マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.2994] 鳥替え神事:サンプル 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2013/07/17(Wed) 20:25:10     139clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:鳥替え神事】 【スバメ】 【サンプル】 【夏コミ

     賑やかな都市部からはだいぶ離れた小さな田舎町に、その神社はありました。
     雑木林の道を行き、赤い鳥居を潜って境内に入ると、天を突き刺す様に高く高く伸びた二本の杉が目に入ります。その幹と幹の間には注連縄(しめなわ)が張ってありました。夫婦杉(めおとすぎ)と呼ばれるその二本の杉は鈴を鳴らす拝殿と向かい合うように立っていて、その間は開けています。
    「替えましょ。替えましょ」
     その場所から子供達の声が聞こえました。
     見れば境内に集まった十人の子供達が何やら丸いものを渡し合っています。よくよく目を凝らすと、それは赤と白に彩られた機械球、モンスターボールでした。
    「替えましょ。替えましょ」
     境内に響く笛と太鼓の音に合わせて、子供達はボールを手から手へと渡していきます。
     ここで行われているのは鳥替え神事。この町――エンビタウンでポケモントレーナーとして旅立つ子供達はこの行事を通じて、自身のパートナーとなるポケモンと出会うのでした。
     子供達は神社に集まると巫女さんからボールを受け取ります。けれどすぐにボールの中のポケモンがその子のポケモンとなる訳ではありません。神事を経て、巡り巡って最後に手にあるボール、その中にいるポケモンこそがその子のパートナーとなるのでした。
     神楽が鳴っている間、子供達は動き回り、替えましょのタイミングで近くの子とボールを替えます。誰のモンスターボールにどのポケモンが入っているのか、ボールを開いてみるまで子供達にも渡した巫女さんにも分かりません。すべては巡り合わせなのでした。
     笛が鳴り響き、太鼓が拍子を数えます。そろそろ曲も終わりそうです。子供達はいよいよ胸が高鳴ってきました。ですが、
     めんどくさいなぁ。
     そんな事を思ったのは、神事に参加している一人の男の子でした。
     彼はボールを回しながらこんな事しなくたっていいのにと、ずっとそう思っていました。早く終わればいいのになぁと。
     男の子は知っていました。外の町ではポケモンセンターや研究所で、数種類の中から好きなポケモンを選ばせてくれるという事を。それに比べてこの町はなんなのだろう、と。選ぶ事もできなければ、どのポケモンかも開けるまで分からないのです。
     しかも、だ。
     目の前の女の子にボールを渡しながら男の子は思いました。
     しかも、入っているのはみんな鳥ポケモンなのだ、と。
     鳥替え神事。昔むかしから受け継がれてきたこの行事の名の由来が「鳥」が最初なのか「取り替え」が最初なのか、彼はよく知りません。けれどもこの町ではずっとこうやって最初のポケモンを選んできたのでした。
     やはり町の外から見ると変わっているのでしょう。男の子のお兄さんが旅立った二年前にはテレビ局が撮影に来ていましたし、去年は雑誌のライターが写真を撮りに来ていました。
     そうして今年も町の外から人が来ていました。時折、小さなカメラで写真を撮りながら、メモを取っている今年の来訪者は二十代と思われる青年でした。肩に緑色の玉のような鳥ポケモンを乗せたその青年は、神事を見守るお父さんやお母さんのその中に混じって、懸命にメモを取っているのでした。
     あれは何をしに来た人だろう。町の別の男の子にボールを渡して、女の子から受け取って、男の子はそんな事を思いました。
     やがて神楽の音が止み、最後の鳥替えが行われました。最後に男の子にボールを差し出したのは先ほど何度かボールを取り替えた女の子です。そして、この最後に巡ってきたモンスターボールの中には自身のパートナーとなるポケモンが入っているのでした。
    「どの子が入っているのかなぁ」
     手に握ったボールを見つめ、どの子もポケモンを出すのを待ちきれないといった雰囲気です。その気持ちは男の子も同じでした。もちろんこの方法に色々言いたい事はあったのですが、十個のモンスターボールの中にはセンターではまず貰えないような他地方の珍しい鳥ポケモンも入っているのです。だから皆、中身が気になって仕方ないのでした。
    「はいはい、神主さんが祝詞(のりと)をあげてからね」
     巫女さんは子供達をなだめました。はーい、と少し不満そうな声を上げて子供達が拝殿のほうへ歩いていきます。拝殿の前では神主さんが祭壇に、供物をせっせと並べていました。お米にお酒、それに木の実、大きなきのこもありました。だいたいはこの土地で採れたものでした。
     そうして神主さんは懐から一枚の紙を取り出すと、読み上げ始めたのでした。
    「豊かなる縁を結ぶ地に神留り坐す――」
     歌うように時折語尾を延ばしながら神主さんは読み上げていきます。男の子が事前に巫女さんから聞いたところによると、たくさんの神様の名を呼んで、旅の安全をお願いしているという事らしいのですが、何を言ってるのかはさっぱり分かりませんでした。
     退屈だなぁ、早く終わらないかなぁと思ってちらりと脇に目をやると少し離れた所に先ほどの青年が立っていました。小さな機材を拝殿のほうへかざし、祝詞を録音しているようでした。やっぱりよく分からない人だなぁ。男の子は思いました。すると青年の肩に止まっていた緑の鳥ポケモンが振り向いて目が合いました。それで彼は慌てて祭壇のほうに向き直ったのでした。
     そうこうしているうちに祝詞の奏上も終わりになりました。神主さんが紙を閉じ、懐にしまったその瞬間、わっと子供達が歓声を上げ、再び広場に舞い戻りました。
     そうして先ほど鳥替えて巡ってきたボールを次々に宙に放ち、ポケモン達を繰り出したのでした。最初に現れたのはカントー地方の代表的な鳥ポケモン、ポッポでした。次に現れたのはシンオウ地方の鳥ポケモン、ムックルです。三番目の子が繰り出したのは地を走る二つ頭の鳥ポケモン、ドードーでしたし、四番目に女の子が出したのはイッシュ地方の鳥ポケモン、マメパトでした。殊にイッシュの鳥ポケモンは珍しかったので皆が歓声を上げました。
     男の子はいよいよわくわくしてきました。彼のお兄さんは二年前、ひなワシポケモン、ワシボンを引き当て旅に出ています。意気揚々と出かけていくお兄さんの背中を思い出し、いよいよ期待が膨らみました。
    「ショウタのも見せろよ」
     そう言われて、男の子――ショウタもモンスターボールを投げました。
     けれどボールから放たれたその中身を見て、友達、そしてショウタ自身もがっかりしました。
     なぜなら出てきた鳥ポケモンはホウエンの子供達にしてみれば珍しくもなんともないポケモンだったからです。
    「なあんだ、スバメかぁ」
     子供達は口々に言いました。
     藍色の翼に二又に分かれた尾、額と喉を彩る赤、そのカラーリングはホウエンの子供達には馴染みがありすぎるものでした。
     ショウタのところに巡り巡ってきたのは、何の変哲も無いスバメだったのでした。
    「こら! なんだはないでしょ!」
     巫女さんが割って入って言いました。
    「そもそも昔は、鳥替えるポケモンはスバメばかりだったんですよ。伝統からいえばスバメこそが正統なんです。行事的にはスバメこそが当たりなんですよ」
     けれどショウタはすっかり気を落としてしまいました。 
     スバメ、こツバメポケモン。この鳥ポケモンは森に探しに行けばたくさんいましたし、餌を摂りに近くの田んぼにも出てくるのです。つまり初めてのポケモンを貰った後に皆が捕獲に挑むのがスバメであって、誰だってその気になれば手に入れられるのでした。
     こんな結果ならセンターでポケモンを選びたかった。そのようにショウタは思ったのでした。
     最後の男の子がボールを開けます。結果はワシボンでした。お兄さんと同じポケモンを引いたのは住む家が近いユウスケという男の子で、皆はわあっと歓声を上げました。
     ショウタは何も言わずにスバメをボールに戻しました。三日を過ごした後には出発の儀があって、トレーナー修行の旅に出発となる事を巫女さんから告げられましたけれど、あまり耳には入っていない様子でした。

     旅立ち前に町で過ごす最後の三日間、子供達は鳥ポケモン達と過ごす事になっていました。パートナーとなった鳥ポケモンと野を駆け回り、飛び回ってお互いの事を知るのです。だから、旅の準備は鳥替え神事までに済ませておくのが慣例でした。なので、準備はまだなのなんてうるさく言う大人はいません。子供達は真新しいランニングシューズを履いて外に飛び出すと、さっそくバトルを始めたり、パートナーを連れて山へ遊びに行ったり、おおはしゃぎです。
     ですが、そんな風に元気に走り回る同級生達と違い、ショウタの気持ちは塞ぎ込むばかりでした。皆が珍しい他地方のポケモンを貰う中、自分が貰ったのはただのスバメだったからです。
     ――なあんだ、スバメかぁ。
     子供達が言ったその言葉が刺さったまま抜けませんでした。
     大人達の世界がそうであるように、子供達の中にだって序列があります。たとえば背の高さ、たとえばかけっこの速さ、あるいはテストの点の良さ、評価の軸は色々ありますが、今彼らにとって重要な事はどんなポケモンを持っているか。それに尽きたのです。
     そうしてショウタが貰ったのはどこにでもいるスバメだったのでした。
    「ねえねえ、名前はもう決めた?」
    「ううん、まだ」
     マメパトを肩に乗せた女の子、それにぺラップを抱き抱えた女の子が木の下で話しています。
     親からはポケモンに慣れておきなさいと送り出され、家に閉じこもっている訳にもいかず、外に出たショウタでしたが彼女達には見つからぬようそっと道を急ぎました。
    「よー、ショウタ!」
     そう言って、あぜ道ですれ違い、あっと言う間に去っていったのはドードーに乗った男の子でした。後ろを振り向くと、しばらく行った所で一度振り落とされ、田んぼに落ちたのが見えました。けれどすぐに立ち上がると再び背中によじ登りました。その様子はとてもとても楽しそうに見えました。
    「ポッポ、かぜおこし!」
    「オニスズメ! 回り込んでつつくだ!」
     雑木林近くで男の子が二人、ポケモンバトルに興じています。二人の間で茶色と赤の羽の鳥ポケモンが乱れ飛んでいました。すぐ近くの溜め池には二人の男の子がいます。彼らは二匹のポケモンを泳がせて競争していました。池の水を二等分するように泳いでいたのはカモネギとコアルヒーでした。
     ショウタはその様子を遠巻きに眺め、道を行きました。手にはボールが一つ、握られていました。けれどその中にいるスバメが出される事はありませんでした。
     開けたあぜ道から木の生い茂る雑木林の道へ、周りの景色が移り変わっていきます。気が付くと赤い鳥居の前に彼は立っていました。それは神事を行った神社でした。子供達を避けながらあても無く歩いているうちに、なんとなくやってきてしまったのでした。
     あたりは静かでした。誰もいないのかと思いながら鳥居を潜ると、夫婦杉が出迎えました。そうしてその杉をぐるりと回り込むように歩いていった時、ショウタはようやく人がいる事に気が付いたのでした。
    「こんにちは」
     そう言って先に口を開いたのは先客のほうでした。天を刺す様に伸びる夫婦杉、それをその人は見上げていました。そうしてショウタに気が付くと、振り向いてそう言ったのでした。その人は神事の時に見かけたあの青年でした。
     二十代と思われるその青年は、あの時と同じように丸い緑のポケモンを肩に乗せていました。
    「あ、神事の時にいた……」
    「そう。あの時は邪魔したね」
     にこりと微笑んで青年は言いました。
    「僕はツキミヤ、ツキミヤコウスケ。上でも下でも好きに呼んでくれたらいい」
     ショウタが尋ねる前に青年はそう名乗りました。神事の時に遠巻きに見ていた青年はあの時より背が高く大きく見えました。
     青年は自身の事を院生なのだと言いました。エンビでは一律にスクールと言われている学校には、町によって小中高の区分けがあり、その上に大学があるらしい事まではショウタも知っていましたが、どうやら院というのは更にその上にあるという事でした。町によってはトレーナーを目指さない子供達も多くいます。彼らは高校や大学を出たら、働く事が多いのですが、大学に残って研究をする人もいるのだと青年は語りました。
    「じゃあ、ツキミヤさんはトレーナーじゃないの?」
     ショウタは尋ねました。
    「そうとも言うし、そうじゃないとも言える。免許は去年の冬に取ったばかりでね。あえて言うなら両方かな。ただし、僕の場合はバッジを集めたり強くなったりするのが目的ではないけどね」
     肩の緑のポケモン、ネイティを撫でながら青年は言いました。
    「じゃあどうして?」
    「言ったろ、僕は院生だって。目的は研究だよ」
    「研究?」
     ショウタは訝しく思いました。なぜならショウタの研究のイメージといえば秘密の地下室でフラスコやビーカーを片手に、中身を混ぜているようなイメージしか無かったからです。だからこんなスバメしか飛んでいないような町で、研究と言われてもさっぱりピンとこなかったのです。
    「僕の研究はね、簡単に言えばホウエン地方の伝説や昔話なんだ」
    「それって研究なの?」
    「そうとも」
    「でも研究ってさ、新しい薬を作ったりするんじゃないの?」
    「もちろんそれも研究だ。でもポケモンにもいろんな種類があってタイプがいるだろう。研究にも色々種類があるんだよ」
     そう言って少し困ったように青年は笑います。つけ足すように、
    「ほら、鳥ポケモンにも色々種類がいるだろう」と、言いました。
     ショウタは何か分かったような分からないような気分になりました。青年の肩からネイティが飛び降ります。境内をちょこまかと動き回り、時折戻ってきては首を傾げました。
     神社は静かでした。二人は石段に座ると夫婦杉を見上げながら話し始めました。
     外に出て研究をする事をフィールドワークと言うのだと青年は教えてくれました。だからフィールドワークを行う研究者というのは、多かれ少なかれポケモンを連れて旅しているのだと。それは道行きで危険なポケモンに出くわした時の備えであったり、研究を手伝って貰ったりするためであるのだと語りました。
     青年はカイナシティから旅立ったという事でした。教授の指示でホウエン各地にある伝説の発祥地を訪ね歩くつもりだと言いました。
     どうやらこの青年はフィールドワークとやらの一環として、この町に伝わる鳥替え神事を見に来たらしい。とりあえずそこまでショウタは理解したのでした。
    「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったね」
     思い出したように青年が言います。
    「……ショウタ」
    「ショウタ君か。君が引いたのは確かスバメだったね」
     おもむろに石段から立ち上がると青年は言いました。
    「え……う、うん」
     手に包んだボールを見て、ショウタは歯切れの悪い返事をします。チクリと胸を刺された気がしました。かつかつと青年が歩き、杉のすぐ下に立ちます。そっと杉の幹に触れ、見上げました。
    「この夫婦杉の周りを三周回った二人組は、結ばれると言われてるそうだね。男女なら夫婦になるし、同性なら親友になるんだって。ポケモンと人ならパートナーという絆で結ばれる。出発の儀では鳥替え神事で出会ったポケモンとこの杉を三周回る……」
     楽しげに青年は言いました。
    「こういった縁起を持ってる神社はホウエンの他の場所にも色々あってね、ここと同じ二本の杉の事もあるし、二つの岩だったり、柱だったりする。場所が変わっても人の考える事は案外変わらないってところかな」
     まるで青年に同意するかのようにさわさわと風が杉を鳴らしました。
    「樹齢いくつかな」彼はそう呟くと、杉の周りを歩き始めます。
    「ただね、あちこちに似たような話はあっても、最初のポケモン選びと結びついたセットの儀式というのは珍しいんだ。だから教授が見て来いって。もしかしたら昔はあちこちでやっていたのかもしれないけど、ここ三十年くらいでポケモンもセンターで貰うのが主流になった。こういう行事は廃れていく一方だ」
    「…………」
     廃れるのも当然じゃないか。その様にショウタは思いました。誰だってくじ引きみたいにポケモンを渡されるより、選択肢は少なくとも選んだポケモンを貰いたいと考えるに決まっているじゃないか、と。
     すると、やがて一周して戻ってきた青年が言いました。
    「くじ引きの結果が平凡なポケモンでは不満かい?」
     ショウタはかっと顔を赤くしました。この青年にすべて見透かされていた事が分かったからです。
    「……なんで」
    「君の浮かない顔見ていれば分かるさ」
     青年が答えます。青年の顔の隣に並んだネイティもが分かりやすいんだよ、とでも言いたげな視線を投げかけています。
    「スギナさんが心配していたよ?」
     巫女さんの名前を出して青年は言いました。
    「スギナおねーちゃんが?」
    「神事を預かる身としては、君達の反応は当然気になるよね。神主さんも結構気苦労が絶えないみたいだよ? 親御さんの中からもポケモンセンターで選ばせればいいじゃないかって声はあるようだから。最近になって他地方の鳥ポケモンを混ぜるようになったのもそういう経緯からみたいだね。伝統的な儀式をやるにも特典が必要になってしまった。スギナさんも言ってたと思うけど、昔はみんなスバメだったからね」
     レポートの文言を考えるようにして青年は語ります。
    「……みんなスバメなのに鳥替える意味はあるの?」
     思わずショウタは尋ねました。
    「いいところに気が付いたね」
     青年は嬉しそうに言いました。
    「それに関しては、スバメの事をもう少し深く知る必要がある」
     けれどいかにも話に弾みがついたというところで、青年は何か思い付いたように口をつぐんでしまいました。少し考えたようにしてその先を言いませんでした。
    「悪いけど今日はやる事があってね。知りたければ明日も同じ時間においでよ。今度はそのボールの中のスバメも出しておいで」
     青年はそう言うと、肩に緑の鳥を乗せたまま、鳥居を潜って消えていってしまいました。
     結局よく分からない人だったなあ。
     ショウタはボールを手に握ったまま、その背中を見送りました。
     そうして彼は、しばしボールを見つめると気紛れに放ってみました。ぱかりとボールが開いて中から赤い光がこぼれ、小さな鳥ポケモンの形を為します。
    「ピルルッ」
     現れた二又尾の鳥ポケモンは元気な声を上げ、嬉しそうに尾羽を振りました。
    「スバメ、か」
     ショウタはぼそりと呟きました。

     ショウタが再び鳥居を潜ったのは、次の日の朝でした。陽気は山を包み、石畳に木陰が模様を刻んでいます。
     前日と違ったのは、ショウタの傍らにスバメがいた事でした。あまり相手をしてあげなかったにも関わらず、いやむしろだからなのか、スバメはショウタに一生懸命ついてきました。ショウタがついてこいとも言っていないのに自然と後をついてきたのです。
     ボールから放たれたスバメはぴょこぴょこと地面を跳びながらショウタの後ろをついて歩き、それに飽きれば近くの木々を渡りながら後を追いかけてくるのです。それはお兄ちゃんを慕って追いかける弟のようにも見えました。ショウタが鳥居を潜るとこツバメポケモンもまた同じように鳥居を潜ったのでした。
     鳥居の向こうに目をやると先客の青年は本を読んでいました。拝殿に続く緩やかな石段の一段に腰をかけて、ページをめくっています。
    「やあ」
     ショウタに気が付くとにこりと笑って青年は声をかけました。
    「何を読んでるの」
     ショウタが尋ねると、
    「町の図書館で借りたんだ」
     と、青年は答えました。相変わらず傍らにはネイティの姿がありました。時折本を覗き込むような仕草を見せながら少し離れて、また戻って。緑の玉の鳥はそんな動きを繰り返していました。
     ショウタは積まれた本の背に目をやりました。エンビタウンの昔話、エンビの歴史――そんなタイトルが飛び込んできます。本当は積んだ本の横に立て掛けてあった真新しいノートサイズのタブレットのほうが気になったのですが、なんとなく聞けませんでした。青年がさらりと本のページをめくりました。
    「この町はいいね。ちゃんと記録を残そうとしてる。過去の誰かが必要を感じてやったんだろうね。僕のやっている学問は、町のおじいさんやおばあさんに話を聞いたりする事が多いんだよ。それは僕の知りたい事が文字に記録されていない事が多いからだ」
     縦に書かれた文字を目で追いながら彼は言います。
    「律儀なんだね。尤もそれは鳥替え神事を今でもやっているところにも表れているけれど」
     ショウタは黙って聞いていましたが、青年が何を言わんとしているのか、半分も理解できませんでした。けれど、なんとなく神事の支持者なんだろうという事は分かりました。わざわざ見にくるくらいですからそうに決まっているのですが。
    「ここは面白いよ。時期はだいぶずれるけれど、岩流しという行事もあるそうだね。田の収穫に感謝して守り岩を清めるとかって」
     青年はそう続けます。ですがその単語を聞いて、ショウタは少しぎくりとしました。
    「あ……あそこは近づいちゃいけないんだ」
     気まずそうにショウタは言いました。岩流しの神事は鳥替え神事のおおよそ半年後、つまり一年を二分する時期に行われます。けれどその場所を外の人に教えてはいけない。そのように町の子供達はきつく言いつけられていたのです。
    「スギナさんにも同じ事を言われたよ」青年は残念そうに言いました。
    「本にも詳しい場所が書いてないんだ。岩というからにはそれなりに大きいのだろうけど、この町じゃ田んぼのあちこちにごろごろしてるし」
     そう語る青年の目は、ショウタの瞳の奥を覗き込むように探っていました。
    「ごめんなさい、教えられない。そういう決まりなんだ」
     視線に抗うようにショウタが言うと、青年はにこりと笑みを浮かべました。
    「分かってるよ。ごめんね、困らせて」
     と、安心させるような返事が返ってきました。事実、その後に青年がそれに触れる事はなかったのでした。彼はまたさらりとページをめくり、読書に舞い戻りました。そうして時折あたりをちょろちょろと動き回って戻ってくるネイティの頭を撫でるのでした。
     ショウタは少しだけ怖くなりました。なんだか青年が得体の知れない何かの気がしたのです。
     そうして彼はある事に気が付きました。ショウタの後を懸命に追ってきたこツバメポケモンが、彼らとの距離を数メートル置いたままでいる事に。スバメはショウタと視線が合うとピルル……と力なく鳴きました。その様子がまるで、これ以上近づいてはいけないのだと、訴えているように見えたのです。
    「ああ、君のスバメ、今日は出してきたんだね」
     青年がスバメを見てそう言った時、こツバメの羽毛が締まって細身になりました。それは鳥ポケモンの緊張を示していました。
     どうしてだろう、ショウタは怪しみました。スバメは明らかに青年を怖がっていました。
     すると、にわかに緑の小鳥ポケモンがこツバメの前に、ぴょんぴょんと進み出ました。スバメは嫌そうにビイッと威嚇の声を上げましたが、ネイティは表情を変えず、意に介しません。スバメに向かい合うように立ち、じっと目を合わせると赤い冠羽や尾羽を上下に振ったりして、時々首を傾げました。ネイティは声こそ上げませんでしたが、しきりに何かを話しかけているようにショウタには見えました。スバメの周りをちょこちょこと跳び回りながら、緑の丸い鳥ポケモンはそんな動きを繰り返しました。やがて、こツバメがそれに慣れた様子を見せると、ぴょこぴょこと跳ねながら主人の所に戻っていきました。
     ショウタはこツバメポケモンが遠回りしながらも、じりじりとこちらに近づいてくるのを見ました。けれど近寄ってきたスバメの様子はやはり緊張気味でした。小さな身体はやっとの思いで立っている風なのです。なんだかショウタは可哀想になりました。そうして気が付くとスバメに手を伸ばしていました。両手で包み込むと安心させるように腕に抱いたのでした。
     暖い。そうショウタは思いました。
    「スバメの事を旧い言葉でウソと言うんだ」
     唐突に青年が言いました。
    「うそ?」
    「そう、鷽(うそ)。スバメという呼び方はポケモンの研究が進んで、共通した呼び名を決めた結果の呼称に過ぎない。本来は地域ごとに赤頭(あかがしら)とか二ツ尾(ふたつお)とか色々な名前があるんだよ。スバメだけじゃない。すべてのポケモンがそういう旧い名前をいくつも持っている」
    「すべてのポケモンが……」
     ショウタは少し不思議な感覚を覚えました。ホウエンのあちこちに生息している、スバメをはじめとした珍しくも何とも無いポケモン達、例えばジグザグマやポチエナ……。けれど彼らがどこにでもいると感じるのは、共通した名前を決めてしまったからではないか、そんな気がしたのです。
    「名前を一つに決めるってさ、便利だけど寂しいと思わない? 豊かさの喪失だよ」
     青年が問いました。けれど、
    「……でも、やっぱり違うんじゃ混乱するよ」
     思い直してショウタはそう答えました。
    「君は合理的だね」青年が言いました。そうして話を続けました。
    「スバメの旧い名前にはね、他に燕尾(えんび)というのがあるんだ。つまりエンビタウンとはスバメが由来だということになる」
    「この町がスバメの町って事?」
     ショウタは尋ねました。
    「スギナさんが言っていたよね。昔、鳥替え神事はスバメばかりでやっていたって。その頃は神事の名前も「鷽(うそ)替え」だったそうだよ。他の鳥ポケモンを混ぜてからは「鳥替え」になってしまったけれどね」
    「でもスバメだけで鳥替える意味なんてあるの?」
     スバメを抱いたまま、本来の目的に立ち返ってショウタは問いました。すると青年はにこりと微笑みました。
    「鷽という響きは、当然に偽りのほうの嘘も連想させるね。だから鷽を取り替える事で嘘替えとしたんだ。まず悪運や災いを嘘に変える、その嘘を土地の神様への信心に変える。物事を循環させて良い方向へ変える。そういう願いがこの行事には込められているんだ」
     そうして何か思い立ったという風に立ち上がりました。その足は夫婦杉へと向かいました。青年の肩からネイティが飛び降りて、ぴょんぴょんと杉の周りを回りました。
    「出発の儀式で杉を三周回るのも、あるいはそういう事なのかもしれないね。回るという行為は旅路を表すと同時に循環を表現しているのかも」
     楽しげに青年は語りました。杉の木に手をあてると、昨日と同じようにしばし見上げました。そうしてしばらくの後、振り向いて言ったのでした。
    「そしてスバメが鷽と呼ばれるのにも理由がある。ある故事によれば昔ホウエンのさる山道に夜な夜な鬼が出て、通れなくなってしまった。退治のために何人かの操り人が名乗りを上げたけれど、みんな負けて逃げ帰った。なんでもその鬼の前では、力自慢の獣でも思うように力が出せなくなってしまうんだそうだ」
     鬼は何かのポケモン、操り人は今でいうトレーナーと考えて貰えばいい、と青年は付け加えました。
    「すると、近くの村の若者が鬼退治に名乗りを上げた。けれども誰も彼を信じなかった。村人達はこう言ったんだ」
     ――そんな赤頭一羽で何ができる。力自慢が皆逃げ帰ってきたのに。
    「若者の唯一の手持ちはスバメだった」
    「勝ったの?」
    「彼は次の日の朝に戻ってきた。それ以降山道に鬼は出なくなった。けれど誰もスバメの功績だとは信じなかったんだ。きっと強いポケモンを隠し持っていたのだと村の人達は噂し合った。以来、その地域ではスバメの事を鷽(うそ)と呼ぶようになったんだって」
     青年は語りました。スバメはホウエンを代表する鳥ポケモンだ。だから古今問わず様々な話が残されていると。
    「そして、最近はこんな話がある」前置きして、青年はさらに続けました。
    「エンビから旅立ったトレーナーの中で最も成功を収めるのは、神事で鷽を引いた子なんだって。なんでも神事で替えるスバメが減った分だけ、一羽にその幸運が集まるんだそうだよ」
    「えっ?」
     ショウタは声を上げました。けれどすぐに訝しげな表情を浮かべました。
    「そんな話、聞いた事ないけど……」
     確かに巫女さんはスバメこそが当たりで、本来のポケモンだと言いました。けれども一番成功するなんて事は言いませんでした。だからショウタは青年が巫女さんあたりに頼まれてそんな作り話をしたのだと思ったのでした。
    「そりゃ同じ神事で貰ったポケモンなのに、そういう事を言うと不公平だからね。表立っては言わないさ。けれど町の人の話を聞いてると……」
     不公平。その言葉にショウタはカチンと来ました。
    「不公平って! 不公平なのはこの神事そのものじゃないか。他の町の子は好きなポケモンを選べるんだよ? 僕達は選べない。伝統かなんだか知らないけれど、付き合わされるこっちは迷惑だよ。他の地方の鳥ポケモンならともかく、スバメなんて後でいくらだって捕まえられるのに」
     少し声を荒げて、ムキになってショウタは言い返しました。というのも
     ――なあんだ、スバメかあ。
     という町の子達の落胆した声が蘇ってきていたからでした。まだ町が世界のすべてであるショウタにとって、それは大きな問題だったのです。
     腕の中のスバメが不安そうにショウタを見上げ、青年は困った顔をしました。
     間違ってもパートナーのいる場所で言うような言葉じゃない! ある種の良識のある大人ならばそう言ってショウタを叱ったかもしれません。けれど、青年は軽く溜息をついただけで叱りつける事はしませんでした。
    「スギナさんと同じ時に旅立ったトレーナーがいてね、彼女は神事でスバメを引いた。そして今でも現役で活躍しているそうだ。スギナさんを含め同じ時に旅立った子が家業を継いだり、スクールに戻ったりしてる中で、だよ」
     青年が言いました。けれどショウタは納得しませんでした。
    「それはルールが不公平でいいって事の言い訳にはならないでしょ?」
    「手厳しいね」
     こりゃ困ったなと、青年は肩をすくめてみせます。
    「不公平か。確かにそうかもしれないね」
     そうして風がざわざわと杉を鳴らす音に耳を傾けながら、言いました。
    「でも残念ながら、この世界は不公平だらけだよ。選べない事のほうが多いくらいだ。たまたま君がそれに出くわした最初が鳥替え神事だっただけ」
     青年は続けました。そして説きました。不公平。そんなものは旅先にもいくらでも転がっている、と。また杉が鳴りました。今度は少し冷たい風でした。
    「だったら、ツキミヤさんの町はどうだったんです?」
     ムッとして、ショウタは尋ねます。
    「ポケモンセンターで選択制だね。中庭にたくさん放されてて、その中から選ぶんだ」
    「だったら、あなたにそんな事言われたくないよ!」
     青年の答えにショウタはますます腹を立てました。すると青年は少し悲しそうに
    「それは違うよ」と、言ったのでした。
    「確かに僕は選べるよ。好きなポケモンを選んでいい。でもね、同じように向こうも僕を選べるんだよ。彼らにも意思はある。嫌なら捕まらないように逃げ回るし、噛み付きもする」
     そういうのは無理やり手に入れたところで懐かないのだ、と青年は続けました。
    「ショウタ君、この世にはね、選ばれもしない人間というのがいるんだよ。そんな人間にとっては、選択権なんてあっても無意味なんだ」
     彼は少し寂しそうに笑いました。すると、あたりをちょろちょろしていたネイティが戻ってきて、小さな翼をばたつかせ、肩に乗ろうと跳躍しました。けれどその試みはあまりうまくいきませんでした。短い足の爪は青年の肩には届かず、服の袖に掛かったのです。小鳥ポケモンは青年の服の長袖を登ってようやくいつもの特等席に辿り着いたのでした。
    「まさに僕がそういう類の人間だった。この子は特別でね」
     青年は丸い緑の小鳥を撫でてやりました。そうして少年の腕の中にいるこツバメを見下ろして言ったのでした。
    「君はその子に慕われている。それは才能なんだよ」
     すると視線に射られたスバメが腕の中でぶるっと震えたのが分かりました。ショウタはそんなスバメの様子から青年を訝しく思いましたが、彼は気にする様子もなく笑みを浮かべました。
    「君は選ばれた子だ。だから自信を持っていい」
     そう青年は言ったのでした。



    【続く】


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