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  [No.1721] 第二十二話 零れた時の欠片を集めに 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/09/20(Tue) 20:49:43   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




【ドリームワールド】へ行く準備と言っても、やれることは少なかった。
レインの指示通り【スバルポケモン研究センター】までやって来きた俺たちは、事前に話を聞いていたアキラ君に地下エリアに通される。

「……まったく、君たちはお人好しなんだから」
「俺はヨアケ程じゃねえよ……でも、頼まれたからには望みを叶えてやりたいんだ。今できるのは、それぐらいだからな」
「今はそうだとしても、後に差し支えるようなことにはなるなよ……ちゃんと帰って来い、全員で」
「ああ……わかっている」

アキラ君の念押しに、しっかりと応じ地下エリアの奥へと進んで行った。
サモンの残りの手持ち、ジュナイパーのヴァレリオとファイアローのロゼッタ、ヨワシのフィーア、そしてガラガラのコクウは、アプリコットが一旦預かることになる。
鋭気を養ってからは、ただただ作戦決行の時間を待つだけだった。

キョウヘイが黙っているから、俺とアプリコットも口数は減っていた。
書庫エリアにて待っていると、自然と色んなものが目に付く。
アプリコットと一緒に見つけた写真に写った、小さいころのレインと一緒に映っているムラクモ・スバル博士は、話に聞いていた通りヤミナベの面影があった。

「スバル博士、目覚めるといいね……」

彼女からレインがかつて大きな葛藤を抱いていたことを聞かされる。
スバル博士はいまだに目覚めていない。でもレインは目覚めを待ち続けるのだろう。
レインが選んだこととはいえ、それは、本当に覚悟と根気のいることだと思った。
思わず、ラルトスのボールを手に取り、考える。
もしかしたら、俺たちは8年で済んだ方なのかもしれない……と。

「なあ、アプリコット」
「どうしたの、ビドー?」
「俺が……もしラルトスを取り戻せていないままで、ヨアケと出逢っていなかったら……クロイゼルみたいに過去ばかりに執着していたんだろうか」
「それは……どうなんだろう? でも、クロイゼルも少しずつ未来を見るようになると思うよ。だったらビドーもいずれは前を向けていたんじゃないかな」
「前、か……」
「あたしも親と一緒にしたいこといっぱいあるしね。急に変わるのはちょっと怖いのもあるけど、これからのことを考えられるって、悪いことではないとは思う」
「そう、だな。俺もラルトスともだが、他にもやりたいこと、ぼんやりと浮かんでいる」

まだ、誰にも言えていないことだけど、なんとなくビジョンは浮かんでいた。
でもその隣にはきっともう……ヨアケはいないのかもしれない。
仕方のないこととはいえ、それが何故だか心にぽっかりと穴が空くような気がした。

若干センチメンタルになっていると、アプリコットに励まされる。

「でもビドーはアサヒお姉さんと出逢って変わったよ。それはあたしが保証する。だから、サモンさん助けて帰って来て、ふたりの力になろう?」
「そうだったな。これからのことも大事だが、今は目の前のことだな」

彼女の言葉に現実に引き戻してもらい、気を引き締め、ただその時を待った。
そして、夜が訪れる。


***************************


レインがカイリューに抱えられた少女の姿のサモンとゾロアと共に、地下に降りてきた。
連れ出すのを有言実行したレインの、意地でも記憶を取り戻すという本気が伺える。

「…………っ!」

サモンはキョウヘイを見るなり、カイリューの後ろに隠れ怯えた。
恐る恐るこちらを覗き見る彼女を、キョウヘイは黙って半ば睨むように見つめる。ゾロアはそんなふたりを交互に見比べていた。
埒が明かないので、レインがフォローに入る。

「大丈夫ですよ、サモンさん。彼は貴方の味方です」
「……本当に?」
「ええ。私も彼も、ここに居る皆も、クロイゼルに頼まれてここに居るんです」

疑わしそうに見上げるサモンに、キョウヘイはぶっきらぼうに肯定する。
俺とアプリコットも頷いて少しでも彼女の不安を取り除こうとした。
……だが、やはり全部はどうしても難しかった。

「わたしとこの子は……これからどうなるの?」

それは、もっともな心配だった。
この少女にしてみたら、突然見知らぬ場所で捕まり、閉じ込められたと思えば今度は連れ出されていることになる。
不安になるなという方が、無理な話だった。

どうしたものか、と悩む俺たちをよそに、彼はサモンに歩み寄り、屈んで目線を合わせる。
キョウヘイは、サモンの瞳をじっと見つめて、彼にしては珍しく優しい声色で話しかけた。

「君は今、記憶を……思い出を失っているんだ。それを少し取り戻しに行くだけだ」

――――事前のレインの説明だと、夢の中は記憶を元にして作られるという説がある。
サモンたちの記憶が残っているとしたら、【ドリームワールド】と繋がっていた深層心理のどこかだと彼は言っていた。

「……思い出したら、今のわたしはどうなっちゃうの?」
「分からない。でも、クロイゼルも君に思い出を忘れられてしまってショックを受けているはずだ」
「それは……嫌だな。それだったら思い出しても……いい」
「助かる」

僅かに落ち着きかけた少女にキョウヘイは、俺を一瞥して「ちなみに君は彼のバイクを壊したんだ。それも思い出さないとな」と意地の悪いことを言った。
じ、事実だけど今それ言うか……? と狼狽えていると、サモンが顔を青白くさせて謝る。
若干白けた目線のアプリコットにメンタルダメージを喰らいつつ、「今はその問題は置いておくぞ!」と無理やり話題を戻した。
ヘッドギアのような装置を取り出していたレインが、俺たちに通告する。

「さて、そろそろ準備に取り掛かりますよ。タイムリミットはあまりないと思ってください」

ここが見つかるまでどのくらいかかるか分からない。
それまでにサモンの記憶を取り戻すことが出来るかどうか……やってみなくては分からなかった。
台座の上に横たえられたサモンとゾロアを背に、Cギアという機械を繋いだヘッドギアを付けた俺とアプリコットとキョウヘイは囲むように座り込む。それぞれのポケモンの入ったモンスターボールもセットして、準備は整う。
出発する前に、サモンが一言俺たちに尋ねる。

「あの、忘れているのなら、ゴメンなさい。あなたたちのお名前、聞いてもいい?」
「! 名乗るのが遅れてゴメンね、あたしはアプリコットだよ」
「俺はビドー。一応よろしく」
「レインです。以後お見知りおきを」
「……キョウヘイだ」
「アプリコット、ビドー、レイン、キョウヘイ……わたしはサモン。その、よろしくお願いします」

各々返事をした後、レインの合図で機械が作動する。
急に眠気が襲ってきて、遠のく意識の中、機械を操作するために残るレインの言葉がかすかに聞こえた。

「――――ドリームシンク、起動完了。皆さん、どうかお気をつけて……!」

そうして、俺たちはサモンとゾロアの【ドリームワールド】へと旅立っていった


***************************


閉ざされた意識の中を、声が巡っていく。


        *

“顔色を窺っているわけではないけれど”
“どこに行っても本当のことは話せない”
“やがて何を言いたいか分からなくなり”
“当たり障りのないことばかり口にして”
“そしてだんだん自分が無くなっていく”
“彼らの言う全員の中からいつも外れて”
“独りが好きだって言い誤魔化していた”

“生きていることにはとても疲れていた”

        *


目覚めると、いや夢の中だから正確には明晰夢になると、そこはいきなり水中だった。

「――――!!??」
「大丈夫ビドー? ここ、息は出来るみたいだよ……!」

じたばたともがこうとした俺にアプリコットが慌てて呼びかける。
半信半疑で息を吸ってみる……吸えた。

「びっくりした……しっかしなんでまたいきなり水中なんだよ……」
「溺れかけでもしたのかな。ほら……ここ暗いけど海の中だよ。上に海面が見える」
「夜の海に溺れかけるって、結構あれだぞ……」

あまり察したくない事情がありそうだ。夢の中ならもっと自由に動けるのかもしれないが、後ろ向きの感情に引きずられるように沈んでいく。そのまま海底に着地し、遠い水面を見上げる。
隣のアプリコットを見ると、彼女もこの場に沈殿する負の感情に当てられているようだった。

(まずいな……なんとかして抜け出さないと……)

彼女の手を引っ張り、水を蹴り水面を目指す。するとダイブボールのモンスターボールが自発的に開き、中からヨワシのフィーアが現れる。
フィーアは、『ぎょぐん』を瞬時に展開し、俺とアプリコットをその群れに巻き込んだ。
そしてそのまま一気に海から飛び出す。俺たちを庇うように砂浜に身体を打ちつけ、『ぎょぐん』は霧散した。
ぴちぴちとはねている本体のフィーアをアプリコットは感謝を伝え、ダイブボールにしまった。

……さっきもだが、頭の中で言葉が反響していく感覚がする。


        *

“流石に見過ごせないことに遭遇した時”
“表立って反対する勇気を持てずにいた”
“それでも納得できない感情は変わらず”
“根回しかもしれないけれど色々暗躍し”
“気が付けば周りに気の許せる者が減り”
“結局止められることが出来ずに終わる”
“手痛い失敗を重ねても繰り返し続けた”

“意見を言えば何か変われたのだろうか”

        *


追憶、というよりは仄暗い感情の渦。言うなれば悔恨だろうか……。
巡り廻るその想いは、この世界そのものにバラバラになって溶け込んでいるように思えた。

夜空はどんより曇っていたが、雲は地上の砂浜より先の陸地……森を燃やす炎の赤に照らされていた。
熱さは感じないけど、燃え上がる感情が炎の渦となって火の粉を散らしていた。
今度はファイアロー、ロゼッタがボールから出てくる。
激情の炎をものともせず、案内を申し出るロゼッタ。「何があるか分からない。離すなよ」と言いながらアプリコットの手を再度握り直し、劫火の森を駆け抜ける。

パチパチと音を立て焼ける枝に交じって、誰宛かわからないメッセージは続いて行く。


        *

“こんな自分に未練はないと思っていた”
“けれどかすかに残った心残りはあった”
“心配のふりをして半ばすがりに行った”
“そんな彼から協力を求められた時には”
“このために今生きているんだって思い”
“自身に酔わねばやっていられなかった”
“とても自己中心的な考えだと反省する”

“一度でいいから他者を想って動きたい”

        *

ここでこの諦観と羨望が、本来の彼女が抱いているものだと気づく。
レインとクロイゼルの推察は外れてはいなかった。

突っ切った先は、突風が吹き荒れる高台だった。その風音は何か悲しい声のように聞こえてくる。
風に飛ばされてしまう前に礼を言い、彼女はロゼッタをボールにしまう。
握り返す力を強くしながら、アプリコットは呟く。

「さっきからろくな場所がないね、夢の中なのに……聞こえてくる声も、とても後ろ向き」
「お前にも聞こえていたか。確かに同感だ……けれど」
「けれど?」
「いや、それほどまでに追い詰められていたんだろうなって。アイツらも」
「……そうかもね」

今度はジュナイパー、ヴァレリオが風の抜け道を示して矢で目印を立ててくれる。
暴風を避け着実に奥へ、上へと進んで行く。すると高台の上に広間と呼べそうな大地があった。

いっそう強い感情が、降り注いでくる。もうそこまで近づいているのかもしれない。


        *

“執着に焦がれた慣れの果てに待つもの”
“はたして求めていた物は得られたのか”
“それともすべてを失ってしまったのか”
“今となってはもう何もわかりはしない”
“彼がどうなったのかが気がかりである”
“でももう自分自身でどうしようもない”
“それが解っているのに不思議な感覚だ”

“まだ帰りたいと思える場所があるとは”





“昔だったらこう望むことなんてなかったのに”
“今更だからこそ思うのだろうか”
“いや……違う”
“きっと隣に帰って来いと言ってくれたからだ”
“だからボクは帰りたいと思えたんだ”
“どうすればいいのだろう”
“どうしたら今のボクはキミのところへ帰れるんだろう”

“……帰りたいよ、キョウヘイ”

        *


(――――わかっている。とっととこの迷子、連れて帰らねえとな……!)

辿り着いたのは天上から雷が頻繁に落ちている場所だった。ヴァレリオと交代するように、預かっている最後のサモンの手持ち、ガラガラのコクウが骨の『ひらいしん』でその雷を引き寄せる。

引きつけてくれているおかげで、やっと目を凝らすことが出来るまでになる。
――――雷雨の中で、誰かが戦っていた。

枯れた大樹に向かって、そのポケモントレーナー、キョウヘイは屈強なポケモン、ローブシンにひたすら技を指示して放たせている。
だが大樹の前に立ち塞がる影があった。

(この波導は……!)

その黒い影は、ローブシンと同じ形をして大樹を守っていた。
キョウヘイのローブシンの攻撃は、すべてその影に阻まれていた。
その影の後ろに見覚えのない少女の影がある。その少女から、アイツの波導が感じ取れた。

「ゾロア……いやこいつは、ゾロアークのヤミだ……!」
「……だろうな。そしてヤミの幻影は、まだこんなものじゃない」

キョウヘイの言葉に反応してか、影の少女を中心にぼこぼこと黒い気泡を上げて、配下のポケモンとトレーナーのシルエットを出してくる。

「あれ、あたしとライカが居る?!」
「俺とルカリオも、だな……」

つられて俺はルカリオを、アプリコットもライチュウのライカを出す。
二体とも面食らっていたが、すぐに戦闘態勢へと移った。
襲い掛かって来るシルエットの相手をしながら、俺はゾロアークの説得を試みてみる。

「サモンは帰りたがっている! なんで邪魔をするんだ、ヤミ……!」

しかし帰って来るのは襲撃のみ。どうやら話を聞く気はなさそうだ。

「…………もしかして、守っているのかな」
「俺たちから、か? アプリコット」
「それだけじゃないよ、ビドー。サモンさんたちに牙を剥く大勢の居る……世界からだよ」

幻影たちの攻撃が苛烈になってきた。それは連れ戻そうとしている俺たちに抵抗しているようにも見えた。
ルカリオの『はどうだん』も、ライカの『10まんボルト』も、命中しても当たっている感触がまったくしない。
先に長く戦い続けているキョウヘイが、戦い始めたばかりの俺たちに忠告をした。

「幻影だからいくら攻撃しても無意味だ。が、心が折れたら一気に持っていかれる……!」
「そう、かな……いや、無意味じゃないよ、キョウヘイさん!」
「どこがだ」
「ようは、根競べでしょ? 想いの強い方がここでは強いってことだと思う」
「……想いの強さ、か……」

アプリコットの言い分は的得ていると俺も思った。
だからこそこのゾロアーク、ヤミの想いの強さが、理解できてしまった。

「ヤミ、お前……サモンにこれ以上傷ついてほしくないんだな」

影の少女は怒りの唸り声をあげ、いっそう反発する。
それは、強く、重い肯定だった。

現実世界に戻ったら、きっと彼女はまた傷つく。
だったらいっそこのまま帰らない方が良い……。
夢の果ての世界まで道を共にしたヤミだからこそ、抱いた感情だったのだろう。
彼女に寄り添おうと思ったヤミだからこそ、彼女を、サモンをこの世界に繋ぎとめているのかもしれない。

確かにそれならもう、新たに傷つかなくて済むのかもしれない。けれど、だけど……!

「でもダメだろ! 過去にずっと縛られたまま、前に進むことを拒んじゃ、なんかダメだろ……!」

声を上げる俺に、アプリコットを始めとした全員が振り向く。
互いの攻撃の手がわずかに緩む。腰のモンスターボールが一つ、大きく揺れる。

「そのままじゃ、ずっと安息なんて訪れない! 過去に囚われたままじゃ未来なんて、掴めない! 解るだろ、ヤミ……! サモン……!」

影の少女の幻影が剥がれ落ち、ゾロアーク、ヤミ自身が俺に襲い掛かって来る。

「――――ラルトス!!」

俺は揺れ動くラルトスのモンスターボールを解き放ち、『テレポート』で一緒にゾロアークから距離を取る。
ルカリオがヤミとラルトスの間に割って入る。すかさずヤミがルカリオのシルエットをけしかけた。
シルエットの一撃が、ルカリオに振り下ろされそうになる。
ラルトスの放った『ねんりき』が、その振りかぶった腕を受け止めた。
鍔迫り合いにもつれ込み、重い想いの一撃に押しつぶされそうになる。
踏ん張るラルトスの背に、俺の力を、波導を重ねた……!

気持ちに呼応するように、感情へ反応するように、ラルトスの身体が光り輝く。

「たとえ傷ついても! 嫌なことがあっても! それでも……俺たちは生きて踏ん張るんだ!! きっといいこともあるって信じて……じゃなきゃ、やっていられないだろ!?」

光が弾け、ラルトスはキルリアの姿に進化する。キルリアが小さく強く笑い、俺の胸元のチョーカーに埋め込まれた『めざめいし』に触れた。

「ああ、そうだな。行くぞ、ラルトス……キルリア……そして、」

さらなる光に包まれるキルリア。その両腕に深緑の刃を携えた姿へと進化した――――

「エルレイド! 未来を切り拓くぞ……!!」

俺の声にエルレイドが雄叫びを上げて返事をする。
そして刃をもってして相手のルカリオのシルエットへと立ち向かっていった。


***************************


ビドーのエルレイドが快刀乱麻の如く、影を切り伏せていく。
その無双ぶりに、ふと疑問に思う。

(ビドーのエルレイドだけが、コピーされていない?)

ルカリオやローブシン、あたしのライチュウ、ライカにサモンさんのガラガラのコクウの影ですら生み出されているのに、なんでエルレイドは……?

「あ、そっか……この影って、サモンさんやヤミから見た、あたしたちのことなんだ……」

ヤミたちにとって、それほどまでにあたしたちは強く思われていたってことでもあったんだ。
そして知らないものはとっさに再現できないってことか……なら、あの子なら……?
現状打開の一手になるように、祈りながらボールを高く放り投げる。
ボールから現れ、重い着地音を立てるのはシロデスナ。

「シロデスナ! お願い!!」

色々あったけど、結局そのまま預かることになったこの子との初めてのバトル。ここはビドーたちのサポートに専念しよう……!

「捕らえるよ、シロデスナ……『すなじごく』!」

狙うは影軍団の奥に隠れたゾロアーク、ヤミの視界を塞ぐこと。
幻影を動かしているヤミ自身が、あたしたちの姿を捉えられなかったら、もしかしたらとまるごと動きを封じられるかもしれない。

(そうしたら…………そうしたら?)

先のことを考えかけて、疑問に突き当たる。
エルレイドやシロデスナを起点に優勢になれそうだからって、本当にこのままバトルの決着をつけていいの?
……その問題に気づいたのはあたしだけじゃなくて、彼らもまた、勝敗がゴールじゃないことに気づいていた。

『すなじごく』に捕らえられたヤミと、あたしたちの間に、ガラガラのコクウを始めとして、ボールからサモンさんのポケモンたちが飛び出てくる。
ヨワシのフィーアも、ファイアローのロゼッタも、ジュナイパーのヴァレリオもみんな一様にしてあたしたちからヤミを庇うように訴えかける。
ビドーのルカリオとエルレイドと、あたしのライチュウ、ライカは彼らと口論になっていた。

あたしも、びっくりして技を解いたシロデスナも、ビドーもヒートアップするポケモンたちを止められないでいたその時、

地響きが辺り一帯に響き渡った。

その場にいた者は、意識と視線をその轟音に持っていかれる。
その雷と錯覚しそうなほどの大音量は、両者の間ど真ん中の地面に、キョウヘイさんのローブシンが『ばかぢから』を叩き込んだ音だった

「全員、そこまでにしてくれ……サモン、君もいい加減出てこい」

そう彼女に呼びかける彼の視線の先にあるのは、枯れた大樹。
その木の洞に……光の残滓が残っていた。
形無きその光の欠片には、言われてみれば確かにサモンさんの面影があった。


***************************


……。
…………。
……………………はぁ。

見つかっているのは分かっていたけれど、いざ視線を集められると、気まずさは半端ない。
視線を伏せようにも目の前にいる彼に、半ば叱られるように見つめられて逸らせなかった。
……そもそも、こんな赤裸々暴露空間に大勢で踏み込まれて、さらにヤミと諍いまくっていて、隠れるなって方が無茶ぶりというか……出ていきにくいというか……もう少しぐらい隠れさせてほしかった。

……まあ、帰りたいのと、その方法が分からないのは、確かなんだけど。
今だって、声に出して返事すら返せないのが現状だ。
反応が返せなくても、それでも彼は語りかけ続ける。
キョウヘイはボクに話しかけ続けてくれる。

「クロイゼルは無事だ。もっとも君が庇う必要はなかった。あの処刑はクロイゼルを怪人からただの人に戻すためのものだった。それに君は自分から巻き込まれたんだ。彼はまだ簡単には死なないから安心しろ」

うわ……クロイゼル無事なのは良かったけど、滅茶苦茶恥ずかしい……情けなさで心折れそうだ。
それで、こんなところまで来たのか……なんだかいたたまれないというか、申し訳なくもなって来る。

でも、クロイゼルが普通の寿命になれたのは、呼ばれ方はどうあれ怪人じゃなくなったのは本当に良かった。
怪人のまま討伐されなくて、本当に、本当に……良かった。
たとえ、ボクとヤミの行為が無駄だったとしても、それだけは……報われる。

感傷に浸っていると、アプリコットが一歩前へ寄ってきて、ライチュウとシロデスナと共に何故かボクらのあの城壁の上での訴えを肯定してくれた。

「色々あったけど……あの時の怪人じゃないって叫んだサモンさんたちの行動、あたしは無駄にしたくない」

どうして? そう思うと、彼女は決意の眼差しでこう口にする。

「クロイゼルは怪人じゃない。ただの友達のマナが好きすぎて世間を騒がせたひとりだよ」

同感だけど……そんな簡単な言葉で括っていいのかな……字面的にあれというか……。
クロイゼルを「ただの人」と言い切ってから視線をわずかに下に向けて、アプリコットはライカの手のひらを握りしめる。

「確かにあたしは……みんなを信じていた。サモンさんの言葉に納得いっていなかった。でも、全部納得したわけじゃあないけど……見ず知らずの赤の他人まで、信じたいとは今は思えない」

……全部納得しなくてもいい。キミにはキミの意見があるんだから。
クロイゼルを少しでも思ってくれるのは嬉しいけれどさ、無理にボクの考えに寄り添わなくてもいいんだ。

それをどう伝えたら、と悩んでいたらアプリコットは首を振ってから、控えめに笑った。

「ううん無理やりじゃないよ、あたしみたいにその人たちにも色んな意見があるんだろうけど、あたしがクロイゼルを好き勝手言われるのが納得いかなかったんだ。だからあそこで言ってくれてありがとう。サモンさん」

優しくはにかむ少女のその一言に、こちらこそ、と念じることしか出来なかった。それがもどかしくて仕方なかった。
また一つ、報われてしまっている自分に気づく。本当にいいんだろうか……ためらいを隠しきれない。

アプリコットがビドーの背中を叩いて、「何か言いたいこととかないの?」と問いかける。

「俺からは、さっき言ったことと、待つからちゃんとバイク弁償してくれ……くらいかな」
「そこやっぱこだわるんだね」
「大事なことだからな……あとこれは受け売りだが、引きずって生きていくのと引きずられて生きていくのでは、意味が違う。過去ばかりじゃなくて、自分を大事にしてくれる周りもちゃんと見てやれ」

その受け売りを教えてくれた彼の周りには、ルカリオとエルレイドの姿があった。
そしてボクの周りにも、コクウ、フィーア、ロゼッタ、ヴァレリオ、そしてヤミ。みんなが居てくれた……。
ローブシンを一瞥し、キョウヘイがビドーの言葉を引き継ぐ。

「……気に食わないが、ビドーの言うことは間違ってはいない。もっとも、俺の場合は過去の弱かった自分を乗り越えようとして、結果的には囚われたままだったけどな」

キョウヘイだって、決してずっと引きずりたいわけではなかったはずだ。
決別したくても、出来なかった。ボクもそうだったから……。
――――でも、いつまでも立ち止まっている彼ではなかった。

「俺だって解っている。このままじゃダメだと言うことは。でも、苦い記憶に区切りをつけるにしても、時間は必要だ。だから……」

彼が手をボクに差し伸べる。
洞から抜け出すのを手伝ってくれるように。
ずっとひとりで悩んでいた暗闇からそっと手を引いてくれるように。
キョウヘイは静かに、でもしっかりとボクの手を掴んでくれる。


「サモン。いつか覚悟が決まったら、けじめをつけに行こう……俺と一緒に、タマキに会いに行こう」


その彼の誘いに、ボクは何度か尋ねた誘い文句で返す。

「キョウヘイ。共犯者になってくれる……?」

気付いたら、言葉が出ていた。うっすらと握り返すボクの手も、見え始めていた。
彼は、一気にボクの身体を胸元まで引き寄せて、受け止める。
それから頭をくしゃりと撫で、なだめてくれた。

「共犯者にはならない。だが、俺と君は共有者だ。痛みの過去と、これからの目的の共有者だ」
「! ……悪く、ない。むしろ、ボクは君と共有者でありたいよ」

こみ上げる想いと共に、流したことのないくらいの熱い涙を流す。
それは誰かのための涙ではなく、ボク自身のための涙だったけど、
とても、とても温かいものだった……。


***************************


長い夢から覚めると、幼くなった体はそのままだった。まあ、これはこれで一つの罰だなと思う。色々不便はあるだろうけど、その時は少しずつ、周りに頼ってみよう。手始めに、キョウヘイとかね。

お腹の上によじ登って来るゾロア、ヤミが心配そうにボクを見つめる。
幼くなって困惑しているのは、この子も一緒だった。ぎゅっと抱きしめて安心できるように思い切り撫でる。

「おはようヤミ、ありがとう。ボクのワガママに付き合ってくれて」

ヤミはボクの無事を喜んでくれた。ヤミだけじゃなくて、機械にセットされていたボールの中のみんなも、祝福してくれた。

他の3人も目覚めて、レインがそれぞれの体調に異常がないことを確認する。問題は特になさそうだ。

「サモンさんってちっちゃいころ髪長かったんだね。なんか可愛い……」
「どうも……個人的には短い方が落ち着くんだけど。まあたまにはいいかな」

年下のアプリコットに可愛いと言われるとなんだかこそばゆいものがあるな……なんて呑気に考えていたら、キョウヘイに担ぎ上げられていた。

「……なに、扱い雑なんだけど」
「この方が運びやすいんだ。ヤミ以外の手持ちは全員持ったな……しばらく我慢しろ」

それからキョウヘイはボクを担いだままヤミと一緒に一気に駆け出した。
徹夜のレインとカイリューに手持ちのヨルノズク、シナモンに『さいみんじゅつ』をかけさせる徹底さで、キョウヘイは研究センターから脱走を開始する。
寝ぼけ眼のビドーとアプリコットが、慌ててボクらを追いかけてきた。

「あっ!? ちょっ、待て! ずらかるな!!!」
「待って! サモンさん! キョウヘイさん……!!」
「後ろは構うなシナモン、行くぞ、ボーマンダ!!」

そのままボーマンダの背に飛び乗り飛行し、【スバルポケモン研究センター】の入り口を乱暴にシナモンの『サイコキネシス』で開いて飛び出す。
夜明けの太陽が昇り、ちょっと先の湖にとても綺麗に反射していた。
さわやかな朝焼けの中、離れ行く研究センターのふたりにボクは慣れない大声を精一杯上げて、別れの挨拶を告げた。

「ビドー! アプリコット! ありがとう! ゴメン! この借りはいつか必ず!!」
「弁償!! 忘れるなよな!!!」
「えっと、とりあえず元気でねー!!!」

大きく手を振るアプリコットに片手で手を振り返す。
遠く遠く、見えなくなるまで手を振り合った。


それから向き直り、青くなっていく空を見上げる。
果てのないドームのような景色を見ながら、ふと彼に尋ねた。

「キョウヘイ、これから、……どうする?」
「まず、やらなければいけないことからだろサモン。タマキに会いに行くのはそれからだ」
「そうだったね。弁償もだけど、まだやらなくちゃいけないこと、やりたいことがあったね」
「あんまりのんびりとはしていられないかもな」
「うん。でも、大丈夫。今度はちゃんと頼るから……その時は力になってよね」
「……ああ、善処する」

温かい背中にゾロアのヤミごと顔をうずめ、力強く抱きしめる。
大丈夫、独りで抱え込まなくていい。
そう思えるだけでどこか、世界の見え方が少し変わった気がした……。


***************************


「記憶復活のち、失踪……とまあ、サモンに関しては、こういう顛末になったらしいぜ、ユウヅキ」

閉じ込められた一室。椅子に座りながらスオウからサモンの行く末を聞いて、どこか安堵している俺が居た。
それをスオウに見抜かれ、「ったく、他人の心配ばかりしている場合かよ。お前らしいけどな」と軽く叱られる。
その後、軽口のようにスオウは笑いながら言う。

「で、お前とアサヒはどうするんだ。割と真面目に失踪してもいいんだぜ、俺は」
「それはダメだ……俺は、散々、迷惑かけて……」
「8年」
「ああ、“闇隠し事件”の被害者の帰れなかった時間だな」
「いや、これはラストが予想している、お前の刑期だ。良くて同じだけの時間、罰を受けろという話だ」
「8年か……それは」
「長いだろ。100まで生きたとしても、その中の8年は、長いだろ?」
「……でも、妥当だ」
「お前にとっては、な。だがアサヒにとっては、長すぎるだろ」
「……そう、だな。長い、長すぎる」

アサヒの名前に、つくろった言葉をはがされる。つくづく、俺は嘘が苦手のようだ。
スオウが笑顔を消し、真剣な言葉で俺を説得する。

「ユウヅキ。お前が望めば、俺たちは動ける。逆に言うと、お前が望まなきゃ、俺たちは動けない」
「それは……」
「まだ諦めて何もしないで受け入れるには、早いってことだ。案外何とかなるかもしれないぜ?」
「……!?」

衝撃的な発言だったが、よくよく考えたらスオウはさっきから俺をずっと鼓舞し続けていたことに気づく。
言っていることの意図が、だんだんわかっていく。それは地獄に垂らされた一本の糸のようでもあった。

「つっても、今の世間の流れじゃ酔狂な弁護士は出てこないだろ。だから俺がお前の弁護人になってやる」

お膳立てはしたぞとスオウは再び笑う。
後はその糸を俺が掴むかどうかだった。

「闘え、ユウヅキ。アサヒとの望む未来のために、立ち上がるんだ――――花咲く未来、掴もうぜ!」

花咲く未来。俺の本名の、サクの名前の由来。
祈りを込められていたんだなって思ったら、自然と胸の内が熱くなるのを感じた。
そして何より、力を貸してくれる、頼ってくれと言ってくれているスオウの言葉が嬉しかった。

固まりつつあった脚に力を入れ、やっと立ち上がり、スオウに手を差し出す。

「頼む、一緒に闘ってくれ。俺はアサヒと一緒に在りたい」
「おう、俺に任せとけ、きょうだい!」

スオウはその手を取り、高らかに宣言した。
――――そこからは、俺にとっての、いや俺とアサヒ。それと俺たちの背を押してくれる者たちにとっての、肝心な闘いが待ち受けていた。


しばらくして、望む未来を手に入れるために俺は、スーツ姿のスオウと共に裁判場へと足を踏み入れる。
アサヒのことを想い浮かべ、俺は真正面から審判を下す者、ヒンメル女王、セルリア・ドロワ・ヒンメルたちに向き直った……。












つづく。


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