マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1372] 明雪 下 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/04(Wed) 18:42:08   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



明雪 下



 レイアもモチヅキも、不機嫌だった。
 赤いピアスをしたレイアは、青い領巾をしたサクヤを背負っていた。そして先ほどまで氷漬けにされていたサクヤを少しでも回復させるべく、レイアのヒトカゲがさらにサクヤにぴったりとはりついている。
 しかし問題なのは、レイアとサクヤが共に四つ子の片割れであることだった。顔かたちも同じならば、身長体重もすべて同じだ。背負いにくいのはもちろん、自分と同じ体重の片割れを運ぶのは骨が折れる。
 モチヅキの手持ちのムクホークは、ルシェドウと、こちらも同様にルシェドウの体温を守るためのマグマッグを背負っている。こちらもムクホーク自身の体重をはるかに超える重荷を背負うはめになり、ムクホークにはフウジョタウンに帰るまでに随分と難儀させた。
 レイアのガメノデスは、白いコートの女のアワユキを捕らえていた。アワユキはうわ言のように呪詛を吐き散らし、それがますますレイアとモチヅキの気を滅入らせる。
 極めつけは、モチヅキが抱きかかえる少女であった。
 そのようにして、一行はどうにかこうにか穴抜けの紐を辿り、フロストケイブから脱出し、綿雪の舞うフウジョタウンに帰り着いた。


 フウジョタウンにつき次第、モチヅキは救急と警察の手配をした。さっさとサクヤとルシェドウとアワユキの娘を救急に、そしてアワユキを警察にとそれぞれ引き渡す。
 しかし、それで解放、とはやはり相ならなかった。
 サクヤのルシェドウの瀕死となっていたすべての手持ちを、彼らの代わりにポケモンセンターに預ける。それが済めば、今度は慌ただしく警察署に呼ばれる。ポケモン協会からも人間が来て、警察にしたのと同じ話をもう一度最初から最後までする羽目になった。
 ようやくレイアとモチヅキが解放されたのは、深夜だった。
 レイアはふらふらとポケモンセンターに戻る。
 なぜか、モチヅキもレイアについてきた。レイアがそれに気付いたのは、彼がロビーのソファに倒れ込んだ時だった。彼はモチヅキの姿を認めると、文字通り跳び上がった。
「ぎゃあ!!!」
「うるさい」
 モチヅキは漆黒の瞳で、じいとレイアを見下ろしている。その傍には、やや疲れた様子のムクホークがおり、モチヅキの腕の中には悪戯っぽく笑うゾロアがいた。
 レイアは眉間に皺を刻み、ただ首を振った。赤いピアスが微かに音を立てる。
 モチヅキは無言で、近くのソファに腰を下ろした。ムクホークがおもむろに羽繕いを始め、ゾロアがレイアの傍に飛び移ってきてはレイアのヒトカゲにちょっかいを出し始めた。
「かげぇ……」
「くきゃきゃっ」
「かげぇぇぇぇ」
 ヒトカゲはゾロアの悪戯を嫌がり、レイアの陰に隠れる。ゾロアがレイアの腹だの肩だのを踏み越えてヒトカゲを追いかける。レイアは顔を顰める。ヒトカゲはなおも逃げる。ゾロアの尻尾がレイアの腕をくすぐる。
 やがてヒトカゲは涙目になり、きゅううきゅううと鳴いてレイアに助けを求め出した。レイアは黒い毛玉をむんずと片手で掴み、モチヅキに投げつけた。
「躾けぐれぇちゃんとしろよ」
「すまぬ」
「ほんっと、誰かさんのゼニガメみてぇなゾロアだな」
「私もそう思う」
 モチヅキは黒い毛玉に掌を乗せ、押さえつけた。そのままモチヅキの指がゾロアの耳の後ろを掻くと、ゾロアも大人しくされるままになっている。
 レイアは大きく溜息をついた。
「……あんた、ゾロア持ってたんだったな。完全に忘れてた。……マジで肝が冷えたわ」
「つまらぬものを見せた」
「……幻影ったって、あれはきついっつの。あんたああいうの、見たことあんの?」
「裁判の証拠類で、死体の状況の写真を見ることは多々ある」
「うわあ。うわあ」
 レイアはそれ以上は聞き出すのをやめた。その代りにヒトカゲに目いっぱい構う。ヒトカゲの背中を優しく撫でてやっていると、ヒトカゲはうつらうつらとし出して、やがてレイアの膝の上で丸くなった。レイアから知れず笑みが漏れる。
 そしてレイアは何気なくモチヅキを見やって、そこで大声を出しかけた。思いとどまったのは、ヒトカゲが寝入ろうとしていたためだ。
「おい、モチヅキあんた、ヒャッコク行かなくてよかったのかよ……!」
 モチヅキは、今頃気づいたのかとでも言いたげに鼻を鳴らした。
「事件に巻き込まれたのだ。致し方なかろうが」
「あー……事件、ねぇ……」
 レイアは静かに囁く。
 実際のところ、レイアには何が起きていたのか、何も分かっていなかった。白いコートの女が、幼い娘を捕らえて、そしてサクヤとルシェドウと氷漬けにしていた。レイアに分かるのは、レイア自身が目にしたことだけだ。
「……あの女、結局、何がしたかったんだろうな?」
「さあ。詮無い憶測ならいくらでもできる」
「例えば?」
「口を閉ざせ。かの女や、あの娘の人生に関わることだ。軽々しく申すな」
「……あーへえへえ、すんません」
 しかしモチヅキは言葉を継いだ。
「あのポケモン協会の職員、十中八九、かの女に関わる用事でフロストケイブに向かったのであろう」
「ルシェドウが?」
 モチヅキは軽く頷いた。その膝元では、こちらもゾロアが体を丸めて眠りかけていた。
「そのルシェドウとやらの用事に、サクヤもまた巻き込まれたというところであろう」
「あー……」
「友は選べ」
「ひでぇな。……俺もここまでやばい事件には関わったことねぇよ。サクヤには悪いことしたな」
 フウジョタウンの病院に運ばれたサクヤとルシェドウの二人は昏睡状態に陥っている。どちらも命に別状はなく、かつ治療を受ければ万全の体調に回復するということだったが、いずれにしても肉親や友人がそれほどの傷を負うというのはレイアにとっては初めての経験だった。
 もし、サクヤが、目覚めなかったら。
 目覚めたとしても、一生動けないような体になっていたら。
 レイアはここにきて、ぞっとした。そして、かつて自分たちのポケモンがミアレシティで傷つけたエリートトレーナーの、その両親や友人たちも、今の自分と同じ気持ちになったかと思うと、どうにもやるせなかった。
 目を閉じる。
声に出さず、口だけで呟いてみる。トキサ。
 それはレイアにとって、ひどく重い戒めだ。白いコートの女、アワユキがサクヤとルシェドウを傷つけたというならば、レイアもまたアワユキを傷つけようとした。ガメノデスの硬い爪で引き裂き、ヘルガーの業火で焼き払うことを当然のごとく思い描いていた。
 そこではたと思い至った。
 あそこでレイアが思いとどまったのは、意外にもモチヅキがアワユキのポケモンにとどめを刺したからだ。もし、あの時のモチヅキの決定打がなければ。レイアは、トキサの時と同じことを繰り返そうとしていた。
 そのことに気付いて、レイアは呆然とした。
 レイアの心を読んだかのように、モチヅキが冷やかに言い放った。
「確かに、前回は事故と言いえたやもしれぬな。そして今回は、正当防衛であったと言い逃れができたかもしれぬ」
 レイアはわずかに顎を上げた。モチヅキの言葉は続いていた。
「怒りに我を忘れたか。だが、そなたは力で解決してはならぬ。哀れなことだが」
 つまり、サクヤやルシェドウが痛めつけられていたとしても、レイアはアワユキ本人にポケモンの力によって危害を加えてはならなかったと、モチヅキはそう言うのだ。
 レイアは俯いて、穏やかに寝息を立てるヒトカゲを見つめている。その尾の炎が温かく、優しく揺らめいていた。
「ポケモンの力は守る力。裁く力ではない」
「自力救済は禁止、ってやつか?」
「左様。ポケモンの世界に善悪はない。裁きを与えるのは人の業だ」
 モチヅキはそのように応えた。


 その翌日は、明け方から雪が舞っていた。
 サクヤもルシェドウも、無事に病院で目を覚ました。
 見まいに来たレイアは病み上がりの彼ら二人に、拳骨を一つずつお見舞いした。そしてモチヅキに窘められた。
 ポケモンセンターで回復していた二人の手持ちが、それぞれのおやの無事を確かめる。サクヤは何事もなかったかのように憮然としており、ルシェドウもいつものように朗らかに笑っていた。
「えっ! じゃあ、モチヅキさんが、アワユキさん捕まえちったってこと?」
 ルシェドウは病室で目を剝いた。しかしモチヅキは澄まして腕を組んでいた。仕方がないので、レイアが肯定してやる。
「おー。モチヅキのゾロアがあの小さい女の子に化けてて、俺はマジで女の子の首が切られたって思ったんだが、それはゾロアの幻でさ。ゾロアがキリキザンの急所に騙し討ち叩き込んで、終わり」
「すっげぇ! えっ、モチヅキさん、いつの間に娘さん助け出してたんすかっ?」
「…………」
「あー……多分俺のインフェルノがオーバーヒートとか煉獄とかぶっ放してる間に、ムクホークがうまい具合に女の子とゾロアすり替えたんじゃねぇかな」
「すっげぇ! モチヅキさんやべぇ! 超見直したぜ!」
 鉄紺の髪のルシェドウは惜しみない賛辞を贈るが、モチヅキは無反応だった。ルシェドウは頬を膨らます。
「ちぇー、せっかく人が褒めてるってのにこれだよ。すましちゃって、大人げないわねー」
「貴様、なぜサクヤを巻き込んだ」
 モチヅキが冷やかな声で、ルシェドウに尋ねる。レイアとサクヤは同時に顔を上げ、そして互いに顔を見合わせた。
 ルシェドウは明るく笑った。
「だって、俺一人じゃ心細かったんだもーん!」
「これらはまだ未熟なトレーナーだ。二度とこのような危険に巻き込むな、協会職員」
 モチヅキの言葉は棘を含んでいるどころか、それ自体が刃のようだった。ルシェドウはさすがにきまりが悪そうに笑った。
「いやぁ、裁判官モチヅキ殿の大のお気に入りのかわいいサクヤちゃんに怪我さしたのは、悪いと思ってるよー」
「貴様」
「やだぁ怒んないでよ、モチヅキさん。若いトレーナーたるもの、たまには痛い目を見るのも大事。でしょ?」
「取り返しのつかぬこともある」
「そんときゃ大人が守ればいいのよん」
 モチヅキは鼻で笑った。
 ルシェドウも大きくふんぞり返った。
 そして二人は睨み合っていた。
 赤いピアスのレイアと、青い領巾のサクヤは再び顔を見合わせた。そして二人でこそこそと話し出した。
「……お前、もう大丈夫なわけ?」
「……ああ」
「……なんつーか、ルシェドウが悪かった。次からはこいつ無視していいから」
「言われなくてもそうする。もうこりごりだ」
「あと、お前に少しでもなんかあると、モチヅキがうざくてかなわん。だからお前は無事でいてくれ」
 レイアがそのように言うと、サクヤはふと黙り込んだ。ゼニガメが不思議そうにサクヤを覗き込む。ヒトカゲも不思議そうにレイアを覗き込む。
 サクヤはレイアを睨み上げると、毅然とした態度で言い放った。
「おい、今のはまさか、デレたのか?」
 レイアは大声を出した。
「はあ? なんでそうなんだよ!」
「僕に怪我をするなと言った」
「ああ言ったよ確かに言ったよ! で、てめぇには文脈理解能力がねぇのか?」
「モチヅキ様に事寄せて、お前は僕を労ったな」
「そうですね確かに労りましたね! で! だから何!」
「デレたな、お前、いま」
「今のどこがデレなんだよ!」
「何かあったのか?」
「てめぇが死ぬかと思ったんだよ!」
「ああ、またデレたな」
「だから何で!」
 レイアが激しく怒鳴る。サクヤはレイアの腹に、ゼニガメのロケット頭突きをお見舞いした。レイアはくずおれた。
 サクヤは憮然として片割れを見下ろした。
「うるさいぞ」
「……誰かさんが……意味不明なこと口走るから……」
 蹲って呻くレイアに、涙目のヒトカゲが寄り添う。レイアはヒトカゲに大丈夫だと囁き、なおも腹部の痛みに呻いた。
 ドヤ顔をするゼニガメを両手で抱き上げ、サクヤは病室の寝台から立ち上がった。呻吟する片割れを一瞥し、それからモチヅキに向き直ると頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。ご迷惑をおかけしました」
「構わぬ」
 モチヅキはやはり澄ましていたが、その声音はサクヤに対してだけは随分と穏やかである。
「……遅くなりましたが、ヒャッコクへ、お送りしましょうか」
「体は大事ないか」
 サクヤは微かに笑んだ。
「マンムーでの雪山越えくらい、何でもありません」


 サクヤとモチヅキの穏やかなやりとりを、床の上のレイアと寝台の上のルシェドウは微妙な面差しで眺めていた。
「マジでなんで、サクヤのチルタリスとモチヅキのムクホークで、空飛んで行かねぇんだよ」
「え、一緒にマンムーに乗る時間が楽しみなんじゃねーの?」
「二頭を並べるどころか、一頭をシェアか……」
 レイアは大仰に溜息をつく。
「……まあ、これがこいつらの間の空気だ」
 ルシェドウもくすくすと笑った。
「ほんと、入る隙もねぇなー」
「だからてめぇも、二度とサクヤにちょっかい出すなよ」
 レイアがくぎを刺すと、ルシェドウも飽きずにけらけらと朗らかに笑う。
「レイアって、ほんとブラコンだよな!」
「はあ?」
「モチヅキさんに嫉妬してるー!」
「はあああ?」
 ルシェドウの指摘に、レイアは瞬きを繰り返した。
そして思ったままを口にした。
「……え、そうなんか? 嫉妬するにしても、サクヤにするもんだと思ってたわ」
「え、それこそなんで?」
「だって、モチヅキがサクヤばっかえこひいきするから」
「いやいや逆っしょ。レイアは、モチヅキさんにサクヤが篭絡されて悔しいんだよ! だからモチヅキさんに苦手意識持っちゃってんだよー!」
「へえ……」
「へえって言われた!」
 レイアは友人から指摘された己の新たな一面に関心を覚えた。ふうんと鼻を鳴らして、無心にサクヤとモチヅキの二人を眺める。
 ルシェドウが吹き出した。
「おい、四つ子ってまさか全員、天然じゃねーか?」





 それからほどなくして、レイアとサクヤはエイセツシティで再会した。
 明け方にレイアが起き出して、例の如くヒトカゲを脇に抱えてロビーに下りてくると、そこには夜のうちに到着したらしき、ゼニガメを連れたサクヤがいたのだ。
 ヒトカゲとゼニガメが勝手にじゃれ合い始めるので、トレーナーの二人はろくな挨拶も交わさないまま自ずとロビーの近くの席を占めることになる。
 もちろん待ち合わせをしたわけではないが、ひどく早い再会だった。
 外は夜明け前から雪が降りしきり、しんと静かだ。二人を除いてトレーナーの姿はなく、センター内も静まり返っていた。ヒトカゲとゼニガメの戯れ合う声ばかりが高く柔らかく響いている。
 特に話をするでもなく、レイアとサクヤはぼんやりとセンター内のテレビをつけ、ニュースを眺めていた。
 そして、娘を人質にフロストケイブに籠っていたトレーナー、アワユキに関するニュースを目にしたのだった。
 署内で自殺。
 ニュースキャスターの淡々とした声音が、さっさと次のニューストピックへと流れていく。レイアとサクヤは無言のまま、視線を交わした。
 あのアワユキに何があったかはわからない。それは大人がこれから地道に調べを重ねていくことになるのだろう。
 しかし気がかりなのは、残された幼い娘だ。
 四つ子は、実の母親をほとんど覚えていない。ただ、母親代わりに慕った養親は二人ほどいるから、もしその親に命を脅かされ、そしてその親がいなくなってしまったらと想像してみれば、どうにもつらかった。
 娘は母子家庭だったと続けてニュースで報じられる。ということは、母親を失った娘は施設か何かに預けられ、学校に通い、そして十歳となった暁には、奨学金などを得ない限り、自分のポケモンを持って一人で旅立つことを余儀なくされるのだろう。
 帰るところないまま。
――哀れだと思う。
 モチヅキの言葉が思い出された。
 レイアは、青い領巾の片割れに軽く頭突きをした。サクヤも、赤いピアスの片割れに本気の頭突きで応えた。
 明け方の街に、雪が降りしきる。


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