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  [No.798] [四章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/10/30(Sun) 00:11:36   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]








[四章]


『俺の願いを叶えた知らない誰かがいっぱい』





「今月の儲けはほとんどポケモンに持ってかれちまったけどな」
「俺達エスエフ的召喚術師グループも解散だな」
「色違い見つけた時は感動したな。
 あと御月見山でピッピの変なダンス」
「私バッジ四つ」
「ポケモンバトルなんてもんがあるこの時代に
 スポーツ番組見る奴があるか!」
「分かる! 大文字に吹雪、たまらんよなぁ、あの迫力は」
「ドラゴンとか、女かよ!
 男なら黙ってサイドンだろうに! あとカメックス」
「ポケモンの性格って大事。バトル嫌いとかだったらどうすんの?」
「レアコイル様は! 華麗なる放電で! 私を苦しめるの!」



ポケモントレーナーの言葉が飛び交う。
羨ましすぎて嫉妬するような会話が飛び交う。
シオンは彼らをねたんでいた。
ポケモンセンターはポケモンの病院である。
この白い空間の中で、ポケモントレーナーでないのは
シオンただ一人であった。
彼らの会話に未だ入っていけず、仲間外れにされた気分だった。
皆と同じことが出来ない。
トレーナーの経験値のない自分が情けない惨めな男に思えた。
それでもシオンはビニール椅子に深く腰かけ、
トレーナー達の会話に耳を傾き続けた。



シオンは釣りをするように、じっと待っている。
「俺のポケモンいらないから、誰か貰ってくれないかな!」
シオンにとって都合のよい言葉を無言で探し求める。


「俺の相棒が最高でさ」
「私のポケモンは命より大切」
「こいつがいてくれたから今の俺があるんだ」
「ポケモンを交換する馬鹿の神経を疑う」
「ありえないよな、逃がすとか」


一時間が経過した。
病院限定のBGMにもウンザリしていた。
とても目当ての言葉が現れる雰囲気ではない。
誰もが確かめ合うようにポケモンの重要性を語っているのだ。


「俺だってお前のポケモンが欲しいのに」


誰にも聞こえないようにぼやく。
時間を無駄にしてしまった。
しかし他にポケモンを入手する手段も分からず、
シオンは行動出来ない。



シオンの背後から声がした。意識せずとも耳に入ってくる。
近いところで、二人の男女がなにやら話していた。


「ねぇ、今月どれだけ儲かった?」
「今月? 僕は五十万ほど」
「え! 嘘! 凄いなぁ。私なんて十万も貯めたってのに、
 短パン小僧に負けちゃって半分持ってかれちゃったよ。
 おかげで今日で断食二日目」
「ポケモンバトルなんてギャンブルみたいなもんだからね
 それよりゴローニャのご飯代は足りてる?」
「岩食べるのにお金取るの?」
「あー、そっか。僕のポケモン達って山ほど食べるんだ。
 それで、ちょっとした勘違い」
「ふぅん。そっか……」


シオンの憧れの世界で、彼女は厳しい現実を体験している。
しかしシオンは、自分がトレーナーなら沢山稼げるに
違いないと妄信していた。


「ねぇ、私ってなれるのかな?」
「ポケモンマスターに?」
「うん」
「無理。宝くじで三億ゲット出来ないかな、
 って言ってる方がまともなくらいムカつくこと言ってるよ」
「そっか。そうだよね。あのね、私、
 そろそろポケモンマスター目指すの止めようかと思ってるんだ」
「今になって? 何かあったの?」


聞いていて腹が煮えくりかえった。
甘ったれるな、と活を入れてやりたくなった。
シオンはポケモントレーナーになりたくてもなれない。


「この前ね、トキワの森で野宿することになったの」
「うん」
「それでね、真夜中にさ、野生のポケモン警戒しながら、
 野糞して思ったの。お風呂入りたいなぁ、って」
「なるほどね。気持ちは分かるよ。
 でも、未成年の乙女が野糞とか言わない。はしたない」
「ごめん、でも私、恥ずかしい子だから」
「きわどい台詞ホイホイはいちゃうから場がしらけんの」
「そういうあなたは?」
「ポケマスは無理だね、年収1000万のトレーナーでも
 無理なんだって。でも最低ジムリーダーぐらいにはなってみせる」
「うへぇ。私より凄いのに、私より目標小さいとか、
 なんだか私って馬鹿みたいだ」
「トレーナー以外の人が見たら馬鹿なんだろうね。
 そんな僕らが社会問題になるくらい増えてるから、
 馬鹿であることに危機感も罪悪感も覚えず、
 どんどん戻れなくなってしまうのかもしれないね。
 君は賢いよ。引き際を心得てる」
「えへへ。それでさ、就職とかすぐに無理かもだから、
 フレンドリィショップあたりでバイトしよっかなぁ、とか思ってるの」
「フレショかぁ。受かるかなぁ。最近ポケモンフリーターって
 増えてるからね。ポケモン関連は難しいだろうねぇ」


全力で好きなことが出来る立場なのに、
彼らは夢をあきらめようとしていた。
夢の世界の住民が現実の会話をしている。
それが気に入らなくて、シオンは耳をふさいだ。

シオンは、自分がトレーナーなら、何があっても必ず立ち直り、
最後にはポケモンマスターになれると信じていた。
しかし、シオンの胸の内で確かに焦りを感じていた。
自分より知識も経験もあるであろう彼らが
ポケモンマスターをあきらめている。
認めたくない現実が目の前にあった。


「バカバカしい」


 悪態をついても、心は不安の中にあった。




「あなたポケモンは?」
「……えっ?」


自分が声をかけられたと、少し遅れて気がついた。
ポケモンセンターの看護婦だった。
女医の獣医だからジョーイと呼ばれている。


「えっと、なんですか?」
「病院に来てるってのに、
 いつまでもポケモンを回復させようとしないじゃない。
 ポケモン診せてみなさいよ」
「いや、あの俺ポケモン持ってないんです」
「はい? あなたトレーナー?」
「いえ、まだ、です」
「冷やかしに来たってワケ? 忙しいんだけど?
 邪魔しないでもらえるかな?」


 急に態度が悪くなった。ムッとして言い返す。


「あなたこそ仕事さぼってる暇があるんじゃないですか? 
 忙しい人のする行為じゃない」
「用もないのに居座ることないでしょ」
「ポケモンの診断が終わった人も、
 ダラダラ過ごしてる人がいるんじゃないですか?」
「ちっ! ああもう! これだからポケモンも使えない人間は!
 何様のつもり? ポケモンも扱えない愚図が、
 私達と同じ空気吸ってイイと思ってんの?」
「なっ、酷い言いようだな! 
 俺だって好きでトレーナーじゃないワケじゃない!」
「関係ない! ポケモン育ててない人間はどんな理由があっても屑なのよ!
 自分を過大評価してんじゃないわよ! 凡人の分際で!」


ジョーイは床を叩きつけるように歩き去っていった。
酷い差別だった。あまりに凄い気迫だったため、
怒るのを忘れていた。

注目を浴びてしまった。無数の視線を感じる。
今すぐにでもポケモンバトルを仕掛けられそうなほどに。
そろそろ帰りたかったが、なんだか敗北感が付きまとうので、
もう少し居座ることにした。



椅子に長く座っていると、尻が痛くなってくる。
かかとにコツンと弱い衝撃が入った。
何かと思い、腰を曲げて手さぐりで拾う。
ビー玉程の大きさをしている球体、モンスターボールだった。
モンスターボールは中にポケモンが入っている場合、
真ん中のボタンを押すと小さくなる。

後ろには誰もいない。周囲を見渡す。
何かを探す素振りをする誰かがいない。
どこもかしこも知らん顔。
大切な仲間の消失に気付かず呑気にしている愚か者がいる。

ふと千載一遇のチャンスに気がついた。
もう一度周囲を見渡す。シオンに注目する人間はもういない。
動機が激しくなった。少し息苦しくなった。
他に可能な方法が分からないから、
罪を犯すぐらいしなければ駄目だと思った。
このチャンス逃したら、
一生トレーナーになれないような気がした。
自分がどれだけポケモンが欲しいのか、シオンは知っている。
ためらいながらも心は決まっていた。
今一度周囲を見渡した。異常なし。


「すこし借りるだけさ」


ボールを手の平に隠す。
しかし何も起こらない。
頭がぼーっとしてきた。
感覚が自分のモノじゃなくなったみたいだった。
呼吸を忘れそうになった。

立ち上がってみる。
しかし何も起こらない。
ポケモンセンターの雰囲気に変化は無い。
怖い。恐ろしい。
取り返しがつかなくなりそうだ。
大きな罰をあたえられそうだ。
それでも罪悪感に逆らって、足を動かす。
不審に思われぬよう平常心で急がず歩く。
意識しながら呼吸する。
勢いに任せて歩いていた。
自動ドアと向き合った。


「あああああああああああ!」


絶叫が走る。身体がビクンと跳ね、シオンは立ち止まる。
シンとした空間の中でおなじみのBGMが鮮明に響く。


「あいつ俺のポケモン盗みやがった!


恐る恐る後ろを振り向いた。見知らぬ男がシオンを指していた。
バレてしまった。しかし、手の平に隠れ、ボールは見えていない。
周囲のトレーナー達から無数の視線が氷柱のように突き刺さる。
怖い。
逃げたくなって、そっと背を向ける。


「待て!」


手首を掴まれた。自動ドアを越えられない。
誰かと思えば、先ほどの見下し根性丸出し女。
サボり魔のジョーイさん。


「どこに隠した」
「おい、勝手に触るな!」


体中べたべたと触られる。
ポケットを確認される。
強く握っていた手の平を無理矢理こじ開けられる。
モンスターボールが公の場に現れた。
周囲がざわめく。
ひそひそと陰口が飛ぶ。


「うわぁ」
「最低」
「マジかよ」
「屑だな」


罪悪感でいたたまれない。ジョーイが強く睨む。
パァンッ!といい音が響いた。
頬がヒリヒリと痛んだ。


「仕事の邪魔するだけじゃなく、客にまで迷惑かけるとか、
 本当にあきれる。これだからポケモンも扱えないゴミは!
 ……で、警察行く?」
「い、いや、俺は……」
「嫌よね。じゃあ、もう二度とここに近寄らないで。
 アンタみたいなのが来て許される場所じゃないの。
 分かったら出てって」


自分は責められなければならない。
罪悪感が怖くて、シオンはたまらず逃げるように背を向けた。
この場から早く去ってしまいたかった。


「やっぱり拾いやがったな」


薄いぼやき声がした、自動ドアが閉まった



走った。悪魔の群れから逃げるように。
離れたい。近づきたくない。もっと遠くへ。
たまらないくらい不愉快でいた。


「ちくしょう! 何であんな連中がトレーナーで! 
 しかも何で俺が悪者なんだよ!
 好きでやってるわけじゃない! 何なんだよ! こなくそ!  ああ!」


叫んでから恥ずかしくなって、周囲を見渡し、
誰もいないことに、ホッと安堵した。
それから悔しい思いのたけをこめて、
何度も何度も地面を踏んだ。
疲れて、汗をかいて、シオンの怒りは治まってきた。


「くそう。俺がどんな思いで盗んだと思ってるんだ。
 誰だか知らないけど、ハメやがって。
 やっぱ止めとけばよかったかな」


もしも盗まなかったら、罪を犯さなければ、
トレーナーになれる可能性を自ら潰してしまうことになってしまう。
やってはならないと誰が言おうとも、
シオンにはやらねばならない時であった。
悪びれるのを止め、後悔することも止めた。
ポケモンを手に入れるということが難しいと、
今になって理解した。
シオンは犯罪もまともに出来ない。
果たして何をすればポケモンを手に出来るのか。
答えが分からず、また途方に暮れた。


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