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  [No.3422] パラレル・オブ・ザ・レディ(短編集2) 投稿者:WK   投稿日:2014/09/29(Mon) 20:56:16   92clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:色々詰め合わせ】 【あんさん、ほんまもんの外道ですわ

 ※ちょっとアレな表現あります














 枯れ行く命よ 儚く強くあれ 無慈悲で優しい 時のように

 この屋敷内に、『人の形をしたモノ』は数あれど、『人そのもの』は、一つしかない。
「用心棒なんて、雇う意味あるのかしら」
 ルージュは内心、そう思っていた。口に出して呟くことはしなかった。そんなことをしたら、ネロのことだ。何処かでこっそり聞いていて、マダムに告げ口する……なんてこともあるかもしれない。
 そうなれば、明日のディナーの材料が自分になることなんて、分かり切っていることだ。別段、自分の肉体がマダムの血となり骨となり、生きる糧となるならば、ルージュは喜んで自分の首をナイフで切り裂くだろう。ご丁寧に、ネロに血抜きのやり方のメモまで遺して。
 しかし、その体がマダムだけではなく、ネロや黄昏の子供達にまで行き渡るというのなら、話は別だった。
 自分の肉体は、マダム・トワイライトのためだけに存在する。死ぬ時は、彼女に喰われて死にたい。
 常日頃から、そう思っていた。それくらい、ルージュのマダムに対する忠誠心は厚いものだった。
 それでも、今回の用心棒雇用には、些か疑問を抱いた。
 この広い屋敷に使用人と呼べる者は、二人しかいない。ルージュとネロだった。ルージュは料理長で、ネロは料理以外の全ての雑事を賄っている。時折黄昏の子供達にも手伝わせるが、彼らは加減を知らない。
 ガラスを割ったり、箒を折ったり、壁紙を破いてしまったり。挙句の果てに、マダムのコレクションが詰まった部屋のドアを半壊させたこともある。
 その時ばかりは、流石のマダムも怒りに怒った。ルージュ達が止めたが、あともう少しで屋敷が全壊するところだった。
 その一件でルージュは左足を失い、ネロは右手を失った。後にマダム自ら義足を造らせたので、全く支障はないが。
 さて、それから考えたのかは分からないが、マダムが新しく使用人を入れると言ってきた。使用人と言っても、美しいものではない。
 用心棒――金で動く人間だった。
 この黄昏屋敷に、何か敵意を持って侵入した人間は、その日のうちにディナーのメインディッシュとして出されることになる。どんな武器を持っていようが、ルージュとネロ、そして黄昏の子供達の前では無意味だ。
 それはマダム自身もよく知っているはずだ。
 それなのに。
「マダムは私達の力にご不満なのかしら」
「それは違いますよ」
 ビクッとして振り向く。ネロが立っていた。いつもの燕尾服に、モノクル。髪はしばらく放置されて酸化した血の色。
 何時の間に……。
「レディーの背後に音もなく立つなんて、なってないんじゃない?」
「申し訳ございません。 マダムのご命令通りに動いていると、どうしても癖が出てしまうのです」
「……まあいいわ。 それより、アンタ今回のマダムのお考え、真意のほどは理解しているの?」
「ええ」
 何の躊躇いもなく返って来た答えに、ルージュは多少面食らった。が、すぐに態勢を立て直し、いつもの口調で話しかける。
「そうなの。 じゃあどうして用心棒を雇ったのか、アタシに教えてくれるかしら」
「それはいけません」
「……何ですって?」
「マダムから言うなと、固く口止めされております故」
 マダムの命令とあれば、何も言えない。いや、もしかしてこいつ、それを知った上でマダムの名前を出したんじゃ……。
 疑惑の念に駆られるルージュとは裏腹に、ネロは涼しい顔をしている。
 ふと、二人の耳が同時に動いた。
 本邸をぐるりと取り囲む、約一キロの門。バラの蔓が絡みつき、シーズンになれば見る者全てを感嘆させる『薔薇の門』となる場所。
 その入口に、誰か来たようだ。
「……知らない気配ね」
「いらっしゃったようですね」
「は?」
「用心棒ですよ。 マダム直々のご命令で、そのまま本邸まで通せとのことです」
「……本気?」
「ええ、もちろん」
 ルージュは肩を竦めたが、おもむろに肉切り包丁を取り出すと、テーブルの上で研ぎ始めた。
「その用心棒って、男なの? 女なの?」
「女性だと聞いております」
「……そうなの。 じゃあ、早いところ回収しないと、彼らに食べられちゃうわね。
――彼らは、柔らかい肉が大好きだから」
 コンロの火にかけられた鍋の中で、ブイヨンがくつくつと煮えていた。

一方、いくらインターホンを押しても誰も出てこないことに痺れを切らした用心棒は、門を飛び越えて庭の中に入っていた。
天気は昨日降った雨の影響で、未だに曇り、霧まで出ている。クトゥルフ神話では、霧の中から化け物が出て来て人を食う、という伝説があるという。
庭はとても広かった。草木は美しく手入れされ、今の時期は桜が冷たい風に散らされて花びらの道が出来ている。
柔らかく冷たい花びらの道を、裸足で歩く。時折花びらが引っ付いて来るが、気にしない。
少し肌寒さを感じ、彼女は息を吐いた。流石に白には染まらないが、それはゆっくり上空へと上って行く。
 不意に。
 霧の中で蠢く影があった。
 一つではなかった。二つ、三つ……。いや、それ以上が、ぐるりと彼女の周りを囲んでいる。
(匂う、匂うぞ)
(生娘の匂いだ)
「……!」
 霧に紛れて、赤い目が幾つも浮かび上がる。普通の人間ならば、ここで悲鳴を上げるか、尻もちでもついていただろう。
 しかし、彼女は悲鳴も上げなければ、尻もちもつかない。その二本の足は、しっかりと地面を踏みしめている。
 いつの間にか、彼女の周りには身の毛もよだつような怪物達が集まっていた。皮膚がぼこぼこに変化しているもの、よく分からない液体を口から垂れ流しているもの、目が全身にあるもの……。
(久々に柔らかい肉が食えるぞ)
(俺は足だ)
(俺は首だ)
 彼女が腰に付けていた日本刀を抜いた。

「行くぞ」

 テラスには、既に大理石のテーブルとイス、そしてクッションが用意されていた。足元には電気ストーブまで設置されている。
 一人の少女が、テラス席にやって来た。十二、三くらいだろうか。ふわふわの金髪に、シンプルだが上質な素材を使ったワンピース。
 何処からともなくネロが現れ、彼女に椅子をすすめた。
 そのままボスンと座ると同時に、アフタヌーンティーの用意が目の前のテーブルに置かれる。
 紅茶とケーキ、スコーンにプチフール。マカロンにドラジェ。
 色とりどりのケーキを、彼女は品定めするように選んでいく。
「あの用心棒は、どうなっているかしら」
 幼さが残る声。聞く者全てを服従させる、魔性の声。
 ネロは静かに答える。
「十分ほど前に、門を飛び越えたのを確認しました」
「そう」
「……ここまで辿りつけるでしょうか」
「そうじゃないと、面白味がないわ」
 ドン、という音がした。続いて、土煙が上がる。ネロがテラスから身を乗り出し、下を見る。
 玄関の支柱の片方に、何かが叩きつけられたようだ。それも、ものすごい力で。
「……」
 やがて、土煙が晴れた。そこにいたのは、あの異形の物達だった。
「これは……」

「随分派手なお出迎えだ」

 ネロが振り返った。
 少女が座っている席の向かい側。もう一つ、椅子がある。
 そこに一人の女が座っていた。
 髪はプラチナブロンド。上はバッサリと切り上げ、下だけ長く伸ばし、編み込みにしている。
 服はおよそこの場に似つかわしくない、Yシャツと黒いスキニーパンツ。
 しかし、その服が全く気にならないくらい、彼女は美しかった。
「一体どこからお入りに……?」
「上から」
 当然、という口調で返す彼女に、ネロは何も言えなかった。反対に、少女が口を開く。
「それでこそ、うちの用心棒に相応しいわ」
「あれは、アンタのペットか」
「まあね。 可愛いでしょう?」
「全滅させたよ」
 三人の間を、冷たい風が吹き抜けていく。
「……よく倒せたわね」
「図体がでかいだけで、頭は空っぽだったからな」
 少女が立ちあがった。身長百五十センチ近くしかない彼女と、百六十以上ある彼女。
 自然と、見上げる形になる。
「貴方、名前は?」
「……レディ・ファントム。 周りは皆そう呼ぶ」
「じゃあそれでいいわ。 レディ、貴女はたった今から、うちの用心棒よ。 もちろん、報酬は好きなだけ出すわ。 ただし、変なことしたらディナーのメインディッシュになるからね」
「どうぞご勝手に。 私の肉なんて、食べても不味いと思うけど」
 それだけ言うと、レディは再び屋根へ飛び移ってしまった。
「……むかつくわ」
 少女――マダム・トワイライトが顔を顰めた。


 
 骨の髄まで 染まってもまだ それだけじゃ 物足りないの

 斬り合え、骨の髄まで――

 レディ・ファントムには師匠がいた。もう何年も昔のことだ。
 様々な組織を転々とし、あらゆる仕事をして金を手に入れて来たレディ。用心棒はもちろん、情人にもなったし、敵対する組織を壊滅させたことがある。
 その評判が裏に響き渡り、一つの組織に留まるのはごくわずかになった。良い条件を提示されれば、たとえ別の組織の用心棒をしていたとしても、簡単に裏切った。
 若さ故の無鉄砲さ。十代の小娘のすることだ。今考えると、よく死ななかったなと若干驚く。
 そんな時だ。
 レディの腕を聞きつけ、手合せしたいという男が現れた。
 今までも、組織の命令で腕に自信のある者と闘って来た。負けた者は、使える部分だけを取り除いて、捨てられる。
 もちろん、レディは一度も負けたことがなかった。誰もがレディが負ける所を見たがっていたようだが、その悪趣味な願いは一度も叶わなかった。
 その時、レディは珍しく何処にも属していない、フリーの状態だった。そこを狙ってきたのか、男は水浴をしている彼女の元へ現れ、勝負をしたいと告げた。
 下半身は水に隠れていたとはいえ、上半身は何も付けていなかった。普通の男ならば、その美しさに我を忘れて飛びかかろうとしただろう。そして、物言わぬ骸にされていたに違いない。
 だが、男はただ、手合せすることだけを望んでいるようだった。その他のことには一切興味がないように見えた。
「……私の評判を聞いたのか」
「“とてつもなく強い”というだけだな」
「ま、いいけどね。 ……アンタ、名前は?」
 男は答えなかった。面倒な挑戦者が来たな……と、レディは肩を竦めた。

 当時、レディはまだ十代後半だった。だが、どんな相手にも負けたことがなかった。
 年下、同い年、年上――。それらを容赦なく倒してきた。
 その男は、外見は三十代後半に見えた。ぼさぼさの髪に、髭面。それなりに整った顔立ちをしているが、大分薄汚れた格好をしている。
 レディは、その男に今までの挑戦者にはない物を感じていた。違和感、といえばいいだろうか。
 決闘は、誰の邪魔も入らない荒地で行うことになった。茶色い岩肌がむき出しになった、植物が一切生えていない場所。
 相手が持っていた日本刀を、鞘から抜いた。
 瞬間。

 レディは、今まで感じたことがないくらいの恐怖を抱いた。
 
 “命を懸けて戦った”ことは、今までない。それをするほど、相手が強くなかったからだ。
 大抵の相手は、目を瞑ってでも勝てた。
 だが、この男は――。
「どうした」
 男の声が聞こえた。レディを嘲笑しているようにも見えた。普段なら怒り狂っているところだが、この時はそんな余裕はなかった。
 相手から醸し出される、圧倒的な恐怖。
 幻か、催眠術の類か。
 足元に、大量の白骨が散らばっているように見える。
 だが、そこで一つの疑問が生じた。これだけ人を斬っているのなら、自分の耳にもその噂が届いているはずだ。
 自分の知る限り、そんな人斬りの話は聞いたことがない。
 ――まさか。
「怖気づいたか」
「……いや」
 一度はその恐怖に圧倒されかけたが、流石に場数を踏んでいない。レディはすぐに態勢を立て直した。
「随分と……恨まれているみたいだと思って」
「俺の腕に見合う奴がいなかっただけの話だ。 ……身の上話を語る状況でもないだろう。さっさと始めようじゃないか」
 この時、レディは確信していた。
 この斬り合いは、今までで一番壮絶な物になるだろう、と……。

 予感は当たった。
 その日、レディは生まれて初めて敗北した。
 経験値、剣技、体力。そして機転。
 全てにおいて、男の方が圧倒的だった。
 血にまみれ、息も絶え絶えになったレディに、男は言った。
「お前でもなかったか……」
「……」
 声を出す気力もなく、レディは自分の死を悟った。自分は、この男によって息の根を止められるのだと。
 今までの人生を振り返る。生きて来た時間は、長いとはいえないだろう。だが、あらゆる意味で濃い人生だった。
 何人もの命を断ち、裏切ってきた。
 それが当たり前になっていた。命を懸けて斬り合うことなど、なかった。そんな意味のある斬り合いなんて、なかった。
 ……自分は、ここで死ぬのだろう。

「……光が、消えないな」

 男の声がした。
 レディは気付かなかったが、死の間際の彼女の目には、未だに光が消えていなかった。その瞳は濁ることなく、むしろぎらぎらと光っている。
 生に執着するように。まだ死ねないと訴えるように。
「……お前は、亡霊の類を信じるか」
 男が話し始めた。満身創痍のレディは、聞き取る余裕もない。息荒く、男の顔を見つめている。
「亡霊というのは諸説あるが、死んだ人間の未練が形を成した物だそうだ。 死してなお、満たされない欲望が、人をこの世に留まらせるらしい」
 ごほっ、という音がして赤い飛沫が散った。
「いくら斬っても満たされぬ、この乾き……」
 だんだん意識が薄れていく。逆光で真っ黒な男の顔が、どんな表情をしていたのか。

「お前を生かせば、それを満たしてくれるのか?」

 次に意識を取り戻した時、レディは薄暗い洞窟の中で横にされていた。あの男が手当したのだろう、体には包帯が巻かれている。
 そして、その後レディはその男を師として仰ぐこととなる。数々の斬り合いを乗り越え、やがて彼女は“幻の刀”の存在を知る――。

 それを巡り、鋏男の一族と争うことになるのは、また別の話。


 幻の手

 ルージュの仕事の一つに、使用人の賄い食を作ることがある。ネロや黄昏の子供たち、そして用心棒であるレディに、その日の食材を使って食事を作るのだ。
 その日の昼食は、ロールキャベツ、林檎と胡瓜のサラダだった。ゲテモノ食いと称される彼女でも、このような料理は作れる。何せ、かつては料理の女王とまで呼ばれていたのだから。
 どんな食材も、誰もが口を揃えて『美味しい』と言う料理にしてしまう。全世界から賞賛され、数えきれないほどのレストランからシェフになってくれ、と頼まれた。
 しかし、そこに彼女が作りたいと思う料理はなかった。
 創作料理で地位を築き、また彼女が一番得意とする物が独自で作る料理だったことから、誰かに依頼されて作る料理はあまり得意ではなかった。
 そこから、彼女は自分の店を持とうと思った。
「……よし」
 自分を含めた分の料理を作り終え、ルージュはネロを呼んだ。
 黄昏屋敷には、百を超える部屋がある。使用人たちはそれぞれ休息の部屋を与えられているが、ほとんどは自分が一番過ごしやすい場所にいることが多い。
 たとえば、子供たちは屋敷全域を走りまわっている。
 ネロは、マダムに付き添って彼女が行く場所にいる。
 レディは、あの広大な庭の何処かにいることが多いらしい。らしい、というのはネロから聞いた話で、ルージュ自身は全く彼女と接触したことがないからだ。
 あの庭にいるマダムの『コレクション』を全滅させたというのに、マダムは彼女を用心棒としてそのまま雇い入れた。下種な話になるが、かなりの金額を提示されてそれを払ったという話だ。
 初めて顔を合わせた時、不覚にも美しいと思ってしまったのは恥ずかしい話だ。あの姿なら、用心棒だけでなく、別の仕事もしていた可能性がある。
「お呼びですか、料理長」
 呼び出してから、わずか三分ほどでネロはやって来た。意外と近くにいたのか……と思ったが、見ると燕尾服の裾がしっとり濡れている。
 この館内で、湿っている場所といえば十ほどあるバスルームくらいだ。
「風呂掃除でもしてたの?」
「いえ、庭のバラの様子を」
「……」
 庭にバラがある場所は二か所。一つは敷地をぐるりと囲む鉄の門だ。その時期になると、絡みついた蔓から一斉にバラが咲く。その姿はさながら、薔薇御殿と呼ぶに相応しい。
 そしてもう一か所は、庭の隅にある比較的小さなバラ園だ。小さい、といっても公園ほどの広さがある。
 この調理場は、屋敷の一階の右の隅っこにある。一方バラ園は、どちらにしても徒歩十分ほどかかるはずだ。
 馬車はマダムにしか使えないし……。
「どうされましたか?」
「……何でもないわ」
 ネロはいつものように、涼しい顔をしている。『あらゆることを卒なくこなす程度の能力』……。恐ろしい。
「それより、賄いができたわ。 他の人にも持って行って」
「かしこまりました」
 ルージュは考えるのを辞めた。そもそも、ここの使用人は皆、触れられたくないことには触れないのがモットーだった。
 ……私にも。
「あの子達は何処にいるかしら」
「先ほど、池の畔で蹴鞠をしているのを見かけましたよ」
「そう。 じゃあ」
 お願いね、と言おうとした時だった。廊下の方から、何やら騒がしい足音が聞こえてきた。
 この屋敷でバタバタ走りまわるのは、あの子達しか考えられない。
「おやおや、何事でしょう」
「ちょっとお灸を据えてやろうかしら」
 私は調理場のドアを開け、廊下に向かって叫んだ。
「何事!? 悪戯だったら、豚の臓物を生で食わせるわよ!」
「料理長、その言い方は……」
 案の定、廊下を走って来たのは黄昏の子供たちだった。だが、様子が何かおかしい。本来、その外見から潜入用、情報操作用、拷問用に教育された彼らは、ちょっとやそっとのことでは動じないはずだ。
 何せ、あのネロが教育係なのだから。
 しかし、今の彼らは完全にパニック状態に陥っている。流石におかしいと思ったのだろう、ネロが自ら止めに行った。
「落ち着きなさい。 何があったのですか」
 “先生”であるネロに窘められ、やっと彼らはおとなしくなった。
 それにしても、全く見わけがつかない。いや、年齢と身長が微妙に違うけれども、外見は男女を除いて皆同じだ。
 男子は紺色のセーラー服。
 女子は白色のセーラー服。
 髪型もそれぞれ統一されていて、男子はざんばら、女子は長めのツインテール。皆、マダムが融資している孤児院『夕焼けの家』で暮らす子供だ。
 ここには、赤ん坊から十五歳前後までの子供が暮らしている。各地に建てられていて、一つの家の子供は約五十名。
 時折この屋敷に集団で遊びに来ることが許されている。今回も、十人ほど来ていたのは知っていたけども……。
「教えたはずですよ。 どんな時も平常心を忘れないこと、と」
「ゆーれい」
「ゆーれいがでた」
 同じ外見の子供が、口を揃えて同じこと言う姿は、不気味の一言に尽きる。そして、その内容も頭を捻るには十分だった。
 ネロが瞬きをした。
「幽霊? この敷地内に、ですか?」
「何かの見間違いじゃないの?」
「くろいて」
「くろいてが、のびてきて」
「からだがない、てだけ」
 ボキャブラリーが少ない彼らの言葉を理解するには、数秒を要することになる。そして、誰かが言っている時に黙っていることもできない。それが余計にややこしい。
 話を整理すると、こういうことだった。

 敷地内の庭に、半径三十メートルほどの人工の池がある。夏になると納涼もかねてここでお茶をしたり、遊ぶのがマダムの日課だった。
 今は泳ぐには早いが、ただ眺めているだけでは暑いだけで、子供たちは水をかけ合って遊んでいたという。
 そうしているうちに、茂みの方からガサガサという音が聞こえてきた。てっきりマダムのペットの一匹かと思ったが、それにしては音が小さい。
 全員が気になって注目しているうちに、それはあらわれた。
「……で、それが手だったっていうのね?」
「手だけの生き物ですか……」
 ネロが考える。
 この庭には、実に沢山の生き物がいる。中には生き物と呼ぶには疑問が残る物もちらほらいる。
 用心棒が来る際に全滅させた彼らも、生き物とは言い難い、化け物と呼ぶ方がふさわしい者たちだった。
「ここ数日、錬金術のお勉強はカリキュラムに入っていません。 何処からか迷い込みましたかね」
「まさか、手だけの生命体とでもいうの?」
「ここは黄昏屋敷。 遭ヶ魔時の空間の塊です。 何がいてもおかしくはないのですよ」
 ……突っ込んだら負けな気がする。
「しかし、新しいペットを飼う時には、必ず私に宣言なさるはずですが」
「その手は、何処に行ったの?」

「おどろいたら、」
「しげみににげてった」

 手を洗おうと、人工湖に行った手が慌てて戻って来た。
「……どうした」
 理由を聞くと、子供たちに見つかり、驚かれて慌てて逃げてきたという。
 その気になれば誰でも驚かすことができるのに、変な所で小心者だ。手に心があるのかは分からないが。
 レディ・ファントムが用心棒としてここに来てから、既に三カ月が経過しようとしている。マダムは夜遊びできる年ではないので、誰かにお誘いを受けた時以外は、屋敷の外に出ることはない。
 時折客人が来たりもするが、大抵は仕立て屋か友人だ。込み入った話をすることも多く、そういう場合は用心棒なんて何処の馬の骨とも分からない奴は入れない。
 用心棒とは思えないくらい、良い待遇を受けている。一人部屋が与えられ、まとも以上……それこそ、豪勢とも言えるような食事ができ、寝首を掻かれるような状況下で休みを取ることもない。
 恵まれているのかもしれないが、レディは少々退屈だった。
 昔のように、自ら血の匂いが漂う場所へ突進していく元気はない。ただ、今まで生きてきた場所に慣れてしまっているせいで、刺激が足りないのだ。

―――――――――――
 好きな曲の歌詞に合わせて書いてみたその二。
 今回はここでストップ。だってキリがないから!
 しかしマダムが幼女だったり、レディが用心棒だったりとかなり設定が違うなあ。


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