マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.540] 11、しょうきちのボランティア 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/19(Sun) 21:52:33   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 本日は晴天なり。マイクテストにも出そうなほど晴れた。
 昨日の夜から鬱々とした気分のザフィールをよそに、ガーネットはとても楽しそうに海へ誘う。何しろ腕を掴む力は尋常ではなく、肩の関節が外れそうだと悲鳴をあげたこともあった。
 そういう関係だというのに、カイナシティの市場へ行けば彼氏彼女と呼ばれ、ポケモンセンターではお二人様と呼ばれ。その度にガーネットは作った笑顔で、ザフィールは気力のない表情で否定する。
 そんな嫌なら離れればいいのに、太陽が輝くカイナの砂浜を嬉しそうに歩く。あまり乗り気ではないザフィールを開いたパラソルの下においていき、ガーネットは波打ち際へ。そして振り返ると「逃げるなよ」と低い声で言う。声にならない声でザフィールは叫ぶ。強い風に流されて消えていったけれど。

 靴下を脱ぎ、素足で波へと入る。外に出たヌマクローのシリウスがとてもうれしそうに波間を泳ぐ。その隣には、ジグザグマのしょうきちがついていくかのように。シルクはポニータらしく砂浜を走り回って訓練中。キノココであるリゲルは海水が苦手なのか、ザフィールの元でじっとしている。しかも不穏な動きをしたらすぐしびれ粉と伝言を預かっていた。そして、水が苦手なのか、ガーネットの頭の上に乗っているマイナン。そのはしゃいでいる姿は、普通のポケモントレーナーにしか見えなかった。
「あんまり遠くに行くなよー!」
ヌマクローに声をかける。聞こえてるのかガーネットの方を振り返り、その後すぐにジグザグマとじゃれている。ポケモンたちに向けるのはとても嬉しそうで信頼しきった顔。ザフィールはそれをみて、ため息をついてから砂浜に横になる。パラソルが日差しを遮って、しかも風は暖かい。昼寝するにはちょうどいい気温だった。
「暑いね、サイコソーダ飲もうか?」
ガーネットが頭の上にずっと乗っているマイナンに声をかける。遠浅の海だからか、ヌマクローとジグザグマはかなり遠くまで行ってしまっていた。怒ったように2匹を呼び戻し、灼けた砂へ足を入れる。そして眠りかけているキノココを迎えにパラソルの下まで行く。完全に寝ているザフィールを無視し、サイコソーダを求めて近くの海の家へ。
「すいませーん!サイコソーダ6個ください」
「あいよ、お嬢ちゃんポケモントレーナーだね!いっちょここで熱いバトルでもやってみないか?全員に勝ったら代金はタダでいいぜ」
「いいですよ、シルク!」
熱いバトルの解釈がどうやら違ったようだった。室内でポケモンたちを蹴散らし、炎で焦がす。海の家の気温がぐんぐん上がっていた。確かに熱いバトルではあった。

 3人のトレーナーたちを見事に熱く完封した後、さらにサイコソーダを6本もらってしまった。こんなにあっても、と思いつく。まだのんきに寝ているザフィールの頬に当てる。氷で冷やされたものがいきなり頬にあたり、情けない声をだして起き上がる。
「ハルちゃんまだアイス食べてないよ」
「何寝ぼけてんのよ」
揺さぶられようやく目も覚めたようだった。サイコソーダを差し出すと、軽く礼をいって受け取る。栓をあける前、手が止まる。
「なあ、お前あけてよ」
「なんでよ、それくらいできるでしょ」
「お前のことだから、思いっきり振った後とか、思いっきり転がした後とか・・・すいません、そんな殺気たてないでくださいすいません」
力を込めてビンを押す。中のビー玉が下に落ちて、弾ける泡がたくさん見えた。透明な容器から見るそれは涼しげで、夏に似合う。
「これさあ、昔はお祭りの時しか買ってもらえなくてさあ」
口の中であまくて弾けるサイコソーダ。懐かしい味に、ザフィールはゆったりと味わうように飲んでいる。
「え、買ってもらえるもんなの?お祭りは見てるだけだと思ってた」
「買ってもらえたよ、少なくともうちではだけど」
「ふーん、ザフィールんところって、お金持ち?」
「いや普通だろう、それくらい。ってかどんだけそっちが厳しいというかお嬢様っていうか・・・」
「私はお嬢様みたいな上品な家庭に育ったわけじゃないよ。一日3食おやつ付きなんてこともなかった。近くに、ウバメの森っていう大きな森があって、そこの森ってすごい木の実がたくさんあってね、結構お腹いっぱいになるからねえ。でも木の実取るのも一筋縄じゃなくて、それこそ虫ポケモンとか草ポケモンに追い掛けられて逃げたりもしたし」
「随分また山育ちなことで・・・」
空になったビン。器用にふたをあけ、中のビー玉を取り出した。蒼く輝くビー玉がザフィールの手に落ちる。
「そうでもないよ、ウバメの森って初めて入る人は怖いっていうけど、中には神様がいて、助けてくれるんだから」
「はあ、神様ですか。そんなの信じてなさそうな顔・・・いやすいません言いすぎました」
「神様、いるんだよ。緑色の蜂みたいな妖精みたいな。困ってたみたいだから助けたら、いつかちゃんとこのお礼はするっていって消えたし」
ザフィールの顔には、ウソ臭いと書いてあった。それを消すかのようにガーネットが食って掛かる。
「聞いたこともないな、森の神様なんて」
ビンを自分の後ろにおいた。すでに空になったビンが砂に転がった。それと同時にザフィールの背中に何かもぞもぞしたものが当たる。何かと思って振り向けば、自分に背を向けているジグザグマ。くわえているのはさっきおいたビン。思わず目で追いかける。じぐざぐ走行をしていたジグザグマが止まる。
「よしよし、いい子だなジグザグマ」
ビニール袋を手にした老人。ジグザグマはその袋の中へビンを入れる。そして再びじぐざぐ走行で砂浜を走り出した。


 聞けばその老人はカイナシティの住民で、この遠浅の海で育ったという。近頃はゴミが砂浜に流れ着き、海が汚れるのを憂いていた。それを汲んだのか、ジグザグマがゴミをひろって来るようになったことをきっかけに、こうして散歩がてらにゴミを集めているそうだ。
「ゴミはポイ捨てしたらいけないよ。砂浜が汚れたら海が汚れ、結局困るのは自分たちだからね」
穏やかな口調でザフィールの目を見ていた。捨てたと思われたのだろう。目をさっとそらした。そこでは、ジグザグマが2匹になってゴミを拾っていた。しょうきちがジグザグマを真似して拾っているのだ。それをガーネットの元へとせっせと運んでいる。彼女はゴミをまとめて老人に渡す。何を勘違いしたのか、シルクまで砂浜を走りながらゴミをひろって戻ってくる。
「あのポニータは君のかい?」
「いえ、知り合いのです。やたらと主人に忠実で」
「それはタマゴから一緒だったのかな?いずれにせよ、人なつっこいポニータだ」
目の前に水色のものが現れる。ガーネットのシリウスだった。ゴミ拾って来たのかと思えば、手には立派な魚が握られていた。まだ生きてる。自慢しているのか、ザフィールの目の前に魚を突き出す。
「それはお前の主人に持っていけ!」
しぶしぶガーネットのところに持って行く。暴れるそれを見て、彼女も扱いに困っているようだ。さきほど拾ったふちがかけたプラスチックのバケツに海水をいれて、そこに魚をいれると、ほっとしたように泳いでいる。
「まったく、遊んでるのか」
「ポケモンたちにとって、主人と遊べることが楽しいこと。それにこれが仕事だったら誰もやらんよ」
シリウスが再び海へと入る。遊びながらなのか、再び魚を持って上がってくる。そしてバケツに入れた。
「ねーザフィールー!」
珍しくザフィールにも笑顔で手を振っている。思わず振り返した。バケツを持ってやってくる。
「これさあ、サイコソーダのお礼に海の家に届けようって思うんだけど、どう思う?」
「お前のポケモンが持ってきたんだから、好きにすれば?俺は別に・・・って高級魚じゃん、これ!」
刺身の値段は少し違う魚たち。その価値もガーネットは解らなかったようで、驚いていた。しかもまだバケツの中をゆったりと泳いでいる。二人が話している間にも、シリウスはバケツに魚をそっと入れた。
「これおいしいんだぜ、刺身、蒲焼き、ああ、あと肝吸いとかでもいけるんだ」
「へえ、じゃあやっぱり届けよう」
バケツを持って、海の家へ走る。力持ちとは便利で、重いものを持ってもまるで持ってないかのように軽やかに走れる。そして海の家に入っていった。波音にまぎれて不機嫌な足音が聞こえる。遠くに見えるその姿は、幻なのか見なれた姿だった。そう、マグマ団の。呼ばれてないから今回はスルーでいいと、ポケモンたちを見ていた。けれど、こちらに気づいたのか、老人とジグザグマに因縁をつけてくる。
「海をきれいにするなんて」
「われわれマグマ団の敵!」
最悪だ。ザフィールの知らない顔。きっと新顔だ。それに向こうもこちらのことが解っていない。どう対応していいか解らず、助けをもとめる老人をただ眺めているだけ。予想通り、こちらにも絡んで来た。後で絶対こいつらしめてやる。一般人と見分けもつかない新人が、調子乗っているなんて許せない。


「さっきのトレーナーさん!」
海の家の女の子が迎えてくれる。サイコソーダのお礼と、バケツに入った魚を渡す。
「私のポケモンが取ったんです。さっきのお礼です、どうぞ」
差し出されたバケツを受け取る。その中ですでに4匹となっていた魚。やはり反応はザフィールと同じで、高級魚だと言っていた。食べた事もないので味の程度は解らない。
「ありがとうね、こんな優しい・・・」
「おらああ、さっさと明け渡せじじい!」
轟音。入り口からだった。振り向けば、マグマ団の特徴である赤いフードと黒い服を来た集団が、いかついオーラを出していた。飛び掛かろうと腰を落とした時に気づく。今はポケモンを持っておらず、しかも一人で4人も相手は出来ない。固まるガーネットを突き飛ばし、マグマ団たちは海の家の主人に詰め寄る。
「いつまでもこんなチンケな海の家やってんだよ!」
「海に行くものを応援するのもマグマ団の敵」
「さっさとせよ、後何ヶ月すれば気がすむわけ?」
「我々の手でつぶしてしまってもいいんだぞ」
女の子が泣いている。ガーネットはその子を抱き寄せ、慰めるのが精一杯。外のザフィールが気を利かせて来てくれれば、なんとかなるのに。そんなのは突然の英雄を期待するよりも確率が低い。そもそも相手が自分の都合通りに行くことなんて、逃げないだけでも御の字だっていうのに。それらの考えを自嘲する。まだマグマ団じゃないという疑いも晴れて無いのに、何を期待しているのだろうと。
「大丈夫だからね」
そう言いつつも、プロレスラーのような男4人を相手に出来ない。解決の方法は一人ずつ引きはがし、なおかつ建物の外に出すこと。せめてさっきバトルしたトレーナーたちが戻って来てくれたら。いざというときに何もできず、ガーネットは奥歯をかみしめる。



「いけ、キーチ」
ジュプトルがパラソルの上から飛び掛かる。顔も知らないマグマ団たちが驚いて暴れた。しかしすでに姿はなく、マグマ団のポケモンもリーフブレードで切り裂いた。
「さてと、一人でいいとかナメたこと抜かしてくれんじゃん、チンピラ」
ボールに戻す。いつもアクア団の下っ端を追い詰める時のように。というより下っ端ほど追い詰められると何でも吐き出すからたちが悪い。
「ひいいい、た、助けてくれー!!お、俺たち正式なマグマ団じゃないんだ!」
「正式でもなんでも、マグマ団なんだろ、かわりはない」
「ち、違うんだ、功績をあげないと俺たち、ボスに・・・」
「じゃあ、お前クビだな。大体から、マグマ団はこんなチンピラ行為しねえと思ったら案の定かよ、かっこわりい」
後で長文の報告書を作成して、それからマツブサに訴えて。そのためにも警察に突き出してやる。プラスルを呼び出すと、電磁波を命じた。人ですら麻痺させることが出来る。
「つ、強いな君」
「それほどでも。こういうチンピラは社会悪の中でも一番階級が低いから楽なんですよ、威勢だけだし」
「それはそうと、仲間を追わないと・・・あいつら海の家に入っていったみたいだし」
それは必要ないのかな、とザフィールは思った。なぜなら、海の家に入っていったと同時にシルクが猛ダッシュをかけたから。そこまで忠実なポケモンならば、威勢だけのエセマグマ団など相手にもならないはずだ。


 男の背中に張り付いた。驚いてへんな悲鳴を上げて男が振り落とそうと暴れた。あまりに振り回されすぎて、5週まわった時に、それは落ちた。茶色の毛並み、ギザギザの耳。しょうきちが飛び掛かっていたのだ。今は目をまわして畳に倒れている。
「しょうきち!?」
「なんだお前のポケモンかぁ!?なめたまねすんじゃねえぞおら!」
蹴り飛ばす。しょうきちの体がガーネットに向かってきた。なんとか受け止める。まだ目がまわっていて戦える状態じゃない。体が浮いた。特に歴戦の強者のような体格の男が、ガーネットの体を押さえつける。その拍子にしょうきちの体が落ちた。
「離しなさいよ!」
「てめえみたいなトレーナーが一番ケガするってのを教えてやるよ!」
焦げ臭い。白い煙が立ち上る。何事かと男が振り返ると、ポニータが後ろで火の粉を自分に向かって吹いていた。そして焦げ臭いのは、服に炎が燃え移ったため。慌てる男から解放され、ガーネットはひざをつく。しょうきちが大丈夫かというように寄ってきた。
「シルク、さんきゅー。さて、しょうきち、あいつらにミサイル針だ」
しょうきちが全身を震わせる。堅い毛をかまえ、そして発射させる。それは針となって男たちの足にうたれる。痛みにのたうちまわり、吠えまくる。じゅわっという音が聞こえた。何かと思えば、服についた火が水鉄砲によって消される音。シリウスが手にためた水をかけたようだ。
「このヌマクローはお前のでも、敵もわかってないみた・・・」
ただ消しただけではなかった。シリウスだって解っている。水鉄砲で服を濡らしたのは、傷を見えやすくするためだった。そこに口の中に含んだ泥を思いっきり吹き付ける。マッドショットを見事命中させ、火傷の上に攻撃をくらい、男はさらにのたうち回る。
「よし、シリウス、そのまま放り出して!しょうきち、ずつき!」
痛くてバラバラになってしまった男たちと距離ができた。じぐざぐな動きでは間に合わない。しょうきちは跳んだ。白い流線型の体、縦の模様。マッスグマとなって直線を跳ぶ。鋭くなった爪が男の足に食い込み、ズボンを切り裂く。そして膝にずつき。バランスを崩して男は転ぶ。それにそれに連携を入れるようにシルクが炎の渦で閉じ込める。
 残った二人がしょうきちを止めようとポチエナを呼び出すが、それすらも突き飛ばし、頭からぶつかる。胸の中央に弾丸のように入り、そのまま男は倒れる。押さえつけようとする男の手を、マイナンの電光石火がはたいた。そしてリゲルは倒れた男たちに念入りなしびれ粉をかけ、完全に動けなくしていた。
「いけ、しょうきち、そのままずつき!」
アッパーのように男の顎にしょうきちの頭が入る。目から星が飛び出し、最後の男も倒れる。起き上がるものはなく、完全勝利をおさめた。内装がド派手に荒れた海の家と引き換えに。


「ご協力ありがとうございます」
その後すぐに通報し、警察がやってくる。海の家にいるやつと、外にいるやつ、合計5人を連れて行く。連行されるそいつらを見送って、ガーネットはため息をつく。嫌なヤツをぶち倒した爽快感と、警察が来る直前、少し目を離した瞬間に煙のように消えたザフィールと。一緒にいたジグザグマの主人ですら気づかなかったようだ。
 海の家で、女の子とじゃれあっているしょうきちを呼んだ。もう探しに出かけなければならない。陽も落ちかけ、金色の光が砂浜を照らしている。暗くなってしまえばみつけにくくなり、二度と会うこともなくなるかもしれない。
「お姉さん」
しょうきちの後に、何かを言いたそうにやってくる女の子。しゃがみこみ、目線をあわせた。
「どうしたの?」
「しょうきち、私にちょうだい!」
動揺して声も出ない。しょうきちは何を言われてるか解らないようで、ガーネットの足元をうろうろしている。そして女の子を見送っているように、喉をならした。
「突然でごめんなさい。悪いやつを倒したしょうきちと一緒にいたいの!私、何も出来なくて、お父さんを助けることもできなかったのに。しょうきちは怖がらなくて立ち向かっていったから」
「ごめんね、ポケモンはあげられないの。ポケモントレーナーにとって、ポケモンは大切な協力者だから」
しょうきちが突然雄叫びをあげる。驚いてそちらを見ると、ガーネットの体に登る。そして首のまわりをマフラーのように包み込むと、するっと抜けて砂浜へ着地する。そして女の子のまわりをぐるぐるまわっている。といってもマッスグマである身だから、かくかくと直角に曲がっているだけ。
「しょうきち、そうか。そうなんだ」
ガーネットはベルトからしょうきちの住処のモンスターボールを取る。そして女の子にそれを渡した。
「しょうきちって、私の友達がつけてくれた名前。大切にしてね。ちょっとやんちゃで、目を離すと穴ほってたりするけど」
「いいの?」
「しょうきちが心配してる。ポケモンがいないなら、用心棒をかってでるって」
もちろんそれはガーネットの解釈ではある。けれど、女の子のまわりをじゃれていたり、ガーネットを時折みつめて頷いているような動作を取る。そして砂の上をうろうろと。
「ありがとう!大切にするから!」
海の家へと引き取られていく。しょうきちもついていった。そして一度、ガーネットを振り返ると、力強く頷く。ふたたび名前を呼ばれ、しょうきちは夕方の砂浜を新しい主人と歩いていく。夕日に照らされて、その毛並みが金色に輝いていた。
 家に入るのを確認して、ガーネットも反対の方向へと歩いて行く。でも一歩、二歩、歩いていくごとに涙があふれていく。それは砂浜に落ちて、そこだけ濡らす。
「ポケモンにまで、嫌われたのかな・・・?」
親しい人はいない。ホウエンに来て、誰も。昔の知り合いで、唯一頼りになるはずのダイゴは冷たく変わってしまった。ミツルは頼ってしまったら負担をかける。ミズキはたしかに同郷かもしれないけれど、信頼するには資料が足りない。そして当たり前だけど常に逃げようとするザフィール。しょうきちまで去った。
「みんないなくなるんだ」
どんなに優しい一面があっても。それは一時的なものでしかなかった。誰もがいなくなる。その場にしゃがみ込み、誰もいないけれど声を殺して泣いた。夕方の遠浅の海で、穏やかな波だけがその場に響く。だんだんと冷えてくる風にも構わず、ただ泣いていた。

「潮風にいつまでも当たってると風邪ひくぞ」
自分の肩にかかる暖かいもの。いつも見ていたそれ。赤と黒の上着。声の方を見上げた。ザフィールがTシャツ姿でそこにいる。手にはビニール袋と、うっすら見える「天日煮干し」の文字。そしてそのままザフィールが横に座る。
「俺がいなくて寂しくて泣いてるの?」
「泣いてるわけないでしょ!潮風が目にあたって痛いだけよ」
「・・・はいはい」
もう夕日も消えかけている。明かりのない砂浜はほとんど薄暗く、遠くにカイナシティの明かりが目立つ。灯台に光が灯り始めた。目の前は遠くの船の明かりしか見えない、暗い海。
「前から聞きたかったんだけど、お前、犯人探し当てて、それでどうするの?」
「え?」
「だから犯人あてたところでさ、どうしようっていうの?一度は自殺って言われたんだろ、そしたら公的機関が動くことは相当な証拠がないと動かない。それに、もし俺が犯人だとして、俺まだ未成年だしそんなに重い罪にはならないし。ああ、それと自白だけだったら推定無罪で終わりだろ」
「・・・解らない。けれどそいつにはたくさん聞きたいことがある。なんでそんなことしたのか、どうしてあの子じゃなきゃいけなかったのか。罪にならなくても、私は本当のことが知りたい」
「それだけだったらなおさら止めておけよ。お前が見たっていうマグマ団は悪いけど勝てる相手じゃないし、そこまで顔を見てるお前を放っておくわけないと思わない?それに、俺だったらなんとしてもお前を始末するけどね、先に」
「始末?」
「消すってこと。こんなに近いんだから、飲み物なり食べ物なりに一服、それで広いホウエンの海にばっしゃーんで永遠のさよなら。証拠なんて残らないし。それだけ危ないことをしようとしていること、本当に解ってる?」
黙った。正直言うとそこまでは考えていなかった。何も言わなくなった彼女を見て、少し気味の悪い話をしすぎたかなとザフィールは次の話題を探す。
「すごいな、お前」
つぶやくように話しかけた。まだ春先の海。夜の気温まで高くない。
「何が?」
「今日来たやつらがさ、海の家に入った瞬間、砂浜で遊んでたシルクが吹き飛ばす勢いでかけていったんだぜ。涼んでたキノココだって飛んでいったし。好かれてんだな、お前」
「そんなことないよ。しょうきちは、私のことを置いていった」
一部始終を話した。最後まで言おうとするけれど、そこから言葉が出て来ない。けれどそこから汲み取ったようにザフィールは頷いた。
「そうか。お前の足にしょうきちは体すりつけてこなかったか?」
「それはジグザグマの時からだけど?」
「はは、やっぱり。ジグザグマの習性でさ、好きな人間には体こすりつけてくるんだぜ。ジグザグマ同士とかだと良く見られるよ。嫌いで離れたわけじゃないだろ、どっちかっていうと、しょうきちがロリコンってことだ」
「はあ?」
「小さい子のがかわいくて心配ってことだろ。進化までするくらい育ててくれた恩を忘れることは、ほとんどのポケモンで無かったっていう実験データもあるって父さんが言ってたし、気にすることじゃねえよ。それより、ほら」
ザフィールは鞄から少しぬるくなったサイコソーダを取り出す。ガーネットはそれを受け取った。
「辛い時はサイダーでも飲んでリフレッシュ」
「誰が辛いなんて言ったよ」
「辛くなくても飲んでりゃいいんだよ。ほら、昼間のお礼なんだからつべこべ言うなよ」
ガーネットは栓を開けようとした。しかし何か嫌な予感と変な感じがする。その手を止めて、ザフィールにそれを返す。
「ザフィール開けてくれない?」
「なんでだよ、自分で・・・」
「ふーん、じゃあ取り替えてくれない?」
「・・・お前どうしてそんなに勘がいいの?少し脅かしてやろうと思ったのに」
「甘いのよ、そういう小細工するところとか!」
少し元気づけようとして、振ったのに。そういいながらザフィールは振った後の炭酸のビンを開ける。ビー玉が下に落ちると共に、豪快な泡が、ビンから溢れてきていた。


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