マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1717] 第二十話後編 太陽と共に昇る拳 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/08/10(Wed) 20:34:55   14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




【破れた世界】の中の透明な城塞。これはマネネと僕が気の遠くなるような年月をかけて完成させた『バリアー』の城だった。
何故城という形に拘ったのかというと、天地が定かではないこの世界でちゃんと地に足のついた日々を送りたかったからだ。
まあ、見せかけのハリボテと言われればそれまでだが。

このバラバラに分断された世界の中でも、【破れた世界】は実質地続きだった。
なので、別々の世界からディアルガとパルキアを連れたギラティナは、落ちるように城の中庭にやってくる。

「ご苦労、ギラティナ」

ディアルガもパルキアも敗れ去った今、計画の進行を続けられる可能性はほぼ途絶えていた。
アサヒの中のマナも無事か分からない。これ以上は不毛な戦いだった。
マネネも心配そうに僕を見上げる。
人質たちの暴動も、ダークライが単身で抑えているような状態で、時間の問題であった。

そして、ひとり、またひとりとこの居城へと足を踏み入れていく。
身体を取り戻したヨアケ・アサヒを筆頭に、各地で戦っていた他の面々も続々となだれ込んでくる。
そして彼らは悪夢を見せられている人質を見て、怒涛の如く声を上げた。
オリジンフォルムのギラティナの背にマネネと共に乗って、ダークライを呼び寄せる。
既に効力を失った人質に、今更拘り続ける理由もない。再会したければさせればいい。

ただし。ひとつだけ手は打たせてもらうがね。

指を弾く。するとマネネと一緒に作った城塞が変形していき、そこに現れたのはクリアカラーの巨大な花の形の機械だった。
これはかつて最終兵器と呼ばれたモノを、僕なりに模倣し弄ったものだった。
世界を壊す力はないけれど、条件付きで生命を与えるだけのスペックはある設計だ。
問題はすべて頭の理論で組み立てたから、一度も試行が出来ていないこと。
成功率も低い、極めて無謀な一発勝負の本番というわけだった。
幸い、素材はたんまりとここに集まった。足りなかった分を補って余りあるほどに。
白い外套を翻し、両腕を広げて僕はこの場の皆に宣言する。

「たかがポケモン一体と思うなら、たかが国ひとつ滅んでも構いやしないだろう? ようこそ諸君。最後の悪あがき――――ラストバトルに付き合ってもらおうか」

死ねない身体だが、この命尽きるまで戦ってやる。
だから、さあ……かかってこい。
存分にやりあおうじゃあないか。


***************************


ほぼフルメンバーがクロイゼルの居城についたと思ったら、城が変形して中から何かが出て来た。
その巨大な透明な花のようなものを見て、レインがとても恐れていたことを目の当たりにしたような表情を浮かべ、警告を叫ぶ。

「っ――――皆さん!!! あれは、あの花は……生命を吸い取る機械です!!!!」
「なんだって、不用意に近づくな!!!」

スオウが号令をかけて止めるも、引くに引けない状態だった。
何故なら“闇隠し事件”の被害者が、ラルトスたちが花のすぐ傍で意識を失っていたからだ。
ダークライの『ダークホール』に囚われているアイツらを、見捨てることは出来ない……!

見捨てたくはない。でもこちらも全滅しかねない。

僅かな焦りと迷いの中、一歩踏み出したのはヤミナベとヨアケだった。
ボールから出したサーナイトとギャラドスと共に迷わず巨大花への攻撃を開始したふたりは、俺たちに確認をとった。

「要は時間の問題だよね? だったらリミットまでに壊しちゃえばいいんだよね?」
「俺たちは償うとともに、被害者を助けに来たんだ。命を吸われようが、今更引く理由はない」

そんなふたりの言葉がどこか可笑しくて、俺は思わず笑いながらツッコミを入れていた。

「ったく、ヨアケもヤミナベも少しは躊躇とかないのかよ、このお人好しどもが!!」
「ビー君がそれ言う?」
「言うぞ。少しは自分を大事にしてくれって話だからな。俺たちも行くぞ、ルカリオ!!」

待っていたとばかりにルカリオも吠え、『はどうだん』を放つ。
けれど、一発二発『はどうだん』をぶち込んだけではびくともしない。
それでも攻撃を続けていると、ひとり、一組ずつ攻撃に参加して、協力をしてくれるやつらが居た。

「勝手に突っ走っているんじゃねえよ!!」と笑いながら、スオウとアシレーヌが号令を上げる。それは全体に波及して、全員での一斉攻撃が始まる。
皆の波導が、感情が昂っているのがよく手に取れた。
その熱さに力をもらいながら、俺はルカリオをメガシンカさせ、更に力の増した『はどうだん』を叩き込み続ける。

「踏ん張りどころだ!! ぶっ壊して絶対アイツらを助けるんだ!!」
「させると思うかい」

そこに乱入してきたのは、ディアルガ、パルキア、それからオリジンフォルムのギラティナに乗ったクロイゼル。
ディアルガとパルキアが乱戦にもつれ込んでいる中、クロイゼルはダークライと『Zダークホール』の構えに入ろうとする。
しかし先んじてスオウとアシレーヌたちが『ミストフィールド』や『しんぴのまもり』を展開し、対策を打つ。

「二の鉄は踏まねえよ!!」
「く……!」

スオウたちのフォーメーションが、クロイゼルの顔に焦燥を浮かばせる。
やがて攻撃は花の破壊を防ごうと動くクロイゼルたちをも巻き込んでいった。
技と技が入り乱れる中、ハジメのゲッコウガ、マツが『みずしゅりけん』を仕掛ける。
だが、その攻撃は彼女たちによって止められた。
喧騒の中、彼の名前を必死に叫ぶサモンとオーベムに、クロイゼルの波導がわずかに揺らぐのを、俺とメガルカリオは確かに感じていた。


***************************


『ミラクルアイ』で悪タイプにもエスパー攻撃を通るようにしたオーベムが、『めいそう』を積んで、積んで、積みまくる。
そこから放たれる『アシストパワー』の爆発で彼とギラティナの周囲の敵を引きはがした。

「クロイゼル、クロイゼル!!!」
「……どうして来たんだい、サモン」
「わからない。でも見て居られなかった。やっぱり、どうしてもキミには願いを叶えてもらいたかった!!」

ボクの言葉を聞いた彼の目に、もう一度光が宿る。
その意思の籠った瞳を見つめて、ボクは「それでいい」と彼に微笑みかけた。

「オーベム」

瞑想を重ねて洗練されたサイコパワーを身に纏ったオーベムは「いつでも行ける」とシグナルを飛ばす。
さっきZ技を使ったばかりで体の消耗が激しい。でもそんなのお構いなしにボクは最後の隠していた切り札を切った。

Zリングのクリスタルを、エスパーZに嵌め変える。
そして構えを取ると同時にオーベムとシンクロし、オーベムにボクの記憶を引き出させる。
かつてボクがオーベムから見せてもらった、“クロイゼルの痛みの記憶”をこの技に乗せる。
頭を両腕で抱えて押さえ、その痛みにシンクロして身を投じてイメージしていく。

何度も何度も何度も何度も、切り刻まれ続けた彼の悲しみを。
何年も何年も何年も何年も耐えて生きてきた苦しみを。
痛覚として全部ありったけ乗せて……叩きつけてやる!!!!

「痛みを……知れっ!!!!! 『マキシマムサイブレイカー』!!!!」

オーベムの最大火力の超能力が、フルパワーのシンクロが痛みをこの場の相手全員へと伝え、広がっていく。

絶叫が、辺り一帯を包んだ。


***************************


痛い。痛い。痛い。
苦しい。苦しい。苦しい。
友を喪って悲しい。
友に裏切られて悲しい。
孤独に不安に押しつぶされそうになる。
死にたくも死ねない。
痛みから逃れられない。

誰も救ってはくれない。

この地獄は終わらない。
この地獄は終わらない。

誰かこの地獄を終わらせてくれ。

誰か。

誰か――――




***************************


しんと静まり返る戦場。クロイゼルと彼の仲間のポケモンたち以外、みんな倒れて呻いていた。
私もさっき気が付いたばかりで何とか座る体勢まで持っていく。
それでも心に刻まれた彼の、クロイゼルの痛みを受け、私たちは、涙を流していた。
悲しくて苦しい感情に耐えきれず、涙を流していた。

たったふたりを除いては。

「ビー君……? ルカリオ……?」

メガシンカの解けたルカリオと隣り合うように倒れ込むビー君。
ふたりは完全に意識を失い、微動すらしない。

(もしかすると、ふたりとも波導を全力で使っていたんじゃ……)
「え……?」

マナの意識に、思わず言葉を零す。
混乱した頭でその意味を理解するのは、時間がかかった。
じわじわと理解していくのは、ビー君たちが大勢の感情を読み取れるということ。
つまり、この場のみんなの感じた『マキシマムサイブレイカー』の痛みを、すべていっぺんに――――

「……ビー君。ビー君。起きて。ねえ、ルカリオも、ねえってば……!!」

這うようにビー君とルカリオの元へたどり着き、必死に彼の肩をゆする。
反応がない。もう一度声をかけ、ゆする。反応は、ない。

「ビー君……起きてよう……ビー、君……!」

やがて何かの影が私たちの頭上に覆いかぶさる。
涙を流しながら上を見上げると、ダークライが私を見下ろしていた。

「来い、ヨアケ・アサヒ。マナの魂を返してもらう」

ダークライが私に手を伸ばす。
その手を弾いたのは、私ではなくて、マナだった。

「やだ!! わたしは……わたしは! そこまでして生き返りたくなんかない!!」
「…………マナ、なのか……?」
目を見開くクロイゼル。マナの鋭い拒絶は止まらない。

「わたしが生き返ることでみんな傷つくなら、わたしはそんなの嬉しくない!!」
「……それでも、それでも僕は」
「クロのバカ! なんでそんなことすらわかってくれないの!!」
「ただ君に、会いたくて、もう一度話したかったんだ……」

マナの悲しみとクロイゼルの悲しみ、そして私自身の悲しみも重なって、私は声を上げて泣いていた。
クロイゼルは、ダークライに私とマナを連れてくるように冷徹に指示を出す。
戸惑うダークライは、とても苦しそうにしていた。
それでも抵抗する私の手を掴むダークライ。
もうだめかと思ったその時、その行動を制止させようと立ち上がる影がふたつあった。

その影の一つが、何か小さなものをダークライの顔に投げつけた。
地面に落ちたそれは、かつて私は彼に預けた髪留めだった。

「ダークライ……!! アサヒから手を、放せ……!!」

ユウヅキとサーナイトがダークライを睨む。
彼の声に揺れるダークライ。動揺の隙に、ユウヅキは言葉を畳みかける。

「従うだけじゃ、お前の救いたい者は救えないぞ……!! 解っているんだろう、ダークライ!!」

ユウヅキの言葉で、私はダークライの置かれた状況を悟る。
この子もユウヅキと同じだったんだ。クロイゼルに大事な相手を人質に捕らえられていたんだ……。
目を細めるダークライ。それは助けを求めている顔だった。

サーナイトがビー君とルカリオの元に駆け寄り、必死に彼らの無事を願っていた。
ユウヅキはなんとか立ち上がり、ダークライを説得する。

「俺に力を貸せ、ダークライ!!!!」

ダークライの手が、私の腕から離れ……私の肩を叩いた。
小さく謝罪するように頭を下げ、ダークライは私に背を向け、クロイゼルたちへと向き直る。
ユウヅキとダークライが、肩を並べる。

「――――行くぞ、ダークライ!!」

『ミストフィールド』が立ち込める中、ダークライはユウヅキと共にギラティナたちへと立ち向かっていった。


***************************


皮肉なものだが、俺たちは痛みに慣れ過ぎていた。
だから他のものより早く立ち上がれたのかもしれない。
でもこうしてアサヒを守るために立ち上がれるのなら、今だけはその慣れに感謝をしよう。

辺りにはミストフィールドが充満している。『ダークホール』は使えないし、ドラゴン技も威力が半減してしまっている。
威力の下がった『ときのほうこう』と『あくうせつだん』でどこまで戦えるか……。

当然のごとく向こうはディアルガ、パルキア、オリジンギラティナ、そしてマネネが躍起になって襲い掛かってくる。

「ダークライ!! 『あやしいかぜ』でミストフィールドを吹き飛ばせ!!」

黒い風がフィールドの霧を吹き飛ばし、ドラゴンタイプの技の威力が元に戻った。
しかしそれは向こうも同じこと。
ディアルガとパルキアが目を光らせ、前に出る。

「血迷ったかい? ディアルガ『ときのほうこう』! パルキア『あくうせつだん』!」
「受け止めろダークライ!!」
「っ?!」

右手から『ときのほうこう』の光線を、左手からは『あくうせつだん』の斬撃をそれぞれ放ち、ディアルガとパルキアの両方と鍔迫り合いになる。
しかし、あちらにはまだギラティナが残っている。防ぎきることは不可能だ。
サーナイトにはビドーたちの回復に専念してもらいたい。

(次の手を打たなければ……!?)

とっさにボールを構えようとして、取りこぼしてしまう。

「やれ、ギラティナ」

見逃してはくれないクロイゼルの指示。
ギラティナ・オリジンの『げんしのちから』が、ダークライと俺目掛けて飛んでくる。
かわしきれない、と防御の姿勢に入ろうとしたその時。

轟、とバルカンの如く発射された『はっぱカッター』の雨あられが『げんしのちから』の岩々を切り刻んだ。
大きな着地音と共に、フシギバナに乗った彼が、喉をやられていたはずの彼が声を絞って悪態をつく。

「危なっかしいなあもう……!!」
「ソテツ……!!」
「ひとりでもちゃんとアサヒちゃんを守り切りなよ。まったく……!」
「すまない、助かった……」

ソテツたちに続いて、アプリコットとアローラライチュウのライカも、上方から降りてくる。

「遅くなってごめんユウヅキさん!! この状況、どうなっているの!? まさか全滅??」
「限りなくそれに近い。あと、あの花のようなものに全員徐々に命を吸い取られている。そしてビドーとルカリオが特にまずい」
「……!!」

衝撃と共に、ビドーを目で探すアプリコット。サーナイトの治療を受けている彼らを一目見て、彼女は顔を蒼くした。
でも、その表情も一瞬だけだった。両手で顔をひっぱたき、意識を無理やり取り戻したアプリコットは「あたしたちは何をやればいい」と指示を求めて来た。

彼女は強い。そう思ったからこそ、安心して任せられると思った。

「花の破壊はこのメンバーだけでは難しい。ソテツと協力して消耗しているディアルガとパルキアを食い止めてくれ。ギラティナは、俺とダークライがやる……!」
「わかった。任せて」
「露払いというわけか、そう言うからにはギラティナ、しっかり倒してきなよ」
「ああ」

ダークライが鍔迫り合いを払いのけ、俺の隣へ戻ってくる。一気に駆け抜けギラティナ・オリジンへと間合いを詰めていった。


***************************


ユウヅキさんを追いかけようと振り向くディアルガとパルキアの足首に、フシギバナの『つるのムチ』が絡みつき二体を転ばせる。
すかさずあたしはライチュウ、ライカにありったけの『10まんボルト』を叩き込ませるように指示をした。

「邪魔を、するなあっ……!!!」

ギラティナに乗ったクロイゼルが静かに激昂する。
マネネがクロイゼルたち全体に『リフレクター』を展開する。
あの花のようなものはマナを復活させるための何かだってことは、薄々感づいていた。
説得するにも、まずはこの現状をどうにかしないといけないと……。

オリジンフォルムのギラティナが『かげうち』でユウヅキさんとダークライをめった刺しにしようとしてくる。でもダークライは『あくうせつだん』で空間を切り取り、影を届かなくしていた。上手い。

目を取られていたら、ディアルガが『だいちのちから』を自分たちの真下に発動して、二体の足首を掴んでいたフシギバナを宙づりにする。とっさに離して着地するフシギバナ目掛けて、パルキアは『パワージェム』を乱射。
『つるのムチ』と『アイアンテール』でいなすフシギバナとライカ。
ソテツさんが、「アマージョが出せない今、まずいことになったね」と呟く。
あたしたちはディアルガとパルキアに……完全に上を取られている形だった。

ライカと共に空中を飛んで行って間合いをつめようにも、攻撃が苛烈すぎて、たぶんよけきれない。
地上から技の押収にもちこんでも、火力負けする。
何がなんでも、引きずり下ろすしかあの二体を止める手立てはなかった。

どん詰まりになりかけたその時、あたしの袖を掴む誰かが居た。
その子は、サーナイトの進化前のポケモン、ラルトスだった。
そのラルトスは、誰の手持ちかは分からなかった。でも必死に「手伝わせて」と言っているのは、なんとなくわかった。

「うんっ。協力お願いラルトス。いくよライカ!」

あたしはラルトスを抱きかかえながらライカの尾に連結したボードに乗る。
一か八か、捨て身の特攻だった。

「無茶させてすまないね……頼んだ!」
「任せて。いっけえええええええええ!!!!」

ソテツさんのフシギバナの『はっぱカッター』の援護射撃を背に、あたしたちは崖上のディアルガとパルキアへと『サイコキネシス』のサーフライドで飛んでいく。

ディアルガの『だいちのちから』が崖壁から突き出してくるのを右へ左へと回避しながら、上へ上へと目指す。
パルキアの降り注ぐ『パワージェム』。よけきれない分はラルトスがうまく『ねんりき』で起動を反らしてくれる。
あと僅かになってきたところで薙ぎ払うような『ハイドロポンプ』を撃ってくるパルキア。
接触の瞬間ラルトスが『テレポート』であたしたちをまとめて転移。激流の真上に出る……!

「押し流せえっ! 『なみのり』!!」

『ハイドロポンプ』で出現した大量の水をそのまま利用し、ディアルガとパルキアにライカは『なみのり』をぶつけて押し流した。
水分により脆くなった足場が、崩れ落ちていく。
落下していくディアルガとパルキアに、メガシンカを終えていたソテツさんのメガフシギバナが『ハードプラント』を叩き込み、大樹の中へと二体を閉じ込めていた。

「ナイス、アプリちゃん」
「! どうも……!」

地上のソテツさんの労いの言葉が、こんな時だけど素直に嬉しかった。

ダークライが味方についてくれたおかげで、やがて人質だった側のみんなが、ひとりずつ意識を取り戻し、助けに来て動けなくなったみんなへと駆け寄っていく。
励まし、寄り添い、声をかけてそれぞれの家族や友人、トレーナーとポケモンと再会していった。
みんなの顔が、絶望から解き放たれていく。
悲痛の涙が、嬉し涙へと変わっていく。
その姿がとても感動的で、見惚れていたら、ふとあたしも誰かに呼ばれた。
あたしのことを「アプリ」と呼ぶそのふたりは、ふたりは……!!

「お母さん……お父さん……」
「アプリ……!」
「大きく、なったなあ……!」
「あ……うあ……!」

耐えられなかった。戦いは終わってないし危機はまだ去ってないけど。涙が溢れて……止まらない。
ライカも喜んでいる。でもふとその腕に抱いたラルトスのことを思い出し、あたしはふたりに「もうちょっと待っていてね。そしたら一緒に帰ろう?」と言って、とりあえず駆け出した。

あたしが探していたのは、アサヒお姉さんとユウヅキさんのサーナイト。
ビドーとルカリオも倒れている今、そばに行けるのは、行くべきなのはあたしだと思ったから……!


***************************


辺り一帯が再会の喜びに溢れている中、俺とダークライ対クロイゼル、マネネ、そしてギラティナ・オリジンとの戦いは続いていた。
マネネの『ものまね』で真似た『ミストフィールド』が、両陣営を包み再び『ダークホール』が封じられる。
立ち込める霧の中でも、俺たちは果敢にギラティナに攻めかかった。
とにかく……攻撃の手を緩めない。

気迫に押されたのか、ギラティナ・オリジンの行動は少しずつ防衛の方へと偏っていく。
『かげうち』も『げんしのちから』も、ガードを固めて牽制するような配置へと移り行く。
だが、ガード無視の『あくうせつだん』の前では、その防御は意味をなさない。

「切り開けっ!」

影の槍も岩の群れも一刀両断に切り捨てる。しかし、そこにはギラティナの姿はなかった。

(目くらまし――――『シャドーダイブ』が、来る!!)

霧の中でどこから攻撃が来るのかさらに分かりにくい状況下での『シャドーダイブ』は、クロイゼルたちに圧倒的なアドバンテージを与えている。
かといって、『あやしいかぜ』で霧を払おうとしたら、その隙を確実に突かれるだろう。
つまり次の反撃でこれを対処できないと、俺たちには勝ち目はない。

緊張が高まっていく。呼吸が、荒くなっていく。
ひとつの指示ミスで、形勢は傾く。その重圧に押しつぶされそうになる。さっきもミスをしたので、尚更だ。

でも、俺が倒れたらきっとアサヒは泣く。その苦しさに比べたら……まだ戦えるはずだ。

「このぐらいで負けてたまるか。この程度で、負けて、たまるか!!」

俺はアサヒを守る。
今度こそ守るんだ。
だから、負けていられない。
過去の自分にも、今の自分にも、今戦っている相手にも。

いつまでも負けっぱなしでは、いられない!!!

「来ればいい、ギラティナ」

大きく深呼吸し目蓋を閉じた。どうせこの霧だ。視界にはもう頼らない。
感覚を研ぎ澄ませて、心を落ち着けて、ただ待つ。

起るはずのない僅かな風の流れを感じた。
空間の割れる音が、響く。

「――――そこだっ!!!!」

振り向き声をあげ、全力で俺はダークライにアイツの居場所を伝えた。
爪で空間を裂いてやってくるギラティナの突進を、ダークライはその両腕で受け止める!

「なっ……」
「ダークライ!! 『ときのほうこう』!!!!」

ダークライはそのギラティナを掴んだ両腕の手のひらから、『ときのほうこう』を放った。
ギラティナの時が、わずかに止まる。
その隙に反動から立ち直りもう一度『ときのほうこう』を今度は全力で中心に叩き込んだ。

流石にその次の反動を回復する前に動き出すギラティナは――――そのまま、崩れ落ちるように沈んだ。
とうとうギラティナを打ち破った瞬間だった。


***************************


ギラティナが落ちていく。ユウヅキたちが勝ったんだと気づくのに、ちょっと時間がかかった。

「ユウヅキが頑張っている。私も頑張らないと」

涙を拭って、私も私にできることを捜す。傷ついたドッスーをなだめ、ビー君たちのために願い続けてくれているサーナイトの汗を拭く。
ライチュウのライカとラルトスを抱えたアプリちゃんも来てくれた。
ぱっと見てその子が誰か私は気づいた。ラルトスがビー君に必死に呼びかける。

「アサヒお姉さん……このラルトスって……」
「うん、ビー君のラルトスだ。間違いないよ」
「そっか……それにしても、起きないね……ビドーも、ルカリオも……」
「息は、しているけれど……」

どうして起きてくれないんだろう。このまま起きなかったらどうしよう。
私の不安な心に反応したのか、マナが状況を分析し始めた。

「だぶん、一度にショックを受けすぎて、心が機能不全を起こしているんだと思う」

急に私の声色が変わったことで驚くアプリちゃんたちに、ざっくりと現状を説明するマナ。
彼女たちの飲み込みは早かった。

「傷ついた心を治すには、本来時間と元気な心の持ち主が必要なの。わたしがこうして話せるようになったのは、アサヒがいたから。ビドーとルカリオの場合も、同じようにすれば目覚めるとは思うけど……」
「元気を分ければ、元気になるってこと?」
「端的に言えばそうだよ、アサヒ。あと、ビドーとルカリオは波導で繋がっているから、どちらかが目覚めればより早く目覚めると思う」
「そう……アプリちゃん。何か元気になる歌、お願い」
「! ……ビドーの好きな歌にするね」

アプリちゃんはためらわずに息を大きく吸い、歌ってくれる。
それは、以前アプリちゃんが私とユウヅキに歌ってくれた歌だった。
私はラルトスと一緒にビー君とルカリオの手を握り、祈り続ける。
彼らの無事を、帰還を祈り続ける。

(帰ってきて、ビー君、ルカリオ……!)

目覚めることを、信じて呼びかけ続けた。
ふたりのことを、想い続けた。

……声が枯れるまでアプリちゃんが歌い続けたころだった。
ビー君の手が、ぴくりと動く。

目を瞑りながらルカリオに手を伸ばすビー君。その手はルカリオの持っていた『きのみ』を掴む。
それをルカリオの口元に食べさせようとする彼を、私も手伝う。
星の形をしたそのきのみをルカリオは咀嚼した。
噛みしめ、そして目を覚まし、起き上がったルカリオはビー君に波導を与え続ける。
やがてビー君も、静かに目覚めた。
目覚めて、くれた……!!

「おはよ、ビー君。ルカリオ」
「だいぶ……寝ていてすまん、ヨアケ」
「ううん、いいの。起きてくれただけで、私は。私は……!!」

力なく笑うビー君に、私は堪えていた涙腺が決壊し、鼻をすする。
困惑する彼と「泣くことではない」と言ってくれるルカリオ。
ふたりの無事が本当に嬉しくて私は感極まってしまっていた。

「よかった……本当に、よかった……!!」
「わかったから泣くなって! ってか、ラルトス、無事だったのかラルトス!」

涙目の私と、同じく涙目のラルトスに気を取られているビー君。
しっちゃかめっちゃかになってサーナイトでさえ収拾がつけられなくなっていた私たちを止めてくれたのは、アプリちゃんだった。
アプリちゃんは私にハンカチを渡しながら、ビー君を軽く叱る。

「もう、心配かけないでよね!」
「アプリコットもすまん、その、歌ってくれて助かった」
「べ、別にファンを守るのも……大事なことだし?」

ストレートなお礼にテンパるアプリちゃん、可愛い……とか呑気なことを考えていたら、周りの人々とポケモンたちが、静まり返り全員上を見上げていることに気づく。
つられて遥か上方を見上げると、大穴の向こうに、空が広がっていた。

裂けた天上の向こうに、現実世界の薄藍の夜空が広がり、そして――――


――――巨大な『りゅうせいぐん』が、今にも降り注ごうとしていた。




***************************


大樹に閉じ込められたディアルガとパルキア、そして天へと上り続けるギラティナの最後の悪あがき……3体同時の『りゅうせいぐん』が、【破れた世界】の向こう、現実世界から巨大な隕石となって落ちてきそうだった。

「うっそ……」
「おいおいおいおい、マジかよ……」
「どうする、どうすればいい??」

ヨアケ、俺、アプリコットの順で各々戸惑いを口にする。
ラルトスも、アプリコットのライチュウ、ライカやヤミナベのサーナイト、ヨアケのギャラドス、ドッスーでさえもおろおろしているありさまだ。

「クロイゼルの野郎、ヤケになったか?」
「それほど、クロも追い詰められているってことだよ」

俺の言葉に返答したのは、マナ。
マナはヨアケの身体を借りて、俺とルカリオに懇願した。

「お願い、クロを……止めて……ぶっとばして、いいから……止めてあげて」
「…………わかった。やれるだけやってみる」

願いにすんなりオーケーを出した俺に驚くアプリコット。
流石に退け腰な彼女に、俺は協力を頼んだ。

「手伝ってくれアプリコット。どうせこのまま何もしなきゃお終いなんだ。あれがラストライブだなんて、俺は嫌だぞ」
「言われなくても手伝うってバカ! 何すればいいの?」
「……運んでくれ。『ライトニングサーフライド』でルカリオを……運んでくれ」

ひとり静かに落ち着いていたルカリオは「任せろ」と小さく吠えた。
根拠も理論もへったくれもないけど、何故かルカリオと俺はそれができると確信していた。

「無茶やるにしても……サポートは必須だ、ビドー」

そう言いながら帰って来たヤミナベとダークライにサーナイトが駆け寄る。
俺たちのやろうとしていることを察してくれたヤミナベは、「俺とサーナイトに、サポート役のまとめをさせてくれ」と申し出てくれた。

「ビー君……ルカリオ……」
「ヨアケ、その……」
「止めないよ。でも私たちも一緒に闘わせて」
「……! ああ、もちろん。頼りにしている」

承諾すると、彼女は「任せて」とはにかんだ。涙の痕で、目は赤くなっていたけど、そのしっかりとした言葉は、何よりも頼もしかった。

彼女が手を出すようにみんなを促した。円陣を組み、それぞれが手を重ね気合を入れる。
そして、俺とルカリオは天を仰ぎ見て、作戦開始を告げた。


「さあ……隕石、叩き割るぞ!!」


***************************


ユウヅキさん、アサヒお姉さん、それからビドー。
三人ともそれぞれのキーストーンに触れ、パートナーたちも、メガストーンに触れる。
思いのたけを口上に込めて、三組は絆の帯を結んでいった……!

「ここが正念場だサーナイト。俺たちで守り抜くんだ――――メガシンカ!!!!」
「結ばれし絆が、進化の門を登る――――飛翔してドッスー! メガシンカ!!!!」
「ルカリオ……己の限界を超えろ、メガシンカ――――すべては守るべき光の為に!!!!」

顕現したメガサーナイト、メガギャラドス、メガルカリオの三体は、唸るように声を上げる。
そして三組とも、突撃を開始するために走り出した。

「あたしたちも、行こうライカ!!」

あたしの相棒、ライチュウのライカもサーフテールに乗って並走していく。
程よい位置についたあたしたちは構え、そして配置について行った。

まずは、ユウヅキさんとメガサーナイト。
ふたりとも祈るように拳を握り、メガルカリオへ今サーナイトが持てる最大回復力のサポート技をかける。


「ビドー、お前が思い出させてくれた想いと望み、今ここに願いとして返す!!! サーナイト『ねがいごと』!!!!」


『いやしのねがい』から技変更された『ねがいごと』。
今まで自らを傷つけてボロボロになっても誰かを救おうとしてきたふたりが、自分たちを守りながら相手を守り続けるために選択した技だった。

ユウヅキさんとメガサーナイトの祈りが天へと上るのを見届けて、アサヒお姉さんとメガギャラドスドッスーは、あたしのライチュウ、ライカとその尻尾に連結したボードに乗った、ビドーのメガルカリオを射出するために力を蓄える。


「今は私たちが貴方たちを送り届けるよ!!! ドッスー『アクアテール』!!!!」


メガギャラドスの型破りな激流を乗せた『アクアテール』の波に乗って、ライカとメガルカリオは遥か上空へと飛び出す。
送り届けるのはいつもビドーの仕事だけど、今はアサヒお姉さんたちとあたしたちが、その役割を一手に担う。

水流に電流を流して雷撃のウォータースライダーをライチュウ、ライカはメガルカリオと共に駆け上る。
Zリングをつけた腕を、天へと突きあげ、あたしは叫んだ。


「繋げて!! そして届いて!!!!! ライカ『ライトニングサーフライド』!!!!」


光る波にボードを乗せて、ライカは全力でメガルカリオを『ライトニングサーフライド』で撃ちだした!
びりびりと帯電しているルカリオに、天から『ねがいごと』のエネルギーが降り注ぐ。

「ルカリオ!!!」

ビドーとメガルカリオの動きがシンクロし、溜めの動作に入る。
足を踏ん張らせ、腕を引き、天へと振り上げる。
『スカイアッパー』と思われる技を、ビドーは別の名前で呼んだ。
ありったけの波導の力を籠め、技名に託した!!


「ライジング・フィストぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


その光と共に昇る拳は、現実世界の太陽を引き連れて雲の上へと突き破り、隕石に衝突し、そして、そして……!

隕石にひびが入る音がする。
誰かが「いけ」と呟く。
それはすぐに伝播していき、気が付いた時には、

一同みんな、叫んでいた!

「「「「いっけえええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」」」」

みんなの想いが『ねがいごと』に重なり、メガルカリオにさらにパワーを与える!
願いが力になって、ついに隕石を叩き割り、その向こう側に居たギラティナ・オリジンに雷撃と拳が入った!!

暁の空に投げ出されたクロイゼルとマネネ、メガルカリオ。
隕石の破片は地上のあたしたちが一気に技を放ち、砕いた。
そのまま決着かと思っていたら、ビドーがメガルカリオに警告する。

「まだだ!! まだ終わっていないルカリオ!!!!」

クロイゼルはマネネと落下しながら、Z技のポーズを構えていた。
暁光の光と全力のエネルギーがクロイゼルたちを包んでいく。
クロイゼルのリングに光るのは……Zクリスタル『ミュウZ』?!

「マネネ!!!! 僕の遺伝子を、ミュウの遺伝子を真似て使え!!!!」

マネネの『なりきり』がクロイゼルを、クロイゼルが言うミュウの遺伝子をスキャンする。
クロイゼルと限界突破の『シンクロ』をしたマネネは、クロイゼルの中のミュウの技を『ものまね』してわが物にする。
けれど、その技は明らかに失敗していた。でもふたりは無理やり技エネルギーを圧縮し、放つ。
放たれた不完全なZ技は、どこまでも歪で、禍々しいオーラを纏っていた……!!

「『オリジンズスーパーノヴァ』!!!!!!!!」

超念力の黒い球体が、メガルカリオに襲い掛かる。
『ねがいごと』が、みんなの願いがメガルカリオを守り続ける。
メガルカリオはその空中でくるりと回って念動球を飛び越え、それを足場にして急降下。クロゼルとマネネを追いかける。
そしてメガルカリオはその身に受けた願いを、恩を、すべてあの得意技へと注ぎ。
フィニッシュを、決めた。





「――――――――――――『お ん が え し』! ! ! ! ! !」







…………その一撃は、クロイゼルの額のマナのコアを、彼の野望と共に打ち砕いたのであった。
決着、だった。
あたしたちは彼を物理的に止めることに成功した。

でも、まだクロイゼルは、彼の心は止まっていない。
まだ止まっては……いない。


***************************


クロイゼルとマネネを倒したからか、透明な花は命を吸い取るのを止めて、風化するように粉塵になって崩れ落ちた。
ギラティナと共に地に落ちたクロイゼルは、起き上がれないまま【破れた世界】の向こう、現実世界の夜明けの天空を見上げていた。

「マナ……僕はただ、君に……」

クロイゼルの言葉はそこで止まる。
明らかにその言葉の先があるような言い方に、あたしはやきもきしていた。

「……もう、話してあげてもいいんじゃない、マナ」

アサヒお姉さんは、そう呟く。すると中に宿っていたマナが、とてもやりづらそうにしていた。

「クロ……」
「マナ」
「クロのバカ……クロなんて、きらい」

乾いた音が響く。
アサヒお姉さんが自分自身を、マナの頬を叩いた音だった。

「そうじゃないでしょ??」
「だって、だって! クロがマナを好きすぎるのが悪いと思って……」
「それはそうかもだけど、貴方にはもっと伝えたいこと、伝えなきゃいけないことあるでしょ???」

思い切り叱責されて、マナは子供のように泣きじゃくりながら、クロイゼルへ積年の想いを伝えた……。

「クロ……ゴメン……きらいなんてウソ……マナのためにずっと苦しませてゴメン……ゴメン、なさい……それから……ありがとう……ずっとわたしのこと、忘れないで、いてくれて……!!」
「……当然だろ。忘れるわけ、ないだろ」
「……でも、お願い。マナに囚われるのは、もうおしまいにして……?」
「できない。それをしてしまったら、僕は、僕で居られなくなる」
「でも、わたし、分かるの。本当のお別れは近いって……」

クロイゼルの瞳が揺れる……たぶん、彼自身もマナの限界が近いってことを知っていたんだと思う。
千年以上生きて、ずっとマナの心を見守り続けていた彼だからこそきっと、終わりの時を敏感に感じて、悟っていたんだ。

「すぐにじゃなくていい……でも、わたしのことはときどき思い返してくれるだけが、いい。クロ、ずっとわたしにつきあってくれたんだもの、これからはクロのために、生きて?」
「そんなの、ひどいよ……あんまりだ……僕を、置いてかないでおくれよ……置いて行かれたら、もうこの僕を苦しめ続けた世界を滅茶苦茶にするくらいしか、執着できることが無くなってしまう」
「クロ……」

マナだけの説得じゃ、足りない。それに、もうひとり話したがっている人がいることを、あたしはずっと見守りながら思っていた。
そんなあたしの考えを見透かしていたのか、シトりんをおんぶしたイグサさんがいつの間にか傍に居た。

「あはは。アプリちゃんお待たせ。出番だよ、イグサ」
「サポート頼む、シトりん。アプリコット、シロデスナを」
「うん」

あたしはイグサさんに促されるまま、ボールからシロデスナを出した。イグサさんのランプラーがシロデスナと彼に語り掛け、シロデスナはその形を変える。
マントを着た人型に形を変形させたシロデスナは、その口の形を動かす。
その形に合わせて、シトりんが声真似をする。

「クロ」

その男性の声に、クロイゼルは肩をびくりと動かす。
心底驚いた様子で、クロイゼルとマナは彼の名前を口にした……。

「ブラウ……?」
「ブラウなの??」
「久しぶり……クロ、マナ」

三者が一堂に揃う。
長く、とても長い時を経た果ての先の、一度きりの機会。
かつてクロイゼルを、友達を深く傷つけて英雄と呼ばれてしまった彼。
ブラウ・ファルベ・ヒンメルさんからふたりに向けた謝罪が始まった。


***************************


シロデスナの身体を借りた砂人形のブラウを見た瞬間、なんとも言えない気持ちがこみ上げてくる。
恨みはあった。憎しみも、無いと言えば嘘になる。
でもただただ、またこうして話しているという事実に、彼が僕を愛称でまた呼んだことに驚きを隠せなかった。

「ずっと、成仏してなかったのか」
「うん……自分自身が許せなくて……気が付いたら亡霊になっていた」
「一応、聞くけど……何を、そんなに許せなかったんだ」
「マナを見捨てて、君を殺し続け、そして追放に追いやったことだ」

メタモン少年のブラウを真似た声は、とても静かだった。
けれど砂人形の表情は、わかりにくいけど思いつめた表情をしている。
その顔には、見覚えがあった気がした。
彼は昔からいつもそんな表情を浮かべていたからだ。

思わず、意地の悪い問いかけをしてしまう。

「あの時、何回僕にトドメを刺したか、覚えているのか?」
「49回。忘れるわけがない」
「……あっている」

即答だった。正確な数字を言い当てられ、言葉に詰まる。
……もし罪悪感を抱いているんだったら一生、いやこの先ずっと抱いていればいい。
怨霊でも亡霊でもしていればよかったじゃないかという思いが、拭い切れない。

「今更、顔を見せて何をしたいんだ」
「……謝りに来た。ずっと謝れなくて後悔をし続けるのは、嫌だったから」
「はあ……だが君にも、理由があったんだろ。僕を殺しマナを見捨てた理由がさ」

マナが「どうしてそんな言い方するの?」と言った表情を浮かべる。
でもこれを聞かない限り、僕はあの理不尽な暴力を受けたことに納得できないと思った。
ブラウが口にすることを迷う。僕は、「言え」と強要した。

「君がサイキッカーの開発に、子供を使ったからだ」
「…………」
「いくら戦いが長く続いたとしても、君がサイキッカーにしなければあの子たちは、あんな形で戦場に出ずに済んだ。それがクロを討伐した理由だ。マナは……巻き込まれただけだった」
「なるほど……だが道理に反した研究は、僕以外もしていただろ。僕だって身体を、頭を弄られた子供の一人だった。そいつらはどうなんだよ」
「ああ、勿論全員もれなく切り捨てた」
「……容赦ないな」
「マナを見殺しにしてクロを殺して追放したのに、彼らを赦す道理がそれこそなかったから……」

若干引きながらマナも「ブラウ、真面目すぎるの……」と零す。いやこればかりは本当にそうだと思う。

ブラウが、彼が頭を垂れる。
マナと僕に、謝罪した。

「ごめんなさい。さっき上げた理由は、言い訳にしか過ぎない。クロが道を踏み外そうとしたとき、私が全力で止めようとしていればよかったんだ。少なくとも、君を何度も殺すことが、マナを巻き込み殺してしまうことが私のすることではなかった」

砂が零れ落ちて頭の原型が崩れる。それでも彼は頭を下げ続けた。

「赦さなくていい。けれど本当に、本当にごめんなさい」

その姿を目に焼き付けて…………僕は、僕自身に問う。

(これで、気は済むのか?)

散々知りたいと望んでいたブラウの事情は分かった。彼からの謝罪もあった。
でもそれだけで、この積年の痛みは簡単に水に流していいことなのだろうか?

「……赦せない。だってマナは死んでしまったんだぞ……?」
「その通りだ。赦さないでくれ……」

さらさらと落ちていく砂が、どこか涙のようにも見えた。
ヨアケ・アサヒの身体を借りたマナが、ブラウの隣に立ち、僕を説得しにかかる。

「わたしはブラウを恨んでいないよ、クロ」
「僕が赦せないんだよ、マナ」
「そう……どうすれば、クロは憎しみから解放される?」
「わからない。でももし君が生き返ってくれたなら、もしかしたら……」

“もしかしたら、憎しみを捨て去ることが出来るかもしれない”
その言葉は出せずとも、意図は汲んでくれたみたいで、マナは困ったように笑った。
それが出来たら、こんなに悩んでいないよな……。

このまま、マナの魂は消滅してしまうだろう。
少しでも話せたのは良かった。本当に良かった。
でも叶うことなら、生き返って欲しかった。
帰って来てほしかった。
一瞬でも、帰って来て、ほしかった……!

乾ききって出ないはずの涙腺から、涙を流したいような感情に陥りかけた時、「ちょっといいかしら?」と言いながら僕らの間に割ってはいる女が居た。
その濃い青髪の女は、微笑みを湛えながら僕の顔を真正面から見る。

「君は誰だ」
「交渉人、ネゴシよ。クロイゼル、貴方と交渉がしたいの」

交渉人と名乗った女、ネゴシは、マナと僕を見やり、こう持ち掛けてきた。

「クロイゼル。一緒に、マナを生き返らせない?」
「…………は?」

交渉人というよりどこか悪魔のような彼女は、素っ頓狂なことを言い出す。
けれど、聞き捨てならない提案なのも確かだった……。


***************************


ネゴシは、僕に畳みかける。

「貴方は独りでマナを生き返らせようとしていた。でも、それが頓挫してしまったのなら、もっと大人数で取り組めばいいんじゃない?」
「無理だろ……誰が協力してくれるんだ」
「その協力者を集うのが交渉人の役目よ。サモンちゃんとオーベムだっけ? 彼女たちはいい仕事してくれたわー、ホント。滅茶苦茶痛くてしんどかったけど」

気が付いたら、さっきまで戦っていた彼らが、遠巻きにこちらの様子を見ている。
過去のトラウマのような視線とは違い、彼らは静かに、まるで見守るようにこちらを見ていた。

「『マキシマムサイブレイカー』のお陰で、“闇隠し事件”の被害者を助けに来たメンバーは貴方の痛みと動機を理解とまではいかなくても、知っちゃったからね。たとえ許せなくても放っても置くのもできなくなっちゃたんでしょ」
「…………サモン、オーベム……余計なことを……」

胸の内を暴露されたことに愕然としていたら、ブラウの子孫の一人、スオウが一同を代表して話しかけてくる。

「クロイゼル、お前のしたことは許せることじゃあねえ。でも、うちの先祖様たちが散々苦しめたのは悪かった。だから、一時的にでも協力させてくれないか」
「…………協力って言っても、機械は崩れさった。この上で出来ることは……出来ることは……」
「まあ、よく分からねえけど、その辺は死者と魂の専門家がそこにいるから。な、イグサ」

スオウはさっきメタモン少年をおぶっていた橙色の髪の青年、イグサに話を振る。
イグサは渋るような表情で、「特例中の特例だ」と口をへの字に曲げながら言った。

「……ブラウまでは難しいけど、マナだけならやれなくはない。ただし、禁忌の奇跡みたいなものだから生き返っても数日だ。それでちゃんと別れをできるのなら、協力してもいい――――すでに方法自体は、クロイゼルも気づいているんだろう?」

方法に心当たりはあった。
【破れた世界】から世界を見続けて、何度かそういう例外が発生していたのは知っている。
ただそれは多くの者の祈りがないと出来ない原理も仕組みもよくわからない御業。
可能か不可能かなんて僕にすら判別つかない。
それでも、それでもほんの僅かでも可能性が残っているのなら……すがりたいと思った。

「交渉ということは、僕は何をすればいい。何をすれば生きたマナにもう一度会えるんだ?」
「もうやけっぱちで世界を滅ぼすなんて思わないこと。あとバラバラにしたヒンメル地方を元通りにして、ちゃんと今回の事件の償いをすることよ」
「…………わかった」
「――――よく決断してくれたわ。交渉成立よ」

ネゴシは笑顔を作り、僕の手を取った。
長い間止まっていた時間が、少しだけ動き出したような気がした。


***************************


イグサの案をスオウが早速伝達し、その動きは広がる。
その間にディアルガとパルキアに、世界を繋ぎ直してもらうように僕はマネネと頼み込んだ。
無理やり従わせていた二体は、最初のうちは反発していた。けどその懇願にギラティナも協力してくれて、二体は世界を元の形に修復してくれる。

空中遺跡の中に閉じ込めて動力にしていたダークライの大事な者――――クレセリアも解放した。
クレセリアの力を増幅させて飛んでいた遺跡も、やがて落ちていき着陸するだろう。

もうこの目玉模様のついた、黒いボールは必要ない。
ディアルガとパルキアは別の空間に帰り、ダークライはクレセリアと一緒に行った。
マネネとギラティナの分のボールも破壊する。
けれどマネネは僕から離れようとしなかった。

「きっと貴方と一緒に行きたいんだよ」

そうライチュウ使いの少女、アプリコットがマネネの背を押す。

「険しい道のりになるけど、それでもいいなら勝手にすると良い」

そう口にすると、マネネは喜んで僕に寄り添ってきた。


【破れた世界】から皆が帰還し、再会を喜んだり、再会出来なかった者もいたり、色々な形で時間が過ぎていく。
入り口のゲートが閉まっていこうとしていた。ギラティナは【破れた世界】に残る決断をした。

「本当に、長い間世話になった。ありがとう。また会う時があったら、その時はよろしく」

ギラティナは頭を近づけてきて、僕の瞳をじっと見つめる。しばらく見つめ続けたら、満足そうに一声吠えて、そして帰っていった。


僕が忙しくしている間、暇だったマナはヨアケ・アサヒたち一行と一緒に行動をしていた。
ビドー・オリヴィエをからかったり、ヤミナベ・ユウヅキと僕のことを話したり、アプリコットの歌を聞いたり。
楽しそうにしているマナにちょっとだけ妬けるけど、それでいいのかもしれないと思った。
僕が見たかったのはそういうマナの顔だったのだから。

『クロ……私はクロが望む限り、現世に留まるよ』
「無理に、付き合わなくてもいい」
『いいや、これは私の望む贖罪だ。まだまだやり残したことも多いから、ちょうどいい』

そうブラウは相変わらずくそ真面目にそう言う。
捨てられていた機巧の身代わり人形には、新たにブラウが宿主となることになった。


カイリューとマーシャドーの傍らに居た男、レインは僕に「ムラクモ・スバルを覚えていますか」と詰問してくる。
覚えている。ムラクモ・サクの……ヤミナベ・ユウヅキの母親だろう、と答えると彼は忌々し気に吐き捨てた。

「貴方に心をボロボロにされたスバル博士は今もなお眠ったままです。貴方はマナのために彼女たちの人生を滅茶苦茶にした。そのことを決して忘れないでください」
「……ああ、忘れない」

レインがだいぶそれでも堪えていたことは感じ取れた。謝罪だけでは赦されないものの大きさが、だんだんと明確になっていくような気がした。


デスカーンを連れた国際警察を名乗るラストという名前の女性とも面識を持つようになった。
今回の僕の罪を裁くために長い付き合いになる、と言われ長いとはどのくらいになるのだろうかとふと思考を巡らせていた。
ヤミナベ・ユウヅキのオーベムも彼女に逮捕、アレストされることになる。
ユウヅキは心を痛めていたが、オーベムは「この道を選んだことに悔いはない」と意思表示をした。
オーベムは僕に「どうかお達者で」とシグナルを飛ばす。声をかけようとするけど、オーベムは僕に背を向けてしまった。


オーベムと言えば……それまでオーベムと一緒に居たサモンの姿だけが見えないのが、気がかりだった。
【破れた世界】に取り残されてはいないとは思うが……。

「見届けてくれるんじゃなかったのかい……」

彼女に向けたつぶやきは、届くことなく空気に溶けていった。


そして、イグサたちの準備が整う。
【ミョウジョウ】の町にて、それは執り行われることとなった……。


***************************


曇り空に陰った港町【ミョウジョウ】の海岸。死んだ海と呼ばれていた静かな海岸線に、集まれる限りの一同が揃っていた。
ブラウの入った人形を抱えたクロイゼルが、静かにヨアケを、マナを見つめている。
その表情は敵対していた時と比べて、とても大人しく、落ち着いていた。

「始めるよ――――全員、あの記憶を……痛みを思い出し、マナフィが帰ってくることを信じて、ひたすら祈って欲しい。ただそれだけ続けてくれ」

イグサに促された通りに、先日の技の痛みを、記憶をイメージして思い返す。
周囲が、悲哀の波導で満ちていくのが分かる。ルカリオとラルトスが俺の手を掴みながら、感情に引きずられないように引き留めてくくれていた。
マナフィ、マナの帰りを求める彼の願いが、ここに居る者たちへ共有されていく。
やがて、空からぽつりとにわか雨が降って来た。

瞳を閉じたクロイゼルが天を仰ぐ。
彼の涙腺を流れる雨粒が、波打ち際に落ちて弾けた。
それを筆頭に、黙祷する皆の涙腺も緩んで、決壊していく。

(……この感情は、なんだ……? これが、祈り……?)

温かな雫は、やがて熱を帯び、雨空に差し込む日の光によって力強く輝いていく。
誰かがマナの帰還を口に出して望んだ。それに倣うように念を籠めた言葉が広がっていく。
その静かにたぎる熱い感情を感じながら、俺もその言葉を口にした。

「帰って……来い、マナ……!」

やがて目を開くと、不思議な光景が広がっていた。
キラキラと輝く光の粒が、皆の零した涙から発生して波打ち際のクロイゼルとヨアケ、マナの間に集まっていく。
光のシルエットは、マナフィの形をし始めていた。

「バイバイ、マナ。元の身体にお帰り」

ヨアケが胸元に手を当てると、光のシルエットに引き寄せられるようにマナの波導だけが別たれる。
ふらっと後ろに倒れかけたヨアケを、ヤミナベが受け止めた。
そしてそのままふたりもマナを見つめる。
この光景は、まるで願いが、想いが、感情が形になっていくようだった。

光が解けて、そこに水色の小さな身体のポケモン、マナフィが現れる。
閉じた瞳を開き、マナフィ、マナはクロイゼルとブラウに微笑みかけた。

「クロ。ブラウ。ただいま」
「おかえり。おかえり、マナ……」
『おかえり、本当に、良かった……』

雨雫を湛えたクロイゼルにつられてか、マナも泣き笑いで何度も頷いていた。
それからマナは俺たちにも大きな声で礼を言った。


「わたしの帰りを望んでくれて、いっぱいいっぱい、いーっぱい、ありがとう!」













それからの数日間。

マナはクロイゼルとブラウとたくさん、たくさん話をして。
【ミョウジョウ】の町で毎日楽しそうに過ごしていた。
俺たちはクロイゼルに言いたい事がなかったわけではないが、その間だけは誰も彼らの邪魔をしようとはしなかった。

数日後。

大勢の人とポケモンに看取られながら、マナは静かに笑いながら別れを告げ、永遠の眠りについた。
イグサとランプラーのローレンスの手によって、千年以上生きたマナの魂は海へと帰っていった。

その日からだろうか、かつて“死んだ海”と呼ばれた海に活気が戻っていったのは。
それまで静かだった海がだんだんとにぎやかになっていく。
ブラウは、『これが本当の【ミョウジョウ】の海だ。蒼海の王子の魂が、ようやく代替わりを経た。これからは次のマナフィが海と共に豊かに育っていく』と言っていた。
マナはもうこの世には居ないことを、改めて実感させられる話だった。


しばらくは、帰って来た者たちとの時間を過ごしたり、女王の戻って来たヒンメル地方全体の体制を立て直したりして慌ただしい時間が過ぎていった。
そしてとうとうクロイゼルの罪について言及されることとなる。

独房に閉じこもっていたアイツは、こう言ったらしい。


「僕を……処刑してくれ」と……。


かつて怪人と恐れられた男は、
現世を騒がした復讐者は、
友を看取った彼は、

自らの死を……望んだ。



そして、公開処刑の日が刻々と近づいて行き、とうとうその日を迎える。

その日は、とてもよく晴れた日だった。






つづく。


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