マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.779] [三章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2011/10/18(Tue) 22:48:07   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

pocket
monster
parent




             『バリアー・後編』





             シオンは女や子供を殴った覚えなど一度もなかった。
             それでも殴る覚悟をした。
             目の前を立ち塞がるワカバをグッとにらみつけた。


             「どうしても退いてくれないのか?」

             「何度言えば分かるの? 仕事だから、ここは通せないって」


             ワカバの顔面はすでに殴られた後のように不細工だった。
             流れるような金髪、色白の肌、細長い手足、小柄な体系、
             そしてベトベトンのような醜い容貌、顔を隠せば美少女であろう。


             「じろじろ見ないで。気持ち悪い」

             「自意識過剰だな。どうしても退かないなら、
             俺は力ずくで通り抜けてやるぞ?」

             「力ずく? 笑わせないでよ。
             アンタみたいなもやしっ子が、無理に決まってんじゃん」


             ワカバは鼻で笑った。
             やせ我慢や見栄を張った様子はなく、
             異様な自信があるようだった。
             シオンは運動が得意なワケではないが、
             細身のワカバよりも一回り体が大きい。
             実はナントカ拳法の免許皆伝取得者、
             なんてことはありえない。
             この世がフィクションでもない限りシオンは、
             ワカバの妨害を切り抜けられると信じていた。

             そうこう思案している内に、
             ワカバはおもむろに鉄球を取って見せた。
             赤と白の鉄球だった。


             「ああモンスターボール」


             紅白の鉄球がワカバの手の平から離れた。
             モンスターボールは大地で真っ二つに割れ、
             白い光が宙に漂う。
             みなぎる光が、ポケモンへと変形していく。
             ベトベトンが現れる予感がした。


             鉄球の内部から青き竜が姿を披露した。
             大きな蛇のような小さな龍がいた。
             その太く、長く、しなやかな体躯が、
             なめらかな曲線を描いている。
             尾と首元に瑠璃の玉が飾られ、
             真珠色をした円錐の頭角をはやし、
             天使の翼を形作る純白の耳に、
             黒い光沢のある瞳がキラキラしている。
             ドラゴンポケモンのハクリューだった。
             初見だったシオンは、思わず声を漏らした。


             「びゅっ……ビューティフォー……」


             目の前で、美術品が鼓動しているかのようだった。
             宝石が生を受けたかのようだった。
             瑠璃の化身だった。
             隣のベトベトン女と見比べるとより輝いて見えた。


             「彼女が私のポケモンよ、名前はハクリーヌ。
             これでも力ずくで通るって言える?」


             青き竜の体長はワカバのおよそ三倍近くあった。
             良く育てられてるのだと思った。
             人がポケモンに勝利するケースは少ない。
             シオンは勝てると思っていない。
             勝敗よりもハクリーヌを、
             このまま奪い去ってしまいたかった。


             「人間が、それもアンタみたいなのが
             ポケモンに勝てるわけないでしょ。
             分かったら帰りな」

             「嫌だ! 俺はこの先へ行く」 

             「ハクリーヌと闘うつもり? 殺されたいの?」

             「ああ、相手をしてもらいたいくらいだよ」

             「そ。じゃあハクリーヌ、そこらへんの地面にたたきつける」


             青き竜は、尻尾を天にかざすと、ムチのようにしならせた。
             ビュンと風を切る強い音が、パン!と足元から鈍く轟く。
             一瞬だけ空間がねじれて見えた。
             ハクリーヌの尻尾から胴体まで地面に減り込んでいた。
             一瞬で大地が凹んだ。


             「次は当てるわ」


             ワカバはいやらしい笑みを浮かべる。勝ち誇った表情に見えた。
             シオンは大地を思いっきり踏みつけたが、
             分厚い鉄のように固く微動だにしない。
             それをハクリーヌは粘土ようにひしゃげる。

             もしハクリーヌの一撃を生身の人間が受けたならば、
             無事では済まないだろう。
             衝撃を受けた骨格は粉々に砕け、体内の臓器が全て破裂し、
             肉片と血をまき散らして、原型のない遺体へと成り果てる。
             途端、死の恐怖に足がすくんだ。


             「お前は、そんな簡単に人殺しになるつもりか?」

             「死なないわよ。知らないの『エッチピー』って」


             いやらしい何かの単語かと勘繰ったが、
             シオンはすぐに理解した。


             「『ヒットポイント』だろ? 
             ポケモンの持ってる体力みたいなもんだよな。それが何だって?」

             「ポケモンの『技』って『HP』を削るためのもの。
             でも人間には『HP』がない。よって死なない」


             シオンは大地に空いた穴をもう一度見つめた。


             「死ぬって!」

             「そんなことない、理屈が通ってる」

             「屁理屈だ! 
             人間にポケモンの技を試してみたい愚か者の言う屁理屈だ!」

             「でも、私やるから。仕事だし。アンタが通るって言うのならね」


             さらりと言ってのけるワカバの言葉が冗談に聞こえなかった。

             ワカバはトキワシティの門番でもあった。
             不審者を捕まえ、悪人を街から逃走させない使命を受けていた。
             強い力を持つ証だった。
             か弱いから勝てる、女だから、
             などと浅い読みをし、今になって後悔した。

             命を賭けてまで突撃したくはない。
             その一方で、ここを乗り越えねばトレーナーになる時が
             永久に訪れそうにない。
             ポケモントレーナーになれないのなら、
             死んだ方が良いと本気で思っていた。

             自己暗示をした。
             目の前の困難を乗り越えたらポケモントレーナーになれる。
             今、頑張ったなら夕方頃にはポケモントレーナーになっている。
             黄色い電気ネズミが相棒として、自分の隣にくる。
             この場を切り抜けて帰ってくるだけで、念願が成就する。
             苦しみの後に必ず幸せはやってくる。

             女と竜が視線を投げ、待ち伏せていた。
             勇気を携え、シオンは腹をくくる。
             大地を蹴って、走り出した。


             「はかいこうせん!」


             ハッキリした声だった。
             目の前が真っ白になった。
             張り裂けるような爆音と雷鳴が轟いた、かのようだった。
             灼熱の炎が体を押し潰す勢いで迫っている、ように感じた。
             背中から猛スピードで疾走している、ように感じた。
             燃え上がる烈火の中を延々と落下しているような、
             そんなイメージがシオンの頭で展開された。
             熱い炎と凍える風に圧迫されて、見動きは取れず息が苦しい。
             何処も白しか見当たらない。
             何が起きているのか分からず、不安と恐怖でいっぱいだった。


             視界からうっすらと白色が引いていった。
             青空と大地がかき混ぜられる景色を眺めていた。
             シオンはごろごろ転がっていた。
             思い切り力んで、起立すると、その場で崩れるように倒れた。


             体中を鈍痛が何度も突き刺した。
             頭から足までズキズキと鮮明に感じとれる。
             めまいがする。吐き気がする。脳みそが震えているようだ。
             シオンは深呼吸すると、石のように固まり、眠るように休んだ 。


             痛みが薄まる。シオンは踏ん張って立ち直る。
             周囲にワカバとハクリーヌの姿はない。
             至る所で緑色の屋根の住宅が見つかった。
             推理する。ハクリーヌの攻撃を受け、
             シオンはトキワシティまで吹っ飛ばされてしまった。

             人の限界を余裕で超える圧倒的な威力だった。
             腹の底にのめり込んだ灼熱が、今更じわじわと伝わってきた。
             あらがえず無力を感じた凄まじい圧力。
             軽々と人体を猛スピードで飛来させる大力。
             簡単に恐怖や不安を覚えさせる能力。
             心を揺さぶる一撃だった。シオンは感動した。


             「ふははははは」


             弱弱しく笑ってしまった。変態になったのかもしれない 。
             シオンは、強い力に憧れていた。
             ポケモンは凄くて強くてカッコイイのだと再認識した。
             それが嬉しかった。
             たまらなくワカバが羨ましくなった。


             「ああ、俺も力欲しいなぁ。ポケモン欲しいなぁ。ちくしょう!」


             もし自分が破壊光線をぶっ放していたら、
             そんな力があったらと考えただけで気持ちが高ぶった。
             ちょっとしたヒーローになれそうだった。
             たまらなくハクリーヌが欲しくなった。


             「さて。どうしようかな」


             自分のポケモンが欲しくてたまらない。
             今すぐにでも手に入れたい。
             ワカバとハクリーヌに無謀な再挑戦を挑んだ所で、
             半殺しに遭うのは目に見えている。無策での挑戦を中止した。


             果たして何をどうすればポケモントレーナーとなれるのか。
             頭をひねって悩み続けてもさっぱり分からない。
             奇跡でも起きてくれない限り、
             ポケモンを手にする自分が想像できない。
             未だに起きてくれる気配のない奇跡にシオンは失望していた。


             「普通のポケモントレーナーになるぐらいなのに。
             ただそれだけのことだってのに。
             ああ! ちくしょう!」











つづく?


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