「風見ってトラック運転出来る?」
「馬鹿言え」
「じゃあトラック運転出来る人知ってる?」
「馬鹿言え」
「馬鹿言ってねえよ」
四月十三日の水曜日、始業式も二日前に終わって健康診断もさっき終わって、そして今は委員会の役員決めを執り行うホームルームの真っ最中だ。俺は委員会とかは遠慮してさっさと数学係、いわゆる数学の教師のパシリに就任した。ちなみに風見とは席が隣同士であって、横で喋っている最中なのだ。
「第一に翔、どうしていきなりそんなことを言いだすんだ」
「土日辺りに引っ越しするんだけどさ、業者に頼むよりも自力で何とか出来たら金銭的になあって」
「引っ越しだと?」
「あ、うん。けどもそんな遠くないし、電車二駅くらいの距離」
「なるほどな。トラック運転出来る人を呼んだところで、翔と雫さんと運転出来る人の三人だけじゃあ流石に無理だろう」
「えっ、もちろん風見も手伝うでしょ?」
一瞬ぴくりと風見の眉が動いたのを見逃さなかった。
「いや、俺はまだ何も」
「えっ?」
「だからだな、俺は」
「風見が手伝うのはもう揺るぎない真実だしあとは恭介、蜂谷、拓哉とあと向井とかその辺呼べばまあ十分になるんじゃないかな」
「ちょっと待てまだ俺はなんとも」
「あー、八人いれば十分かー。っていうか八人いないときついなー。八人いないと無理だよなー引っ越しとかどう考えても」
「……手伝えばいいんだろう?」
ヤケクソ気味に風見が言い放ったが、思う以上に簡単に承諾してくれた。心の中でガッツポーズ十回ぐらいした。
恭介と蜂谷は二回くらいゴリ押しすればあいつらだし首を縦に振るし、拓哉もなんとかなるでしょう。向井も……まあなんとかしてしまいましょう。問題はトラック運転出来る人が確保できるかどうかだなあ。
そしてまだ風見にする用事がもう一個だけある。
「うん?」
思いっきり眉をひそめて風見の右腋を凝視する。
「どうした翔」
「いや、風見の右腋の辺りに何かついてるなって。ちょっと右手あげてみてくんない?」
「ああ」
そうやって風見が右手を高く持ち上げると。
「それじゃあ文化委員は風見君で」
教壇に立っていた委員長がそう言って黒板に名前を書き始めた。ちょうど文化委員の立候補を集っている時に風見が手を上げた、いや、上げさせたので周りは勘違いしたのだ。というよりさせたのだ。
一瞬状況整理に戸惑った風見がその意味をようやっと理解した瞬間、騒ぎ立てないように口を塞ぐ。もごもご大声で言ってる間に風見が文化委員という方向で進んでしまい、体育委員の立候補を集い始めた。
「暴れるな風見、運命を受け入れろ」
そう言ってようやく塞いでいた風見の口を放してやる。怪訝な顔をされたが仕方ないだろう。一方で蜂谷が体育委員に立候補し、これで全委員が確定した。
「くっ、さっきから!」
「でもさ、チャンスじゃん」
「チャンスだと?」
「去年はあんな感じ(ファーストバトル編辺り)でまともに学校行事参加してなかったんだからさ、今年くらいは積極的に参加するとやっぱ良い思い出になるんじゃないかなって」
なるほどな、と、風見は右手を顎にあてて考え始めた。思ったよりも乗せられやすいな。
実のところは去年風見が文化祭への取り組みを一切しなかったがために、俺に雑用が大量に回ってきたことに対する腹いせである。せいぜい今年は苦労してください。
担任がいろいろプリントを配布して、それの説明があり、それらを終わると下校になる。部活のある蜂谷と恭介には引っ越しの件をまた後で言うとして、とりあえずまずは拓哉に……。
「ははは、風見くんも大変だね」
「笑わないで下さいよ」
学校が早く終わってその午後に、ちょっと洒落たカフェで俺と一之瀬さん、男二人で談笑する。本来は仕事の話なのだが一之瀬さんと会話をするとよくペースが乱されてしまう。なんというか、掴みどころのない不思議な人だ。
それでいて実力もある。実力といっても仕事の方ではなくポケモンカードのことを指す。かつての世界大会優勝者とは名ばかりではない。PCCの後にたまたま対戦する機会があり、互いにサンプルデッキとはいえ完膚なきまでにやられたのはしっかり覚えている。
この人の表情の裏が読めない。裏があるのかさえも読めない。今まで出会った人の中ではトップクラスの怖さをもっている。そして出会う度身構えている。しかしそれでも彼のペースに巻き込まれ、談笑したりしてしまう。
「忘れないうちに渡しておくよ」
USBメモリが俺の手にしっかりと手渡されたのを確認してから鞄の中に大事にしまいこむ。このメモリの中にはバトルベルトにアップデートする新しいカードの情報が記載されており、これをTECKにあるマザーコンピューターに使うと、全てのバトルベルトの情報が更新されて新しいカードに対応するようになる。
今回の更新でバトルベルトにはカードの情報だけでなく、バトルベルト自体の仕様も若干変更する。いわゆるちょっとしたバージョンアップ、バトルベルトVer1.37と言ったところだ。
「ところで」
「ん? どうしたの?」
今日の昼にあったことを思い返すとわざわざ聞いてやるのもためらうが、助け合うのが友というものだろう。
「一之瀬さんはトラック運転出来ます?」
「絶対に落とすなよ! 絶対だぞ! それダチョウ倶楽部だからとかいって本気で落とすなよ! せーの!」
俺と向井と蜂谷と恭介の四人で横に倒し、梱包材で包んだ冷蔵庫を運び出す。ボロアパートとはいえ二階なので、この重たい冷蔵庫を運びながら四人で階段を通らなければならない。
一階では風見がスカウトしてくれた一之瀬さんがトラックを構えて用意してくれてる。なんと休日を返上してまで一之瀬さんはわざわざ来てくれた。本当に感謝。そして梱包材やダンボールは姉さんの友人が引っ越し業者らしいのでそこから徴収したらしい。
本日四月十七日、日曜日の丁度お昼頃だった。拓哉と向井と一之瀬さんを除いた三人は文句を言いながらもきちんと仕事をしてくれる。
「くっそ、さっきまで部活あったんだぞこれ重てー!」
と、愚痴を言いながら運んでいるように恭介に至っては午前にバスケ部の練習をした後に来てるので結構ごねている。こういう重いものを動かせそうな肉体派が俺ら四人と一之瀬さんしかいないので、殺生だが恭介の働きには期待してます。一方非力組の残りの姉さん、風見、拓哉は家で小物類をダンボールにまとめている。
「せーの!」
掛け声をあげて冷蔵庫をトラックに乗せる。一仕事終わると恭介はぺたんと地べたに座り込み、額をぬぐう。蜂谷は軍手を外して手をぷらぷらさせながら休憩。
「次はテレビ動かすぞー。三人のうち一人来てくれ」
「あ、僕行きます」
へこたれてる恭介と蜂谷をよそに、向井が自ずと立候補してくれる。本当に優しいいい子です。
一之瀬さんは大型トラックの免許を持っていたので非常に助かります。当のトラックはレンタルしたものだが、いやあ本当に人脈は持つべきものです。
一之瀬さん自身はPCCでいろいろ迷惑をかけたから、と好意的に手伝いに来てくれた。風見ら三人もこれくらいの好意を持ってほしい。まあ来てくれてるだけ十分かな。
俺と向井と一之瀬さんで再び家に荷物をとりに階段を上ろうとしたとき、ふいに上の階から人が降りてきた。
眼鏡をかけた小奇麗な顔立ちの男だ。こんな人このアパートに住んでいただろうか。すれ違うまでその男は薄く笑いながら俺をひたすら凝視していた。何か、その視線に嫌な予感を感じる。そしてこういう勘に限ってよく当たってしまうのだろう。
出来るだけ今の男のことを忘れようと頭を横に振って、歩みを続ける。本当に今の感じはなんだったのだろうか。しばらくあの顔が頭の中に残り続ける……。
それから一時間すれば、荷物は全てトラックに詰まった。元々荷物の多い家ではないのでそんなに苦戦することはないのだ。
トラックには一之瀬さんと、新居までのガイドをするために姉さんが乗り込み、残りの男五人は電車で俺が引率した。
引っ越し先も前と同じくアパートだが、向こうは築三十年以上してるのに対しこちらは築三年。家賃も上がり家も若干小さくなったが交通の便は何よりよくなった。
というよりも姉さんが働いているEMDCまでは新居の最寄駅から電車一本で乗り換えずに済む、というエゴな理由で引っ越しすることになったのであって、お陰で俺は自転車通学可能な距離だったのに電車通学にさせられるハメになった。
白塗りの新アパートの前では既にトラックが来ており、一之瀬さんが手を振って俺たちを待っていてくれた。そしてもう一人俺たちを待っている人がいた。
「翔! 皆!」
黒いジャージを羽織った薫もこちらに向かって手を振っていた。
「向井から連絡あって来たの。どーして呼んでくれなかったの?」
若干怒ったように言ってくる。まさかこんなことになるとは。
「いや、手伝わせたら悪いなと思って」
一応は本当のことである。予想通り、後ろから恭介と蜂谷がじゃあ俺らはなんなんだとまたもやぶーぶー言い始める。
「まあでも来ちゃったし手伝わせてよ。これでも体力は向井よりはあるつもりだし」
「僕が言うのもなんだけどあながち間違ってないしね」
向井がはにかみながら人差し指でこめかみをポリポリかく。なるほど、確かに半年前の薫を思い返すとそれも十分頷ける。これを本人に言うとそれもそれで怒り出すのだが。
それにしても結局はいつものメンバーが揃ってしまったじゃないか。それもそれでもちろん結構。
「よし、第二ラウンド始めるぞ!」
ここまできたら蜂谷と恭介も文句を言わなくなった。先に上に上がっていた姉さんの的確な指示で、運ばれた家具がどんどん並べられていく。
すっかり辺りも暗くなり、お腹の虫も鳴き始めた頃ようやくトラックの中身を全て新居に持ち運んだ。まだダンボールが壁際に鎮座しているものの、とりあえず残りは俺ら姉弟でやるために手伝ってもらうことはこれで終わりだ。
「今日はほんとにありがとな。一応お礼としてはなんだけど引っ越し蕎麦でも食べてくか?」
「待ってました!」
「マジ腹減ってどうにかなりそう」
「俺もだな」
「風見そんな重労働してないだろ」
「そういう恭介もしょっちゅう休んでいただろう」
「はいはい、喧嘩しないの。今から作るけど蕎麦がダメな人とかいる? ……いないならよし! じゃあちょっとの間待っててね」
「あ! あたしも手伝います」
姉さんの後に続いて薫も台所に駆けていく。九人分のお蕎麦を用意するのは大変だろうな、と他人事に思う。
ちょっと待っているとお蕎麦が出来た。そもそもうつは俺と姉さんの二人暮らしなので小さなテーブルしかなく、どう囲んでも四人が限界なので後輩二人と姉さんと一之瀬さんがテーブルを囲み、残り五人が床にあぐらをかきながら食べることになる。
冷えたお蕎麦がおいしくて、とても心地いい。皆が皆談笑しているときにふと、一之瀬さんが何かを思い出したように大きな声を上げる。
「そうそう。皆に知らせたいことがあるんだ」
と言うと、鞄から一枚の紙を取り出す。
「まだ三カ月くらい先の話だけど、七月にアルセウスジムっていうポケモンカードの非公式団体が大会を開くんだ。それに僕と松野さんが出ようと思うんだけど皆もどうかい?」
「えー、二人も出るんですか? ちゃんと仕事してくださいよ」
そう恭介が文句を言うのも頷ける。あんたらはカードを開発したりしてるとこで働いてるのに。
「あはは、まあそう言わずに。実を言うと僕の友人が開催しているんだ、そいつのイベントの成功のために手伝ってやってくれないかな」
一之瀬さんが苦笑いを浮かべながら頭をかく。なるほど、そういう事情があるのか。
「俺はこの日に何か用事がなければ行ってもいいかな」
「翔が言うなら俺も行こう」
「俺も俺も」
俺が引き金となって恭介、蜂谷、拓哉、姉さん、向井、薫も参加を表明する。しかし風見だけは何も言ってこない。
「風見はどうするの?」
「ああ……。考えておくよ」
今日のことで相当迷惑をかけたために無理やり参加させるわけにもいかないが、やはり風見という刺激的なライバルが来ないと面白くないだろう。そして風見の乗らない一言のせいで場が少しだけ凍りつく。
「そ、そういえばさ───」
なんとか俺が話のきっかけを作りだすと、その後もしばらくはどうでもいい話を繰り返し、ようやく九時には皆が帰った。
アルセウスジム……。そんな団体聞いたことはないが、面白いことにはなりそうだ。
公式大会は冬から春にかけて地方予選、そして初夏に全国大会があってその一カ月か二が月後には世界大会となる。地方大会で終わってしまった俺にとっては半年後の地方予選へのいい調整、腕試しになる。折角誘ってくれたんだ。参加するに限るだろう。今度こそ、ポケモンカードを純粋に楽しめるはずだ……。
翔「今日のキーカードはふしぎなアメ!
エラッタして使いにくくはなったけど、
それでも二進化デッキからは外せないカードだぜ」
ふしぎなアメ グッズ
自分の「たね」ポケモン1匹から進化する「1進化」の上の「2進化」ポケモンを、手札から1枚選び、その「たね」ポケモンの上にのせて進化させる。
[最初の自分の番と、この番出したばかりの「たね」ポケモンには使えない。]
───
ポケモンカードスーパーレクチャー第五回「特殊状態を扱え」
http://www.geocities.jp/derideri1215/library/lecture/89.html
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番外編「あれは凶器」
翔「いつつ……」
蜂谷「あれ、足でも怪我したのか?」
翔「朝の満員電車でヒールに踏まれて足が」
蜂谷「うわあそれは痛いな。チャリ通で良かった」
翔「いやもうアレはほんとヤバいって! 凶器凶器」
蜂谷「キラーマシン2。いや、キラーマジンガくらいヤバいよな」
翔「なんだその喩え」
風見「……」
翔「おはよ。って足痛そうだけど大丈夫か?」
風見「大丈夫とは言い難い。朝の電車でヒールの踵にやられてな」
翔「お前も!?」
蜂谷「まあ爪がエグいことになってたり指が動かなくなったりしなければ大丈夫っしょ」
風見「ああ。にしてもあれは凶器だな。キラーマシン2。いや、キラーマジンガくらい」
翔「流行ってんの!?」
恭介「いたたた」
蜂谷「うぃっす。足どした」
恭介「ヒールにやられて」
翔「お前チャリ通じゃん!」