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  [No.1715] 第二十話前編 破空の決戦場 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/05/13(Fri) 23:36:06   9clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



砂浜に溶け込んだシロデスナと共に、破れていくヒンメルの赤い空を眺める。
まるで世界の終りの予兆のようなこの光景を前に、私はただひたすらに思考を巡らしていた。
この地に縛られた霊の私には、出来ることは本当に限られている。
特殊な空間や霊能力者を介さなければ、通常の人やポケモンとは言葉すら交わせないこの私にできること。
それは……考えること。
それしか、なかった。

砂を踏む音に振り返ると、白フードの少年らしき者と、少年に瓜二つに『へんしん』したメタモンがじゃれ合っていて、その光景を静かに見つめるランプラーを連れた灰色のフードの青年が居た。
青年の方が灰色のフードを取り、潮風に橙色の髪を揺らしながら私に声をかける。

「ファルベ……いや、ブラウ・ファルベ・ヒンメル。ようやく出てきてくれたか」
「……死神さんか。君が差し向けた彼女の一喝は効いたよ……それで話って何を話せばいいのかな」

青い炎のランプラーを連れた霊視が出来る死神の青年、イグサは私に確認を取る。

「ブラウ。君の依頼はクロイゼルによって理から外れたマナ……マナフィの魂を海に帰すことと聞いていたが、本当にそれだけでいいのか」
「今の私に望めるのは、それだけだ……それ以上は、頼める内容ではない」
「それだと君は転生できない。未練に縛られたままだ」
「流石に、彼を置いて一人だけ先に行く気は無いさ」

そう答えると、メタモンとじゃれ合っていた少年が、その丸い瞳を細めながら「あはは、なんだかんだ大事なんだね。その彼が」と言って、けらけらと笑った。
少年はすっと私の目の前に立ち、先ほどまでとは異なる印象の面持ちで顔を覗き込んでくる。そのぶっきらぼうに潜ませた眉根の間に、彼と重なるような星のような瞳が見えた。
まるでクロのような立ち振る舞いと声で、少年は私をなじる。

「“君は勝手に先に行けばいいだろう? 君が僕を気にする理由はないはずだ。そうだろうブラウ”」
「……理由はある、私は君を傷つけてしまった。何度も何度も、何度も。その上……マナも見殺しにして、おめおめと行けるわけ、ないじゃあないか」
「“そうかな。わたしはブラウ、悪くないと思うけど?”」

今度は愛くるしい声で、少年はマナの笑みを浮かべる。
あの子なら言いそうな言葉を、生き写すように少年は演じる。
本人たちを前にしているわけではないのに、魂がざわつく。
後悔が、蘇っていく。

……でも、今はもう後ろを向いている時ではない。

「いいや私が悪いんだ。クロを止められなかった。友ならあんなことになる前に止めるべきだった」
「“そう。なら、もう一度ちゃんとごめんねって、言えると良いね”」
「うん、そうだね」
「……あはは、きっと言えるよ、お兄さんなら」

やっと先ほどの顔に戻った少年は、再びメタモンとじゃれ合いはじめた。
そんなふたりを眺めながら、イグサが鋭い口調で私に言う。

「僕もシトりんと同感だ。君は、いや……君がちゃんとクロイゼルと話すべきなんだ。どのみちマナの魂はクロイゼルの手中にある。だから君の望みと、願いを叶えたければ……僕らを頼れ、ブラウ」
「……優しいんだね。君たちは」
「……怒るよ」
「ごめん」

大きくため息を吐くイグサを、シトりんたちは楽しそうに眺めていた。彼らの感情につられそうになると、恨めしそうなイグサの目に我に返る。

……たったそれだけのやり取りだけれども。
昔、楽しそうなマナに振り回されていたクロのことを思い返していた。
その時に抱いていた、あの温かな感情も思い出していた。

イグサたちは、私に機会を与えてくれる。

「聞かせて欲しい、ブラウ。君とクロとマナの話を」

私が、過去の私を振り返るための、機会をくれる。
その厚意に私は感謝を込め、「よろこんで」と答えた……。


***************************


急いで砂浜に居たイグサたちを回収して、俺たちはヤミナベのサーナイトの使う『テレポート』で王都の公園に帰った……のだが、その時に野生のシロデスナを巻き込んでしまった。
突然巻き込まれてかつ噴水の水しぶきにビビっているシロデスナに、ヤミナベが深刻に「すまない……気づかなかった……」と謝っている。
その彼らをよそに、アプリコットがイグサに何か確認を取っていた。
首肯で返すイグサに、アプリコットは納得したようなそぶりを見せる。それから彼女がモンスターボールでシロデスナをゲットした。

「とりあえずしばらくよろしくね、シロデスナ」

話は見えないが、ボールの中のシロデスナも満足そうだったので言及するのを止める。
正直、今にも滅びそうなこの地方を前に、いちいち細かいことを気にしている余裕もないっていうのもあった。
当然、その焦りを抱いているのは、俺だけじゃない。ぴりぴりとした緊張の空気で、皆のざわめく波導が感じられる。重たい空気の中、口を開いたのはレインだった。

「どうせこのまま待つだけでは、状況は良くならない。こちらから、打ってでましょう」
『私もレインさんに賛成かな……でも、具体的にはどうすれば』
「希望する人とポケモンをここ【ソウキュウ】に集めましょう」

ヨアケの疑問にそう答えたレイン。
避難じゃなくて、逆に集めるのか……と思っていたら、ヤミナベが心配そうにレインの言葉に続く。

「レインの推測があっていればクロイゼルはマナ復活のための足りない分の生命エネルギーをなんとしても確保したいはず。だから俺たち自身を大がかりな囮にする……ということか。危険な賭けだな……」
「ええ。ですが時間が経って【破れた世界】にこの地方すべてが呑み込まれてしまったら、こちらは地の利を失ってしまいます。おそらく、この浸食はそれも狙いなのでしょう」
「【破れた世界】には行きたかったが、まさか向こうからやってくるとは。しかし、本当に皆を集めていいのだろうか……」
「また悪い癖が出ているぞ、ヤミナベ」

こちらを振り向き、「……そう、だったな」と俺の言葉の意味を解ってくれるヤミナベ。
そのわずかな変化を嬉しく思いつつも、ヨアケも含めた全員に念を押す。

「どのみち待っていても全滅だ。頼るって決めたんだろ。なら遠慮なく全員巻き込んでしまえって話だ」
「ビドーに同意。現状を何とかするために戦いたいのは、あたしたちも同じなんだから」
『ビー君、アプリちゃん……うんっ、そうと決まったら連絡しよう、みんなに』

たまりにたまった連絡網を駆使して、連絡できるメンバー全員に内容を伝えるために入力した。
おそらく決戦になること、危険な戦いだけど力を貸してほしいこと、色々な思いを乗せてメッセージを飛ばす。
なんだかんだついて来てくれていたヒエンやジャラランガとかも、足をつかって呼びかけてくれると言っていた。

集合場所は、【王都ソウキュウ】に建つ【テンガイ城】。

どのくらいの数が集まってくれるかは分からない。でも俺たちは待っている間できるだけの準備をしていた。


***************************


色々準備をしている中、アプリコットと彼女の手持ちのライチュウ、ライカ。それと先ほどメンバーに加わったシロデスナが、そわそわと城門前で他のメンバーを待っていた。
俺に気づいた彼女は、外を見ながら呟いた。

「どれだけ来てくれるかな」
「……なんだかお前が言うとライブの入場者数みたいな言い回しに聞こえてくるな」
「な、入場者数の時も真剣に待ち望んでいるよっ!」
「それもそうか」
「ビドーはちゃんとチケット買ってイベントに来てくれたことなさそうだから、分からないかもだけど……やっぱりこういうのって緊張する」

彼女の抱く震えが緊張からか、武者震いからなのかは判別つかない。
でもそんなアプリコットを見ていたら、自然と俺の緊張が少しずつ解けていくのが、手に取れた。

「まあ、大丈夫だろ。ここまで一緒に戦ってきてくれた奴らにしても、まだ声を上げていないだけで力になりたいって思ってくれている面々にしても……ちゃんと、いるはずだ。だからきっと、大丈夫だ」

こちらを見上げる彼女たちは、何か言いたそうにしていた。
迷った末、聞くべきだと思ったので、俺は近場の座れるところに腰を下ろし、「どうした」と尋ねる。
彼女から返ってきたのは、意外な言葉だった。

「ビドーこそ、大丈夫なのかなって。なんか色々波導だっけ? 明らかに無理しているし。でも、アサヒお姉さんを助けるために無理したいのをあたしには止める権利はない……それは分かっている」
「お前も似たようなものだろ。突っ走って、ボロボロになるまでZ技特訓して……」
「だってクロイゼルたちは強い。だから力が、欲しかった。アサヒお姉さんたちを助けられるだけの、負けない力を……あたしは欲しかった」

拳をぎゅっと握ったアプリコット。強くなりたいと力を欲するその姿が昔の自分と重なる部分があった。
ヨアケの力になりたかった自分と、あとそれから……こんなことを言っていたハジメと重なって見えた。

――――俺たちはただ救いたいだけだ。

出逢った当初そう言っていたハジメも、もしかしたらそんな思いを持っていたのだろうか。
だとしても、その時の意見を曲げる気はなかった。
今の俺だからこそ、余計に。

「……お前は、他人やポケモンのために頑張れる奴なんだと俺は思っている。だからあえて言うぞ――――誰かを助けたいのなら、自分をないがしろにしちゃだめだ。お前は、独りで戦っているわけじゃないんだから」
「ビドー……」
「お前に何かあって、お前を信じてついて来てくれているライカや他の奴らを……何より助けたいヨアケを悲しませたら意味がないんだ。助けたい奴がいるんだったら、自分も含めてみんな救って見せろ」

できるかできないかじゃない。少しはちゃんと周りを見るようになったお前ならそれをやれるはずだ。
そう信じてみると、傍によって来た彼女は固くした握り拳で俺の胸元を小突いた。

「……大見栄切らせるのなら、貴方もちゃんと自分を守ってよね。じゃなきゃ約束できない」

真正面から見つめられて思わず視線を逸らすと、すごくぶすっとしたライカと目が合う。ライチュウなのに愛嬌ねえなあ、と思っていたら、ルカリオの入ったボールがカタカタと揺れた。
……自分の言ったことだしな。腹くくるしかない、か……。

「わかった。俺もちゃんと守るさ、約束だ」
「約束だよ。大事なファンに歌を届けられなくなるのは、御免だからね」
「ああ。また聞かせてくれ」

それだけ言うと、小さくはにかむアプリコット。なんとなく気恥ずかしくなって「にしても、気配はあるのになんで来ないんだ……」と外を見ていたら、シロデスナが角で手を振っていた。
そうしたら、ハジメとゲッコウガのマツを筆頭に気まずそうにぞろぞろと、本当にぞろぞろと出てきた。「入りにくかったですよ、まったく」と小言を言うガーベラさんたち<エレメンツ>の一行や久々に見るアキラちゃんとかもユキメノコのおユキとか連れて居て「あー、お邪魔だったかなー、と?」と頭を掻いて出てくる。
その言葉を受けたアプリコットはなんか顔を赤くして自滅しライカのお腹に顔をうずめた。おい、俺まで恥ずかしくなってくるんだが、おい。
ユーリィはともかくチギヨは「嘘だろ……マジかよ……詳しく……!」みたいな反応をしていて、プリムラさんココチヨさん辺りは満面笑顔を堪えきれていなく、ソテツに至っては「ま、こういう平和な光景も守るために、踏ん張らなくちゃね」と鼻で笑って他のメンバーの士気を上げてきやがる。
あんにゃろう……と思っていたらソテツは珍しくトウギリに「茶化すな……」とアイアンクローをされ、そして自分の手持ちのアマージョにつま先を踏まれて呻いていた。ありがとう常識人(?)ありがとう。
トウギリに感謝の念を込めているとアグリとかテリーとかジュウモンジ辺りの視線がグサグサ突き刺さってくるけど、手持ちのモンスターボールをチェックするふりして気にするのを止めた。ボールの中のルカリオが、普段見せないような笑みを浮かべていた。

ふと気づくと、スオウが城を見上げていた。
スオウは“闇隠し事件”が起きて以来、この【テンガイ城】にはほとんど近寄らなかったと聞く。久しい場所に思うところもあるのだろう。
皆の前に立ち、スオウは拳を天へ突きあげ声を上げる。

「本当は女王陛下たちと共に凱旋したかったが、それはお預けだ。皆、奪われた者取り戻すために、ここが正念場だ。クロイゼルを……止めるぞ!」

腕の先が示すのは、破れた空に浮かぶ空中遺跡。
静かに、でも存在感を放つその巨大な遺跡を、俺たちは見上げる。
おそらくアイツらもこっちの様子を伺っている気がした。
取り戻しつつある緊張感の中、着実にその時は近づいていた。


***************************


【ソウキュウ】の【テンガイ城】へ次々と人が集まっているのは、上空に滞空している空中遺跡からもよく見えた。
クロイゼルは、オーベムと何か交信している。ボクはマネネと共にその様子を見守っていた。
やがて、それは終了する。オーベムもクロイゼルも大きく脱力し、その場に座り込む。
小走りで駆け寄るボクを一瞥すると、クロイゼルはオーベムを労った。

「……これで終わりだ、オーベム、ご苦労」
「ずっとオーベムと何をしていたんだい、クロイゼル」
「記憶保存……バックアップだよ」

それは、オーベムを外部記憶装置として使ったということなのか……? と思っていたら「だいたい想像した通りだよ」と言われる。

「時間と空間を操るポケモンの力を借りるんだ。何が起こってもいいようにはしておかないとね……君はバックアップ取らないのかい、サモン」
「いや……遠慮しておくよ」
「……わかった。それも選択だ、無理強いする気はないさ。外の様子は?」
「【テンガイ城】に人もポケモンも集まっている。おそらくギラティナが【破れた世界】を広げきる前に、向こうも仕掛けようとしているんだと思う」
「そうか……マナの様子は?」
「特に変化はないよ」
「分かった……僕はマネネと共に最終調整して来る。オーベムのことは、頼んだ」
「頼まれた。行ってらっしゃい」

クロイゼルとマネネを見送った後、オーベムにオボンのみを食べさせながら、ボクはふと語り掛けていた。

「キミも酔狂だね。ユウヅキの手持ちだったのに、こんなところまでやって来て。彼の元に戻りたいとかは、無いのかい?」

オーベムは無言で首を縦に振る。何故帰る気がないのだろう、そう疑問に思い、質問を重ねてしまう。

「キミも、クロイゼルに惹かれてしまったのかい?」

小さな首肯。はたから見れば説明不足かもしれないが、ボクにとっては、それだけの答えで十分だった。
十分だったからこそ、ボクはオーベムに頼み事をしていた。


「一つ、キミに頼みがある……彼の痛みの記憶を、ボクにも見せて欲しい」


――――それはある種の賭けで、禁忌の領域だった。
他者の記憶を覗くことはモラルに欠ける。そういった良識的な感情もあった。
しかし、ボクはどうしても知りたくなってしまった。
はき違えだと理解していても、彼の痛みを、苦しみを解りたかった。
痛みの中でなおあり続けるクロイゼルのマナへの想いを、何が彼をここまで動かすかを知りたい。
知らなければ、真の意味での共闘は出来ないと思った。

彼の抱いた想いの裏まで知ってしまえば、きっと今までとは変わってしまう。
けれど、彼との関係も、自分自身の感情さえも代償として、その道をボクは選択する。

オーベムは「後悔するなよ」と言いたげに、ボクの目を見つめて手を伸ばす。
その手を取り、思いのたけを零す。

「あのクロイゼルが、見届けることを許してくれたんだ」
「ボクの力を貸してほしいって、願ってくれたんだ」
「だからこそ、ボクは全力でそれに応えるんだ」
「それが……ボクの後悔しない道だから」
「ボクの人生の、使い道だから」

「だから……お願いするよ」

頷くオーベム。流れ込んでくる、クロイゼルの記憶。
その幾重にも重なった気の遠くなるような感情に意識を同調させながら、何故かキョウヘイのことを思い返していた。
彼なら、この行動を愚行って言うんだろうな。
でも、どうせなら愚行じゃなくて愚直と言って欲しかった。
だってボクは、もっと自分に素直になりたかったんだから。

キミは執着を拭い去ると言ったけれど、ボクは執着なんて初めから持ち合わせていないよ。
だからこそ生きる目的を持つことを望んでいるのに、それすらも分からないから……他人の気持ちを解ろうともしないからキミは……気づいた時には失ってばかり。
キミを想って心配していたあの子のことも、そしてボクのことも取りこぼす。

だからキミは――――いつも遅いんだよ、キョウヘイ。


***************************


ユウヅキと共に城壁の上に居た私は、ふと宙に浮かぶ空中遺跡が気になっていた。
何故か……何か良くないことが起きた気がしたんだ。
空の裂け目はもうかなりの大きさになってきている。人もポケモンもかなり集まってくれた。
あとはもう、クロイゼルのところに突撃するだけだ。
でも、さっきの感覚が忘れられなくて、不安を覚える……。
私の不安が伝わってしまったのか、ユウヅキが私を抱える力を強める。

「大丈夫か、アサヒ」
『ユウヅキ……ちょっと何か嫌な感じがして、不安で……原因は、良くわからないんだけどね……』
「そうか、もし言いたいことがあるなら、言っておいて欲しい……そして、俺もこれから先に向けて、一つだけお前に言っておきたいことがある」
『ユウヅキ……それは、今言いたいことなの? 不穏なこと言っちゃあ嫌だよ?』
「尚更言いたくなった。言わないと後悔しそうだからな」
『ええー……まあ、聞くけどさ。何?』
「思えばずっと……面と向かって気持ちを言うことを怖がって、逃げていたなと思って」

僅かに口元を歪め、彼は少し切なそうな顔をする。
それは申し訳さもあるような、後悔をこれ以上重ねたくないような決意を秘めた目でもある気がした。

「俺もお前も、ちゃんと相手の返事を確認できる時に、想いを告げていなかったなと思って」
『確かに、お互い言い逃げしている感じ半端なかったね……』
「ああ……返事を聞くことも、伝えることもまともに出来ていなかった。本当は身体も、仲間も、すべてを取り戻して、償いの決着をつけてから言おうとも思ったが、その前に今も伝えておく」

彼が大きく息を吸い込むのを感じて、心臓の鼓動の代わりなのか、気持ちが熱くなっていく。
分かりにくいけど、私もたぶん緊張しているのだと思った。
彼が優しく私の名前を呼び、私も『はい』と聞く心構えが出来ていることを伝える。
思えばそうやって、ちゃんと私のことを「アサヒ」と呼んでくれるから、私はアサヒで居られるんだなって改めて思った。

私の顔を正面に来るように持ち直して、真っ直ぐ見つめる彼の月のような銀色の瞳はいつもよりいっそう煌めいていて、見惚れるくらいに綺麗だった。

「愛している。たとえ死が二人を別つとしても、共に在って欲しい」
『はい』
「俺と一緒に生涯を、歩んでくれ」
『私もっ……私も愛しているよ。こちらこそ喜んで……!』

今までちゃんと言えなかった想いが、言葉になった。言葉にできた。
ストレートにお互いの気持ちをちゃんと確かめ合ったら、ユウヅキは緊張の糸が解けたのか私を抱きしめながらその場にへたり込む。
それから彼は何度も何度も私の名前を呟いた後、こう囁いた。

「…………俺を好きになってくれてありがとう。大好きだ」
『あーもう! 体が戻ったらめちゃくちゃハグしたい……! ユウヅキの頭撫で繰り回したいよう! 大好き!』
「お手柔らかにな……そして絶対に……絶対に取り戻そう。そして一緒に償おう」
『うん……!』

昂る心を感じて、力がみなぎってくるような気がした。
不安がないわけではない。でも、それに負けないエネルギーを感じている。
その下手に名前が付けられないくらい強い感情は、確実に私の勇気になっていた。



――――やがてみんなが城壁の上に集う。空中遺跡へ攻め込む準備は、整った。
それぞれ各々の想いを抱きながら、破れた空を見上げる。
これで最後の戦いにしてみせる。奪われたみんなを取り戻して見せる。

決意と共にいざ挑もうとした、その瞬間。
私たちは――――破れた空の向こう側に、見てしまった。

その取り戻したいみんなの姿を、機械を取り付けられた大勢を目にした。

何度目かの携帯端末へのジャック。流れるのは、当然クロイゼルの声。
彼とマネネは空中遺跡の端からこちらを見下し、言った。

『どうせこちらの目的はもう分かっているんだろう――――なら、人質を解放してほしくば、その命を差し出せ。全員、あの子の復活のための材料になるといい』

直球過ぎるストレートな脅し。
でもそれは私たちに確実に刺さる、クロイゼルの、最大の一手だった。


***************************


人質を盾に脅し迫るクロイゼルは、宙に三つのボールを同時に放り投げる。

黒々としたそのボールから姿を出現させたのは、巨体なディアルガ。パルキア。それからギラティナ。
3体ともあらかじめマネネが敷いた『バリアー』で出来た空中足場に重い音を立てて着地し、咆哮を上げる。
すると各地で発生したゲートの中から、おそらくレンタルマークのついたポケモンたちが【ソウキュウ】に向かって進軍してくるのが遠目で見えた。

(くっそ、数が多すぎる……!)

トウギリは波導を遮断する装置を身に着け、自らの感知能力を封印している。
探知するのに関しては俺とルカリオがカギだったが……波導で探知するまでもなく、四方八方囲まれているのが分かる。
温存していた、もしくは集めさせたポケモンがここまで多いとは……!

今までとは比べ物にならないくらいのプレッシャーの中でも、レインとデイジーは冷静に分析する。

「人質で脅す手段を使わなければならないほど、向こうも猶予がないはずですが、さて……」
「あっちも手詰まりなら、このまま抗わないなんてこと今更できるわけがないだろ……! 本領発揮じゃん、ロトム!」
「私たちも続きます、ポリゴン2!」

レンタルポケモンシステムの開発者のレイン。そして<エレメンツ>のブレーン、電脳戦のエキスパート、デイジーがタッグを組み、ポケモンたちを操っているシステムそのものに反撃を開始する。

「私が彼女の、メイのサイキックを何年隣で研究し続けてきたと思っているんです。彼女をシステムの中枢に組み込んでポケモンを操っているのなら、真っ向からそのシステム、丸ごと解体してみせます!」

普段見せないようなレインの鬼迫ある声に、他のメンバーも猛る震えを隠せない。
そうだ。ここまで来て、ようやく再会まであと一歩だって言うのに。

「諦めきれるわけないだろ……諦め、きれる、わけが、ないだろ!!」

がなる俺の肩を、ルカリオが叩いて、視線を上に向けさせてくれた。
俺の声に、遠方から、天上の空の裂け目から遠い遠いやまびこのように返事が返ってくる。

それは。紛れもなくラルトスの声援だった。
クロイゼルの非道に、気持ちが屈していないのはラルトスも一緒だった。

「ラルトスっ!!」

張り裂けるような声で、ラルトスに手を伸ばす。ラルトスも俺に手を伸ばす。
ひとり、またひとり、声を上げていく。向こうも、こちらも、どんどん。続けざまに声を上げて行って、それは重圧を跳ね返していく……!
そして向こう側の全員が、俺たちに言った。


“こっちに構わなくてもいい! 負けるな!!”


それが起爆剤だった。

「行くぞ、突撃だ!!!!」

スオウの号令と共に、空を飛べるポケモンに乗れるメンバーは片っ端から乗っていく。
もちろん向こうも飛行するポケモンを差し向けてくる。

「落っこちるなよ、ビドー君、ルカリオ!」
「ああ分かっている!」

俺はソテツと共に、ガーベラのトロピウスに乗せてもらい、ルカリオを支えながら『はどうだん』で着実に相手ポケモンを狙っていく。
地上に残ったメンバーも、城外に打って出て、レインやデイジーたちを守るように動いた。
混戦極める中、空中足場に構えるディアルガ、パルキア、ギラティナがこちらを一掃しようとエネルギーを溜め始める。
レインのカイリューに乗ったシトりんとヤミナベが、真っ直ぐその3体の方へと突進していく。

「あはは、ユウヅキさん! ここは作戦通りに行こうか!」
「正直いまだに信じられないが、頼んだ、ふたりとも!」
「あの彼にも、そしてイグサにも頼まれたからね……あはは、久々に全力でいくよ。シトりんとして、シトリーと一緒に!」

ヤミナベがボールから放ったメタモンと共に、シトりんと手持ちのメタモン、シトリーが空中舞台に降り立ち、シトりんを含めたメタモンたちは、それぞれに『へんしん』した……!
二体ずつ鏡合わせのように並んだディアルガ、パルキア、ギラティナ。力を溜めていた向こうの3体に、こちらの3体の変身体が体当たりをして阻止をする。

『……ビシャーンッ!! ってね! あはは、メタモントリオの実力、見せてあげるよ』

ギラティナに変身した人語を話すメタモン、シトりんは突進の勢いを利用して、相手のギラティナを空中の台座から押し出し、2体はそのまま空中戦にもつれ込んだ。
急接近し合って、互いの身体にできた影から伸ばす大量の細く鋭い『かげうち』の押収を切り抜け、突き放された後展開された『げんしのちから』もそっくり返し、すべて撃ち落すシトりん。
シトりんたちメタモンのやっていることは、最初以外は実にシンプルだった。
相手の攻撃や動作に合わせて、攻撃と動作を合わせて相殺、相打ちにことごとくしていっている。

そう、あくまでこれは時間稼ぎだ。本当の狙いは、遺跡に居るクロイゼル。
当然アイツも狙われているのを分かった上で人質が機能しなくなったのを分かった上で、次の一手を繰り出してくる。

「構うなパルキア――――空間を分断しろ、『あくうせつだん』」

指示を受けたパルキアは、大きく振りかぶり、すべての刃を縦回転するように繰り出し、世界を真っ二つにした。
そして、その断面の先が“見えなく”なる。

辛うじてマネネの作った空中舞台、パルキアの居た中心軸の穴から向こうの空間が見える。
俺やヨアケたちの居る空間にはパルキアが、ヤミナベやアプリコットたちの居る空間にはディアルガがそれぞれ君臨していた。
天上の【破れた世界】の間近にいるクロイゼルは、裂け目を利用して二つの空間に同時に語り掛ける。

「同じ空間で拮抗していたディアルガの力とパルキアの力を別空間に分けるとどうなるか分かるかい? ――――バランスが、双方に傾くんだよ」

クロイゼルが言葉を言い終えると同時に、パルキアとディアルガの身体を光が包み込み、爆風と共に何かが炸裂した。
烈風に煽られながら、それでもパルキアの方に向き直ると……パルキアの姿が、変わっていた。
光輪を携え、大きな翼翻し、四本の脚で天架け、急降下するパルキア。
以前のパルキアに変身していたメタモン、シトリーは流石にとっさに対応出来ず、すれ違いざまのパルキア・オリジンフォルムの煌めく『あくうせつだん』で落とされてしまう。

向こう側でも戦局は動いていた。

ディアルガ・オリジンフォルムも光輪を携え、四肢をさらに鋭く、硬く、重く構え……輝く『ときのほうこう』でヤミナベのメタモンが変身していたディアルガを撃墜する。

「穿て、ディアルガ。刻め、パルキア。この忌々しきヒンメルを……バラバラにしろ」

怒涛のような吠え声を上げるディアルガとパルキア。
奴らの全力の時の咆哮と亜空切断が、この戦場のすべてを埋め尽くし、そして。



そして目の前が真っ白に埋め尽くされて――――意識が真っ暗になっていった。




***************************




…………気が付いたら、俺は大きな道路の脇に倒れていた。
徐々に、さっきの意識が途切れるまでのことを思い出して、勢いよく立ち上がる。
隣で仰向けになっていたルカリオを見つけ、意識を取り戻させる。幸い、ケガらしいケガはしてなさそうで、安心した。

俺たちは現在位置を把握しようと周囲を見渡す。
空は相変わらず破れたままだけど、どこからか強い日差しが差していたこの場所は、荒野だった。近くの道路の脇にはアパートに置いて行ったはずのサイドカー付きバイクがある。
乗れ、ということか……? と迷っているとどこからか爆音が鳴り響いた。
目の前を見覚えのある黒いトラック3台と、いかついバイクに乗ったライダーたちが猛スピードで通り抜けた。

「あいつらは……!」

確認するように顔を合わせたルカリオも頷く。すると通り抜けた彼らもこっちに気が付いていたようで、全員急ブレーキをした。
そして運転手たちは続々とトラックとバイクから降りてこっちに駆け寄ってくる。
真っ先に声をかけて来たのは、クサイハナを連れた<シザークロス>のアグリ。

「うおおビドー! ここはどこだ! あの世か!!?」
「知らねえよ……! でもなんかこの光景、見覚えないかアグリ」
「俺たちもそう思っていたところだ!」

違和感を覚えていたのは、俺たちだけじゃなかったか……ここがどこなのか、あの世なのか判別するためには、とにかく動かないといけないな……。
そう思っていたら、<シザークロス>の面々がやって来た方角から、あいつの声が聞こえて来た。

『まってー! みんなー! へーるーぷーみー!!』

声の主は、ヨアケだった。破れた空からこっち目掛けて落っこちて来た彼女を、慌ててキャッチしに行く。

「! 大丈夫か、ヨアケ!」
『ビー君!! 何とか! ビー君たちも無事?』
「一応、全員無事だ。<シザークロス>もいるぞ」
『おお……! なんかデジャヴを感じるな。ここでビー君たちと再会すると』

懐かしむヨアケに、トラックから降りたジュウモンジが「デジャヴ、か……案外その勘、外れていねえかもな」と零す。
続けて降りて来たアプリコットが「ビドー! アサヒお姉さん! 何がどうなっているか分からないけど、一回【ポケモン屋敷】の方、寄ってみない? もしかすると、もしかするかも」と促してきたので、とりあえず一同揃って、【ポケモン屋敷】があった場所へ向かうことにした。


ヨアケを抱かせたルカリオをサイドカーに乗せ、俺たちはポケモン屋敷の方角へと向かう。
しかし、ふと気づくと道路が途中で途切れていた。

「うわっ、なんだ、これ……?!」

そこにあったのは、暗い空間と道なき道だった。そこにあると認識は出来ているけど、真っ直ぐ走っているのか、正直自信がない。
でも遠くに各地の景色がプラネタリウムの星のように見える。それぞれの空間が、天上天下、星座のように繋がっているのが分かった。

次の空間までたどり着く。結論から言うと、屋敷はまだその場所にあった。
屋敷の前には、お嬢様が立っていた。
彼女も、戸惑った様子で、俺たちを出迎える。

「何故か私は、ここで貴方たちを待っていなければいけない気がしたのです。ビドーさん」
「元気、でしたか……ええと」
「思えば、ちゃんと名乗っていなかったですね。私はアリステア。祖父のエクロニと、あと客人と共に貴方たちをお待ちしておりました」
『アリステアお嬢さん久しぶり!』
「えっと、そのお人形さんは、アサヒさんですね。話は伺っております」
『よくわかったねって、え……誰から?』

その疑問の正体を、アプリコットを含めた<シザークロス>の面々は分かっているようだった。
俺とルカリオも、屋敷の中から出てこようとするあいつの波導で、腑に落ちていた。
もしも、この世界がヨアケを監視していたクロイゼルの既視の世界だとして。
ヒンメル地方の全員が俺とヨアケと出逢ったタイミングの世界に飛ばされて、似たような道筋を辿っていたら……アイツは過去のその時そこに居たことになる。

「灯台下暗しっていうかさ、お前……あの時、そこにいたのかよ!」
『え、あ、ええええ?!』

堂々と、悪びれずに、でもすぐに申し訳なさそうな物腰でアイツはサーナイトと共に現れる。

「すまない、実は居たんだ……」

屋敷の主人、エクロニに見送られて出て来たのは、ヤミナベ・ユウヅキ本人だった。
ヨアケとヤミナベ、なんてすれ違い方をしていたんだ……。


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アプリちゃんが「ね、寄ってみて良かったでしょ?」と若干興奮しながら言う。
そのテンションの上がり様に、私は逆に冷静になってきていて、この世界の仕組みと意図について考え始めていた。
でも、考える間もなくそれらは襲来する。

「……気をつけろ、来るぞ!」

ビー君とルカリオの声で、私たちは周囲を警戒する。
【ポケモン屋敷】の世界の境界線を越えて、操られたポケモンたちがこちらへ向かって囲みにかかっていた。

「分断と各個撃破は、定石ってやつだよなあ!!」

ジュウモンジさんのとても的得た発言。
このままじゃ囲まれる……と、焦りそうになったその時、続けざまにやって来た皆が居た。

「ちょっとドイちゃん! どこ行くのよ……! って、あらアサヒちゃんたちじゃない?」
「マツ……ここに何かあるのだろうか」

見覚えのあるホルードを追いかけてきたネゴシさん。ゲッコウガのマツとハジメ君を筆頭に、複数のポケモンとトレーナーも境界線を超えやって来てくれる。
ポッポをはじめ、の黄色いスカーフを身に着けたポケモンたちが、トレーナーを引き連れてポケモン屋敷を守るためにやって来てくれたみたいだった……!

「皆さん……みんな……どうして……!」

アリステアお嬢さんが、口元を抑え感極まって、ぽろぽろと涙をこぼし始める。
そんなお嬢さんに、私は感じたままに言葉をかけていた。

『きっと、貴方の想いに応えて来てくれたんだよ。良かったね』

泣きながら何度も頷いたあと、お嬢さんは屋敷の中から傷薬を片っ端から持ってきて、それぞれのトレーナーに「使ってください!」と支給しに走っていく。
ホルードを追いながら泣き言を言いそうなネゴシさんをよそに、ハジメ君が私たちの背中を押してくれる。

「お前たちはここで足止めを食っている場合ではないだろう、ここはマツや俺たちに任せて先に行け」
「ああ、そうさせてもらうぞ、ハジメ! ……ヤミナベ、ヨアケと一緒に乗れ!」
「! 分かった」

ビー君のバイクのサイドカーにユウヅキを拾った私たちは、次の空間へと移動しようとする。ルカリオはオンバーンに乗って、後を追う。
<シザークロス>の方たちもここに残るみたいだけど、アプリちゃんとライチュウ、ライカがこっちを気にしていたから、私は声をかける。

「アプリちゃん、ライカ、行こう!」
「……うん!」

ジュウモンジさんたちにも「行ってきやがれ!」と念を押されて、アプリちゃんは空を飛ぶライカに乗って、私たちについて来てくれた。


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次の世界は、【トバリ山】の山道だった。山の谷間の道を進んでいると、両側からまたポケモンたちが襲ってくる。そして目前には、カビゴンが鎮座していた。
アプリコットライチュウ、ライカと共に向こう側に回り込んで『サイコキネシス』でカビゴンを持ち上げようとした。しかしなかなか持ち上がらず、追手のポケモンたちが迫っていく。
俺のルカリオとオンバーンが構えた時、その追手たちに煙玉がばらまかれる。
そして俺たちの前に舞い降りて来た白い影……ユキメノコが、『ふぶき』で追手を氷漬けにしていった。

「おユキ、やっちゃってー。ビドー、大丈夫―?」
「アキラちゃん! 助かった!」
「おー、なら、よかったー」

フライゴン、リュウガに乗ってきょろきょろと辺りを見渡しているアキラちゃんに、ハジメなら先に会ったと伝えると、何故か微笑ましそうに笑われた。

「あー、ふふー、仲良くなれたんだねー、ハジメと」
「まあ、そういうことだろうな」
「えへへー……キミの願いの為にこれ、持って行って」

そう言って彼女が手渡してくれたのは、回復効果のあるきのみの粉末を携帯しやすくまとめたものだった。礼を言うと、カビゴンの方に異変が起こる。

アプリコットとライカが苦戦していたカビゴンが持ち上がっていた。
追加の『サイコキネシス』で援護してくれたメタグロス、バルドに乗ったミケがグレーのハンチング帽を被り直してキザなセリフを言う。

「おや、アサヒさん、ユウヅキさんたち、この世界の謎でお困りでしょうか?」
「ミケさん」
『ミケさん!! とっても困っています!』
「これは、探偵として腕の見せ所でしょうか」
「頼みます……ミケさん」

ミケにこの飛ばされた世界で再会した俺たちのシチュエーションと、俺とヨアケの旅路と今のところ重なっていることを伝えた。
彼は少し考えたのち、俺たちを推理で導いてくれる。

「ずいぶんと難解な事件だ。ですが、クロイゼルが観測したアサヒさんとビドーさんの旅路を元にこの世界の数々が構成されているのなら、おそらく最終目的地は【オウマガ】の空中遺跡でしょう。そこに、マナの魂が入ったアサヒさんの身体が守られているはずです」
『【オウマガ】……私とビー君の旅の終着点、だね』
「そういうことです……その、皆さん。今度こそこの事件、きっちり解決しましょう」
『うん、もちろん!』
「ありがとうございます、ミケさん」

この世界での指針を得た俺たちは、ミケとアキラちゃんにこの場を任せて、先に進む。カビゴンもアキラちゃんのあげたきのみを食べると、協力し始めてくれていた。


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山道を抜けると、霧がかかった【トバリタウン】に出た。純粋に霧が濃いせいで、方向感覚が分からなくなる。ビー君とルカリオもちょっとどっちに進めばいいのか分からず、苦戦していた。
すると、地面に矢印の形をした『やどりぎのタネ』が設置されていることに私たちは気づく。
こういう気遣いをしてくれるのは、あの人しか心辺りはなかった。

この世界の切り替わり地点までたどり着く。
そこではソテツさんとアマージョ、ガーちゃんとトロピウスが一緒に待っていた。

「や、無事気づいたみたいだね」
「アサヒさん、この先はまた別の世界です……お気をつけて」
「そういうことだから、じゃあ」
『……ありがとう、ソテツさん! ガーちゃん!』

そのまま通り過ぎようとすると、「まったく」と零しながらガーちゃんが、ソテツさんを私たちの方に向き直させて、背中を押して突き飛ばした。

「おいおい、何のつもりだいガーちゃん?」
「ガーちゃんじゃありません、ガーベラです。トロピウスをお貸しするのでソテツさんは行ってください。貴方は私と違って、ここで足止めされていい戦力ではありません。サボらないでください」
「しかしだね……」
「貴方がすっぽかしている間も、私頑張っていたんですから。それとも信頼できませんか、自分の弟子を」

ガーちゃんはロズレイドを出し、トロピウスもソテツさんに乗れと催促する。
私もダメ押しで「ダメでなければお願いしてもいいですか……?」と頼んだ。
ソテツさんは「そういうとこだぞ、アサヒちゃん」と仕方なさそうにトロピウスに乗った。
ユウヅキが「正直少し頼もしい」と小声で言っているとビー君に「お前な……もっと警戒とか覚えろ」とツッコミ入れられていた。
不思議そうにしているアプリちゃんが可愛いなと思いつつ、ソテツさんとトロピウスを加えた私たちは次の場所へと赴く。


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【スバルポケモン研究センター】の世界。ここでヨアケと相棒として手を結んだんだったか。
特に研究センターに入るまでもなく、アキラ君が入り口でチルタリス(名前はアマリーと言うらしい)と待っていた。

「……要するに、とりあえず君たちをその【オウマガ】まで送り届ければいいということか。ずっと後悔していたんだよね。君たちだけで先に行かせたこと。だから今度こそ一緒にって……言いたいけど、どうやら難しそうだね」

そう言って大きなため息を吐くアキラ君。この時間軸の【スバル】は人が出払っていた。外部からの研究員たちは地方外に避難している上、地下にヤミナベの母親のムラクモ・スバル博士が眠っている。
つまり、先ほどの【トバリタウン】もだがクロイゼル支配下のポケモンに攻められても研究センター守り切れるくらいの実力の誰かが残らないといけない状態だった。

「今回はその席はあの人に譲るよ。肝心な時に力になれなくて、ごめん」
『アキラ君……ううん、ありがとう。ここは任せるよ』
「うん……君たちの無事を、祈っている。ユウヅキ、ビドー、今度こそアサヒを守れよ」

アキラ君の言葉に、ヤミナベと俺はしっかりと頷く。
本当は一緒に行きたかった彼の願いを、俺たちは受け継ぐ。

研究所の奥から白衣姿のレインがカイリューと共に出てきた。
レインは、アキラ君に一度頭を下げると、彼の目を見て、守りを引き継ぐ。

「アキラ氏……申し訳ありません。スバル博士のこと、頼みました」
「申し訳ないと思うのなら、僕以上の働きをしてきてください。レイン所長」
「ええ。全力を出させていただきます――――行きましょう、皆さん」

眼鏡をかけ直してレインはカイリューと共に飛び立つ。
レインを追うように【スバルポケモン研究センター】の世界を後にする。一瞬ためらいそうになったけどこらえて呑み込んで、アキラ君を信じて次へと向かった。


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次の世界は【王都ソウキュウ】。何故かここは激戦区となっていた。
住民が集まっている場所だけあって、お互い割かれている戦力もまた多い。
そして、ここまでは一本道みたいなものだったが、この先どこへ行けばいいのかがよく分からないのが致命的だった。

「ここの出口は何処だ?!」
「【オウマガ】行くなら【ハルハヤテ】方面じゃないの、ビドー?」
「そうは言っても、地図通りに繋がっている保証がねえんだよ……!」

レインに、向こう側のポケモンや人たちを操っているシステムの破壊はまだか、と聞く。
首を横に振るレインは「やはり中枢のメイに干渉できないと厳しいです」と険しい顔で言った。
迷ったまま大通りから、路地へと入る。このままじゃどこかで行き止まりだ。まずい、まずいぞ。
ポケモンたちの技が飛び交う中、悩みながらも進んでいると、オンバーンに乗っていたルカリオが何かを察知したようで、「ついてこい」と先頭に出る。
ルカリオを追いかけていくと、すごく見覚えのあるアパートとその前戦っているアイツらが居た。
チギヨとハハコモリ、ユーリィとニンフィアとグランブルがアパートを守るようにして陣形を組んでいる。
ルカリオはオンバーンに乗りながら、アイツらを攻撃しようとしていたタチフサグマに『はどうだん』をぶちかます。
チギヨたちがこっちに気づき、声を上げる。

「ビドー?! なんでこっち来た! お前はさっさと親玉倒して来いよ!」
「ふたりの帰る場所は、私たちが守るから! 早く行きなさいよこの馬鹿!」

散々な言われようだ!
……でも、正直こいつらの顔を見たことで、少し安心したのはある。
そんな俺を見てルカリオがわずかに微笑んだ。これを見越していたな……!
そして、ルカリオの指がヨアケを示し、「彼女と同じ波導を辿れ」と吠えた。
……そうか、マナの波導はヨアケと一緒。なら、俺には旅の終着点のマナの波導を辿れる……!
マナの元にたどり着ければ、ラルトスたちを捕らえているクロイゼルの位置が特定できる可能性も、何よりヨアケが身体を取り戻す機会も生まれる。

「道筋は見えたようだな」

俺を真っ直ぐ見据えるヨアケを抱えたヤミナベ。そのサイドカーに乗った彼らへ「ああ、届けてやるよ……!」と啖呵を切り、止めたバイクにまたがりながらルカリオと波導の波長を合わせる。
メガシンカを取って置きながら見つけるのはちょっときつかったけど、ユーリィたちが稼いでくれた時間のおかげで一本の糸筋が見えてくる。

「……こっちだ。行くぞ!」
『チギヨさん、ユーリィさん、みんな、もう少し踏ん張っていて!』

ユーリィとチギヨが背中を見せつつ手を掲げて振った。
サイドカー付きバイクのアクセルを再び踏み、進みだす。手繰るように俺たちは波導を掴んでいく。


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路地を曲がり抜け、噴水のある公園前に出る。
すると、ビー君は一回ブレーキをかけた。たぶん、目の前の相手から敵意を感じたからだと思う。
まるで、待っていたように噴水に腰かけている彼女の姿に、思わずあの時の引き止めを私は思い返す。
そしてどうやら思い返しているのは、彼女も同じようであった。

「アサヒ。どうしてキミだったんだ」

あの時の続きを、彼女は――――サモンさんは口にする。

「どうしてキミがマナと同じ波動を持っていたんだ、どうしてボクじゃなかったんだ……」

噴水の裏手から、射出された矢の雨……『かげぬい』が私たち全員の影を地面に縫い付けその場から動けなくする。
サモンさんの隣に音もなく姿を現したジュナイパーが、その矢の先端を私たちに向けていた。

「うん……やっぱり八つ当たりでしかなかったね。ゴメン」
『それはいいけど……どうしても、どいてくれないんだね、サモンさん』
「そうだね。この先へは進ませないよ。ボクはここで……キミたちを止める」
『……そう、なんだね。そこまでクロイゼルのことを……』
「それはどうかな」

否定の言葉を口にした後、彼女は自嘲気味に嗤った。

「……結局ボクの執着ごっこはアサヒとは違って、独りよがりの紛いものだ。彼の痛みを知れば、少しは変われるかと思ったけど……やっぱり無理だった。結局ボクは誰かを愛する気持ちなんて解らないし、いつしか憧れに焦がれて燃え尽きるのかもね、だから……」

笑みを消し、ジュナイパーの弓引く力を強めさせるサモンさん。

「だから憧れる人生はこれで最後でいい――――」

矢先が、ユウヅキを捕えていると気づいた時、私は本能的に彼の名前を叫んでいた。
必死な私を見た彼女は、火蓋を切って落とす鋭い言葉をひとつ放つ。

「――――ボクは彼の幸せを全身全霊で祈る。クロイゼルが幸せな結末を迎えるために、ボクはすべてを投げ打つよ」

容赦なく放たれる一射。ユウヅキを狙ったそれを撃ち落したのは、ボールから出て来ていたソテツさんのアマージョの蹴りだった。
次に、まだ『かげぬい』の支配下にないアマージョは、ジュナイパーに撃たれる前に『とびはねる』による攻撃を狙う。

「キミも相当拗らせたものだね、サモンさん……!」
「ソテツ……キミにだけは言われたくないよ。仕掛けさせるな、ヴァレリオ!」

だけど、彼女たちがそう簡単に距離を取るのを見逃してくれるはずもなく、サモンさんの手差しした方に向け、ジュナイパー、ヴァレリオが高所のアマージョを的確に『うちおとす』。
姿勢とバランスを崩されたアマージョ。しかしそれでも空中で持ち直して『トロピカルキック』をしにかかる。
しかし、直撃は避けられ、蹴りは地面を抉るに留まった。

ここで私たちは、自らが踏みしめたタイル床が、反射したように輝いていることに気づく。
噴水の水が漏れたような水浸しの水中を巨大な魚影が、いやそれに見せかけた大量の小さなポケモンが泳いでいることに、気付く――――!

「! サイドカーから降りろ、ヤミナベっ!!」
「!?」

気配と波導を察知したビー君は慌ててユウヅキに叫んだ。とっさにユウヅキは私を抱えてビー君と一緒にバイクから飛び降りる。

「フィーア、喰らってしまえ」

『ダイビング』の巨大な水しぶきと共に現れたフィーアと呼ばれたヨワシの魚群に、バイクが細かく何度も打ちつけられ、最後には大きく打ち上げられてそのまま破壊された。

飛沫のように散開して水中に戻ろうとするヨワシたちを、アプリちゃんはライチュウ、ライカに『10まんボルト』の雷撃で仕留めにかかる。
着実に迫っていた『10まんボルト』の雷の線が、逸れていく。
その先に居たのは、手にもつ骨を『ひらいしん』のように構え電撃を吸い寄せたのは……彼女の手持ちの3体目、ガラガラだった。

「コクウ……ライチュウに『ホネブーメラン』!」
「避けてライカっ!!」
「くっ、オンバーンとルカリオ! カバー入ってくれ!」

ガラガラ、コクウの投げた骨がアプリちゃんとライチュウ、ライカに迫る。とっさにオンバーンとルカリオが彼女たちと一緒に床にもつれ込みブーメランの直撃をかわした。
でもまだ攻撃は終わらない。飛んできたのはブーメラン、つまり、外れた攻撃がまたアプリちゃんたちを狙って戻ってくる……!
アマージョは二発目の『トロピカルキック』でジュナイパー、ヴァレリオを牽制してからアプリちゃんたちの元へ向かおうとする。しかしその蹴りは屈んでかわされてしまい、反撃を許してしまった。
脚の影に『かげぬい』をされ、アマージョは今度こそ身動きが制限され間に合わない……!

(みんな……!!!)

アプリちゃんを庇うように必死に『アイアンテール』を構えるライチュウ、ライカ。ビー君のルカリオも拳を振りかぶり、ユウヅキもモンスターボールに手をかけようとするけど無理だ。止められない。
目を逸らせず、祈るしか出来ないでいたら、

「――――お待たせしました、カイリュー!」

視界の中でジグザグ軌道の一閃が、バトルフィールドを一瞬で駆け抜け『ホネブーメラン』を弾き飛ばした。
さらに手首を庇うジュナイパー、ヴァレリオとガラガラ、コクウ。
そしてヨワシのフィーアも少しだけ動きを鈍らせていた。
サモンさんは眉根を潜め、その、骨を弾き飛ばした、ただの一石を拾い上げた。
それを手に取った彼女は、瞬時に納得の表情を浮かべた。

「『ワイドブレイカー』……相手全体への力を削ぐ物理攻撃を、射出という形にしたんだね、レイン」
「ええ……計算まで時間かかりましたが構築完了です。カイリューもう一石装填です!」

ただの石ころにしか見えないそれは、カイリューの尾から放たれる力を受けまた特殊な軌道を描いて跳弾する。
しかし、跳弾の『ワイドブレイカー』、二度は通じなかった。その弾はガラガラ、コクウの前で何かに弾き返され、水地に音を立てて落とされる。
弾けた岩片、『ステルスロック』が私たち全員の辺りに漂い始めた。

「『ステルスロック』の群は、計算しきれないはずだろ?」
「ええ、無理でしょうね――――ただし私たちだけだったらの話ですが」

三度目のカイリューの『ワイドブレイカー』が、躊躇いなく発射される。
その弾は……真っ直ぐソテツさんのアマージョへと飛んでいった。

「ナイスパス」

アマージョが一度つま先でステップを踏むとその場で踊るように大きく回転。
『ワイドブレイカー』の力の輝石とこの場すべての『ステルスロック』を自らの『こうそくスピン』に巻き込み、そして少し飛び上がった後、

岩片をまるごと下方へ蹴り飛ばした。

『こうそくスピン』で放たれた岩片の一片一片が、漂っていたヨワシ、フィーアの『ぎょぐん』を一匹残らずタイルに釘付けにする。
その後、群れから引きはがされ浮いたフィーアの本体を、最後に蹴った跳弾が射貫いて戦闘不能へと追いやった。
そしてその蹴り放たれた弾丸は他の二体も襲っていく。
サモンさんに少し同情するくらい、彼らの底知れなさが見えた気がした。


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圧倒的な技術を見せられても、サモンさんはひるまない。
速攻で次の一手を繰り出してくる。

「貫け、ロゼッタ!」

真っ直ぐに構えたモンスターボールから射出され飛び出て低空飛行で突撃するのはファイアロー、ロゼッタ。
燃える炎を全身に纏い『フレアドライブ』をするファイアロー。その狙いは、ソテツさんの乗っていた、ガーちゃんのトロピウスだった。
私たちがビー君運転のもと乗っていたサイドカー付きバイクといい、サモンさんは全体的にこちらの移動手段を潰しにかかってきているのが見て取れる。
トロピウスは自身の判断と大きな羽で『たつまき』を起こし、ファイアローを牽制。
わずかに風に勢いを殺されたファイアロー、ロゼッタをビー君とルカリオが『はどうだん』で狙い撃った。

竜巻と波導球に挟まれるファイアロー。アマージョに狙いを定められるガラガラ。そしてジュナイパーには、オンバーンとライチュウのライカ……そしてカイリューが注目している。
こっちが完全に数で上回っているのは申し訳ないけど、サモンさんがジュナイパー、ヴァレリオの『かげぬい』を解いてくれないと、私たちはどこにも行けないのが現状だ。
お互いそれが解っているからこそ、こちらはジュナイパーを狙い、彼女はその要を全力で守りにかかっているのだと思う。

こちらに目配せをするソテツさんに対して、ユウヅキは首を横に振ってくれた。
たぶんこのまま足止めされ続けてしまえば、彼女の目論見は達成されてしまう。だから、あの人は自ら汚れ役になろうとしてくれていたのだと思う。
かといって、個人的にはトレーナーのサモンさんを直接狙う真似は私もユウヅキも出来ればしたくなかった。
向こうはどんどん狙ってくるし詰めが甘いのは分かっているけど、でもその一線は超えちゃいけないと薄々思ったのはある。
迷って出来なかったのもあるけれど……結果的には、その判断は半分正解だった。


上から何かが空を切る音がする。次の瞬間にはその小さな隕石群は、私たちと彼女たちの間を大きな衝撃で分断した。
そのボーマンダによって空からばらまかれた『りゅうせいぐん』が、混戦になっていた戦いを、強制的に止める。
ボーマンダと背に乗ったトレーナーが誰か、ビー君とルカリオがいち早く気が付いたようだった。
ビー君は以前戦ったことのある彼らを見上げながら、その名前を呼ぶ。

「……キョウヘイ!」
「悪いがサモンの相手は俺の方が先約だ。ビドー……君たちはさっさとどけ。さもないと、切り捨てる」
「そうは言っても、『かげぬい』をなんとかしないとどうしようもねえんだよ」
「対策の一つくらいしておけ」

右手で眼鏡をかけ直し、もう片方の手でモンスターボールを軽く放るキョウヘイさん。
空中にて開かれたボールから出て来たリングマは、重い音を立てて着地して……吠えた。
轟音を立てて放たれる『ほえる』が、私たちの影を縫い付けていたジュナイパーを『かげぬい』で射抜いた矢ごと吹き飛ばす。
ジュナイパーをモンスターボールに強制的に戻されたサモンさんは、小さく笑って小言を零した。

「キョウヘイ……遅れて来たくせに、本当に偉そうだなあキミは」
「宣言通り、君を連れ戻しに来た。こんな奇妙な世界からはさっさと帰るぞ」
「帰るって……いったいどこにさ」
「それは……元の世界だろ」
「あそこにボクの帰りたい場所はもうないよ」

彼女の冷めた言葉を聞き捨てならなくて、反射的に私は否定していた。

『そんなこと言ったらカツミ君やリッカちゃん、悲しむよ……』
「ボクはその二人の家族を奪った側に加担したんだよ?」
『……でも!』
「加害者と被害者が同じところにずっと居るわけにはいかない。それはキミの方が痛感しているはずだよね、アサヒ」

サモンさんが放つ手痛い返答に言い負かされてしまう。
私自身もずっと、ずっと思っていたことだけに、余計にその言葉は突き刺さる。
考えてもなんて反論したらいいのか分からない。
無力感が募って、苦しみかけたところで……あの人が私の代わりに前に出た。

「気に病む必要はないよ、アサヒちゃん」
『ソテツ、さん……?』
「サモンさん、キミの言い分も解る……ずっと同じところに居られないのは、きっと互いが赦し合えないからだよね。自責も、他責も、長く続けば歪む。だから距離を置いた方が良いってのはオイラも同意かな……その上で一つ、言わせてもらうとするならば――――」

大きく息を吐き、彼は……先ほど穏やか諭しから一転して、低い声を出し彼女を威圧した。

「償いの一つもしようともしないで一緒であれないのは当たり前だろうが。開き直ったキミとは違って、アサヒちゃんとユウヅキは赦されないと思っていても努力をしてきた。正論ぶった言葉を掲げて逃げているだけのキミと同じにするな」

……誰よりも私とユウヅキを赦さないと言っていたソテツさんが、怒ってくれていた。
正直、驚いた。私と同じようにユウヅキも驚いている。
全員呆然としていたら、ちょっと慌てたようにソテツさんは私たちに先に進むように促した。

「行くよ、みんな。こんな駄々っ子にキミたちが付き合う義理はない。放って置こう」
「……………………先へは行かせない」
「やめておけ、サモン」
「止めるな、キョウヘイ」

ソテツさんが移動手段を失ったビー君と私を抱えたユウヅキを、自分との交代にトロピウスに乗せた直後。
サモンさんの懐から交代にとあるポケモンが現れる。
そのポケモン、オーベムには見覚えがあった。
当然だ。このオーベムは、もともとはユウヅキのポケモンだったのだから……!
オーベムから視線を逸らせないでいる私とユウヅキを見ながら、サモンさんは寂しそうに呟いた。

「よくわかったよ、ボクはまがい物だってね。でもまがい物にも、譲れないことってあるんだね」

サモンさんは再びガラガラ、コクウへと『ステルスロック』を指示して私たちを岩片で足止めしようとした。ソテツさんとアマージョは素早く反応してまた『こうそくスピン』で『ステルスロック』を巻き上げる。
技の効果でさらに素早く動けるようになったアマージョの足先から……突然火の手が燃え上がった。
私たちはそれが『しっとのほのお』だと気づくのが遅れる。
火傷を負って、苦痛に膝ついたアマージョの脇を高速ですり抜けたオーベムは――――ソテツさんの喉元を容赦なく突いた。
炎に揺れて、一瞬オーベムの姿が揺らぐ。
それは別のポケモンの姿をしていた気がした。

「!! ソテツさん、大丈夫!!?」

とっさに後ろにバックステップして直撃を避けていたはずのソテツさんが喉を抑えてせき込む。
心配して駆け寄ろうとしたアプリちゃんを、彼は手のひらを差し出し制した。
それからもう片方の手で喉を抑えながら、その手のひらの形を変えトロピウスを指さす。
アマージョはそのサインですべてを察し、トロピウスの背後に向かって蹴りを放った。
驚いて飛び立つトロピウス。ユウヅキはとっさに降りようとしたけど、抱えた私と目が合ってためらう。

「ソテツ!!」
「――――ッ!!!!」

ビー君の声に声なき声で何かを伝えるソテツさん。
彼が発した言葉は分からなくても、ビー君は感情を汲み取ったみたいだった。
ううん、波導の分からない私でも今のだけは分かる。

先に行けって言っているぐらい、分かっていた……!

「ヤミナベ捕まれ! トロピウス上昇してくれ!!」
「ビドー……いいのか」
『ビー君……』
「“自分の勝利条件を、救出の目的を忘れるな”。それがソテツの言いたいことだ……レインとアプリコットも行くぞ、早く!」
「え……でも!」
「……行きましょう、アプリコットさん」

迷うアプリちゃんとライカをレインさんとカイリューが無理やり連れ去る。
ビー君も苦しそうに、それでも前を向いていた。

「トレーナーの大事な喉を封じられた時点で、アイツは足止めを名乗り出た。だから俺たちは進まなくちゃいけないんだ、ヤミナベ」
「……今でもその理屈は分からない。解りたくもない。だが、信じなければいけないということは、分かる……」
『ソテツさんって、そういうところあるよね。一人で恰好つけるところ……』
「本当にそうだ……だから、絶対死ぬな、ソテツ……!」

痛切な想いが、声に乗って伝わる。だからこそ、私も前に集中しなければいけないと思った。


……辛うじて【ソウキュウ】の世界を飛び出た私たちは、彼の無事を祈りながら次の世界へと向かう。
世界の間の空間で、遠くに何か星空の背景以外の何かが浮かんでいる。
それは、透明な城塞のようにも見えた。
でも直感がそこにクロイゼルがいると告げている。
終着点への道は、もう少し長く続いていそうだった……。


***************************


燃え上がる公園の中で、サモンはビドーたちを逃がしたことを悔やんでいた。
きっと彼らならマナの元にたどり着く。そう確信をしていただけに、彼女はここで止められなかったことを後悔していた。
感傷に浸るサモンに、ソテツは出ない声で何かを必死に訴えかける。
それは憎まれ口や皮肉の類だったのかもしれないが、その声は彼女には届かない。

「そうだよね……『じごくづき』を喰らったら、声で指示出すのは辛いよね」

燃える炎に揺らめいて、オーベムの幻影が見え隠れする。
ファイアロー、ロゼッタとガラガラ、コクウ、そしてオーベムの幻影を纏ったゾロアークが、じわりじわりとアマージョとソテツに迫る。
今にも衝突しそうな二組の間に、割って入った者たちが居た。
リングマとボーマンダと共に割り込んだキョウヘイは、サモンたちの動きをけん制する。

「……どういうつもりだい」
「それは俺のセリフだ。手段を選ばないとしても、俺はともかく君はその一線は超えてはいけないだろ、サモン」

キョウヘイの視線は、喉を抑えるソテツを捉えている。
彼はサモンがゾロアークにさせた行為を、到底肯定出来なかった。
むしろ、彼女のことを見損ないかけていた。
それは彼女が目的を果たすために、このような暴挙をする人物だとキョウヘイは思っていなかったからだ。
キョウヘイは彼女のことを最低限自立している、それこそ“強い側”の人間だと思っていたのである。

孤高で冷めているようで、それでも最低限の正義感は持っていて、
いつも達観していて、でも時折忠告するぐらいには隣人想いで、
冷静な彼女をキョウヘイは、メンタルは己よりも強いと思っていた。

彼女のそれが、ほんの一部分の外面だと思わず、勝手に強者だと押し付けていた。

……言い換えれば彼は彼女の本質を見抜けていなかったともいえる。
苦しみに気づけず、否、無意識に気づかないよう目を逸らしていた。
あるいは彼には受け止めきれる、自信がなかったのかもしれない。
サモンの抱いている想いを、
彼女が隠していた“闇”を……

キョウヘイは固く拳を握り直して、目を逸らさないようにサモンへと向き直る。
そして、彼は視線を合わせた。
彼女の目はいつも通りどこか冷ややかにキョウヘイを捉え続けている。
目と目は合った。あとはやることは一つだった。

「ボクはキミが思っているような綺麗な奴じゃあないよ。卑怯で、卑屈で、弱い。それこそ弱くなったんだよ……どいてよ、キョウヘイ……」
「……君の相手は俺だと何度も言わせるな」
「ああ……そう、わかった。思えばキミとちゃんと戦ったことって、今までなかったね」
「そうだな、とことんまで付き合ってもらうぞ……サモン」

ポケモンたちが、彼女を守るように威嚇する。
サモンもキョウヘイに手を差し伸べ、その決闘を受け入れた。

「お望み通り付き合ってあげるよ、キョウヘイ」

アサヒたちの戦いの裏での、もう一つの戦い。
言葉をうまく尽くせない、不器用な者同士の、ポケモンバトルというコミュニケーションが今、始まろうとしていた――――





――――そして、その戦場に戻ってくる一組のトレーナーの姿があった。

猛スピードで空を飛んできた彼女は、相棒のポケモンと共にソテツの近くに降りて、こう口にする。

「――――今自由に動けるのは、あたしたちしかいないと思ったんだ。それに、ビドーじゃこういう融通はきかせられないからね……だから代わりに来たよ!」

震える声で己を奮い立たせる彼女たちの姿を見て、思わずソテツは苦笑いした。

(この子はオイラの意思を汲み取ったビドー君以上の馬鹿な子だ。それもまた若さゆえ、なのかね……)

強がって下手な作り笑いをする彼女を見て、ソテツは余計そう思わずにはいられなかった。


彼が先ほど示した勝利条件が――――更新される。


「全員生存と全員救出……自分を含めてみんなを救う。それがあたしたちの勝利条件だよ、ソテツさん!」

ライチュウのライカと共にソテツとアマージョの元に駆け付けたアプリコット。
彼女は勝利条件を上書きして、叩きつけたのであった。









つづく


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