「ダルマー、大丈夫か!」
「ダルマ様!」
「ユミにゴロウ! それにみんなも……」
決着がついた直後、ユミやゴロウ達がダルマの元に駆け寄ってきた。サトウキビは全てを察したように呟く。
「全員お揃いといったところか。ジョバンニがいるということは、屋敷も全滅だな」
「……もうやめるのでーす、トウサ。あなたの計画は全て失敗しました、これ以上戦う理由はありませーん」
「それはどうかな。がらん堂は滅びない、何度でも蘇るさ」
「と、トウサ? ジョバンニさん、あの人の名前はサトウキビですよ!」
ダルマは、サトウキビとジョバンニの会話にまるでついていけてない。ジョバンニは手を軽く叩いた。
「おっと失礼、ダルマ君にはまだ説明してませんでしたねー。では改めて……」
「待った、そこからは俺自身が教えてやろう。俺を超えていった褒美だ」
ここでサトウキビが口を挟んだ。ジョバンニは口を閉じる。それから、サトウキビの説明が始まった。
「俺の本名はトウサ、元科学者だ。巷ではポケモンリーグ優勝者としても名が通っている」
「……な、な、な、なんだって! サトウキビさんの正体がトウサ……有り得ない! あんなに輝かしい経歴を持つ人が、何故そのように姿をくらます必要があるんですか!」
「ま、そう急かすな。今更逃げたりなんかしねえからな」
サトウキビ、トウサは明後日の方向をぼんやりと眺めた。そのまま話を続ける。
「俺はジョバンニに勝ち、15でポケモンリーグの頂点に立った。だがそれを最後にトレーナーを止め、科学者になることを決めた」
「科学者? バトルの指導者やプロ選手になるならまだしも、随分突飛な選択だな。道具職人になった俺が言うのもあれだが」
ドーゲンから質問が飛んできた。トウサは即座に返答する。
「簡単なことだ。俺達トレーナーは科学技術に頼りきりで、ついつい感謝を忘れがち。そこで科学に光を当てるため、科学者を志すようになったのだ。3年に及ぶ勉強の末、俺は研究を始められる程になった」
「ふむ、ジョバンニさんから聞いた話と同じだな。確かジョバンニさんはトウサさんに誘われたのでしたよね」
ハンサムがジョバンニに尋ねた。ジョバンニは何度もうなずく。
「その通りでーす。彼の熱意は本物でしたから、私も乗ってみることにしたのでーす」
「……俺は通信についての研究、ジョバンニはポケモンの研究をした。そしてトレーナーを辞めてから8年が経った頃、俺達は今に残る発明を完成させた。ポケモン転送システムとタウリン等の薬だ」
「タウリンって、攻撃の基礎ポイントを上げる薬だよね? おじさんも、発売された時はびっくりしたよ」
ボルトは腕組みしながら昔を思い出しているようだ。トウサは胸を張っている。
「物の構造やポケモンの修正に着目した俺は、データ化して遠方に送れることを発見した。ジョバンニは育て方によるポケモンの成長の差異に気付き、ある能力を重点的に伸ばす薬を開発。どちらも瞬く間に一大センセーショナルを巻き起こし、科学者がにわかに注目されるようになった。だが……」
「だが、どうしたのですか?」
急にトウサの表情が暗くなった。ダルマは疑問に思ったのか、問いかける。
「厄介なことに注目されすぎた。事態を知ったスポンサーが『資金を少数の科学者に集中する』とハッパをかけたのも痛手だった。俺達は衆人環視の中での研究を強いられたのさ」
トウサの顔にはしばらく苦々しさが出ていた。しかし、次の話題に移ると穏やかな顔つきになった。
「そんな俺にもいつしか後輩ができていた。ナズナという女で、電波の研究をしていた。メディアの対応に追われてうんざりした時に何度彼女に助けられたかわからねえ。互いに信頼しあい、最後には自他共に認めるコンビとなっていたのさ」
「最後には……?」
ダルマは何気ない言葉を見逃さなかった。トウサもそれをわかっていたのか、詰まることなく語る。
「そうだ。10年前、ジョバンニの研究室で発生した爆発事故に巻き込まれて以来、彼女は行方不明になっている。恐らくもう生きてはないだろう。当然、メディアはこれに飛び付いた。当初こそ、論調は俺に同情的だったよ、『最愛の相方を失った敏腕科学者の悲しみは深い』ってな」
「……あの、それだけではよくわかりませんよ」
「まあ慌てるな。……事故が起こって数日、ある記事が新聞に載った。『爆発事故はトウサ氏の狂言だ。世間の同情を買ってスポンサーの援助を得ようと企んでいる』という内容だ。言うまでもなく俺には非難が集中。一般人は掌を返したように罵声や嫌がらせをしてきた。そうして、俺は表の世界から身を引いたのさ」
「……そんなことがあったなんて。ん、けど待ってくださいよ。では結局、今回の事件はいわゆる復讐というやつですか?」
ダルマは冷や汗を流しながら確認した。トウサは首を縦に1回振ってそれに答える。
「ご名答。身分を隠した俺は人材を育成し、コガネ発展に尽力し、自らの研究とナズナの研究を続けた。何故か。俺を、トウサを死に追いやったカネナルキと庶民共、彼女を殺したジョバンニに一矢報いるためだったのさ!」
「ど、どうしてそこでジョバンニさんにカネナルキ市長の名前が出てくるんですか?」
「……鈍いな、もてねえぜ。カネナルキはあの記事を書いた記者だ。この記事で名を上げた奴は市長選に立候補、当選したのさ。奴もまさか、俺を昔記事のネタにした男だとは思わなかっただろうよ」
「で、では庶民に対する復讐とは?」
ダルマに続いてユミも追求した。トウサは何かの作業をしながら吐き捨てる。
「……あの男が出任せの記事を書いた時、皆それに疑問を挟むことなく鵜呑みにした。もし誰か1人でも異議を唱えていれば、俺の未来は変わっていたかもしれねえ。長いものに遠慮なく巻かれる奴らにはほとほと呆れたぜ。だから洗脳電波で考えることを止めてもらった。こんな奴らに考えるなんて行為は贅沢だからな」
「私への復讐とはどういうことですかー?」
ジョバンニは身に覚えのない素振りを見せた。その時、何かが切れた音がした。トウサが一気にまくしたてる。
「はっ、とぼけるのも大概にしろ。あの日、お前は彼女と研究室で会った。彼女を守れたのはお前しかいなかったのさジョバンニ! 仮にそれが無理でも、何故俺を擁護してくれなかった? 貴様もそこら辺の凡庸な奴らと同じだったというのか!」
「……それじゃあ、ジョバンニさんをさらったのは?」
「あれは単に俺の正体を隠そうとしただけだ。なかったことになるとはいえ、なるべく表沙汰にしたくはなかったからな。ジョバンニへの復讐は今から行う。俺の後ろを見な」
トウサは自分の背後にある小屋のような機械を指差した。一同の視線はそこに集まる。機械には扉がついてあり、中に入ることができそうだ。扉には窓があり、中を覗ける仕組みとなっている。
「あれは数年前に俺が発明したタイムカプセルだ。例によって人を転送できるように改造してある。今から俺は過去に行き、ジョバンニを殺す。ダルマとのバトルで充電の時間を、今の話でポケモンを回復する時間を稼ぐことができた。最早誰も俺を止めることはできない」
「私を殺害ですって?」
ジョバンニはさすがにのけぞってしまった。目の前で殺害宣言などされては無理もないが。
「そうだ。お前を殺し、あの事故をなかったことにする。そうすれば未来が変わり、今の状況も大きく変わる。お前さん達と会ったことも、市長の死もなかったことになる。もちろん、がらん堂の動乱もだ。ジョバンニの死と引き換えに、俺は失われた10年を取り戻す!」
トウサは一目散に小屋、タイムカプセルに駆け込んだ。それからすぐにタイムカプセルは動きだし、トウサは姿を消した。ダルマは皆に向かってこう叫ぶと、自らもタイムカプセルに入り込むのであった。
「あ、待て! みんな、追いかけよう!」
・次回予告
タイムカプセルを使い、過去に行ったトウサを追うダルマ達。その先で目にしたものは。次回、第69話「10年の時を経て」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.49
12話から登場して67話まで、実に56話もの間謎だったサトウキビさんの素性がようやく判明しました。本来彼はジョバンニのみに復讐するつもりだったのですが、それだとジョウト地方の侵攻に必要性がなくなってしまいます。そこであのような不自然な理由が後付けされたというわけです。結果として風刺っぽくなったから、結果オーライでしょうか。ちなみに、サトウキビさんの本名がトウサなのは言及しましたが、作者としてはトウサと呼ぶことに違和感があります。ストーリーのほとんどでサトウキビと書いていたので、慣れちゃいました。
さて、次回は一体どうなってしまうのでしょう。ジョバンニの運命は、トウサの悲願は? 全てに答えが出る時、読者の皆様が息を呑むことを期待して、今日はここまでとさせていただきます。ありがとうございました。
あつあ通信vol.49、編者あつあつおでん