マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1692] 第十五話後編 明けない世界の始まり 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/12/22(Wed) 23:16:27   3clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

その日、天気予報は一日快晴を示していた。
だが、なんの前触れもなくヒンメル地方全体を雲が覆っていた。
曇り空は、【オウマガ】からヒンメル地方全体へと広がる。
ただ、その雲は光を隠すだけでなく、何か異様な雰囲気を纏っていた。
暗くなっていく世界で、人もポケモンも雲に隠れた空を見上げた。
自警団<エレメンツ>のも、義賊団<シザークロス>も、<ダスク>のメンバーも。
所属している者も、所属していない者も関係なく、その暗雲を仰ぎ見ていた。
空の青さを、日の光を、彼らはどこか待ち焦がれるように望んでいた。

きっとまた晴れると、不安を覚えつつも信じていた……。


***************************


自分でケンカをやろうとハジメ振っておいてあれなんだが、正直俺は、ケンカに慣れていなかった。
何故ならケンカなんて、誰かと本気でぶつかり合うなんて、きっと俺には初めてのことだったからだ。
ルカリオみたく向き合うことはあっても、ぶつかり合う間柄は、そういうことを遠慮なくできる相手は、たぶん今までいなかったと思う。
ラルトスとも、そうだった。

かといって、ハジメとは友達かと言うと、そうとは決して言い切れない。そんな奇妙な関係だった。

「ビドー……覚悟!!」

俺の名を呼び、ハジメはゲッコウガのマツに『アクロバット』を指示。マツは素早い動きで遺跡の大広間を駆け巡り跳びはねて、『はどうだん』をたたえたルカリオに狙いを定める隙を与えさせない。
それでもルカリオが放つ波導のエネルギー球は、高速で動くマツを追尾して追いかけていく。
するとマツは、『はどうだん』を自らの背後に引き付けたままルカリオへと突進してきた……!

「ルカリオっ!」

マツの狙いはホーミングされた『はどうだん』の軌道を利用してこちらにぶつけてくること。
だったら、あえてそれを利用してやれルカリオ……!

再度の『はどうだん』の構えをするルカリオに対して、マツはしなやかで『アクロバット』な飛び蹴りで飛び込んでくる。

「! ……今だ!」

ルカリオはエネルギーをチャージせずに、技の構えを『フェイント』にしてマツの飛び蹴りの脚を掴んでそのまま迫っていた方の『はどうだん』に投げた。
だがマツは、難しい体勢だというのにも関わらず、ベロのマフラーを伸ばしてエネルギー弾を足場に高く飛び上がる。

「追撃の『スカイアッパー』!!」

空中に浮かんだマツはルカリオの『スカイアッパー』をかわすことは出来ない。
その中でもハジメは、マツに的確に指示をした。

「マツ、ガードからの衝撃を使って天井へ!」

マツはマフラーを回転させ、アッパーの直撃を防いでさらに高く天井へと飛び、そのまま張り付いた。
天井から逆さ吊りになったマツは空いた両手で『みずしゅりけん』を生成し、俺とルカリオに連射してくる。
ルカリオなら見切れる『みずしゅりけん』。けれど俺の動きではかわす動きについていくことさえできず、その場にくぎ付けにされてしまった。
上方のマツに気を取られていた俺たちは、接近していたハジメへの反応が遅れる。
視界がハジメを捕えた時には、彼の掌底が俺の腹を穿っていた。

「?! があっ……!」

『みずしゅりけん』が頬をかすめ、血痕と共に地面にぶつかりはじけ飛ぶ。
続けざまに放たれたハジメの回し蹴りをルカリオが片手で弾く。
距離をとるハジメの姿を、せき込みをこらえ歯を食いしばり、捉える。

(いつまで棒立ちのバトルをしているんだい?)

以前ソテツにそう責められたことを思い返し、気づいたら駆け出し始めていた。
走って、走って、走り続ける。思考する時間を稼ぐために、ルカリオと共に縦横無尽に駆け巡る。
考えがまとまりルカリオに伝えると、俺たちは踵を返し『みずしゅりけん』の雨あられにあえて突っ込んでいった。

俺らのターゲットは――――ハジメ。
ルカリオが狙いをハジメに切り替えた『はどうだん』を走りながら放つ。
当然マツがそれを素通りさせるはずはない。天井から急降下してかかと落としで『はどうだん』を叩き潰す。
でも、それでいい。

「ハジメえっ!!!」

アイツの名前を咆哮しながら俺はハジメに体重を乗せたタックルをかます。
そして、彼を突き飛ばした後、俺は、そのまま転がり伏せる。
ルカリオが右手で放った『はどうだん』が伏せた俺の頭上を通過して、ハジメに襲い掛かろうとしていた。
すかさずマツは、『みずしゅりけん』を当てて『はどうだん』を起爆させエネルギーをハジメに届く前に拡散させる。
そのマツは、ルカリオに背中を見せることとなる……!

「行けルカリオ!!」
「! 後ろだマツ!!」

左手に携えたもう一発の『はどうだん』がカーブを描いて投球され、マツに命中した……!
直撃を受けたマツは、痛みをこらえながらもハジメの元に転がり込むと、ある技を放った。

黒煙……『えんまく』。
煙幕が、ハジメとマツを包むように隠していく……。
波導を用いるルカリオや俺に目くらましはあまり意味をなさないが、彼らが何かを狙っているのは、確かだった。

かといって臆しているヒマはない。
嫌な予感を消しきれないが、ルカリオに『はどうだん』を放たせた。

――――予感は、的中した。

彼らに向けて狙い撃つ『はどうだん』が、ルカリオの手元から離れた瞬間。
漆黒の影が煙幕の中から飛び出て、ルカリオを突き飛ばした。
完全に油断をつかれた『ふいうち』を放ったのは、大きな黒翼を翻し俺に向けてとびかかって来たのは……ドンカラス。
攻撃に放ったはずの『はどうだん』も、晴れていく黒煙の中でしっかりとドラピオンの『まもる』で防がれていた。

ハジメはゲッコウガのマツ、ドンカラス、ドラピオンの三体のポケモンを従えながら、苛烈に反撃をしてきやがった……!


***************************


ドンカラスの脚爪が、容赦なく振り下ろされそうになる寸前、俺はとっさにモンスターボールを正面に構えて開く。

「っ、エネコロロ!」

エネコロロは俺の意図を汲んで飛び出しざまに『ねこだまし』をしてドンカラスを怯ませ間一髪動きを止めてくれる。
しかし安堵する余裕なんかまったくなく、ドラピオンの『ミサイルばり』が五連続で上空からこちらを狙ってくる。

「アーマルド頼んだ!!」

続けて俺はアーマルドを出して『いとをはく』を指示。アーマルドが射出した細い糸の群は、宙で針に絡まる。

宙で絡まった糸と針は、落下と共にその影を地面に落とす。
そのラインのシルエットは、ちょうど俺とマツへのびていた。
たったそれだけのことで、冷静なハジメの感情が獰猛に高ぶるのを俺とルカリオは感じる。
悪寒とも言っていいほどの戦慄。突き刺すような視線は明らかに俺を狙っていた。

「――――ここだ」

マツの攻撃は、正面からは来なかった。
繋がった影を何かが泳ぐように迫り、そして。

鋭い刃となり、真下から襲い掛かる。

「『かげうち』!!」
「!?」

痛みと……衝撃で一瞬意識が飛びかけた。
うつ伏せに倒れる目先には、濃くなる影、よどむ影、うごめく、影。
――――指示が出せない状況で、フォローに入ってくれたのはエネコロロだった。
エネコロロは『ひみつのちから』で俺とマツの間に壁を生み出し、繋いでいた影を分断して俺を救ってくれる。
アーマルドとエネコロロ、そしてルカリオが俺のことを呼び案じてくれた。
ここでポケモントレーナーが、俺が倒れたら一気に瓦解するのが嫌と言うほど身に染みる。
意地で意識を保ちつつ、壁の背後から俺は……エネコロロに『こごえるかぜ』の技を頼んだ。

壁越しに凍てつく冷風がハジメたち側へと流れ込んでいく。ドンカラスがその風に対し『きりばらい』で応じる。風と風のぶつかり合いで、お互い動きが少し鈍る。
今度は、合間に『つめとぎ』をして攻撃力を高めていたアーマルドに作戦を伝えた。

「任せ、たぞ……アーマルド!」

アーマルドが『アクアジェット』を用い、分断されていた壁の上へ水流と共に飛び出る。
それに反応したドンカラスはどのような攻撃でも対応できる『ふいうち』を狙った。
しかし、俺がアーマルドに頼んだのは――――攻撃ではなく徹底的な足止め。
アーマルドがハジメたちの上から行動封じのあの技を出す!

「『いとをはく』!!」
「ちっ……『つじぎり』で糸を切り裂けドンカラス!」

不発の『ふいうち』からすぐさま『つじぎり』に切り替えるドンカラスは……糸に気を取られすぎていた。
落下のスピードと共に狙いすましたアーマルドの一撃に、ドンカラスは反応が追いつかない。
とがれた爪が、漆黒の羽毛を捕らえる。

「アーマルド――――『シザークロス』!!」

痛恨の一撃が決まった……けどそれは、手痛い反撃がつきだった。
ドンカラスのフォローにワンテンポ遅れたマツの『アクロバット』が、アーマルドを横薙ぎにクリーンヒット。
それだけでは、彼らの反撃は止まらない。
攻撃のチャンスを狙っていたのは、向こうも同じだったのだから。

壁の横から這いよる存在にいち早く気づいたのは、ルカリオだった。
俺が気づいたその時には、エネコロロが静かに忍び寄るドラピオンに狙われていた。

「『はいよるいちげき』からの『クロスポイズン』だドラピオン!」

ドラピオンの長い尾と両腕による三連斬が、エネコロロを切り裂く。

「エネ、コロロ……エネコロロっ!!」

俺の呼びかけにエネコロロは不敵に笑いながら、吠えた。
エネコロロは毒をもらいながら『からげんき』で最後の反撃をドラピオンに叩き込み、そして、地に崩れ落ちた。

静かに怒るルカリオが『フェイント』をドラピオンに向けて放つ。
しかし怒り任せの拳は両腕で止められ、尾の『はいよるいちげき』が襲い掛かった。

「ルカリオ『スカイアッパー』だっ」

とっさの指示に対してルカリオは冷静さを取り戻して『はいよるいちげき』の尾をアッパーではじき返して対応してくれる。
傷ついた翼にもかかわらず、低空飛行でドンカラスは突撃をかます。

「エネコロロありがとう……行けカイリキー! 『ビルドアップ』!!」

エネコロロをボールに戻し、カイリキーを繰り出す。『ビルドアップ』をして鍛えた四本の腕力でドンカラスを受け止めた。
ドンカラスの執念の脚爪によって放たれた『つじぎり』が、カイリキーの急所を切り裂く。
それでもカイリキーの意思は固く、ぶれない。

「『がんせきふうじ』……!!」

四本腕から放たれる岩のエネルギーが、ドンカラスの身動きを今度こそ完全に封じ、大ダメージを与え……そして戦闘不能へと追いやった。


***************************


(やっと……やっと一体倒した……!)

ハジメの残りの手持ちは、ドラピオンとゲッコウガのマツ。ドラピオンはルカリオと交戦中で、マツは……アーマルドが向かってくれている。

形勢が傾いたかに見えた――――アーマルドがマツの『みずしゅりけん』をもろに喰らってしまうまでは。
腹のど真ん中に連続で『みずしゅりけん』が杭打つように当てられてしまい、アーマルドはそのまま倒れた。
控えめに見ても戦闘続行不能だった。

「すまないアーマルド戻ってくれ……!」

油断と判断の鈍りが招いた結果だ。
慌ててアーマルドをボールに戻すと、嫌な鼓動の速さが耳につく。
カイリキーの『クロスチョップ』を軽々とかわし、『アクロバット』とほぼ同時に『えんまく』をも叩き込んできたマツが、どこか凄まじいモノのように見える。
視界を潰され、カイリキーの動揺が伝わってくる。でもそれはほんのわずかな間だけで、カイリキーはこう念じていた気がした。


揺れてたまるか、と。

「……そうだよな、カイリキー。ルカリオ、もう少し任せた!」

ルカリオの了承の声。悪い視界の中こちらを向くカイリキー。
素早く飛び回りこちらの隙に『アクロバット』をしていくマツを前に、大きく深呼吸して、俺はカイリキーに言葉で伝えた。

「揺れるな!!」

カイリキーは身震いをした後、応、と返事をする。その声だけで、頼もしかった。
俺がカイリキーの目になり、カイリキーはマツの猛攻を何とかいなして、『バレットパンチ』を叩き込むことに成功する。
決定打にこそならなかったが、マツはもう体力の限界が近いはずだ……いや。

いや、だからこそ……だからこそまずい!

「!! 来るぞ、カイリキー!」

カイリキーに危機を伝えるも、視界が眩んでいるのが致命的だった。

「まだだ。そうだろう? マツ!」

ハジメの呼びかけに呼応するように、マツの周囲に激しい水流があふれ出てくる。
自らの窮地になったときに起こる『げきりゅう』。その水エネルギーがマツの掲げた『みずしゅりけん』を一段と大きく鋭くしていく。

「狙い撃て、『みずしゅりけん』!!」

巨大で複数の『みずしゅりけん』が、ガードをしているカイリキーに容赦なく炸裂する。
カイリキーは膝をつき、そしてそのまま倒れかけた。
立ち上がろうとするカイリキーに俺は肩を貸し、ボールに戻るように促した。

「ありがとう。休んでいてくれカイリキー」

カイリキーは悔しそうに目を伏せ、頷きボールの光に包まれてしまわれる。
それを見届けると、俺は最後の五体目を出した。

「行くぞ、オンバーン……!!」

オンバーンの『りゅうのはどう』がドラピオンを交戦していたルカリオ引きはがす。

「こっちだルカリオ! オンバーンも!」

俺たちは一斉に広間の壁際に集合する。ハジメたちが一列に並んだその瞬間を狙った。
オンバーンが大きく羽ばたき『おいかぜ』を作り、口からは『かえんほうしゃ』を発射。
やけつくフロア。乱戦の中ようやく、本当にようやく生まれた、チャンス。

カードを切るとしたら、もうここしかない……!

服の肩に着けたキーストーンのバッジを握りしめる。ルカリオもメガストーン、ルカリオナイトに触れる。
熱で荒れる互いの息を、絆の帯を、波導を合わせる!!

「――――進化を超えろ、メガシンカ!!!」

ルカリオの咆哮。
光の繭が破れ、炎の勢いが収まると同時にメガルカリオは顕現した。
焼ける空気をメガルカリオは波導の圧で吹き飛ばす。
共鳴して、俺の波導感知能力も、高まっていく。

ドラピオンが放つ『ミサイルばり』。その一本一本に引けない思いと、ためらいながらも仕留めるという意思を感じる……。
針を放っている間は、ドラピオンは踏ん張りをきかせなければならない。
だから、狙うならここしかないと思っていた。

「ここだ」

駆けだしたメガルカリオとタイミングを合わせ、俺はアッパーカットを空に振り上げる。
轟、と厚みのある音が響く。
駿足で間合いを詰めたメガルカリオの『スカイアッパー』が、ドラピオンを突き上げ天井へと叩きつけ気絶に追いやった。

しかしドラピオンもただでは終わらない。
放っていた『ミサイルばり』は、ギリギリのタイミングでオンバーンの誘導へと切り替えられていた。
誘導された先に待ち受けるのは、マツの猛烈な『みずしゅりけん』。
オンバーンはかわしきれずに、撃ち落とされてしまった。

お互い戦闘不能になったポケモンたちを労い、ボールに戻す。
残ったのは最初に戦った二人と二体だった。

結果的にケンカというには苛烈にヒートアップした戦いは、佳境を迎える。


***************************


立ち尽くす俺たちの間に決戦の合図なんてものはなかった。
気が付いたら両陣営とも、真正面から突っ走っていた。

「ハジメえええええええええ!!!!」
「ビドーっ!!!!」

ミラーシェードと丸グラサン越しの視線がぶつかり合う。
メガルカリオとマツも雄叫びを上げて真っ向からぶつかり合う。

「ルカリオ!!」
「マツ!!」

技の指示と拳が同時に放たれた。
メガルカリオの『フェイント』のラッシュを見切ったマツが、屈んでから『アクロバット』で蹴り上げる。
宙に浮くメガルカリオが放つ『はどうだん』をマツは『みずしゅりけん』を両手に持ち、弾を四等分に切り裂き爆破。
そしてそのまま二枚の大手裏剣を一枚に合わせて投げてきた。
着地したメガルカリオは『スカイアッパー』で合成大手裏剣を弾き飛ばす。
間髪入れずに放たれた残り三枚の『みずしゅりけん』。
メガルカリオは食らいながらマツに突撃する。流れてきた攻撃を、ハジメと殴り合っていた俺も一歩たりともかわさず、アイツに最後の指示を出す。

俺たちの想いを乗せた、トドメの一撃。
メガルカリオと俺は、クロスカウンターとしてマツとハジメに固く握った拳を振りぬいた。


これが俺たちの、覚悟の――――
「――――『おんがえし』だ!!!!!」


波導を乗せた一閃が彼らに触れた時。
ひとつの疑問が彼らから流れ込んでくる。

(何故、『みずしゅりけん』を避けなかった)

「……なんで……って、これはケンカだからだよ。命の取り合いじゃねえから。避けなくても大丈夫だって、お前らを信じたんだよ」
「…………アホではないだろうか」

仰向けに倒されてそう呟く彼は、穏やかな声で心底呆れながら言った。ゲッコウガのマツも、「同意だ」と言わんばかりに一声鳴いた。

メガシンカが維持できなくて、自然と解除されてしまう。ルカリオも俺もマツもハジメもボロボロで、ケンカには勝ったけど本来の勝負ではあまりにも消耗させられたので、実質負けてしまっていた。

ハジメたちの足止めは、見事に成功してしまったのだった。
まあ、だからといって、俺もルカリオもここで立ち止まり引き返す気にはなれねえけどな。

「まだ止めにいくのだろうか?」

肩を組み立ちあがる俺らに、ハジメは座り込みながら質問を投げかける。
短い肯定を返すと、ハジメは小さな袋をこちらに投げた。
受け取った袋の中身は、回復薬やきのみの類。

「戦利品だ。わずかな足しにしかならないだろうが持って行くといいだろう」

視線を逸らし、呟くハジメに「助かる」と礼を言うと驚かれる。
ハジメは何か色々と言いたいのをこらえているようだった。
それでもハジメは俺に一つだけ問いかける。

「ビドー……お前は、ラルトスよりもヨアケ・アサヒを優先するのか」

ハジメの疑問は、的得ていた。
俺がしているのは、ラルトスを救えるチャンスを棒に振るようなものかもしれない。
それでもヤミナベの計画をヨアケに頼まれたから止めるのかというと……その答えは出ていた。

「計画は、止める。でもラルトスは諦めない」
「…………」
「どっちも俺にとっては大事な存在だ。だからどっちも助けられる形で助けたい。強欲といわれようともな」
「……欲張りすぎると、どちらも取りこぼすぞ」
「みんな救えりゃ、それが一番いい……だろ?」
「……ふっ、そうだな。そうだったな」

彼はそれだけ言うと、「行ってこい」と俺たちを送り出す。
さっきまで感じられていた上の階の方の波導が軒並み感じにくくなっていた。
不穏なことだらけだが、俺とルカリオは階段へと歩みを進める。

(そういえばハジメのくれた袋の中に、前にアキラちゃんが分けてくれたきのみもあったな)

移動中、回復薬を使っている最中に思い出したのもあり、俺はルカリオに自分が持っていたそのきのみを「お守りだ」と言って手渡した。
ルカリオは一瞬受け取るまで間を開けたのち、それを受け取ってくれた。
出来るだけの応急手当をした後、俺とルカリオは最上階へ向かう。



……そこに何が待ち受けているのか、この時の俺らは知る由もなかった。
でも、たとえ知っていたとしても、俺とルカリオは同じ行動をしていたと思う。
それだけは、確かだった。


***************************


……。

…………。

………………………。


これは、たぶん、走馬灯ってものだと思う。
後悔もだけど、振り返りも含めた走馬灯。
こんなことになってしまう前に、どうにかならなかったのかという再確認。
起こってしまったことは、どうしようもないし、自覚のある走馬灯っていうのもなんだか変な感じもするけど、それでも私は思い返して、探していた。

この事態になる前に私はどうすればよかったのか。
そしてこれから何かできることはないか。
永遠にも思える一瞬で、私は探していた。


時間は少しだけ前に遡る。
私は、ヨアケ・アサヒは大切な存在である彼、ユウヅキと一緒に“赤い鎖のレプリカ”を用いてディアルガとパルキアを呼び出すことに成功した。
空間が裂け、その穴の向こう側から二体の伝説のポケモンが現れる。

鋼の身体を持つ青い竜、ディアルガ。
清らかな薄紫の肌の竜、パルキア。

赤い鎖が、二体の竜の周りを縛り、この世界に留めた。
二体の竜が暴れるとともに、時間が、空間が乱れる。

私とユウヅキは、鎖ごと手を繋いだままディアルガとパルキアに立ち向かう。
ディアルガとパルキアは鎖で力を封じられているのにも構わずに、抵抗の大技を放ってきた。

ディアルガは時間の流れすら曲げる蒼白の光線『ときのほうこう』を。
パルキアは捻じれた空間から八つ裂きの斬撃波『あくうせつだん』を。

二体の大技から私たちを庇うように前に出たのは、ダークライだった。
ダークライは『ときのほうこう』と『あくうせつだん』の両方の技を――――そっくりそのまま両手から放ち相殺する。
ドーブルのドルくんが息を呑みつつも私たちを見守っていた。

エネルギーがぶつかり合い、拮抗状態になる。
僅かでも気を緩めたらいけない緊張感の中、私たちの居た場所に、世界に……亀裂が走る。
裂け始めたそのほころびは瞬く間に広がっていき、そして――――

――――そして世界が、破れた。



【破れた世界】から、先行して二つ飛び出てきたものがあった。
それは、真っ黒な球体のモンスターボールだった。
ボールは、ディアルガとパルキアの両者に当たり、その内へと無理やり仕舞い込み、そして蓋を閉じる。
捕まえられてしまった二体の入った黒いモンスターボールを眺めながら、アイツは呟いた。


「――――まったく。これを発明した者にだけは、敵わないな」


***************************



……私とユウヅキは罪を背負っていた。
“闇隠し事件”を引き起こしてしまい、事件の元凶たるアイツに協力した罪を背負っていた。
そして、今も重ね続けている。
だからこそ、私たちはここでアイツと決着を付けなければいけなかった。

時空間を叩き割り【破れた世界】から足のない黄金の竜、先ほど私が背に乗せられていたオリジンフォルムのギラティナに乗ったアイツは、私たちの前に姿を現しディアルガとパルキアの入ったボールを拾った。

暴力的なまでの白いシルエット。
地につきそうな長い白髪に、白い肌。星のような瞳は、静かに威圧を与えてくる。
中性的な華奢な身体は顔以外を埋め尽くすように包帯が巻かれ、真白の外套を羽織っていた。
どれをとってもこの世の者からかけ離れていた存在感だけど、何よりも異常さを際立たせているのは、額に埋め込まれた赤黒いコアだった。

その姿を直視した瞬間、私の中の“わたし”が強く反応をした。
アイツが……怪人がその口を、億劫そうに開く。

「しばらくぶりだから、改めて名乗らせてもらおうか……僕は検体番号“MEW−96106”、怪人クロイゼルングと呼ばれた者だ。長ければクロイゼルでいい」

そう、コイツの名前は――――怪人クロイゼルング。

ヒンメル地方の昔話に出てくる、怪人と呼ばれた男。
どうやってかは知らないけど、平均的な寿命を超えてなお、生き続ける存在。
そして、ヒンメルのみんなに“闇隠し”をした、ビー君のラルトスを攫った、私たちの……絶対に屈してはいけない、敵。
“わたし”にとっての“クロ”。
それが怪人クロイゼルングだった。

押し黙る私たちに、「言語はこれで通じているはずだよな」とギラティナに確認を取っていた怪人クロイゼルング……いや、クロイゼルは……沈黙に飽きたように私に向かって命令した。

「これで、条件は揃う……さあ、“マナ”の器。迎えに来た。こちらへ」

その向けられた、まるで道具を見るような視線に、声に、生唾を飲み込む。
怯える私とクロイゼルの間に割って入ったのは、恐怖の震えをこらえたユウヅキ。
ユウヅキは私に「下がっていろ」と勇気を振り絞った声をかけてくれた。

「クロイゼル……お前にアサヒは渡さない」
「何のつもりだ、サク。いや、ユウヅキ。キミが従わなければ、アサヒは無事では済まないと言ったはずだが」
「従っても、の間違いだろ」
「そうだな。そうと知りつつ今までよく働いてくれたものだ」

ユウヅキの言葉にあっさりと肯定を返すクロイゼルに、怒りがこみ上げてくる。でも、大きく深呼吸することで、頭を切り替えた。
クロイゼルは諭すようにユウヅキにどくよう言う

「肉体を失った“マナ”の一時的な器として、アサヒが必要だ。すべては、“マナ”を復活させるためにわざわざ人を、ポケモンをこうして集めたのだから……ここで彼女に欠けてもらうわけにはいかない」
「どんな理由があろうとも……これ以上俺はお前に協力する気はない。ここで止めて見せる。それが……それが俺の本当の贖罪だ……!」
「はあ……彼女が器として成熟するまで、もう十二分に待った。これ以上は待てない。こちらへ来るんだ、ヨアケ・アサヒ」

ユウヅキがクロイゼルに拒否を示したのを見届けた後、私も腹をくくって立ち向かう言葉を示した。

「お断りだよクロイゼル……! 私は、貴方の道具にも器にもならない! そして、攫った全員を、返せ!!」

ドーブルのドルくんも私と共に戦おうと言ってくれる。
ドルくんに続いて、ユウヅキも私もクロイゼルを睨んだ。

けれど、ひとりだけ迷っていた。そのひとりの迷いの隙間を、クロイゼルは脅しのような質問で埋めていく。

「そうか……キミはどうする、ダークライ?」

クロイゼルがちらと指先に挟んだ“三日月の羽”をダークライに見せつける。
ダークライの瞳が揺れる。そんなダークライにユウヅキは、「俺たちのことは気にせず行け」とあえて背中を押した。
苦しそうに険しい表情を見せ、ダークライはクロイゼル側に立った。

「……ダークライ、キミはそこで休め。そして見届けろ、これから起こる決戦の行く末を」

ダークライが距離をとり、ギラティナが身構える。

「さあ、覚悟はいいか。こちらも時間はないんだ。手短に行くとしよう」
「「…………!」」

ユウヅキは手持ちからメタモンを出し、そして私とドルくんと一緒にクロイゼルたちに向かって行った。

…………そこから先は、あまりにも苛烈な戦い、いや違う。
圧倒的なまでの……蹂躙だった……。


***************************


まずユウヅキのメタモンがギラティナの姿かたちを真似て、変身する。
しかし変身を終えたメタモンの前から、ギラティナは文字通り姿を消した。
それは迷彩とかではなく、ほんの刹那の間に……ギラティナは世界を超えていた。

気が付いていたら、メタモンの変身は解けていた。メタモンは背後から鮮烈な一撃を喰らって、倒れていたからだった。
メタモンが攻撃をされた方向を見ると、そこにはギラティナがこちらを静かに睨んでいた。
ギラティナのバックには、破れた空間の裂け目がもとに戻ろうと蠢いている。

【破れた世界】からの攻撃。そこまでは突き止めた私とユウヅキは、次手を打つ。
私はドーブルのドルくんに『スケッチ』の構えを、ユウヅキはゲンガーをボールから出し、『みちづれ』を狙った。
でも『みちづれ』は……失敗に終わる。
共倒れを狙ったその一撃は、ギラティナがまた【破れた世界】に隠れることでかわされ、連続して出すには……世界の裏側からまた攻撃され戦闘不能にされるまでには、時間がかかりすぎた。
代わりに、ドルくんが尾の絵筆で、ギラティナの技を描き切る。ドルくんの描き終わりを見計らって、ギャラドスのドッスーとパラセクトのセツちゃんを出す。
ドッスーの『いかく』に反応したギラティナの凄まじい一声に怯みそうになるけど、私はセツちゃんに『いとをはく』をお願いする。
けれど糸は放たれた『かげうち』の影に阻まれギラティナには届かない上に、セツちゃんは影に滅多打ちにされてその場に崩れた。
セツちゃんの名前を叫ぶのも束の間、ドッスーが『げんしのちから』の岩石エネルギーで沈められる。

ギラティナは『げんしのちから』の効果で動きがよくなっている。
はげます声もかける暇もなく、私はラプラスのララくんを、ユウヅキはヨノワールを出した。
ヨノワールが自らの体力を削り、『のろい』をかけようとするも【破れた世界】に逃げられては届かない。
けれど、戻ってくるタイミングで一か八かの大技をララくんにさせることを私は選択する。

辺り一帯に、凍てつく冷気が立ち込めた。
【破れた世界】からヨノワールを叩きつぶすギラティナに、ララくんが……『ぜったいれいど』の一撃を狙う!

(当たって……!)

一縷の願いを込めた『ぜったいれいど』は……完膚なきまでに、外れた。

「……っ!」

続けざまにララくんもギラティナに襲われ、力尽きる。
望みを絶たれたことに動揺を隠せない。あふれ出て押し寄せる不安から気持ちを切り替えなきゃ、とデリバードのリバくんに『こおりのつぶて』でとにかく一発でも当てることを狙う。
だけど氷は影に壊され砕け散った。
そのまま、リバくんも『かげうち』に呑み込まれていく、

「くっ……!」
「……! アサヒ、レイに『あられ』を!!」
「! ……わかった!」

ユウヅキに促されるまま私はレイちゃんを出し『あられ』を指示する。
『ゆきがくれ』でレイちゃんは姿を雪霰の中に隠す。
リーフィアを出したユウヅキは、『ウェザーボール』を指示。『ウェザーボール』の属性が天候によって、氷タイプとなる。
レイちゃんには発射位置を悟られないように曲げた『れいとうビーム』で援護をさせる。
ギラティナにあの【破れた世界】に潜り込む攻撃を誘導に成功する……!

「ドルくん!!!!」

合図とともに、ギラティナが向こうの世界から叩きだされた。
【破れた世界】に潜り込もうとしたそこを、“向こう側”に潜伏していたドルくんが狙い撃ったのだ。
他ならないギラティナ自身の技を叩き込むことに成功する……!

眼光鋭くするギラティナを、アイツはなだめる。

「……ふむ、『シャドーダイブ』を盗まれたか……しかもグレイシアは隠れたままと来るか」

今まで口を挟まなかったクロイゼルが、考えるそぶりを見せた。
数秒と立たぬうちにアイツはその目蓋を細めて……一切容赦のない指示をギラティナにした。

「ならギラティナ、リーフィアとドーブルを痛めつければいい」

ギラティナが放った『げんしのちから』の礫の雨が、リーフィアとドルくんに叩きつけられていく。
抵抗できずに攻撃を受け続けるふたりを見て思わず飛び出しそうになるレイちゃんを、私は苦しみながら必死に呼び止める。
でもレイちゃんは我慢できずに『れいとうビーム』を放ってしまった。
けれど、完全に冷静さを失っていたわけではなく、レイちゃんの放った光線は霰に反射して曲がっていた。

位置は悟られない攻撃の……はずなのに。

「そこか」

クロイゼルが指さす方向に目掛けてギラティナが影を伸ばした。
『かげうち』が、レイちゃんを捕えて、そして……そして、レイちゃん、は。
何度も、何度も影に突き刺され。
最後に大きく打ち上げられた。

「レイちゃん――――!!!!」

気が付けば。
ドッスーもセツちゃんも、リバくんもララくんも。
ドルくんも、そしてレイちゃんももうまともに戦える状況じゃなかった。
私のみんなは、力を貸してくれたみんなは、みんな、は……。

「だいたい片付いたか」

立ち尽くすしか出来ない私の耳に、通るような声が響く。
無情なまでに、響き渡る。
意識が、闇に引きずり込まれていく……。

真っ暗に。あるいは真っ白に染まっていく。


「アサヒっ!!」

その必死な彼の声に意識を呼び戻される。
気が付けば私はユウヅキに手を引かれ、抱き寄せられていた。
ギラティナが差し向けた影が迫る。
私たちの前に立つのは、彼の最後の手持ちのサーナイト。
ドレスの下から発射するサーナイトの『かげうち』が、ギラティナの『かげうち』を相殺し、私たちを守る。

「サーナイト…………頼んだぞ」

ユウヅキが胸元からキーストーンのついたペンダントを取り出し、サーナイトもメガストーンを掲げる。
ふたりはアイコンタクトをした。そして、光の絆を結ぶ。

――――そのアイコンタクトが、どういう意味なのかこの時の私にはわからなかった。
今思い返してみれば、彼らはこの時にもう決めていたのだと思う。

「行くぞサーナイト。俺たちで、守り切ってみせるんだ――――メガシンカ!!!!」

光の繭の中から出てきた優しい白のドレスが丸みを帯びる。
サイコパワーが増幅され辺りの空気を震わせた。
現われ出でたメガサーナイトは、サイコパワーを集中して力を溜める。

ギラティナが『シャドーダイブ』で【破れた世界】に潜り、メガサーナイトの攻撃をかわそうとする。
でもメガサーナイトがしたのは、攻撃などではなかった。



「サーナイト、やれ!」

ユウヅキがサーナイトに指示を出したその時。
彼は寄せていた私を突き飛ばす。
遺跡への入り口の方に、私を引き離す。

混乱している私に、
彼は、ユウヅキは、

こんな時まで、謝り続けた。

「アサヒ。生きるのを諦めないでくれ――――すまない」

私の無事を、祈って、願いながら、ユウヅキは謝った。
メガサーナイトの『テレポート』が私に向けて放たれる。
脚を動かそうとするけど間に合わない。
手を伸ばすけど届かない。

「ユウヅキ!!!!」

声だけ最後に届いたのか、彼は不器用に微笑んだ。







…………走馬灯はまだ終わらない。
でも、この後の決断だけは、私は後悔していない。


***************************


私がサーナイトの『テレポート』で飛ばされたのは、【セッケ湖】の湖畔だった。
でもその湖は、曇天を映し出し黒く染まっていた。
私の心を、映し出したかのように、真っ黒に染まっていた。

誰も隣にいないこの結末に、私は慟哭すらせずに、ただただ湖面を眺め続けた。
そして、選択を迫られる。
張りぼての選択肢が、私の前に用意される。

『ヨアケ・アサヒ。選べ』

声の方に振り返ると、道化師のようなポケモン、マネネがそこに立って、通信機器のようなものを持っていた。
マネネの持っていたソレから、クロイゼルの声は響く。

『キミには選択肢がある。このマネネと共に戻ってくるか、それとも逃げるのを試みてみるか。どちらを選ぶもキミ次第だ』
「…………」
『ただし、後者を選択する場合は、彼らの命を奪う』
「…………」
『キミの望むのは、キミだけが生き残ることではないはずだ。キミは――――』
「それ以上は言うな……いや、言わないでください。解って、いるから……解って、いますから……」
『…………』
「でもこれだけは言わせてください。私は、私の意思であの場所に戻るんだってことを」
『……ああ分かった。この選択は、キミの決断だ』
「……ありがとう、ございます」

それだけ言うと、私は迷わずマネネの手を取った。
マネネはサーナイトから『ものまね』した『テレポート』を発動する。
そして、私とマネネはあの場所へと帰ってくる。


***************************


覚悟していた光景を目の当たりにして、その上で私の心は揺さぶられる。
そこには、ユウヅキとメガシンカの解けたサーナイトがズタボロに倒されていた。
ボロボロなのは、彼らだけでなく、他のみんなもだ。私が逃がされた後も、戦い続けたのだと思うと、一気に胸が苦しくなる。
ダークライは目線を伏せて、静かに震えていた。

私の帰還に気づいたユウヅキは、地に伏せたまま「どうして」という感情を隠さずに目で訴えてくる。
私は最後に一度だけ彼の傍に行き、手を取って言った。

「私はね、ユウヅキ。貴方と一緒に生きたいって望んだんだよ。貴方を見殺しにしてまで生きたいとは、望んでいなかったんだよ……でも、これだけは覚えておいて」

私は全力で彼に伝える――――

「私は、最後まで諦めない。クロイゼルの手に落ちても、どんな状況になっても私は貴方とともに生きるのを諦めない。だからユウヅキ、貴方も諦めないで」

――――8年越しの返事と、想いを伝えた。


「ユウヅキ、私と一緒に生きて――――――――私もキミが大好きだよ」


息を呑む音。
彼の銀色の瞳が大きくにじむ。
力なくとも握り返してくれた手を解く。
立ち上がり、私は怪人へと向き直る。

「待たせたね。もういいよ」
「分かった」

クロイゼルがマネネから何かを受け取る。それは、機械仕掛けのみがわり人形だった。
それを片手で頭から鷲掴みにして、空いたもう片方の手を、私へと伸ばす。
しかし、その手は一瞬だけ止まる。
つられて振り返ると、ユウヅキが立ち上がろうとしていた。
定まらない視点でこちらを見るユウヅキの歩みは、マネネが作り出した『バリアー』によって、遮られる。
それでも壁を叩き続ける彼を見て、堪えていた涙が溢れ出す。
強がらなきゃいけないのに、ぐちゃぐちゃな顔になる。
かろうじて歪めた口元で、結局私も謝ってしまっていた。

「勝手なことばっかり言ってゴメンね――――信じているよ、ユウヅキ」

彼の私を呼ぶ声が聞こえた後、視界が暗転する。
背中から何かに捕まれ、抜き取られる。
気が遠くなる中で、私の走馬灯は、終わりを迎えようとしていた。
無慈悲な怪人の声だけが、闇の中響く。

「『ハートスワップ』」

それは聞きなれない単語だった……。


***************************


沈みゆく意識の中で、私は願うことしか出来なかった。
みんなとユウヅキの無事を、祈ることしか今の私には出来なかった。
結局思い返しても、これから先やれることなんて、思いつかない。
ただただ思うのは一つ。

どうして、こんなことになってしまったんだろう。

少なくとも解るのは、私とユウヅキだけじゃ手に負えなかったってことだ。
思い出の中の彼の言葉を、今更思い出す。

『一人で責任取ろうと空回るな』
『ダメだと思ったときは言ってくれ。何ができるわけではないが、その……もっと頼ってほしい』

……もっと、頼っていれば良かったのかな。
相棒として巻き込んでおいてあれなんだけど、私はビー君を巻き込みたくなかったのかもしれない。
彼が大事になってくるほど。彼が頼もしくなってくるほど。頼ってばかりはいられないって……。
でも、もうダメだ。
私にはもう無理だ。

ビー君、助けて。

ユウヅキを助けて。

私を、助けて――――――――――――









「――――ヨアケえええええええええええええ!!!!」

張り裂けるような声が聞こえた。
意識が一気に覚醒する。
薄暗い視線の先に。
背の低い短い群青髪の青年と、そのパートナーのルカリオが、いや、あれはメガルカリオだ……とにかく。
とにかくふたりがそこに居た。
ふたりは私のことを何だか光のような温かいモノで、呼んでくれていたのが伝わった。
だから、私も精一杯ふたりに呼びかける。

私はここだと、声なき声で叫んだ!!

(ビー君!!! ルカリオ!!! ――――助けて!!!!)
「!? ……解った。待っていろ。すぐ助けて見せる!!!!」

ビー君とルカリオは私を真っ直ぐ見つめて、私の声に応えてくれた。
安心感と力強さに、私は何も出来ないけど、諦めずに抗うことに決めた。
闘い続けることを、決めた!


***************************


不思議なことが、起きていた。
俺とルカリオが追いかけていた、彼女の波導が二つに分かれていた。
……いや違う。これは同じ波導が、二つ同時に存在していたんだ。
片方は、ヨアケのものじゃない、何者かのもの。

そして、俺たちに助けを求める方が――――本物の、ヨアケだ。

最初は、俺にもどちらがヨアケの波導かは分からなかった。
でも、彼女が訴えかけてくる感情が伝わって来て、ソレが彼女だと理解する。
イグサが言っていた二つの魂が重なっているのにも関わらず俺やルカリオが一つの波導しか感じられなかった理由も繋がる。
それは、彼女たちが全く同じ形の波導の持ち主だったんだ。
今のメガルカリオと俺だからこそ、彼女のヘルプサインに気づけたのかもしれない。

「ビドー・オリヴィエとルカリオか。思っていたより早い到着だったな」
「お前は……誰だ」
「クロイゼル。怪人クロイゼルングと言った方が伝わるだろうか」
「ブラウに討たれた、あの……!」
「そうだ。その怪人だ」

クロイゼルと名乗った怪人は、俺たちに興味を示しているようだった。
奴の周囲には、マネネとダークライ。そしてかつて写真で見て今目の前にいるギラティナが居た。そのギラティナこそがヨアケがさらわれた時に一度感じたことのある波導の持ち主だと悟る。
言い知れぬプレッシャーに、膠着状態になる。
すぐにでも助けてやりたいが、一瞬の隙が命取りになると感じた。

「僕としてはできればキミには、そのまま帰って欲しいが、そういうわけにはいかないのだろうな」
「……当前だ」
「残念だ……ああ失礼、さっきからまじまじと見てしまった。何故かというと……ビドー・オリヴィエ、僕はキミが気になっていた。キミが言ったことが気になっていた」

意味がわからん言葉に、呼吸を乱されかける。揺さぶりかわからないが、慎重に言葉の続きを聞いた。

「大切な存在だったら尚更、忘れられなくてもいい。引きずりたいだけ引きずって、前に進んでもいい…………キミはヨアケ・アサヒと出会った日の夜に、そう言っていた。僕はその言葉にだけは……珍しく共感を覚えた」
「共感、だと?」
「ああ。僕のスタンスとあの時のキミの発言が、一致していたから気になっていた。僕は忘れられなくて、引きずり続けてここまで生きながらえてしまった者だからな――――だからこそ、改めて確認したい」

白い外套が翻され、一時的にマネネの姿を隠す。
布が落ちるとともに、マネネが『バリアー』で出来た箱をもっていた。
その、箱に入れられていたのは。
その、突然この場に連れて来られて、戸惑っているのは。
紛れもなく、紛れも、なく……!!

「ラル、トス」

俺の声に反応してアイツは、ラルトスは緑の前髪越しの赤い目を輝かせる。
8年ぶりの再会。それは確実に俺に対する精神攻撃となっていた。
その感情を察知したラルトスの表情が曇る。

「感動の再会のはずだが、どうしたビドー・オリヴィエ。それともキミは……変わってしまったのか。引きずっていたのを忘れてしまったのか。過去の関係など、どうでもよくなってしまったのか」
「てめえ……!!」
「このまま引き返すのなら、ラルトスだけは返そう。引き返さないのなら、分かるな」
「…………っ」

クロイゼルは突き付ける。
ラルトスを見捨てるか、ヨアケたちを見捨てるか。
アイツの不安な感情が伝わってくる。彼女の助けを求め続けるサインが、聞こえてくる。
メガルカリオはそんな俺の苦悩をくみ取ってくれた。
そして、迫るタイミングを波導で教えてくれる。

この場に残っている全員は助けられない。
だから、俺が、選ぶのは。
選ぶ、のは……。

「ラルトス。悪い。もう少しだけ待っていてくれ。俺は引き返さない……!」

彼女に頼まれたことをやる。それが俺の選択だった。

俺の強い感情に、ラルトスのツノが光る。ラルトスは俺の気持ちを、理解してくれていた。
同時に、ひび割れた亜空間からアイツが、ヨアケのドーブル、ドルがクロイゼル相手に襲い掛かった。
その拍子にクロイゼルの手から、ソレが離れる。
メガルカリオが知らせてくれたドルの特攻を機に、俺はヤミナベの元へ、ルカリオはドルの援護に走る。

俺より背の高いヤミナベの身体を肩に背負う。
ヤミナベが「俺のことはいい」と念じたのがわかった。
だがなお前のことも頼まれているんだよ、俺は!
火事場の馬鹿力でもなんでもいいから、運んでみせてやらあ!!

「配達屋なめんなあああああ……!!」

声と共に力を入れると持ち上がった。
ドルがクロイゼルからもぎ取ったソレをメガルカリオに投げてパスする。
その“機械で出来たみがわり人形”を受け取ったメガルカリオはマネネに向けて『はどうだん』を放ちながら戻ってくる。
マネネはラルトスの入った箱を慌てて置くと、『ひかりのかべ』で波導球を防いだ。
力なく倒れていた彼女を一瞥し、俺とメガルカリオは走る。
しかし下の階への入り口には、ダークライが立ちふさがっていた。
端へと追い込まれる俺たち。ギラティナがドルを捕まえ、ダークライとマネネがじりじりと迫る。
背後に壁はなく、今現在上空にあるこの遺跡から落ちたら、ただでは済まないだろう。

土壇場で迷った最後の一歩を――――ラルトスが『ねんりき』で俺たちを押し出す。

一瞬だけラルトスの表情が見えた。ラルトスは気丈に振る舞い、俺の名前を呼んだ。
「応援する、がんばれ!!」とエールがいっぱいの感情をぶつけられた念動力と共に、俺たちは遺跡から落下していった……。


***************************


落ちる、落ちる、落ちていく。
日の光が黒雲に一切遮られた曇天の中、俺とヤミナベが、それからメガシンカの解けたルカリオが人形を抱き落ちていく。
空を飛べるオンバーンを出すも、体力の残されていないこいつでは落下を抑えきれない。
眼下には森が見えていた。でもどのみちこの高さでは無事にやり過ごすのは難しい。
万事休すか。と諦めそうになったその時。急接近するオレンジと赤のシルエットがあった。
空中を念動力でサーフライドするライチュウと、付属されたボードに乗った赤髪の少女……アプリコットが俺の名前を呼ぶ。

「ビドー!!!!」
「?! アプリコット!! 無茶だ来るなあっ!!」
「無茶かどうかは、あたしが決めるって!! ライカ、『サイコキネシス』!!!!」

サイコパワーで俺たちの落下を減速させようとするライチュウのライカ。
ほんの少しずつ、落下速度が下がっていくが、ライカはだいぶきつそうな表情を浮かべていた。
木々の先端まであと僅かのところで、アプリコットは先にライカのボードから飛び降りた。

「間に合えええええええええ!!!!」

彼女を支えていた力を全て俺たちに回すライカ。そのおかげで俺とルカリオとオンバーン、そしてヤミナベは無事で済んだが、アプリコットは背中から森に落ち藪に突っ込んだ。
着地してすぐに俺は、人形とヤミナベをルカリオに任せて、ライカと共に彼女を捜す。

「アプリコット!! どこだ!? 無事なら返事しろっ!!」
「……だ、大丈夫だよー! 何とか……ね」

藪から転がり出てへたり込む擦り傷だらけのアプリコットに俺は思わず拳骨をしていた。

「痛い! 何するんだ!!」
「ばっきゃろう!! お前に何かあったら、何かあったら俺はもう二度と歌きけなくなるだろうが!!」
「それを言うなら貴方が死んでいても聞けなかったでしょ?! バカはどっち!?」
「ぐ……」
「ぎい……」

お互い様な現状だったので、俺たちはさっさと言い合いを切り上げる。

「無茶はほどほどにしてくれ。でも来てくれて助かった。ライカもな」
「そこはゴメン。でも本当に、間に合ってよかった……あれ、アサヒお姉さんはいないの? それにあの人はどうしたの??」
「あの黒スーツがさっき話したヤミナベだ。それと…………俺のカンと見た波導を信じると、ヨアケは。あの中に居る」

目配せした方向にアプリコットもライカも視線を向ける。ルカリオの持つみがわり人形の……ロボなのかこれは? とにかくそれを見た彼女たちは余計混乱していた。
アプリコットたちに疑われつつも、ルカリオに抱かれた“彼女”に俺は語り掛ける。

「ヨアケ。おい返事しろ。ヨアケ!!」

しかし人形は答えない。でも、波導はちゃんとある。だから俺は彼女のことを呼び続けた。
けれど返事は返ってこない。
もしかして呼び方がいけないのだろうか?
そう思いついたら、もうためらってなんて居られなかった。

震える口で、俺は彼女の名前を呼ぶ。


「頼むから返事をしてくれ……アサヒ……!!」


祈るように、目を瞑る。波導越しにもコンタクトを取り続ける。
その結果。


『…………ビー君?』


機械音声だけど、確かに。確かに。確かに聞こえた……!
間違いない、ヨアケ・アサヒの声が聞こえた!

『えーと、ビー君……いや、オリヴィエ君って呼んだ方がいいのかな?』
「今のはノーカンだぞヨアケ。俺はまだビー君のままがいい」
『あー……そう? じゃあ分かったよビー君……助けに来てくれてありがとう』
「! ……間に合わなくて、悪かった」
『? そういえば、ユウヅキは? みんなは?』
「ヤミナベだけは助けられた。今は意識を失っているみたいだがな。悪い、お前の手持ちまでは、助けられなかった」
『そっか……』


沈んだ声を見せるヨアケを、アプリコットとライカはいまだに信じられないといった顔を見せる。
話しかけてみろ、と促すと、恐る恐るアプリコットはヨアケに話しかけた。

「…………本当に、アサヒお姉さんなの?」
『アプリちゃん?! なんでここに??』
「あ、アサヒお姉さんだ……間違いない」
『え……あの、嫌な予感するんだけど今の私って、どうなっているの?』
「うーん……ちょっと待って」

アプリコットが、携帯端末の内側カメラで、みがわり人形のロボとなってしまったヨアケの姿を映した。

『え? あー……え? うわーうわー……せめてみがわり人形じゃなくてポケモンになりたかったよ! というかメカメカしいね! どうりでビー君の方が屈んでいるわけだね!』
「落ち着け……難しいのは分かるけど、落ち着けヨアケ」
『ゴメン……でもこれはやってらんないよ……』

しょげるヨアケに俺たちは何も言えなかった。でも、絶対にもとに戻してやらなきゃという思いは、同じだった。

オンバーンが、ヤミナベが目を覚ましたことを知らせてくれる。
身動きが取れないでいるヤミナベを、俺とルカリオで支え、アプリコットがヨアケを彼の目の前まで持っていく。

『ユウヅキ……』
「……アサヒ」
『お互い謝るのは、なしだよ。私はまだ諦めていないから』
「……ああ」

ヨアケとヤミナベが短いやり取りを終えた辺りだった。
俺とアプリコットの携帯端末が……同時に鳴る。
手に取ると画面が点灯して、そこに映像が流れ始めた。
それを見た俺たちは絶句する。
アプリコットのは分からなかったが……俺の端末にはラルトスが映し出されていた。
ラルトスの他にも、大勢のポケモンと人が見えた。
さっき聞いたばかりの声が、俺たちにこの映像の意味を説明する。

『ヒンメルの民の諸君。そこには今、キミたちの大切な存在が映し出されている』
『ここにいる彼らはこちらの手中にある。期待をさせて悪いが、簡単には彼らを返す気はないことを先に伝えておく』
『逆に言えば、返してほしくばこちらの要求を呑め。くれぐれもキミたちとこちらが対等だとは思うな』
『恨むのなら、英雄サマのブラウかこの僕の意思を甦らせてしまったヨアケ・アサヒとヤミナベ・ユウヅキ辺りでも恨んでおくように』
『ああ、名乗りが遅れてしまった』

その誘拐犯は一方的な言葉を投げるだけ投げて、最後に俺たち全員に向けて宣戦布告した。
俺たちの大事な者の映像をちらつかせながら、奴は名乗りを上げる。

『僕は怪人クロイゼルング。このヒンメルを心底憎む復讐者だ』
『ではまた通達する。それまでせいぜい待っていろ』

言い終えるのを皮切りにぶつりと画面が暗転する。
おそらく国じゅうで同じようなことが起きている気がする。
残った僅かな希望を握らされ、混沌のただなかに突き落とされる感覚だ。
少なくとも、“闇隠し”された者の無事と、弱みと人質を握られたということは分かった。


これから始まるのは、怪人の復讐劇。
それを物語るように、黒雲がヒンメルから太陽の光も月の明かりも奪っていた。
ヨアケ・アサヒとヤミナベ・ユウヅキ。ふたりを陥れ、クロイゼルは舞台に上る。

ここからが、本当の始まりだった。






***************************


今起きていることに、実感がまだ追いついていなかった。
あたしが見たものは…………お母さんと、お父さんだった。
懐かしい気持ちも、無事を確認した安堵も全然浮かんでこなかった。
気持ちが、追いついていなかった。

あの怪人の声は、あたしたちに助けたければ言うことを聞くように言ってきた。
でもなぜだろう。あたしは……あたしはこんなの間違っていると思っていた。

根拠も理屈もないけど、直感がただただそう告げていた。
自分の身体を無くしたアサヒお姉さん。
怪我だらけのユウヅキさん。
恨むなら心身共にボロボロのふたりを恨めって?

確かにここまで生き延びるのはすごく大変だった。
きっかけはふたりだったのかもしれない。
でも。

「ふたりを恨むだなんて、そんなの絶対に筋違いだ」

呟くあたしに全員が視線を向ける。心配してくれるライカと、何故と視線を向けるユウヅキさん。あたしの名前を呼ぶアサヒお姉さん、言葉の続きを待ってくれるルカリオとオンバーン。
そして静かに頷いてくれるビドー。
みんなの視線を真正面から受けきって、あたしは言った。

「あたしはあたしを、みんなを、そして何よりアサヒお姉さんとユウヅキさんを深く傷つけたあの怪人を……とっちめたい」
「……俺たちだけで突っ込んでも十中八九無理だぞ、その上でどうするアプリコット」

否定はしないで、あたしに問いかけるビドーの拳には力が入っていた。
あたしも握った手を固くしながら、彼に考えを伝える。

「まず<シザークロス>のみんなと合流しよう。諦めていないのは、あたしだけじゃないとあたしは信じているから」

「同意見だ」と言った彼が、少しだけ微笑んだ。
面を喰らっていると、ビドーはあたしにアサヒお姉さんを託す。
抱きかかえると、色んな意味で重みを感じた。
でも同時に、ちょっとだけ頼ってもらえたのかなと、認めてもらえたのかなとも、思えた。

何ができるのかは分からないけど、もがけるだけもがこうとあたしたちは動く。
ビドーがユウヅキさんに肩を貸し、あたしはアサヒお姉さんを抱えてみんなと鬱蒼とする森の中を歩き始めた。


このままでは、終わらせてたまるか。









第一部、閉幕。
第二部へつづく。


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