マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1710] 第十七話 怒りの沼から抜け出して 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/03/01(Tue) 21:01:12   9clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ギラティナの遺跡が浮上するという衝撃的な出来事からしばらく。
ごたごたしている内にブリムオンと一緒に戦っていたあたしは【オウマガ】の町に取り残されていた。
黒い雲がヒンメルじゅうを覆って、ちょいちょい謎の怪人には携帯端末を乗っ取られ映像を見せられ、ざわざわする町の人やポケモンの考えている声がうるさく聞こえて……ああもう、うんざり。
サク様もレインもどっか行っちゃうからどうすればいいのか分からないし、あのヘアバンドチビや暑苦しいカウボーイハットも退散していなくなったから戦う相手も別にいないし。
かといって誰かと合流したいとも思えないし……一体、どうしろって言うの。

とりあえずやることもないので、ギャロップに乗って町の様子を探る。
町のやつらは、あの怪人のいいなりになってポケモンを捕まえに行っていて少なかった。
<ダスク>で似たようなことをやっていたとはいえど、その光景は何だかとても嫌な感じがした。
すれ違う人々はあたしのことを見て、道を開けるように避ける。
今は怪人様で持ち切りだけど、あたしもヒンメルじゃ有名人な方だったから、そういう態度には……ムカつくけど慣れていた。
結局居所が悪いから、また誰もいない大穴の空いた遺跡跡地にやってくる。
曇り空を見上げてため息を吐く。日の光が遮断されているせいか心なしか涼しい。ギャロップの体温が温かく感じる。

突然ギャロップがいななく。つられて警戒を強めて周囲を探る。
すると背後に、映像で見たことのある白いアイツが立っていた。
速攻でギャロップに『サイコカッター』を放たせるも、その刃は奴の足元にいたマネネが作った壁で届かない。
盛大に舌打ちしていると、奴は「別に戦いに来たわけではない」と嘆息した。
敵意は感じられない。けど嫌な直感が逃げろと通告している。でも……何故だか動けないあたしがいた。

「アンタは、復讐者のええとクロイなんとか……」
「クロイゼルング。クロイゼルでもいい」
「……どうでもいいけど、何の用?」

どうせロクでもないこと考えているんでしょ。そう思って思考を覗き見ようとしたら、何故かうまく力が使えなかった。
動揺しているところに入って来た言葉は、意外な言葉だった。

「君の力を借りたい。メイ」
「嫌。復讐なら手伝わない」

反射的に即答を突き返すと「意外だ」とクロイゼルがぼやく。それからアイツはあたしの触れられたくない部分をずけずけと言いぬいて来た。

「自分の存在で<エレメンツ>から、ヒンメルから一族ごと存在を抹消され、その一族からも追放された君なら、復讐は望むところだと思ったが、見当違いだったか」
「…………見当違いだっつーの。あたしはね、サク様に忠誠を誓っているの。彼の力になって助けるために、そんな面倒くさい復讐なんてやっているヒマはないの!」
「忠誠、か……忠誠、ね……まったくもって滑稽だ」
「何が可笑しい?」

聞き捨てならない言葉に、思わず食いついてしまう。
それが罠だと気づいた時には遅かった。

「いや、忠誠を誓っている割にはあっさり死地に見送るものだなと」
「あたしには……止められない。できるのは、この力で手助けするくらい」
「死ぬ手助けを?」
「……あの人が望む未来への、よ」
「そうか……可哀そうに」
「可哀そう?」
「そのサクが、ユウヅキがアサヒと共に僕の前から逃げたから……君は置いて行かれたのだなと思ってね」

一瞬の動揺を、付け込まれる。
感情の中にできていたヒビは。ほつれは、どんどん広がっていく。

「別に、アサヒと一緒に居ることはサク様がずっと望んでいたことだし」
「ああそうだな」
「あたしは置いて行っても大丈夫って判断したのかもしれないし」
「そうかもしれない」
「だから! あたしが! 気にすることなんて……?!」

気が付いたら、遠くの岩の一部が抉れていた。
その次は地面。次々と穴が開いていく。
そのすべてが自分の力が起こしていることを把握したときには、もう止められる状態じゃなかった。
ギャロップも止めようとしてくれるけど、ブリムオンもボールから出て抑えようとしてくれるけど、止まらない。抑えられ、ない!

「何これ……ちょっと! ねえ待って! あたしに……あたしに何をした?!」
「なに、君の感情を暴発させてリミッターをちょっと解除しただけだ」
「?! っ〜〜!!!」
「そんなに抑えなくてもいい。君はその力で忌み嫌われてきた。それに耐えてきた。のけ者にされるのが怖いのなら――――逆に支配してしまえばいい」
「ちがっ、あたしは、そんなこと、望んでなんか――――!!」

ショートしそうなほどに熱い頭を抱え、帽子でその呪いの言葉を聞かないように塞いでも、言葉はどんどん反すうしていく。

「その力があれば」

その力があれば?

「サクだって思いのままじゃないのか」

思いの、まま?

「ずっと一緒に居られるんじゃないか?」

ずっと、一緒に、居られる??

……違う。
違う違う違う違うちがうちがうちがうちがうそんなことそんなものそんな願いあたしなんかが望んじゃいけない。
いけない、のに……!
やめろ。考えさせないで。やめろ、やめろ。
やめて!!!!

「――――メイ。君の力を使わせてもらう」

迫りくる“手”から逃げられない。

イヤだ。誰か。ギャロップ、ブリムオン、レイン、サク様。
誰でもいいから助けて。
あたしを、止めて――――――――


…………次に気が付いた時には、辺り一帯の穴が増えていて、恐る恐る周りを見渡す。
すると、倒れて転がっているポケモンが二体いた。見覚えのあるその子たちは力なく倒れている。
確認するまでもない。ギャロップと、ブリムオンだった。
意識が飛んでいた時、何をしてしまっていたのかを、想像してしまう。
心が折れていくごとに、あたしの頭の中に響く声が大きくなる。

(君はもう、力を制御できない)
――暴走。暴発、暴虐の限りを尽くす化け物。
(君を止められるのは、僕だけだ)
――他の者に止めてと願えば、その者が傷つくばかり。
(君の力は、僕が借り受ける。だから君は)

頭を触られ、囁かれる。すると意識が暗闇に引きずり込まれていく。

「深く、深く……安心して眠りについて夢でも見るといい」

記憶が途切れる前に最後に見たのは、冷徹な顔のクロイゼルだった。


「――――いつまでも逃げられると思うなよ、ユウヅキ。君にはまだブラウのツケを払ってもらう」


***************************


ネゴシさんに拾われ、助けられたあたしとライカは、時間の許す限り休んでいた。
ユウヅキさんのリーフィアを追いかけなければと思ってはいたけど、体が動かなかった。
攫われて助けられて洞窟登って森歩いて地下道行ってライブやって防衛戦やって、へとへとだったのはある。むしろその状態でよく今まで動けていたなとすら思う。
でも忙しさを忘れるひと時だからこそ、色々考えちゃうこともあった。

壊されたアジト。画面越しのお父さんお母さん。追い詰められているアサヒお姉さんやユウヅキさん。ふたりを助けようとしているビドー。
そしてクロイゼルへの憎しみと、怒り。
今までの自分が抱いたことのないこの感情にあたしは戸惑っていた。
唇を噛んで唸っていると、ノートパソコンとにらめっこしつつキーボードを叩いていたネゴシさんにいさめられる。

「何があったかは知らないけど、怒ってばかりだとせっかくのべっぴんさんが台無しよ、アプリコットちゃん。ライカちゃんも不安がっている」
「うう……ゴメン、ライカ……でも怒らずにはいられないよ……」
「落ち着きなさいな。感情に呑み込まれているとね、良いように使われてしまうわよ?」

誰に、とは言わないネゴシさん。でもその言葉だけでもネゴシさんが色々経験していそうな感じはあった。さばさばしたように見えるネゴシさんだけど、結構あたしとライカに気を使っているようだった。
現に「冷静さを保つ努力をしてくれるのなら……愚痴ぐらい付き合うわよん?」と、あたしの抱えている感情を聞いてくれようとする。ネゴシさんの手持ちのトリトドン、トートも首をこちらに向け、あたしたちが話すのをじっと待ってくれる。
ちょっとだけ迷ったけど、遠慮なく甘えて気持ちの整理を手伝ってもらった。

「と言っても……どこから話したらいいのか、分からないけど……うーん」
「一個ずつ挙げてみたら?」
「うん……そうだね。まず、あたしは、その……とあるグループに所属していて」
「義賊団<シザークロス>よね」
「……知っているかー……」
「そりゃ、マイナーでもバンドのボーカルは結構憶えられているものよ。それに……リストの先頭に指名されていれば、意識しちゃうわ」
「そうだよね……それで、<シザークロス>のアジトが壊されたんだ」
「あらま……」
「今思うとあたし、アジトに直接手を下したポケモンには、あんまり怒ってはいないみたい。その子もなんか無理やりアイツに従わされている感じだったし」

そう。ユウヅキさんのリーフィアに対して怒りは湧いてはいない。むしろ、早く解放してあげたいと思っている。イグサさんたちも追ってくれているとはいえ、こんなところでグズグズしている場合じゃない……。
立ち上がろうとすると、一言「焦らないの」と言われ、渋々座り直す。
すると、ネゴシさんは奇妙な質問をしてきた。

「アプリコットちゃん。怪人クロイゼルングのこと、やっぱり憎いわよね」

憎いかどうか。その答えはもう出ている。けれどあたしは言葉を濁して、返事してしまう。

「クロイゼルには怒っている。たぶん憎い……んだと思う」
「うん。じゃあ、どうしたい?」
「……とっちめたい」
「それはー、どんな風に? 思い切り殴ってボコボコにしたい?」
「…………ちょっと、違う、かも」

自分の口から出た「違う」という言葉に、驚きを隠せない。とっちめたい気持ちは確かにあるんだけど……あたしが、もしくはライカが暴力をふるっている姿はあまり想像したくなかった。

「でもアイツをとっちめて欲しい気持ちはあって、けど自分たちでは手を汚したくない……いやだな……卑怯だ、あたし」
「そう? わりとそういう想いを持っている人は多いんじゃない?」
「それでも! ……それでも多いからって、なすりつけみたいなのは、あたしは嫌だ」
「正義感かどうかは分からないけど、損な性格ね。わたくしは嫌いじゃないけど」
「……ネゴシさんは、どうなの? クロイゼルのこと」

だいぶ肩をもっているみたいだけど……どう思っているのだろう。そういう意図も含めて尋ねてみると、ネゴシさんは慎重に言葉を紡ぐ。

「厄介だとは思っている。でも話が通じない相手ではないとも、思っているわ」
「話? 話し合うってこと?」
「そうよ。解りあえなくってもまず話してみなきゃ、相手のこと分からないでしょう?」

あたしには浮かばなかった発想を気づかされると同時に、もしかすると自分自身がだいぶ危うい感じになっていたのかもとも思う。
実際話してみたと言えば、以前は目の敵にしていたビドーのこと、知っていくにつれだんだんその人となりが少しは分かったような気持ちになっている。勘違いかもしれないけど、昔のような目線で今の彼を見ていないのは、確かだった。
でもそれが、クロイゼルにも通じることなのか、正直今のあたしでは、分からない。

「会話が通じれば、内容次第じゃ交渉の余地があると思いたいし……ね。そのために情報が欲しいのよ、わたくしは」
「ネゴシさん……なんていうか、その」
「変わっているわよね」
「ううん、なんだろう。上手く言えないけど、そういう考え方できるの、何だかすごいっていうか……何だろう、どう言えばいいんだろう」
「ええっと……無理に言わなくてもいいわよ? でもありがとう」

ちょっと照れているのか、そっぽを向くネゴシさん。
どうすればそんな考え方できるのだろう。そう思ってあたしも色々考えてみようとするけど、唸る結果に終わる。ライカも一緒に唸ってくれた。

「ううーあたしには、ネゴシさんみたく考えるのはまだ難しそう。まだ頭の中ぐちゃぐちゃだ」
「わたくしが冷たいだけよ。自分の大事な者人質に取られて、その上住処壊されてすぐに相手がどうしてこんなことしたのかなんて、考えられる方がお姉さんちょっと恐ろしいわ」
「そうなんだ……あ、情報いるんだよね、ちょっとだけなら聞いたから手伝えるかも」
「……詳しくお願いするわ」

アサヒお姉さんやユウヅキさんから聞いたクロイゼルの話を、覚えている限りネゴシさんに伝える。
正直、こうして何かしている方が、気が紛れていた。
でも、どこかでこの憎しみとは向き合わなければいけない。そんな予感もしている。
それがいつになるかは分からないけど、今はただ情報共有に没頭していた。


***************************


「…………なるほど、情報ありがとうアプリコットちゃん。助かるわ。っと、そろそろ協力者の子が帰ってくるころね」
「協力者?」
「まあざっくり言って、情報共有している相手ね。アプリコットちゃんを止めたのも彼よ」
「ああー……お礼、言わないとね……」
「別にいいんじゃない。あの子も貴方を結構雑に止めているし。じゃ、ちょっと外に出てくるわね」
「う、うん……」

ネゴシさんはトートを連れて外に出る。残されたあたしとライカは自分の携帯端末を確認した。
……メッセージも留守電もめちゃめちゃ入っていた。ネゴシさんたちの前でもいいからもう少し早く確認すべきだったかも……。
というかやっぱり、連絡するにもここがどこなのか確認する必要がある。
別に中で待っていてとは言われていないし、お礼も言わなきゃいけないから、いいよね?
なんとなく恐る恐る、テントの入り口の布をちょっと開けて、あたしは外の様子を覗き見た。


――――なんとなく匂っていた土、っていうか泥の匂いが一気に鼻につく。
隙間から見る景色は、沼地が広がっていた。

(ヒンメル地方で沼地って言うと……【クロハエの沼】かな?)

アジトのあった【アンヤの森】から東に行ったところだった気がする。
念のため端末で地図を確認する。どうやらあっているみたいだった。

森からはそこまで遠くはないけど、ジュウモンジ親分たちも移動しているかもしれない。
とにもかくにも連絡を……と思ってメッセージ機能を起動しようとしたとき。
すぐ隣の垂れ幕がばっと上げられる。

「…………」

思考も身体もフリーズした。
やましいことはしていないし危険はたぶんないとは思っていたけど、いきなりのことでとても驚いていた。
何故か内側のライカの方に助けを求めて向いてしまう。するとライカはきょとんとしていた。

「ちょっと! 女の子が中に居るのに声掛けもせずに開けないのっ!」
「……すまない」

遠くから叱るネゴシさんの声と、背後から男の人の反省している声が聞こえる。
聞き覚えのあるよう声とライカの警戒の無さを信じて振り返ると、そこには。

「ドンカラスの『ふいうち』で荒っぽく止めてしまったが……ケガはなかっただろうか。アプリコット」
「え、ハジメお兄さん?!」

金髪のソフトリーゼントに丸グラサンの、忘れようもない印象のハジメお兄さんがそこに居た。


***************************


見知った顔に、ちょっとだけ安心してしまう。ネゴシさんは悪い人ではなさそう……だけど、やっぱり緊張してしまうところもあったから……。
ハジメお兄さんとは、マツを託して以来ちょくちょく縁があるな……。
マツと言えばそうだ、伝えないといけないことがあったんだ。

「ハジメお兄さん、今レンタルポケモンのシステムがクロイゼルに乗っ取られているみたい……マツは大丈夫だった!?」
「……この通りだ」

彼はモンスターボールから、ゲッコウガに進化していたマツを出す。
マツは異変もなく、落ち着いていた。ライカとも挨拶を交わしている。

「無事そうで良かったあ……進化もおめでとう」
「ありがとう。そちらもピカチュウから進化したのだろうか、おめでとう」
「ありがと。それと、止めてくれたことも」
「一応、どういたしましてと言うべきだろうか」

やや気まずそうにしているハジメお兄さんに何て声をかければいいのか分からないでいると、ネゴシさんが話題を切り替えてくれた。

「で、ハジメちゃん。そちらの様子はどうだったの?」
「……決して良い状態ではないだろうな。もう“ポケモン保護区制度”なんてあったものではない。各地でポケモンたちか乱獲されている」
「良くないわね。ポケモンにとっても、人にとっても……<ダスク>は?」
「ヤミナベ・ユウヅキとヨアケ・アサヒを捜して吊し上げにしようとしている連中と、慎重に状況を見定めようとしている一部、それから俺を含めた離反者が続々、と言ったところだろうか」
「……話が通じそうなのはいた?」
「いるにはいるが、<ダスク>という集団はもうバラバラだ。だから集団単位で話が通じるとは思いにくい」

……次々と話を進めていく二人の会話内容に、軽く衝撃を受けていた。
いやでもたぶん、これはきっと序の口だ。もっとこれから先混乱は酷くなっていくかもしれない。
そんな中でも、少なくともあたしは、アサヒお姉さんとユウヅキさんの無事を祈り続けたいと思った。

そのためにはまず、ハジメお兄さんに確認を取らないと。

「ハジメお兄さん」
「どうしたのだろうか」

じっと視線を向けると、彼はサングラス越しの青い瞳を向け返してくる。
威圧感はないけど、どこか鋭いこの視線を逸らさないように捉えて、あたしは尋ねる。

「貴方は<ダスク>から離反したって言ったけど、それでも今、彼らのことどう思っているの? そして、これからどう動こうと思うの?」

決して信頼していないわけではない。でもハジメお兄さんのスタンスをどうしても聞きたかった。
……それと同時に、ネゴシさんに話したのはやっぱり早計だったかもしれないと一気に不安になってくる。
そんなあたしの心境を知ってか知らないかは分からないけど、ハジメお兄さんは「安心しろ」と言った。

「<ダスク>はあくまでユウヅキが責任を取るのに協力するという集まり。彼個人に全部押し付けようとするつもりは俺には無い。そして、ポケモンたちをこういう形で捕まえる気も、断じてない」
「ハジメお兄さん……」
「密猟はしていたが、乱獲を正当化するのはもうやりすぎだろう。それに、たとえユウヅキが投げたとしていても、それまでの間<ダスク>で彼のしてきた地道な償いの積み重ねは変わらない」
「…………つまり」
「安心しろと言っただろう。少なくとも俺と、そこのネゴシさんは味方寄りだ」

ほっと胸をなでおろすあたしに、ネゴシさんがウィンクした。トリトドンのトートもウィンクしようとして失敗していた。

「そういうこと。<シザークロス>が二人を匿っているのなら、協力できるかもしれないわ。もっともっと情報共有しましょう?」
「……うん!」

ネゴシさんの差し伸べる手を取り、握手を交わす。
その後、ジュウモンジ親分にメッセージを送り、いったん【クロハエの沼】まで来てもらうことになった。
今更ながらみんなに十中八九叱られるなと思うと、ちょっとだけどきどきしていた。


***************************


<シザークロス>のみんなを待っている間に、それは起きた。
ハジメお兄さんは「迎えに行かなければならない者たちがいる」と言ってドンカラスにつかまり飛んで行って、ネゴシさんはまたノートパソコンと睨めっこしている最中。
ライカと遠くの景色を眺めていると、異変が起こる。

「?」

沼地の隣の林が、ざわついていた。それはだんだんとこちらに近づいていた。
やがて林を抜けて、沼地に彼らは駆け込む。
彼ら――――イグサさんとランプラーのローレンスは、メタモン方のシトリーを庇いながら、ユウヅキさんのリーフィアと相対していた。
リーフィアが、林の木々を切り倒しまくって暴れている。

「イグサさんっ」
「! アプリコット、ライカ。悪いが、加勢を。僕とローレンスだけでは、手加減しながらだと難しいようだ」
「分かった! 行くよ、ライカ! イグサさん、シールの位置は?」

首を横に振り、「リーフィアを操るシールは、もうはがした」と返すイグサさん。
じゃあ、なんでまだ暴れているのだろう……? そう疑問に思うあたしに、イグサさんは推測を述べる。

「恐らくだけど、怒り狂って暴れているんだと思う。色々あったからタガが外れて、自分自身が傷つくのもお構いなしで周りのものに当たっているように見える」
「それって……」

怒り狂っている様はまるで、ちょっと前のあたしたちみたいだった。
もしかしたら、止めてもらえてなかったらあたしもライカとそうなっていたのかもしれない。
それに何より、怒るのは後でとても疲れる。しんどい。お腹もすく。悲しくなる。
ただでさえ一昨日から操られていたのだから、もっと辛いはずだ。

「――――止めてあげなきゃ」
「怒りの炎は簡単には消せない。でもだからこそ、静める必要がある」
「そうだね」

じりじりと鼻息荒く警戒心むき出しでリーフィアはこちらに近づいて来る。
よく見ると疲弊しているイグサさん。ローレンスもランプの中の炎が弱っている。
こちらが数では多いって言っても、すぐにも崩れそうな均衡だった。

緊張状態を勢いよく破り、跳びかかってくるリーフィア。
火事場の馬鹿力か、結構早い……!
ライカに『サイコキネシス』の指示を出すも、間に合うかどうか微妙なタイミングで――――背後から通り抜けた『ねっとう』がリーフィアを怯ませた。
思わず振り向くと、トリトドンのトートと、ネゴシさんが構えていた。

「イグサちゃん、だっけ。さっきの言葉、お姉さん好きよ――――リーフィアを止めればいいのよね。だったらわたくしも力になれると思うわ」
「……誰だか知らないけど、頼んだ」
「ネゴシ、よ。さあ、ちゃちゃっと行きましょう、アプリコットちゃん! イグサちゃん!」
「わかった!」

手を組んだあたしたちは、リーフィアを止めるために動いた。
今度こそ、冷静に貴方を、止めて見せる……!


***************************


リーフィアが犬歯をむき出しにして気流の球、『ウェザーボール』を乱射してくる。
狙われたネゴシさんが「ちょっとだけ時間頂戴!」と言ってトリトドン、トートに何か指示を出すので、とっさにイグサさんとあたしたちでカバーに入った。

「ライカ、『エレキネット』で防いで!」
「『かえんほうしゃ』で続け、ローレンス」

弾けた泥水を巻き込む『ウェザーボール』を、着実にライチュウ、ライカの電気の網とランプラーのローレンスが放った火炎で落としていく。
遠距離戦では分が悪いと思ったのか、リーフィアは『リーフブレード』で切り込んできた。
さっき見たあの切れ味は当たると危険だ。なんとか、かわす方向で動きたいけど……。

「お・ま・た・せ! トート、受け止めちゃって!」
「えっ?!」

トリトドンは水・地面タイプは草タイプの『リーフブレード』にどちらも不利になってしまう。それを真正面から受け止めるってまずいんじゃ……?
意外とスピードを出しながら突撃するトリトドンに、リーフィアの強靭な刃が襲い掛かる。
制止しようとしていたあたしは、次の光景に驚愕する。
リーフィアが振り下ろしたリーフブレードが、トリトドンの身体に触れ……滑った。
よく見ると、トリトドンの身体はどろっどろになっていた。

「溶けている!?」
「その通り! 稼いでくれた時間で『とける』いっぱいさせてもらったわよ」
「防御力を上げたのか……だけど『リーフブレード』が急所に当たったらまずいんじゃない?」

イグサさんの指摘はもっともだった。ただでさえ『リーフブレード』は急所を捕らえやすい技だったはず。ああああ、ひやひやする……!

「大丈夫よ」
「ネゴシさん、どこが……?」
「うちのトートは自分の急所くらい把握しているわ。それに……もうリーフィアに切れ味は無いから」

確かに、トリトドンを切り刻もうとするリーフィアの斬撃の鋭さが無くなっている気がする。動けば、動くほどしんどそうだ。
その原因は……そうか、さっきの。

「『ねっとう』を浴びて、火傷で思うように動けないんだ」
「アタリ。仕上げよトート、『じこさいせい』!」

削られた体力を『じこさいせい』で持ち直すトリトドン。もうここまでくると完封に見えた。
もっともそれは、これがシングルバトルだった場合で、そうでないことを少しだけ失念して、油断してしまっていた。

「……ネゴシ、アプリコット、まだ終わっていない!」

イグサさんの警告で一気に緊張を取り戻す。
リーフィアの尾が光に包まれ、その光が煌々と立ち昇っていた。曇っていて時間こそかかっているけど、その光は確実に大きくなっていく。

「来る、『ソーラーブレード』だ!!」

広範囲を叩き切ろうとする軌跡を描く、『ソーラーブレード』。
その滅多切りが、あたしたちを無差別に襲う……!
反射的にあたしは距離を取ろうとした。けど、それは失敗だった。

「しまっ――――!?」

ぬかるみに、足を突っ込んでしまい身動きが取れなくなる。
混乱していると目の前にライカが、庇うように飛んでくる。
一瞬を見逃さずに振り下ろされる『リーフブレード』。
あたしの頭は、真っ白になってしまっていた。

脳裏に、『アプリちゃん、まだライカは諦めてないよ!』って前にアサヒお姉さんにかけてもらった言葉がよぎる。
でも、この時のあたしは、あたしは。
動けなかった……!
諦めて、しまった……。

目蓋を閉じて、目の前が真っ暗になる。
……でも、いつまで経っても、斬撃はあたしを襲わなかった。

「……大丈夫か?」

その不安そうな声でハッとなり、視界に色が戻る。
ライカとあたしを守るように立っていたのは、白いドレスを着たようなポケモン、サーナイトと黒いスーツの背姿のあの人、ユウヅキさんだった。
リーフィアの『ソーラーブレード』をサーナイトが『サイコキネシス』で白刃取りしていた。

刃を受け止められて、身動きが取れなくなったリーフィアは、トレーナーのユウヅキさんに向かって吠える。
その声は威嚇、と言うよりは文句を言っているようにも見えた。

「リーフィア」

ユウヅキさんが、一歩一歩リーフィアに歩み寄る。
後ずさりしようとするも、サーナイトに動きを封じられているリーフィア。
徐々に弱まっていく吠え越えは、鳴き声へと、泣き声へと変わっていく。
そして、疲れ切って倒れるリーフィアをユウヅキさんは抱き留めた。

「遅くなった。不甲斐なくてすまない。文句は後で聞くから、今は休んでくれ……」

彼の腕に抱かれたリーフィアは、泣き疲れて静かに眠りについた。


***************************


ユウヅキさんのリーフィアの手当をして、テントで休ませる。
イグサさんたちも疲れていたのをネゴシさんに見抜かれて無理やり休憩させられていた。
文句を言いたそうにしているイグサさん。たぶんシトりんのところにメタモンのシトリーを早く連れ帰ってあげたかったんだと思う。
この件は一件落着、でいいのかな。と今度こそ安心していたら、ユウヅキさんとサーナイトが全員にお礼を言って回っていたらしく、あたしとライカのところにもやって来ていた。

「ありがとうアプリコット、ライカ。リーフィアを止めようとしてくれて」
「うん、どういたしまして……あんまり力にはなれなかったけどね。助けられちゃったし」
「……助けられているのはこちらだ」

少しだけ強めの口調に、あたしもライカも目を丸くする。ユウヅキさんは不思議そうに続ける。

「俺もアサヒも、アプリコットやライカにだいぶ助けられている。それはこのくらいで返せるものじゃない」

さも当然そうに言い切るユウヅキさんに、失礼だけど堪えられずに思わず笑ってしまった。
ますます困惑するユウヅキさんに謝りつつ、あたしは反論を返す。

「助けてもらえるのはありがたいけど、あたしが返して欲しいとしたら、それは貴方たちの幸せそうな姿だけだよ」
「幸せ……?」
「そう、こう思わず見ているこっちまで温かくなるようなのをお願い」
「返せるだろうか……?」
「そこまで真剣に悩まないでいいからっ」

真面目に考え込むユウヅキさんにライカは呆れ果てて、サーナイトもクスクスと微笑んでいた。
目が覚めたリーフィアのお腹の音がテント中に響き渡る。明らかに不機嫌そうなリーフィアに、ネゴシさんが「ご飯の用意、しましょうか」と提案した。
その時ちょうど、ビドー、アサヒお姉さんを抱えたシトりん。それからジュウモンジ親分たちみんなが沼地にたどり着いたので、わりとてんやわんやな昼ご飯になった。


***************************


ジュウモンジ親分には、ドスのきいた声で「反省しているなら、それ以上は何も言わねえ」と言われ、他の皆には無事でよかったと声をかけられて、ほっとするよりも胸が痛んだ。怒られるよりもきつい。本気で反省しようと思った。

凹んでいると、食事の席でたまたま隣り合ったビドーが主にユウヅキさんへの文句を口にしてルカリオに面倒そうな視線を向けられていた。

「……ったく、ヤミナベの野郎、お前の居場所分かるなりいきなりサーナイトと『テレポート』で迎えに行くとか飛び出していきやがったんだぞ、アイツ……ヨアケもヨアケで久々に見たけど彼らしいってぼやくし……」
「ユウヅキさんが来なかったらあたし危なかったけどね……確かに危なっかしいよね、あの人」
「後先考えてないって感じがするぞ……」
「それを言われるとあたしも今回他人のことは言えないから…………その、単独先行してごめんなさい」

なんとなく言えてなかった謝罪の言葉を口にすると、ビドーは予想外の言葉を返す。

「まあ……あれだ。大事なモノ壊されてかっとなったんだろ。そうなることは誰でもあるだろ」
「…………なんで怒らないの?」
「怒ってはいる。けど別に、責めることでもない。それとも、もっとなじってくるとでも思ったのか?」
「わりと思っていた」
「あのなあ……」

大きくため息をついた後、ビドーは紙コップに入ったコーヒーぐいと飲み干して、空の底を見つめながら呟く。

「俺にも昔、『闇隠し』以外で似たようなことがあった」
「……その話、聞いてもいい?」
「まあ、いいぞ」

ビドー曰く。『闇隠し事件』の後、独りで過ごしていた彼は、家にあった自分の名前の由来になった花木“オリヴィエ”を、忍び込んだ盗人の連れていたポケモンに焼かれてしまったらしい。
それ以来彼はずっと、ビドーと名乗って、下の名前オリヴィエと呼ばれることを嫌がるようになった。その出来事を思い出してしまうから、なるべく他の人を苗字で呼んだりしているみたい。
まだアサヒお姉さんのこともヨアケと呼び、ユウヅキさんのこともヤミナベと呼び続けるのは、単純に踏ん切りがつかないのときっかけがつかめていないからと、彼は言う。

「その件以来、他者から奪う奴らをより強く憎んでいた。大事なもの守れなかった自分も呪った。そういう気持ちはまだわかる。だが……」
「だが?」
「悪いが、今でも奪う側の<義賊団シザークロス>を許容してはいない。これだけは譲れないんだ。けどな……同時にお前のファンでもある。これは一体何なんだろうな」

乾いた笑いを浮かべるビドーに、あたしの気持ちを理解しようと自分のきつかった過去を打ち明けてくれた彼に、あたしは一つ裏話をしようと心に決めた。

「“譲れぬ道を踏みしめて”。あの歌の歌詞、実は貴方を意識して作ったんだ」

それまで無言で食べていたライカがむせた。
目を見開いて驚く彼とどこか納得していそうなルカリオに、誤解のないように説明する。

「貴方が顔合わすたびに、あたしたちの邪魔っていうか、阻止? してきた時あったじゃん」
「あ、ああ」
「その時の貴方に、めちゃめちゃ否定されまくって、悔しくて……でもめげずに負けてたまるかー! って、そういう対抗意識で……生まれましたあの歌は」
「そんなバックボーンが……」
「でも今になって、思った。譲れないのはお互い様だって。あたしはあたしの居場所だった<義賊団シザークロス>が好き。解散してなくなったとしても、貴方や他の人に認められなくても、そこだけは譲れない」
「アプリコット……」
「あたしも譲らない。でも今の貴方は嫌いじゃない。だから……ビドーもファンでいてくれても、大事なところは譲らなくていいと思う。解りあえなくていいと、あたしは思う」
「解りあえなくても、か……それでも、いいのか」
「それでもいいんだよ、少なくともあたしたちは……そしてあのクロイゼルにでさえも、譲れないものあるんだろうね」

話して気持ちが整理したのか、ついそう零してしまった。
でもビドーは、特に注意するわけでもなく「ないわけはないだろうな」と共感を返してくれた。

ここで考えてもクロイゼルの凶行は止まってはくれないのは分かっていた。
アイツのしたことを理解できないままだと、あたしはまた暴走してしまうのも分かっていた。
でも、どうすればいいのかだけは、いまだにわからない。
だからあたしだけじゃ、到底思いつけないことを自覚するところから始めようと思った。


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午後、ハジメお兄さんが戻って来た。その中のメンバーに、ココチヨお姉さんとカツミ君とリッカちゃんのちびっこ二人組とコダックも居た。
ココチヨお姉さんとミミッキュのコンビを見知っている面々は、「料理戦力キタコレ!」とすごく歓迎していた。
カツミ君はこの間と比べて顔色は回復していたけど、無理はさせ過ぎないようにと注意していたけど、リッカちゃん共々<シザークロス>の面々に可愛がられ遠巻きのハジメお兄さんにじっと見られていた。(そのあとストレスのたまったコダックのコックに何名か『ねんりき』で吹っ飛ばされていた)

ビドーはハジメお兄さんがリッカちゃんをしっかり連れて来たことに対して好感を持った様子。テリーはちびっこ二人を見て色々と思うところがあったようで静かに闘志を燃やしていた。
ハジメお兄さんやココチヨさんたちもアサヒお姉さんの現状を知って驚く。戸惑いを隠せなさそうだった。アサヒお姉さんは地味にショックを受けているのを苦笑の声でごまかしている。
そして、ハジメお兄さんとココチヨお姉さんとユウヅキさん。

「…………」
「えっと」
「…………」
「その、二人とも」
「…………」
「おーい」
「…………」
「た、助けてミミッキュ……ヘルプ、アサヒさん……」
『こらっ! ココさん困らせないの、二人とも!』

とまあ、こんな感じで三人とも気まずそうにしていた。
案の定と言うか、先に謝り始めたのはユウヅキさんで、それに対して事情を聞いたハジメお兄さんも、なんと謝る。

「俺もサク……いや、ユウヅキ。お前にばかり身体を張らせてすまなかった」
「……ハジメ。できれば、今度こそ、事態の解決に力を貸してくれないか」
「それに対する返答はすでに用意してある……覚悟の上だ、いいだろう」

そうやって今度こそ対等な協力関係を結んだ二人を眺めて、<シザークロス>のみんなからひょっこり逃げて来たカツミ君が、ココチヨお姉さんとアサヒお姉さんに「ハジメ兄ちゃんもサク兄ちゃ……ユウヅキ兄ちゃん? も、よかったね」と口元に笑みを浮かべ小声で囁いた。


束の間の休息と久々の歓談を終え。
アサヒお姉さん、ビドー、ユウヅキさん、ジュウモンジ親分、ハジメお兄さん、あたし、ネゴシさん、イグサさんの計8名で、今後の方針についての話し合いが行われることになった。


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進行をしてくれたのはネゴシさん。前に立って、真面目モードで、テキパキと話を進めていく。

「お初にお目にかかる方は、初めまして、わたくし、ネゴシと申します。ハジメちゃんとよく手を組んでいる交渉人よ。今回は縁あってここに協力体制を築こうとしている皆さんのお力に少しでもと名乗り出ました」

現在揃っているのは、解散予定の<シザークロス>メンバーと、<ダスク>の離反者であるメンバー、そしてアサヒお姉さんたちとイグサさんたちとネゴシさん。
わりと、派閥が違って人数が多いということが初めてだったので、どうまとまるのか不安なところもあった。だからネゴシさんいてくれてよかった……とあたしは心の中で思っていた。

「まず、事前にそれぞれ今後どう対応していくべきかの意見を聞かせてまとめていただきました、即席だけど、これがその資料よ」

それぞれの携帯端末にテキストデータが送信されてくる。アサヒお姉さんはユウヅキさんと一緒に、それ以外は個々でその文面を読んでいく。

「簡単に言うと、クロイゼルに立ち向かい、そして『闇隠し事件』の被害者を取り戻し、野望を阻止するというのは、全員共通でした。具体的な方針の意見もだいたいは同じでしたが、細かい部分で分かれていました」

ハジメお兄さんが、気づいた点を挙げる。

「…………協力を求める相手、だろうか?」
「その通り。アサヒちゃんやビドーちゃんは<エレメンツ>。ハジメちゃんやユウヅキちゃんは<ダスク>の一派。ジュウモンジとイグサちゃんは組織に属していない協力者を捜す、でした」
『みんな、自分の気心しれた相手を上げているって感じだよね……』

伏せ気味の声で呟いたアサヒお姉さんの声を、ネゴシさんは拾い上げる。

「そうなのです。その上こちらの割ける人員は限られています。でもどちらに動くか意見が割れている上、クロイゼルの出方に対する想定案が一切ない。はっきり言ってしまうと、今この場集まってしまっているのは受け身丸出しの無防備な集団です」

あくまで冷静に、でも辛口のネゴシさんにビビっていると、ネゴシさんはあたしの方に向き直った。
何かまずいことでもしたかな、と思っていたら。

「“片っ端から協力者を集めて全員で何かいい方法はないか考えるしかない。一人じゃ思いつかない”……そうおっしゃったアプリコットちゃんの方がまだギリギリ状況打開に意欲的でした」

注目の視線が集まる。これは、誉められたのだろうか……?
ユウヅキさんが凄く納得した感じで「一人で出来ることは、たかが知れている……」とあたしの意見に頷く。それにはほぼ全員が「そりゃあ……そうだろうな」と思っていたと思う。

「そうよ……もう責任者なんて存在していない一蓮托生なんだから、ある知恵ない知恵出して試すしかないの」
「……そのためには、アイツの狙いを見極めねえとな」

ジュウモンジ親分が閉ざしていた口を開く。
あたしたち<シザークロス>は結局、「やられっぱなしは性に合わない」の精神でここまで来ている。アジトも壊れちゃったし、一泡吹かせたいという想いもあった。
何より。

「ポケモンの乱獲……これの意図は、手駒を増やすだけなのか?」

あたしたち<シザークロス>的には、無理やり従わされているポケモンたちも助けたいと強く願っていた。だからこそそれをする意図が気になっていた。
クロイゼルの目的に関する情報を、アサヒお姉さんが改めて提示する。

『クロイゼルが口にしたのは、復讐とマナ……マナフィの復活』
「マナフィの魂はクロイゼルの手中にあるとするならば、この場合は肉体を求めているって感じだと思う」

彼女に続いたイグサさんは、さらに可能性を提示する。
それは、当たり前のことだけどちょっと確信に迫っている気がした。

「ポケモンを集めているってことは、何かしらの目的に使うからでは? 例えば、実験とか」

実験、という言葉に静かに、だけど強く反応したのは、ユウヅキさんだった。
アサヒお姉さんが『大丈夫?』と暗い声で励ます。
その二人の様子をビドーは見逃さない。

「二人とも何か、実験がらみであったのか?」
『私は違うけど……その』
「俺が話す……かつて、【破れた世界】を研究中に行方不明なった俺の母、ムラクモ・スバル博士。彼女は行方不明の間にクロイゼルに実験体にされていたらしい。そして今は、【スバル】の地下で意識を取り戻さずに眠り続けている」

衝撃の事実を語るユウヅキさん。彼は「やろうと思えば、やるのがクロイゼルだ。最悪目的のために使われかねない」と警鐘を鳴らす。
それは、人質の安否にもつながる案件だった。


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小休止を挟むことになって、私はリーフィアの様子を見に行ったユウヅキと一緒に居た。
リーフィアはまだへとへとで本調子ではなさそうだったけど、私と少しだけ顔を合わせて挨拶を交わしてくれる。

「……リーフィアは、“闇隠し”で仲の良かった老夫婦と引きはがされたと聞いた。森で暴れているところで出会い、取り戻すのに力を貸してくれと言って今は共にいる」
『そうだったんだ……じゃあ、悔しかっただろうね……アイツらに負けて……』

頷くリーフィア。でも、その私を見つめる瞳は、どこか見定めるような目をしていた。
そんな私たちの前にやって来たは、ネゴシさんだった。

「アサヒちゃん、ちょっといい?」
『どうされました?』

彼女は言葉を飾らずに、直球の質問を投げかけてくる。

「アサヒちゃん、マナの魂に触れた貴方なら何か知っているんじゃなくて?」
『何かって、何を?』
「動機よ。クロイゼルの」

ネゴシさん、すべてを見通しているような視線をしているな。なんて考えながら、忘れようとしてしまっていたあのマナの記憶の欠片を思い返す。
けれど、私は意地悪を言ってしまう。

『知っていたとしても、話したくないと言ったら……?』
「非常に困るわ。できれば協力してほしい」
『どうして? アイツと戦うのに、その情報は必要なんですか……?』
「……アサヒちゃん。それでは何も解決しないの、解っているでしょう?」

ずきりと、無い身体で言うなら胸が痛む感じがした。
ネゴシさんの正論は聞きたくなかった。解っているからこそ、聞きたくなかった。

「仮に彼を倒せたとしても、いずれまた仕返しの『闇隠し』が、いえそれよりもっとひどいことが起こるかもしれない」
『それ……でも……』
「恨みで立ち向かっても……恨まれるだけ。それでは連鎖は止まらない」
『それでも、私は……っ!?』

ユウヅキにぎゅっと、抱きしめられた。そして手袋越しに背中をさすられる。
触感はないけど温かくて、出ないはずの涙が出そうな気がした。

「アサヒ……もう、よそう」
『だって……だって! 私はともかく、あの敵はユウヅキの人生滅茶苦茶にしたんだよ? 捜していたお母さんあんな風にされて、私が人質に取られたせいで、心も体もボロボロになっても従う羽目になって……!』
「俺もアサヒをこんな目に合わしたクロイゼルは許せない。でもそれ以上に相手を敵と言い切るアサヒは見たくない」
『ユウヅキ……!』
「アサヒ。誰かが誰かに衝動的な暴力をふるう時、まずなんて考えると思う」
『…………わからない』
「アイツが悪い、だ」

今の私の感情と、嫌なくらい一致していた。
ユウヅキは私を抱く力をいっそう強める。そして彼は、すがるような願いを口にした。

「俺は暴力を振るわれた時、お前が悪いって、散々言われた。実際その通りだったから、何も言い返さなかった。でも、だからこそ出来れば……俺はアサヒに殴る側の人間になってほしくない……」

彼の声は、心は震えていた。その振動は、想いは、ちゃんと私にも伝わる。
…………はあ、体があったらめちゃめちゃ抱き返したい。
どうして今身体がないのか。恨めしい。
しばらく沈黙を貫いていたけど、最終的にため息をつけない代わりに思い切り『はああ……』と声を漏らし、そして私は折れた。

『ネゴシさん』
「え、あ……お邪魔して悪いわね」
『いいんです……クロイゼルは、かつて友だったブラウさんの配下が放った火にマナフィが巻き込まれて見殺しにされたこと、それからブラウさんに裏切られ何回も刺された事、そして怪人と呼ばれ続けたことの恨みを呟いていました』
「それって……」
『はい。それが、言葉も発せる状態ではなかったマナが聞いた、言質です』

とりあえずいうだけ言ってため息をまた口にすると、リーフィアがすり寄って来てくれていた。
もう気を許してくれたってことでいいのかな……? と思っていたら入るタイミングを待っていたのかビー君とアプリちゃんが申し訳なさそうにこちらを伺っていて、ネゴシさんに「覗き見は、はしたないわよ」と軽く注意されていた。


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ちょっと長くなってしまった休憩後、また話し合いを始めてしばらくたった頃。
交代で周囲を警戒している組の一人、アグ兄がクサイハナと共に慌てて駆け込んできた。

「ここを訪ねて来たハハコモリとニンフィアを連れた、ボロボロのチギヨってあんちゃんが、ビドーとアサヒに会いたいっていっている。どうする?」
「チギヨが?!」
『!! 会いに行ってもいい?』
「……いいわ。でも一つだけ。ビドーちゃん、その彼に連絡は取った?」

質問の意図に気づいたビドーは、動揺しながら首を横に振る。
少なくとも誰も、そのチギヨさんとハハコモリ、そしてニンフィアに、ビドーとアサヒお姉さんの居場所を伝えていないはず。

「そう。なら彼がここに居る意味を考えて。十二分に気をつけていってらっしゃい」

罠である危険を承知の上で、ネゴシさんは二人を送り出す。
それを見送ったあたしたちは警戒態勢を強めるために、今できる限りの対策を打ち始めた。


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急いで駆け付けると、ココチヨさんとミミッキュに手当されたあいつらは、うなされていた。
アグリが言っていたように、チギヨもハハコモリも、そしてユーリィのニンフィアもあちこち怪我をしている。

「チギヨ!!」
『みんな、大丈夫!?』
「ああ……ビドーに……アサヒさん???」
『これには色々深いわけがあって……じゃなくて、どうしたの?』
「――――ユーリィが、<ダスク>の過激派に捕まっちまった……」

ユーリィが、捕まった? 何故チギヨもこんな目に……?
状況を呑み込めていない俺に、チギヨは意識を繋ぎ留めつつ簡潔に説明をする。

「ユーリィの阿呆、我慢できずに表立ってアサヒさんを庇ったんだよ。それで連れて行かれちまった。ま……その阿呆には、俺も含まれているけどな……」
『そんな……』
「でもって……例のあの子、メイにこのことをお前たちに伝えに行かないと、ユーリィを解放してやらないって言われて、ここに転がり込んだ。結局ビドーたちを追い詰めることになって、本当にすまねえ……」
「謝るな。見捨てられなかったんだろ。にしても……場所、よくわかったな……」
「……ああ、何故かメイが知っていて……」
「ということは、他の過激派も知っているってことか」
「そう……なるだろうな……っ、悪い。とにかく、ユーリィのこと助けてやってくれ。頼む……!」

痛みに耐えながら、目蓋を閉じてチギヨは俺とヨアケに頼み込む。
俺たちが断らないのを見越して、チギヨは謝る。ハハコモリはそんなこいつに加勢し支える。
ニンフィアも涙ながらにユーリィのことを頼むと鳴いた。

『頼まれなくても……断る理由がないよ』
「同感だ。だが。ヨアケとヤミナベは、メイに引き合わせられない」
『……ビー君、もしかして独りで乗り込む気?』
「まだ考え中だ」
『絶対命を削るような無茶はダメ、だからね?』
「……そういうことはしないぞ」
『嘘』

断言するヨアケに、「そこまで言い切る理由はあるのか」と問う。それに対して彼女は「ある」と即答。
そしてその証拠を突き付ける。

『ビー君とルカリオが明らかにみんなより疲れているの、私が気づいていないとでも思った?』
「ヨアケ、お前だっていつまでその器が持つか分からなくて不安に思っているのをバレないとでも思うのか?」

お互い隠していた図星をつかれ、黙り込む。
心配の堂々巡りの中、ルカリオの入ったモンスターボールを握りながら、どうしたらいいかを考えようとする。
こういう時ユーリィが居たら、叱り飛ばして仲裁してくれたのだろうか。
俺たちはそのユーリィを助けたいのに……いい案が浮かばない。


どん詰まりに見えたその中で――――「話は聞かせてもらった」と言い、間に入ってくる者が居た。
そいつの登場に、俺とヨアケは嫌な予感しかしなかった。
彼は、ヤミナベ・ユウヅキはニンフィアの涙をぬぐい、俺たちにとてもリスキーな提案した。

「ビドー……俺を引き渡して、囮にしろ」


***************************


『馬鹿っ!!』
「できるわけないだろ馬鹿野郎!!」
「話をよく聞いてくれ二人とも……」

すごい剣幕で罵るアサヒとビドーに、俺はネゴシたちと話し合った末の考えを言った。
きっかけを作ってくれたのは、埒が明かないと判断して報告に来てくれたココチヨとミミッキュだった。

このままだと俺とアサヒを狙った者たちが、メイがここに来るのは十中八九間違いない。
追い返すことも不可能ではないかもしれないが、それではユーリィの身が危うい。チギヨが体を張ってきた意味がなくなる。
どのみちユーリィの安全を確保するには、現状打てる手は相手の要求を一度飲むしか選べない。
だったらいっそ一度俺を引き渡して、あとで救出してくれればいい。
そう説明をすると、ビドーは納得いかない様子で、俺に問いかける。

「今までの自己犠牲と何が違うんだ!」
「お前たちを、信じて頼るところが違う」
「……俺たちの救出が間に合わない可能性を考えているのか?」
「俺も全力で生き残る道を模索する……こんなこと言えた義理じゃあないが……信じてくれ」

頭を下げて、頼む。ビドーは「畜生、勝手にしろ……」と納得できないなりに了承してくれた。
彼女も沈黙の圧力で俺に怒ってくれていた。

「アサヒ。おそらくまた置いて行くことになる。許してくれ」
『許さない。だから絶対帰って来て。帰って来なかったら私はクロイゼルに暴言を吐きまくる』
「わかった……」

一蓮托生、という言葉を思い出す。俺にもしものことがあってここに集まった全員が大変な目に、アサヒが危険にさらされるのなら、絶対に死ぬわけにはいかないなとぼんやり思った。


そして追手の群の足音は、【クロハエの沼】に迫っていた。


***************************


悔しかった。
ユウヅキさんを引き渡す案が通ったのが悔しかった。
でも考える時間も猶予もなく、その時は迫る。

大きな帽子の銀髪の女、メイを筆頭に<ダスク>だったものたちは、大勢のレンタルマーク付きのポケモンを引き連れてやってくる。
でも、ポケモンも含めて全員、どこか様子が変だった。
それは先頭に立つメイにも言えた。
彼女は、力なく要求を述べる。

「先行させた男から話は聞いたな。ヨアケ・アサヒとサク……ヤミナベ・ユウヅキを引き渡せ」
「……俺なら、ここだ」

ユウヅキさんは自らのメタモンをみがわり機械人形に『へんしん』させ、前に出る。
本物のアサヒお姉さんは、シトりんの手持ちのメタモン、シトリーがうまく隠してくれている。
アサヒお姉さんがとても我慢しているのは、ビドーみたいに波導が読めなくてもひしひしと伝わっていた。
だからだろうか――――ユウヅキさんがあたしたちとメイたちの間に立ったぐらいで彼は、ビドーは前に出た。

視線を一身に受けてもなお、彼はひるまず言葉を発し要求した。


「俺も――――連れて行け」


その無謀と呼んでいいのか、勇気と呼んでもいいのか分からないビドーの一歩を、ネゴシさんがとっさに全身全霊でサポートする。

「彼も連れて行って。でなければ、わたくしたちは思い切り抵抗するわよ」
「……たったひとりだ。連れて行かねば、後悔することになるだろう」

ハジメお兄さんもマツと共に眼光で威嚇する。次々とみんな、いつでも仕掛けられるようのっかってくれる。

悔しいのは、あたしだけじゃなかった。

あたしたちを見渡して、メイは小さなため息をひとつ吐くと、ビドーの要求を呑んだ。

「…………わかった。来いチビ」
「……ああ」

ユウヅキさんがビドーに小声で謝る。ビドーは何も言わず首を横に振った。
そしてビドーは一度こちらを向くと、すぐにまたメイの元に行った。

そしてビドーは、ユウヅキさんは、メイたちに連れて行かれる。
残されたあたしたちは、絶対に救い出すことを誓いながら、その背姿を見送った。


***************************


シトりんから受け取った本物のアサヒお姉さんを抱えあげ、急いでテントへと向かう。その中に居たあの子とアサヒお姉さんにあたしは言葉をかける。

「本当によく堪えたね……アサヒお姉さん、ルカリオ」

ルカリオは、ビドーが残して行ってくれた、追跡するための戦力だった。
波導の力で、ユウヅキさんとビドーの居場所を突き止めるために、あえてルカリオは残ってくれた。

『アプリちゃん……ルカリオ……』
「三人とも必ず、必ず助け出すから……!」

言いながらも“必ず”って言葉の頼りなさを感じてしまうあたしの心を汲んでくれたのか、アサヒお姉さんは『信じているよ、アプリちゃんたちのこと』と気遣った言葉をかける。
申し訳なさに涙腺が緩みそうになる。しかしそのヒマを彼女は与えない。

『信じているけど、その時は私も連れて行って。私だって力になりたい』

それは覚悟を決めた、本気の言葉だった。
つられて腹をくくったのは、遅れてテントに入ってきたネゴシさん。

「…………いいんじゃない? どのみち貴方の警護に回せる人材の余裕もないから、戦力にカウントさせてもらおうじゃあないの」
『! よろしく、お願いします……!』

声を明るくする彼女に「やれやれだわ」とネゴシさんは呆れていた。
ルカリオがアサヒお姉さんの手を両手で掴む。
あたしも空いた方の手を繋ぐ。

そしてあたしは改めて言葉を口にする。

「必ず、一緒に助け出そう」

さっきまでとは厚みの違う、力強い言葉が出せたような気がした。










つづく。


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