「やれやれ、だいぶがらん堂から離れちゃったなあ。みんな無事なら良いけど」
ボルトは長屋の軒下を歩いていた。多くの市民が住まう地で姿を見られたら非常に危険であるが、上空からの監視や追っ手を避けるため、敢えて込み入った長屋の集中する場所を歩いていたのである。辺りは静寂に包まれており、ボルトの乾いた足音はよく響く。
「さて、どうしたものか。ラジオ塔やコガネ城に突っ込むのも悪くないけど、さすがに1人だとまずいか……って、あ」
ふと、ボルトは足を止めた。彼の目の前には、開けた大通りが広がっている。人通りは皆無だが、思わずボルトは身構えた。
「危ない危ない、こんな道を通ったら簡単に見つかっちゃうよ。さて、戻ろうか」
「ちょっと待ちやがれっ!」
ボルトがUターンしようとした、まさにその時。大通りから怒号が聞こえてきた。ボルトが声の方向に目を向けると、1人の男がいた。
「あれ、君はがらん堂の……リノム君だっけ?」
「そうだ、俺様は神軍師のリノムだっ! 命が惜しけりゃ無駄な抵抗をするなっ!」
「……君、神軍師を名乗るには少し思考力がなさすぎるよ」
リノムの発言に半ば呆れながら、ボルトは言い放った。リノムは顔を真っ赤にしながら反論する。
「んだとっ、どこがおかしいっ!」
「だってさあ、考えてもみてよ。僕達はわざわざ自分からコガネシティにやってきたんだ。他の地方に逃げるという選択肢もあったのにさ。それはつまり、僕達は命を賭けていることを示している。今更命乞いなんかしないよ。僕達は何も悪いことしてないし、人としての誇りがあるからね」
「ぐぐ、言わせておけば綺麗事を……! 先生はいつも言っている、『自らの行いを反省できない奴は治しようのない愚か者だ』と。てめえみたいな奴は俺様が成敗してやる、トゲキッスっ!」
「やれやれ、これだから若い人は困るよ。ランターン、出番だ!」
リノムがボールを投げたのに応じ、ボルトもポケモンを繰り出した。リノムの先発は翼を持ったポケモン、ボルトの1番手は光を撒き散らす青いポケモンである。
「えーと、確かトゲキッスはっと」
ボルトはポケットからくすんだ図鑑を取り出した。トゲキッスはトゲチックの進化形で、全体的に高い能力を備える。特性はどちらも中々強力で、天の恵みを用いて追加効果を狙う型や、はりきりとしんそくで相手に何もさせない型などが代表例だ。
「なるほどね。ま、タイプ相性もあるから大丈夫かな」
「ごちゃごちゃうるせえぞっ! トゲキッス、まずは電磁波だっ!」
「で、電磁波だって?」
ボルトの驚く顔を見向きもせず、トゲキッスは先制で電磁波を使った。弱々しい電撃はランターンに当たり、ランターンは元気になった。痺れた様子は微塵もない。
「う、嘘だろおい。電磁波が効かないなんて……」
「リノム君、ランターンの特性が蓄電なのくらい知ってるだろ? 良くないなあ、うっかりミスは。ということでこちらはあまごいだ」
ランターンは頭の先を著しく明るくした。するとどこからともなく雨雲が現れ、土砂降りになった。ボルトもリノムもずぶ濡れである。
「くっそー、舐めやがって。くらいな、くさむすびっ!」
「なんの、雷だ!」
雨に打たれながら、トゲキッスは草を絡ませランターンを転ばせた。技を使おうとしていたランターンは照準が逸れたようだが、問題なくトゲキッスに雷を当ててみせた。
「はは、やっぱり雨の雷は良いね。必中するから小手先の技くらいでは止められないのも魅力的だ」
「ぬぬぬ……ええい、もう1度くさむすびっ!」
「甘い、とどめの雷だ」
トゲキッスは再び攻撃しようとするものの、体が言うことをきかない様子である。その隙を突き、ランターンは悠々とトゲキッスに引導を叩きつけた。雷はまたも命中し、トゲキッスは力なく地面に落ちた。
「よし、まずは1匹」
「……ばぐってんだろおおおおおお」
リノムは雨に打ちつけられているトゲキッスをボールに回収した。ここで、ボルトがある提案をした。
「なあリノム君、君の実力では僕に勝つことすら難しいと思う。ここは休戦して、お互い会わなかったことにするのはどうだろう? 君は負けなかったことになるからお咎めなしになる。悪い話じゃないとは思うんだけど、どうだい?」
「……おい、なんで俺が負ける前提で話を考えてんだよ。俺はてめえなんざに負けるかっ!」
「おやおや、こりゃ交渉失敗か。わかったよ、ならば気が済むまでやってごらんよ」
「……馬鹿にしやがって。その言葉、後悔させてやるぜ。ドククラゲっ!」
リノムは歯ぎしりしながら次のボールを投げた。出てくるのはドククラゲ。ボルトはため息をついた。
「やれやれ、あまり学習してないみたいだ。トゲキッスの二の舞になっても知らないよ?」
「フンッ、こいつを見ても減らず口が叩けるか? つぼをつくだっ!」
「つ、つぼをつく?」
ドククラゲは登場早々、80本の触手で体中を突きまくった。ボルトとランターンはその異様な光景に唖然としている。
「……はっ、油断してしまった。とにかくチャンスだ、雷で落とすんだ!」
ランターンはボルトの指示の下、三度雷を呼び込んだ。それはドククラゲにクリーンヒットした。だが、ドククラゲはびくともしない。
「な、雷が効かないだって!」
「言っただろ、俺は負けねえって。つぼをつくは能力を上げる技だが、何が上がるかわからない。しかしこの80本の触手で突きまくればすぐに全ての能力が限界まで伸びる。これこそ神軍師たる俺様の力だっ! ドククラゲ、ヘドロばくだんっ!」
ドククラゲは想像以上に速かった。ヘドロでできた塊を作ったと思った時には、既に発射してランターンに直撃していた。ランターンはボルトの手元まで吹き飛ばされ、そのまま気絶するのであった。
「ランターン!」
「へっ、俺様の勝ちは決まりだなっ!」
・次回予告
ドククラゲの圧倒的な力の前に、ボルトのランターンは為す術なく倒れてしまった。このポケモンの快進撃を止めることはできるのか。次回、第55話「ギャンブルゲーム後編」。ボルトの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.35
実はリノムにはモデルとなった人物がいます。運師というのもそれが元ネタです。お時間のある方はニコニコのタグ検索で「運師」と入れてみてください。どんな人かわかりますよ。
今回のダメージ計算は、ランターン穏やか特攻特防振り、トゲキッスずぶといHP防御振り、ドククラゲずぶといHP防御振り、レベル50で6Vを前提とします。ランターンの雷でトゲキッス確定2発、トゲキッスのくさむすびをランターンは2回耐える。つぼをつくで限界まで能力を上げたドククラゲはランターンの雷を4〜5回耐え、返しのヘドロばくだんでくさむすびのダメージと合わせてランターンを確定で倒せます。ランターンの雷こんなに耐えるとかチートすぎる。
あつあ通信vol.35、編者あつあつおでん