マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.549] 15、海からの誘惑 投稿者:キトラ   投稿日:2011/06/26(Sun) 18:09:32   50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 聞こえるか、私の化身。自由に動く体を持つ私。その意思、行動力、邪悪なものが狙っている。邪悪なものより先に私を手に力を調整しなければならない。私にはそれができる。私にしかそれはできない。
 私と対をなすものは邪気に染まっている。今なら間に合う。邪気を払い、協力し、そして守るのだ。それができないのであれば滅ぶ身であることを知れ



 眠り粉も吸わされたようで、堅い床に寝かせられていた。目をあけても暗いまま。先ほどより体に自由がきく。けれど手を縛る縄はびくともしなかった。そこまで力が回復していない様子。まわりに気配はなく、冷たい床が頬に当たる。水音が聞こえた。耳をつけていると他にも機械の音や、どこかで怒鳴りつける声がする。
 まだ生きている。何が目的かガーネットには解らなかった。大声を出そうと思えば出来た。けれど思うように息が吸えない。声が出せない。震えて震えて、思うように出来ない。何をどうしたらいいか解らない。誰もいない、けれどその静寂がガーネットには監獄に思えた。
「まったく、うちの連中ったら手荒すぎて呆れるよ。確かに連れてこいとは言ったけど、それじゃあ意味がないだろう!?ボスの目的知ってるのよね!?」
甲高い女の人の声がする。そして高いヒールが不機嫌に近づいてくる。その後を何人かの足音が、必死に謝りながらヒールを追う。そしてカギをまわす音がして、空気が開かれる。風が頬に当たった。
「でもイズミさん、そいつ力自慢のうちの団員を二人いっぺんにやった特性ありの人間ですよ!?」
「だからなんだって言うんだ、計画ぶちこわしてボスの怒りを買うのと、私の命令を聞くのどちらがいいの!?」
場の空気が凍り付いたようだった。小さく悲鳴をあげると、下っ端みたいな人たちは一斉に動く。ガーネットの体に何人か触れた。ムリヤリ手足を動かされるような乱暴なものに、うめき声が漏れる。「少しくらい我慢しろ」と声がかかった。次第に手が暖かくなる感じがした。拘束が解かれ、手足が自由になる。けれど目隠しはそのまま取る気配はない。
「立てよ」
後ろから強制的に体幹を掴まれ、立たされる。足はふらつくが、立つことはなんとかできた。すると早く歩けと背中を乱暴に押される。しびれになれない足は簡単にバランスを崩し、前にのめりこむ。手をつく前、何者かがガーネットの体を受け止めた。
「だから言ってるんだけどね、この子は客人だって。ボスにこのことは黙っててやるから、ウシオが来る前に準備しときな!」
ガーネットの体が浮いた。持ち上げられている。声の近さから、命令していた人物だった。しかも軽々と。がっしりとつかんでしまえばどんな人間もねじ伏せるガーネットのように、この人物も同じものを持っているようだった。



 マツブサの声が出る。エントリーコール越しの声は、とても不機嫌だった。いつもなら誰が失敗しようが、次にがんばれと声をかけるだけで、不機嫌なことはなかったのに。いつにない態度に、思わずザフィールが声を小さくする。
「あ、あの、マツブサさん?」
「ああ、ザフィールか、どうした、プライベートのエントリーコールはあんまりしないと言ってあるが」
電話口がこちらだと解ると、とたんにいつもの落ち着いたマツブサの声に戻る。怒らせた原因が自分でないことに安心し、ザフィールは用件を伝える。急いでいるけれど、落ち着いて。マツブサが理解できるように。
「お願いがあるんです!アクア団のアジト候補を教えて欲しいんだ」
「どうしたいきなり?準備なく突っ込めばお前が死ぬぞ」
理由を大雑把に話す。マツブサはしばらく黙った後、現在位置を聞いて来た。パソコンの画面を見ているようで、マツブサから口での交通案内が始まる。ザフィールは一字一句逃さないよう、注意深く聞く。一番近い、アジト候補である場所。ザフィールの中に緊張が走る。エントリーコールを切り、乱れる息を整え、大きく息を吸い込んだ。



 柔らかいソファーに座らされた。そして目隠しを解かれる。ガーネットの目に見えたのは、豊かな髪を誇る若い女と、ガタイのいい男。どちらもアクア団と解る格好をしていた。
「そう怖がらなくてもいいだろ」
男の方が言った。ガーネットは自然と遠くへ行こうとしていたようだ。男を隣の華美な女がたしなめる。当たり前の反応でしょうと。
「まあ、前にうちの若いもんが世話になったらしいな」
体をびくっと震わす。きっとカナシダトンネルのことを言っている。同じ格好をしているし、その報復だって考えられないものではない。しかもここにいるのはアクア団。まわりに味方といっていいものはない。
「んな関係ないこと言いだすんじゃないよ。あんたが言うから怖がっちゃって話もできないじゃないの、まったく」
女がため息をつく。そして目の前にあるカップに一口つける。そしてソーサーに奥とガーネットに微笑みながら語りかけた。
「まずは私たちの部下が手荒なことをしてごめんなさいね。私たちは敵じゃないし。ああ、私はイズミ。このデカ物はウシオ。アクア団の幹部をやってんの。アクア団ってのは、全ての生き物の源である海を広げて、住み良いところにしようっていう団体なんだけどね、詳しいことはボスに聞くといいわ」
「おいおいイズミ、それじゃあ説明になってねえよ。まあ、そんなところでお嬢ちゃんに協力してもらいたいんだ。ただとは言わせない。お嬢ちゃんの友達は、マグマ団に殺されたんだろう?」
「なんで知ってるっていう顔をしているわね。マグマ団は私たちの敵だもの、やつらの行動は見張らせてもらってるわ。その中の報告の一つよ。悪い話じゃないでしょ?うちの連中を2人も相手して無傷な貴方なら、きっとマグマ団の中にいる犯人をつぶすことだって出来るんじゃないかしら。その中の誰かを探しあてるのに、アクア団も協力するわ。もちろん、全員つぶす選択肢もあるけれど」
イズミ、ウシオは本気のようだった。ガーネットには願ってもないこと。けれど得体の知れない組織と、このように仲間内で囲ってくるようなやつらの手のうちに素直に入れるものではない。少し振り向けば監視しているアクア団が、ガーネットの動きを一つ一つ逃さないかのような鋭い眼光を放っている。
「突然のことですぐに答えが出ないのも無理はないわね、最初が最初だもの。でもね、申し訳ないけど貴方が断った場合、私たちは何日かけても貴方を説得するように言われているのよ。いい返事を期待しているのよ、これでも」
「ま、マグマ団に対抗できるのはうちくらいってなもんだ。アクア団になっても損することはねえよ。それに、お嬢ちゃんのポケモンもかなり育っているみたいだしな、マグマ団に目をつけられたら危ないし、その時はこちらが守ってやることもできる。一人で立ち向かうより、遥かに安全だということは覚えておいてくれ」
アクア団に協力すると言わないと外に出してくれなそうだった。それにウシオの言う通り、一人でマグマ団に立ち向かうよりも、アクア団を味方につけた方が安全だし、何よりも効率的だ。今は見張るべき人間がなにもしっぽを出しそうにないため、行き詰まっているのは事実。それに前に座っているのは、この前相手をしたアクア団よりも遥かにオーラが違う。
「すでにどうすればベストか解っている顔をしているわね。良い返事をもらえそうで何よりよ。私たちと共に来るならば、貴方の荷物とポケモンを返さないとね。ああ大丈夫よ心配しないで。貴方のポケモンはみんな私たちが回復させてあげたから」
イズミが袋にいれたボールと荷物を目の前におく。手を伸ばせば届くところだ。けれど受け取って協力しないといった時、自分に降り掛かることが頭をよぎる。勝てるわけがない。そう思うと左手も動きを止めた。
「怖がることはないわ。貴方のものだもの。仲間に罠を張るようなことはしないわよ」
「ま、ポケモンで暴れたって、この数相手は無理だろうし、それに案内なしで帰れる建物じゃないからな。そこは理解しててくれ」
答えは一つしかない。最初から。ガーネットは大きく息を吸った。
「私は・・・」
やっと出せた小さな声は、緑の風にかき消される。机においた荷物が消えていた。それにはそこにいた全員が何が起きたか解らず固まる。
「上だ」
ドア付近に立っていたやつが言った。ガーネットも上をみる。けれどすでにそこに姿はなく、見張り達はしびれてその場に倒れる。
「あそこか」
ウシオの動作は機敏。ボールからゴルバットが現われ、天井を空気の刃で斬りつける。そこからはぱらぱらと欠けた壁紙やコンクリートが落ちてくるのみ。
「大丈夫か?変なこと吹き込まれてないか?こいつらアクア団だぜ」
幹部二人とガーネットの間に割り込むように、ザフィールが立っていた。傍らにはガーネットの荷物を持ったジュプトル。主人の命令で、いつでも飛び掛かれる姿勢で、幹部たちをにらみつける。
「ザフィール?本当にザフィールなの?」
信じられなかった。確認するように何度もみるけれど、新雪のような髪、赤と黒の上着。見慣れた後ろ姿のはずなのに、全てを預けられるように見えた。彼はこの状況でも物怖じすることはなかった。
「俺は一人だよ」
振り向いたその顔は、とてもやわらかい表情だった。まだアジトの中だというのに、絶対的な安心感が駆け抜ける。緊張感が抜け、体が楽になる。自分でも気づかないうちに、恐怖で震えていたようだった。
「あら、あちらから来てくれたようね」
イズミはとても落ち着いていた。侵入者を目の前にして、ウシオもゴルバットをボールに戻す。
「何の真似だ?」
「二人ともそろったようなのでね、ちょうどよかったよ」
「探していたのよ、坊や」
さえずりと共にイズミの顔に黒い影が張り付く。空中でとんぼ返りすると、スバッチはウシオの腹に突っ込んだ。当然、イズミは突然のことに悲鳴をあげ、手で振り払おうとするし、何が起きたか理解の遅れたウシオはさすがに腹に衝撃がきてはうめいた。幹部二人の隙を見逃すわけがない。ザフィールがガーネットの手を強く引いた。
「走れ」
妨害するもの全てを追い払い、蹴散らして二人は走る。先行するようにキーチが走っていた。

 残されたウシオ、イズミは開いたままのドアを見てため息をつく。マグマ団にここがバレたこと、獲物2匹に撹乱させられてしまったこと。イズミは腹をさすってるウシオを起こすように手を差し伸べる。
「どうするんだ、あいつら」
「大丈夫よ。あの女の子には本当に注意しないと見えない発信器をつけさせてもらったから。それにこの迷路のようなここから逃げれると思ってるのかしらね」
「おいおい、あいつはマグマ団のエースだぞ。普通じゃないことをやり遂げることで有名じゃねえか」
「そういえばそうねえ。あの子には何度もうちの団員もやられてることだし。そういえばお友達かしら。マグマ団って知ってて付き合ってるのかね、教えてあげた方が親切かしら」
「そうだな、友情壊して心を砕くのも速いかもしれないが、それはあれがこちらの手に入ってからでも遅くはない。それにしても、あの時のガキがそうだとは、運が悪すぎるとしか言いようがないよな」
ボスに一報しないと後でまたどやされる。マグマ団に侵入されたこと、そして最大の努力で侵入者を追っていると。


 廊下は果てなく続くように思えた。後ろからはアクア団たちが追ってきている。ザフィールは廊下を左に曲がり、すぐまた左に曲がる。どちらも十字路で、追ってきたアクア団は見失ったと声をかけあっている。けれど二人とも体力も限界に近い。特にガーネットは、たまに力が入らないみたいで足が崩れる。ザフィールは彼女を自分の方に引き寄せた。
「通り過ぎるまで・・・」
二手に別れて何人かがこちらに来るだろう。そしてその数が少ないことを祈りプラスルのボールを握る。こちらに来たのは数人。ザフィールは息をのんだ。そして、通り過ぎる直前。
 しびれ粉が風に乗って追跡者に降り掛かる。目には見えない粉末が追跡者の鼻に入り、しびれを引き起こす。ガーネットのリゲルが頭から粉を振りまいていた。
「よくやった、けれどね」
倒れた音に気づかれる。ザフィールは走り出した。しびれごなが乗ったという事は、風がある。その方向に走れば、出口は近いはず。ただひたすらまっすぐに、廊下を走った。そのうちに見えてくる、少し明るい日差しが差し込む階段。ためらうこともない。かけあがる。
 そして階段が終わったところに見える扉を押した。同時に入り込む風と弱い日差し、それと灰色の空。地面に降り積もったそれが、一面灰色に染めている。走ってきた汗を、少し涼しい外気が冷やす。
「な、なにここ・・・色がない?」
地獄でも見てるかのようなガーネット。それを動かすかのようにザフィールが手をひっぱる。
「エントツ山の火山灰が降り積もってんだ、場所的には113番道路。111番道路の北ってところかな。さて、まだ諦めてないみたいだし、早く」
背後には大勢の足音。アクア団たちも焦っている。後一息。灰がつもる草むらを踏み出した。そのたびに舞い上がる灰が入ってくる。それでもなるべく遠くに。降り続く火山灰が、他のところよりも姿を隠してくれるから。



 勢いよく扉をしめ、カギとチェーンをがっつりかける。ポケモンセンターの仮眠室、6畳くらいの広さのそこは、土地の安いハジツゲタウンだからこそ。おそらく、今までのどのポケモンセンターよりも広い。
 扉の前で、外の様子を伺い、追ってきているものがいないことを確認すると、ザフィールは部屋の中に歩き出す。そしてふすまの奥、窓の外、全ての壁を調べ、異常がないことを確かめた。
「ふぁー、なんとか巻けたかな。今日つかれたなあ・・・」
走っているときとは別の、気の抜けた声でザフィールは体を伸ばした。午前は自転車のペダルを踏み、午後は通気口を伝って侵入、そして全力で1時間以上は走った気がする。長かった。この前のカラクリ屋敷よりも疲労はたまる。
「そうだ、お前の荷物返さないとな。確認はしてないから・・・」
ジュプトルから荷物の入った袋を受け取る。中身を取り出すと、確かに全部そろっているように見える。それを目の前にしても、ガーネットは隅で膝をついたまま。
「死ぬかと、思った」
小さな声だった。聞き返すこともしなかった。ガーネットは手を伸ばす。道具より、ボールより、ザフィールの手を掴んだ。
「もう、ダメかと思った。だれもいなくて、動けなくて」
張りつめていたのは彼女も同じだった。みつけた時に掴んでくる力よりも強くザフィールの腕を掴んでいる。
「ありがとう、ザフィール。本当に、本当に・・・」
下を向く。思わずザフィールはさらにガーネットを引き寄せる。こんな時にうそなきするようなふざけたヤツではないことは解っている。肩を抱きしめると、震えているのがはっきりと伝わる。
「うん、本当無事でよかった。もう大丈夫だから。他になにも怖いことされたのか?」
首を横に振る。今はまだあまり聞かない方がいいかもしれない。ザフィールは黙ってガーネットの背中を軽くたたく。
「ごめん、俺のせいで。こんな怖い思いさせて」
懐のガーネットを見て、ザフィールはため息をつく。どんなに殺人犯扱いされても、マグマ団のことは言うべきだったのかどうか、迷っていた。そのせいで巻き込んだことも否めない。カナシダトンネルの一件だって、元はといえばマグマ団である身が引き起こしたこと。
 強気な彼女が、こんなにも自分の弱いところをさらけ出すのには、ザフィールもただ黙っている。それしかなかった。一度に説明したって余計に混乱させるだけだし、耳に入るかどうかも解らない。今は一通りの感情が全て出るまで待つ。それが出来ること。


 時計がないので、どれくらい時間が経ったか解らない。けれどかなり長い時間、そうしていた。おそらくエンカウントとしか呼べない出会い方をしてから初めてのこと。お互いを拒否しないことが、まずなかったものだから。
「落ち着いた?」
心なしかさっきよりも距離が近づいているように思えた。ガーネットのふわふわの髪がザフィールの首筋に当たってくすぐったい。
「・・・うん」
顔をあげず、ザフィールの胸にうずめたまま答える。再び沈黙するけれど、その距離を楽しんでいるような、かみしめているような。しばらくしてからガーネットが顔をあげる。
「ねえ、ザフィール?」
「どうした?」
「付き合ってる子とかいるの?」
「はあ?どうしたいきなり?いるわけねーよ、二次元とポケモンに勝てるやつ」
「いたら、申し訳ないなと思って」
「お前なあ」
ため息をつく。ガーネットを抱く手にさらに力をこめて。
「こんな時くらい他人のことはおいといて、自分のこと心配しろよ」
「ありがとう。そうさせてもらう」
ザフィールの背中にまわしている腕に力が入る。本人は手加減しているつもりだろうけれど、肋骨をしめられてとても痛い。彼の奇声に意味が解ったようで、力を緩めた。
「おーまーえーはー!大体が嫁入り前の娘がこんなことして先がどうかとか悪い噂たったりしたらどうするの!」
「ごめん。離れるのが怖い・・・」
今日は仕方ないかとザフィールも力を入れる。それに不思議と嫌ではなかった。責任が自分にあるということだけではない。よくわからないけれど、一つだけはっきりしていた。守らなければ、と。


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