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  [No.1722] 第二十三話 最後の審判と未来への祈り 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/10/05(Wed) 17:03:38   8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




運命の日が、やって来た。
ユウヅキに審判が下される日が、とうとう……やって来る。
デイちゃんの計らいで、私も隔離された一室から特別に、彼の裁判の様子を中継越しに見させてもらえることとなった。

「よろしく、ロトム……!」

デイちゃんのロトムも緊張した面持ちで「任せて」と応えてくれる。
時間まで、携帯端末のメッセージの一覧を覗いた。
色んな人からの励ましのメッセージを読みつつ、最後にアプリちゃんとビー君。ふたりの個別メッセージを眺める。

“アサヒお姉さん、心細いと思うけど、もう少しの辛抱だから……!”
“ヨアケ。ヤミナベは大丈夫だ。信じろ”

文字だけなのに、不思議とその声色まで浮かんでくる。
でも、やっぱり直接顔を見たい。会いたいと強く願う。
ふたりにも、みんなにも、ユウヅキにも。

そう思っていたら……時刻になった。
息を呑んで、私はモニター越しの彼の姿を見守り続けた。


***************************


荘厳な大広間の中心にユウヅキは多くの視線を浴びながら連れて来られる。
その中にはスオウ王子のお母様、つまりはヒンメル女王の姿もあった。
大きな水泡を被ったオニシズクモを隣に据えたヒンメル女王の目配せに応じて、ご高齢の裁判長が、彼の罪状を読み上げ、問いかけた。

「被告、ヤミナベ・ユウヅキ。貴方はクロイゼルングに加担し、数多の人間とポケモンを誘拐、“破れた世界”へ監禁しました。その後もクロイゼルングの配下として多くの事件と被害者を出してきました。このことを、認めますか?」

その問いかけに、ユウヅキは、どこまでも堂々と答える。

「……認めません」

――――それが、今まで体験した中で一番長い一日の始まりだった。
ざわめく会場。罵倒さえも飛んできそうな険悪な雰囲気の中、それでも彼は力強く言い切った。

「俺は、自らの意思で彼に加担したわけではありません」

その言葉に外野から「ふざけるな!」と野次が飛んでくる。裁判長が大きく木槌を叩き、「静粛に」と黙らせた。
ハラハラとした気持ちで見ていると、柱時計のように揺れるダダリンを背にした裁判長が慎重に見極めているように尋ねる。

「では、何故貴方はクロイゼルングに協力をしていたのですか」
「人質を取られていました。彼女を守るために手段を選べなかったんです」
「彼女とは」
「今も【テンガイ城】で隔離されている、ヨアケ・アサヒのことです」

私の名前を呼ぶとき、ユウヅキが語気を若干強めている気がした。
女王様の咳払いが一つ、裁判長に「話を戻せ」と催促する。

「……検察側の意見を」

検察官の男性は、茶とクリーム色の模様のマッスグマの運ぶ資料を受け取り、ユウヅキに対して鋭いストレートな意見をぶつける。

「どのような事情があれ、加担して多くの者たちに甚大な被害をもたらしたのは変わりありません。そもそも、被告がクロイゼルングを決起させるような真似をしたのがことの発端でしょう。であれば、過失であろうともその責任は背負うべきだ」

一部の観覧席の方たちが大きく頷く。ダダリンが大きく揺れ動く。
何て言うか、完全にユウヅキたちは孤軍奮闘って感じだった。ユウヅキの極刑を望む者たちに囲まれているんだな……って改めて思う。
その中で唯一彼の味方を名乗り出てくれたあの人が、とうとう発言をした。
すっと手を伸ばし、水色の髪を整ったポニーテールにしたスオウ王子はアシレーヌと共に意義を申し立ててくれる。

「意義あり。そもそもの甚大な被害というのは、正確にはどのような被害か、はっきりと述べていただこう」
「……誘拐の他、【スバルポケモン研究センター】襲撃、【スタジアム】襲撃、【エレメンツドーム】襲撃で、多くの犠牲者を出したではないですか」
「それは誤った情報だ。ヤミナベ・ユウヅキが手にかけた犠牲者は、死者は誰ひとりとしていない。イメージで架空の被害者を出さないでいただきたい」

ぴしゃり、と検察側の矛盾を提示するスオウ王子。眉をひそめる女王。アシレーヌがばっと大きく手を広げるのと同時に、スオウ王子はさらに畳みかける。

「そもそも、クロイゼルに目を付けられたこと自体、被告は著しい被害を被っている。彼も被害者のひとりなのではないか?」

被害者。
その訴えかける強烈な言葉に、まるで血の気が引いて行くように裁判場がしんと静まり返った。


***************************


ロトムがデイちゃんからのメッセージをポップアップする。
それはデイちゃんによるこの裁判の解説だった。

“今回の裁判でスオウは、ユウヅキは加害者じゃない、被害者だってスタンスで話を進めようとしている”
“何故そうしようとしているかというと……ひっどい話で申し訳ないんだが、ヒンメル国家自体、今回の事件を起こしてしまった責任をなすりつける相手を、国民の悪感情の矛先になる者欲しがっているからだ”
“それにわざわざ素直に責任取りますっていう義理は、そこまで罪を被る道理はユウヅキにもアサヒにもないじゃん……ってのが、スオウをはじめとするウチらの総意だ”

庇ってくれているデイちゃんたちの言葉は嬉しいんだけど、どうしても本当にいいの……? って、不安が取り巻いて離れない。
でも、そんなふうに考えることはとっくの昔に見透かされていた。

“アサヒたちは8年間もう十二分に罪を償った。それは認められていいことなんだ”

返信をする間もなく立て続けに表示される応援の言葉が、徐々に不安を吹き飛ばしてくれる。
お礼の言葉を送信すると、「礼を言われるほどじゃない」と返されてしまう。でもデイちゃんのことだから照れ隠しも交じってそうだなー、とは思った。
でもクロイゼルの時の憎悪も相当なものだったみたいだし、認めてもらうってそんなことできるのかな……って零すと不敵なコメントが返って来る。

“うちは情報の電気属性、デイジーじゃん。甘くみてもらっちゃあ困るってもんよ”

その含みのある名乗り方に、ちょっとだけビビっている自分が居た。
……もしかすると一番敵に回しては怖いのって彼女でないかな?


***************************


法廷のバトルが勃発している最中、ネットでの論争が苛烈になっていた。
話題はヤミナベとヨアケが極刑に処されるべきか否か。トレンドはそれで持ち切りである。
最初は極刑を求める声がほぼ占めていたが、なんと今は勢いが五分五分だった。
そこまでに至る過程を眺めていた一個人としては、立案者に恐れ慄いていた。

「うん……レインと共同で作戦を考えていたとはいえ、<エレメンツ>で一番恐ろしいのはやっぱりデイジーかもしれねえな……」

ルカリオとエルレイドも俺の少し戸惑っている感情に同調の意を示していた。
画面からは波導は感じられないけど、打たれた文字に色んな感情が渦巻いているのは波導を使わなくてもなんとなくわかった。

世論やメディアがふたりへの憎しみと悪意で溢れている中、こんなウワサが囁かれ始めたのが火種だった。



“<ダスク>って連中、一時暴れていたじゃん? その個々人の責任、全部ヤミナベ・ユウヅキにふっかけているらしいよ”

“ちょっとまってくれ。確かにそういうやつらもいたけど、もともと<ダスク>はヤミナベが罪を償うのを見届けるために活動していたんだ。帰ってきたやつらの家があること自体、俺らが毎日必死に掃除に入ったからだぞ”
“え……なにやだ、勝手に入って掃除とか不法侵入”
“でも聞いたことあるな。人が住まずに放置した家って、荒れ果てて住めなくなるって……やっとの想いで帰って来て宿なしは流石にきつかったわ、サンクス”
“あたし、その清掃参加していたわ……その企画自体ヤミナベさんの発案だったと思う”
“犯罪に汚れた手で掃除するなよ。気持ち悪い”

“ん? じゃあそもそもヤミナベ・ユウヅキってなんの罪だったっけ”

“そりゃあ、私たちの家族さらったことでしょ”
“それはクロイなんとかじゃなかったっけ。この間公開処刑中止になった”
“でも【スバル】や【スタジアム】やあまつさえ【エレメンツドーム】襲撃して乗っ取っていた。指名手配もされていた”
“元<ダスク>でしたが、訂正させてください。【スバル】襲撃は所長のレインの手引きで自作自演。スタジアムはクロイゼル指示のもと優勝賞品の隕石奪いに行っていました。【エレメンツドーム】乗っ取りは、他の<ダスク>に手を汚させないようほぼ単身襲撃したヤミナベに、あろうことか<ダスク>メンバーが勝手に乗っかって包囲、乗っ取りをしたものです”
“なんでクロイゼルの指示ってわかるんですか? そもそもなんでヤミナベ氏、クロイゼルの指示に従っていたんです? この国に恨みでもあったんじゃないですか?”

“あー、それは被害者奪還に戦いに行った連中なら、知っているよな?”

“知っている。アサヒだろ”
“アサヒさんだね。ロボにされていた”
“ロボって何?? アサヒって誰”
“ヨアケ・アサヒ。ヤミナベ氏の連れで。クロイゼルの計画のために人質にされ泳がされていた。一回クロイゼルに『ハートスワップ』で心をロボ人形に叩き込まれていた。ロボヒさん”
“作り話だよね??”
“いや本当。つまり、そのロボヒさんを助けるために従わざるを得なかったのがヤミナベ・ユウヅキの今回の立ち位置。利用されていたっぽい”
“なんかドラマが始まってそうな話だなー”

“ちなみにアサヒは<エレメンツ>にほぼ8年軟禁されていたよ。お前が事件起こしたんだろってあらぬ疑いをかけられて。<エレメンツ>メンバーはなんでそのこと黙っているのかね”

“軟禁……? それマジだとしたらさらに見損なうわ<エレメンツ>”
“マジだよ。<エレメンツ>本部に出入りしていたから知っている。ほぼ毎日無報酬で大勢のメンバーの料理作らされていたって”
“黒っ、ブラック自警団”
“ごめんなさいアサヒさんの料理とてもおいしかったです。彼女の料理なければ<エレメンツ>はやっていけなかったでしょう……そして勇気をもって告発します。彼女ある方からパワハラ受けていました”
“ああー笑顔体操の人か。どんなときでも笑顔を強要してくる人”
“笑顔体操……何それこわい……? 普通に笑わせてやれよ……ヤミナベ氏助けに行かなかったん??”
“一方その頃ヤミナベ・ユウヅキ氏は日夜虐待を受けていた。<ダスク>内では有名な話です。もちろん、証拠はとってありますとも、ええ”
“数えきれないくらいの傷跡、みたことあったわ……”
“なんなんだこのふたり!! ふたりが何したって言うんだよ…………!!!!”

“本当に何したんだろうね。因果応報っていうにはあまりにも違い過ぎる。そんなヤミナベ・ユウヅキとヨアケ・アサヒ”はクロイゼルと戦う時、最前線に出続けたってのにね”

“だよな。なんであんな自責をしまくって頑張っていたこのふたりが裁かれなきゃいけないのか”
“やっぱりおかしいよね? こんなのっておかしいよね??”
“こんなのでさらにふたりに責任背負わせる女王様であってほしくない”

“今国家の指示か知らんけどメディアで叩きまくっている連中に言うね。こんなん冤罪も甚だしい。名誉棄損だ――――ヒンメル国家は、責任転嫁をしようとしている!!!”


***************************


「うわー本当にやりやがったデイジーさんよ……燃えてる燃えてる……いいぞ、もっと燃えろよ、こうなりゃとことんまで、さ……」

【カフェエナジー】二階の個室部屋で泥だらけのアマージョの脚を拭ってやっていたソテツは、投げやりな笑みで流れる画面を見ていた。
ふたり分のミックスオレと追加のタオルを持ってきたココチヨとミミッキュも、どこかこの騒ぎを楽しそうにしながら彼に声をかける。

「泥団子投げつけられるって災難だったわねー、笑顔体操さん?」
「古傷を抉らないでくれ、清掃組のココチヨさん。はあー、スオウの馬鹿も言っていた通り、正真正銘<自警団エレメンツ>は終わりだな。よりにもよってこんな終わり方とか笑える」
「まあ、それが今まで黙っていたあたしたちの償いよ」
「そうだね。償いだ。割り切ってはいるけど、最後の花火を眺めるのは、少し切なくもあるよ」
「そうね。なんだかんだこの8年間、それぞれ駆け抜けてきたものね……それは<エレメンツ>も<ダスク>も変わりないわ。なんというか……今までお疲れさまでした」
「どうも……そちらもお疲れさん」

飲み物とタオルを置くと足早に去ろうとするココチヨたちに、ソテツは「忙しそうだね」と零す。
その言葉に振り向き様にウィンクしながら、彼女は小声で応じた。

「ほら、ネットなんて見ない方も多いから、“ここだけの話”をお客さんとしに、ね?」

ミミッキュもはりきって布の下の両手を上げる。そんなふたりの様子と、携帯端末に乱立されていく記事を見てソテツは痛感する。
ウワサってこうやって広まっていくのか、と……。


***************************


一方裏路地ではメイがパステルカラーのギャロップに乗って元<ダスク>メンバーを追い回していた。
先回りしていたブリムオンに挟まれる形になった男は、その場にへたり込みメイへと罵倒を浴びせる。
涼しい顔でその言い分を受け流すメイは、彼に悪態をつきつつ、二体へ指示をだした。

「今まではサク様がいいって言っていたから見逃していたけれど、自分のしたこと全部サク様の責任にしやがって……出るとこ出てもらうんだからな! ギャロップ! ブリムオン! ひっとらえろ!!」

容赦のない捕縛に声を上げる元<ダスク>も居たが、メイはレインが作成したブラックリストを使い、黙らせて言った。
メイに協力をしていたハジメやユーリィは、彼女がここまで積極的に矢面に立つことを、意外そうに見ていた。
ハジメはゲッコウガのマツと共に、メイのことを心配そうに見つめる。
それからこらえきれずに、尋ねてしまった。

「表立つのは、俺でもよかっただろう……」
「別に、憎まれ役は慣れているって。それに守る者いないあたしの方が反撃に対応するの向いているでしょ」
「いいのだろうか。何だかすまない」
「あーもう! 悪ぶっているほうが性に合っているから、気にしなくていいの!」

鬱陶しそうにはねのけるメイの手を掴んだのは、ユーリィのニンフィアの持つ、リボンの触手だった。
ユーリィは、「独りで勝手に背負われたら、気にするよ」と軽く叱り、それから虎視眈々と考えていた案をメイにぶつけた。

「それならメイさん。今度チギヨのとこでファッションモデルやってみない?」
「……はあ????」
「スタイルいいし、かっこいいし、かわいい。絶対向いていると思うんだけど」
「いやいやいやいや、無理、無理だって……! だいたいなんで……?」
「メイさんのイメージ、このままにしておくのが嫌なの!」

真っ直ぐなユーリィの視線から逃げるように目を逸らし、顔を赤らめるメイはギャロップとブリムオンに助けを求める。しかし二体とも「むしろ興味津々」と言った表情でニンフィアとも意気投合していた。

「気持ちは嬉しくなくはないけど、別に……」
「なってくれたら色んな可愛い服安く買えるように交渉してあげる。なんならヘアカットもアレンジもサービスするよ」
「うっ……!! ほ、保留! 考えておくだけ考えておくから解放しろー!!」

じゃれ合っている彼女たちを眺めて、「平和とは、こういうものなのだろうか」とハジメはマツに呟いた。マツは「さあ?」と首をかしげる。
でもそのマツの表情はどこか穏やかなものだった。

「帰って来たフタバたちにも新しい服、買ってやらなければいけないだろう……もちろんリッカの分も。そのためにももっと頑張らないとな、マツ」

丸グラサン越しの青い瞳を細めるハジメに、マツも楽しそうに頷いた。
自分の守るべき居場所を、再確認するように、マツはハジメを見上げていた。


***************************


リッカとカツミは悩んでいた。コダックのコックのように、頭を痛ませていた。
錯綜に錯綜を重ねて、溢れかえっている情報の多さに、整理をつけられないでいた。

「な、なにが本当のことなのか、もうぜんぜんわからないよ……!」
「……ははは!」
「か、カッちゃん?? 頭使い過ぎた?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! もう細かく考えるのは止めよう、リッちゃん!」
「ええーいいのかな、大事なことだよ?」
「大事なことだからだよ。ほら、前にサモンさんも言っていたよね」

そのカツミの言葉に、リッカも彼女の残した発言を思い出して、大きく頷いた。

「誰がなんと言おうとそれが絶対じゃないって、最後に何を信じるか決めるのは自分だって。だからさ、全部をうのみにしなくていいんだよ」
「そうだね……そうだったよね。うん。信じたいものを、信じてみるよ」

迷いの吹っ切れたふたりとコダックを、遠く路地から見守る影があった。
その少女の影はすぐに姿をくらませてしまったけれど、その横顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。


***************************


“ヒンメルの歴史は冤罪の歴史だからね”
“国の命令で実験をしていたクロイゼルングを、怪人としてレッテルを貼り迫害し続ける国家”
“その血筋がいまでも続いているのが、今回の件でよくわかるよね”
“さて、ヒンメル女王様もそれに倣いふたりに罪を被せるのか、それとも賢明な判断を下すのか……見ものじゃないか”



仰々しく呟きを打ち込んでいると、後ろからキョウヘイに覗きこまれていた。
いつから様子を伺われていたのかはわからないほど熱中していたみたいだった。

「――――ずっと画面に向かっているが、やり残したこと、出来ているのか」
「少しは出来ているよ。まあ、ボクの話なんて、この大波の中ではたった一滴の雫かもしれないけどね」
「実を結ぶには、難しいということか」

口をへの字に曲げて、眉をひそめるキョウヘイに構わず、ボクはヨワシのフィーアの写真アイコンのアカウントで、打ち込みを続ける。

「うんそうだね。でもね、文字は残るから。いずれ見つけた人が、何か考えるきっかけぐらいになれたらいいなとは思うよ」
「きっかけ作り、か」
「一匹のヨワシも、群れれば、ってやつだよ。とりあえずは、ボクの証言でアサヒとユウヅキが少しでも救われてくれることを、今は祈るよ。それしか、返せないからねこの恩は」

世論は簡単に覆せるものではない。でもわずかでも彼女たちが生きやすい世の中になって欲しい。
そんな祈りを籠めて文字を入力する。
叶うのなら、ふたりに幸ある未来を。そう願いながら、ネットの海に一滴を零し続けた。


***************************


裁判が行われている建物の前に、あたしとライカを含め、大勢の仲間が集まっていた、
みんな静かに裁判の結果を待っている。
ユウヅキさんの帰りを、待っている。
一番帰りを待ち望んでいるのは、アサヒお姉さんだっていうのは、みんな知っていた。
だからこそ、ユウヅキさんを彼女の元に無事送り出したかったのかもしれない。

そして、一番それを望んでいた彼もまた、あたしたちに合流する。

「…………アプリコット、まだ判決は出ていないか」
「うん、まだだよ、ビドー……長引いているみたい」
「それだけスオウたちも頑張ってくれているんだろうな」
「そうだね……」

ビドーのルカリオも祈るように瞳を閉じていた。ビドーもルカリオの手を握りながら、目蓋を閉じ静かに待っていた。
やがて日が傾き、空が淡く綺麗なオレンジ色に染まって来た頃、携帯端末に速報が入る。
女王様の会見が実況で流れる。

「…………ヤミナベ・ユウヅキ、ヨアケ・アサヒの処遇が決定した」

重い口調で女王様はそう切り出す。
息を呑んで、言葉の続きを待つあたしたちの心臓の鼓動が緊張で速くなる。

「ふたりはこの国の被害にあった者を救うために尽力してくれた。だが同時に必要以上に混乱を招いたのもまた事実……」

その渋々といった言いぶりは、決して険しいものだけではなかった。
そして、判決の結果が伝えられる。

「よってヒンメル国家は、その罪を不問とする代わりに、ふたりの国外への退去を願うものとする――――くりかえす、無罪放免の代わりに、しばしの準備期間ののち国外退去を願う。この国にもう関わらないでくれ……以上」

ぽかんと唖然とするあたしたち。しかし徐々に実感がわいて来て、次の瞬間には歓声が沸いていた。
あたしもライカもその場でぴょんぴょん跳ねてしまうくらい嬉しさが湧き上がっていた。
その嬉しさを彼に伝えたいと思い、声を出す。

「ビドー!! アサヒお姉さんとユウヅキさん無実だって! 良かったね……?? あれ? ビドー、ルカリオ?」

しかし、そこに彼らの姿はなかった。この場からビドーとルカリオは姿を消していた。
一瞬の疑問のあと、彼らがどこに向かったのかを悟る。

「ずっとこの時を待っていたもんね……きっちりやりなよ、ビドー」

おそらく駆け出して向かった彼らの背中を想い、あたしは空を仰いだ。


***************************


女王様の言葉に、私はまだふわふわと実感が持てないでいた。

「無罪……無罪……? 無罪……」

赦された……ってことでいいのかな。いいん、だよね?
ずっとずっと、そんな日は来ないと思っていた。
彼とふたりで一生償っていくと思っていた。
だけに、なんかまだ信じられない……。

力が抜けてへたり込んでいると、ロトムが心配そうに見つめてくる。
それからデイちゃんのメッセージを画面に表示してくれた。
“国外退去までは、難しかった。でもこれで晴れて無罪だ。改めて本当に長年、お疲れ様アサヒ”

彼女の言葉のお陰で、じわじわと現実を認識している最中……背後の扉が大きく開かれる。
驚いて振り向くとそこに居たのは――――息を切らせたビー君とルカリオだった。

「ヨアケ」
「ビー君」
「行くぞ、ヤミナベの元に。連れて行って、送り届けてやる」
「そのために、わざわざ来てくれたの……?」
「当たり前だ。ずっと果たしたかった約束だったからな」
「……! ありがとう。本当に、ありがとう……!」

差し伸べられるビー君の手のひらをしっかりと握り返す。
立ち上がらせてくれた後も、私はその手を離せないでいた。
ビー君も何も言わずに、引っ張っていってくれる。ルカリオも並んで歩いてくれる。
夕日が差し込む【テンガイ城】の長い廊下の中、ビー君の後ろ姿を眺めながら、考えてしまう。

国外退去ってことは、ヒンメル地方から出なければいけないわけで。
それはビー君とのお別れも必然的にやってくるわけで。
何だか、とても寂しい気持ちになった。
ほんのわずかだけ、この廊下が永遠に続けばいいのになんて思ってしまうほどに。
約束が果たされなければ、まだ一緒に居られたのかもしれないのにと変なことも考えてしまうぐらいに。
いけないことだけど……こみ上げてくる切なさを全部ぶつけてしまいたくなっていた。

ビー君はそのことをどう思っているのだろう。
見せない顔は、どんな表情をしているのだろう。
そう思ったら、自然と彼の愛称を呼んでいた。

ビー君は振り返らない。
でもどこか強がった明るい声で、こう告げた。

「本当に初めてだったんだよ、誰かの幸せをこんなに祈ったのはさ」

その声はどこか鼻声だった。どこまでも頑なにビー君は振り向かない。
ビー君の感情を解っているルカリオは、ただただ静かに彼を見つめていた。

「俺たちの相棒関係はな、俺がお前を送り届けるまでだ。それ以上は、別々の道を……行くんだ。長年縛られていたこのヒンメルからようやく自由になれるんだ。どこに行ったっていいんだ。だから、だから……!」

城の出口の扉を抜けると、その先に同じく息を切らしたユウヅキと、彼と私のポケモンたちが待っていた。
ぐっちゃぐちゃの情緒の中、それでもユウヅキの姿に安心と嬉し涙を堪えられないでいると、背中を半ば突き飛ばされるように押される。

私だけに聞こえるような小声で、確かにビー君はこう言っていた。




「ユウヅキと幸せになれよ、アサヒ」




――――ユウヅキに受け止められて、強く、優しく抱きしめられる。
でもユウヅキはすぐに私の異変に気付いて、その抱擁を解いてくれた。
それから、静かにその場から立ち去ろうとしている彼とルカリオに向けて、後を追うように言ってくれた。

「ユウヅキ、いいの……?」
「追いかけてやれ、アサヒ。ずっとお前は俺の帰りを待っていてくれたんだ。今度は、俺が待つ番だ」

ユウヅキは、迷う私の後押しをしてくれる。ドルくんをはじめとした私の手持ちのみんなも、頷いてくれる。

「時間の許す限り、納得の行くまでビドーと話して合って来い」
「うん……ありがとう、ユウヅキ……キミのそういうところが、私は大好きだよ。行ってくるね……!」


挨拶を交わし、私は、私たちは独りで勝手に行ってしまおうとしている大事な相棒の元に駆け出し、追いかける。
驚く道行くみんなの視線を、お構いなしに私たちは駆ける。駆ける。駆ける。
このヒンメル地方を一緒に駆け抜けた彼らとこんな別れ方をするなんて、絶対に嫌なんだから……!
だから、逃げないでよ! ビー君!!


***************************


理由は分からないけれど、追いかけられていることは分かっていた。
でも決して立ち止まってはいけないと思っていた。
やっと手に入れた幸せに、水を差してはいけない。そう思っていたから。

大通りを抜け、門を抜け【ソウキュウ】を出てしまう。
キャンプ地を抜け、人通りが少なくなった草原まで、全力で走る。
星の見え始めた藍とオレンジのコントラストが、俺たちを影に包んで行った。
ルカリオが俺の名前を呼ぶ。そして呼びかけてくれる。
臆病風吹かれた俺に、「もう少しだけ、勇気を出してみよう」と……言ってくれる。

勇気。勇気ってなんだよ。
ああ分かっているよ。傷つくことを恐れているのは。
でも良いじゃないか少しくらい逃げたって。
アイツの隣に立つのは、もう俺じゃないんだから……。
そんなの最初から分かっていたことだろう?
なのに。なのに……。
なんでこんなしんどいんだよ……!!

感情がオーバーヒートしていくにつれ、脚がだんだん動かなくなって、やがて立ち止まってしまう。
彼女たちに、追いつかれて、しまう。

さっきの俺みたく、息を切らした彼女が、俺の下の名前を呼んだ。

「オリヴィエ君……ビドー・オリヴィエ君! 待ちなさい!!」
「なんで追いかけてくるんだよ……なんで! 追いかけて! 来たんだよ! ヨアケ・アサヒ!!!」

怒声になってしまう俺の声に負けないくらいに、彼女は声を張り上げる。
それはまるで、ケンカのようだった。

「キミがあんな立ち去り方したからでしょうが!!! あのまま距離を置くつもりだったでしょう!!?」
「ああそうだよ!? あのままそっといなくなろうとしていたさ!!! その方が綺麗に別れられると思ったからだよ、そのぐらい察しろよ!!」
「じゃあなんでそんなに苦しそうなのさ!! バカなの?? 逆効果じゃん!!!」
「〜〜!! だったら!! だったらどうしたらよかったんだよ!!!!」

そこでようやく彼女の顔を見てしまう。その星影に包まれ見えにくくなっている表情は、腹をくくっているそれだった。

「全部。全部吐き出して。思っていること。考えていること。全部ぶつけて」
「そんなの、出来るわけ……」
「いいから。全部ちゃんと聞くから」

彼女は本気だった。本気で俺の感情を全部聞いて受け止めるつもりだった。
その真っ直ぐな瞳に、俺は妥協して、ミラーシェードを外して見つめ返し、目と目を合わせる。
トレーナーにとって、お約束の、お決まりの、そういった視線を返した。

「……ダメだ、言えない。どうしても知りたいって言うのなら、俺と6対6のフルバトルしてくれ」
「それは、条件とかつけてバトルするの?」
「条件なんてない。ポケモントレーナーなら、闘い合えば解ってくれる。そう思うからバトルしてほしいんだ」

薄闇の中、互いの輪郭が分からなくなっても俺たちは視線を交わし続ける。

それは星空の下、吹きすさぶ風の草原の中でのことだった。
俺は彼女に、最後の頼み事を一つする。

「勝負は明日の朝から。一日、俺に付き合ってくれ」

星明りに照らされた彼女は、迷うことなく二言返事で承諾した。

「いいよ、とことんまで付き合うよ。相棒」

“相棒”。
彼女がまだそう呼んでくれていることに哀しい嬉しさを感じつつ、俺は「すっかり暗くなっちまったな、帰ろうぜ」と帰路を促す。
彼女の手持ちたちと、ルカリオは俺たちのことを心配そうに見つめていた。
それでもこれ以上今日は言葉を交わせずに、俺たちはアパートへ、彼女たちはユウヅキの元へ帰っていった。


なかなか、素直になれないままに迎えた、翌朝。
彼女がインターホンを鳴らす。

「おはよ、オリヴィエ君」
「……おはよう、アサヒ。あの、出来ればまだ“ビー君”って呼んでくれないか」
「ん、分かった。ビー君」
「助かる」

その愛称を失ってしまうことに、まだ抵抗を覚えてしまっていたので本当に助かってしまっていた。情けない。

夜明けの日の光に照らされた彼女は、いつも見慣れていたはずなのに、尚更きらきら輝いて見えた。
……思えば、初めてすれ違ったときから、俺はこいつに見とれていたんだなと、再認識させられる。
じっと見つめていると、照れくさそうに彼女ははにかむので、慌てて視線を逸らす。

「じゃあ、行こっか」
「ああ、行こう」

かすかな声に、同じくかすかに返事をし、歩みだす。

この日のことは生涯忘れられなさそうな予感がする。
交わった道がまた交わらなくなりはじめる岐路。
サヨナラをちゃんと告げるための、とても大事な一日だった。











つづく。


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