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  [No.1153] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 3 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/13(Mon) 18:30:18   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

薄馬鹿下郎のYOU討つ
       3









探偵事務所から外に出ると、シオンのポケギアは十五時を示していた。
十九時にはまだ遠い。それでも太陽は傾きつつある。
リュックサックから押し込んでいたタウンマップを引きずり出し、
ズバッと広げ、急いで次の目的地を確認する。
一時間近くかかると予測し、シオンはまたしても早足の移動を開始した。



広がる青空にわずかな赤みが射していた。
シオンの辿り着いた先で、煉瓦を積んで造られた横長の四角い建物が見える。
重そうな扉の隣に『GYM』の文字が刻まれていた。

「本当にトキワシティジムであってるんだよなぁ?」

ここまでやって来ておきながら、シオンは心配になって弱々しい声をこぼした。
ジムリーダーに挑戦する以外の理由で、
この場所に訪れる機会があるとは思ってもみなかったからだ。
不純な目的の自分がジムに入って、追い出されたりはしないだろうか。

「ま、行くだけ行ってみるか」

――チュー!

ピチカの相槌の可愛らしさに心配事はかき消された。
シオンは扉を押し、トキワジムへと足を踏み入れた。


  ちゃーん! ちゃららーん! ちゃららーん! ……ちゃーちゃーん!

ジムに乗り込んだ途端、何やら勇ましげなBGMが流れてきた。
挑戦者の気持ちを上げるための音楽だろうか。
入り口付近でシオンがまず目にした物は、
非常にサイドンに似ているが別のポケモンだと思われる怪獣の石像であった。
石像は二つあり、その間に見るからに怪しい男が待ち構えるようにして立っている。

丸眼鏡のサングラス。真っ黒のスーツ。М字ハゲ。
公園を歩いているだけなのに通報されてしまったという悲しい過去を持っているような、
いかにもいかがわしい雰囲気のある中年男性であった。
あまり関わり合いになりたくなかったのだが、ここで棒立ちしていても何も始まらない。
シオンは逃げ腰になりながらも自ら中年に向かって行った。

「あのぅ、すみません……」

「おーす! 未来の チャンピオン!」

「わ! びっくりしたぁ!」

いきなりおそいかかってきた! ……わけではないみたいだ。
中年男声は、ただ唐突に大声を上げただけのようだった。

「トキワリーダーの正体は俺にも分からん!」

「えっ? いきなり何の話ですか」

「確かなのは、今までのリーダーの誰よりも強いって事だ!」

「いや、あの、今までも何も、俺ジム戦したことないですよ」

「それと……」

「もしもし? 俺の声聞こえてますか?」

「どうも、このジムには地面タイプのポケモンの使い手が集まってるらしいぜ」

「いや、別に俺はそんなこと聞いてないし……」

シオンを無視して話を進める中年にたじろいでいると、
話は終わっていたらしく、二人は無言で向き合っていた。

「あのぉ……」

「どうも、このジムには地面タイプのポケモンの使い手が集まってるらしいぜ」

「いや、そんなこと聞いてないですし……それに同じこと二回言ってますよ」

「つまりだなぁ、俺が言いたいのはだなぁ……」

出し抜けに、中年は上着をめくり、
スーツの内ポケットに隠し持っていたらしいモンスターボールを二つ取り出し、
シオンに見せつけた。

「こっちのボールが水タイプ。そっちのボールが草タイプ。どっちがいい?」

にたぁ、と前歯をむき出しにした下品な笑いがそこにはあった。
要するに、中年はこう言っているのだ。
「ジムリーダーの持つ地面タイプのポケモンに勝てるポケモンを貸してやる」、と。
丸眼鏡の上からはみ出るハの字の眉毛を見つめ、
「なんてボロい商売なんだ」、とシオンは改めて思った。



ポケモンセンターにいた時分の話である。
ピチカを回復させるついでに、
シオンは受付の隣にあるパソコンを使用し、
某巨大掲示板の書き込みを眺めゲラゲラ笑っていると、
ディスプレイの右端に奇妙な広告が点滅しているのを見つけた。

   ポケモンレンタル無料!! 急いでクリック!!

気になって調べてみると、背景が真っ黒の怪しいサイトに潜りこんでしまい、
「公共のパソコンにウィルス入ったらどうしよう」と焦っているうちに、
「トキワシティジムでポケモンレンタルをやっている」
というありがたいカキコミを発見したのだった。

普通に考えると、ポケモンバトルは強いポケモンを従えている者が勝つものだ。
わざわざ自分の弱小ポケモンを使い、
無い知恵を振り絞ってギリギリの勝利を収めるくらいなら、
他人から借りたポケモンの圧倒的な力で勝利を手にし、
賞金を山分けした方が確実であり手っ取り早い。

邪道で卑怯でインチキだ。
しかし、道徳の授業で学んだことを気にしながら、
ポケモントレーナーを続けるつもりなどシオンにはなかった。



「ひょっとして両方か? 草タイプも水タイプも借りたいのか?
 そこまでしてジムリーダーに勝ちたいってか? いやしんぼめ!」

いやらしい笑みをニタニタと浮かべながら黒メガネの中年は言った。
見れば見るほど悪党の顔をしている。
ポケモンレンタルなんて卑劣な商売をしている様子から、
ひょっとしてトキワシティジムはロケット団と繋がってるんじゃないのか、とつい疑ってしまう。

「おーい、未来のチャンピオン! 聞いてるのか?」

「ちょっと言いにくいのですけど、俺、ジムに挑戦する気ないんで」

「……え゛っ?」

男の顔が色白を通り越して、みるみるうちに青ざめていく。
中年は顔面蒼白となり、う○こでも我慢してるみたいに冷や汗たらたら滴らせた。
つい、うっかり部外者に機密情報を漏らしてしまった心境なのだと察する。
助け船を出すつもりでシオンは言葉を付け足した。

「いえ、ジムには挑戦する予定ではないのですけれども、
 ポケモンは貸していただきたいなぁ、と思って……」

「あっ……嗚呼! そうかい! 爽快! そりゃあよかった!
 もうどんどん遠慮せずに、ほらドンドン! ねぇーえ!」

安心したと同時に気持ちが昂ったのか、中年が何を言ったのかよく分からなかった。
それでも中年の表情には笑顔が戻り、つられてシオンの心も温かくなった
ふいに、オッサンに感情移入してしまっている自分に気付き、吐き気がした。

「ぃやぁ〜。俺のサービスは基本的にはトキワジムの中でやってるからな。
 レンタルする気の無い未来のチャンピオンかと勘違いしてしまったぜ」

「サービス……ですか」

「そうだ、サービスだ。無料じゃないがな。ここの主はジムリーダーの中でも最強。
 おかげで苦戦するトレーナーも多くてな。
 どうしても彼らを協力してやりたくて、このサービスを始めた、ってなわけだ」

「それはそれはお優しいんですね。
 それなら是非とも色んなトレーナーに広めた方がいいですね。このサービス」

「……俺もそうなったら良いと思ってはいるんだが……ここだけの話……
 一体どういうわけだか……
 レンタルを広めようとしたトレーナーは『いなくなってしまう』んだよなぁ……
 気をつけた方がいいぜ……」

声のトーンを極限まで落とし、
怪談でもするかのような凄味と静けさを用いて中年は囁いた。
脅しているのだ。

「なるほど。それは不思議な話ですね」

「そうだろう。そうだろうとも。お前もまだ、消されたくはないだろう……」

黒い。黒すぎる。真っ黒だ。
シオンは、自分の心臓がバクバクしているのが分かった。
もしかすると、違法に片足突っ込んでる闇取引なのかもしれない。
トキワジムがロケット団と繋がっているかはともかく、
危険な場所であることに間違いないようだった。

「あの、今日はお願いがあってここにやってきましたっ」

「ん? ポケモンレンタルに来たワケだろう?」

「そうなんですけど……
 その、ポケモンをトキワジムじゃない別の場所まで持っていきたいんですけど、
 よろしいですか?
 ジムリーダーではない別のポケモントレーナーとの勝負の時に使いたいんです。
 レンタルポケモンを」

「もちろん構わん。何の問題もない。そういう用で俺を頼るトレーナーも毎日やってくるからな」

「ありがとうございます」

シオンは軽く頭を下げた。
感謝する気持ちと、こんな悪党は利用するだけだという気持ちが、
シオンの中で複雑に混ざり合う。

「それで、どんなポケモンが欲しいんだ?」

「地面・飛行タイプのポケモンを一匹。レベル71以上で」

「何? そこまで強いポケモンがいるわけないだろ」

「えっ」

「それよりカイリューなんかはどうだ?
 今さっき返して貰ったばかりの一匹なんだがな、レベル68の強ーいヤツがいるぞ」

「レベル71以上は、いない、ですか……」

暗い声音でシオンは気を落とした。
ダイヤモンドのポケモンが分かった今になって、
そのポケモンより強いポケモンがいないと知ってしまった。
探偵に金を払う約束をしたというのに、
自分の命までかかっているのに、
引き下がらなければならないというのか。
悔しくてあきらめきれなくて、苦悶の表情をしてみせた。

「あのっ! それなら、地面とか飛行とか水とかエスパーとか……
 何でもいいから炎と格闘タイプのポケモンに有利なのはいませんか?」

「うーん、悪いな。残念だが俺が今持ってるポケモンの中にはいないみたいだな。
 すまない」

その一言で、シオンは絶望の淵へと突き落とされた。
希望の光の見つからないどん底である。
どう頑張っても、いないポケモンの用意は出来ない。
厳しい現実と直面し、シオンの心を不安が覆った。

他のトレーナーに頼むべきか。
しかしレベル71以上ポケモンを一体誰が持っているというのか。
駄目だ、何をやっても勝ち目がない。
どんなに頑張っても、
どんなに足掻いても、
泣き喚こうとも、
駄々をこねようとも、
土下座をしようとも、
ダイヤモンドに敗北する以外、何も出来ない。
受け入れるしかない現実が、シオンは何よりもたまらなく恐ろしかった。

「……まあ、今言ったのは全部嘘なんだが」

「……えっ?」

「そもそもカイリューは飛行タイプだ。格闘タイプには有利なポケモンだろ? 
 まあ飛行タイプの技を使えるわけではないが……おい、そうがっかりした顔するな。
 安心しろ。嘘だって言ったろう? 実はいるんだよ。レベル71以上のポケモンがな」

「……はぁ? はぁあああ! 何で! 何でだよ! 何で、そんな嘘つくんだよ!
 わっけわっかんねぇ! あぁ、ちっくしょー、マジかよ、あほかよ、焦って損したー」

気が付くと、シオンはひざをついて、こめかみを押さえて、天井を見上げるポーズをとっていた。
興奮気味に中年を責めているうち、怒るべきか喜ぶべきかよくわからなくなって、
つい頭を抱えた体制をとってしまったようだ。

「ちょっと待ってろ、未来のチャンピオン」

中年はスーツのズボンのポケットから、
高級感たっぷりあふれるゴージャスボールを一つ取り出した。
光沢を放つ漆塗りで覆われたボールは、純金の縁で所々が煌めいている。
見るからに高級そうな代物だが、もっと他に保管するべき場所はなかったのだろうか。

「名前はフライゴン。レベルは87。地面とドラゴンのタイプを持っているぞ。
 ホウエンのトレーナーから預かった最高のポケモンだ」

中年はボールを突き出し、シオンはそれを丁重に受け取った。
呆気なく、ダイヤモンドに勝てるポケモンが手中に納まる。
強いポケモンが入っているからか、手の平のボールが重たいように感じた。
中身にポケモンが入っていようといなかろうと、ボールの質量が変わることはない。

「このポケモンを……お借りしてもよろしいのですよね?」

「もちろんだ。そのために俺はここにいる」

久方振りにシオンは神に感謝した。
ここに来てよかったと本気で思えた。
もはやダイヤモンドに敗北する理由など何処にも見当たらない。

「それじゃ、フライゴンの使える技をいうぞ。
 じしん・じわれ・げきりん・とんぼがえり。覚えたな」

「えーっと、はい。四つとも覚えました」

頭の中で技名を復唱してから、返事をした。

「よし。ところで未来のチャンピオン。敵のポケモンは何だ?」

「レベル71のゴウカザルが一匹」

「ゴウカザル。シンオウのポケモンだったな。と、いうことは、相手はダイヤモンドか」

「すげえ。よく分かりましたね。そんな有名なんですか、ダイヤモンドって人は」

「あぁ、凄く強いと有名なポケモントレーナーだ。
 とはいえゴウカザル対フライゴン。タイプ相性で勝ってる分、
 こっちが有利なんじゃないか? 勝てるバトルだ。頑張れ、未来のチャンピオン」

中年の言葉に後押しされるよう、シオンは本気で勝利出来ると信じきった。
今、自分は、ポケモンバトルで必ず勝てる強い味方を手にしている。
しかし、だからこそ発生する問題もあった。

「ところで……87でしたっけ。
 こんなにもレベルの高いポケモンが、俺の命令……いうことはきくんですか?
 『フライゴンは いうことを きかない』、なんてことになったら無意味ですよ。
 いくらポケモンが強くても負けます」

「そこに気付いたか。そうだな。
 確かに普通のポケモンは自分の『おや』のトレーナーの命令しかきかん」

「それじゃあ……」

「だがな、例えばその『おや』トレーナーがフライゴンに向けてこう言ったとする。
 「お前をボールから出したトレーナーの命令に従って闘え」、と。この場合はどうなる?」

「……なるほど。そうか、そんな方法があったか」

納得がいった。同時に、こんな無茶苦茶な商売が表沙汰になった暁には、
金さえ払えば誰でもポケモンリーグへ行ける時代になるのだろう、とも思った。
手にした希望を逃がさないように、シオンはゴージャスボールを強く握る。

「おっと、言い忘れてた。フライゴンが言うことを聞くのは、
 最初にボールから出てきた一回だけだ」

「えーっと、それはつまり、ポケモンバトル出来るのは一回きりってことですか?」

「そうだ。何度もポケモン使われたら商売あがったりだからな」

「なるほど」

試合が始まるまで、フライゴンの姿を拝めないようだった。
あえて今すぐフライゴンをゴージャスボールから出しておいて、
それからずっとボールに戻さないという術もあった。
しかし、何故なのか、シオンは、この中年の困るようなことをしたくはなかった。

「なんというか、今日は本当にありがとうございます」

「いや、御礼はいらないぞ。金は頂くがな」

最後にして最大の壁がとうとうシオンの前に立ち塞がった。
一文無しだというのに、料金の壁を乗り越えなければ、
今までの苦労は全て水の泡となり消え失せてしまう。
どんな手を使ってでも、支払いを待ってもらわなければならない。
最悪ボールを盗むという強行手段も頭に入れ、シオンは商談に挑んだ。

「あの! 大変申しにくいのですが……」

「分かってる! 分かってるよ! 言わなくても分かってる!」 

「何が、ですか?」

「出せる金がないんだろう?」

「え。あぁ、はい。そうです」

「大丈夫だ。安心してくれ未来のチャンピオン。
 バトルに勝った暁に、たんまり大金いただいてやるからな。覚悟しておけよ」

最後にして最大の問題もまた、シオンが何もせずとも勝手に崩れ去っていった。
何もかもが都合よく進んでいる。
全て、中年がシオンの味方をしてくれたからに他ならない。

「賞金、たっぷり手に入れて来いよ。未来のチャンピオン!」

「はい! ありがとうございます! 助かりました!」

シオンは感謝の気持ちを表すため、四十五度以上に頭を下げて御礼を述べた。
初見では、見るからに怪しい悪党という印象ばかりであったが、
今では、優しくて頼りがいのあるダンディズムな中年だった、と信じて疑わなくなっていた。

「俺、勝ちます! 絶対勝ちます! 必ず勝利してきます!」

頭を上げて踵を返す。
こみ上げて来る熱い想いを噛みしめながら、
シオンはトキワシティジムと中年の男を後にした。


トキワシティの街並みの何もかもがオレンジ色に染まり、どの建物も長い影を落としている。
左手首のポケギアが、十六時を表示していた。
感謝の気持ちで胸がいっぱいだったが、
幸せな気持ちに浸かっている暇などない。
沈みゆく赤い夕陽が照らす中、シオンは再び歩き始めた。





つづく



















後書
この話を読み直した時、必要のないシーンが多いように感じた。
せっかく書いた文章を削り取ってしまうのが恐い、のだと思う。
次回は掌編にするつもりで、
本当に必要だと思う文だけを残すつもりでやれたらいいなぁ……。


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