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  [No.1112] 悪徳勝法の馬鹿試合 0 投稿者:烈闘漢   投稿日:2013/06/05(Wed) 21:27:08   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

悪徳勝法の馬鹿試合
      0







長い長い退屈が、青年に永遠の時を感じさせた。

美しい景色は見当たらない。
面白おかしな人物との出会いはない。
何らかの事件が起きる気配もない。
何処まで行っても何もない。

『冒険の旅』というものに対して抱いていた青年の過剰な憧れは、
わずか数時間の徒歩によって木端微塵に打ち砕かれた。

退屈で、面白くなくて、疲れる。
この世界のつまらない『現実』というものを酷く思い知らされた。
平和とは退屈なのだ、と思った。
心が動き出すような瞬間と次々出くわす架空の物語とは違い、
人生は地味で退屈なシーンが山ほど連なっている。
なぜ旅立ちの朝にドキドキワクワクしてしまったのか、さっぱり分からなかった。


青年は歩いていた。
無心で歩き続けていた。
ただひたすらに足を動かしていた。
平日の真昼間に一人寂しく名所でもなんでもないような所を散歩する老人のごとく、
目的地もなくふらふらとほっつき歩く。
これが冒険の旅なのだと自分に言い聞かせ、あてもなく延々とたゆたっていた。

しばらくした。

輝くような白い新品のスニーカーは、泥水と汚物にまみれ、異質な穢れた薄茶色へと変貌を遂げる。
カッチカチに固まっていた安物ジーンズは、ふにゃんふにゃんの布切れへと化ける。
ネッチョリと滲み出る汗により、980円Tシャツが青年のひ弱な上半身にへばりつく。
背中に担いだリュックサックが揺れる度、その重さに肩と背中と腰の肉がやられはじめた。
つばの長い帽子に覆われて、頭の中はサウナ室のように湿っぽく、短い黒髪がかゆくてたまらなくなった。
頭に乗っかった幼い電気鼠の体重が、首の筋肉を何度もつらせる。

わき腹が痛んだ。
関節が軋んだ。
ふとももの筋肉が極限まで腫れあがり、
体中の至る所で筋肉の悲鳴が上がった。
凄まじいほどの運動不足である。

時間が経つほど、青年の肉体に疲労がのしかかる。
疲れた。苦しい。面白くない。死にたい。やっぱり死にたくない。帰りたい。
それでも青年は歩き続けた。
行く宛てもなく、ひたすら重たい足を前に出すことだけに没頭していた。
何故なのか。
ただ単に、『休む』というアイディアが思いつかなかったのだ。


深緑の屋根の住宅街を飛び出して、
暗い長い一本道の洞穴を抜け、
橙色の港町を越え、
山吹色のビル街を越え
水色の田舎町を越え、
月見で有名らしい山を登って、
石のような街を越え、
害虫で盛んな樹海を抜けて……
そして、
二番道路のずっとずっと向こうで、
深緑の屋根の住宅街が見えてきた。

「ど……どうして、こんなことになってしまったんだ?」

随分と長く歩き続けて来た。
辿り着いた先には知らない町が広がっている予定だった。
それなのに、何故か、向こう側で見覚えのある町の輪郭が見える。
深緑色の屋根。
トキワシティだった。

「あ……嗚呼! ああっ!」

目の前に自分の町が見える。
青年は衝撃のあまり、地べたにひざまずいて、嗚咽を漏らした。
うつむくと、自分の影で濃くなった地面と見つめ合った。
衝撃だった。絶望だった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
今までの苦労とは一体なんだったのか。

「こんなことなら、地図、買っときゃよかった!」

己の浅ましさを思い知った。

苦悶のあまり、しばらく四つん這いになって不動の姿勢を見せていると、
どういうわけだか公然でエロティックな営みを励んでいるような気持ちになり、
羞恥心に駆られて青年は慌てて立ちあがった。
その場から逃げるようにして再び歩き出す。
鉛色の曇り空みたいな憂鬱を引きずって、
スタート地点のトキワシティへとだらだら向かった。




日が暮れる寸前まで、青年はトキワの町を彷徨い続けた。
その挙句、青年の自宅付近の公園を発見し、ようやく休息の時が訪れた。

数年ぶりに公園の水道水を使った。
蛇口をひねり、その下で仰向けになって倒れると、冷水の激流を喉で受け止めた。
滝に身を打たれる荒行が如し。
干からびる寸前まで乾ききっていた肉体へ、命の水が満たされいく。
骨の芯まで潤っていくようだった。
九死に一生を得た気分だった。
死んだような魚の目に光が灯る。
青年は復活した。
そして自分が生きていることを地球に感謝する。

「ありがとう! おお! ありがとう!」

それから突如青年は腹を立て、やつあたりをするように地団太を踏む。

「たかだが水道水くらいで、何で喜ばなくっちゃあならないんだよっ!」

怒りはなかなか治まらない。

「世間には『おいしいみず』に金出して買う贅沢な人間もいるというのに!
 なんで俺だけが! くそぅ!」

わめいていると、ドッと疲れが押し寄せる。
無意味に荒ぶれるだけの元気は、今の青年の体内に残ってはいなかった。
考えるのも面倒になり、知らぬ間に無我の境地へと達していた。


担ぎっぱなしだったリュックサックをようやく降ろすと、ふいに背中が浮くように軽くなった。
軽やかな足取りで公園の片隅まで進み、そこにあった木製のベンチに重たい腰を沈めた。
いきなり体が動かなくなる。
金縛りのようにびくともしない。
青年の肉体は指一本すら……否、さすがに指一本ならなんとか動かせる。
限界まで達した疲労が、体の動きを封じていた。
頭は目覚めているのに、肉体だけが眠っている。そんな感じがした。

背もたれに全体重を預け、空を眺めた。
透き通るようなオレンジと紫の、色鮮やかなグラデーションが広がっている。
夕方が夜と入れ替わろうとしている。
いずれ太陽の光は地の底に沈み、暗黒が天を覆い尽くし、冷たい風がこの一帯を支配するであろう。
その事実を青年は心から嫌がった。
今すぐここから逃げ出したく思った。
しかし、旅だった瞬間から覚悟は出来ていた。
意を決し、その覚悟を口にする。

「……今日はここで野宿だ」

やや犯罪であった。
過酷な選択だった。
青年としても不本意だった。
しかし、だからこそ、あえて青年は思いっ切り笑顔を作ってみせた。
口角を思いっきり釣り上げ、頬にシワを寄せ、鼻の穴を広げ、目を潰して、凄絶な笑みを浮かべてみせた。
この苦境こそが今までの生活との違いであり、
夢が近付いたと実感させてくれる吉報となった。

青年のジーンズのポケットの内側の財布の中には千円札が三枚だけ挟んである。
この程度の数字では薄汚いラブホテルにすら宿泊できない。

ここに至るまでの道中で何度も見知らぬ通行人に出くわしていた。
その際に、田舎に○まろ●的なノリで「今晩泊めてください」と声をかけるという手段もあった。
しかし、青年は微塵の勇気を持ち合わせておらず、他人とすれ違う度に心の中で、
(きっとあの人はホームレスで、日夜同じ場所をウロウロと徘徊していて、
 しかも声をかけられると「科学の力ってすげー!」とワケのわからぬ世迷言を抜かす、
 かかわらない方が良い感じの人間に違いない)
などというわけのわからぬ言い訳を作り現実から思いっ切り逃げてしまっていた。

これからは自分の力で生きていかなければならない。
分かっていたのに何もせず、立ち向かうことをやめてしまった。

「はぁ〜」

己の情けなさを思い返し、深いため息を意図的にこぼす。

――チュウ!

隣から電気鼠の鳴き声がした。
目をやると、小柄なレモン色の肢体が、ベンチの上で大の字になって寝転がっていた。

黒曜石の色をした、くりくりの瞳。
頬に膨らむ真っ赤な電気袋。
口元のωから覗く幼い牙。
ホクロのような鼻。
赤子のようにふくよかで小柄な体躯。
鮮やかなレモン色の肌。
ギザギザに伸びた尻尾。尾の先端はハート形。
切先の黒い、長くピンと伸びた耳。
指先の尖った短い手足。
今、青年の隣で、
全裸のピカチュウが一服していた。

「お前も疲れてしまったのか、ピチカ?」

ピチカと呼ばれたピカチュウは、返事もせずに、ただ無表情で空を仰いでいた。
ふにふにした曲線を描くメロメロボディは、死体のようになってふんぞり返っていた。

「レポート書いたら……そしたら今日の冒険はお終いだ」

青年は優しく囁いた。
ピチカは幸せそうにくたびれている。

この幸せをいつまでも守っていけるだろうか。
それとも、いつまで守っていけるか、だろうか。

十五歳を迎えたばかりの青年は、未だまともに銭を稼いだことがなかった。
世間知らずな若造の分際で、ポケモンの『おや』をやっている。
自分の生活ですら心配な人間が、ポケモンを飼って路上生活を余儀なくしている。

自分はピチカを幸せに出来るだろうか。
普通のポケモントレーナーをやっていけるだろうか。
青年は不安だった。
そのくせ、今は、不安に悩むほどの気力を持ち合わせてはいなかった。
面倒臭いから、全部明日にしようと決めた。


相棒のピチカを真似るようにして、
青年はまどろみ、目を細め、視線を宙に漂わせた。

鎖のねじ切れた乗る部分のないブランコ。
真っ二つにへし折れたシーソー。
空中に向かって伸びる滑り台。
立方体に絡まった柱が、全てグニャングニャンに折れ曲がったジャングルジム。
バラバラになった鉄棒は数多の槍となって地面に突き刺さっている。
青いペンキのはがれおちた、
焼跡ようなサビにまみれた、
イビツな形の鉄の棒。

原型を留めていない遊具だった物体は、
触ると呪われる骸骨のように朽ち果てていた。

知っているはずの公園で、知らない景色が広がっていた。
しかし、青年は何の感想も抱いてはいなかった。
「ふーん」ぐらいにしか思っていなかった。
疲れ果てた人間の働かない脳味噌が適当な処理で怠っていたからだ。

不気味な雰囲気の漂う公園の最中で、
青年は微塵の危機感をも覚えることなく、
深い眠りに落ちていった。










つづく


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