どうやったら信頼しあえるかわからない、だがお前とも相棒になりたいと思っている。
背の低い、群青の髪の男はリオルに対してそう告げた。 リオルは男の願いを聞き入れる。跪いた男の頭をその腕に抱いた。 そんな彼らの行動を俺とドラピオンは、おそらく気まずそうに見ていたのだろう。 どうしたらいいのだろうかと、またはどうしたものか、と。 確かに彼に対して、ポケモンの事を信頼してないだろうと言ったのは、紛れもなく俺だ。 だからとってお涙頂戴のような場面を見せつけられても、対応に困る。現にドラピオンも困っている。 さらに何故か俺は、彼に対して同情出来ないでいた。
“闇隠し”でラルトス奪われ、心を閉ざしていたのは、わからなくもない。うちの末っ子のリッカも他の兄姉を失って心を閉ざしていた。そういう奴が少なくないのは、わかる。 だが、お前“とも”、とはなんだ。そこはラルトスの事は脇へ置いておいて、リオルと向き合うべきだろう。
お前は浮気男か。
フタバが巻き込まれた人間関係のいざこざで、こういう場面を見たことがある気がしたのは、気のせいだろうということにしておく。
「……行くぞ、ドラピオン」
いくら腹立たしく思ったとはいえ、空気が空気。戦意は喪失させたようだし、足止めの『どくびし』まいた。いつまでも彼らに付き合う義理は無い。 カビゴンの捕獲は中断して、とっとと彼女との合流を優先させることにしよう。 そうしてその場を後にしようとした。すると、高らかな声が上方から響く。
「少年よ、良く言った!」
群青髪の男を少年と言った、木の上にいた声の主もまた、少年だった。 その小柄の影は次の瞬間、飛び降りる。そして空中で下方にモンスターボールを投げ、フシギバナを繰り出し『どくびし』を踏みつぶさせる。 彼は若草色の髪を深緑のヘアバンドで留め、同じような緑色のスポーツジャケットを着ていた。
「オイラは<エレメンツ>五属性が一人、ソテツだ。助太刀するぜ、ビドー君とやら!」
それは、ある意味無慈悲な宣告というやつだったのだろう。 俺は後悔した。こんな奴など無視してもう少し早くこの場から離れていればよかったのだろう、と俺は後悔した。
ドラピオンにソテツとフシギバナへのけん制をさせつつ、通信端末に手をかけ、覚えたての番号を素早く入力する。 4度目の着信音の後、彼女は電話に出た。
「俺だ」 『はいはいー、どちら様ー?』 「……ハジメだ」 『なーんだ、ハジメかー。詐欺かと思ったよー、どうしたのー?』 「作戦は失敗ということを伝えたくてな。所定位置にいるのだろう?」 『う、うんー』 「こちらはヘマして<エレメンツ>に見つかった。いいか、助けには来るな」 『え、ええーっ! でもキミを助けないと、アタシの報酬がー』 「その辺は諦めろ。捕まったら手持ちの木の実も取り上げられるぞ」 『それはイヤだーっ』 「あと、空に見張りがいるだろうからなるべく地上から逃げろ。以上だ」 『えー、待っ――――』
通話が終わるのを見計らってか、ソテツがフシギバナに反撃させつつ皮肉を言って来た。
「おしゃべりは終わったかい? ずいぶんと余裕だねハジメ君!」
立て続けにムチのように振り下ろされるツルの連打をしのぐドラピオン。 ドラピオンの両手がソテツのフシギバナのツルを抑える。
「捕らえた――!」
ドラピオンにはまだ尾がある。たたみかけるのなら、ここだ。
「ドラピオン! 今だ」
ドラピオンの尻尾が、フシギバナの顔面にめがけて放たれる。 フシギバナはツルをそのままに、いや、ドラピオンの突き出していた腕の力を利用して、後ろへ一歩、ジャンプして尾をかわした。
「くそっ」
とにかく、彼女の逃げる時間を稼がなければ。このまま抑え続けられれば、それなりには時間が取れるはずだ。そんなことを考えていた矢先。 例えるならダーツの矢が突き刺さったような音。それが背後の木から鳴った。 音に身体が振り返らされる。そこにあった木には、一枚の葉が鋭く突き刺さっていた。しかもその位置は、どう考えても首元である。 状況を理解して痛切に思った。 ……甘かった。舐めていたわけではないが、<エレメンツ>を甘く見ていた。
「ハジメ君。悪いけどオイラは、ポケモンバトルをしにきたわけじゃあないんだよね」
目元を細め、笑顔を作るソテツ。 そして甘かったのは俺の見込みだけではなかった。その場の“空気”も甘い味をしていた。 思考が、鈍り、視界がぐらりと揺れた。 戦意が喪失していくこの感覚は……おそらく『あまいかおり』 ドラピオンが必死に闘志を保とうとがなり声を上げる。しかし腕に力が入らないようで、だんだんと力が抜けていってしまう。 張っていた緊張を強引に解され、身体が香りに引きずりこまれる。
「すまない、戻れ……ドラピオン」
俺はやむを得ずドラピオンを、ボールに戻した。 この様子ではドラピオンに戦闘を続行させるのは得策ではない。 『どくびし』で追っ手を遮ろうともフシギバナの前では意味をなさない。 他の手段を、他の方法を考えねば。 しかし、さっき彼女に言った通り空中へ逃げようとしても他の<エレメンツ>メンバーが待ち構えていることは明白だろう。 どうすれば――どうすればいい? 立ち尽くす俺にじわりと間合いを詰めてくるソテツとフシギバナ。
「大人しく捕まってくれる気になったかな、ハジメ君?」
ソテツの柔らかな口調の声が頭に響く。 捕まる? ここで? そうか、俺は、捕まろうとしているのか……? 捕まる、捕まる……捕まる、だと? 朦朧とした意識の中である光景がよぎった。 広い部屋の片隅で、いつも怯えながら、それでも俺の帰りをじっと待ってくれている、俺に残された唯一の家族、リッカ。 怖がりな癖に夜遅くまで俺を待っていてくれる末っ子に、お帰りと言わせ安心させるために……俺はここで捕まるわけにはいかない。 いかないんだ。
「おーい、ハジメくん? 降参してくれないかな?」 「降参? 生憎……お断りだっ!!」
断固拒否の構えを貫き、ボールを手に取ると、ソテツは一瞬目蓋を見開き、それからアーモンドのような目を爛々と輝かせ、にかっと笑った。
「そっか! 往生際の悪い子は、嫌いじゃないぜ! で、どうするんだい?」 「どうするって? こうだ! 行け、ドンカラス『きりばらい』!」
俺が繰り出したのは漆黒の翼を持つ夜の首領とも言われるポケモン、ドンカラス。 その大きな翼で僅かながら甘い空気を吹き飛ばしてくれ、フシギバナの回避も下げてくれた。 コイツの本領を発揮するに相応しい時間帯とは言えないが、やるしかない。 フシギバナが風に目を眩ませた一瞬のうちに俺は離脱するため駆け出す。 背後からドンカラスが続いた。そしてフシギバナの伸ばしたツルも、追いかけてくる。 サイドをツルに追い越され、陣取られ、挟まれて一本道になった。正面にはまっすぐに伸びた木が。このままでは衝突、もしくは挟み撃ちで終わりだ。
「構うな、上昇しろドンカラス!」
ドンカラスに指示を飛ばして木への衝突をギリギリのタイミングで弧を描かせ上へと飛ばせる。 俺は咄嗟に木を壁にし、三角飛びで空中へ飛び出し、上昇するドンカラスの足を掴み『そらをとぶ』で舞い上がった。
「やーるー!」
地上からソテツのそんな歓声が聞こえてきた気がした。 構わず木々を抜け一気に空へ飛び出す。
周囲を見渡すとそこには、一匹のトロピウスとその背に乗る花色の髪の女性がこちらを睨んでいた。 風の流れが、変わる。
「トロピウス……! 『たつまき』です……!」
空を飛んでいる相手に対し特効をもつ竜巻をトロピウスは仕掛けようとする。 静かに腹をくくり、息を大きく吸って、俺はドンカラスに命令した。
「やれ、ドンカラス――――『ふいうち』」
俺をぶら下げた状態で、ドンカラスは発生しつつある『たつまき』の壁に突っ込む。 まだ練り切れていない風は衝突とともに霧散し、攻撃をしようとしたトロピウスに重い一撃を食らわせた。 トロピウスはトレーナーを乗せたまま落下。『タネマシンガン』らしき攻撃を放たれたが、かするだけで済んだ。 このまま突っ切れば、逃げ切れる。 また俺は無事に帰ることが出来る。 そう希望を抱きかけた瞬間だった。 翼に食い込んでいた種の芽が成長してツルとなり、ドンカラスの翼を締め上げたのは。
「『やどりぎのタネ』か……くそっ!」
バランスを失った俺達は森へと落ちていった。木の葉の群れを突っ切り、地面に激突する、はずだった。 いつの間にか張られていたツルのネットによって、俺とドンカラスは受け止められる。 気を失う前に最後に見たのは、木陰でトレーナー、ソテツに向けて手を振っているモジャンボの姿だった。
*********************
「やーお待たせー」
少しして、林の奥からソテツがハジメという名前の丸グラサン金髪リーゼント男とドンカラスをモジャンボに担がせて帰ってきた。 その隣には見慣れぬ花色の髪の女性とトロピウスもいた。彼女達もエレメンツメンバーなのだろうか。
「ありがとうございます、トロピウス」
トロピウスをボールに戻した彼女は、しかめっ面をしていた。対してソテツの表情は晴れやかである。
「もう、ソテツさん遊ばないでくださいよ……大変だったんですから……」 「ごめんって、ガーちゃん」 「ガーちゃんじゃありませんっ。ガーベラですっ」
俺達の護衛にソテツが残してくれたフシギバナは嬉しそうに主人達を出迎えた。 俺は呆然とその光景を見ているしか出来なかった。
(……ほぼ『あまいかおり』だけで相手を蹂躙しやがった)
その事実に俺は、ソテツに対して頼もしさと同時に恐怖を覚えた。
(<エレメンツ>、つえーよ。そして容赦ねーよ)
その、敵を蹂躙したフシギバナの『あまいかおり』に癒されていたとはいえ、ハジメのドラピオンにやられた傷口の痛みのせいか、うずくまってしまって動けない。 腕の中のリオルを早く治療しないといけないのに。俺は上手く立ち上がることすら出来なかった。
「大丈夫ビドー君? 手、貸すよ。フシギバナに乗っかりなよ」 「あ、ああ……えっと、ありがとうございます、ソテツさん」 「敬語、使わなくていいよ。警戒しなくて大丈夫、オイラ達は――――<エレメンツ>なんだから」
一瞬だけ、ソテツの顔から笑みが消えた気がした。だが、次見たときはまたヘラヘラしていたので、気のせいだったのかもしれない。 それでも俺の記憶には、その顔が印象深く刻まれていた。
*********************
途中で乗り捨てた(捨ててはない)サイドカー付バイクもガーベラさんに押してもらい、ヨアケ達と合流する。 フシギバナのツルで出来た担架に乗せられた俺とリオルを見て、彼女達は驚いた。カイリキーは突進してきそうな勢いだった。何とか制止したが。 カビゴンはというと、すっかり具合がよくなったのか、心配してくれていたのか起きていた。
「大丈夫!? ビー君! リオル!」 「大声を出さないでくれヨアケ……俺はそこまでひどくはないが。リオルが……」
猛毒はソテツ達に応急手当をしてもらって消えたが、体力の消耗が激しいのかリオルはぐったりしていた。 リオルの事が気がかりな俺に対して、ガーベラは口をとがらせて小言を言う。
「何言ってるんですか、貴方だって軽傷でも怪我人です。大人しくしててください……もう」 「すみません……」 「まあまあガーちゃん、そう固い事言わずに」 「だからっ、ガーちゃんじゃ……むー」
拗ねるガーベラを他所に、ソテツはヨアケに駆け寄る。
「さて、久しぶりだねアサヒちゃん。パラセクトのセツちゃんも」
ヨアケとパラセクトは小さくて手と爪をソテツに振った。
「久しぶりっ、ソテツ師匠」 「もうキミの師匠ってわけでもないけどね」 「それでも、師匠は師匠だよ。ビー君助けてくれて、ありがとう師匠」 「ははは、可愛い元弟子のアサヒちゃんのお願いならお安い御用さ、なーんてね。どういたしまして」
そうそう、とソテツは右手を軽く握り、親指をこめかみに当てて、ヨアケに尋ねる。
「調子はどうだい」 「進展は無い感じかな」 「そっか。ま、ゆっくりでいいよ」
恐らくソテツが聞いたのは、ヨアケの幼馴染探しについてのことだろう。 ずっと旅を続けているのに進展が無い、というのはきつそうだなと思った。 そう言えばヨアケはその幼馴染みのヤミナベとやらを捜して一体どのくらい旅を続けているのだろうか。今度聞いてみるか。と俺は安易な気持ちでそう考えていた。 ソテツがヨアケの顔を覗き込んで、にへらと意地悪そうに笑った。
「アサヒちゃん、笑顔、忘れちゃった?」
ヨアケもまたへらっと笑う。
「忘れてないよー師匠ー」 「嘘だね! 嘘じゃなくともまだまだ足りん!」 「う……ふふふ、ふふははは」 「もっともっと! わーはっはっは! 腰に手を当てて!」 「あはははははー!」
突然始まった笑顔講義? に面を食らっているとガーベラがクスクス笑いながら説明してくれた。
「な、なんなんだあれ」 「うふふ、ソテツさん直伝、笑顔体操です」 「体操?」 「はい、ソテツさんの下に就いた<エレメンツ>メンバーはみんなやってますよ……! ソテツさんのモットーは“笑えなくなったらどうしようもない”なので、いつでもどんなきつい時でも笑顔を忘れないように訓練するのがこの笑顔体操です」 「は、はあ……」 「ビドー君もやるかい? わはは」 「師匠、ビー君は怪我人だってば! えへへ」 「そうですよソテツさん、無茶させてはダメですふふふ」 「つ、ついていけん……」
カイリキーとパラセクトもつられて笑っていた。カビゴンなんかはもはや笑い声が咆哮になっている。 リオルも俺も、ついていけないと言った割には自然と笑みを作ってしまっていた。 なんだか少しだけ、元気が湧き出た気がする。自分がどんな風に笑うのかを再確認するのは、反復するのは自分を見失わないことに繋がるのかもしれない。 まあ、易々と人前で笑いたくなんかないがな、恥ずかしいし。
「そういえば元師弟関係ってことはヨアケはもともとは<エレメンツ>だったのか」 「うーんとねビー君。半分正解、かな」
言いよどむヨアケの言葉をソテツが引き継いだ。
「アサヒちゃんも“闇隠し”の時、このヒンメルに居たんだよ。途方に暮れていたところをオイラ達が保護したってわけ」
ヨアケも大切な何かを“闇隠し”で失ったとは聞いたが、あの現場に居合わせていたとは。それは、きつかっただろうな。同情する。 さらにガーベラがヨアケについて補足を加えてくれた。
「アサヒさんは正規のメンバーとしての活動こそはしていませんでしたが、皆さんのサポートをしてくださったんですよ。特に料理面は大助かりでした」 「無事だったメンバーの中に料理上手い人、いなかったんだ。だから大助かり」
もじもじと照れるヨアケの肩にソテツとガーベラは手を置く。
「いやあ、私にできることってそれぐらいだったし、保護してもらった恩を何かで返したかっただけだし……照れるな」 「いやもう保護とか関係抜きに一緒に日々を生き抜いてきた仲間だよ、アサヒちゃんは」 「そうです……同じ釜の飯を食べた家族のようなものです」 「師匠……ガーちゃん……」 「だから、ガーちゃんじゃないです……もう」
三人の仲の良さ見せつけられて、ちょっとだけ羨ましいなと思った。俺は心を閉ざすばかりで一人で生き抜くことばかりを考えていたから、余計に眩しく見えた。 それから、釜の飯という言葉につられ、腹の音がなってしまう。
「あははビー君のお腹鳴ってる」
ヨアケに思いっきり笑われた。腹減ってるのはお前もだろーが。そう言おうとする前に彼女の腹の音も盛大に鳴った。ほれみろ。 カビゴンも空腹を訴えていたがソテツが一蹴した。
「カビゴン、その様子じゃもう歩けるよね? この子が道案内するから、住処へお帰り?」
ソテツがガーベラをカビゴンに紹介し、カビゴンは彼女に案内されて住処へと帰っていった。 そして俺達は俺達で、遅めの昼食を食べてから、山間の村【トバリタウン】を目指した。
*********************
【トバリタウン】までの道中、ビー君からソテツ師匠達の活躍を聞いた。ビー君的にはフシギバナの『あまいかおり』の使い方がびっくりしたみたいで、感嘆している。 そんなビー君の反応にソテツ師匠は謙遜して「香りの扱いに関しては、もっと上がいるよ。オイラ達のは、その人達に比べたらまだまだ」と言った。 ビー君のバイクを押しつつ、ソテツ師匠が思い浮かべたであろう人物の姿を私も思い浮かべ、暫し感傷に浸る。
「あの人達のは、レベルが違うよ。うん」 「ヨアケも知っているのか、その人の事」 「知っているよ。ポケモンバトルでその人達の香り戦法と戦ったこともあるよ」 「アサヒちゃん経由でオイラはそのトレーナーさんの戦法を知ってねー、少しだけお借りして使わせてもらっているのさ」 「へえ……ああいう捕縛しなければならない時に相手トレーナーを無力化するのには、やっぱ重宝していたりするのか?」 「まあねー」
ソテツ師匠はどこか虚しそうに受け応える。そんな彼に私は思っていたことを言ってしまった。
「ソテツ師匠、最近ちゃんとポケモンバトルしている?」
師匠は眉根一つ動かさない。もしかしたらこの質問を聞き慣れていたのかもしれない。
「はは、そんな心配そうにしないでよアサヒちゃん。ちゃんと身内とバトルしているって」 「それは、真剣勝負?」 「……参ったね。でもオイラが、いやオイラ達五属性がマジでやったら、色々と壊しちゃうんだよ。フィールドとか、ドームとか、それ以外とか。壊したら直すのも大変だしさ……あ、」
頬をかいていた師匠が、思いついたように、また何かに気付いたかのようにその動きを止める。 それは、毬を見つけたニャースみたいだった。
「もしかしてアサヒちゃん、オイラの対戦相手になってくれるのかい?」 「うん、私でよければ」
師匠が「やったっ」とこぼしたその時、うめき声が聞こえた。 うめき声の出所はモジャンボに担がれた丸いサングラスをかけた彼だった。どうやら意識を取り戻したみたいである。 彼の存在を思い出した師匠は肩を竦めながら言う。
「あーでも、また次の機会だね。今は仕事中だから」
残念そうなソテツ師匠。今は無理だとしても、何とかならないかと私は考えて、ある一つの提案をした。
「そうだったね、じゃあ約束ってことで一つ。どうかな?」
その提案に、師匠は快く応じてくれる。
「うん、約束だ。思いっきりバトルしよう」
約束の指切りこそはしなかったけれども、次に師匠と戦うときに備えて、もっと強くならないと、と私は心の隅に留めることを決めた。
*********************
【トバリタウン】についた後、私達は一旦解散となった。 解散といっても。ビー君達は宿屋で休ませてもらって、ソテツ師匠は目立たない場所で、ハジメ君……今回の事件の主犯である彼を見張っている。 私はと言うと特に手伝えることもないので、喫茶店に寄っていた。 ビー君達の看病をしたい気持ちもあったけれども、今は彼らだけでそっとしておいた方がいいと思う。 テレビで流れるニュースに、カビゴンの事件は出ていない。まだ事件があって間もないのもあるけれど、そもそもこの国のテレビに流れるのは他国のチャンネルばかりだ。 この国ニュースはテレビよりも各地にある電光掲示板で更新されることの方が速い場合が多い。単純にテレビ局とテレビ局の人員が少ないという問題もある。 〈スバルポケモン研究センター〉襲撃事件も捜査に進展がないので話題には取り上げられなくなっていった。 私としては他のニュースよりもその事件について取り扱って欲しかったけど、仕方がない。 でも、このタイミングでユウヅキが行動したのには何か理由がある気がする。そして何よりやっと見つけた彼の情報を無駄にしたくないという気持ちもあった。 だって、今までは生死すら判っていなかったのだから。
モーモーミルクを温めてもらったものに口をつける。とてもほっとする味で、思わず目元がにじんだ。 ダメだ、さっき師匠に言われたばっかりなのに。もっと楽しいこと考えよう。 そうだ、ビー君とリオルは和解できたんだっけ。 これからが大変だろうけれども、ビー君にはポケモン達と仲良くやっていってほしいな。 がんばれ。ビー君。
モーモーミルクを飲みほした辺りで、声をかけられた。それは聞き覚えのある、懐かしい声だった。
「おや、アサヒさん?」
その全身をグレー中心でコーディネートした茶髪の男性は、私がこの地方に来る以前にお世話になった探偵の方だった。 予想外の再会に、思わず声を上げてしまう。
「! ミケさん! ミケさんじゃないですか! お久しぶりですアサヒです!」 「お久しぶりです。相変わらずよい笑顔ですね。アサヒさんは」 「そう、ですか? よかった、ちゃんと笑えているんだ……よかったあ」 「どうかしましたか?」 「いえ、何でもないです」 「そうですか……さて、ここで会ったのも何かの縁。相席してもよろしいですか?」
その申し出を断る理由なんて、なかった。
*********************
カイリキーに宿屋まで運んでもらい、しばしの間休養をとらしてもらうことになった俺達。 それぞれのベッドで寝ていた俺とリオルは割とヒマを持て余していた。カイリキーにはいったんボールに戻ってもらっている。 傷の手当をしてもらったのであとはじっとよくなるのを待てと言われて休んでいるものの、やることがない。またはできないというのはもどかしかった。 いや、一つだけやることはあったか。
「じっとしていないといけないって割と暇だな。な、リオル」
リオルは天井を見つめて、間延びした返事をした。 今の俺にできて、やらなければならないこと。それはリオルとコミュニケーションすることである。 うまく話せるとか話せないとかは、関係ない。とにかく話してみよう。まずは体当たりからだ。
「今まで、悪かったな。そしていつもありがとう。つっても、いきなりは変われないかもしれないけれど、お前に信頼してもらえるように、頑張るよ」
リオルはしばらく黙っていた。黙って、でも視線だけ俺のほうへ向けて、それから鼻を一つ鳴らした。 当たり前っちゃあ当たり前だけど、前途多難そうである。 こればかりはしょうがない。誠意を表し続けるしかない。今までサボって逃げてきた分のツケだ。
ちょこちょこリオルに語りかけながら、俺の中で一つの思いが生まれていった。 ヨアケに何か恩返ししたい。そう思うようになっていた。 まあ、ちゃんとリオルと仲良くなる、ということをするのが最優先だけどな。それでも彼女の捜索に何かしらの形で協力してやれないかと考える自分がいた。
「それにしても、懐くって、どういうことなんだろうな」
そうぼやいていたら、突然誰かに声をかけられた。
「あー、そこのキミ。ポケモンと親睦を深めたいのならー、ポロックやポフレがおすすめだよー」
その声の主は部屋の入り口に真っ白な雪色の着物を着た女性のようなポケモン、ユキメノコを引き連れて立っていた。気配を感じなかったから一瞬幽霊かと思った。 彼女は丸い黒目が特徴的な顔で肩甲冑ぐらいの長さの黒髪を首の辺りで一つにまとめていた。まとめているといってもあちこちにアホ毛が飛び出しているが。 森をプリントしてある長袖のTシャツにジーンズという格好が何となくフィールドワークを専門としているように見えた。 ヒッチハッカーなのだろうか、赤いリュックをしょっていた。
「ポロック? ポフレ? てか誰だアンタ」
俺の問いかけに対し、きょろきょろと周りを見渡して、それから自分を指さし小首をかしげる彼女。いや、アンタだよアンタ。 ヨアケとは違ったマイペースの持ち主だと直感した。ペース狂うな……。
「んーと、あ、アタシか。名前はアキラだよ。キミはー?」 「ビドーだ。こっちはリオル」 「あー、ビドーにリオル、ね。よろしくー」 「よ、よろしくアキラさん」
同年代だと思うのだが、何故か俺は彼女のことをさん付けで呼ばないといけない気がした。 その後アキラさんによるポロック、ポフレの講座が始まった。
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ミケさんはコーヒーを注文してから、話を切り出した。
「アサヒさん。ニュース、見ましたよ。ユウヅキさんのこと。正直驚きました」 「あはは、ほんともう、指名手配されるとか、何やってんだかって感じですよね……はあ」 「ため息は、幸せをも吐き出してしまいますよ」
“幸せ”と言われて、私は今の私の置かれている状況を思い返す。 彼が居なくなって、師匠たちに出会って、<エレメンツ>のみんなと仲良くなって、この国で日々を過ごした。 3ヶ月前の<スバル>の事件でユウヅキがそこに居たと知って、彼を捜索する旅に出た。 彼が居れば幸せになれるか、と問われたら、今の私ではきっぱりと答えられないと思う。断言するには時間が経ちすぎていた。 でも彼のいない日々はやはり何かが満たされない。 充分幸せな生活をしていたはずなのに、私は幸せを感じていない。 それは、やはりユウヅキが私にとって大きな存在であることなのだろう。 だから私はミケさんにこう答えた。
「現状が幸せっていうにはちょっと違いますね」 「それなら尚更、ですよ。少なからず残っているものまで吐き出してしまうのは、どうかと」
ミケさんの言うこともあっている。でも、私はまだ、今のままでいいとは思えなかった。思いたくなかった。
「たぶん私は息を吐くことを無理に抑えたくないんです。そう……残っている僅かなものだけで満足したくないんです」 「アサヒさん……」 「そうです、私は胸いっぱい幸せになりたいんです。そのために、今は少しだけ手放して、そしてまた大きく吸いにいくんです」 「必ずしも満たされるという保障は……」 「無いですよ。でも保障のある人生も、きっと、ないんですよ」
そう言った私の口元は、小さく緩んでいた。 自嘲、もあるけどどちらかと言えば諦めに近いのだろう。 勿論、ユウヅキの事を諦めるのではない。こういう世界に対しての、である。 お互い沈黙の状況になってしまったのを、ミケさんは自分から破ってくれた。
「情報整理をしましょう」 「いいですよ。でも、その前に一ついいですかミケさん」 「はい、なんでしょうかアサヒさん」 「ミケさんはどうしてこの地方に? 探偵業の調査依頼ですか?」 「依頼、もですが、個人的にこの事件を調べてみようと思いまして」 「なぜ、今?」 「それはアサヒさんの方がよく分かっているのでは」 「? 何がです?」 「いえ何でも」
私の方が分かっている、という言葉に引っかかりを覚えたが、ミケさんは話を流してしまう。
「さて、アサヒさんはユウヅキさんとこの地方にやってきて、“闇隠し事件”で離れ離れになり、ようやくこの間の事件のニュースで存在を確認した、ということであっていますか」 「はい。もう会えてなくて何年になるやら……」 「まあ、でもまだ良かったじゃないですか、安否はわかったのですから」 「そうですね……生きててよかった。本当に、本当に」 「感傷に浸っているところ申し訳ないのですが、調査のために……アサヒさん、貴女が“闇隠し事件”に巻き込まれたときのことを教えていただけませんか?」
ミケさんのその申し出を、私は受けられなかった。何故かと言うと、受けられない理由があったからとしか言いようがない。
「それは……出来ません」 「出来ない、といいますと」
ミケさんを直視できなくて、目を伏せてしまう。 しぶりながらも、迷いながらも、それでも彼を信用して、私はそのわけを言った。
「その、実は当時の事をよく覚えていないんです。ショックが大きすぎて」
そう、私は覚えていないのだ。“闇隠し事件”のことを。 気が付いたらこの国で途方に暮れていて、師匠たちに保護された私。 師匠たちの話では数日間意識が混濁していたようで回復するのに時間がかかったらしい。 でも、確かに私は彼と旅をしていたのだ。そして、この国に来た。そこまでは思い出せるのに……私は彼とどうやってはぐれたかを思い出せないでいる。 私が覚えているのは……彼と、とても大切な約束をしたという記憶だけ。
「そうでしたか、失礼しました。話せるようになったらでいいのでその時にでも」 「はい」
ミケさんの頼んだコーヒーが運ばれてくる。シロップとミルクを入れ、マドラーで混ぜながら、ミケさんは何かを整理するように考え込んでいた。 コーヒーが綺麗なブラウンになって、マドラーを皿に取り置くミケさん。どうやらミケさんの中で私に対する言葉が纏まったようだ。 「ああそうそう。もう一つ」なんて思い出した風な言い回しを装って、探偵はしれっと確信をついてくる。 もっとも、彼に再会した時点で私は、それをどこかで期待していたのかもしれないけれども。 ミケさんはソテツ師匠とはまた違った、ペルシアンみたいな微笑みをたたえて質問を投げかけた。
「アサヒさん。ユウヅキさんの手持ちに、オーベムはいましたか」
*********************
彼は私に軽く頭を垂れて謝罪をした。
「失礼ながら、私は貴女に嘘をつきました」
その言葉に、私はたいして動じていない自分に驚いていた。 目を細めて、ちょっぴり責めるような視線を送る。
「……嘘ついてたんですか、ミケさん」 「はい」
でもミケさんは私以上に動じずに笑みを絶やさない。悪い大人だなあ。 だけど、ミケさんも全く罪悪感をもっていない訳ではないみたいで、どうして私に嘘をついたのかをほんの一部だけ話してくれた。
「アサヒさんに二つ聞きたいことがありまして、貴女の足跡を辿らせていただきました。すみません」 「それは依頼で、ですか?」 「そこは企業秘密で」 「そっか。なら、しかたないですね」 「質問内容は、あなたは“闇隠し”に巻き込まれた当時のことを、覚えているのか。そして、ユウヅキさんは、オーベムを手持ちに入れていたのか。前者の方は判断しかねていたのですが、貴女の答えで悪い予測が当たりそうです」 「で、先ほどの質問に私は答えた方がいいのでしょうか? 探偵ミケさん」
慣れない皮肉を使ってみたけれど、十分に効果はあったようで、ミケさんを苦笑させる。
「そんな意地悪な笑みも浮かべるようになったのですね、アサヒさんは……結構です。ユウヅキさんが過去に参加したポケモンバトル大会のデータを探しましたので」 「そう、でしたか」
まあ、ミケさんならそのくらいサラッとやってしまうよね。むしろされない方が可笑しいくらいだ。うん。 一人で納得していたら、私の様子を窺うミケさんと目が合った。 逸らさないで黙っていると、しびれを切らしたミケさんが、小さくため息をつく。幸せが逃げますよ、とは流石に言えなかった。
「気づいていたのですね」 「一応は」
ミケさんはとうとう笑うのを止めた。それから「だったらどうして」と呟く。 彼は静かに怒っていた。 私を想って、怒ってくれていた。
「だったら、どうして相談してくれなかったんです? ――貴女の記憶が彼のポケモンによって消されているかもしれないのに」
オーベムとは、エスパータイプのポケモンである。 その特徴に記憶を操作できるという能力を持っている。 ユウヅキの手持ちポケモンの一匹、でもある。
ミケさんはその推測に辿り着いた時、どう思ったのだろう? と考えた。 たぶん、心配、してくれたのだろう。 悪いことをしたな、と思った。反省しなければいけないと思った。でも言えなかった。
「秘密、だったからです」
秘密。それは彼らとの約束。外部の人には言わないように、と私と彼らで取り決めたもの。 私はそれを守らなければならない。
「……アサヒさん、貴女はいったいどういう状況に陥っているのですか」 「乙女の秘密、じゃダメですか?」
苦し紛れにそう言うと、何かを察したのか彼は引いてくださった。 それから、心配そうな面持ちで助言を一つ残した。
「……わかりました、今はそういうことにしておきましょう。ただ、ユウヅキさんを捜すのなら気を付けてくださいアサヒさん。ここから先、貴女にとって向かい風が吹くことになるでしょう」 「忠告、ありがとうございます」
心配させ過ぎないように、小さく笑ってお礼を言う。余計に心配させてしまったと不安になったけど、当の本人は身体をさすっていた。
「それより、少々寒くありませんか?」
私の数倍あったかそうな格好しているのに、と思ったけど、確かにちょっと異常な涼しさを感じた。 窓の外を見ると、霧がかっていた。そして、白い氷の粒が数粒くっついていた。
「山の天気は変わりやすいといいますけど、霧はともかくこの時期に雪……?」
雪がちらほらと降っていたかと思えば、強い風と共に、窓に何か打ち付けられる。それは人だった。グレー色の服というかコートを着た……って、ん? 見覚えあるな? その少年は立ち上がって、建物の中に入るでもなく霧の中を進んでいく。 突然の出来事に混乱している私に、ミケさんは彼を追いかけるよう促した。
「勘定は私が持ちますので、行ってください」 「すみません!! 今度お返しします!」
喫茶店から飛び出して、ビー君らしき人影を捜す。視界が悪い。 やっとのことでその背中を見つけ、呼び止めようとした。けど、彼の言葉に遮られた。 ビー君は誰かに向かって叫ぶように呼びかけていた。
「――――だから、俺は知らないって、アキラさん!!」 「え、アキラくん!?」
その名前に、思わず反応して声を上げてしまう。その声でビー君とその奥にいるアキラさん? がこっちを向いた。
「ヨアケ!?」 「んー? あたしはアキラだけど女だよー。というかキミ誰ー?」
霧の中のシルエットに目を凝らすとそこにはリオルを抱いた女性の姿とユキメノコが。 思わず恥ずかしくなって、わざとらしく舌を出して勘違いだった事を伝えた。
「あ、なーんだ、人違いかっ」
……流石に年甲斐もなくわざとらしくやり過ぎちゃった。
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どうして俺がアキラさんと対峙することになったかと言うと、少しだけ時間は遡って説明させていただく――――
「――なるほど、つまりポロックやポフィンってのはきのみを使ったポケモンのお菓子ってことか」 「そうそうー。きのみの組み合わせやコツによって全然味とか変わるし、奥が深いんだよー」 「へえ」
外国には色んなお菓子があるんだな。とこの時の俺はのんきに考えていた。 正直に言うと、俺はアキラさんに親しみを覚えていた。 弱っていたせいや、ヨアケとソテツ達のあの朗らかな関係を見て、人間関係を遠ざけていたリバウンド、というか。要するに、恥ずかしいが寂しさを覚えていたのである。 本当に恥ずかしい話だが。
「あ、そうだ。良かったらあげるよーポロックメーカー。ケース含めて一式」 「いいのか?」 「ちょうど買い換えたばっかりだしさー。二台あってもかさばるし、有効活用してくれるのなら越したことはないし、ほい」 「……ありがとな」
今思えば、この時点で気づけという話だ。そんなうまい話ばっかりじゃないってことに。
ユキメノコがアキラさんの袖を引っ張る。アキラさんは「あー忘れてた」と何かを思い出したようだった。 それから両手を合わせて俺に頼み込んでくる。
「ねっ、ねっ、お願い! 人捜しているんだけどー、心当たり無い?」
昨日今日といい、よく捜索依頼受けるな。 ポロックメーカーの件もあるので協力できる部分はしてやりたいと思ったので、話を聞く。
「どんな奴なんだ?」 「金髪でー、黒いシャツのー、軍艦ヘッドー」 「軍艦?」 「こうー、リーゼントっていうか、前髪が突き出てる感じって言えばわかるかなー」 「……あーもしかしてグラサンかけてなかったか?」 「うんうん」
朗らかに受け答えるアキラさんと対照的に、雲行きが怪しくなっていく。 俺の頭が静かに警告を発していた。だが、その警告に対して半信半疑な自分もいて、結局のところ「大丈夫だろ」とスルーしてしまった。 そして、アキラさんの正体を暴く。
「なんか聞いたことある声だと思ったら、アンタ、フライゴンに乗ってた人だろ」 「うーん、やっぱりわかっちゃう?」
平然とした態度の彼女に、底知れぬ何かを感じた。計算の内なのか、それとも素でやってるのか。どちらにしろ読めない。 印象としては後者の方な気がしたので、彼女に忠告をしておく。
「まあ……あいつを探してるんなら諦めた方がいいと思うぞ。アンタも捕まるのが関の山だ」 「あー、気遣ってくれてありがとー」 「別に、そういうわけじゃ……ただ、アキラさんが立ち向かおうとしている相手は強くて、アキラさんじゃ敵わないだろうから、止めとけって言いたいだけだ」 「ところがーどっこい、そういう訳にはいかないんだよビドー」 「何でだ?」 「えーと、アタシはまだ彼、ハジメから報酬のきのみをまだ受け取ってないから」 「……その為に捕まる危険を冒してやってきたのか、アキラさんは」
呆れた、という俺に対し、アキラさんは「なんで?」と呟く。 そして彼女は、その黒々とした瞳を丸くした。
「誰にだって、諦めきれない、譲れないものってない?」
すべてを見透かしそうなその眼に、俺は一瞬ひるんだ。 そんな俺をよそに、彼女はうっとりとした表情で、笑った。
「えへへー、アタシの場合は、それがきのみ集めってことなんだー」
その言葉に気づいた、というより感じてしまった。 もう彼女は、俺を見ていないんじゃないかって。 いや、アキラさんは最初から俺らではなく、ハジメを……ハジメの持っているきのみのことを見据えていたのだろう。 きっと今も大好きなきのみのことを想ってそれに夢中なのだろう。 そのきのみにたどり着くために、俺らを利用しようとしているのだろう。 ――そうじゃなけりゃ、いいのに。 その躊躇いが、俺の甘さが、隙を生む。 ユキメノコが宙を舞う、そしてリオルの枕元に立ち、リオルをかっさらう。それからユキメノコはアキラさんの元へと飛んでいき、リオルを俺に見せつけた。
「リオル!」
傷の痛み堪えながらもベッドから飛び起きる。それからモンスターボールを構えようとした。だが、リオルを盾に取られている以上は、迂闊なことは出来ない。 動けないでいる俺の肩に、アキラさんは軽く手を乗せた。
「無理やりでごめんねー、キミにはハジメの元に案内してもらうよ」
断る、という選択肢は選べない。一時的に彼女たちに従うことにする。 宿の主人に悟られぬよう外に出ると、霧が出ていた。
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隙を見て奪還を試みるも、『こなゆき』で近くの建物まで吹き飛ばされ、窓の格子に打ち付けられる。だがそのおかげで運よくヨアケと合流できた。 ……いや、運がいいと言い切れないか。 数の上では勝っても、リオルを人質に取られているのには変わりないのだから。 ヨアケは、事態を飲み込めていないのか、相変わらずのマイペースで、アキラさんに自らの素性を明かすのであった。
「えっと、名乗るほどのものでもない……って言うのは失礼だよね。私はヨアケ・アサヒ。アサヒでいいよ。よろしくアキラさん」 「んー、アタシもアキラでいいよ。アサヒ」 「あーごめん、友達にアキラ君って人がいて、呼び捨てだと頭の中でこんがらがっちゃうんだ」 「そっかー、なら仕方がないなー」
な、なんか普通だ。普通に会話してやがる。 ヨアケがアキラさんを警戒していない事に危機感をもった俺は、彼女に注意を喚起した。
「ヨアケ、そいつはハジメの仲間だ! 気をつけろ!」
俺の言葉にヨアケは合点いった様子で、手をぽん、と叩く。それから右手の人差し指を顔の横で立てた。
「なるほど。ビー君のリオルはハジメ君と交換するためってところかな」 「いやー? 案内してくれたら返すつもりーって、ああ、そういう手もありなのか」
ヨアケの予測に、それは思いつかなかった、と小さく頷くアキラさん。状況が悪化した。 なんてことしてくれたんだ。と、リオルと俺は恨めし気にヨアケを睨む。ヨアケは「ごめん」と手を合わせていた。 アキラさんが、再び俺らに要求する。
「アサヒにビドー、アタシをハジメの元へ案内してくれないかなー」
その要求に対して素直に、はい案内しますとは、言えなかった。 いや、本当は言いたかった。リオルが心配で仕方がなかった。 だが、言ってしまってはダメなんじゃないかという、妙な胸騒ぎが俺の口を固く閉ざす。 さっき、リオルのために、と思って行動して逆に傷つけてしまったことが脳裏から離れなかった。そして不安になる。 俺が案内することを、リオルは望んでいないんじゃないかって。
「ビー君」
ぐるぐると回っていた思考に、すとんとその呼び声が入ってくる。 彼女の顔を見る。その声はどこか柔らかくて、そんな彼女に正直ビビっている自分がいた。 凛とした声で、ヨアケは言った。
「ビー君。アキラさんを、ソテツ師匠のところに連れて行こう」
だが、そうしたらアイツを、ハジメを逃がすことになる。それはマズイんじゃないのだろうか。と言葉にしようとしたが、我ながら言い訳がましいと思った。 何を最優先にすべきか。 ハジメを逃がさないこと? リオルの気持ちを考えること? それらも大事だ。 一番いいのはリオルを奪還すること。だが、この霧じゃ彼女達との距離さえきちんと把握できない。それに、仮にもリオルは人質に取られている。 だから、今優先させるべきことは、やはり……リオルの安全。
「今のキミは、リオルの安全を一番に考えてもいいんだよ」
その、ヨアケの諭す声が、ある種の安心感を俺に与えた。 それから彼女はアキラさん達を見据え、声のトーンを低くして呟く。
「もし返してもらえなかった時は、私が絶対に助け出すから」
もしかして、怒ってくれているのか? どちらにしろ、潰れた面子の事を気にしてもしゃあないけれども、ヨアケに任せっきりにするつもりも毛頭なかった。
「リオルを助けるのは、俺の役目だ……リオル、悪い、今は辛抱してくれ!」
俺にはポケモンの言葉は分からない。だが霧の向こうから聞こえて来た返事はこういってるように聞こえた。 ――――――――――――“このくらいなんでもない”と。
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ユキメノコが『こなゆき』の風を使って霧をのけようとしたが、上手くいかないようだ。 その行動を見て一つ気になったことがある。 さっきからユキメノコがすることを、アキラさんは指示していないのだ。まるで事前に見えないやり取りを済ませているように、ユキメノコが勝手に動く。
「アキラさん。あんた、ユキメノコに指示ださないのか」 「んーおユキたちに任せたほうが、うまくいく場合も多いからねー」
そんな戦闘スタイルありなのか、と俺は肩を落としかけたが、ヨアケは「そういう人もいるよね」と流していた。
「そういやヨアケ、お前は知ってるのか? ソテツとハジメの居場所」 「知らないよ。だから捜しているんじゃない」 「そうか……」 「大丈夫だよ、ハジメ君意識は戻ってたっぽいから、事情聴取しているのなら師匠の声は通りやすいっ」 「それは、アイツが口を割ればの話じゃないのか?」 「そうかもしれないけど……ん、じゃあ大声で呼びかけて捜索してみる?」 「むしろ、最初からそうするべきだったんじゃ……」 「そうだね」
息を吸い込もうとするヨアケを制止する。
「待て……ソテツだ」
本人には失礼だがその背の低いシルエットで遠くからソテツだと認識出来た。ソテツの他に女性らしき人物が立っている。戻ってきたガーベラだろうか? 彼らの前に正座させられている人影もある。その後ろにはもじゃもじゃとしたポケモン、おそらくモジャンボがその人影の腕を縛っているようだった。 縛られているのは、その前髪から、ハジメだと分かった。 近づこうとしたその時、怒気のこもった声が、辺りを震わせる。 それは、ハジメの発したものだった。
「――――俺はただ、ポケモンを捕まえようとしているだけだ。それを貴方達は何故邪魔をする……!」
霧がだんだん晴れていく。その合間から彼らの顔が見えた。 眉間にしわを寄せ歯を食いしばり見上げる彼に対するソテツの視線は、とても冷ややかなものだった。先程までとは、別人のように見えなくもない。 けれども、背格好は紛れもなくソテツだった。
「ここが、ポケモン保護区だからだよ」
ため息をついて、定型句を述べるソテツにハジメは納得のいかない様子で喰らいつく。 なかなか入り込みづらい現場になっていたのか、俺もアキラさんもヨアケも黙って様子を窺っていた。
「そうやって他国の顔を窺ってばかりで、自国のことはどうでもいいのか、<エレメンツ>は! ……今この瞬間にも盗賊や悪党が襲い掛かっているかもしれないんだぞ。貴方達の目の届かないところで、強いポケモンを使って!」 「一応他国があって、その援助があって現状なりたっているのも忘れないでね? それと、全ての町村で起きている出来事を全部解決出来ないのは情けないとは思うよ……強いポケモンを使ってくる相手に強いポケモンで対抗すれば被害は少なくなるかもしれない。ハジメ君の言い分ももっともだ。だが」 「……あなたは、本当にその捕まえた子を大切にするの……?」
ソテツの言葉をガーベラが引き継いだ。ソテツは頭を掻いて、更に彼女の言葉を受け継ぐ。
「オイラ達が言いたいのはそーゆーこと。強すぎる力を持って、それをコントロールできなくなった時のことをオイラ達は恐れている。それは、人間にとってもポケモンにとっても好ましいことではないだろう?」 「コントロール、出来れば問題ないんだろう? そんなことを恐れていたら、人はナイフで料理を作ることすらままならない」 「まあね。ポケモンは道具じゃないけど、一時の感情でそれは凶器に変わるのも、忘れないでよね」
だんだんと、勢いを殺されつつあるハジメ。彼がそれでも食い下がろうと口を開こうとした瞬間、ソテツは見計らったように、わざとらしい大声で言葉を被せる。
「でさあ! こっからが聞きたいことなんだけれども!」
満面の笑みを浮かべたソテツは、ハジメの目をガン見しながら尋ね、そして問うた。
「ハジメ君、キミ<ダスク>のメンバーだよね?」
<ダスク>という単語を聞いた瞬間、彼が唾をのむのが分かった。
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「最近ポケモンを密猟しようとしている輩が多くてね。聞くところによると半数以上が<ダスク>って組織に所属しているそうじゃないか。だから、キミもそうなんじゃないかなって思ったわけ。で、実際のところどうなんだいハジメ君?」
やれやれといった様子のソテツだが、彼の目は笑っていなかった。ハジメは視線を逸らそうとした。だが、逃れられないでいるようだった。 その沈黙がある意味答え、無言の肯定だったのかもしれない。 空気が、霧と共に風に流されていく。沈黙を破ったのは、ハジメでもソテツでも無く――――アキラさん、だった。
「あのー」 「どなたです? 今取り込み中……なのですが」
アキラさんの声にとっさに反応するガーベラ。つられてハジメもソテツも俺達にようやく気づいたようであった。 皆の視線を一身に浴びて、しどろもどろながらも、アキラさんは言葉を紡いだ。
「えーっと、アタシはハジメに協力してたものです。うん。ハジメは、自分の妹の為にポケモンを捕まえたいだけだって、だから、そんな<ダスク>とかとは違うんじゃーないかと…………ね? ハジメ?」
不安げながらもハジメを庇おうとするアキラさん。少なくとも彼女は、彼を信じていたのだろう。僅かにリオルを抱く力を強めているのが証拠だった。 だが、ハジメは目を伏せ、彼女の気遣いを払いのけるように、アキラさんの言葉を否定した。
「違わないさ」 「……ハジメ?」 「俺は、<ダスク>だ。そこの女は俺が騙して協力させただけだ」 「うーん、嘘、だよね? だって、報酬にめずらしいきのみ、くれるって……」 「その言葉は偽りだ。残念だったな」
呆気にとられ、棒立ちするアキラさん。その隣のユキメノコはわなわなと肩を震わせていた。 ソテツがハジメに次の質問を重ねる。ハジメはそれに即答した。
「キミら<ダスク>はポケモンを集めて何を企んでいる?」 「企んでなど、いない。俺達はただ救いたいだけだ」 「誰を?」
その問いに彼は一息つき、グラサン越しでも、意志のこもった鋭い眼光で応えた。
「この国の民全部を、だ」
彼は言った。 歯を食いしばり、忌々し気に――――それはこの国の誰もが一回は想った、純粋すぎるほど、純粋な願いを。
「怯えながら待ち続ける仲間も、連れていかれた仲間も、全部。全部取り返したい。ただ、それだけだ」
“闇隠し事件”の被害者である彼、ハジメの願いは、同じくラルトスを“闇隠し”によって奪われた俺には痛々しいほど分かった。 ――――だけど、だからこそ俺はハジメが間違っているとも思った。
「ハジメ。お前のその思想は立派だと思う……だがな、その目的のために無関係の人間巻き込んで、ましてや騙していいって通りはねえだろ」
ほぼ全員の顔がこちらへ向く。俺はハジメの理想を、容赦なく切り捨てた。
「何が全員救うだ。信じてついてきてくれた仲間一人すら救えないで、何が全員だ……矛盾しているぞお前」
ハジメはしばらく黙った後「そうだろうか」とぼやいた。 「そうだ」、と返すと彼は俺を蔑んだ。
「ビドーといったか。有利な立場の時は随分と威勢がいいようだ……そして、何を勘違いしているんだ、お前は」 「勘違い?」
あえて問い返したが、奴の口ぶりから、その先の言葉は安易に予想できた。予想できたからこそ、言わせたくなかった。 ――――まるで、道具を見るかのような目つきで、奴はアキラさんに対して吐き捨てた。
「その女は、たかだかきのみごときによく働いてくれる駒だった。仲間だと? 俺はソレにはなんの感傷もない」 「くっそ、てめぇ!」
反射的に俺は殴りかかろうとした。すると、凍てつく風が吹き荒れた。
「待っておユキっ!」
アキラさんの制止を聞かずに『ふぶき』をハジメに向けて放つユキメノコ。 その余波は、俺達全員に襲い掛かる。 勿論、ハジメを縛っていたモジャンボになんかは効果は抜群だった。 ハジメを拘束していたツルが緩む。その隙をついて、ハジメはアキラさんへ突進した。 駆けながらドンカラスを繰り出すハジメ。 ユキメノコが立ち塞がり、再び『ふぶき』を放とうとするも、『ふいうち』の一撃によって背後を取られてしまう。 彼女からリオルを強奪するとハジメは、ドンカラスの『そらをとぶ』で逃げようとする。 ソテツがモジャンボに指示を出そうとする、だがモジャンボは凍ってしまって動けない。 ドンカラスと共に飛び立つハジメの足に、俺は無我夢中でしがみついた。 空中へと飛び出して、山村が小さくなり始めたころ、ハジメは俺を振り落としにかかった。 それに対して俺は、さっきから溜まっていたことを、精一杯堪えていた不満を叫んだ。
「どいつもこいつも、俺のリオルに何しやがる!!」 「くっ、離れろ……!」 「リオルを取り戻すまで、絶対、放すもんか……!」
リオルもハジメの腕に噛みついたりと抵抗している。 奴もこのままの状態では逃げ切れないと判断したのだろう。
「ならば、お望み通り、返してやろう」
皮肉にも俺が望んだ通り、ハジメはリオルを空中に放した。
「リオル!」
すぐさまハジメの足から離れ、反射的にリオルをキャッチし抱き寄せる。 そして、そのまま俺とリオルは落下していった。 手持ちの飛行タイプのポケモンを出さねば、と行動しようとしたが、焦ってしまいボールを取りこぼしてしまう。 万事休すかと思ったその時――――金色の波が、ボールを包み込んだ。 その波へと片手を伸ばす。すると、その波間に腕を掴まれた。 走り抜けていた視界が安定し、周囲の山脈の姿がはっきりとなる。 澄んだ青空のと同じぐらい青い瞳が、金糸のような髪の間から、呆れたような視線で俺を見た。
「もう、リオルは私が助けに行くって言ったのに……無茶ばっかりして!」
デリバードに乗ったヨアケに助けられて、安堵が湧き上がる。感謝の念を言おうと思ったが、聞き捨てならない一言があったので、俺は彼女に訂正を求めた。
「俺が助けるって言ったろ」
*********************
それから、【トバリタウン】の入り口にて、ソテツとガーベラを見送った。
「それじゃ、オイラ達は一旦戻るよ。ははは、任務失敗だ」 「まあ、カビゴンが捕まえられずにすんだから、まだマシなんじゃないかな?」 「そこのところは感謝しているよ。アサヒちゃん、ビドー君」 「……アキラさんの処遇はどうなるんだ?」 「彼女は利用されただけ、ということで今回は見逃します……でも、次はないですからね……まったく」 「あー、すみません、でした……」
アキラさんが処罰を受けなくてよかった。と安心していると、ソテツに耳打ちされた。
「ビドー君、キミは一人じゃないから、大丈夫だよ」
その言葉の意味は、今の俺には正直よくわからなかった。ただ、励まされたのだろう、と思うことにした。 これにて今回の件は落着、とまではいかないが、ひと段落はついた。流石に俺もリオルも体力が戻り切っていないので、今日は先ほどの宿屋で休ませてもらうことにした。 ヨアケだけ先にソテツ達と行ってもいいんじゃないか、と提案したが、
「私はビー君のバイクのサイドカーにもう少し乗りたいからいいや」
やんわりと、さりげなく図々しく断られる。いやまあ、さっさと行かれるよりは、まだ……って何考えてんだが。 アキラさんも傷ついたユキメノコを手当するために、同じ宿に泊まることになる。それぞれ別の部屋で、各々休養を取った。 夕食は三人で取った。アキラさんにきのみについて教授してもらって、それなりに盛り上がった。
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その晩、昼間ずっと横になってたせいか寝付けなかったので、リオルと一緒に体力を取り戻しがてら散歩でも行くか、と部屋を出る。 宿を出ようとしたところで、アキラさんに一緒にいっていい? と声をかけられる。別に断る理由もないので、一緒にぶらりと散歩をした。 【トバリタウン】をぐるっと半周して帰り道にさしかかった辺りで、ふと、アキラさんが立ち止まる。 それから彼女は神妙な面持ちで、俺に謝った。
「ごめんねビドー。リオルも。ひどい事しちゃって」 「別に、気にしちゃいねーって……アンタも騙されてたんだし」
確かにムカついたりショックを受けたりしたが、結果的にアキラさんはリオルを傷つけることはなかったのだ。 それに、アキラさんだって、今回の件では被害者でもあるのだから。彼女を責めるのはなんか違うと思った。 悪いのはハジメだ。そう締めくくろうとしたら、アキラさんは静かに首を横に振った。
「いいやー、それは違うと思う」 「何でそう思うんだ? アイツはアキラさんを駒としか見てなかったんだぞ」 「うーん、所詮憶測だけどさー、ハジメはアタシが捕まらないように、あんなこと言ったんだと思うんだー」 「捕まらないように、って?」 「見てこれ」
アキラさんが手のひらを見せる。そこには、見慣れないきのみが一つ乗っかっていた。
「アタシの知らない、めずらしいきのみだよ」 「それ、どうしたんだ? まさか……?」 「……そー、ハジメにリオルを取られた時、手に握らされたんだ」
その言葉を聞いて、悔しいが納得してしまった。 要するにあれだ、ハジメはアキラさんとの約束を守っていたのだ。 密猟の共犯者としてアキラさんを巻き込んだからこそ、彼女を突き放して、罪を自分一人で引き受けたってことか。
「あーでも、違う可能性もあるけど、アタシはきのみもらえて満足している。だから、アタシの事で、彼を怒らないでくれないかな?」
俺の怒りはとんだ筋違い、ということだったのかもしれない。
「それでも俺は、アイツが気に食わないな」
静かに呟いた言葉は、暗闇に溶けていった。
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宿屋前に帰ってくると、ヨアケがライブキャスターのテレビ電話で誰かと話していた。 盗み聞きするつもりはなかったが、切迫しているようだったので、声をかけるのがはばかられた。
「――――どうしたのアキラ君、なんか珍しく取り乱しているけど」 『アサヒ、落ち着いて聞いてほしい。ユウヅキが……』 「ユウヅキが、どうしたの」
アキラという名前の男は、僅かに躊躇した後、ヨアケに残酷な現実を突きつけた。
『ユウヅキが“闇隠し事件”での誘拐の容疑をかけられた』
――――――ヨアケの捜し人が、“闇隠し事件”の容疑者?
つづく
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