マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1016] [十三章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/07/30(Mon) 01:17:47   69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




13

『堕落』





深緑の屋根を被った木造建築がどこまでもずらりと連なっている。
並んだ屋根がギザギザ模様を形作り、その上から傾いた太陽が顔を覗かせた。
淡白な朝焼けが、トキワシティの住宅街を柔らかい光で照らし出す。

シオンが寝巻のまま玄関から出て来ると、うんと伸びをして、無味無臭の空気を鼻から吸い込んだ。
それからサンダルを鳴らし、ふらふらと歩いて、宿敵と向かい合う。
家々に挟まれた、石畳の広い一本道で、シオンはカントと対峙する。
浴衣姿に下駄をはいたカントは、離れて観察でもするかのようにシオンを睨んでいた。

「分かってるだろうが、負けたら、トレーナーやめろよ」

カントが念を押すように言った。

「そっちこそ、トレーナーカードの準備は出来てるんだろうな?」

シオンは抗うべく反論してみせた。

ふいに、冷めた春風が流れてきた。一瞬、服が肌にへばりつく。
触覚が活き返り、シオンはモンスターボールを握っていたことを思い出す。
軽く握りなおした。

「そろそろ始めないか?」

「ああ、そうだな」

カントの声を合図にし、親子そろってボールを天高くにかかげた。
振り下ろした腕から滑りぬけた鉄球は、石畳にコツンとぶつかり、光の中から手の平に帰って来た。

シオンの足元でレモンイエローの電気鼠が召喚された。
ピチカは腰の茶色い二本線とギザギザの尻尾をシオンに向けたまま、ジッと前だけ見つめている。
その視線の先には、仲の良かったカフェオレ色のポケモンがこちらの様子をうかがっていた。
巨大な筆の尻尾を揺らす、子犬系のポケモンは、ウサギの耳を立てて、
何かを訴えるように黒真珠の瞳を見開いている。

「ピチカ。ポケモンバトルだ。頼むぞ」

シオンは信じていた。
相手が親友でもピチカはやっつけてくれる、と。

――チュウ……。

味気ない弱弱しい鳴き声が返ってきた。

「おいシオン! そいつから攻撃させてこい!」

突然、カントの張り上げた声が投げられる。

「そりゃ助かるけど……何で?」

「イヌに無抵抗なポケモンを攻撃しろってのか? 俺はんなことさせたくねえ。
 だがよ、相手が襲ってきたってんなら話は別だ。応戦しねえわけにはいかねえよなあ」

シオンにはよくわからない理屈だった。
おかげで勝利に一歩近づく。
そして、シオンは、己の人生を賭けたポケモンバトルを開始した。

「ピチカ、でんじは!」

ピチカから周囲の空間へ、青白い光の亀裂が走る。
淡い色の電気エネルギーが震え、増殖し、一点に集まると、蜘蛛の巣を丸めたような球体を作り上げた。
グジャグジャした、砂嵐のように発光する『でんじは』の塊は、ピチカの尻尾に引っ叩かれ、
ビビビッとうなりながら、イヌに向かって飛んでいく。

「イヌ、シャドーボールを撃ってくれ!」

いきなり生まれた漆黒の闇が、愛らしいイヌの表情をヘルメットのように覆い隠した。
吸い込まれそうな黒いエネルギーは、イヌの首が振られると同時に放たれる。
小さなブラックホールが大砲から噴き出したみたいだった。
暗闇の弾が飛来する。

ピチカとイヌの間で、光の玉と闇の弾がすれ違った。
しかし、何もおこらない。
二つのエネルギーは交わることなく、標的へまっしぐらに突っ走る。

「来るぞ!」

漆黒の帯を引き、凶弾が迫る。
一瞬の間もなかった。
弾がピチカに触れる。
ボン!
重低音が短く響いた。
シオンの足元で黒い煙が立ち上る。
ふくれあがった煙の中から、ピチカは後方へと弾き飛ばされた。
あっという間に、彼方まで飛んでいく。
人間に思いっ切り蹴りあげられたサッカーボールのようだ。
小さな体は猛スピードで滑空し、水切りのように大地を何度も跳ね、
長らくスライディングしてから、ようやくピチカの動きは止まった。
横たわるピチカが小さく見える。くたびれたボロ雑巾のようだった。

「ピチカァ!」

シオンは悲鳴を上げるようにして名前を叫んだ。返事がない。

「終わったな」

勝ち誇ったカントの声に、シオンは思わず歯ぎしりをする。
そしてピチカを見つめて、祈った。頼むから立ってくれ、と。

――チュウ!

意気のいい声が聴こえた。
目線を戻すと、倒れていたピチカがもぞもぞとうごめいている。
立ち上がろうとしている。
体を重たそうにして、それでもよみがえらせようとしている。
ほとんどひんし状態の肉体を強い意思で突き動かしている。
倒れていたままでも不思議ではなかった。
しかし、ピチカは闘志を見せた。
終わりから絶体絶命へと、ピチカは力を込めて這い上がった。
胸が熱くなった。
絶対に勝たなくては!
シオンは拳を握り、強く勝利を誓った。

「イヌ、シャドーボールを!」

休む暇もなく、恐怖の一言が耳に押し寄せる。
飛来する球状の深い漆黒が目に飛び込んできた。
シオンを横切った、どす黒い絶望のその先に、立ちあがったピチカが待ち受ける。
その距離を見通して、シオンは次に何を指示すればよいのか、わかった。

「よけろピチカ!」

ミニチュアサイズのピチカが、闘牛士のごとくひらりと身をひるがえし、黒い弾をかわしてみせた。
命中率百パーセントの技は、ピチカの少し後ろで、煙となって消え去った。

「そんな馬鹿な!」

カントの驚きようから、ポケモンに対する知識の欠落さが滲み出ていた。
一見した所、シャドーボールは直線にしか撃てず、今のピチカに届くまでの距離が長すぎる。
よけられないはずがない。
『たいあたり』と同じように、距離が開くほど、命中率はあてにならない。

「イヌ、シャドーボールだ。何度でも!」

次から次へと黒い砲丸は放たれ、シオンの隣を通り過ぎて行った。
その全てをピチカは華麗にかわしてみせた。
ピチカの向こう側で、黒インクのような濃い黒煙が立ち上り、
積乱雲のように膨らんでから、空気に溶けるようにして消えていった。

「なるほど。要は遠すぎるってワケだな。だったらイヌ、ピカチュウとの距離を縮めてくれ。
 歩いて前に進むんだ……どうしたイヌ?」

イヌは動かなかった。怯えたように前足が震えている。
きた!
長らく待ち望んでいた、イヌの『からだがしびれてうごけない』瞬間が訪れる。
シオンはすかさず命令を下した。

「でんきショックだ!」

青白い閃光が瞬く。
彼方より、空間を切り裂く光の刃がほとばしった。
狙いの定まらぬ光の槍は、空中に亀裂を描いて、前へ前へと突き進む。

「逃げろイヌ!」

イヌの小さな四本の足は、床と一体化したかのように動いてくれない。
シオンの耳に熱を残して、雷は駆け抜けていく。
でんきショックがイヌに襲いかかる、その時だった。
青白い光の切先が、いきなり明滅を起こし、弾けて消滅した。
雷の頭から尾へと、流れるように火花をまき散らし、でんきショックは、跡形もなく消えてしまった。

「あっぶねえ! ラッキー!」

カントの喜びようから見て、イヌが何か仕掛けたというわけではないらしい。
でんきショックが届かない。つまり、それはピチカのパワー不足を示していた。
命中率が通用しない距離にいるのは、ピチカとて同じなのだ。
次の手を打つべく、しばらく頭を使った後、シオンはゾッと寒気がした。詰みだ。

でんきショックが届く距離ならば、シャドーボールはよけられないだろう。
しびれてうごけない瞬間に攻撃を仕掛けたとしても、
次の一撃をよけきれずに、ピチカは倒れると予測できる。
だから近付けない。
だから勝ち目がない。
もしも、ピチカがシャドーボールを相殺できるパワーを持っていればありがたかった。
たった一発の攻撃でイヌに勝てるというのならば良かった。
シオンの推測では、ピチカの攻撃は最低でも四発は当てなければイヌは倒せない。
その四発を当てる間、常に『イヌがしびれてうごけない』なんて都合のよい状況は期待できそうになかった。
現に、止まっていたイヌの足はもう動き始めている。

「よぉし。じゃ、イヌ、前に進んでくれ。近付いて、技を当てて、俺達の勝ちだ」

フサフサした体毛をなびかせて、小さな悪魔が一歩ずつこちらに迫り来る。
シオンに触れると爆破する導火線の火花ように、イヌはじわじわと這い寄り距離を縮めて来る。
気持ちが焦り、落ち着かなくなってきた。
この戦いで敗北すれば死よりも恐ろしい、生殺しの人生がシオンに待ち受けていた。
ポケモンが目の前にいる世界で、ポケモンと関わることが許されなくなってしまう。
大切にしていた希望の未来が全て奪い去られてしまう。そんなのは嫌だ。

なんとかしなければならない。
なにかしなければならない。
何をしなければならない?
どうすればいい?
俺は一体今から何をどうすればいいんだ?

苦しくなるほど悩んでいる内に、ふと、懐かしいという気持ちがこみ上げた。
シオンはこの焦燥感を、つい最近に経験したのを覚えている。
あの絶体絶命の瞬間を、自分はどうやって切り抜けようとしていただろうか。
トキワシティの外へ通してもらえなかった時。
都合よく目の前にボールが転がり落ちてきた時。
ピチカがいうことをきいてくれなかった時。
シオンは忘れていた記憶を呼び起こした。
必死にわるあがきをする自分の姿が目に浮かぶ。
燻ぶる闘志に再点火。
単純に勝利を欲し、飢え、渇望した。
勝ってやる!
何が何でも勝ってやる!
どんな手を使ってでも勝ってやる!

目下まで迫ってきていたイヌが視界に入る。
遠く離れたピチカでさえも攻撃のよけきれないであろう立ち位置だった。
イヌの背後をカントがのろのろとついて来る。
二人と二匹の立ち位置を脳裏で描いたその時、シオンの瞳に希望の光が射しこんだ。
勝利のために自分が出来る行為が、そこにはあった。

「イヌ、とどめのシャドーボール! 撃ってくれ!」

死刑を告げられた無罪の男の気持ちが分かったような気がした。
想像通りの言葉に、シオンは思わず鼻で笑った。
イヌは漆黒の砲丸を眼前に装弾し、標準をピチカに合わせ、引き金は絞られた。
黒い塊が走り出す。
途端にシオンが走り出す。

「おおおおっと! 足が滑ったあああっ!」

振り切った右足に軽い衝撃が響く。
シオンは飛来した黒い塊を全力で蹴り上げていた。
弾かれた黒い塊は、進行方向から逆走し、ビュンと風を切って、カントの顔面で爆裂した。
ばこん!
黒煙が一気に膨れ上がり、カントの上半身を覆い隠した。
そこへ、すかさずシオンの人差し指が突き付けられる。

「ピチカ、でんきショックだ!」

十分攻撃の届く距離までのこのことやってきた馬鹿な中年に向けて、恐怖の一言を浴びさせた。
シオンの後頭部をバチッと弾ける音が叩いた。
青い輝きの一閃が、瞬く間にシオンの隣を横切った。
空中に獣の牙をなぞったような切り傷の幻を残して、
横殴りの稲妻はカントの顔面に突き刺さった。
雷雲を身にまとった中年の怪物から、しゃがれ声の悲鳴が聞こえた。
畳みかけるようにシオンは大地を蹴り、走る勢いに乗って飛び跳ねた。

シオンのからてチョップ。
きゅうしょにあたった。
こうかはばつぐんだ。
いきおいあまってシオンはカントのぶつかった。
カントはたおれた。

小指の側面がヒリヒリ痛む。
黒煙の闇も電流の輝きも幻のように消えてなくなると、
眠るように気絶するカントの姿が現れた。
これでトレーナーの口を封じた。もう勝利したも同然だった。

ピチカに目をやると、気の緩んだ締まりのない表情で、そこに突っ立っていた。
未だ試合は終わっていない。
シオンは渇を入れるべく、叱るようにして最後の役目を命ずる。

「ピチカ! イヌを倒せ! とにかくイヌを倒せ!」

小さな二匹は見つめ合った。
一瞬、ためらったような間が出来た。
赤い頬が青く帯電した。
ピチカは獰猛な顔つきになって、奇声を上げながらイヌに飛び掛かった。

でんきショック、明滅する青白い電撃を浴びせる。
でんこうせっか、猛スピードで体をぶつける。
しっぽをふる、防御力を下げる技で攻撃する。
でんじは、効果はないみたいだ。
でたらめな技のオンパレードが、小さな体から、連続で絶え間なく繰り出される。
イヌは黙って、怒涛の猛攻撃を受け続けた。
無抵抗で、されるがままに、ただひたすら、無様にやられる時を待っている。
これがトレーナーに身も心も忠誠を誓った憐れなポケモンの末路だった。

イヌはいわゆる指示待ちポケモンである。
カントの命令がなければ、何をどうしてよいのかが分からないのだ。
自由に攻撃をして、良いのか駄目なのか、分からないのだ。
ポケモンがトレーナーを信頼した時、自由を失うことになる。
シオンは衝撃の真実を知ってしまったつもりになった。

友達を襲うピチカ。
一方的にやられるイヌ。
ああ、これがポケモンバトルなのか。
思っていたよりも、微笑ましい光景ではなかった。

電気の弾ける音を聴いている内に、イヌは力尽きて倒れた。
石畳の上でぐったりと眠るように突っ伏している。
その隣でピチカが勇ましく直立している。
実感はどこにも見当たらなかったが、確かにシオンの勝ちだった。
あまりにもあっけない勝利だった。

シオンは倒れた一人と、倒れた一匹を見下す。
その最中で、ふと思った。
こんな馬鹿げた勝ち方をして、カントにポケモントレーナーだと認めてもらえるのか。
心の奥がざわつき始める。
無性に恐怖が訪れる。
そして後悔した。

「だって、こうするしか、勝てなかったんだよ! 仕方ないだろ! くそ!」

腹いせに叫んだ。
苛立ちを解き放つように、恐れを振り払うように、シオンは声を張り上げてわめいた。
やってはならないことをやってしまった。
間違いなく間違いを犯してしていた。
今更、何もかもが手遅れだった。
もはや祈る他はない。








後書
ポケモンバトルはバイオレンスだが、バイオレンスはイケない。
何か所かアウトだと思って描写モドキの文章を消すことに。
痛みや苦しみの地の文は少々取扱注意だと思う。
これからはエログロがなくても気をつけて書くようにします。


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