マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1716] 第二十話中編 ねじれた時空と立ち塞がる神々 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/07/12(Tue) 09:02:57   13clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




少し前、【ソウキュウ】から次の世界へ移る通路に入ってすぐのこと。トロピウスに乗りながら私を抱くユウヅキが、とても思いつめた顔をしていた。
きっとユウヅキは……いや全員少なからずソテツさんを置いて行くことに抵抗があったんだと思う。
彼が私を見てあの場に残ることをためらったのは解っていた。私はそのことを責めるつもりはなかった。むしろ私こそ責められても仕方のない立場にいたと思う……。
お互い何も言えぬまま、それでも必死に前だけを向かなければと遠くの、おそらくクロイゼルの居る最終地点の透明な城塞を見つめていると、レインさんのカイリューに抱きかかえられたアプリちゃんとライカが声を上げる。

「……ダメだよ。ダメだって、このままじゃ! あたしやっぱり戻る!」
「お前、何のためにソテツが……」
「解っている! でも今のままだとみんな後ろを気にして、先の戦いに集中できないでしょ? だったら、ここはあたしたちがフォローしに行くよ……行かせて!」
「……その役割、お前たちだけで大丈夫か?」

ユウヅキがアプリちゃんを心配して声をかけるけど、アプリちゃんの方が一枚上手だった。
ソテツさんの救援に行きたがっていたユウヅキを指差し、彼女はびしっと宣言する。

「ユウヅキさんはアサヒお姉さんを守る。ビドーは波導で道を探す。そしてレインさんはレンタルシステムをぶっ壊さなきゃいけない。だったら、あたしとライカしか動けないじゃん! 大丈夫、後で必ず追いつくから!」

全員の目を順々に見ながら、「信じて任せて」と小さく祈るように言うアプリちゃん。ライチュウのライカも続けざまに鳴き声で訴えかける。
ビー君は片手で頭を掻きむしり、「だあもう!」と、がなってからアプリちゃんたちのUターンを許した。

「喉だけは特に気をつけろよ。お前の歌、まだ聞きたいんだからな!!」
「すまない……頼んだ」
「お気をつけて。先で待っています」
『アプリちゃん……ありがとう、お願い!』

私たちの声掛けに右手でVサインを作って、強い眼で応えるアプリちゃん。
ルカリオとオンバーンも「気をつけて!」と吠えてアプリちゃんたちを送り出す。
そのライチュウのライカと共に見せた彼女の背中は、とても格好良かった。

その後少しして、次の入り口が見えかけたところで、レインさんが緊張した面持ちのビー君に投げかける。

「……心配事が、増えましたか?」
「ちげえよ。アイツの行動に応えなければって思っただけだ」
「そうですね。さあ行きましょう、次の世界へ」

レインさんはふっと小さく笑って、カイリューと共に先行した。


***************************


道を辿ってやってきたのは【港町ミョウジョウ】の世界。
海そのものは相変わらず静かなままだが、港町と【イナサ遊園地】はにぎやか……つまりは騒がしくなっていた。
ルカリオとオンバーンが戦闘を担当してくれている間、俺は必死にヨアケと同じ波導の、マナの波導を手繰る。
ヤミナベにトロピウスやルカリオたちの指示を一任したが、どうにも色んなポケモンの波導が入り乱れているとやりにくい。
けど弱音は後にしなくては。先へと送り出してくれたアイツらに申し訳が立たない。
だから今はただ集中しなくては……!

前方の動いていない観覧車を止まり木にしていた飛行タイプのポケモンたちが、俺たちの姿を捉えて一斉に飛び立った。

「気をつけてくださいふたりとも!」

レインとカイリューが警鐘を鳴らしながら前方へと『ワイドブレイカー』を飛ばす。しかしすべてのポケモンに手傷を負わせる前に散開されてしまった。
まとまっている内に何とかしたかったが、もうどうしようもない。

囲まれてしまう俺たち……その背後に急接近する気配がいくつかあった。
後方からやってきた気配のひとつ、マスクをつけたような鳥ポケモン、ケンホロウが俺たちを狙う。

「ヤミナベ、レイン、後方からも来ているぞ!!」

嫌な角度からの『エアカッター』が、トロピウスを狙って射出された。
各方面からの対応に追われ、その背中を狙った一撃に手が回らない。
受けるしかないのか、と思ったその時。
腕に何か雫のようなものが当たった気がした。

ぽつぽつと降り始めた雨雫と共に風の流れが一気に変わり、『エアカッター』が逸れる。
技が外れた原因は、ケンホロウに追随していた――――大きなとさかのピジョットが放った『ぼうふう』の荒れ狂う風だった。

「ビドー! ユウヅキ! こちらに来て!」

空いた後方から誘う声が聞こえる。ピジョットに乗った彼女、ヨウコさんがグレーのポンチョをなびかせながら「ついて来てね!」と俺たちを誘導する。

「ヨウコさん! まだヒンメルに居たのか……! 巻き込んだなら、すまん……!」
「気にしないで。私も別の形でラストに協力を続けていたの。さっぱりした貴方も素敵よ、ビドー。今度一枚撮らせてね!」
「ど、どうも」

こんな緊迫した中で照れているのを隠せないでいる俺を、微笑ましそうに見つめていたカメラマン、ヨウコさん。
彼女は一言断りを入れたら、ピジョットの背に乗ったエレザードの『パラボラチャージ』で全体に電撃で攻撃を仕掛ける。
俺らにまで電流は飛んできて被弾したが、痺れる痛みはそこまで感じなかった。
その秘密は、地上にあるステージ場の方から送られていた技にあった。

先ほどから降っていた雨は、かつて劇場スタッフをしていたミュウトが指示を出すマリルの『あまごい』によるもの。
そして、その『あまごい』に重ねる形でステージの上でポケモンコーディネーター、トーリの手持ちであるミロカロス、ルカリオ、ロズレイド、サーナイトが円陣を組んで、雨雲へ『いのちのしずく』という味方全体回復技を四体がかりで乗せていた。

こっち側に降り注ぐ『いのちのしずく』を含んだ雨のお陰で、トロピウスたちの調子も良い。
それから、ヨウコさんとエレザードがあえて放つ技を『パラボラチャージ』に選択してくれたおかげで俺たちが麻痺して痺れる心配もほぼない。
俺たちを誘導しながらヨウコさんは、身代わり人形の姿のヨアケと彼女を抱えているヤミナベのふたりの名前をしっかり呼んでから、頭を下げた。

「アサヒ、ユウヅキ。ラストから大まかな話は聞いています。私があの時【オウマガ】に行くことを勧めてしまって、大変な思いをさせてしまって本当にごめんなさい」
『……ううん、ヨウコさんは悪くない。だってあんなことになるなんて、あの時想像ついている人なんていなかったよ』
「それに、あの時の貴方は悩んでいた俺たちの話を真剣に耳を傾けてくれた。それだけでも、俺たちは助けられていたんです」
『だから、ありがとう。ヨウコさん』

ふたりがヨウコさんに頭を上げるように促す。
ヨウコさんは、雨のせいか濡れた目元をぬぐいながら「アサヒの素敵なあの笑顔を取り戻しましょう。絶対にね」と誓った。

俺たちを追って、再び飛行するポケモンたちがまっすぐ並び突っ込んでくる。
ミュウトが、ミジュマルとミミロルの『てだすけ』で、ピカチュウとピチューに力を集めさせた。
その2体の『かみなり』の落雷が広がり、さらにポケモンたちを一線に並べさせるようなコースを作る。

「みんなが繋げたこのチャンス、無駄にはしない! トーリさん今です!」
「解っているとも……フィニッシュ決めるぞミュウト!」

俺たちが避難し終えたのを見た二人は、反撃に転ずる。
ミュウトがアマルスの、トーリがフリージオの名前を叫び、ぴったりのタイミングで『ふぶき』の技を解き放ち、追手を凍てつかせていった。

どうやらここはヨウコさんたちに任せても大丈夫そうだ。むしろ俺たちほとんど何も出来てねえな……と思っていたら、ヨウコさんに何か飲み物の入った軽い素材の容器を渡される。
それはきのみのジュースだった。ヨウコさんが下方を指差し「ミュウトが、自分も力になりたくて作ったそうよ!」と教えてくれる。
ミュウトと彼のポケモンたちが大きく手を振り、「僕にできることはこのぐらいだけど、応援しています、この先は任せるナリ!」と言い、トーリがキザに「皆の笑顔を取り戻すメインは頼んだ……だからここは任せて先に行きたまえ!」と促した。
感謝の意を示した後、この世界の出口までたどり着く。
雨音と共に見送られながら先を急いだ。


***************************


見渡す限りの平原と、その中心軸にドームが見える。
その四方八方と上空で攻防戦が繰り広げられているのは、紛れもなく<自警団エレメンツ>の本部、【エレメンツドーム】だった。

「ビドーのあんちゃんたち! ドームの中突っ切っていけ!」
「わかった、リンドウさん!」

入り口を守る警備員、リンドウさんとニョロボンの案内で俺たちはそのまま宙を飛んだままドームの内部に突っ込んだ。
決して広いとは言い切れない道を通りすがりのメンバーの指示に従って曲がっていくと、ドームの反対側出入口に出る。
そこでは先への道を守るようにスオウやトウギリが部下とポケモンを率いて戦っていた。
トウギリのルカリオ(俺のルカリオ含めて3体目だな、今日……)が敵陣に突っ込み、『ボーンラッシュ』の骨槍を振り回して大立ち回り。
彼らに負けまいとスオウとアシレーヌも『うたかたのアリア』の水泡波状攻撃で薙ぎ払っていく。
浮遊する円盤のようなジバコイルに乗ったデイジーが、レインを見るなりデータを持ったロトムを彼のデバイスに送っていた。

「さっき解析していた分、使える範囲で使うじゃん、レイン!」
「助かります、ありがとうございます……!」

ロトムのデータ送信が終わるまでの束の間、ソテツのことを必死に伝えていたヤミナベは、スオウに「あー……大丈夫だ、ソテツなら。アプリコットも一緒なら、尚更な。そんな気にしすぎるなよな!」と逆に励まされる結果となる。
回復班を務めていたプリムラもスオウに加勢し、ヨアケのことを気にかけていた。
ソテツに対して過信ではないだろうか、とちょっと不安にもなるが、でも実際俺たちの不安を少しでも取り除こうとしてくれていたのだと思う。

そんな混戦とした中、デイジーが一声提案を挙げる。

「プリムラ……ビドーたちについて行け。その方が良いと思うじゃん」
「え、わ……私? もっと向いているメンバーいる気もするけれども……」
「たぶんこの先の方にはいずれあの変身したディアルガとパルキア、それからギラティナにダークライは確実に待ち受けているはずだ。バトルの得意なメンバーも必要だが、一番必要なのは、継続戦闘能力……つまりは回復役のプリムラだ」

デイジーの言葉を皮切りに、他のメンバーが次々と「行ってください!」「ここは支えて見せます!」と続く。
締めにスオウが、「ユウヅキたちの援護、頼めるかプリムラ」と強気の笑顔で彼女の背中を押した。
推薦を受け取ったプリムラは、自身のポケモン、ハピナスと目を合わしてからポニーテールを素早く縛り直す。そして着物にたすき掛けをして、ハピナスをいったんモンスターボールに戻した。

「そういうことならわかった。やるわ……ぜひ、私にその役目、やらせて……!」
『プリ姉御が居たら、すごく頼もしい。こちらこそお願い……!』
「ヨアケと同意見だ。頼んだ、プリムラ」
「ええ……ええ!」

決意の眼差しで頷くプリムラを見届けたスオウは「景気づけだ!」と言いカメックスを出してメガシンカさせた。そのメガカメックスの砲台から放射されたダメ押しの『ハイドロカノン』の激流が、迫りくるポケモンたちを押し流していった。
その勢いに乗って、レインの後ろにプリムラを乗せ飛び立つカイリュー。ふたりを乗せたカイリューを追う形で、俺たちは【エレメンツドーム】のある世界を後にした。


***************************


プリ姉御は、さっそく回復用の道具の整理整頓をしてくれていた。
アキラちゃんやミュウトさんからもらったものも含めて、上手く配分し直してくれる。
そうこう言っている内に、次の世界へと突入した。

「次は、スタジアムか……!」

スタジアムの屋内へと入り口は繋がっていた。
ここはかつてビー君が大会に挑んだ会場。リオルがルカリオに進化して、ソテツさんが行方不明になったり、ユウヅキと少しだけ再会したりした場所でもある。

その色々あったスタジアムのホールは、座席の方も含めて乱戦になっていた。
スタジアム内にポケモンとトレーナーたちが入り乱れている。でもバラバラに見えるこの場にも、中心軸が存在していた。
相対しているレンタルシステムの支配下のポケモンたちは、皆一様にその真ん中のバトルコートに構える、ウツボットの蜜の『あまいかおり』に夢中になっていたみたいだった。
私とビー君は、ほぼ同時にそのウツボットのトレーナーが誰だか気づく。

「フラン!」
『フランさん!』
「あら、この香りはビドーさんと……ええと、どちら様でしょうか?」
『アサヒです!! 今は別の身体だけどアサヒです!!』

ユウヅキに手伝ってもらいながらすごく必死に伝えたら、何とか伝わったみたいでほっとした。
少々申し訳なさそうに「嗅覚をあてにしていたので、気づけなくてごめんなさい」とアロマなお姉さん、フランさんは謝った。そういわれると、何だかこちらも申し訳ない……。
どうやらフランさんはポケモンたちの注意をウツボットのシアロンの放つ『あまいかおり』で引き付けているみたいだった。
そしてユウヅキが言うには、ウツボットの引き付ける香りの他にもう一つ、力が湧いてきそうな香りがあるみたいだった。
もう一つの香りの正体は、私たちは初めて見るフランさんの手持ちのハチの巣ポケモン、ビークインのミオートが発していたものだった。

「やはり、集団対集団の中ではフロルの香りよりはミオートの香りの方が適任ですね。本来はミオートたちにしか効かないのですが、周りへもわずかに影響を与えているようです」

ビークインの『こうげきしれい』に合わせて、士気の高まった周りのトレーナーとポケモンの連携が飛び交っていく。

「みんないくよ。切って切って切りまくろうか」

フランさんの知り合いの少年、クロガネ君も、カモネギだけでなくエアームド、リザード、ドククラゲを従えて対局をよく見て手薄なところにカバーしにいっては洗練された『いあいぎり』を放っていた。
思わず声をかけるビー君に、クロガネくんは少し照れつつもキリリとした表情で受け応える。

「強くなったな……クロガネ」
「ビドーさんたちの方こそ。ボクはまだまだです。でもボクたちならもっと強くなれます。ですよね、ヒイロさん」

話を振られたビッパ使いのヒイロさんは、相棒のビッパ、ビッちゃんの『まるくなる』のジャストガードで相手の攻撃をはじき返しながら、クロガネ君の言葉に賛同した。
それからビー君を名指しで引き止めるヒイロさん。どうやら彼はビー君に何か言いたいことがあるようだった。

「ビドー。あの時言った、初めて戦った草むらのポケモンが一番強いと言った宣言を少し訂正させてほしい」
「お……おう」
「準決勝でリオルを進化させ、キョウヘイとの決勝戦を戦い抜いた君の姿を見て思ったんだ――――」

彼はビッちゃんと目と目を合わせて、言葉を続ける。

「――――草むらでも、自分でタマゴから孵したポケモンでも、他人から譲ってもらったポケモンでも。たくましいポケモンでも非力なポケモンでも、どんなポケモンでも強くなれる。そこに本当や真や賞賛に値するかどうかは関係ない。問題なのは誰と一緒に強くなりたいかだ」
「誰と一緒に強くなりたいか、か……」
「そう。だから僕はビッちゃんと最強を目指し続けるよ。だから僕たちも君たちももっと強くなれる」
「またずいぶんでかいこと、言ってくれるじゃねえかヒイロ」
「言い続けるとも……そしてその一環として、世界を滅茶苦茶にしてしまうくらいの、伝説と呼ばれるほど強いポケモンを従えている相手でも、君たちなら打ち破れると証明してほしい――――大丈夫、僕らは君とそのルカリオの強さを知っている」

けっしてそれは“無茶ぶり”を言っている人の言葉じゃなかった。ヒイロさんのビー君とルカリオに向けた目は、確信をしている人の目だった。
フランさんもクロガネ君も、その場の他のトレーナーもポケモンもビー君とルカリオに声援をかける。
ビー君は一度ミラーシェードをかけ直し、「そこまで買われたらやり遂げるしかないよな、ルカリオ!」と相棒に声をかける。
ルカリオも闘志に満ち満ちた表情で、ビー君に頷き返した。

「くー熱い! 負けてられないよ、負けてられないな、ジャラランガ!」

その場にいた感極まったヒエン君とジャラランガが、Z技『ブレイジングソウルビート』の烈風で道を切り開く。レインさんは「ちょっぴりはりきりすぎです」とヒエン君をたしなめながらも、小さく感謝を伝えていた。
ヒイロさんとビッパのビッちゃんタッグが得意の『ころがる』で仕上げのように切り開いた道を通させてもらう。

「アサヒさん。早く好きな香りをかげる身体を取り戻せることをあたくし祈っております」
『フランさん……みんなも……ありがとうございました!』

熱気と高揚に包まれたスタジアムを大勢に見守られながら潜り抜け、私たちは次の世界へと送り出された。


***************************


ここまで色んな人やポケモンたちに送り出されてきて、考えてしまう。
独りでは途中で倒れていただろうということと、力を貸してくれた者たちから託された想いの重さ……果たしてそれに応えられるのか? などと、そういうことを考えてしまうのは、この世界が暗闇に包まれていたからかもしれない。

次の世界の時間帯は夜だった。繋ぎの空間よりも暗いので、潜むポケモンたちに各地で苦戦しているようだった。
夜の王都、【ソウキュウ】の世界……ビドーは周囲の警戒を強めていた。彼から指示を預けられているオンバーンとルカリオにも、俺は索敵を頼む。
オンバーンが何かを見つけたと告げる。その声色から、敵対相手ではないことが伺えた。
ビドーの許可も得てオンバーンの案内する方へわずかに寄り道をする。
墓地付近でアサヒもその彼女たち見つけた。

『ユウヅキ、もしかして、あれココさんたちじゃない?』
「おそらくそうだが……動きがない。何か困っているのかもしれない。流石に行こう」

ココチヨたちから少し離れた場所で、コダックとザングースと一緒に周囲を警戒していた少年トレーナー、カツミがこちらに気づいて手を振る。
降り立つ俺たちの中で、真っ先に飛び出したのはプリムラだった。
ココチヨさんとハジメの妹のリッカが必死に手当てをしていた。その様子を静かに見守っているのは、ランプラー、ローレンスと青年イグサ。
手当を受けているのは、へんしんポケモンのメタモン、シトリーとその相方、少年の姿に戻っていた人語を話すメタモン、シトりんだった。
プリムラに手当の処置を引き継がれたシトりんは力なく笑った。

「あはは……ユウヅキさん、ヘマ踏んじゃった。ゴメン」
「ギラティナたちの相手を頼んだのはこちらだ、謝らなくていい……むしろこちらこそチャンスを掴めなくてすまない」
「悲観するのはまだ早いよ、ユウヅキさん。と言ってもシトリーはともかく……ボクはちょっと特殊だから、ケガが回復しにくいんだ……もう力にはなれそうにないや。まいったね」

プリムラが処置を終え、「確かにこれ以上は治療でどうにもできない部分よ……」と静かに首を横に振る。それでも笑みを作りながら、「少し楽になった、ありがとう」とシトりんはプリムラに礼を述べた。
コダックを撫でながらカツミが、少し迷いながらも俺とヨアケに声をかける。

「アサヒ姉ちゃん。ユウヅキ兄ちゃん」
『カツミ君、どうしたの?』
「……うん、これだけは言っておきたくて――――起っちゃったことの、全部が全部、ふたりのせいだけじゃないから。だから、気負い過ぎずに、ね!」

カツミの笑顔と心配は、俺の思いつめていたことを、見事に見透かしていたような気配りだった。
彼に続いて、ココチヨも「一緒に背負うって、協力しあうって決めたじゃない。困ったことがあったら言ってよね」とフォローをしてくれる。ポケモントレーナーでないリッカでさえも「わたしもわたしのできること、するよ。手伝えることあったら、言って……」と言ってくれた。

ここまで言われると、どうしてもアキラに“背負いすぎだ”と叱られたことを思い出す。
そうだな。そうだった……な。
期待に応えられるかどうかじゃない、やれるだけやって、そのあとは他の者に託せばいい。
心強い協力者は、大勢いるのだから。

「ここを、任せられるか」

感極まっているアサヒを抱えつつ、屈んでカツミに目を合わせながら、俺はそう頼み込む。
カツミは「へへっ、任せてよ! みんながいるから大丈夫!」と彼のポケモンたちと共に胸を張って答えた。

そのような会話を交わしていると、イグサと話していたビドーに呼ばれる。

「ヤミナベ、向こうの林に……アイツらとラストがいる。そんな不穏な空気じゃないが、そっちも一応見ておくか?」

ラストはともかく、他の者たちは誰なのだろうか……?
俺には判別つかないが、ビドーがわざわざ名前を伏せる人物だということはわかった。
イグサに「僕も役目はあるけど、しばらくはここでシトりんを……もちろん、彼らのことも守っている。だからそちらは頼む」と促され、とりあえず俺たちは林の木陰へと向かった。


木陰に潜んでいたのを発見されたラストは「流石波導使いですね、気配をなるべく消していたのですが……」と、彼女のデスカーンと共に苦笑する。
その傍らには……白シャツ姿の白い手袋をつけた男、かつて通り魔をしていたクローバーがドレディアを連れてこちらを気まずそうに眺めていた。

「いやはや、貴方たちにだけは見つかりたくなかったのですがねぇ……シルクハットとタキシード抜きで、私だとわかりますか?」
「わかるさクローバー。アンタとそのドレディアには散々苦戦させられたからな」
「おやおや、それは光栄ですね……しかし、まぁ……その、なんですね……」

ビドーをからかいつつも俺を見て口ごもるクローバー。ドレディアが彼を庇うように近づく。
そんなドレディアをクローバーは「いいのですよ」とそっと引きはがす。

「私はねユウヅキさん、あの少年は全部背負うなと言っていましたが、私は貴方が全部背負うべきと考えていました。何もかもあなたのせいだ……と、少し前まではそう思っていました」
「…………今は?」
「私も償う側に立って、少しだけ貴方の立場の難しさを理解することになるとは……皮肉だとは思いますと、叶うことなら早く償い終えたい、とでも言っておきましょうか。こんな償いなんて曖昧なものに、いつまでも囚われている方が人生を損していますよと」
「それでも、それだけのことを俺たちは引き起こしたんだ……」
「おやおや……手厳しいですねぇ。まあしょうがないですね。まあ、少なくとも今はあの少年たちに借りを返すまでは働くとしましょうか、クイーン」

そう言ってクローバーはクイーンと呼ばれたドレディアと共に闇夜の中を巡回しに行った。
ラストが「彼の償いは、私どもが見届けますから、貴方たちはどうか先へ」と短く言ってデスカーンを連れクローバーの後を追った。

「つけた傷痕も、受けた傷痕も完全に消えるものじゃないわ。だから難しいのよね」
「それでも、彼なりに肩の力を抜けと仰っていたのでしょう」

プリムラとレインが、そう付け足してまとめ、寄り添ってくれる。
その彼らの支えもあって、俺は前に進めることを忘れないようにしなければと思った。
それこそ気負い過ぎ、なのかもしれないが……譲りたくない部分であるのも、確かだった。


***************************


夜の王都を抜けた後の次の世界は、列車内だった。
特急列車【ハルハヤテ】。おそらくもうすぐ終着点の【オウマガ】は、近い。
列車内は人もポケモンも俺たち以外はいなくて、乗客たちは皆外で応戦していた。
ぎゃいぎゃいと叫ぶ声が聞こえてくる方を見やると、ひとりの女性がもうひとりの小柄の女性をかかえてひた走っていた。

「ちょっとアンタ! こんな最中にいつまでも寝ているんじゃないよ!!」
「近接戦は苦手なので。遠距離戦になったら起こしてください。ぐー」
「起きろぉっ!!!!」

深紅のポニーテールを揺らしながら、半分以上寝ている空色のショートボブの丸眼鏡の女性、ユミを担ぎ攻撃から逃げ回っているテイルは、彼女を何度も起こそうと呼びかけつつ手持ちのフォクスライへ必死に指示を出していた。
ユミが「仕方ないですね」と言いながら、どぐうポケモン、ネンドールを繰り出し、ふたりを遠くから狙っていたマタドガスに『サイケこうせん』のレーザーで撃ち落していた。
その反対側では青バンダナのトレードマークのテリーが、オノノクスのドラコと車線上のトロッゴンなどのポケモンたちを投げ飛ばしている。

「テリー!」
「ビドーか。ちくしょうキリがねぇ……あいつを、メルたちをもう少しで取り戻せそうっていうのに……!」

だいぶ近くまで降りて来た空の裂け目を悔しそうに見上げるテリー。その空の向こうにはあの狭間の世界で見た透明な城塞が、すこし空でも飛べば届きそうな距離にあった。
そしてここまで近づいたことにより、大勢の波導の集団が……わりとすぐ向こうの世界にでもありそうなぐらい近づいていた。テリーのカンは当たってはいた。

しかし、その場所に続く道には、ひとつ問題があった。
慎重に遠くを見る俺とルカリオに、ヨアケが心配して声をかける。

『ビー君? ルカリオ? ……どうしたの。この先に何かがあるの?』
「問題、っていうか……道が、ふたつに分かれてやがる」

分かれ道の先は、両方同じところに続いているようだった。
そこまでは、まだ良い。問題はその二つの世界に待ち受けているものだ。

「テリー……ここを、任せてもいいか」
「……ビドー、今はあんたにカッコつけさせてやる。ただし、最前線の先陣譲るからには、ちゃんと決めるとこ決めてこいよな」
「ああ、行ってくる」

テリーたちにポケモンたちを任せつつ、プリムラとレイン、ヤミナベ、そしてヨアケを呼び集める。

「聞いてくれみんな、この先はふたつに分かれている。いったん二手に分かれるしかないと思う」
「……先に、何が待ち受けているのか、教えてくれないかビドー」
「ああ。絶対の保証はないが――――片方はディアルガとメイ。もう片方はパルキアと……マナの波導が感じられる」

メイとマナの名前に、ヨアケとヤミナベがわずかに反応した。メイはふたりも取り戻したい相手で、マナの魂の入ったヨアケの身体は……とうとう巡って来たヨアケが元の身体に戻れるかもしれない機会。
道はふたつにひとつ。二組に分かれるにしても、どちらかをレインやプリムラに任せる必要があった。

迷う俺たちの背を押したのは、他ならないレインとプリムラだった。

「メイのことは私とプリムラさんに任せて、貴方たちはアサヒさんの復活を優先させてください」
「私もレインさんに賛成。ユウヅキはもとより、ビドー君もそっち行きたがっていたのは、言わなくても解るわ」
「大丈夫です。メイには私で我慢してもらいます。そのくらいは、聞き分けられる子でしょうから、あの子は」

そう軽口を叩くレインを横目に、「きっとレインさんもメイのところに行きたいと思うの。だから彼の気持ちも汲んであげて」とプリムラはウインクしながら俺たちに小声で囁く。
どよめくヨアケとヤミナベに咳払いし、「聞こえていますよ」と苦笑いするレインは、彼女にカイリューに乗るように促した。

「レイン! そのまま真っ直ぐオウマガの遺跡跡地、そこにメイとディアルガはいる!」
「わかりました。そちらもご武運を!」

飛び立っていくカイリューを見送った後、俺はオンバーンを一度ボールに戻し、ルカリオと一緒にヤミナベを連れて列車内に戻る。
気配通りに辿ると、車両の間のあの場所に、その【破れた世界】へのゲートは開いていた。

『これって、私がギラティナとサモンさんに連れて行かれた時の……』
「ディアルガとパルキアは別の世界に居ないとあの姿になれないのだとしたら、どっかで道が分かれていると思ったんだ」
『なるほど。なんか、思い出すね、色々』
「だな……結局、あの助けを求められて以来、俺はヨアケの無事な姿、見ることは出来ていなかったな」
『ビー君……』

じわりと迫る後悔を思い返していたら、ヨアケの代わりになのか、ヤミナベが、手を差し出す。

「一緒に助けよう。力を貸してくれ、ビドー」

ちょっと面食らったが、しっかりと手を握り返して、「もちろんだ」と答える。
その後に、様子を見ていたヨアケが唐突に、俺に礼を言った。

『ありがとうね、ビー君。助けを求めたのがキミで良かった』
「気が早いぞ」
『ううん、そうでもないよ。ビー君のお陰で、何度私は救われたことか……どんなに心強かったか……』
「……あー、まあ、その続きはちゃんと無事に戻ってからだ。これで戻れなかったら笑えねえしな」
『まあ……そうだね』

半ば強引に言葉を引っ込めさせると、ルカリオと目が合う。心配、というより静かに見守ってくれている感じだった。

(……俺の方こそ、アンタには救われているよ。だからこそ、助けたいし力になりたいんだ)

口にこそ出すのは何故か出来なかったけど、その想いはルカリオとだけ共有する。
今は、それだけで十分だった。

「さあ、ここからが踏ん張りどころだ……行くぞ!」

あの時届かなかったその先へと足を踏み入れる。
今度こそ、その手に掴み取り戻すと誓って、前へと進んだ。


***************************


……とうとう、見つけた。

遺跡内部、かつてハジメと戦った大広間よりさらに上の階の祭壇の間。
その場所の空中でマナは、棺を縦にしたような半透明な『バリアー』の中で、守られるようにして眠っていた。
当然そこには空間の神とも呼ばれしポケモン、パルキアがオリジンフォルムのまま顕在している。
ヤミナベと俺は、それぞれゲンガーとルカリオを連れながらパルキアに相対する……。

いななくパルキア・オリジンは肩から生えた翼を大きく薙ぐと、蹄を思い切り床へ叩きつけた。
空間に亀裂が走るが、パルキアの呼吸に合わせて修繕されていく。どうやら切断するだけでなく、繋ぐ能力も兼ね備えているようだった。伊達に空間の神とは呼ばれていないってことか。
だが、たとえ神と呼ばれるポケモンでも、引き下がる理由は一つたりともない!

「いくぞ、ルカリオ! メガシンカ!!!」

温存しておいたルカリオとのメガシンカの切り札をここで切る。
ルカリオとの波導によるリンクもきっちり繋ぎ、万全の態勢を取った。
波導を繋げることで消耗しやすくなる体力の問題は、これまで他のメンバーやヤミナベに戦ってもらっていたことでカバーされていた。
だからこそ、思う存分戦える……!
何より、ヨアケを助けるためにここで切り札切らなきゃ、いつ全力を出すんだって話だ!

「『はどうだん』!!」

四足で突進してくるパルキアにまずは初撃、小さく圧縮してスピード重視の波導の弾丸を打ち込むメガルカリオ。
その直球は確かにパルキアの身体を捉えた。けれど、パルキアの勢いはまったく下がらない。
俺たちとパルキアの距離はまだあると認識した瞬間、ヤミナベが虚空にゲンガーの『シャドークロー』を振るわせた。
まるで示し合わせたかのように、いつの間にか間合いを詰めていたパルキアに『シャドークロー』が吸い込まれ傷をつける。
驚くパルキアの顎に、メガルカリオの『スカイアッパー』が入り、仰け反らせ攻撃を一時中断させることに成功した。

「悪い、助かった!」

頷くヤミナベは、前に向き直りゲンガーに『さいみんじゅつ』を狙わせる。
射程圏に入っていたはずのその技は、やはりというか、距離を取られていて届かない。
そうかと思ったら、次の瞬間には背後から『パワージェム』を引き連れたパルキアが跳躍していた。

“――――空間を削ることのできるパルキア。その間合いは、常に向こうのものだと思った方が良い”

事前に『あくうせつだん』使いのダークライと共に戦っていたことのあるヤミナベに忠告されて、心構え出来ていたとはいえ……すぐに対応しきれるものでもない。
複数の『パワージェム』をこちらも分散させたメガルカリオの『はどうだん』で撃ち落すも、どうしても全弾は防ぎきれず撃ち漏らす。

その一撃が、ヤミナベの肘をかすり、抱えていたヨアケを弾き飛ばした。

「! アサヒ!!」
『ユウヅキっ!!』

宙へ舞ったヨアケが、そのまま凍てつく風に攫われてさらに上方へ押し流される。
メガルカリオがとっさに飛び上がろうとするも、あるはずのない空間に見えない天井が出来て阻まれる。その天井床にヨアケは転がってしまった。

「ヨアケ!! 大丈夫か!? ……くそ、向こうの声聞こえねえ!」

パルキアの放った見えない空間の固定とねじれにより、音と移動を阻害され、俺たちとヨアケは分断させられてしまう。
色々気になることは多いが、そもそもあの『こおりのいぶき』を放った新手は一体どいつだ……?
気配を感じて周囲を警戒し見渡すと、6つの大きなゲートに俺たちは囲まれていた。

「まずいな……」

一歩一歩近づいて来る気配で、もうその新手が何者か俺とメガルカリオは嫌でも解っていた。続いてヤミナベとゲンガーも、姿を見て瞬時に状況を悟る。
そのうちの一体に、俺はダメもとで軽口を叩いた。

「久しぶりじゃねえか。無事……じゃあなさそうだが、大丈夫か、“ドル”」

ヨアケの相棒ポケモンのドーブル、ドルからの返事はない。代わりに鋭い敵意の視線が俺たちに注がれる。
敵視をしているのは、ドルだけじゃない。デリバードのリバ、パラセクトのセツ、ギャラドスのドッスー、グレイシアのレイ、そして先ほど『こおりのいぶき』を放ったラプラスのララだった。


デリバード、リバが『こおりのつぶて』で俺の脳天を狙ってくる。とっさに屈んで避けるも次にはパラセクトのセツの『タネばくだん』がばらまかれた。
爆発の中行きつく暇もなく、グレイシアのレイの横薙ぎ『れいとうビーム』を縄跳びする羽目になる。

アイツらが何故俺たちを狙ってくるのかは分からない。もしかしたらヨアケの身体を守れとクロイゼルに命令されているのかもしれない。
ただ解るのは、ヨアケの手持ちたちがパルキアの増援としてこの場に呼び出されたということと、それによってだいぶ不利に、窮地に立たされているということだった。


***************************


眼下で行われている戦い、私のポケモンたち、私の仲間たちとの壮絶な再会に、ただ声を上げるしか出来なかった。

『ドルくん! リバくん! セツちゃん! ドッスー! レイちゃん! ララくん!』

必死に声を張っても、みんなに、ビー君やユウヅキにさえ私の声が聞こえていないのは明白だった。
みんなが傷ついて行くのをただ見ているしか、出来ないの……?

『……いや、何かできるはずだ。私にだって、まだ、何か……!』

諦めるって選択肢はなかった。
もう前にクロイゼルに負けていたからこそ、一度ユウヅキから離れかけたからこそ、余計にその選択肢は残っていなかった。

『今度こそ負けないって、屈しないって決めたんだから……! 一緒に生きるって決めたんだから!!!!』

視界の意識を閉じて、精神集中する。
私はビー君みたいな波導使いではないけれど、今の私でも感じ取れるものはあった。
それは、私自身の心。
そして、あの子の心。
全く同じ波導なら、私にだって呼びかけられるはず……!
だって今まで一緒の身体にいたんだから!
あの子の想いを感じていたんだから!!


『だから、応えて! ううん違う――――いい加減寝たふり止めて応えなさい、マナ!!!!』


暗中の意識にダイブして、私の身体に入っているマナの存在を探る。探る。探る。
たとえ空間が切断されていたって、私にはこうしてみんなは見えている。だったらマナにだって何も届かないはずは、ない!
耳を澄ませ、物理的なものだけでなく、私の全身全霊で、感じろ……!!!!




「――――よう」
『! ……!? 今のって……?!』


……祈るように願い続けていたら、聞こえた気がした。
きっと、それは気のせいなんかじゃない。
確かに、聞こえたんだ―――――――――――――「おはよう」って、聞こえたんだ。
聞こえたから、私も『おはよう』と返す。
すると、くすくすと笑われた。

肌に感じるように聞こえたのは、幼い子供のような無邪気な、でもどこか寂し気な笑い声だった……。
思ったより流暢に、その笑い声の持ち主は私に語りかける。

(――――笑ってゴメン。でもキミはずいぶん頑固さんだねー、さすがにわたしも降参するよ)
(えっと……貴方が、マナ?)
(うん。わたしがマナフィのマナ。もう知っているかもだけど、クロの友達のマナ。改めて、お邪魔しているね)
(……私はアサヒ。ヨアケ・アサヒ。やっと、話せたねマナ……私の身体、返して)
(本当に話せるまで長かったね。アサヒのお陰でここまで喋れるようになれたから、わたしもできることなら返してあげたいよ……でも、わたしの力だけじゃダメかな)
(そうなの? てっきり、『ハートスワップ』……心を入れ替える技は貴方のものだと)
(クロに『ハートスワップ』を貸しちゃっているからね。今のわたしには使えないよ)

今の私たちに目の概念はない。お互いが光のシルエットのような存在にしか認識できない。
でもマナの中心にはぽっかり穴が空いているように見えた。欠けたその部分に、力があったのだと思う。

マナとコンタクトを取れたのは良かったけど、今度こそ手詰まりなのだろうか。
強がっていても襲ってくる不安をはねのけていると、マナは私にひとつの提案をした。

(心を入れ替える技は使えない。でも、もうひとつなら使えるよ。ただ、それは身体を全部返すのとは、違うし、使ったらお互いどうなるか分からないけど……それでもいいならわたしはアサヒの力になれると思う)
(……そうすれば、私の声はみんなに届く?)
(それはわたしたち次第かな。でもアサヒ、知っている? ――――心はね、どこまででも届くんだよ)

不思議と、その言葉には私を突き動かすだけの力が籠っていた。
恐怖を乗り越えさせるだけの、応援が籠められていた。

響いた心に、震える魂に、勇気が湧いてくる。


(キミの勇気を、わたしに頂戴、アサヒ)


差し伸べられた手。
決意の一手。
マナの手を、私は勢いよく取り返した。
そのまま引き寄せられ、どこかひんやりとしたマナの心に包まれる。
まるで海の中に居るような感触がした。


…………。
………………一気に、意識が覚醒する。
目蓋から光が入ってくる。
口から呼吸音が、心臓から鼓動が聞こえる。
身体の熱さに、手を握る感触に、自分自身を取り戻したことを実感した。

ただひとつ、変わらないようで変わったこと。それは、

「『ブレイブチャージ』成功……さあ、一緒に行こう! アサヒ!」
「……うん、行こう、マナ!」

マナの意識が、私の中ではっきりと感じられることだった。

身体の主導権を返してもらい、私はマナのアドバイスに沿いみんなに呼びかける。
断たれた空間越しに、私は心を乗せて、声を届けた。


***************************


アサヒのポケモンたちの動きが、止まった。
今まで俺たちを攻撃していたそれぞれの様子が、急変する。

――――戸惑っているように苦しむグレイシアのレイ。
――――ラプラスのララも混乱してうずくまっていた。
――――デリバードのリバはぎゅっと袋を抱きしめて。
――――パラセクトのセツは頭のキノコを掻きむしり。
――――天に向かい吠え始めるギャラドスのドッスー。

その仲間たちに囲まれている中、ドーブルのドルは静かに固く拳を握り、体を震わせていた。

「ヨアケの声が、聞こえる……」

ビドーとルカリオ、そしてゲンガーも反応を示し断たれた天井を見上げ、そして捉える。
転がっている人形の方ではなく。透明な棺の中で、扉を叩きながら必死に俺たちに呼びかけるアサヒの姿を……見つけた。

彼女の口の動きと一緒に、体の芯に言葉が伝わる。
それは、俺の名前の響きをしていた。
彼女の声は、俺たちに届いていた!

「アサヒ……アサヒ!!!」

再びパルキア・オリジンのパワージェムが俺たちに降りかかる。だが、それを防ぎ絡めとるように、俺たちを守るように網が展開された。
その白い網は、パラセクトのセツが放った『いとをはく』によって作られたモノだった。
すかさずデリバードのリバは目くらましに使う紙吹雪入りの『プレゼント』をパルキアに叩きつける。

「お前たち……」

アサヒの呼びかけに、彼女の手持ちたちの攻撃はこちらに飛んでこなくなった。
むしろ彼女を取り戻すため共に戦わせてくれと、グレイシアのレイは訴えている。
その願いは俺たちも同じだと伝えると、レイは嬉しそうに頷いた。

彼らの攻撃で生まれたわずかな隙。その中で俺は思いつく限りの作戦の道筋を繋げて、選択をする。
ビドーとメガルカリオ、そしてアサヒのドーブル、ドルに呼びかけた。

「ビドーはルカリオに最大級の遠距離大技を頼む!! ドルはパルキアをよく見てスタンバイだ!!」
「わかった!! ルカリオ、フルパワーで『はどうだん』!!!!」

両腕を掲げて巨大な『はどうだん』を形成し始めるメガルカリオ。俺の指示をドルは瞬時に理解して、絵筆もかねた尾を構え始める。
俺はもうひとつ、ヨノワールのモンスターボールを放り投げながら、ゲンガーと一緒に指示を与える。

「捕らえろっ! ヨノワール『くろいまなざし』! ゲンガーは『シャドーボール』でカバー!!」

瞳を黒く輝かせたヨノワールの眼差しが、パルキア・オリジンをこの場にくぎ付けにし逃れられないようにする。ゲンガーのシャドーボールと共にラプラス、ララが『こおりのいぶき』で牽制、そこにルカリオの巨大『はどうだん』が叩き込まれた……!

かわすタイミングを逃したお前は、『あくうせつだん』で空間ごと裂いて相殺するしかないだろ、パルキア!!!!

「今だドル……描きそして盗め! 『スケッチ』!!!!」

最大級の『はどうだん』を打ち消すほど強力な空間切断技、『あくうせつだん』。
それをアサヒのドルはトレースし、自分の技へと昇華させる……!

「これでドルも、閉じた空間を切り開く能力を得た……あとは、閉じ込められているアサヒの元へたどり着くのみだ!」
「つっても、そう簡単にはたどり着けそうになさそうだぞ……!」

ビドーの言う通り、パルキアの次の行動は早かった。
『ハイドロポンプ』を空間曲折の力でねじ曲げながら周囲に展開する。その第一の激流の矛先がヨノワールを飲み込んだ。

「ヨノワール!! 『みらいよち』!!」

最後の悪あがきも兼ねた『みらいよち』が未来へ飛んでいく。
ヨノワールを沈めたパルキア・オリジンは俺たちから距離を取り、空間の捻じれの先へ、アサヒの居る空間へと退避した。
だがパルキアの『ハイドロポンプ』は壁も距離も関係なく放たれ、俺たちを再び狙う。
ボールにヨノワールを戻していると、ラプラスのララが自分の背後に隠れるよう声を上げた。
特性、『ちょすい』で『ハイドロポンプ』の水エネルギーを吸収していくラプラス、ララに守られた影で俺たちは次の作戦を整える。

「……ビドー、ルカリオ、レイ。タイミングは、お前たちに任せる……!」
「任せろ」

ビドーはメガルカリオと手を繋いで目蓋を閉じ、探知に全神経を集中させる。グレイシアのレイはふたりの傍で、緊張の面持ちのまま呼吸を整える。
その間に俺はドーブルのドルとギャラドスのドッスーを集め、構えさせた。

「――――レイ!!」

ビドーが声を上げたその時、
背後の空間が接続され、ラプラス、ララに集約していたのとは別の、もう一射の『ハイドロポンプ』が俺たちを挟み撃ちにする。
攻撃を待ち構えていたグレイシア、レイは『ハイドロポンプ』を障壁で受け止めた!

「跳ね返せ『ミラーコート』!!!」

崩れそうになるレイを、ゲンガーとパラセクトのセツ、デリバードのリバが支える。
未来へ飛ばしたヨノワールの攻撃が、このタイミングでパルキアを襲い、鏡の障壁に受けきった『ハイドロポンプ』は、そのまま跳ね返される……!

「ドッスー! ドル! 今だ!!」

ギャラドスのドッスーの背に乗ったドーブル、ドルは反転した『ハイドロポンプ』の激流の中へと一緒に飛び込む、水流に勢いよく運ばれ、ふたりは一瞬でパルキアの元にたどり着く。
パルキア・オリジンの隙を、射貫いた!

「決めろ!!!」

流れるような筆さばきで空間の壁をなぞり、切り取るドーブルの『あくうせつだん』。
当然狙いは、俺たちを遮る天井と――――アサヒの閉じ込められている棺!
その扉を、今、こじ開けてみせる!!

「――――っ、ドルくんっ!! みんな!!!!」

固定されて空間が割れるような音と同時に、アサヒの息遣いと声が俺たち全員に届く。
勢いよく開いた棺から飛び出し、ドーブル、ドルを抱きしめてギャラドスに飛び乗ったアサヒは胸元に手を当てて大きく息を吸う。
その呼吸とほぼ同タイミングでビドーが天へとエネコロロの入ったモンスターボールを全力で投げた。

「セツちゃん!!!」
「エネコロロ!!!」

割れた空間が光の粉を放って溶けていく中、エネコロロの『ねこだまし』が鱗粉を弾き飛ばし強烈な音を放ち、音に怯んだパルキア・オリジンの四肢を、パラセクトのセツが『いとをはく』で捕らえる。
アサヒと目が合った。そのアイコンタクトだけで、俺は自分が何をすべきか悟る。
そしてアサヒが指示を与える前に、静かに冷気を溜め込んで準備をしていたラプラス……ララが俺の指示を待っていた。
タイミングは、ここ以外にはなかった。

ラプラス、ララの集めた急速に収束する冷気が零を突き抜け極点に触れると同時、
俺はその技を解き放たせる指示という名の、合図を出す。

「『ぜったいれいど』!!!!」

ララの切り札、アブソリュートゼロに至る技がパルキア・オリジンを一瞬で氷結界の中へと葬る。
氷が砕けると同時に、一撃必殺の衝撃がパルキアに致命打を与え、膝をつかせた……。

祭壇の間での戦いの、決着だった。


***************************


パルキアは元のフォルムに戻ると、残された力を使って『あくうせつだん』した空間の向こう側へと撤退していった。
追い打ちをかけることもできたのだろうけど、それをする余力と余裕は、今の私たちには残されていなかった。

ギャラドス、ドッスーから降りようとして、態勢を崩しかける。
それを支えてくれたのは、ユウヅキだった。
そのまま受け止められるように、抱きかかえられて彼の胸元に頭を沈める形になる。
さっきまで一緒に居たとはいえ、なんて声をかけたものか、と考えていたらマナに「ただいま、でいいんじゃない?」と頭の中で話しかけられた。
やっぱりまたマナと一緒になっちゃったんだなあと現状を再認識しつつ、私はみんなに対して「ただいま」って言った。

すると、しゃくりを上げながら「おかえり……」と返事をする彼の声が頭上から聞こえる。
驚いて顔を上げると、ユウヅキはぽろぽろと温かい涙を流していた。
彼自身も何故泣いてしまっているのか分からないようで、「悲しいわけではないのに、何故だ……」と、だいぶ困惑しているようである。
そんなユウヅキに、ビー君も顔を背けながら鼻声で「嬉し泣きだろ」と指摘していた。メガシンカの解けたルカリオとエネコロロはそんなビー君を微笑ましそうに見ていた。
ユウヅキの背後から、ドルくんたちが、私の手持ちのみんながうずうずと待っているのが見える。そしてレイちゃんを筆頭にユウヅキを押しのけて私をもみくちゃにした。
驚くユウヅキに彼のゲンガーはけらけらと笑っている。
押し出されて尻もちをついたユウヅキも、つられて泣き笑いしていた。

「おかえり、おかえりアサヒ……!」
「ただいま、ただいまユヅウキ、ビー君、みんな……!」

それからひとしきり再会の感動に浸った後、ビー君が下がっていたミラーシェードを上げる。
ビー君は、ルカリオとエネコロロと共に次の……最後の世界、クロイゼルの待ち受けている世界へ行こうとしていたのだと思う。

「元に戻れてよかったな、ヨアケ。お前はちょっと休んでおけよ」
「気持ちは嬉しいけど、まだだよ、まだ休んでいられないんだ、ビー君」
「まだって……?」
「……わたしは、マナはクロとお別れしなきゃいけないの」

突然私の口から発せられたマナの声に、みんなは驚く。その驚きようにマナは、「みんなわたしのこと忘れすぎ……」とちょっと凹んでいるようだった。

「今の私たちは、またひとつの身体を共有しているんだ」
「前はわたしが……マナが元気なかったから、特に問題はなかったんだけど、アサヒの元気をもらって、元気になったマナは、徐々にこの身体から弾かれようとしているの」
「その前に、私はマナと一緒にクロイゼルを止めたい。だからまだ休んでいられないんだ、ビー君」
「そういうこと。まあ、わたしはクロとお話しする気は、その、あまり……」
「ええっ? そこはちゃんと話してよマナ!!」
「それとこれとは別なの、アサヒ!!」

コロコロと交代で話すマナと私の状況を、深刻に受け止め頭を抱えているビー君。
ユウヅキは「喧嘩をしないでくれ……」とおろおろと私たちの一人問答? をどう止めたものかと頭を悩ませていた。

「つまりビー君、まだ問題は解決していないし、私たちの相棒関係は終わっていないってこと! だからほっぽっちゃイヤだよ!」
「わかった、悪かったって!」

面倒くさそうに謝った後、ビー君は仕方なさげに私とユウヅキに手を出すよう促した。

「行くぞヨアケ、ヤミナベ。気を引き締めて行けよ……!」
「ああ、この先もよろしく頼む。ビドー、アサヒ」
「うん、むしろこれからなんだからね、ビー君、ユウヅキ!」

せーの、で重ねた手を押し込み、上へと挙げる。それから三人でハイタッチをして、私たちは気合いを入れ直した。


***************************


……アサヒたちがパルキアと戦っていた頃、こっちもこっちで激しい戦いになっていたの。

時間の神と呼ばれたポケモン、ディアルガ……いいえ、異質に角張るオリジンフォルムに変身していたディアルガ・オリジンは浮上した遺跡の跡地にて、何かのケーブルに繋がれたメイを守るように立ちはだかって……力を溜めていた。
絶望に染まりかけてもなお苦笑いを忘れずにいた、臨時戦闘の協力者になってくれたオカトラさんが、赤い鬣のギャロップにまたがりながらも力なく軽口を叩く。

「おいおい、勘弁してくれよ……これで何度目だ??」
「オカトラさん、気持ちは分かるけど我慢して?」
「いやいやプリムラ、もう数えきれていないぞ? ――――時間を巻き戻されている回数が!!」

そう……私たちはディアルガ・オリジンに何度も時間を巻き戻されていた。
レインさんが言うには、ディアルガが力を発揮できているこの世界内の出来事だから、他の世界に影響は無いっていうけど……時の化身だからって、無茶苦茶にも程がある。
しかも、巻き戻るのは向こうの時間のみ。つまりは与えたダメージを自分だけ回復しているような状態だった。

「それでもやるしかないでしょう……プリムラさん、回復アイテムの残数は」
「レインさん……一応、あと、三戦くらいは行けるわ」
「わかりました……マーシャドー、まだいけますか?」

無言で頷くマーシャドー。連戦で疲れているはずなのに、表情が崩れない。でも動きは徐々に鈍くなっていた。
汗を拭く間もなく、私たちは次の戦闘に移行する。
私は疲弊したパートナーのマフォクシーの肩を支え、技を再装填させた。

「頑張ってマフォクシー、『ほのおのうず』!」

炎のリングが再度ディアルガ・オリジンを閉じ込める。
回数を重ねていくと、有効な技が見えてくる。本当はもっと火力を上げるべきなのだけれど、どうしてもストッパーを外しきれずにいた。
私が相手を傷つけることに躊躇いがあるってことは、レインさんもオカトラさんも理解してくれていた……だからこそ、余計に焦りはあった。

「! 『だいちのちから』……来ます!」

レインさんの掛け声。
ディアルガ・オリジンの『だいちのちから』で地形がまた波打つように大きく変わる。その後突き上げてくる地槍に対しては、とにかく走って避けるしかない。
今は味方についてくれているメイの手持ちのパステルカラーのギャロップが、私とマフォクシーを拾い上げて、複雑な地形を駆け抜けてくれる。
この子のおかげで、私たちは『ほのおのうず』を継続することが出来た。

カイリューに乗せたマーシャドーに、『とぎすます』をさせるレインさん。技の効果でマーシャドーの次の一撃だけは、硬いディアルガの身体にもよく通るようになる。
でも……そうやってダメージを与えて行っても、それだけでは戦局は元通りにされてしまうことは解っていた。
ディアルガから目を離せずに「もう二手……いえ、もう一手あれば……」と呟くレインさんに、オカトラさんがストレートな問いかけをする。

「確認するがレイン……アンタ今、何で困っている?」
「メイを、彼女を解放できないことです。彼女を自由の身に出来ないと、この戦いに勝てないどころか、各地で襲い掛かっているポケモンたちを止めることが出来ない」
「あの子さえ救えればアイツをまともに相手しなくていい、と?」
「極論はそうですが……中途半端に奪取できたとしても、やり直されてしまうでしょうね」

ディアルガ・オリジンが四つ足を深く構え始める。
姿勢がやや深い、『ときのほうこう』の構え……!
この力の余波を受けた対象の時間が歪んでしまう。かすった時点で回避できない、絶対に受けてはダメな技の一つだった。
ちょくちょく『だいちのちから』で変化した地形で避けなければいけないのは毎回大変で、正直ギリギリなラインの綱渡り。
ただしもちろん、強力すぎる技なだけあって、ディアルガ自身にも反動はくる。かわしきれば、反撃のまたとないチャンスなのは確かだった。

カイリューが持ち前の高速飛行でマーシャドーを乗せ射程外に一時退避。私たちも二体のギャロップたちに乗って全速離脱。
ディアルガ・オリジンの咆哮と共に放たれた時をも曲げる光柱が降り乱れる。
オカトラさんが引きつった笑みを浮かべながら彼の燃える鬣のギャロップのスピードを調整していた。
その後ろのレインさんは、ディアルガの姿を捉え続け、カウントを口ずさむ。

「……5、4、3、2、1、反転開始っ!」
「ハイヨーギャロップ! 踵を返せ!」

ギャロップたちとカイリューが掛け声に合わせて急速反転。技の終わりと始まるディアルガの反動の隙を一気呵成に叩きに行く。
カイリューが腕に乗せたマーシャドーをぶん投げ、直線距離をマーシャドーは弾丸の如く飛んでいく。
マフォクシーの『ほのおのうず』で、閉じ込められているディアルガは、時を戻さない限りその炎獄からは逃れられない。

「『まわしげり』!!!」

空中で姿勢を整え、回転とスピードの重なり研ぎ澄まされた『まわしげり』がディアルガ・オリジンの頭にクリーンヒット。大ダメージで怯ませることに成功する。

……そう、ここまでは良い。
問題は、この先だったの……。

マフォクシーが炎に映る未来をわずかに予見する。
でも一瞬でそのディアルガが膝をつくという未来は握りつぶされる。

「…………」

ふたつ重なる鼓動の音と共に、
歪む。歪む。歪んでいく。
捻じれ。捻じれ。捻じれていく。
銀糸の中から覗く赤い目の見つめる先が、歪み捻じ曲がっていく。
あの子の、彼女の念力を超えた何か強烈な力が私たちを弾き飛ばす。

「メイ!!」

半ば叱責するようなレインさんの声に、反射的に視線を逸らすメイ。
衝撃波は収まるも、その間にディアルガ・オリジンが力を溜め終えていた。
傷薬を使う間に時は繰り返され、渦のように巡っていく。

案外、閉じ込められているのは私たちの方なのかもしれないと思った。
どのみち、気力も、体力も、最終ラウンドは刻々と近づいていた。


***************************


メイは、たぶん繋がれている機械のせいで強制的に極度のテレパシーでリンクしてディアルガや他のレンタルポケモンたちとシンクロ状態にさせられている……つまりは、感覚を共有している状態にあるとレインさんが前に言っていた。
そのシステムごと解体すると言っていたレインさんとデイジーのふたりは、なんとかそのシステムを壊す手段は見つけたみたい。
ただしその方法を使えるチャンスは一度きり。状況も限定されているらしい。
だから私たちは、立ち塞がるディアルガ・オリジンを追い払うか、打ち倒すしかなかった。

ずっと堪えていたのか、それとも覚悟を決めたのか、レインさんがメイを叱り飛ばす。
やけっぱちにも見えたけど、彼は彼女に真正面から立ち向かうって選択したのだと悟る。
私たちには出来なかった、彼女に語り掛けるという選択を彼はした。

「メイ!! いい加減にしなさい!! いつまでそうやって閉じこもっているのですか!!!」
「…………」
「ずっとそこに居てもサク……ユウヅキもアサヒもここには来ませんよ!! 私が来させませんでしたからね!!」
「……うるさい。アンタに……」

マフォクシーが放った『ほのおのうず』を無視したディアルガの『だいちのちから』。それはさっきまでのパターンとは違って私たちを直接狙わない。
バトルフィールドを作るように、私たちを囲うように円陣に岩柱が突き出す。
陸路の退路は完全に断たれていた。このままじゃ『ときのほうこう』の直撃は免れない……!

「アンタに! 選ばれなかった奴の気持ちなんて解るものかあっ!!」

メイの念動力によって転がっている岩々がレインさんたち目掛けて飛んでいく。それを防いだのは、レインさんが預かっていたボールから出した、メイのブリムオンだった。
私とマフォクシーを乗せてくれていたパステルカラーのメイのギャロップも、ブリムオンと共にメイに呼びかける。

「解りますよそのぐらい!! その手に関しては貴方より先輩ですからね、私は!!」

オカトラさんのギャロップから降りて、珍しく逆ギレするレインさんに圧倒されつつも、私もマフォクシーと共にメイのギャロップから飛び降りた。
残ったオカトラさんが私に、「困りごとは……いっぱいありそうだよな。その上で俺たちに手伝えることは?」と聞いてくれる。困っている人を放って置けない性分なのだと思うけど、その言葉かけだけで、だいぶ救われるものがあった。

「あたしを受け入れてくれたあのふたりが、ずっとあたしの傍にいないのは解っている……解っているから怖いんだってば!!!」

アサヒもユウヅキも、メイを他の人と変わらずに接した。危なっかしい能力を持っていても、それを個性と見ていた。
何より、ふたりは頭を下げてでも彼女を助けて欲しいと願った。

その想いには、私も、私だって覚悟で応えなければいけない。
痛みを伴っても、目を逸らさない……責任から逃げ出さない覚悟を……持つんだ!

「大丈夫よメイ。私たちはちゃんと貴方も助けに来たの」
「<エレメンツ>が? 信じられないって!!」
「私たち<エレメンツ>だけじゃない。他の人も、ポケモンも貴方の帰りを待っているわ、メイ」
「嘘だ……嘘だ嘘だ、嘘、嘘、嘘!! 散々追い出しておいて、今更何なのさ!!」

ディアルガが深く、でも微妙に違う構えを取った。
私に「頼みました」とアイコンタクトを取った後にレインさんは、頭を抱えて何度も「嘘だ」と叫ぶメイに、息を整えて優しく語り掛ける。

「嘘かどうか、思考読みで解るのでは?」
「……!!」
「少なくとも、ここに居る私たちは、貴方を心配して、案じています。だから、良いように操られていないで帰って来てください、メイ」

炎の渦を突き破って鈍い光と共にディアルガ・オリジンの『てっていこうせん』が、銀色に煌めく巨大光球が、今にも撃ちだされようとしていた。
心配そうに私を見るマフォクシーに、「大丈夫、いけるわ。だから貴方も全力で応えて」と伝える。そのお願いを、マフォクシーは信じて聞き届けてくれた。

「大技来るぞ、プリムラ!!」
「ええわかっているわ! 私たちでやってみせるわよ! マフォクシー!!」

始まる『てっていこうせん』。それに合わせて私はマフォクシーに炎の渦を真正面に集めさせる。
正直震えは止まらない。吐きそうだし目も逸らしたくなる。
でもメイは、あの子は今も私なんかよりずっともっと怖い思いをしているはずだ。
私が逃げ出したままでどうする?
だから唇を噛んで、無理やりにでも目を見開く。

もう何も出来ないで諦めたくない。
この火力調節とコントロールだけは、私たちが一番なんだから!!

「炎よ貫きなさい! 『ブラストバーン』!!!!」

一点特化の鋭い『ブラストバーン』が、極太の『てっていこうせん』を貫き爆砕していく。

その爆裂音の中、激しい爆発の明かりをまじまじと見ながらメイが苦しそうに呟く。
「手伝って」って口にする!
葛藤を超えて言ってくれたその言葉を聞き逃す私たちではなかった。一斉に頷くと、メイは声を、勇気を振り絞る。

「あたしだけじゃ出来ないから、手伝って!!!!」
「わかりました。荒療治なので、強く自分を保っていてください!!」
「困っている相手を見捨てられないのが俺のいいところなんでね! 駆け抜けろギャロップ!!」

メイが自分の意思で繋がれた機械を外そうと、サイキックパワーも交えて命令に抗う。その彼女を、彼女のポケモンたちが力をサポート、協力していく。
反動で動けない私とマフォクシーの脇を、オカトラさんのギャロップが残り火を『もらいび』で受け継いで『フレアドライブ』で駆け抜けディアルガ・オリジンに畳みかける。
ディアルガ・オリジンの身体は渾身のそれでも動かない。でもまったくダメージが通っていないわけでは決してなく、むしろだいぶ追い詰めていた。

「マーシャドー!!!」

レインさんの叫び声とともに、カイリューから飛び降りたマーシャドーが彼の影へと着地、一瞬でその影に潜り込む。
何か予感がしたディアルガが時を停止させようと抗う。

「逃がさねえぜ」

張り付いたギャロップが赤い鬣をごうと燃やし再展開するは、『ほのおのうず』の牢獄。
今時を停止させても、炎はその場にとどまり続ける!

「決めてちょうだい! レインさん! マーシャドー!!」
「マーシャドー……全身全霊全力で行きますよ!!!!」

レインさんの手首に巻かれたZリングにはめられたクリスタルが、全力の想いと力によって輝きを放ち、影から飛び出でたマーシャドーに受けわたされる。
マーシャドーの頭が緑に、瞳が赤く燃え上がった。


「その身に刻め――――『しちせいだっこんたい』!!!!」


マーシャドーの七星奪魂腿『しちせいだっこんたい』が織りなす連続格闘技が、星座を連想させる楔をディアルガ・オリジンの魂に打ち込んでいく。
ディアルガが時を無理やり戻そうともがくけど、マーシャドーの魂への干渉は振り解けない。
そしてレインさんは息を切らせながらその眼鏡越しに見通す。
彼女を縛り付けているその原因となる一点を見据えて、指差した。

マーシャドーの雄叫び。
助走距離を取るマーシャドーの黒炎を纏った飛び蹴りがその一点を確実に射貫いた!!
ディアルガ・オリジンが受けた威力がそのまま接続先のメイへと送られる……!

「なっめんなああああああああぁああああ!!!!」

メイは自身のポケモンたちとその力の矛先を念力で歪ませ捻じ曲げる。
それは彼女を捕らえていた機械の耐久を超え、ショートし故障させた……!

クロイゼルの呪縛から解き放たれたメイが、ケーブルを取り外し、その場に力なく座り込む。
急いで駆け寄ろうとすると、先にブリムオンとパステルカラーのギャロップに寄り添われたメイは、笑みを浮かべながら悪態を吐いていた。

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……ざまあみろ」
「よく頑張りました、メイ」
「うる、さい……無茶、させやがって……!」

頭に置かれたレインさんの手を払いのけようとしたメイは、何かに気づき、レインの白衣の端を掴む。
唸る吠え声と共に、光輪が消え、姿がオリジンフォルムから元の姿に戻っていくディアルガは、おそらくギラティナによって開かれた【破れた世界】への扉に、半ば崩れ落ちるようにその中へ飛び込んだ。

ゲートは私たちを待ちかねているかのように開いたまま。
追いかけるにしても、一旦できるだけ治療など回復してからの方が良い。そう提案すると、メイがブリムオンの影に隠れながらこちらを見ていた。
触手の先の爪をそっと彼女の肩に置き、安心させようとするブリムオン。
レインさんはマーシャドーとカイリューを労いながら、彼女の異変を、「もしかして」と零して、その理由を言い当てる。

「メイ……貴方、もしかして力が使えなくなっています?」
「う……わかんないんだけど。何考えているのさ、アンタたち……!」
「知りたいですか?」
「いや……別にいい。ただ静かすぎてなんか変なかんじなだけだしただ……その」

彼女は自身の頭に手を触れる。顔を隠すための帽子を外し、口元を隠しながら小さな声を発した。

「……アンタたち<エレメンツ>やこの地方の奴らがあたしにしてきたことを一生赦すつもりはない。でも……今回迷惑かけた分は、様子見してあげる」
「……ええ。それでいいわ。これからずっと、償い続けるって決めたから」
「信じるわけじゃない……口では何とでも言えるから。今は考えていること分からないから見逃してあげているだけだから。ゆめゆめ忘れないでよね」
「ありがとうね」
「なっ、なんでそこで礼を言うの??」
「なんで、って……そう思ったからかしら?」

顔を赤らめ目を逸らすメイが、なんだか失礼かもだけど可愛いわねと思っていたら、オカトラさんやレインさんも笑いを堪え切れてなかった。
唸るメイを他所に、レインさんがデバイスに入っていたデイジーのロトムを呼び出し、壊れた機械を繋いでいた別の機器に滑り込ませた。
それから怪しい笑みを浮かべ、「さあて、どう解体して差し上げましょうかね……」と闘志を燃やしてはメイと彼女の手持ちに気味悪がられていた。


***************************


【ソウキュウ】でトレーナーやポケモンに襲い掛かっていたレンタルポケモンたちの動きが止まった。
それは、ディアルガの敗走とメイの解放。それから戦況のバランスの崩壊を意味していた。
時間稼ぎと戦力を削いでもこの結果になってしまった。
もとから不利な戦いだったけど、作戦の主軸の彼女を奪い返された時点でもう、ほぼ詰んでいるといっても過言ではない。

クロイゼルの願いが、叶わず散り行く最期になるのも、ボクらの敗北も時間の問題だった。

(だから、どうしたって話だよね)

キョウヘイが差し向けるリングマの『アームハンマー』の手首部分を、ガラガラの骨棍棒を使った『かわらわり』で弾き飛ばし、そのまま脳天へと『ホネブーメラン』を追撃。
空を陣取る彼のもう一体のボーマンダに対してはファイアローが『ニトロチャージ』で加速飛行しながらかく乱。力ずくで反撃するボーマンダの『ぼうふう』に対しては『はねやすめ』でやり過ごしうまく受け流す。

(まだ終わっていない。まだ終わっていない。まだ、終わっていない……!)

視界の端に、少女のアローラライチュウの相手を任せっきりのゾロアークがちらりと映る。
雷撃とエスパー技を封じられてもなお、彼女のライチュウは『アイアンテール』でゾロアークの猛攻をさばいていた……。


余計な思考が頭を過ぎる。


ハッキリ言ってボクは、先ほど「みんなを救う」と言い切った赤毛の少女、アプリコットの言葉に、嫌悪感を覚えていた。
嫌悪感の正体は……彼女の言う「みんな」には、当然のごとくクロイゼルは、敵対者は含まれていないからだと思う。
彼女にとっての味方。都合のいい、大義名分を掲げる集団。言い換えれば正当性を旗にする正義の輩。
敵を作り滅ぼすためだけに団結する奴ら。
そういう類の「みんな」が、ボクは大嫌いだった。

そして、わかっているのは……このままだと確実にクロイゼルは一方的に断罪させられるということ。
それだけは見届けたくないと思う自分が居た。
思い返されるのは、あの冷たくはなかった手のひらの温かさ。
彼だって、血の通った生き物……人間だ。
それが怪人のレッテルを貼られたまま裁かれるのは、見過ごせなかった。

「確かにボクはクロイゼルのことは理解できない。感情移入も出来ない……けど、ここで薄情になったら、ボクはもうダメだ」
「ダメなんかじゃ、ないだろ。君の往生際の、諦めの悪さは、そんなものじゃあないだろ……!」

リングマがファイアローが放った渾身の『フレアドライブ』を真正面から受け止める。
熱く燃え滾るファイアローに触れた余波で火傷を負ったリングマはその痛みを『こんじょう』でねじ伏せ、『からげんき』のヘッドバットを叩き込んできた。
ファイアローを戦闘不能に追いやっても『あばれる』リングマ。止めるべく放ったガラガラの『ホネブーメラン』は、ボーマンダの前『ぼうふう』の前に届かない。

(流石に、キョウヘイ相手にフルメンバーで挑めない時点で分が悪かったか)

ボクの残りメンバーは今戦っているガラガラ、コクウとゾロアーク、ヤミ。控えはジュナイパーのヴァレリオと……オーベム。対して彼の手持ちはまだまだ6体全員残っている。
戦おうと思えば、最後まで戦えた。
でもただでさえアサヒたちの足止めが失敗している以上、次の手を考えるのならもう引き時。
させてもらえるか分からないけど、撤退を試してみないと……。

「……諦めの悪さ、自分の都合でなら発揮できるんだけど……それじゃあ、ダメなんだよね」
「サモン……」
「悪いけどキミとのバトルに付き合うのもここまでだ、キョウヘイ」
「……どうしても、帰る気は無いのか」
「だから……どこに? どこに帰れと言うんだい?」
「…………だ」
「?」

彼にしては小さな声で、でもしっかりともう一度言葉にする。
慣れない言葉だったのだろうか、その声はどこか震えていた。


「俺の……隣だ。俺の隣に帰ってくればいい」


言った直後に視線を逸らすのが、また彼らしいと思った。

……キョウヘイのその言葉は、ボクにとってずっとかけてもらいたかった言葉だったのかもしれない。
あるいは望んでいた言葉だったのだと思う。
だけど同時に、今の目的以外に、その誘いにだけは乗れない理由があった。

「ボクにキミの隣に立つ資格はないよ」
「資格……? そんなものどうだって……」
「どうでもよくはないよ……キミの守りたかった日々にいるはずだったあの娘を、キミを気にかけていた彼女を……タマキを失う原因を作ったのは、ボクなんだから」

やはり、その名前に固まるキョウヘイ。
明らかな彼の隙を見て、ファイアローをボールに、ガラガラを傍に戻す。
リングマとボーマンダの追撃を捌こうとするボクらを、見定めるように彼は見ていた。


――――彼が弱さを嘆き、強さに拘るきっかけとなったあの娘の、タマキの喪失に、ボクは結果的に加担していた。

今でも嫌になるくらい思い出す。
一族の陰謀に翻弄され、それでも立ち向かった彼女を。
ニックネームをつけたホーホーを連れた彼女の強い笑みを。
その一族の暴挙をなんとかしたくて、彼女の背を押してしまった自分自身の浅はかさを。

彼女はもう、戻らない。
ボクの元にも、キョウヘイの元にも。
タマキはもう……帰って来ない。

「彼女を陥れたボクがキミの隣に帰るなんて、それこそ赦される訳がないだろう!!」

ずっと言えなかった言葉を口にしたとき、ボクはどんな感情を抱いていたのだろうか。
すっきりした? せいせいした?
……そんなことは無かった。

あるのは虚しいほどの空々しさ。空虚だった。


***************************


周囲の様子を感じ取ったソテツさんは、とっくの昔にあたしに逃げるように促していた。
でもあたしとライチュウ、ライカは逃げられないでいた。

理由のひとつは、ゾロアークの猛攻が激しすぎて一瞬でも気を抜いたらまずそうだってこと。
もうひとつは、苦しそうなサモンさんが何だか見て居られなかったってことだった。

ライカの『10まんボルト』は、ガラガラの『ひらいしん』によって妨げられてしまう。
『なみのり』をしようにも、ソテツさんのアマージョを巻き込んでしまう……。
火傷でだいぶ消耗しているアマージョをこれ以上傷つけたくないと迷っていると、ソテツさんがせき込みながら「躊躇は分かるけど、甘いよ」とかすれた声であたしを責め、フシギバナを出した。
アマージョの頭を撫で、ボールに戻すソテツさんに自然と皆の注目が行く。
まだ喉が痛むはずなのに、ソテツさんはサモンさんに言葉をかけていた。

「……赦されないことをしたって、解っているのなら、なおさら……向かい合うために帰るべきだね。じゃなきゃずっと……赦すことなんてできない……誰も、自分も、自分を赦してあげることなんてできないって……」

それはサモンさんだけに向けている言葉には見えなかった。
何故なら、そう言っているソテツさんもまた、苦しんでいるひとりに見えたから。

「赦す必要なんかない!!」
「いいや……必要だね」

フシギバナはひとつのタネを全力で力を溜めてから発射した。
その高速の弾丸となった『なやみのタネ』は、ガラガラの骨を捕らえ芽吹き、特性の『ひらいしん』を『ふみん』に上書きして封じる。
彼は力なく「最低限、お膳立てはしたよ」とあたしたちに笑いかけた。

「ライカ!」

雷電迸らせるライチュウのライカ。その電撃を帯びた『アイアンテール』でゾロアークを弾き、大きく距離を取る。
たった一発の『なやみのタネ』で、大きく傾いた形勢の中での彼女の判断は早かった。

「! 戻れ、コクウ! 頼んだヴァレリオっ!!」

あたしとライカが何をやろうとしているのかを察し、ガラガラのコクウを戻し、ジュナイパー、ヴァレリオを再び出すサモンさん。
まだまだ好戦的な彼女の背後のキョウヘイさんは、拳を固く握り、「今は、手を出すな」と彼のリングマとボーマンダに攻撃を中断するように言った。
キョウヘイさんたちを寂しそうに一瞥すると、彼女たちはあたしたちに続いて手を交差させた。
準備をしていたのはあたしたちの方が先なのに、サモンさんたちの方が構えから技を出すまでの流れが、速い。
あたしたちのZ技が今にも放たれることに、周りの全員は衝撃に備えた。
互いが身に着けたリングが光り、それぞれのポケモンたちに力を伝えていく。

「キミたちは全力で潰させてもらうよ、アプリコット!!」
「潰せるものならやってみなよ、サモンさん!!」

蒼穹の空に飛び出し、雷の波に乗って天高くまで上り詰めるライチュウのライカを、ジュナイパー、ヴァレリオは自身の後ろに影分身する矢を引き連れて追う。

「撃ち落せヴァレリオ!! 『シャドーアローズストライク』!!!!」
「迎え撃つ! ライカ!! 『ライトニングサーフライド』!!!!」

さみだれの撃ちの矢と共に突撃するジュナイパーが一挙に襲い掛かる。
反転して突撃し、天上に放たれる矢の雨をかわしきったライカは、真下のジュナイパー、ヴァレリオを解き放った天雷で呑み込んだ。
轟雷と衝撃波と共に地面にたたきつけられるジュナイパー、ヴァレリオは、そのまま立ち上がることは出来なかった。

「ヴァレリオ……ごめん」

謝りながら辛そうにジュナイパーをボールに戻す彼女の肩は、静かな怒りにわなわなと震えていた。
鋭く細められたサモンさんの目はそれでも諦めていなかった。
だからなのか分からないけど、あたしは自然とこう言っていた。

「もう……やめよう? サモンさん……」


***************************


どうしてそんなことを想ったのかはとっさには分からない。
けれど、気付いたらあたしはサモンさんを説得しにかかっていた。

「終わりにしようよ。これじゃあ最後までボロボロになって戦い合うことになるよ……」
「……少なくともボクたちの戦いはまだ終わっていないんだ。キミたちがクロイゼルを倒そうとする限りはね」
「違う。あたしたちはクロイゼル倒したいんじゃない。止めたいんだって!」

あたし自身の想いを、彼女に訴える。しかしその言葉は、真っ直ぐ届いてはくれない。
サモンさんは寂しい笑みを作って天を仰いだ。

「キミ個人の意思はそうかもしれない。でも全員が全員ってわけではないはずだ」
「それは……」
「数多の人々が同じ考えを持てるわけじゃない。キミはそう願ってくれているのかもだけど、彼を倒せって意見が多数になったとき、キミはどうするんだい」

突き付けられたのは、十分あり得る可能性。
考えてこなかっただけで、考えることから目を逸らしていただけで起こり得ること。
その時のことは、その時になってみなければわからない。そう答えることもできた。
でも、そういう問題じゃないってことは解っていた。

だって今のあたしの選択を、覚悟を彼女は聞いていたのだから。

「止める側に回るよ。ちゃんとわかってくれると、あたしはそう思いたいから!!」

サモンさんは、疲れた様子で、あたしに視線を向ける。
それから短く「やめろ」と言った。
その一言がなかったら、あたしは――――危うくサモンさんのゾロアークの爪に喉を突かれているところだった。
激昂する鳴き声を放つライカを抑えつつ……ビビりつつも、サモンさんへとあたしも目を向ける。
ちゃんと目があったのは、これが初めてだった気がする。
黒々とした……冷めた目線だった。

「キミのことは信じてあげてもいいけど……だからこそあまり“みんな”に理想を見ない方がいいよアプリコット。信じれば信じた分だけ、痛い目を見ることになるから――――団結なんて、ひとつ違えれば数の暴力なんだから」

冷めているというよりは、諦めきったような瞳の色だと思った。
だからこそ、何故かその諦観に流されたくない自分がここに居た。

ゾロアークの爪を払いのけ、あたしはサモンさんに向かって歩き出す。
一歩、一歩。ゆっくりと、彼女の瞳を逃がさないように目線を合わせながら。
歩み、寄っていく。

「……みんなが、みんなに理想を見て今ここに集まっているわけじゃない」
「誰かだけが何とかしてくれるからついて行くだけって考えは、とうに捨てている」
「団結って言っても最初から今にいたってもバラバラだし」
「利害の一致で辛うじてまとまっている節はあるし」
「色々、考えていると思うよ。それぞれ」
「こんなにいっぱいいるんだもの、トラブルが起きないわけがないわけで」
「けれど、今は一緒に力を合わせている。不思議だよね」

その一体感は、みんなで作り上げるライブに近いものがあった。
集団による熱は、確かにあたしたちを狂わせるものかもしれない。
でも熱さは、みんなが協力して共有できるものもある。
その感覚を知っている側としては、それを数の暴力だけで切り捨てて欲しくなかった。

「……だからなのかな。ずっとは難しくても、いずれ信じられなくなっても、今この時だけは信じたいって思うのは」

あたしのファンって言ってくれた人を筆頭に、信じたい相手が、脳裏に浮かぶ。
それは顔の見えない誰かなんかじゃなく。しっかりとひとりひとりとして認識できた。

その信じたい相手の中には、目の前のサモンさんと、もうひとり。
クロイゼルの顔も何故だか浮かんでいた。

「キミはいざという時、説得できない。それに全員、クロイゼルに恨みがないわけないだろ」
「確かに恨みがないと言えば、嘘になる。でもクロイゼルにもそうしてまで戦う理由があるんでしょ……マナを、救いたいんでしょ?」

あたしの問いかけにサモンさんはわずかに沈黙する。
否定がなかったことは、間違ってはいないということだと思い、そのまま続ける。

「あたしはクロイゼルがこれ以上痛みを広げる前に、止めたい」
「できるものか。あの執着の権化みたいな彼を、止められるわけがない」
「でもわからないよ。だって彼は、話がまったく通じない相手とは思えないから」

何かの気配を察知したゾロアークが、ゆっくりとサモンさんの傍に戻り、彼女の手を取った。
すると、彼女の足元からインクをぶちまけたような黒い影の渦が現れる。
彼女の背後まで立ち昇った、その渦の中心をツメで無理やりこじ開けるシルエットのギラティナ。引き裂かれたゲートのようなものがサモンさんたちを迎えに来る。
彼女はあたしたちを一望し、背を向ける。

「……試す気があるのなら、ボクを追ってくるといい。やれるだけやってみればいいよ」

彼女とゾロアークはその向こうの【破れた世界】へと足を踏み入れようとしたその時、黙っていたキョウヘイさんが声を張り上げ、サモンさんの名前を呼んだ。
ちらりと振り向くサモンさんのその動揺した顔に彼は……悩んで、選んだと思う言葉をぶつけた。

「赦すとか赦さないだとか、そんなのは後で揉めればいい。今は止めない。だが最後には……キミのことは連れて帰るからな」
「………………わかった」

小さく返事を返した後に、迷わず奥へと駆け出すサモンさんとゾロアーク。
残されたキョウヘイさんは、空を見上げ、大きなため息をひとつ吐く。ボーマンダとリングマは、そんなキョウヘイさんを静かに見つめていた。
一部始終を見守っていたソテツさんはフシギバナを撫でながら「少し一人にさせてあげようぜ」と先に行くことをあたしにすすめる。
ちょっとだけ様子が気になったけど、そっとしておくことをあたしも選んだ。

黒々とした穴は開いたまま、あたしたちを拒むことなく待っていた。
さっき相対したギラティナの迫力に緊張で震えそうになる手を、ライカが握ってくれる。ライチュウの丸っこい手のひらの柔らかさに、あたしは安心を取り戻す。
そして自分の目的を再認識する。

「クロイゼルを止めよう。そして、絶対みんなを連れ戻そう」

その一言を皮切りに、意を決し、あたしとソテツさんたちは、サモンさんの後を追って【破れた世界】へと飛び込んだ。






つづく。


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