マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.732] 40、夢幻のチケット 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/09/21(Wed) 23:36:34   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ヒトガタを失ったのは大きな痛手でした。一対で形となるヒトガタ、もう一つは始末するしかありませんね
 でも今だけが限られたもの。流星の封印を解く言霊の子孫をホウエンに留めておくのは難しいわ。
 

「リーダー!見てください!」
トウカシティのジムトレーナーが、保険の更新ハガキやら宣伝やらを抱えながらも、一つの封筒を取り上げて走って来た。その慌てっぷりにも関わらず、センリは落ち着いて答えた。
「借金の督促状は受け取らない」
「違いますって!」
誰がツッコミをして欲しいと頼んだと言わんばかりの勢いで、持っていた封筒をセンリに渡す。
「これ!上のお嬢さんのお名前ですよね?」
言われるまでもなくそうだった。センリは思わずその名前に言葉が出ない。差出人の名前はなく、消印も見当たらない。けれど名前だけはしっかりと書かれていたのである。センリは少しだけためらうと、封を切った。
「なんだろう、これ」
不思議な色の紙と美しい字で書かれたメモのようなもの。出て来たのはそれだけだった。何も書いてない。メモには「明日の朝、ミナモシティでお待ちしております」とだけ。
「綺麗だな。何かのチケットかもしれないが」
センリは少しジムを空けると言い残して出て行った。


 寄せては返すさざ波。あの時とは打って変わって穏やかなミナモシティの海。砂浜には白い貝殻が打ち上げられ、太陽に反射するハートのウロコがザフィールの目に留まる。持ち主はいまどこの海を泳いでいて、隣には心置けないパートナーがいるのだろうか。
 しゃがみ込み、波に触れる。海水は予想以上に冷たい。ため息をつくと立ち上がった。遠くの海を見つめて。
「おぬしがそこで死んでも何の解決にもならんと思うがのう」
誰もいない季節外れの砂浜。だからこそ、ここを選んだのに。振り返るとそこに人はいなかった。いや、いることはいる。一体の美しいキュウコンが。ミナモシティはコンテストが有名なところだから、おそらくそのトレーナーの誰かのポケモンかと思った。
「しかし厄介な運命を背負ってしまったのう。よりによってこんな事態が重なった時代に生まれるヒトガタとは」
何かがおかしいことに気付く。そう、まわりに人間はいない。だとしたら喋っているのは目の前のキュウコンということになる。しかしそれは現実か。いや違うに決まってる。おそらくキュウコンの作り出す幻影だ。
「しかもわしがみたところ、おぬしにとってはあんまりよくない結果かもしれんのじゃが……これ以上友を失うことになりたくなければ、決して沈んでいてはいかん」
「解ったような口をきくな。お前ごときに何が解る。ポケモンなんかに解るものか」
反抗的な若者をあしらうようにキュウコンはしっぽを揺らす。九つのしっぽはどれもみな同じようだ。
「ほっほっほ、わしは何でも知っておるぞ。恋人、いや自分の半身といってもいいほどの存在を失って、ほとんど世界がないように見えてるのじゃろ。大丈夫じゃ、歴史が変わってもほんの些細なこと」
キュウコンは立ち上がると、ザフィールを取り囲むように座る。もふもふのしっぽがザフィールの頬に触れた。その触り心地は、高級な毛皮よりも格段に上だ。
「傷ついた心のままでは帰りにくいじゃろうて。けれどおぬしの帰りを待ってる家族がおるのじゃ。あの日から帰ってないんじゃろう?」
気付けばザフィールの全身がキュウコンのしっぽで撫でられていた。モンスターボールを掴みやすいグローブと袖の間に触れるしっぽ、頬に触れるしっぽ。全てが服の上からだったのに、なぜか直接肌に触れているようだった。それは高級な毛皮に飛び込んだような心地よさ。
「もふもふは世界を救うのじゃ。もちろん、おぬしもじゃ」
あまりのもふもふに目を閉じる。こんなに触り心地の良いキュウコンは初めてだ。幻でもなんでもいい。ずっと触れていたい。
「家族に今までの事も話すとよいぞ。きっと味方になってくれる。それにあの事で誰もおぬしをせめとらん」
キュウコンの言葉に誘導されるように、ザフィールは今までの感情を表に吐き出した。慰めるかのように金色の毛皮は寄り添った。

 オオスバメの翼に乗ってミシロタウンへと飛ぶ。ミナモシティの砂浜で出会ったキュウコンに礼を言い、空へと舞い上がった。そしてもう一度礼をしようと下を見た瞬間、そこには何もなかった。嘘のように何もいなかったのである。
 キツネに化かされるとはこのことか。今でもしっとりとした艶のある毛皮の感触が忘れられないというのに。オオスバメの羽の感触とはまた違うふんわり感は、まず他では味わえない。
 見覚えのある建物が近づく。今頃はどこにいるのか解らない。そして今さら帰ったところでどんな顔をしていいか解らない。それでも帰らなければ、問題を先延ばしにしているだけだ。
「ただいま!」
自宅の扉を開ける。やたらと玄関に出ている靴が多い。不思議に思ってリビングに行けば、一番会いたくない人に出会ってしまう。トウカシティジムリーダーのセンリだ。最後にガーネットのポケモンを預けた時だってまともに顔が見れなかったのに。
「おお、ザフィールやっと帰ってきたか」
「お、ザフィール君ちょうどいい」
父親のオダマキ博士に呼ばれ、一通の開けた封筒を渡される。
「そこの宛名みてよ」
センリに言われてみれば、ザフィールも目を疑う。なぜ今さらガーネットの名前で、しかもトウカジムに送る必要があるのだろうか。中身も見せてもらえば、見た事が無い不思議な色がマーブル模様を描いているチケット。出航の時間、場所まで明確に書いてある。
「けどなんで船なんか……」
「船?何か書いてあるの?」
「はい、時間と場所と……」
センリに見せるが、どこを見てもないと言う。オダマキ博士も同じだ。何も書いてないと。
「いや、ここに書いて……これ誰から届いたんですか?」
「ジムに届く手紙の中にまぎれてたんだよ。誰からもらったのかも解らなくてね。ザフィール君が見えるというなら、それはあげるよ」
2枚のチケットを封筒に入れる。それに書かれていた日付は明日。ミナモシティから出航する船に間に合うように出発しないと。センリと目を合わせないようにザフィールがその場を去る。
「ザフィール君!」
足を止め、センリの方を向く。
「ありがとう。知らせてくれて」
にっこりと笑うセンリに、ザフィールは黙って頭を下げた。


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