近いように感じる。それにしても、タイプ相性が不利。出し合いは負けたか。いや、勝算がないわけじゃない――

    「僕たちも負けないチームワークを見せるぞ、ロズ!」

     ロズが静かにうなずく。相変わらず冷静な奴だ。

     審判の声が響く。

    「では始めます。三、二、一、試合開始!」





    「ロズ、くさむすびだ!」

    「避けていつものいくよ!」

     ロズは地にバラを模す片手を素早く突く。一鳴きして跳ぼうするジャラランガの足に絡むくさむすび。ジャラランガがステップするも既の差でくさむすびは完成しており、ジャラランガを大きく転ばせた。少しスタジアムが揺れる。

    「あらら、隙が少ないくさむすびだ。ヴィオーレ、起きていつもの!」

    「いつもの、って?」

     起き上がるジャラランガを幾つもの白い風が包み込む。

    「あぁ、シンオウではワザ名言わないのはタブーだったね、いつもの癖でつい…… ボディーパージ。効果は分かるかな?」

     ボディーパージ、被ダメージを上げる一方ですばやさを著しく上げるワザ。速く動けるようになる、ということはワザも避けられやすくなるということだ。すばやさを貯められたらワザが当てられず一方的に攻められる可能性が高い。

    「高速戦法か…… タイプがキツいけど一気に決めないとまずいな……!」

     ボディーパージの副効果として体重が軽くなるというものもある。重量が多いほど効果が高いくさむすびはドラゴンタイプとの相性も極まって効果がより薄くなる。

     まずは威力がタイプ考慮しても一番高いメインウェポンで攻める……!

    「ロズ! にほんばれ!」

     ロズがオレンジ色の球を放つとその球はスタジアムの天井近くまで上り少し暑いほどの光を放つ。

     その間にジャラランガを包んでいた白い風は消え去る。ボディーパージが完了したようだ。

    「ロズ! ウェザーボール!」

    「ヴィオーレ! もう一度ボディーパージ!」

     ロズがオレンジがかったウェザーボールを放つ。一方で一鳴きしたジャラランガは再度白い風を纏う。そして、避けることなく甘んじてウェザーボールを受けるジャラランガ。

     決まったか―― いや、ジャラランガはワザを受けてなおケロッとしていた。よくよく考えればなぜウェザーボールを避けなかったのか。僕はこの時点でその違和感に気づく。

    「効果なし……? 特性か」

    「特性ぼうだん。ボール系のワザは効果はないよ」

     ジャラランガの特性を知らなかった僕は少し恥ずかしくなった。すなわち、ウェザーボールは完全に封じられたということだ。

    「圧倒的に不利じゃないか…… でも負けない」

    「ロズ!!」

     ロズも戦意は喪失していない。力強く鳴いて答えてくれた。まだ、あいつも俺を信じて戦ってくれる。俺は期待に応えないと……!

     くさタイプの強みとしてにほんばれ状態にややパフォーマンスが上昇するというものがある。すばやさが少し上昇くらいだが、ジャラランガにもギリギリ食いつける。

     あのワザは…… 遠距離攻撃をジャラランガが備えていた場合、見せるとかなり不利になるワザだ。いや、ジャラランガが特殊系だった場合詰みだが僅かな可能性にかけて今は封じる。すると今メインウェポンにできる技は一つしかない。

    「ロズレイド、ひとまず今は耐えながら少しずつ攻撃! くさむすび!」

    「ヴィオーレ! りゅうのまい!」



    ----------



     りゅうのまいの構えをくさむすびで妨害する流れが何度も続く。にほんばれの効果が切れたらもう一度にほんばれを発動した。
     結果としてくさむすびは四回決まった。決まったが与ダメージはジャラランガのボディーパージによる重さの劇的な減少により、一回一回雀の涙程度だ。未だジャラランガの体力を四分の一削っていたらいい方だろうか。一方りゅうのまいは二回積まれた。ジャラランガのすばやさは限界の六段階強化され、攻撃も二段階強化された。かなり厳しい状況だ。

     ここでさらに戦況が変わる。彼女とジャラランガがついに攻め始めた。

    「ヴィオーレ! どくづき!」

     来た!―― 攻撃が二段階上がっている以上、一撃でも急所に当たってしまってはかなり削られてしまう。完全に運だが、耐えなければいけない。



     特性どくのトゲの効果を意地でも発揮させるしか、突破口はない!



    「ロズ、当たりが悪くないようにワザを受けろ! トゲを刺せ! 頼む!」

     ロズは気合のこもった鳴き声を上げて、どくづきを受けながらジャラランガにトゲを刺そうとする。一発目は失敗。ジャラランガは攻撃しては距離を取るヒットアンドアウェイの動きだ。

     軽く避けると言ってもダメージを食らいながら相手にトゲを刺す。とても難しかろう。僕はとにかく応援することしかできない。とにかく成功を願うことしかできない。

    「ヴィオーレ、トゲに気を付けてどくづき!」

    「ロズ、このまま頑張れ!」

     二発目、ジャラランガに逃げられる。失敗。

    「ヴィオーレ、もう一度!」

    「頑張れ、ロズ!」

     三発目、失敗。ロズは持っていたオボンの実を食べた。余裕があるチャンスはあと一回。

    「ヴィオーレ、もう少し! 頑張って!」

    「頼むッ!」

     四発目……! ジャラランガがワザを撃って後退する。ジャラランガの表情が歪んだ。ジャラランガの体を紫の電撃が走る。

     どくのトゲが入った――

    「ヴィオーレ!」

    「よくやった! にほんばれの後、近づいてベノムショック!」

     ロズはにほんばれを発動、晴れ状態を延長した後に急激に距離を詰める。

    「避けて! ヴィオーレ」

     ロズが発射する紫色の弾はジャラランガに向かって飛んでいく。ジャラランガは毒状態に未だ慣れず、避けがワンテンポ遅れた。着弾。激しい紫の電撃がジャラランガを襲う。

     ベノムショック。毒状態の敵に攻撃すると威力が倍になるワザ。効果半減のワザばかりの中で、唯一の有効打。

    「ナイス、ロゼ!」

    「うん。仕方ないよ、ヴィオーレ。気を取り直して、反撃に気を付けながらどくづき!」

    「避けながらベノムショック!」



    ----------



     毒状態で動きが少し鈍くなったジャラランガは近距離のベノムショックを一部避けきれない。一方でにほんばれ天候によって少しコンディションの良くなっているロズは相手の毒状態によるワザの鈍さも携わってほとんどを避けきれていた。やがてにほんばれが一旦切れ、にほんばれを発動する。ペースはこちら側に傾いていた。

     ただ、油断していたのだ。波に乗ってきてこれは主導権を握ったと思った。ただ、彼女も機転を利かせた策を確実に用意するはずだった。それを予測していなかった僕は完全に油断していた。

    「この隙を待っていた…… 私たちのZワザ!」

     対戦相手はシンオウでは見慣れないポーズを取る。ジャラランガの持つZクリスタルが輝きを放ち、何か白いオーラのようなものがジャラランガから湧き上がる。

     これが…… Zワザ……

    「受けてみて! ヴィオーレ、Zドラゴンクロー!」

     ジャラランガは踏み込み、恐ろしい跳躍力でロズに迫る。

    「ハッ……! 避けろ、ロズ!」

     ロズはステップで避ける。しかし、ジャラランガの飛び込みはその先まで届いた。空中で翻りながら放たれる、蒼い力を纏ったドラゴンクロー。僕の目にはスローモーションのように映ったそれは、悔しいけど第一に美しかった。

     避けろの号令が一足遅かったのだ。我ながら不甲斐ないし、僕の指示を待ったロズに申し訳がない。初めて見るZオーラに見入ってしまっていた。

     ロズが地面に転がる。

    「ロズ!!」

     ロズは両手の薔薇で地を押して立ち上がろうとするも、膝立ちから上手く立ち上がれない。

    「ヴィオーレ、ドラゴンクローでフィニッシュ!」

    「ロズ、ベノムショックで迎え撃て……!」

     ロズへ一気に差を詰めるジャラランガ。それに向けてロズはベノムショックの弾を撃つも、ジャラランガは跳躍し命中せず。上から縦に切り裂くドラゴンクローをロズは地面を転がり避けるが、二段目のドラゴンクローの薙ぎは避けきれず攻撃を受けた。



    「ロズレイド戦闘不能! ジャラランガの勝ち!」

     審判の声がスタジアムに響いた。



    「ごめんな、ロズ。戻れ」

     俺はロズをボールに戻す。最後はやはり自分の不手際が起こした負けだ。勝たせてやりたかった。悔しい。

    「ありがとね。ヴィオーレ」

     彼女はジャラランガを少し撫でていた。ジャラランガは気持ちよさそうに鳴くと、自分からボールに戻った。

    「ありゃ。まあ毒状態だもんね。すぐ回復するからね」

     彼女は誰に言うわけでもなく呟くとバトルエリアに歩いていく。そうだ。バトルをし終わったらやることは一つだ。僕もバトル場に少し駆け足で入る。



    「いいバトルでした。ジャラランガもあとベノムショック二発くらいで負けてたよ。危ない危ない。対戦ありがとうございました」

    「二発って…… 結構余裕あるじゃないですか。対戦ありがとうございました」

     バトル場中央での握手。課題が多く残るものではあったが、僕たちのバトルは幕を閉じた。

    (4717文字)


      [No.4074] 余計なこと考える奴 投稿者:逆行   投稿日:2018/02/15(Thu) 22:56:19     96clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「目と目が合ったらポケモンバトル」という暗黙のルールは、極めて強引な印象があり、例えポケモンが疲労してようとも、どんな急な用事があろうとも、そして、下痢による腹痛に苛まれていたとしても、戦いを拒むことは出来ないものだから、ネット住民は『ヤクザのやりくち』等と揶揄し、過保護な母親らはこぞってルール改正を訴えている。
     だがしかしこのルールが消滅すればどうなるであろう。強い奴を避け弱い奴ばかり狙って戦いを挑み賞金を得る、卑怯なトレーナーを喜ばしかねない。この一見冷酷な仕来たりは、ある意味弱者に優しく平等かつ合理的なシステムであると言えるのだ。最も、全く問題が無いと言えるものでもない。
     さて、ここにいる彼はそのような基本的な原則に則り、唯今からポケモンバトルをやる事となった訳である。
     おトクな掲示板を目的なくぼんやり眺めていた彼は、数秒前、この辺りの草むらを歩いていたトレーナーと目が合った。だが、その人物は彼にとって些か不都合であった。
     その男はバトルをやりたい気持ちを明らかに表に出しながらも、自分とは決して目線を合わせようとはしなかった。そいつは、実にワザとらしく、足元の草を揺らすように歩いていた。これは、向こうから目を合わせるように仕向けているのだろう。
     けれども中々こっちを向いてくれない。だからそいつは、ボールから不意に『ロズレイド』を出し始めた。「戦う準備は万端です」と言いたげな感じを醸し出す。そこまでしますかと彼は呆れた。
     こんな感じで、敵人からまず挙手させようとしてくるタイプは、非常に面倒なのである。さっさと自分の正面に立ってくれよと言いたくなる。
     とてもじれったい。だがかと言って、自分の方から目を合わせようとするのも嫌であった。相手の思惑通りに動いて負けた気がするというのもあるが、それよりも、バトルで敗北した場合、目線を合わせなければ良かったと後悔するのが苦痛になると予想していた。「なんだ、戦う前から負けたときのことを考えておくのか。勝てば良い話じゃないか」と、嘲笑されそうであるが、勝ったら勝ったで、賞金として金を渡す羽目になった悲愴感漂う対戦相手を見て、少々後ろめたい気持ちになりそうなのが嫌であった。つまりどっちに転ぼうが嫌なのであった。
     であるから出来ることなら、向こうから目を合わせて来て欲しいのである。そうすれば勝ったとしても、「お前が仕掛けてきたのが悪いんだろう」と精一杯の笑顔を心の中で浮かべることができる。別にそうでなくてもそこまで後ろめたい気持ちになる訳ではないが、出来得る限り最大限まで楽になりたいのである。
     つまるところ、彼もあのトレーナーも、考えていることは凡そ同じことであった。
     しかし、もう流石にじれったくなり過ぎた。とうとう彼はおトクな掲示板から目を逸し、草を揺らしまくるそいつの方を向いた。「あ、トレーナーさんだ。バトルお願いできる?」。ホッとした様子でそいつは言った。自分の存在にたった今気が付いたという振る舞いに少々イライラしながら、そんな気持ちは一ミリたりとも出さず、彼は笑って頷きながら「いいですよ」と返事をした。


     バトルの相手は年齢が自分と同じか少し下程度の人であった。否、外見だけでは少々判別が厳しい。
     旅をするトレーナーの中には年上だろうと年下だろうと、構わずタメ口を用いるような人もいる。それは横暴な振る舞いであるとも言えるし、むしろ理に叶っているとも言える。どうせ今日一日しか会わないような奴相手に、礼儀うんたらを気にするのはコストパフォーマンスが悪いのだ。
     だがこの彼には、誰にでも構わずタメ口を用いるような勇気はなかった。であるので、相手が年下か同い年であると思っていても、必ず敬語を使うようにしているのであった。
     まあ、そんなことは本来特筆すべきことではない。彼は余計なことを考え過ぎである。これからバトルをやる以上、大事なのは如何にしてこのトレーナーから勝利をもぎ取るかである。真のトレーナーならそこに、脳のリソースの全てを費やさねばならない。ポケモンバトルは常にポケモンバトル以外のことを考えている暇などないのだ。
     彼はどのポケモンを出すか考え始めた。相手がバトルをさせるポケモンは十中八九ロズレイド。フェイクの可能性も無きにしもあらずだがそれを考えるとキリがないし、ただの野良試合でそこまではしないだろう。ロズレイドは草・毒タイプだから普通に考えれば有利なのは炎タイプだ。しかしボールから予め出してあるポケモンに有利なタイプを出すのも、なんだか気が引ける感じであった。ずるいって思われたらどうしようという心配があった。彼はまたしても余計なことを考え始めた。冷静に考えればそもそもあいつが下心ありでロズレイドを出した訳で、こっちが気を使うこともないのだが。一度気になると彼はどうも決断を渋ってしまうのだ。

    「君、ずいぶん考え事長いね」

     鞄に手を突っ込んだまま、どのポケモンの入ったボールを出そうか長考している彼にたいして、ついに対戦相手から突っ込みを入れられた。
     見ると隣のロズレイドは、「早く決めろ」と言わんばかりに自慢の手に付いた花をこっちへ向けていた。
     彼は結局、炎タイプは選ばなかった。彼は『ジャラランガ』を出すことにした。一応彼のエースであり、自信のあるポケモンである。
     相性も別に悪くはない。ジャラランガは竜・格闘。相手の草タイプの技は効果今一つで、こっちの格闘タイプの技も同じく今一つだから、本当は五分五分なのだけれども、ロズレイドはなんとなく草がメインな印象があるから、それを半減させられるのは大きいような気がした。そもそも、ジャラランガは格闘タイプの技を覚えていないので、半減しようが全然関係ない。よって総合的に見て結構こっちが有利。しかし炎タイプ程圧倒的に有利って言う印象は受けない。以上の点から彼はジャラランガを選んだ。
     ジャラランガが入ったボールを投げる。尻尾を振り回して光の粒子を掻き消しつつ、鳴き声を一つ上げてジャラランガは飛び出した。野良試合としては若干オーバーな飛び出し方だが、気合は入っていることは見て取れた。
     この試合は残念ながら審判不在で行われようとしていた。バトルを始めようとすると、近くにいるトレーナーが空気を読んで「審判やりましょうか」って声を掛けてくれる場合が稀にあるが、今回はそういうことはなかった。
     一応近くに若い女性のトレーナーがいた。彼は期待を込めてその人と目を合わせてみた。だか彼女はその瞬間、即スマホを取り出して画面を見始めた。完全に無視をされてしまった。もうちょっと睨み続けてみようかと思ったが、相手は女性であり、そっちの目的かと勘違いされる恐れがあった。「目と胸が合ったら法廷バトル」。そんな言葉も頭を過ぎったので、彼は彼女をじろじろ見るのは止めた。審判をやってもらうのは諦めた。仕方がない。誰もが審判なんぞやりたくないのは当たり前と言えば当たり前のことだ。賞金の一部を貰える訳でもないし、流れ弾が飛んでくるかもしれないから。


     余りにもここまで長々とし過ぎた。お待たせして申し訳ない。いよいよ、である。ポケモンバトルの火蓋が切って落とされた。
     一足早く動いたのはロズレイドの方だった。そのブーケポケモンはトレーナーが指示を出していないにも関わらず既に技の準備をしていた。憶測だが事前に初手は必ずこの技を放つと打ち合わせをしていたのだろう。
     ロズレイドが今発射せんとしているのはエナジーボールという技だ。この技は自然から集めた命のエネルギーを球体にして発射するというもの。ロズレイドの両手の間には、緑と白色が混在した半透明な球体が形成されていた。その球体は周囲から活力を集め、除々に大きさと輝きを増していく。しかし先程述べた通り草タイプはジャラランガに効果が薄い。だから彼は少考して次のように指示を出した。
    「避けずに突っ込んでドラゴンクロー!」
     ダメージが小さいなら変に避けたりして別の攻撃を喰らうリスクの方が大きい。
     ジャラランガは司令塔の発言通り、一直線にロズレイドへ接近した。ジャラランガの腕にエナジーボールが命中し、小爆発が起こる。弾け飛んだエナジーボールの欠片は、キラキラと輝きを放ちながら周囲の木や雑草の元へと帰っていった。
     たいした威力ではないと高を括っていたが、ジャラランガは体をよろけさせていた。半減であるにも関わらずこのダメージ。あのロズレイドはこっちよりもレベルが高いことが明確になった。
     痛みに耐えながらそれでもなんとかジャラランガは体制を崩さまいと必死に足を踏ん張っていた。なんとか耐えてくれと彼は祈っていた。ここで体制を崩すと攻撃を畳み掛けられる恐れがある。その畳み掛けで、早くも試合が終了してしまう可能性もある。
     なんとか、ジャラランガは耐えきった。彼はホッとして胸を撫で下ろす。そして攻撃態勢を素早く整える。
     ドラゴンクローはかなり安牌な技。それなりに高威力で当たりやすい。心理的に最初は無難な技で攻めたかった。いきなり大技や補助技を出すのは戦略的にはありなんだろうが、何と無く彼はそれを実行するのが億劫であった。大技や補助技は外れることが往々にして多い。実際に外す可能性が高いとかそういう話しでは無い。それらは何故か、大事な場面に限って敵から逸れていくものだから、イメージ的に命中率の低い技として彼の中で先入観が出来上がっていたのである。そして初っ端から自信のある技が外れると、テンションが著しく下がるのだ。
     果たしてドラゴンクローはロズレイドに上手く命中した。ジャラランガの巨大な手に備わった鋭利な爪は、ロズレイドの体を容赦なく引き裂いた。千切れた花弁が何枚かひらひらと地面に落ちる。ロズレイドは軽く悲鳴を上げて一旦ジャラランガと距離を置いた。
    「ロズレイド、宿り木のタネ」
     ロズレイドは先程とは全く別の技を繰り出してきた。宿り木のタネは敵の体に木のタネを植えて、どういう原理か分からないが敵の体力を吸い取って自分のものにするという、補助技だ。
     突如としてこの技を使うということは、真っ当な力戦では勝つのは難しいって思ったんだろうか。悪手だろうと彼は思った。持久戦に持ち込むなら最初からそうするべきである。
     そんなことをついつい考えてしまっていたから、彼はジャラランガに命令するのが一瞬遅れた。ジャラランガはロズレイドの手から放たれた無数のタネを回避出来なかった。見事に食らってしまった。ジャラランガの固い鱗を覗いた体の至る部分から小さな芽が出ていた。これでじわじわと体力を削られる羽目になってしまう。苦しむジャラランガを見て心底申し訳ないと思ってしまっていた。
    「ここは一気に決めるぞ。ソーラービームだ」
     そして畳み掛けるかのようにロズレイドは技の準備を始めていた。ソーラービームという大技を放つつもりらしい。宿り木で持久戦に持ち込む作戦はどこへ行ったのか。先程のは悪手であったと気が付いたのだろうか。傍から見てツッコミどころ満載の指示を出してしまうのが、いかにも野良試合クオリティーだ。しかし誤りを直ちに認め直ぐ様方向転換する柔軟性は見習いたい所である。
     行動がチグハグであるとは言え、この技を浴びれば下手したら負けてしまう。ソーラービームは威力が絶大であるが、代償として一定時間溜めが必要な技だ。
     今のうちに攻撃してロズレイドを倒してしまうのが最良だろう。
     彼はあの技を命令した。それは竜星群であった。この技は、ドラゴンタイプの中でも随筆の威力を誇るものである。ジャラランガが使える技で一番強いものと言うとZ技の存在もあって若干微妙な所なのだけれども、非常に強力な技であることは間違いない。という訳で、彼はこの技に勝負をかけた。
     しかしこう言う大技は、大事な場面に限って不思議と当たりにくい。ポケモンが緊張して力んでしまっているからなのだろうか。図鑑やまとめサイトには竜星群は90%の確率で当たると書かれてはいるが、彼は全く信用していない。体感的にはもっともっと低いような気がしていた。
     彼は、攻撃を外したときの未来を予め想像し、ある程度膨らませておいた。その時の空気感、そのときの感情、ロズレイドの反撃。それらをこの一瞬の間に隈なく想像した。そうすることで、外れた場合の精神的なダメージを軽減させようとしていた。保険の教科書に乗っていそうな類の自己防衛である。勿論外れることを期待しているのでは決してなく、ジャラランガを信じていない訳でもない。だが、心の隅から隅まで攻撃が絶対に当たると思い込んでしまうと、外れたときに過剰に落ち込む羽目になってしまう。外れたときに、「やっぱりか……」って心の中で呟けるような原材料を予め用意しておくために、外れたときの未来をなるべく鮮明に想像するのだ。決してそれは逃げではなく、さっさと立ち直り、次の目標へと向かうために必要なことなのである。
     空中から無数の隕石がロズレイドに向かって降り注ぐ。紛い物の隕石ではあるが、決して発泡スチロールではない。直撃すれば只では済まない代物である。果たしてどうなる。結果は――。
     

    「いやーお強いですね。参りました。完敗です」
     何故か急に敬語になった相手は、そういう風に彼を褒めてきた。
     彼はこのバトルで無事勝利することが出来た。やはりと言うべきか、バトルにおける緊張感はとても気持ちが良いものだ。何一つ余計なことを考えさせないでくれる。他人の感情や周りの様子を考えなくて済むのは本当に良い。目の前のバトルのことしか考えさせてくれない状況を勝手に作りだしてくれる。
     ……しかし、それはあくまでバトルの最中の話しである。バトルが終われば彼はまた、余計なことばかり考える羽目になってしまう。先程、賞金を貰うとき、彼は相手の顔を全く見ないように努めていた。
     そろそろ、この男とは離れたい。そう思った矢先のことである。彼はこんな提案をされたのだ。それは悪魔の提案だった。
    「よろしければ次の町まで一緒に行きませんか。後二十分ぐらいで着きますし」
     嫌だ。
     今日始めてお会いした人と、二十分もの間会話を続けていられる自信がない。どうでも良い人ならまだしも、バトルをしてそれなりには親しくなった人だと、「何か喋らないとまずい……」と思ってしまって、翻って喋れなくなってしまう。
     何か嫌な予感はしていた。たまにだがこういう提案をしてくるトレーナーがいるのだ。
     どうする。彼は激しく懊悩した。この提案は、実は非常に断りにくいものなのである。トレーナーであるならばポケモンの回復を第一に考えるべきなので、「ちょっと自分用事あるので……」という、サラリーマンが呑み会を断る際の常套手段がやり辛いのである。
     ここで彼はあることを閃いた。通ってきた道のりに、育て屋が建っていたのを思い出した。
    「すいません、自分近くの育て屋にポケモン預けていて、迎えに行かないといけないのです」
    「そうでしたか。色々お話したいことあったのに残念です。それでは、自分はこれで」
     もちろん、育て屋にポケモンなど預けていない。完全なる嘘である。
     彼はトレーナーと別れると、見つからないよう木の後ろに隠れた。トレーナーが歩いて行くのを只管見つめている。やがて男の姿が完全に見えなくなった。彼は木の後ろから姿を現す。もう振り向いた所で、自分の姿は絶対に見えまい。安心して彼は町まで歩いていった。


      [No.4073] 龍と舞う人 投稿者:カイ   投稿日:2018/02/15(Thu) 21:26:32     88clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     岩塊のような灰色の巨躯に、金色の鱗が何枚も連なって揺れている。
     マイトの視界は、突然現れたそのポケモンの背中で一杯になった。
     ジャラランガ。
     混乱する頭の中でマイトはなんとかその一単語を引っ張り上げた。
     ジャラランガは、背後で間抜けに尻もちをついている若い人間の男などには目もくれず、ゆっくりと右腕で弧を描いた。続いて左腕もその動作にならい、さらに足で二度地面を踏み鳴らす。シャン、シャンと尾を振って節を取りながら、腕を突き出しくるりと回り、徐々に激しくその場で踊る。ジャラランガの爪が空気を裂くごとに、ひるがえした体の上で鱗が光を跳ね返すごとに、その内側からほとばしる力が周囲にあふれるかのようだった。
     幼い頃に祖母から聞いた伝説の、闘龍様(とうりゅうさま)の龍の舞だ。
     十分に力を高めたジャラランガは、鋭い眼光で前方の敵を見据えた。
     一体のロズレイドを連れた密猟者の男が、ジャラランガの金の鱗をねめつけてにやりと口の端をゆがめた。
    「ようやく出やがったか。待ちくたびれちまったぜ。」
     ジャラランガが怒りに狂った咆哮を上げ、ロズレイドめがけて突進した。





     ポニの大峡谷に密猟者が侵入したようだと、マイトが報を受けたのは昨日のことだった。
    「野生ポケモンたちの挙動がおかしい。普段はねぐらにしない場所に移動しているし、ずいぶん気が立っているようだ。」
     数年前に島巡りを終えた後、マイトはその腕を買われハウオリシティの自警団に入った。自警団と言っても半分はボランティア活動のようなもので、街に入ってけんかをしている野生ポケモンをなだめて野に返すとか、迷子になったポケモンの捜索をするとか、そんな仕事が多い。しかし時折は厄介な案件も舞い込むもので、しかもそういうのに限って隣の島の問題だったりする。もっともポニにはハウオリのように大きな街がないからこそ、こちらに話が回ってくるのだろうが、そんな時は団の中でも特に実力のあるマイトのようなトレーナーに声がかかるのだった。
    「狙われているのは、おそらくジャラコ。鱗の密売が目的だろう。」
     数枚の資料をマイトに差し出しながら、団長が問う。
    「引き受けてくれるな、マイト。」
    「はい!」
     自警団の筆頭としての誇りをもって袖を通した青い服を、年少の者はエリートトレーナーの証として憧れの眼差しで見つめる。彼らの視線に恥じない答えを、マイトが選ぶのに時間はかからなかった。

     ポニのしまクイーンや警察関係者への連絡も滞りなく済んだ後、マイトをはじめとする五名のトレーナーたちが密猟者探索の任に就いた。手分けして峡谷内を調べ、怪しい者を見つけ次第すぐ仲間に連絡すること。一人で遭遇した場合は深追いせず、自身の安全を第一に確保すること。お互いにそう約束して散らばったのが、一時間ほど前。
    「炊事の跡らしいのを見つけたわ。誰か来て一緒に周りを調べてくれる?」
    「俺が一番近い。行こう。」
    「では私は念のためその周辺を警戒します。そちらは頼みますね。」
     そんな通信が入って、三名がマイトとは反対の方角に向かった、少し後のことだった。
     ほとんど偶然に、そびえる岩の角を曲がって小さな谷間に入った時、マイトは炊事の主――件の密猟者と対面した。
     一目でそれと分かる出で立ちだった。こんな人里離れた険しい谷で、数日かけて「仕事」をするのに適した頑丈な服装と大きなバックパックを身につけた中年男。傍らのロズレイドはアローラに生息しているポケモンではない。そして何より引きずっている麻袋の口から、ぐったりしたジャラコの姿が見えていた。
     マイトはこっそりと仲間宛に救援を求める信号を打ち、ボールホルダーに手をかけた。
    「あーあーあー。なんか嫌な予感がするなぁと思ったら、お兄ちゃんポケモンレンジャーか何か?」
    「まあそんなところです。そのジャラコについて詳しく教えてほしいんですけど、いいですか?」
    「そうだねえ。こっそり持って帰って売り飛ばすつもりだって答えたら、どうするわけ?」
     男が自ら密猟者だと告白した。それもへらへらと余裕の薄笑いを浮かべながら。その訳をマイトが理解するのに、ものの五分もかからなかった。
     密猟者のロズレイドは、圧倒的な強さだった。
     マイトは島巡りを終えたトレーナーだ。彼と彼の相棒たちは、何人もの手強いトレーナーと戦ってきたし、ポニ島の奥地にいる荒っぽい野生ポケモンにもひるまない。それなのに、たった一体のロズレイドに防戦一方。手も足も出ないまま、じわじわと毒にやられ、刃物のような花びらに翻弄され、あっという間に全滅した。深追いだと自覚する暇もなかった。応援もまだしばらくは来ないだろう。
     打ち砕かれたプライドと、自らを守るものが何もないという恐怖に、マイトは眼前から光が消えていく感覚に襲われた。
     勝利の確信を持って、密猟者が冷たい笑みを満面にたたえる。
     不思議な音が谷の空気を震わせたのは、その時だった。
     シャラ、シャララと鈴の鳴るようなそれは、ものすごいスピードでこちらに近付いてくる。鈴の音は次第に金属板の激しくこすれ合う騒音になり、天から谷に降り注いだ。一体何事かと見上げた瞬間、巨大な影がマイトの目の前に降ってきた。着地の振動、風圧、怒りの雄叫び。驚いてマイトが尻もちをついてしまったのも、無理のないことだった。
    「ジャラランガ……。」
     マイトがそのポケモンを知っていたのは、幼い頃、祖母に何度もその伝説を聞かされていたからだった。普段は三つ束に編みこんで結ってあるマイトの長い黒髪は、祖母の血筋を受け継ぐ証。祖母はかつてジャラランガを崇拝し彼らと共に生きた、アローラ先住民の末裔だった。
     闘龍様の雄々しい舞は、人にもポケモンにも力を与えてくださるのじゃと、祖母の口から繰り返し語られた舞が今まさに、マイトの目の前で披露されている。自らが打ち震わせる鱗の響きを伴奏に、四肢の躍動を天へと捧げるその動きは、光にきらめいてたいそう神々しいと言う祖母の表現は、伝説がよくなびく衣をまとった結果にすぎないと心のどこかで思っていた。今日この時、ジャラランガの龍の舞を間近に見るまでは。それはジャラランガ自身の力を高め、敗北に意気消沈するマイトの勇気すら蘇らせる、力強くも美しい戦いの舞だった。
    (共に戦ってくれるのか、ジャラランガ……?)
     なんとか起き上がったマイトがその問いを口にするよりも早く、相手のロズレイドが動いていた。大地に当てた両腕から、黒々としたいばらが生長している。ジャラランガが舞っている間から仕込まれていたのであろうそれは、すでに猛毒の鉄条網と化して、バトル場を取り囲んでいた。
    「待て、ジャラランガ、早まるな!」
     マイトが叫んだ時にはもう、ジャラランガは仲間を返せと怒号に吠えながら、ロズレイドに大きな竜の爪を振りかざしていた。
     確実に刺さった強力な一打。だが、密猟者はにやりとした笑みを崩さなかった。
    「ベノムショック。」
     毒液を振りかけられて、ジャラランガはいったん退く。
     やはり、とマイトは唾を飲んだ。自分のポケモンもあれにやられた。あれは傷口から入りこんで体内の毒を増幅させる特殊な毒液だ。ロズレイドは、ジャラランガを毒状態にした上であれを当てることを狙っている。
    「ロズレイドの体には毒のとげがある! 接触戦は危」
     マイトの言葉は、ジャラランガの咆哮にかき消された。再び駆けだし、爪を振りかぶるジャラランガ。それを避けようともしないロズレイドは、まるで自分から攻撃の軌道に乗っているようにすら見えた。
     刺さるジャラランガの爪を、今度はロズレイドの体から放たれた激しい風がなぎ払う。
     花びらが吹雪のように舞い、ジャラランガの体は大きく吹き飛んで、猛毒いばらの茂みの中に落ちそうになった。今、毒に侵されてはまずい!
    「ジャラランガ!」
     助ける、とかどうやって、とか考えている余裕はなかった。気が付けばマイトは走りだして、体勢の崩れたジャラランガといばらの間に滑り込んでいた。
    「ぐうぅっ……おぉっ……!」
     ジャラランガの体重がマイトの腕に乗る。背中には毒の茂み。黒いとげが何本か、ブツッと服の繊維を突き破り肌に刺さったのを感じた。さあっと体温が下がり口の中が乾いていくような気がしたが、構っている場合ではない。
     ジャラランガが驚いたようにマイトを振り返って見た。
    「お願いだ、ジャラランガ……力を貸してくれ。僕もジャラコたちを助けたいんだ。」
     震える体に脂汗をにじませた人間の言葉が、どこまで届くものかマイトは知らない。だがその時マイトの腕はふっと重圧から解放された。立ち上がったジャラランガが、赤い瞳にじっとマイトの姿を映していた。





    「闘龍様の龍の舞には、舞でお返しするのが人間の礼儀。よくご覧なさい。こう……こうじゃ。」
    「わあ、おばあちゃん、かっこいい! ぼくもやるー!」
    「ほっほっほ、上手上手。お前はきっといい踊り手になるね。闘龍様の龍の舞が我らに力を与えてくださるように、我らもまた、舞によって闘龍様に力を与えることができるのじゃよ。」
    「とうりゅうさまに? すごいなー! ぼく、とうりゅうさまと一緒に踊りたい!」
    「うむうむ。ではその時のために、たくさん練習しておかないとね。舞を通じて、人とポケモンは一つになれる。絆を紡ぎ、どんな困難にだって共に立ち向かうことができる。お前の名前にはそういう意味が込められているんじゃよ。ゆめゆめ忘れないようにね……舞人(マイト)。」





     シャン、と高い音が響いた。
     ジャラランガが尾を震わせ、鱗を打ち鳴らしたのだった。闘龍の舞の導入となる、高らかな音。
     マイトはゆっくりと身を起こし、ジャラランガと目を合わせた。ジャラランガがうなずいたように見えた。
     ロズレイドの猛毒に内側からじんじん燃やされているのを感じるのに、なぜだか少しも苦しくなかった。見えない力に導かれるように、マイトの体は祖母から習った動きをなぞる。
     糸を巻くように腕を上下させながら浮かせた右足を、地面に叩きつけてぱんと音を出す。手を高く空に突き出し、体を回し、流れる大地のオーラに乗るように上半身をたゆたわせて、拳を合わせる。
     ジャラランガも、隣で同じように舞っていた。
     一定のリズムでシャン、シャン、シャララと震える空気の中で、マイトの黒い三つ編みが舞い、交差するようにジャラランガの連なった鱗が踊り、二つの肉体が一心になって龍の内なる波動を呼び覚ます。
    「何の真似だ?」
     密猟者が怪訝そうな顔をする。
    「いい加減、遊びは終わりだ。ジャラジャラうるせえその鱗、はがして磨けばきっと高く売れるぜ!」
     ロズレイドがベノムショックの構えを取った。毒液を発射する直前、両腕を相手に向かって付き出すその構えが、まるっきり無防備であることにマイトはすでに気付いていた。後はそのタイミングをジャラランガに伝えるだけ。ジャラランガがマイトの舞に、答えるだけ。
     ジャラランガが連続して体を震わせ、谷中にこだまする響きが最高潮に達した時、ジャラランガの鱗がきらきらとした光をまとった。燃えるような魂の鼓動が、その中心に収束した。
    「今だジャラランガ!」
     龍の口に見立てた両手をマイトが大きく開く動作を決めた直後、力が爆発した。
     二つの舞によって極限まで高められた闘龍の魂が、激しい衝撃波となってロズレイドに襲いかかった。すさまじい光と轟音と暴風が谷に満ち、驚きおののいて背中を向けた密猟者をも、あっという間に飲み込んだ。
     放たれた力がようやく大地に沈んだ時には、ロズレイドと密猟者は倒れ伏して気を失い、彼らの荷物はバラバラになって散らばっていた。生活用品やロープや懐中電灯などの他、無数のモンスターボールが転がっている。きっとジャラコが入っているのだろう。大猟で入りきらなかった分を、麻袋に詰めていたというところだろうか。ジャラランガは袋の中でもぞもぞともがいているジャラコの元へ急いで駆け寄った。
    「マイト! 無事か!?」
     谷の入口から仲間の声がした。振り返ってその姿を確認し、手を挙げて合図した後、マイトの意識はいばらの毒の中にふっつりと溶けた。



     マイトが目を覚ました時、心配そうにのぞきこむ仲間の顔が見えた。
    「おお、マイト、気が付いたか。大丈夫か?」
     谷は整然として、静寂に包まれていた。どうやら応援に来た仲間たちが後始末をしてくれたようだ。向こうの方で一人が周囲の検分をしている他は、密猟者もロズレイドの姿も見当たらなかった。きっと残りの二人が彼らを引っ立てて行ったのだろう。
     マイトは少しうめきながら身を起こすと、側に付き添ってくれていた彼にうなずいた。
    「ああ、なんとか。密猟者は?」
    「今頃ハウオリの警察署に着いた頃だろう。ジャラコもみんな逃がしたよ。お手柄だったな、マイト。ちょっと無茶しすぎだとは思うが。ポケモンが撒いた毒びしにトレーナーが突っ込むなんて、お前らしくもない。」
    「自分らしさについて考えている暇のない戦いだったもんでね。」
     力なく笑った後、ん? と相手の顔を見た。
    「毒びしに突っ込んだって、なんで分かったんだ?」
     黙って目線で示された方向をマイトが見ると、岩陰にジャラランガがたたずんでいた。心配とも観察ともつかぬ眼差しで、マイトの様子をじっと眺めていた。
    「身振り手振りであいつが教えてくれたよ。お陰で処置が早く済んだ。礼を言ってこいよ。あいつもお前が目覚めるの、待ってたみたいだぜ。」
     マイトはちょっとふらつきながら立ち上がり、ジャラランガの側に歩み寄った。ジャラランガも一歩こちらに近づいた。
    「ジャラランガ、ありがとう。お陰で密猟者を捕まえることができたよ。ジャラコたちはみんな無事だったかい?」
     ぐるる、と喉の奥から敵意のないうなり声が聞こえた。それからジャラランガは、物を渡すような仕草で握り拳をマイトに突き出す。首を傾げながらもマイトが手を広げると、ジャラランガはその上にぽとりと何かを落とし、すぐにきびすを返して走り去ってしまった。
    「あっ、おい、ジャラランガ!」
     呼んでももう、谷を吹きすさぶ風が答えるばかりだった。
     ジャラランガがマイトに残していったのは、小さな宝石だった。
    「これ……Zクリスタルか?」
     島巡りで手に入れたものとは少し形状の異なる、三つ山になったクリスタルだった。ジャラランガの皮膚を思わせる土色の中に、鱗のような模様が浮かんでいる。よく分からないが、まあ何かを認めてもらえたのだろう。
     祖母がつけてくれた自分の名前の意味に思いを馳せ、マイトはふっと微笑んだ。
    (おばあちゃん、僕、闘龍様と一緒に踊れたよ。)
     風の中にかすかに、金属のこすれる音が響いた気がした。


      [No.4072] 一瞬 投稿者:円山翔   投稿日:2018/02/15(Thu) 21:23:41     100clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    一瞬

     突然だが、ここで質問だ。
     今、二人のトレーナーが一対一のバトルを繰り広げようとしている。
     一方はロズレイド。両手に毒持つ薔薇の花を携えた、細身の騎士のような出で立ちのポケモン。
     一方はジャラランガ。全身にジャラジャラと音の鳴る鱗を持つ、アローラ地方はポニの渓谷で修業を積んだ竜族のポケモン。
     読者諸賢には、どちらのポケモンが勝つのか予想しながら読んでほしいのだ。
     無論、ルールは説明する。
     勝負はシングルバトル形式で手持ちは一体のみ。使用できる技の数は制限なし。相手を戦闘不能にすればその時点で勝ち。どちらも戦闘不能にならなくとも、試合開始後20分が経過したところでジャッジによる判定が行われる。体力の具合、戦いに対する意欲、技の命中率などを〇、△、×の三段階で評価し、より得点の高い方の勝利である。この評価に関しては、ホウエン地方のバトルフロンティアの一施設、バトルアリーナのルールを思い出してもらうと分かりやすいだろう。ん?バトルフロンティアなんて知らない?バトルハウスの間違いじゃないかって?まぁ、そういう施設があった世界線も存在すると、そう考えていただきたい。


      *


    「一瞬で終わらせてやる」

    というジャラランガのトレーナーの宣言通り、勝負はまさに一瞬の決着だった。察しのいい読者諸賢なら、何となく想像がつくのではなかろうか。いや、そんな単純な話ではないだろうと勘ぐる疑り深い方は、真反対のことを想定しているのかもしれない。あるいは、そのどちらでもない状況を想定しているか。私が語る言葉の中にいくつかの嘘が含まれていて、「一瞬で終わった」という部分がその嘘であるという可能性を思い浮かべているのか。そもそも「一瞬」という言葉にあやがあると考えるか。
     考えてみれば、「一瞬」の辞書的定義は「きわめてわずかな間」だが、使われ方は人それぞれである。辞書通りひとたび目を瞬く間の出来事であるかもしれないし、そこまで短くはないものの少し、という意味であるかもしれない。最近は少しの間席を外すときにも「一瞬で戻ってくる」、他人にものを借りるときですら、「一瞬○○を貸して」という表現が使われるようになっているようだから。
     それについては、先に弁解しておく。私のいう「一瞬」は、本当に「ひとまたたき」の間である。そして最初にも述べた通り、この勝負は「一瞬」の間に決着がついたのである。


      *


     さて、決着は一瞬とは言ったものの、勝負は膠着状態のまま進んでいった。
     トレーナー同士の戦いならば、トレーナーが声で指示を出してその指示通りにポケモンが動くのが基本である。しかし、今回の戦いでは、はじめのうちはトレーナーさえも互いに睨み合い、探り合い、何の指示も出そうとしなかった。どちらもここまでトーナメントを勝ち抜いてきた実力者。相手のポケモンが何であろうと油断はできないのだと言わんばかりに、じっくりと相手の動きを観察し、最良の指示を出さんと身構えていた。隙あらば一撃で相手を仕留められる攻撃を叩き込まんと、虎視眈々と隙を狙っていた。
     一方、ポケモンの方はというと。向かい合ったジャラランガとロズレイドは、一定の距離を保ちながら反時計回りに回っていた。ロズレイドは両手の花をだらりと下ろした状態で、眼光だけで相手を射殺してしまうのではないかと思うほどにジャラランガを凝視しながら。ジャラランガはやはりロズレイドから目を離さず、ファイティングポーズを取って威嚇するように鱗をこすり合わせながら。相手の一挙一動を見逃さないように、隙あらば飛びかかって必殺の一撃を放つために、互いが互いをじっと見つめていた。一分、五分、十分、見ている側も戦っている側も痺れを切らしそうなほど長い時間、二匹はそうして回っていた。

     何故、互いに何も仕掛けないのか。二人のトレーナーの頭の中ではそれぞれ別の思考がぐるぐる回っているのだろうが、参考までに、二匹の特徴を私なりにまとめてみようと思う。

     素早さ自体は若干ロズレイドの方が早いものの、大きな差はない。
     物理的な攻撃力や防御力ならジャラランガが秀でている。毒タイプのロズレイドには得意の格闘技による大ダメージは狙えないかもしれないが、ジャラランガは炎のパンチや冷凍パンチも放つことができる。一度でも懐に飛び込み、格闘技の動きに乗せてそれらを撃ち出せば、物理防御力に乏しいロズレイドはひとたまりもない。ロズレイドはやどりぎのタネを使うことができるし、一刺しで相手を死に追いやるほど強力な毒の棘を持っているが、ジャラランガの身体は堅い鱗で守られているため、タネや棘がそう簡単に通るものではない。激しい攻撃の合間を縫って鱗の鎧の隙間に毒針を打ち込む、あるいはわざと攻撃を受けて毒の棘が刺さるのを狙うやり方も無きにしも非ずだが、それはあくまでジャラランガの一撃を避けきるか、または堪えきれればの話である。攻撃を避ける間にねむりごなやしびれごなを舞わせるという手に関しては、ジャラランガの特性が粉攻撃を完全に防ぐ"ぼうじん"だった際には全く無意味となる。
     ここまでだとジャラランガの方が圧倒的に有利じゃないかと思われるが、一口にそうだとは言い切れない。物理的な攻防は苦手でも、ロズレイドは特殊攻撃に秀でている。更に、ジャラランガが最も苦手とするフェアリータイプの特殊技、マジカルシャインを放つことができるのだ。ジャラランガの特殊技に対する防御力は低くはない。むしろ、そこいらのポケモンと比べれば格段に高い。それでも下手に近付けば、カウンターで手痛い仕打ちを受けて沈むのがオチである。
     では、遠距離から狙い撃てばいいのではないかということになるが、それはそれで問題がある。
     まず、二匹が使える遠距離攻撃が、大概は直線的に進むものであるということ。ロズレイドならばソーラービームやマジカルシャイン、ジャラランガなら直線的な攻撃は、いくら素早く放っても予備動作を見て素早く反応することで簡単に避けられてしまう。ロズレイドのマジカルリーフのように相手を追尾する攻撃でも、ジャラランガは着弾までの時間に火炎放射で焼き尽くすなりスケイルノイズの衝撃波やドラゴンテールなどで叩き落とすなり、ダメージを受ける前に対処することも可能である。そもそも、ドラゴンタイプのジャラランガには、草タイプのマジカルリーフは効果薄であることも忘れてはならない。といっても、実力が拮抗した者同士の戦いでは、こうした小さな一撃も馬鹿にならないことを互いのトレーナーは十分把握している訳なのだが。
     近接戦闘向きに思われるジャラランガの重い打撃は、直撃せずとも周囲の地形を変えるほどの衝撃波を放つ威力がある。ただし、ダメージを狙うならば、ある程度距離を詰めなければならないことに変わりはない。特有技のスケイルノイズや、特有Z技のブレイジングソウルビートは身代わりや壁を貫通して攻撃することはできる。前者は物理防御力が下がるというデメリットがあるものの、予備動作が小さく威力も大きい。ただし、媒質を伝わるうちに減衰するという音波の特性と、これも直線的な攻撃であるため、あまり離れすぎた場所で攻撃の芯を外すと大きなダメージは期待できない。後者は広範囲に安定した威力で技を届かせることができるものの、予備動作以前にZ技特有のポーズを決めなければならない。そんな大きな隙を突けないほど、ロズレイドは愚鈍でも鈍足でもない。
     対するロズレイドは、毒の棘を持った蔓を地面に這わせ、相手の足元から攻撃するという戦法を取ることもできる。これならばどこから毒の棘が現れるか予想がしにくいうえ、ジャラランガの鎧を気にせず攻撃できる一つの方法である。が、蔓を地面に這わせている間はその場から動けないというデメリットもある。遠くを狙って蔓を伸ばしたところで、距離を詰められて打撃を食らえば終わってしまう。高い特殊攻撃能力を生かすとすれば、エスパータイプの技、神通力が効果的であろう。見えない念の力で攻撃するこの攻撃は、一度放たれたら最後、撃たれた相手は攻撃されたことすら気付かずに終わってしまう可能性もある。ただし、少し念じれば強い念の力を放てるエスパータイプとは違い、草・毒タイプのロズレイドでは発動までのタイムラグを要することになる。発動を読まれてしまえば、蔓攻撃と同じく技が起動するまでに決着を付けられる可能性も否定できない。そして忘れてはいけないのが、ジャラランガが持ちうる特性の一つ、"ぼうだん"。相性は良くも悪くもないが使う機会があるかは分からないシャドーボールやヘドロばくだんなどの砲弾系の技を一切受け付けないのである。これらはロズレイドのメインウエポンとして使われることも多いため、運が悪いと遠距離からでは一切技が通用しないという可能性も十分にあり得る。
     すなわち、遠距離だろうが近距離だろうが迂闊な手出しを出来ないからこそ、このような遅延行為じみた状態になっている――と、傍から見ればそう思うかもしれない。


      *


     制限時間まであと一分。スタジアムの時計の文字が、早く決着を付けろと赤く染まった。それでも互いに向き合って公転運動の如く回り続ける二匹にしびれを切らしたのか、三十秒前には警告ブザーまでなり始めた。それでも、二匹は以前回り続ける。二十秒、十五秒。十、九、八、七、六……とここで、双方のトレーナーから短く「行け!」と指示が飛んだ。どちらも具体的な技は告げなかった。こうした指示の出し合いですら、出された指示にあと出しで反応されては困るとでもいうかのように。あるいは、はじめから決め技を打ち合わせていたかのようでもあり。長らく待たされてなおも回り続けた二匹が、遂に動いた。
     ロズレイドは両手の蔓に妖精の光を纏い。
     ジャラランガは右に炎を、左に冷気を纏った両の拳を振りかぶり。
     ロズレイドが、ジャランガが、互いに持てる力の最大限をぶつけんと地を蹴った。

     そして。

     次の瞬間、二匹のポケモンは共に、地に倒れ伏していた。互いに技をぶつけ合う前に、同時に倒れ込んだ。誰もが望まない形で、勝負は引き分けとなってしまったのである。

     ここで勘のいい読者諸賢ならば、ロズレイドとジャラランガが互いに何を仕掛けたのか薄々気付いているかもしれない。
     ロズレイドは円形に回りながら、足元に罠を仕掛けていた。両腕の蔓に生えていた、猛毒の棘である。どくびしと呼ばれるその技は、ロズレイドがまだロゼリアの頃に覚えたものだった。知らず知らずのうちに棘を踏んでいたジャラランガは毒に侵され、じわじわと体力を奪っていったのだ。加えて、ロズレイドはこれまた気付かれないように神通力で攻撃を仕掛けていた。目には見えない超能力はジャラランガの弱点のエスパー技。大っぴらに使っていては気付かれるため、出力を抑えて、少しずつ、少しずつ体力を削っていたのだった。
     対して、ジャラランガも何もせずに回っていただけではなかった。
     回りながらも、全身の鱗を小刻みに振動させ、傍目に見ても分からない衝撃波を撃ち出していたのである。細かい振動はゆっくりと、しかし確実に、気付かれることなく。電子レンジの要領でロズレイドの身体を震わせた。やがて振動は激しくなり、体の内側からロズレイドを蝕んでいたのだった。

     かくして、長時間に渡った二匹の戦いは、「一瞬」にして引き分けに終わったのである。
     こんなの一瞬とは言わない?確かに、勝負全体は一瞬とは言えない長い時間だった。しかし、屁理屈を言わせてもらえば、決着の瞬間はまさに「ひとまたたき」の間だったわけなのだから。


      *


     試合の後、二人のトレーナーにこの日の戦略について尋ねてみた。すると、思いもかけないことが分かった。
     予想の通り、二人のトレーナーはそれぞれ自分のポケモンに、試合開始後どのように立ち回るかあらかじめ指示を出していたのだという。しかし、それは最後の一撃についてだけ。それまでの駆け引きに関しては、二人の知るところではなかったというのだ。



     何が言いたいかというと。つまり。



     目には見えない攻防を、水面下の駆け引きを、ロズレイドは、ジャラランガは、自らの判断で行っていたというのだ――


      [No.4071] 明け色のチェイサー外伝 大音量と静かなる闘い 投稿者:空色代吉   投稿日:2018/02/15(Thu) 21:12:44     113clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     私の名前はガーベラ。自警団〈エレメンツ〉の団員です。私の所属する組織〈エレメンツ〉は、このヒンメル地方で起こる様々なトラブルに対処するべく日夜奔走しています。
     私の上司のソテツさんは、現場に赴くことが多い方なので特に忙しそうです。私はそのソテツさんの補佐もしています。ソテツさんとは師弟関係でもあるのもあり、多分現状では私が一番ソテツさんと一緒に行動していると思われます。
     そう……補佐であり弟子であるからこそ、彼の体調が、分かってしまうのです。
     いえ、誰にでもわかるくらいには、ソテツさんは今にも寝不足で倒れそうでした。

    「ガーちゃーん……オイラはもう駄目なようだー……あとは任せたー……」
    「ガーちゃんじゃありません。ガーベラです。しっかりしてくださいソテツさん。溜まっている相談はあと一件だけですので……あと私に掴まっていてください。落っこちたらシャレになりません」
    「お言葉に甘えるよ……」

     大きな葉っぱの被膜を持つ首長のポケモン、トロピウスの背にに二人乗りをして空飛んで現地に向かっていると、後ろのソテツさんが珍しく弱音を吐きます。今週ソテツさんは寝る暇があまりありませんでした。寝ようとしても不規則な休眠は机に突っ伏していたり、椅子で寝ようとして失敗していたり……など姿勢の悪い状態で寝ていました。現在は二徹さんです。本当は今回の依頼も私だけで対処できればいいのですが……まだ一人で向かうには自信がなく、大変申し訳ないのですがソテツさんについてきてもらっているという感じです。自分の未熟さに情けなくなりますが、へこんでばかりもいられません。気を引き締めてその場所へ向かいます。
     問題の起こっている谷間に到着する直前、じゃらじゃらとした何かを鳴らす音を集めたような騒音が辺りに響き渡ります。空にまで響くその大きな音に、私とソテツさんも顔をしかめます。

    「この音が……例の」
    「いやー、確かにこれはキツイねー……」

     今回の相談は、谷間の近くの村からの住民から持ち掛けられたものでした。
     先程のじゃらじゃらとした音が、谷間の方から昼夜問わず頻繁に大音量で鳴り響いていて困っているとのこと。つまりは「五月蠅いからなんとかしてくれ」という事案でした。

     谷間を進んでいくと、眼下に騒音のらしき原因ポケモンとポケモントレーナーとその手持ちポケモンの姿が。
     ポケモンは予想通り、大量のじゃらじゃらしたうろこを身に着けたドラゴン・かくとうタイプのポケモン。ジャラランガ。ジャラランガのトレーナーは、赤茶の髪を後ろで縛った少年でした。やはりといいますか……少年はジャラランガに技の特訓をさせていました。
     こちらの存在に気付いた少年とジャラランガは技の練習を中断し、物珍しそうな顔で私達を出迎えました。

    「こんにちはー、オレたち以外のトレーナーが来るなんて、珍しいな! オレはヒエン! こっちはジャラランガ、姉ちゃんたちは?」
    「こんにちは。私はガーベラです。こちらはトロピウスと、ソテツさんです」
    「やーよろしくー……」

     ひらひらと手を振るソテツさんを見たヒエン君は口をあんぐり開けていました。

    「ソテツ!? あの〈エレメンツ〉『五属性』の一人のソテツさん!? なんでまたこんなところに!?」
    「キミに会いに来たんだよー……」
    「オレに会いに?! うおおお……オレの名もそこまで轟いていたとは」
    「轟いていたのは、貴方のジャラランガの技の音です……」
    「? どういうこと、ガー姉ちゃん」
    「ガー姉ちゃんじゃありません! ガーベラです! ……まったく、もう。ヒエン君。貴方のジャラランガが出す音が、近所迷惑になっていると苦情がありました。場所を移動するなり、自粛をしてもらいたいのですが」

     要求を言うと、ヒエン君は明らかに納得のいっていない渋い顔をします。

    「なんでだ? ポケモンの技の練習で騒がしくなるのは当たり前じゃないか、それをするなって言われても……ここの場所見つけるのにも、結構苦労したのに」
    「まったくするなと言いたいわけではありません……せめて夜間だけでも、控えてもらえませんか?」

     私の提案に、彼は譲りがたい理由を述べました。

    「オレたちはもっと強くなりたいんだ……そのためには技を磨きたいんだ……頼むよガーベラ姉ちゃん、ソテツさん……『ポケモン保護区制度』なんてものがある限り、オレらはオレらで強くなるしかないんだよ……」

     『ポケモン保護区制度』
     それはヒンメル地方のポケモンの生態を護るために近隣の国々が押し付けてきた、ポケモン捕獲に対する制限。この制度で苦しんでいるトレーナーが山ほどいるのは知っていました。ポケモンを捕まえる機会が少ない以上、強くなるためには今いる自分とポケモンたちだけで強くならなければいけないのが、現状。
     それでもヒエン君はジャラランガと強くなろうとしている。私たちのしていることはその邪魔でしかないのは、分かってはいても苦しいものでした。
     でも、安眠できない村の人たちのことを考え……結局私は、頭を下げてお願いしました。

     ヒエン君は「仕方ないか」とこぼした後、ある条件付きで説得に応じてくださいました。

    「頭を上げてって――――じゃあさ、ポケモンバトルしてくれよ。経験は多い方がいいし、一度〈エレメンツ〉がどれほどの実力なのかって、知っておきたいし」

     〈エレメンツ〉の実力を知りたい。その言葉の中にはソテツさんへの指名は含まれていませんでした。ヒエン君はソテツさんの体調を気遣ってくれたのでしょう。
     ヒエン君、本当はソテツさんとバトルしたかったはず。私にその代役が務まるのか。不安がこみ上げてきます。ですが、ここは引けない。引くわけにはいかないのです。

    「……ソテツさんは、休んでいてください」
    「大丈夫? とは、言わないさ――――任せた」
    「任されました」

     ヒエン君の妥協してくれた恩に報いるために、私はトロピウスをソテツさんに預けて、別のモンスターボールを握りしめました。

    「私が相手です、ヒエン君。ルールはシングルバトルの1対1。いいですね?」
    「いいよ……ありがとう。ガー姉ちゃん」
    「それはこちらの台詞です。そして、ガー姉ちゃんじゃありません、ガーベラです」
    「……こだわるね」
    「こだわりますとも」
    「まあ、いっか――――ジャラランガ! 久々のバトルだ! 気合入れていくぞ!」

     じゃらん、とうろこを鳴らし咆哮するジャラランガに対し、私はモンスターボールを上空へ放り投げます。ボールが開き、光と共に現れたのは、草・毒タイプのマスクをつけた花の化身、ロズレイド。

    「お願いします……ロズレイド!」

     バトルはあまり得意ではありませんが……私の持てるものをぶつけるために、彼の持てるものを受け止めるために、私達はバトルを始めました。


    **************************


    「先手はもらいます! ロズレイド、『ヘドロばくだん』!」

     花束のような腕をスイングさせて、毒爆弾を飛ばすロズレイド。放物線を描いたその毒爆弾は――ジャラランガに届く前に“何か壁のようなもの”にぶつかりはじけて霧散した。

    「へへっ、効かないよ! ジャラランガ、『ドラゴンクロー』でお返しだ!」
    「爆弾系無効化特性……『ぼうだん』ですか。ならっ、『グラスフィールド』!」

     ロズレイドを中心に広がる草の大地『グラスフィールド』が、駆けてくるジャラランガの足元にまで及び、ツタが足に絡まる。

    「足場を悪くしてくるかー、構わず突っ込めジャラランガ!」
    「かわしてくださいロズレイドっ!」

     ジャラランガはツタを引きちぎりながらロズレイドへなお接近。ロズレイドに竜爪を使い連続で切り裂いた。ロズレイドはかすり傷を負っていく。が、微々たるものだがロズレイドの傷口がどんどん回復していく。それは、かすり傷程度では押し切れない回復スピードだった。

    「『グラスフィールド』の回復効果か! 確かにかわされ続けたら、決定打がなければ押し切れないね……でも、回復はジャラランガもするし、ダメージを与えられないのはそっちもじゃない?」
    「それはどうですかね」

     カーベラの言葉に、ヒエンはジャラランガの様子がおかしいことに気づく。
     眉間にしわを寄せ、少し息苦しそうなジャラランガ。ジャラランガの体力は、毒で削られていたのだ。毒を仕掛けたのは、ロズレイドの特性。

    「しまった『どくのトゲ』か」
    「ふふ、タイムリミットが出来てしまいましたね。しかしゆっくりしている暇は与えませんよ! ロズレイド、タネをお見舞いです……!」

     ロズレイドが花束のから“タネ”を射出して、ジャラランガに埋め込む。

    (まずい、『やどりぎのタネ』! 時間が経てば経つほど、タネにジャラランガの体力が吸い取られる!)
    「さて、この布陣をどう切り抜けますかヒエン君?」

     ヒエンは動揺していたが、時間をかけるだけジャラランガが不利になる事実を飲み込んでいだ。両手で頬を叩き、瞬時に冷静さを取り戻したヒエンは、ジャラランガへ次の一手を指示する。

    「いくっきゃ、ない。やるっきゃ、ない! ――――ジャラランガ! 今こそ特訓の成果を見せる時だ!」

     ヒエンの声に、ジャラランガが応える。ヒエンは両腕を交差し、右腕につけた『Zリング』に力を籠め始めた。

    「まさか……ロズレイド、踏ん張りをきかせて耐える準備を!」
    「いくぞジャラランガ!!」

     『Zリング』から出される己のゼンリョクエネルギーをその身に纏ったヒエンは、半円を両腕で描かせてから、その握り拳を正面に突き出す。右足を一歩後ろに引いてから、ドラゴンの口を連想させるようにヒエンは腕を、拳を、今にも噛みつく竜の如く開き構えた!

    「これがオレたちの魂のZ技……っ!!」

     ヒエンの全力の動作から放たれるエネルギー波を受け取ったジャラランガは、儀式のような雄々しい舞いを始める……じゃらん、じゃらん、と鳴り響くジャラランガのうろこがだんだん早くなる舞いに合わせて小刻みに震えていき、やがてそのバラバラだった音は一つとなり超爆音波となりロズレイドに襲いかかる――!

    「喰らえっ! 『ブレイジングソウルビート』おおおお!!!!」

     ヒエンとジャラランガ。ふたりの咆哮がガーベラとロズレイドを飲み込んだ。
     圧力となった音の塊に押しつぶされそうになるロズレイド。だが、ロズレイドはその猛攻を耐えきる!
     音の嵐が過ぎ去り、静けさが戻るころ。にらみ合う形だったジャラランガとロズレイドが体勢を立て直す。

    「なんとか、しのぎ切りましたか」
    「いいやまだだね! ブレイジングソウルビートの追加効果、オールアップ!」
    「なっ」

     ガーベラが驚くのも束の間。ヒエンの合図に呼応して、ジャラランガの周囲に五色の光が溢れる。

    「攻撃、防御、特攻、特防、素早さ、全部能力上昇ですか。なかなかにえげつない……『ギガドレイン』で体力を奪いますよ、ロズレイド」
    「させないよ! 『ドレインパンチ』で迎え撃て、ジャラランガ!」

     再びの接近戦。ロズレイドの放つ光がジャラランガの体力を吸い取る。ジャラランガの放つ拳がロズレイドの体力をかすめ取る。お互いいまひとつ相手の体力を削れない。しかし毒のダメージや、フィールドの草タイプ技の『ギガドレイン』の威力が上がる効果などによって次第に二体の体力の差が離れていく。

    「まだ、まだだ。もう一発。もう一発『ドレインパンチ』……!」

     そして『グラスフィールド』も消滅し、とうとうジャラランガの体力が尽きようとしていた。少し距離を取るロズレイドを見据えながら、ジャラランガは両手と片膝を地につける。
     その様子を見たガーベラは、宣言する。

    「そろそろ、決着ですね。ロズレイド、最後の攻撃の準備を」

     その余裕をもった言葉に、ヒエンは同意した。

    「そうだね。最後の攻撃をしよう――――オレたちの勝ちだ!」

     宣言返しを合図に、クラウチングスタートでロズレイドめがけて今までで一番早く走るジャラランガ。ヒエンが拳を突き出して、ジャラランガの技名を叫ぶ。

    「『きしかいせい』の一手、喰らえ!!!」

     『きしかいせい』とは、ダメージを受けていれば受けているほど威力の上がる技である。ヒエンとジャラランガに残された、ガーベラのロズレイドを倒す唯一の手だった。毒のダメージと『ギガドレイン』の威力を見極め、『ドレインパンチ』で残りの体力を調整。そして今の瞬間がベストタイミングであった。
     決まれば、ヒエンとジャラランガの勝ち……だった。

    「いいえ」

     ガーベラの素早く短い否定が終わると同時に、爆発がジャラランガを襲う。
     目を見開くヒエン。倒れるジャラランガの向こうに、花束の右腕をガンマンのように突き出したロズレイドの姿をとらえる。
     謎の爆発にヒエンは混乱した。しかしどんなに考えても『ヘドロばくだん』の爆発以外にはありえない。けれども弾丸系の技はジャラランガの特性『ぼうだん』によってダメージは通らないはず。
     そう、『ぼうだん』の特性が発動しさえすれば。ヒエンとジャラランガは勝っていた。つまりはジャラランガの特性を不発にする技を喰らっていた可能性が出てくるということだ。

    (いつ、どのタイミングでそれが起きた?)

     ジャラランガに駆け寄り頭を悩ませるヒエンの視界の端に、ジャラランガの身体から芽が出ているタネが映り込む。
     そして彼は天を仰ぎ見て、理解した。

    「ああああ……あれ……あれ『なやみのタネ』だったのかああああ……!」
    「正解です。フェイントは成功していたようですね。そして、私たちの勝ちです」

     ヒエンは、眠り状態にならなくなる『ふみん』に特性を一時的に“上書き”する技『なやみのタネ』と、体力を少しずつ奪う技『やどりぎのタネ』と誤認していた。いや、ガーベラに誘導させられていたのだ。

    「ごめんよジャラランガ。毒でジャラランガの体力減っていたのと、『グラスフィールド』の回復効果とかで『なやみのタネ』をわかりにくくしていたのかー……でも、それにしてはロズレイド元気じゃなかったガー姉ちゃん?」
    「ガー姉ちゃんじゃありません。ガーベラです……ああそれはですね。ロズレイドに持たせてあるこの持ち物ですよ」

     ガーベラの指示で、ロズレイドが黒くてどろっとした何かを取り出す。予想外の形状の持ち物にヒエンは一歩引く。

    「何これ」
    「『くろいヘドロ』と言って、毒タイプ以外が持つと苦しむことになりますが、逆に毒タイプが持つとじわじわ体力を回復してくれる代物です」
    「へえー、だから、ロズレイドの回復力が、上がっていたんだね」
    「そういうことです。お疲れ様です、ロズレイド」

     くろいヘドロをしまうロズレイドと、それを手伝うガーベラを見るヒエンはジャラランガを撫でる。それから彼は、ガーベラの戦い方を思い返していた。思い返し終わった後、ヒエンは素直な感想をガーベラに伝える。

    「ガーベラさん、あんなに静かにロズレイドを戦わせられるなんて、すごいよ。オレ、強力な技には強烈な音がつきものだ、強くなるにはより大きな音を出すぐらいじゃないと駄目だって思っていた……でも、そういう静かなバトルスタイルもあるんだね」
    「いえいえ……でも、バトルスタイルはポケモンにもよりますし、ジャラランガは音を使いこなすスタイルでもあります。でも、戦い方と強くなる方法は一つでは、ないのかもしれませんね」
    「だね。オレもジャラランガも技の威力を上げるだけじゃなくて、音を鳴らすだけじゃなくてもっと戦法とかいろいろ見直してみるよ。そのことに気づけただけでも、バトルして良かった! ありがと!」

     ストレートな物言いのヒエンにガーベラは一瞬反応が遅れる。最初はヒエンの対戦相手が自分でいいのだろうか、ふさわしいのかと悩んでいたガーベラは、ヒエンに自分が相手で良かったと言ってもらえて戸惑いもしたが、嬉しかったのだ。その嬉しさを噛みしめ、ガーベラは礼を返す。

    「こちらこそ……ヒエン君、お互い強くなりましょう。そしてまたいずれ、バトルしましょうね」
    「分かった! その時はガー姉ちゃんもソテツさんも万全の体調で来てくれよな? オレは二人とバトルしたいからさ」
    「はい。ソテツさんにもよく言い聞かせておきますね」
    「やった! ってー、そういやソテツさん大丈夫かな」
    「おそらくは、大丈夫だと思います。ほら」

     ガーベラの指差す方には、トロピウスの背中にもたれかかるようにして寝ているソテツの姿が。

    「『ブレイジングソウルビート』近くで聞いていたはずなんだけど、よく眠れるなあ」
    「そこはほら、耳栓渡しておきました。あとはトロピウスのフルーティーな香りに包まれて熟睡コースです」
    「もうちょっと寝かせてあげようか」
    「ですね。では、おやつにトロピウスの首についてるきのみ食べますか? 甘くて美味しいですよ」
    「いいの、やったっ」

     そうして二人は、きのみを食べながら、午後の昼下がりを談笑して過ごした。
     二徹だったソテツが目を覚ましたのは、夕時だったという。


    **************************

    あとがき

    バトル描写書き合い会といいつつ長編で連載中の明け色のチェイサー短編で描きたかった話とうまく融和できそうだったので、書いてしまいました。

    以下、今回のジャラランガとロズレイドの構成です。

    ジャラランガ♂ 特性ぼうだん アイテム ジャラランガZ
    スケルスノイズ(ブレイジングソウルビート) ドラゴンクロー ドレインパンチ きしかいせい

    ロズレイド♀ 特性どくのトゲ アイテム くろいヘドロ
    ヘドロばくだん なやみのタネ グラスフィールド ギガドレイン


      [No.4070] バトルイズコミュニケーション 投稿者:P   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:56:35     89clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     目と目が合ったらポケモン勝負、はトレーナーの常識の一つだ。見えるところに携えたモンスターボールはその勝負を受け入れる証でもある。
     男は自分の腰に提げたそれを、ポケモンを繰り出す動作の前準備として素早く撫でていく。既に勝負のためのルーチンの一つと化した動き。指先がつるりとした表面を通る度、始まる勝負に向けて気分が昂ぶっていくのが分かる。ボールの中に収まっていながらポケモンたちもまた高揚を隠さず、ボールごとがたがたと震えている。
     男の視線は真っ直ぐに、相対したトレーナーの動作へと注がれていた。ポニ大峡谷に吹き付ける強風に煽られた麦わら帽を片手で押さえながら、もう片方の手で鞄の中へ手を伸ばす観光客の女へ。
     人里さえ数えるほどのポニ島だ。雄大な大自然が残ると言えば聞こえはいい。その実が強力な野生ポケモンの多く棲む場所であることはアローラの住人ならずとも旅の経験があるポケモントレーナーならば察しはつくだろう。この島に長く住まう男でさえ、帰り道の不意の野生ポケモンへ備えるためバトルに使うポケモンも相手取るポケモンも一匹に留めるというポリシーを貫いているほどだ。
     そんな島に一人で足を踏み入れて大峡谷まで辿り着くことができる実力あるトレーナー。この場所にいるということは、女はそういう人物であるということだった。
     年若い女だ。大峡谷の外周、バトルフィールドに選ばれた平地を挟んで男と向かい合う姿を誰かが見たのなら親子とさえ見えるような。だからこそ面白いんだと男は心中でほくそ笑んだ。島巡りの一環としてこの地を訪れるトレーナーにも若くしてポケモンと通じた少年少女は多い。だがアローラの外にも若年ながらに実力あるトレーナーは溢れている。
     男はここでそんなトレーナーを待ち構えるのが好きだった。いつか勝負したホウエン出身の相手に、ナックラーのような男だと形容されたことさえあるほどに。
     見つめる先の女は早々と選定を終え、鞄から取り出したボールを高々と投げ上げる。現れたのは両手に紅青の薔薇のブーケを携えたポケモン。すらりとした二足歩行の姿、仮面じみた模様を持つ顔。頭髪とも花弁とも取れる頭部の白を残して全身を覆う緑の体色、そしてその両腕がその身に纏うタイプを教えている。
     しかし読み取ったそれを男が自らの選定に活かすには今一歩遅かった。相手を目にした時には既に男は繰り出すべきポケモンを決め、次の動作へ移っていた。
     腰に並ぶボールからひときわ大きく震える一つを選び取って、男はポケモンを放つ。見もせずに選んだからといってそれがどの種族か分からないほど手持ちとの付き合いは短くない。ベテラントレーナーとして、男は人一倍ポケモンバトルに対する自負を持っている。
     紅白のボールが空中で弾ける。データの光が一瞬にして固体へと変わり、鎧に身を固めた二足の人型竜が地を踏む。
     
    「わ、ジャラランガ? だよね! ちょうど見に行くところだったんだ、もう生で見られるなんてラッキー!」

     一鳴きと打ち鳴らす両の拳、その腕と尾に広がる鱗のそれぞれがぶつかり合うけたたましい音で目前の相手を威嚇する姿を目にして女が歓声を上げる。戦闘の緊張感を削ぐような黄色い声に、男は僅かばかり眉を顰めた。
     対する女のポケモンは受ける威圧も背後の高い声もどこ吹く風といった調子で、隙なくジャラランガの出方を窺っている。このポケモンが相当に鍛えられていることは間違いがなかった。両腕、足、尾、鱗。女の口ぶりからすれば初めて見るはずのポケモンに対して、攻撃の起点となるであろう部位を的確に判断し警戒していることが読み取れた。
     誰かの鍛え上げたポケモンを借りてここまで来たか。あるいはこの女が、今そうは見えずとも手持ちをここまで鍛え上げるだけの力を持つのか。
     その判断を、男は観察ではなく一声に任せた。
     
    「まずは小手調べだ、これだけで倒れてくれるなよ!」

     その言葉を聞くや否や、三つ爪を備えたジャラランガの脚が力強く地を蹴った。技名を呼ぶことすら要らないほどに男にもジャラランガ自身にも慣れ親しんだ、幾度となくこの場で繰り返してきた「小手調べ」の動きにして、最も自信を持つ一人と一匹にとっての言わば基本動作。
     鎧の下に隠された筋肉が力強く躍動する。相手の身長は自身の半分、横幅で言えばずっと劣るだろう。そこへ下方から拳を叩き込むためにジャラランガはごく低い前傾姿勢でその懐へと飛び込んで、そのまま片脚で踏み切った。格闘タイプの膂力を受け止めるにはあまりにも華奢と見える身体へ叩き込まれる、容赦のない『スカイアッパー』。
     吹き飛ぶ小さな身体が描く軌跡は、初めこそ放物線を描いていた。その動きはすぐに何かにつかえたように停止する。苦しげな声を僅かに漏らしたのは、仕掛けたばかりのジャラランガの方だった。攻撃を受け止めたと思しき片腕の花束はひしゃげ、そこに咲いた紅色の花は無残にも散りかけている。しかしもう片方の花束の奥からは蔦が伸び、備えた無数の棘をスパイクにジャラランガの片腕をしっかりと捉えていた。

    「いい感じ! 逃げられないうちにどくどく仕込んじゃって!」

     女の声とともに未だ鎧竜の腕に巻き付いたままの蔦が脈動した。鱗に弾かれようと、鎧を纏わぬ肉へ深々と突き刺さった無数の棘が、内に秘した中空から注射針じみて毒を送り込む。
     その切れ長の面差しをとっても細い体躯をとっても流麗、優雅と称されて遜色ないポケモンだろう。しかしマスクのように顔を覆う部位から覗く赤い目の纏った雰囲気は、踊り子のような気品や科からはかけ離れていた。そこにあるのは、遠く噂に聞くポケモンマフィアもかくやというほどの冷徹さ。
     
    「なんだ、全部計算のうちって訳かい?」
    「アローラ、ロズレイドいないんだってね。あんまり毒タイプっぽくないってみんな言うから、これがよく決まるんだ!」

     勝利どころか策一つを決めただけながら、女は未だもって脳天気な表情でピースサインを決める。細められた瞼の奥にある目が笑っていないのが自分の思い違いかどうか、男は考えるのをやめた。
     仕掛けられた罠に自分達がまんまとはまってしまったのは明白な事実だ。ジャラランガは攻撃の要の一つである利き腕を捉えられ、今もその身のうちに広がりゆく異物の感触に顔を顰めている。相手が毒タイプであった以上、いくら体格差があるとはいえ先ほど放った拳の一撃も大した手傷を与えてはいないだろう。男もジャラランガも己の不利をよく理解していた。けれど同時に、それが覆せないほどのものではないとも確信していた。
     男がジャラランガを見る。その表情は身体を駆け巡る毒がもたらす苦痛に歪みながらも、まだまだ闘志を失ってはいない。むしろその心中でふつふつと煮えたぎる己の不甲斐なさと自分を陥れた相手への怒りのせいで、戦意はますます増しているようだった。
     
    「ならその目論見、もろとも焼き捨ててやろうか! ジャラランガ、かえんほうしゃ!」
    「えっ、なっ、使え、あーっ逃げてー!!」

     指示が飛ぶや否や、待ちに待ったとばかり竜の口ががばりと開く。その目に浮かぶ憤怒をそのまま具現化したような紅蓮の炎が見る間に喉奥から噴き出し、驚きに目を見開いた目前の相手へ襲いかかった。二匹を繋ぐ蔦は高熱の前にあっという間に黒く焼け落ちて灰へと変わり、トレーナーの高い悲鳴を背景にしてロズレイドは半ば転げ回るようにしゃにむに距離を取りその魔手の範囲から逃れる。
    「一度止まれ、待つんだ! 相手をよく見ろ!」
     
     無事解放されたジャラランガも追おうとしたその動きを自らのトレーナーに制され、不承の意志をありありと宿す鳴き声を上げつつも足を留めた。
     未だ感情の動きが収まらないと見える女は自分のポケモンよりもよほど震え怯えた顔をしながら、ジャラランガとトレーナーに信じられないものを見る目を向ける。
     
    「吐けるんなら最初から使えばいいじゃない!? 草ポケモンでしょどうみても! 草は炎に弱い、何ならトレーナーデビュー前の幼稚園児だって知ってるでしょ!?」
    「何、焼いて一発で倒れたって面白くないんでね。半端な奴ならあれだけで沈むんだ、試すには十分だった」
    「しんじらんない」

     思わずといった調子で呟く女の言葉に付き合う理由ももはや特にないことを、男は十分に承知していた。その実力を感じさせない軽い態度、毒を打ち込んでからの引き延ばしのような会話。本当にこの女の振る舞いは、どこからどこまでが計算してのことなのかがさっぱり分からなかった。
     焦げた臭いと煙を上げながら遠ざかったロズレイドが、体表に僅かくすぶる火を潰れた方のブーケで叩いて消していた。至近距離からの弱点属性技。疑いようもない痛打を与えたとはいえ、この底の読めない相手をジャラランガの怒りにまかせて深追いすれば先ほどの二の舞となるのは目に見えている。男は迎え撃つ側へと回る心積もりだった。まさしく先ほどの相手が行ったように。
     毒以外の手傷は片腕、それだけだ。過剰に時間をかければ毒が回りきるといえども、倒れるまで一刻一秒を争うほどに状況が切迫してはいない。焦りを覚えるような状況に置かれているのはジャラランガではなく、カードが割れた上に深手を負っているロズレイドのはずだ。その手の内がまだ見えきっていなくとも、何か必ずあと一度仕掛けてくると男は確信していた。
     敵が至近から外れたことで頭に上った血がいくらかは落ち着いたのか。待機を命じられた拳竜は今や主人の意図するところを汲み、その鋭い視線は再び二足で立ち上がった相手を注視している。技の起点となった両腕、同じ機能を持つとも知れない頭部に咲いた花がどこを向いているのか。その仮面の奥に隠された眼がどこを窺うのか。そのか細い脚に力の籠もる兆候はないか。その一挙手一投足へと注意を向けながら、いつ動きがあれども迎え撃ってやると言わんばかりに尾を揺らす。眼差しと鳴り響く騒音に宿る恫喝の色。
     
    「だいじょうぶ、だいじょうぶ! ロズレイド! 私たちまだまだ絶対有利、わかってるでしょ?」

     弱った身体でその無言の圧力を受け止める手持ちへ女が言葉を掛けた。硬いもののぶつかり合う音の中でもよく通る高い声、明るく弾んだ口ぶりと自信に満ち溢れた目つきは勇気づけるため無理矢理に繕ったという風ではない。本心から無邪気に言葉通りのことを信じているのだろうと思わせる姿。
     その背に声援を受けたロズレイドの口元が、滲み出る自負にわずかに弧を描く。くるぞ、という男の言葉は発せられることがなかった。首元から背にかけて、そして尾、それに肩から腕。前に立って己と同じ方向を見つめる相棒の全身に力が込められたのを、自分と同じ予感を確かに感じていることを見て取ったからだ。
     女は笑みを崩さない。高まる感情に合わせて自分までもが拳を突き出しながら、高らかに命じる。
     
    「やっちゃえ! 『ベノムショック』!!」
    「絶対に通すな!!」

     その技名を耳にした瞬間に男は叫んでいた。もっともあっては欲しくなかった隠し球は、まだ相手の手中にあったのだ。
     確かにその音を聞き取ったロズレイドは両手を素早く擦り合わせ、その勢いのまま片腕を相手へと向けた。先から噴き出した、その二つの花色が交じり合ったかのような色の液体が捉えたのは残像。
     いつでも動けるよう準備を整えた状況を存分に活かし横飛びで逃れたジャラランガは、二射三射の追撃も軽快な動きで回避していく。格闘タイプの例に漏れずジャラランガの運動能力は決して低くはない。根を張ったように一点から動かないロズレイドが繰り出す直線の攻撃をかわすのはそう難しくもないことだ。
     しかし男にはこれがいつまでも続けられることではないのも分かっていた。激しい動きはそれだけ全身の毒を巡らせる。そして今もって放たれ続けているあのけばげばしい色の毒液は、別種の毒と反応してその効力を大幅に増幅する代物だ。当たったが最後、身体の内外からの毒に苛まれてジャラランガは戦う気力を失うだろう。その前にロズレイドへ最後の一撃を加える必要があった。
     だがそのために必要な、どうやって、の部分を決定的に欠いている。近づいて技を放とうとするのは自らあの毒へ頭を突っ込みに行くようなものだ。勢いを乗せなくとも放てる炎や爆音は、放つべく脚を止め体勢を整えるところを狙い撃たれるだろう。
     男が考えを振り絞る間も、鋼の鱗が立てる金属音は絶え間なく響き続けている。それしかないと結論づけるまでそう長くはかからなかった。その終着点に辿り着いた瞬間に口元が楽しげに歪んだのを、男は確かに自覚していた。
     
    「ゼンリョクを燃やすぞ、ジャラランガ!」

     咆吼を上げるのにも似て男が叫んだその真意を、おそらく女は理解しなかっただろう。アローラに暮らす民が重んじる「ゼンリョク」の重みは、島々を囲む海の向こうに生きる者たちの言う「全力」のそれとは異なった色を持つ。
     それは無論、自分が現在持てるすべての力をこの場で出し切るという志でもある。そしてそれと同時に、出し切った自らの力が通用しなくとも受け入れるという覚悟だ。
     黄土色の輝石がはめ込まれた黒い腕輪。それを着けた左腕と着けない右腕を交差させた瞬間にわずかに電撃のような痺れを覚える。バトルを始める自分への合図にボールを選ぶように、男にとってそれもまた一つの合図だった。これから己の全力を解き放つということの。
     力強く応じるジャラランガの一声を聞きながら伸びゆく草木のように腕を真上へめいっぱい伸ばして、そのまま両腕を広げて下ろし青空に浮かぶ太陽のような円を形作る。アローラに広がる自然になぞらえた動作のひとつひとつをこなす度に身に宿る力は膨らみ、身体の違和は広がる。けれどそれはそれは今この瞬間も毒にその身を灼かれるジャラランガを思えば気にするまでもないような感覚だった。身体の前に突き出した両手を再び合わせて、腕輪が練り上げる力を送り込む先である相棒へと伸ばす。
     一度腕を引き、手を置く位置は顔の横側。わずかに開いた口元のように合わせた掌をも同様に開く。そのまま前へと腕を伸ばせば描く形は竜の口元。それがゆっくりと開いていく様は、まさしく炎を吐き出すために開いたジャラランガの顎。
     
    「な、なにそれ――――!?」

     呆気にとられて状況を眺めていた女がようやく上げた声はもはや悲鳴じみていた。それはトレーナーが送り込んだZパワーが、今や金の燐光と化してポケモンを包み込んだことにも起因している。目に飛び込む光に瞼を細めながらも技を放ち続けるロズレイドが、後方でフィールドの全容を目にしているはずの指揮官の声にただならぬ事態を悟る。仰ぐべき指示が下される前に変化は起こった。
     躍動に伴って鎧竜の全身から放たれていた音そのものが、びりびりと空気を震わせ始めたのだ。タンバリンのように高く響くその音域は肉体が振動として感じ取るにはあまりにも高すぎるというのに。自身のトレーナーとは打って変わって冷静な様子を見せ続けていたロズレイドの表情にも繰り広げられる未知への驚愕や狼狽、そして迫り来る未知の攻撃への焦燥が浮かぶ。
     波立った心はそのまま繰り出す技にも影響し、撃ち出される毒液は精度を目に見えて欠いていく。その間を縫ってなおも跳ね回るジャラランガの動きが、現れてきた余裕の合間に一定のリズムと型をなぞり始める。
     尾や両腕を打ち合わせ、揺らし、回し、振り、掲げては下ろす。一跳びで身体の向きを変え、身体を屈めたかと思えば伸び上がる。様々な動きを交えて、全身の鱗をことさらに強く打ち鳴らす。その果てにぐっと腰を低く落とし、高々とロズレイドの頭上目掛けて跳躍する。
     もしも無策のままジャラランガがそのような動きをしたのなら、すぐさま撃ち落とされてバトルは終わりを告げていただろう。けれどそれは考え出された最適解としての行動だった。空中で膝を抱えるように身体を縮めたその姿は、全身に纏った鱗を身体の前方へと集中させるような体勢。顎を引ききった視界の確保が難しい姿勢で技を命中させる方法は一つ。すなわち、全方位へ無差別に攻撃を放つこと。
     『りゅうのはどう』にも似た、しかしそれよりもずっと強大なドラゴンタイプのオーラ。Zパワーの引き出した竜の真価が、轟音とともに解き放たれる。ロズレイドの足元、大峡谷を形作る岩が振動に耐えきれず砂へと崩れ、暴風のままに舞い上がる。
     結果の全容を二人のトレーナーが目にするには数秒の時間を要した。けれどそれよりも早く、二人は決着がついたことを理解していた。己のゼンリョクを貫いたジャラランガが上げる勝鬨の声によって。
     
    「…………終わり、だよね」
    「ああ。俺は一対一以上は、ここじゃ受けないようにしている。悪いがここで切り上げにしてくれ」
    「うん」

     上の空で短く頷いた女は、今まで目にしたものが信じられないとばかりわざとらしく数度瞬きした。もちろん何度やったところでその目に映るものは変わらない。倒れたロズレイド、未だ立ち続けるジャラランガ、削れた地面、揮発し始めている毒液の水たまり。
     そうしてようやく女は現実を呑み込んだようで、

    「……は――――、凄かった!!」

     そう、ひときわ大きく声を張った。初めてジャラランガを目にした時よりも強くその目を輝かせながら倒れた手持ちをボールへと収める。ありがと、と一声をかけながら。
     対する男は、応急処置のための薬品を取り出しながら自らのポケモンへ歩み寄る。その一歩目に少しバランスを崩すのは、Zワザを使った後としてはいつものことだ。年齢を重ねるにつれ、Zパワーが身体にもたらす負担を無視しきれなくなってきている。だとしても己のゼンリョクを振るおうと思える相手に出会い、戦えることはそれ以上に楽しかった。
     見事相手を打ち倒したジャラランガも実に満足げな表情を浮かべている。男のポケモンの中でも一番の負けず嫌いは、どうやら今日は随分機嫌良く過ごすことになりそうだ。腕の傷口に薬を吹き付けられた後、その姿もまた紅白のボールの中へ消える。
     その姿を見送った後、男は女へ目を向けた。聞きたいことはいろいろとあった。どこから来たのか、あのロズレイドというポケモンとはどれくらいの付き合いなのか、ジムバッジのような実力を証明する何かを持っているのか。
     しかし声を掛けようとした相手は、バトルの始まりにロズレイドのボールと入れ違いで鞄の中へとしまったスマートフォンをもう一度取り出して何やら写真を撮っているようだった。その意図はさほど理解できなくとも写真撮影程度ならどうせすぐに終わるだろうと待機を決め込んだ男の前で、満面の笑顔は衝撃に満ちた悲哀、そこから大きな後悔の表情へと変わる。
     
    「ああああああああああああっ!?」
    「何だ、どうした!?」

     スマートフォンを構えたまま血相を変えて勢いよくこちらを振り向く女に、男は何事かと内心慌てていた。向けられた表情が今やひどく必死なものなのもその心配に拍車を掛けた。何か、よくない連絡でも入ったのかと。
     例えば今すぐ里に下りたいというのならば取れる手段はある。荷物の中のライドギアへと手を伸ばしながら続く言葉を待つ男へ、女はスマートフォンのみならず空の片手までもを固く握り締めて叫んだ。
     
    「さっきの凄いの動画に撮れなかったー!! ねえねえもう一回やって!? あの壁とかに!」

     その言葉が男の耳に入るまでは一瞬。そこからその要求の真意を理解するのにさらに数秒。そびえ立つ大峡谷の外壁を指差してなおも甲高い声で喚き続ける女の言葉よりも、吹き抜ける風の音の方がいやによく聞こえたのは果たして男の気のせいだっただろうか。
     間近でZワザを目にする者はアローラ出身者や島巡りの経験者であろうと決して多くはない。しまキング・しまクイーンやキャプテンに代表される、Zリングを持ちZワザを扱うに相応しい実力を持つトレーナー達を相手取りながら、そのゼンリョクを出させるだけの力を備えていなければならないが故。
     この女はその一人でありながら、その力も希有さもなにひとつ理解してはいないのだ!

    「できねえよ!!!! Zワザを何だと思ってんだ!!!」
    「えーっ!? じゃああの変な踊りだけでもいいからー!!」
    「何が変だ!!! あれはアローラに伝わる――」
    「わーん!! 絶対みんなめちゃくちゃ面白がってくれるのに――――っ!!!」

     その態度へ向けた心配とその実力へ向けた敬意を思わぬ形で存分に裏切られ、思わずゼンリョクの怒号で相手を叱り飛ばす男。当てが外れ訳も分からず怒られながら、重なる不運の理由を何一つ理解できず涙に暮れる女。
     大峡谷中のトレーナーが聞いたといわれる大声は、ブレイジングソウルビートよりも遠くまで響いたという。


      [No.4069] 鱗竜咆哮・毒花繚乱 投稿者:ポリゴ糖   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:47:06     95clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     ジャラランガの口から轟々と音を立てて放たれる一直線の炎。軌道から外れ横ざまに動いたロズレイドが迅速に行動を開始する。
     良い動きだ、僅かに相手方の方が速いか。男は口の端に笑みを浮かべた。
     遠方からのかえんほうしゃ。タイプ相性を知る者ならばこの選択に異など唱えまい。セオリー通りの動きを初手に選んだのは、これを真っ向から受けるような相手ならば、わざわざ戦うだけ無駄だと判じてジャラランガを引っ込めるつもりだった。もとより格下との諍いなど起こさぬ種族だ。そのプライドもあろう。果たして直線の炎は回避され、反撃の一手に備える。
     而して弧を描いて飛んできたのは、蠕動する藍錆の塊。
     わざわざ避けるまでもなく、腕の鱗に着弾したヘドロばくだんは、何かを為すでもなくただただ四散する。高揚した気分が一気にしぼむのを感じ、馬鹿か、と一言漏らした。撒き散らされた腐臭が鼻を突き、より一層男の戦意を萎えさせた。
     ロズレイドにとっては打てる手の限られる対ジャラランガで、知ってか知らずか特性ぼうだんには無効なヘドロばくだんを撃ち、無駄に一手を消費する。これを愚行と評さずして何だと言うのか。期待外れにも程がある。
     相手方の女は何も言わない。ただロズレイドに次の指示を出すのみ。ジャラランガはといえば、トレーナーの気分の乱高下に構わず、ただ相手を見据えて攻撃を続ける。
     再度放ったかえんほうしゃをロズレイドは避けなかった。直撃した体はみがわりのそれで、黒焦げの体は焼け落ちて崩れる。想定済みで正面から接近、下段に構えて振り抜く拳はスカイアッパー。大地をも持ち上げる一閃は空を切るも有り余る衝撃、ロズレイドは空中を伝う波を活かし飛び退き、再度みがわりを生み出して次の攻撃に備え、
     続けるのも面倒だ、さっさと終わらせてやる。
     一瞬の期待を持たせたことに、敬意を表すべきか怒りを抱くべきか。守りに徹する行動を続けるあたり、有効な手の一つも持っていないのだろう。弱点たる火炎と貫通する音波の前ではみがわりなど無意味。ただ嬲り続けて終わらせるよりは、一撃で済ませてしまった方が両者のためだ。
     突き出した両腕を頭上へ。体側を通して振り下ろし、形作るは竜の口。命ずるは必殺のZわざ。「ブレイジングソウルビート」。
     ジャラランガは一声応じ、金具を擦り合わせる音色を、頭の先から尻尾までの全身で響かせる。舞踏の如き動きで鱗を打ち鳴らす動作に、何かが来ると勘付いたらしい相手方の取った手は少なく、ただ飛び退いて爆心地から距離を置く、ということだけだった。
     脚の筋肉をフルで用い、ジャラランガが跳躍した。
     全身に力を溜め、そして――放つ。
     その場の全員の鼓膜を破る轟きだった。同族の跋扈を許さぬ竜種(ドラゴン)ならば、例外なく一波で昏倒する烈音の衝撃波。正気を保たせぬ大音響、立つことを許さぬ高圧力が、フィールドの全方位をくまなく走り、表面の砂塵のみならず岩盤までもをかち上げる。天敵たるフェアリー以外のおよそ全てを屠ってきた、ジャラランガのみが使える究極にして熾魂の一撃だった。
     終わったか、とぽつりと口走る。
     ジャラランガが、再び地上に降り立った。真っ平らだったフィールドは今や見るも無残、砂の下の岩盤は縦横の概念まで散々に破壊され尽くし、亀裂と断層の目につかない場所などどこにもない。爆音の残滓か、それとも地の底への道が開いたか、唸り声に近い低音が一帯を満たしていた。
     もうもうと舞い上がった砂塵の向こう。
     ほう、と、無意識に感嘆の声を漏らした。
     ロズレイドは倒れてはいなかった。ロズレイドの周囲に張られた透明の被膜、その周囲だけ、亀裂がほとんど達していない。Zわざにまもるを合わせ、ダメージを抑えたとみえる。被膜が消えた向こう、ロズレイドは戦闘の意志を絶やさず、こちらを見据える目には一滴の怯えすらもない。さりとて、無論ダメージなしというわけでもなく、体のあちこちに裂傷を作っていた。
     なるほど、鱗の損耗を気にしつつ押し切れるほど相手方もやわではないと知る。どこまでも諦めずただ前を向き、投げやりになって玉砕を仕掛けることもなく、そんなものはないと知っていても勝利の糸口を探ろうとする。それはいっそ貪欲さとも呼べる代物であっただろう。面白い、と男は心の内で呟いた。相手方が、ロズレイドがその集中を途切れさせ、痺れを切らし、諦めを投げ捨てるまで、とことん攻撃を加えてやろうじゃないか。
     意気軒昂のジャラランガに命じたのはスケイルノイズ。先程の激震には届かないが、それでも十分な威力が保障されている。代償として、全身から発した音撃に耐えきれない鱗がひび割れることがあるが、この期に及んでは関係のないことだ。一点に集中させた波動を、両手を突き出して放出する。
     みがわりの意味がないことくらいの知識はあったらしい。ロズレイドは正面から離脱。同時にヘドロばくだんを発射。真っ向からぶつければとても盾になどなりえないそれも、中心を離れた端の端であれば話は別だった。広域にまき散らされる音波を凌ぎ、ダメージを最低限に抑える手段としては上策。守勢に長けた相手方ならばそのまま受ける下策など取るまいが、なかなかどうして、しぶとい。
     連射したスケイルノイズはまもるで凌がれ、空気中に散っていく。次の一手。足場ごと相手の防御を崩す算段で放つはじしん。片足を持ち上げてしっかと大地を打ち据えた震動が、地面の亀裂を拡大させていく。空中に退避すればスカイアッパーの追撃を見舞い、地に足をつける暇も与えずに一気に押し切ろうと試みたが、その思考も読まれたか。地上を離れずにみがわりで凌ぐ。
     次手のかえんほうしゃ、スケイルノイズと同じようにヘドロばくだんをぶつけ、軌道を逸らした。ならばと次に選ぶはスケイルノイズ、しかしこれはまもるに防がれる。
     次、スケイルノイズ。当たるも倒すには及ばず、次、スケイルノイズ、まもるで防がれ、かえんほうしゃ、身代わりが受け、じしん、守る、かえんほうしゃ、みがわり、スケイルノイズ、まもる、じしん、みがわり、

     ジャラランガの体が、ふいに傾いだ。
     光球が一つ、ジャラランガの体から飛び出してきた。
     男がそれに気付き、それが何を意味するのか理解するのは、あまりにも遅すぎた。

     一度も攻撃など受けていない。こちらが攻勢一方、あちらが防戦一方だったのは誰から見ても明らか。
     それでも――ジャラランガは、その体力を奪われ尽くした。回避と防御に徹するロズレイドを追う足が止まり、手をつき、膝をつき、そしてその体を横たえる。吸い取られたエネルギーの光球がロズレイドの体に吸い込まれ、傷を癒す傍ら、地に伏す際に立てたジャラリという音を最後に、けたたましく鳴らしていた鱗の音調は止み、フィールドはしんと静まり返った。
     何が起きたのか、否、何が起きていたのか。男がそれを認識したのは、ジャラランガの戦闘不能を告げる審判の声が響いてからだった。
     ――最初のヘドロばくだんの意味は、それ自体のダメージではなく、その塊の内に仕込んだ、ロズレイドが一番最初にだけ使った四つ目のわざ、やどりぎのタネだったのだ。

    「やどりぎのタネとみがわり、そして――戦闘中には全く気付かなかったが――くろいヘドロを使った耐久での粘り勝ち、か。Zわざにまもるを合わせる読みの良さといい、ヘドロばくだんを無駄と見せかける手管といい、上手くできている。俺の完敗だ」
    「ちょうはつされていればその時点で降参でした。それと、貴方が私たちを取るに足らないと捉えてくれるかどうか。それが分かれ目でしたね。――対戦、ありがとうございました」
     一度握手をし、互いに背を向ける。
     戦いに生きる者たちの交わす言葉は、ただそれだけだった。


      [No.4068] マダム・ウェザーの特別講義 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:42:09     110clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





     とある地方のトレーナーズスクール。決して大きくはない校庭で、10人ほどの子供たちが自分のポケモンと触れ合っている。
     マリルリのしっぽで毬つきをして遊ぶ子。
     布の表情を変えるミミッキュとにらめっこをする子。
     自分の体が燃えないようにポニータの背に乗ろうとする子。
     素人が見れば遊んでいるようにしか見えないそれを、シルクのジャケットに黒のスカートを着こなした貴婦人がベンチに腰掛け厳しい目で見ている。その隣ではまるで貴婦人を飾るようにロズレイドが控えていた。

    「あちちちち……」
    「ツクモさん、もっとポニータの背中に体を預けなさい。中途半端におびえて体を離そうとするから、火に焼かれるのです」
    「は、はいマダム・ウェザー!」

     少年は指示通り、ポニータと密着し背中を撫でてやる。すると炎は小さくなり、足の周りと頭にのみ集中した。ポニータの目が細まり機嫌がよくなったのが感じられる。
     貴婦人はそれをため息を一つついてまた全体を見渡す。ここにいる子供たちは遊んでいるのではない。自分のポケモンへの理解を深める授業中なのだ。そして、この丁寧な言葉に鋭さと厳しさを併せ持つ貴婦人が教師、人呼んでマダム・ウェザーというわけである。

     そんな校庭に、一人の少女が鈴の音を鳴らしながら入ってくる。なぜか衣服のあちこちに銅色の鈴をつけているが、衣服はほつれていてみすぼらしく、穴の開いた箇所をポケモンや子供向け商品のシールでふさいでいるひどい有様だった。このスクールの生徒ではない。
     ぼさぼさに伸びた赤銅色の髪をいじりながら、少女は貴婦人に尋ねた。生徒たちは不思議そうに少女を見ている。

    「おばちゃんがこの学校の先生なんでしょ。600族っていうポケモン達のこと知ってる?」
    「600族……疑似伝説、とも言われる強力なポケモンの事ですね」

     いきなり入ってきてなんですか、とは言わない。ここはトレーナーズスクール。ポケモントレーナーがいきなり入ってきて勝負を挑んできたりするくらいは慣れっこだ。

    「おばちゃんは一番強い600族って、どのポケモンだと思う?」
    「ふむ……」
    「えー、そんなの、ガブリアスに決まって……」
    「お黙りなさい」

     少女の何かを期待した問いに、貴婦人は考える。この少女が求めているのはガブリアスやメタグロス……ではないだろう。そんな答えなら、わざわざ道路に出て見知らぬ人に聞かずとも学校の先生なり友人なりインターネットでいくらでも聞けるはずだ。
     改めて少女を見る。かなり着古している割にサイズがぶかぶかで合っていない服が覆う体はまだ子供、いいとこ10歳に見えた。彼女の瞳はもじもじしながら自分を見つめている。ならば、サザンドラやバンギラス、ボーマンダも考えにくい。あれは気弱な女の子が憧れるものではないだろう。
     
    「カイリュー……ですかね。全てを半減する万能の鱗<<マルチスケイル>>に神速の動き。わたくしはそう思います」

     ヌメルゴンとの二択で迷ったが、あのぬめぬめは生理的に受け付けない人も少なくない。進化前のミニリュウは可愛らしさがあり、カイリューも普段は優しいポケモンだ。これが一番無難だと思い答える。

    「そう……カイリュー……やっぱり……」

     少女は俯き、肩を震わせる。貴婦人は立ち上がり、少女から距離を取った。同意するような言葉だが、この雰囲気はおかしい。

    「じゃあおばちゃん、ポケモンバトルしよう。本当に最強の600族がだれなのか……私とこの子が、教えてあげる!」

     少女がポケットから出したのは、貴婦人と同等の背丈、しかしその体積は何倍も違う巨躯。鎖がかすれ合う音を響かせてただ体を動かすだけで咆哮となるポケモン、ジャラランガが少女と貴婦人の間に現れた。

    「ジャラランガ……ああ、そんなポケモンもいましたね。どうやらやるみたいですよ、ロズレイドさん」

     思い出したように笑う貴婦人。ロズレイドが薔薇の中から棘まみれの蔓を覗かせ、戦闘態勢に入る。
     アローラという未開だった土地に住む600族に認定されたポケモン。しかしその戦闘性能は弱点の脆さや器用貧乏な能力、特殊な技のデメリットなどから決して強くないと貴婦人は認識していた。
     そんな思考で口にした何気ない言葉が、その少女を深く傷つけた。細い体がわなわなと震え、怒りに叫ぶ。

    「ソンナケモンモイマシタネ……? そんなポケモンもいましたね!? そこまで侮辱されたのは生まれて初めて……絶対に許さない!」
    「やれやれ、ルールは一対一で構いませんね? ジャラランガしか持っていなさそうですし」

     つまり、こういうことだ。この少女は多分今まで何回も道行くトレーナーに同じ質問をしている。そしてジャラランガ以外のポケモンを答えたが最後、バトルで強さを思い知らせたのだろう。

    「一撃で終わらせる!ジャラランガ、Z技行くよ!」
    「皆さんは下がっていてください。ここからは特別講義の時間……わたくしのバトルを見て勉強なさい」

     少女とジャラランガの間でZリングが反応し、ジャラランガが己の体を打ち鳴らす。鳴子のような音を何度も響かせ、自分の中でのリズムが取れたところで――曇天の空へ飛びあがり、その気流の流れすらも音の力に変えて最大パワーの一撃を放つ。

    「私達の叫びに頭蓋を砕かれ、脳を揺らせ、刻み込め!!『ブレイジングソウルビートッ』!!」
    「ロズレイドさん、『守る』」

     避ける空間などありもしない。さっきまで貴婦人が座っていたベンチを粉砕するほどの音が全てを揺らす、必中の大音波。それをロズレイドは青い薔薇から大きな水球を出現させ、貴婦人と自分を覆う。だがその守りも弾け、音のダメージが二人を襲う。

    「はあっ、はあっ、はあっ……どうだ!これがジャラランガの本当の力!脳が震えて何もできないでしょ!」

     Z技というのはトレーナーも体力を使う。荒く息をついて、少女は勝ち誇った。初手で超強烈な音波を発生させ、ポケモンに大ダメージを与えつつ、そのそばにいる人間の脳を揺らし、まともな判断を不可能にする。ジャラランガだけの切り札と少女は自認していた。


    「まったく、世も末ですね……まともな教育を受けていない子供がこんな強力なポケモンを操る世の中になってしまうなんて……」
    「!!」

     
     だが、貴婦人は平然としている。軽く耳をトントンと叩いているものの、脳震盪には陥っていない。ロズレイドも、平然と立ち上がり戦意を向けている。

    「あり得ないみたいな顔をしていますが、別に不思議なことではありませんよ。衝撃というのは、距離や間に置かれたものによって減衰するものです。天候を雨にしてロズレイドさんが作った水の壁は、貴方の騒音を全てとは言わずとも、致命的にならない程度に防ぐには十分だったということです」
    「意味が分からない……」
    「でしょうね。あなたのような無教養な子供には。しかし、生徒の皆さんはわかりますね? わたくしが何故水による防御をしたか」

     例えば水面に石を落とした時、石の大きさや勢い次第では相当遠くまで音が響く。だが同時に生まれる波紋は、勢いや大きさが強くても水が大きく変形するだけでさほど大きく広がりはしない。貴婦人とロズレイドを大きく覆った水は弾けとんだものの、そのはじけ飛ぶのに使われたエネルギーでダメージを殺したのだ。

    「そして貴方にも教えてあげましょう。そもそも貴方のそれはポケモンバトルではありません。ボクシングをしようとしている相手にリングの外からミサイルを撃って殺して自分の方が強いと息巻いているようなものです。ジャラランガというポケモンはともかく、貴方は強くも何ともありませんね」
    「……ふざけるな!私たちは強い!」
    「ホッホッホ……なら見せてもらいましょうか、あなた達のポケモンバトルを!ロズレイドさん、『眠り粉』!」

     ロズレイドの頭から、相手を眠らせる粉が飛ぶ。それは正確にジャラランガの顔を叩く。が、全く眠る様子はない。

    「効かないっ、そんなもの!ジャラランガは『防塵』を持ってる!馬鹿にしないで!!」
    「特性を確認しただけの行為を馬鹿にされたと被害妄想ですか……どっちにしても、会話のできない子ですね」
    「うるさいっ!『火炎放射』!」
    「……ロズレイドさん、『ウェザーボール』」

     ジャラランガが炎を吐き、ロズレイドが青い薔薇から大きな水の球を撃ちだす。炎はロズレイドの弱点だが、雨の中での『ウェザーボール』は強力な水技。こちらの方が押し切れる……そう読んだが、炎と水は相殺しあった。

    「『スケイルノイズッ』!!」
    「ロズレイドさん、『リーフストーム』!」

     初手のZ技ほどではないにせよ強烈な音波を、草タイプ最強クラスの技で応戦する。やはり本来の威力はロズレイドが勝るはずだが、鱗の音波と草の嵐は互角に打ち消し合った。

    「『ブレイジングソウルビート』はただの攻撃技じゃない。この技を発動した後ジャラランガは全ての能力がアップする!ポケモンバトルじゃないなんて言ったこと、取り消して!」
    「なるほど……専用のZ技が存在したのですか。確かにそれは、知りませんでしたね」

     貴婦人の知るポケモンバトルの知識はアローラのポケモン達の存在が世界に知られたころまで。特殊なZ技を持つものがいることは聞き及んでいたがジャラランガがそうだとまでは知らなかった。常に持たせているしろいハーブでロズレイドの特攻を戻しつつ、戦略を切り替える。

    「踏みつぶしてあげる!『地震』!」
    「手間が省けますね。ロズレイドさん、『グラスフィールド』を」

     相手の地面を揺らす衝撃に合わせるように、地面に蔦を這わせ大地を支配する。木々の育った山で土砂崩れが起きにくいように、その蔦が地面の衝撃を減らした。更にフィールドの効果でロズレイドの体力は回復していく。

    「『グラスフィールド』は地面にいるポケモンの体力を回復させ、さらに地面技の攻撃を和らげます。相手の地震に合わせて打つことで無駄なく守りと回復を一体にすることができる。参考にしてくださいね」
    「とっておきを見せてあげるっ!『スカイアッパー』!!」
    「何ですって……?」

     ジャラランガが地面に踏み込む。『スカイアッパー』はジャラランガの得意技とされている。しかしあれは宙に浮く相手に大きな効果を発揮するもの。ジャラランガよりも体が小さく地面に足をつけるロズレイドには有効打とは言えない。貴婦人は訝しむ。
     しかし、足元を沈下させたジャラランガの体はさらに深く沈んでいく。『地震』によって地面を崩すことで大地を傾けたように踏み込みが深くなり前傾姿勢へ変化、ついにはクラウチングスタートを切る選手のように低く沈む。本来『スカイアッパー』は立っている状態から大地と垂直に腕と体を振り上げるものだ。だが今のほぼ体を大地と水平に近づけた状態から同じ動きをすれば、それは大きく前へ進むことになる。原始の巨体、トリケラトプスの突進にも等しい。

    「これで終わりにする……いけええええ!!」
    「ロズレイドさん、『タネマシンガン』!」

     向かってくるジャラランガをロズレイドは種子の掃射で迎え撃つ。グラスフィールドの効果で強化され、無数に飛んでいく弾も、恐竜の突進の前では分が悪い。止めるに止めきれず――ロズレイドの体が大きく吹き飛ばれた。今度こそ、少女が勝利に胸を撫でおろす。貴婦人も瞳を閉じた。

    「終わりですか……」
    「さあ、これで私たちの強さわかってくれたよね!もう一度聞いたら……ジャラランガが一番強いって答えてくれるよね!?」
    「認識を改める機会にはなりましたよ。貴方はいい教材になってくれました」
    「そんなこと聞いてないっ!ジャラランガ、『スケイルノイズ』!頭蓋を砕き脳を揺らせ!」

     ジャラランガが、激しく己の体を振った。ジャラランガだけが持つ特殊な鱗はその舞によって激しい音を放ち、対象を音で破壊する一撃を放つことが出来る。
     だが――この時だけは、音が響くことはなかった。舞が空しく空気を斬り、腕を振り回すただの風切り音が聞こえるだけだ。


    「ですから終わりなんですよ。このポケモンバトル……貴方の負けです。ロズレイドさん、『マジカルシャイン』!」

     
     むくりと立ち上がったロズレイドが、強烈な光を放ちジャラランガの目を潰した。ジャラランガの弱点、フェアリータイプによる一撃。これでしばらくは視界が効かない。

    「なん、で……もう一回、『スケイルノイズ』!」

     視界を奪われては、音で広範囲を襲うしかない。だがいくら体を振っても、音は出ない。鱗が、揺れない。

    「いいですか皆さん。ポケモンバトルとは、600族などの種族値やタイプ、使える技など知識は必要ですが、知識だけではこのようなことになってしまいます」

     貴婦人は距離をとってみている生徒たちに講釈をする。ジャラランガを操る少女を悪い見本として。

    「常々言っていますが、このポケモンはなぜこの技を使えるのか?またなぜこの技が得意なのか?それを直接ポケモンに触れ合うことで理解し、その知恵を生かすことが肝要です。……種明かしといきましょうか。さっきの『タネマシンガン』はあなたの一番自信がある音技を封じるために使ったんですよ」
    「なんで……あんな種粒で、ジャラランガが倒せるはずない」
    「まだわからないのですか? ジャラランガが音を出せるのは、鱗の可動域が広く体を動かせば鱗が揺れ固い皮膚に当たるから。しかし鱗と皮膚の間にぎっしりタネが詰まってしまえばいつもの音にはなりませんし。そもそも鱗の動く場所自体にタネがつまって体を動かしても鱗が動かなくなってしまったらぐうの音も出ない。そうなった貴女のジャラランガは、ただの鈍重な爬虫類に過ぎません」
    「う……」
    「最初に『眠り粉』を使ったのもこのため。特性が『防弾』のジャラランガは『タネマシンガン』や『ウェザーボール』が効きませんからね。そんなことにも気付けず、わざわざ音技でとどめを刺そうとするとは……やっぱりあなたは弱い子でしたね。約束通り、お灸を据えてあげましょう」

     貴婦人は鋭く、叱りつける目で少女を見る。少女の肩がびくりとはねた。Z技を使われる前に先手を打って発動しておいた『雨乞い』が晴れ、『日本晴れ』によって強い日差しが差す。
     そして、ロズレイドの真上、貴婦人よりも数メートル頭上にまるで太陽のミニチュア、それでもジャラランガの体積よりも大きく炎よりも熱いエネルギーの塊が出現した。
     少女が余りの光に思わず目をつむる。しかし顔をそらせない。そうすれば、すぐさまこの太陽は自分とジャラランガを焼き尽くす。そう直観できてしまう。

    「ご、ごめんなさい……私の負けだから……これ以上はやめて!」  
    「わたくしはね、勝手に入ってきて強くもないのに一方的に持論を押し付ける。そんな子供を見ていると我慢ならないんですよ」
    「も、もうしないから!!もうここに来ないから!お願い、やめて!」
    「許しません。どうせここから逃げてもまた別の場所で同じことをするんでしょう?そんな人生は、わたくしが終わらせてあげます!!」

     喝を入れるがごとく鋭い貴婦人の声に、少女がわっと声をあげて泣く。泣いて、膝をついて、それでも叫ぶ。

    「いやだ!まだ死にたくない!私とこの子を捨てたパパとママに、私たちは強いんだって証明するまでは死にたくない!」

     ひれ伏し、文字通り泣いて謝る。自分は小さいころ手持ちの中で一番使えないと言われたジャラランガと一緒に山に捨てられたのだ。それが憎くて悔しくて、見返すために自分たちが最強だと町の外の道路やトレーナーズスクールで触れ回っていたのだと聞いてもいないことをしゃべる。
     貴婦人は一通り聞いた後、最後通告をした。


    「いいでしょう。あなたに残された道はただ一つ──わたくしの生徒としてポケモンバトルの本当の強さを学ぶことのみです」
    「え……?」


     全く予想していなかった言葉に少女が泣き止み、ポカンとする。ロズレイドの出した炎の『ウェザーボール』が消え、日差しが元に戻っていく。

    「強くなって見返したいのでしょう? ならば貴方のすべきことは道場破りではなく、一度きちんと道場で学ぶことです。本来やや使いづらい『スカイアッパー』をあのような形で強力な技に変えたのは見事でした。わたくしの下で学べば、貴方は今よりはるかに強くなれます」
    「で、でも学校に入るお金なんてない……」
    「構いませんよ、立派なトレーナーになって賞金で返してくれれば……ここにいるのは、おおむね貴方たちのような子供達ですから」

     遠巻きに、しかし貴婦人のバトルを見ていた子供たちが駆け寄り、少女に優しく笑いかける。ようやく視界の回復したジャラランガが自分の主である少女に近づく者たちを威嚇しようしたが。

    「いいの、ジャラランガ。私たちの負け……今日からここで、もっと強くなろう」

     少女の涙は、恐怖からうれし涙に変わっていた。貴婦人はそれを見て、手を口元に持っていき笑った。


    「ただし覚悟しておいてくださいね、わたくしの講義は厳しいですから……では皆さん、改めてこの子を加え授業を再開しましょう!ホーッホッホッホ!!」


     それから数年後、この少女はジャラランガの使い手として名を馳せることになるのだが、それはまた別の話──


      [No.4067] VS 妖精閃光(マジカルシャイン) 投稿者:あきはばら博士   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:28:26     126clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     なんでこんなことになったのか……。
     アンジュは頭を抱えたかった。
     次の大会に向けて練習をしようと野良バトルの募集を掛けていたところ、捕まったのがこの男。

     赤紫色のテカテカピチピチの密着度が高めのボディスーツを身に着けて、さらにそこには何かを勘違いしたような、子どものオモチャみたいな金ピカの装飾品が付属している。
    (ダセェ……)
     というのが素直な感想。さらにヤバイのはそこに青黒いマントである。いまどきマントってなんだよ。
    「はじめまして、俺はドラゴン使いのターフェ」
     うんうん、ドラゴン使いは知ってる、見れば分かる。かつてトレーナージョブ名鑑で一際異彩を放っていた、密着度の高いクソダサスーツ+マント姿のレア職業、こんな格好で道を歩くなど罰ゲームじゃないかと「いや、こんなヤツいるわけねぇだろww」「だよねーww」と友達と盛り上がっていたのが懐かしい。
    (いたよ……)
     本当にいたよ。
     トレーナージョブとはトレーナーの年齢・性別・バッチ数・資格などで名乗ることができる称号である。それぞれに推奨される服装はあるが、守る必要はない。例えば私のジョブ名は『ミニスカート』だがミニなんて履いてないし、短パンを履いてない短パン小僧も多い。ブリーダーやドクターなど名乗るために資格が必要なジョブもあり、多分だけどドラゴン使いを名乗るというのは一種ステータスだろうし、普通では入れない場所も入れるかもしれない、だからと言ってあんな恥ずかしい服を着る必要は無いと思うのに。
     うわ、なんか股間がちょっともっこりしてる。見たくないけど。
    「シングル、1対1でいいかな?」
    「あ、はい」
    「ソナリ、任せた」
     彼は私の心境など露にも気にしてないようで、ジャラランガを出してきた。
    「うーん、出番よ ローヌ」
     私はドラゴンタイプに強い手持ちはいなかったので、ロズレイドを出した。


     ▲  ▲  ▲  ▲


    「アンジュです、対戦よろしくお願いします」
     お互いにポケモン出し終えたので、ミニスカートのアンジュはとりあえず、対戦の挨拶をした。
    「うむ、ではっ! 逆鱗(さかさうろこ)に懸けて勝利を誓う!」
     彼は自らの口上と共に、くるっと体を反転して自らのマントをアンジュに見せつける、マントの後ろには、▼を3つ組み合わせた、ちょうどトライ〇ォースをひっくり返したデザインの紋章が描かれていた。
    「【逆鱗狩り】のターフェ、いざ参る!」
     そして顔だけこっちを見て、笑顔で前歯がキラーン。
     そこでアンジュの腹筋が崩壊した。
     突然入ってしまった笑いのツボに、口を押えて必死に踏みとどまるがもうだめだ、口元がによによして耐えられない。個性的な服に、まさかの二つ名を名乗ってくるという衝撃、そこにもっこりした股間がちらっと見えて、さらに自爆。
    「竜の舞だ」
    「くっ、ふふ……ぐっ、あっ待って」
     お互いにポケモンを出して、名乗り合った時点で、残念ながら戦いは始まっている。こうして体調の不良を訴えて相手が油断したところを騙し討ちにする悪どい手法も横行しているため、このように多少の様子がおかしくても手加減は無用である。
     竜が空中で旋回する様子をイメージしたと言われる、妖しい円を描くような踊りを始めるジャラランガ。
     動きの激しい踊りにあわせて鱗が打ち鳴らされて、じゃらんじゃららんと優美な響きを奏で始める。
     練度と完成度の高い舞だからこそ起こる、その音色には嘆賞の一つくらいは残したい出来映えだったが、あいにく腹筋がそれどころじゃない、いっそのことこのまま地面に転がって、気が済むまで心置きなく笑い転げてしまえばすっきり収まるだろうと思うのだが、もどかしい、こうして無理に我慢するから笑いも増幅されるため、堪えれば堪えるほど呼吸ができない。
    「くく、うう、ロ、ローヌ。マジカルシャイン」
     先ほどから主人の様子が気になってしょうがなくて、後ろをチラチラみていたロズレイドだったが、主人に戦闘続行の意思があったので、意を決して身体に力を溜めて、[マジカルシャイン]を放出する。
    「ソナリ、舞いながら、ラスターリフレクト」
     ジャラランガは目を閉じて、竜の舞の動きをそのままに、その全身の鱗が鏡のように輝き出す。そこに聖なる閃光が当たると、キラキラとその光を乱反射させて、光輝きながら舞い踊る。マジカルシャインの閃光を浴び……いや閃光を跳ね返しながら[りゅうのまい]を踊り続けた。
     ラスターカノンのワザの原理とは『鋼の表面の光の反射力を利用して、その光を操作して攻撃する』という手順が行われている。ジャラランガはラスターカノンの一部を利用して、受けた光を吸収せずに反射させて弾くという手段でマジカルシャインのダメージを受け流しているのだ。

     笑いが急だったこともあってか、アンジュの笑いは波が引くようして急に収まり、ようやく腹筋に平穏が訪れて、落ち着きを取り戻していた。彼女は思い出し笑いをしないように必死に真顔で、目の前の状況を見る。だが、眩しすぎてよく見えない。
     フェアリー技はジャラランガに効果抜群であり、照射系の全体攻撃なので目を瞑ったり耳を塞いだり横に逃げるなどで防御できるワザではないため、回避が困難である。またバトルフィールドを埋め尽くす眩い閃光に目がくらんで、今がどういう状況になっているのかがまるで把握できてなかったが。着実にダメージは通っているものだとアンジュは思っていた。

     戦局が動いたのは2回分のマジカルシャインの照射を終えたところ、トレーナーのアンジュの眼が慣れてきて、さすがに何かがおかしいと気付いた時だった。状況を確認するべくワザを止めて、ロズレイドは次の動きに備えて呼吸を整える。
     ターフェはこの瞬間を待っていた。機は熟した、腕を横にきって、指示を下す。
    「――逆鱗 解放」
    『ヴォオオオオーーーーーン!!!』
     ジャラランガは舞を止め、劈(つんざ)く雄叫びをあげて、禍々しい赤いオーラを纏わせる。咆吼に併せてジャラランガの鱗が細かく共鳴し、響きを鳴らす。
     そして両腕をダランと垂らし、湧き上がる[げきりん]のオーラに包まれながら、脱力をする。
    「備えながら、牽制、マジカルリーフ」
     アンジュはマジカルリーフで牽制しながら、相手の様子を窺うことにした。
     有効打を与える抜群技がこれしかないとはいえ、効きの悪そうなマジカルシャインを使い続けるのは得策ではないだろう、ここは攻め手を変えてみようと彼女は思った。ジャラランガの特性には防弾と防塵があり、それぞれボール状の攻撃と粉の効果を無効にするものになっている。エナジボール・ヘドロ爆弾・シャドーボール・眠り粉などは効かないものだとして立ち回らなければならない。今後の展開に柔軟に対応できるように、片手でも扱える使い慣れたワザを撃って様子をみる。
    「突撃」
     ターフェの指示を聞いて、ジャラランガはカタパルト発進のごとく、ロズレイドに突貫する。
     身構えていたロズレイドはひらりと回避する。 
    「(指示が届いた?)」
     アンジュは驚いた。先ほど指示を出して相手が発動しているワザはげきりんのはずだ、花びらの舞と同様にあのジャラランガはトレーナーの指示など聞かずに暴れ回るはずだ。

     ドラゴンポケモンは高い潜在能力を持っている。普段はそれを無意識に制御しているが、そのリミッターを意図的に外すというワザがげきりんである。
     だが、げきりんのワザを使うとドラゴンポケモンはその自らの強すぎる力に振りまわされて、正気を無くして暴れ回り、やがて疲れて動きを止めて混乱してしまう。
     だが、もしも――
     そのげきりんを正気を失わない程度に制御して、リミッターをギリギリまで開いて制御することが出来たとすれば…… ドラゴンの潜在能力をまるまる使いながら戦うことができる。
     ワザ『げきりん』を極めしドラゴン使い【逆鱗狩り】のターフェ、これがその神髄だった。

     げきりんのオーラを保ちながら、それでいてしっかりと相手の姿を見据えて攻撃を加えていくジャラランガ、格闘の竜というだけあり、そのフットワークは軽やかで、流れるように腕を振りおろしながら、すり足で相手への距離を一瞬で詰めつつ、拳を振り上げる。この静かなる逆鱗は、まるでまだ舞を踊っているようだった。
     対してロズレイドはイバラのムチを自在に使いつつ、巧みに相手の攻撃の回避と防御に徹しているが、反撃に移ることができず、防戦一方でジリジリと追い詰められていた。なにしろジャラランガの繰り出す一手一足に一度でもまともに当たってしまえば致命傷になってしまう。竜の舞に加えて逆鱗状態による身体強化が重なり、すさまじいスピードとパワーを持って叩き込まれる連撃を、ロズレイドは必死に捌くので精いっぱいだった。
     そうした攻防がしばらく続いた。


    「……ん?」
     ジャラランガの動きが鈍り始めたことに、ターフェは気づいた。
    「毒……? 毒びしか」
    「……やっと効き始めたわね」
     ロズレイドは防御の合間に地面に少しづつ[どくびし]を撒いていた、地面を暴れ回るジャラランガは知らぬ間にそれを少しづつ踏み続けて体に毒が回っていたのだ。
     あの時に受け続けていたマジカルシャインのダメージは多少は減らすことは出来ていても、それでもすべてを跳ね返せたわけではない。しっかりと、確実にジャラランガの体力を奪い取っていた。そこに毒の蝕みが加わることで、さすがのジャラランガの動きも大きく削がれることになる。
     いまこそが反撃の時間だ。

    「ローヌ! いくよっ」
     相手が毒状態の時において抜群の威力を叩き出すワザ『ベノムショック』
     条件さえ揃えばヘドロ爆弾すらも超える威力を誇る、ロズレイドのローヌのとっておきのワザである。
     アンジュとローヌは互いに呼吸を合わせて、そのワザを繰り出そうとする。
    「ベノムシ」
    「制限全開錠(リミット・フルオープン)っ!!」
    『キュォォォォォォォォォォ!!!!』
     ターフェは叫んだ。
     金属を引っ掻くような甲高い吶喊と共に、禍々しくも燃え上がる赤い燈気に加えてさらに蒼い燈気が交じり合い、ジャラランガの体は妖しく燃え上がった。
     いままで途中まで開いていた逆鱗のリミッターをすべて外す。暴走を加速させて自我を完全に失い、これでもう勝負が決するまでトレーナーの指示も制止も聞かなくなる。
     ここまでの疲れも毒のダメージも何も感じなくなり、ただ目の前の存在に向けてまっすぐ突貫するだけ――。

     一度、ベノムショック攻撃の態勢に入ってしまったロズレイドはもう回避動作に入ることはできなかった。それでも[ベノムショック]で生成した特殊な毒液を使い、精一杯の防御でジャラランガの突貫を受け止めることになったが。
     本気の逆鱗の前に圧し徹されてしまい、ロズレイドは地に伏せた。


     ▼  ▼  ▼  ▼


    「いい勝負だったね」
     対戦後、ドラゴン使いのターフェは私にそう挨拶をしてくれた。
     彼がボールから出したカイリューが、水筒のお茶を出してくれたので頂くことにした。
    「ありがとうございます」
     【逆鱗狩り】のターフェ、逆鱗を狩る、ではなく逆鱗で狩るという意味の二つ名、ということなのだろう。
     強大なワザに強弱の制御を付けるという発想とそれを成し遂げる実力、たった一つのワザを取っても、勉強になる戦い方だと思えた。
    「あの、……その服とマントですが」
    「おっ このマントに目を付けてくれるとはお目が高い。これは普通の市販品のマントとは違う、龍の聖地フスベで認められたドラゴン使いにしか手に入らず着用が認められないマントなんだ。 カッコいいだろ?」
     本人はとても気に入っていたようで、ご丁寧に『カッコいいだろ?』に併せて決めポーズもしてくれた。
     横にいるカイリューちゃんも、それにノッてくれて一緒に決めポーズに参加している。
    「…………」
    「……そうか、まだ分からないか」
     たぶん、一生分からないような気がします。

     うーん……
     こうしてみれば、誇り高きドラゴンを扱うというプライドの元に、胸を張ってこうした衣装を身に纏っているわけで、
     案外この服もカッコイイのか――
     ……いや、やっぱり ダサいよなぁ

     ないわー


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    その昔、バトル企画に出したドラゴン使いのターフェ=アイトさんを登場させてみました。
    逆鱗を極め、逆鱗しか使わない、逆鱗(さかさうろこ)に懸けて勝利を誓うダサいマントの男(2x歳)です。

    名前の元ネタ紹介
    ・アンジュ→ロゼワインの産地
    ・ローヌ→ロゼワインの産地
    ・ソナリ→鈴がいっぱい付いた楽器

    なにぃ ドラゴン使いを知らない? いかんいかん! これを見て勉強するのだ!
    → http://www.pokemon.jp/special/dragontype/master/index.html


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