マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.694] 37、炎の天馬 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/09/04(Sun) 00:17:45   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 明けの明星が目に入る。東の海から、夜の終わりをつげる金色の光が広がった。遠くの黄金の海が、この季節の日差し以上に強い。そして足元の氷も心なしか薄くなる。気温が上がり、限界は近い。後ろを振り向けば、シルクが蹴りだした氷が、力に耐えきれず割れていく。そして目の前の氷もいつまで持つか解らない。
 それに目もくれず、シルクは走る。こんな長い距離をこんな長い時間に走ったことはない。体を冷やす汗がシルクの毛並みを濡らした。息もかつてにないほど苦しそうに吐く。それでもスピードは落とさない。背中にいる人間が、自分の主人を救ってくれると信じて。
 追い打ちをかけるように、シルクの体に冷たいものが当たる。雨は嫌いだ。雨の日はボールから出て来ようともしなかったシルク。けれど立ち止まらない。雨粒の冷たさがなんだと言うように、走り抜ける。
「違う!」
突然ザフィールが叫ぶ。足元を通過する巨大な何かが、ザフィールにそう言ったのだ。その方向ではないと。そしてその後から全身の骨に響くような痛みが走る。その痛みはシルクから落ちてもおかしくなかった。左手に力を入れる。落ちるわけにはいかない。
「シルク、違う。そっちじゃない。もっと南の、目覚めのほこら!」
自分で口に出して驚く。全く知らない名前が自然と出てきた。それがどこだか解らない。けれど、何かが教えてくれた方向に行けばそこにたどり着けると信じて。
 この時にはすでに雨は酷いものになっていた。風は強く吹き荒れ、凍っている海がどこまで続いているか見えない。ザフィールの右足から、水分を含んでとけだした血が流れ出していた。シルクの体から流れ出たような赤が、海に落ちる。
 激しい風に一瞬だけシルクがひるむ。勢いのついた大量の雨がシルクの顔面に降り掛かる。風が来るなと拒否しているかのよう。ザフィールも腕で顔を覆いながらシルクの耳に届くよう、大きな声で言う。
「シルク、止まれ、止まるんだ!」
シルクの向かうところがやっと解った。巨大な火山の後のような島、ルネ島だ。その中には、何かを閉じ込めるかのようにして発展したルネシティがある。今は定期的にルネシティ行きの潜水艦が出ている。そうでもしなければ、小回りの効くポケモンで空を飛ぶか。何にしても特殊な街なのである。そして、このまま走ったら間違いなく激突である。
「もうお前はがんばった。がんばったよ!だからもう止まれ!後は俺がなんとかするから!」
背中に乗る人間の言葉など耳に入らない。シルクの感が、そこへ向いていた。主人の居場所を感知する鋭い感覚。人間などには解らない。それを信じてシルクは走る。
「シルク、止まれ!ぶつかる!シルク!」

「シルクっ!!!!」


 その瞬間、翼が生えたようだった。


 氷の海を踏み切って、ルネ島の高さを超えた。ポケモンで空を飛ぶのとは違う。
 ジェットコースターに乗ってるように視界が狭い。そのスピードに恐怖しか出て来ない。ザフィールはシルクにしがみつこうとする。けれどシルクは吹き付ける大量の風でバランスが取れない。それでも背中の人間だけは無事に送り届けなければならない。そういうかのように、シルクは目を開け、降りるべき地点を見定める。
「うあああああ!!!!」
ザフィールの絶叫がルネシティの空に吹き荒れる豪雨と共に響く。そして炎の翼は風にあおられ、姿勢を崩した。着地と同時に倒れ、乗客と共に転げる。勢いのまま、数メートル引きずる。吹き荒れた風と雨が叩き付けてくる。
 全身の神経が痛む体を押さえて、ザフィールは起き上がった。服が少し破けただけで、ケガは全くないのが奇跡のようだ。
「シルク、大丈夫か?お前、本当よくがんばったよ。後は任せろ、絶対にお前の主人は取り戻す」
まだ立ち上がろうとシルクが体を起こす。それをなだめるように、頬をなでた。
「お前はここで休んでてくれ。必ず、約束する」
「炎タイプには、この雨はきついんじゃないかな」
ザフィールの後ろで声がする。敵意が無い声。振り向くと、レインコートを来た男が二人。一人は知っている。あの冷徹なダイゴだ。無機質な冷たさは忘れることが出来ない。けれどもう一人は知らない男。敵ではなさそうである。
「君は……このギャロップは君のポケモンかい?」
「いえ、違うんです。友達のギャロップなんです」
「そうか。いずれにせよ、炎タイプにこの雨は厳しい。私でよければ見よう。私はルネシティのジムリーダー、ミクリ。こちらの男はダイゴだ」
「ミクリ、彼とは知り合いだよ。そうだよね、ザフィール君」
やはり冷たい視線。一瞬だけダイゴの方を見たが、すぐにミクリへと視線を戻す。
「ギャロップお願いします。すいません、急いでるので」
「どこへ行くんだい!?この雨の中」
「目覚めのほこらに行かないと。そこで……」
ミクリがザフィールの手を掴む。何かを思い出したかのように。
「君はやはり……いや、なんでもない。ただ、君には後でゆっくりと聞きたいことがたくさんあるみたいだ」
そしてミクリは指をさす。目覚めのほこらの方向を。
「何度も夢に出て来たヒトガタ……本来ならばルネシティの人間以外入れることはないのだけどね」
「ありがとう!」
礼を言うと一目散に走り出す。ダイゴの側を通る時、ふと聞こえた言葉。今までの彼と違って、生きている人間が喋っているような声で。
「雨も太陽も、僕らには必要なものだ。なのになぜこんなに、不安にさせるのだろう」
本心からの言葉に聞こえた。鋼鉄のような仮面を取った、ダイゴの心からの言葉。思わず立ち止まってしまった。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんでも、ないです」
再び走り出す。ミクリに場所を教えられなくても解っていた。そこからはっきりと自分を呼ぶ声がする。飛ぶように豪雨のルネシティを走る。


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