アサヒとビドーが居ない時間帯を見計らって、【エレメンツドーム】にある男が呼ばれていた。 その男グレー中心のコーディネートをした茶髪の男性、ミケ。 彼はいつもより真剣な眼差しで今回の件の立案者であるデイジーに確認の質問をしていた。
「本当にこちらの作戦を、アサヒさんたちに伝えなくてよろしいのでしょうか」
ミケは、“闇隠し事件”を調査する<国際警察>のラストの協力者である。ラストのつてでデイジーは今回、ミケに<エレメンツ>の作戦に助力を頼んでいた。
作戦の内容はアサヒの旧友のアキラを含めた【スバルポケモン研究センター】にいる、他地方からの研究員の保護。 ミケに単身乗り込んでもらって、内部からデイジーの相棒、電気の身体で機械に入り込むことのできるロトムを侵入させてもらう。そして【スバル】の建物のシステムを乗っ取るという荒っぽい作戦だった。
「ああ……情報じゃ<ダスク>にはあのメイが……思考を読める超能力者がいるからな。そいつがソテツの引き渡しに同行するかは賭けになる。が、もしそうなったらアサヒたちには悪いがアドリブで動いてもらう。情報共有の大切さを説いておいて申し訳なくは思っているが……そちらが合図出してくれれば、あの二人なら【スバルポケモン研究センター】に向かってくれるじゃん」 「ふむ……ですが、それでは<エレメンツ>のシステムセキュリティも脆くなってしまうのでは。貴方のロトムが、相方が不在ではこの間の二の舞になるのでは」 「二の舞にはさせない」
即答する彼女を、ミケは慎重に見据える。 ミケの見定めるような視線に、デイジーは唇を噛みしめ、表情を硬くして答えた。
「少なくともこっちの本拠地では、負けられない」
それは計算とか、算段とかではなく、もはや意地だった。 何が何でもやるしかない。そういった気迫をミケはデイジーから感じ取っていた。 ミケの携帯端末にデイジーのロトムが預けられる。ロトムも心なしか、トレーナーのデイジーと似た表情をしていた。
「それもある意味、賭け、ですね……」 「そうだ。多方面からいつ来るか分からない攻撃を全部守り切って、かつ<ダスク>を圧倒する余力は<エレメンツ>にはない。だから打って出るしかないじゃんよ……」 「貴方が言うのなら、そうなのでしょうね。ですが」
そこで言葉を区切ったミケは、深呼吸をし、両腕を上へ伸ばし体をほぐした。そのリラックスした態度に面食らうデイジーに、彼は同じように伸びをすることを勧める。疑問を残したままつられてストレッチをしようとするデイジー、しかし思うようにできなかった。
「あいたたた」 「ほら、硬くなっています。体も心も考え方も。そして素敵な表情も。それでは周りがみえなくなりますよ」 「茶化すなって。あーもう」
ロトムがデイジーを見て思わず笑っていた。お世辞でも言われ慣れていない言葉をかけられたデイジーは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。 ミケはそんな彼女をニコニコと眺めながら、助言をした。
「作戦や予定なんて、想定通りにいかない方のことが多いんです。むしろ何か起きるだろうな、くらいの心構えの方が楽ですよ。肝心なのはどうフォローするか、ですから」 「そう、だな。痛いくらい染みわたるな、その言葉」 「いえいえ。まあ私に頼ってくださったのですから、多少はリラックスして行きましょう」 「ずいぶん大きく出るな……腕に自信がある言いぶりじゃん? 探偵って聞くからもっと隠密行動派だと思っていたが」
その皮肉にミケは素直な笑い声を漏らす。それから愛用しているハンチング帽を被って言った。
「探偵なら、ポケモンバトルの腕も強くなければ務まらないものですよ」
カッコつけているのか、いないのかは定かではないが。 気持ちの良い言いっぷりだとデイジーは思っていた。 それと同時に彼のその姿に、頼もしさを覚えていた。
指定された時間は、刻々と迫る。 単身【スバルポケモン研究センター】に赴くミケを見送った後、デイジーは改めて思考を巡らせていた。 ミケの言う通り、想定外の事態のフォローも大事だ。その上で彼女は考えられる限りの可能性を再び考え直す。 残された猶予の限り、彼女は思考を巡らせた。
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事が事だったので、引き渡し日の前日から俺とヨアケは<エレメンツ>の本部に泊まっていた。その際、さすがにチギヨには無理言って配達屋の仕事は休んだ。案の定怒られたが、心配もされる。 特に『無事に二人で帰ってこい』と念を押された。この間の通り魔事件以降、あいつは何か嫌な予感がしていたのかもしれない。 ユーリィは不在で顔を合わせることはなかった。ヨアケが少し寂しそうにしていたのを記憶している。
ソテツの引き渡しがされる当日の朝。 予定の場所【セッケ湖】に行く前の準備時間、俺は客室で手持ちのメンバーと技の調整をしたりしていたら、ヨアケにメールで呼び出された。 その待ち合わせ場所に向かって【エレメンツドーム】内を歩いて移動する。 道中目に入ってくるのは、今までにない緊張感に包まれていた彼らだった。 そのピリピリした様子になるのは至極当然だった。なにせもう片方の隕石の引き渡し場所がこの場所だからな。否が応でも張りつめた空気になる。 俺も含めて、みんな何かが起きそうだと思っていたのだろう。
その場所にたどり着き、ドアにノックをして呼び掛ける。すぐに返事があり、扉は開かれた。
「急にゴメンね、来てくれてありがとうビー君」
静かな笑みを浮かべ、自身の部屋にヨアケは俺を招き入れる。短くなった金髪の彼女にも見慣れてきた。 <エレメンツ>でのヨアケの部屋は、表面上は整理がきちんとされてきれいな部屋だった。 ただ、クローゼットの前に謎の段ボール箱が置かれていることから、急いで片づけたんだろうな感はにじみ出ていた。アパートの方は知らないが、わりと生活感がにじみ出ている。
「ちょっと、話せる部分で話したいことがあって。なかなかこういう機会もないからね」 「そうだな。せっかく取れた時間だ。俺でよければ聞く。で、なんだ?」 「私の記憶のことだよ」
さらりと、彼女は切り出す。あまりにも普通の話運びだったので、一瞬頭の処理が追いつかない。でもようやく察して、俺は話を続ける。
「奪われていた記憶、思い出していたのか」 「うん。ユウヅキと再会したときにね。でも事情があって、話せないことも多いんだ。それでも言えるとすれば……」
彼女は両手を前にし、頭を下げた。 それからいつもと少し違う、距離のある口調で俺に謝った。
「ごめんなさい。詳しい経緯は言えないです。でも私は、私とユウヅキは“闇隠し事件”に関わっています」
俺が反射的に何か言おうとするのを彼女は、ヨアケ・アサヒは「謝って赦されていいことではありません。私は貴方の優しさに付け込んでいます。決して赦さないでください」と頑なに姿勢を変えない。 その彼女の態度に俺は、大きなため息を吐いた。
「お前また一人で抱え込んでいたな……」
一瞬の躊躇をした後、俺は彼女の肩に手を置いた。驚いた彼女の肩が震える。 表面や声色で隠そうしていても、溢れている彼女の波導は、感情は不安でいっぱいだった。 最近気を張って無理やり頑張っていたのは、なんとなく見ていてわかっていた。時期的にも、ヤミナベと再会してからっていうのは納得だ。
「とりあえず、だ。その口調はやめてくれ。で、頭を上げてくれ」 「……うん」 「お前が事件に関わっている可能性は記憶を取り戻す前から十二分にあっただろ? それが確かになった……ていうのも変だがそうだな……今更だな。今更、ここで気にしても仕方がない。今は置いておくぞ」 「……うん。分かった」 「で、本当は何が言いたかったんだ?」
俺の顔を見てヨアケは目を細める。「やっぱりビー君は、いい子過ぎるよ」とこぼす彼女に「茶化すな本題を言え」と釘を刺し俺は肩から手を離した。
「言いたいことは、本当はいっぱいありすぎるけど……過去に一度、私は“闇隠し事件”を起こした責任から逃げようとして身を投げたの。その場所が【セッケ湖】だったんだ。これから向かう場所が私にとってどういった場所か、それを知っていて欲しかった」 「そうか……なんていえばわからないが、きつかったな……」 「うん、きつかった……今は大丈夫だけどね。ありがと。そして、この話はここだけの話にしてほしいかな」 「分かったが……もう何回目だ? また<エレメンツ>の奴らに怒られるぞ?」 「そうだね、分かっている。でも、これでもビー君に言うのだって結構頑張っているからさ……今はまだ、言えない」
彼女の不安の波は、少しずつ収まってくる。俺は少しだけ目をあえて閉じ、彼女の波導だけを見てみる。その最中、以前イグサという青年に『ヨアケの魂が二つ重なっている』と言われていたのを思い出していた。 けれどやはり俺が感じられる彼女の波導は、一つのみ。二つにはどうしても見えない。 それこそせっかくの機会だ。本人に直接聞いてみても良かったのかもしれない。 実際言いかけた。でも妙なひっかかり……違う、嫌な予感を感じて俺はそのことを聞けずにいた……。 代わりに、それとなく最近の様子を尋ねる。
「前に、変な記憶が見えるって言っていたよな、そっちの方は大丈夫か」 「まだたまに見えるけど、今のところ大丈夫。うん」 「今は大丈夫って言葉信じるが、ダメだと思ったときは言ってくれ。何ができるわけではないが、その……もっと頼ってほしい」
最後の方、声が小さくなってしまったがとりあえず現状で伝えたいことは言えた。 きょとんとしている彼女にちゃんと伝わっているかが心配だった。
俺の心配をよそにヨアケは俺の頭を撫でる。 「やめろ」と手で払う俺を、ヨアケは笑う。
「充分頼らせてもらっているよ、相棒」
その言葉は、たぶん嘘ではないのだろう。 でもどこか……どこかこう。
気のせいだと思いたいが、まだ俺と彼女の間に距離を感じていた……。
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【スバルポケモン研究センター】の地下空間で、アサヒの旧友、アキラはその音を耳にする。 遠くで重たい扉が開く音がした。間髪入れずに何かが突き飛ばされ、再び扉に鍵をかけられる動作音もする。 意味もなく扉を開け閉めするとは思えない。 わかるのは、自分以外の何者かがこの空間に閉じ込められたということだけだった。
「さて……誰かいますか。聞こえていたらお返事を」
暗闇の中で反響したのは、男の声だった。 どこかで聞いた声に、アキラは胸を撫でおろす。それから控えていた手持ちのフシギバナのラルドに『フラッシュ』をするように指示。
「貴方も閉じ込められたってところか。ミケさん」 「いいえ、わざと捕まったのですよ……依頼があって貴方たちを助けに来ました。まさかこのようなところに閉じ込められていたとは」
皮肉を受け流し、本題を話すミケにアキラは少し悩んだ後、「少し時間はあるか」と尋ねた。
「ええ、どのみち脱出の合図までには時間があります。どうされましたか」 「……探偵の貴方に、伝えておけば有用に扱ってくれるかもしれない情報を渡しておこうかと思って」 「詳しくお願いします。私の持ち合わせている情報と照らし合わせてみましょう」 「わかった。じゃあ……」
まず初めに、とアキラは携帯端末にまとめていた情報や写真を取り出し、伝え始める。
「僕はレイン所長によってこの地下に閉じ込められた。時期は、あの大きなポケモンバトル大会が襲撃された夜だ。その時まで僕はこの地下空間の存在すら知らされていなかった……だからこの機会に徹底的に調べたんだ」 「たくましいですね。結構な日数を過ごしたでしょうに」 「それに関してはここで居住できるだけの蓄えや施設があったから問題はなかった。問題なのは……このリストだ」
アキラがまず見せたのは、地下書庫にあった書物のリストだった。どの本が多いか、分類別にまとめられている。
「医療系と……レンタルポケモンのシステムについての本が、やたら多いですね」 「そう。圧倒的に多いんだ。このことから、レイン所長はポケモンのレンタルシステムについて独自に研究していたと考えていいと思う。前者に医療系についての心当たりは後で話すとして、レンタル関係で応用とか、心当たりになることはないか」 「ふむ。それにはまずこちらの情報を出すべきですね」
ミケは手帳を取り出す。それからフシギバナの灯りを借り、内容を確認して述べる。
「レイン所長は<ダスク>という集団の一員、つまりはあのバトル大会の襲撃犯と仲間です。ちなみに、その<ダスク>の主に目立った行動は、“ポケモン保護区”にいるポケモンの密猟です」 「……繋がった。レベルの高いポケモンを捕まえ、レンタルシステムを用いて実力の少ないトレーナーでも強いポケモンを使わせて集団の強化につなげようとしていたのか」 「短期間での戦力の増強と見ていいでしょう。あと付け足すとすれば……」 「すれば?」 「<ダスク>の中心人物が、ユウヅキさんということでしょうか」 「……そうか。【スバルポケモン研究センター】の襲撃事件は、レイン所長も一枚噛んでいたってことか。ユウヅキの目的ってわかるかい?」 「今のところ判明している限りでは、<スバル>の“赤い鎖のレプリカ”を用いたプロジェクトを<ダスク>の手で行おうとしていることですね。もともとは自警団<エレメンツ>と連携する予定だったのですが、他国の重圧に押される彼らは、切り捨てられました」
切り捨てられた<エレメンツ>が、今日まさに人質に取られたメンバーの一人と“赤い鎖のレプリカ”の原材料の隕石との引き渡しを<ダスク>と行おうとしているという情報も、アキラに伝えるミケ。 その状況を聞いた彼は、悪態をついた。
「何考えているんだ、ユウヅキ……!」
アキラは踵を返し、「さっきの医療系の本の話の続きだ。こっちに来てほしい」と速足でミケを案内する。 そしてフシギバナの『フラッシュ』を強め、最奥の扉の側らの小窓から中を見るようにミケに伝える。
言われるがまま部屋の中を除くミケ。その中には……生命維持装置に繋がれた黒髪の女性が、ベッドに横たわっていた。 やせ型の女性はピクリともせず、ただ息だけをしていた。 その彼女に一瞬ミケは、ユウヅキの姿を重ねてしまう。
「どなたです? どことなくユウヅキさんの面影がありますが……」 「おそらく彼女は、ムラクモ・スバル博士。<スバル>の創設者にして、レイン所長の前任だ」 「そういうことですか……実は、ユウヅキさんは<ダスク>では自らのことを、“ムラクモ・サク”と名乗っています」 「ムラクモ・サク……? ああ、それが……ユウヅキの本名か。昔からユウヅキはルーツを探してアサヒと共に旅をしていた。そこで出会った彼の関係者が、この眠り続けている博士……か」
アキラは握った拳の力を強くする。それから吐き捨てるように、ミケに自分の考えを言った。
「スバル博士は、僕たちが行おうとしている【破れた世界】への扉を開くことを、過去に成功させ、その謎を研究していた人物で……その研究中に行方不明になっていたと聞いている。しかし、彼女は現にここにいて、そして意識を取り戻していない。彼女の身に何があったのかは知らない。だけど、うかつに再び【破れた世界】に足を踏み入れるということは、それに関わった人物がああなる危険性があるということだ……!」
左拳を横に壁に打ち付け、音を立てる。固くした拳をほどかないまま、彼は、アキラはユウヅキを想って怒る。
「ユウヅキに隕石は渡してはいけない。絶対に使わせては、いけない」
アキラの言葉を聞き届けたミケは、ふと思いだしていた。 過去に自分のところに挨拶に来た、幼いころのアサヒとユウヅキを思い出していた。
ミケは過去に、あの二人の再会の手助けをした。 あの時の二人は、晴れやかな笑顔のアサヒとぎこちなくも笑うユウヅキは、幸せそうだとミケは思っていた。これにてめでたし、と思っていた。 二人の消息が分からなくなっていたと気づいたのは、つい最近のこと。ミケの前に彼女が、<国際警察>ラストが現れて、協力をするように命じて“闇隠し事件”の調査に関わり始めてから。 それまでは呑気に、二人は仲良く旅しているものだと思っていた。
あの彼女が、喫茶店で独りしんどそうにため息を吐いていたのを見て、二度目の別離にも耐えそれでも彼を追い求める姿を見て、ミケは。
数年の間、ぼんやりとしていた自分が許せないでいた。
「私は、貴方たちに贖罪をしなければならないようですね……解決したと思い込んでのうのうと過ごしていたなんて、探偵失格です。ですが、もし許されるのなら一人の知人として、探偵として――――この事件を、きっちり解決してやります。ええ。ええ」 「……止めないと、ユウヅキを。たとえぶん殴ってでも」 「そうですね。そのためには……ロトム」
ミケは忍ばせていたデイジーのロトム入りの携帯端末を取りだし、ロトムに指示を送る。 躊躇なくやるように、言い含めて彼はロトムを研究所の電子機器に潜り込ませた。
「さて、さくっと脱出いたしましょうか」
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ふと横に眺めた湖の水面が、夕日の赤に染まっている。 その真っ赤に染まる景色から、今いるこの場所は【セッケ湖】と呼ばれていた。 『たいりくもよう』のビビヨンが、群れを成して踊るように飛んでいる。 その様子に、心がざわつくのを私は感じていた。
機会があったら、今度はちゃんとユウヅキとこの風景見たいな。 そう思うと、胸のあたりがきゅうっと熱くなる。 彼は今頃、【エレメンツドーム】の方にいるのだろうか。 怪我の具合も含めて、とにかく心配だった。
「! ヨアケ」 「あ、あれ」
ビー君に呼びかけられてはっとなる。自然と涙があふれていた。綺麗な景色のせいということにしたかったけど、そうじゃないのはバレバレだったようで……反省する。
「ごめん。しっかりしないと」 「大丈夫か……そろそろ、時間だな」 「そうだね」
時計を確認し、ちょうどの時刻になった瞬間。 『テレポート』の転移だろうか、瞬間移動してきた大きな帽子を被った銀髪の彼女、メイと……もう一人。 トレードマークのヘアバンドを取り、若草色の髪で顔を隠した背の低いシルエット。 <エレメンツ>“五属性”のうちの一人、ソテツ師匠の姿が確かにそこにあった。
「……………………」
押し黙るソテツ師匠。拘束はされていない。しっかりと両足で立っている。服も、ボロボロではなかった。 ほっとして近づこうとすると、ソテツ師匠が片手の平を突きだし制止した。 それから、彼は重たい口をようやく開く。
「よく……来てくれたね二人とも。手間かけさせる」 「とりあえず、なんとか無事そうで良かった、ソテツ師匠……」 「心配をかけたね」 「本当ですよ。川に落ちたと思ったときは、本当に、もう……」
そこまで言いかけたとき、私は引っかかりを覚える。 確か、ユウヅキはソテツ師匠本人に頼まれて、川に落とすフリをしたと言っていた。
じゃあ、何故ソテツ師匠はわざわざそんなことを頼んだのだろうか? 見栄を張るだけにしては、おかしい気がする。
そこまで考えが至ったタイミングで彼は、私に切り出した。
「……アサヒちゃんにお願いがあるんだ」 「なんでしょうか……?」 「今度こそ、もう師匠とは呼ばないでくれ。オイラはもう、アサヒちゃんの師匠でも……ましてや<エレメンツ>である資格もないのだから」 「え……?」
そこでその言葉を言う意味が分からず、私は混乱する。 彼はその動揺の隙をついて、モンスターボールからフシギバナを出した。 何かに気づいたビー君は、わずかに遅れてルカリオを出す。 ルカリオが珍しく吠えた。ビー君も警戒をむき出しにする。 ソテツ師匠とフシギバナはその威嚇にまったく動じないどころか、むしろ関心さえしているようにも見えた。
「やっぱり……ビドー君にはオイラの感情だっけ? 分かってしまうか。これでも、抑えているんだけどね」 「ヨアケ……っ?!」
ビー君の肩に、フシギバナが射出した一枚の『はっぱカッター』がかすり、服の表面だけを切り裂く。 あまりにも早い攻撃に、いや攻撃をされたこと自体にひるむ私たちを彼はじっと見つめる。
「ちょっと黙っていてくれビドー君」 「何するんですかっ、し――!?」 「だからそう呼ばないでくれと言っているだろ」
わざと低くされた彼の声には、悲痛さが混じっていた。 下した髪の向こうに見える表情は、とても苦しそうに歪んでいた。
「いっぺんでいいから……ちゃんと名前で呼んでおくれよ。こっちに向き合ってくれよ。そうじゃなきゃ、オイラはいつまでも――――いつまでも君を憎み切れない」 「……憎むとか、憎まないとか。資格があるとかないとか……もめるのは一緒に帰ってからにしましょうよ……ガーちゃん心配していたんですよ、貴方の安否がわかるまで捜索を最後まで続けていたんですよ?」 「どんな形であれヤミナベ・ユウヅキに負けたオイラは、もう<エレメンツ>には戻れないさ」 「! ……それでも帰るんです! たとえ、帰りにくくても!!」
言い合いを遮ったのは、ビー君と向こうの彼女の携帯端末の電話の着信音。おそらくデイちゃんや他の<ダスク>の人辺りがこっちの状況を確認しにかけてきたと思われる。
「でなよ。そして言え。オイラの、ソテツの安全は保障されたと」
彼のフシギバナが力を溜めビー君に狙いを定める。 ビー君も彼の言動に、だいぶショックを受け辛そうにしていた。 脅され、屈しそうになる状況の中。それでもビー君は、臆さずに言い切った。
「ソテツは……<ダスク>に寝返った可能性が高い……!」
「正解だよ」と裏付ける言葉。証明のごとく容赦なく放たれる『はっぱカッター』。 一瞬で放たれる葉の刃を、届く前にルカリオが片手で掴み、握りつぶす。 スピーカー越しに聞こえるデイちゃんの声は、こう言った――――『わかった、無理矢理でも連れて帰れ!』と……。 切られる通話、ため息を吐く彼。息を呑むビー君。戦闘態勢に入るルカリオとフシギバナ。 私も覚悟を決めて、モンスターボールからポケモンを出す。
「ヤミナベ・ユウヅキに負けたオイラは、<ダスク>にスカウトされたんだよ」
赤く、赤く、燃え上がる夕焼けの中、告げられる衝撃の事実。 負けられない、引き下がれない戦闘の予感がした。
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レインから【セッケ湖】に居るあたしへの連絡。 それはサク様の元に来い、とかではなく。
『メイ、【スバル】が襲撃されています、そちらの援軍に向かってください。最悪の場合は、拠点の放棄も視野に入れつつ……任せます』
それは慣れない仕事の押し付けだった。あんたに任されても嬉しくもなんともないっつーの。 アサヒが出したギャラドスの強面とにらみ合いつつ、向こうの状況も尋ねる。
「そっちはどうするの。あたし抜きでいけるの?」 『やってみせます。だからスバル博士のこと、お願いしますね』 「あーもう、わかった。それと、サク様に何かあったら許さないから」
通話を切り、協力者のソテツに向かって一応声掛けをする。
「あたしは忙しいから、後はあんたに任せる」 「任されたよ。わざわざありがとう、機会を作ってくれて」 「心にもないこと言うな」 「いや、感謝しているのは本当だよ」
嘘こけ。 リクエスト通りにこの場を作ったことに対して、あんた自身はいまだに後悔もしているくせに。 どこまで矛盾しているんだこいつは。 無表情で感情を烈火のごとく燃やしているあんたは……今は味方とはいえ正直引くレベルで怖いっての……!
とっとと【スバル】に向かうためにギャロップをボールから繰り出し飛び乗る。 その時、【スバルポケモン研究センター】の方から轟音が鳴り響いた。
驚く奴らと、動じないソテツとフシギバナを置いてあたしとギャロップは【スバル】へ出せる限りのスピードで向かう。 サク様の帰る場所の一つを守るために、あたしたちは走った。
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【スバル】の方角からの音も気になる俺に、ギャラドスのドッスーと共に彼女は険しい表情で頼み事をした。
「……【スバル】で何かあったんだと思う。ビー君は彼女を追いかけて。アキラ君たちをお願い」 「ダメだ」 「ビー君!」 「今のソテツの前に、お前だけ残して行けるかよ……!」
ソテツから感じられるのは、複雑に入り乱れた感情の波導だった。少なくとも、普段の時と比べ物にならないくらい嫌な感情が混ざり合っている。 むしろ、それを抱えているソテツ本人がどうしてあそこまで表面上静かでいられるのかが不思議で仕方がなかった。 そして、その濁った視線の矛先はヨアケに向けられていた。
「ああ、ビドー君は別に行ってもいいよ?」 「誰が……っ!」 「そうかい。まあ、君ならそう言うよね。君は全体の戦局よりもアサヒちゃんが大事なんだから」 「…………何を言いたいんだ」 「ここでオイラに構ってくれるのは、<ダスク>にとって好都合ってことだ」
もう一つのモンスターボールを握り、二体目のポケモンを出すソテツ。 現れたのは紅く鋭い足をもち、長い髪の上に小さな王冠のような部位をもつ艶やかなポケモン、アマージョ。 とても鋭い睨みをきかせてくるアマージョ。その気迫はギャラドスに一歩も劣っていなかった。 刺すような空気に押されつつも、ヨアケと俺はソテツに言い返す。
「構うよ。だって貴方にここで向き合わずに引くことなんてできない。やっぱり協力、お願いビー君」 「分かった。ソテツ……確かに俺は、全体よりも、ヨアケを優先する。でも今はそれだけじゃなくて……お前をここで連れ戻す方が、大事だと思う。だから俺もここに残る」
俺たちの言葉にソテツは、静かに「嬉しいね」と無表情に零した。 それから彼は、自嘲気味に嗤う。
「そういう中途半端な気遣いが、一番堪えるんだよ……!」
ソテツを取り巻く波導が、一気に荒立つ。矛先は、俺にもわずかに分散した。
「向き合いたけりゃ、連れ戻したけりゃ、力でねじ伏せてからにしな」
力強く右足で地面を潰さんとばかりに踏みしめるソテツ。 それに呼応して、フシギバナとアマージョが動き出す。俺とヨアケも迎撃の指示を出した。
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「ルカリオ迎え撃つぞ……!」
地面を蹴り、向かってくるアマージョに突進していくルカリオ。 『フェイント』を織り交ぜて殴りかかろうとしたルカリオの動きが、直前でピタリと金縛りにあったかのように硬直する。
「なっ?!」 「アマージョに手の内が割れている『フェイント』ほど、通じないものはないよ――――まずは足から」
動揺するルカリオにアマージョは『ローキック』で足を狙い撃ちした。 片足をやられ、走れなくなったルカリオにアマージョは流れるような動きで『トロピカルキック』の回し蹴りを三連打叩き込み、蹴り飛ばす。 仰向けにダウンするルカリオの腹に追撃で『ふみつけ』をするアマージョ。鋭い足が、突き刺さった。唸るルカリオの苦しみが、波導越しに伝わってくる。
「! ドッスー『こおりのキバ』をアマージョにっ!」 「フシギバナさせるな、『つるのムチ』」
フシギバナと交戦していたヨアケと彼女のギャラドスがフォローに入ろうとしてくれるも、フシギバナの放つツルに拘束され、身動きを封じられる。 そのまま引っ張られ赤い湖に投げ出されるギャラドス。水しぶきがこちらまで飛んでくる。
「ドッスー!」
彼女がギャラドスに呼びかける。 ヨアケと俺の目の前からポケモンがいない構図で、ソテツのフシギバナだけが自由に動ける状態になった。 急いで他のポケモンを出そうとする俺たち。しかしフシギバナはそれをさせてはくれなかった。 真っ直ぐ伸びる2本のツルが、ボールを掴もうとした俺と彼女の手首に的確に巻き付く。 それからギャラドスが落ちた方向に向かってソテツは牽制の言葉をかけた。
「……ドッスーは動くなよ、アサヒちゃんがどうなるかわからないからね」
その言葉の呪縛で、ギャラドスは簡単に動けなくなる。 ルカリオも、俺も、ヨアケも動けない。
たったの1、2回の攻防。 それだけのやりとりしかしてないはずなのに。 俺たちは……俺たちは、ほとんど、詰んでいた……。
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大きくため息をついた後、ソテツは一歩。また一歩とヨアケに近づく。
「ビドー君はアマージョの特性『じょおうのいげん』を覚えきれてなかったせいで大きな隙を作った。ルカリオは攻撃の失敗に動揺しすぎ。アサヒちゃんもドッスーもフシギバナに何かしら技叩き込んでから援護に向かいなって。それから常に次のポケモンは出せるようにしておきなよ。この期に及んで意味もなく棒立ちで指示出すとか、本当に……負けないための戦いかたがなってない」
噛みしめるように、すりつぶすように、踏みしめるように、踏みにじるように。 ソテツは俺たちに突き付ける。
「やっぱり、アサヒちゃんの弱点はビドー君であり、ビドー君の弱点もまたアサヒちゃんだね。君ら、一人で戦った方が強いよ」
その事実に何も言い返せない。悔しさと「どうして」という思いばかり募っていく。
「おっと悪い癖が出たね。今更わざわざ教えることないのに」
ソテツの波導は、いまだに荒れ狂うも、冷めたような一定の揺らぎも確認される。 そんな中じっとソテツを見つめるヨアケの方に、変化が生まれ始めていた。 それを知ってか知らないか、ソテツはヨアケを挑発する。 彼女を、焚きつける。
「そういえば、ヤミナベ・ユウヅキの本名、サクの名前でこんな意味を込めて呼んでいる連中がいたよ」 「……それは?」 「“サクリファイス”のサク。つまりは“生贄”ってね。それを聞いたとき、オイラも言いえて妙だと思ったよ」 「!!!」
激しく反応する彼女を見ながら、歩みも言葉を並べるのもソテツは止めない。
「これはオイラの見立てだけど……<ダスク>のどの程度が把握しているかはわからないが、ギラティナやそれを呼び出すディアルガとパルキアを呼び出すプロジェクトを進めるために、君の大事な大事な彼は――――命をかける必要があるよ」 「そんな」 「強大な力を持つポケモンを“赤い鎖のレプリカ”で無理やり留めようとすれば、そりゃあ命懸けだ。普段から怪我の多い彼なら、もっと死ぬ可能性は高いだろうね。それをヤミナベ・ユウヅキやレイン辺りは悟られないようにしているみたいだが、知っている奴は知っている。そして見て見ぬふりを決め込んでいる」
ソテツがヨアケの眼前まで迫る。彼女を見上げ、それから短くなった髪に手を伸ばそうとする。 その手が届く前に、彼女は、ヨアケは。 震えに満ちた声で、一つの質問をソテツにした。
「貴方は、あの傷だらけのユウヅキをさらに傷をつける真似、しませんよね?」 「ああ。つけたさ。傷つけたとも」
返答を聞いたヨアケは空いた左手でソテツの手を力の限り叩き落とす。 彼女は珍しく、そして明らかに怒っていた。 ぶつぶつと、彼女は呟き始める。それは、ギャラドスに対する指示だった
「『りゅうのまい』……『りゅうのまい』……『りゅうのまい』……『りゅうのまい』……『りゅうのまい』…………『りゅうのまい』……!!!!」
彼女の怒りに呼応するかの如く、湖の中のギャラドスがどんどん、どんどんどんどん荒ぶる。
「フシギバナやれ」
ソテツの命令。ムチに引っ張られるヨアケ。フシギバナがヨアケを湖に放り投げた。
「ヨアケ!!!!」
とっさに駆けだそうとする。しかし俺の手首にツルはまだ巻き付いたままで、バランスを崩し、転んでしまう。 アマージョが、ようやくルカリオの上からどいてソテツの方に向かった。 地に伏したままルカリオの方へ、縛られていない手を差し出す。
「ルカ、リオ……!!」
ルカリオも俺に手を伸ばす。 その手を掴んだ瞬間、湖の方から爆音が聞こえた。 水柱と共に現れたのは、ギャラドスの頭に乗ったヨアケ。
彼女は“ギャラドスにしがみついたまま”技の指示を出した。
「――――『げきりん』」
俺の手首のツルも解かれ、フシギバナの元へ戻っていく。 荒れ狂うギャラドスの猛攻を、二対の『つるのムチ』を巧みに使って勢いを反らすフシギバナ。ソテツとアマージョは余波で吹き飛ぶ小石を難なく見切って、かわしていく。 ギャラドスが『げきりん』の勢いに混乱しても、すぐにヨアケが呼びかけ、正気に戻し再度『げきりん』を出させる。ヨアケは吹き上げる石を全く避けようともせず、ギャラドスにしがみつき続ける。 ズタズタに。ボロボロに。なりふり構わず傷つきながら、それでも攻撃を止めようとしない。
……この時ヨアケひとりだったら、『じしん』などで全体をカバーする技も打てたはずだ。 無茶をしてまでハイリスクの『げきりん』を選ぶ必要はなかった。 俺たちは本当に足手まといにしかなれないのか……? 一瞬でもそう思いかけたとき、ルカリオが、握りしめる手の力を強くする。 静かに熱いルカリオの気持ちは、まだ燃え尽きてはいない。
やることは変わらない。諦めずにまた立ち上がるのみだった。
ソテツの馬鹿の、思うままにさせてたまるか……!
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「どうして!」
自分でも信じられないくらい感情が溢れる。抑えなければいけないのに、溢れ続ける。 どうして、どうして、どうして、どうして!!!! どうしてスカウトに乗って<エレメンツ>を離れようとしている? どうして私たちと敵対しようとしている? どうしてユウヅキを傷つけた? 私の大切な人だと知っていて、なんで?
「どうして? なんでそこまで貴方は、私に嫌がらせするの!?」 「それはね」
流石に許せない気持ちが、感情が爆発する。叫べば叫ぶほど、リミッターが外れていきそうになるのが分かる。
「嫌われたかったんだよアサヒちゃん。オイラは君に、嫌われて憎まれたかった」
そう言ってやっと満足そうにしている貴方が、許せなくて。 熱い涙が、溢れる。視界も、思考も何もかもが乱れていく。 オーバーヒートした思考が「赦すな」と叫び続けていた。
その気持ちと同時に。
「そうでもしなきゃ、ちゃんとオイラのこと、個人として見てくれなかっただろ?」
その心の底からの微笑みに。 悲しくて。 苦しくて。 悲しくて。どうしたらいいのか、解らなかった。
「ヤミナベ・ユウヅキに負けて気づいたよ。オイラは自警団<エレメンツ>ではなく、“五属性の一人草属性”でもなく、“君を嫌い憎み続けなければいけない被害者”や、ましてや“師匠”でもない。そんなオイラになりたかった。立場や肩書がなければこの想いを持つことを許されると思いたかった。何もない素のオイラを見てほしかった。見栄を抜いて言うなら、振り向いてほしかった。困ってほしかった。この先は……さすがに言わないけどね。でもビドー君なら、解るだろ?」
彼のアマージョが天高く『とびはねる』。 スタミナ切れの私とドッスー目掛けて、踏みつけようとしてくる。 それでトドメを刺される。そうぼんやりと思って、私は。 ドッスーを握っていた手を、緩めてしまう。 滑り落ち、落下する。日も沈み既に黒くなりかけた湖に落ちていく。 見上げる宵闇の空の中、アマージョが降ってくる。 湖面の浅瀬に叩きつけられる前に見たのは。
ドッスーの横を高く高く跳躍するルカリオだった。
「ルカリオ飛べえっ!!! 『スカイアッパー』あああああああああああ!!!!」
地面にぶつかる直前に叫ぶビー君に受け止められ私は空を仰ぎ見る。 青く青く、輝く打ち上げるルカリオの拳が、空中のアマージョを射抜いた。
アマージョを落下する前にボールに回収する彼に、ルカリオの着地と共にビー君は怒鳴り飛ばした。
「解りたくもねえよこの馬鹿野郎!!!」
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ふと、昔こうしてこの湖のそばでユウヅキに抱えられて言われたことを、ようやく思い出す。 私を安心させようと微笑み、でも泣きながら彼は、最後にこう言っていた。
『ありがとう、そして――――愛している』
今はどう思っているのか分からない。でも、どこかで私はその彼の言葉を覚えていて。 切ないくらいにユウヅキに恋焦がれていた。 だから私は謝った。
「ごめんなさい、無理ですソテツさん。本当にごめんなさい……」
中途半端な態度を取ろうとしたことと。ずっと貴方を“師匠”と呼び続け個人として意識してこなかったこと。 そして受け入れられないと、彼に謝った……。
彼は「分かったよ」とそれだけ言うと、フシギバナを労いボールに戻した。 その時どんな顔をしているかまでは見えなかったけれど。戦意や敵意を感じない。どこか疲れたような口調で、ソテツさんは背を向け言った。
「今日のところはこれで引くよ」
去っていく彼をビー君が引き留めようと声をかける。
「……戻らないのか、<エレメンツ>には。ガーベラとか、スオウとか、みんな心配して帰りを待っていたぞ」 「戻らないさ。少なくとも今はまだ、ね。どのみち<ダスク>の方が身内を連れ戻せる可能性は高いんだ、しばらく<ダスク>の他のトレーナーでも鍛えるさ。ハジメ君とか見どころあるし。それに……」 「それに?」 「<エレメンツ>が無事に残っているとは、思えないしね」 「……どういうことだ……?」
私たちの疑問に、ソテツさんは片手で頭を掻きむしりながらわざわざ応えてくれる。 現状の予想と、そうなった原因を、教えてくれた。
「素直に隕石を渡していれば、争いにはならなかった。結果的にオイラたちが【エレメンツドーム】側の争いを引き起こしたってことだ。あとはまあ……どちらかが倒れるかしか、ないだろう?」
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一方【スバルポケモン研究センター】は、再び襲撃されていた。 他ならぬアサヒの知人、そして脱走者のミケとアキラの手によって、窮地に立たされていた。 まずミケが潜入前に予め外に忍ばせていた手持ちの鋼鉄の身体をもつ四足歩行のてつあしポケモン、メタグロスのバルドに規定の時間まで自分が戻らない場合研究センターの壁を思い切り『コメットパンチ』で殴り壊すよう指示。 時刻ちょうどにバルドは攻撃を開始。慌てふためく研究員が出払ったところにデイジーから預かっていたロトムを機械に接続。システム内に侵入させシステムを守っていたポリゴン2を不意打ちして一気に制圧する。それでも閉まる扉などはゴミすてばポケモン、ダストダスのドドロが放つ『ふしょくガス』で溶かして突破した。
「ざっとこんなところですね」 「手慣れ過ぎていて若干引く。あと自分で自分の所属していたところを襲撃するのは流石に気が引けるよ」 「そうでしょうか。隔離なんてするブラック研究所なんて、乗っ取ってなんぼですよ」 「悪党……」
別の区画に閉じ込められていた他地方から来ていた研究員とスムーズに接触し、脱出を図るミケたち。 出口に向かいぞろぞろと走る彼ら。すると、大きな帽子の銀髪の彼女、メイが手持ちのパステルカラーのたてがみのギャロップに乗って阻止しにやってきていた。
「ああもう、面倒くさいことになっているし!!」 「おやお嬢さん、ここに居ては危険ですよ。私たちと一緒に脱出を……」 「……ミケさんたぶん彼女は敵だと思う」
声を荒げるメイを心配するミケに、アキラは冷静に突っ込む。 それからアキラは手持ちの1体の、黒い毛並みの威風堂々としたポケモン、エンペルトのリスタを出し、メイとギャロップを睨む。
「邪魔だから、どいてくれないかな」 「うわ嫌な奴。そう言ってやすやす通すわけには……」 「じゃあどかすよ」 「他人の話を最後まで聞けっ!」 「どうせ時間稼ぎだろ。聞かないよ。リスタ、『なみのり』!」
アキラはエンペルトのリスタに『なみのり』を指示。通路に大波を発生させ、出入口まで押し流す。 研究センターの外まで流されたメイとギャロップは、びしょ濡れの身体でなんとか立ち上がる。
「今のうちだ!」 「すみませんお嬢さん、また今度。行きますよロトム!」
ロトムを回収し、施設を後にしようとするミケとアキラたち。 肩をわなわな震わせ、メイは思い切りアキラを睨んだ。 その瞬間、謎の衝撃波による風が吹き荒れる。 アキラが立ち止まる。不思議に思ったミケが振り返る。
「どうしました? ……!」 「う……く……にげ、ろ……!」
何とか声を絞り出すアキラ。アキラとエンペルトは念動力で動きを封じられていた。 その念動力を放っていたのは、ポケモンのギャロップではなく……メイだった。
「サイキッカー、例の超能力者でしたか……! 皆さんはお先に!」 「ギャロップ。あのヘラヘラした野郎に『サイコカッター』っ!」
ギャロップがツノから放つ念動力の刃が、ミケへと飛んでいく。ミケを庇うダストダスのドドロ。弱点のエスパータイプの攻撃に、大ダメージを喰らってしまう。 ボロボロと、傷跡周辺から外装が崩れるダストダスに追い打ちの『サイコカッター』を放つギャロップ。
「かわしてください!」
あのダメージでかわせるものか、とメイは着弾を確信する。 しかしダストダスはメイの予想を裏切り……先ほどの数倍のスピードで動き始め見事に『サイコカッター』を避け反撃に転じる。
「?! ちっ『くだけるよろい』の素早さ上昇かっ!」 「ご明察! ドドロ、『ダストシュート』!」
ゴミの塊が、勢いよく射出されギャロップを捉えメイごと突き飛ばす。 その隙に動けるようになったアキラが、エンペルトに冷徹な決定打を出させた。
「リスタ今だ、『れいとうビーム』!!」
濡れた衣服と地面がすぐさま凍り付いて、メイとギャロップの身動きを取れなくする。 遅れて飛んでやってきたメタグロスのバルドを発見した二人は、エンペルトとダストダスをボールにしまう。 そのままメタグロス捕まり、アキラとミケはその場を離れることに成功したのであった。
しばらくして、バキバキと音を立て氷の割れる音が響く。 それはメイが念動力で氷を打ち砕く音だった。 傷ついたギャロップを介抱しつつ、彼女はイラつきを抑えようと努力した。 だが、抑えきれずに悪態をついてしまう。
「ちっくしょう……!」
それと呼応するかの如く、細かく砕けた氷が、塵と化した。 ギャロップの鳴き声にはっとなり、メイは深呼吸する。 他地方の研究員は、奪い返されても特に支障はない。この施設自体を放棄はしなくて済みそうだとメイは判断する。 その上で、騒動に気づき遅れてやってきた他の研究員に【スバル】を任せ、彼女は足早に【エレメンツドーム】を目指した。
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ミケの提案で、彼らはアサヒたちとの合流を優先していた。
「あまりアサヒさんたちの増援はあてにはしないようにしていたのですが、いざ来ないとなると何かあったのかもしれません。急ぎましょう」
そう心配するミケの言葉に、アキラは胸騒ぎがしていた。 彼らはすっかり暗くなったセッケ湖のほとりにて、ビドーに肩を貸される形で【スバル】へと向かうアサヒを発見する。 その髪の短くなったズタボロのアサヒを見て、それでも自分を見つけて表情を明るくする彼女にアキラは唖然とした。
「アキラ君?! それにミケさんまで。よかった無事だったの……?」 「無事じゃないのは君の方だろ!!」 「それを言われると、なにも返せないや」 「何も言わなくていい、とにかく消毒するから! ビドー座らせろ!」 「お、おう……」
アキラは悪態と小言を言いながら、手持ちの応急セットでアサヒの手当をしていく。 しかめっ面のアキラにアサヒは申し訳なさそうに頼みごとをする。
「アキラ君」 「何」 「後でドッスーの治療も頼めるかな。私のせいでだいぶ無理をさせちゃったんだ……本当は私がするべきなんだけど、お願いできないかな……」 「わかった」 「ありがとう、ゴメン……」 「僕に謝ることあるの? 対象が違うんじゃないかな」 「そうだね……ドッスーゴメンね……」
ギャラドスの入ったモンスターボールを握りしめ、アサヒは謝り続けていた。 状況の読めないミケは、違和感を覚えビドーに事情を聴く。
「私はデイジーさんに頼まれて、彼らの救出を行っていましたミケと申します。もう一人はどうされました」 「俺は、ビドーだ。ソテツは……<ダスク>に寝返った。消息は、もう分からない。そして、ソテツの件をきっかけとして【エレメンツドーム】の方のヤミナベと<エレメンツ>の戦いが起きているかもしれない」 「ユウヅキさんと、<エレメンツ>の正面衝突……! どなたかに連絡はつきませんか?」 「誰ともつながらない。ミケ、俺はこのまま……【エレメンツドーム】に向かおうと思っている」
ミケは、ビドーが単身で【エレメンツドーム】に戻る気だと悟った。 彼らの会話を聞いていたアサヒは、「行かないでビー君っ、行くなら私も……!」となんとかそれを制止させるように説得しようとする。 ビドーはふっと笑って、アサヒに「休んでいろ」と言い、アキラに彼女を託そうとした。
「アキラ君、ヨアケのこと、頼んだ」 「……君たち、ちょっと何でもかんでも都合よく頼みすぎじゃない?」 「そこをなんとか」 「ダメだ。全員で向かおう。その方が、援軍にもなるし、孤立したところを叩かれなくて済む」
アキラは淡々と冷静に状況を分析したうえで、その提案をする。ごり押す。 ビドーはポカンとして「その考え方はなかった」と正直にこぼした。 そんな彼に呆れつつ、アキラは自分の想いを口にする。 その方が説得しやすいと判断し、言葉を紡ぐ。
「アサヒ、ビドー。ユウヅキを止めたいと思っているのは僕も同じだ。あとそこのミケさんもだ。焦るな。だから、一緒に行こう」
彼の言葉に、3人とも頷く。 それから他地方の研究員を説得し、一行は【エレメンツドーム】を目指し夜の中を突き進んだ。 その先に待ち受けているのが、どういったものか、この時の彼らは、知る由もなかった……。
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【エレメンツドーム】では、激闘が繰り広げられていた。 その中心には、彼が居た。 ムラクモ・サク。もといヤミナベ・ユウヅキ。 彼は隕石を手に入れるために、自警団<エレメンツ>に挑むことを選び、そして――――
――――そして、己の身を顧みず戦っていた。
つづく。
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