マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1363] 謹慎中3 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/10/31(Sat) 21:48:46   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



謹慎中3



 モチヅキがウズ邸から去ると、四つ子は揃って大きく息を吐き出した。
「俺あいつ苦手だわ」
「いつも怖いよねぇ」
「怒ってたよな……」
「怒っておられたな」
 四つ子の向かい側の応接ソファでは、こちらも緊張が解けたらしいユディも姿勢を崩していた。
「ははは。……モチヅキさんは、こういう事件が特にお嫌いだからな」
「ありゃ、そうなん?」
 首を傾げるセッカに、ユディは小さく頷く。
「こないだ、法学部の刑法のゼミで『ポケモントレーナーによる傷害事件』ってテーマで論文書いた時、モチヅキさんに色々と教えていただいたんだけどさ」
「うわお、ピンポイント」
「だろ? で、まあそん時のモチヅキさんは、怖かった怖かった」
 ユディは淡い金髪を揺らして、くすくすと小さく笑う。
「現行法は人権軽視だって、そりゃあ凄みのある有り難い講釈を頂いたな。モチヅキさんって“反ポケモン派”なんだなと思ってさ。まあ裁判官やってると、そう思うのかもな」
「ジンケン……ケイシ……? 反ポケモン派?」
 セッカが首を傾げる。セッカの片割れ三人もいまいちピンと来ていない様子に、ユディはますますおかしそうに笑った。
「知らないか? ああ、想像もつかないか。お前らポケモントレーナーは“ポケモンのせいで死んでも怪我しても恨みっこなし”っていうポケモン教に憑りつかれてるって、本当か?」
「ちょ、ユディ、何が面白いんだ? よくわかんないぞ」
「ポケモン教、だよ。一種の汎神論というか、多神教というか、前近代的というか。……古代の人間は、自然やポケモンを崇拝し、自然やポケモンと調和して生きる道を選んだ。現代のトレーナーでもそういう考え方してる奴、多いよな」
 家の表までモチヅキを見送りに出ていたウズが、応接間に戻ってくる。しかしそれにも構わず、ユディは喋り続けた。
「近代では、個々の人権を尊重する考え方が生まれて、それが非合理的な身分制度を打破する力にもなった。……ん? ああ……ははははっ、そうか、なのに今は……面白いな」
「楽しそうじゃの、ユディは」
「そーなんだよウズ、ユディが面白くなっちゃった」
 セッカも眉をハの字にしてウズに気安く困惑を訴えた。
 ユディは笑いを抑えると、楽しげに四つ子を見やった。
「現代と、前近代は似ているな。そう思わないか、セッカ?」
「……んんん……?」
「現代のポケモントレーナーは、さしずめ前近代の貴族ってとこだ。そう、絶対的な特権と武力を持っている身分、そしてそういう身分制度がまかり通る社会。同じだな。だろ?」
「……?」
「近代の自由と平等を旨とした個人主義と民主主義はどこへやらだな。そうか、現代は誰でもトレーナーという特権身分を得ることができる。しかしその特権身分を持っていられるのは実力のあるトレーナーだけ。そうか、実力主義の身分制社会……」
「……おーい、ユディ?」
「平等に機会を与えて、強い者が生き残って、合理的な身分制度を可能にしたのか……? 合理的? 強い者の支配を許すという多数者の意思? 自身こそが強者であるという慢心? ――そしてその幻が破れるのは、トキサさんのようにトレーナーとしての成功の道から外れたとき、か……」
 ユディはひとしきりぶつぶつと独り言を呟くと、ふふふふふふと密やかに笑い出した。四つ子は顔を引き攣らせた。ウズは慣れっこらしく澄ました顔で、急須に新しい茶葉を入れている。
「面白いな。……これが世界の真理なのか?」
「大変だよキョウキ、サクヤ、レイア。ユディが真理を悟っちゃった!」
「さすがはユディだね」
「さすがだな」
「お前はやればできるって信じてたぞ」
 ユディは四つ子の賛辞とは無関係に、実に愉快そうだった。
「というわけだ、アホ四つ子。この現代社会では、公然と一見理不尽な差別が横行している」
 そうユディは四つ子を罵りつつ宣言した。
「ところが、差別が公然と横行できているのは、それが“理不尽”だと一般に認識されていないからだ。なぜなら、ポケモントレーナーには“誰でもなれる”からだ。誰もが特権身分に入れるなら、そのような差別も許される。大半の人間が、そう考えている」
 ユディは興奮したのか、ソファから立ち上がった。
「だが実際には、トレーナーでない人間の方が圧倒的に多い。なぜ非特権身分に甘んじる? 十未満の子供、病気の者、怪我の者、高齢の者、その他仕事などのためにポケモンの育成に時間をかけられない者。……ポケモンを育て武力を得る者が特権身分のトレーナー。トレーナー以外の人間は……それが理不尽な差別であることを普段は認識せず……差別が耐えがたい不合理なものであると感じるのは……すでに手遅れになった時……」


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー