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  [No.1718] 第二十一話 虚空の果て砂の紋 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/08/25(Thu) 08:29:40   8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



その虚しくなるほどの蒼い空を、彼女はベッドの上で掛布団にくるまり、窓からずっと眺めていた。
トレーの上の冷めた食事を見て、彼は心配して怒る。

「……サモン、まだ、何も食べないつもりか」
「ゴメン、キョウヘイ。食欲無くてね。吐いちゃうのももったいないし」

そう言って、もはや力の無くなっている作り笑いをサモンはキョウヘイに向ける。
それがキョウヘイは煩わしくて仕方がなかった。

サモンが数日間意識を取り戻さなかった間に色んなことが起こり、ヒンメルは激変の只中にあった。
あの時無理してZ技を放ち意識を無くしたサモンを、キョウヘイが拠点に利用していた部屋に連れ帰っていた。
それからずっとキョウヘイは、サモンが捕まらないように、匿っている。
サモンの手持ちのポケモンの世話も引き受けて、彼はただただ息を潜めていた。

皮肉にも、彼女が目を覚ました時には、クロイゼルは敗北していて、けれど同時に彼の望みは達成されていた。
マナは数日間だけ生き返り、そして海へと還った。
クロイゼルは、マナと別れを告げる時間を得ることを条件に贖罪の道を選んだと、調べた情報をキョウヘイが彼女に伝える。
経緯を聞いたサモンは、初めのうちは特にリアクションをすることもなく、ただただ黙って受け入れているように見えた。

ふと、空を眺めていたサモンが零す。

「ボクも、自首するべきなのかな」

本気とも冗談とも取れないその言いぶりに、キョウヘイが強い口調で制止する。

「必要ない。止めておけ」
「……元ロケット団員さんは、言うことが違うね」
「今は関係ないだろ」
「そうだね、だいぶ昔の話だった」
「……アイツのことも、もうだいぶ昔の話だ」

名前こそ出さなかったが、サモンの気にしていたタマキのことを、過去だと割り切るように、キョウヘイは言った。
タマキの話題に、サモンは意地悪くキョウヘイに問いかける。

「彼女も過去の人間だと言うのなら、キミはどうしていまでも最強への道を捨てきれずにいるんだい」
「それは……」
「キミが強くなりたかったのは、またタマキみたいに誰かを失うのが怖いからだろう? ボクも大概だけど、タマキに、過去に縛られているのはキミもじゃないか、キョウヘイ」
「そうだが、そうじゃない」
「……何が、違うんだい」

震える声で、キョウヘイはずっと抱えていた不安を彼女に吐露した。


「今の俺は、君がいなくなるのが、とても怖い。怖いんだ、サモン」


肩も震わせ、床にうずくまったキョウヘイを、ベッドから降りたサモンは静かに抱きしめる。
背中をさすり、なだめながら彼女は彼に小さく謝った。

「ゴメン……そうだね、赦しが必要ってこういうことなんだね……ようやくわかったよ」
「サモン……?」
「キョウヘイ。顔、上げて」

言われた通りに上げたキョウヘイの頭を、サモンは逃れられないように抱き、その口を塞いだ。
しばらくして、キョウヘイが彼女を突き飛ばす。
何かを飲み込まされたと気づいた時には、キョウヘイの意識は泥闇に引きずり込まれ始めていた。

「何を……ふざ、ける、な……サモン……!!」
「きっと、ボクもキミにとっての過去になる。タマキのことも、ボクのことも、もう忘れていいんだよ、キョウヘイ」
「ま……て……………」
「ボクが――――キミを赦す。だから、今はゆっくりお休み」

キョウヘイの意識がないのを念入りに確認したあと、サモンは小さくその頭をいとおしく抱き直し、最後に一言「ありがとう」と言い、その場を去る準備をし始めた。


***************************


彼が深い眠りから気が付いた時には、もう彼女の姿はなかった。
テーブルにあった封筒に入った置手紙を読む前に、キョウヘイは彼女から預かっていたボールを確認する。
彼女の手持ちは、一体だけ連れて行かれていた。

彼女の行きそうな場所の心当たりを、キョウヘイは考えるまでもなく突き止めていた。

今日は、クロイゼルの公開処刑日。
サモンが拘るとしら、それしかなかった。

キョウヘイは彼女には処刑のことを伝えていなかった。
しかし、彼女のいたベッドの上には携帯端末が転がっている。隠れて調べていたのは、想像に難くない。

手紙の封筒をハサミも使わずに開ける。そして自分の手持ちを連れて行き、移動しながら彼はその内容を急いで読み始めた。

それは長い、長い……赤裸々な告白文だった。
普段のサモンだったら絶対に言わないような胸の内。
彼女が何を想い、日々を過ごして来たかが、そこにはまとめられていた……。

それを書かせるまでに追い詰められた彼女の状況想い、彼は焦る手を抑え、読み進めていった。


***************************


“キョウヘイへ。


おはよう。まずは不意打ちで眠らせたことを詫びるよ。書面だけど、ごめん。
手紙なんて、書きなれないけど、色々書いておこうと思う。せっかくの機会だし、ね。

その前に、キミにしかお願い出来ない頼みがある。ボクの残りのポケモンたちの世話を君にしてほしいんだ。
図々しいのは百も承知だけど、キミになら彼らも懐いているから頼めると思ったんだ。聞いてくれないかな。
思えば、キョウヘイには散々ワガママなお願いをしてしまったね。キミはいつも文句を言いながらも、ボクに協力してくれた。感謝しているよ。本当に。
いつまでもキミに甘えてはいけないけれども、どうか彼らのことだけは頼む。
これで、最後のお願いにするからさ。
心残りはそのくらいかな。ああ……ゴメンもう一つ。友人たち、とくに狐の彼女にもよろしく言っておいて。


……前置きはこのくらいにしておいて。本題に移るよ。さて、何から書いたものか。
ああ、まず、こう書くべきなのかな。

キミがこの手紙を読んでいるころには、ボクはどうなっているかはわからない。

キョウヘイが早く起きてボクを止めに来る可能性も考慮しているけど、多分無理だと思う。
この手紙は足止めのつもりでもヒントのつもりでもないけど、結局両方なのかな?
ボクは、ボクを投げ出そうと思う。その身を捧げるって言った方がカッコいいかな……カッコよくはないね。
でもクロイゼルの為に身を投げうつことはずっと前から考えていた。初めてキョウヘイに出会うずっとずっと前から。

結局キミには言ったことはなかったっけ。ボクの生涯の悩みを。まあ、これから暴露するのだけれど。ああ恥ずかしい。
読み飛ばしてくれても一向に構わない。時間のムダだし。
とまあ悪あがきはここまでにしておいて、書くよ。


その悩みのきっかけは、小さかった頃の記憶。
今でも心の中に引っかかっていること。

それは、初めて触れた、大切な人の死のことだ。
その大切な相手は、ボクのおばあちゃん。
おばあちゃんが亡くなった時に、ボクはその別れに対して泣けなかった。
それは葬式の間だけとかの話ではなく、おばあちゃんが亡くなってから今までずっとだ。今までボクは一度も、おばあちゃんを想って泣いたことがない。

おばあちゃんとの仲は決して悪くはなかった。むしろ、一番親しい存在だったんじゃないかと思う。友人よりも、両親よりも。
おばあちゃんはボクにあんなにも大切にしてくれたのに、ボクは一度も泣いてあげられることが出来なかった。
涙一つ落とすことが出来なかった。
突然の出来事に心の整理がつかなかったとかじゃない。そんな言い訳は通用しないんだ。
そう、ボクは周りのみんなのように、死を悼むべきだった。
ボクは涙を流せなかったことに言い逃れをしてはいけない。
もう出来ないけれども、叶うのならばおばあちゃんに謝りたかった。
だってボクはおばあちゃんの死を目の前にして、
はっきり言って、何も感じていなかったんだから。

「貴方は強いのね」

そんなことを、誰かに言われた気がする。親戚なのだろうか。誰だったかまでは、覚えていないけど。
あの時は反論しなかったけど今なら言える。これは強さなんかじゃない。薄情なだけだ。
ボクのおばあちゃんへの感情は、そんな薄っぺらいものだった。ただそれだけ。

当時カラカラだったコクウはあんなに泣いていた。
涙の痕が被った骨に刻まれるほど、泣いていた。
その姿こそがあるべき姿だと、今でも思う。

ボクはこれからもずっと、誰かを想って泣けないのだろう。
親が死んでも友達が死んでも先生が死んでも、誰が死んでも、きっとボクは何も感じない。
ボクは誰がどうなっても、何も感じない。
ボクには誰も、愛せない。

だから、基本的には深い付き合いを作らずに、独りを好んだ。
大勢でなれ合うのも悪くはないけど、あまり得意ではなかった。
でも世間はそういう苦手に、あんまり容赦してくれない。
世渡りというものが、上手くいかずに一度、それこそ小さかった過去に一度。

何もかも諦めて、生きることに哀しくなって、ボクは……海に身を投げた。


一滴の雫でも集まって波になれば、とても強い力を持っている。
今思えば、それは社会の数の暴力に似ていた。

暗い夜の海底に沈むボクを救い上げてくれたのは、クロイゼルだった。
彼はマナの好きだった海で、身投げを目の当たりにしたくなかったんだと思う。
でも今思えば、その当時の彼もまた、ボクと同じことを考えていたんじゃないかな。
アサヒという器を見つけられずに、マナの魂が消えかかっていた頃だったから。

当時幼かったボクは、【破れた世界】からクロイゼルがそこに足を運んでいるとは気づかなかった。近所に住んでいるマネネを連れた変な隠者だと思っていたよ。
夜な夜な家出しては、海岸でボクとクロイゼルは他愛ない会話をして、過ごした。

抱えていた悩みもぶちまけた。彼は変にアドバイスとかしないで、ちゃんとボクの話を聞いてくれた。その代わりに彼の悩みも聞いた。

クロイゼルが、いつだかボクのことを海のように優しいと言ってくれた。
どんなに汚い感情も拒まず、優しく包んで呑み込んで、吐き出さないですべてを受け入れてしまう、そんな子だと。
海にそんな見方をいままでしていなかったボクは、とても驚いていた。
そんなボクに、彼は最初で最後の、経験則を言ってくれたのを書いていて思い出したよ。

「物事には色々な角度からの見え方がある。正面から見えているものでも、上下や左右、俯瞰、裏面や内側、過去に未来にとにかく限りない。見るものの数だけ、考え方だけ、変わってくる。だから。今見えている世界だけが、すべてじゃない。だから諦めるには、まだもう少しだけ早い」

当時から噛みしめていた言葉なのに、最近すっかり忘れていた。
でも思い出せてよかった。

その内、生きることに少しだけ、ほんの少しだけ前向きになれるようになったころ、彼らは姿を消した。
でもボクはその恩を忘れられないでいた。
だから、彼はボクにとっての恩人で、そして彼の為なら、想って泣けるような気がしたんだ。
実際は、死んでほしくないと願うことになるのは、想定が甘かったけど。

あのキミたちと過ごした、タマキを失ったカントーでの事件の後、ボクは故郷のこのヒンメルに帰ってきて、クロイゼルを捜していた。
そして再会した彼が手を必要そうにしていたので、力になるって決めたんだ。

もう彼の目的は果たされたけど、ボクは彼に死んでほしくない。
たとえ彼が、クロイゼルが望んだことかもしれなくても、今度はボクが言ってやるんだ。
千年以上生きた相手に言うのも変だけど、まだもう少しだけ死ぬには早いって。

だからゴメン、ボクは彼を助けに行くよ。
ボクのことを心配してくれて、本当にありがとう。
キミの気持ちは、嬉しかった。
キミには忘れて良いなんていったけど、
タマキのことは、ボクはまだボク自身を赦せてないけれど、
もし運が良かったら、キミの元に帰って来られたらいいなと思うよ。


それでも一応言っておく。

さよなら、キョウヘイ。


ボクの愛しい、最強の友達。




キミの友人、サモンより。”




***************************


「皮肉かよ!!」

手紙を読み終え、悪態を吐きながらキョウヘイは【ソウキュウ】の路地裏を駆けだす。“闇隠し事件”から戻って来た人口とポケモンたちで、大通りはいつになく混雑していたからだ。
息を切らしながら、ひた走る彼の足先は迷うことなく【テンガイ城】へと向かって行く。

(悩んでいる君を守れなくて、何が最強だ!! そんなものはどうだっていいんだ!!)

【テンガイ城】付近の広間は群衆でごった返していた。城壁の上で処刑は行われるらしく、大きな見たことのない機械装置が設置されていた。
銃口の先には、磔にされたクロイゼルの姿があった。
空中にトレーナーとポケモンが飛び出さないように、警備が張り巡らされている。

(頼むから、頼むから早まるな、サモン!!!)

群衆に呑み込まれたら身動きが取れなくなると思い、距離を取ろうとする彼の耳には、嫌でも人々の声が聞こえた。

「あれが怪人……不気味」「さっさと怪人殺せよ、まだかよ」「アイツのせいで滅茶苦茶になったんだ、早く怪人を処刑してくれ」

人々の軽口には、クロイゼルのことを「怪人」と呼称する者が多くを占めていた。
それが“闇隠し事件”の行方不明者だった側や野次馬がほとんどだとは、キョウヘイは気づく余裕がなかった。
だが彼は、否応なく考えさせられていた。

何故罪人とはいえ、ひとりの死を、ここまで無責任に望めるのか、と……。

彼らは自分たちが手を下すわけでもないのに、外野から勝手な罵倒を浴びせ、裁いただのほざくのだろうかと考えると、複雑だった。
自身の大切な隣人の大事な人が処刑されようとしているキョウヘイにとっては、尚更。
身の回りとは関係のない、もしくは関係の薄い赤の他人だから観客のような断罪が赦されるのだろうか。
もしもそれで彼らが正義感に浸るのだとしたら、そんな正義はクソ喰らえ、とさえ想うほどに嫌悪感を示していた。

キョウヘイが込み合った場所から抜けてボーマンダの入ったボールに手をかけた時、一気にどよめきが広がった。
何故なら磔にされていたはずのクロイゼルが、いつの間にか城壁の上に立っていたからだ。

パニックや暴動になりかける群衆。
しかしキョウヘイは気づいていた。
あれは……サモンの手持ちのゾロアーク、ヤミの見せている幻影、幻だと。
あそこに立っているのは、本当はゾロアークと共に内部の警備を潜り抜けてたどり着いてしまったサモンだということに、彼は気づいていた。

クロイゼルのふりをしたサモンが、今までにない大声を出した。
それが本物かどうか、群衆には気づく術はない。

けれども彼女のメッセージは、キョウヘイには届いていた。




「――――ボクは怪人なんかじゃない!!!! クロイゼルングだ!!!! 覚えておけ!!!!!!!」




呆気にとられ、しんと静まり返る彼らに目をくれずに、幻影のクロイゼルは、サモンはおそらくゾロアークと共にその処刑道具を真正面から叩き壊し始めた。

「やめろサモン……やめてくれ――――!!!!」

本物のクロイゼルの悲痛な願いを聞いてもサモンとゾロアークは止まらない。
今更気づいた警備が慌てて止めに入ろうとしたその瞬間。

轟音と共に処刑機械が大破し、サモンとゾロアークは爆発と光に巻き込まれた。

幻影が晴れ、そこに居た全員と磔のクロイゼルの視線の先の爆発の跡地。
煙が晴れ、倒れるシルエットが二つ見える。
その内のひとつの小さな影が動き、座り込む。
そして、もう一つの小さな影、ゾロアを抱いた長い茶髪の少女は、周囲を見渡しこうつぶやいた。


「ここ……どこ?」


皆がその少女たちの出現に驚きを隠せない中、少女は彼を見て、安心したように微笑んだ。


「クロイゼルだ……そんなところで何しているの?」
「サモン、なのか……?」
「そうだよ。わたしだよ? ねえ……ここどこ??」

異常事態に気づいたキョウヘイが、ボーマンダに乗り警備の穴を突き破り、一気にサモンたちの元へ飛んでいく。

「サモン!! 逃げるぞ!!!」

彼の差し伸べた手に、ゾロアを抱いた少女は……怯んだ。

「誰?? やだ……クロイゼル、助けて……!!」

絶望に叩き落とされたキョウヘイを、警備のポケモンとトレーナーたちが取り押さえる。
クロイゼルに泣きつくサモンも、捕まるように保護される。
クロイゼルの身柄も、一旦収容されていく。

それぞれがバラバラに取り押さえられ、大きな衝撃と深い心の傷痕を残し、
“怪人”クロイゼルングの公開処刑は中止を迎えたのであった。


***************************


【テンガイ城】のとある一室で俺はレインの話を聞く。
あの時サモンとゾロアークに俺とルカリオは波導の力で気づいていた。でも嫌な感情をもつ奴らが多すぎて、反応するのが遅れて止めるのが間に合わなかった。
その責任を感じていた俺たちの考えを見透かしたのか、レインが話を振って来て、今に至る。

「……つまりですねビドーさん。処刑しようにも終身刑にしても、クロイゼルはもともと人体改造の結果で不老不死の身体を手に入れていました。それは彼の時間が止まったことにより生み出された不老と不死であります。ここまではいいですか?」
「お、おう。とりあえずは」

説明を理解し呑み込めているか怪しい俺とルカリオ、理解を諦めうとうと眠たそうにしているラルトスを見てレインは「まあ、いったん一通り説明しますね」と苦笑する。

「今回あの処刑用に使った道具は、クロイゼル自身が以前に開発し作り出し封印していた、いわば“対象の時間を少しだけ巻き戻す装置”だったわけです。つまりは時間の停止に無理やり流れを作り、彼の生命をゆっくり死に、老化できるように元に戻そうとしました」
「それ……壊されたな」
「そう、ぶっ壊して暴発に巻き込まれたサモンさんとゾロアークは、大幅に体の時間を巻き戻され、その機械のデメリットであった、対象の持つ記憶を若返った時間の分だけ喪失してしまいました」
「体に記憶が引き継がれなかった、ってことか」
「そうですね。ちなみにクロイゼルもエネルギーの光を浴びたので、彼の不老不死はゆっくり解けていきそうです。今頃飢えなどに苦しんで流動食を取ったり、現代のウイルス対策のワクチンを接種したりで大忙しでしょう」
「うわ……それは」
「ちゃんと生きて死ぬのだって、色々大変なんです。でもこれでクロイゼルは寿命でも何でも、本人の望み通り死を迎えることができます」

今頃千年以上放棄していた生命活動を取り戻し、いろいろとのたうち回るような事態になっているクロイゼルを思い、俺はわずかに同情していた。
それからレインは、普段のような笑顔は一切見せずに、話を続ける。

「サモンさんの記憶の様子に気づいた彼は、『だからオーベムでバックアップは取って置けとあれほど!』と呻いていました。実際今回クロイゼルはオーベムに協力してもらってバックアップを万全にとってありましたからね」
「そう、か……それで、サモンは、アイツはいったいこれからどうするんだ? もうあのままなのか?」
「あのですね、ビドーさん」
「お、おう。なんだレイン」
「私が、そういう中途半端に諦めて投げ出すことをするように思えますか?」

首を横に振る俺を確認した後、眼鏡の奥底の目を細め、レインは宣言した。

「意地でも取り戻しますよ、サモンさんの記憶。それには貴方の協力も必要です。手伝ってくれますね、ビドーさん」

投げかけられた問いかけに、俺たちの心はすでに決まっていた。

――――望むところだ、と。




***************************


【テンガイ城】にある別の警備の厳重な棟の一室でヨアケと面会をする。
彼女とヤミナベは、それぞれ別の場所に隔離……いや、ある程度の自由を与えられながら、閉じ込められていた。
正直俺はふたりのこの待遇に、ふざけるなという思いが強かった。
だが、それはぐっとこらえてヨアケと話をする。
彼女も、サモンのことをだいぶ気にしているようだった。

「ビー君、サモンさんたちのことだけど……今の私は動けないから、お願いしてもいいかな」
「任せろ。俺たちでなんとかしてくる。だからヨアケ、今は自分たちのことにだけ集中してくれ」
「うん、任せるよ……ありがとう」

不安を声に隠しきれていない彼女に、俺はそっと「大丈夫だ。お前たちには俺たちを含めて、味方してくれる奴らが大勢いる」と励ます。
クロイゼルの身の振り方が決まったら、今度はヨアケとヤミナベが裁かれる番だ。
それを望む多くの者と、望まない俺たちとの全面対決になることは、予想されている。
どこまでやれるかは分からない。でも、俺はヨアケとヤミナベをもう自由にしてやりたかった。

「また、時間ができたら、ビー君のバイクのサイドカー、乗りたいな」
「壊れちまったけどな……」
「そうだったね。でも徒歩でもいいから、さ。どっかゆっくりお出かけしようよ」
「いいな。そうしよう」
「約束だね」
「ああ」

ぜひ叶えたい約束を交わし、俺は彼女との面会を終え急ぎ足で次の目的地に向かう。
その途中の通路で、待ち構えていたのかアプリコットとライチュウのライカに出くわした。
彼女とライカはクロイゼルの処刑に最後まで反対していた。そのせいで要注意対象として一時、ヨアケやヤミナベのように監視下にあった。
自由に出回っているということは、その監視からは解放されたのだろう。
表情に影のある彼女たちが心配になって、俺は声をかける。

「アプリコット、ライカ……大丈夫か」
「大丈夫、じゃあないかな……サモンさんに会って来たよ。彼女……だいぶ怯えていたかな」
「そうか……」
「サモンさんが前に言っていた、大勢は怖いって、今回よくわかったよ。歩いていても、ネットとか見ても、クロイゼルを始め、ユウヅキさんや、アサヒお姉さんまで……ひどいこと、いっぱい言われていて……」

携帯端末を握る力が、強くなるアプリコット。
彼女はそれでも前を見据えて、俺に感情を吐き出した。

「あたしは悔しくてたまらない。このままクロイゼルも、ユウヅキさんも、アサヒお姉さんもみんなに、ううん、見ず知らずの大勢にひどいこと言われ続けるのなんて、サモンさんの言う通りになるのだなんて、嫌だよ、ビドー……!」

とっさに我慢の限界を迎えて泣きだす彼女の両肩を俺は掴んでいた。
驚きくしゃくしゃな顔をこちらに見上げる。
今のアプリコットにかけてやれる気の利いた言葉は見当たらなかった。
でも俺は、俺の想いも伝えた。

「俺だって、このままは絶対に嫌だ。任せろ、とまでは言えない。だから力を合わせよう。俺たちで協力して、何とかするんだ。いいな?」
「! うん……!」

泣きながら頷くアプリコット。決意の表情を浮かべる彼女の相棒ライチュウのライカを連れ、俺は次の目的地へと向かった……。


***************************


【テンガイ城】の入り口の門の前で、捜していた人物……城から追い出されて立ち尽くすキョウヘイを見つける。
彼は俺たちに気づくと、躊躇いなく声をかけてきた。

「ビドーか。そっちは……」
「アプリコットと、ライカだよ、キョウヘイさん」
「ああ、そうだったな。君たち、サモンの様子は知らないか」
「知っているよ。そして、サモンさんのことで話があるの」

アプリコットと交代して俺は、レインからもらっていたメモをキョウヘイに託す。
それはレインがクロイゼルとわずかなやり取りの中で見つけ出した、サモンの記憶を取り戻すための、わずかに残された可能性だった。

「クロイゼルからお前に伝言だ。『サモンのことを、頼む』って」
「俺は誰かの指示に従うつもりはない。言われなくてももとよりそのつもりだ……だが、情報、助かる」

キョウヘイは礼を言い、勝手に立ち去ろうとする。
俺とアプリコットとライカは慌てて後を追いかけていく。
キョウヘイは歩くスピードを一切緩めずに、鬱陶しそうに言葉を漏らした。

「なんだ、ついてくるのか。君たちにとって、サモンは敵だっただろ。助ける義理はないんじゃないか」
「助けるっていうよりは、とっちめにいくんだよ」
「何故だ?」
「サモンには俺のサイドカー付きバイクの弁償、まだしてもらってないからな」

そんなことで、と言われるかと思ったが彼はそうは言わなかった。
代わりに、「それはキチンと責任を取らせないとな」と軽口を返す。
眼鏡の奥の彼の瞳の意思は、再び静かに燃えていた。

「ところで、どこに行くつもりなの、キョウヘイさん?」
「下準備だ。要はそのレインたちがサモンを連れ出して、残された方法を試すために準備してくれるんだろ。だったら俺はサモンの残りの手持ちを連れてくる」
「そっか、あのジュナイパーとかガラガラとかだね」

アプリコットがしみじみと「あの子たち手ごわかったなあ」と感傷に浸っていると、キョウヘイは急に立ち止まる。

「……その場所は、簡単に行き来できるところではないのだろ。君たちにはこっちで何かやりのこしたこと、あるんじゃないのか」

その言動は、俺たちを心配しているようで、協力を拒絶してひとりで助けにいくつもりだと言っているようなものだった。
思わずアプリコットと目を合わせる。彼女は「言ってやって」と仕方なさげに笑った。
そのあと押しもあり、俺はキョウヘイを説得する。

「大事なやつなんだろ? だったらひとりでも戦力は多い方が良い。なりふり構っていられる状況でもないしな」
「だが……」
「こっちの事情は大丈夫だ。それに俺はサモンのことをヨアケに任されたんだ。どこにだってついて行ってやるよ。たとえ、それが未知の領域でも」

俺の言葉を受けて、アプリコットも頷く。
俺らの決意を見たキョウヘイは、根負けして助力を求めた。

「ビドー、アプリコット。一緒に来てくれ――――サモンとゾロアの見る、夢の中に」
「もちろん」
「任せて」

そして俺たちは作戦決行の前に下準備をしに【ソウキュウ】の街にでる。
新たに示された目的地は、前人未到の地。
失われたサモンとゾロアの記憶の欠片が唯一残されているかもしれない世界を目指して、旅立つ。

その場所の名は、【ドリームワールド】。
彼女たちの深層心理の奥深くに潜む、夢世界だった。










第二部、閉幕。
第三部へつづく。


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