「よし、そろそろ休憩するか」
「トホホ……勉強は大変だよ」
10月10日の土曜日、午後3時。俺はいつも通り訓練をこなした後に、誰もいない図書室で勉強の面倒を見ていた。ちなみに、訓練ってのは技術を教え込むことだ。が、これと違って練習は、自ら技術を体得するために取り組むことである。まだまだイスムカ達はひよっこだからな、俺が訓練させていると言うわけだな。
話はさておき、イスムカとターリブンの勉強不足には困ったもんだ。教科書は落書きしか書いてない、ノートにも自主学習をした様子は微塵も無い。問題集に至っては見るまでもなかった。だから今は基礎から徹底的に叩き込んでいる。まだ1年生だから、矯正する余地はいくらでも残っている。……本人達はだいぶへばってきたみたいだが。
「それは毎日やってないからですよ。毎日やればイスムカさんもできるようになります」
「そうなのかなあ」
ラディヤの正論にも、イスムカは暖簾に腕押しと言った有様だ。仮にも今回の試験のトップの言葉を聞き流すとはな。仕方ねえ、俺からも言っておくか。
「全くもってその通りだ。ポケモンも学問も、繰り返し鍛練することによってのみ上達の道が開かれる。俺だって、ただのほほんとして上手くなったわけじゃねえしよ」
「それはそうでマスが、毎日筋トレと勉強だけじゃ飽きるでマス」
「……いちいちわがままな奴め。仕方ねえ、たまには読書でもするか?」
「読書? 何を読むんですか?」
「そうだな、これなんかどうだ?」
俺は書棚から適当な本を見繕い、イスムカに渡した。イスムカは題名を読むなり首をかしげる。
「『ロウソクの科学』? どんな本ですか?」
「簡単に言えば、児童向けに書かれた、科学の面白さを伝える本だ。お前さんにはまだ専門書は早いだろうからな」
「フフフ、イスムカ君には子供向けがお似合いでマスか。じゃあオイラは……」
「ああ、ターリブンも同じのを読んどけ」
俺はターリブンの目の前に同じ本を置いた。なぜ同じ本があるのか気になるが、まあ良い。
「……だそうだよターリブン」
「うわーんでマス!」
そしてこの掛け合いである。全くお気楽な奴らだぜ。
「じゃあ、ラディヤにはこいつだ」
2人とは別に、ラディヤに1冊の本を示した。彼女は表紙を眺める。タイトルとモンスターボールが印刷された、簡素な表紙だ。
「これは……『ポケモンバトルの基礎』と書いてますね。私は違うのですか?」
「ああ。お前さんは試験でもべらぼうに結果が良かったからな、そのご褒美だ。部活にも精力的に取り組んでいるし、当然と言ったところか」
「ありがとうございます。部活は……最初はあまり好意的に思っていませんでしたが、入ったからには手を抜かないようにと心がけていますので」
「感心だな、ここまで良くできた娘も珍しい。男共も見習えよ」
頭をかいている彼女を見て、俺は何度もうなずいた。彼女は部を支える程成長するだろうな、考え方が子供じゃねえし。やりたいことは全力で、嫌なことでも力を入れる。イスムカ達にもそうなってほしいから、彼女を手本にしろとは言ったが……。
「き、厳しいでマス……。これは男女差別でマス、セクハラでマス!」
「おいおい、セクハラはなんか違わないか?」
2人の反応はこの有様だ。まだまだ先は長いな。ちなみに、セクハラとは性的嫌がらせのことで、差別してるわけでもないからイスムカの指摘は正しい。
「そいつは失礼な話だな。俺は誰にでも厳しいが、ちゃんとしてる奴を評価しているに過ぎない。自分の怠慢を棚に上げる奴なんざ、生涯モテねえぜ」
俺の口調はやや熱を帯びてきた。こういうところはきちっとしとかないといけねえからな。
「子供も大人も、大した差は無い。あるとすれば理解の進度だ。だから俺は、やり方こそ子供向けだが、中身まで子供向けにすることは絶対にしない。だからしつけも手を抜かない。今渡した本も、その一環と言うわけさ」
「な、なるほど。なんだか、上手くまとめられた気がするけど……まあ良いか」
そうそう、子供は素直が1番だ。まあ、まだ不服そうに頬をふくらましているターリブンもいるのだが。気にすることでもないな。
「それじゃ、早速読むとするか。1度読み始めたら止まらなくなるぜ」
・次回予告
ある日、家路についていたらあるおっさんに出会った。いつぞやの警官だ。そのまま俺は、おっさんの世間話に付き合わされることになってしまうのであった。次回、第19話「縁側の駐在」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.84
この話で紹介した『ロウソクの科学』という本は、実在します。独学の科学者ファラデーが著した児童向けの本で、科学がいかに素晴らしいものかを語っているそうです。
皆さんの好きな本はなんですか? 私は伝記が好きなんですよね。教科書に載るような偉人も色々失敗続きだと理解できる上、ネタ作りにもってこいですから。味のあるキャラなんだよなあ。小学生の頃読んだ漫画の伝記は今でもいくつか覚えてますよ。
あつあ通信vol.84、編者あつあつおでん