マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1688] 第十四話 シザークロスへ贈るエール 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/09/29(Wed) 22:15:30   3clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

<ダスク>に自警団<エレメンツ>が乗っ取られたらしいという話をうわさで聞いた。
けれど、あたしたちにとって劇的な変化があったかと言えば、そうでもなくて。
<エレメンツ>はいつものトラブル対応とかしてくれているので、はたから見ると本当にそんなことあったのかな? と思うくらいに目立つ変化はなかった。
大きく変わったことと言えば、“ポケモン保護区制度”を無視する人が増えたってことくらいかな。
ただ、一時は気弱だったジュウモンジ親分はそのことに強く警戒を示していた。

「ポケモンはただゲットすりゃあいいってもんじゃねえんだよ。ゲットしたうえでちゃんとソイツと付き合っていく、向き合っていくのがトレーナーとしての最低条件だ。その覚悟もねえくせに捕まえる奴らが、俺は一番気に食わねえ」

そう。あたしたちはポケモンの幸せを願って義賊団<シザークロス>をやっている。
一方的な考えの押し付けって言われるとその通りなのかもしれないけれど、それでもあたしたちはこの意見を曲げる気はない。
結果的に、<シザークロス>の活動は増えていった。あたしもピカチュウのライカと共に、不条理にさらされているポケモンたちの助けになるべく、頑張った。めちゃめちゃ頑張った。
頑張りすぎたくらいに、頑張った。その結果。


義賊団<シザークロス>は目を付けられることになる。


じわりじわりと足音を立てずに近寄ってきていた“変化”に、あたしたちは呑み込まれていくことになった。


***************************


<国際警察>のラストさんの協力で、【スバルポケモン研究センター】に他地方からやってきていた調査団のメンバーの方々は、無事に混乱の中にあるヒンメル地方を抜け出せそうであった。
ただ……アキラ君はそれを望まなかった。

「この状況で君たちを置いて他地方へ逃げろと? 冗談にしてはタチが悪すぎるよ」
「それはそうだし残ってくれるのなら頼もしいが……けど、いいのか? アキラ君」

ビー君の心配はもっともだった。今のヒンメル地方はかろうじて安定していたこの間に比べて、いつ何が起きてもおかしくない……言ってしまえば危険度が跳ね上がった、緊張した状態だった。
そのことを私が伝えると、アキラ君は「尚更だ」と言って眉間にしわを寄せた。

「その危険の真っただ中にいる友達を放っておけるほど、薄情にはなりきれないね……それは、逆の立場でも同じだろ?」
「そうだね……ありがとう。アキラ君が居てくれると、正直心強い」
「出来る限りサポートはするけど、期待はしすぎるなよ。あと……」

言葉を区切って彼はメガネをかけ直す。彼は眉間のしわを緩めて、静かな……優しさをこめた声で私に助言をくれた。

「言わせてもらうけど、君、あれこれ考えるの向いてないからやめた方がいいと思う。何を悩んでいるのかは知らないけどね」

アキラ君は気づいていたのだろう。私がまだ何かを隠して、悩んでいることを。
それを悟った上であえて聞かずに、こういった言葉をかけてくれるのは、なんて言ったら良いのか……。
とても、とても……感謝と申し訳なさが同居していた。

私は見抜かれているのを承知の上で、感情を誤魔化し小さく頬を膨らませて訴える。

「それって私が頭使うのが苦手っぽく聞こえるよアキラ君」
「感情や勢いに任せた方が得意だよね」
「むむむ……」

完全に言い負かされる私を、ビー君は珍しいようなものを見る目で見ていた。え、そんなに珍しいかな。

「とにかく、僕も一緒に【オウマガ】に行くよ」
「それは困ります」

そう申し出てくれたアキラ君を引き留めたのは、私でもビー君でもなく……<国際警察>のラストさんだった。
彼女はパートナーのデスカーンの棺を磨きながら、アキラ君の私たちへの同行を許可しなかった。

「時間がないとはいえ……“赤い鎖のレプリカ”を用いたプロジェクトの内容を詳しく知っている貴方の情報と発言を、私たちは必要としています。それこそ外部からヒンメルへ干渉するために。そのために、貴方には私とミケさんと一緒に来てもらいたいですね」
「……その必要は本当にあるのですか」
「少なくとも、今の貴方の手持ちの“フィールドワーク用”の技構成で共に行くより、アサヒさんへのサポートになりますよ」

ラストさんと共に、デスカーンも彼を覗きこむ。考え込むアキラ君に私は、ラストさんの言うことの方も理があると思うことを伝える。

「外への協力要請の手伝いはアキラ君にしか、頼めないことだと思う。だから、その先に行っているね」
「……分かったよ。終わったらすぐに向かう。アサヒ、くれぐれも気を付けて。ビドー、頼んだ」
「頼まれた。俺も、その……頼りにしている」

ビー君の素直な感情表現にわずかに面食らうアキラ君。逆にアキラ君は素直になり切れずに、こう零していた。


……頼りないなあ。と。


***************************


目の前の特訓相手に「集中してないね、どうした?」と聞かれる。
俺とゲコガシラのマツは……元自警団<エレメンツ>の、ということでいいのだろうか? 分からないがとにかく現<ダスク>メンバーのソテツと彼の手持ちであるフシギバナと【オウマガ】で特訓をしていた。
【オウマガ】へはサクのサーナイトの『テレポート』でやって来た。
一度に運べる人数に限りがあるのだが、その中に俺とソテツも選ばれていた。プロジェクトに関与できない戦闘員の俺たちは、その合間の時間を特訓に当てていた。
まあ特訓、と言うにはあまりにも一方的な蹂躙を何度も繰り返されていたのだが。落ちぶれてもエース。強い。

「顔に出ているぜハジメ君?」
「そうだろうか」

誤魔化す俺にわざとらしい大きい溜息をついたあと、「あとバトル50セット追加ね」と容赦のない言葉を発するソテツ。その口元はへの字であった。

俺から見てもソテツは以前のように笑うことは少なくなった。
でも俺はどちらかと言えば、このなじってくる彼の方が、どこか人間味があって親しみやすいと感じていたのだろう。

「……やっぱり、妹さんやその友達と、ココチヨさんとかのことが気がかりかい? 今はだいぶ風当たりが冷たいようだし」

フシギバナの『つるのムチ』を見切ろうとする俺とマツ。マツの『アクロバット』の動きで翻弄しようとしても、俺が蔓をかわしきれないことが多くなかなかマツに次の指示に繋げられない。
かろうじて出したマツの『みずのはどう』をポケットに手を突っ込みながらもひらりとかわしていくソテツ。
その間にもフシギバナの蔓に足を取られ逆さ吊りにされる俺。む……なかなかうまくいかない。

「気にならないと言えば、嘘にはなるだろう。しかし、悩んでいるのはそこではない」
「というと?」
「おそらく俺はリッカ……妹の言葉に、迷っているのだろう」
「迷い、ね。それは戦いの判断を鈍らせる……よければ話してみなよ」

フシギバナが俺の足を離した。落下する俺は空中で態勢を変え、着地する。
ずれたサングラスをかけ直し、俺は己とマツの傷の手当をしていきながら悩みをソテツに打ち明けた。

「俺たちは、間違った方向性に進んでいるのではないだろうか……そう最近迷っている」
「……何でそう思う? <ダスク>の目的までもう少しだろ?」
「ああ。だがその目的のための手段がどこかで歪み始めている。いや、違うな」

一度仲直りして、徹底的に話し合ったときの記憶が呼びこされる。
しっかりと記憶に刻み付けたリッカの言葉を思い返す。

『ハジメ兄ちゃん。私は……なんだかうまく言えないけど、違うって思うんだ。こんなみんなが不安になるやり方は、違う』

マツの瞳をじっと見た。視線には、焦燥感と緊張が混じっている。
それを見てしまったら、もう思考は引き戻せなかった。

「……おそらく最初から間違っていたのだろう」
「最初から、ねえ……」
「お前は<ダスク>が<エレメンツ>を制圧してしまったあの場にいなかったが、あの時の様子は酷いものだった。あの場にいた<ダスク>のメンバーがどれだけ自分の意思で動いていたのだろうか。あの場にいたどれだけが自身のしでかした行為に責任を理解して持っていたのか――――俺にはわからない。しかし、言えることがあるとすれば、あえて言うのならば」

「俺たちは現在進行形で、責任者のサクに責任をなすりつけ過ぎたのではないのだろうか?」

サクは一切の抵抗をせず、責任という名で隠した様々なものを受け入れてしまう人物だと、俺は考えている。
それは彼の本質がそうさせているのだろう。
だからこそ、俺たちはサクに甘え過ぎたのだ。たとえサクの過ちで現状が生まれてしまったとはいえ、自分たちの願望を叶えるために何年も彼を犠牲にし続けてきた。

それこそ過ちではないだろうか?

ソテツは、フシギバナを撫でつつ「その気持ち、わからなくもないよ」と俺の意見に同感してくれた。正直意外である。
彼は遠い過去を振り返るように、俺と出会った日のことを語った。

「以前、“この国の民を全部救いたい”って望んだハジメ君にビドー君が言っていたね。“信じてついてきてくれた仲間一人すら救えないで、何が全員救うだ……矛盾しているぞ”ってね。キミの中の全部ってヒンメルの民だけでなく、実はサクのことも含まれていたのかもね」
「…………」
「<ダスク>がサクに、ヤミナベ・ユウヅキに責任を押し付けたように、<エレメンツ>も……オイラもアサヒちゃんに色んな感情を押し付けていたんだ。そいう言う意味では同じ穴の狢だね。オイラも、ハジメ君も。みんなも。全員正しくはなかったのだろうよ」
「ソテツ……」
「……ハジメ君。オイラたちは何のために戦っているのだろうね」
「……取り戻したい、守りたい者がいるからだろう」
「そうだね、だったら迷うにもずっと迷ってばかりでは、いられないんじゃないかな。間違っていたとしても、間違えてでも取り戻すために戦う覚悟も必要なのかもね」

ソテツはわずかに目を細め、口元を歪める。
俺の迷いを、彼はあえて止めることはしなかった。

「これはオイラの経験談だが、迷いながら戦うと負けやすい。だったら今のうちに迷って、戦う時は迷わず思い切り戦えるといいのかもね」
「誰と?」
「誰が相手でもだよ。そうなりそうな相手に心当たりはいるのだろ。じゃなきゃあこうして特訓していない」

思わず俺も笑みを作ってしまう。まったくもって、その通りだと思った。
頭の隅にちらつくのは、ビドーとルカリオの姿。
俺の前に立ち塞がるとしたら、彼らしかいないと思う俺がいた。
彼らには恩があった。しかし、俺にも“家族を取り戻したい”という引けない理由がある。
衝突するのは、ある意味必然だという予感があった。

「いいねえ、ライバル。切磋琢磨ってやつだ……おや?」

茶化すソテツが目を見開く。
――――マツの姿が、光に包まれていた。
姿を変えていくマツと目が合う。
迷いは振り切れてはいない。でも、一つの覚悟は決まっていた。
たとえ正しくなくとも、悪党だろうが……譲れないもののために戦う、と――――

「アイツらなら、まだ戦いを諦めてはいないだろう。だったら俺たちも引き下がるには、まだ早い。そうだろう、マツ?」

大きく一つ頷いたマツの姿は、ゲッコウガへと進化していた。
水で出来た手裏剣を構えながら、俺とマツはソテツとフシギバナに向き直った。

「さあ、特訓の続きをやろう」


***************************


特急列車【ハルハヤテ】に乗るために、俺のサイドカー付きバイクとはしばらくの別れとなった。
ヨアケが、名残惜しそうにバイクとサイドカーを見つめる。
駐車場にしまわれたボロボロのバイクを見て、時間がある時にちゃんとメンテナンスしてやりたいなと思った。

準備も含めヨアケと共にしばらくぶりにアパートに戻る。人気がない中、俺たちはそれぞれの部屋に旅の支度をできるだけの準備をしにそれぞれの部屋に向かった。
扉を開けようとして、気づく。

「なんだこれ?」

俺の部屋の前に小包とチギヨのメモが置かれていた。
チギヨもハハコモリも、ユーリィとニンフィアの姿もないアパートの中で俺はそのメモを読む。

『ビドー。俺とハハコモリは心配だからユーリィたちを探しにしばらくアパートを留守にする。もし帰って来ていたら、出迎えてやれなくてすまねえってアサヒさんにも伝えてくれ。こんな状況だから無理はするな』
「……世話焼きすぎなんだよ、お前は……こっちの心配はしなくていいのに」

アイツの声を思い浮かべて、思わず苦笑してしまう。きっとアイツは、いつも俺たちのことをずっとどこかで心配して、気にかけてくれていて……ちょっとはしっかりしたところを見せてえなと思うも、やっぱりまた心配かけてしまうのだろう。
今回はそれが特に予感できるだけに、複雑だった。
クリップに挟まれた二枚目のメモを読む。そこには意外な人物の名前があった。

『追記。お前宛てに不思議な贈り物が届いていたぞ。送り主は<エレメンツ>のトウギリさんだとさ。ちゃんと受け取っていることを、願っている』

トウギリから? 何だ?
小包の包装を取り、中身を確認する。そして添えられた一言のメッセージカードの字を読み、

託されたモノの大きさを知る。

『ビドー、お前にこれを預ける。使い方には気をつけろ。必ず無事に返しに来い』

「……確かに、確かに預かった。約束する。必ず返しに行くと」

距離的に届くはずのない声と感謝を込めた波導を出す。
それはある意味、一つの誓いだった。
全てが思うようになんとかなるとは思えない。でも、必ずまた帰ってくるために頑張ろう。
そういう、決心を込めた誓いだった。


***************************


王都【ソウキュウ】より西に少し行った駅に、特急列車【ハルハヤテ】がやってくる。
急な乗車なので自由席しか座れなかった。次の出発まで昼飯の駅弁などを食べつつ待っていると、隣から「ぐーぐー」という寝息? が聞こえてくる。
その音を発しているのは空色のショートボブの丸眼鏡の女性だった。外見年齢的には俺と同じぐらいだろうか。
あまりの熟睡っぷりにヨアケが思わず心配する。

「この人、寝過ごさなければいいのだけど……」
「ぐーぐー。 大丈夫ですこれはお腹の虫なので私は起きています」
「えええすみません……! って、本当に大丈夫?」

腹を空かせた彼女は、虚ろな目でヨアケのテーブル台に置いてある珍しい汁物をじっと眺める。

「お味噌汁…… ネギたっぷりのお味噌汁……」
「おにぎりもあるよっ。良かったらどうぞ……!」

カップの味噌汁と間食用かと思われるおにぎりを見ず知らずの女性にあげるヨアケ。
てかおい、どこから出てきたそのおにぎり。駅弁で足りなかったのかヨアケ……食べ過ぎると吐くぞ……。

女性はキチンと「いただきます」と「ごちそうさまでした」を言っておにぎりと味噌汁をしっかりと平らげる。それからヨアケに向き直り、礼を言った。

「ありがとうございます。あなたのお陰で助かりました」
「いえいえ。困ったときはお互い様だよ」
「そうですか。よろしければお名前を伺ってもいいですか」
「あ、うん。私はアサヒ。ヨアケ・アサヒです」
「了解です。私はアサマ・ユミです。呼び方はご自由に」
「じゃあユミさんで」
「わかりました」

ヨアケのコミュニケーション力の高さを目の当たりにしていたら、何か違和感を覚える。

(何だ、この波導は)

音で言うなら、ノイズが混じったような波導。
少なくともこの車両にいる乗客のものではなかったけど、【ハルハヤテ】の中からそのブレているが強い波導は感じられた。
確証はない。でも、これは、この波導は。

おそらく俺の知っている誰かであった。


――――怪獣のような声が、轟く。
思考の集中を遮る声。外の方でなにか騒ぎが起きていた。


***************************


何事だ。と、慌てて俺とヨアケは車外に降りて、声の主を見つける。
まだ発射していない【ハルハヤテ】の進行方向の線路。立ちふさがるように居たのは……頭部に斧のような牙がついたオノノクスの背に乗った、義賊団<シザークロス>の青バンダナ野郎だった。
確かトレーナーのあいつはテリー。そうアプリコットに呼ばれていた気がする。

「<シザークロス>のテリー? なんでお前がここに?」
「配達屋ビドー……? 悪いが【ハルハヤテ】はこのまま行かせないぜ」
「それは、困る。頼む、やめてくれ」
「頼むな。そして俺を止めるな」

オノノクスもテリーもすさまじい気迫だった。それと同時に俺たちのことはあまり見えていないようだった。
意識を【ハルハヤテ】に集中させ、テリーは行動を開始する。
奴は……【ハルハヤテ】への攻撃を始めやがった。

「先手必勝! いくぜドラコ、『ダブルチョップ』……!」
「! させるかよ! 任せた!」

とっさに投げたモンスターボールがテリーとオノノクスの間に入り、開かれたボールの中からエネコロロが飛び出す。
俺の意図を汲んでくれたエネコロロはすかさずその技を割り込ませてくれた。

「『ねこだまし』!!」

弾ける音と共に怯むオノノクス。そこにヨアケが出したラプラスのララの追撃、『こおりのいぶき』が吹きかけられる。

「させるかよ」

テリーはオノノクスのドラコをいったんボールに戻し、身軽なバク転で冷気の息吹をかわす。着地と共に、彼は次のポケモン、四つの翼を持つクロバットを繰り出した。

「クロノ、エネコロロに『シザークロス』」
「しゃがめ!」

クロノと呼ばれたクロバットが高速で弧を描きながら飛び、十字切りをエネコロロに叩き込む。
寸でのところで屈んで『シザークロス』をかするに留めるエネコロロ。上手い。
クロバットの動きが狂う。エネコロロの『メロメロボディ』が発動して、クロバットを魅了する。
そのまま誘われるようにエネコロロへ向かうクロバット。テリーの呼びかけは、届いていない。

「! クロノっ」
「冷気を利用して、『こごえるかぜ』だエネコロロ!!」

ホーム通路に飛び乗り、技を放つエネコロロ。ラプラスの『こおりのいぶき』の残滓を利用し威力を増した『こごえるかぜ』が、クロバットとテリーを凍えさせその動きを鈍らせていく。
テリーもクロバットも身軽な動きを封じられていく中で、足掻くのを止めようとはしなかった。

「この程度で止まれるかよ。頭は冷えたよな、クロノ。がんがんいくぜ、『いやなおと』!」

きりきりと、耳障りな羽音を生み出すクロバット。俺たちの防御に隙が生まれる瞬間を、アイツは狙い撃つ。

「『きゅうけつ』で根こそぎ奪え、クロノ」

がぶりとエネコロロに噛みつくクロバット。吸血行動の好きなクロバットは、魅了状態の中でさらにその行為をしたがった。
つまりはストッパーが外れていた。
血の気が、引いていく。でも逆に冷静になれた。

「くっ、このままじゃ……! でもララくんの攻撃はエネコロロに当たっちゃう……!」
「……エネコロロ、『ひみつのちから』だ!!」
「えっ」

迷っていたヨアケが、俺の指示に驚く。駅のホームの床が変形し、エネコロロとぴったりくっついていたクロバットごと攻撃。技の影響でお互い麻痺して動けなくなる。
エネコロロが「今だ!」と痺れるのどで鳴く。俺はその合図を見逃さなかった。

「『からげんき』で引きはがせ、エネコロロ!!!」

この技は『麻痺』などの状態の時、威力が倍になる技。
つまりこの『からげんき』は、『麻痺』を活かせる技でもあった。

ヨアケとのバトルの時は、俺はエネコロロのことが見えていなかった。
アイツが麻痺で苦しんでいるのを、気づいてやれなかった。
でも今は、アイツの苦しみに気づいていた。気づけるようになっていた。
俺の身体も、エネコロロの苦しい波導を受け痺れる錯覚を受けている。

でもエネコロロは痺れを利用して『からげんき』で吹き飛ばそうとしている。
俺だけ弱音吐くわけには、いかねえんだよ!!

「――――吹き飛べ!!!!」
「ララくん今っ!!!」

エネコロロの『からげんき』のもがきがクロバットにクリーンヒットする。
ホームの天井に叩きつけられたクロバットは、ラプラスの『こおりのいぶき』を避けられずその急所に喰らってしまった。

「クロノ……よくも」

線路上で凍えながらもテリーの目はまだ【ハルハヤテ】を捉え続けている。
だが次の瞬間、モンスターボールに手をかけようとしたアイツの手が止まる。
何故なら、上空から降りてきた人物とロズレイドが放った粉が、彼の動きを封じていたからだ。
花色の髪の女性、自警団<エレメンツ>のガーベラが、痺れて身動きの取れなくなったテリーを取り押さえる。

「ロズレイドの『しびれごな』を吸ったのです。無駄な抵抗は止めてください」
「―――――――っ!!!」
「貴方を【ハルハヤテ】襲撃犯として捕まえます」
「――――ぁ……!」

地を這いなお暴れようとするテリーは、何かを叫ぼうとしていた。しかし痺れたその口は、言葉を発することもままならない。
結局ロズレイドが『くさぶえ』で眠らせるまで、テリーは大人しくならなかった……。

「……彼の身柄は<エレメンツ>で預かります、いいですね」
「お、おう……頼んだガーベラ」

トロピウスの背にテリーとクロバットを乗せ、ガーベラは自分の職務を果たすと言わんばかりにさっさと去ろうとする。
そんなサバサバした態度の彼女に、たまらずヨアケが声をかけ引き留めた。

「ガー……ガーベラさん」

その愛称を抜いた言葉に、ガーベラは酷く反応し固まる。
ヨアケはそれでも、言葉を続ける。

「ソテツ……さんを、連れて帰れなくて、ゴメンなさい……それだけだから! 引き留めてゴメン!」

列車に踵を返そうとするヨアケ……俺はその彼女の腕を、掴んでいた。
戸惑うヨアケに、俺は向き直るように誘導する。しぶしぶ振り向くヨアケは、驚きのあまり口を開く。

……ガーベラが、泣いていた。
顔を隠すこともせずに、涙を流していた。
彼女の波導は、複雑に絡み合い、悲痛な叫びを上げていた。
先ほどまでの冷徹さは強がりで、しゃくりを上げるガーベラは、見ていられないほど弱っていた。
それでもガーベラは気持ちを振り絞ってヨアケに伝える。

「ガーベラさんじゃ、ありません! ガーちゃん、って呼んでください……! ソテツさんだけじゃなく貴方にまでそう呼ばれたら、私、私は……!!?」

ヨアケは全力走りで泣きじゃくる彼女を抱きしめた。
その様子を、俺とエネコロロ、ラプラスとロズレイドやトロピウスが静かに見守る。


「うああああんゴメン!! ゴメン、辛い状況なのに避けようとしてゴメンガーちゃん……!!!!」
「アサヒ、さんの、バカ……ううううっ……!」

二人は【ハルハヤテ】の車両と行路安全確認が終わるまで、子供のように泣いていた。
でも俺たちはどこかほっとした様子でそんな二人を見ていた。


***************************


やがて出発の時刻。
私とビー君はボールにララくんとエネコロロを労いながらボールに戻し、再び乗車する。
ガーちゃんは恥ずかしそうに目元と顔を赤らめながら、私たちを見送ってくれた。
最後にもう一度強くハグして、私たちは別れる。

「ガーちゃん。大丈夫じゃなかったら、連絡入れてね。力には、なかなかなれそうにないけど……」
「その言葉だけで十分です。こちらは気にせず、貴方は貴方のしたいことに集中してください。私も私で頑張ります」
「お互い、踏ん張ろう」
「健闘を祈っています」

出発のベルが鳴り、扉が閉まる。ガーちゃんは見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
ビー君が「良かったな」と零す。私も「うん、良かった。ありがとう」と小さく返した。


トンネルを抜けて、上も崖、下も崖。そんな明るい茶色の崖の中腹に敷かれた線路の上をハルハヤテは走っていく。
ユミさんがうとうとしながら「遅かったですね。ぐーぐー」と言いながら私たちを出迎える。
いい意味でその緩さに引きずられて、なんとなく張っていた気持ちが落ち着いていく。
ビー君もなんか考え事しているみたいだし、私も少し寝ていようかな。
そう思い目蓋を閉じようとした。けれどそれは叶わない。
……私たちは義賊団<シザークロス>のテリー君が【ハルハヤテ】を襲った意味を、見落としていた。
やっと一息つけるかな? なんて想定は甘かった。

視界の端から、やってくる光線。
光線がこちらに伸び崖に当たり、その衝撃で辺りが振動する。

――――特急列車【ハルハヤテ】は二度目の襲撃を受けていた。
崖の対岸から放たれる陽光のエネルギーの光線、『ソーラービーム』が【ハルハヤテ】を襲う。
急ブレーキをする列車。しかし止まっても第二射が放たれた。
再びの衝撃音。どちらも直撃はしなかったけど、心臓にとても悪い。
目を凝らして対岸を見ると、<シザークロス>のクサイハナとそのトレーナーの、確かアプリちゃんにアグ兄と呼ばれていたが彼がこちらを狙っていた。

「! また<シザークロス>……? とにかく何とかしないと【オウマガ】に行けないよ……!」
「俺の……オンバーンに頼む、か?」

ビー君がオンバーンの入ったモンスターボールを手に取る。
彼が車両の窓を開け、行動に移そうとした時、制止の声が入る。

「いえ、その必要はないです」

彼女は、ユミさんはビー君に割って入り、足が八本ある赤い体のポケモン……オクタンを出して体で支える。
よく見ると伊達の丸眼鏡を頭の上に乗せ、彼女はその双眸でクサイハナを見据えて言った。

「長距離射撃には、長距離射撃です」


***************************


「行きます――――ナギサ」

彼女は両腕でナギサと呼んだオクタンの射角を取り、支える。
『ソーラービーム』の衝撃にひるむことなく、手元をしっかりと固定するユミさん。
わずかな震えでさえブレそうな照準を、彼女は何の迷いもなく定める。
言葉で彼女はトリガーを引いた。

「『オクタンほう』」

どん、と鈍い音を立てオクタンの口から黒い塊『オクタンほう』が射出される。
それは射撃と言うより、砲撃だった。
斜め上空に放たれたソレは――――寸分の狂いもなくクサイハナの顔面に着弾する。

「次弾、行きます」

今度は『オクタンほう』を三発連続発射。その黒い弾は見えないホースでもあるかのように綺麗な放物線を描き、吸い込まれるように遠距離に居るクサイハナに命中していった。
その射撃技術にビー君が思わず「すげえ」と感嘆している。かくいう私も驚きを隠せていなかった。いや、本当にすごい。

「1kmくらいなら余裕です。寝ながらでもやれます。ぐー」
「凄まじいな……でもだからって寝ないでくれ……」
「ねてませんぐー」

二人がそんなやり取りをしていると、後方車両からドタドタと足音が聞こえてきた。
同時に何故か止まっていたはずの【ハルハヤテ】が動き出す。
クサイハナとアグ兄さんはいかついバイクに乗り、なおこちらに向かって『ソーラービーム』を狙って来ようとする。
彼の行動に、何が何でも攻撃は止めない……そんな意思が垣間見えた。

「仕上げです。おやすみなさい」

走る列車、動く相手。
ユミさんはそれでもお構いなく、トドメの五連発の『ロックブラスト』をオクタンのナギサに撃たせる。それらは全部バイクの上のクサイハナだけを射抜き、戦闘不能へと追いやった。


***************************


狙撃戦の決着と同時に、迫って来ていた足音が私たちの乗っている車両までたどり着く。
ビー君は先頭を切って入って来たそのハッサムを連れた人物を、呼び止めた。

「……ジュウモンジ」
「……ビドー。てめえが居合わせていたのか。テリーをやったのはお前か」
「ああ」

二人の間に沈黙が流れ、ガトゴトと音を立てる車輪の音だけが響く。
先に沈黙を破ったのは、ビー君だった。

「何があった。何か、手伝えることはあるか」

ビー君は比較的冷静に、ジュウモンジさんに協力できることはないかと申し出た。
たぶん彼と私は、今日の<シザークロス>の皆さんの行動に疑問を持っていたのだと思う。

なんて言ったら良いのか、今日の彼らはだいぶ必死だった。

「てめえには関係ねえだろ。それに、どうしてそう思う?」
「こんな手段を選ばず悪目立ちを強行するのはいつものお前たちのやり方じゃないからだ。そのくらいは分かる」
「……そうかい」
「言え。何があったんだジュウモンジ」

ジュウモンジさんは少しだけ、ためらいを見せる。
逡巡の末、【ハルハヤテ】襲撃の理由を、事情を話してくれた。


「――――アプリコットが、この【ハルハヤテ】に捕まっている」


アプリちゃんの名前を聞いて、私とビー君は戦慄する。

「最近俺たちは目立ってしまった。それに乗じて目の敵にしているヤツがアプリコットとアイツの手持ちのライカを攫って行った。俺たちはヤツからアイツらを奪い返しに来た。それだけだ」
「そうか」

それだけ聞いて、ビー君はジュウモンジさんたちに背を向けた。
ビー君はルカリオをボールから出し、進行方向を、先頭車両の方をじっと見る。
ジュウモンジさんはビー君たちの背中を鋭い三白眼で睨み、慎重に言葉を紡いだ。

「何するつもりだ?」
「……関係ない、なんてことはねえだろジュウモンジ」
「かといって、理由はねえだろ?」
「あるぞ……俺はお前らのこと……気に食わねえけどさ、その……気に入っているんだよ。お前らの作った曲とアイツの歌が。確かに部外者かもしれねえが……ボーカルに居なくなられんのは、困るんだよ」

しどろもどろに言葉をひねり出すビー君。
ジュウモンジさんは不器用な彼の背中を見定めるように見つめ、大きな息を一つ吐いた。

「…………ちょっとこっち向けビドー」
「何だよ……っと、これは……!」

ジュウモンジさんは、何か小さなものを包装した物をビー君に投げ渡す。
ビー君の手元に渡されたそれは、黄色い稲妻模様が入った鉱石。『かみなりのいし』だった。
アプリちゃんの手持ちのピカチュウ、ライカが進化するために必要な道具。
それをわざわざジュウモンジさんはビー君に預けた。

それが意味するのは、ジュウモンジさんなりの落としどころ。協力の受け入れだったのだと思う。

「配達屋ビドー、依頼だ。この『かみなりのいし』をアプリコットのライカに届けてくれ。」
「……!」
「いいか、絶対無事に届けやがれよ……!」
「ああ……引き受けた。行くぞヨアケ!」
「うん、助けに行こう!」

依頼を承諾したビー君は私に声をかける。私はそれに応え、彼に続く。
ジュウモンジさんたちと先頭車両に向かって行く私たちをユミさんとオクタンのナギサは見送ってくれた。

「私接近戦はあんまりなので。寝ながら動くのもしんどいですし。お気をつけて」
「ありがとう、おやすみ、行ってくるね!」

ユミさんに声をかけた後、私もデリバードのリバくんを出しながら前へ進む。けれど最先頭の手前までアプリちゃんの姿は見つけられなかった。
でもビー君とルカリオは確信をもって前に進んでく。

「おそらくアイツは<ダスク>の奴らが持つような、波導に細工する機械をつけられている。でも違和感のある波導はこの先にしかない」
「つまり、この向こうにいるってことだね」
「そうだ」

おそらくこの扉の向こうにアプリちゃんが待っている……!
ジュウモンジさんが念のため他の<シザークロス>の団員さんに待機を言い渡す。
中から誰かにきつく言い聞かせるような声が聞こえる。
ビー君の合図で、ルカリオと私とリバくん。ジュウモンジさんとハッサムは扉の向こうへ一斉突撃した。


***************************


心細かった。

不安で怖くて泣きそうで。でも声を上げることすらできなくて。
そんなあたしをライカは小さな手で撫でてくれる。
それでも恐怖は収まらない。
何が怖いって、色々ありすぎるけど、でも。でもやっぱり。
助けに来てほしいけど、あたしのせいでジュウモンジ親分が、義賊団<シザークロス>のみんなが捕まってしまうことが、一番怖かった。

嫌な思考は、止まってくれない。
あたしは、<シザークロス>が誇りで、居場所で、大好きだ。
“闇隠し事件”で路頭を彷徨っていたあたしと、細々としていたライカを拾い上げてくれたみんなが、ジュウモンジ親分がストレートに好きだった。
歌手とかにも憧れた時期もあったけど、あたしはたぶんずっと<シザークロス>をやっていく。やっていきたいと本当にそう思っていて……。
でも前に『<シザークロス>は潮時かもしれない』って呟いたジュウモンジ親分は、あながち間違ってなかったのかもと思うあたしもいて嫌になる。

あたしを攫った賞金稼ぎを名乗る深紅のポニーテールの女とフォクスライは、運転士さんたちを脅しながらあたしたちに八つ当たりの言葉を投げつけてくる。

「……アンタさぁ……バンドの真似事をしているけどさ。アンタの歌、聞くに堪えないんだよね」
「…………」

挑発だ。悪意のある言葉なんて、いちいち気にするな。
無言で睨み返すあたしが気に食わないのか、それとも反論をしなかったからか、その女は言葉を畳みかけてきた。

「技術もだけど、そういう以前の問題。なんでかわかる? それはね、アンタの歌が“犯罪者”の歌だからだよ」
「……っ!」
「歌に罪はないって主張をする輩もいるけどさぁ、結局は歌っている奴が罪に汚れている時点で他人の心なんて動かせないっつーの。それを知ったか知らないで喜ぶ奴らも大概だよね」
「……あたしはともかく、聞いてくれた人たちをバカにするな」

聞き捨てならない言葉に、反応してしまう。
あたし自身のことはともかく、バンドを応援してくれたみんなを侮辱するのは、我慢ならなかった。
でもその反抗を待っていたように、コイツはあたしの心を折ろうとする。

「バカにするね。どのみち義賊なんかやっていた前科者のアンタに未来はない。このまま出るとこ突き出されるんだ。もうアンタはステージに立って歌うことは、ない!」

その言葉は鋭利な刃になって、あたしの誇っていたものをひどく傷つけられる。
叶うなら正直この女を掴みかかってぶっ飛ばしたかった。
それかあたしも暴言の一つでも吐けばよかったのかもしれない。
けれど、あたしは怒りに震えるライカを抱きしめ、止めた。
ここで怒ることは、コイツの言い分に何も言い返せなかったってことになる。それは嫌だった。
屈する気にはなれなかった。
だからこそあたしは。
一番、譲れなくて、コイツが一番嫌がりそうなことを言い切った。


「――――それでもあたしは歌うことを止めない」


明らかにイラついた女があたしに手を上げようとした。
それを遮るように、大きな音と共に、扉が開かれる。
先陣を切って入って来た意外な彼は、彼らは……!

大きな声で、エールをくれた。

「よく、言った!! アプリコット!!!」
「頑張ったね……! アプリちゃん!!!」
「ビドー? アサヒお姉さん? どうして……?」

ビドーのルカリオが間に割って入り、アサヒお姉さんとデリバードがあたしとライカを抱き寄せてくれる。
その温かさにこらえていた涙が溢れそうになった。
そして聞きなれたジュウモンジ親分のドスのきいた声に、安心して今度こそ涙が零れた。

「アプリコット、無事か。やってくれやがったな、賞金稼ぎテイル……!」
「ジュウモンジが来るのは想定済みだけどさぁ……アンタたち部外者は、何のつもりよ。どういう了見でこの前科者のガキ助けに来たんだよ」

そうだ。ちょっと前まであたしたち<シザークロス>のことをあんなに嫌っていたくせに、なんで助けに来てくれたの?
なんでここまでしてくれるの?
あたしの疑問とあの女の問いに、ビドーはいっぺんに応える。

「――――前科者だろうが何だろうが、俺はこいつのファンだ! 確かに気に食わねえところもあるが、俺はこいつの、<シザークロス>のアプリコットの歌が好きなんだよ! だから助けに来た! 悪いか!!」

予想外の言葉に、一瞬あたしも含めビドーとルカリオ以外が固まった。
言われた意味が頭に反すうして、顔が一気に熱くなる。
アサヒお姉さんが「わ、私もだよ!」と遅れて言ってくれた時にはすでに混乱の真っただ中で、ライカは「コイツ……」と別の意味で警戒を強め尻尾を立てている。ジュウモンジ親分とハッサムの視線が気になるよう。

でもそんな呑気な思考から、一気に現実に引き戻される。
気づいたら限界まで張りつめていた戦線の火ぶたが切って落とされていた。
この戦いの本番は、これからだった。


***************************


「アンタたち馬鹿にするのも大概にしなよな、ああ??」
「はっ、馬鹿にされて当然だろうがよこの人攫い……ルカリオ!!」
「賞金稼ぎだ! アンタら全員お縄につけてやる! フォクスライ!!」

ビドーのルカリオが殴りかかろうと見せかけての蹴り技『フェイント』を放つ。
けどフォスクライの方が早い! 一瞬の不意をついた『ふいうち』の突進がルカリオを突き飛ばし、ビドーを巻き込む。

でもその隙をジュウモンジ親分が見逃さずにハッサムに『バレットパンチ』を指示。テクニカルなハッサムの鉄鋏の拳がフォクスライの脇腹に当たる。
それでもフォクスライは踏みとどまり、アサヒお姉さんのデリバードが撃ちだした『こおりのつぶて』も叩き返した。

「ちぃっ……! フォクスライ『バークアウト』!!」

フォクスライの嫌な遠吠えの衝撃があたしたち全体を襲う。
みんな思わず一瞬耳を塞いでしまう。その時――――テイルの深紅の髪とフォクスライの尾がたなびく。
隙間をかいくぐり、奴らの魔の手がこちらに伸びる?!

テイルたちの狙いは、あたしとライカだった。

アサヒお姉さんからあたしをひったくり、担ぎ上げるテイル。フォスクライもピカチュウのライカをくわえた。
とっさに止めようとしてくれたデリバードを踏みつけ、フォクスライは後方車両への入り口の前に立つ、ジュウモンジ親分に飛びかかる。

「ジュウモンジ親分っ!!!」
「このガキ共が可愛ければ抵抗はするなよ? アンタたちっ!!」
「ぐっ……こんのっ……!!」

鋭い爪を親分に突き立てるフォクスライ。ジュウモンジ親分は人質のあたしとライカを見せつけられているうえ、フォクスライに上乗りされて身動きが取れない……!
肩に突き刺さる爪。奥歯を噛みしめるジュウモンジ親分。
たぶんこのままじゃ、親分も、ハッサムも、アサヒお姉さんとデリバード、ルカリオ。そしてビドーが……とにかくみんながあたしたちのせいで傷ついてしまう!
このままじゃ、このままじゃダメだ……!!

……あたしたちも戦わなきゃ、びびって待ち続けるだけじゃ、ダメだ!!!

「うあああああああ!!!!」

テイルの腕に、あたしも思い切り爪を立ててやる。

「つっ!! このガキ!!」

床に投げ飛ばされたあたしをハッサムが受け止めてくれた。
あたしが動いたことで、みんなが動き出せる……!

「ライカしっかりっ! 『アイアンテール』!!」

ライカ渾身の『アイアンテール』がフォクスライの頬を叩く。しかしフォクスライはライカを離してくれない……!
テイルと、ライカをくわえたフォクスライが一気に後方車両へ突破していく。親分以外の<シザークロス>が立ちはだかっても、屈んで走りすり抜けてく。

「ライカあっ!」
「……! 逃がすかっ!!」

手を伸ばすしかできないあたしの横を駆け抜けるシルエット。
遠くなるライカを、真っ先に追いかけてくれたのは、ビドーとルカリオだった。
続いてジュウモンジ親分とハッサムが動いてくれた。

一瞬呆けて動けなかったあたしを、アサヒお姉さんが引き戻してくれる。

「アプリちゃん、まだライカは諦めてないよ!」
「……うん、そうだ。その通りだ」

しっかり頷き、前方を見据える。
戦うって決めたばかりでくじけるな。
ライカを、取り戻すんだ!

手をぎゅっと握って、彼らの後を出せる限りの速さで追いかけ始めた。


***************************


賞金稼ぎのテイルは、途中の車両と車両の間の空間でフォクスライに天井をぶち破らせると、ふたりで車両の上へと飛び乗った。
ほぼ同時に【ハルハヤテ】が速度を落としていく。ヨアケ辺りが解放された運転士に呼びかけてくれたのかもしれない。
俺から向かって右手側の窓の外には、まだ底の見えない崖がある。
そこにだけは落とされたくねえなと、その地理情報を頭の隅に留めた。

屋根の上に何かが叩きつけられる衝撃音。列車の上に、俺とルカリオも急いで上る。
奴らは、列車の端、最後尾で俺らを待ち構えていた。
ボロボロになったアプリコットのピカチュウ、ライカを踏みつけるフォクスライ。
テイルはその光景を見せつけつつ、俺に再度問いかける。

「いい加減にしなよなぁ……何故加担する。悪党どもなんてこのヒンメルに要らないだろ。取り締まる強者が誰もいないのなら、ウチらで排除するしかねぇだろうが……!」
「だからと言って、お前のしていることは<シザークロス>よりタチが悪い。少なくとも正しい奴の行動とは、とてもじゃねえが思えねえよ……!」

緩やかに停車していく【ハルハヤテ】。
完全に停止しきったのを合図に、テイルの理性のストッパーに、超えてはならない一線に限界が訪れる。

「だったらさぁ、アンタは正しく在れるのか? こんなロクでもないこの地方で、綺麗なままでいられるんなら、見せてみなよ――――この偽善者が!!!!」

激昂したアイツはフォスクライからライカをひったくると、あろうことか――――

「見捨てるんじゃねぇよ。なぁ??」

――――全力で崖の方へと投げ出しやがった。

「ライカ」

ボールのように放り投げられ、崖下の奈落に吸い込まれていくライカ。
どう考えても届かない、間に合わない距離。それでも俺とルカリオは動く。

……その俺らより先に、悪態交じりの咆哮を上げながら空中に飛び込んだのは。
列車から駆け出たジュウモンジとハッサムであった。

「くっそおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ジュウモンジ!! ハッサム!!」

ライカを掴み抱き寄せたジュウモンジは、キーストーンのついたグローブの右腕をハッサムへ伸ばし叫んだ。

「意地を見せろハッサム!! メガシンカああああああ!!!!」

光の帯に包まれながら、ハッサムもジュウモンジにその鋏を届けようと差し伸ばす。
形を変え、長くなった鋏がジュモンジに、届いた。

「おらあっ!! 崖に向かって『バレットパンチ』!!!!」

メガハッサムの残った鋏が、弾丸のごとくのスピードで崖の壁に突き刺さり落下を食い止める。
しかし、長くはもたないのは明白だ。メガハッサムの身体が無理な動作にオーバーフローを起こしかけていたからだ。
アプリコットや他の<シザークロス>の奴らも列車から降り立ち、その現状を目の当たりにし動揺する。
声をかけるべき相手は他に居るはずなのに、震える声を上げ、ジュウモンジは俺に要求した。

「ビドー、『かみなりのいし』を、ライカに……ライカに届けやがれ!」

その意図は分からないが、従わない理由はなかった。
俺はオンバーンを出し、『かみなりのいし』を持たせアプリコットへと飛ばす。
『かみなりのいし』が、アプリコットの手に届く。

「アプリコット、オンバーンを使え!!」
「!! ……ありがとう、助かる!」

アプリコットの肩を両足で掴み、そのまま奈落を降下していくオンバーン。
亀裂が走り、崩れていく崖壁。
ジュウモンジが、最後の力を振り絞ってライカをアプリコットへと投げた。

「ライカ!!!」

精一杯名前を呼び、手を伸ばし受け止めたアプリコットの腕の中で、ライカの身体が光に輝く。
包まれた光と共に、彼女たちはジュウモンジとメガハッサムを追ってさらに奥深くへと潜るように追いかけて落ちていった。

ただしその落下は、一定のところで、止まる。

「間に合ったか……」

ジュウモンジが安堵の声を漏らす。
俺ら全員の視線の先には、姿が変わり、尻尾で宙をサーフィンするように飛ぶライチュウのライカが居た。
黄色い耳を持つアローラ地方に生息する姿のライチュウへと進化したライカ。
そのライカのエスパーパワーで浮くジュウモンジとメガハッサム。
それはライカが会得した超念力、『サイコキネシス』によって為せたものだった……。


***************************


「は……何これ……」

進化したライチュウのライカの『サイコキネシス』で上昇し、何とか崖の上に転がり倒れるジュウモンジとハッサム。
オンバーンもアプリコットをライカのもとに届け終える。
アプリコットたちに駆け寄り抱きしめ、泣いたりわめいたり滅茶苦茶になる<シザークロス>。
泣きながら無事を喜ぶ彼らの姿を、俺らは目の当たりにする。
それは、どこにでもいる普通の奴らと、何一つ変わらなかった。
目の前の光景を信じられないといった様子で首を横に振るテイルに、俺は突き付ける。

「俺は、まだまだ偽善者かもしれない。でもお前、これを見てもアイツらを悪だから排除されるべきと切り捨てるのか」
「…………うるさいんだよ!!! フォクスライ!!」

フォクスライの『ふいうち』に俺とルカリオはあえて何もしなかった。
何故なら、彼女たちの強い波導を感じ取っていたからだ。

俺たちの背後から放たれた氷の弾丸がルカリオを向いていたフォクスライに命中する。
続いて、驚くテイルの脳天に小さな『こおりのつぶて』がクリーンヒット。彼女をそのまま仰向けに倒した。
その『こおりのつぶて』の技の使い手、デリバードのリバに振り返った。
遅れて【ハルハヤテ】の屋根によじ登ったヨアケは、静かに怒っていた。
それから腰に手を当ててヨアケはリバに『れいとうビーム』を指示。
フォクスライとテイルを屋根に縫い付けるように氷漬けに。
彼女たちの自由を奪い、叱るようにヨアケは言った。

「貴方たち。ちょっと、頭冷やそうか」


***************************


結局、逆に俺たちに取って捕まったテイルとフォクスライ。俺とルカリオ、ヨアケたちと<シザークロス>の面々に見事に囲まれているなか、彼女は吠えることを止めただただ奥歯を噛みしめていた。

「で、どうすんだ。こいつ」
「あ、それなら連絡入れておいたよ。ほら」

ヨアケが指さす方向の空を飛んでこちらにやって来たのは、先ほど別れたばかりのガーベラとトロピウス。
それから彼女の後ろにはテリーとクロバットのクロノの姿もあった。
ガーベラたちとは別に、前方の線路を走ってくるクサイハナと男もいた。
アプリコットとライチュウに進化したライカが、彼らに駆け寄る。

「テリー! クロノ! アグ兄! クサイハナ!」
「アプリコット。無事だったか」
「うおおお無事で良かったぜ……!」

涙を隠そうともしないクサイハナ使いの男につられて、アプリコットも再び涙腺が緩んでいる。

「そっちこそ……! 本当、迷惑かけてゴメン……」
「ばーか。小難しく考えんな。オレもそういう面倒なこと考えるのは苦手だ」
「テリー……ありがと……アグ兄も、クロノもクサイハナも……みんな、みんな本当に……!」

他の義賊団<シザークロス>のメンバーもつられて駆け寄る中、ジュモンジと元の姿に戻ったハッサムだけは、その様子を遠くから眺めていた。
一方でガーベラは、黙りこくるテイルに同行を求めた。

「賞金稼ぎテイル。これだけの騒ぎを起こした責任をとっていただきます。よろしいですね」
「賊共はほったらかしか……<エレメンツ>も地に落ちたね」
「ええまったくもってそうです。でも落ちても私たちは自警団<エレメンツ>です。誇りまで落としたつもりはありません……あと、そもそも貴方がこんな強硬手段に出なければここまでの被害にはならなかったのは忘れないでください」

見つめるガーベラに、テイルはそれ以上のことは答えなかった。フォクスライもテイルに従い、大人しくしていた。

「お疲れさん。ルカリオ、オンバーン」
「ありがとう、リバくん」

俺とヨアケはそれぞれ礼を言いながら、ルカリオとオンバーン。デリバードをボールに戻した。
何だか周りが騒がしくなって、どこか疎外感と疲労感がどっと沸いてきたので、「席に戻るか……」とヨアケに提案した。
車両と車両の間のスペースに乗り込むと、彼女は足を止める。
ヨアケはと言うと、何か考え事をしているのか、アプリコットたちを眺めていた。

二人きりの空間で、彼女が、切り出す。

「……アキラ君の言う通り、私はあんまり考えて動くの、得意じゃないみたい」
「そうか、いっぱい考えてそうに見えるが」
「考えても、身動き取れなくなっちゃっているからね……それじゃあ何も解決しないのかなって、アプリちゃんを見て思ったんだ」

ヨアケが俺に向き直る。その眼差しは、彼女の波導は……熱く揺らめいていた。
何かを決意した感情。それと同時に。

彼女は、ヨアケ・アサヒは俺に――――助けを求めていた。


「ビー君。私はね、アプリちゃんと同じ『人質』なの」


直接俺にこういった望みを彼女が口にしたのは。
これが初めてのことだったのかもしれない。





「助けて、ビー君」


***************************


彼女が言い終えると同時に、世界が裂けた。
いや、破れた、と言った方が正しかったのかもしれない。
彼女の背後の空間が裂け、ドス黒いモノが噴き出す。
ヨアケはそれを気配で察して、ため息をついた。

「やっぱり、ダメかあ……」

その中から伸びた黒い影が、彼女の手を掴み強く引っ張った。

「ヨアケ!?」

謎の空間に引きずり込まれていくヨアケに手を伸ばす。
彼女も俺に手を伸ばすも、届かない。
距離はそこまでなかったはずなのに、手が届かない。

「ビー君!! 私の敵は―――――――――!!!」

彼女が必死に声だけでも届けようとする。
しかし、謎の雑音に遮られて聞き取れない……!!

「ヨアケええええええええええ!!!!!」

俺の声は彼女にもう届かない。
届く前に、謎の空間は閉じて元のスペースに戻ってしまった。

(何が、起こった。誰が、引き起こした)

パニックになる頭で必死に考える。でもどうしてこうなってしまったのかは、今の俺には解らなかった。
でも確かにわかることがあるとすれば、ヨアケはひた隠しにしてきた“敵”の存在を明らかにしたということだった……。

彼女の波導の痕跡を辿ろうとする。しかし見つからない。
俺の力だけでは、見つけられない。

「どこだ、どこにいるヨアケ……」

胸の辺りに大きな穴でも開いたかのような喪失感が襲う。まともに立つことすらできずに膝をつきそうになった。
そのまま倒れかけたところを、支えてくれたやつがいた。

「……ルカリオ」

最近はボールから勝手にはあまり出てこなくなっていたルカリオが、自らの意思で俺の立たせてくれる。
ルカリオは言った。「自分の力を使え」と。

「そうだよな。俺一人じゃできなくても、お前となら……やれるかもな」

力強く頷くルカリオ。励ましは、それだけで十二分だった。
……俺はルカリオの右腕に、トウギリから贈られてきたメガストーン、『ルカリオナイト』がついたバングルを装着させる。
そして自分の右肩にキーストーンのついたバッジを装着した。

静かに呼吸を合わせる。
お互い向き合って、意識を集中させた。

「行くぞ」

帯状の光が、俺とルカリオを繋ぐ。ルカリオの姿が変化していく。
光の繭の中で黒い痣跡が体に広がり、全身の姿形を変えていくルカリオ。
波導の質が荒々しく、強力になっていくのが、感じ取れる。
今までの限界を超えていくルカリオの波導に、俺も合わせていく。

そして練り上げられたふたりの波導を使って、全身全霊をもって彼女を捜す。

あの温かな。
あの優しくて。
あの強い。
彼女の波導を俺たちは辿る。
短くて長い、旅路の思い出を辿るように。
俺たちは彼女を……追いかける。


「己の限界を超えろ、メガシンカ。すべては守るべき光の為に」


ささやくような祈りが、ほんの僅かの間だけ彼女の波導を見つける。
同じく彼女を見つけたメガルカリオとなった相棒は、その方角を見据えた。

レールの先の向こう側。俺たちの旅の目的地、【オウマガ】。
そこにあいつの波導はあった。

「……待っていてくれヨアケ。必ず力になりに、助けに行く」

解けてしまったメガシンカ。崩れ落ちそうになる足を無理やり動かして、俺たちは再び列車の上に乗る。
レールの先に続くまだ見ぬ道を見据えて、俺とルカリオは出発を決意した。

「行こう」





つづく


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