マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1359] 四つ子との別れ 夕 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/10/31(Sat) 21:43:57   45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



四つ子との別れ 夕



 やがて、自宅謹慎中の四つ子から手紙が届くようになった。
 ある日、母がそういった最初の手紙をオレの部屋まで持ってきたから、オレはその手紙を母に読み上げてもらおうとしたのだ。
 しかし母はふつりと黙った。
 どうせろくなことでも書いてなかったのだろう。母は狼狽した様子で手紙を取り落とし、オレが自分でその手紙を読めないのを良いことにその手紙を床に落としたまま、ふらふらと部屋から出ていった。
 それでも、その後日に届いた手紙は無難な内容だったとみえて、母も穏やかに、半ば虚ろに手紙を読み上げてくれた。
 申し訳ありません。たくさん反省しています。どうお詫びをしたらいいかわかりません。許してください。
 ありきたりな、そしてところどころやはり自己愛の見え隠れする、稚拙な文章だった。そんな四つ子からの手紙が、嫌がらせのように毎日届いた。それを母は毎日毎日、虚ろな声でその手紙をオレの傍で読み上げ続けた。
 だから余計に、母をひどく狼狽させた、最初の四つ子の手紙の内容が気になった。
 とある夕暮れ、カロスリーグに向けたトレーニングの合間に見舞いに来てくれた友達に、床の上に落ちた手紙を拾い上げさせ、それを読み上げてもらったのである。
 それはこんな内容だった。


『こんにちは。セッカです。この手紙はキョウキの手紙の次に読んでくだちい。(ここで友人は思わず吹き出し、オレに向かって申し訳なさそうな顔をした)
 おれたちは一か月の自宅きんしん中です。トキサが病院はこばれたときは、みんなでまっさおになりました。
 けいさつにもつれてかれました。ろうや入れられるかと思ってすごくこわかったです。でも、けんさつ(けいさつとは別のやつだそうです)もぜったいりっけんしないからとか言って、30分でかいほうされました。すごくほっとしました。おれもみんなもです。

 おれたちがつかまらないのはそういう法りつだからだ、って、知り合いのさいばん官のモチヅキって人が言ってます。
 ポケモントレーナーには、ものすごいとっけんがあるそうです。トキサもトレーナーなので、仕方ないと言ってました。おれも正直しかたないと思います。
 おれたち四人は、お世話係のウズって人にいっぱいおこられました。モチヅキさんにも、めちゃくちゃおこられました。トキサもたくさんおこると思います。だから毎日おわびの手紙を書けと言われました。でも何をおわびしたらいいかよくわかんないです。トキサなんであんな朝早くに、おれたちのバトルを見てたんですか? ストーカーなんですか?

 おれはトキサにもうしわけないと思ってます。でもお金がないので、どうにもできないので、トキサもがんばってください。おれもがんばってバトルでお金をかせぎます。
 トキサのファイアロー(ここに鳥ポケモンの絵が描いてあった)は元気ですか? トキサはもうバトルできませんか? カロスリーグに出れませんか? トレーナーやめちゃいますか? ほうりつを変えようと思いますか? ポケモンたちはどうするんですか? おれはトキサがかわいそうなので、このままじゃだめだと思ってます。だからがんばります。トキサとまたバトルしたいです。早くケガ直して(ここで友人が漢字のミスを指摘した)くだちい。』



『トキサ様
前略 サクヤです。セッカのしょぼい手紙の次に読んでください。
 僕の下らないお詫びなど読んでもつまらないだけでしょうから、この謹慎中に考えたことを書きます。
 現在この国の法制度は、ポケモンによって傷害を負った者に対する配慮というか、人権の保障が実に不完全であると感じます。僕が言えた義理ではないですが。

 僕の師であるモチヅキという方が仰っています。トレーナーカードを持つ者は特権的身分を手に入れると。
 国はポケモントレーナーを保護します。そして今回の場合は、体が動かなくなってトレーナー生命を絶たれた貴方より、僕たち四人の方が保護に値すると、国は考えているのです。実質的にはそういう事です。

 なぜ国がトレーナーの特権を保障するか、エリートである貴方には容易に想像がつくでしょう。そしてそれが国是であり、世界的潮流であり、普遍の正義であることもお分かりいただけると思います。
 ポケモンのために、人権が踏みにじられているのだと捉えることも可能でしょう。
 けれど、我々がトレーナーである限り、この国の法に保護されている限り、ポケモン協会に従っている限り、この世界は変わりません。僕はそう思います。草々』



『どうも、レイアです。サクヤの手紙の次に読んでくだち(笑)い。(ここで友人が再び吹き出した)
 悪いふざけすぎた。真面目に書く。たぶん。

 俺の知り合いに、ポケモン協会の人間がいる。そいつらから聞いた話だ。
 政府はポケモントレーナーの育成を一大政策として掲げている。まあそりゃそうだろうな、優れたトレーナーと強いポケモンがいりゃ、産業も軍事も大幅レベルアップだ。国としては万々歳でしょうよ。だから、ものすごい税金がポケモン協会に流れてる。ポケモン協会からも、たくさんの議員が出てる。そいつらが、トレーナーっつー特権身分を肯定する法律をバンバン作ってる。そういう議員の中から政府ができる。政府が最高裁の裁判官を選ぶ。すると最高裁は、人権軽視の法律も合憲だって判断ばっか下す。三権分立なんて嘘だぞ。この国のてっぺんはカネでくっついてんだよ。

 ってな具合で、今この国を牛耳ってるのは“ポケモン利用派”の連中だ。
 これ以外に、“反ポケモン派”と“ポケモン愛護派”ってのがいるらしい。

 反ポケモン派ってのは、“ポケモン利用派”によって踏みにじられてる人間の尊厳を回復しようと考えてる連中だ。トキサ、あんたみたいにポケモントレーナーのせいで被害に遭った奴や、そいつらの家族が大半を占めてる。
でも、反ポケモン派はポケモンを持たねぇから、まあ実力的にしょぼい。人間だけでデモするのが関の山ってとこだ。警察のガーディの火炎放射一発で終了。議員に立候補して選挙に出馬するやつもするが、反ポケモン派は逆にポケモントレーナーの権利を縮小しようとするから、まあポケモン協会にカネの力で黙らされやすい。そういう感じで、いくら反ポケモン派が文句を言ったところで、今の人権軽視の制度は変わんねぇよ。反ポケモン派は弱い。

 ポケモン愛護派ってのは、ポケモンを利用するのはやめようっていう、なんかズレたこと言ってる連中だ。一昔前のイッシュ地方のプラズマ団がこういうこと言ってたな。

 政府も、俺らポケモン協会の指導に服するポケモントレーナーも、それからロケット団とかの犯罪結社も、全員“ポケモン利用派”に属するんだ。俺ら個人がどう考えてようが、この国の法律に従って暮らしてるか、ポケセン利用してるか、ポケモンをボールに入れてる奴は、ポケモン利用派になる。ポケモン利用派は圧倒的多数だ。
 ついでに言うと、この国は民主主義だから、少数の意見なんて抹殺される。
 だから、うっかりトレーナーの手持ちで死傷したら、本人もその家族も泣き寝入りするしかねぇってわけだ。それがこの世界だ。

 で、あんたはどうするんだ? おとなしく泣き寝入りすんのか? それが知りたい。
 ポケモンを使ってトレーナーやってる限り、あんたみたいに損害賠償も請求できず人権を踏みにじられる人間はなくならない。でも、ポケモンを使わなきゃ何もできない。
 この問題は割と複雑らしい。まああんたのおかげで俺もちっとは勉強した。そういう意味じゃ多少は感謝してる。

 ちなみに、俺はカロスリーグまでに謹慎は明けるので、普通に出場します。イヤミとかじゃなくて、普通に報告』



『こんにちは。キョウキだよ。レイアの手紙の次に読んでね。
 レイアが難しいことをいっぱい書いてくれたので、僕は僕らの話をします。

 僕ら四つ子は妾腹です。父親はジョウト地方のエンジュシティで踊りか何かの家元をしてるそうです。母親はカロスのクノエシティの人間だけど、これが早くに死にまして、僕ら四つ子は父方から送られてきたウズっていう人にクノエで育てられてました。
 でも、父親は僕らの学費を出してくれませんで、僕ら四つ子はポケモンを貰って旅に出るしかありませんでした。で、ここで問題なのは、僕らの父親の人格じゃなくって、この国の教育制度のほうなんですよね。

 この国の無償教育は10歳までです。つまり、義務教育は短くて3年ってとこなんだよね。たった3年の教育で、水素爆発という現象の存在なんてどうやって知れっていうんだろうね? ――だからトレーナーは無罪になるんだよね。知らないことは予見して回避することができないからね。トレーナーに責任がなければ、トレーナーは罰を免れるんです。これは責任主義という考え方だそうですよ。法学部生のユディっていう友達が教えてくれました。
学ばず、ポケモンばかり育てる子供が増えるね。その中から、遅かれ早かれ優れたポケモントレーナーが現れ、強いポケモンを作ってくれるだろう。それこそが政府の狙いなのだろうけれど。

ねえ、エリートさんなら分かりますよね。政府が望んでいるものが何なのか。そしてそれが、世界の自然な流れだってことも。だからね、僕は迷うんですよ。何が正しいのか。
君は今の“ポケモン利用派”の制度を許しますか? それとも、“反ポケモン派”として人権の回復に努めますか? それとも、“ポケモン愛護派”なんてズレたことでも言ってみます? どうするのが正しいのか、僕にはわかりません。』



 友人は息をついた。
 四つ子の手紙に書いてあったのは、いずれも現在の制度に対する疑問だ。そこにお詫びの言葉はほとんど無い。
 しかしあの四つ子が社会制度についてまじめに文章をしたためるというのがどこかおかしくて、これは少し彼らの啓蒙に貢献してしまったなとオレは思った。そう、オレはエリートだから、後輩トレーナーを教え導くのも大切な責務だ。
 部屋には窓から、橙色の夕陽が差し込んでいた。
オレの友人の表情も暗い陰になっていた。
「んで、トキサ、どうすんのお前」
 友人が声をかけてくる。オレはユンゲラーに、画面上にクエスチョンマークを浮かべさせた。
「これからどうするとか、決めたのか? トレーナー、続けられんのか?」
 そんなことは毎日毎日考えてきた。
 四つ子に出会い、そしてこんなことになるなんて思いもしなかった。プラターヌ博士からハリマロンを受け取り、母に見送られて旅に出て、野宿を重ねバトルに明け暮れ、仲間と共に勉強して、夢を見て。
 こんなどん底の世界が、すぐ傍にあったとは思いもしなかった。
 ユンゲラーに頼み、ブリガロン、ファイアロー、ブロスター、ホルード、デデンネの五匹をボールから出してもらう。
 こんなトレーナーでごめんな。でも、今のオレにはカロスリーグに向かっていくだけの力はちょっとない。でも、トレーナーをやめようとも思わない。ただ、本当に復帰するかどうかもわからない。
 お前たちは、好きに決めていい。寝たきりのオレの傍にいてもいいけど、しばらくはバトルはお預けになると思う。バトルがしたいなら、友達にお前たちを預ける。オレの友達はみんなエリートだから、お前たちをちゃんと育てて、大会でもいい成績を取らせてくれるだろう。
 ユンゲラーの力でオレの意思を伝えると、手持ちたちはユンゲラーを介して返事をした。
 ブリガロンはオレの傍に残る。他の四体は、他のトレーナーについて強くなる。けれどももし、オレがトレーナーとして復帰する、その時が来たならば、必ずオレの元に戻ってこよう。そしていつか見た夢をもう一度見せてほしい。
 そう、彼らは思い決めていたように、オレに告げた。
 ブリガロンを除いた四匹のオレの手持ちたちは、ボールに戻っていった。
『頼む』
 画面に表示される。
「ああ、わかった。任せろ」
 その日暮れの時、オレは友人に、四体の仲間を預けたのだ。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー