マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1438] 陽 上 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/12/04(Fri) 20:38:25   44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



陽 上



 そして翌日、朝食を終えた後。
 話がある、と昨晩ウズに言われていた。そのため、四つ子はもそもそと居間の三人掛けのソファにぎゅう詰めになった。実は四つ子は、狭い場所に四人でぎっちり詰まるのが大好きである。
 エイジもまた、にこにことソファの一つに腰かけた。いっそ鬱陶しいくらいに爽やかな笑顔だった。
 銀髪の四つ子の養親と、金茶髪の大男もソファに腰を下ろした。
 四つ子。そして、ウズ、ロフェッカ、エイジ。
 現在ポケモン協会から貸し出されたこの別荘に住んでいるのは、この七名だ。


 四つ子は、女性政治家のローズから与えられた大金で日々遊びまわっている。それにいちいち同行するのは、ここキナンで出会ったばかりの長身の青年、エイジだった。
 エイジは四つ子の家庭教師に任じられていた。エイジはキナンシティに詳しかった。バトルハウスだけでなく、ショッピングモールや遊園地の案内までこなし、四つ子の荷物持ちを買って出て、そして一日中遊び歩いて疲れ果てた四つ子を、毎晩正しくこの別荘まで連れて帰ってくれる。
 家庭教師というよりも最早ただの子守然と化しているが、子供のように遊びまわる四つ子にとって、この父親あるいは兄のような年上の男性というのは、非常に便利な存在だった。
 ただ、便利である。それ以上でもそれ以下でもない。
 エイジは別荘の居候だった。滞在料の代わりに、エイジは四つ子の我儘に付き合う。四つ子も遠慮なく、エイジを我儘で振り回す。エイジはそれをすべて笑顔で受け止めてくれる。
 それが数日続いても、エイジは幼い子供を見守る優しい兄の如く、文句ひとつ言わず、笑顔を絶やさず、四つ子に付き合っているのだった。
 さすがに四つ子も、このエイジという青年の器の大きさを認めないわけにはいかなかった。たとえ本物の兄でも、あるいは雇われた熟練のベビーシッターでも、エイジほどの働きはなかなか出来ないと認めざるを得なかった。自分たち四人の我儘が相当のものであることも四つ子自身も意識はしていたのである。
 エイジは朗らかで、物静かで、四つ子をどこまでも甘えさせてくれた。

 いつの間にかエイジは、ウズやロフェッカともすっかり馴染んでいた。
 エイジは一日中四つ子に振り回されても、毎朝早起きをして、ウズの家事をせっせと手伝う。別荘の家事を仕切っていたウズにとってそれは大変ありがたかった。大量の洗濯物を干しては取りこんで畳み、大量の食器を洗い、四つ子の計二十四匹のポケモンに食事を用意し、そして日中は四つ子の面倒を見る。
 文句の付けどころのない主夫ぶりをエイジは発揮した。

 そのように家の内外の用事にエイジは引っ張りまわされ続けていたから、比較的エイジとロフェッカの接点は少ないだろう。
 ポケモン協会職員のロフェッカが毎日何をしているのかは、毎日外出する四つ子にはほとんど知りようがなかった。朝に新聞を読み、日中はポケモン協会の関係でどこかへ出かけているようだ。
 本来なら、キナンで遊びまわる四つ子を見守るのはロフェッカの役目だったはずだ。その役目をエイジにとられてしまったロフェッカがその暇によって何をしているのか、四つ子には分からないし、また興味もない。


 朝の光が眩しい。
 無表情の銀髪のウズ、なぜかにやにや笑っている金茶髪のロフェッカ、そしてにこにこと日々の疲労の様子も見せずに微笑んでいる長身のエイジ。
 その三人に黙って見つめられ、別荘の居間のソファで四つ子はもぞもぞした。買ったばかりのエスニックな洋服は洗濯に出してしまったので、四つ子はウズの作ったいつもの和服姿である。四つ子のそれぞれの膝の上では、ヒトカゲやフシギダネやピカチュウやゼニガメがまだ寝ぼけてうつらうつらしている。朝食を腹いっぱい食べて再び眠くなっているのだ。
 四つ子の養親のウズが、重々しく口を開く。
「……このところ、バトルハウスには行っておらぬようじゃな」
 その最初の一言に、緑の被衣のキョウキが首を傾げる。
「だから何?」
「挑戦して、バトルの腕を磨かんか。遊び呆けよって。童でもなかろうが」
「バトルハウスには行きたくないよ。それにさ、人生で一度もショッピングも遊園地も経験してない人間って、そもそも現代人としてどうなの?」
 キョウキがすらすらと反駁する。
 四つ子の中で最も達者に大人に対応できるのはキョウキだった。普段の調子で言葉が口からついて出る。他の片割れ三人にはこうはいかない。レイアとサクヤは口数の多い方ではないし、セッカはひたすら馬鹿だからだ。
 キョウキの反論に、ウズは溜息を吐いた。
 そして穏やかな声で尋ねた。
「バトルハウスに行きたくない、か。その理由を聞かしてもらえるかえ?」
「あそこじゃ、僕らはただのギャンブルの対象だ。バトルに勝てないことはないけど、勝ったら勝ったで、嫌なことを周りの知らないおじさんから言われる。それって気分がいいことではないよね」
 ピカチュウを膝に乗せたセッカが、キョウキに同調してうんうんと頷く。ヒトカゲを膝に乗せた赤いピアスのレイアと、ゼニガメを膝に乗せた青い領巾のサクヤは、特にリアクションも示さなかったが、それでもキョウキの発言の正しさを裏付けるかのようにウズをまっすぐ凝視している。
 ウズはロフェッカに視線をやった。
「確かにあのバトルハウスでは、バトルを対象とした賭博が横行していたようじゃな。ポケモン協会殿もそれを認めておられるのですか?」
「……そっすね。一応は腕利きのトレーナーしか来れないので、子供の立ち入りは少ないだろうってことで、バトルハウスでのギャンブルは政府にも公認して頂いてますね」
 ロフェッカが肩を竦めて肯定する。さりげなくポケモン協会の直接の関与については言及していないが、もちろんポケモン協会も一枚噛んでいるのだ。
 ウズはさらに嘆息した。
「……ギャンブルは確かに問題じゃな……」
「あんたは俺らに、何かバトルハウスに挑戦させたい理由でもあんのかよ?」
 尋ねたのは、赤いピアスのレイアだった。
 その隣で緑の被衣のキョウキが笑顔のまま小さく舌打ちしたが、レイアはキョウキを宥める。レイアは四つ子の中でも良心的だ――ウズの気持ちも尊重しようという心配りを見せている。ピカチュウを膝に乗せたセッカなどは、レイアの敏さと心優しさに敬服した。
 レイアが軽く肩を竦める。
「……ま、おおかた俺らが遊んでばっかなのを、どうにかさせたいってとこだろ?」
「よう分かっておいでじゃな。が、それだけでもない」
 ウズは微かに笑んだ。レイアの気配りがお気に召したようである。
「バトルシャトレーヌの四姉妹じゃが、彼女らのご両親は、そなたらの実家の四條家とも交流があっての」
 そのウズの一言に、四つ子は一斉に気色の悪い笑顔を浮かべた。正確には、レイアとセッカとサクヤの三人がキョウキの笑顔を真似たのだ。
「……おい、おいおいおい。親の縁ってか?」
「親同士が仲が良いから、子供同士も仲良くしろ、とでも言うのかな?」
「どっちも四人きょうだいだからってか? 笑えねぇなー」
「何故そのような理由で、賭博の食い物になることを強制されねばなりませんか?」
 口々に四つ子がそう言うと、ウズはソファの足元に置いていた紙袋の中から、そっと何かを取り出した。


 それは木箱だった。しかしウズはその木箱を開けないまま自身の膝の上に置いて、四つ子を見据えた。
「そなたらのお父上からじゃ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
 四つ子は揃って息を呑んだ。まさかここで父親の話題が出るとは。
「えっ、俺らの父親って、エンジュの?」
「僕らを生まれた時から無視し続けてきた、あの?」
「エンジュにも奥さんと子供がいるのに?」
「今さら、何ですか?」
「……落ち着きんしゃい」
 ウズは静かな声で四人の養子を嗜める。
「そなたらの父親は、それはもうクズのボンクラでのう――」
 そして唐突に四つ子の実父を貶し始めた。四つ子は目を白黒させた。四つ子の父親をぼろくそに言うこの若く見える養親が、本当は何歳なのかについて、四つ子は酷く頭を悩ませた。
 ウズは静かに、一息に言い切った。
「――つまり、そなたらの父親は、シャトレーヌ四姉妹の親と、賭けをした」
「……はあ?」
「そなたらがキナン滞在中にシャトレーヌ全員を撃破すれば、そなたらの父親の勝ち。それが叶わなければ、四姉妹の親の勝ちじゃ。……親同士で、子を使って、そのような賭博を始めおった」
「……はああ?」
「あたしもその神経を疑った。しかし、四條家からはこのような褒美を預かっておる。――アホ四つ子よ、シャトレーヌ四姉妹は優れたトレーナーじゃ。修業と思うて、不躾な視線にも耐え、勝ち抜いてきんしゃい。さすれば、これをそなたらに授けよう」
 ウズは言いながら、その木箱を指先で撫でた。
 四つ子は絶句した。
 エイジをこの別荘の居候に認めたときよりも、さらにひどい話だった。



 レイアはヒトカゲを脇に抱え、閑静な別荘地で吼える。
「――ふざっけんなクソ親父! どういう神経してやがんだ!?」
「ほんと、頭おかしいんじゃないかな。……まあ、そういう恥ずかしい話をロフェッカやエイジさんの前でするウズもウズだと思うけどね」
 フシギダネを頭上に乗せたキョウキも、毒々しく微笑んでいる。
 ピカチュウを肩に乗せたセッカは、呑気にこてんと首を傾げた。
「……でもさ、父さんさ、一応は俺らのこと、子供だとは認めてくれてんだな?」
 その呑気な一言に、セッカの片割れ三人は沈黙した。
 ゼニガメを両腕で抱えたサクヤが、ぼそりと呟く。
「…………褒美、とは、何だろうな」
「だよな! それな! サクヤも気になるよな! 俺も気になるっ!」
 セッカはサクヤの肩を掴み、喜びを分かち合った。がくがくと揺する。揺さぶられるサクヤは軽く顔を顰めてセッカの前髪を全力で掴み上げつつも、小さく溜息をついた。
「……僕らの父親は、今まで何もしてこなかった。でも、今回は……。僕はそれが気になる」
 それにはキョウキが笑顔で食ってかかった。
「サクヤって実はファザコンなの? 会ったこともない父親のことが気になるの?」
「……違う」
「サクヤって確か前もクノエで、父親のことが気になるとか言ってたよね。サクヤは僕らの父さんに会いたいの? 今までずっと放置されてきたのに? 今さら僕らに何をしようっていうの? 僕らの父親もタテシバさんと同じ、屑野郎に違いないのに」
「キョウキてめぇ、ちょっと黙れや」
 饒舌に毒を吐くキョウキにストップをかけたのは、レイアだった。レイアは眉を顰め、キョウキの首にヒトカゲを抱えていない方の腕を回す。するとキョウキは嬉しそうにきゃぴきゃぴ笑った。
「わあ、どうしたのどうしたの、レイア最近スキンシップ激しいね」
「てめぇマジで黙れよ」
「レイアも、パパからのご褒美が気になるの? ウズのただの演出かもしれないんだよ? 本当に僕らの父親があれを用意したとは限らないんだよ?」
 キョウキは緑の被衣の中でにんまりと笑んでいる。心なしか、父親に興味を示す自分以外の片割れたちを軽蔑しているようにも見える。
 赤いピアスのレイアは溜息をついた。
「……俺はどっちかってーと、退屈だ」
「退屈?」
「買い物も遊園地も、確かに楽しーですよ。でも俺はバトルが好きなんだ。バトルハウスも割と楽しみにしてた。ま、いくらか幻滅はしたが。……でも、強い奴とはやり合いたいし、四姉妹のバトルにも興味ある」
 レイアはぼそぼそとそう呟いた。
 キョウキとセッカとサクヤは、赤いピアスの片割れを凝視した。
「戦闘民族なの?」
「れーやって、脳みそ筋肉?」
「この戦闘狂が」
「――うるっせぇよ! 黙れよ!! ああそうですよどうせバトル馬鹿ですよ、でも俺には毎日のほほんと遊んで暮らすなんて無理なんだよ!」
 レイアは怒鳴った。三人の片割れは首を縮める。
 しかしレイアは本気で怒っていた。片割れたちのことを思うために、怒っている。
「なあ、遊ぶ金だっていつか必ず尽きる! 俺らは戦わないと生きてけないだろ!? 忘れたのかよ、てめぇらはよ!」


 四つ子は真顔になった。真顔で沈黙し、互いを見つめ合った。
 四つ子はまだ弱いイーブイの進化形だけは、毎日怠らずに少しずつ鍛えている。
 しかし、バトルハウスの挑戦を中断して以来、他のポケモンたちの特訓は怠りがちだった。
 バトルをしなければ、勘は鈍っていく。トレーナーも、ポケモンもだ。毎日ぎりぎりの思考で命をかけた戦いを続けなければ、平和ボケする。四つ子は思い出す。一ヶ月の謹慎が命じられた時のことを。
 一ヶ月間、ポケモンに触れることすらできなかった。その間は生活が保障されているということもあって、どうにも緊張感が抜け、バトルの勉強や研究も怠ってしまった。その一ヶ月間のブランクを取り戻すのが、どれほど苦しかったか。ひと月ぶりのバトルでは思い通りに動けない。勝てない。自分はこんなに弱かっただろうか――?
 そうした苦しい思いを乗り越えて、ようやく元の力を取り戻して、ほとんどぶっつけ本番でレイアとキョウキとサクヤの三人はカロスリーグに臨んだ。苦しい挑戦だった。後悔が残った。謹慎期間中、ポケモンに触れあえないまでも、何かできることがあったのではないか、と。
 つまり四つ子が謹慎で学んだのは、ポケモンを育てるには日々の積み重ねが重要だということだ。
 確かに、ショッピングや遊園地にうつつを抜かしている場合ではない。
 レイアは片割れたちを見回した。
「メンタル強化にもなんだろ。まずマルチだ。その後、一人ずつで挑戦すっぞ」
 キョウキは溜息をついた。
「面倒くさいなあ。……人生ってのは、面倒くさいもんだね」
 セッカはぴょこぴょこと飛び跳ねた。
「分かった! ちょこっとだけやる気出てきた!」
 サクヤがセッカを見やり、溜息をついた。
「お前はバネブーか」


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