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  [No.1687] 第十三話 激闘、エレメンツドーム 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/09/11(Sat) 12:05:39   10clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


どうにもならない場面や面倒くさいことになった時によく、叔父のことを思い出す。
女王である俺の母上の弟の叔父は、虚弱体質で長くは生きられなかった。
だがその反面、叔父は王族の中で誰よりも自由人だったと思う。
よく城を脱走する度にドクターであるプリムラの父に滅茶苦茶怒られて、でも笑っていたその顔が記憶に残っている。
あれは楽しい、というよりどこかを諦めている笑顔だった。

王位後継者ではない、というだけで叔父を影で悪くいう奴らもいなくはなかった。
近年のヒンメル王家の男はかつての英雄王ブラウに比べて頼りない。そういった世間のイメージをもろにくっていたのが、叔父という印象はある。
その偏見に苛立つ俺を見かけると、叔父は決まってこう言った。

「なるようにしか、ならないこともあるんだよ」

俺はその言葉にいつも引っかかりを覚えていた。
なるようにしかならないからって、何もしなくていいわけじゃあないんじゃないかと。
何もしないと、なるようにさえもならない……停滞になるんじゃないかと。

そして何より、現状置かれているこのヒンメルの状況を、“闇隠し”の問題を人任せにする気にはどうにもなれなかった。

特に今、対峙しようとしているヤミナベ・ユウヅキにだけは、譲る気にはなれなかった。


***************************


アサヒとビドーがソテツと対峙する少し前のこと。【エレメンツドーム】にて。
<ダスク>との隕石の引き渡しが迫る中、自警団<エレメンツ>のメンバーにスオウは言った。

「こんな状況が状況だ。きつかったり、抜けたい奴は抜けていいぜ。だが、もし手伝ってくれるのなら<ダスク>を止めるのに力を貸してほしい」

現在置かれている<エレメンツ>の立場では“闇隠し事件”の救出作戦が出来ないことを考えて、各員にそう伝えるスオウ。
そんな彼に見かねて警備員のリンドウは、ニョロボンと共に頭を横に振り「そうじゃないだろ」と言う。
目を丸くするスオウに、リンドウはにやりと笑みを浮かべた。

「俺についてきてくれ、でいいんだよ。そういうのは」

頷く他のメンバーを見て感極まりかけた彼は、キャップ帽を目深に被り口元を歪め、「助かるぜ」と一言感謝の言葉を零した。

デイジーが「じゃあさっさと最終確認するじゃんよー」と他のメンバーに促す。それから彼女は、無言で何かを考えているトウギリに根深く釘刺した。

「もしもの時、わかっているな。ココチヨのところにちゃんと帰るために約束は、守れよ」
「……わかっている」
「闘いたいって疼いても、堪えろ。ソテツが居ないからって、他が戦えないわけじゃあないんだからな。ゆめゆめ忘れるなよ」
「ああ」

即答するトウギリをデイジーは短い脚で蹴とばす。そして痛む自身の足を気にしながらまったく動じないトウギリに文句を込めてがなる。

「……本当に、ほんっとうにだからな! 寝覚めが悪くなるのはこっちなんだからな!」
「…………ふっ、お前がそこまで念を押すとはな」
「嬉しそうにするな。ったく……」

笑うトウギリにどうしようもないなとデイジーは呆れた。
次にデイジーは、ハピナスと共に珍しく表情険しくしているプリムラに声をかける。

「プリムラもハピナスも、安易にキレるなよ」
「それ、私たちが怒りっぽいように聞こえるのだけれど」
「すでに怒っているじゃん。冷静にな」
「確かに。ふう……気を付けるね。ありがとうね」
「わかったらよし」

深呼吸するプリムラを見つつ、デイジーはガーベラなどのメンバーにも声をかけていく。
一通り巡り終わった後、彼女は痛感する。

(ソテツの馬鹿はいつもこんな調子で声かけていたんか。結構気を使っていたんだな、アイツなりに)

あらかじめ、ソテツの抜けた穴を手分けしてカバーしなければいけないとデイジーたちは話しあっていた。
それは戦闘面でもあり、ムードメーカー面でもあり、様々だ。
細かく些細なところでも彼の気遣いがあったということを、ひしひしとデイジーは感じていたのであった。

「お疲れさん」

デイジーの頭をぽんぽんとスオウは軽く叩く。
彼なりの労い方にいらっとするデイジーだが、ぐっとこらえて皮肉を言った。

「疲れるのはこれから先だ。頼むよリーダー」
「しんどいぜまったく」

へらへらと苦笑しながら、スオウは歩き出す。もう間もなく時刻だった。
この時この場にいた<エレメンツ>のメンバーは、ざわつく胸の高鳴りこそすれ、無事にやり取りが終わることを祈っていた。
ソテツが返ってくることを、願っていた。

しかし現実と言うのは非情なものであることを、この時どのくらいの人数が予想していたのだろうか。
確かめる術は、もうない。


***************************


そして約束の時刻。エレメンツドームの入り口の通路で彼らは対面する。
時刻ちょうどに姿を現したのは<ダスク>の責任者、ムラクモ・サク……ヤミナベ・ユウヅキと<スバル>の所長でもあるレインの二人。あと、それぞれの手持ちのサーナイトとカイリューだけだった。
ユウヅキとレイン、そしてカイリューはサーナイトのテレポートでドームの前の平原に転移し、歩いて入り口の通路に正面から入った。
長めの通路の端と端に立つユウヅキたち<ダスク>とスオウ、プリムラ、トウギリの<エレメンツ>。
緊張と沈黙の中、まず重い口を開いたのはユウヅキだった。

「……こうしてしっかりと対面するのは初めてか。自警団<エレメンツ>。そしてそのリーダー、スオウ」

名前を呼ばれたスオウは、息を大きく吐いた後、腰に両手を当て彼に向き直る。

「一応、スタジアムに殴り込みしてきただろうが。ヤミナベ・ユウヅキ」
「そうだったな。そして……今の俺は<ダスク>の責任者のムラクモ・サクとしてここに立っている」
「そうか。でも俺はてめえのことをユウヅキと呼ぶぜ。あいつが、アサヒが連れ戻したい相手のユウヅキとして、お前を認識する」
「…………」
「文句あるのか?」
「ああ、大ありだ。だが、今は余計なことだ……用件に移ろう」

不服そうなユウヅキは、胸元のスカーフを締め直し、スオウの目を青いサングラス越しに睨んで言った。

「隕石を、こちらに渡してもらおうか」

スオウもまたキャップを被り直し、ユウヅキに睨み返す。

「ああ。けどソテツの安全確認が先だ……デイジー、ビドーに連絡を」

隕石の入ったアタッシュケースを見せながら、彼は遠方の制御室に居るデイジーに通信機で連絡。
それとほぼ同時にレインが自身の携帯端末に手持ちのポリゴン2から<スバル>のシステムが攻撃されていると連絡を受けたことをユウヅキに耳打ちする。
それから【セッケ湖】にいる携帯端末でメイに連絡を取り始めた。

各々通話を終え、向き直る。
スオウは険しく眉をしかめ、静かにたたずむユウヅキに言及した。

「おいユウヅキ、ソテツに何をした」

――――ソテツが<ダスク>に寝返った可能性が高い。
そうビドーに連絡を受けたデイジーからの鬼気迫るメッセージ。
アタッシュケースの取っ手を掴む力を強め、腰のモンスターボールをいつでも空いた手で触れるようにしつつ、スオウはユウヅキにきつく問いかけた。

「俺の仲間になにしやがったんだ」


***************************


問い詰めるスオウに、ユウヅキはストレートに短く答える。

「スカウトした」

信じにくい、という素振りでスオウは重ねて問う。

「それにアイツが応えたって?」
「ああ。だいぶ苦戦したが、応じてくれた」
「あー……つまり、ソテツは俺らのところに戻る気はないってことか?」
「そういうことになるな」
「正直に答えるなよ…………まあ、渡すわけに行かねえな。隕石」
「そうなるだろうな。だが」

ユウヅキはスオウが手に持つアタッシュケース手を伸ばす。

「こちらも引き下がれないんだ」

彼のサーナイトが『サイコキネシス』の念動力でアタッシュケースを無理やり奪おうとした。
スオウは引っ張られるケースを片腕でしっかり掴みつつ、もう片方の腕でモンスターボールを水平に切り前方へと思い切り投げる。
ボールから出てきたアシレーヌはそのままの勢いで『アクアジェット』。
アシレーヌの水流を纏う速攻突撃をひらりとかわすサーナイト。だが『サイコキネシス』が緩み、スオウとの引っ張り合いで負けてしまう。

ユウヅキの次の一手は早かった。
力を溜めるレインのカイリューを背に、基本指示する側のトレーナーであるユウヅキが駆けだし、真正面最短ルートでスオウたちに向かう。
長い通路を走るユウヅキの代わりに、レインはサーナイトに向けて金属片を投げる。サーナイトは金属片を受け取り念力で自身の周囲に浮かせビットにする。『10まんボルト』で手に入れたビットを帯電させ、突撃するユウヅキに稲妻迸る援護射撃をした。

「させはしない……!」

ユウヅキを追い越しスオウたちに飛んでくる帯電ビットをトウギリが出したルカリオが『ボーンラッシュ』で作り出した長い骨こん棒の棒術ですべてはじく。
はじかれたビットは、念力ですべてのビットがサーナイトの元へ回収されていった。

トウギリとルカリオがユウヅキ前に立ちはだかり、ユウヅキの足を止める。それからトウギリはスオウとプリムラに呼びかけた。

「二人は奥へ。ここはプラン通り俺が引き受ける……!」
「無理しないでね、トウギリ……1班と2班はトウギリと協力してユウヅキたちを挟撃、お願い!」

プリムラの合図を皮切りに、入り口の外から警備員リンドウとニョロボン率いる<エレメンツ>の二つの班がユウヅキたちを挟み撃ちにしようと姿を現す。
レインはメガネをくいと上げ、フルパワーチャージをしたカイリューに呼びかけた。

「カイリュー降らせなさい――――『りゅうせいぐん』!!」

落下する小隕石の群れが、宵闇の空の天上から降り注ぎ、【エレメンツドーム】の各所に降り注ぐ。当たる寸前に他のメンバーによって展開された『ひかりのかべ』によって要所は防がれた。だが表にいたリンドウたちは防御に失敗し衝撃に吹き飛ばされてしまう。
また一つが長い通路を分断するように屋根を突き破り落下。出入口がふさがれリンドウたちは増援に向かえない形となる。内側に残ったレインとカイリュー、ユウヅキとサーナイトはトウギリとルカリオに向き直る。

リンドウがトウギリの名を呼ぶ。しかし帰ってくるのは技と技がぶつかり合う音のみ。

「くそっ、無事でいろよ……!」

悪態をついて彼らは二手に分かれる。片方は入り口の開通。リンドウ率いるもう片方は非常口のある方へと移動を開始した。


***************************


ユウヅキは一度交戦していたサーナイトをボールに戻し、影のような身体のゴーストタイプのポケモン……ゲンガーを出す。念力を失った金属ビットが落ちて跳ねた。
レインは折り畳み式のノートパソコンをカイリューのかけていた下げ袋取り出し、キーを叩きはじめる。それが【エレメンツドーム】のシステムへの攻撃行為であると、トウギリは察する。
小型の通信機を使い、トウギリはデイジーに警告する。

「デイジー、レインからシステムに攻撃がくるぞ」
『わかった。トウギリ、やることは分かっているな』
「ああ」

カイリューがレインを庇う位置に陣取る。ゲンガーはユウヅキの影に潜り、様子を伺う。
いつでも仕掛けられる、といったユウヅキとゲンガーに対し、トウギリは目隠しをずらし、留め具についたキーストーンを握る。

(トウギリ、あんたが全力で戦えるのは1体だけだ。それ以上はトレーナーのあんたの体がもたない)
(だから、やるなら短期決戦でいけ!!!)

デイジーとの約束。遠方のココチヨへの想いを募らせ、トウギリは己のパートナーのルカリオと呼吸を合わせ、名乗りを上げる。

「俺は<エレメンツ>“五属性”が一人、“闘属性”の番人、トウギリ。全力で参る……!!」
「……<ダスク>責任者、ムラクモ……いや、隕石を奪う者、ヤミナベ・ユウヅキ。押し通させてもらう……!」

二人の目と目が合い、戦闘開始の合図となる。
直後、トウギリはキーストーンに力を籠め、ルカリオがメガストーンに力を籠めた。

「我ら“拳”の印を預かる守護者……其の闘気と波導を以てして、すべてを打ち砕く! メガシンカ!!」

口上と共に光の綱が二人を繋ぎ、ルカリオがその姿を変化させていく。
荒ぶる波導を制し、顕現したメガルカリオが、雄たけびを上げた。

勇猛果敢なメガルカリオの姿を前に、ユウヅキはトウギリの短期決戦せん滅の意図をくみ取る。
その意図を把握した上で彼は容赦のない一手を繰り出す。

「あまり使いたくない手だったが……ここで使わせてもらう」

ゲンガーとは別のポケモンを、2体目のモンスターボールから出すユウヅキ。
そのポケモンはボールから飛び出ると同時に、瞬時にその体細胞を組み換え、そして――――メガルカルオの姿に成り代わった。

「行くぞ、メタモン」

2体のメガルカリオが場に揃う。そのうち片方はメタモンのコピーである。
メガルカリオと能力、技、共に同じ構成になっているメタモン。差があるとすれば、如何にそのポケモンとトレーナーが連携を取れているかだ。

己の出した全力のエースをコピーされ、短期決戦の望みが遠ざかる。
その事実を前にトウギリは震えていた。
武者震いをしていた。

「いいだろう……行くぞ、ルカリオ! 『はどうだん』!」
「メタモン、『はどうだん』!」

鏡写し、わずかなずれしかない全く同じ動作で放たれる波導が込められた弾丸。
ぶつかり合い、烈風が入り乱れる中、次の指示も同じく被る。

「「『しんそく』」」

電光石火の遥か上を行く超スピードのぶつかり合い、接近戦の中どちらも引け劣らずに拳と足をぶつけ合う。

「「『ボーンラッシュ』!!」」

波導エネルギーで出来た骨こん棒を、ほぼ同時に生成。棒と棒がやはり同じ軌道で弾き合う。
メタモンは一挙一動寸分たがわずメガルカリオの技を模倣し、着実に攻撃を相殺してくる。

「もっと、もっと早くだルカリオ!」

ユウヅキがメタモンで時間を稼ごうと、最初から全力のメガルカリオと己を消耗させようとしている。そう確信したトウギリは、あえてメガルカリオに攻撃の速度を上げていくように指示。
戦いが、一度のミスも許されない高速の押収へと変わっていく。

(そのまま、そのままつられてくれ……!)

トウギリの頭の中には、一つの作戦が浮かんでいた。
とてもリスキーな作戦が、だがどうしても試したい作戦が浮かんでいた。
その意図を波導でメガルカリオに伝えると、構わない。やろう。と返ってくる。
応えてくれたメガルカリオに感謝の念を込め、トウギリは笑いながら指示をだした。

「ルカリオ!」
「メタモン!」
「自分のトレーナーに向かって『はどうだん』!!!」
「?!」

トレーナーへ向かい背を向けるメガルカルオの動きにメタモンがつられる。
メタモンは寸でのところでトレーナー、ユウヅキに向けての『はどうだん』を止める。
一方、メガルカリオはトウギリに向けてフルパワーの『はどうだん』を撃っていた。

「何っ?!」
「いいぞ……!」

トウギリはその場で腰を低くし、両手に自身のありったけの波導をコントロールして纏わせ。
波導弾を受け止めた!!

「こんな形で夢を叶えるとはな!!!!」

そしてそのままはじき返すように、両腕を前に突き出し、彼は『はどうだん』のターゲットを上書きして解き放つ。
狙いは……背を向けて反応の遅れた、メタモン。

「メタモン!!!」

ユウヅキの声が届く間もなく、メタモンの背中に『はどうだん』がクリーンヒット。
入口を塞ぐ岸壁に叩きつけられたメタモンは変身を維持できず元の姿に戻り、戦闘不能と相成った……。

「ここまで、か……」

そうつぶやいたのは、トウギリだった。戦闘続行不能になったのは、波導を無理して使ったトウギリもであった。
メガルカリオの姿がルカリオへと戻る。メガシンカの反動でふらつきつつも立ち向かおうとするルカリオをトウギリが止めた。

「ルカリオ、もういい。俺たちの役目はここまでだ……」
「…………トウギリ。この戦い。貴方の覚悟が勝った。卑怯な手を使ってすまない」
「そうでもしないと、いけなかったのだろう? それも一つの戦術だ。俺に謝るな……そして本気を出せて案外楽しかったぞ……行くがいい」

微笑むトウギリにユウヅキは己の影の中のゲンガーに声をかけ。苦々しく応える。

「ああ。だが動きは封じさせていただく。ゆっくり休め。ゲンガー、『さいみんじゅつ』」

深い眠りに落ちていくトウギリとルカリオ。
目を瞑りながら、トウギリはユウヅキを案じた。

「俺が言えた義理ではないが……自分を、大切にな……」

その彼の言葉にユウヅキは何も言えなかった。
代わりにレインが、サイバー攻撃を続けながら言う。

「私もトウギリさんに同意見です……ですが、貴方は止まれないのでしょう?」
「そうだ。ここで……止まってはいられないんだ」

唇を噛みしめながら、ユウヅキは自身に言い聞かせる。

「たとえ間違っていても、止まるわけにはいかないんだ」

目的を果たすために。
彼にうつむいている暇は、なかった。

……眠る彼らの横を通り過ぎ、ユウヅキたちは奥へと進む。
隕石を持つと思われるスオウを追いかけ、【エレメンツドーム】を駆け巡っていった。


***************************


「スオウはどこだ、レイン」
「ジャックしたカメラの情報が正しければ、地下へ向かっています。最短ルートは、おそらく他のメンバーが待ち受けているかと……迂回しますか?」
「いや、いい。トウギリのように時間をかければかけるほど、こちらが消耗する。一気に行くぞ」
「わかりました。一応、『テレポート』ジャマーもドーム全体にかかっています。長距離の転移は出来ないと思っていてください」
「ああ」

やり取りを終え通路の角を曲がると、ガーベラ率いる集団に接敵する。

「第4班、第5班、ヤミナベ・ユウヅキとレインを確認です……! これより交戦します……!」

花色の髪を揺らしながら、ガーベラは通信端末で連絡を怠らない。
位置が割れた以上ユウヅキたちが手こずれば他の増援が来るのは必至だった。

「レイン、カイリューを一時撤退だ」
「わかりました。カイリューお疲れ様です」

時間をかければ厳しくなる状況というのにも関わらず、レインにカイリューを戻させたユウヅキの動きにガーベラは引っかかりを覚える。
だが彼女は迷いを振り切りロズレイドにユウヅキたちを封じ込めるよう指示。

「何のつもりか知りませんが……ロズレイド……! 『くさむすび』!」

ロズレイドの『くさむすび』がユウヅキたちの足を捕える。それから他のメンバーの白い毛で覆われた巨体のバイウールー、赤く長い髪のメスのカエンジシ、六体で一体のタイレーツといった他のポケモンたちが一斉に彼らに襲い掛かる。

ポケモンたちが彼らを取り押さえようと目前まで迫ったタイミング。
ユウヅキは今この場にいるレイン以外のトレーナーが、ポケモンに指示を出していることを確認して――――全てのポケモンを巻き込む技を、ゲンガーに指示した。

「ゲンガー……『ほろびのうた』!!」

ゲンガーの瞳が赤く赤く光り、その歪めた大口から破滅を連想させる歌を紡いだ。
歌の主であるゲンガーも含めたポケモンたちが、それを“聞いて”しまう。
全員が聞き終えるのを見計らって、レインは桃色の身体と羽根をもつポケモン、ピクシーを繰り出す。
ピクシーは歌に悶え苦しむポケモンたちすべてに向けて見えるよう、トドメを宣告するように指を一つ上に指した。

「『このゆびとまれ』からの『コスモパワー』です!」

レインの無慈悲な指示に、その場の<エレメンツ>メンバーが戦慄する。
『ほろびのうた』は発動したゲンガー含め、聞いてしまったポケモンが一定時間を過ぎると力尽きてしまうという恐ろしい技。ボールに戻せば回避可能だが、その時に戻したトレーナーには必ず隙が出来てしまう。
すぐに入れ替えてもゲンガーがまた同じ技を使ってこない保証はない。その上やっかいなのはわざと遅れてやってきたピクシーの、相対するすべてのポケモンの注目を集めてしまう『このゆびとまれ』という技。この技のせいでガーベラたちはピクシーしか攻撃できなくなってしまった。
そしてピクシーはどんどん『コスモパワー』で己の守りを固めていく。ピクシーを放っておいたら、とてつもない耐久をもって圧倒してくることは明らかである。

迫る『ほろびのうた』のタイムリミット。
重なり積み上げられていく『コスモパワー』。
何かをしなければ。その強迫観念が冷静な判断力を、失わせていく。

その心の隙間を縫うように、レインが再びカイリューを出した。
『くさむすび』の蔦を引き裂かせたゲンガーをボールに戻すユウヅキを、カイリューは拾い上げる。そのままカイリューは屋内を飛び、ガーベラたちに向かって真正面から突っ込んだ。
『ほろびのうた』で倒れるか、ボールに戻されるか。
そのどちらでも、ユウヅキとカイリューに立ちふさがれる者は、いなかった……。

残されたレインは、体力の削られたピクシーに『つきのひかり』を指示。一気に回復をさせ微笑んだ。

「さあ、ご一同様お相手お願いしますね」
「……くっ!!」

ガーベラは憎い気持ちをこらえながら、ボールに戻したロズレイドを再び前線復帰させた。
レインが引き留めている間に、ユウヅキは地下区画へと、突入を成功させる……。

地下区画へ追ってくる<エレメンツ>メンバーとポケモンたちを、カイリューが「引き受ける」と吠え、ユウヅキの背を押した。
カイリューに礼を言いつつユウヅキは走る。やがて薄暗い空間にたどり着く。

目を凝らすと、そこには人影があった。
その小柄なポニーテールをした人影は手に持ったスイッチを押す。
すると彼女の奥のシャッターとユウヅキの背後のシャッターが閉まり、彼らを閉じ込める。
薄闇の中、炎の明かりがともる。

「ここまで来てしまったのね。ユウヅキ」
「お前は……“炎属性”の」
「そうよ」

和装のいでたちの彼女は、自身の相方のポケモン、赤と金の毛を持ち、杖のような木の枝の先端に炎を灯させているマフォクシーに寄り添いながら、名乗りを上げる。

「私は<エレメンツ>“五属性”が一人、医療の“炎属性”、プリムラ。ユウヅキ。貴方にはここで倒れてもらうわ」
「俺は……ヤミナベ・ユヅウキ。スオウのところまで、通してもらう」

静かすぎるほど静かな怒りを声に込めたプリムラに、ユウヅキは閉鎖空間の中、独り立ち向かうこととなった。


***************************


火の粉が、舞い上がりまるで鱗粉のごとく輝く。
辺りが暗いのも相まって、その灯りは眩しく鮮烈に燃え上がった。
プリムラのマフォクシーが、その火の粉を念力で操っていく。
宙をなぞるその枝先は、ぐるぐると渦巻いていた。
周囲の火の粉が勢いを増し、壁となりユウヅキを囲む。
脱出を試みるも失敗し、ユウヅキはさらに閉じ込められた。

「『ほのおのうず』か……」
「正解。ユウヅキ、貴方はスオウのところへは通させない。ここでずっと閉じ込めさせてもらうわ」
「それは困る……頼んだ、ヨノワール!」

ユウヅキは手持ちから腹に大きな口を持つ灰色のゴーストタイプのポケモン、ヨノワールを繰り出す。
ユウヅキの前に出たヨノワールは、その一つ目を黒く輝かせ、『くろいまなざし』で炎の向こうのマフォクシーを捉える。
『くろいまなざし』を受けた相手は、技の発動者を倒さない限り逃げることはできない。
それを理解した上でプリムラはマフォクシーの『ほのおのうず』を解かない。否、解くことが出来なかった。

プリムラが最も恐れていたのは、ユウヅキにこのシャッターを突破されてしまうこと。スオウの元にたどり着かれてしまうことであった。

彼女には、自信がなかった。
大見栄切ったわりに、ユウヅキとの戦闘で勝利できる自信がなかった。
たとえメガルカリオしか使えなかったとしても、結果的にトウギリを打ち破ったユウヅキを止められるとは思っていなかった。
足止めさえできれば、少しでも疲弊させられれば上々だと彼女は思っていた。

プリムラは弱点を抱えていることをひた隠しにしていた。
それも間もなく見破られる。それが分かっていたからこそ、彼女は……ハッタリを重ねるしか、出来なかった。

「私、貴方に対して怒っているの」
「…………」
「ソテツのことも、アサヒのことも、とにかく色々とあるのだろうけど、その上で一番気に食わないことがあるわ――――ユウヅキ、貴方の走り方、おかしいわよ」

プリムラはユウヅキの身体を数か所指さし、次々と出ているであるはずの異常を言い当てる。
黙り込むユウヅキに彼女は診断を下していく。

「……貴方、普通に歩けないくらい、怪我を溜め込んでいる。ちゃんとした治療を最後まで行わずにサーナイトの『いやしのねがい』とかに頼り切っているでしょう。ユウヅキ、貴方に必要なのは隕石ではなくて、治療と休息よ」
「…………ソテツの言うとおりだったな」
「え?」
「どこまで……どこまで貴方たち<エレメンツ>はお人好し集団なんだ」

ユウヅキは、手袋をした手で、炎の壁を自ら触ろうとする。
しかし触れることは出来なかった。
なぜなら――――炎の方が、ユウヅキを避けたからだ。

事前にソテツから聞いていた情報の真否を確信へ変えたユウヅキは、迷わずヨノワールに指示を出す。
ヨノワールの体力の半分を引き換えにした技を、出させた。

「『のろい』」

その時、マフォクシーに実体のない“呪い”がかかった。
ヨノワールは、自分の体力の半分を対価に、マフォクシーの生命エネルギーをどんどん奪っていく呪いをかけたのである。

ユウヅキとヨノワールは、前に進み始める。『ほのおのうず』に向かっていく。
マフォクシーは苦しみながらも、炎を操り続けた。
プリムラが制止するも、彼らは進行を止めようとしない。

「……この『ほのおのうず』には、殺意も敵意が感じられない」
「やめなさい」
「マフォクシーがその気になれば、俺とヨノワールをとうに消し炭にできているはずだ。だがプリムラ、貴方はそれをしない。それは“できない”からではないのか」
「止まりなさい……!」
「だがおかげで、戦う相手としてこの上なくやり易い」
「火傷、するわよ!!」
「しないさ。特に貴方だからな」

『ほのおのうず』に切れ目が走る。その穴を通り、ユウヅキとヨノワールは難なく突破した。
それからプリムラとマフォクシーを背に、ユウヅキはヨノワールにシャッターを持ち上げるよう指示。大きな両手で、ヨノワールはシャッターを押し戻した。
呪いに苦しむマフォクシーをモンスターボールに戻すプリムラ。
彼女は、悔しそうにうつむいた。

「“五属性”なのに、ナメられるとか……最悪よ……」
「……誰よりも他人やポケモンの治療を行った貴方が、どう傷つけたらどういった怪我が残るか知っている貴方が攻撃を好まないのは、仕方ないことだと俺は思う」
「仕方ないで許されないこともあるのよ。嫌でも苦手でも、やらなきゃいけない場面はあるのよ!!!」

振り向き様に次のポケモンを出そうとするプリムラを、ヨノワールはその大きな両手で突き飛ばした。壁にぶつかり、ボールを落とす彼女に、ユウヅキは容赦なく突き付ける。

「プリムラ、貴方の言うことは間違ってはいない。けれど、貴方が優先するべきは戦うことではなく、傷ついた他のメンバーの治療だ。そのために生き残ることだ。退いてくれ」
「今……一番治療が必要なのは、貴方じゃない……貴方にもし何かあったら、アサヒが泣くのよ?」
「わかっている。でも立ち止まることは、それこそ許されないんだ」

それだけ言い残して、ユウヅキはプリムラに背を向けた。

「誰に許されないのよ……」

そのつぶやきは届くことなく、薄闇に消えていった。
遠くなっていくユウヅキとヨノワールの背中を見ながら、プリムラは通信機でデイジーに連絡を入れる。

「ゴメンね。やっぱり無理だった。突破されてしまったわ……」
『……あー、とりあえず無事そうならそれでいい。深く気にしすぎるなよ? まだスオウが残っている。あとはうちらのリーダーに任せようじゃん?』
「ええ……。私にはまだ、みんなの治療が残っているものね」
『そういうことだ。むしろ、よくキレず無茶をせず堪えてくれた。各員の回復、頼む』
「……任せて」

デイジーのフォローに、まだまだプリムラは自身の未熟を感じていた。
額から流れる汗をぬぐい、スオウの健闘と無事を祈りながらプリムラはハピナスを出した。
それから遅れてシャッターを突き破り飛んできたカイリューを、ハピナスで受け止めさせる。
自身を受け止められたことに驚きを隠せないカイリューに、プリムラは落ち着いた声で、なだめた。

「あんまり荒療治はしたくないから、貴方は大人しくしていてね」


***************************


ユウヅキとヨノワールが重い扉を開けてたどり着いたのは、先ほどまでの薄暗い通路とは打って変わって明るい円筒状の広い空間だった。彼らはさらに奥に続くだろう閉ざされた扉を見つける。
けれどもその前に立ちふさがる彼とアシレーヌを見つけ、ユウヅキたちは歩みを止める。

「早かったじゃねえか、ユウヅキ。だが、間に合うには遅かったな」

へらへらと、だが眉間にしわを寄せながらスオウはアシレーヌを引き連れ、扉の前から円筒の底の中央へと向かう。
同じくヨノワールと共に底に降り立つユウヅキに、スオウは親指で奥の扉を指さし、情報を与える。

「隕石はこの奥だ。ただし、その場所は俺しか開けられないようになっている」
「……親切に教えてくれるんだな」
「まあな。つまりは、だ。お前は否応なく俺と戦わなければいけないってことだ」
「…………それはこれまでと変わらないのでは……」
「変わるさ。俺たちのことは、ちゃんと最後まで打ち倒せってことだからな」

扉に向けていた指を自分に向け、スオウはユウヅキに言い聞かせる。

「トウギリやプリムラみたいにはいかないぜ。一応リーダーとして最後まで悪あがきさせてもらうつもりだ。だからお前も責任取れよ、責任者さんよ?」
「……分かった。容赦なく倒させていただく」

真顔で言い切ったユウヅキに、スオウは思い切り笑った。
それからキャップ帽を直し、名乗りを上げる。

「自警団<エレメンツ>“五属性”、リーダーを務めている“水属性”の王族。スオウだ。こっちも情けなんてかけないで、全力で行くぜ!」
「お前たちが俺をこの名で呼び続けるのは分かった……だから今だけ俺は、ヤミナベ・ユウヅキだ。<ダスク>責任者として、責任をもってお前を打ち倒して見せる……!」

両者が名乗りを上げると同時に、天井から数えきれないほどの水滴が落ち、人工の雨を作り出す。
雨のフィールドでは、水タイプの技が有利に働く。レインとの電脳戦を耐えきった<エレメンツ>“五属性”の最後のもう一人、“電気属性”のデイジーによるスオウへの援護であった。

先に動いたのは、ユウヅキだった。手負いのヨノワールに、彼はまず回復を優先させる。

「『ねむる』だ、ヨノワール」
「アシレーヌ、『うたかたのアリア』を畳みかけろ!」

スオウのアシレーヌが歌声の音波で水泡に圧縮されたエネルギー弾を複数操り、ヨノワールに向けて発射する。
眠りながらも耐え続けるヨノワール。雨のせいで『うたかたのアリア』の苛烈さは増していた。
じりじりとダメージが蓄積されていくヨノワールを見て、ユウヅキは二体目のポケモン、ゲンガーを繰り出し『シャドークロー』の黒爪で泡を切り裂かせていく。
ヨノワールがまもなく目覚めようとするタイミングで、ユウヅキは的確に指示。『くろいまなざし』でアシレーヌを見つめさせ、「にげられない」という強迫観念を植え付ける。

「ヨノワール、もう一度『ねむる』!」
「ちっ……寝させねえ! 『ミストフィールド』だ、アシレーヌ!」

アシレーヌの周囲から霧のフィールドが立ち込める。再び眠りにつこうとしたヨノワールを強制的に目覚めさせ、回復を阻止する。
しかし、アシレーヌがヨノワールの見せた黒い瞳の記憶に囚われていることは、変わりない。
ユウヅキは、逃れられないイメージに囚われるアシレーヌを、さらにゲンガーに追い詰めさせる。

「ならば……ゲンガー、『ほろびのうた』だ」

先ほどまで辺りに響いていた美しく妖艶な『うたかたのアリア』の歌声と相対的に不気味な歌が全体に広がった。
ゲンガー、ヨノワール、アシレーヌの三体ともに『ほろびのうた』の滅びのタイムリミットが迫る。
滅びの宣告のコンボを受けたスオウは……一切動揺していなかった。
それどころか、へでもないと鼻で笑い飛ばした。

「悪いが俺のアシレーヌに『くろいまなざし』は効かないぜ! アシレーヌ!」

スオウの意図をくみ取りアシレーヌは水流を纏い、宙を泳ぎ突撃。その素早さにゲンガーはかわしきれずクリーンヒットを許してしまう。
その接触の瞬間、プールサイドを蹴るようにアシレーヌはゲンガーを素早く蹴り飛ばした。

「振り切れ――――『クイックターン』!!」

その反動を利用してアシレーヌはスオウの放つモンスターボールの光線の中に飛び込み、中へと戻る。そして一切の隙なくスオウは二体目のポケモン、フローゼルを繰り出した。

アシレーヌは、『くろいまなざし』の呪縛を、植え付けられた意識を文字通り振り切ってみせた。
それは、『クイックターン』という技の特性もあるが、スオウの素早い対応もアシレーヌにとって逃れることへのためらいを振り払う勇気となったのである。


***************************


「戻れ、ヨノワール!」

スオウたちの士気の高まりを感じたユウヅキは、態勢を立て直すべくポケモンの入れ替えを行おうとした。
だが、それは許されない。

「フローゼル」

モンスターボールからの光線がヨノワールを捉える前に、それは起きた。
ワンテンポ遅れた2つの鈍い衝撃音に、ユウヅキは振り返る。
彼の視線の先には、背後の壁に打ち付けられ、戦闘不能に陥っているヨノワールがいた。

「な……!」
「『おいうち』だ――――逃がさねえよ!」

フローゼルの行動はスオウの指示とほぼ同時に行われていた。
逃げる相手への追撃をしていたはずのフローゼル。それがいつの間にかスオウの隣に戻り、雄叫びを上げる。
雨天の時に素早さが上がる『すいすい』を持っていたとしても、その動きはあまりにも早すぎた。
ゲンガーに残る『ほろびのうた』のタイムリミットを逆手に取られた形となる。
この場に残って攻撃させても自滅は免れない。逃げても『おいうち』でやられる。
どのみちゲンガーはここで力尽きてしまうのであった。
フローゼルの足に力が入ったのを見て、とっさにユウヅキはゲンガーの名を叫ぶ。

「ゲンガー!!」
「もう一度だフローゼル……『おいうち』!!」

腹をくくるゲンガー。
即座に間合いを詰める攻撃するフローゼルを、ゲンガーは逃げずに受け止めた。
そして――――両者共倒れになる。
そのまま両者とも、起き上がる気配を見せなかった。
スオウは、何故フローゼルまでもが倒れたまま動かないでいるのか、判断が追いつかないでいた。

「フローゼル? おい、フローゼル!?」
「ゲンガー……すまない。ヨノワールも、ありがとう」

謝罪と礼を言いながら、戦闘不能になったゲンガーとヨノワールをボールにしまうユウヅキ。
その態度から、スオウはゲンガーが何を仕掛けたのかを悟る。

「『みちづれ』にしやがったのか……!」
「ゲンガーが自発的に、な……」
「そうか……フローゼル。サンキューな……」

スオウがフローゼルを戻し終えたのを見計らい、ユウヅキは次のポケモンの入ったモンスターボールを構える。スオウも同じく、モンスターボールを構えた。
ふと、ユウヅキがスオウに問いかける。

「スオウ、何故お前は俺を狙わない?」
「トレーナー狙いは弱い奴のやることだからな……っつーのは建前だが。そうだな……狙ったら狙ったで、やりかえされるからだろうな。俺からあんまり仕掛けないのは」
「そうか。だがそれでは、ポケモンのみ傷ついていくばかりにならないか」
「かもな。じゃあ俺らも殴り合うか?」
「……お前に何かあったりしたら、隕石を手に入れられない可能性が出てくるからな……なるべくそうならないように無力化したいのだが俺は」
「そうかい。だったらユウヅキ、お前こそなんで……」

言葉を区切り、相手の出方を伺いながらスオウは慎重に言葉を選ぶ。
暫しの逡巡の末スオウは、もっとも警戒しているユウヅキの手持ちのポケモンの名を出した。

「なんで、ダークライを出さない?」


***************************


ダークライのことを問われたユウヅキは、話題をずらしながら返事をする。

「『ミストフィールド』を使い、『ダークホール』対策をしておきながら、よく言う」
「へえ、対策を警戒して出さないんだな。だったら楽をさせてもらえるがー……なんか妙に誤魔化されている気がするな……」
「…………本当はなるべくこいつには頼りたくはないんだ。だが、そう言ってはいられないようだな」

どこか諦めたように目を伏せ、ユヅウキはボールを持ち替えて投げる。
彼の動作を確認したスオウも振りかぶってモンスターボールを投げた。
雨の中、暗黒のシルエットがゆらりと姿を現す。
そのポケモンの名はダークライ。かつてスタジアムでスオウたちや観客を含めた大勢を悪夢へ誘ったポケモンである。
ダークライに立ち向かうスオウが出したポケモンは、大きな甲羅に二つの砲台をつけたカメックス。

スオウは下げていたペンダントの蓋を開け、中に入っているキーストーンに指をかざす。
カメックスも腕に巻いたバングルにはめ込まれたメガストーンに触れる。

「我ら“雫”の印を預かる守護者……其の蒼き恵みの雨を以てして、すべてを押し流す! メガシンカ!!」

高らかで堂々とした口上を述べると、ふたりの絆が繋がり、光を帯びる。
雨風が勢いを増す中、輝く殻を破ったカメックスの姿が変わり、さらに大きな砲台を背に背負ったメガカメックスとなった。

『メガランチャー』という武器を背負ったカメックスは、その砲身をダークライへと向け足に踏ん張りをきかせる。

「先手必勝行かせてもらうぜ! カメックス『だいちのはどう』!」
「そうはさせない。『あやしいかぜ』で吹き飛ばせダークライ!」

後手の指示に回ったがユウヅキは的確にダークライへ技を出させる。ダークライの背後から流れる『あやしいかぜ』が、雨粒とともに吹き荒れ霧をかき消していく。『ミストフィールド』の大地の恩恵を受け損ねたメガカメックスは、ノーマルタイプの波導砲を発射せざるを得なかった。
しかしフィールドをかき消すのに集中したダークライは、メガカメックスの攻撃の射線上に居た。
致命傷は与えられなくとも避けることは困難だ。そうスオウとメガカメックスは考えていた。

「やれ」

ユウヅキはそれだけ言うと手を正面にかざす。ダークライも同じく片腕を突き出す。
それだけの動作で、波導砲の光線が――――ダークライの目の前で二つに裂けた。
スオウにとってそれは信じがたい光景であった。

「何が起きた、くそっ! カメックス!!」

確認するべく彼はメガカメックスに『はどうだん』を撃つよう指示。
距離をとっている以上、遠距離攻撃の波導の追尾弾を撃つためのチャージはたやすい。そのはずだった。

突き出した腕を、ふたりが斜めに払うように切り裂く。
刹那。スオウたちとユウヅキたちの距離が、“狭まった”。
いつのまにか目前に迫っていたダークライは、その掌底をメガカメックスの甲羅の腹に当て、

「撃て」

ユウヅキの許可を得たダークライは、何かを確かに放った。
その放出されたものを受けたメガカメックスの動きが……一寸たりとも“動かなくなる”。

「どうした? カメックス?!」

スオウの呼びかけにメガカメックスは反応しない。まるで石像のように立ち尽くすメガカメックスにスオウは近寄ろうとした。
ユウヅキはそんな彼を見て、その行動を止めさせようと口を開く。

「……傍に行くのは止めておけ」
「? だがカメックスが――――なっ?!」

ユウヅキの制止は間に合わなかった。
カメックスの動きが再開した瞬間――――爆発的なスピードでメガカメックスが弾き飛ばされ壁にめり込む。そしてメガシンカが解除されると同時に、前のめりに倒れこみ落下した。
衝撃に巻き込まれたスオウは右腕に傷を負った。唸るスオウを見て、ユウヅキは目を伏せ降参を促す。

「……こいつと共に戦うと、どうにも加減が出来ないんだ……その怪我でまだ続けるのか、スオウ」
「俺のことは、倒せと言っただろ?」
「ああ。だが殺せとはいっていないはずだ」

雨に打たれながら、腕の痛みに耐えきれずスオウが膝をつく。
彼はユウヅキの険しい顔を睨み上げて、震えるアシレーヌの入ったボールを、左手で押さえつけた。
スオウはアシレーヌがダークライと戦おうとするのを、避けた。避けてしまった。

「……ちっ、降参だ。タネが判らない以上、続ける気にはならねえよ……っ!」
「賢明だ。では、渡してもらおうか」
「くそ……わかった、ついてこい」

カメックスを回収して腕を引きずりながらスオウは立ち上がり、ユウヅキとダークライを扉の中へと案内する。
その場所にたどり着くまでに、誰に言うでもなく、スオウは震える声で零した。

「結局……なるようにしか、ならないのか?」

痛みを伴うスオウの言葉を、ユウヅキはまっすぐに受け止め、返した。

「……俺は、違うと思いたい。何もしないまま諦めるつもりはないし……少しでも、変えたいからな」
「けっ、そうかい」

ユウヅキの言葉にわずかに口元を緩め、スオウが負けを認めた。
それが意味するところは、自警団<エレメンツ>の、敗北だった。


***************************


やがてユウヅキたちの前に、それまでとは雰囲気の違う扉が現れる。
その近未来的な印象を持つ取っ手のない扉らしきものの正体をスオウは簡素に説明した。

「ここ【エレメンツドーム】は、ヒンメル王族の避難シェルターも兼ねていて、この先には文字通り王家の者だけが入れるってことだ。どういう仕組みかはよく知らねえが、生体認証とか、そういったものの類らしいぜ。ヒンメル王家の保有する古代技術のオーパーツの一つだ。このシェルターは。登録されてないとゴーストポケモンでもすり抜けては中に入れない仕様になっている」
「なるほど……お前が居なければ開かない、そういう予定か。罠の類はついているか」
「一応ないはずだ」
「そうか」

スオウに確認をとった後、ユウヅキが手袋を取り、素手でその扉に触れた。
すると、認証が開始され、青いラインが扉の溝に広がっていく。
程なくして、重い音と共に扉は開かれた。

「おいちょっと待て、なんで開く??」
「それは……俺がスオウ、貴方の従弟だからだ。まあそれは今となってはどうでもいいことだが」
「はあ?!?! どうでもよくねえよ!!!! てことは叔父上の……」
「だから最初に言ったんだがな。俺は“ムラクモ・サク”としてここに来た、と……」
「ムラクモ……ああ……叔父上がたびたび城を抜け出しては会いに行っていたムラクモ・スバル博士の……そういう関係だったのかよ……!」

とてつもなく大きいスキャンダルを目の当たりにしたスオウは混乱していた。「いやダメだろこの王家、擁護出来ねえ」とつぶやき続けるスオウにユウヅキは、咳払いを一つしてスオウの視線を集めさせる。

「正直俺はヒンメル王家には一切興味ない。だからこのことは公表する気は全くないし、むしろ俺にとってはこの血筋は足枷でしかない……呪ってすらいるほどに」
「ユウヅキ……お前」
「だが俺は、この世に存在してしまった罪とやらを背負わなければならないらしい」

扉の内に置かれた隕石の入ったアタッシュケースとその中身を確認するユウヅキ。
あまりにも他人事のように自身のことを語るユウヅキにスオウは、率直な疑問をぶつけた。

「それは、本当に罪なのか……?」
「わからない。でもそれは俺が背負わなければいけない。他の者に背負わせるわけにはいかない」

その「他の者」にアサヒが含まれていると、スオウは読み取る。
他の要因も多々あるが、そう読み取ったからこそスオウは、ユウヅキのことが憎み切れなかった。


もどかしく思うスオウの通信機に、連絡が入る。
負けてしまったと状況を伝え謝るスオウの耳に、デイジーから新たな脅威が迫っているとの知らせが届く。
ダークライと共に踵を返すユウヅキを追って、スオウは腕を抑えながら現場に駆け付ける。
誰の姿も見かけないまま、彼らは開通されていた正面玄関から外に出た。
そして、暗闇の中スオウは目の当たりにする。

【エレメンツドーム】の前で大勢の<ダスク>と思わしきメンバーとポケモンに囲まれている自警団<エレメンツ>の団員たちを――――


***************************


群衆の先頭に立ちユウヅキとダークライを迎えに来たのは、茶色いボブカットの女性、サモンであった。
彼女はユウヅキをサクと呼び、声をかける。

「遅かったね、サク」
「サモン……これは」
「キミがレインと二人で乗り込んだから、ボクがみんなを引き連れて援軍に来たんだよ」
「ここまでするとは打ち合わせていなかったはずだが?」
「そうだね。でも都合がいいじゃないか」

数を前に萎縮する自警団<エレメンツ>。そのメンバーを見渡しながらサモンは誇張を交えて事実を突きつける。

「自警団<エレメンツ>はもうダメだね。たとえ相手がサクとレインだとしても、たったふたりにここまでの損壊を与えられてしまい、隕石も守れないときた。こんな彼らに、果たしてこの地方を守っていけるのかな。ここはボクら<ダスク>が協力するべきではないのかな―――――どう思う?」

サモンは振り返り、<ダスク>のメンバーに意見を求める。
どよめきの中、大きな帽子を被った銀髪の彼女、メイが嫌味を言いながら賛同する。

「いいんじゃないの? 役立たずの<エレメンツ>の力にでもなんでもなってあげれば」

メイの言葉を皮切りに、どんどん<ダスク>のメンバーの意見が固まっていく。
そのざわめきの中、カイリューの手当をしているレイン、それからハジメやユーリィは黙ったままだった。

「そうだね。じゃあそういうことみたいだサク」

後は任せる、と言うようにサモンはユウヅキに選択肢のない選択権を委ねる。
ユウヅキは無表情を貫きつつ、沈んだ声でスオウの怪我していない左手を自ら差し伸べた。

「<エレメンツ>リーダーのスオウ。一緒に“闇隠し事件”で失った者を取り戻そう」
「ユウヅキ、てめえ……」

彼ら自警団<エレメンツ>には、意見を挟む余地も拒否権も残されていなかった。
これは紛れもなく、<ダスク>による<エレメンツ>の乗っ取りであった。
ダークライは静かにその悪夢のような現実を見続ける。

ユウヅキの手をまじまじと見ながら、スオウは静かに、だがはっきりとした声で問いかけた。

「アサヒはどうするんだ?」
「彼女は<エレメンツ>ではない。そうだろう?」
「あくまで遠ざけるのか?」
「ああ。アサヒに捕まえられ、止められるわけにはいかない。それは変わらない」
「本当にお前はそれでいいのか、ユウヅキ?」
「それで、いい……頼む」

聞こえ方によっては懇願に聞こえる声を発するユウヅキ。その真昼の月のような白銀の瞳は揺らぐことを許されないまま、スオウを見つめ続けた。
スオウは、背にした<エレメンツ>メンバーの不安そうな息遣いを感じ取り、個人の感情ではなくリーダーとして皆を守るために、屈辱ごと受け入れた……。

その様子を見届けたサモンはトウギリにわざわざ視線を向け、この場に居ない彼女の、ココチヨのことを宣告する。

「と言うわけだ。蝙蝠の彼女にもうキミは用済みだと伝えてほしい」
「……!」
「ああゴメン、そんな怖い顔しなくても大丈夫だよ。あくまでパイプ役はもう意味をなさないということだ。ただ<ダスク>の中では居心地は悪いだろうけど、そこは甘んじて受け入れてほしい」
「…………わかった」

慎重に受け答えするトウギリに、「理解が早くて助かるよ」とサモンは小さく零す。
うかつに動いたらトウギリの恋人であるココチヨがどうなるかわからないとサモンは匂わせたのであった。

やることはやった。と言わんばかりに息を吐くサモンは、締めくくりにわざとらしくユウヅキに……サクとしての彼に確認をとらせた。

「さて、サク。“赤い鎖のレプリカ”の材料は揃った。とうとう【オウマガ】に行く時だ」
「…………」
「キミの責任を果たす時が、ついにやってくるというわけだ」
「そうだな」
「<エレメンツ>と協力体制になった今、もう障害はないと言っていい、だから他のことはこちらに任せて――――」

その期待を込めた瞳を伏せて、サモンは。<ダスク>の彼女たちは。

「――――安心して行ってくるといいよ」

ヤミナベ・ユウヅキを、ムラクモ・サクとして送り出した。
因縁の地【オウマガ】へ。
まるでこれから神の供物となる人を見送るように。

その眼を向け、「行け」と命じた――――




――――彼の悪夢は、まだ終わらない。


***************************


「これは、まずいね……」
「どうする、ヨアケ」
「うーん……どうしよう、ビー君」

【エレメンツドーム】の周りを囲む大勢の人だかりやポケモンたちを遠目に見て、私たちは自警団<エレメンツ>のみんなが窮地に立たされていることを悟った。
そして、今の私たちだけじゃどうにもできないことを、痛感する。

「何かしら連絡が取れるといいのだけど」とアキラ君がつぶやいた時、ミケさんの側らに居たロトムが反応した。
彼に連れられていたデイちゃんのロトムが何かを察知し、私の携帯端末に潜り込む。そして、おそらくデイちゃんが発信したメッセージを受信して表示し始めた。

『エレメンツ ダスクニ ノットラレ インセキ ウバワレタ
ヤミナベ ユウヅキ オウマガ ムカウ
アサヒ ビドー オイカケロ ソシテ トメテクレ』

……メッセージは、そこで途絶えた。
不安そうなロトムに「メッセージ受け取ってくれてありがとう。デイちゃんたちなら、大丈夫だと今は信じよう」と励ます。ロトムは端末の中で頷き、しばらく黙り込んでしまった。
メッセージをみんなに見せると、ビー君とアキラ君がやり取りをする。

「【オウマガ】……っていうと、ヒンメル地方の西の外れ、だったよな。大分遠くだな」
「ああ、そしてギラティナを祭る遺跡の近くある町だ。僕たち、正確には<スバル>が“赤い鎖のレプリカ”を使い……【破れた世界】への調査を行うために拠点にしようとしていた場所でもある」
「そこにヤミナベが隕石を持って向かったってことは……」
「おそらく、ギラティナ召喚のためにディアルガとパルキアを呼び出し、“赤い鎖のレプリカ”を使うプロジェクトの最終調整に向かっているはずだ。ただ」

そこで言い淀むアキラ君。少し悩む素振りを見せた彼は、ハッキリとした口調で続きを言った。

「ただ、破れた世界に行ったものが無事に帰ってくる保証がない。これは、行き来が大変だとかだけではなく。何かしらの要因で帰って来ても目覚めぬまま植物状態になっている人もいた。ユウヅキの親族で過去に【破れた世界】の調査をしていたムラクモ・スバル博士は今も【スバルポケモン研究センター】の地下で眠り続けていたんだ。このままじゃユウヅキがそうなる可能性もある」
「……それだけじゃないよ、アキラ君」
「アサヒ?」
「ソテツ……さんが言っていたけど、そもそもディアルガとパルキアに“赤い鎖”を使うこと自体、危険が大きいって。たぶんそれをやらされるのは、ユウヅキだと思う。ユウヅキはそういう意味でも、過去の“闇隠し事件”を引き起こした責任をとるつもり、なんだと思う。たった一人で……」

ユウヅキの身に迫る危険を感じ、黙り込む私とアキラ君。
アキラ君が私とユウヅキのことを怒りつつも心配してくれているのは、解っていた。
でも、私は分かった上で彼を本当の意味で巻き込めてはいなかった。

(全部打ち明けられたら、どんなにいいのに。でも、それは出来ない……)

……ビー君にも、アキラ君にも言えなかったけど、ユウヅキがそうせざるを得ないのは、私に原因があった。
でもそれを言ってしまったら、どうなるかわからない。
私も、そしてユウヅキも無事でいられる保証はない。
伝えるなら、うまく伝えないといけなかった。でも、その方法が思いつかないまま、刻々とタイムリミットは迫っている。

頼ってくれってビー君は言ったけど、どうしてもその一歩を踏み出す勇気が私は持てなかった。
そんな内心を知ってか知らないかは定かではないけど、ビー君は私を励ますように、言ってくれる。

「止めよう。ヤミナベの野郎を。連れ戻そう、で、とっちめてそんな危険の多い馬鹿なことやめろって、そう説得すればいい」
「……そうだね」

ありがとう。とまでは言えなかったけど、心のうちで強く念じて彼を見つめる。
気恥ずかしいのかすぐ目を反らすビー君に、忘れかけていた笑みを思い出す。
最初は危なっかしいって思っていたけど、振り返ってみれば本当に私の方がビー君には助けられてばかりだ。
私も相棒として、ビー君のラルトスを取り戻すためにもっと頑張りたい。
そのためには、まず、ユウヅキを止めるために【オウマガ】に向かわないと……。

「さて、いつまでもここに居てできることはないでしょうし、移動しましょう」

話がまとまったのを見計らいミケさんは、そう提案する。
孤立無援になった私たちと<スバル>に居た他地方の研究員さんたちは、ミケさんの提案で彼が今住んでいる【ソウキュウ】の拠点、国際警察のラストさんの元に転がり込むことになった。
ラストさんは少しだけ驚く素振りを見せた後、行き場のない彼らの保護を引き受けてくださった。
彼らのことは、たぶんラストさんがなんとかしてくれると思う。

その時、ラストさんは【オウマガ】に行く最短ルートを教えてくれる。

「――――【オウマガ】に向かうのなら、ハルハヤテに乗ると良いでしょう」

それは、かつて私とユウヅキが乗った、特急列車だった……。






つづく


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