「……オイラ、こんな練習ばかりは嫌でマスよ」
1月15日の金曜日。最早正月など過去の話とばかりに、訓練を続けていた。ちょうど今は休憩中、イスムカとラディヤは水分補給に向かっている。
そんな矢先、ターリブンが不満を漏らした。ほう、意外と我慢したな。てっきり毎日騒ぐものだと思ってたぜ。まあ、早かろうが遅かろうが認める気は無いが。
「なんだ、音を上げるにはまだ早いぞ。今日のノルマは残っている」
「違うでマス。オイラ達は毎日体力作りばかりで、全然バトルをやらないじゃないでマスか。サファリでも戦術の勉強や掃除ばかりでマス。たまにはそういうのもやりたいでマス!」
ターリブンは思いの丈をぶちまけた。ったく、分かってねえな。貧弱な体であの訓練をやったらどれほど危険なことか。……いや待てよ。今こそ訓練量を増やす絶好のチャンスだ。俺は不敵な笑みを浮かべながらこう切り出した。
「……なるほど。つまり、ターリブンは今以上に訓練を増やしてほしいというわけか。殊勝な心意気だ」
「え? いやあの、オイラは体力作りの代わりに……」
「お前さんの気持ちはよおく分かった。では今日のノルマを達成したら、追加でやってみるか」
俺はしてやったりの表情だったに違いない。それとは対照的に、ターリブンの声から力が抜けた。
「トホホでマス……」
「そういうわけだ。今から俺が手本を見せるから、その後お前さん達もやってみな」
夕方の5時50分。日はほとんど暮れた中、俺はモンスターボールを片手に説明していた。明かりは教室から漏れる電灯だけだ。しかし、あらかじめ予告していたとはいえ、人とポケモンが戦うことに不安があるのだろう。ラディヤとイスムカから声が上がる。
「はあ、了解です。けど先生、大丈夫なんですか?」
「事故でも起きましたら大変ですよ。私達にできるかどうか……」
「なぁに、心配するな。そのために毎日鍛えたんだろうが。それに、ポケモンはじゃれあいで本気を出すことは無い。ちゃんと説明してれば問題ねえよ。では、出番だフォレトス」
俺は軽くボールを投げ、フォレトスを繰り出した。ボールから出た時点で俺の方を向いているが、これはボールの向きを調整する技術が必要だ。まあ、今は必要無いが。
「フォレトス、今日は久々の訓練だ。遅れるなよ?」
俺が合図をすると、フォレトスは少し距離を取った。それから、ドラム缶を転がす要領で斜めに回転しながら接近してきた。いよいよだぜ。
「先手はもらった!」
俺は回転するフォレトスを風に舞う木の葉のごとくかわした。もちろんかわすだけではなく、足払いを仕掛ける。ポケモンの技で言えばローキックに当たる。これで回転が止まったフォレトスだが、次の瞬間飛びつきながら俺の腕にがぶりついた。だが怪我はしてない、あくまで訓練だからな。
「ちっ、むしくいか。ならばこれでどうだ!」
俺はフォレトスが攻撃してくるのを待った。狙い通り攻めにきたところで、殻を掴む。最後に投げ飛ばせばともえなげの完成だ。フォレトスは体勢を立て直そうとごろごろしている。チャンスだ。
「さあ、最後の一発だ。必殺きあいパンチ!」
俺は視界からフォレトス以外の全てを排除し、距離を詰める。一方フォレトスは、目の前にリフレクターを張る。俺は壁ごとフォレトスを殴りつけた。ひねりながら突き刺した右腕には痺れを感じたが、支障は無い。
「うむ、そこまでにしとこう。動きは大丈夫みたいだな。……おいお前さん達、何黙っているんだ」
フォレトスをボールに戻す時、3人が完全に黙りこくっているのに気付いた。やがて、3人は口々に言葉を放つ。
「そ、そう言われても困るでマスよ」
「ポケモンと互角に戦えるなんて……」
「先生、すごすぎます!」
3人共、反応はばらばらだな。俺は得意げに胸を張る。
「この程度で驚くのはまだ早いぜ。今でこそ科学の力で人は安全に住んでいる。だが、太古の昔はどうだったか? シンオウにはポケモンと人が結婚したという神話もあるが、現実的には生き残るための争いもあったはずだ。ポケモンに負けないための、強い体を持っていてもおかしくあるまい。まあ、それでもポケモンには大きく劣るから知能を発達させたのだろうが」
そう、俺達が忘れている力を使わなければならない。可能性の枠を打ち破るためにな。俺はそんなことを考えながら、ターリブンを指差した。
「というわけだ、ターリブン。まずお前さんがやれ」
「お、オイラでマスか?」
「そりゃ志願者だからな。さすがにボーマンダやメタグロスでやれとは言わん、俺でも苦戦しちまう。しかし、ハスボーの相手ならできるだろう? ほら、良いところを見せるチャンスだぞ」
俺は発破をかけた。ターリブンは中々冒険心豊かな奴だ。彼はボールを握り、放るのであった。
「……こうなったらとことんやるでマス! オイラの男気、とくと目に焼き付けるでマス!」
・次回予告
今日は妙にナズナが早く帰宅したな。何か用事でもあるのか? それならいつも俺に連絡しとくはずなんだが、一体どういうことだ? 次回、第32話「サプライズ」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.97
ポケモン世界の人間は結構強いでしょう、スーパーマサラ人にはかなわないと思いますが。しかし、さすがに3色パンチを出せる人は少ないと思います。あれを再現するならどのようにするべきですかね?
あつあ通信vol.97、編者あつあつおでん