マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1714] 第十九話 虹の影に轟く雷 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/04/09(Sat) 23:20:30   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


その少年が研究センターを訪ねてきたのは酷い雨の日のことでした。
ずぶぬれになりながらも、誰かを背負いやってきた少年。彼の悲壮な眼を見た時、私は動揺を隠しきれなかった。
その瞳の銀色はあまりにも行方知れずのあの人にそっくりで、色んな想いがこみ上げてしまうのを、抑えられそうにありませんでした。
しかしその後すぐに、それよりも心を揺さぶる事実が判明します。

満身創痍で「この人を……助けてください……」とだけ呟き、倒れる少年。カイリューに少年を預け、細身で黒髪の女性を運ぼうとしたとき、ふと私は彼女の顔を見てしまいます。

「? なっ……!!!!」

やせ細ったその顔ですが、見間違えるはずがなかった。
私のずっと、ずっと帰りを待っていたあこがれの人。
その行方知れずの張本人、研究所の初代所長でもある彼女……スバル博士が変わり果てた姿になっていました。

「す、スバル博士っ……! 私ですレインです! 分かりますかスバル博士!!」

私の声に、彼女は反応を示しません。
何度も呼びかけても、ムラクモ・スバル博士は意識を取り戻すことはありません。
私の名前を呼ぶことも。
私をからかうことも。
決して……ありませんでした。
もはや彼女は、息をしているだけの、生きていると言っていいのか分からない状態でした。

彼女を地下に匿うようになってしばらくして……彼の素性を知っていたのを思い出します。
初めて会った赤子の時の彼は、正直可愛くない子だと思っていました。
現ヒンメル女王の今は亡き弟とスバル博士の間の隠し子。それが彼だったからです。
彼に求められ、私は複雑な思いで知りうる限りの素性を教えました。

「“サク”……それがあなたの本名ですよユウヅキ」
「意味とかは……あるのでしょうか」

敬語で訪ねてくるユウヅキに、あの人の息子に……私は彼女が伝えられなかっただろう由来を伝えました。

「本当は花の名前と悩んだそうですが、“貴方のこれからに花咲く未来がありますように”と、そう祈りを籠めて名付けたと聞いています」
「……俺に花咲く未来なんて、ありませんよ」

自嘲や嘆きよりも、諦めに近い声で彼は呟きます。
そんな彼を見てスバル博士の口癖を思い出しました。

――――「諦めやすいのは、悪い癖だぞ」

そう言っていた博士の子供が、人生を諦めたようにしているのが、私はとても我慢なりませんでした。
だから私は、とても強い口調で、彼に言いました。


「私は諦めませんよ。だからどうか、貴方も未来を諦めないでください」


恥ずかしながらそれは、決して励ましの言葉なんかじゃなかった。
彼女を取り戻すために諦めるなという、強迫観念が籠った道連れの叱責でした。
彼がどんなに追い詰められているのかということすら考えずに私は、彼を焚きつけてしまいました。

やがて私は、“闇隠し事件”を引き起こしてしまった彼の力になることを決意しました。
ユウヅキは最低限のことしか言わなかったですが、その責任感は相当なものだと思います。
ひたすら傷つきながら罪を償い一人十字架を背負っていく姿は、今思えばまるで、アサヒさんという光だけは守ろうとしているようにも見えました。

光を、灯りを、目標を、憧れを失った時、影は静かに闇の中に溶け込んでいく。
闇の中の影は、影としての自分を見失う。
それが怖いからこそ私は、光を求め続けてしまうのかもしれません。それはあのユウヅキに依存する危うい子、メイにも言えることでした。
いずれは消えてしまう沈みゆく日の明かりを忘れないように、<ダスク>は、ユウヅキは深い夜闇の中を突き進んでいました。

そんな彼を捕まえに追跡者が、いえあえてこう呼びましょう……明け色のチェイサー、ヨアケ・アサヒさんが夜明けの日の光と共に追ってきた時は、驚きましたけどね。

そのチェイスに巻きこまれた時、私は心底……彼が羨ましかった。
ユウヅキには、守ろうとしたアサヒさんがまだ手の届く範囲にいます。
でも私には、もうスバル博士を助ける手立ては残されていない。
諦めるなと言った私が、卑怯にも先に諦めようとしていました……。

真っ暗闇の中の私は……もう私を私として認識できていない。
そんな私に残されたのは、ユウヅキを助けること。それと、スバル博士をあんな風にした者との決着をつけること。

そのための力を得るために私は、友を訪ねてこの島へと足を踏み入れました……。


***************************


ヒンメル地方の東の海にある島、【シナトの孤島】。
その島の上空までたどり着いたあたしたちは、どこに降りたものかと悩んでいた。
しばらく周りを飛んでいると、砂浜で野生の砂の城のようなポケモン、シロデスナと修行する少年とジャラランガを見つけたので、あたしはライカとその近辺に降り立つ。
降り立ったあたしたちを珍しそうに見る少年たちに、思い切って声をかける。

「あの……初めましてっ、あたしはアプリコット。こっちはライカ。もしかして貴方たちって、バトル大会に出ていたヒエンさんとジャラランガ、だよね?」
「おお、そうだけど。あ、オレのことはヒエンでいいよ」
「わかった。ちょうど思い出していたから、こんなところで出会えるなんてびっくり」
「そうか……オレとジャラランガも有名になったんだな……うんうん」

なんか得意げになっているふたり。たまたまなんだけどな、と言おうとした言葉を引っ込めつつ、本題に移る。

「……えっと、その、実は貴方たちの使っているZ技のことで聞きたいことがあるんだ」
「おお、アプリコットもZ技興味あるの? そういうことだったらオレにわかる範囲でなら協力するよ。ついて来て!」

シロデスナに手を振って別れを告げ、林の奥に進んでいくヒエンとジャラランガ。
あたし“も”……ってことは他に誰か来ているのだろうか? 誰だろう? そう思いながら後を追いかける。

だんだん奥へとやっていくと、一つの開けた空間に出る。そこでは、一組のトレーナーとポケモン、カイリューが見たことのない影の子供のようなポケモンがバトルを……いや違う、そんな生易しいものじゃない。
激しい戦いが、行われていた。
地面に広がっている倒木と木っ端みじんの木片から見るに、もともとここが開けた場所ではなく、戦闘によって広がったと伺える。
そんな殺伐とした彼らを見て、ヒエンは目を輝かせていた。

「うおお、やっているなレインさんとカイリュー! あのマーシャドーについていけているなんて、やっぱ凄いやあの人たち」
「うわ……って、え、あの人がレインさん?」

力を付け強くなるためにやってきたけど、現実の厳しさにちょっと帰りたくなっているあたしをよそに、ヒエンはテンションを上げていた。さてはバトルマニアかな?

それにしてもレインさんってみんなが探していた人だよね。<スバルポケモン研究センター>の所長さんで<ダスク>のメンバーのって聞いていたからなんとなくこうもっと理詰めというか、メガネかけているイメージはあっていたけど、なんかこう、なんかこう……何だか、恐い印象の人だった。

「カイリュー……『ドラゴンダイブ』ッ!!」

唸り声のような指示に従ったカイリューも、また吠えながら全体重を乗せた『ドラゴンダイブ』のプレスを影のポケモン、マーシャドーに繰り出す。
マーシャドーはひらりとかわし、その小柄からは想像できない威力の『まわしげり』をカイリューの横腹に叩き込んだ。
カイリューの巨体が吹き飛ばされ転がっていき、なぎ倒されていなかった木にぶつかる。
その衝撃で、カイリューは立ち上がれなくなっていた。ここに審判がいるのなら、戦闘不能のジャッジが下されていたと思う。

レインさんはマーシャドーを一度にらむと、カイリューの元に駆け寄る。
そんな彼を見つめるマーシャドーは、首をわずかに横に振り、木々の影へと姿をくらませていった。

カイリューに小声で謝りながら手当を続けるレインさんに、なんて声をかけたらいいのか分からなかった。
そんな黙ることしかできなかったあたしとライカをよそに、ヒエンとジャラランガは大声で彼らを呼ぶ。

「今回も残念だったな! とりあえず一回ご飯にしようぜ! レインさん! カイリュー!」
「……はい、そうしましょうか」

覇気のない声で苦笑いするレインさんを、心配そうに見るカイリュー。
あたしまでなんだか心配になってくるふたりだった。


***************************


ヒエンが作った鍋を囲み、座るあたしたち。レインさんの傍には、カイリューだけでなく、ピクシー、ポリゴン2、それからブリムオンとパステルカラーのたてがみの方のギャロップが居た。結構手持ち多いんだなと眺めていたら、「ブリムオンとギャロップは、別のトレーナーのポケモンで、今は成り行きで預かっているんですよ」と話しかけられた。
ブリムオンとギャロップは何だか元気がなさそうだった。元のトレーナーのことが気になっているのかなともとれる、そんな落ち込みを見せる。
今のヒンメル地方の状況じゃ無事かどうかも分からない。下手な慰めの言葉はかけにくいなとも思う。
……それでも、思い切って一声だけかける。

「トレーナーさんのところに、早く戻れると良いね」

ブリムオンは、何かを思った後、静かに頷く。ギャロップも真っ直ぐな眼差しで見つめ返してくれる。トレーナーさんは、この子たちに愛されているんだなと思った。

気が付いたら、レインさんがあたしのこと静かに見つめていた。
話を切り出すタイミングかなと思い、「実はレインさんに相談があって探していたんだ」と言い、あたしは現在のみんなが集まっている現状と事情を話した。

――――ギラティナと共に行動するクロイゼルを追うために【破れた世界】に向かうためにはどうすればいいのか、という質問にレインさんは目を伏せた。
何かまずいこと聞いたのかなと思っていると、レインさんは「いえ、なんでもありません」と言ってから、質問に応えてくれる。

「【破れた世界】に行くためには、ユウヅキの手持ちのメタモン辺りをギラティナに『へんしん』させ、『シャドーダイブ』の技を盗めば行くことは可能だと思います。ただゲート……入り口を開け、安定して使いこなすにはすぐには難しいかもしれません」
「やっぱり難度の高い技だから、なのかな」
「それもありますが、【破れた世界】はこの世の裏側かつ、普通の認識している法則が通じにくい場所ですので、仮に行けたとしても道に迷って……最悪戻って来られないという可能性もあります」
「二次被害、か……」

行くことばかりで、行った先のことを考えられていなかった。
そうだよね、【破れた世界】にも地形のようなもの? があるはずで、そこに地図も何もなしに突入しようとしていたのは、無謀なのかもしれない。

頭を悩ませて食べる手を止めているあたしの前で鍋の汁を飲み干し終え、食器を置いて立ち上がるレインさん。
そのまま支度を始めるレインさんにヒエンは慌てる。

「レインさん、島を出ていくつもりなのか?」
「私の持つ知識がどこまでお役に立てるのか分かりませんが、求められているのなら向かわないわけにはいかないですしね」
「マーシャドーは、どうするのさ。あんなに挑んでいたじゃないか」
「……きっと、私に力を貸す気は無いのでしょうマーシャドーは」
「諦めちゃうのか……?」

話が読めないでいるあたしでも、レインさんはマーシャドーに力を貸してもらうことを諦めたくないんだとわかった。
だってレインさん、「諦める」という言葉に眉をひそめて、黙り込んでしまっていたから……。

「あたしも上手く言えないけど……なんか、ダメだと思う。ここでマーシャドーを置いて行くのは」
「アプリコットさん、聞いてもいいでしょうか……何故そう思うのです?」

尋ねられて、あたしはマーシャドーのことを思い返していた。
レインさんとカイリューを見つめていたあの子の眼差しは、冷めてはいたけど、冷たくはない。そんな不思議な感じがした。

「マーシャドーは、レインさんのこと拒絶はしていないと思うってのと……あと、あんなに怖いくらい全力で立ち向かっていたのに、簡単に投げちゃいけない気がして」
「諦めるには早いと?」
「うん……それにあたしたちも、この島にはZ技を習得しに来たから、すぐには帰りにくいかなって」

あたし的には大事な本来の目的を告げると、レインさんに「それは……確かに、そうでしょうね」と同情された。
それから支度を中断し、あたしたちに向き直ったレインさんは軽く会釈をした。

「分かりました。貴方の修行のついでで構いませんので、もう少しだけ私たちにもお付き合い頂けると助かります。皆さんよろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします……!」
「おう! そう来なくちゃ! レインさんたちもアプリコットたちも、ファイトだ!」

ヒエンはにかっと笑って「応援は任せてくれよな!」と言ってくれた。
ちょっとだけ不安も残っていたけど、あたしとライカはZ技を、レインさんたちはマーシャドーを認めさせることを目指して動き始めたのだった。


***************************


ヒエンに話を聞いてまずはZリングの原石を捜して島の真ん中辺りの洞窟前まで来たけど……なんかこう、その空洞を眺めているだけで体がざわつくのを感じた。
おそらくその感は正しかったと思う……隣のライカもだいぶ警戒しているようだったから。

生唾を飲み込んで、いざ一歩踏み出そうとすると、突然携帯端末の着信音が鳴り響いて、飛びのいてしまった。だ……誰さあもう! と画面を眺めたら、イグサさんの文字が表示されていた。

「イグサさん? アプリコットだけど」
『シトりんから聞いたけど今【シナトの孤島】に居るのか』
「うん。そうだけど……Z技習得のために、色々頑張ってみようと思って……あ、レインさんならみつけたよ、島に居た」
『そうだったのか。すぐに迎えに行こうか?』
「えっと、ゴメン。可能ならレインさんに少し時間を分けて欲しいんだ。どうしても譲れない用事があるみたいで……お願いできないかな」

レインさんとマーシャドーに、もう少しだけ時間を用意してあげたい。
願うように返答を待つと、小さなため息が返ってくる。
イグサさんが『君も大概話を勝手に進めるね。時々周りが見えなくなる。ビドーとかが心配していたよ』とあたしに効く釘を深めに刺す。
ぐうの音も出なくなって謝るしか出来ないあたしに、彼は面倒くさそうに了承してくれた。

『……わかった。僕から話をつけておく。代わりではないが、個人的な要件で……もし可能だったらそこに住むとある人に、僕がまた話を聞きたいから出てきてほしいと、伝えてくれないか』
「ありがとう、そして分かった。けど……その人は、どこに住んでいるの? 外見とお名前は?」
『基本島の中央の目立つ洞窟の中にいると思う。名前は……ファルベ。いつも青いマントを身に着けているから目立つよ思う』
「なるほど……ちょうど今から行くところなんだ、洞窟」
『それならついでに頼む。あと、一応気をつけて。その洞窟はちょっと特殊だから』

特殊? やっぱりかなり強いポケモンたちが生息しているとかなのかな。そう覚悟を決めて彼の言葉の続きを待つと。

『その洞窟は出る洞窟だから、注意したほうがいい』
(そっちかー……!)

額に空いているほうの手を当てながら洞窟内をチラ見する。うん、なんだか怖くなってきた。
イグサさんが気を使ったのか諦めもあるのか『無理はしなくてもいい』と言ってくれる。
……でも。

「警告ありがとうイグサさん。伝言、確かに伝えるから」
『……怖がることは、別に恥ずかしいことではない。それが身を守ることもある』
「うん。そうだね。自分の身は可愛いし正直突入するのは怖いよ。それでも――――」

震える足を叩き、無理やり奮い立たせる。
しっかりと、洞窟の奥から目を逸らさずに……見据える。

「――――怖がっていたら、何もかもずっと怖いままだ。知らないものから逃げているだけじゃ、ずっとそれは分からない」

いっそ見定めてやる。そのくらいじゃないと、あたしは何を恐れているかも解らない。
そのためにも、まずあたしは一歩踏み込む。
イグサさんは『わかった。任せるよ』と言った後、更に警告を重ねた。

『たとえ平気になったとしても、怖いと思った過去を、恐れを忘れることが、一番怖いことだ……だから、忘れるな』
「気をつける」

通話を切り上げ、その言葉を肝に銘じてあたしとライカは洞窟へと入っていく……。
ある意味これが、一つの試練だったのかもしれない。


***************************


入ってすぐに、薄闇の空間が広がっていく。闇が濃くなっていく前にライカが頬から電気をバチバチさせて光源を取ってくれた。流石ライチュウ。
ライカの明かりが岩肌を照らし出していく。岩壁や地面を注意深く見ながら一歩一歩また歩みを進めていく。
洞窟内を流れる川を、ライカの『サイコキネシス』で一緒に飛んで慎重に渡って奥へ進む。

「あれ?」

しばらくすると、行き止まりに突き当たる。よく見ると大きな岩戸になっているみたい?
ライカが頬の電気をいっそう強める。あたしもこの先がとても嫌な感じがするのは感じ取れていた。
それでもあたしたちは協力してその岩戸を開き、奥へと踏み入れる。

先に広がる大きな空間は、【ササメ雪原】とはまた違った寒さがある場所だった。そして地面が砂で覆われている。
砂に足を取られながらも、奥に進むと、大きな砂山の上に人が座っていた。

青くて長いマントを羽織った、少しだけ長い水色の髪の人。こちらの気配に気が付き振り向いたその顔には、どこか眠たそうな青の瞳を持っていた。
綺麗な人だと思わず見入ってしまう。体格的には男性だと思うけど、美人って言葉が似合う人だった。
その人は重たそうな口から、か細い声であたしたちの素性を訪ねる。

「君たちは……?」
「あたしは……アプリコット。こっちはライチュウのライカ。貴方は、ファルベさん?」
「そう……だけど……?」
「えっとじゃあ、イグサさんから伝言。貴方のお話もっと聞きたいから、洞窟から出て来てくれって」
「イグサ……ああ、あの死神さんか……悪いけど、それは難しいかな……」

難しい……? なんで? そう疑問を口に仕掛けたその矢先。
あたしはバランスを崩し前のめりに砂に突っ込んだ。

(あ……れ……?)

一瞬、記憶が飛んだ気がした。
でもそれは気のせいなんかじゃなくて、本当に気を失っていたみたいだ。
あたしの意識を繋ぎとめようと叫ぶライカの声で、身体に力が入らなくなっていることに気づいた。
ファルベさんの声が、こだまのように聞こえる。

「私は、この罰から逃れてはいけないから……彼には断りを入れて欲しい――――もっとも、君たちが生きてここから出られればだけど……」

彼の一言に反応したライカが、『サイコキネシス』で沈みゆくあたしを勢いよく宙へと引っ張り上げてくれた。
だんだんはっきりしてくる視界に映るのは、砂の中からこちらを覗いている瞳。
よくよく見ると砂山は城の形をしていた。
もしかしたら、いやきっとこれは……巨大な……ポケモンだ。
そのポケモンの名前は……!

「すなのしろポケモン、シロデスナ――――!!」
「……ご名答。そして、よくこのぬしに魂を吸い取られずに無事だったね……」

砂浜でヒエンが特訓相手にしていたシロデスナの数倍のサイズはあった。
この辺り一帯の砂全部がこのぬしシロデスナの操る砂だ……!
ファルベさんを逃さないように、砂を囲むシロデスナ。その様子は守るというよりも、ファルベさんの魂を吸い、咀嚼しているようにも見えた。
彼は動けないのか動かないか分からないけど、ずっと青いマントを握りしめ、うずくまって動かない。これ、相当生気を吸い取られているんじゃ……?

「ファルベさん……逃げて! このままじゃ貴方が死んじゃう!」
「気にしないで……これは、自戒だから……」
「無理! 気になるよ! 悪夢に出そうだって!」
「そう……悪夢か……私もずっと、うなされているよ……」

砂の零れ落ちる光のない天井を仰ぎ見て、ファルベさんは目を閉じる。
そして乾いた泣き声のような息を吐き出す。

「ずっと、思い出すんだ……取り返しのつかない傷をつけてしまった、あの日のことを」

追想するその横顔からは、後悔がにじみ出ていた。

「クロが……道を踏み外して……子供たちを実験体にしていたのを止めるためとはいえ……私は、マナも巻き込んで、私は……私……は……」

……懺悔を繰り返す彼の姿は、見ているだけで痛々しいものがあった。
ファルベさんの過去に何があったのかは分からない。
でも何だろう。何故かはわからないけど、見ていてなんか……腹が立ってきた。

頭によぎるのは、前科者という言葉。
罪を犯したからって、失敗をしたからって、前科者だからって、一生おめおめして二度と前を向いてはいけないのは、あたしは納得がいかなかった。
なにより、自分で自分を許さないにしても、こんなところで独りで自己完結していい道理は……ない。

「苦しむのなら、苦しまないようになるためにもっともがきなよ」
「…………」
「やらかした過去を悔いるのはいいけど、うじうじ引きこもっているんじゃないよ……!」
「…………私は罰を受け続けなければならない」
「そんな罰はいったん後回しにして! 今ヒンメル地方はどうなるか分からなくなっているんだよ!? みんなクロイゼルを止めるために頑張っているんだよ!? 世界の終わりまでそうやって閉じこもっているの? それって本当に償いになっているの?」

あたしの言葉に、わずかに反応を示すファルベさん。もしかしたら外のこと知らないんじゃこの人。
だったら尚更シロデスナの砂の城から無理やり引きずり出さないと……!

「――――少なくとも、あたしはずっと過去を後悔したままでいるのは嫌だ! そんなうだうだ言っている自分になんて、負けないんだから!!」

誰に向けたかもわからなくなっている啖呵を切って、思いついた作戦をライカに伝える。ライカは、任せてくれとうなずいてくれる。

「任せるよ。お願い!」

ライカとあたしは入り口の岩戸へ全速力で飛びくぐり出る。シロデスナの砂の波があたしたちを捕えようと迫った。
細い岩道を雪崩れるように砂は押し寄せてくる。
追いつかれそうになったところで、あたしはライカをとっさに突き飛ばした。

「行ってライカ!!」

ライカは一瞬だけ躊躇したけど、そのまま先に進んで行ってくれる。
砂に埋まり、シロデスナに力を吸い取られるけど、あたしは気力を限界まで振り絞って耐える。
ライカを信じて、今度こそ諦めずにもがき続ける。
砂の中、上下も左右も解らなくなっても、どんなに魂を吸われ続けても、手を伸ばし続ける。

そうやって伸ばし続けたその手は、砂の外に出た。
次に掴んだのは、ライカの丸い手。
キャッチしたと同時に、砂が慌てるかのように退いて行った。

「ぷはあっ……や、やばかった……! よく間に合わせてくれたね……!」

ライカがあたしを抱き留めながら、逃げるシロデスナの砂に尾を向ける。
その尾を矢印にしてあたしたちのちょうど真上を大量の水が流れ込んでいく。
洞窟内の川の水の流れを、岩戸の中にぶちまけるように『サイコキネシス』で変える。それがあたしたちの作戦だった。

「砂が……泥になっちゃったら……うまく魂吸えないでしょ、シロデスナ!」

サイコパワーで作った水の流れにライカが乗り、さらに広範囲へ波として操る。
土壇場で覚えたその新技術の名前を、あたしは指示としてライカに与えた。

「押し流しちゃってライカ――――『なみのり』!!」

そのままどんどん岩戸の中を水浸しにしていくライカの『なみのり』。シロデスナはファルベさんを放って洞窟のさらに奥側へと逃げていく。
泥になった部分を『マッドショット』でシロデスナはばらまくけど、波に乗ったライカはかわしまくった。
さらに『なみのり』で追い詰めていくライカ。
そのうち逃げきれなくなったシロデスナは、体を水で固めながら降参のサインを出した。
自らを覆う城を崩され、失ったファルベさんは、億劫そうに立ち上がる。

「……私は、負けてばかりだな。自分自身にも、君たちにも」
「あたしだってよく負けるし凹むよ。でも今まで負けていても、今から負けなければいいんだよ。たとえまた負けたとしても、何度も、何度でも挑んでいいと思わないとやっていられないよ」
「……そうだね、一理ある」

根負けしたように、苦笑するファルベさん。それからシロデスナに目配せした。
乾いて復活しつつあるシロデスナが、地面の岩板を持ち上げて中から小箱を取り出しあたしに渡す。戸惑いながら受け取るあたしに、ファルベさんが「これはお礼だ」と口添えする。

「昔集めた物の中に、君たちの力になりそうなものがある……良かったら受け取って欲しい」
「え、いいの?」
「今の私には使えない代物だし、シロデスナも認めたようだから。それに……皆で止めるんだよね、クロを……クロイゼルを」
「うん。正直どうやればいいのかまだ分からないけど、倒すんじゃなくて、止めたいんだ」
「それならば私も同じ気持ちだ……使ってくれ」

ゆらり、ゆらりとこちらに近づく彼。立ち上がると意外と背が高いなと思っていたら、屈んで目線を合わせてくれる。
青い瞳を真っ直ぐ向け、ファルベさんはひとつ微笑み、そしてあたしたちの隣を通り過ぎて行った。

「小さな英雄アプリコット、ライカ。君たちの諦めの悪さを見習って私ももう一度、挑んでみるよ――――今度こそ間違えないように」

そのまま「じゃあお互い頑張ろう」と手を振り合うあたしたち。背を向けシロデスナと共に洞窟を後にしようとするファルベさんを見送る途中、つい気になって小箱を開けてしまう。
中には何かの原石と、丸い羽のような、ライカの耳にも似た模様の入った黄色いのを始めとした複数のクリスタルたち。それとボロボロの絵が入っていた。
そこには、特徴的な黒目と白髪の人物と、水色のポケモン、マナフィのツーショットが描かれている。
ひっくり返すと何か古い文字のようなものが書かれていた。

「親愛なるクロイゼルングとマナへ――――ブラウ・ファルベ・ヒンメル」

ヒンメルの人ならほぼほぼ誰でも知っていると思うその英雄王の名前に目を疑わせながら、思わず彼らの去っていった方へ視線を向ける。しかしそこにはもう何者の姿もなかった。
思えば、ファルベさんの足音って聞こえなかった気がする。

(出るってそういうこと? イグサさん……??)

今更ながら冷や汗をかきながら、目的のモノを手に入れたあたしたちは慌てて洞窟を後にした。


***************************


とりあえずヒエンとジャラランガのもとに戻ると、彼は何かを作っていた。

「うおお、おかえりアプリコット! ライカ! その様子だと、手に入れられたみたいだね、原石」
「ただいま……これでいいのかな?」

ファルベ……ブラウさんのことはとりあえず黙って、もらった原石のようなものとクリスタルを見せる。

「あってるあってる。すげー、クリスタルもこんなに手に入れたのか……あ、アロライZこれだよこれ!」
「これが、アロライZ……!」

ヒエンがつまみあげたそれは、あたしが気になっていたクリスタルだった。これがシトりんの言っていたライカが使える特別な道具か……!
目を少し輝かせるあたしの前で、ヒエンは器用にジャラランガと協力して原石を加工していく。しばらくして、あらかじめ用意していたブレスレットに繋ぎ合わせてくれた。

「出来たよ、アプリコットのZリングだ。つけてごらん」

右手首に装着し、アロライZのクリスタルをくぼみにはめ込む。ちょっとだけつけ慣れないけど、サイズはちょうどいい感じだった。
ライカと一緒に食い入るようにリングを見つめる。ヒエンとジャラランガは「一仕事終えたな」という感じで出来栄えに満足そうにしていた。

「作ってくれてありがとうヒエン、ジャラランガ……! これであたしたちもZ技使えるの?」
「技が出せるかはふたり次第だ。本当はぬしに試練をしてもらうといいんだけどね」
「ぬし……あの大きいシロデスナがそうだったのかな」
「あのシロデスナと一戦交えて認められたのか! じゃあたぶん大丈夫だと思うから、やってみなよ、『ライトニングサーフライド』!」

微妙に納得できずにいたけど、ブラウさんの厚意を無下にも出来ないと思い、気持ちを切り替える。
シトりんのやっていたポーズを思い浮かべながら、あたしとライカは構えた。
ジャラランガもヒエンも「ゼンリョクで!」と声掛けをしてくれる。

「行くよライカ……『ライトニングサーフライド』!!!!」

あたしの籠めた気合が、ライカに送られるような感覚があった。
それからライカは『10まんボルト』で出来た電流の流れにのって……天高く飛び過ぎてバランスを崩す。
ライカが流れから落ちたので、あちらこちらに雷が四散。ちょっとした花火状態だった。

落っこちてくるライカの下敷きになっているあたしを見ながら、ヒエンは「前途多難そうだね」と呟いた。


***************************


何度も、何度も何度も何度も失敗に次ぐ失敗をして、やがて島に夕立が降って来た。
ヒエンに教えてもらった軒下で休む。彼は帰りの遅いレインさんたちを迎えに行っていた。
ライカと疲れ切った身体を休めながら、時折レインさんのことが心配になる。

(レインさんもみんなも、大丈夫かな……)

Z技を習得しに来たといった手前、まだ『ライトニングサーフライド』が成功していないので顔出ししにくい気持ちもあった。
帰って来ていないってことは、レインさんたちも上手くいっていないのかな。
……なんて嫌なことを考える自分の頭を両手で平手打ちして、あたしもレインさんの様子を見に行くことにした。

ライカをボールに戻し、上着を雨避け代わりに使いながらこの間レインさんたちがマーシャドーと戦っていた辺りに踏み入れる。
やがて止む夕立。傘を持ったヒエンとジャラランガが、呆然と一点を見つめていた。
彼らの視線の先には、レインさんに馬乗りになって胸倉をつかんでいるマーシャドーの姿があった。
止めないと……! と飛び出そうとするあたしを、ボロボロのカイリューが止める。
カイリューは「手を出すのは待ってくれ」と小さな鳴き声で訴えた。
その意図は読めなかったけど、息を呑み静かに見つめる。

するとレインさんが、憎しみの籠った声で、マーシャドーに唸った。

「貴方の技なら、不死身の怪人クロイゼルングを屠れるのでしょう……? このままじゃヒンメルは酷いことになる。何故その力を使わないのですか、マーシャドーっ……!! ……?!」

鈍い音が響く。
マーシャドーは頭突きでレインさんを黙らせた音だった。
痛そうな音がしたにもかかわらず、レインさんはひるまずにマーシャドーに懇願する。

「察しはついていたんです……ユウヅキの背後にスバル博士をあのようにした者がいるのは……もう私にはスバル博士を楽にしてあげて、クロイゼルングを殺すしか道はないんです。だから力を貸してくださいよ、マーシャドー……!」

レインさんの望んだのは……スバル博士という人の介錯と、その復讐だった。

ユウヅキさんが震えながら、実験体にされた彼の母親のスバル博士が目覚めぬまま眠り続けていると言ったことを思い返す。
もしあたしの大事な人が、スバル博士みたいになったらあたしはクロイゼルの死を願わないでいられるだろうか。
そう考えたら、閉じ込めておいた感情が溢れてくる。

(……無理だ。我慢できないと思う。レインさんと同じように、クロイゼルを殺してほしいと願ったと思う)

もっとも……あたしが意識不明の大事な人の目覚めを待つ当事者だったらの話なのが、この話の酷いところなのだけど。

この場にいるあたしは、レインさんの想いを……汲めない。
汲んであげられることは、出来ない。
だから、ごめんなさい。

大きく息を吸い込み、悲しそうなカイリューの腕をどけて、あたしはレインさんに届くようなはっきりした声で……怒った。

「レインさん……マーシャドーを困らせるのは、大概にしなよ」
「諦められないんですよ」
「それでも、マーシャドーに手を汚させるのは、間違っている」
「ええそうですね、解ってはいます」
「いいや解っていない」

強く否定をして、流したくないのに何故か溢れる涙と共に、言葉を零す。

「マーシャドーは、他ならない貴方を殺しに加担させたくないんだよ……!」

きっと、マーシャドーはレインさんのことが大事で、だからこそ止めたいと思っている。
それは言葉を交わさなくても、マーシャドーの行動で察せる。
部外者のあたしですら解るんだから、レインさんが気づいていないはずはない。

「私の望みを叶えるために、協力してくれたっていいじゃあないですか」
「それはたぶん、マーシャドーの望みではないよ……」
「諦めない方がいいと言っておいて、それですか」

ずきりと胸が痛む一言。
あたしがしていることは、無責任に焚きつけてしまったレインさんを諦めさせること。
目を逸らしたいその事実を、あたしは、受け止めなければいけなかった。
知らないで済ませてただ怒るだけなら簡単なことかもしれない。
でもそれじゃあ他人の心は動かせない。
本当に申し訳ないと思うのなら、逃げちゃだめだ。
向き合って、ちゃんと考えて、言葉を、選ぶんだ。

雨雫も交じった涙を拭い去り、あたしは、レインさんに言葉を投げる。

「……いや、レインさんはすでに諦めているよ」
「……何を」
「道が他にないって、決めつけてしまっていることだよ」
「……………それは」
「……さっきからレインさんは、スバル博士を諦めて、クロイゼルを殺す道しか考えられなくなっている」
「それが……私の残された望みですよ」
「望んではいないよ」

再び溢れそうになる涙をぐっとこらえて、あたしはあたしから見たレインさんの姿を言葉に乗せて伝える。

「なんでそんなにさらに苦しむ道を望んでいるの? だってレインさん何もかも捨てそうな感じじゃん……!」

言葉に出さなかったけど、なんだか望みさえ叶えばあとは死んじゃってもいいみたいな雰囲気が伝わってくるんだよ……!
それを感じ取っているのは、あたしだけじゃないよ、きっと……!

「自分と、あとマーシャドーやカイリューや心配してくれる子との関係を、簡単に捨てちゃだめだよ……レインさん!」

それまであたしを止めていたカイリューがその手を降ろす。
それからカイリューはレインさんの元まで歩いて行き……彼の手を取り、涙を流した。
大きなカイリューがちっちゃい子のように泣き叫ぶ。マーシャドーは胸倉を掴んでいた手を放し、レインさんの頬を軽く何度も叩く。
無表情を作っていても、その仕草は悲しみで満ちていた。
やがて堪えられなくなったレインさんは、暗雲の空を遠く眺めながら言った。

「なんで、こんなことになってしまったのでしょうか……」
「レイン、さん……」
「いえ、今の忘れてください。どうやら……諦めることを、諦めるしかなさそうですね……でもそうさせるのなら一つだけ条件があります」

忘れろと言われても忘れられないような乾いた声で、レインさんはその条件を突き付けた。

「貴方たちのZ技を完成させて、見せてください。アプリコットさんたちの全力を、私に見せてください」
「あたしたちが諦めないところを見せてってこと?」
「そういうことです」

彼が頷くと同時に、ライカがモンスターボールから再び現れた。
ライカの意思は、聞くまでもなくその背中が物語っている。
あたしはほっと胸を撫でおろして突っ立っているふたりに声をかけた。

「ヒエン! ジャラランガ!」
「うおっ……何だ、アプリコット」
「手伝って!」
「……言われなくても!」

ヒエンがグーサインを作り、ジャラランガも拳を振り上げて、「任せろ」と吠えてくれる。
ライカと向かい合って、頷き合う。
再挑戦の始まりだった。


***************************


【破れた世界】でボクはクロイゼルに頼まれていたことを、終えた。終えて、しまった。

この世界に閉じ込めた人とポケモンを一カ所に集めて、クロイゼルが用意した機械を取り付けさせるという途方もない作業だったけど、協力してくれたボクの手もちとこの子の、オーベムのお陰で終えられることが出来た。
【セッカ砦】に向かっていたはずの彼は、戻ってくるなりボクたちの仕事のチェックと仕上げを行っていく。

最終チェックを終えた彼は、こんなことを口にした。

「君は、何故僕に力を貸すんだサモン」

寂しい背中を見せながら、そう尋ねるクロイゼル。
今まで関心を向けなかったのに、今になってどうしたのだろうか。
心配をしつつ、ボクは正直に返答する。

「一応、昔溺れかけていたのを助けてもらった命の恩人だからというのもあるけど……キミになら、執着できると思ったからだよ、クロイゼル」
「執着?」
「そう、執着。ボクは、それをできたことがない。だからこそ憧れるんだ」

クロイゼルは「理解できない」という顔をしていた。その表情に、軽く傷つきながらもちょっと安心してしまった。

「過ぎ去る時間は無情にも、関係さえ変化していく。ずっと、仲良く一緒になんてそれこそ難しい。執着はそこまで大事なモノなのか」
「ボクにとっては大事だよ。人生を賭けるほどに。キミもマナに一生を賭けて執着しているだろ?」
「そこまで行くと妄執な気がするけどね」
「キミがそれ言う?」

苦笑いしながら責めると、彼はやれやれと肩を竦める。
彼の側らに戻って来ていたマネネも、同じポーズを取っていた。

「お互い頭が回る方かと思えばどうしようもない阿呆だな。さて……サモン」
「なんだいクロイゼル」
「自分で言うのもあれだが、僕は非道な怪人だ。時に多くを実験体にして蔑ろにしてきた。ヒンメルのほぼ全員に恨まれていると言っても過言ではないだろう」
「まあそうだね」
「自分の望みの為なら平気で他者を踏み潰し、そして数多の敵を作り、現在進行形で計画を潰されつつ追い詰められているという、それが怪人クロイゼルングだ」
「何を言うかと思えば、多勢に無勢は今更だよ」
「それでもだ。けれどサモン。こんな圧倒的数の相手を前にして、友達すらも敵に回して、それでも君は……」

仰々しくそう言って、彼は初めて会ったときの、海辺で助けてくれた時のように手を差し伸べる。
もしかしたら、ボクは、その手を望んでいたのかもしれない。
彼は、その気になったらメイみたくボクを使うこともできた。
わざわざそれをしないで、助力を求めてくれる。
それがとても……不謹慎かもしれないが、とても嬉しかった。

「それでも君は、ヒンメルのすべてを巻き込んだ最後の戦いに来るのかい?」

彼はボクを誘う。ボクは迷わず彼の手を取った。

「もちろん。ボクはキミの願いの結末を見届けるためにここに居る。特等席で見せてもらうよ」
「そうかい。じゃあ、もう少しだけキミの力を借りるよ」
「しょうがないな」

クロイゼルの手を強く、固く握り返す。
包帯に巻かれた彼の手のひらは、決して冷たくなんてなかった。


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イグサから話を聞いた俺は、ヤミナベに頼んでサーナイトの『テレポート』で【シナトの孤島に】一緒に飛んでもらっていた。
その中のメンバーには、その話をもってきたイグサと、アプリコットを島に誘導したシトりん。そして彼女が心配でヨアケがヤミナベに抱えなられながらついて来る。

『こんなところまで来られるなんて……ユウヅキ、色んな場所行っていたんだね』
「地理の把握は、重要だったからな……」

実際、今回も地名が出た時にすぐ地図で指し示すことが出来るくらいには、相当ヒンメルのあちこちを巡っていたんだろうなヤミナベ……。あくまで配達屋としてはだが、何だか負けてられないなとも思った。

イグサはシトりんと「じゃ、用事があるので行ってくる」と言って砂浜の方に行ってしまった。なのでアプリコットの居所へは、必然的に俺たちだけで向かうことになる。
俺はルカリオをボールから出す。ルカリオの手には、相変わらずバングルが装備されていた。
肩のバッジを少し触っていると、ヨアケに声をかけられる。

『トウさんから、もう少し借りているんだっけ。ビー君もルカリオも』
「ああ……トウギリ、メガシンカを使うほどの戦線復帰はまだ出来ないって。だから、俺とルカリオに託してくれたんだ」
『そっか。私もみんなが居てくれたら、一緒に戦えるのにな』
「【セッカ砦】で啖呵切っていたのは誰だ? 十分戦っているぞ」
『そりゃあ、言葉しか使えないしね、今は』
「威張れる状況じゃないぞ……」

そんな雑談をしていると、アプリコットたちの波導を見つける。
わりと大勢だなと思っていたその時。

風が木々を揺らし、黒雲が稲光を放つ。
驚き、その轟音の方向を見る俺たち。
林を上に突っ切って、昇る雷。
激しい稲妻が轟き、上空へ飛び出た彼女のライチュウ、ライカの元へ集う。

そしてその雷流に、なんとライカが乗っていた……!

「すげえ……!」
『綺麗……!』
「これは……!」

感嘆の声を零し、その軌跡の行く先を見つめる。波を乗りこなすように、ライカは雷撃を乗りこなしていた。
そしてある地点に向けて、その雷流を誘導し、叩きつける。
その衝撃は遠く離れた俺たちのところまで、届いた。

一体何なんだあの技は! 逸る気持ちを抑えつつ、ルカリオと共に先行する。
広々とした空間の地面は、すっかり焼け焦げていた。

その中心部を遠巻きに見ているヒエンとジャラランガ、そしてレインとカイリュー。あと、見慣れぬ影のようなポケモン。
彼らの視線の先に、ライチュウ、ライカを抱きしめて全力で喜び合っているアプリコットが居た。

彼女はレインの方へ向き、高らかに言う。

「出来たよレインさん! 『ライトニングサーフライド』!!」
「ええ、お見事でした。アプリコットさん、ライカ」

ライカがいつもよりも得意げな表情を浮かべ……疲れたのか、項垂れる。ライカ抱えていたアプリコットもバランスを崩しかけたので、俺とルカリオは慌てて彼女たちを受け止めに行った。

「大丈夫か?」

抱き留め声をかけると、朦朧としている彼女から小声で返事が返ってくる。
それは、満身創痍になるまで隠していた不安だったのかもしれない。

「……あたしたちも、戦えるよ……もう足手まといには、ならないんだから……」
「! ……別に誰も、そうは思っていないと思うぞ」
「なんだ…………そうだったんだ……良かっ、た……」
「その、なんだ……頼りにしている」
「…………うん」

満足そうな表情を浮かべ、眠りこけるアプリコットとライカ。
ボロボロの彼女たちが、さっきの技をどれほど全力で会得しようとしていたのかが伺える。
また勝手に突っ走ったことで心配はしていたけど、取り越し苦労だった。
こいつもこいつなりに、前に進もうとしている。それが見えたからこそ、俺は寝ている彼女たちを起こさないように一言添えた。

「たいしたやつらだよ、お前らは」


***************************


彼女たちの偉業を見届けると、カイリューが静かに私を抱擁してくれました。
そのカイリューの様子を見ていると、これでよかったのかもしれないと思います。

諦めるのを諦めるという、もはや何が何だか分からない状況ですが、それでもほんの、ほんの幾分かは肩から何かが下りたような、そんな気がしました。
相変わらず先は見えないけど、見えないからこそまだ可能性が残されているともう一度だけ臨もうと思えました。
まだ、この預かったギャロップとブリムオンのトレーナーも助けなければいけないですしね。

アプリコットさんたちが寝息を立てているのを眺めていると、みがわり人形と言葉を交わすユウヅキと目が合います。
その光景に若干引いていた私に、彼らは慣れたように事情を説明しました。
……その人形がアサヒさんだということやメイがクロイゼルに操られているという事実を受け入れるまで少々時間はかかりましたが、ボールの中のメイのブリムオンとギャロップを見つめて何とか頭の中で整理をつけました。

しかし、話を聞けば聞くほど、点と点が少しずつ繋がっていきます。
マナフィの復活のための魂の一時的な受け皿にアサヒさんの身体を奪ったこと。
私の作ったレンタルシステムを乗っ取り、メイの精神操作を使い人やポケモンを集めていること。
死者蘇生、というとどうしてもよぎる嫌な考えがありました。

「古のカロス王の所業」

私のつぶやきが一同の視線を集めます。
各々を代表するかのようにユウヅキが、私に言葉の意図を尋ねます。

「それが……何か関係があるのかレイン」
「断言はできないですが、クロイゼルがやろうとしていることは、大昔のカロス王が成し遂げてしまった死者蘇生の術ではないかと思いまして」
『本当に方法があるなんて……昔の人は凄いな』
「いえアサヒさん、そう呑気に言っていられる状況じゃないです」

不思議そうにしている彼らに、ことの危険性を説明します。
死者を生き返らせるという方法が確立されているのなら、現代に残らないようにはしないということを。
たとえできたとしてもどのような対価を払わねばならないかということを。

「彼は、愛したひとりのポケモンの命を甦らせるのに……膨大のポケモンたちの命を犠牲にしました」

ざわめき背筋を凍らせる面々に、私は「私でも思いつくことを、かつての発明家が、この世界を裏から覗いていた彼が思いつかない方が不思議です」とさらに可能性の裏付けをします。

「“闇隠し”で捕らえた人々とポケモンだけでは、おそらく足りないのでしょう。だからレンタルシステムを悪用し、メイの精神操作も利用して……とにかく人とポケモンを、生命を集めているのだと思います」
「だとしたら、絶対に止めないといけないな……」
「ユウヅキ……果たして本当に止められるのでしょうか? 彼が怪人と言われている所以は、不老不死でもあると言われているからなのですよ。下手をするとさらなる復讐も、想像に難くないですし」
「だからこそレイン、貴方にもそうならない方法を一緒に考えて欲しい」
「相変わらずの無茶ぶりですね……手伝いますけど」

仕方ないとはいえ、どうしたものか……そう考えていると服の袖を掴まれます。
袖を握っていたのは、マーシャドーでした。

「マーシャドー、私に力を貸してくれるのですか?」

恐る恐る尋ねると、なんとマーシャドーは静かに頷きました。
でもその意味は、さっきまでとは違うのは明白です。
今の私だからこそ、マーシャドーは力を貸してくれるのでしょう。

「状況打開の協力、どうかよろしくお願いします。マーシャドー」

手を握り返すと、私の影に潜み始めるマーシャドー。照れ隠しなのか、用があったら呼べということなのかはわかりませんが、どこか懐かしさがありました。

ヒエンさんとジャラランガが小声で「よかったな、レインさん」と仰ってくださりました。
彼らのサポート抜きでも、協力関係は結べなかったので私は感謝の言葉を伝えました。



そのような感傷に浸っている時に……それは起こりました。
混乱だらけのそれを一言で言うならば……終わりの始まり、でした。


***************************


初めに異変に気づいたのは、カイリュー。天候に敏感なカイリューは「今までみたことのない風が来る」と警鐘を鳴らします。
わずかに海と風が凪いだ後……その強風は吹き荒れ始めます。

その突風に目覚めたアプリコットさんは、空を見上げて目を丸くしました。
口を開け呆然とする彼女につられて全員上空見上げると、そこには。

――――地方じゅうを包んでいた黒雲が渦巻き始めていて。
王都の付近の空中遺跡がある方を中心に渦の中心の雲がどいて行き、数日ぶりの晴れ間が差し込むと思えば。
その異様に赤い空を裂いたその向こうに、何か別の空間が見えました――――

『空が、破れた……』

アサヒさんの抱いた感想は、言い得て妙でした……。
おそらく、こちらが開くまでもなく【破れた世界】とこの世界が繋がってしまっているのだと思われます。
そしてその空の裂け目は、じわじわと広がっています。
驚愕でもはや言葉すら出せずにいると、想像できる最悪の事態の可能性をビドーさんが挙げました。

「このままだと、ヒンメル地方が、【破れた世界】に呑み込まれる……?」
「可能性は、高いでしょうね……!」

私は荷物置き場に走り、薄型パソコンを取り出すと手持ちのポリゴン2と共に裂け目の浸食スピードの計算をしました。
そして出た残り時間は、あまりにも少なかった。
すぐさま私の後を追ってきた皆さんに、意を決しその計算結果を伝えます。

「裂け目が広がり切るのに、一日もてばいい方でしょう」
「……とにもかくにも【王都ソウキュウ】に急ぐぞ」

ビドーさんの言葉に、一同首肯で返しました。
その彼らの目に諦めの色はありません。

タイムリミット刻一刻と近づく。アイデアもまとまり切らない。
そんなないものづくしですが、私たちに立ち止まっている暇も諦めている暇もなかったのです。

最後まで今やれることを、やるしかない。
しぶとくしぶとく、もがくしかない。

その上で、掴める何かもあると信じて。
もう一度私は、私と彼らを信じます……スバル博士。










つづく。


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