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  [No.3370] Saiko's storY(かきだし) 投稿者:   《URL》   投稿日:2014/09/10(Wed) 22:33:52   111clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:ひとつぶよろずばい】 【ポケモンYベース


 <過去・1>

 一メートルぽっちの体高のポケモンが、五十メートルはある灰色の壁に見えた。
 一瞬は飴細工のようにぐにょんと伸びて、けれど求める形に縮まないような、そんな予感が延々としていた。
 自分を包んだ腕は、母のものだった。
 伸び切った一瞬が、プツンと切れて。
 そして、腕の中のヤヤコマが、飛び立った。


 <ミアレシティ、カフェ・ソレイユにて>

 暗緑色のタブレットの大きな盤面に、ボタリ、ボタリと滴が落ちた。
 細い足の白いテーブルの端っこに、コーヒーがそっと入り込んだ。
 ミアレっこの足音は、近づいては遠ざかる。
 サイコは――この前アサメタウンを旅立って、今はミアレシティのカフェ・ソレイユのテラス席に座っているこの少女は、レポートを目の前にして、そのレポートに文字は一つも書かれないまま、泣いていた。パートナーのフォッコが不安げに彼女を見上げる。それにも構わずに。
 白いテーブルの端っこに、二杯目のコーヒーが入り込んだ。
「相席、よろしいかしら?」
 その声に、やっとサイコは顔を上げる。そこにいたのは、今さっき別れたばかりの、カルネその人であった。カロス地方で知らない者はいない大女優を目の前に、その人に二度も話しかけられた奇跡に、……サイコは自分の顔がぐしゃぐしゃであることに気づいて、伏せてしまった。
「無理に顔を上げなくていいわよ」
 びくついたサイコの肩にかけられる言葉は、まさしくサイコの心象を見透かしたもの。そんな見透かせる程度の心根が卑しくて、またその程度の心根で、カロス地方の誇る大女優に気を遣わせてしまったことが情けなくて、サイコはまた泣きそうになった。ただ堪えたのだ。泣くのもみっともなかったから。
 カルネの大きな目が、強い力でもってサイコを見ていた。それは顔を上げなくとも、何故か分かった。広い帽子の鍔に半ば目隠しされているのに。人の目の持つ力は、フィジカルに規定される五感を時折飛び越える。そしてサイコの目にそんな力はなかった。そのことは、サイコ自身でよく分かっていた。
「あなたのことが、気になっちゃって」
 カルネは視線をサイコに注いでいた。それはサイコの心胆を暴いてやろうとかそういうものでなく、カルネがサイコのことに注意を払っているというそれ以上の意味がなくて、なんで人にこんな感覚を味あわせるんだろうこの人は、とサイコは羨望をもってその視線を浴びていた。
 二つのコーヒーカップの内の片方が、中身にさざ波を立てる。真っ白の角砂糖は黒いコーヒーの中に消えた。
「さっき、カルムくんに追い越されてね。彼、機嫌が悪いみたいだったから、何かあったのかと思って」
 カルネの視線は変わらずサイコに注がれていた。目の力が、サイコの心をつつき回した。これにはサイコも、自分の固く閉じた心の殻が緩むのを感じて、くすぐったくなった。それでも数年がかりで“殻にこもる”を積み上げてきた防御は、簡単に陥落しない。でも、だ。サイコの意志に反して、それとも意思に従って、サイコの幼い唇は、緩んだ殻の隙間から、ポツリポツリと言葉を零し始めたのだ。
「カルムくんと、喧嘩、したんです。喧嘩っていうか、わたしが、悪くて。
 あの後、カルムくんと、このカフェで、ちょっと喋ったんです。その、大体、主に、カルムくんが。その、……研究所で、わたしのバトルを見て、……だから、その。カルムくんが、わたしのバトルを見て、それでわたしが強そうだから、競争しようって。どっちが強くなるの早いか、競争しようって言ったんです。でもわたし全然強くなくて。だから、その、競争も苦手だし、やめとくってわたし言ったんです。それで、カルムくん、怒っちゃって」
 降り始めには弱くとも、数滴の後に強まる夕立のように、サイコの言葉はだんだん流暢に、話すにつれてつっかえもなくなっていった。それから堰もなくなった感じで、サイコは立て続けに話した。
「レポートを書きなさいって言われて。あ、プラターヌ博士の研究所で、わたし、プラターヌ博士からポケモンを貰ったから、だから、プラターヌ博士に旅の経過が分かるように、レポートを書きなさいって言われたんです。でも、さっきのことも書かなくちゃいけないって思ったら」
 そこで言葉は消えた。サイコはきょとんとした。逆さまにしたコップから水が落ちてなくなるように、言葉は出てこなくなった。サイコは空っぽになったコップを確かめるように、白いテーブルの上を、二度、三度見た。空になっていたのはカルネのコーヒーカップだけだった。
「そう」
 とカルネは微笑んでから、ちょっと見せて、と言ってサイコの前の暗緑色のタブレットに手を伸ばした。へえ、これがレポートになるんだ、と驚いてから、私の頃は手書きだったのよとおどけてみせて、裏表のないその語りに、サイコはどうしてこの人はこんな気持ちに人をさせるんだろうと、そんなことを主に考えていた。
「はい」
 暗緑色のタブレットをサイコに返してから、カルネは言った。
「レポートって、気負わなくていいのよ。自分の好きなこと、書きたいことから書き進めれば。
 今は思い出したくないこと、嫌なことでも、後から、『意味があったな』って思って、書き加える時が来るかもしれない。それでいいのよ。台本だって、時系列のばかりじゃないんだから」
 最後のは、自分の為に付け足してくれた言葉だと、サイコは察した。カルネの言葉だけではあやふやに感じていたサイコに、カルネは自分の職業と紐付けて、納得できるだけの言葉にしてくれたのだ。その厚意を手落としたくなくて、サイコは「ありがとう」と呟く。
 本当は、「ありがとうございます」って、丁寧に言いたかったのだ。でも、サイコの口から出てきたのは、かすれかすれの「ありがとう」たったそれだけで、でもカルネは分かってくれるだろうという甘えがあった。
「いいのよ。こちらこそ、素敵な時間をありがとう」
 その言葉に耳を疑ってサイコが顔を上げた時には、もうその人はいなくなっていて。チェックと一緒に伏せて置かれたコーヒー代と、千円のチップが、もう夕暮れ時のミアレシティの風に揺れていた。
 サイコの頭の中で天秤が、さっきのは夢……現実……夢……というように手を振り振り落ち着かない様子をしていたけれど、やがてその秤は現実の方に傾いて、サイコははっとしてレポート用紙代わりのタブレットを見た。そして足元のフォッコを見て。
「書きたい時なら、君と会えた時だよねえ」
 のんびりした口調でそう言って、付属のチョークに似たペンをタブレットの上に走らせ始めた。
 サイコが無意識に落としたコーヒー受けを、フォッコががりがりと齧っている。
『わたしがフォッコと出会った時の話を書きます。
 わたしはフォッコと出会う前に、サナちゃんと、ティエルノくんと、トロバくんと、それからカルムくんに出会いました。
 カントー地方から引っ越してきて急だな、と思ったけれど、でも、となり町のメイスイタウンに行って、そこで、ポケモンを貰いました。服は、お母さんが選んだ、黒と赤のワンピースを着ていきました。あまり似合わないなと思いましたけれども、自分で選ぶのもセンスがないので。
 その時、ティエルノくんとトロバくんはもうポケモンを貰っていたので、わたしと、サナちゃんと、カルムくんの三人が、三匹のポケモンを貰うことになったのですが、その時に、ちょっと困ったことがありました。サナちゃんとカルムくんとわたしで、ポケモンを選ぶ順番のことだったのですが、サナちゃんとカルムくんは、わたしはカロス地方に来たばっかりなので、わたしが一番にポケモンを選ぶといい、と言って順番を譲ってくれました。でもわたしは、この地方に来たばっかりで、思い入れのあるポケモンとかもいないし、だから後でいいよ、と言ったのです。それでしばらく、誰が最初にポケモンを選ぶか、譲り合い? みたいになったのですが、結局わたしが選ばないので、カルムくんがハリマロンを選んで、サナちゃんがケロマツを選んで、わたしはフォッコを選びました。
 だから、自分で選んだわけではないのですが、でも、わたしはフォッコでよかった、と思っています。
 フォッコのボールを受け取って、カルムくんはすぐ、バトルしよう、と言いました。わたしはそれを断って、みんなから離れて、フォッコをボールから出しました。さっき、ポケモンを受け取った場所の近くでは、カルムくんのハリマロンと、サナちゃんのケロマツが、バトルをしているようでした。
 わたしはフォッコに、「ちょっと動かないでね」と頼みました。フォッコはわたしの言うことを聞いてくれて、石畳の上で、ぴったりと伏せました。わたしはしゃがんで、しゃがみ歩きでフォッコに一歩近づき、息を吸い込んで、それからまたしゃがみ歩きで一歩近づきました。フォッコに近づくと、温度が上がったような気がしました。フォッコは不思議そうな顔をしていたみたいでしたが、わたしが動かないでねと言ったのをよく聞いてくれて、石像みたいに動かないでいました。そうやって十分に近づいた後、フォッコはじっと動かず待ってくれていまして、わたしはフォッコの耳の後ろを、嫌がらなさそうなところだと判断して、触りました。それで、自分の金縛りが解けたみたいに、気が軽くなりました。
「よろしくね、フォッコ」そう言って、フォッコを抱き上げました。
 いつの間にかトロバくんが隣にいました。「フォッコと仲良くなれたんですね」とトロバくんが言いました。わたしは、みんなから離れていたのに、それでもトロバくんが話しかけてくれて、嬉しくなりました。トロバくんはフォッコは炎タイプだとか、小枝が好きでおやつにするといいとか、色々教えてくれました。それから、そういうことはポケモン図鑑で調べてみるといい、ということも教えてくれました。それから、フォッコに名前はつけないんですか? と聞かれました。ポケモンの名前のことまでは考えてなかったし、急に言われてもいい名前が思いつかないし、それでわたしが困った顔をしたのだと思います。トロバくんと、それからティエルノくんと、バトルを終えたサナちゃんもやってきて、みんなでフォッコの名前を考えてくれました。それで、太陽みたい、という意味の、サニーになりました。
 それから、サナちゃんが、わたしの呼び名を決めよう、と言いました。サナちゃんは、サイぴょんなんてどうかな、と提案しましたが、わたしがさっちゃんがいい、と言ったので、さっちゃんになりました。今レポートを書いていて思ったのですが、さっちゃんという呼び名は、サナちゃんと似て聞こえるのではないでしょうか。それでも、さっちゃんで決定、と言ってくれたみんなには、感謝の気持ちでいっぱいです。』
 サイコのペンは動き続ける。ハクダンの森を越え、一番目のジムで勝利を収め、ミアレシティに辿り着く。そこで迷いながら、プラターヌ博士の研究所まで行ったこと。そこでちょっと困ったことがあって、カフェ・ソレイユでもまた困って、そこでカルネさんに出会って、勇気づけられたこと。カルネさんが、レポートは書きたいことから書けばいいよ、と言われたから、レポートを書き出せたこと。全部束ねて連ねる間に、コーヒーがそっと、温かいものに差し替えられた。


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