マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1373] 昼涙 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/11/04(Wed) 18:43:48   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



昼涙 上



 頭には緑の被衣、その上にさらにフシギダネ。
 石畳をブーツで踏み越え、袴が微かに衣擦れの音を立てる。
 キョウキはクノエシティが好きだ。曇りや雨の多い湿気がちな気候、秋になれば美しく色づく木々。家々の屋根は苔むし、鮮やかな色の茸がぼこぼこと顔を出している。
 何より、ここは四つ子が育った街だ。
 多くの道に、片割れたちと共に走りまわった記憶がある。甘い感傷に浸りつつ、フシギダネを頭に乗せたキョウキは、クノエのポケモンセンターに向かっていた。
 ポケモンセンターの自動ドアがキョウキを迎え入れる。とりあえずキョウキは足を休めるべくロビーへと向かった。
 そして、急な怒鳴り声に首を縮めた。
「うるっせぇな! あっち行けぇ!」
 しわがれた男の声が、ポケモンセンターのロビーから聞こえてきていた。男はひどく気が立っているらしく、下手に関われば暴力沙汰になりそうな気配である。
 キョウキはフシギダネを乗せた頭を僅かに傾け、こだわりなくロビーを覗き込んだ。
 ポケモンセンターを守るジョーイが、男を宥めにかかっている。
「他のトレーナーの皆さんのご迷惑になります、落ち着いてください」
「うるせぇ! ほっとけや! あっち行きやがれ!」
「お願いします、タテシバさん」
 男の喚き声に混じって聞こえてきた青年の声に、キョウキはおやと思った。そして視界に、小柄なルカリオを認めた。
 小柄なルカリオを連れて、喚く男に相対しているのは、キョウキたち四つ子の幼馴染であるユディだった。
 淡い金髪のユディは、ロビーのソファで寝転がりながら怒鳴る男に向かって、何かを頼み込んでいた。
「少しお話を聞かせてくださるだけでいいんです」
「うっせぇ! あっちゃ行けよ! 潰すぞ!」
 ソファに寝転がっていた男の足が、ユディの腹を蹴り飛ばす。
「うわっ」
「がるっ!」
 小柄なルカリオがいきり立つ。その両手を構え、波動のエネルギーを小弾に込めようとした。ユディが顔を引き攣らせ、ジョーイがだめ、と叫ぶ。
 キョウキは穏やかに、頭上のフシギダネに頼みごとをした。
「ふしやまさん、ルカリオ押さえてー」
「ふっしー」
 フシギダネが一瞬で蔓を伸ばし、ルカリオを絡めとる。ルカリオが集めかけていた波動を霧散させた。
 小柄なルカリオは暴れかけたが、キョウキのフシギダネは正確にルカリオの重心を捉え、完全に抑え込む。ぽかんとするユディの前に、キョウキはのんびりと歩み寄った。
「ユディ、久しぶりだねぇ。ルカリオも」
「……キョウキ……! ……悪い」
 ユディは相変わらず、モノトーンの服装で全身を固めていた。キョウキはユディの様子がいつも通りであることを認めると、それからソファに横になっている男を見やった。
 帽子にコートに、持てる限りの衣服を身につけているらしく、男はすっかり着膨れている。壮年から老年であろう、髭は伸びっぱなし、肌も垢で薄汚れている。
 キョウキは淡泊に男から目を逸らし、幼馴染の肩を押した。
「ユディ、行こっか」
「キョウキ」
「行こう行こう」
 キョウキはユディを連れ出すことによって、その場を収めようとした。しかし、事をそう簡単に終わらせてくれなかったのは、先ほどからあっちへ行け、放っておいてくれと喚いていたはずの男だった。
「何見とんだゴラァ! 見てんじゃねぇぞ!」
 ユディは男を振り返るが、キョウキは無視してユディを外へと押しやる。
 男の怒声が、ユディとキョウキを追いかけてきた。
「行けぇっ、ニダンギル! 叩っ切れ!」
「ポケモンセンター内でのバトルは、やめてください!」
 ジョーイが叫ぶ。しかし浮浪者然とした男の投げたボールからは、すでにギラギラと殺意をみなぎらせた刀剣ポケモンが現れている。
 ユディの小柄なルカリオがそれを見て、フシギダネの蔓に捕らえられたまま再び暴れ出した。
 キョウキはふうと溜息をついた。緑色の被衣を手でさらりとかき上げ、ちらりとニダンギルを見やる。
「ふしやまさん。眠り粉」


 緑の被衣のキョウキは、黙々とユディの背を押し、ポケモンセンターから遠ざかる。蔓でルカリオを捕らえたフシギダネもそれに続く。
 秋の湿った空気と紅葉を楽しみつつ、二人と二体はクノエの北東の高台にあるカフェに向かっていた。二人でテーブル席をとり、それぞれが紅茶とモモンのケーキのセット、そしてポケモン用のモモンのクッキーを頼む。
 蔓から解放された小柄なルカリオはユディの隣の席に収まり、フシギダネはキョウキの隣に背の高い椅子を用意されてそこに収まった。
 キョウキは改めてユディを見やり、ふわりと笑んだ。
「やあ、ユディ」
 ユディもそこで、くすりと笑った。
「……ああ。キョウキも元気そうだな。カロスリーグ、お疲れ」
「予選敗退だけどねぇ」
「ひと月のブランクで、そこから一週間足らずでバッジを五つ集めただけでも大したもんだろ」
「まあ、そういう事にしておくかな。ありがとね」
 紅茶やポケモンのためのクッキーと共に、冷えた甘いケーキが運ばれてきた。キョウキは早速フォークでケーキを切り分けつつ、穏やかにユディに話しかける。
「ユディ。さっきの、大丈夫だった?」
「……ああ。つまり、俺が何をしてたのか、訊いてるんだよな?」
「言いたくなけりゃ、別にいいけど」
「別に隠すもんでもないし。大学のサークル活動で、ちょっとポケセンのトレーナーにインタビューしてたんだよ」
「へええ」
 キョウキの隣では、フシギダネがもそもそと甘いクッキーを食している。キョウキは目を細めてそれを見守った。
「で、ユディは一体何を尋ねたのさ。それとも、あのおじさんに話しかけただけでああなっちゃったのかな?」
「話しかけただけっていうか、多分俺が他のトレーナーに尋ねて回ってたのも、タテシバさんは聞いてたと思うんだ。それが気に障ったんじゃないかと俺は思ってる」
「何を、尋ねて回ってたんだい?」
「トレーナー優遇の刑事罰制度について、どう思うかとか」
「そりゃあ君ね、質問が悪いよ」
 キョウキはけらけらと笑った。ユディも苦笑した。
「いや、もちろんいくつか段階的に、軽い質問からするさ。でも、本質的に重要なのはその質問だよな」
「一体何だい、そのサークルは。法学部のサークル? 現代社会の闇を糾弾するサークルとかなわけ?」
「まあ、そんなもんか?」
「あははははは、おっもしろいねぇ。左翼じゃん」
「なんでそう決めつけるんだよ」
 日々穏やかな大学生活を送っているユディは、キョウキの端的な決めつけにも特に動じなかった。甘いケーキを口に運び、飲み込んでから口を開く。
「まあ確かに、サークルの中にはトレーナー政策に反対してる人もいるけど。俺はただ単純に現状を理解して、その理解を世間一般に伝えたいと思ってるだけだよ。別にトレーナーとかポケモンとかが嫌いなわけじゃあない」
「ユディはそうだろうけどね。でも、ルカリオ連れておきながらそんないかにも左翼的な活動されたら、トレーナーも引くよね」
「そうなのか?」
 ユディは目を輝かせて、身を乗り出した。キョウキは愛想笑いを浮かべる。
 ユディも薄ら笑いを浮かべていた。
「……ああ、そうか、つまり俺は反ポケモン派の差し金だと受けとられてたのか。なのにルカリオを連れてるから、そこで変に思われてた。疑われてたのか」
「そゆことちゃいます?」
「なるほどな。ありがとう、キョウキ。すごく勉強になった」
 キョウキは適当に相槌を打っていた。
 そのあたりで、ユディが話題を変えた。
「レイアやセッカやサクヤは、元気か?」
「……んー、カロスリーグで会ったきりだからなぁ。元気なんじゃない?」
「クノエに帰ってきて、ウズには会ったのか?」
 クノエシティには、四つ子の養親であるウズの家があった。四つ子が十歳まで育った家だ。
 しかしキョウキは首を振った。
「会ってないよ。会うつもりもないし」
「なんで? ウズとはもともと、親戚なんだろ?」
「親戚だろうが養親だろうが、十を過ぎても世話をされるのはもうこりごりだよ……」
 渋い表情を作るキョウキに、ユディは目を丸くした。
「まさかトキサさんのこと、まだ気にしてるのか? 意外だな」
「意外って何さ。とにかく、もうウズに子ども扱いされるのはまっぴらってこと」
「反抗期」
「うるさいよ」
 幼馴染の二人は笑い合う。ケーキを完食し、温かい紅茶を口に含んだ。
 キョウキがほうと息をついた。
「……さて、どうしよっかな。ウズの家には帰りたくないし、かといってポケモンセンターにはあのタテシバさん? がいるし」
「俺んち、泊まる?」
「うわお。最高だよ」
 キョウキがにこりとフシギダネと笑み交わした。ユディのルカリオも、泊り客ができて機嫌よさげに喉を鳴らしている。


 ポケモンセンターにはしばしば、家のない者が宿を求めて集まってくる。
 自治体がそのような人間に具体的にどのような対応をとっているのか、キョウキは知らない。しかし、いかにも路頭に迷った風の人々が明るいポケモンセンターのロビーの一角を占めているのは、若いポケモントレーナーの教育上よろしくないのではないかとキョウキは思っている。
 十歳になってミアレシティでプラターヌ博士からフシギダネを受け取り、それからしばらくはフシギダネだけを伴に旅をしていて、初めてポケモンセンターでそのような人々を見たときは、それが何を意味するのか全く分からなかった。
 その意味をいつの間にか知ったときには、自分も旅ができなくなったときは、あの一団の中に入ることになるのだと悟った。
 旅をし、野戦や公式戦で賞金を稼がなければ、キョウキは食べることすらできない。怪我や病気などをすれば、貯金はすぐに底をつく。ポケモンすら時には治らぬ病に侵されることもある。どのみち、いつか年老いたときには旅はできなくなるだろう。
 十歳からポケモンを育てる以外のことを教えられなかった人間は、旅を続けるしかない。
 旅ができなくなったら、ポケモンセンターの隅に蹲るしかないのだ。帰る家もなく、やがてタテシバのような大人になる。
 ユディの家の、ユディの部屋に招き入れられたキョウキは絨毯に寝転がりつつ、ぼやいた。
「……まともに就職するなら、せめて中等教育は修了しないと、なんだよねぇ」
「勉強すればいいじゃないか」
 階下からジュースを持ってきたユディが、こともなげにそう言う。キョウキはあのように見えても先ほどまで微かに気を張っていたのだが、幼馴染の部屋では素直に、恨みがましげに緑蔭から幼馴染を睨み上げた。
「……そんなお金ないもん」
「俺の小中高の教科書と参考書、貸そうか?」
「荷物重くなるじゃん。あとそんな暇ないもん」
「一日に一時間くらい勉強すれば、中卒資格くらい取れるだろ。通信教育とかもあるしさ」
「ユディ」
「なに?」
「辛い」
 絨毯の上は温かかった。キョウキのフシギダネは窓際の日なたで丸くなり、体を休めている。ユディのルカリオは庭に出て、何やら一匹で鍛錬をしていた。
 ユディはテーブルにジュースのペットボトルと二つのグラスを置くと、ジュースをグラスに注ぎ始めた。
「キョウキ、旅が辛いのか?」
「辛いよ。……辛いよう。めんどくさいよう。絨毯やソファで、思い切りゴロゴロしたい。誰の目も気にせず、手足を伸ばしてのんびり眠りたい……」
 そのままキョウキはユディの部屋の絨毯の上をごろごろと転がり、うつ伏せに潰れた。
 ユディの静かな声が降ってくる。
「なら、しばらく休めばいい」
「休めないよ。今、手持ちのお金、一万円もないもん。……あと一週間も何もしなかったら路頭に迷う……」
「二、三日、ウズの家とか俺の家とかに居候でもすればいいだろう。ウズはお前の養親だし、俺はお前の友達だ。そのくらいする。キョウキ、しばらく休め」
「休めないよ。休めないんだよ。バトルの腕が鈍るだろ……?」
 キョウキはうつ伏せのまま、呪詛を吐いた。
「何もしないと、弱くなる……。バトルに負ければ、賞金を支払うのはこっちだ。……休めないんだよ。毎日ぎりぎりの思考で、命を懸けてポケモンを戦わせる。僕、もうきっと、まともじゃない……」
「キョウキ」
「人間らしい暮らしがしたい……ああ、僕だけじゃない、レイアもセッカもサクヤもそう思ってるよ……旅をやめたい。でも、ポケモンたちがいる。……ポケモンたちがいるから」
 そこでキョウキはがばりと起き上がった。緑色の被衣が頭から滑り落ち、黒髪を露わにする。
 キョウキは何事もなかったかのように、灰色の双眸を細めた。
「なんてね。愚痴聞いてもらう相手もいなかったからさ、ごめんねユディ。旅は楽しいよ。だけど、レイアやセッカやサクヤが帰ってきた時も、よかったら愚痴聞いてやってくれ」


 その晩、キョウキはユディの家で夕食をご馳走になり、風呂を借り、ユディの寝間着を借り、そしてユディのベッドを借りて眠った。旅の疲れが溜まっていたらしく、ろくに夜も更けないうちにキョウキは寝入った。
 そしてその翌日、キョウキはユディに、クノエの大学へと連れ出されていた。
 相変わらずモノトーンの服装に身を包んだユディに手を引かれ、袴ブーツに緑の被衣にフシギダネを頭に乗せたキョウキは、朝からぼやく。
「……ユディ、何だい、何なのさ、ねえユディー」
「大学の本屋に行くぞ、キョウキ」
「なんで? きょっきょちゃん、ユディのお家でゆっくりしたいよー」
「勉強したいって言ったの、どの口だよ」
「別に勉強したいだなんて、言ってないよ」
「いいや、お前は学問に飢えている。お前ら四つ子は基本的に物覚えもいいし、絶対に勉強を始めるべきだと思う」
 この四つ子の幼馴染は、こうと決めたら意地でも引かない。手持ちのルカリオと同じく、不屈の心を持っているのだ。
 キョウキは仕方なく、ユディについていった。
「勉強したところで、すぐに仕事に就けるわけでもなし。どうせなら専門教育とか受ける方がいいなぁ」
「何にしろ、初等教育の知識がないと無理だろ」
「やだなぁ、掛け算割り算くらいできるよー」
「なるほどな。じゃ、基礎数学の教科書と計算ドリル漢字ドリルとノートだな、とりあえず」
「ユディちゃんユディちゃん。きょっきょ、えんぴつも持ってない」
「マジか。筆箱から揃えなきゃか。下敷きもか」
「ユディちゃんユディちゃん。雨に降られたら、ノートとか濡れない?」
「カッパも買うか」
「ユディちゃんユディちゃん。きょっきょのお小遣い無くなる」
「……大学の生協で揃えるから。学生が購入すると割引されるから。無利子で貸し付けといてやるよ」
 ユディはキョウキを振り返ることもなく、早口でそのように口走った。
 キョウキはその後ろで微笑む。
 結局ユディは、キョウキに教材一式と文房具一式、そして電子辞書を買い与えた。
キョウキはずしりと重いそれらを受け取り、真顔になった。
「負債超過だね、これは」
「いいや、まじめに何度も繰り返して勉強すれば、必ず元は取れる。これは財産だ、キョウキ。これがお前の未来を切り開くんだ」
「……ふふ、未来かぁ」
 新品の教材、真新しいノートやペン。高価であろう軽い電子辞書。義務教育時代の胸のときめきがなんとなく思い出されるようだった。
 キョウキはふふふと笑った。
「早くこの中のこと覚えて、レイアやセッカやサクヤにも貸してあげなくちゃ」
「ああ、そうしてくれ」
「そしたら、四人で分割してユディにお金払えばいいもんね。えへへ。そしたら四人で一緒に中学卒業証明書貰うんだ。えへへへへへへ」
 いつになく上機嫌のキョウキを、フシギダネが不思議そうにのぞき込む。キョウキは勉強道具を荷物の中にしまうと、頭の上からそっとフシギダネを下ろして抱きしめた。
「えへへへ、ふしやまさん、僕ね、新しいこと始めそうだよ」
「だーねー?」
「僕、最近ちょっと鬱っぽかったもんね。これで心機一転。もう大丈夫だよ、ごめんね。……ユディ、ありがとね」
「ああ。どういたしまして」
 ユディも穏やかに笑った。そして悪戯っぽくキョウキに声をかける。
「俺、このあと講義あるんだけど。キョウキ、お前も潜り込むか?」
「ええ? 大学の講義なんて無理だよ」
「いや、数学とかわかんなくても大丈夫だし」
「いや、いいよ。僕はのんびりするって決めてるの」
「あっそ。まあいいや、俺んち戻ってていいから。俺も夕方には帰るし」
「うん。じゃあね、ユディ」
 そして大学構内で、キョウキとユディは別れた。


 日が傾く。灰色の雲の切れ間から橙色の光が差し込んでいた。
 その日の授業をすべて終えて、ユディは黙々と家路を急いでいた。脳裏には、キョウキの緩い笑顔が浮かんでいる。
 ユディは思えば、四つ子の笑顔と共に育った。
昔からユディは、揃ってやんちゃで甘えん坊な四つ子を取りまとめ、四つ子の喧嘩を仲裁し、そして四つ子を様々な遊びに連れ出し、ときには四つ子に勉強を教えたこともある。そして、今はルカリオに進化したかつてのリオルに出会えたのも、四つ子がいたからだ。
 しかし、四つ子は十歳に近づくにつれて、次第に笑顔が減っていったのだった。
 自分たちの不安定な身の上を悟り始めていたのだろう。量の少ない勉強にもますます身が入らず、四つ子はすぐに学校を抜け出し、裸足でクノエを駆け回り、ときには何もない空き地でひたすら四人は、虚ろな目で空を見つめていた。
 ポケモンなんて嫌いだ、と泣いて旅を拒絶したこともある。あの時は四人で寄ってたかってユディのリオルを虐めようとしたものだから、ユディは厳しく四人を叱った。この四つ子にポケモンと一緒に旅をすることなど、あの時は不可能としか思えなかった。
 しかし今、四つ子は順調に旅をしていた。
 ポケモンと力を合わせ、約一名を除いてはカロスリーグへの挑戦権も手に入れた。
 もう四つ子については、何も心配することはないと思っていたのに。なのに、キョウキは旅が辛いと打ち明けた。レイアもセッカもサクヤも同じだとそう言った。
 どうにかしてやりたい。ユディはそう思う。
 ユディは自宅に帰り着いた。
 ところが、家にはキョウキはいなかった。ユディの両親も仕事に出たまま家を空けており、ユディの自宅はがらんとして静かだった。
 しかし、キョウキはクノエを去ったわけではないらしい。ユディの部屋にはキョウキの荷物はなかったが、今朝キョウキが部屋に置いて出てきた葡萄茶の旅衣は、元のままユディの部屋に放置してあったのだ。
 ユディはそろそろと家を出ると、そっと正面玄関に鍵をかけた。そしてモンスターボールを手に取った。
「……ルカリオ」
 ユディはボールから、相棒を呼び出す。小柄なルカリオは、これもまたどこか不安そうな目でユディを見つめ返してきた。
「……キョウキは、どこだ?」
「がるる」
 ルカリオはすぐに四つ子の片割れの波動を感知したらしく、弾かれたように走り出す。ユディはルカリオに遅れないよう全力で走った。
 外は暗くなりかけている。
 ぽつりと、雨垂れがユディの頬を打った。


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