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ただいま午前六時頃、頂上はもうすぐだ。
僕は白い息を吐きながら、ひたすら歩いていた。
ジャンパーなどを着込んでいるが、それでも寒い。
ここは初日の出が見やすいと途中の町でおばあちゃんに教えてもらった、ちょっとした山。
おばあちゃんいわく、昔、おばあちゃんの彼氏とよく元旦に行っていたらしく、穴場で人が全くいなかったという。
ちなみにおばあちゃんも彼氏である人も流石に年で膝を悪くしたらしく、行けないとのこと。
年の瀬だったこともあり、僕は折角だからその穴場スポットに行くことにしたのであった。ついでに初日の出を写真に収めておばあちゃんに見せるというのも悪くない。
そんなに高い山ではないが、寒さもあって、体に疲れが蓄積されていく。
今はないが、山を登る前には野生のポケモンとバトルもしていたし……。
ふと、僕が空を見上げてみると、そこで支配していた暗闇が徐々に力を失くしてきていた。まずい、もたもたしていたら、初日の出を拝めなくなる。僕は歩くスピードを速めた。
そんなこんなでなんとか山頂に着くと、そこは野原が広がっていて、人は誰もいない。
確かにここは穴場だ。人もいないし、ここならゆっくりと過ごせそうだ。おばあちゃんとその彼氏がここで色々なことを語りあっていたのかなぁ。
初日の出はまだ昇ってはいないようで、ホッとした僕は温かいお茶を飲もうと、リュックから水筒を出そうとしたときだった。
目の前には一匹のポケモンが。
え、いつのまに!?
そう驚いて目を丸くさせた僕に対し、目の前のポケモンはこちらを興味津々そうに見つめてくる。
白い上半身に紫色に染まった下半身。
両腕に伸びている、体毛が印象的な二足歩行のポケモン――コジョンドだ。
『なぁ、アンタ。ここに初日の出を見に来たってクチでアルか?』
「え」
『ははーん。どうやら図星みたいでアルね。まぁ、そうでアルね。、ここ見晴らしがいいから、初日の出にはピッタリでアルね』
「いや、あなたがしゃべったことに驚いているんですけど」
『うん? しゃべってなんかいないでアルよ。今、波動を使ったテレパシーみたいなことをしているだけでアルさ』
言われてみれば……凛とした姐御肌という言葉を思わせる言葉は耳にではなくて、脳に直接響いている感じがする。
ちなみに本で読んだことあるけど、コジョンドはルカリオみたいに波動を扱うことができるという記事を昔読んだことがある。
人間の言葉を使うのもそうだけど、テレパシーを使うポケモンと会うなんて、夢にも思わなかったなぁ――。
「ぐえ!?」
『夢じゃないでアルよ?』
「だからって、ぐふ、ボディーブロー一発、決めないで下さいっ」
どうしよう、このコジョンド。
なんかエスパーぽくって怖いんですけど。
あぁ、あれか僕から漂う波動の調子(気って言えばいいのかな)で、気持ちが分かったりするのかなぁ。
うん、なんか面倒くさい相手に会ってしまったようだぞ、これは。
『まぁ、とりあえず。名ぐらいは名乗っとくでアル。わたしは『あんにんどうふ』という者でアルよ。アンタは?』
「初陽。宮村初陽(みやむらはつひ)って言います」
『へぇ、ハツヒって言うのでアルかー。なんか女の子っぽい名前でアルな」
「いや、僕、女の子ですし」
『マジでアルか!』
なんか失礼だぞ、このコジョンド。
確かに、俗に言うボーイッシュみたいなかっこうばっかりしているから、勘違いされることもあるけどさ。
『それで、ここには初日の出を見に来たのでアルよな?』
「えぇ、そうですけど」
『今年は何年か知っているでアルか?』
「唐突ですね、辰年ですけど」
『そこで、初日の出が上がるまで、ワタシが辰年にかけて龍を披露するでアル!』
本当に唐突すぎるよ、あんにんどうふさん。
でも、確かに余裕を持ってきた為か、初日の出までにはまだちょっとだけ時間がありそうだった。
まぁ、ちょっとした暇つぶしにはいいかもしれないけど……。
『いいでアルか? よく見ているでアルよ? 『とびはねる』からの……』
グッと、あんにんどうふさんが膝に力を込め始めた。
相当な力を込めているからなのか、地面がメキメキっと鳴った。
『しょうりゅうけーん!!』
確かに龍だけど、それ技名ですよ!!??
片腕を天にまっすぐ伸ばして高く飛んでいる、あんにんどうふさんがやがて地上へ戻ってくると、その顔は無駄に爽やかだったりした。
『どやでアル。中々、カッコイイ昇り龍だったでアルな』
嘘を言っても波動やらなんやらでばれそうだし、ぶっちゃけてもいいよね、これ。
「見事なスカイアッパーでしたね。というか、コジョンドってスカイアッパーなんて覚えましたっけ?」
『違うでアル! これは『しょうりゅうけん』でアルよ! スカイアッパーと一緒にしたらいけねぇでアル!』
「いや、本物の龍を見せるのかと思ったのですけど、まさかスカイアッパーだったとは」
『だ・か・ら! これは『しょうりゅうけん』である!』
「だからって、それってパクリじゃ」
『技の素晴らしい応用の仕方って言って欲しいでアル!』
駄目だ、あんにんどうふさんはこれと言ったら聞かないタイプだと見た。
僕がそう決め込んでいると、あんにんどうふさんはハァハァと息を荒くさせながら、『次、行くでアル!』と宣言した。ちょっと待って、まだ何かあるの?
『いくでアルぜ! 『とびげり』を応用させた――』
あんにんどうふさんがそう言いながら助走して、飛びながら横回転を加えた。
回転スピードは中々のものだったからか、ヒュッヒュッと風を切らす音が響き渡る。
『たつまきせんぷうきゃーく!』
確かにそれも竜だけど!!
グルグルと鮮やかな横回転蹴りを見せた、あんにんどうふさんは着地すると、今度はふらふらと足取りを狂わせていた。
『特別サービスで回りすぎたでアル』
「またパクリですか」
僕の言葉に不服だと、あんにんどうふさんがまた食ってかかる。
『だからパクリではないでアル! 技の素晴らしい応用の仕方と言うのでアル!』
「それと……龍って、別にどこにも龍なんて出てこないじゃないですか、技を見せたいだけですか?」
『何を言ってるでアル。ワタシの技の中に龍を見なかったでアルか?』
「いや、見てないですけど」
『なるほど、アンタの実力にはまだ早すぎて、見えなかったでアルか』
なんか、気に障るようなことばかり言っているような気がしてならないんだけど。
『仕方ないでアルな。ならこれなら、修行が足りない奴でも見れるアルから、やってみるでアルぜ』
そう言うと、あんにんどうふさんは両目を閉じて両手で何かを包むかのような形を取ると、深呼吸をした。
息をゆっくりと吐き終え、そしてうなり声をあげながら力を込めると、両手から蒼い玉が浮かび上がってくる。
『はどうだんからの……ど・ら・ご・ん・ぼーる!!』
あんにんどうふさんの叫び声とともに、その両手から発射されたのは龍の顔を象った蒼い玉。
勢いがすごくて、一瞬だったけど、確かにあれは龍の顔だった。
うん、それは確かにすごかったけど、色々ツッコミたいことがあって逆に困る。
さて、キリ顔を決めている、あんにんどうふさんになんて言おうか。技名に関してか、それとも今までの技も含めてどこから知ったということか、でもやっぱりこれが一番だよね、うん、きっとそうだ。
「人に向かって撃つなぁ!!」
『え、よく見えただろうアル』
「それでも、何か間違いがあって、年越した先に死んだら元も子もないだろう!?」
『ま、まぁ、落ち着くでアルよ?』
「頬をギリギリかすったのに、落ち着いていられるかっ!」
『おおう、魂がしょうりゅうけん、でアルか。うまいでアルぜ』
「それ言うなら昇天! ぜっんぜんうまくないわっ!」
僕がそこまで言ったときだった。
遠く後方から何やら甲高い鳴き声が聞こえた。
なんか「モエルーワ!!!」って聞こえたような気がするんだけど。
『アカンでアル、なんか知らんけど、どうやらレシラムに当たってしまったでようアルぜ』
「え、レシラムさんって、あの伝説の?」
昔話で聞いたことあるけど、本当にあのレシラムっていうポケモンだったら、会ってみたいなぁ。だって、あのレシラムだよ!? 昔話通りだったら白くてもふもふしている伝説の龍らしいんだけど、ぜひとも会ってもふもふさせていただきたい。あ、でも伝説のもふもふって安くないのかな、なんか代償で取られたりして……。
『やる気満々な波動がここまで伝わってくるとは流石でアルな』
……うん、そんなこと考えている暇はないよね。
『ワタシより強い奴に会いに行きたいでアルが、龍を魅せることに全力を注いでしまったでアルから、また今度がいいでアルぜ』
「はぁ……なんで、僕まで逃げるハメに」
『というわけで、おまけにおなかすいてペコペコで力が出ないでアルから、運んで欲しいでアルぜ。龍を魅せた料金はそれじゃ足りないでアルが』
「金取るのかよっ!!」
僕はそうツッコミながら、ポケットから空のモンスターボールを取り出してあんにんどうふさんを入れると、その場から逃げるように走り去った。無我夢中になって、走っていく。山を下っていく。追いつかれてしまうのだろうか、そうなったらおしまいだ。色々な意味でおしまいだ。残念ながら今の僕の手持ちじゃ伝説に勝てるだけの力量はないし、もちろん僕のトレーナーとしての腕前も含めてだ。
『逃げ切れるわけがないでありんすでしょう』
「げっ!?」
頭に響くはんなりとした柔らかな声。
そして僕の体に降り注がれた大きな影が一つ。
その影が通り過ぎたかと思うと、僕は浮いていた。
空を飛んでいた。え、もう死んだとかなしなんだけど。
『いきなり、止まれと言うても、それじゃあ止まれはできんせんでしょうに』
「あ……」
『安心してくださいでありんす。私はあくまで方向音痴な弾を飛ばした輩に用があるだけでありんすから』
なんだろう、レシラムさんの声を聞いていると、不思議と自然に気分が落ち着いてくる。
すると、僕はレシラムさんの腕につかまれて空を飛んでいるんだということに気がついた。暁に変わりゆく空が神秘的である。
『さて、そろそろ降ろすでありんすですよ』
「あ、は、はい」
レシラムさんも俗に言うテレパシーというやつなのかな、頭に直接響き渡ってくるや。
ゆっくりと旋回しながらレシラムは先程、あんにんどうふさんといた山の頂上に僕を運ぶと、そこで優しく降ろしてくれた。なんだろう、てっきり捕って食われるのかと思ったんだけど、違っていたみたい。目の前にいるのは白いもふもふな毛で覆われ、そして優しそうな澄み切った空色の瞳を持つ龍だった。なんか聖母ってこういう方を言うんだろうかというオーラがありそうな感じだった。
『さて……私に変な弾をぶつけた方を出して欲しいでありんすが……』
「えぇ、もちろん。それはよろこんで」
僕は即快諾した。
当たり前だよね、そうだよね、ちゃんと謝らなきゃいけないよね、これ。
僕はポケットからモンスターボールを一個取り出し、あんにんどうふさんを出すと、彼女はムスっとした嫌な表情を浮べていた。
『なんで出したでアルか、裏切り者』
「しょうがないよ。あんにんどうふさん、ここはちゃんと謝らないと」
僕がそう促したはずなのに、どうしてか、あんにんどうふさんはなんかカンフーのようなポーズを決めていた。
あんにんどうふさん独特の謝り方なのかな、そうなのかな。
『まぁ、いいでアル。ここで会ったがラッキーデー、勝負するでアルぜ!』
僕の淡い期待なんてすぐに吹っ飛んだ。
「ちょ、あんにんどうふさん」
『いいでありんすよ。身を持って償ってもらうことにしまうでありんすです』
『話が早くて、助かるでアルぜ』
もう駄目だ。
この二匹を止めることなんて僕にはできなかったよ。
もうこうなったら、二匹の戦いを黙って見る他ない僕をよそに、あんにんどうふさんとレシラムさんがにらみあっている。あ、もうちょっと離れて見たほうがいいよね、飛び火とかマジ怖いし。
『いくでありんすよー!』
先に動き出したのはレシラムさんの方だった。
その大きな口から赤い炎が勢いよく吐き出されるが、あんにんどうふさんは身軽にそれを避けると、一気にレシラムさんとの間合いを詰める……って、ちょっと待て。あんにんどうふさん、アナタおなかペコペコで動けなかったんじゃなかったけ?
『もらったでアルぜ! くらえ、とびはねるからの、しょーりゅーけん!!』
レシラムさんも目を丸くするほどの速さで一気に『しょうりゅうけん』を決めるけど、流石に体格差もあるし、そんなに効かないんじゃないかな――。
甲高い悲鳴を上げるレシラムさん。
後ろによろめいたレシラムさん。
効果は抜群のようだ……って、え!?
『なるほど、しょうりゅうけん、だけにドラゴンタイプの技でアルのか!』
「んなわけあるかぁー!!」
私はそう叫んでみたが、レシラムさんは顔色を悪くさせて、あんにんどうふさんを見つめていた。これってマジな話? 僕は信じないよ?
『よっしゃ、次はとびげりからの、たつまきせんぷうきゃくでアル!!』
「それも竜だけに、効果抜群なんて、そんなアホな話があるわけ……」
『うきゅうー!!』
『ふぅ、あったでアルぜ』
「……もう、何も言うまい」
その後もあんにんどうふさんは攻め続け、最後はあの『どらごんぼーる』とやらにレシラムさんは倒された。
仰向けに力なく倒れているんだけど、僕には信じられない風景だった。
なんていうか、これ、あんにんどうふさんの一方的な勝利だよね? そうだよね? えっと、レシラムさんが弱いの? それともあんにんどうふさんが強すぎるだけなの? もう訳が分からないよ。
『ま、負けてしまいましたでありんすですわ……』
『ふ、ワタシに惚れるでないでアルぜ?』
あんにんどうふさんがすごい調子に乗っているのがなんか腑に落ちないんだけど。
僕が心の中でそう文句を呟いていると、レシラムさんがゆっくりと起き上がり、そして、僕の方へと歩み寄ってくる。その顔には優しそうな微笑みが浮かび上がっていた。そうか、なるほど。きっとこのレシラムさんはバトルが苦手なんだよ、きっと。そうに違いない。そういうことにしとくから、あんにんどうふさん、あまり調子に乗っちゃ駄目だよ?
『中々、見事な戦いでしたでありんすなぁ……いやはや、このようなコジョンドを持っているからには間違いない。あの、モンスターボールとかってありますかでありんす?』
「え? ま、まぁ、ありますけど……」
レシラムさんに言われるがままに僕がモンスターボールを取り出すと、レシラムさんはニコッと笑った。
『そういえば、名前を訊いてなかったでありんすね。訊いてもよろしいでありんすか?』
「えっと宮村初陽です」
『はつひ……これからよろしくおねがいしますでありんす。英雄として、この世界を救ってくださいでありんす』
え、今、この龍、なんて言った?
レシラムさんに問いただそうかと思ったら、先にレシラムさんが爪で器用にモンスタボールの開閉スイッチを押して、そのまま入っていっちゃった。その後、レシラムさんからは何も聞こえなくなってしまった。どうやら、レシラムさんは僕のことを、あんにんどうふさんを引き連れているスゴ腕トレーナーと勘違いしているみたいらしい。
そして、その後のレシラムさんの言葉が全くよく分からない。
僕が頭を悩ましていると、あんにんどうふさんがいつのまにか近寄ってきていて、僕からモンスターボールを一個を取っていった。先程、あんにんどうふさんを運ぶ為に使ったモンスターボールだ。
『世界を救うってことは強い奴に会える可能性もあるってことでアルぜ、きっと! というわけで、これからよろしくでアルよ、ハツヒ!』
そう明るく言うと、あんにんどうふさんは勝手にモンスターボールの中に入っていった。
完全に顔を出した暁が僕の顔を照らしている。
これから慌ただしくなりそうな一年の幕開けに一言述べておこうかと思う。
「うん、どうしてこうなった」
【書いてみました】
明けましておめでとうございます!
ということで、新年最初の投稿をさせていただきました。
新春初笑い的な感じでギャグ路線で書いてみましたがいかがだったでしょうか、面白かったなら嬉しい限りです。
昨年は本当にお世話になりましたです。
今年もチャットなどで『見えないみーさん』とか言われている自分ですが、よろしくお願いしますです。
ありがとうございました。
追伸:これから初日の出を拝みに行って来ます。
【何をしてもいいですよ♪】
【今年一年、龍のように飛躍する年でありますように】
年明けまでもう少し。あー、今年1年でどんだけうちにゴースト増えた。初詣はあれだな。ゴーストホイホイがこれ以上酷くならねぇ様に祈るしかねぇな。
もう治る気がしない。何故だ。分からん。まぁ、いいか。
コタツでゲンガーがミカンを剥いてくれた。ありがとー。平和が染みいる。
来年もいい年だと良いよなー。とか思いながら、だんだんぼんやり眠くなる。
いかん、コタツで寝ると風邪をひく。そろそろ寝るわ―、初日の出は出来たら一緒に見ようぜ、と声をかけて夜が本場のゴーストたちを置いていく。
もそもそと布団にもぐった。ごろんと寝がえりを打つと、何気なしに壁にかけてある鏡を見た。ゆらり、波打ったように見えたか、見えないかで、寝た。
妙な夢を見た。
水が下から上に昇ってく。宙に岩が浮いている。明るくも暗くもない。全体ぼんやりとした水色。
えーと、どこだ、ここ。何だこの謎の世界。年の終わりに変なもの見てるな、私。
空中をすいすい泳ごうとするがうまくいかない。夢なんだからもっと都合よくいきゃいいじゃないか。
なんかのはずみで地面(?)に足がついた。あー、歩ける。ちょっと安心。
てくてく素足で歩く。これって、布団の中で実際に足もばたばたしてんのか?想像して笑う。
誰もいない空間。普段やかましいゴーストポケの一匹も夢の中に出て来ないのか。ていうか、あいつら確か夢の中に入ってこれる奴とかいなかったか?まぁ、どうでもいいか。
しかし寂しいな、ここ。なんでもいいから生き物に会えればなーとか思ってひょいっと下を見てみれば。
・・なんぞあれ。
でっかい影が過ぎていく。いやいやいや、なに、あれ。生き物、か?多分そうだよな。夢とはいえ想像力たくましいな、私。
怪獣というか、ドラゴンもどきというか。えーと、まぁ、いいや。
追っかけてみるか。どーせ夢だし。待てぃ!走ってみる。風にように・・・とはいかない。通常スピード。えらくリアル思考だなぁこの夢!ちょっとは都合よくいけばいいのに。
見失った。全然ご都合主義じゃないわこの夢。つまらん、どこ行った。
適当に座りこむ。遠目からじゃ全然姿が分からんが、あの黒いの何なんだ。どっかで見たことあるポケモンかなんかか?
いや、見たことあるかどうかなんて知ったこっちゃないんだけども・・・。ん、なんか急に暗くなった。
真上をあのでかいのが通って行った。・・ぶっちゃけ、ムカデっぽい。
いきなりビビらすんじゃねーよぉ―!思わず叫んでみた。ぐるんと、頭の先あたりが反転した。
・・え。
こっちきた。
思ったより、つーか、かなり、でかい。えーと、黒いムカデもどきドラゴン(っぽい何か)。
何か挨拶でもしたほうがいいんだろうか。
とりあえず、明けてないけど「明けましておめでとうございます」と、言ってみた。
・・無反応。正月の概念があるかどうかもわからねーからなー。
適当にしゃべくる。お前ここで一人なの?一人っつーか一匹か。寂しくね?あー私は夢とはいえ結構心細かったな―。あれだよ、同じ夢がまた見れるかどうか分かんねーけどまた会えたら会おうぜ。な。
オール無反応。これはこれで、きつい。まぁ、一人よりはマシ、か。
なぁ、お前なんて言う名前だよ。通訳いないから通じるかどうかわからんが聞いてみる。夢だし!
はじめて、そのドラゴンもどきの口が開いた。
「 」
そこで目が覚めた。
あり?
なんか、えらいはっきりした夢見てなかったか?
・・・。
まぁ、いいか。時計は朝の4時50分。ちょっと早いけど、初日の出を見るんだからもう起きとくか。
「ギラティナ、だっけ?あれ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
余談 シンオウゴースト勢終了―――!
イッシュの皆様は年明けです。というか、ここでゴーストシリーズ第1部は終りっす!
【意地でも〆切に間にあわす】
【来年も頑張るぜぃ!】
一年の終わりだからかどうか知らないが、雪まで降ってきたらしい。ヨノワールさんが訪ねてきて中途半端だった掃除も一区切り終えて休憩中に外の作業組が逃げ込んで来た。
まぁ、ヌケニンなんか効果抜群だもんな。何匹か力尽きてヤミラミが担いで持って入ってきた。・・誰が御霊の塔まで運べっつった。こいつは放置プレイで良いんじゃね?
・・・ミカルゲさぁ、寒いんなら石の中に戻れよ。え?体感気温は変わらない?しょうがねぇなー、今だけだぞ。後で外に出すからな。
にしてもゴ―ストポケモンだらけだから中もそこまで温くはないな。ゲンガーっているだけで気温が5℃下がるらしいし。
屋敷の広さが仇となったな―。ストーブの陣取り合戦勃発。おい、私の場所だ。押すんじゃない。
元気のある奴はおしくらまんじゅうでもして自分で温かくなってください。う―寒い寒い。こりゃ早いところ仕事を再開して動いた方がいいかもしれねぇな。寒さで手が動かなくなる前に。
よーし、仕事再開すっぞー!文句いうな。ちゃっちゃか終らせたあとは蕎麦食うなりコタツにもぐるなり紅白見るなり好きにしてくれていいから。
急に気合が入りやがったなこいつら。現金な奴。まぁ、いいか。
数分後、物置から悲鳴が上がった。何だ!?あれか、黒いつやつやのGのつく虫でもあらわれたか。一応その場合の対応はピンポイントのナイトヘッドや鬼火を許可しているので大丈夫だと思っているんだが、まぁ、怖いものは怖いか。
一応ゴキバスターを持ったままそっちに駆けつける、と。ゴ―スたちがビビりながらすっとんで来た。おい、おい何があった?
扇風機が空飛んで追っかけてきたぁ?
なんだそれ。ポルターガイスト?ははは、ふざけるのも大概にしろよ。どーせ誰かほかの奴等が悪戯でもしたんじゃねぇの?まともに考えて。
全くもー。お前らゴーストなんだからさ、それくらいの超常現象だって起きるにきまってるだろう。むしろ、超常現象が起きる要素しかないだろ。ほら、一緒に見に行ってやるから。
・・・ほら、なんともないじゃないか。ただの扇風機だよ。な、これで大丈夫だろ?自分の持ち場に集中しろよー。
・・・今度は何だ?庭グループ。芝刈り機がすごい勢いで御霊の塔に突っ込んでぶっ壊した?ミカルゲ、お前嘘つくならもうちょっとまともな嘘をつけよ。
そんなに家の中が良いのか。休憩時間だけって言ったろ?・・・え、ヤミラミ達も見たの?でもさ、うちの芝刈り機って錆まくってて動かないはずなんだけどさ。
錆びてなかった?むしろオレンジ一色で派手だった?そんな趣味の悪いカラーの芝刈り機見たこともないぞ。
って、家の中でまた騒ぎが起こってるぽいな。
電子レンジに噛みつかれた?おまけに火をふいた、と。おいおい、掃除中に妙なものを温めたんじゃないだろうな?雑巾で拭こうとしただけ?じゃあ何でそんな事になるんだよ。
そっちは冷蔵庫に閉じ込められかけた?妙だな、いかに超常現象が起きるからといって悪戯にしちゃああっちこっちで起こりすぎだろう。
おまけにやってることは全部ばらばらじゃん。追っかける、破壊する、火をふく、閉じ込める。なんじゃらほい。
今度は洗面所か!?あーもう、誰だこんなことやってる奴は!
あー・・・、本当だ。趣味の悪いオレンジの洗濯機が跳ねてる。ぴょんぴょんしてるよ。なるほど、一連の超常現象の原因はあいつか。
で、あれに水をぶっかけられたと。はぁぁ、仕事増やしやがって。ちょっと説教してくる。
おいそこの洗濯機!跳ねるな!動くな!つーか掃除の邪魔じゃボケぇぇぇ!いいか、お前がやってんのはただの悪戯超常現象だ。大掃除の仕事を増やしてくれるって言うのはどういうことだ?ん?そんなに私に怒られたいか?あっちこっちで騒動起こしやがって困ってんだよ!遊んで欲しいんなら邪魔するな!洗濯機は洗濯機らしく元の場所に戻って洗濯機をやってりゃいいの!冷蔵庫も電子レンジも扇風機なんかこの季節いらねぇから!芝刈り機も全部草抜いちゃったから仕事ないから!分かったか!
・・・ぜーぜー、何で大晦日にこんなに労力を使わなきゃならんのだ。
洗濯機はしょんぼりしながら元の場所にもどった。それでよし!さて、さっさと仕事終わらせるぞ―!
大掃除が終了して紅白でも見ようか、と思ってテレビのある部屋に行った。既に同じような奴等がコタツに潜っていた。お邪魔する。
テレビを付ける。・・・つかない。あれ?
うにょん、と画面が歪んで妙なのが出てきた。どっかで見たオレンジ色。あぁ、おまけか、超常現象。お前も一緒に年を越そうぜ。
けたけた笑って引っ込んだ。テレビがついた。
「やれやれ、ひねくれもんだ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
余談 ロトムのテレビフォルムはまだですか。
【ラスト一匹!】
【好きにしちゃえ】
大掃除の最中に古新聞とか手紙類とかも整理していたら見覚えのある物を引っ張り出してしまった。自分のアルバムとかそんなんじゃなくて、ついこの間の写真だけど。
うわーこれは、焼却処分すべきだろうなぁ。黒歴史だ、間違いなく。思い出すのも恥ずかしい。あの時の格好が悔やまれる。
ハロウィンのシーズンあたりで菓子を寄越せとうるさいゴーストポケモン共に大量購入した怨念飴をばらまいていたらゲンガーが友達を連れてきた。
さて、どんなポケモンやらと思ったら、なんかもじもじしてないか。その、雪女、じゃないユキメノコ。照れ屋さん?へー。飴いる?どうぞ。
まぁいらっしゃい。ゆっくりしていって・・え、何?私に用事?はぁ、なんでしょう。
ゲンガーが翻訳。『コンテストに一緒に出てください』すっごい可愛らしい文字で書いてあるけども、えーと。
どゆこと?
このユキメノコ、何かのきっかけで見たポケモンコンテストに憧れがあって、どうしても出たい!・・と思い詰めているらしい。
いや、それなら普通にトレーナーを見つけて出れば良いんじゃないか、とも思ったけどそれってある種賭けだよなぁ。いや、案外コンテスト会場近くでトレーナーの近くに行けば・・まぁ、部外者があれこれ言える立場でもないか。
で、私と。まぁ、確かにゴーストホイホイ体質のおかげかこうやって通訳できるポケモンもいるし、事情も分かるもんなぁ。
しかし、その、私は自分のポケモンを持ったこともないし、バトルは愚かコンテストなんてやったことないぞ?いいの?
・・・『私も初めてだからお互い頑張ります。よろしくお願いします!』・・ですか、すっごい真っ直ぐな眼差してこっち見てるよ。あー弱ったな。私は目立つの嫌だし・・。
ほら、コンテストってテレビ放送なんだよね・・。あれだよ、後からテレビ見たよーって注目とかされるのが嫌なんだよ。
悪いけど他を当たって・・ほしいんだけど・・・なんでゲンガ―までそんな目で見るんだよ。嫌なんだからしょうがないじゃないか。こればっかりは曲げないよ。
『一生のお願いです!一度だけ、一度でいいんです!お願いします!』・・の横に『こっちからもお願い。なんならここにいるゴーストポケ達から署名を集めたっていい』と脅迫まがいのゲンガ―の意見。
そんな目で見るな。私が悪役見たいじゃないか。わかった、分かったってば!一回だけだよ!
で、とりあえず館の本棚をあさると『必勝!コンテスト攻略』なる古臭い本が見つかった。今から本屋に買いに行くのもあれだし、とりあえずこれを参考にするか。
えーと、まずはどんな技が使えるのか聞いてみる。ゲンガーが書いた紙には。
『吹雪 怪しい風 ギガインパクト 氷の飛礫』
あれ、なんか明らかに変なの混ざってないですか。ギガインパクトって・・野生で覚えるの?
・・・そんなあからさまにもじもじされても困るんですが。まぁ。いいや。深く追求しない方がよさそうだ。
本によると『第一審査をまずクリア―するために!コンボ技を決めろ!』・・あー、コンテストって一次と二次があるのか。テレビに長いこと映りたくないから一次落ちを目指せばいいわけね。
と、ゆーわけでコンボは決めない方向で。・・・そんな目をするなよ―。第一コンボって何。わからん。
コンボの前にそれぞれがどんな感じの技なのか披露してもらった。正直な感想、すげぇ寒かった。あと迫力があった。そんくらい。
プロってどうやってコンボとやらを決めてるんだ・・。本にはお手本らしきコンボ、があったが残念なことにユキメノコに応用できそうなもんは見当たらなかった。つーか、よく分からんかった。
本人にこうしたいとかそういうのがあるのかと聞いてみる。
『こ、個人的になんですが!最初に怪しい風で氷の飛礫を巻き込んだ後吹雪でこうぱあっと持って上がってギガインパクトでフィニッシュが良いです!』
じゃあ、考えるの面倒だからそれでいいや。ていうか、本人ちゃんとイメージできてんじゃん。私はお飾りだもんなぁ。うん、安心。本は燃えるゴミに出そう。
コンテスト当日。初参加なんですが、と受付で行ったらカードを作ってくれた。エントリーに間にあってとりあえずホッとする。
・・で、この衣装の数は何だ。テレビに出てくるコーディネーターって派手だよな―衣装自前かなーと思っていたらここで借りられる・・もとい、強制的に着せられるらしい。
あんな派手なドレス着たくない。が、後ろでスタッフさんが物凄い笑顔で待ち構えている。怖い、これは、ちょっと、すごい怖い。逃げたい。ユキメノコまでビビっている。
結局、着せられたのはドレスではなく軍服みたいな・・えーと、まぁよく分からん。感想を聞いてみる。『超イケメン!』byゲンガー。『すごく格好良いです』byユキメノコ。やっぱりそーゆー方面でしか褒められんのか、私の容姿は。
顔を出したくない、といって見るとマスクを手渡された。・・・これってあれだよな、なんかの有名なオペラに出てくる奴じゃねぇ?まぁ、顔バレするよりマシだし。どうせ一次だけ出てすぐ帰るし。
番号が呼ばれた。それじゃあ行きますか!
我ながらこのいで立ちにファントムマスクは痛い。痛すぎる。破り捨てようかと思ったけども、それもまたあれだよなぁ。写真をしまう。
結局の所、演技が終ったあとに結果を確認せずにさっさと荷物をまとめて帰ったのちに、新聞に『仮面のコーディネーター失踪 〜仮面の怪人の噂〜』という謎の見出しで記事を飾ってしまうのを見つけてしまい大騒動になるんだけども、また別の思い出。
「さて、仕事に戻るか」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
余談 コンテストの話はアニメ寄りです。ゲームの奴は正直難しいと思う。
【後二体!】
【好きにしちまえ】
遅いクリスマスはゲンガーお手製のクリスマスケーキをゴーストポケどもが食い散らかすという大惨事。どうやら私が帰ってくる前に片づけをすまそうとした形跡らしきものがあった。ようするにわちゃわちゃ。
仕事納めでようやくゆっくりできると思った矢先にこれか。お前ら居候の分際で何やってくれてんだこの野郎ども。
ホウエンから帰った時以上にひでぇぞ、こりゃ。
おいそこ、逃げるな。大掃除すっぞ。
年末の大掃除、というかただのクリスマスパーティの後片付けというか。要するに兼ねればいいんだ、両方。
手のある奴はハタキ持って手のない奴も雑巾絞って働く!ゴーストタイプだろう。それくらいの超常現象は起こせ。
ヌケニン達は草刈りよろしく。ヤミラミは草取り。根っこまで処理しないと意味ないんだよ。フワンテ持ってくんな遊ぶんじゃねぇ。御霊の塔はちょっとばかし崩しても問題ないから。
・・・なんだよミカルゲ。おんみょんうるさいぞ。文句いうな、お前のニックネームを『ぼんのう』にしてやるぞ。・・よし、大人しくなった。
サボる度胸がある奴は毎度お馴染み掃除機→高速脱水コースだ。さすがに身に染みてきてるな。みんな真面目でよろしい。
何でこんな時にチャイムなんか鳴るんだ。押し売りか?セールスか?こっちは大掃除で忙しいっつーの。誰か驚かして追い返して来い。・・手が離せないっぽいな。しゃあない、私が行く。
「すいません、今ちょっと立て込んでまして」
玄関を開けたら、ヨノワールがいた。
『大掃除中にお邪魔するとはとんだ失礼をしまして・・・』
さらさらっと当たり前のように紙に書かれた謝罪の言葉(ゲンガー通訳)にどうすりゃいいの分からないままにとりあえず食堂に通した。
これ御土産です、とばかりに手渡されたのは。
「・・・いかりまんじゅう・・」
出張土産です、とのメモ付き。いや、まぁ、ご苦労様です。何の出張か分かんないけど。
なんか適当に御茶受け、というと『どうぞお構いなく』(っぽいジェスチャー)。・・なんだこのよくできた人、じゃないポケは。
えーと、とりあえずどちらさんですか。うちの居候のどれかの親戚かなんかでしょーか。にしても、あのでかい手じゃ来客用の湯のみが小さすぎるな。つまむようにして飲んでるよ・・。
紙来た。相変わらずゲンガ―の字が達筆過ぎる。『親戚、というより上司に当たります』。上司・・?え、ちょ、お前らどういう事。
ここから要するにゴーストタイプって何やってんのかを説明するヨノワールさん(と、それを全部文章にするゲンガ―)。なんか、すごい必死。
でまぁ、すごいざっくり言うと。ゴーストタイプの仕事は2つで、死んだ生物の魂を霊界に持っていくのと、もう1つが企業秘密だそうで。気になるけど。
『一匹一匹にノルマがあるもんですから、あれこれ裏工作してノルマを達成しようとする輩が多くて困るんですよ』
・・それはあれか?やたらとゴーストポケモンの図鑑説明が怖いことに対する弁解か何かか?フォローになってねぇよ。そっちの都合とか余計こと怖いわ!
まー私が知ってるゴーストポケモンっつーのは掃除機に吸い込まれるガス玉、本職のくせに超ビビり、パティシエ、ポニテ、脱殻、職人、黒坊主、恨み人形、案内人、アフターケア、風船、気球、コーディネーター、後ぼんのう。・・おい、図鑑説明どこ行った。
で、この洋館はそーゆー仕事をさぼる奴のたまり場・・・おい。お前ら。今一斉に私から目をそらしたな。この二ートポケモン共ぉぉぉ!居候してる上に本来の仕事をしていないってど―ゆーことだっ!
ダメだ、働かないポケモンだらけかここは。だから上司がわざわざ来たんじゃねーの。精々怒られろよお前ら。
あ、でもすいません。うち何匹かはうちの仕事で使ってます。と、言ってみるとそこも調査済みだとか何とか。マジか。良いのか。分からん。
結局のところご用件は。
『働くように発破かけに来たのと、ご挨拶に』
年内のうちに来たかったらしい。もう新年のあいさつを兼ねてくれば良かったんじゃないか、と突っ込むと『それもそうですね』。要領が悪いのか機転が利かなかったのか。まあいいか。
年の瀬にお邪魔しました、とここまで丁寧にされちゃこっちの腰も連れられて低くなる。つくづくよくできたポケである。
いえいえお構いなく。またいつでもどうぞ。
顔をあげたらもういなかった。
と、思ったら帰ってきた。え、お願いがある?うちのマッサージを受けたい。予約取ってなら良いんじゃないんですか?あ、嬉しそうに帰っていった。
「ポケモンの世界も大変だな、こりゃ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
余談 ヨノワールって働く仕事のできる上司なイメージです。
【今日一日で行けるのか】
【お好きにどうぞ】
僕はもう行かなければならない。ここではない、どこか遠くに。
僕はまず家に寄った。きっとあの子はここに立ち寄ってくれるはずだ。
あの子には本当に悪いことをした。僕に好意を持ってくれたこと、素直に嬉しいと思っているよ。
だから、最後のダンバルは君に託そう。まだまだ輝く未来を待つ君のパートナーとして欲しい。
机に向かう隣にはエアームドが力無く鳴く。ごめんね、最後まで無理させて。僕にもう少し力があれば、こんな結果にはならなかっただろう。
全ての真実を手紙にしても、君にはちょっと信じられないことばかりだから、僕は誰にも告げずに旅立つ。
ごめんね。本当は君のことをもっと誉めたかった。君の成長を見届けたかった。君の好意を受け止めたかった。これじゃあ僕が君から逃げたみたい。
神様はいつも意地悪だ。願い事など叶えてくれない。けど一つだけは叶えてくれたようだ。
手紙を書き終えた。ペンをおいて、ダンバルのボールを置いた。きっと見てくれると信じている。
扉の開く音がする。思ったよりも早かったね。
「ダイゴさん?」
いつもと違うから戸惑っているのかな。机の上にある手紙を見つけてた。何を考えてるかなんて表情で解るよ。
「ダイゴさんに会いたいよ」
ごめんね。君の願いを聞くことはもうできないよ。僕の願いが叶ったのだから。だから僕は遠くへと行かなければならない。君にこんな無様な姿を見られたくはないんだ。
ポケモンたちが行こうと言う。君が開けた窓から潮風が入り込む。君の髪が潮風に揺れた。僕も君の髪に触れて旅立つ。
「さようなら、ハルカちゃん」
君が教えてくれたのは、人の暖かみ。こんな小さな子に教わるとは思わなかった。
君が立派なトレーナーになって、僕を打ち負かした時は、なんて早く願いが叶ったのだろうと思った。僕はとても嬉しかった。
『ルネシティで、若い男性のものと見られる遺体が発見されました。なお、死後かなり経過しており、警察では身元の確認を急いでいます』
「ざまぁねぇな」
「この先には行かせない…君たちのような無法者に、未来を摘み取る権利などない」
「口だけは達者だな。望み通りしてやるよ!」
もし、生まれ変わりがあるとしたら
君のポケモンになって、ずっと一緒にいてあげる
それで悪い奴らに絶対に負けないくらい強く、君を守ってあげるからね
ーーーーーーーーーーーーー
あまりの欝さに自分が暗くなった。
【何してもいいのよ】
朝っぱらからサンタコスムウマージに着せ替え人形にされ、それでも仕事をこなすため、仕事場について作業着に着替える。
冬だからと支給された上着もチョロネコ印の紫色。紫ってゴーストカラーじゃん。どこまでこいつらとの縁が憑きまとうのやら。
自転車に荷物を積み、ヨマワルとルートをチェック。ゴースは木枯らしに吹かれて飛んでいきかけるのをヌケニンが見送っていた。おい!
いざ出発する前になるとどうにか戻ってきたゴ―スはするりとポケットに避難。やれやれ。
209番道路はそこそこ広いのに中州が多くてついでに橋も多い。最短ルートを見つけるのにいつも苦労する。
面倒な時は河原を突っ切る。バランスは悪いが時間には変えられないっつーの。
先を飛ぶヌケニンにヨマワル。お前らは空を飛べていいよなぁちくしょう!地べたを事情なんか知らないで気楽なこった。自転車の不都合を叫んでみる。意味無し。
ポケットの中でカイロと一緒にぬくぬくしているゴ―スの野郎はこのあと私の八つ当たりを受けることなど知る由もなかった。
12月の終わりといえばあっという間に暗くなる。仕事は終わって帰りのついでに買い物すればありゃ、星が綺麗。とかいってる場合じゃない。
吐く息は白い、要するに寒い。ヌケニンは呼吸してないからそうだが、ゴ―スもヨマワルも鬼火で暖をとって・・って、それ温いの?青白いのに?あぁ、化学的に考えりゃ青い方が温度は高いのか・・・。
自転車の明かりじゃ心細いが、正直鬼火も頼りにならない。ヌケニンのフラッシュはこ―ゆー時こそ打ってつけ、と思ったのだがあれって一瞬じゃん。ってことで却下。
早く帰りて―とか思いながら209番道路に差し掛かったら、どうも妙な音がする。みょーんみょーんと機械だか鳴き声だか微妙な感じの。あれだ、除夜の鐘の予行演習か?なわけないか。
何だこれ。怨霊かなんかでも出るってか?ゴーストがいたらマジビビりコースだが、生憎ゴーストホイホイ体質のこっちには本物が3匹ばかし憑いているわけだから全然怖くない。というか、怖いの域を超えてる。
お仲間?ゴ―スは知らんといい、ヨマワルは首を振り、ヌケニンは無反応。そうか、同種族じゃねぇか。
じゃあいいや。無視。これ以上うちのゴースト人口増やすわけにもいかんし。かかわり合いになるまい。
そう思って再度気合を入れてこぎ出した。近づく謎のおんみょーんもそのうち通り過ぎるだろうと思いつつそこそこ速度も出てきて良い感じになってきた瞬間。
ぎゅわん、と音がしてなんかはねた。
え、なに、小型のポケモンでも撥ねちまった?慌てて止まる。おい、鬼火持ってこい。
見づらい青白い炎に照らされて見つけてそれは。
・・・ただの石。
何だ、石か。その割にはいやに鈍い音がしたな。おんみょーんも急に止まったし。ゴ―スがせっつく。何。え、こいつポケモン?まじで。
いや、ポケモンにしちゃ小さくねぇか。石だけ。・・・ちょっと割れてるけど。撥ねた衝撃にヒビでも入ったか。
拾ってみると何か声っぽいのが聞こえる。よくよく聞くとおんみょーん・・・ってこいつか!さっきからうるさかったのは!
うるさい腹いせに買い物袋からサランラップを出す。うにょうにょ紫色の顔っぽいのが出てきたがオール無視。ラップでぐるぐる巻きにしてやるこの野郎。
3秒後、紫のうにょうにょは出てこれなくなった。こいつ、ゴーストっぽいくせに塩化ビニルはすり抜けられんのか。ゴ―ス爆笑。ヌケニン無表情。ヨマワルだけ気の毒そうに見ていた。
よし、気が済んだ。こいつこのまま放置・・ヨマワル嫌そうだね。しょうがないなー、ヌケニン、シザークロス。
出てきたうにょうにょがポケモン語で抗議するが無視。いや、ひたすらおんみょーんを連呼されても通訳通さなかったらわかんねぇし。
とりあえず落ち着いたっぽいから、ゴ―ス通訳よろしく。
この石、じゃないこのポケモン、ミカルゲとかいうポケモンらしい。予想通りゴーストタイプ。私のゴーストホイホイ体質超万能。嬉しくねー。
で、こいつ普段はこの道路のはじっこにある御霊の塔とやらにはめ込まれているらしいが、近所の悪ガキやら野生のポケモンがぶつかって崩れて道のまん中にほおりだされて恨み事を吐いていたらしい。それがあのおんみょーんか。
いや、悪ガキはともかく野生のポケモンに崩されるってどんだけもろいんだそれ。とりあえず直してくれと懇願してくるので夜中の騒音被害を防ぐために一応現場に向かって見る。
・・・これか、三途の河のほとりで積み掛けを崩された出来そこないの石の塔みたいなの。しょうがねぇな。直す、はめる。はいおしまい。
まぁ次は崩されないように頑張れ、適当に声をかけて家に帰った。その日は。
しばらくしてまた通りかかった時にヨマワルが気にするようなそぶりを見せたので様子を見に行った。
案の定ぶち壊れていた。あー、まぁ、うん、ミカルゲはどこだ。
その辺の落ちていた。・・・紫のうにょうにょが無いから寝てんのか?
川につけてみる。冷たさで今年最大のおんみょ―んを聞いた。うるせぇ。
そしてまた壊されているのを見てショックを受けていた。
御霊の塔の場所が悪いんじゃないかって気がする。引っ越しを進めてみた。
数時間後、うちの庭に御霊の塔ができていた。
「いや、そーゆーことじゃなくて」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
余談 とゆーわけでミカルゲの出現場所はもりのようかんです。
【年末年始で間に合うのか】
【何してもいいのよ】
1:大人
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「お母さん」
六つの声がこだまする。大きな椰子の周りを跳ねるそれらは、口々に質問を投げかける。
「僕達はさ」
「僕達ってさ」
「僕らはさ」
「僕達ってね」
「僕らはね」
「大きくなったらどうなっちゃうの?」
ぴたりと止まってじいっと見上げる。六対の視線にさらされた大木は、質問の意味を正確に読み取った。
「大丈夫、表に出てる顔は三つだけだけど、残りの三つもちゃあんといるよ。体は一つ、でも心は六つで一つ。それは大きくなっても変わらないよ」
それを聞いて安心したのか、六つの玉はきゃあきゃあと転がり跳ねる。
「そっかぁ」
「そうなんだあ」
「そうなんだね」
「それはいいねぇ」
「それでいいねえ」
「ああ良かった。僕達は皆揃って“僕”のままなんだね」
満足そうに揺れる六つの玉達。ゆさゆさ歩く椰子の後ろで、今日も仲良く飛び跳ねている。
2:ひび割れ
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「お母さん」
六つの声が呼びかける。大きな椰子を囲む彼らは、慌てたように転がり回る。
「僕達の体のね」
「僕らの体にね」
「僕達の顔もね」
「僕らの顔もだよ」
「僕らの顔と体にね」
「少しずつひびが入ってるんだ。どうしよう、僕達割れちゃうの?」
心配そうにじいっと見上げる。不安な眼差しを受けた大椰子は、からから笑ってこう言った。
「気にしなさんな、坊や達。それは成長の証さ、ひびが増えるほど進化の時が近づいてるんだよ。『割れる』のはおめでたい事さね」
それを聞いて嬉しくなったか、六つの玉は喜び勇んで跳ね回る。
「良かったー」
「良かったよー」
「良かったよねぇ」
「良かったねえ」
「良かったなー」
「ああ、ほっとした。僕達、ひびが入るのが楽しみになってきたよ」
幸せそうに揺れる六つの玉達。のしのし歩く椰子の後ろで、今日も元気に飛び跳ねている。
3:金の……
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「ねえ」
「お母さん」
六つの声が母を呼ぶ。大きな椰子はそれに答えて、頭を揺らして屈みこむ。三つの顔が一斉に、どうしたんだい、と問いかける。
「あのね、さっきね」
「うん、ついさっき」
「今よりちょっとだけ前にね」
「そう、ちょっと前ね」
「あのね、えっとね」
「出会ったニンゲンに『君達が色違いだったら、おじさんの“きんのたま”にしてあげるんだけどねぇ』って言われたんだけど、どういう意味なの?」
無垢な瞳でじいっと見つめる。答えに窮した大木は、しどろもどろでこう言った。
「まあ、あれだよ、ほら……大人になったら分かるよ、きっと。お前達にはあんまり関係ない話なんだけどねえ……」
それを聞いてがっかりしたのか、六つの玉は不満そうに転がり跳ねる。
「つまんないの」
「つまらないね」
「つまらないよねぇ」
「つまらないよぅ」
「つまんないよね」
「なんだ、僕達には関係ないのかぁ。でも大人になったら分かるんだね。楽しみだなあ」
期待に揺れる六つの玉達。もそもそ歩く椰子の後ろで、今日も無邪気に飛び跳ねている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
犯行の動機;「書いてみた」が上手く進まずに苛立ち、ついカッとなって書いた。後悔はしている。……ほんのちょっぴりだけ(
初代赤時代で遭遇したとき、グラフィックに震え上がったのがタマタマとナッシーでした。ゲンガーといい彼らといい、どうも体にいきなり顔が付いているタイプが苦手だった模様。
1:ドードーやディグダみたいに増えるならともかく、進化後に減るってどういうこと? と思って書いた小話でした。きっと中の人ならぬ中の玉になるにちがいない、と。
2:ひび割れの件は図鑑説明より。しかし一個、中身が見えるほど割れちゃってるのはホントに大丈夫なのか……。
3:例のおじさんの手持ちには、きっと色違いタマタマがいるに違いないという妙な確信がありまして(以下略)
これは一体誰得? もちろん俺得。と妙な満足をしたところで作業に戻ることにします。読了いただきありがとうございました!
【何をしてもいいのよ】
両方読んだけどこっちのほうが好きだわw
まぁ雑誌に載せるなら、雑誌掲載になってたほうであるということには同意する(笑
※多少残酷・グロテスクな表現が含まれています。苦手な方はバックプリーズ
「お前の願いを言え。どんな願いも叶えてやる。お前が払う代償は一つだけ――」
絶世の美女、と言ってもオーバーな気がしなかった。長くて美しいプラチナ色の髪。時折フードの隙間から見え隠れする瞳は、果てしなく深い灰色。まるで吸い込まれていくようだ。
裾の長いドレスを着、長い脚を器用に組んで椅子に座っている。写真の一枚でも撮りたいくらいだ。
「どうした?あまりにも美しいから、見惚れてしまったか?……心配しなくても、私は逃げやしないさ」
薄いルージュを引いた唇から、声が漏れる。隣に立っている狐が、苦い顔をした。目の前に座った女は、ハッと我に帰って目の前の美女から目を逸らす。
人を魅了する何か。『力』と言ってもいい。時代に名を残してきた人物は皆、それに魅入られていたのかもしれない。何に使うかは各々の勝手だが、独裁者として名を馳せた者も多いようだ。
そしておそらくは、この美女も――
彼女……名前は明かさないでおこう。一ヶ月前まで一児の母親であった。夫はいない。所謂シングルマザーである。子供が出来てからその男に逃げられ、一人で育ててきた。
だが一ヶ月前に子供が失踪した。まだ六歳の子供が。警察に通報したが、見つからなかった。最悪の事例―― 殺されたかもしれないということも考えて捜査してくれたが、未だに遺体の類も見つかっていない。もしそれが本当にあったとしたら、一刻も早く見つけて欲しい。
女は疲れきった顔をしていた。目の下の肉が落ち、頬はたるんでいる。まだ若いようだが、表情のせいで十歳は年を取っているように見える。流した涙のせいで頬が赤い。
髪は染めているらしい。明るい茶髪。染める薬のせいで少々毛先が痛んでいる――というのが、美女の隣で立っている狐の観察した結果だった。
彼女は悩み、苦しみ、喘ぎ、そしてここに導かれた。
隣の女…… マダム・トワイライトが主人をつとめる店、『黄昏堂』に。
黄昏堂。知る人ぞ知る店。主に曰くつきの商品を扱い、表沙汰に出来ないような物ばかりが並ぶ。ただし普通の『非合法』『闇オークション』『裏ショップ』と呼ばれている店とは、少々……かなり違う。それを証明できる理由は主に二つあり、
一つは、たとえ『非合法』だとしても、『闇オークション』だとしても、『裏ショップ』だとしても決してそれらに扱うことの出来ない品が商品になっているということ。
二つは、もしもそれらの店がその品を扱ってしまった場合、下手すれば命に関わる大事になるということ。
これら二つが主な理由だが―― 論外として外されている理由が、もう一つ。
三つ目。
本当に必要としている者の前にしか、その店は姿を表さない。
そしてその表す時間帯は、必ず黄昏時…… 夕日が沈みかける時間だということ、だ。
「つまり、アンタはその息子が生きているのか死んでいるのかを知りたいわけだ」
『くたばっている』と言わなかったあたり、マダムも少しは人間の心理という物を理解してきたように感じる。店を出した頃は全く相手の心情を理解せずにとんでもないことを口にし、服の襟を掴まれたこともあった。まあそのようなややこしい物を持たないマダムにとっては、人間の心情など厄介なことこの上ないのだろうが。
「ええ…… なんとかなりませんか」
消え入るような声だ。ずっと下を向いたままで、マダムの顔を見ようとしない。それに…… 気のせいだろうか。妙な感じがする。言葉では言い表せない、変な何か。
「解決してやってもいいが、その前に私からも一つだけ」
「え?」
いつものようにパズルを出すのかと思ったが、どうやら違うらしい。煙を吐き出し、口元を引き締める。
「アンタの旦那がいなくなったのは、何年前だ」
突拍子もない質問だった。女も目を丸くしている。マダムが白けた顔をした。
「質問の内容が分からなかったか。アンタの」
「どうしてそんなことを聞くの!?……アイツのことなんて、関係ないじゃない」
「答えなければ、息子の体の行方は永遠に分からないままだぞ」
こちらは切り札を握っているんだ、というような口調。その通りなのだが。女はなにやらブツブツ言っていたが、諦めたように口を開いた。
「五年前よ。急にいなくなったの。あの子が出来たと知らせた後だったから、逃げたのね」
「……」
「これでいいでしょ。あの子は今何処にいるの?」
マダムが隣の狐に目配せした。狐が一回転する。あっという間にそれは台付きの電話になった。さきほどの狐と同じ色合いの電話。かなり古いタイプだ。昭和の庶民が使っていたような黒電話を思い出させる。
「これは」
「黄昏堂の必需品。心と心を繋ぐ電話だ。会いたい人間を強く思えば、その人間にかかる。
……さあ、かけてみろ」
マダムが言い終わる前に、女は受話器を手に取った。震える手で耳に持っていき、息子の顔を思い浮かべる。コール音が耳の奥で鳴り響く。
コールコール キルキルキル
コールコール キルキルキル
コールコール キルキルキル
ガチャ
『……はい』
酷いノイズの中、聞きなれた幼い声が女の耳に届いた。女が歓喜の声を上げた。
「ああ!良かった、無事だったのね。今何処にいるの?すぐ迎えに行くから、そこで待ってて」
『これないよ』
落ち着いた声が、耳を貫いた。
『おかあさんは、これない。ぼくのいるところには』
「何を言っているの?だってこうして電話できているじゃない」
『ううん。これはこころをつなぐだけ。それはあいてのからだがなくても、はなすことができる』
「え……」
『ぼくはもう、いないんだよ』
マダムの吐き出す煙が、女の顔の周りに纏わりつく。電話は既に狐に戻っている。女は顔に煙がかかっても何も言わない。この世の者とは思えない表情で拳を握り締めている。
「騙した、のね」
「私は『心と心を繋ぐ』と言っただけで、『死者とは繋がらない』とは言っていない。良かったじゃないか。愛する息子の居場所が分かって」
「良くないわよ!死んだことは認めるけども、遺体の場所までは分からなかったじゃない!」
鬼の形相だ、と狐は思った。これは夢に出るだろうな、とも思った。だがマダムは表情一つ変えない。まるで相手がそこに存在していないかのように。
「教えなさい。あの子の遺体は何処なの?これは代償なしでも教えられるはずでしょ!」
「……」
「教えなさい!」
マダムがフードを外した。女が後ずさる。女の手を取り、相手の腹に当てた。
「ここ、だろう?」
「精神疾患・記憶障害、カニバリズム……
あの女はそれだったのか?」
「簡単に言えば、そうなるな」
マダムが紅茶を啜った。オレンジ・ペコ。味より香りを楽しむためのお茶だ。しかし、と狐――ゾロアークはげんなりする。この場でわざわざ飲むこともないだろうに。
先ほどマダムに掴みかかった女は、既にその報いを受けていた。その証拠に、高級そうな絨毯に点々と赤い染みが付着している。
「とてつもないストレスが原因だろう。夫が出て行ったというのも」
「喰ったのか」
「おそらくは」
マダムが左手を出した。その行動の意味が分からないゾロアークは一瞬首を傾げる。
「時の糸と、鋼の針を」
「……もう解れてきたのか。最後にやってから三十年しか経っていないぞ」
「そろそろ限界に近いらしいな。この身体も」
そう言って、マダムは何事もなかったかのように紅茶を啜った。
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