スタジアムの会場に向かう最中の通路で、あの人の大事な人とすれ違った。 彼女は駆け足で手持ちのドーブルと一緒にあたしの隣を通り抜けて行こうとする。 出来心、とでもいえばいいのか。はたまた、興味本位とでもいえばいいのか。 あたしはあたしの力で、彼女の思考を覗き見た。
(……ユウヅキ、どこにいるの……?)
そこから先は、読み取るのを止めた。 飽きたからってわけではなく。呆れたからだ。 彼女に対してもだけど、あたしはあたし自身に対して、呆れていた。 なんでわかり切っているのに、覗こうなんてマネをしたのか。 埋まらない決定的な差を見せつけられたようで、嫌気がさす。
「ばか、そうじゃないでしょ」
何、嫌気なんて感じているあたしは。 あたしはあの人の、サク様に忠誠を誓っているのでしょ? なら、あたしのやることは、決まっている。 サク様の望む道を切り開く手伝いをすること。
それが、あたしの、すべきことだ。
(……メイ。そちらの準備は)
サク様からの念話が来る。一呼吸おいてから、あたしは応える。
(……問題ない。もう少しで定位置につくから。あの、サク様) (なんだ) (えっと、うまくいくといいね、今回) (どうだかな)
その言葉には、うまくいってほしくないような感情が込められていた気がした。 優しいなあと思いつつ、あたしは発破をかける。
(あたしはサク様がどうしようが別に構わないけど、退けないんでしょ?) (……ああ、そうだな) (じゃ、やるしかないね) (その通りだ。すまない、世話をかける。頼んだぞ、メイ)
珍しい言葉に、思わず口元がにやけるのを感じた。 それから、力強く私は任せてと念じた。
***************************
優勝賞品の隕石を巡った大会の予選が終わり、いよいよ本選に入った。 試合をするフィールドはリングから変わり、バトルコートとなる。 バトルコートは障害物の類のない、シンプルなコートだった。 本選第一試合。 入場の際、俺たちの対戦相手である緑のスカートの女性、フラガンシアに一つ質問された。
「あなたの好きな香りは?」
予想外の質問だったが、俺の返事はすんなり口から出ていた。
「俺の名前の由来になった、花の香りだ」
少なくとも今、好きな香りで思い浮かべるのは、あの心地よい香りの小さな星の花しかなかった。その花が浮かんで、少々複雑な気持ちにもなったが。
「あら、素敵ですね」 「どうも」
ふと、予選で相対したクロガネのことを思い出す。あんまり下の名前は名乗りたくはなかったが、彼を思い出して俺はフルネームを名乗っていた。
「俺の名前はオリヴィエ。ビドー・オリヴィエだ。できれば名字のビドーと呼んでください」 「その花でしたか。そしてこれはご丁寧に――あたくしはフラガンシア・セゾンフィールド。フランと呼んでくださいね。ビドーさん」 「わかった。それとよろしくお願いします。フラン」 「こちらこそ。仇討ちよろしくお願いいたします」
……そういえば、クロガネの知り合いみたいだったなフラン。
「素直には、させないぞ」 「ええ、全力で戦わせていただきます。楽しいひと時を」
アナウンスに促され、俺たちはそれぞれコートの端に向かう。 フランが一礼をしたので、つられて俺も一礼する。 それからそれぞれ、ポケモンを出した。
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<義賊団シザークロス>のアジト。 自分のスペースでパソコンを使って動画を見ていたあたしに、テリーが青いバンダナで前髪を上げながら話しかけてくる。
「何を見ているんだ? アプリコット」 「テリー……いやあの、なんか<エレメンツ>主催のバトル大会ですごいビッパ使いのトレーナーがいるってネットで話題になっていて、ちらっと覗いてみたら……配達屋ビドーが大会に出ていた」 「なに」
テリーの声に反応したドクロの仮面をつけたようなゴーストタイプのポケモン、ヨマワルのヨルが彼と一緒にパソコンを覗き見てくる。
「ちょ、狭い」 「最近はそうでもないが、前にちょくちょくオレらの邪魔してきたやつだよな、あいつ」 「まあ、そうだけど……」
ふと、イナサ遊園地でのことを思い出してしまい、なぜか顔が火照る。いやいや、あの時はめちゃくちゃ怖かったけど、いざ思い返してみればああいう壁ドンってあんまりされたことないし……いやでもないから! 今見ているのだって、きょ、興味があるからとかじゃなくあのリオル出ないかなーとか気になっているだけだから!
「? 風邪か? そういう時はあんまり画面見ないほうがいいぜアプリコット」 「違う違う違う……」
唸っていると、対戦相手の女性は大きな口の草タイプのポケモンウツボットを出して、ビドーがよろいをまとったような虫ポケモンアーマルドを出していた。 リオルじゃないんだ、と思ったそのあと私は……彼の技の指示に驚いていた。
それは以前のビドーだったら絶対に指示しない技だったから。
『――アーマルド、『シザークロス』!!』
『シザークロス』
その技の名前が彼の口から出た。 彼のその一言が、なんだかんだあたしたち<義賊団シザークロス>を認めてくれた。そんなサインに見えて。 不思議と、彼らの大会を見届けようと決めたあたしがいた。
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以前の俺なら、アーマルドにこの技を意地でも使わせたくなかったんだろうな。 だけど、いつまでも気に入らないからとかは言ってはいられない。 それに、この技はアーマルドがずっと出したがっていた技だった。 負けられない理由が増えた今……使える手は、使う!
「――アーマルド、『シザークロス』!!」 「『あまいかおり』を、シアロン」
シアロンと呼ばれたウツボットが、その大きな口から、甘い香りを放つ。 突撃していたアーマルドがその香りを浴びた。射程圏に入っていたアーマルドの動きが止まり、『シザークロス』が、失敗に終わる。
「アーマルド?」
アーマルドが、一歩、また一歩と自分を抑えられないようにウツボットに向かって歩いていく。 急いでアーマルドの様子を見る。アーマルドは、甘い香りの誘惑に、負けまいと踏ん張っていた。 フランとウツボットが笑みを見せる。
「ようこそ、香気の空間へ」
近づいたアーマルドをウツボットが『リーフブレード』で斬り飛ばす。 少し離れたことにより、アーマルドが一瞬我に返る。慌てるアーマルドに、俺は声をかける。
「いったん『つめとぎ』で落ち着こう、アーマルド」
アーマルドの好きな『つめとぎ』をさせて、冷静さを取り戻させる。しかし、香りの魔の手はどんどん迫ってくる。
「香りという物は奥が深いのです」
「『ようかいえき』をばら撒いて」と指示を出すフラン。ウツボットはそれに従い、周囲の地面に臭いの元凶の甘い溶解液を展開した。 甘ったるい臭いが広がり、なかなか平静を保つには厳しい空間になる。
「魅了、誘惑、動揺などなど。香り1つで気分もかわるのです。ほら、あなたのアーマルドもね」
アーマルドがまた苦しそうに香りの誘惑に誘われていく。そのまま進むと『ようかいえき』を踏んでしまう。好きな『つめとぎ』の技でさえ、思うようにいかない。
「アーマルド!」
アーマルドが俺の声にぴくりと反応する。その反応を見て、俺はとにかくアーマルドに声をかけ続けるべきだと判断した。
「踏ん張れアーマルド! 『アクアジェット』!!」
水流を身にまとわせ、溶解液を一部吹き飛ばして体当たりをするアーマルド。しかしウツボットに当たりはしたものの、ダメージが軽い。再びリーフブレードで斬り上げられ、距離が離れる。
「立てるかアーマルドっ」
なんとか踏ん張って立ち上がってくれるアーマルド。ここまで立ち回ってくれたからこそ見えてきたものがあった。
失敗した『シザークロス』、誘い込まれるアーマルド。魅了、誘惑、動揺。それらが当てはまる状態は、
「その香りは、『メロメロ』を含んでいるなフラン」 「ご名答」
相手を魅了して、技を思うように出させない。それが『メロメロ』状態。 攻撃は半分くらい、失敗すると考えてもいい。
「アーマルド作戦がある」
残された手で思いつく手はあった。しかし、うまくいくかはわからなかった。 でも、このままじゃだめだ。このままやられっぱなしじゃ、まずい。 それに、一矢報いなきゃ悔しすぎる。そう念じるアーマルドの想いの波動が見えた。 だからこそ俺はアーマルドにこう言っていた。
「次の技は失敗してもいい。思い切りやってくれ」
戸惑うアーマルドに、俺はその目をしっかり見据えながら頼む。
「信じてくれ」
アーマルドの目つきが、変わった。 狙いを定めるようにアーマルドが研がれた爪を、ウツボットに向けた。 俺とアーマルドの想いが重なる。
覚悟しろ、ウツボット!
「いくぞ『アクアジェット』!!!」
流れる水の中をくぐりながら突進するアーマルド、その『アクアジェット』は、上に外れ失敗に終わる。 アーマルドの『アクアジェット』がウツボットの上空で解ける。 落下するアーマルド。
……待っていた。 これを、待っていた!
「『いとをはく』で口を塞げ!」
俺の指示を待ち構えていたようにアーマルドはすぐに反応し理解してくれる。
「……して、やられました」
ウツボットが『あまいかおり』を放っていた口を糸でがんじがらめにしてつぐませる。 あいつの香りは、口の中に溜めている溶解液とそこに誘うための蜜がその発生源。 つまり口さえ開けなきゃ、もう『あまいかおり』は使えない!
「よく耐えたアーマルド! 一気に決めるぞ『シザークロス』!!!」 「シアロン『リーフブレード』!」
そのまま近接戦の斬り合いになる。先にダメージを食らっているけど、アーマルドは、硬い。 口を塞がれ、バランスを取れないウツボットをどんどん押していく。
「とどめだ!」
決定的な一撃が入り、ウツボットが倒れる。 戦闘不能のジャッジが下され俺とアーマルドはフランとウツボットを破り、初戦を突破した。
「よくやった、アーマルド」 「ありがとうございます、シアロン」
フランがウツボットにねぎらいの言葉をかけて、俺とアーマルドに近づく。
「お見事です。流石はアサヒさんの相棒ですね」 「どうも……ってヨアケを知っているってことは、やっぱりあんたがヨアケの言っていた香り戦法の人だったか。でも俺がヨアケの相棒って一言も言っていないよな。なんでだ?」
その質問にフランは、笑みを浮かべながら俺を軽く指さした。
「あなたたちの香りが教えてくれたのです」
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本選第一試合目でビドーさんたちが勝ち上がって、観客席で見ていたリッカちゃんとカツミ君は喜んでいた。でもその次の試合、第二試合目の選手が入場すると、予選の時もだけどリッカちゃんの様子が変わる。カツミ君のコダックのコックもその異変に気付いていた。 まあ、なんていいますか、リッカちゃんはむくれちゃっていた。
「ハジメさんの応援をしなくていいの?」 「……だって、ココ姉ちゃん。わたしハジメ兄ちゃんがマツと一緒に出るって聞いてない。聞いてないからあそこにいるのはハジメ兄ちゃんたちじゃない」
リッカちゃんのお兄さん、ハジメさん。 彼はリッカちゃんを心配するあまり、いろいろと内緒にしすぎていた。いやあたしもトウに内緒にしているから、他人のこと全然言えないんだけどね。 リッカちゃんはハジメさんにあんまり問い詰めないように気を使っていたのよね。 普段溜まっていたのが、ここにきて出ちゃったんだよね。
「ココ姉ちゃんも、知っていたのなら教えてくれてもいいのに……」 「あはは……ドッキリさせようとしたのかもよ?」 「そういってココ姉ちゃんも、何か隠しているんでしょ」
カツミ君が困ったようにこちらを見ている。事実その通りだからねえ……。 ハジメさんには悪いけど、隠しきるのは難しい。潮時かな。
「あたしも隠しているわよ、いっぱい。カツミ君とハジメさんと、一緒に、リッカちゃんに秘密にしてきたこと、いっぱいあるわ」 「……なんで? なんでわたしだけ仲間外れなの?」
メガネの奥の瞳を潤ませるリッカちゃん。カツミ君は絶句した。ごめんて。
「ごめんね。いくらでも責めてもいい。納得できなくてもいい……内緒にしていたのは、みんなリッカちゃんが大好きだからよ」 「……それでもわたしは、何にも知らないで待つのはもう嫌だ……」
そのリッカちゃんの言葉に誰よりも反応したのは、カツミ君だった。
「リッちゃん……ゴメン。ココ姉ちゃん、いいよね、もう言っても?」 「いいわよ。でもちょっと待って」
あたしはカツミ君にうなずいた。ゴーサインを出した。 リッカちゃんは毎日毎日何も聞かずにハジメさんを見送って、帰りを待って、待って、待ち続けてきた。 この子には、聞く権利がある。
だからあたしは念じた。
(メイさん。ちょっと手伝って) (……何? ヒマじゃないんだけど。それにガキどもの相手は嫌)
テレパシーを管理しているメイさんは、そう毒づく。聞いていたんじゃん。 あとメイさん、もう自分の力のことあんまり隠す気ないわね。
(お願い。今度何でも好きなメニュー作るから) (じゃあピザ) (オーケー)
リッカちゃんが無言で首を縦に振るあたしを不思議そうにみる。 カツミ君は意図に気づいてくれた。 テレパシーのチャンネルが、あたしたちの頭に 共有される。
(じゃ、アンタたちも手伝いなさいよ) (えっ……え、なにこれテレパシー?) (テレパシー。やり方は慣れて) (誰……?) (あたしはメイ。<ダスク>のメイ。そこでアンタを仲間外れにしているカツミとココチヨと、今必死に戦っているアンタの兄貴と一緒の集団に参加しているメンバーの一人)
リッカちゃんが思わずバトルコートに視線を戻す。 対戦相手の深紅のポニーテルの女性が従える赤茶の毛並みと大きな尻尾のポケモン、フォクスライに、ハジメさんはゲコガシラのマツと一緒に応戦していた。
(アイツについては、あたしもあんまり詳しくない。ただ、いつもアンタのことばっかり考えている。ウソをつくとき、何かしら理由を持ってつくやつだったとは思う。ってそのくらいアンタたちの方が知っているんじゃないの?) (まあまあ) (メイ姉ちゃんって、よく見ているんだなーみんなのこと) (……それでも何か聞きたいことはあるなら、あとはコイツらから聞け。テレパシーは使えるようにして仲間に入れてあげるから。ただしハジメとは、大会が終わったら直に話すこと) (うん……ありがとう……ございますメイさん)
メイさんから引き継いだあと、ハジメさんについて、あたしとカツミ君が知る限りをリッカちゃんに伝えた。 リッカちゃんは、あたしたちの話を、じっくりと最後まで聞いてくれた。
その間にも試合は続き、マツがフォクスライのみぞおちに決定打の『アクロバット』を決めて、勝利をつかんでいた。
わっと周囲に歓声が上がる。その中でリッカちゃんは静かにエールを零した。
「あとで聞くからね……がんばれ、ハジメ兄ちゃん、マツ……!」
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第二試合のテイルさんとフォクスライを破ってハジメ君とマツが勝ち上がったことにより、彼らが準決勝でビー君と当たることが決まった。 第三試合は鱗の大量にじゃらじゃらさせたポケモン、予選でも活躍していたジャラランガを連れた少年ヒエン君と、噂の中心になっているビッパ使いの男性、ヒイロさん。 客席より外側の通路にいても、会場から手のひら返しのビッパコールが聞こえてきた。 見回りのガーちゃんと再び遭遇した。彼女は両手にバラのブーケの腕を持つロズレイドと一緒に画面に見入っていた。 私に気づいたガーちゃんが、私に向けて今の感情を吐露した。
「ヒエン君とジャラランガは、以前ポケモンバトルをした相手です。私情は挟んではいけないですが、やはり応援したくなってしまいますね」 「……いいんじゃないかな、応援しても。そこは、立場とかちょっと忘れて、さ」 「立場は立場です。そんな、私だけ忘れて好きにするのは、ソテツさんたちに申し訳ないですから」 「ガーちゃん……」 「まったく、もう。ガーちゃんじゃありません、ガーベラです」
そういいつつも、その文句にはいつもほどの元気はなかった。 私も彼女につられて、画面に見入った。 第三試合が、始まる。
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後ろで縛った赤茶の髪を揺らし、ジャラランガ使いの少年、ヒエンはヒイロに宣戦布告した。
「ビッパの兄ちゃん。兄ちゃんたちが強いってのはなんとなくわかっている。でもオレとジャラランガもいろいろ特訓してきて、そしてここにいる――負けないから」
ヒイロは、ヒエンの言葉を受け取り、その上でこう返した。
「……君の、君にとっての本当の強さを教えてくれよ」
証明をして見せろ、と告げたその言葉は、どこか待ちわびているようにヒエンは感じた。
試合開始の合図が響き渡る。 観客のビッパコールを、ヒエンとジャラランガは、
物理的にかき消した。
「行くぞジャラランガあっ!!!」
ヒエンは咆哮とともに右腕につけた『Zリング』を左腕とともに交差させる。 『Zリング』からのゼンリョクエネルギーを受け取ったヒエンとジャラランガは、腕で半円を描き、握り拳を突き出した。右足を力強く引いて、両腕を竜の口のようにふたりは開く。 そこからジャラランガは雄々しい舞を踊り始める。全身の鱗をすべて震わせた、すべての音を一つに集めた超爆音波が、放たれる!
「『ブレイジングソウルビート』――――!!!!」 「! 『まるくなる』」
ビッパの『まるくなる』。気おされずに完璧なタイミングでヒイロの指示でジャストガードをして防ぐビッパ。 『まるくなる』を解き、きりっと立ち上がるビッパ。 しかしピッパは、踏ん張って立っていた。 完全に防いだかに見えたその攻撃は、通っていた。 そして、『ブレイジングソウルビート』の追加効果でジャラランガの全能力が上がる。
「いくらジャストガードでも、Z技を無傷は無理だろ? ジャラランガ『いやなおと』っ!!」 「『のろい』!」
『のろい』で素早さを捨てる代わりに攻撃と防御の能力を上げつつも、ジャラランガも放つ音に苦しそうに防御力を下げられるビッパ。 しかしヒイロは迷わず指示を出す。
「『ころがる』」
ゆっくりと始まるビッパの『ころがる』。 その一撃を受けてはいけないことを知っていたヒエンは、ジャラランガに遠距離攻撃を出させる。
「『ばくおんぱ』で吹っ飛ばせ!!」
ヒエンの望み通り、ビッパは音波の圧によって吹っ飛ばされる。 だが。
「『ばくおんぱ』が相殺、された……? そして『ころがる』が、解除されていない……?」
ビッパは先ほどよりスピードの上がった2回目の『ころがる』を仕掛けてくる。 音波の壁に“当たってしまった”ことにより、2回目のころがるは威力がさらに上がっていた。 そのことにヒエンが気づいたのは、4回目の……4回もビッパの『ころがる』をジャラランガがギリギリで『ばくおんぱ』で吹き飛ばしたあとだった。
「――『ころがる』」
5回目の『ころがる』 速度も、威力も極まった“転狩る”に対して、ヒエンとジャラランガは打つ手がなかった。
その茶色の弾丸は、ジャラランガを場外の壁まで一瞬で叩き飛ばした……。
「ジャラ、ランガ……!」
戦闘不能に陥ったジャラランガにヒエンは駆け寄る。その姿をヒイロはじっと見て、それから一言「ありがとうございました」といい、ビッパを抱え上げフィールドを離れた。
「ゴメン、ゴメンよジャラランガ……!!」
ヒエンの涙がフィールドの土を湿らし、三人目の勝者が、次のステージに進んだ。
***************************
第4試合。ユーリィVSキョウヘイ。
ユーリィには、迷いが少しあった。
彼女はハジメやメイ、ココチヨやカツミと同じ集団、<ダスク>に所属するメンバーだった。 彼女ら<ダスク>は大会の優勝賞品、隕石を狙っている。 そして、今彼女の目の前に立つキョウヘイは、同じく同志のサモンが依頼した手練れの協力者だった。
選手には、通信、テレパシーの類が許されていない。つまり、現場で判断するしかない状況。 そしてユーリィは、その躊躇を踏みつぶして、キョウヘイに言う。
「サモンさんから話は聞いているけど、私も戦いたい相手がいるから勝ちに行くわ」
彼女が戦いたいのは、彼女の幼馴染でもある、ビドー。 ビドーはユーリィが<ダスク>に入っていることを知らない。 けれど、知らないからこそ純粋に戦い競い合える機会を心のどこかでユーリィは待っていた。 約束というほどきちんとした言葉は交わしてないが、ビドーに「もしぶつかったら、負けないからな」と言われ、感傷に浸っていたユーリィは、
次のキョウヘイの一言で現実に引き戻される。
「レンタルポケモンといい、なめているのか?」
キョウヘイの言葉に彼女は動揺する。 予選を共に勝ち抜いたグランブルがレンタルポケモンだと見抜かれていた驚きもあるが、自身が目の前のキョウヘイに対して、否、大会に対してどこか甘く見ていたことを暴かれたことに対し、いたたまれなさを感じていたからだ。 そもそも、ユーリィは今回の大会にレンタルポケモンの試用を依頼されていたという事情を持っていた。つまりはその場として大会を利用していただけとも言える。 さらに自分のポケモンで挑まなかったことに対して“ポケモン保護区制度”を言い訳に使うにもヒイロのあの宣言もあってできない。 一応グランブルと練習はしてはいたが、それも付け焼刃程度でしかない。
それらを踏まえて、ユーリィにはキョウヘイに反論できる言葉がなかった。
入場アナウンスが入り、それ以降の会話はなかった。
「行くぞ、ブルンゲル」 「お願い……グランブル!」
キョウヘイは大きな頭を持ち、ふわりと浮いたブルンゲルを、ユーリィは下あごとキバが大きいグランブルを出し、そして試合が始まる。
グランブルがその強面で吠え、ブルンゲルを威嚇した。 ブルンゲルは一瞬びくつくもすぐに呼吸を整える。 整ったことを確認したキョウヘイは短く指示を出す。
「状態異常にしろ」
状態異常。それだけの言葉ではどんな技が放たれるかユーリィには絞り切ることはできない。けれども、ブルンゲルにとってはその指示だけで何をすべきかわかっていた。
ゆらり、とブルンゲルは横に一回転。するとグランブルの周りに怪しげな炎が回り始め、グランブルを焼け焦がす。
「! グランブル『かみくだく』!」
火の粉を振り払いながらグランブルは突進。ブルンゲルのひらひらとした腕を噛むも、『やけど』でうまく『かみくだく』ことができない。その異常を『おにび』によるものだと気づくユーリィだが、全く効いていないわけではない、と彼女は判断を下し技の継続を促した。
「ダメージは通っているはず、グランブルそのまま――」 「――そのままよく噛んでいろ。ブルンゲル!」
言葉を奪われたユーリィは、次の光景に愕然とする。 ブルンゲルが空いたもう片方の手でグランブルを抱き込んだ。 無情なキョウヘイの指示が飛ぶ。
「回復だ」
みるみると体力を回復させるブルンゲル。それと比例して、グランブルの噛む力が抜けて行く。 ユーリィは初めのうちは、ブルンゲルがグランブルの体力を吸い取っているのではと誤認していた。 しかし、グランブルのあごの力がどんどん緩んでいくのを見て、考えを改める。
(グランブルの力が、吸い取られているの?)
『ちからをすいとる』、それは相手の攻撃力を吸い取り減らし、その分の体力を回復させるという相手の力に依存している技である。 『やけど』の状態異常といい、力が得意のグランブルの長所をことごとく彼らは抑えていく。
さらに、グランブルの動きが止まる。
「グランブル?」
グランブルはぱくぱくと口を閉じようとしては失敗を繰り返した。 ……グランブルの『かみくだく』が封じられていた。 ブルンゲルの金縛りという呪いによって、その牙を封じられていた。
そのブルンゲルの体質の名前は『のろわれボディ』。 相手の最後に使った技を金縛りにし、偶に使えなくさせる特性だ。
(どうしたらいいの)
挫けそうになった彼女は、ボロボロのグランブルを見る。 そのグランブルを見た時、ユーリィは猛省した。 何故なら、グランブルは悔しそうにしていたからだ。 (確かに、知り合って間もない私たちと向こうでは連携経験の差は埋まらない) (でも、この子は悔しがっている) (負けることを望んでない) (グランブルは勝ちたがっている)
(バトルに勝ちたいと思うことに、そこにレンタルポケモンとか、その差はないじゃない……!)
彼女が思い返すのは、それこそ付け焼刃の訓練。 少しでも勝てるようにと、一緒に練習した記憶。
(勝たせてあげたい……いや、勝つ!)
ぎり、と歯を食いしばり。ユーリィは反撃の一手をグランブルに出す。
「グランブル『ストーンエッジ』!!」
グランブルが足で地面を踏みつけ、岩石の刃を地面から発生させブルンゲルの体を射抜いた。 『ストーンエッジ』は、打てる回数こそ少ないが、急所に当たりやすい大技。 急所に入ってしまえば、攻撃力の低下はカバーできる……だが今の攻撃は急所から外れていた。
(でも、ありったけ叩き込むしかない!)
その気迫を込めた彼女の叫びを……容赦なく。 彼はドスの聞いた声で遮った。
「――『うらみ』、だ」
ブルンゲルの怨みをかったグランブル。 グランブルの『ストーンエッジ』は空振り、地団駄に終わる。 『うらみ』は相手が最後に放った技の残り回数を減らす技。 つまり、放てる回数の少ない大技ほど……刺さる。
「グランブル、『じゃれつ」「『たたりめ』で決めろブルンゲル!」
『やけど』状態のグランブルに、威力が倍増されたブルンゲルの『たたりめ』が入る。 攻撃に堪えきれず、グランブルは倒れ……そして起き上がれなかった。 第4試合の決着だった。
「……ありがとう、ごめんねグランブル」 「……よくやった、戻れブルンゲル」
キョウヘイとブルンゲルが勝利し、準決勝へ向かう最後の選手揃う。 ユーリィはグランブルを抱きしめ、心の中で思った。
(ビドー、ごめん。そしてハジメさん、キョウヘイさん。あとは頼んだよ)
準決勝の対戦カードが発表される。
準決勝第一試合 ビドーVSハジメ 準決勝第二試合 ヒイロVSキョウヘイ
***************************。
人通りの少なくなってきた通路で、私はドルくんと一緒に中継モニターを見上げる。
「準決勝第一試合の組み合わせは、ビー君対ハジメ君、か……」
ハジメ君はビー君にとって、乗り越えられていない壁のような存在で。 たぶん認めているけど認めたくない相手なんだろうなと私は考えていた。
【トバリ山】で密猟をしようとしていたハジメ君に邂逅した時、ビー君は苦い思いをしていたみたいだ。 【ソウキュウ】で再び会った時は、捕まらないためにリッカちゃんを置いていくことを選んだハジメ君に、ビー君怒っていたっけ。 【イナサ遊園地】でビー君は、ハジメ君のことを見返してやりたいと言っていた。 私とビー君が一緒に黄色いスカーフを届けた相手。ケロマツのマツがハジメ君のポケモンになっていたのも驚いたな。
このバトルで、ビー君は何かを見出せるのだろうか。 叶うならば、乗り越えてほしい。もしくは、吹っ切れてほしい。 ……いや、そうじゃない、か。これだと心配のし過ぎだな。 だから。
「ビー君」
私が今の彼とそのポケモンたちに願うのは、ただこれだけだ。
「がんばれ」
良いバトルを、そして――勝利を願っている。
***************************
ここまで来たいとは思っていた。 それは、準決勝だから、という意味ではない。 この大会で、ハジメが出ていると知った時から俺は。
「あんたとバトルがしたかった」
今日何度目かの入場口前のやりとり。 沈黙を先に破ったのは俺だった。
「ハジメ。お前は覚えてはいないだろうが、お前に【トバリ山】で“ポケモンのことを信頼してないだろう”って言われて以来、ずっと俺は、こうしてバトルをできる機会を待っていた」
時間もないので直球で伝えたいことを言い切る。 するとハジメは、小さくため息を吐いて、リアクションを返した。
「……覚えている。何だ、ずっと俺を見返したかったのだろうかお前は?」 「そうだ。それだけじゃないがな」 「そうか。……おそらく俺は、この大会でのお前たちのバトルを見てすでに考えを改め始めているのだろう――――だがまだ認めない」
彼はそう言って、あの丸いサングラスを取り出し、かけた。 なんとなく、それは本気を出すサインのようにも見え、身構える。 サングラス越しの鋭い目つきで、ハジメは俺を睨んでくる。 俺も、ミラーシェード越しに、睨み返す。
目と目が合った。
「ビドー。お前は……リオルとは、はたして相棒になれたのだろうか」 「これからそれを、見せるんだよ」 「じゃあ、見せてみろ」
入場を促すアナウンスが聞こえた。 バトルの始まりはもう間もなくだった。
***************************
お互いバトルコートの端に立ち、バトルさせる手持ちを出す。 俺の出すポケモンは選ぶまでもない。 ずっと握りしめていたモンスターボールを、投げる。 ボールが開き光と共に、青い小柄なシルエットのリオルが仁王立ちで現れる。
「行くぞリオル!」
一声、力強く俺の声に返事をするリオル。 コンディションは良さそうだった。
そのリオルの前に立ちふさがるのは――――ゲコガシラのマツ、ではなく。
「行け、ドラピオン」
鋭い爪のついた、長く大きな両腕と尻尾を持つ化け蠍のポケモン、ドラピオン。 俺とリオルが一度手も足も出なかった相手。 リベンジマッチ、したかった相手。 それをわざわざハジメは出した。
その意味は、次の一言に集約されていた。
「かかってこい!」
合図が響き、バトルが始まる!
「ドラピオン、『どくびし』!」 「リオル『はっけい』で道を作れ!」
ドラピオンが毒を纏ったまきびしを宙に巻き、円陣状に守りを固めようとした。 リオルは『はっけい』を前方斜め上に発射。空中で弾き飛ばされた『どくびし』は、その直線のラインだけ落下しない。
「正面に『ミサイルばり』!」 「突っ込め!!」
放たれた『ミサイルばり』にリオルは怯まずに正面から突っ込み、身をかがませながらその頭上に針を通過させる。 リオルの頭上を飛んで行った『ミサイルばり』は、軌道をそらし背後の一点から襲い掛かる。
「後ろに『きあいだま』っ!」
引き寄せて一点に集約された『ミサイルばり』を、気合のエネルギー弾で一気に叩き落すリオル。
「よし上手い! そのまま行くぞ!」 「『まもる』でしのげ、ドラピオン……!」
その指示を聞いた瞬間、リオルに念じる。リオルも同じことを思っていた。 俺とリオルはタイミングを合わせ、右拳を短く突き出してから、
「『フェイント』!!」
左ストレートを思いっきり出す!
『フェイント』につられたドラピオンの『まもる』を突破し、初撃を与えることに成功したリオル。 ハジメとドラピオンが俺たちを睨み、反撃してくる。
「『クロスポイズン』!!」 「『はっけい』で応戦!」
ドラピオンの長い両爪が、リオルを引き裂く。リオルの『はっけい』もドラピオンに当たるも、軽く入った程度だ。 近距離の戦いがしばらく続いたのち、リオルがドラピオンの両爪の攻撃の後にきた尾に弾き飛ばされる。
その先は、『どくびし』がまかれたエリア。 毒状態に陥ったリオルにドラピオンの『ミサイルばり』が追い打ちで襲い掛かってきやがる!
「今度は対策させてもらうぞ!」
しかもそのミサイルばりは、発射タイミングがずらされ、ばらけた位置からリオルを狙っていた。これでは一直線に並べられないし、もし並んだとしても一撃だけの『きあいだま』では相殺できない!
どうする……? どうすればいい? そう焦った俺はリオルを見て。
(リオル?)
リオルが珍しい笑顔を見せていることに気づく。 ……リオルの波動を感じる。 毒にむしばまれて、苦しんでいた。だが、それ以上に、興奮していた。
――――やれるだろ?
そうリオルが念じているように聞こえた。
「ああ、やれるさ。俺たちなら」
ひとつ、ふたつみっつ。よっつにいつつ。
それぞれの針の位置と角度を見て、感じて、タイミングを計り……指示してみせる。 だから、任せだぞ!!
「行くぞリオル!!!」
一番近い針、真正面斜め上からくる針。
「下がれ」
地面に突き刺さる針。 二本目、前方左上からくる針。三本目はそれと反対側。
「左上小さく『きあいだま』。右上は引き付けてから前進」
一本は打ち落とし、一本は直前の位置に落ちる針。 残り、後方から迫る嫌な角度の二本。
「『はっけい』で高く飛び上がれ!」 「何」
飛び上がったリオルの下方から、角度の揃った二本の針がやってくる。 リオルはそれを、目でしっかりと捉えている!!
「『はっけい』で蹴り飛ばせ!!」
下降しながらジグザクを描いて針を蹴飛ばしリオルは急速落下する。 そのままドラピオンにめがけてかかと落としのフェイントを狙い、『クロスポイズン』を誘発させた。 足を引っ込め着地したリオルの目の前には、ドラピオンのどてっぱら!
その技を指示する時、 この技を覚えさせようと思った時のことが頭によぎった。
『リオルは、ひょっとしたらまだ怖がっているのかもね』 『たぶんリオル自身も進化できてないことを恐れているし』 『いつビー君が、また昔のように声をかけてくれなくなってしまうんじゃないかって』 『今は平気だと思っていても、ふとした瞬間、思い出すのかも』 『だから、そんな不安、吹っ飛ばしてあげて』 『大丈夫、ビー君とリオルなら、この技を使いこなせるよ!』
『だってこの技は』 「だってこの技は」
「『信頼を力に変える技だから……!』」
想いを波導に乗せて、重ねる。
「『おんがえし』!!!」
衝撃音とともに、ドラピオンの体が、一瞬浮いた。 今までリオルがどの技でも出したことのない威力が出た。 だがドラピオンは――――踏みとどまる!
「ドラピオン!!」 「まだだもっと行ける、リオル!!!」 「『まもる』でしのげっ!!」 「もう一度『おんがえし』!!!」
ドラピオンの交差する腕の防御の上から、もう一度叩きつける! さっきより威力が上がっている。だがガードを崩すには、まだ足りない! ドラピオンがガードをあえて崩した。 それは、反撃がくる合図――!!
「ドラピオン!!!!」 「懐に入れリオル!!」 「っ!?」
最初に長い両手の爪で襲い掛かり、かわしたところに尾で突き刺す。それはさっき見ている! 長いドラピオンの両手じゃ懐の内側はすぐにカバーできないだろ!!
大きく息を吸って、三度目の正直。 リオル。リオル。リオルリオルリオル……。 呼びかける念にリオルからの波導が、重なる。 リオルの想いを感じ、俺の想いを託す。
極限まで息を合わせた一撃が、放たれる。
「決めるぞ――『おんがえし』」
リオルの拳がドラピオンの腹に入る。 その一撃は、静かに入り、ドラピオンを宙に飛ばし、ひっくり返した。 遅れてやってきた短い衝撃音と衝撃波は……
一番重くて、強かった。
審判のジャッジがドラピオンの戦闘不能を告げた。 その時。
「リオル?」
その青い体が、さらに青く鋭く温かい光に包まれる。 ドラピオンにねぎらいの言葉をかけたハジメは、俺たちにも言葉をかけた。
「見せてもらった。いい相棒をもったのだろうなリオル……いや、今はもう違うな」
一回り大きくなった、そいつは、俺の相棒は。 飛び切りの笑顔を見せてくれた。
「っ――――! やったな。おめでとう。ルカリオ……!!!」
思わず緩んだ涙腺を、ミラーシェードを外し拭う。 駆け寄ってきたルカリオは、大丈夫か? と俺を案じる。 俺はぐしゃぐしゃの笑顔で「大丈夫だ」と返し、ルカリオと拳を突き合せた。 急いで毒消しの役割を持つ『モモンのみ』を食べさせていたら、
「ビドー。次は、俺たちが負けないだろう……」
サングラスを外したハジメが、そう言い残し去っていく。 今回こそは勝てたが、なんとか勝てたという印象があった。 次をほのめかすハジメ。俺も、あいつとはどこかでまた戦うかもしれないと思っていた。 それは今回みたいな試合形式ではないかもしれない。 今日よりもっと引けない戦いになるのかもしれない。 それでも叶うならば。
「その時は俺たちも負けないからな、あと妹にあんま心配かけるなよ、ハジメ……!」 「お前に言われるまでもない」
また競って戦い合えるような日が来ることを俺は望んだ。
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「――――っ……!!」
思わず両手を口元に当て、声にならない歓声を上げてしまう。 目元が熱くなる。自分のことじゃないのに、とても嬉しくなる。 そしてしばらく唸った後、やっとこの想いを言葉にできた。
「ビー君……ルカリオ、おめでとう……! 本当に、おめでとう……!!」
過去を引きずり囚われていた私たち。 でも彼はリオルと、ルカリオという未来をつかんだ。 もちろんビー君はいまでもラルトスを助けたいと思っている。迎えにいこうと思っている。 その上で彼は、前に進んでいる。
そして思った。
私は、どうなのだろう? と。
「……会いたいよ、ユウヅキ」
急に、恋しくなる。 急に、愛しくなる。 でも、これは愛とか恋とかそんな言葉を使っていいほどきれいなものではない。 これは……執着だ。それも、みっともない類の。
「……前に、進まなきゃ」
過去に、幻影に、いつまでも固執している。 信じているんじゃなくて、目を逸らしているだけかもしれない。 それがわかっていてもまだ、私は進めていない。 でもだからこそ昔に囚われるんじゃなくて……私は、いや私も。
私も未来を掴みたい。
「ぜったい、掴んでやるんだ」
彼の手を捕まえて、一緒に償って、もう離さないように……!
そう決意を新たにしている私を、ドルくんは何も言わずに見守っていてくれた。
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準決勝第二試合 ヒイロVSキョウヘイ
ヒイロはキョウヘイに言った。「本当の強さを教えてくれよ」、と。 その言葉に対して、キョウヘイは……静かに怒った。
「強さは“本当だけ”でくくれるものじゃないだろ」
堰を切ったように、しかし淡々とキョウヘイはヒイロに荒い言葉を吐く。
「世界で一番強いポケモンが初めて戦った草むらの相手? 違うな。それは一番苦戦した相手だろうが。君がビッパで強くなるのを目指すのは勝手だ。だが、自分で制限や枷を付けて、それでよしとしている君が他人に強さ問うな」
そう責める言い分に、ヒイロは眉根一つ動かさずに聞き返す。
「君は……強さを求めている人だ。君はどういう人なんだい」 「最強のトレーナーになるために修行の旅をしている者だ」 「ということは、強いんだね」 「だが強さを証明するには勝たなければ意味がない、結果がすべてだろ」 「それは、どうだろう」 「少なくも、最強にはなれない」 「……確かに」
拳を固く握り、キョウヘイはヒイロに宣言する。 それは彼自身にも言い聞かせるような宣言であった。
「俺たちは最強になる。だから、お前の強さを完膚なきまでに叩き潰す」 「言うね。ビッちゃんは強いよ」
肩をすくめるヒイロ。そのヒイロにキョウヘイは「だからどうした」と吐き捨てた。
アナウンスに従い、入場し持ち場につく二人。
ヒイロは予選からずっと出し続けた丸鼠のポケモン、ビッパを。キョウヘイは、ふくろうポケモンのヨルノズクを出す。
会場に沸くビッパコール。その歓声が、重圧となって、バトルフィールドに降り注ぐ。 プレッシャーをキョウヘイとヨルノズクはものともせずに、ビッパとヒイロを鋭くにらみ続ける。 それは獲物を狩る狩猟者の目だった。 ヒイロも、目を細め、ヨルノズクとキョウヘイのモーションを見逃さない。
試合開始の合図が鳴り響く……だが、両者に動きはなかった。
キョウヘイとヨルノズクが何もしてこない。 ヒイロの構築した戦闘スタイルでは、相手の攻撃をビッパに『まるくなる』で防がせるのが、基本のスタイルであった。要するに、相手の隙をついて、ビッパと息を合わせて“ジャストガード”を狙い堅実に積んでいく。これがヒイロたちのスタイルだった。 今は逆に、ヒイロが隙を伺われている状態だった。
会場全体が息を呑み、静けさに包まれる。 別の意味で張り詰めた緊張の中、キョウヘイが大きくため息を吐いた。 そして彼は指示を出す。 キョウヘイはヨルノズクのニックネームを呼び、指示を出す。
「シナモン、全力で『サイコキネシス』を続けろ」 「『まるくなる』!!!」
『サイコキネシス』の念力を“ジャストガード”で防ぐビッパ。しかし
「ビッちゃん!」
ビッパは念力で宙に浮かされその体を締め付けられていく。 確かにヒイロとビッパはジャストタイミングで攻撃をいなした。 息を合わせて完璧に、防いだ。 だがキョウヘイとヨルノズクの取った手段が容赦なく襲い掛かる。 ジャストガードは、ピッタリのタイミングならどんな攻撃でも防げる。だが、継続した攻撃には、弱い。 それを見破っていたキョウヘイは、ヨルノズクに『サイコキネシス』でビッパを“戦闘不能になるまで”攻撃し続けるという荒業に出た。
「『ころがる』っ」 「どこに転がれる地面がある?」 「…………!」
念力で全身を束縛され、宙に浮かされ攻撃され続けるビッパ。 こうなっては、文字通り手も足も出せない。 けれども、ヒイロはあらがうことを止めなかった。
「『どわすれ』!」
特殊防御を上げる技で対抗するヒイロとビッパ。 『サイコキネシス』が終わるまで削り切られなければ、まだ勝機は残っている。
「わずかに」
ヨルノズクの『サイコキネシス』が終わる――――
「遅かったな、指示が」
――――しかしそれは、ビッパが戦闘不能に陥ったのを見届けたからの技の解除だった……。
決勝進出者は、ビドーとキョウヘイに決定した。 残る試合は、決勝戦のみ。 うごめく影は、まだその姿を見せぬまま。 大会は終わりへと近づいていた。
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(アンタたち。決勝観戦は諦めてそろそろ移動しな)
メイさんからのテレパシーに、不満をこぼすカツミ君とリッカちゃん。 そんな二人に苛立ちつつもメイさんはあたしを責める。
(だって、ハジメの妹マーカーもってないでしょ?) (あ、そうだった!! メイさんありがと教えてくれて!)
メイさんに「迂闊すぎる」と言われぐうの音もでない私を、二人は心配してくれる。いやこれはあたしの落ち度だからね……。 リッカちゃんを連れてきてしまった以上一刻も早く、ここから離れなければ。
(ゴメンね二人とも。そういうことだから)
「リッカちゃん、カツミ君。ハジメさんに会いに行こうか」
そう伝えた後、二人の手を引いてあたしは一足お先に会場を後にした。
(一応、機械の電源入れておこうか、カツミ君)
でも、思えば少し早すぎる行動だった。その行動が裏目にでることを、あたしはこの後知ることになる。
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決勝戦に来た感想はというと、とうとうここまでこられたという感じだった。 最初、大会で優勝を目指してくれと頼まれたときは正直無茶ぶりだと思っていた。 期待もあんまりされていなかっただろうし、自信も無かった。 でもここまで来た。ぶっちゃけ健闘している方だと思う。 ここで負けたら意味はないのかもしれない。水の泡になるのかもしれない。でも俺はこれまでの試合に意味がなかったとは思えない。 特に進化したルカリオの入ったボールを見ながら、強くそう思った。
俺の最後の対戦相手は、キョウヘイという名前のメガネの青年だった。 キョウヘイは、眉間にしわを寄せ、ピリピリしていた。 無言の彼につられて俺も口をつぐむ。 しかし耐え切れず、つい声をかけてしまう。
「よろしくお願いします」 「…………君、名前は」 「ビドー・オリヴィエ。ビドーと呼んでくれ」 「トツカ・キョウヘイだ。キョウヘイでいい。一応よろしく」
ぶっきらぼうなやつだなあと思いつつ、気を引き締めようと息を整える。 そうしたら、今度はキョウヘイの方から話しかけてきた。
「ビドー」 「何だ、キョウヘイ」 「俺は、君に勝つ」
宣言されるとは。しかし、その内容は、微妙に俺だけに向けたものだけではなかった。
「俺は、誰にも負けないくらい強くなる。だから、君にも勝つ」
その言葉を聞き終えた瞬間、思う。 こいつの目は、最強を目指しているやつの目だ。と。 弱さに対する痛みを知っているやつだと思った。 以前、「何のために強くなりたいか」とアキラちゃんに問われたことを思い返す。 その答えの全部を、キョウヘイにぶつける。
「俺もお前に勝ってもっと強くなる。誰にも、何より自分にも負けたくないからな。そしてもう二度と失いたくないし、力になりたい相手がいるから、俺は負けたくない」 「………………俺は」 「え?」 「……なんでもない。おしゃべりはここまでだ」
決勝戦が始まる時間が来る。
「だが、勝たなければ意味がない。結果がすべてだ。結果を出すんだな」 「ああ」
最後にそう短くやり取りをし、俺とキョウヘイはバトルフィールドへ向かった。
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熱気と歓声の中、俺とキョウヘイはそれぞれのポジションにつく。 最初はわずかに眩しいと感じた照明にも目が慣れてくる。 手持ちを出すよう指示する審判の声からも、緊張も伝わってくる。
高鳴る鼓動を抑えつつ、俺はモンスターボールをしっかりと握り、投げる。
「任せた。ルカリオ!!」 「行くぞ、ボーマンダ!!」
俺は先ほど進化したルカリオを、キョウヘイは今回初めて出す、青い胴体に赤く大きな翼の生えたドラゴンポケモン、ボーマンダを出してきた。
ボーマンダの咆哮。威嚇の吠えに俺は少し怯むも、ルカリオは平常心を失わない。 戦いの時のこいつの精神力は、頼もしい。でも、緊張している波導もちゃんと伝わってきている。
(ルカリオ)
波導を介して呼びかける。 一瞬の間のあと、ルカリオが応じる。 その感情には、不安が混じっていた。
(不安か……そうだよな、まだ進化したばっかりだからな……いつもの動きはできないかもしれない。その辺は悪かった。今は、出たとこ勝負しかないな)
文句の代わりに深く息を吐きつつも、仕方ない、とルカリオは俺に了承の頷きを返した。
そしてやってくる試合開始の合図。 今日の最終戦が、始まった……!
「距離を詰めるぞ、ルカリオ!」
先に指示を出したのは俺だった。 ボーマンダに空へ飛ばれたら厄介だと思い、ルカリオに接近戦を持ち掛けさせる。 ルカリオに一瞬だけ左拳を構えさせ、その拳に意識を割かせつつ右拳の『フェイント』攻撃が決まった。 技は成功した。だがボーマンダはものともせずに宙へと羽ばたき舞い上がる……!
「浅いかっ……!」 「フィールドを焼き尽くせ、ボーマンダ!」 「なっ」
ボーマンダから熱気のエネルギーを感じた。その溜められている熱さと強さは……フィールドを覆うと確信できるものだった! 先ほど咆哮を放っていたその口から、とてもデカい火球が放たれる!
「『はっけい』でジャンプして退避っ!」
ルカリオは間一髪ジャンプして空中に逃れるも、フィールドに落ちた火球は大の字に広がり場を引き裂いていた……!
「そのまま上を取れルカリオ!」 「叩き落せ」
細かく『はっけい』で空中ジャンプを繰り返し、ボーマンダの頭上を狙うルカリオ。 しかしボーマンダは、見逃してはくれない。
屋内なのに、強風が流れ始める。 嫌な空気の流れを感じたその直後……暴れる風が、ルカリオを飲み込んだ。
「ルカリオ!?」
ボーマンダが起こした『ぼうふう』にルカリオは捕まり、地面に叩きつけられる。
「大丈夫か?!」 声をかけると、ルカリオはなんとか立ち上がってくれる。 地上にいたら燃えるフィールドの中、空中に持ち込んでも『ぼうふう』から逃れられることができない、か。 だったら。さっき覚えたばかりの技だが、これならどうだっ!
「狙い撃て、」
持てる波導の力を籠め、ルカリオが作るはエネルギーの塊。 初めてにしては、上々だ!
「『はどうだん』!!」
青々とした光弾が放たれ、ボーマンダを追尾するように飛んでいく。 急速ターンし、『はどうだん』を引きはがそうとするボーマンダ。 だがお前の波導は捉えているぞ……!
『はどうだん』はどこまでも曲がり、お前を追い詰める!
「噛み砕け」
静かに出されるキョウヘイの指示。 それは技ではなかった。
ボーマンダが真正面から『はどうだん』に喰らいつき、粉砕する……!
「おいおいマジかよ……!」
そしてボーマンダに、先ほどの『だいもんじ』以上の力が蓄えられた。 やばいと直感がそう判断し、ルカリオにもう一発『はどうだん』を指示する。
しかし、ボーマンダの方が早かった。その攻撃に『はどうだん』は相殺され、止められない……!
「やれ、ボーマンダ!」
『はどうだん』で引き裂かれたその輝く攻撃は、『りゅうせいぐん』となってフィールド全体に降り注ぐ! その数は、数えている暇がない!!
ルカリオの咆哮。意識がルカリオへと戻される。 一瞬だけ目を閉じ、場の状況を、存在を、熱量を肌で感じる。 さっきのハジメとドラピオン戦の『ミサイルばり』みたくかわしきれる、なんてのは無理だとわかっていた。 でもだからこそ。 諦める理由にはならない! ルカリオがまだ、諦めていないからな!!
「ルカリオ!!!」
言葉にすらなってない指示。でもルカリオは俺のやりたいことを把握してくれた。 『りゅうせいぐん』の中心へ、ボーマンダの真下へと駆け抜けるルカリオ。 そこは、一番攻撃が浅い場所!
「耐えろっ!!!」
地面を連続で叩きえぐる音が聞こえる。 凄まじい衝撃派と砂埃が場を埋め尽くす。
「ルカリオ……」
俺の呼びかけに、 俺の最後の指示に、 ルカリオは応えてくれる…… その勇猛な波導で、応えてくれた!!
「いけ――――」
砂埃の中からルカリオが『はっけい』を使い飛び出し、全速でボーマンダの真下に突っ込む。 そして最後の力を振り絞った技を、叩き込めルカリオ!!!
「――――いけ! 『おんがえし』!!!!」
しかし無慈悲にも。その攻撃は入らない。 キョウヘイが鼻で笑う。
「真下をカバーしてないと思ったか? ――――『じしん』!!」
『じしん』。 本来は大地を打ちつけ、その衝撃で攻撃する技だと俺は認識していた。 それをボーマンダが前足でルカリオの体に直接放った。 その攻撃をルカリオが耐えきれるわけもなく。 届かない手のひらをボーマンダへ伸ばし、ルカリオはフィールドへ落ちて背中から落下した。
ジャッジが下されるまでもなく、わかっていた。 ルカリオが戦闘続行できないと、わかっていた。
審判がキョウヘイとボーマンダの勝利を判定。 進行を続ける司会の言葉なんて、頭の中に入ってくるはずもなく。 俺は全速で走ってルカリオのもとへ急いだ。
「ルカリオ……ルカリオ大丈夫か!!」
ルカリオが、目を開く。 意識を取り戻し俺のほほを撫でるルカリオ。 自分のことよりも俺を心配するルカリオに、以前の俺なら何も言えなかったのかもしれない。言わなかったのかもしれない。 でも、今の俺はルカリオに伝えたいことがいっぱいあった。 ごめんとか。お疲れとか。いっぱい。いっぱい。 そして俺は思考の末、感謝を吐き出すことにした。
「よくやった、ありがとうルカリオ」
ルカリオが瞳を潤ませ、さっきほほを撫でてくれた手で自身の顔を覆った。 でもその口元はわずかにほころんでいた。
会場に拍手があふれた。 それは、俺たちにも向けられた拍手だった。
***************************
試合を終え退場すると、治療班のトップのプリムラと彼女の手持ちのハピナスがルカリオを治療してくれた。
「はい、もう大丈夫よ。ビドー君もお疲れ様」 「ありがとうございます。すみません……結局優勝できなくて。隕石手に入れられなくて」 「何を言っているの。それは仕方ないけど、貴方たちはいいバトルをしてこの大会を盛り上げてくれた。私はそれだけでもう十分」
肩を叩かれ、激励される。 なぜかむずがゆさを感じたので、話題をそらす。
「……結局、ヤミナベのやつ隕石奪いに現れなかったな」 「いえ、まだ大会は閉会していないわ。最後まで気を抜いちゃダメ。ほら表彰式、行ってらっしゃい!」
そう促され、元気になったルカリオと、表彰式に赴く。 「最後まで警戒を怠るな」。その一言があるとないとでは、たぶんこの後の状況は変わる。そうこの時俺は思っていた。
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会場に向かう途中、通路でヨアケがクロガネとフランとともにいたのを見かけた。 彼女の手持ちのドーブル、ドルがこちらに気づく。つられて気づいた彼女たちも、俺たちに手を振る。 ルカリオに軽くハグしながら、ヨアケは俺たちを祝ってくれた。
「ビー君! ルカリオ! お疲れ様、準優勝と進化おめでとう!」 「ヨアケ……ありがとう」 「お、なんか今日のビー君は素直だねえ。よろしいよろしい」 「そう言われるとひねくれるぞ」 「ええ、それは困るなあ」
冗談交じりに笑いあうと、「あらあら、仲がよろしいのですね」とフランが茶化す。 クロガネが俺たち二人を交互に見る。誤解されている気がしたので訂正しようとするとヨアケに先を越された。
「ええ、仲の良い友達です!」
……その響きに心地よさを感じてしまうのは、この時は言えなかった。
「そういやクロガネ」 「はい、ビドーさん。なんでしょう」 「お前と戦ったバトルロイヤルで、あの時どうしてカイリキーを助けてくれたんだ?」 「ビドーさんとカイリキーさんが先にサダイジャからコガネをかばってくださったからです」 「……それだけか?」 「それだけです」
そのあと、クロガネはこう続けた。 それは彼の信念のようなものだった。
「ボクは旅をして心身ともに強くなるのが目的なんです。だからこそあそこで受けた借りは返したいと思ったんです。まあ、まだまだ強くはなれてないですが」
謙遜するクロガネに俺は自然と、「いや、十分強いよ、お前は」とこぼしていた。 短く礼を言われた後。アナウンスの誘導が入る。 その声に従いヨアケたちと別れ、俺とルカリオは会場へ入った。
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ビー君を見送った後、デイちゃんから連絡が入る。 私に連絡が入ったということは……私の持っているマーカーが彼女の頼もうとしている要件に一番近い場所にいるということなのだろうか。
『アサヒ。頼みたいことがある』 「何、どこへ向かえばいいデイちゃん」 『照明を管理している上の区画に向かってほしいじゃんよ……色々とカメラをやられたし、かく乱されたがポリゴン2の狙いはそれだと思う! 追って指示は出すから急いでほしい!』 「わかった」
フランさんとクロガネ君に一言断りを入れて私は上り階段を走った。 胸騒ぎがする。嫌な予感しかしない。 高鳴る心臓を抑えつつ、私とドル君はその場所へと向かった。
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表彰台に、ヒイロ、俺、そして優勝者のキョウヘイが立つ。 3位決定戦をハジメが辞退したらしい、ということはその時知った。 主催の自警団<エレメンツ>のリーダー、スオウが大会参加者と観戦に来てくれた客に礼を述べ、ヒイロから順に盾を渡していく。俺に渡したとき、小声で「ありがとな」と言ってくれたものの、どうしても優勝できなかった申し訳なさがやはり勝った。 そして、キョウヘイに一番大きな盾と……優勝賞品の、隕石が贈られる。 キョウヘイはそれらを受け取り、不満そうに一言こぼした。
「ずいぶんと小さい隕石だな」 「悪い。俺らが所持していたのは、これしかないんだ。……?」
スオウが目線を遠くにやる。照明の電源が、外側から順に切れていた。迫りくるカウントダウンのごとく、その暗闇は迫ってくる。 スオウが何か言いかけたその瞬間。
「なんだあいつら?」
そう誰かがつぶやいた声が聞こえた まだ照明が残っているバトルフィールドの中央に、謎のふたりの影がいつの間にか現れていた。 一人は黒スーツを着たフェイスメットを被った男。もう片方は、白い髪が宙にたゆたう影のように黒い姿の……ポケモン?
そのポケモンが、両腕を天へと上げる。 すると空間が。 目の前の世界が“闇”に包まれた。
忘れかけていたそれは、 思い返したくもなかったそれは、 否応なく、やってくる。 それはほんの、ほんの一瞬の出来事だった。
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初めは照明が完全に切れただけだと思った。 けれど、平衡感覚の無くなるこの異常な暗闇は、全身が確かに覚えていた。 誰かが叫んだ声が聞こえた。おそらくは、この“闇”を知っている者の悲鳴。 この空間の中で俺は、誰かに言われた気がした。
『お前は大事な者のことを忘れた』
その声は俺の声をしていた。
「俺は、俺、は……」
今回は誰の手も掴んでいない右手を思わず見下ろした。空だけが掴まれていた。 大事な者の手は、今は誰も掴んでいなかった。
「ははは……」
乾いた笑いがこみあげてくる、それと同時に湧いてきた感情があった。
「ふざけるな…………ふっざけんな!!!!!!」
怒りだった。
俺は、叫んだ。ひとしきり叫んだあと一発空を握った拳で自分の頭を殴った。 そして頭を一回空っぽにしてから、一気に波導を探る。 しかし俺の周りに誰の気配も感じない。 誰の波導も感じない。 手持ちのボールの中のやつらの気配すら、感じない。
「おかしいだろこんなの」
周囲の悲鳴がノイズになっているのに誰の気配も波導も感じない? そんなのおかしいだろ。 これは、現実じゃない。 だとしたら、これは、この“闇”の正体はなんだ……?
一体何が起きている?? みんな、どこにいるんだ……?
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私は間に合わなかった。
「もう真っ暗だ!」 『足元気を付けろ! 端末は壁沿いに右の方にある!』
デイちゃんに誘導してもらいながら落ちた照明の復旧に取り組む。 すぐに照明は復旧した。けれど。
「何……これ」
異様な光景が私の眼下に広がっていた。
『アサヒ! どういう状況になっている! 答えるじゃんよアサヒ!』 「デイちゃん」
私は言葉を選んで、なるべく端的にデイちゃんに状況を伝えた。
「見える限りだと、大勢が寝ている……のかな。動いている人影もちらほら見えるけど……監視塔のトウさんからは、何か聞いていない?」 『それが、さっきから連絡がつかない。発信機がなぜか入り口付近で動かなくなっているのは確認しているが……! こっちでもカメラが徐々に復旧してきているが、他には何か見えないか!?』 「他に……って、あれは」
気が付いたら体が動いていた。デリバードのリバくんをボールから出し、ドルくんとともに照明エリアから会場の中央へ飛んでいた。 発信機から私の動きを察したデイちゃんは、制止させようとする。
『待つじゃんアサヒ! むやみに突っ込むな!』 「ごめん、でもあれは、あのポケモンは……!!」
制止を振り切り、フィールドに降り立つ。 そしてそのポケモンに私は向かい合った。
「なんで貴方がここにいるの? ダークライ!!」
かつて、【新月島】でユウヅキが戦い続けた相手。 ユウヅキが悪夢から自分のルーツを引き出そうとした相手。 その黒い影のあんこくポケモン、ダークライがそこにいた。 それなら、もしかして。
「ちょっと、アイツのこと敵認定できてないよサク様……!」
声の主の方へ振り替えると、大きな帽子をかぶった銀髪ショートの彼女が、その前髪に隠れていない方の赤い目でこちらを見ていた。
「貴方は? それに“サク”って……<ダスク>の中心人物の?」
問いかけに彼女は答えない。辺りを見渡すと、起きていた大勢の人々が、おそらく<ダスク>のメンバーがじっと私の様子を伺っていた。
『アサヒ! カメラが復旧した。こっちから見えているけど一応無事か?! 照明つけてくれたから今援軍向かわせている! 不用意に動くな!』 「……無理だよデイちゃん」 『なんでだ!』 「このまま援軍が来ても、ダークライの技、『ダークホール』に眠らされて全滅だよ。時間を稼ぐから、一か八か廊下にいたフラガンシアさん、フランさんを連れてきてほしい」 『それは!』
扉が開け放たれる音、そこから先陣を切って入ってきたのは。 ラフレシアのフロルとそのトレーナーの、待ち望んでいた緑のスカートのお姉さん。 フラガンシア・セゾンフィールドさんその人だった!
「フランさん!!」 「お待たせしましたアサヒ。フロル、『アロマセラピー』……!」 『つまりは、もう頼んでいるってことじゃんよ!! 空調調整セット完了!』
味方全体の状態異常を治す『アロマセラピー』が空調の風に乗って会場全体に行きわたり、眠っていた人々とポケモンたちが次々と目を覚ましていく。 そして起きた彼らは……パニックになる。 会場が混乱に包まれる。それは『アロマセラピー』で落ち着けさせるには、難しいレベルまでの騒ぎへと発展していった。 そんな中、フランさんの背後から小柄な影が通り過ぎる。 手すりを踏み台に飛び降りたソテツ師匠は、ダークライに向かってフシギバナを繰り出した。
「フシギバナ! そいつを捕まえろ!!!!」
フシギバナの『つるのムチ』がダークライを縛り上げる。 続いて入ってきたガーちゃんとクロガネ君、そしてプリ姉御たち治療班のメンバーが会場の人々を落ち着かせようと呼びかけていく。
周囲を探す。銀髪の彼女は見当たらない。 起き上がり始めつつある表彰台の人たち、その中にはスオウ王子と、ビー君の姿も。 目覚めたスオウ王子が、アシレーヌを出す。アシレーヌの『ミストフィールド』と王子の呼びかけでさらに混乱した心を静めさせようと働きかける。
「ビー君!!」
動いていいとは言われてないけど、私は意識を取り戻したビー君に駆け寄っていた。
「ヨアケ……寝ていたのか、俺は」 「そうだよ。ダークライの『ダークホール』で眠らされていたんだよ……!」 「それが、“闇”の正体ってわけか。寝ていたら波導も感知できないよなそりゃ。ルカリオたちは……無事だ。よかった……」
ボールを見て心底安堵するビー君。私から見えていなかっただけで、ビー君は“闇隠し事件”と同じ“闇”という名の“悪夢”に囚われていたと言った。 そして、それを引き起こしたのは、ダークライとサク率いる<ダスク>。
人ごみに紛れ、ダークライにとフシギバナの間にけむりだまを投げ込んだ人物がいた。
「逃がすかあっ!!!」
ソテツ師匠が感情をあらわにする。しかし煙が晴れるとダークライの姿はそこにはなかった。
「デイジー!! オイラの発信機の位置を探せ!!!」
そう叫ぶや否やソテツ師匠はフシギバナをボールにしまい、携帯端末でデイちゃんから送られてきた何かを見ながら会場外へ一目散に走っていく。 戸惑う私にデイちゃんからの回線。
『ソテツは自分の発信機をフシギバナの蔓でダークライにつけさせ、その信号を今追っている。こっちは混乱を静めるので手一杯だ! そっちにも信号送るからビドーと一緒にソテツのサポート頼むじゃんアサヒ!』 「! わかったデイちゃん! ビー君立てる?」 「通信機ないからよくわかんねーけど、たぶんソテツを追えばいいんだろ! 俺は行ける!」 「よし、じゃあ行くよ!」
私はビー君の手を取り立ち上がらせる。 ソテツ師匠の通ったであろう道を、私たちは追い始めた。
***************************
リバくんとドルくんを並走させ、私とビー君は会場から離れていく信号を追いかけるために、選手入場口を逆走し入り口に向かう。 入り口っていうと、確かトウさんの信号が動かなくなった場所だ。 トウさんと連絡がつかないのはどうしてだろう?
その疑問は、入り口についた時点で、半分解決する。
「…………!」
入り口で、トウさんは壁を背にして座り込んでいた。意識があるがうなされている。その傍らに座っていた人物は、肩を震わせ愕然としている。 私たちが駆け寄るのに気付いたその人物は……ココさんは青白い顔でこちらを見上げた。
「どうしたの、ココさん」
たぶん、ソテツ師匠は信号を追うためにココさんとトウさんをスルーしたのだと悟った。
「トウさんは、大丈夫?」 「わからない……助けて……!」
迷いなく応急手当をしようとする私を横目にビー君がココさんに質問する。
「ココチヨさん、リッカとカツミとコックはどうした?」 「みんなは……ハジメさんと一緒よ」 「そうか。ココチヨさん、あんたハジメの仲間なんだな」
ココさんが、<ダスク>の一員? 驚く私をよそにビー君は首を横に振るココさんに詰め寄る。
「じゃあ、どうしてあんたから波導が感じられないんだ?」 「それは……!」 「波導を消す何か、使っていたんだろ! あんたら、何をしているのかわかっているのか。皆を煽るだけ煽って、混乱を招いて、トラウマ掘り起こして、そこまでして何がしたいんだ!?」 「そんなつもりじゃなかったの!!」
ココさんは言い訳を並べていく。でも次第にそれは懺悔へと変わっていった。
「あたしたちは波導を消す機械とマーカーをつけて潜入していた。サクはそれを使って敵と味方を認識するつもりだった。そして目くらましと忠告だけさせる予定だった。「あの事件を忘れるな」って。リッカちゃんは今日私たちのことを知ったから知らなかったし持っていなかった……リッカちゃんを連れて先に会場から離れようとしたら、なぜかトウが現れて……! それで、あたしは……リッカちゃんたちをハジメさんのところに先行させて……でもあたし何もしていないのに、トウが倒れて!!」
慟哭するココさんにビー君は逆に冷静になる。
「本当は、<エレメンツ>で無理をし続けているトウを守りたいだけだったのに、なんで、なんでこんな……!」
トウさんの容態を見る。呼吸はしているものの、その息遣いは荒く、苦しそうだ。
「……トウさんは、人ごみを波導が消えた人とリッカちゃんが一緒に歩くのを視たんだろうね。それで、心配になって追いかけて……ココさんに遭遇してしまった」 「そうよ、あたしが<ダスク>だと感づかれたと思って……どうしようと思っていたら急に……!」 「トウさん、ココさんの名前を呼んだ?」 「ええ……」 「その時目隠しは」 「していたわ」 「じゃあ、ココさんも心配して声掛けに来たんだと思うよトウさんは。波導を消す機械で隠れていても、ちゃんとココさんだってわかって事情を聴こうとしたんだよ」 「その通りだ……」
トウさんが声を発する。
「リッカが消えた波導の持ち主と一緒に行動しているのを見て。俺は真っ先にココを探した。ココを探すために、会場中の波導を探知しようとした。まさか隠れていた波導のほうだとは。気づくまで時間がかかってしまった……」 「じゃあ、心当たりはココさんの言っていたそれしかない。気づいているでしょ、お願いビー君!」
ビー君は私の要求に迷わず従い、ルカリオを出す。 それから彼は、ルカリオと一緒にトウさんに手を当て始めた。
「トウギリの波導が弱まっている理由に確証が持てなかった。困っているのに責めて悪かったココチヨさん」 「ビドー……さん?」 「あんたの心配は正しかった。トウギリは波導を使いすぎて倒れたんだ。結晶化まではいっていないけど、さっきのは特に負担がデカかったんだろう。気づけなくて、すまん。絶対に……絶対に助けるから安心してほしい」
そうココチヨさん言うとビー君は「習ってない範囲だけど見様見真似でやるしかねえだろ」と波導をトウさんに分け始める。 それから彼は私だけでもソテツ師匠を追うように促す。
「気をつけろよ、ヨアケ」 「ここは任せたよ、ビー君」 「待ってアサヒさん!!」
ソテツ師匠を探しに行こうとする私に、ココさんが予想外のことを言う。
「アサヒさん、あたしたちの今回の一番の目的は、隕石じゃなくてソテツさんなの……気を付けて!」
それは<ダスク>の大事な情報だったのだと思う。 ココさんはそれでも私に伝えてくれた。協力してくれた。 その一言だけ聞いて、私はみんなを置いて、追跡を続けた。 外は、激しい雨が降っていた。
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「天気予報では晴れるって言っていたのに! なんでこんな土砂降りなの!!」
豪雨の中私はドルくんをボールにしまって、リバくんに乗って空を飛んでソテツ師匠たちを追いかける。森を抜けていく途中、発信機の反応が消えた。たぶん気づかれて壊されたの だと思う。 悪天候と通信距離が遠すぎてデイちゃんとの連絡も取れなくなる中、その反応が消えた地点に降り立つ。するとその一帯の地形が変化していた。たぶんその爪痕はソテツ師匠が刻み付けたものと、相手のダークライが刻み付けたものだと思った。 根こそぎなぎ倒されている木々を見て、ソテツ師匠たちがいつになく気が立っているのがわかった。 少なくとも冷静な戦い方ではなかった。
「ソテツ師匠……無事でいて……!」
攻撃痕を追っていく。しかしもう彼らが戦いあっている音は聞こえない。 決着がついているのだろうか? 不安を押し殺して私は前へと進む。
そして、崖際で倒れているソテツ師匠を発見する。
「ソテツ師匠っ」
泥まみれのソテツ師匠の軽い体を抱え、容態を見る。 あちこちに打撲と切り傷があった。だいぶ衰弱しているようにも見える。 師匠の手持ちは全部ボールの中でぐったりしているのが見える。ボールの中に入れることで守っているのだろう。 急がなきゃ、急がなきゃ、急がないと!
「アサヒ、ちゃん……」 「師匠しゃべらないでください、今リバくんに応援呼んでもらいますから……?」
私の腕をつかみ、拒むソテツ師匠。 リバくんを困惑させる師匠を私は叱りつける。
「何見栄張っているんですか!! このままじゃ大変なことになってしまいますよ!!」 「いいんだアサヒちゃん」 「よくない!!!!」
それでも師匠は拒み続ける。いい加減我慢の限界に近づいた私はリバくんを行かせた。
「アサヒちゃん」 「ダメです、後で聞きます」 「今じゃなきゃ、ダメだ」 「ダメですったら!」 「ヤミナベ・ユウヅキのことだ」
師匠が何を焦っているのか、その時察してしまう。 でも、今その名前を出すのは、あんまりだ。
「近いうち、彼から君に接触がある。その機会を、逃すな」 「なんで、そんなこと今無理して伝えるんです!!」 「嫌がらせだ、いつもの、ね……」 「ひどいよ」 「ゴメン。あとアサヒちゃん」
やめてと言ってもソテツ師匠は言葉を発するのをやめなかった。 すべて出し切る勢いで、あの見栄っ張りなソテツ師匠は。私に。
謝った。
「オイラの変な教えで笑いにくくさせてしまってすまなかった。本当に笑えなくなったら、どうしようもない。だから、こんな教えなんて忘れて、好きな時に好きなように笑ってくれ。オイラはもう――――アサヒちゃんの師匠じゃないんだから……もういいよ」
その言葉が、この時聞いた最後の言葉となった。 私の体が何かによって弾き飛ばされる。師匠から引きはがされる。 次に見た光景は、見覚えのある彼の、ユウヅキのサーナイトがソテツ師匠を『サイコキネシス』で持ち上げていた光景だった。 サーナイトはこちらを一瞥し……ソテツ師匠を……崖下へと投げた。
「!!!!!! ソテツししょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
自分で出したことのない声が腹の中から出る。急いで崖下をのぞき込む。 その下は濁流流れる河川で、どう考えても助からない流れで。
迷いなく飛び込もうとする私を誰かが羽交い絞めにした。 そのまま誰かに抱き締められる。 そのぬくもりと、懐かしいにおいに包まれ、急に意識が遠のく。 それがサーナイトの『さいみんじゅつ』であることはすぐに理解した。
いつの日かも、こうして薄れゆく意識の中で、貴方は私に謝っていたよね。
「すまないアサヒ」
そして貴方はまだ帰ってこないんでしょ?
「ひどいよ、ユウヅキ」
どうして。どうして?
どうしてこんなことになってしまったの?
そして意識は、闇の中へと引きずり込まれていった。
……気が付いた時には、雨は嘘のように上がっていて、宵闇の赤い太陽が私を照らしていた。 私から大事なものを奪ったその光景が、悲しくてたまらなかった。
しばらくしてビー君がリバくんと一緒に、やってくる。 ボロボロで立てない私を、彼は何も聞かずにおぶった。 しばらく頑張ってくれたけど無理だったので、途中からはカイリキーに代わりに運んでもらった。
断片は急いで伝えたけど、私がようやくまともに師匠のことを話せるようになったのは、それから半日後のことだった。 アキラ君から私を心配するメールが何通か来ていたけど、まだ返せていない。 ユウヅキのことは、まだ誰にも、ビー君にも話せていない。
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【スバルポケモン研究センター】
携帯端末でビドーの試合を観戦していたアサヒの旧友の青年、アキラは、表彰式の最中からつながらなくなった中継を見て、そこに居るであろうアサヒの安否を心配してメールを何通か送っていた。
しかし、返信は夜深くになっても返って来ない。 ただ事じゃないことが起こっている。 直接アサヒのもとへ行くべきだと判断したアキラは、研究センターの入り口から入ってくる合羽姿のレインとその手持ちのドラゴンポケモン、カイリューとぶつかる。
「おやアキラ氏。こんな夜更けにどちらへ?」 「レイン所長こそ、こんな夜まで、どこに行かれていたのですか。夕方土砂降りだったみたいですが」 「ちょっと雨を降らせに行っていました」 「……そこは雨に降られに、でしょう。ちょっと連絡つかないんでアサヒのもとに行ってきます」 「それは……お気をつけて」
一刻も早く向かわねば。と焦るもアキラの目の前に、落ちたレインの携帯端末が。
「レイン所長、落としましたよ……?」
マナー違反だと思っていてもアキラの視線は思わず起動している画面に行ってしまう。 そこには携帯端末の中で眠るポリゴン2の姿があった。
「アキラ氏。ちょっと行く前に私の部屋に寄ってください」
背後に、レインの存在を感じるアキラ。
「これは、所長命令です」
アキラが振り向くと、レインはいつものように笑いながら、
彼の腕を掴んでいた。
つづく
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