マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.887] 44、その名前を教えて 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2012/03/04(Sun) 00:41:59   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 プラスルが弾き跳ばされる。エアームドのとても固い鋼の翼に。タイプ相性上は有利なはずなのに、体格と強さが桁違いだ。
 これが最強のトレーナー。ザフィールは唾を飲み込む。対面すれば相手に与えるプレッシャーは他のトレーナーの比ではない。
「さっきまでの勢いはどうしたんだい? 終わらせてもらいたいんだね」
「なにを!」
 エアームドの鋭い嘴がザフィールの心臓に狙いをつけていた。そしてその重量のある体ごと突っ込んできたのだ。ザフィールが新しいボールを投げる前に、黄色いプラスルが青白い電気をまとってエアームドを弾くように突進した。空中で電気を逃がすものもなく、エアームドは動きが止まったおもちゃのように地面へと落ちる。
 プラスルも無傷とはいかず、右の耳元に嘴を受けて血を流していた。エアームドと二度もぶつかり、そのダメージは決して小さくない。けれど、プラスルは起き上がって一度だけザフィールを振り向いた。そしてダイゴの方を向く。再び電気を身にまとい、威嚇する。手出しはさせないと。
 電気のダメージが予想以上に酷かったようで、エアームドはダイゴの命令に従えるようにも思えない。それなのに労る素振りも見せず、労る言葉もかけず、無表情でダイゴはエアームドをボールに戻す。思わずザフィールがアンドロイドか、と小声で口走った。聞こえたのか聞こえてないのか、次のボールを投げる。
 現れたのはプラスルの体長よりも遥かに高いボスゴドラ。見た瞬間に、ザフィールはプラスルに戻るよう命じた。その瞬間、ダイゴと目が合う。殺気立つアクア団を相手しているようだった。
「ダイゴさん」
「なんだい? 降参ならいつでも認めてあげるよ」
「貴方、本当にダイゴという人物なんですか? ヒトガタの話、とても普通の人が知ってるとは」
「何を言ってるんだい、僕は人間だよ。正真正銘のね。君みたいな人の形をした藍色の珠じゃないんだよ」
 ダイゴは嘲笑う。
「だからなんですか」
 ザフィールは静かに言った。
「俺はそう言われた。カイオーガともつながってた。けれど俺とダイゴさんの違いはなんですか。勝手にそう生まれて裏切られて死にかけて、俺には自分の意見を言う権利もないんですか!?」
 ボスゴドラが静かに動いた。ザフィールの目の前に何もポケモンがいないのだから、その太いしっぽの一撃は致命傷になる。ダイゴはそれを容赦なく命じた。片方だけのヒトガタなど必要ない。言った通りに、ザフィールにはもうヒトガタとしての役割すら期待していない。
 大きな音がした。波を蹴る大きな音。同時にボスゴドラは横切る青に飲み込まれ、そこから姿を消す。大きな巨体がダイゴとザフィールを分けるように鎮座していた。
「あの時のホエルコか。全く知恵ばかり回る」
 ホエルオーの大きな口の中からボスゴドラのしっぽが見える。どんなに力があっても、体格差では勝てないようだ。ただダイゴの他のポケモンがそうであったように、桁違いの強さを持っていてもおかしくない。今もホエルオーのしっぽが苦しそうに上下に暴れている。
「進化すれば強くなる。本気でそう思ってるの?」
 ホエルオーが飛び跳ねる。大きな体だから地震のように揺れた。口の中の異物を吐き出した。ボスゴドラの体がずっしりと地面に落ちる。
「さあボスゴドラ、暴れておいで。突進!」
「今だイトカワ」
 ザフィールの合図と共に、大量の海水が辺りを濡らす。ボスゴドラはそれを嫌がり、地面にうずくまる。鋼の鎧が海水に濡れた姿は、海底に沈んだ鉱物を連想させた。固唾をのんでボスゴドラの動きを見つめる。それ以上は動かないようだった。
 ダイゴはその冷たい表情のまま、やはりいたわりの声すらかけずにボールに戻した。機械的な動作で新たなボールを投げる。そこにポケモンと共に生きて来たトレーナーの雰囲気は全くない。ザフィールはヒトガタと言われた自分よりも人間ではないように感じていた。
「こんな子供に手こずるなんて正直思ってなかったよ。片方だけのヒトガタなんて恐れるものでもない」
 ダイゴの手から投げられたボールが、無機質な4本足の鋼鉄を吐き出した。
「もう終わりにしよう」
 ダイゴはそれをメタグロス、と呼んでいた。容赦のない言葉をダイゴはメタグロスに伝える。目の前の人間を全力でつぶせ。ザフィールの耳にもはっきりと聞こえるように。
「誰が終わりなんかに、させるか!」
 ホエルオーがその巨体でメタグロスを押しつぶすように転がる。地面が揺れる。重心を低くし、まっすぐホエルオーを見た。完全にホエルオーの下に入っているメタグロス。身動きを封じた。ホエルオーの向こうに見えるダイゴの表情は動揺もなにもなく、ただ無表情。生気のない人形。
「じしん」
 もっと大きく揺れた。ザフィールは思わずよろけ、ダイゴから視線を外す。ホエルオーの体が転がってくる。ボールをかざし、戻すと、目の前にメタグロスの巨体が目の前に迫っていた。
 その素早い足をもってしても、追跡するメタグロスの攻撃からは逃げられない。腹に重たい一撃が入り、体は吹き飛ばされる。勢いは止まることを知らないようだった。痛みに呼吸すら満足にできない。足音に目を開ける。
「君が死ねば予備のヒトガタが使える。僕たち人間が生きるためにヒトガタは必要だ」
「ふざ・・・けんな」
 マツブサもダイゴもなぜこんなわがままがまかり通る。人のことを道具としか見ず、一方的に必要だとか必要ないとか、なぜそんなことが許される。人の形をしたものは、なぜこんなに憎まれて排除されなければならない。
 生まれたのも一緒だ。子供だったのも、ポケモンと出会ったのも。何が違う。何がヒトガタだ。そんなもの、必要なポケモンなど生かしておくことが間違いではないのか。
「協力もできないヒトガタなんて要らない。ラティオスとラティアスもそう言っている。僕は人を殺すんじゃない。出来損ないのヒトガタを始末するだけだ」
「……ガーネットも、俺も、出来損ないなんかじゃない」
「よくそんな事が言えるね。口だけは達者だ。片方だけを残して死ぬ紅色の珠も、それを助けられない藍色の珠も出来損ないにしかならない」
「……あいつが、帰ってくるなら、なんだって、してやる。それで、お前の、言ってること、全部嘘だと、証明してやるよ!」
 メタグロスがその4つ足で近づいてくる。その足で頭を踏みつぶされれば耐えられるはずもない。
「さようなら。次はまともなヒトガタに生まれてくるといいね」
 無表情でダイゴはメタグロスに命ずる。メタグロスの足の一つが眩しい銀色の光を発した。そしてそれはポケモントレーナーにあるまじき行為。
「コメットパンチだ」
「いくらダイゴさんでもザフィールに手を出すなら覚悟してくださいね」
 メタグロスの重量が吹き飛ばされた。地面に少しめり込み、メタグロスがダイゴを見る。しかし彼は一人の少女に取り押さえられていた。その存在はそこにいる人間たちを驚かせる。
「ガーネット……? ガーネット? 本当に、ガーネット?」
 ザフィールに名前を呼ばれ、ガーネットは振り向く。
「私は一人しかいないわ」
 視線をダイゴに戻す。そしてダイゴの片腕を持ち上げた。
「私ならダイゴさんの腕くらい、簡単に折れます。これは脅しじゃありませんから」
 下に伏せたダイゴの腕をねじりあげる。人間の関節ならどんな大男も悲鳴を上げるはずだった。それなのにダイゴの顔は表情一つ変わらない。
「なぜ、君がここにいる? まさか、君がなぜ、ラティオスとラティアスの言葉は絶対で嘘など、嘘などない!」
「いるからいるんです。これ以上、私だってダイゴさんを傷付けたくありませんので」
 黄緑色の妖精が彼女のまわりを飛ぶ。その軌跡がきらきらと輝いていた。そしてダイゴの目の前に来ると流暢な言葉で話し始めた。
「哀れな人間。心を閉ざしてひたすら言うことを聞くだけの道具にされて。もう大丈夫。僕が思い出させてあげるよ。君の楽しい思い出を」
 聞いたことのない美しい音色の風が響く。冷たく閉ざした心に響く風。春風のようにとかして行く。
 その瞬間。ダイゴのまわりからドス黒いオーラがあらわれる。そしてそのオーラは風にとけ込み、消えていった。その方向をしばらくみつめ、気絶したダイゴを優しく地面に寝かせると、まっすぐにザフィールを見る。
「どうして、どうしてここに」
 少しずつ近づいてくる。ザフィールは痛む体を押さえて起き上がる。夢なのか幻なのか。そこに存在し、手を差し伸べている。すがるようにザフィールはその手を掴む。
「どこいってたんだよ。ずっと会いたかっ」
「この犯罪者がああ!!」
 痛いところをさらに掴まれてザフィールはぐふっとしか言えなかった。
「マグマ団なんかにいて、あんなことになって! 心配したんだから! ザフィールのバカ! バカぁ!」
 強い力で体を揺すられて、ザフィールの世界はシェイクされている。こんなことできるのは一人しかいないし夢でも幻でも絶対にない。
「……ごめんなさい」
「バカ」
 信じられなかった。こうしてまた話していること、ガーネットが抱きついて来たこと。彼女の体はマグマに焦がされた匂いと、硫黄の匂いが少し混じっていた。めざめの洞窟と同じ匂いだ。
「お前こそ、最後の最後であんな告白されて俺がどんな気持ちになったか考えたことあるのかよ……」
 次に言いたい言葉なんて出て来なかった。ずっと会ったらまずなんて言うべきか考えていたのに。
「ザフィールこそ、私が寝てる間にしてたの気付かれてないとでも思ってるの?」
「えっ、もしかして三回も気付かなかったフリしてたのかよ!」
「え、三回もしてたわけ!?」
 ザフィールは突き放された。ガーネットは怒ったような表情で彼を見ている。うっかり言ってしまい、ザフィールは必死で視線をそらそうとする。
「信じられない。三回も一方的にキスされて、今さら断れるわけないでしょ」
 けれどその言い方は柔らかかった。再び目が会った時、ガーネットは微笑んだ。
「だから最後は返事のつもりだった。けどザフィールが解ってないようなら言ってあげる。私はザフィールが好き」
 改めて言葉に出して言われると、ザフィールもどう反応していいか戸惑う。
「ザフィールが昔にどんなことやってようと、私は貴方が好き」
「……予想外すぎる」
 たくさんの嬉しいことが一度に起こり過ぎた。ガーネットに再び会えて、そしてさらに一番欲しい言葉をもらって。
「男の子がそんなメソメソ泣かないの」
「解ってるよ。解ってるけど」
 嬉しい感情が溢れていた。ザフィールの白い髪をガーネットが撫でる。
「嘘じゃないよな。全部夢じゃないよな」
 3ヶ月越しの言葉を言うため、ザフィールは深く息を吸う。
「俺はガーネットが好きです」
 絶対に受け入れてくれないと思っていた。初めてマグマ団とバレた時に好きだと自覚するのと同時にそれを覚悟していた。だからこそこっそりと伝えることしかできなかった。それなのにはっきりと口に出して自分の感情を伝えることができる。堂々と唇を重ねることができる。初めてでないようで初めてのキスは少し潮風が混じっていた。


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