マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.778] [二章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/10/17(Mon) 08:31:30   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

pocket
monster
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             『バリアー・前編』





              早朝に外出するのはシオンにとって久方ぶりのことだった。
             傾いた朝日、色の薄い青空、ポッポのさえずり、
             少し肌寒い春風、新鮮に感じられた。
             人の見当たらないトキワシティは、ゴーストタウンのように思えた。
             相変わらず、全ての家が緑色の屋根をしていた。
             太陽を背にすると、石畳の上に自分の影が濃く映っていた。
             早足でスニーカーを鳴らし、歩き出した。


              住宅街を抜けた先に、広葉樹が防壁のようにどこまでも並んでいた。
             水平に伸びる樹の壁に一か所だけ穴があった。
             トキワシティの出入り口だと解るなり、シオンは駆け寄った。

              真っ二つに割れた森の間が一本道となって伸びている。
             その道を妨げるように突っ立つ人影があった。
             可愛らしいミニスカート、サラサラの長い金髪、醜く歪んだ顔面、
             それはベトベトンのような容姿の女性だった。


             「そこの男子!」


              シオンは目の前で叫ばれた。不愉快だった。


             「誰?」

             「私はヨシノ・ワカバ。ポケモントレーナーよ」

             「何か用ですか?」

             「あなたがポケモントレーナーだと証明出来るものを見せなさい。
             今すぐ!」


              横柄な態度の女だった。不愉快だった。


             「どうして俺がそんなことしなくちゃいけないんですか?」

             「私の仕事だからよ、アルバイト様よ。それに国で決められた規則だし。
             不審者なら町の外に出すわけにもいかないでしょ? 
             それとも見せられない理由でもあんの?」


              上から目線のワカバはシオンを見上げて言った。不愉快だった。


             「そうじゃないけど……それで、俺は何を見せたらいい?」

             「例えばポケモントレーナーの証明書」

             「トレーナーカードは家に置いてきてあるんです」

             「じゃ、あなたのポケットモンスターを見せて」

             「俺のポケモンは人見知りなんだよ」

             「じゃモンスターボール出しなさい」

             「はい」


              シオンは金の玉を見せびらかした。愉快だった。


             「あなた名前は?」

             「ヤマブキ・シオン」

             「へぇ……酷い名前」

             「よく言われます」

             「今時アンタみたいの珍しいから覚えておくわ。でも、他の街の
             名前してたってトキワシティから出してあげないから」


              カッとなって尋ねる。


             「どうして!」

             「だって、あなたポケモントレーナーじゃないんでしょ?」

             「そんなことはない!」

             「ならそんなだらしない金の玉じゃなくって、トレーナーカード
             を見せなさい。あなたがトレーナーだって証明できるものを見せなさい」


              シオンはポケモントレーナーではない。
             トレーナーだと証明できるものなど持ち合わせてはいない。
             困ったシオンは、女性を避けて通ろうとした。
             しかし、右へ行っても左へ行っても、
             ベトベトンの容貌がシオンの前に立ち塞がった。


             「お願いです。どいてください」

             「駄目。もし、それなりに強いポケモン持ってるなら通してあげる」

             「何で? どうしてトレーナーじゃないってだけで
             通してくれないんだ? 納得のいく説明をしてくださいよ」


              ワカバは呆れたと言わんばかりのため息をついた。
             毒ガス攻撃と思い、シオンは一瞬だけ呼吸を止めた。


             「いい? よく聞きなさい ここから先には野生のポケモンがいるの。
             人が襲われんのよ。危険なの。
             しかもアンタはポケモン扱えない弱者だから超危険なわけ。
             だから野生のポケモンがいない安全な町の中に戻ってて」

             「嫌だ、戻らない。
             俺はこの先にいる野生のポケモンを捕まえに行きたいんだ。
             町の中じゃ捕まえても許されるポケモンなんて入ってこないから、
             俺はいつまでたってもトレーナーになれないんだよ」


              シオンは細い目をじっと睨んだ。
             何か違和感があった。
             ふと意見が一致してないと気付いた。
             シオン自身は事実を述べていたが、
             ワカバも嘘を吐いているように思えない。
             おかしな点といえば、目の前にいる女の顔しか見当たらない。


             「あの、何か矛盾してません?」

             「何もしてない」

             「でもポケモン持ってない人は、街の外に出られないんですよね?」

             「そうよ」

             「じゃあ、あなたは最初のポケモンをどうやって手に入れたんですか?」

             「え? 何言っちゃってるの?」


              ワカバは鼻で笑った。思わず噴き出したようだった。
             馬鹿にされていた。シオンはムカついていた。


             「だっておかしいじゃないですか。
             町に野生のポケモンは来ないんですよ、
             捕まえていいポケモンがいないんですよ、一体どうやって?」

             「私は父から貰った」

             「ああ……なるほど、まぁそうなりますよね」

             「ええ」

             「じゃ、あなたの父親はどうやってポケモンを?」

             「父も親から譲り受けたのよ。
             でも、私の祖父は野生のポケモンを捕まえてたみたい。
             昔は法律ってのも厳しくなかったみたいだし、
             私みたいな仕事する人も少なかったっぽい」

             「なら今の時代はどうやったら手に入る?」

             「だからアンタも親に頼みなさいよ」

             「もしも親がいなかったら?」

             「しつこい! でも、まぁ、普通は貰うもんでしょ。
             最初のポケモンは、ナントカ博士から貰ったって話も多いし」

             「うん、そうだよな。それが普通だ。貰えるもんなんだ」

             「ええ」

             「じゃあくれ! 俺の最初のポケモンくれ!」


              シオンは嬉々として両手を伸ばして見せた。
             ワカバは眉間にしわを寄せ、汚物を見ているような表情をしていた。


             「訴えられたいの? 警察に捕まりたいの? それとも死にたい?」

             「なんだよそれ? 犯罪なのか?」

             「そうよ死刑よ!」

             「普通は貰える、って自分で言ったくせに!」

             「でも普通は赤の他人にあげない。
             大切な仲間をあげたりなんてしない」


              ワカバの意見に納得は出来た。
             そういう反応をすることも予測出来ていた。
             それなのに怒りがこみ上げる。


             「自分で言ったくせに。それなら、せめてこの道を通してくれよ」

             「だから出来ないの。そういう仕事。解ったら帰りなさい」

             「俺が可哀想だろ!」

             「別に。全然」


              シオンの胸の奥で憤怒と興奮が爆発しそうなくらいパンパンに溜まった。
             ヒステリーを起こして喚き散らしたい衝動に駆られた。
             こらえる。


             「なぁ」

             「しつこい。ストーカー?」

             「それじゃあさ、他の道教えてくれよ。
             街の外に出られる道って他にもあるんだろ?」

             「出入り口なら三つあるわ。でもアンタは街から出られない」

             「何で」

             「解らないの? 馬鹿ね。さっきも言ったけど、
             トレーナーじゃない人間を街の外に出すわけにはいかないの。
             つまり他の出入り口にも私と同じ仕事の人が見張ってるってワケ。解った?」

             「いちいち腹の立つ言い方をするよな。
             それじゃ、その出入り口で俺の邪魔するなら、
             俺はどこから外へ出ていけばいい?」

             「そことか、そことか」


             ワカバは右と左を指して言った。
             彼女の左右から樹木がどこまでも並んでいる。
             こんもり茂る常緑広葉樹は、人の入る隙間もない程、
             ぎゅうぎゅうに敷き詰められて並んでいた。
             トキワシティを守る樹の城壁のようだった。


             「通れるワケないだろ!」

             「そんなこと言ったって私は道を退かないから」


              渋々シオンは、樹の壁に向かって前進してみた。
             シオンが樹の壁にぶつかると、
             ブミュブミュと奇妙な音を鳴らして足踏みをしていた。


             「やっぱり通れないじゃないか!」

             「当たり前でしょ? 樹にぶつかってるんだもん。馬鹿じゃないの?」


              ワカバに頼った自分を反省し、シオンは自力ですべきことを考えてみた。
             トキワシティの出入り口は、フリーターの妨害によって
             トレーナーではないシオンは通して貰えない。
             それ以外の場所は自然の壁によって通り抜けられない。
             シオンはハッとして言った。


             「あれ? そういえば俺ってこの町から外に出たことないぞ。一度もだ!」

             「うーん……まぁ、そうなるわね。ポケモン持ってないワケだし」

             「何だよそれ! そんな。俺、トレーナーになれないだけじゃなくて、
             トキワからも出られないのか! 一度だって許されてないぞ!」

             「だから? それで? 何興奮してんの?」

             「なんでそこまで露骨にそっけない態度が出来るんだよ!
              俺、何にも悪いことしてないのに、
             こんなド田舎の牢獄に閉じ込められて生きてきたんだぞ!」


              シオンはヒステリーを起こしたように喚き散らした。


             「自分だけ辛い思いしてるって言いたいんだ?」

             「そうだ! そのとおりだ!」

             「……レッド知ってるよね? 伝説のトレーナーのレッド」

             「うん」

             「彼ね、マサラタウンに十年間も幽閉されてたそうよ」

             「……俺は十四年間もだ」

             「でもマサラっていえば建物が三軒しかないじゃない。
             図書館の一つだってありゃしないのに」

             「でもレッドは十年我慢して、
             その後で色んなところを見て回れたんだろうに。
             俺は未だにこの街を出ることが出来ない!」

             「ふぅん。そ、可哀想にね」


              常に侮辱されている気がして、シオンは常に不愉快だった。
             顔が熱い。しかし怒鳴る気力も尽きていた。

              怒りの反面怯えていた。これから永遠にトキワシティという名
             の牢獄から出られないと思うと末恐ろしくなる。


             「解ってるだろうけどさ、アンタが何言ったって無駄だからね。
             どんな目にあってるのかなんて知ったこっちゃないの。
             私はただ仕事をやってるだけだから。
             通行したいならトレーナーカード持って出直しなさい」


              どうしたらポケモントレーナーになれるのか。
             これからどうしたらいいのか。
             するべきことが解らず、シオンは困り果てていた。
             その場に立ち尽くし、ただ途方に暮れるのだった。


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