マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1450] 虹と熱 夕 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/09(Wed) 20:35:40   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



虹と熱 夕



 それから俺らは、なぜかバトルハウスを出て、昨日の夜来たばかりのズミさんの別荘にお邪魔していた。
 ロフェッカのおっさんは知らん。それどころじゃなかった。
 キョウキと一戦交えたドラセナさんは、俺ら四つ子を引っ張るようにしてずんずんと別荘地を行き、そしてズミさんの別荘に俺らを連れてきた。そして例の如く門扉が自動で開き、執事めいた人がドラセナさんと俺ら四つ子と、そしてちゃっかりついてきていたエイジの野郎を案内する。
 昨晩と同じ食堂に連れてこられた。確かに昼時ではあるが。
 なぜか昨日と同じく、ガンピさんがいた。
 ドラセナさんが何の連絡もなく俺ら四つ子――とおまけ一名――を連れてきたにもかかわらず、食堂には俺らの分の席も用意されていた。
 そしてズミさんが現れるまで、俺らはきょどきょどしていた。大変だ。マイお箸を持ってきてねぇ。


 ズミさんが厨房から現れたので、俺らは慌ててそれぞれの相棒を抱え直した。
「……ど、ども」
「はい。こんにちは。昨晩ぶりですね」
 ズミさんは相変わらず目つきが悪かった。俺がカロスリーグで勝てなかった目だ。
「本日もまた急なお招きにもかかわらず、足をお運びいただいて光栄です、四つ子さん。本日の昼食はジョウト料理で揃えさせていただきました。お口に合えば幸いです」
 そして俺らとドラセナさんは食卓に着かされてしまった。ちゃっかりエイジも席についている。お前の席ねーからと言いたかったが、仕方ない。納豆の洗礼を浴びせてやりてぇが、仕方ない。ズミさんとガンピさんとドラセナさんに免じてこの場は見逃してやる。
 ドラセナさんがにこにこと笑っている。
「あたし、ジョウトのお料理って初めてなの。お寿司かしら?」
 ガンピさんも興味深く頷いている。相変わらず鎧姿だった。
「我もであるぞ。あと、手を合わせて『いただきます』と『ごちそうさま』であったな。お箸を使うのだろう? あれはどうやっているのだ?」
 純白のテーブルクロスの上には、箸置きと箸が並べられた。湯呑や、ジョウトの焼き物の器も置かれる。醤油まで用意される。
 これはどういうことかと、片割れたちと目くばせをした。
 緑の被衣のキョウキがふわりと笑って首を傾げ、セッカも首をひねり、青い領巾のサクヤはわずかに肩を竦めた。それだけで通じ合った。――ズミさんは昨日のお詫びにと、俺らにとって馴染みのある昼食を用意してくれたのではないだろうか?
 凄まじく都合のいい考えだが、どうもそうとしか思えない。
 昨日の夕食は、ズミさんの作ったカロス料理だった。しかし俺らがテーブルマナーを知らないばかりに、同席するガンピさんや料理人のズミさんにまで妙な思いをさせてしまった。にもかかわらず、この心遣い、気配り。
 負けた。
 さすが俺をカロスリーグで打ち破った男だ。ズミ、侮れない奴だ。
 テーブルの向こうでは、セッカがガンピさんとドラセナさんにばんがって箸の使い方を教えていた。
「こう! 一本目はペンを持つようにして、二本目は親指の付け根と薬指で支えて――ああもう、こう! 普通にここにこう、ぷすーて差すの!」
 そしてガンピさんとドラセナさんに箸を持たせている。
「んで、下の一本は固定して、上の一本を、ペンを動かす要領で動かす! はい、いちにっ、いちにっ」
「ぬ、ぬうう、おお?」
「あらまあ、難しいわねえ」
 テーブルの隅にはもう一人箸を使えない長身の男がいるのだが、そいつには誰も、箸の使い方を教えようともしなかった。


 そしてランチに供されたのは、炊き込みご飯に澄まし汁、肉や魚の照り焼き、豆腐ステーキ、野菜や根菜の天麩羅。
 なんというか、さすがズミさんだと思った。完全にジョウトの、ウズの味だった。醤油の味がした。しかしあえて言うならば、醤油味の料理が多いということだ。味噌味の物とか酢の物とかをつけるといいんだぞ。
 ガンピさんやドラセナさんの方を見ていると、やはり箸の使い方には悪戦苦闘して、早々にナイフとフォークとスプーンに切り替えていた。不思議そうな顔をして醤油味の料理を口に運んでいる。
 ズミさんが無表情に、俺らの傍にやってきた。
「――いかがでしょうか」
「すげぇ美味いっす!」
「とても美味しいです。彩りも綺麗で」
「ほんと、ウズより料理上手かも!」
「お出汁の味が素晴らしい」
 そう口々に俺らは心から称賛した。
 ガンピさんやドラセナさんもそっと口元を拭い、頷いた。
「うむ、さすがはズミ殿。ジョウトのお味もなかなかである」
「不思議なお料理ねえ。おもしろいのねえ」
 それがその二人にとってどの程度の褒め言葉なのか俺らにはよくわからなかったが、ズミさんは澄まして頷いた。
「それはよかった。では食後はこのズミもご相伴にあずかりましょう」


 食べ慣れた料理、そして俺らとは逆に目を白黒させているガンピさんやドラセナさんとの話も弾み、昼食は長引いた。
 料理の話、ポケモンの話。昼飯に何時間もかけるなんて初めてだ。午後を大幅に回っている。
 そして食後のデザートには、生クリームの乗った抹茶のロールケーキと紅茶が出された。
 さすがとしか言いようがなかった。まさかズミさんて、パティシエでもあるのか。
 さすがにロールケーキは小さなフォーク一本で口に運ぶ。とろけるおいしさにセッカが耐え切れずみょこみょこと動いた。
「うんま――!」
「セッカ、セッカセッカ。お行儀悪いよ」
 キョウキが窘める。すると席に着いたズミさんがごく僅かに目元を緩めた。
「食事も終われば味の記憶は薄れゆく。そこに全身全霊を打ち込むことこそ芸術なのです。であれば、料理を口にするその一瞬の時を楽しんでいただくことこそ、料理人の生き甲斐」
「ほらきょっきょ、ズミさんは気にしてないって! うんめえ――!」
 セッカは幸せそうにロールケーキをほおばっている。見ればドラセナさんなども割と食べ方が奔放だ、ロールケーキのクリームの部分をわざと残して最後にまとめて食べている。
 そうだ、料理は食べたいように食べればいいのだ。美味しければいいし、楽しむことが料理人のためになる。のではないでしょうか。いや、やっぱ最低限のテーブルマナーってもんはいるかなぁなんてちょっとは思いますけど。
 それぞれケーキを食べ終え、紅茶を飲んで一息つく。
 そこでズミさんが話を切り出した。


「ところで四つ子さん。近頃バトルハウスが騒がしいこと、ご存知でしょうか」
 俺とキョウキとセッカとサクヤは、同時に紅茶のカップを下ろして顔を上げた。エイジもテーブルの隅で顔を上げた。
 ガンピさんが腕を組んで唸る。
「またこのごろ、このキナンでもフレア団と名乗る怪しき輩が目撃されておる。近年目立つようになったな」
 ドラセナさんもにこにこと口を開いた。
「最近どうも、騒がしいのよねえ。お若い方がね、ポケモンは自然で遊ばせるべきだとか言うのよ?」
 三者三様に別々のことを喋っていた。
 ズミさんの言うバトルハウスは反ポケモン派の仕業だろうし、ガンピさんが言っているのはフレア団の話だし、ドラセナさんが言っているのはおそらくポケモン愛護団体のことだ。
 しかしいかんせん別々のことを話されているので、俺らとしても誰にどのように返事をしたものかわからない。四天王って仲が良いように見えて、全員割と自由奔放なんだな。
 ズミさんも自身でそれを感じ取ったのか、小さく嘆息した。
「いかような団体にせよ、私に感じられるのは、若者の行き場のない不安感というか、余裕のなさですね。実に品のない、痴れ者が巷に溢れている」
「し、痴れ者っすか……」
「四つ子さん。貴方がたの箸づかいからも伝わる。たとえようのない不安が」
 箸づかいからっすか。
 ズミさんは食事の終わったテーブルに肘をつき、俺ら四人をじろりと見やった。
「四つ子さん。貴方がたにとって料理とは、ポケモンバトルとは何ですか。ただ胃袋にモノを詰め込む、それだけの作業ですか。――そうではない」
 ズミさんにとっては、料理はポケモンバトルと同じようなものらしい。ジムリーダーがポケモンバトルから挑戦者の生き様を読み取るように、ズミさんは食事を通じて食べる者の心を読むようだ。
「勝敗の記憶すら薄れゆく、その勝負に全身全霊を打ち込む。それはこちらの四天王ガンピや四天王ドラセナにしても同じです。食うためだけのバトルなど、何の価値もない」
「よくわからないです、ズミさん」
 キョウキがフォークを置き、笑顔のまま首を傾げる。緑の被衣が揺れる。
「僕ら四つ子が旅を始めたのは、生きるためです。それ以上の目的なんてありません。僕らはいやいや旅してるんですよ。ですから、生き甲斐を見つけるとしたら、バトル以外に見つけたいです」
「それは拙い言い訳に過ぎない!」
 ズミさんに一喝され、キョウキが小さく肩を竦めた。
 ガンピさんが口を挟んだ。
「ズミ殿よ、口を挟むこと許してくれ。四つ子よ、人生は戦であるぞ。しかし大義なき戦ほど、不毛で虚しきものはあるまい」
 ドラセナさんも悪戯っぽく笑った。
「ね、バトル以外に好きなこと見つけるのも、素敵なのよ。でもね、ポケモンたちと一緒に遊ぶの、楽しいもの。あなたたちも自分の遊び方を見つければいいと思うのよ」
 四天王の話は難しかった。
 迷いの森でエイセツのジムリーダーのウルップさんは、バトル以外の生き甲斐を探してみろと言った。
 しかし四天王の三人は、ポケモンバトルにも生き甲斐を見出せと、そう俺らに求めている。
「――そんな余裕、ねえっすよ」
 ぼそりと呟いたのはセッカだった。
 無表情に、ズミさんとガンピさんとドラセナさんを見つめていた。
「あんたらはお金持ちだから、そんなこと言えるんだ。無責任だ。ひどい。ひどすぎる。そんなに言うなら、守ってくださいよ。毎日こんなおいしいもの食べて。広い別荘に住んで。ずるい。ずるすぎる」
 セッカは無表情で呪った。
「格差だ。ずるい。おかしい。……あんたらがそんなだから、俺らみたいな、不満を持った、憎悪に溢れた、不安に満ちた奴が増えるんだ……。フレア団とかいうテロ組織が、街を襲い、人を襲い、さらに人々を不安に貶めて。……今のカロスで起きてることって、それだろ?」
 セッカは顔を歪めて笑った。
「俺には、フレア団の気持ちが分かるよ?」



 セッカはなかなかの爆弾発言を残していった。
 俺らはズミさんの別荘を後にして、のろのろと別荘地を歩いている。
 食事会はとても楽しかった。セッカが最後に落とした爆弾も差し引きでプラスになるほど、収穫の多い昼食の席だったと思う。
 ズミさんはいい人だった。ガンピさんもいい人だった。ドラセナさんもいい人だった。四天王の三人はジムリーダーたちと違ってそこまで面倒見はよくないけれど、ポケモンバトルというものに対する真摯な姿勢はやはり並みのトレーナーのそれではない。ポケモンに対する接し方、考え方などには学ぶところが多かった。
 話を楽しみ過ぎたのか、時はもう夕方に近い。
 雨は上がり、虹が出ていた。けれどセッカはそれには気づいていないようだった。
 セッカはなぜか頬を膨らませていた。マジでこいつのテンションの浮き沈みは読めん。
「なんかさ、幻滅しちゃったなー。四天王って自己中なんだな。っていうか、あと一人もあんなんなんかな?」
「ま、似たようなもんですね……」
 例の如く俺らの後ろについてきていたエイジが、すり寄るような声音で割り込んでくる。俺らは誰も振り返らない。けれどエイジは勝手にしゃべり出す。
「残る四天王の一人パキラさんは、他の四天王やチャンピオンとはあまり休暇を共になさらないようですね。まあホロキャスターのニュースキャスターとして忙しくされていることもあるのでしょうが……」
 俺らは無言でエイジを追い立てるようにして、俺らの別荘への道を辿らせた。


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