マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.673] 35、疾走 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/08/30(Tue) 22:17:54   68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ホムラは倉庫の壁に背中を預けて腹をさする。さすがに短時間の間に同じところへ二発もくらっては動くことが難しい。心の中でマツブサへ詫びる。カガリを上手く使ってくれと。
「そう睨むなよ」
自分を見る視線に気付く。それはこの状況においてもなお負けないというオーラに溢れていた。マツブサの言っていたことを思い出し、やっとのことでそいつに近寄る。そしてそっと手をかけた。
 アクア団の手に渡らないようにしろ。そうホムラに命令した。この状況で動けなくなるのは時間の問題。やりたくはなかったがこうするしかなかった。ホムラがゆっくりとザフィールの気道を閉める。アジトに残れと言われた時に外れクジだと覚悟した。マツブサのために何でもやると誓った。ずっとそうしてきた。それなのに、
 初めてのポケモンのドンメルが言うことを聞かなくて困ってるところをそうじゃないと言ったこと
 やっとのことで初めて野生のポケモンを倒せた時の報告
 負け続けだったトレーナー戦で、アドバイスを受けながらも勝てたとき
 信頼関係が築けたのか、ようやく背中の傷のこと、昔のことを話してくれたり
 それでもマグマ団のみんなが優しくていい人たちだから、いつまでも悩まないしこれからがんばると前向きだったこと
 バクーダになったとき、はしゃぎすぎて堤防のりこえて海に落ちたこと
 その後、なぜかカガリに二人とも怒られた
 遠くの任務で帰れなくなり、せっかくだからと星空を見上げて星座や流れ星を数えた
 本当の弟のように思っていたのに、マツブサからくだった残酷な命令
「できる、かよ!」
みっともなかった。マツブサの命令は絶対に従うと約束した。けれど、ホムラの中の感情がそれはダメだと抑制する。アクア団の手に渡って利用されたとしても、生き残って欲しかった。その後、マグマ団を恨もうが何しようがどうでもいい。手をかけることだけは、どうしても出来なかった。
 力が緩んだところを狙ったのか、ザフィールがホムラの手を払いのける。その力加減は、すでにマグマ団としてではなく、敵として認識した力だった。その目も、すでに今までと違っていた。憎むような目だった。子供だと思っていたザフィールがそんな酷い負の表情をするなんて、ホムラにはにわかに信じがたい。けれどそんな顔をされても仕方ないくらいに、マグマ団として彼に残酷な仕打ちをしている。
「何も、もう信じない」
ザフィールがモンスターボールに手をかけた。そこから出てくるのはジュカイン。体の葉は刃のように鋭く、強いものでは岩をも叩き切る。その刃を街灯に光らせた。ホムラは目を閉じた。
 倉庫の入り口で、物凄い地響きが起きた。何かを思いっきり叩き付ける音。ジュカインがその音の方向を見る。ウシオが何かに怒鳴りつけてる声、そしてもう一つは高さからいって女。それも子供。そしてうっすら漏れる眩しい光。赤い炎が見えた。
「私は眠いの。だから、早くしてくれないかしら。そこを退きなさい」
狼狽がきこえる。体格のいいウシオが何をうろたえたのだろうか。ホムラには想像もつかない。地面に重いものがのしかかる音がした。甲高い馬のいななき。
 そして倉庫の重い扉が開く。そこに立っているのは、何とも不機嫌そうな顔をした女の子。とても眠そうだった。すでに時計は午前3時をまわろうとしている。
 少女の後ろから現れたのは一層燃え盛るたてがみのギャロップ。真夜中だからか、炎が目に焼き付いて離れない。そして誰よりも速くザフィールのところにかけより、血の匂いを嗅いだ。そしてザフィールの顔に鼻を近づける。何かを訴えるように、頬にふれた。
「大丈夫!?」
「ミズキ?なんでここが?」
「シルクが教えてくれた。ここに誘導されて来たの。それより、ちょっと見せて」
たてがみの炎に照らされた傷口。そこに巻いてある元が何色か解らなくなってる布。それが少しは止血の役割をして、ここまで持たせていたようだ。それでもまだ血は止まり切ってない。この量からして、すでに意識が飛んでいてもおかしくないはずなのに。
「痛くない。痛みは止まれ。血も止まれ」
力強い言い方。今までにないほどのミズキの言葉。なぜかそれと共に今までに感じていた右足の重さがなくなっていく。試しに動かしても違和感はなかった。あらたな出血も感じない。
「もう痛くないから!あとこれ飲んで!」
ザフィールに拒否権は無かった。先ほども同じようなことがあった。ただ、今回は得体の知れない漢方薬ではなく、ちゃんとした痛み止めというところ。しかしその量が半端ない。加減を知らない人間だったことに気付いたがもう遅い。10錠も口の中に入れられた後、おいしい水を差し出された。吐き出したら眠気で不機嫌なミズキに何されるか解らない。
「もう痛くないから!」
「本当、だ。全く痛くねえ」
立ち上がっても足が悲鳴を上げることがない。喜んだのもつかの間、いきなり襟首を掴まれる。そして振り回されて空中を飛ぶ。何が起きたか一瞬わからなかった。数秒そこにいてようやく理解する。シルクがくわえて自分の背中に乗せたのだと。ミズキに礼を言う間もなく、シルクは走り出した。風が強く、大きく荒れているミナモシティの港に。
「はは、お前何者だよ」
そこにいたホムラがミズキに話しかける。
「何者って、おじちゃんたちに世話になった者。というかホムラおじちゃんも大丈夫?」
「・・・俺、おじちゃんって年じゃねえんだが、ガキからみたらおじちゃんか」
見た目は不思議だった。中に着ている青い服と上に羽織っている白い上着のせいで、サーナイトのように思えた。超能力で主人を全力で守るポケモンだ。人を超えた不思議な力は、まさにサーナイトの生まれ変わりのようだった。
「それより、まじで眠い。でもやらないと私が来た意味がない。海の神様、力をかして」
ホムラにも不思議な言葉をつぶやく。本当に一瞬にして体が軽くなっていた。ホムラが再び何者だと聞こうとした時には、すでに倉庫からいなくなっていた。

 夜中のミナモシティを照らしながらシルクは走る。ザフィールはその背中につかまっているだけで精一杯だ。速さも高さも、落ちたらただでは済まない。それにずっと乗っていたガーネットはどう思っていたのだろう。
 突然、いななきを上げてシルクの足が止まる。下が砂浜だ。そして打ち寄せる波の音。シルクの炎で見た夜の海は、かなり波が高い。シルクの出番はここまでだ。ザフィールは降りる準備を始めた。
 しかし、シルクは背中の客を無視して歩みを進める。波の中に足を入れたのだ。当然のごとく、小さな悲鳴が上がった。
「無理するな。大丈夫、大丈夫だから。お前の主人は絶対に取り返してやる。今、信じられるのはガーネットしかいない。だから全力で取り戻す。お前はここで待ってろ」
降ろしはしない。そういうようにシルクが何度も波打ち際へと寄っては水に悲鳴を上げる。その間、ザフィールは怖くて降りることが出来ない。イトカワのボールを出したくても、暴れ馬のように揺れる背中では出すことも容易ではない。
「解ってる。お前の気持ちは良く解る。だからこそ待っててくれ!頼むから!」
大きな波が来る。それに向かうようにシルクは走る。このままでは助けるどころか、ギャロップまで無くすことになってしまう。ザフィールは目を閉じる。
 海が静寂だった。さっきまで沖の方まで轟いていた波の音が聞こえない。ザフィールが目を開けると、見事なまでに凍り付いた波。そして流氷の到着を思わせる真っ白な世界。夜のため遠くまで見えないが、見える範囲では海が全て凍っている。
「なんだ?何が……」
近くの氷が割れる。そして首を出したのはミロカロスだった。野生のミロカロスのようだったが、ザフィールをじっと見つめて動かない。
「まさか、お前あのときのヒンバス?」
行け、とでも言うように首を横に振る。氷の上にはミロカロスが連れて来たらしいタマザラシやトドグラーがたくさんいた。まさか野生のポケモンが、こんなことをするなんて聞いたことがない。ザフィールは信じられないものを見ていたような、幻を見たような。
 シルクがおそるおそる氷に乗った。下が海なので少し揺れるが、氷はヒビ一つ入らない。
「ありがとう。シルク、おそらくマツブサとガーネットは一緒にいる。マツブサがいるのはおそらく」
ザフィールは空を見上げた。すでに蠍座が西の空に消えそうな時刻。そしてさらに探す。ホムラに教えてもらった道に迷った時の星のレールのこと。
「北極星があの位置。ならば行くぞシルク。あの見える流星を追いかけて走れ」
シルクはいななく。そして凍った海へと走り出した。シルクのたてがみが道を照らし、行くべき方向を導く。ただ一人だけ信じられる人間、ガーネットを取り戻すために走り出す。
 潮風が強く叩き付ける。その度にシルクは何度も足をとられそうになる。それでも負けないと鼻から息を吹き出した。たてがみがあかるくなる。炎のようなたてがみは、星明かりの海の上を走る。その姿は、燃える弾丸だった。


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