マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1685] 第十一話 傷だらけの朔月 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/07/10(Sat) 18:44:13   2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第十一話 傷だらけの朔月 (画像サイズ: 480×600 201kB)

王都の入り口から広がる迷路のようなキャンプ地。
夜でも賑わうその区画で、最近事件が多発していた。

連続通り魔事件。

通りすがりの人やポケモンに正面から堂々と言いより、手品を使い切り傷を負わせていく……そのような事件が以前から王都【ソウキュウ】で続いている。
幸い死者はまだ出ていないものの、日々の生活を脅かしているのは確かだった。
タキシードにシルクハットという、ふざけたような目立つ風貌の犯人は、すぐ電光掲示板でも指名手配される。
だが、犯人は、自警団<エレメンツ>の追手からは逃れていた。

犯人は<エレメンツ>の“千里眼”こと、波導探知の使い手のトウギリが王都にいないタイミングで事件を起こすので、なかなか網に引っかからない。
さらにあざ笑うように<エレメンツ>が<ダスク>にバトル大会の襲撃を受け、実働部隊のエースのソテツが行方不明になったあたりから犯行頻度は増えていて、見逃せない問題になっていく。

その魔の手はキャンプ地だけでなく、王都の内にも広がろうとしていた……。


***************************


この日の夜も、また事件は起きた。

整えられた毛並みを持つポケモン、トリミアンとそのトレーナーである初老の男性は必死に路地裏を駆けていた。
男たちの目的はただ一つ。追いかけてくる通り魔たちから逃げ切ること。
しかし、その切迫した望みと逃げ道は断たれる。
正面から通り魔の手持ちのドレディアが嗤いながら立ちふさがる。
頭の花飾りが特徴的なドレスをまとったドレディアが蝶のように軽やかに舞いながら『マジカルリーフ』でトリミアンをいたぶる。
トリミングされた毛が見るも無残にズタボロにされていくトリミアン。
やめてくれ。そう叫ぶ男の足元に一枚のトランプが突き刺さる。クラブの12が印字されたそのカードは、通り魔の指鳴らしに呼応するかのように一輪の棘のついた茎をもつ花へと変化した。
2回目の指慣らし。ドレディアが両手を路地の床につけると、棘付きの花の茎がみるみる伸びはじめ、男とトリミアンの足に『くさむすび』をして、巻き付いていく。
棘が刺さる痛みでもだえ苦しむ彼らに、通り魔はシルクハットをかぶり直し笑みをたたえて言った。

「はっはっは! どうですどうです? 私ヨツバ・ノ・クローバーと愛しいクイーンのショーを特等席で体感したご感想は? ……おやおやノーリアクションですか? つまらない」

通り魔クローバーとそのパートナー、ドレディアのクイーンは「つまらない」と言いつつもその歪めた口元を緩めない。
愉快そうに、彼らの苦しむ様を見つめていた。

もう駄目なのか、逃れられないのかと男とトリミアンが絶望したその時、彼らの間に割って入った影があった。
幸か不幸かは判別できるだけの余裕は彼らには残されていなかった。
何故なら彼らの前に現れたフードを目深に被った橙色の髪の青年は、ランプラーを引き連れていたからだ。

ランプラーは、誰かが死ぬ直前に現れることから、死神の使いとして恐れられている。そういう噂が付きまとうポケモンだ。

もしかしなくても、それは自分たちのことかもしれない。そう静かに悟る彼らに死神が口を開く。
彼とトリミアンは覚悟してその言葉を聞いた。

「焼き払え――ローレンス!」

ローレンスと呼ばれた死神の使いのランプラーが、男とトリミアンの――――動きを封じていた茨の蔦だけを焼き払う。
へたり込む男とトリミアンに死神に見えた青年は「立てるか」と尋ねる。
何とか足を引きずりながらも立ち上がる彼らを見て、青年、イグサは言った。

「君らはまだ死ぬ時期じゃない。僕たちが保証する。だから……今は逃げろ」
「あはは、そういうこと。がんばれ〜」

戸惑う男たちにイグサの言葉を引き継ぐように続けてやってきた白いフードを被った褐色肌の少年、シトリーは、朗らかに笑いながら励ました。

肩をすくめ不愉快そうなクローバー。その視線はイグサとランプラーよりも、シトリーへと向いていた。

「おやおや? 私のショーを笑いながら邪魔するとは……なってない外野ですねえ。その笑み、消して差し上げましょうか?」

ドレディアと共に前後からじわりじわりと歩み詰めるクローバー。
イグサはシトリーに怪我をしている彼とトリミアンを託し、ランプラーのローレンスと共に突破口を開く。

「ローレンス、ドレディアの視界を奪え!」

イグサの指示を受けたランプラーは、白く濁った煙をドレディアにぶつける。
煙はドレディアの周囲に充満し、先ほどから蝶のように舞って高めていた能力の向上を打ち消す。

「! 『クリアスモッグ』とは、面倒な真似をしてくれますねえ、クイーン、再び『ちょうのまい』」

クローバーがまたドレディアの能力を上げようと技を指示する。
その瞬間を狙いすましたかのように、ランプラーは笑い、イグサは睨む。

「燃やせ! 『しっとのほのお』!」

イグサの声が路地に通る。すると舞い踊るドレディアの足元から狂ったような勢いの炎が迫った。相手が能力の向上に合わせて『やけど』を負わせる嫉妬の炎が荒れ狂い、ドレディアを包み込む。

クローバーにはこのまま火傷を負ったドレディアのクイーンに無理をさせる選択肢もあった。
シトリーやトリミアンとトレーナーだけでも狙うこともできた。しかしクローバーはそれをしなかった。

「今夜は終いですね。戻りなさい、クイーン!」

モンスターボールの光線が傷ついたドレディアを包みボールカプセルに回収する。その撤退の判断は早かった。
安心して胸をなでおろす男とトリミアン。
暗闇の路地裏に姿を消していくクローバーを見送ったあと、シトリーはつぶやく。

「あはは、お見事。引き際をわきまえているね。だてに今まで捕まっていないわけだ」
「首は突っ込みたくなかったが、顔を見られた。さて、どうしたものか」

感情を隠した表情を見せつつ唸るイグサにシトリーは提案した。

「とりあえずこの人とトリミアンを安全な場所まで送って、それからあの噂の<ダスク>さんたちに頼ってみない?」

シトリーの提案に、イグサは少し悩むも「巻き込むのは悪いけど、その手も悪くはない、か」と嘆息を吐いた。


***************************


新聞を、怒りに震えた両手に持ちながらトーリ・カジマは憤った。

「お前はなんなんだッ! クローバー!」

港町【ミョウジョウ】の喫茶店にて、顔を熱くし、怒る農灰のジャギー頭の男トーリ。彼の手持ちの結晶の姿のポケモン、フリージオのソリッドはそんな彼に冷気を吹きかけ、冷静になるように諭した。
同席していた青年、ミミロップの帽子を相変わらず身に着けたミュウトは恐る恐る様子を伺いながら、怯える彼の手持ちのピカチュウとピチューの兄妹を抱きしめていた。

ここ港町【ミョウジョウ】にまで、通り魔クローバーの噂は広まっていた。
ウェイターの視線を感じて声を潜めるも、トーリの怒りは収まらない。

「お前はなんなんだ、クローバー……同じ演者として、許しがたい」
「トーリさん、とにかく落ち着いてください。僕のリュカとシフォンもびくびくしてしまっています……」
「……すまない。だがしかしミュウト。演技や芸は人をそしてポケモンを喜ばせ元気にするためのものだ。だのに何を考えているんだ、このクローバーは。いたずらに芸を用いて、挙句の果てには傷と恐怖を植え付けていく。許すなという方が難しい」

ジト目の目を鋭くし、お冷を一気に飲み干し半ば叩きつけるように置こうとするトーリ。
だが、ピカチュウのリュカとピチューのシフォンのつぶらな瞳を見て思いとどまり、ため息を吐き出した。
ミュウトは悲しそうな表情を浮かべ、自身の想いを、疑問を述べていく。

「確かに、僕もポケモンコンテストやポケモンミュージカルによく参加する身としては、痛ましいと思いますこの事件……でも、何を考えてクローバーはこんなことをしているんでしょう?」
「知らん……知りたくもないそんな奴の思考なんて……万が一知ったところで、理解できるとは到底思えない」
「それは……そうですね」

しょげるミュウトに、トーリは頭を掻きながら彼なりに話の落としどころをだした。

「たとえどんな理由があったとしても、他者を、他者の大事な者を傷つけて許されることがまかり通る道理にはならないだろう?」

それを受けたミュウトは、両腕の中の大事な者たちを抱いて静かに頷いた。
そして彼は祈った。
早く事件が解決することと、これ以上の被害者が出ないことを。
祈ることしかできない無力さをどこか感じながら、願った。


***************************


色々あるにはあった後、俺とヨアケはまた【カフェエナジー】に足を運んでいた。
ここのウェイトレスのココチヨさんといい、ハジメといい……ユーリィも含め、俺たちと対立しているとはいえ<ダスク>のメンバーの中でも気を許せそうな人がいるのは、不思議な感覚だった。
まあ俺としては<ダスク>の責任者のサク……ヤミナベ・ユウヅキの野郎は赦しちゃいないがな。
“闇隠し事件”の真相は分からないが、手持ちのリーフィアにヨアケの髪を切らせたこととか。ダークライにあんな悪夢を見させたこととか。ソテツをさらって隕石との交換条件突き付けてきたこととか。うん、赦せねえ。

赦せねえ……けど、相棒、ヨアケの大事な人であることは変わりないんだから、また何とも言えないよな。

そんなことを考えながらグランブルマウンテン(アイスコーヒー)を飲んでいると、ココチヨさんに最近また通り魔事件が多発し始めたことを知らされる。

「通り魔か……よりにもよってトウギリが倒れた後のタイミングでかよ……完全に狙われているな」
「最近被害にあった方が増えてきてね。ビドーさんもアサヒさんも気を付けてね?」
「物騒だな……リッカとかカツミとか、子供らは大丈夫なのかココチヨさん」
「二人とも、なるべく外に出ないようお願いしているわ。今日中にでも二人を迎えに行って、しばらくこの【エナジー】で寝泊まりしてもらうつもり。やっぱり心配だからね」
「そっか。ハジメのやつ、まだ家を空けることは多いのか?」
「前よりは帰っているみたい。トウも本調子じゃないし、監視の目が緩んでいるから。それが……今回みたいな事件の時にはあると、本当に助かるものだったのねって痛感しているわ」

ココチヨさんは複雑そうに遠くを見た。トウギリの能力は便利ではあるが、彼自身の体調への影響を考えると、ほいほいと使ってもらえばいいというわけにもいかない。
現にトウギリはつい最近一度波導の千里眼の力を使いすぎて倒れている。
彼に無理をさせるわけにはいかない。それが分かっているからこそ、ココチヨさんは悩んでいたのだろう。

「<エレメンツ>側は、今誰か動けるのか?」
「噂だと、ガーベラさんが頑張っているって聞くわ」
「ガーベラも無理しているじゃねえか」

ガーベラは確か河川で行方不明になったソテツを探してここ連日探していたと記憶している。ソテツの居場所がダスクの元にあると知っても、体力的にも、精神的も参っているはずだ。
そんな彼女が危険の最前線に出ているなんて。

人材の少なさと、現状身動きがとりにくい<エレメンツ>。
なまじ修行などで世話になった面々をおもい返し、俺は自然と零していた。

「俺たちにも力になれること、ねえかな」
「きっと、きっとあるよ。私たちにも、力になれること」

モーモーミルクのグラスを持ち考え事をしていたヨアケは、俺にそう言った。

「そうだよな、俺らにも、できることあるよな」
「だからって、無理だけは、どうか無茶だけはしないでね、二人とも」

ココチヨさんとミミッキュが心配そうに俺らを見つめる。

「エレメンツが本調子じゃないのはあたしたちのせいでもあるのだから、何かあったらあたし経由でもいいから情報交換し合いましょう」
「分かった。どうか、ココチヨさんも気をつけて」

お互いの無事を祈りつつ俺らは<エレメンツ>の本部へと向かった。


***************************


【エレメンツ本部】は慌ただしかった。忙しい、というのもあるけど、どいつもこいつも余裕がなさそうだった。
根拠は、顔から笑みを浮かべる余裕が消えていたことにつきる。
警備員のリンドウと彼のニョロボンも、いつもより冗談が少なくあまり絡んでこなかった。(一応この間荒野でサイドカー付きバイクのタイヤがダメになったときトラックで王都まで運んでくれた礼だけは、キチンと言っておく)

本部室には、ソテツを除いた“五属性”の四人が揃っていた。
トウギリが目隠しをつけたまま椅子に座り、プリムラが彼の容態を手持ちのハピナスと共に診ていた。スオウは報告書に目を通している。デイジーはロトムを入れたタブレット端末にキーボードをつなげて何かしら操作していた。
入ってきた俺とヨアケの容姿にわずかに驚く面々。一番初めに声をかけたのは、デイジーだった。
彼女は黄色の眼を鋭くし、それからヨアケに向かって文句を言う。

「……色々。色々言及したいことは山ほどあるけど、とりあえずこれだけ言わせろ。一言も言わずに勝手に話を進めるんじゃない。あんただけの問題じゃないんだよ、アサヒ」
「うん……ソテツ師匠のこと、ユウヅキのこと、黙っていて本当にごめんなさい」
「今は、それで勘弁しておく。はいこれ、また渡しておくじゃん」

小さな手でデイジーはヨアケに何かを渡す。それはあのバッジ型の発信機だった。
その意図を図りかねていると、デイジーがため息をつき俺に説明をしてくれる。

「この発信機はアサヒが<エレメンツ>の監視下にあるっていう証だ。アサヒは……ずっと前からこれを付けて行動していた」
「それって」
「あくまで体裁だっての。コッチだって本当はこんなの渡したくなんてないし。でも状況がそれを許さない」
「……っ」

苦虫を噛み潰したような表情を思わずしてしまう。ヨアケは「お守りみたいなものだから、ね」と俺を止めた。
書類を机に置いたスオウが、口を開き会話の流れを変える。

「言いそびれていたが、ビドー、大会では健闘してくれてありがとな」
「! ……いや、結局優勝できなかった。すまん……」
「それでもだ」

面食らい、たじろいでしまう俺を横に、スオウはヨアケに大事な確認を取る。

「とにかくだ、あの馬鹿は……ソテツは、生きているんだな?」
「大丈夫……とは言い切れないけど、<ダスク>が、彼らがソテツ師匠の身柄を預かっているっていうのは嘘ではないとは思う」
「無事かどうかまでは分からない、か……にしてもレイン所長が<ダスク>と手を組んでいたとはな。<スバルポケモン研究センター>自体、こっちからの連絡に応答しなくなりやがった」
「…………他地方から<スバル>に来ていた、“闇隠し事件”の調査員たちも、連絡つかない感じなのかな」
「かえって、連絡ついた方が危険に巻き込んでしまう可能性もあるな。何も知らないなら、下手に刺激しない方がいい。けどまあ、何が何でも彼らの安全は確保しなきゃならないがな」

そのスオウの出した方針に、ヨアケも俺も頷く。スオウの言っているのは外交的な意味も含まれているのだろうが、その渦中にはヨアケの旧友のアキラ君が居る。ヨアケはアキラ君に何度も連絡を取ろうとして繋がらないことを心配していた。どのみち、知り合いがいてもいなくても気持ちは変わらないが……つまりは見捨てないというスオウの決断に安堵した、ということだ。

だが現状、手詰まりの後手後手なのは変わらない。
俺はわずかに引っかかっていた疑問をスオウに投げかける。

「ヤミナベが要求してきた隕石の本体っていうのは……?」
「ああ。ギリギリで賞品の隕石を本体から欠片に入れ替えた。優勝者には申し訳なかったがな……けどそれもヤミナベ・ユウヅキや<ダスク>には見抜かれた挙句、俺たちの頼みのつての<スバル>も手のひら返しだ。<スバルポケモン研究センター>が<ダスク>とグルだっていうのなら、俺たちが隕石の本体を持っていても、価値も意味もない。」

そう。<スバル>の協力がなければ、自警団<エレメンツ>は“闇隠し事件”の調査に対して介入すら許してもらえない。隕石だけあっても本当の意味で宝の持ち腐れだ。
むしろ、“闇隠し事件”の行方不明者を救出しようとしている<ダスク>の邪魔をしていることになる。
この問題は<エレメンツ>の士気にも関わっていた。<エレメンツ>だって、“闇隠し事件”をなんとかしたい思いは同じなのだから、それに反するのは望むところでないはずだ。

それを分かったうえで、スオウは続ける。

「かといってうちの大事なメンバーを人質にとるやり方の<ダスク>の言いなりになるのは、癪に障るよな」

その想いは、自警団<エレメンツ>として今までこのヒンメル地方を支えようと力を尽くしてきた彼らが抱いて当然の感情だった。

「でも、時間はない。通常業務に支障は出ているし、信用も落ちてきている。挙句の果てには通り魔が暴れている。意地だけじゃ、何も解決はできないじゃん」
「……けが人が増えるのは、どのみち好ましくない。こんな時、ソテツならどうしたかしらね」
「む……すまない。俺が機能しないばかりに……」

現実を述べるデイジー、思案を巡らせるプリムラ。ふがいなさを痛感するトウギリ。
バラバラになりかけているメンバー。ハピナスの口元からも余裕が消えている。かくいう俺も、その崩れる土壌をつなぎとめる方法を思いつけてはいなかった。

(何もできないのか? そんなことないだろう?)

俺たちは、何もしないことは選んでいないのだから。
そう考えていたのは俺だけではなく、隣に立つヨアケも同じようだった。
ヨアケが腰に手を当てて、よく通る声で、眉間にしわを寄せつつ笑顔を作って。
その場の全員に言った。

「ソテツ師匠だったら、無理やりにでも笑い飛ばそうとしたと思う。逆境であればあるほど。笑えなくなったら、どうしようもないって。確かに……今は滅茶苦茶悔しいと思う。でもここで最後に笑えない道を選んだら、ダメだと思う」

それは、後悔しない道を、決断をという意味を含んだ発言だった。
何もしないで流れるまま決める、というわけではなく、ちゃんと選んで決めよう。という呼びかけでもあった。

スオウが「ふっ」とふてぶてしく笑った。

「メンバーが欠けたら立ち行かない<エレメンツ>じゃあだめだ。いない時こそ、残っている俺らがしっかりしなきゃあいけない。いつも通りにはいかないかもしれないがな。さて……デイジー、俺らの優先事項はなんだ」
「……通り魔、ヨツバ・ノ・クローバーの対処だ。この問題が解決しないと通常業務に移れないし、信用なんて一日二日で回復するもんじゃない。ソテツの問題は<ダスク>側と交換日時を相談するまで時間がかかるから、まずはこいつをとっとと……とっちめる」
「そうだな。それじゃあプリムラ、お前ならけが人を減らすには、どういう方法を使う?」
「とにかく注意喚起はしておきたいわね。少人数での行動を減らすように、あと、何かあってもパニックにならないように、キズぐすりと怪我の治療法の情報を配る。とか?」
「じゃあ、その方面はデイジーと協力してくれ。任せる」
「俺は……どうすればいい」
「トウギリは……今は回復に専念しつつ、そうだな。万が一この本部が襲撃された時のフォーメーションでも考えてくれ。考える時間は、あるだろ?」
「……ああ。任せろ。ここの地の利を生かして考えてみせる」

彼女の一言を皮切りに次々と、次々とやることが決まっていった。
そのスオウの指揮とそれぞれの対応に惚れ惚れしていると、「お前ら何ぼうっとしているんだ?」とどやされた。

「アサヒにビドーも手伝ってくれるんだろう? ――――通り魔クローバーの捕縛の手伝い、無理ない範囲で頼むぜ」
「うん。頼まれたよ、スオウ王子っ」
「おう。分かった……!」

かくして、自警団<エレメンツ>と共に通り魔クローバー包囲作戦が展開されることとなった。
そしてその余波は、思わぬ方向で広がることになる。


***************************


ニュースや電光掲示板で注意喚起が行われる。それと同時にキズぐすりの無料配布やいざという時の応急処置の仕方などの動画やデータ、チラシが配布される。

そして、ガーベラさんを中心に最低2人から3人のグループ分けをして王都で捜索に当たることとなった。

俺とヨアケはルカリオとドーブルのドルをそれぞれボールから出し、警戒しながら王都の見回りをし始めた。それから出会った人やポケモンなどに単独行動は控えるよう、それぞれ注意を呼び掛けていく。

夕時に差し掛かったころ、宵闇が迫る中、俺はあいつを見かけしまった。
声はかけにくかったが……気づいた俺が呼びかけるべきだろう、と判断しヨアケに一言断ってからルカリオを引き連れて声をかける。

「おい……アプリコット!」
「え、ルカリオと……び、ビドー? ずいぶんばっさり切ったね髪……無事でよかった……じゃなくて、なんでこんな時に会うかな……」

頭に丸々としたピカチュウのライカを乗せた赤毛の少女、アプリコットは俺に驚き、なぜか安堵した後、居所悪そうに俺から目を反らす。コロコロと表情を変える理由はよくわからないが、俺は単刀直入に用件を伝える。

「お前こそなんでこんな時に一人で出歩いてんだ。ニュース見てないのか?」
「…………見てなかった、かな」
「……ったく。最近通り魔が出ていて物騒だ。だから単独行動は控えろ、って、呼び掛けているんだ。誰か他の奴らは一緒じゃないのか?」

黙りこくるアプリコット。どうやら一人で王都に来ていたようだ。
どうしたものか。こちらを伺うヨアケとドルと目が合う。俺が誰と話しているか気が付くと、何故か彼女はそこから動かずに様子見に徹している。いや助け舟出してくれよ。
ライカには睨まれているものの、なんだか波導にも覇気のないアプリコットを捨て置くのも意にも方針にも反するので、俺はそれとなく事情を探ってみることにした。

「なんかあったのか?」
「…………」
「ジュウモンジとケンカでもしたのか?」
「ううん……ケンカにすら、なってないよ」

その零した言葉は、あの【イナサ遊園地】のステージで歌っていた者とは思えないほど、小さくかすれそうな声だった。
ルカリオもアプリコットの抱えている感情の波導を読み取り、慎重に見守っている。
俺が相手だからか、なかなか話したがらないアプリコット。こんな時どうしたものか。
ピカチュウのライカも警戒の気を発していたので、まずはそこから解く努力をしてみるか。

「あの、さ」
「……なに」
「遊園地で――」
「?!」

遊園地、という単語を出しただけで一気に緊張し固まるアプリコット。ライカに関しては「あ? 噛まれたいか、おら?」みたいな表情の険しさを感じる。ルカリオからも若干冷ややかな視線が注がれる。あれ、なんかまずったか?
……ああしまった。歌っていた曲のこと言いたかったのに、そういやあの時怖がらせたんだったか……。
だあもう、こうなったら素直に謝るしかない……そう意を決し、責められる覚悟でぶつかりに行く。

「あの時は悪かった」
「……うん……」
「それとは別に、あの後お前らのバンドの演奏聞いた」
「……! そう、ありがとう」
「今まで散々お前らを否定してきた俺が言うのもおかしいが、俺は……わりと好きだ、お前らの曲」
「そっか……そっか」

アプリコットは何度も小さくうなずいた後、突然泣き始めた。ライカも耳と尾を垂れさせ、元気がなくなる。正直、わけがわからん。
日が沈み、辺りはどんどん暗くなっていく。
ヨアケとドルも、さすがに心配になったのかこちらに近づいてきた。
「俺が、悪いのか……?」と困惑してつぶやくと、アプリコットは全力で否定しにかかってくる。

「違う! それだけは絶対に違う! 貴方たちは、悪くない…………ただ<シザークロス>が、あたしの居場所が終わっちゃうかもしれないって聞いて、バンドのこともどうなるか、わからなくて、それで不安になっちゃっただけなんだ……」

義賊団<シザークロス>が、終わる。バンドも含め、無くなってしまう可能性がある。
そのことを聞かされた俺は、その可能性を聞いて愕然としてしまっている。前はあんなに奴らを嫌っていたのに。その矛盾した感じも含め、困惑が増していく。

「割って入ってゴメン。アプリちゃん。どうしてそんなことになっているの?」
「! アサヒお姉さん…………いや、それは、だから」

アプリコットの視線が、ルカリオへと向くのを俺は見逃さなかった。
ルカリオは俺より先にそのことに気づいていたらしく、静かに目を細めていた。
おそらく。きっかけはリオルがルカリオへの進化を果たしたことがなんか絡んでいる。
そのことに感づかれたことに、アプリコットは気づいたようで。

でも、決して彼女は俺とルカリオを責めることをしなかった。

彼女は下手な作り笑いを作り、涙あとの残った目を細め、自嘲した。

「親分が自分の目が節穴になってきたから、活動しようにもちゃんとやっていけないんじゃないかって言っていて。それ聞いて動揺しちゃっただけ! 情けないよね、あはは……」

そんな彼女を、俺もヨアケも、ルカリオもドルも、彼女の手持ちのライカでさえも……笑うことなんて、とても出来なかった。

――――ただ、その強がった笑顔でさえも許してくれない奴らは、いた。


***************************


その敵意ある波導の気配に気づいた瞬間。ルカリオがアプリコットを突き飛ばしていた。
何が起きたのか分からず驚くアプリコット。吹っ飛んだ拍子に彼女の頭から落ち、地面に丸い体で受け身を取る彼女の手持ちのピカチュウのライカは気づいたようで、先ほどまでアプリコットの居た足元から生えたソレに向かって『アイアンテール』で切り裂きにかかる。

「?! なにこれ、植物のツル……!?」
「『くさむすび』だよ! 気を付けてみんなっ!」

ヨアケが俺らに警戒を呼び掛けた。周囲を見渡すと、暗がりの路地裏から、そいつと先ほどの攻撃を仕掛けたポケモンであると思われるドレディアが姿を現す。
そのシルクハットを被った男は、ヨツバ・ノ・クローバー……!
奴らは俺たちを見るや否や、浮かべた笑みをますます歪めていった。

「おやおや、そこまで警戒をしなくても。私は通りすがりの道化師。貴方たちに楽しんでいただくために少々サプライズをしようとしたまでですのに」

そのさえずる笑顔の裏側には、楽しいから笑っているというだけでは済まされない感情の波を感じた。
直感的に、危険だと感じた俺は、アプリコットたちだけでも逃がそうと、声をかける。

「アプリコット。こいつだ、さっき言っていたやつは。とにかく人の多いところに逃げろ!」
「! いや、あたしたちも戦うよ!」
「ばっかお前、本調子じゃないだろ!?」
「そんなこと分かっている。でもだてに義賊団やってないから! ――――ライカ!」

気持ちの波が切り替わったアプリコットの声に、ピカチュウのライカが反応する。
それからその丸い体とは思えぬ俊敏さでドレディアとクローバーの周りを一定の距離を保ちつつ駆け巡る。
ドレディアがひらり、と回転しながら輝く木の葉、『マジカルリーフ』の群れをピカチュウへ向けて発射。木の葉の群はピカチュウを追尾していく。

「ルカリオ援護だ、『はどうだん』!」

ピカチュウが攻撃を引き付けている間に、ルカリオに援護射撃の『はどうだん』を指示。ドレディアめがけて波導の光球が向かう。
ドレディアは新たに『マジカルリーフ』の盾を展開し、切り払いしてダメージを最小限に抑える。

「さてさて、複数でのお相手ですか。それなら私たちも多人数用態勢に切り替えさせていただきましょうか!」

耳障りなほど声高なクローバーの合図と共に。
『マジカルリーフ』の群れと盾が一枚ごとに散開して、各方面に襲い掛かる!

とっさに俺は近くのアプリコットを庇う。
はじけ飛ぶその攻撃に……ヨアケをドーブルのドルが、俺とアプリコットをルカリオがそれぞれ喰らいながらも守ってくれた。
ピカチュウのライカは『アイアンテール』ですべての木の葉を叩き落としていたが、自分のトレーナーであるアプリコットを狙われたことにより、怒りをあらわにした。
その怒りを鎮めたのは、ヨアケの声だった。

「ビー君! アプリちゃん! お願い少しの間彼らを抑えておいて……!」

ヨアケとドーブルのドルには何か考えがある。今わかっているのはそのために奴らの注意と動きを封じなければいけないってことだ。
その意図をピカチュウは汲み取り、平静を保とうとしている。
その姿を見て、俺は前を向きなおす。

(やるしかない)

アプリコットの肩に手を置き、俺はヨアケに応じた。

「! わかったヨアケ。やるぞ、アプリコット!」
「……うんっ!」

ドレディアとクローバーに、俺たちは挑むことになる。
だが奴らの本領を発揮する夜の足音は、もうすぐそこだ。


***************************


「さぁてさてさて、止められますかね、私と私の愛しのクイーンを!」

クイーンと呼ばれたドレディアの周りに、蝶のような形を描く光る粉が現れ空中を舞い始める。
その蝶々たちと遊ぶかのようにドレディアは『ちょうのまい』を踊り始めた。

俺はその能力を上げる舞を止めさせるべく、ルカリオに『フェイント』で接近戦を狙わせる。
アプリコットも続いてピカチュウに上空にジャンプを指示、上から『アイアンテール』を狙うようだ。

クローバーがシルクハットから花束を一瞬で取り出し、宙に投げる。

「さあさあ、一緒に踊り狂いましょう!!」

投げられた花束の花弁が、意思をもったように吹雪いて、『ちょうのまい』の上に重なった。
舞は轟々と荒々しい音をたてて、変化する……!
『ちょうのまい』から、『はなびらのまい』へと、パワーアップする!

その凄まじく荒れ狂う花弁の大嵐に、近づいていたルカリオも上から狙っていたピカチュウも巻き込まれてしまった。

「ルカリオ!!」
「ライカっ!!」

投げ出され、壁に叩きつけられるルカリオとピカチュウ。ふたりとも何とか立ち上がるも、蓄積された疲労は大きい。ドレディアは『マイペース』に踊り続けているのか、あんなに回転しているのに疲れ果てて混乱する様子がない。
ドレディアの『はなびらのまい』は続く、続く、続いていく。
止めるどころか、これじゃあ触れることすら叶わない。

ヨアケの方へ一瞬目をやる。彼女はタイミングを計り、ドーブルが何か力を蓄えているようだった。
彼女たちは俺たちが彼らの動きを止めるのを、待っていた。
アプリコットが俺に尋ねる。

「ビドー……ルカリオの『はどうだん』って、相手を追尾する“必中攻撃”だったよね?」
「受け流され、叩き落とされればそれまでだが、相手に届きやすいのは確かだ」
「そっか。じゃあ、ドレディアの上から叩きこんで欲しい。それでたぶん、ドレディア止められるかも」
「……お前」
「お願い」
「分かった。信じているぞ、その言葉――――ルカリオ!」

俺は走ってクローバーの注意を自分に引き付ける。
ルカリオに『はっけい』でジャンプさせ、大渦の上空へと向かわせた。
クローバーが手に持ったステッキをくるくる回し、その先を俺に向け、ダーツのような何かを射出。間一髪で避け真上のルカリオに『はどうだん』の技の指示を叫ぶ。
空中でルカリオが構えると同時に、アプリコットは自分の腕をピカチュウの足場にしてレシーブを打ち上げた。

放たれる波導の弾丸にとドレディアの間に、ピカチュウのライカは尾から放った技を滑り込ませる。

「『エレキネット』!!」

雷の網をくぐらせた『はどうだん』がドレディアに被弾すると同時に、その全身に網が巻き付いた。『エレキネット』により身動きを封じられたドレディアは、これでもう、踊れないはず……!

驚くクローバーの足が止まる。そのチャンスを彼女たちは見逃さない。

「今だよ、ドルくん!」

ドーブルが絵筆の尾を地面に力強く叩きつける。

クローバーとドレディアの足場のタイルがめくれ上がり、中から現れたのは、膨大な数の植物のツル。
そのツルの正体はドレディアの使っていた『くさむすび』をドーブルが『スケッチ』という技で写し取ったものだった。
力を十分溜めたその『くさむすび』は、一瞬で這いより彼らを縛り上げ地に転がした。

よし。これであとは他のメンバーを待つだけだ。
そう安堵しかけたその時…………ドレディアが光線に包まれる。

「え」
「あっ」
「しまった!」

アプリコット、ヨアケ、俺の順で反応が追いつく。
その光の帯はモンスターボールによるポケモンをボールに戻す機能であり。
クローバーの手中のモンスターボールにいったんしまわれ、そのまま再度ボールからドレディアが姿を現す。

もちろんそのドレディアは『くさむすび』の拘束からは解かれ、自由の身だ。

「いやはや、詰めが甘いですねえ。この程度の捕縛じゃ指が動かせますね。それに、脱出ショーはお手の物ですね!」

ドレディアの『マジカルリーフ』の葉がクローバーを縛る『くさむすび』のみを器用に切り裂き、ふりだしに戻ってしまう。

高笑いしながらクローバーは、ヨアケとドルに視線と……足先を向ける。

(まずい。狙いが、ヨアケたちに向かった!)

その動揺が、冷静さを失わせていく。

(焦るな、焦るな焦るな……焦るなっ!!)

拳を腿に打ちつけ、奴を見据える。
さっきの奇襲はもう通じない。だから別の方法を考えなければいけない。
思考をフル回転させ、現状の打開策を見つけようとする。
しかし考えるより先に、行動している奴らがいた。

「あれ? 貴方の狙いはあたしじゃなかったの?」

アプリコットとピカチュウのライカは、震える声を抑えつつ、余裕がなくても強がり“笑み”を浮かべて、クローバーとドレディアへ技とかではなく単なる挑発をした。

その言動が、彼らの琴線に触れる。


***************************


クローバーはアプリコットの強張った笑顔を見て。
憎悪のこもった歪みきった笑顔を向ける。
奴の手持ちのドレディアは、笑みを消し、トレーナーであるクローバーを静かに見つめていた……。
クローバーがアプリコットに呪詛のように声をかける。

「まだ笑うのですね、貴方は」
「笑っちゃ、悪い?」
「ええ、ええ悪いですとも」
「なんで?」

虚勢が強まっていくアプリコット。ピカチュウのライカも威嚇を止められない。
ヨアケとドル、俺とルカリオはその様子をじっと見ることしかできていなかった。
下手に行動を起こせない俺たち。
それを見抜いてか、クローバー己の言い分を全員に対しぶちまけた。

「だっておかしいでしょう? 私たちはあの“闇隠し”によって散々、散々な目にあっている。だのに不幸な目にあってない彼らは日々を楽しそうにしてこちらを侵略してくる! 群れて、つるんで、近くの私たちにお構いなしに笑い続けている! 無論、不幸を忘れて愉快にしている彼らとて同罪だ! そのふざけた笑みを消すためなら、私はいくらでも、いくらでも立ち上がりますよ、ええ、ええ立ちふさがりますとも!」

“闇隠し事件”を生き延び、この地方の変化を間近で見てきた俺とアプリコットは、奴の言い分に少なからず共感できなくもない部分もあった。

歩道ですれ違う、あの楽しそうな集団を恨めしいと思ったことは、俺もある。
耳障りな笑い声を、消してやりたいと思ったことも、あるさ。
けど。その屁理屈は、通させない。
通させて、たまるか!

「不幸を忘れて呑気に笑っている? それは違うな。必死に笑うために自分を、自分の周りを変えようと頑張って、努力して、そうして無理くりにでもやっと笑っているやつらだっているんだ。やっとそこまでたどり着いたから笑っているんだ! ――――不幸に酔って、他人に自分の価値観を押し付けて迷惑かけるのも大概にしとけ!!」
「! “あの事件”を、不幸を、痛みを!」
「知っているさ、俺もこのガキも当事者だ!!!」

有無を言わせず俺は言い切る。それでもその言葉はクローバーには届かない。奴は誰が相手でもその笑顔を消すことしか、もう見えていない。
そう簡単に、手短に自分の信じてきっているものを変える、なんてのは難しい。
正しいと思い込んでいれば、思い入れていれば、なおさら難しい。
一生、理解されないという可能性も大いにある。
そう思ったら。何故か。

何故だかとても、虚しくなった。


――――背後の建物の屋根の上から、声がする。

「彼ならば、こういう時……」

そこから難なく飛び降り着地した黄色いスカーフのゲコガシラとその金髪ソフトリーゼントの丸グラサンのトレーナーは。
<ダスク>のハジメは。

「“よく言った”……とでもいうのだろうか」

今は安否不明の“五属性”の一人、ソテツを連想させるようなことを、夜闇につぶやいた……。


***************************


ハジメとゲコガシラのマツを見て、クローバーはドレディアに『マジカルリーフ』を指示。
大波のようにうねる軌道の葉の群れが俺とルカリオ、アプリコットとピカチュウに向けて襲い掛かる。
その俺たちの前に出たのは、マツだった。

「切り裂け」

『アクロバット』による蹴り上げで波を真っ二つに切り裂き、俺たちを守るマツ。
しかしその『マジカルリーフ』は囮だったようで、クローバーはドレディアをボールにしまい、背中を見せて撤退していた。

(なんで、俺たちを助けてくれたんだ?)

色々と、驚きを隠せないでいるとハジメから話し始める。

「<ダスク>も、<エレメンツ>のクローバー捕縛作戦に協力することになるだろう。話を聞いたサクが、そう動くと決めたからな」

サク……つまりはヤミナベ・ユウヅキがこの件に介入すると決めたとハジメは話す。
ソテツの身と引き換えに隕石を渡せと脅している奴らが………手を貸す、か。

「……<エレメンツ>と<ダスク>は敵対しているだろ」
「気に食わないのは分かるが、俺たちとて奴は野放しにできない。一時休戦だ」
「まあ……わかった。助かったのも事実だしな。一応礼は言っておく」

一息ついたタイミングで、ヨアケとアプリコットも続けて礼を言った。

「ありがとうね、ハジメ君、マツ」
「あたしからも。ありがと、ハジメお兄さん。マツも……ってマツ?」

ゲコガシラのマツが鬼気迫る表情でそれぞれのポケモンに説得をしていた。

「礼には及ばない。むしろ、俺個人としては、協力してほしい事柄がある」

ただならぬ言い回しにルカリオ含めたポケモンたちが、すぐに頷く。
「私たちも、協力するよ」とヨアケが話を聞く前に了承した。アプリコットも首肯で応える。
俺も異論は、なかった。
何故ならハジメは、本当に切羽詰まっているようだったからだ。
放っては、おけなかった。

後悔を込めた声で、ハジメは俺たちに告げる。

「助かる……実は、妹のリッカが、家を飛び出してしまったんだ」


***************************


夜の王都を走りながらハジメは話す。何があったのか、事情を説明する。


ことの発端は、あの大会の襲撃事件のあった後に、ハジメが今まで自分が<ダスク>であると隠していて、その襲撃をした側にいることをリッカに白状したところから始まる。
ハジメは、リッカを巻き込むまいと黙っていたらしい。リッカはそのことを怒りつつも、一応仲直りまでは持って行けたそうだ。
そこまではよかった。けれど。

「時間が経つにつれ、リッカは俺と距離を取るようになっていった。そして言われた。“ハジメ兄ちゃんたちは間違っている”……“おかしい”、とな」
「ハジメ……」
「他人に自分の価値観を押し付け、迷惑をかけるな。だったか。リッカもそう言いたかったんだろうと今では思う。だが俺は譲れなかった……」
「……ココチヨお姉さんのところに行っているとかはない?」

アプリコットの上げた可能性は低いと、俺もヨアケも分かっていた。
何故なら、彼女もまた<ダスク>なのだから。リッカがそれを知ったうえで自分から彼女のところに行くとは思いにくい。
だから単なる否定の返事が返ってくると思っていた。
しかし状況はさらに良くない方へ転がっていると告げられる。

「すでに連絡はしてある、だがさらにまずいことにリッカの友達のカツミも、リッカを探しに飛び出した。ココチヨさんも追ってくれてはいるものの……このままでは三人とも危険すぎる」
「そうだね……さらに、手負いになった彼とドレディアが何をするかわからないし、急がないと。ハジメ君、リッカちゃんたちの件、私が<エレメンツ>側にもそれとなく相談しておこうか?」

ヨアケの提案に、ハジメは迷っているようだった。しかし、マツがハジメに「手段を選んでいる場合じゃないだろ」という鳴き声を上げ発破をかける。
それを見てヨアケは、「私が勝手に連絡しておくよ。ハジメ君の意思抜きで」と行動を起こしていた。
ヨアケに一言謝るハジメに、俺はふと思った疑問を投げかける。

「なあ、そもそも<エレメンツ>と<ダスク>って利害は一致しているだろ。争う必要は、ないんじゃないのか」

<エレメンツ>だって、“闇隠し事件”でいなくなった奴らを取り戻したいのは一緒だろ。
確かにサク……ヤミナベ・ユウヅキは事件を引き起こした容疑者であり、レインもそうだと言っていた。たぶんそれは事実なのだろう。でも、責任を取るやり方として、<エレメンツ>と一緒になんとかするって手段はなかったのか?
それこそヨアケと一緒に、さ……。

俺の質問にハジメは渋い顔をして、「戦う必要は、ある」と答えた。
それから握りこぶしを作り、その理由を、突き付けた。


「<エレメンツ>には、“闇隠し事件”の行方不明者の救出作戦は行えない。なぜなら彼らの背後には――――他国の重圧があるからだ」


***************************


アサヒがガーベラに入れた連絡が本部に伝わる少し前。
エレメンツ本部のスオウの元に、電話がかかって来ていた。それは一度ではなく、何度も、何度も。似たような、同じような「隕石の守りを強化するためにもこちらで預かるべきだ」という他地方の申し出にスオウは電話線を引っこ抜いてやろうかという気持ちに何度もなった。
また着信音。しかし今度は別の番号からの呼び出しだった。
慎重に取るスオウを待ち受けていたのは。どこか掴みどころのない女性の声だった。
何度か連絡を取り合っているので知った人物だったが、スオウはその相手のことが苦手だった。

『ご無沙汰しております、スオウ殿下』
「殿下はやめろ。呼び捨てでいい、<国際警察>のラストどの」
『私も呼び捨てで構いませんよ。流石に王子に呼び捨ては気が引けるので“さん”付けで。してスオウさん、単刀直入に用件を伝えますが……』

先んじてスオウはラストにくぎを刺す。

「隕石なら<エレメンツ>が管理するぞ。どこに何を言われようとな」
『そうですか。ですが、それが、許されると思いで? プロジェクトの協力者、<スバルポケモン研究センター>に不穏な動きがあるというのに』
「許されないと分かってはいるさ。けれども俺としてはできれば<スバルポケモン研究センター>ともう一度ちゃんと話しあって、“赤い鎖のレプリカ”のプロジェクトを連携していきたいと思っている……」
『他地方がプロジェクトを、行方不明者の救出作戦をはなからさせる気がないとしても?』

ラストに言われるまでもなく、その思惑にスオウは気づいていた。
だからといって、彼は個人しても、今までこのヒンメル地方を保とうと力を尽くしてきた自警団<エレメンツ>のリーダーとしても、その重圧をおいそれと認めたくはなかった。
受け入れられるわけではなかった。
沈黙するスオウに、ラストは一息吐いてから、同じような内容を繰り返す。

『たとえ目的が目的でも、伝説のポケモンを呼び出す危険なプロジェクトを、おいそれと他地方が認めるわけにはいかないでしょう』
「……だから<スバル>は、元から俺たちと手を切るつもりだったんだろうな」
『でしょうね。どうするのですか、このままだと他国の援助を受けられなくなる可能性もありますよ』
「それでも、だ。国民を救出できなくて、何が国だ」
『……御立派ですね。けれど、貴方たちにその選択権は残されているのでしょうか。今のヒンメル地方の存続を天秤にかけてでも賭けに出て、孤立無援状態で救出プロジェクトを進められるだけの、力があるのでしょうか』

『理想だけを掲げては、ダメですよ』とラストは言う。こういう時、彼女は下手な作り笑いを浮かべているだろうということを、スオウは思い出していた。

(まったくもって、笑えない状況だな)

自嘲気味にでも、スオウは笑った。最後に笑えるための選択肢は何かと暗中模索しながら、彼は事実上のトップとして、決断しなければならなかった。

「結局……奴らの好き勝手にプロジェクトを進めさせるなということだろ? <ダスク>と、それに協力する<スバル>、そして勝手に俺らのプロジェクトを進めようとしているヤミナベ・ユウヅキをなんとか止めて、その上で周りを説得すればいいんだろ?」
『そうですね』
「だったら、まず<ダスク>の暴走を止めるさ」

戦う、ではなくあくまでも止める。
決して、打ち倒す相手ではないとスオウは言う。
相手勢力もまた、ヒンメル地方の人間が所属しているのだから。だからこそ止めると彼は決めた。

『健闘を、祈ります』と言ったラストにスオウはこう返す。
「……色々と嗅ぎまわっているが、お前は結局何が目的なんだ」と。
それに対してラストはいつもと変わらぬ平坦な口調で、その目的を告げる。

『私の目的は“闇隠し事件”の解決です。何かわかったらまたご協力お願いしますよ』

……通話を終え、どっと脱力しながらスオウは天井を仰ぎ見た。
それからふとモンスターボールの中のパートナー、アシレーヌに語りかける。

「どうすりゃ解決できるんだろうな」

アシレーヌは困ったような表情を見せ、だがスオウを応援するそぶりを見せる。
それが妙にツボにはまったのか、スオウはクスクスと笑い、つぶやいた。

「ありがとな。なんとか、やるしかないよな」


***************************


「ガーちゃんたちに連絡ついたよ、三人とも見つけたら保護してくれるって!」
「……助かる」

ガーベラさんたちの協力も得て、捜索を続ける。
……リッカたちを探して、夜も更けてきた。しかしまだ見つからない。一体どこにいってしまったのだろうか。
話題もなくなり、黙々と俺たち四人と手持ちたちで捜索を続けていた。
(結局アプリコットもつき合わせてしまった。彼女も彼女で<シザークロス>に応援要請を頼んでくれている。彼女の迎えと言う意味では、やつらが来れば一安心というところはあった)

ふと、ハジメが口を開く。
それは……軽い雰囲気の、誘いだった。

「彼女は、ヨアケ・アサヒはサクの方針上、こちらに関わらせるなと言われているが、お前たちは<ダスク>に入る気はないのだろうか」

どこか弱弱しい声で言ったそれは、俺とアプリコットに対しての勧誘だった。
“闇隠し事件”で行方不明になった大事な者たちの救出作戦に参加しないか、という誘い。
事件の被害者なら誰だって、勇んで入ったのかもしれない。
俺だって……ラルトスのことを迎えに行きたい。
けど、今は出来なかった。

ハジメと、<ダスク>と行く……そういう道も、あったのだろう。
だが、俺はハジメに断りを入れる。

「悪い。俺は<ダスク>には入りたくない。ラルトスには……悪いけど」
「そうか……そうだろうな」

ハジメも俺に断られることを分かっていたようで、無理に引き留めることはしなかった。
アプリコットも、悩んだ末「<シザークロス>とのかけもちは、したくないかな」と言った。たとえそれが長く続かないものだとしても、彼女なりの、貫きたいスタンスなのだろう。

「わかった、この話は忘れてくれ」

呟くハジメの背中が、どこか遠く見えた。
……この件が無事解決したら、<エレメンツ>と<ダスク>はかなりの確率でもっと一触即発状態になる。こんなふうに会話することもままならないかもしれない。
なぜならソテツのことが解決していないし、解決したところで<ダスク>が戦う気満々だからだ。

そうしたら、俺はハジメだけじゃない。ココチヨさんはともかく、ユーリィとも向き合わなければならない。

その時、俺は、俺たちは戦えるのだろうか。

「私は戦わなくて済むのなら、なるべくハジメ君たちと争いたくないなー」
「それは貴方が突撃してこなければ済む話だろう」
「そこは譲れないかな。ところでハジメ君。これだけ王都の小路を探して見つからないっていうのが気にかかったんだけど、もしかして……」

一蹴されていたヨアケが何か気づいたように、ハジメにその可能性を提示する。
今まで俺たちは人通りが少なくても、全くない場所を調べてはいなかった。
夜中本当に誰も近寄りたがらなさそうな場所を、見落としていたんじゃないか、と。
程なくして俺もその場所を思い浮かべる。

「もしかして、外れの霊園にいるんじゃない?」


***************************


カツミとココチヨはリッカを見つけていた。
アサヒたちが思い浮かべた霊園で、彼らは合流していた。
ガスを身にまとう黒くて丸いゴースや、ろうそくのようなポケモンヒトモシが遠巻きにうようよしている中、霊園のベンチで彼らはじっと夜闇に息を潜めていた。
帰るにも帰りにくい状況にカツミたちは陥っていた。
何故なら。リッカがカツミの手持ちのコダックのコックを抱きしめたまま、その場から動こうとしなかったのだ。
沈黙に耐えかねたカツミがリッカに尋ねる。

「リッちゃん、まだ帰りたくない?」
「うん。ゴメンね……カッちゃん。ココ姉ちゃんも」
「そっか……そっか」

断られたからと言って、カツミは肩を下すようなそぶりは一切見せなかった。連日の疲れで少々体調がすぐれなかったが、カツミはそれをリッカに隠そうとしていた。
そのことにココチヨも、コダックのコックも、そして当のリッカでさえも気づいていたが……誰も言及はしなかった。
お互いがお互いを気遣う中、ココチヨは彼女の手持ちのミミッキュに再びゴースやヒトモシたちに離れていて欲しいと頼ませていた。

「いいのよリッカちゃん。そしてゴメンね。ハジメさんだけじゃなく、あたしたちも、悪いのだし。とことん付き合うわ」
「……ゴメン、なさい。わたしは、みんなのこと、許せない。たとえハジメ兄ちゃんたちが正しくても、みんなが他の人やポケモンたち傷つけるの、わたしは見たくない」

カツミとココチヨ、そして兄であるハジメが所属する<ダスク>が、バトル大会で観客を混乱に陥れたことを、それを平然としている皆をリッカは許せなかった。
たとえそれが、“闇隠し事件”で行方不明の家族を探すためだとしても、リッカはおかしいと感じていた。

「リッちゃん……それでも、オレは」
「わかっているよ。みんなの迎えに行きたいって気持ち。わかってはいるよ……でも、どうしても……怖い」

コダックをさらに抱きしめる力を強くするリッカ。
怒りか、悲しみか、それとも恐怖か。震えるリッカにカツミは笑顔で言った。

「怖くないよ」

見上げるリッカに向けて、両手を使いカツミは変な顔を作った。
困惑しながらも、笑ってしまうリッカの背中をカツミは軽くたたく。

「ほらほら、怖くない怖くない。オレたちは、オレは、いつものオレと変わらないよ」
「……みんな、わたしの知らないみんなになって、わたしを置いてどっか行っちゃったりしない?」
「しないよしないって。でも、そっか。それが、怖かったのかー……そりゃあ怖いよね。ゴメン」

カツミはリッカに再度改めて謝った後、提案をした。

「ゴメン、やっぱりそれでも<ダスク>をまだ続けたいんだ。オレにもオレの譲れないところがある。けど、リッちゃんがおかしいって思ったときは、話そう。納得できるまで、話そう?」
「ケンカになっちゃうかもよ?」
「その時は思いっきりしようぜ、ケンカ」

「何それ」とリッカは笑いながら、彼の提案を受け入れる。
ココチヨはそんなカツミを見て、そのポジティブな姿勢に圧倒されていた。
リッカは、カツミとココチヨに、何かあったときは話し合いをすることを約束させた。
そしてもう一人、ちゃんと話しあわなければいけない兄の姿を思い出し――――

――――仕方なさげに笑った。

そして。

ゴースとヒトモシが、いつの間にかいなくなっていることに気が付いたミミッキュが警鐘を鳴らす。
リッカの抱えていたコダックのコックも、何かに気づき怯え始める。

「………………ふたりとも、下がって」

ココチヨもその姿を捉える。
ドレディアを引き連れたシルクハットの通り魔の姿を、捉えた。
手負いの通り魔の男は、歪んだ笑みを作り続けながら彼女たちをターゲットにする。

「貴方たちも、楽しそうですねえ」

その男に対し、リッカは身の毛もよだつ恐怖を覚え……動けなくなってしまった。


***************************


リッカが動けないのを見越してか、通り魔の男クローバーは、カードの束を取り出しシャッフルし始める。
彼のドレディアもそれに倣い、『マジカルリーフ』の束を作り、手札を混ぜ始めた。

ミミッキュとココチヨが臨戦態勢に入る。
カツミは、冷や汗をかきながらモンスターボールから新たにポケモンを出した。
鋭い爪をもつ、赤い模様のある白い毛並みのポケモン、ザングース。

「タマ、頼んだぜ」

タマと呼ばれたザングースは、状況を瞬時に把握し、カツミとリッカとコダックを庇うように勇み出た。

「むやみに動かれてはショーの邪魔ですね」

ドレディアの行動は早かった。『マジカルリーフ』でミミッキュを『ばけのかわ』ごと地面に縫い付ける。
ダメージはほぼないものの、ミミッキュは身動きが取れなくなってしまう。

「ミミッキュ! 痛っ!?」

ミミッキュを助けに行こうとしたココチヨが転んだ。
恐る恐る足元を見るココチヨ。足がすでに『くさむすび』に縛られていることに気づく。

「……!!」

さらにカツミが膝をつく。先ほどからこらえていた体調が悪化したのだろう。
ザングースのタマは、カツミの指示抜きで戦おうとするも、ドレディアの『はなびらのまい』返り討ちにあってしまう。

(誰でもいいから。誰でもいいから助けて!!)

もがき続けるミミッキュ。動けないカツミとリッカとザングース。
四つん這いになりながらココチヨは願うことしかできなかった……。

最後に、震えていたコダックのコックが頭を押さえつつ、『ねんりき』でクローバーのステッキを奪い、そのまま殴ろうとするも、先にドレディアの『はなびらのまい』の余波に吹っ飛び、その攻撃が阻止されてしまった。

「貴方たちが笑うからいけないのです! 貴方たちが、貴方たちが、“闇隠し”の痛みを忘れた貴方たちが笑うから――――!!」

クローバーの狂ったような声が響き渡る。舞い終えたドレディアが『マジカルリーフ』を大量に展開し、カツミとリッカに狙いを定めた。


――――あくまでも、笑顔を消す。
その目的のためだけにクローバーたちは戦い続けてきた。
ある意味彼らも、被害者だった。
『闇隠し事件』さえなければ、このような道を辿らなかった。
事件が彼らを歪め、こんなふうにしてしまった。

(こんな、こんな)
(こんな状況を生みだしたのは…………だが……だが!)

男の決断は、パートナーに伝わる。

「頼む」

パートナーは、迷わずその想いに応える。


葉の斬撃が発射される直前。
黒い影がカツミとリッカの前に転移してきて、彼らを庇った。
サーナイトの『テレポート』の瞬間移動で飛ばされてきた“闇隠し事件”を引き起こした男。サク、もといヤミナベ・ユウヅキは、

放たれたすべての葉の刃をその背に受け止め、子供たちを庇い切った。


***************************


私たちがリッカちゃんを見つけたときには、既にユウヅキがドレディアの攻撃を受けた後だった。
血の気が引いていく感じがした。そのことで逆に、周りが見えてしまうくらいに、心が冷え切っていった。

「だい、じょうぶか」

苦しみながらユウヅキはカツミ君とリッカちゃんに声をかける。
けれど二人ともパニックなどで返事ができずにいた。
遅れて『テレポート』でやってきた彼のサーナイトが、私に気づいてドレディアたちを抑えるように目配せする。

ハジメ君とマツがリッカちゃんとカツミ君たちに、アプリちゃんとライカがココさんたちにそれぞれ駆け寄る。
私とビー君はドルくんとルカリオを引き連れ、クローバーさんたちを囲む。

緊迫した空気の中。膝をつき傷つきながらもユウヅキが彼に言った。
痛むだろうに、苦しいだろうに、それでもお構いなしに。
彼らに向けて、声を振り絞って……言い切った。

「俺は、関係のない大勢を巻き込んだ俺を畜生以下だと思っている……だが、お前のように他人のせいにして誰かを傷つけた覚えだけはない……っ!」

その言葉は、“闇隠し事件”を引き起こしてしまった私たちだからこそ、クローバーさんに言わなければならないことだったのかもしれない。
主張しなければいけないことだったのかもしれない。

ユウヅキが地に伏す。
各々が、様々な感情入り混じる中、意外にもユウヅキの言葉を引き継いだのは、ビー君だった。

「俺たちは不幸を免罪符にしてはいけない。いけなかったんだよ、クローバー……!!」

ユウヅキ以外の視線がクローバーさんとドレディアに行く。

「……クイーン」

怒り、恐怖、憐み、疑問。それらの視線から彼はパートナーのドレディア、クイーンを守るために自らのシルクハットを目深に被せた。

「一緒に、来てもらおうか」

ハジメ君が肩を震わせながら、同行を求めた。しかし、クローバーさんはこれを拒絶する。

「気が早い人たちですね。まだショーは終わってはいませんよ」

それから彼は、カードの束を自らの遥か上方へばらまき、指を鳴らした。

「さぁてさてさてご覧あれ! 哀れなピエロの末路でございまぁす! あーはっはっはっは!」

それらはダーツに変化し、その矛先が落下方向へ向いていく……!

「見るなあっ!!!」

ビー君が子供たちの方へ向き、叫ぶ。ルカリオが駆け始める。
ハジメ君が、リッカちゃんとカツミ君に覆いかぶさろうとする。
その時――――カツミ君が、叫んだ。

「タマ!!!!!」

指示にすらなってないカツミ君の呼びかけ。それにタマと呼ばれたザングースは一気に覚醒し、クローバーさん……の上方を攻撃。『ブレイククロー』でダーツをすべて破壊した。
ルカリオが渇いた笑みを浮かべる彼を取り押さえる。
意気消沈するクローバーさんに、カツミ君がしんどい笑顔で言った。

「きっとそっちに、お前が帰りを待っている相手は、いないぜ……!」
「……さいですか」

クローバーさんは、根負けしたように、その顔に張り付けていた笑みを消した……。


***************************


ヤミナベのサーナイトは、ひと段落ついたのを見届けると、ヤミナベに重なるようにして倒れた。

「ユウヅキ!! サーナイト!!」

ヨアケがヤミナベたちに駆け寄る。サーナイトに『げんきのかけら』を与え、ヤミナベの上着を脱がせ背中の傷の止血を試みようとする。
しかし、彼女はその手を止めた。

「何、これ」

……結論から言うと、ヤミナベの傷は癒えていた。
俺は、サーナイトの取った技が自らの体力を犠牲にして対象を回復させる技、『いやしのねがい』だと察していたから、そのことはまだ予測できた。
そこまではまだ、良かったのかもしれない。

問題は、ヤミナベの身体に、今回の怪我以外の傷跡が、数えきれないくらい存在していることだった。

ココチヨさんも、ハジメでさえも把握していなかったようで、動揺が走る。
そんな中かろうじてヤミナベが意識を取り戻し、ヨアケの顔を見て、渋い顔をした。

「……なんでこんな危険の前線にいるんだ。アサヒが死んだら、意味がないんだ」
「そうだけど……でもそれは貴方にもしものことがあっても同じだよ。ユウヅキこそ何もテレポートで貴方自身を飛ばす必要、なかったでしょう?」
「あのタイミングじゃ、それしか間に合わなかった」
「……こんな、無茶して……けど、こんな思いを私は貴方にさせちゃっていたんだね」

サーナイトの波導が技を使う前から、異様に弱かったのが、気にかかってはいた。
見覚えのあるサーナイトの行動だったからこそ、だからこそ俺は、ヤミナベに怒る。

「今までそのサーナイトに、何回『いやしのねがい』を使わせた。あと何回使わせるつもりだヤミナベ!!」

俺の声にもっとも反応したのは、他ならないサーナイト自身だった。
弱い波導でもしっかりと俺を見据え、ヤミナベのサーナイトはこう強く思っていた。

「何度でも彼を守る」と……。

それに対して俺は、叱った。
俺のラルトスのおやの、母さんのサーナイトの末路を思い出し、叱りつけた。

「そうやって死んでいった他の奴らを俺は知っている。だから、無茶を重ねてその身を投げ捨てる真似はするな……!」

頼むからやめてくれ。そう願ったのが通じたのか通じていないのか。サーナイトはふっと一度笑った後、俺に背を向けヨアケを軽い念力でヤミナベから離れさせる。
それからヤミナベの胸に手を置き、『テレポート』で離脱していった。


***************************


残された俺たちは二手に分かれた。体調が優れないカツミをハジメが背負い、ゲコガシラのマツ、カツミの手持ちのコダックのコックとザングースのタマ。そして妹のリッカと共に霊園を後にすることに。
リッカはハジメに、「ごめんなさい。それと、後で話したいことがある」と言い、ハジメはそれを受け止め、了承した。
別れ際ハジメは俺に「この恩は忘れないだろう、一つ借りだ」と言い、去っていった。
あいつの言葉がどこまで本当かとかは、正直俺も疲れていてどうでもよかった。

俺とヨアケ、アプリコットとココチヨさんはそれぞれの手持ちと一緒に、クローバーを見張っていた。
今度は念入りにしたドーブルのドルの『くさむすび』に縛られたクローバーとドレディアは抵抗や逃げるそぶりを見せず、ただただ遠くを見つめていた。その先には『闇隠し事件』で被害にあった行方不明者の名前を記した石碑があった。

その時の眉間にしわをよせ、ただただじっと、暗闇の中の石碑を見つめるクローバーの横顔が、印象に残っている。

ココチヨさんがした連絡を受けてきたのは、<エレメンツ>のメンバーではなく、金色の棺桶に憑いたゴーストポケモン、デスカーンを引き連れた黒いスーツの女性だった。
その「ラスト」と名乗った女性は、ヨアケに一度挨拶をしてから、クローバーとドレディアを手錠で拘束した。

「<国際警察>です。<エレメンツ>からの要請もあり、今回は私たちが身柄を拘束しに来ました。通り魔ヨツバ・ノ・クローバー及びドレディアのクイーン。貴方たちを“アレスト”……逮捕します」
「……いやはや、お世話になります」

ラストに連れていかれる直前に、クローバーは「少しだけ、失礼」と言い……何故か俺に声をかけた。

「そこの貴方」
「俺か?」
「そうですそうです、最後に貴方に一つだけ尋ねたい事がありまして」
「……なんだ」
「貴方は今、幸せですか。“闇隠し”が解決していないのに、幸せなんですか?」

彼の問いかけに、俺はまともに答えるべきか一瞬躊躇した。
でもすぐに正直な気持ちを述べた。

「違うな。けど……全部不幸だけじゃないとは、言える」
「そうですか。ありがとうございました」

それだけ言うと、彼は満足そうにしていた。
そしてもう振り返ることをせず、ドレディアと共に連行されていった……。


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帰り道、ココチヨさんが俺らに話してくれたことがある。

「サクがさ、<ダスク>に入る全員に約束させていることがあるの」
「ユウヅキが……それは?」
「“一つ、信頼できる者以外に他言しない。二つ、彼をサクと呼ぶこと。三つ、誰も殺すな。”……ってね。最初はそんなざっくりとした口約束でいいの? と思ったわ。でも最後が特に、彼の強いこだわりを感じたの。そんなサクだからこそ<ダスク>は、あたしは力を貸そうと思ったんだけどね」
「なんていうか、彼らしいというか……」

呆けるヨアケにアプリコットが「でも、<ダスク>も一枚岩じゃなさそうだよね」とこぼす。
ヨアケもそれに同意して、胸に手を当て祈るように下を向く。
気になることは沢山あった。でも気にしている余裕は、少ない。
だからと言って、あの傷だらけの彼を、スルーは出来なかった。


アプリコットの仲間の、義賊団<シザークロス>のクサイハナ使いの男と、クロバットを連れた青いバンダナの俺とさほど変わらない背丈の少年と合流する。
送り届けた彼女と丸いピカチュウは散々彼らに叱られていた。

アプリコットの悩みは簡単に解決できる問題でもなかった。
助言なんてできる器量も立場もない、だけど、勝手な願いだけは口にしていた。

「俺はお前らのバンド、続いてほしい。たとえ難しくても。また聞きたい」
「……貴方のその言葉を引き出せただけでも、続けていて良かったと思う。もうちょっと親分と話しあってみるよ。今日は色々ありがと、ビドー」

今度は自然とはにかむアプリコット。そのやり取りに、他の<シザークロス>の面々は「何があった?」と疑いの眼差しで俺を見てくる。その様子にルカリオやヨアケは小さく笑っていた。いや、なんだその意味深な笑いは……。
一応<シザークロス>にヨアケが今回のクローバー捜索の協力の礼を言う。
するとクサイハナ使いの男は「こっちこそ、アプリコットが世話になった」と言い、頭を一度だけ下げた。
そんな光景を見つつ、思う。

結果だけを見れば、今回<エレメンツ>と<ダスク>と<シザークロス>が間接的にも協力しあったことになる。
たまたま利害が一致しただけかもしれないが、それでも今夜のように一丸となって、“闇隠し”で行方不明になったやつらを、取り戻せたり出来たらいいのに。
そんな淡い期待を抱いてしまう。
しかしそう思い通りには、ことは進まなかった。

奴らと別れた後、ココチヨさんの携帯端末に着信が来る。
電話に出て、相槌を打つココチヨさん。通話を終えると、俺たちを見据えて、彼女は始まりを告げる。

「……とうとう、決まったわよ」

その連絡は、とうとうソテツと隕石の引き渡しの場所と日時が決まった連絡だった。


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「ソテツの引き渡し場所は、【セッケ湖】。【スバルポケモン研究センター】のすぐ近くの湖だ。対して隕石の引き渡し場所は、この【エレメンツドーム】で行われる。つまり、二手に分かれてそれぞれ受け取りを通信で確認するってことだそうだ」

朝も近い深夜帯、自警団<エレメンツ>の本部、【エレメンツドーム】の作戦会議室で今回の報告と短めの情報確認が行われていた。スオウがパイプ役となったココチヨさんからの情報を改めて共有する。

「向こうの出してきた条件だと、ソテツの受け取りに立ち会う人選は……アサヒとビドー、お前ら二人にしろとさ。今回の助力といい何の思惑があるのか読めない。でもすまねえ、頼む」
「俺らだってソテツを取り戻したい。分かった」
「師匠には、文句言いたいこともあるしね、任せて」
「助かる。それと、もし可能だったら【スバルポケモン研究センター】の様子も見てきてくれないか。あくまで偵察程度でいい。判断は任せる」

判断は任せる、という言葉が妙に引っかかったが、俺もアキラ君のことも気がかりだ。偵察についても任せろ、と引き受けた。

「とにかくだ、今夜は総員お疲れ様だ。今はこれで解散だ。しっかり休める時は休んでくれ。特に……ガーちゃん」
「……はい」
「気負い過ぎるな」
「ええ、そうですねまったく。分かりました」

スオウに名指しされたガーベラは、表情暗いまま、部屋を後にした。
そのガーベラを放っておけなかったのか、ヨアケは「ガーちゃん!」と呼び、彼女のあとを追う。
俺もつられて追いかけると、通路でガーベラは目を赤くして、ヨアケにきつく当たっていた。

「今、貴方にその呼び名で呼ばれたくないです……」
「! ごめん……でもっ」

何か言いかけたヨアケの言葉をガーベラは怒りを押し殺した声で遮る。

「ソテツさんの安否に関わる正しい情報よりも、ヤミナベ・ユウヅキを庇おうとした貴方の行動を、私はまだ許せていません……」
「…………!」
「私だって貴方のこと疑いたくないです。行くからには、ちゃんとソテツさんを連れて帰って来てください」
「……分かった」
「お願いします……それから、ごめんなさい……今は休みます……」

静かな足取りで、ガーベラは歩いていく。
その姿が見えなくなるまで俺たちは見送った。
それからヨアケが俺の名前を呼ぶ。

「ビー君。このタイミングで言うのはおかしいけれど、お願いがあるの」
「言うだけ言ってみろ」
「もし万が一私に何かあった場合、ユウヅキの力になってあげてほしい」

思わず彼女の横顔を見上げる。その視線はガーベラが去っていった方向を見据えていた。
腹をくくっているようなその表情に、俺も彼女の見つめる方向を見て、答える。

「その願いは果たされることはない方がいい。だから、滅多なこと考えるな」
「うん。ごめん。私もその気はさらさらないから。絶対に生き抜いてやるから、絶対に」

絶対に、と重ねるヨアケの言葉は、一種の誓いのように聞こえた。


そうして明後日。
<エレメンツ>と<ダスク>。
それぞれの思惑が交差するなか、取引が行われようとしていた……。









つづく。


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その名前がわたしにとっては愛しいものだった。
でも私にとっては、あまりこういった感情を持つことは少ないのだけれど……。

とても憎らしい響きを持っていた。

私はわたしを押し込もうとする。
抑えられているうちは、まだ私は私でいられるから。
私は、わたしではないのだから。
そう思うと、わたしはどこか、寂しそうな気持ちになっていた。

その想いが、私に伝わる。
でも、手心は加えられなかった。
私は、自分を守らなきゃいけない理由があったから。
それは、譲れない。
わたしには悪いけど、それだけは、譲れない。
絶対に、絶対に……。


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