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  [No.1017] [十四章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/08/06(Mon) 23:56:29   53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]







『ポケモントレーナーのシオン』





ガラス戸の向こうから射し込んだ日の光が、立方体の空間をほんのりと満たしていた。
畳の床もふすまの壁も若草色をした和室の中で、
親と子がちゃぶ台をはさみ、向かい合って座り込んでいた。

「おら、誕生日プレゼントだ。受け取れ」

黒いソファに深々と座るカントが、懐から何かを取り出すと、
年輪のハッキリしたちゃぶ台の上にバチン! と叩き落とした。
座布団の上にキチンと正座をして、シオンはまじまじと差し出された物体を観察する。
光沢のある白い長方形に、『シオン』という文字が見える。
名前の隣に『TRAINER'S CARD』と書かれてあった。
ゾッと鳥肌が立った。
長らく探し求めていた代物が、シオンの手が届く位置で、無防備にぽつんと佇んでいる。
たまらず、腕をそっと伸ばす。

「一応言っとくが、それ取ったら家から出て行けよな」

伸ばした手を、カードの触れる寸前でピタッと止めた。
何かとんでもないことを宣告された気がして、念のために訊き返す。

「え? 何? 何だって?」

「だから、それ取ったら家から出て行けって。今日から晴れて一人暮らしだ。良かったな」

一瞬、恐怖で頭が真っ白になる。
この家での暮らしを捨て、安心と安全を失い、これから自分の力で生きていく。
シオンはとても自分が出来る業とは思えなかった。
ためらいが生まれ、目の前のボールに手が出せなくなってしまう。

「どうした? 早く取れよ。いらないのか?」

カントの挑発的な問いにシオンは焦り、苦悩する。
生活かトレーナーか、どちらか一つを選ばなければならないようだった。
気がつけば、人生を賭けた深刻な問題になっている。
和室の中の空気が急に重苦しくなった。
何かヤバい取引でもしている気分だった。

「ちょっと待ってくれないか。父さん、何を言ってるんだ? 変なことを勝手に決めつけるなよ」

「文句があるのか?」

どすの利いた声がした。
刃物のような目付きから鋭い視線がシオンのまぶたに突き刺さる。
静かな怒りが漂ってきた。

「いや、別に文句があるってわけじゃないけど……」

シオンは、やや怖気ずいて言い訳をした。
先程のポケモンバトルで、シオンはカントを気絶させた後、ピチカにイヌをボコボコにさせた。
惨めな目に合わせたあげく、正攻法とはかけ離れた戦術を駆使し、あまりにも醜い勝利を掴んでいた。
そんな憎むべき相手にもかかわらず、謙虚にもカントはトレーナーカードを差し出してくれた。
感謝せねばならない立場でありながら、文句などを言ってしまえば、
カントの機嫌を損ねてしまい、トレーナーカードは没収されてしまうだろう。
しかし、シオンは我が家から去るつもりはなかった。
一人暮らしには苦しいイメージがつきまとって離れなかった。

「……どうして、家で暮らしながら、トレーナーをやっていっちゃ駄目なんだよ」

「あ? 甘えてんのか? 何、俺に頼ってんだよ。
 ポケモンに頼られなきゃならない存在になるんじゃねえのか?」

「まあそうなんだけど、なんていうか、実家暮らしでもトレーナー目指したって問題ないはずだろ。
 そもそも俺、まだ十五になったばっかだし、いきなり一人暮らしとか厳しくないか?」

シオンはカントの顔をうかがいながら尋ねる。
見上げると、亀裂の入った岩のように顔を強張らせた父の顔があった。
やはり怒っているようだ。

「おいシオン。お前は何を言っているんだ? まさか、もう忘れたのか?」

「何が? 何の話だよ?」

「お前言ったよな。高校進学をやめるって。それでポケモントレーナーを仕事にするって言ったよな?」

「……ああ、そういえば」

曖昧に記憶がよみがえる。
カントに「ポケモンを譲ってくれ!」と頼んだ時の話だった。
覚悟が決まっていたことさえシオンは忘れていた。

「なぁ、シオン。ひょっとしてお前、遊びでポケモントレーナーになるって言いやがったのか?」

「それは違う! 俺はポケモントレーナーを舐めちゃいない!」

馬鹿にされたと思い、ついムキになって叫んだ。
ポケモンに対しては真剣な人間であると、シオンは自分を信じていた。

「けどお前、ポケモンを育てるなんて大したワガママぬかしながら、俺を頼ろうとしてるじゃねえか。
 お前、本当は苦労するつもりなんてないだろ? リスク背負うつもりないだろ?
 自分で責任とってやるつもりなんてあんのか? どうなんだ、えぇ?」

「父さん。あんまり馬鹿にするなよ。俺をそんなふざけたクズのトレーナーと一緒にされちゃ困る」

ついムキになって反論した。

「だったら、なんでカード取らないんだ? さっさと取れよ。いらないのか?」

「え? ああ、いや、ちょっとボーっとしてただけだ。今とるよ、今」

没収されそうな雰囲気を感じ取り、シオンは慌てて、そっと手を伸ばした。
気は進まなかったが、このチャンスを逃してしまうわけにはいかない。
今までの苦労を無駄には出来なかった。

「ほら、取ったぞ」

トレーナーカードを掴んだと同時に、シオンは今まで持っていた大切な何かを手放してしまった。
夢が叶った瞬間、シオンは後悔した。
喜びはなく、不安ばかりがあふれてくる。
困難を乗り越えたばかりだというのに、再び苦行が訪れようとしていた。
ポケモントレーナーに休息はないのだろうか。

「それじゃあ俺、準備してくるから。今日中には出ていくから」

本当にこれでよかったのだろうか。
疑問と不安を抱えたままシオンは席を立つ。
手に入れたトレーナーの証を強く握り、忙しなく部屋を後にした。





衣食住の約束された安心生活を切り捨ててしまった。
明日からいきなりホームレスに成り下がってしまうかもしれない。
そんな恐怖が胸を縛りつける。
これが本当に現実なのか。まるで実感が湧いてこない。
今すぐ戻ってトレーナーカードを返せば、実家からの追放はまぬがれるだろう。
しかし、シオンにとっては、トレーナーをあきらめる方がずっと恐ろしかった。
必死で後を振り返らないようにして階段をのぼっていった。

気持ちが晴れないまま、二階にまでやってくると、
シオンは力の入らない手で自室のドアノブをひねる。

ほこり被った勉強机、ふとんのないベッド、ゲームソフトのつまった本棚、
そして巨大なクローゼットがシオンの目を引いた。
異世界にでも繋がっていそうな巨大な扉を開くと、
服のかかったハンガーの側面がびっしりと並んでいた。
ほとんどがカントの衣服である。
その中から一部をひったくると、シオンは寝巻を脱いで、着替えを始めた。


ダサいと思いながらも買った、真っ黒なTシャツに袖を通す。
シオンの胸元に、『IamPOKEMONTrainer!』の文字が現れる。
背中にはモンスターボールと若葉マークのプリントが描かれている。

新品の全く色あせない群青色のジーンズをはく。
いずれボロボロでヨレヨレのダメージジーンズにする予定であった。
デザインよりも、長年使いこんだという事実がカッコイイのだ。

腰にカントが使わなくなったの茶色いベルトを巻く。
へその下で銀の四角形が輝く。
高価なのか安物なのか分からない一品に、拾ってきたモンスターボールホルスターをひっかけた。
そこに光沢を放つ紅白の球が納まる。

「そういえば、俺は一人じゃないんだったな」

ボール内部で暮らす小さな相棒は何よりも心強く、シオンの不安を和らげてくれていた。

マスターボールみたいな紫の帽子を被った。
こめかみにピンクの丸、額の部分は白くMの文字が目立つ。
Mの文字が意味することはシオンにも分からない。

最後に薄紫色のリュックを取り出した。
線路みたいに走る白銀のジッパーを引っ張ると、適当に荷物を放り込む。
着替え一式。
ポケモン図鑑(本バージョン)。
食える木の実図鑑(本)。
オボンのみの缶詰×2。
見様見真似で詰め込んでみたものの、どれもこれも使うかどうかが分からない。

「まあ、必要な物が出てきたら、その時にでも買えばいいよな」

こうして、中学生の財布に大打撃を与えたいかにもな服装をシオンは全て装着した。
今、最高の人間が誕生したはずだった。
なんだか生まれ変わったような気がする。
新しくなった自分を一目見ようと、シオンは部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、洗面所の前へとたどり着く。
そこには、鏡の中の世界で大笑いする自分がいた。
想像以上に服装がダサすぎて可笑しかった。
憧れていた世界の住民になれた自分を見て、思わず感動してしまった。
冒険しているのか、私服なのか、少々分かりにくいこのダサい服装がシオンは大好きだった。
ポケモントレーナーになったのだと噛みしめるように再認識した。

未だ不安を振り払えたわけではない。
しかし、もう我が家にしがみついて生きようとするのはやめることにした。
自分がポケモントレーナーだと分かったからだ。

旅立ちを決意する。
野宿も覚悟する。
金の荒稼ぎをも誓う。
緊張と興奮で胸がドキドキしていた。
シオンは無性に楽しくなってきた。





ずいぶん久しぶりに親子そろって昼食をとった。
二人の間でラーメンのすする音だけが飛び交っている。
シオンに会話をする気は全くなく、気まずい空気が流れる中でただ麺をすする。
もしも儲けられなければ毎日こんな貧しい食生活なのだろうか。
舌の上で栄養を感じられない味がした。
夢のためには健康をも捨てねばならない。
くどいスープを吸いつくし、終始無言で食事を終えた。
空になったカップの容器を放置して、シオンは黙って席を離れる。
もういかなきゃ、と思った。





シオンが石造りの白い玄関までやってくると、下駄箱から新品の黒いスニーカーを取り出して、履いた
靴の側面にマスターボールみたいな紫のラインが入っている。
ジーンズと同じく、いつか最高のボロボロ靴になる時を楽しみにしていた。
そんなことを妄想しながら、ひもを固くむすぶ。

「もう行くのか?」

振り返ると紺の浴衣が目に入った。
カントが虚ろな瞳で見下ろしている。
何事もなかったかのように、シオンは再び靴ひもを結びなおす。
蝶々結びが中々綺麗に仕上がらない。

「ああ。もう行ってくるよ。ポケモントレーナーになったんだからな」

「お前、そんな格好で山やら森やらは抜けられるのか?」

「その時になったら買いかえればいいだろ。それに、しばらくはトキワにいるだろうから」

「そうか……なら先に風呂にでも入っていったらどうだ?」

「トレーナーってのは一週間、
 いや一カ月ぐらいは風呂に入らない時期があったりするもんなんだよ」

シオンは面倒臭がって答えた。
カントに心配されてるような気がして妙に居心地が悪い。
しかし、考えてみれば、これでカントとも我が家とも最後の別れになる。
カントの態度にも少し納得がいった。

「シオン。餞別だ、持ってけ」

再び振り返ると、カントの手から三枚の千円札が差し出された。
それを無言で受け取る。
長方形の右側にレッドの肖像画、左側に白銀山、真ん中のだ円形を光にかざすと笑顔のピカチュウが浮かび上がる。
まるで死者を写したような三枚の紙きれをシオンはありがたく頂戴した。
早速、ダサい服のおかげで、すっからかんになってしまった財布の中に三千円を投入する。
ついでにトレーナーカードも押し込んだ。

「なぁシオン」

「なんだよさっきから。気持ち悪いな」

「いつでも帰ってこいよ。その時は、お前のトレーナーカードを取りあげるからよ」

感情のこもらないような声でカントは淡々と言った。
それは優しさなのか嫌みなのか、どういうつもりで言ったのかシオンには分からない。

「俺は絶対に帰らないよ。帰るのはポケモンマスターになった時だけだ」

自分の意思を率直に伝えた。
ふいに、こんな他愛ない会話をカントとするは久しぶりだと気が付いた。

「そうか、なら絶対に帰ってくるな」

厄介払いのつもりで言ったのか、
それともシオンのトレーナーとしての成功を祈るつもりで言ったのか。
真相は分からないが、シオンは訊き返すつもりがなかった。

「父さんが次に俺の姿を拝めるのはテレビの中だから」

名残惜しいと思いながらも、シオンは重い腰を上げ、立ち上がった。
財布をポケットに突っ込み、リュックをしっかり背負いなおす。
靴のつま先をトントンと床で叩く。

「気を付けて行ってこいよ」

「言われなくても分かってる」

心配されると照れ臭くなって、ついうっとおしそうなふりをした。
そしてシオンは玄関の扉に手をかける。

「永遠に行ってきます!」

最後の言葉を残して、シオンは外の世界へと旅立った。
もう後には振り返らない。
扉を越えて、光の中へ。








つづく?








後書?
オハナシ作るってのは時間を食い過ぎてしまうのが問題ですね。
クオリティを下げれば解決できそうですね。
そんなことより次で最終回だそうですよ。


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